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総合
ここはわたくしフランソワが逃げた兄に代わり仕切っていた(過去形)掲示板の跡ですわ。
大体何でも好きに書き込んで下さって構いませんわ。わたくしが気に入らない書き込みはプチ消しますけれどもね。
(当掲示板上であなたが受ける物理的・心理的損害に対し当方は一切の責任を負いかねますわ。その他書き込みのルールが気になる方はこちら。


相変わらずだがこう言う意見もある(苦笑)
No.:95
Name
Date:2008/05/24(Sat) 18:36

ttp://nishidasaburou.iza.ne.jp/blog/entry/585374/

好き放題言ってるけどねえ(苦笑)

だがまあ、ヒステリック過ぎる反応に対しては、まあこう言う反応もありじゃないかとは思う。

相変わらずのヲタフォビアには苦笑するしかないが。

無題
No.:94
Name
Date:2007/12/17(Mon) 21:57

先日、佐世保で起きた散弾銃による殺人についてマスコミが
姦しい。

事件自体は「又か」な、壊れた男の幼稚で陳腐な犯罪に
過ぎないので、その様態について特筆すべき点は何も無い。
容疑者の母親が熱心なカトリック信者だったらしいと聞き、
「そういう家庭には矢張り何らかの深刻な抑圧があるのだ
ろうな」程度の事を思ったくらいである。

そして、マスコミの方も、動機等自体は「ありふれた」
サイコの犯罪と言う事で然程掘り下げるでもなく、只管
二点、「毎度のお涙頂戴ワイドショー」と(被害者遺族を
そっとしておくと言うデリカシーはこの国の人間からは
何時しか失われてしまったらしい。喪失の悲しみはその
人々だけの物であるがゆえに尊いのであり、何の縁も無い
赤の他人がよってたかって疑似体験にふけるなどと言う
マネは美徳でもなんでもないと言うのが未だ分からないの
だろうか?)、今回用いられた「凶器」の入手経路に
集約された感がある。

今回の事件で用いられた銃器は、ありがちな、暴力団や
ネットの闇サイト経由の裏取引で犯人の手に落ちた密輸・
密造銃ではない。都道府県公安委員会の正規の手続きを
経て入手した、合法的に所持される猟銃であった。

そして、なぜかこの事が、マスコミや「識者」と称する
連中にとっては「非合法で出回る拳銃等」よりも遥かに
深刻で「許しがたい」事であるらしい。

常識的に考えれば「凶器が合法の場合より非合法の場合の
方が犯罪としてはより深刻」な筈であるし、同時に「合法の
凶器を用いた殺人自体も何ら珍しいものではない」筈だが。

問題の本質は「法治社会において殺人と言う忌むべき問題
解決法を選択する人間の出現が枚挙に暇が無い」と言う
事態であり、「何が凶器として用いられたか」と言うのは
あくまで二次的な問題である筈である。使い古された言い
回しかもしれないが「人を殺すのは人間」であって「凶器
そのもの」ではない。

そして、その凶器と同じ道具を所持している大半の普通の
人間は「犯罪者などではなく普通の市民である」と言う事
も又、今更ながら此処にあえて言わなければならなくなって
くる。

いうまでも無いが、猟銃を所持している人々の殆どは
犯罪者でもなんでもない、ごく普通の善良な市民であり、
正当な法的手続きをとって、自分の稼ぎと時間を使って
その銃を所持している。

今回の殺人において、警察・公安委員会側の審査に「手抜
かり」「落ち度」があったとして、その事自体は、現在
全国で銃器所持登録をしている免許保有者の殆どに「何らの
責任や落ち度がある事を意味しない」。

当たり前の話であるが。

一人のキチガイが、突然の凶行に及んで人を二人も殺す。
由々しき事態である。そして、精神に異常をきたしていた
節のあった犯人になぜ所持許可が下りてそのままになって
いたのか、未然に防ぐ方法は無かったのか、確かに早急に
検討されなければならない。

しかし、その事と、全国数万の射撃・狩猟愛好家と、その
事は本質的には何ら関わりのない話である。責任は審査に
手抜かりのあった公安委員会にあったとしても、現在免許を
受けている人々に一体どう言う責任や落ち度があると言う
のだろうか?

それらの人々は、皆普通の国民として、自分自身の金と
時間を使って審査を受け、免許を取り、自分の趣味を安全に
行なっているだけの人々である。

それに対して…あの傲慢なマスコミの言い草は一体なんで
あろうか?あの者達に、「すでに自らの投資で資格を得て
それを生涯の趣味としている」人々に対して、それを訳も
分からずヒステリックに「取り上げろ」「禁止しろ」等と
いう資格でも有るというのだろうか?

本当に「それが必要だ」と言うなら、あの連中や「識者」と
やらは「御願いする」立場にあるのではないのか?他人が
持っている正当な権利を「自分達の考えで」制限したいと
言うならば、すでにその権利を持っている人々に対して、
その者達は頭を下げて「頼む」のが筋ではないのか。

それを大上段に「許せない」と叫ぶと言うのは一体どう言う
つもりなのか。

その傲慢さに嫌悪と怒りを禁じえない、一、猟銃免許保有者
、射撃愛好者として此処にそれを書いておく。

備忘録・霜月
No.:93
Name
Date:2007/11/29(Thu) 11:28

衛星での雑談から沸いた思考の「一旦纏め」。

サヨクが嫌悪される理由はその「表面的な主張」の内容で
はなく、むしろその行動様式による所が大きい。そしてそ
の行動様式の問題は主としてサヨクの有する「思考パターン」
に起因するものと考えられる。


そして、現在「ネット右翼」と呼ばれたりする「新保守主
義者」とは元来その大半が「サヨク・リベラル」からの90
年代以降の転向者ーや、その無自覚な追従者であると考え
ることも出来るが、「表面的な主張」は180度変わったとし
ても、その「思考パターン」や行動様式については「全く
変わっていない」とも言える。


元来、少年法批判・拉致究明等のムーブメントは「サヨク
の行動様式」に対して嫌悪感を抱いた人々の怒りの声に、
「草の根保守」的な層が呼応して始まったものと言える。
その基本は「普通の国民の平凡で穏やかな生活」を踏みに
じる「特異な連中」の傲慢と無神経に対する怒りと嫌悪だ
ったと思われる。それが言わば「本来の保守」の態度の一
つと言える。
(大衆保守)

現在の「ネット右翼」=「オタク・アングラ系ネット住人」
と言う「特殊な人種」。決して「堅気の、普通の人々」の
言動ではない。彼らが自分達の言葉を「顔のない大衆」の
物だ、とする発言は正にサヨクの「サイレントマジョリティ」
と言う発想と何ら差異はない。

即ち「看板を架け替えただけのサヨク」とも言えるのではないか。

彼らをネット「右翼」と呼ぶサヨク層は、結局彼らに「右翼」
のレッテルを貼る事で「自分達への支持を取り付けよう」と
しているが、人々が嫌悪しているものは「看板・レッテル」
ではなく「サヨク特有の無神経さ・傲慢さ」であり、その意味
ではサヨクも「ネット右翼」も元々が同じものであり、今も
「主張は逆でも行動様式は同じ」であるが故に「同一の存在」
に過ぎないと最終的にみなされるであろうと言う事は考えては
居ないようにも見える。単純化すれば「サヨク」と「転向サヨク」
の間の「支持の奪い合い」であるが恐らく意味は無い。

又、大衆保守から「始めた」所謂「言論人」の中にも、
「ネット右翼」の支持に「舞い上がり」、結果「サヨク的行動
様式」に陥りすっかり同化してしまった者も散見される。これは
「生活感覚」をその基盤とし、上部構造に対するアプローチが弱
いと言う宿命を持つ「大衆保守」が屡おちいる「落とし穴」とも
言える。

しかしながら、ネット内において、本来の「大衆保守」→「サヨク
的行動様式への嫌悪」が決して消えたわけではなく、単に「転向サ
ヨクの末期的先鋭化」と「それに流される空気」によってそれらに
対する批判を一時的に控えているだけと考えるべきかもしれない。

「転向サヨク」と思われる者の言動にも又多用される「レッテル
貼り」は「元々の同属だった敵」に矛先を向ける事によって、
大衆に対して「自分達のサヨク臭」を誤魔化さんとする保身の
心理とも見える事があるが、その種のパフォーマンスが「飽きら
れる」「鍍金がはげる」のに然程の時間は掛からないのも又世の
常である。

ネット言論の「生存と今後の発展」を考えるならば、その軸足は
必然的に「サヨク・転向サヨクとしてのネット右翼」から「本来
の保守」へと移って行く事になるのではないか。

「保守の深化」→「大衆保守の弱点を補うもの」=「教養主義」
の必要性。それをもって「成熟」へと繋がっていく可能性を
求められれば僥倖である。


ん。




「ヒール」と「ガキ」
No.:92
Name
Date:2007/10/18(Thu) 09:24

正直、何時もの空騒ぎゆえ興味は無かったのだが、最近嫌でも
目に入る「亀田一家」(苦笑)

まあ「何でこんなヤクザの出来そこないみたいなヲッサンやガキを
持て囃しているのか?マスコミってのは本当にDQN好きだなあ」

と不思議に思うくらいで別に取るに足らない物と思っていた訳
なんですが(「スポーツ化された格闘技」にはあんまり興味が
沸かないんですよね、何故か元々)ニュースを見ていて「こら
あかんなあ」と思った「謝罪」会見。

倫理的にいい悪い、と言うより、それ以前に「どうしてこう幼稚
なんだろう」と言う感じを受けた訳で。で、遡ってちと見聞きして
みて思う。

「パフォーマンスと言った所で、単に幼児性を剥き出しにしていた
だけではないんだろうか?」と。

プロレスのようなエンターテイメントとして、お客を盛り上げよう
とするプロ意識に基づいた「演出」とは到底言えない・・・確かに、
「空気」を読んで、と言うよりそれに酔って調子付いて「目立と
う」とはしてた様だけど、それは「自分に注目を集めている幼児
が調子にのってダダッ子をエスカレートさせた」だけの様にも
見えてしまう。確かに「幼い」し「未熟」。単に「ええ歳こいて、
その業界でご飯食べていこうと思ったら最低限弁えるべき節度」
を理解できないだけ、に見える。

一番幼稚なのはあの親父の様にも見えますが・・・

「大人に怒られたからしぶしぶ形だけ謝る」が「本当はボク悪く
ないもん!」と意地を張る(苦笑)まあ・・・所謂DQNってのは
一般的にそう言う「幼児性」故に問題を起こす訳だし、それを
中途半端に称揚して「DQNは堅気の人間より対人関係が豊か」
みたいな幻想を振りまいて飯の種にしてきたマスコミにも問題が
あります。(だからと言って対極にあるヲタクの対人関係が成熟
しているかと言ったらとんでもない話で五十歩百歩なんだけど)

まあそんなこんなで到底「ヒール」とは言えないんですよね、
亀田家。ヒールは大人じゃないと出来ないもん(苦笑)

「悪役」と言えばこの方、な八名信夫氏が以前悪役として最も
重要な「秘訣」をおっしゃってましたが、それは「立ち回り等
でスター(の特に顔)に絶対に傷を付けない」と言う、実に
業界的・営業的な「細やかな神経の使い方」だと。これが
出来ない役者に「悪役」は務まらない・・・「餓鬼」には無理。

まあ、エンターテイメントの世界じゃなくて、もっと現実的な
世界での「ヒール」には、更に複雑な事情があるでしょうし、
お芝居ではないから「スター」的な相手に気を使うなど本筋から
外れる、論外、と言う世界だってあるでしょう。つまり、あえて
スター的に持て囃される存在に対して疑問の石礫を投げ、「それ
はおかしいんじゃないだろうか」と問題提起する人たちとか。

しかし、其処で場外乱闘に持ち込む手法をとるとしても、
忘れてはならないのはそれが「ダーティな手法」であり、
「正規ではない」と言う「ヒールの自覚」だと思う訳で。
「こんな事をせずに済むようになるのが一番良い」と言う
感覚でしょうかしら。

其処で、自分が「正義の味方」になろうと思ったらそれはもう
餓鬼な訳です。それもまた「幼児性」であって亀田ファミリーや
DQNのそれと極めて近い・・・亀田等が「自分はヒール」と
思ってやっていたなら「自分で一線を引いて守れた」筈。

彼等は自分たちが「ベビーフェイス」、「ヒーロー」だと思って
いたのでしょう。だから「何をしても許される」と・・・

しかし、翻って、亀田バッシングに固執していた人々にも
「全く同じことが言えはしないか?」とも思ったり。

実際、亀田家に対して「善悪」を説いて怒るのは「馬鹿馬鹿しい」と感じる訳で。「そもそもその水準にすらない幼稚な人間にそれ
を説くより、さっさと退場させるべき」で、亀田家をもって
「善悪、スポーツマンシップ」を説くべきではないし、あれは
「哀れな人々・幼児性を克服できない可哀相な人々」として扱って
あげるべきじゃないかとも思う・・・多分彼等は真人間になる事は
出来ないでしょうが、それを「罵倒し、嘲笑する」のは・・・

少なくとも「大人たるスポーツファン」のする事じゃ無い。

そして、何故か「亀田バッシング」をしている人程(苦言を
呈している人を指している訳ではありませんよ?ネット等で
騒いでいたり、亀田追放ではしゃいでいる人達のみを指して
言っている訳なんですけれども)「亀田家と良く似たメンタリ
ティをしているんじゃないか」と感じたりするのですよね・・・

ネットのそれは「近親憎悪」に「道徳」の衣をかぶせているに
過ぎないんじゃないか?と。

スポーツを離れれば、結構いたりします。「ジャイアン」と
思われているのに自分では「ヒーロー」と思い込んでいる人
(あるいは国?)、「悪ぶったクールなスタイル」と強弁して
いるが単に「幼児性から来る我侭と攻撃性を押さえられないだ
け」、自分が他人様にかけた迷惑を指摘されても「まあ許せや」
と言う態度で「それが自分のスタイル」と開き直る・・・「亀田家
流」は案外随所に散見されます。そして、自分に「悪役」の自覚
がなく、悪戯に「ヒーロー」を気取る、言い訳と自己正当化に
始終し、つっこまれると「印象操作」「世論誘導」と言って
聞く耳持たず終に「被害者」と主張し始める・・・

今、いっぱいいますよね・・・ネット上には。そして、そう言う人
に限って「自分とそっくりな」亀田を目の敵にしたりするんだから
不思議です。態度と言い、考え方と言い「何所に違いがあるんだろ
う」と言いたくなるほど似ているのに。

亀田追放によって「マシ」になってくれるといいと思います。
が、「亀田追放」に「浮かれている」ネット等を見ると・・・
なんだか逆に暗澹たる気分になるのは何故なんでしょうか・・・

ばむー。

総合ブログの引っ越しを考えています
No.:91
Name碧りゅう
Date:2007/10/10(Wed) 22:08
E-mailaoiryu@aoiryu.net
Websitehttp://aoiryu.net/

「総合」の名をお借りして運営していた(管理者としては半ば放置していた、ともいう)総合ブログですが、二つの理由から移転を考えています。

 1. (メインの理由) コストが案外バカにならないような
 2. (より小さな理由) トラックバックスパム消す作業が大変。っていうか諦めた。……けど、諦めきれない……。

 ※ユーザビリティよりもコストですよコスト! と開き直って。

 で、移転先なんですが、私がやっていた他のブログはTypePadのProプランにだいたいまとめましたので、そちらに総合ブログも収容したいと思っています。


 ちょっと使い方が変わってしまうのが難点ですが、ご協力のほどお願いします。

 とりあえず、データ移行がうまくいくの? とか、気になる点はあるので、いくつか自分の方で検証してからになります。実施の際は、またご連絡致します。

 一応ドメインぐらいは取ろうかな、と思っています(それでもトータルではコストダウン)。長期的に発生しそうな問題点はいくつかあるのですが、まあそれはそれ、ということで。

 懸念事項
  ・アクセス数増えて転送量が上限に?(多分ない)
  ・データ量が増えて上限に?(多分ない)
  ・ユーザが上限(管理者入れて6人)を越える?(ちょっとだけ可能性はあるかも)
  ・上記の三点について、上位プラン/追加プランが今のところない!

 そんな感じです。でもまあ、無理して変更しなくてもいいのかなあ、とも思ってたりもするんですが。

 ……ば、ばむー(照)
 

季節の変わり目に
No.:89
Name
Date:2007/09/10(Mon) 19:13

んー、余りに阿呆らしいので言及する気も無かったのだが、流石に
少し思うところ在りという感じで。

ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070905-00000922-san-soci

在る意味泥仕合と言うか、本線を外れて迷走中という感じが
しないでもありませんが、あの珍妙なる弁護団に対する
橋本弁護士の見解はごく常識的なものだと思えますな。

どう考えても「君等は司法をなめとんのか?」としか思えない
弁護内容、幾ら「法廷戦術」と言った所で「こうまで現実と乖離
した裁判がまかり通る」とすれば恐ろしくて日本に住んで居ら
れない、てな気になって来る訳で、どう転ぼうが「国民の裁判
制度、しいては法治国家としての日本」そのものに対する不信
を招く結果にしかならない訳で、正に指摘の通りとしか言えま
せんわな。

かくなる異常者にも「弁護を受ける権利は在る」、確かに
そうなんだけれど・・・「弁護する側まで異常で構わない」と言う
法は無い訳で、あくまで「事実に則る」範囲での弁護でなければ
ならない筈なんだけど。

大体、今更こんな基本的な事を何故に素人が言わなけりゃ
ならんのか?それだけ日本の司法が「病んでいる」と言う
事なのかもしれませんが・・・

と、言う辺りで思った事少し。


流布している犯人の「発言」等から推察するに、こいつの物言い
やメンタリティと言うのは「人権派」にとって最早仇敵と言って
良いであろう、匿名掲示板等に跋扈している様な手合いに大変
似通っている様な印象を受けるのだが(法を逆手にとってひけ
らかす態度や劣等感の裏返しとしての無根拠な選民意識、己の
浅薄さを「クール」と取り違えて嘯く浅ましさ等々)、どうも
「ジンケン派」と言う連中は毎回毎回「自分たちにとって最も
好ましからざる対象」を態々無意味に庇い立てし、更に世間様
の反感を買ってはずるずると自滅しているような感じがして
しょうがない(苦笑)

在る意味、香山リカが所謂ネット右翼に関して、彼等が熱烈に
支持している政治家は彼等のような手合いには全く価値を認めて
居ないだろうと評したのと似た感じを抱いてしまう。

或いは朝日新聞辺りが最近「ロストジェネレーション」等言い
出して、しきりに「声援」を送りたがっている?ような向きが
実は「朝日の如き偏向メディアを最も嫌悪している層」だとか。

妙に熱のこもった「思い」は常に一方通行で、リスペクト?
対象の側にとって、相手は「ゴミ以下」の代物でしか無いと
仮定したら、不謹慎ながら「非常に興味深い」(苦笑)

それにしても、あの精神鑑定の結果と言う奴は余りにキモい・・・
どうしようもない三流フィクションとしても、もう少し他人の
神経を逆なでしないような内容を捏造できなかったのだろうか?

何だか最近は「有職者を狙ったニート・テロリズム」だの、
意味不明な「帳尻合わせ」に何の恨みも無い他人を殺して
おいて「自分を誉めてあげたい」らしいのが出てきて益々
迷走気味ですが・・・

こんな時に
No.:88
Name
Date:2007/09/10(Mon) 15:14

自分で死亡フラグ立ててどーするんですか、安部ちゃん…

嫌になったのは解りますがね。しかし年金と言い、教育改革と言い、後始末も改革もまだ道半ばだったり何も始まって
なかったりするじゃあありませんか。

そんな時に、しかも既にボロボロだと言うのに自分から
態々些細な小石に躓きに行きますか、自分から。
しかも豪州くんだりまで態々行って。

はじめから解っていた事だが、この人は決定的に、
どっしょーもなく「勝負勘が無い」。勝負勘だけで
世を渡ってきたどっかのライオンヘアとは余りに
落差がある。よく言えばそれは「誠実な人柄」の
現れとも言えるが政治家としては致命的かもしれん。

枡添見てみなさい。ああいうのが「パフォーマンス」
なんですよ。中身がどーであろーが、「国民・大衆が
何を欲しているのか」敏感に掴んでポーズを取る。
それで初めてポピュリズムを追い風に利用できる訳で。

まったく国民の関心の無いところで「自分の首晒して」
ポーズを取って、肝心の事は「ゴニョゴニョ」と逃げて
居てはどうにもならんでしょうに。

…評価していたんですがねえ…この「勝負音痴」振りは
流石に一寸(汗)

次は誰だろう。やっぱり順当に行けば福田息子か?

そりゃそうでしょうね
No.:87
Name
Date:2007/09/07(Fri) 11:20

こんなニュース。

ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070906-00000121-jij-soci

当該男子生徒の母親から「事実と違う」的なクレームが
付いたとか言う話も在るようですが、今時の、しかも電車の
中で他人様に銃口を向ける様な仔に育てた親の口からそう言われ
てもね。それでも警察もお役所だから「市民のクレーム」に
ついては対処しない訳に行かないと。

多くの支持の声があがる理由は「今の青少年のマナーの悪さ」
に多くの人が怒っているから、と言うだけの事じゃ無いでしょ。
むしろ、これで警察官が処分を受けて益々「及び腰」になって、
珍走団捕縛に於いては「怪我させないように気を配る」のに、
一般市民がその餓鬼共に暴行を受けても真面目に取り合わない
と言うような今までの態度が一層酷くなる事を懸念してると
言う面もあるのじゃない?

倫理観とやる気のある警察官が「処分され」、やる気が無く
事なかれ主義な無能警官が残る・・・そして、餓鬼共は益々、
「警察は自分たちに手が出せない」「何をやってもジンケン派
とか言う連中が守ってくれるから問題ない」とタカを括る様に
なるんじゃないか・・・多くの方たちが、そう言う最悪の方向へ
向かう事を懸念しているんだと思いますけど。

冤罪を認めてすら「自分は悪くない」と言い張る我が国の警察が、
こう言う時だけ「妙に及び腰」・・・一般市民に強く、ヤクザや
糞餓鬼に弱い警察にはもう皆怒りを通り越して辟易しています。

「英雄視」と言うより「そのおまわりさんに比して、あんた達
が今までいかに市民の期待を裏切ってきたか」という事を先ず
反省しなさい。そして、真面目な警官を萎縮させない為にも
そのおまわりさんに対する処分は軽い物に留めるべきじゃあ
ないのかしらね・・・

真面目な者は去り、保身に汲々とする腐った警官だけが残る
警察はもう何とかして欲しいと思う昨今。

むー。

ある種の纏め
No.:86
Name鯖@沈思黙考
Date:2007/09/04(Tue) 16:18

又は何時もの備忘録。

「パトリ亡きナショナリズム」と言ったのは小林よしりんですが、
ある意味それと似たり寄ったりの「結論」に最近行き着いたような
感じがする。

「公亡き保守主義」。今の日本において支配的な空気をこー呼んで
見ようかと思ったり。

「公」を否定して「私」を強く主張するのは「戦後民主主義」の
傾向だと思うし(9条以上に戦後レジームと言ったら其処だと思う
んですけどね)、まあ「国家の手足を縛って安全を確保する」の
が憲法の主たる目的なんで、兎に角金科玉条の如く「日本国憲法」
と言ってたらそうなっちまう訳ですが。

そして、言論の分野でその傾向を更に推し進めたのがポストモダン
とか言ってたような人たちだったと。

で、前世紀末、或いは今世紀に入った頃から、「それではいかん」
と戦後民主主義批判が激しくなった訳だと思うんですが・・・

その割に、今の我が国の国民諸兄が言ってる「保守主義」には、
どうも「公」ってもんが希薄な気がするんですよねえ。非常に
「私的」で個人主義というかむしろ自己中。

果たしてこれは「保守」なのか?と思う事が多々あるわけで。

これは保守言論内での「自主防衛」か「安保ただ乗り派」か、
と言うような安全保障上の方法論の対立や、或いは逆に
「国家主義」か「新自由主義」か、と言った保守に括られて
は居ても元々全く別の相容れぬ政治。経済思想だったりすると
言うような問題とは次元が全く違うように感じる訳で。

前者の安全保障に関する議論ならば「手段が違うだけで日本の
独立を守ると言う目的は同じ」、後者の経済体制選択ならば
元々「全く違うそれぞれの理屈の基盤の上に立脚している」んで
それはそれで解りやすい。

しかし、所謂「戦後レジームからの脱却」と言う様な文脈に
則れば、そもそも目指しているのは戦後民主主義によって喪失
した「公徳心」やパトリオティズム、家族の絆や慎み、惻隠の
情と言った「日本的」美徳の再生を念頭に置いている訳で、
(そう言うと戦後民主主義者は「それは戦後民主主義の所為じゃ
無い」と言う、つまりそうした物と戦後民主主義は別に相反しな
いと言う人もあれば、逆に「公徳心や家制度こそ市民を隷属させ
る悪魔の思想、徹底的に破壊してやる」と言う過激フェミみたい
な人も居て反応は様々なんですが)そして結局日本の保守主義と
言うのは大なり小なり、そうした心情を基盤として成り立ってきた
ものだと思うのですよね。

そして、十年以上昔、草の根で保守再生をやろうとしてた様な
方達の念頭には、そうしたものがあったように思う訳です。
よく使う「普通の(=サヨクでない)国民」と言う言葉や
「常識」と言う単語には、そうした「日本人ならそういった
規範や思いやりを親や周りの大人から教えられて育って当然
だろう」と言うような想いがあった・・・

しかしながら。今、「保守」を自称したり「反サヨク」を標榜
したりしては居ても、そうした者たちに「美徳」や「公」と言
った心情は果たしてあるんでしょうか?

むしろ、「公」よりも「個人の快不快」、ごく原始的な感覚を
基準に「目先の事ばかりを追い求める」・・・つまり「自分の知覚
し得る狭い範囲で、低レベルの欲求を満たす環境を維持し続ける
為だけの保守」「その外側における因果関係に理解力が及ばない」
と言う言ってみれば・・・

「幼児性保守」

とでも言うべき物になっている様に見えるんですよねえ。
これでは「公」が生まれる事は無理でしょうし。

「自分の為に環境を維持し、他人に環境維持を要求するだけ」の
物を、単に「変化を嫌う」「自分たちの縄張りに関して排他的」
と言うだけの理由で保守と呼んで良いものかどうか。個人主義剥
き出しで自己中心的で「他者の事を考えて行動する意志もない」。

「自己犠牲」も「節度」も無い所に「公」は生まれないでしょうし

「献身」ではなく「保身」の為の保守は早晩行き詰まると思ったり
するのですけれど。

ある意味、今の「公亡き保守」と言うのは、正に「戦後民主主義」
の落とし仔なのかもしれませんが・・・

メモと言うより雑記か。



お久ですー。
No.:85
Name
Date:2007/08/13(Mon) 12:47

まっこうさん、お久しぶりです(をを!)

奥様も坊やも御健やかとの事で、先ずはお喜び申し上げます(平伏)

小生には余りに縁遠いまっとうな幸福に、正直頭の下がる思いが致します(汗)

良いお盆をお過ごしくださいー。


今日から夏休み
No.:84
Nameまっこう
Date:2007/08/10(Fri) 19:56

文字通り今日から夏休み。
今妻子と共に富士山ろくのひなびた温泉宿に宿泊中。飯も終わって冷酒でいい気持ち。
今息子がおむつに大量のうんちをして夫婦で安堵。糞詰まりは赤ちゃんでも辛い。
これから息子の初めての温泉チャレンジ。
理屈ではない守らなくてはいけないものがここにある。
幸せだ。
そして守る能力、肉体、教育を与えてくれた親に感謝。
そして屁理屈を鼻先で笑い飛ばせる力と強さを与えてくれた妻子に感謝。
さて明日は息子が何を発見してくれるのだろうか?

備忘録
No.:83
Name
Date:2007/08/07(Tue) 20:40

内田樹氏の「下流志向」がベストセラーになったのは何時頃だった
かは忘れたが、近年の「劣化人間」の振り回す「価値観」が押し並
べてステロタイプなネオリベラリズムに基づく物である事は興味
深い。

例えば、先日の未成年者によるホームレス放火殺人未遂。

普通に考えれば所謂典型的「DQN」が他人様が世の中の役に
立っている居ないなど論じる事自体「何を勘違いしているのか」
と言う事になると思うが(古典的ジンケン派ならば「彼ら低学歴
の落ちこぼれが社会から「役立たず」と言われつづけた事を
社会的立場の弱い人々に転嫁した・彼等も社会の被害者」と言う
理屈を真っ先に持ち出してくるだろう 苦笑)、内田教授の
説に基づけば「下流化する層程新自由主義的価値に囚われている・
ネオリベに囚われれば囚われるほど学力も社会的地位も下流化
する」という事になるのでこれは一つの証明となるだろうか。

どう考えても「竹中・小泉流のネオリベラリズムに基づけば
真っ先に切り捨てられる層」が何故か熱烈に彼等を支持した
事の奇妙さと言うのは以前から言われていることではあるが、
これも確かに「下流スパイラル」と考えれば説明はついてしまう。
そして、ネオリベ化したリスク社会で結局「一番強い」のは
どの道、権威に近い人脈・金脈を持つ特権層であると言う事実は
変わらない。

無論、新自由主義者の全てが人倫を心得ぬ異常者やDQNである
等と言う話ではないのだが、問題は学者や経済人といったネオリベ
論者が如何に実生活では倫理的・社会的に立派な人物であろうが、
結果彼等が普及させ、これからの日本社会のスタンダードにしよう
としている「価値観」は、今後も多くの「劣化人間」を確実に
生み出すだろうという事なのである。

問題は「格差」などではなく、むしろ「新自由主義的社会で
育った人間の価値観のゆがみ・人間の劣化」にある。比較的
能力や経済的環境に恵まれた者がネオリベ的価値観によって
著しく「歪む」事はないであろう。新自由主義は当人の能力に
応じて「ある程度までの利益」を個人に齎し、その結果として
一定の成功を治める事が適った者は「その程度に応じて、自分を
受容した社会に置ける他者を尊重して行動する」だろうから。
しかしながら、能力が劣り、成功の頻度が低いものに関しては
そうではない。「等価交換」の原則に則して、彼等は「自分に
与えない社会」に対して何らかの危害を加える事で生活や自尊心
を満たそうと当たり前のように考えるだろう。

貧しかろうが人様を尊重して生きる、等という高尚な価値観は
ネオリベラリズムの辞書には存在しない。「相手が自分に利益を
与えないならその存在は無価値であり、存在しないのと同じ」
と言う理屈は既に蔓延し始めているらしい。

今更学校教育に何を期待するものでもないし、こんな餓鬼共が
世の中を徘徊するのだから自ずから保護者も碌な者では無いと
推測出来てしまう訳だが、なにも抑止策まで「本人の自発性に
任せる」必要は無い。

例えば街頭や公園に短機関銃を持たせた武装警官でも立たせて
深夜徘徊する餓鬼共を監視・掃討するのも一つの手かもしれない
し、ニートが「働かない事こそ勝利」と考えるなら、そのままでは
生きていけなくしてやるのも一つの手では在ろう。これらの施策
は「上層部にあってネオリベを推進する」人々には割合好意的に
受け入れられる可能性もある(笑)精神論で餓鬼どもを「再教育」
などせずに実際に篩いにかけて脱落者は文字通り「処分」して
行けば大変効率的な社会が出来上がる、と言う訳である。

実際、確かに魅力は感じないでもない(苦笑)記事の如き餓鬼共
に「更生」を求めて金と時間を浪費するなど確かに馬鹿馬鹿しい。

しかしながら、この施策の唯一の欠点は「屑の根絶は不可能」で
あり、能力の低いものから順次劣化して「何時までたっても根絶
に至らない」と言う点であろうか。ネオリベ的価値観が屑を
生産するとすれば、その徹底によって「根絶を図る」事には
破綻があるのかもしれない。

例えば、ぺドファイルの性犯罪者を最も罵るのは同じ性癖の持ち主
であると言うようなもので、「何時そちらに落ちてもおかしく無い
」人間ほど「俺は違う、いっしょにするな」と叫んだりするもの
だが、ネオリベ的「厳罰」にはこれと良く似た構造が見て取れる。

小林よしのりの言う「パトリ無き・・・」と言う奴ではないが(笑)
「倫理無き厳罰主義」は何れ破綻するであろうという事である。

ネオリベの「厳罰主義」とはあくまで「ルールを破った」事実
のみを問い、その動機としての「品性」を一切問おうとしない事に
問題がある。「悪い奴」に対する怒りではなく「馬鹿な奴」に
対する冷笑的サディズムに基づいた「厳罰主義」とも言える。

これは言い換えれば「異常者が異常者を裁いている」と言う、
うすら寒い構図とも言える。そして、裁く側と裁かれる側は
本質的に「中身は同じ」であるから、機会さえあれば際限なく
異常犯罪が再発する結果となってしまう。

そう言った事も鑑みれば、単に「ネオリベ的価値観のままで
厳罰化する」だけでは「本質的解決には至らない」と考える
事も出来るのではないか。

結局、治安向上を目的とした抑止策としては「ネオリベ的価値観
を商取引以外の場に一切持ち込まない」と言う事を徹底するより
他は無い。教育や福祉、治安維持や安全保障と言った分野は、
そもそも「新自由主義の理論」を持ち込んではならぬ「聖域」と
すべきだという事である。

「国際競争力をつける」為に「ネオリベ的人間」を育てようと
する余り「劣化人間」量産体制に入っている現在の社会のスタンス
には大いに問題があると言う内田教授の指摘には大いに賛同できる
と思う。そもそも、アメリカ等には強烈な「宗教による倫理の
刷り込み」と言う背景が在り、それがネオリベ化を進めても
一定以上に社会が崩れない拘束力となっている事実を忘れ、
無神論者の日本人にそんな教育を施せばどうなるかは簡単に
推測できそうなものなのだが。(最近の自民党等は、西洋の
一神教に相当するものとして「天皇制・愛国心」をその倫理的
拘束力として用いようと考えている訳であるが、今の日本人が
教育勅語の精神に立ち返り、公園の貧しき人々や野良犬達を
「同じく大君の御許に暮す同胞」と愛する事が出来るかどうかは
甚だ怪しい。むしろ、ネオリベに被れた者達は単に「排外的に
さえなっていれば、後は面倒くさい倫理などからは開放される」
位に考えている者も居るのではないか。真に保守的倫理を持つ
人は依然として決して多数派とはなっていないと言う印象を
受ける。)

安倍政権の方向性として、「単にネオリベ化するだけでは
国が荒れてしまう」「故に、保守精神によって思いやり・察し、
惻隠の情と言った価値観を保たねばならない」と言うスタンスは
正しいと思う。だが、ネオリベによる劣化はそんなに「甘いもの
ではない」だろうし、単にネオリベを支持しただけの無党派層に
安倍氏らの「美しい(優しい)保守主義」が理解・支持される
かどうかは甚だ不透明だと思うからである。

残念ながら・・・

じぇんふりまとめ。
No.:82
Name
Date:2007/07/23(Mon) 20:34

私的ジェンフリ批判まとめ(備忘録)


1、先ず上げるべき争点は、保守派対フェミニストのよくやる
「内容」についての問題ではなく、それが「公的機関によって
行われる事の是非」ではないか?

2、思想としてのジェンダーフリーについての評価は保留した
としても、政府が国民のコンセンサスを得たとは到底言えない
特定の思想を学校教育において児童に対し徹底して良い物か?
或いは、男女共同参画と言う国家が推進する計画に於いて採用
して良い物か?


思想としてのジェンダーフリーそのものを現段階で否定する
つもりはないが、行政がそれに基づいて走り、国民に強要する
事は容認できない。「教育や国民の家庭生活をフェミニズムの
実験に用いてはならない」。

男女共同参画社会基本法は大幅な見直しが必要であり、より
現在における国民の生活感覚に即した物への改正が必要である。

ジェンダーフリーを主張する人々は、「有無を言わせず一般国民
を自分たちの実験材料とする」のではなく、先ず、自己の周りで
有志を募るなりして、自分たち自身で行った「実験」の成果を
もって初めて社会にそれを訴えるべきではないか。数十年の歳月
をかけて作り上げた「成果」無くして、「見切り発車」の思想を
実社会に強制すべきではない。

保守派は、悪戯に「共産主義の脅威」等の事大主義な表現や、
或いは「エロ騎馬戦」等のタプロイド的な批判に始終すること
無く、むしろ、「特定イデオロギーに偏った政策を行政が行う」
事、或いは「与党のビジョンと著しくかけ離れた政策を一部官僚
が独断的に実施する事」(議会制民主主義の否定に繋がる)を
指摘し、この問題の早急な解決を図るべきである。

補記

ジェンダーフリー思想は、従来「公」が踏み込むべき事柄では
無い、或いは踏み込む事がファシズムとして批判されてきた
「私生活」に関する部分を多分に含んでいる。個人の私生活に
おける「文化」に対して行政が過度に関与する事は、社会通念上
決して好ましい事では無い。(フェミニズムの中には、性差解消
の手段として社会の統制を用いる考え方もあろうが、現在の日本
社会においてそれは到底受け入れられる思想ではない事は言う
までもない)個人の思想信条、或いは文化的自由が保証されるべ
きと言う観点からも、ジェンダーフリーが行政によって強制され
る事は許されないであろう。

性的アイデンテイティの多様化自体は確かに社会を豊かにする
可能性を持っているであろうが、それは権力によって画一的に
行われるべきものではない。むしろ、個々人の自主性に任せる
べき問題であり、フェミニストはその「選択肢」を提示し、
それを如何に求心力のあるものへと発展させられるか、と言う
問題にこそ取り組むべきではないか。間違ってもそれを「法で
強制・制度化する」などと考えるべきではない。むしろそれは
フェミニズムの堕落とも言えるのではないか。

以上、備忘録。

今日のお笑い(?)
No.:81
Name
Date:2007/03/06(Tue) 10:44

天声人語は色々お笑いのネタに事欠かないのでチェックを入れて
居る訳ですが、今日は物言いだげに天正遣欧少年使節ですか(笑)

「福者」認定から若桑みどりに引っ張る辺りが朝日らしすぎて
今日のツボです。笑えます(わはは)

・・・ほんとうにアカヒはばかだなあ とおもいました(まる)

んで、振り返って考えてみますと、「福島の瑞穂タソ」や
たじまよーこせんせー、辛スゴっ!さん辺りの「マスコミに
露出の激しい」フェミおねいさん達と言うのは良く世間に認識
されているように思うんですよね。「これはアカン」と。

しかして、「フェミの何が問題なのか」をきっちりと理解する
には、ま、上野「マザコン男は自閉症になる!」千鶴子センセイ
は最低限抑えておくとして、文芸評論家の「斎藤美奈子」、
そして、この美術史研究の学者である「若桑みどり」辺りは
どーゆー代物かは抑えておいた方がいいやもしれません。

基本的には美術史研究者で大学教授、マニエリスムとか
ルネサンス期の美術様式を中心に、イコンとかそう言う方面から
色んな表現全般を「万事ジェンダーとか家父長制批判と言う視点
から」見ていく様な人。

女子大生を戦闘的フェミニストに養成する事をライフワークに
しているような御方で砂。

で、此処で先日の
ttp://www6.atwiki.jp/blog-enjyou/pages/22.html

こーゆー感覚と言うのはフェミには良く見られる訳ですけれども、
若桑せんせーも

ttp://homepage2.nifty.com/k-
sekirei/dojidai/history_2_04.html

と言うような感じの事をいうておられるよほです。

ふと思い出したので(苦笑)

再び御礼
No.:80
Name
Date:2007/02/06(Tue) 12:16

ご紹介ありがとうございますー♪>ふらんそあ様

前回のは「ボツ案」を我乱堂さんに見ていただいた後、
一旦破棄したのであらためまして。

で、YAHOOのあんけーとで短絡的「ゆるせない」発言を
振り回していた方々が多かった件みてもそうなんですが、

柳沢発言「問題」で一番アレなのはメディアの体制翼賛体質だと
思うんですよねえ…この場合「閣僚を批判(と言うより誹謗)して
いるのに何処が体制翼賛だ」と言う人もあるかもしれませんが、
今の世の中問題は単に「体制に従う従わない」とかそう言う低い
レベルのことを問題にしても仕方がない訳で。

単に「政府批判なら言論の自由、自立した言論」とか思って居る
とすればあまりにお目出度い。「政府批判」は出来ても「世論」
の顔色を伺う=「大衆迎合」が常態化しているとしたらどうし
用もないんじゃありませんこと?

「消費者主権だ!」=多数決は民主主義の、客がハァハァして
欲しがるサービスを提供するのは市場主義の正義!

…それに近い理屈は田原総一郎も言ってたわな。で、政治が
良かれ悪しかれ「それで決を採らなきゃならない」のはまだ
しがたがない。そゆ風に決めちまってるんだから。けどな。

新聞やテレビってな、それていいのか?所詮商売だから
「売れればなんでもいい」と言うならそれまでだけど、だったら
報道とかゆーのに今まで特権的に認められてきたアレやコレを
認める理由はなくなるわな、そんなら。

ふつーの商品なら「ほかの業種と同じように同じルールの中で
商品作って同じルールで売ってもらわないと」ね。

それと更に言うが「一時売れるだけの粗悪商品をばら撒くのは
勝手だが、短期では消費者は馬鹿でも、長期だとそうでもない
と言うことを忘れてないか」。「リピーターのお客はよくモノを
見て買う人が主流」、一過性の商品は結局すぐに消える事になる
が。自分を淘汰したいならそれは勝手だけど。

一時人間をだますのは簡単だが、五年十年だまし続けるのは
余程の能がないと無理だわさ。

だから「最初嫌がられても」「気づいた人から求め始める」
「長く必要とされる」口に苦い良薬を売るのがおめーらマスコミ
の「売り文句」じゃねーのか?週刊誌みたいなジャンクフードを
除けばな。「青汁」でないマスコミになんの意味がある。

今の報道はまさに「ジャンクフード」に等しい。「文春・ポスト」
辺りの黄表紙からいっぱしにくおりてぃーぺーぱーを気取る
大新聞にいたるまで。

…全部が悪いとはいわんよ。いい記事もある。しかし、3面と
1面は軒並みどうしようもない。あと社説はどこも「最低」。

で、柳沢発言。内容をみれば「堅物の古臭い金融人が何とか
ウィットに富んだレトリックで危機意識を持たせようと苦手分野
で焦った結果、そうとうずれた方向に転がってしまった」だけ
のことだと言うのは解ると思うが。まあ、正直向いてないよ、
柳沢氏は厚生畑には。(だから逆の意味では製薬業界とかと
ベタベタにつるんだ厚生族から遠い、という事もあるのだろうが)

しかし、それとこの「フェミがかった誹謗中傷の嵐」とか、それに
安易に同調しちゃうマスコミの問題とかは別次元の問題ですよ、
ええ。

あと、一応こっちは流石に内容そのものが事実なので其処を
批判する者は居ないが、久間氏の批判に関しても「日米関係を
損なう」云々と寝ぼけた事しか言わない輩が居る訳で。

「本当の事を言ったらご機嫌を損ねるから今は黙っとけ!」と
言うのは「同盟」なのか?そういうのって果てしなく「朝貢」の
関係に近くはないの?]むしろ「同盟」だと言うなら「それは
間違っている」と友人の非を正して忠告するのが筋ではないの?

そういう「あれやこれや」を口にすれば拙いから「関係に悪影響」
とだけ言って「今は黙っとけ」と臭い物に蓋を…政府がしたがる
と言うのはまだ解るが…少なくとも

それはマスコミの言うことじゃないだろう。

こっちは正真正銘の「体制翼賛」だわな。

「生む奇怪」な発言にしても、メディアが煽った結果御馬鹿が
同調して騒いでいると言う部分は大きい。そこでさも、
「女として」「子の親として」許せない、品性を疑う、最低だ、
と騒いで見せている人たちとゆーのは余程「格好いい女性の味方」
というポーズがお好きなのかしらね…と少し関心してしまう(苦笑

本当に駄目駄目だなあ、と思う今日この頃。


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