「「わあ」」
リツコとシンイチはいきなり地面に投げ出された。雨が降っていた。地面はびしょ濡れだった。二人もびょ濡れになった。二人は慌てて立ち上がる。リツコは背負っていたランドセルから自分の身長ぐらいある大きな傘を取り出した。シンイチに渡す。
シンイチは傘を開くと二人の上にかざす。リツコはやはりランドセルからタオルを出す。大きな傘を両手で持って手がふさがっているシンイチの顔と体を拭く。
「ありがとう」
「うん」
その後自分の顔と眼鏡と体を拭く。
「ここ何処だろう」
「判らないわ」
「でも何で?さっきまで大人のりっちゃんと一緒に居たのに」
「想像だけど、私達元々いた世界以外はそんなに長くいられないんだと思う」
「じゃあ元の世界に偶然戻るまで旅が続くんだ」
「きっとそう。でもどうしよう。雨降ってるし。夜だし。シンちゃん怖い」
「大丈夫だよりっちゃん。僕がついてるよ。でもこれからどうしようか」
「この世界の私を探せばいいと思うの。きっとこの世界もそんなに違わないと思うわ」
「うんそうしよう。でもどうやって?」
「う〜〜んと。どうしよう」
二人はなす術もなく道の横に立っていた。横を時々車が通り過ぎていった。
ふとリツコとシンイチが気がつくと道の反対側から誰かが走ってきた。赤みがかった金髪の女性のようだ。彼女は道の真ん中で蹲った。彼女をショートカットの女性が追いかけていた。そこへちょうどバンがのしかかるように迫った。
「「危ない。プチ、パチ助けて」」
他の次元の赤木リツコの実験の失敗により、りっちゃんこと赤木リツコ(小学二年生)は幼なじみの未来の旦那さんのシンちゃんとお供のプチとパチとともに時空の旅を今日も続けるのであった。
彼女は一人彷徨っていた。一人……
水が降ってる。当たって痛い位。一つ降り終わると、その次の水が降って来る。水はあたしを嫌ってる。だからとても痛いの。
光る物が行き交ってる。2つ目の怪物。音を巻き散らして、現われたかと思うと消えてしまう。
道を歩いているのはあたし。あたしさえ生きていれば、この世の中は…
あたし、まだ生きてるの?
…寂しいよう…
誰も、あたしの事を見てくれないの。
誰も、あたしの事なんか気にしないの。
誰も、あたしを必要としていないの。
誰も、誰も、誰も、誰も、誰も…
あたしはこの世界の女王様だ。だってこの世界には、あたし一人しかいないんだもの。
彼女は近づいてくる人影を見た。
イヤ、あれは多分人間じゃないの。だから関係ないの。
誰か人の名前を呼んでる…
ヤダ、こっちにコナイデ…
…恐い!
来ないで、来ないで、来ないで、来ないで!
ここはあたしの世界なの!
○○○も、○さんも、○○○も○○○も○○も○○もいないの!
○○○もいないの!!(だから、私はもう生きてないの)
来ないで!
恐いの。
恐いの、恐いの、恐いの、恐いの、恐いの。
追いかけて来ないで!
彼女は走る。人影も走る。その人影の向こうにももう一つの人影があった。
雨は嫌い。顔が水に当たる。
皆あたしの事が嫌いなの。
皆あたしの事を気にしないの。
この世界はあたし一人だけなの。
あたしはこの世界の女王様なの。
あたしはもうこの世にはいないの。
この世界には○○○もいないの。
だけど一人は嫌なの!!
だけど、あたし以外の人間はここにいてはいけないの! だからあたしもここにいてはいけないの!
来ないで!
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
雨が痛かった。彼女は蹲った。
熱い。
何、あれ? 光。
迫るもの。
アスカはその時、全ての記憶と意識を取り戻し、全てを理解した。
「でも、終わりなんだ…短かったな。」
イタイあついヒカリガあついみちソラ雨雨雨雨雨みちイタイイタイイタイソラあガヒソめめイタラちガガガガ
えっ?
あったかい…人のぬくもり…あたしを守ってくれたの? 有難う…
あ…
なんだ…
シンジじゃ、ないのか…
マヤは蹲るアスカに飛び付いた。二人の前にはバンが迫った。急ブレーキの音がしたが雨の為スリップした。
アスカはなにも考えられなかった。
マヤは助からないと思った。
追いついたシンジは固まっていた。
シャ〜〜〜〜〜〜〜〜
マヤは何かの叫び声と共に自分と抱きしめていたアスカが急に動かされるのを感じた。バンはゆっくりとしか動かなかないように見えた。自分とアスカはなにか獣のようなものにくわえられているのが判った。気がつくと歩道にしりもちをつくように座っていた。腕の中にはアスカが居た。
「アスカ大丈夫…アスカ…アスカ」
「マ…ヤ…………」
アスカはうつろな目でマヤを見上げる。怪我はなさそうだ。二人を跳ねそうになったバンは逃げていた。
「アスカ、マヤさん!!」
シンジは二人に駆け寄る。側にいるプチとパチは目に入っていない。アスカはシンジの声の方に顔を向けた。
「シ……ン……ジ…………」
アスカは震える手をシンジに伸ばす。心の痛みと雨が体力を根こそぎ奪っていた。マヤは力を振り絞ってアスカを立ち上がらせシンジにもたれ掛けさせる。
「シ……ン……ジ…………」
「ア……アスカ」
シンジはアスカを強く優しく抱きしめた。二人とも声はなかった。マヤは二人を見つめていた。
「よかった」
マヤは涙ぐむ。
にゃ〜〜〜〜
みゃ〜〜〜〜
「あなた達が助けてくれたの?」
マヤはしゃがむと側にいるプチとパチの頭を撫でた。
ばしゃばしゃばしゃばしゃ
「お姉ちゃん達大丈夫」
リツコとシンイチが道路を渡り走ってきた。プチとパチはするりとマヤの手の下から抜けるとリツコのほうへ行く。二匹は二人の両わきを守るように一緒に走る。
「その猫達あなた達の猫のなの?」
「うん。ねえお姉ちゃんってマヤお姉ちゃんでしょ」
「なんで私の名前を知っているの?」
「私……赤木リツコって言います」
「!!!!」
マヤは声にならない悲鳴みたいな物をあげた。
ここはマヤの部屋のキッチンであった。あの後皆でマヤの家へと戻った。アスカはシンジが背負い運んだ。委員会へマヤが報告したが現状では特に問題がないと言う話だった。マヤとシンジはアスカを病院へと連れていこうとした。しかしアスカがどうしても行きたくないと弱々しい声で呟くためやめにした。とりあえず服を脱がすと体をタオルで拭った。マヤのパジャマに着替えさせシンジのベッドに寝かせつける。シンジが付きっ切りだ。
「でお嬢ちゃんは違う次元の先輩……赤木リツコなわけなの」
「そうよ」
一方キッチンではマヤが出した簡単な食事をリツコとシンイチがぱくついている。マヤの家にリツコとシンイチに合う大きさの服はもちろん無い。その為今二人は家に残っていた14歳頃のアスカとシンジの服を着ている。服に埋もれていると言ったほうがいいが。
「で君が幼なじみの婚約者の西田シンイチ君なのね」
「そうです」
ミートソースで口の周りを汚しながらシンイチが言う。
「あの……二人とも気を悪くしないでね。私はまだ二人が先輩の子ども時代とその彼氏とは完全には信じられないの。たとえばこの世界の先輩は金髪に染めていたんだし、幼なじみの婚約者はいなかったし」
「だってパラレルワールドの一つだもん。全部同じでは無いわ」
「でも確かに口調は先輩そっくりだし顔もそっくりだし、あなたが先輩と何か関係有ることだけは判るわ。先輩のお母さんもナオコさんだったし」
ごちそうさま〜〜
リツコとシンイチは食べ終わった。
「マヤお姉ちゃんおいしかったです」
「どういたしまして。あなた達が居なかったら私とアスカはきっとこの世には居なかったしこれぐらいは当然ね。今日は家に泊まっていって。ただし明日になったら身元照会だけはさせて貰うわ。あなた達のこと信じたいけどもし家出して来た子ども達だったら大変だから」
「うんいいわ」
「それにしてもあの猫達は何処に消えたの。確かに家の中まで入ってきたのに」
「あの子たちは魔法の猫なの。私魔法が使えるの」
「魔法?」
マヤは眉を顰める。
「うん。プチ、パチお姉ちゃんの横に現れて」
マヤはスカートから伸びた自分の足をいきなりぺろぺろ舐められ吃驚した。
プチとパチだった。
「へ……本当なの……」
猫好きのマヤなので驚きはしても邪険にはしなかった。
「私大人になるまで魔法が使えるって別の世界の大人の私が言っていたの。ねえお姉ちゃん、大人になるってどういう意味かなぁ」
「え〜〜と……どれの事だろう」
マヤはどう言っていいか悩んだ。
「やっと寝つきましたよ」
その時シンジがキッチンに戻ってきた。
「アスカお姉ちゃんどう」
「だいぶ落ち着いたみたいだよ。今はぐっすり寝ている。明日には元気になるよ」
「よかった」
「それより二人とそこの猫君にお礼がまだだったね。本当に有難う。僕のこの世の唯一の家族二人を助けてくれて」
シンジは立ったまま深々と頭を下げた。
「シンジお兄ちゃん、助かってよかったね」
リツコはにっこり微笑み言う。シンイチも横でうなづいている。
「ところでまだ二人の名前を聞いていなかったね。教えてくれないかい」
アスカに付きっ切りだったためシンジは何も知らなかった。
「僕西田シンイチです。あと……ええとフアンセ……」
「フィアンセでしょ。私は赤木リツコです」
「赤木リツコ……リツコさん……偶然ってあるものなんですね、マヤさん」
シンジは驚いている。
「違うのよシンジ君。本当に先輩の子ども時代みたいなのよ。どうやら幼なじみのシンイチ君と時空間を越えてタイムスリップしてきたみたいなの」
「……そんな」
しばらくは絶句していたシンジであった。
「……でも本当なら、マヤさん、僕達の家族が増えた訳じゃないですか」
「シンジ君……でもこの子たちも自分の世界へ戻りたいわよ」
シンジははっとした。
「そうだね。ごめんね二人とも」
「ううんいいの」
「お兄ちゃん気にしないで」
とは言えシンジの言葉で自分達の世界の事を思い出して二人はしゅんとした。
「シンジ……」
声がした。シンジの寝室のほうからだ。
「あ……アスカが起きたみたいだ。ごめん」
シンジは寝室に戻っていった。キッチンは静かになった。
「全ては明日にしましょう。今日はもう寝ましょうね」
「「うん」」
その夜リツコとシンイチはマヤと一緒に寝た。
翌日は晴れていた。マヤは目を覚ました。隣を見るとリツコとシンイチはシンジのTシャツをパジャマ代わりにして仲良く並んで寝ていた。マヤは二人を起こさないように静かにベッドを降りた。シンジの部屋の前までくると中から話し声が聞こえた。マヤは立ち止まり聞き耳をたてた。
シンジはアスカを寝かせたベッドにもたれかかるように寝ていた。ごそごそと身じろぎするアスカの気配で目が覚めた。
「シンジ……」
一晩良く寝たせいかずいぶん回復したようだ。もともと体に傷は負ってない。
「アスカ起きたの」
「うん」
シンジはベッドの側に椅子を運び腰掛けた。部屋はカーテンが閉まっているため薄暗い。
「カーテン開けようか」
「うん」
アスカは力なく答える。シンジは立ち上がるとカーテンを開け窓も開ける。
穏やかな日の光と風が窓から部屋に入り憔悴したアスカの頬をくすぐる。
シンジは椅子に戻る。アスカはまぶしそうに目を細める。
「シンジ」
「なんだい」
「手を握って」
アスカはベッドから手を伸ばす。シンジは優しくアスカの手を自分の掌で包む。
しばらくそうしていた。
外で聞いていたマヤは二人だけにしておくことにした。そっとその場を立ち去った。
アスカは身を起こす。
「ねえシンジ」
「なんだい」
「静かね」
「そうだね」
「まだ皆起きてないのかなぁ」
「そうみたいだね」
確かに家の中から音はしない。
「シンジ。私思い出したの」
「何を」
「全て」
「……」
「私が忘れていた事。忘れさせられていた事。忘れたかった事。……全部」
「そう」
「聞いてくれる?」
「うん」
「長いわ」
「いいよ」
チュンチュン
小鳥の声がする。
「私何かを信じると必ず裏切られてたの」
チュンチュン
「世界、大人、パパ、EVA、自分の能力、シンジ、森さん、自分の心」
シンジは聞きながらくしゃくしゃに乱れているアスカの長い髪を手櫛で整えていく。
「私ここ数年は幸せだったわ」
シンジの手が少し止まるがまた動き出す。
「マヤと三人の暮らしも悪くなかった。シンジの事も好きだった」
「だった?」
「言葉の綾よ。ごめんなさい」
「いいよ」
アスカは無表情に話していく。
「シンジと別れたのも嫌いになったわけじゃないの」
「じゃなんで」
少しアスカは黙った。疲れたわ、と呟きまたベッドに身を預けた。シンジはアスカの髪を離し両手でアスカの手を握る。
「初めて会った時の事覚えてる?」
「うん。張り倒された」
「ごめんね。でも倒してはいなかったわ」
「そうだね。冴えない子ねって言われた」
「冴えない子とは言ったけど嫌いな子とは言わなかったわ」
「うん」
「結構あの時から気に入っていたのかもね」
「そうだったんだ」
「あの頃は楽しかったわ。ユニゾンの練習もなかなか楽しかったし。いつシンジに襲われるかと思ってたけどね」
「……」
「マグマの中に飛び込んできてくれた時嬉しかったわ。考えてみると男の子に優しくされた覚えなんて一度もなかったし」
「そうだったの」
「結構楽しい生活だったわ。でもシンクロ率が低下して闘いが酷くなってきた頃から……」
またアスカは身を起こす。
「シンジ、さっきみたいに髪撫でてくれない。気持ち良かった」
「うん」
シンジはそうした。
「あの頃また信じてたものに裏切られたと思った。EVAと自分の能力。その前はママ。私を殺そうとしたわ」
「……」
「それとシンジ。あの空からの使徒にやられた時慰めてくれると信じてた。ちょびっとだけど」
「ごめん」
「……なんか久しぶりのような気がする。シンジのごめんって」
「……」
「シンジと別れたのは、シンジが怖かったから。大好き過ぎたから」
アスカは突然話を戻した。
「EVAの代わりにシンジがなって、ママの代わりにシンジがなって、またきっと裏切られて。それが怖くて逃げたんだと思う」
「僕は裏切らないよ。だって僕も怖いもの。一人でいるのが」
「そう。よかった」
アスカはまたベッドに身を預けると目を瞑り体をシンジの方へ寄せた。シンジは横を向いた為顔に掛かったアスカの髪をすくい上げとかしていく。
「昨日ね、あのバンが迫ってきた瞬間全て思い出したの。忘れさせられていた事。忘れたかった事。私第三新東京市で最後の時狂ってたでしょ」
「…………うん」
「あの時、知能と行動をコントロールされて単なるEVAを動かす生体部品にされてたのね。記憶はおかげで滅茶苦茶。でもそれで助かったのかも知れない。シンジを憎んでた心も吹っ飛んだしね。生まれて始めて心の安らぎと恋人を同時に持てたし」
「そう。じゃ今は?」
「それは後でね……もう一つ思い出したことがあるの。これは忘れたくって無意識のうちに忘れた事」
「……なんだい」
「私小さい時にパパに……パパに……」
アスカの声に初めて震えが出た。
「アスカ、嫌なら言わなくてもいいよ。もう僕たち何も無理しなくっていいんだよ。きっと」
「……うん……そうする。ありがとシンジ」
「アスカ」
「なあに」
「さっきの答え教えて」
「……わからない」
「……」
「昨日はシンジを求めて街を彷徨ったわ。でもよく判らない。単に森さんに捨てられたから代わりを求めただけかもしれないわ。何も自信が持てなくなったの。今考えていることも記憶がいじられたせいかもしれないって」
「……」
「それでも私が好きって言ったら信じてくれる?」
「……うん。アスカは僕の事信じてくれる?」
「……いいわ」
「僕も好きだよ」
「……よかった」
ちゅんちゅん
部屋には静寂が漂っていた。
「「ねぇ〜〜マヤお姉ちゃん〜〜」」
部屋の外からリツコとシンイチの声がした。二人が起きたらしい。
「シンジ、誰か来てるの?」
「うん、実はアスカとマヤさんを助けてくれた人が昨日から泊まっているんだ」
「そう。でも子どもの声だったけど……」
「うん。後で詳しく説明するよ」
「私その人たちにお礼する。シンジ悪いけどマヤさんに服借りてきてくれない?」
「うん。判った」
シンジはそっとアスカの手を離すと立ち上がる。アスカも身を起こす。微かな微笑みを浮かべる。
「よかった」
「なあに」
「アスカが笑って」
「うん」
シンジは部屋を後にした。
「私もよかった。笑えるようになって」
ぽつりとアスカは呟いた。
シンジが部屋を出るといい香りが立ちこめていた。話す事に夢中で料理の匂いに気づかなかったらしい。キッチンではエプロンをしたマヤが朝ごはんの用意をしていた。
「マヤさんおはようございます。りっちゃん、シンちゃんおはよう」
自分の言葉でふとリツコとミサトの事をシンジは思い出した。
「シンジ君おはよう」
「「お兄ちゃんおはよう」」
リツコとシンイチはテーブルの席に並んで座っていた。アスカとシンジの服なので相変わらず服に埋もれている。
「マヤさん、アスカに服貸してくれませんか。着替えたいらしいんです」
「いいわよ。じゃあ済まないけどちょっとここ見ててくれる」
「はい」
マヤはエプロンをシンジに渡すと部屋に戻っていった。シンジはエプロンを着けるとコンロの前に立つ。
「お兄ちゃん料理できるの?」
「そうだよ。実を言うとあの二人のお姉ちゃんより上手いぐらいなんだよ」
「へぇ〜〜そうなんだぁ」
「ねえあのアスカお姉ちゃんってお兄ちゃんのお嫁さんになるの?」
リツコが無邪気に聞く。シンジは一瞬手を止める。
「う〜〜ん。そうなったらいいなぁって思ってるんだ」
「お兄ちゃん、がんばんなきゃだめだよ。ぼくだってお嫁さんいるんだから」
「そうだったね。そういえばいつ二人は婚約したんだい」
「それはね初めてりっちゃんが僕の家に遊びに来た日にりっちゃんがね……むぐむぐ」
リツコが慌ててシンイチの口を押える。キスして子供が生まれると勘違いして婚約したと言うのは恥ずかしいのであろう。
「あれどうしたんだいシンイチ君」
「なんでもないのよ。お兄ちゃん」
コンロに向かっているのでシンジは二人を見ていない。
「シンジ君これでいいかしら。あらりっちゃんどうしたの」
マヤが服をもって戻ってきた。リツコに口を押えられじたばたしているシンイチを不思議そうに見ている。
「有難うマヤさん。あれシンイチ君どうしたんだい」
お玉をもって振り向いたシンジはリツコ・シンイチの夫婦漫才を不思議そうに見ている。
「じゃあシンジ君」
マヤはアスカの衣服を机に置く。シンジからエプロンとお玉を受け取る。シンジはアスカのための衣服を手に持つと自分の部屋に向かった。
「ねえマヤお姉ちゃん。アスカお姉ちゃん大丈夫なの?」
「着替えも要るようだから大丈夫ね。もともと体は怪我してないしね」
「じゃあどうしてあんなにつらそうだったの」
「それはね……昨日までお兄ちゃんと喧嘩してたからよ。でも昨日りっちゃんとシンちゃんが助けてくれたおかげで仲直りできたみたいよ」
「よかった」
マヤの説明を聞きリツコとシンイチは微笑んだ。
「アスカ入るよ」
シンジは自分の部屋の戸を開け入る。アスカはベッドで身を起こし窓の外を見ていた。白いうなじが儚げだ。
「これマヤさんの服。着替え終えるまで外で待っているよ」
シンジはアスカにそう言うと衣服をベッドのアスカの足もとの上に置く。
「シンジ…着替えるの手伝ってくれない。私今足元ふらふらしてるから」
「うん」
アスカが着替え終えると二人は部屋を出る。確かにアスカは少しふらふらしている。シンジは自分にもたれ掛けさせて洗面所に向かう。二人で交代に顔を洗う。冷たい水で顔を洗うとアスカの顔に血の気が戻って来た。
「シンジ、キスして、お願い」
アスカは振り向くと目を瞑り静かに言う。シンジは優しくそっとキスをした。二人がキッチンに戻ると、ご飯をお預けにされてシンイチがぶうたれていた。
「マヤお姉ちゃんご飯まだぁ〜〜」
「もうちょっと待ってね。今シンジ君とアスカちゃんが来るから」
「そうよシンちゃん、みっともないわよ」
嫁と姑に苛められる旦那みたいなシンイチである。それをキッチンの入り口で見ていたアスカにほっとしたような笑顔が浮かんだ。
「マヤおはよう」
「アスカおはよう。大丈夫?」
「なんとか。え〜〜と」
アスカはリツコとシンイチに挨拶しようとするが名前を知らなかった。
「お姉ちゃんおはよう。西田シンイチです」
「お姉ちゃんおはよう。赤木リツコです」
アスカは赤木リツコという名を聞き少し驚きの表情を顔にあげた。
「おはよう。シンちゃんりっちゃん。それにしても偶然ってあるものね」
「それについては後で説明するわ。シンイチ君がおなかぺこぺこみたい」
リツコとアスカは椅子に座ってほっぺたの引っ張り合いをしたりしてじゃれている。その様子を見てアスカはまた微笑みを浮かべる。そのアスカの表情を見てシンジはほっとしていた。アスカとシンジも席に着いた。
食後の一時皆はお茶と梅干しでくつろいでいた。リツコとシンイチも行儀良くお茶をすすっていた。
「そうなの。違う世界のリツコなの。そう言えばそっくりね。ありがとうリツコ……りっちゃん。危うく私また皆に不幸を振りまくところだったわ。シンイチ君もありがとう。あとその猫君達にも言ってあげてね。私猫語はさすがに知らないわ」
マヤから一通りの説明を受けたアスカは言う。プチとパチは皆の朝食の残りを食べている。今日は普通のサイズだ。
「うん。お姉ちゃんが助かってよかった。マヤお姉ちゃんとシンジお兄ちゃんとっても心配していたんだよ」
「そうね。気をつけなくっちゃ」
「うん」
「りっちゃんは大丈夫なの。また違う次元にスリップしちゃうでしょ」
「私は大丈夫よ。プチもパチもいるし……それにシンちゃんがいるもん」
少し赤くなってリツコが言う。
「ぼ、僕が何があってもりっちゃん守るから大丈夫だよ」
照れつつも真剣な澄んだ瞳で答えるシンイチ。
「うらやましい……」
小声で呟くアスカ。隣のシンジの手をテーブルの下でぎゅっと握る。シンジは優しく握り返した。
その時すう〜〜とリツコとシンイチの姿が薄くなった。また次元スリップが起こった。二人の姿はすぐに消えた。プチとパチの姿も消えていた。あっと立ち上がったシンジだかきょろきょろしてすぐに座った。
「どうしたのシンジ」
「なんでもない」
アスカが聞く。マヤもシンジを不思議そうに見つめている。リツコとシンイチの記憶は残っていないようだ。
「マヤ。ありがとう。助けてくれて」
「アスカ当然の事をしたまでよ。私達たった三人の家族だもの」
「家族?」
「そうよ家族」
アスカはミサトを思い出した。ミサトの酔っ払った優しい笑顔を思い出していた。
「家族……家族にしてくれるの……足蹴にして出ていったのに……」
「昔の事は忘れる事にしてるの。先輩がよく言っていたわ。私も過ぎた事は忘れるわ。気にしないで」
「ありがとう。マヤ」
「有難うマヤさん」
「二人とも何かしこまってるの。これでも頼れるお姉さんのつもりよ」
マヤはにっこりと笑った。
「さぁて今日はお洗濯でもしようかしら。ここんとこ雨で洗濯物溜ってるし。アスカは今日はゆっくりしていなさい。明日から家事当番再開ね」
「うん」
マヤは微笑みながらキッチンを後にした。
「ねえシンジ」
少し後にアスカは言う。
「私達もあの二人みたいに信じ合えるかなぁ」
不安気に声の末尾が小さくなる。
「うん、きっと。……アスカ、二人って?」
「二人?あれ……誰だろう」
アスカは少しきょとんとしていたがやがて隣のシンジにもたれ掛かっていった。シンジは優しく髪を撫でた。
マヤは洗濯物を干していた。洗濯がこんなに楽しいものだとは思わなかった。三人の衣服を次々に干して行く。アスカのジーンズパンツを干そうとした時、ポケットに何か入っているのに気がついた。取り出してみた。
小さなキーホルダーだった。
「アスカに渡さなきゃ」
マヤはうきうきと呟いた。
この後この次元がどうなったかは、この世界の三人が語ることだろう。
そしてりっちゃんとシンちゃんの次元の旅は続く。
あとがき
フラン研さんの名作「キーホルダー」に「気になるあの子」のりっちゃんとその彼氏シンちゃんが入り込んでしまいました。あの作品の最後は少し悲しくとても美しく私が気に入っている作品の一つでもあります。
ただ一つだけマヤが死んだところだけが可哀相かなぁと思っていました。そこで私のHPの連載「気になる・ぱられる」でぜひこの世界の最終回にお邪魔したいと思いこの作品を書きました。「キーホルダー」の美しい世界を崩していないといいなぁと思っています。ではまた。いつかどこかで……
合言葉は「らぶりぃりっちゃん」
ではまた
−数分後−
たったったったった
「にゃ〜〜」「みゃ〜〜」
「ぜえ、ぜえ…あ、あんた達キリコの化け猫ねっ。あ、あのさあ、潜水服着た目つきの怪しい男見なかった?」
「にゃ〜〜」「みゃ〜〜」(首を横に向ける)
「え? あ、あっちね! ふふ、見てなさいへぼ管理人、今度こそ息の根を…あ、それからまっこう、あんたにも色々言う事はあるわ。でもまずは奴を!…」
たったったったった
「にゃ〜〜」「みゃ〜〜」
次回に続く!(←オイ)