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廊下を、看護師や医師達が忙しく行き来している。黒いベンチソファーに座った宏子は、廊下のタイルの四角い模様をじっと眺めながら座り続けている。
「あ、佐藤!」
廊下の角から、男子、と呼ぶには多少無理がある顔つきだが、高校の制服の白いYシャツを着た男子がこちらに走ってくる。
「石戸田…」
「幸田は?」
「…」
宏子は無言で、自分の横にある部屋の入り口、その上についている表示板に顔を向けた。
「治療中、か…」
赤いライトの表示板を見る石戸田。彼は息をつき、宏子の横に座る。
「で、どうしたんだよ?」
「別に、いつも通りだけど…? 急に意識が無くなって倒れてた。その直前までは、本当に普通に喋っててね。あんまりに突然だったから、体を支える事も出来なかったよ。…その時、道に車が走ってなかったのが、不幸中の幸いだったかも。走ってたら、今度はぐっちゃりいっちゃってたかもね。」
「そっか…で、その後は「行きつけ」の集中治療室に入ったまま、出てくる気配無し、か。」
「うん。」
「…」
ニ人はほぼ同時にため息をつく。
「相変わらず…全く、本当に相変わらずだなあいつは。」
「うん…友達不幸な奴だよね、美耶って。まあ親不孝でもある訳だけど。」
「つくづく、何であんな奴の友人なんだよ、俺達。」
「友人っていうか…ただのご近所なんじゃない? 多分。」
「かもな…」
石戸田は薄く笑う。宏子は目を伏せ、唇をかんでいる。
「佐藤、大丈夫だよ。あいつにとっちゃ、こんなのは日常茶飯事だろ。どうせまた、ひょっこり意識が戻って、自力で集中治療室からスキップで戻ってきたりとかするに決まってんだ。」
「そうかもしれない。そうであってほしいとは思うけど…でも、心臓に悪いよ、こういう空間って。石戸田もそう思わない。」
「俺は、部活が休めたから良い。」
「あ、そ。」
「…」
「…やっぱり、ちゃんと食事をしなかったのがいけなかったのかな…」
「しない本人の問題だろ?」
「うん…いやまあ、そうなんだけど、そうじゃなくて、今日ね、昼とか、校庭の芝生で昼寝してたんだよ、ニ人で。」
「あ? …お前達が今日、5時間目を寝過ごしたのって…」
「そう、それで昼メシ抜きだったからさ…」
「…面白い事してるなあ、お前等も相変わらず。」
面白がるというよりは、疲れた様子で石戸田が言う。
「…」
「…でも、実際にはそんな事関係無いんだろ。あいつは好きな時に病気になって、好きな時に回復すんだから。普通の人間の体調とは感覚が違う。…自分を責めてもしょうがないだろ、佐藤。」
「…」
「俺、コーヒーでも買ってくる。」
石戸田は立ち上がろうとする。
「…」
「…」
宏子は床に顔を向けたまま、左手で石戸田の裾をつかんでいる。石戸田はソファーに座り直した。
「…」
「…」
「…俺がいても良いのか。」
「駄目なの?」
宏子は顔を上げ、石戸田を見る。
「ああ…俺達、幼馴染だろ、お互い三人とも。でもそういう割に、お前達ニ人が、特に何て言うかこう、仲が良い気がして…」
宏子は少し楽しそうな顔になる。
「変な妬き方するんだねえ、石戸田も。別に美耶を取るつもりなんて無いから、安心していいよ。」
「ああ、別にそういう意味じゃねえよ。そういう意味での魅力は、お前達ニ人どっちにも、これっぽちも感じていないしな。」
「あら残念。ってか私は良いけど、美耶にはそういう言い方はしないでおいた方が良いよ。」
「そうか? 結構、「うん、私もそうだねえ」位の返事がけろっと返ってきそうじゃないか?」
「ん、まあね。…だから、あんたが傷つきかねないでしょ?」
「なるほど。」
「…」
宏子が息をつく。
「私達ニ人が仲が良いって、それは単に、女同士だから一緒に動く事が多いってだけじゃないの? あんたと連れションとかはしない訳だし。」
「そりゃそうだ。…でもこう、お前達ニ人を見てると、時々本当に、以心伝心が働いているように見える事があんだよ。まあ、俺が妬いてるだけなんだろうけどさ。俺とか金成には入り込めない世界、っていうのか…」
「…女子トイレで起きる、妖しい世界?」
「まあ、そんなとこだ。」
石戸田は気のない様子で頷く。
「んなもん無いって。以心伝心も何もね。私も石戸田と同じで、あれの考えてる事なんか、さっぱり何にも分かんないよ。」
「じゃ、何で…俺達ここに来てるんだ?」
「…ご近所だからでしょ?」
「そうか。」
石戸田は宏子の言葉に笑った。
「じゃあ、ご近所同士、しばらく幸田さんの無事を祈って待つ…」
「…石戸田?」
宏子が顔を上げる。石戸田は、治療室上の表示板を見上げる。
「あ…」
表示板のライトが消えている。目を見合わせるニ人。
宏子は立ち上がり、治療室のドアの前に来る。
ドアが開き、青い服を着た医師が、自分のマスクを外しながら歩いてくる。宏子と石戸田は、彼の前に詰め寄った。
「あの、美耶は…」
「…」
50代の、口髭を生やした医師は、憔悴した表情で視線を落とした。
「…出来る限りの事は、したんですが…」
「え、え…嘘……ですよね?」
「…申し訳ありません。」
「ちょ、ちょっと、それってどういう」
「…」
「あ、石戸田!」
石戸田が集中治療室内部へ歩いていく。宏子は慌ててその後を追う。
診療用ベッドには、たくさんのチューブの刺さっている美耶が寝ていた。呼吸用マスクが付き、はだけた上半身にはタオルケットがかけられている。
「…そ…」
首をふる宏子。
ツー…。
たくさん並んでいるモニターの一つに宏子は目を向けた。緑色の線が、全く上下に動かずずっと一直線に続いているのが画面に表示されている。
「み……美耶…」
「17分35秒に…ご臨終です。」
看護師の一人が石戸田に言う。石戸田は無言で目を見開いたまま、ただ美耶を眺め続けている。
「嘘、嘘でしょおっ! 起きて! なんか言ってよ! 嘘だよおっ! 美耶、美耶あああああああああああっ!」
涙を飛ばし、宏子が叫ぶ。そして周囲の景色は、白い光に包まれだした。
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