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←Part A


暗い宇宙空間。白い星が、目の前に浮かんでいる。その星に向かって、小型の飛行機のような形の、宇宙船らしき物体が飛んでいく。
そして、赤い宇宙船は突然そこで、どこへともなく姿を消す。白い惑星だけが、何事も無かったかのようにただそこに、茫漠と浮かび続けている。


ハンカチの値札を見て、宏子は「うーん」とため息らしきものをついた。
−安くはないし、そんなにおしゃれでもないし、なんちゅうか中途半端だよな…。やっぱロビンソンじゃなく大宮位は出てみっかな…。
夕方の百貨店。制服姿で一人、アクセサリーブランドのフロアで首をふりつつも、彼女の表情はどこか楽しそうでもあった。
ハンカチから顔を上げ、宏子は自分に言い聞かせるように呟く。
「…ま、気持ちよね気持ち。結局こういうのの知識で姉貴に勝てる訳無いんだし、何かもうちょっとこう、意外性のあるような物じゃなきゃつまんないよね、やっぱし。」
宏子は百貨店の自動ドアを抜け、外の道を歩き出した。

シュウウウウン…バアアアン!
何か、やや甲高い音が聞こえた。車が、スリップか何かをしたようにも聞こえる。宏子は音のした方に顔を向ける。
<あ…>
宏子の目の前に、外国人らしい少女が立っていた。年齢はおそらく宏子と同じ位だろう。肌は茶色で、額には赤い点を付けている。見た目から言えば、どうやらインド人のようだ。
「…」
その少女は手に何か持っていたようだが、慌ててそれを背中に隠し、口を開けながら、徐々に後退し、何度も首をふる。
<あ、あ、あ…>
「あの…」
周囲を見回す宏子。通行人達は、彼女達に構わず通り過ぎてゆく。インド人の少女はこれ以上無い位に驚いた顔で、ずっとこちらを見ながら後ずさっている。
「私…に何か用、なの?」
<あ、す、すいません!>
叫び、少女は宏子から走り去っていく。道の角を曲がり、すぐに少女は、宏子の視界から消えていく。
「…」
−何か…変な棒みたいなの持ってたな。何で隠したんだろ…?
宏子は彼女の消えた方角を眺めながら、首を傾げた。


「でも考えてみたら、そいつの日本語、凄く自然だったからね。」
「じゃあ、日焼けしてるだけだったのかもしれないね。」
「私も一瞬そう思ったんだけど、眼鏡とかかけてて、雰囲気ギャル系じゃなかったしさ。…大体、おでこの赤ポッチの説明がつかないっしょ?」
「まあ…そういうアジア系のファッションの人だっていると思うよ。原宿とかシモキタあたりじゃ、そんなにおかしくはなさそう。」
「まあ、そこまで言われちゃ…春日部人のわたしらには分からん、東京の最新流行なのかもしれないけどさ。」
宏子は首をひねる。
「だからまあ、結局何なんだろ?って感じだったんだけど…」
「ふうん。そういう楽しい事があったんだね、私がベッドで退屈していた間に。」
「っていうか…一昨日死にかけてた奴が、何でもうぴんぴんして学校に来てるのかも、私には全然理解出来ないんだけどね。」
「まだ、来てないよ。今はまだ行ってる途中。」
「ああ、そりゃようござんした。」
朝の、やや冷たい空気の中で、光が家々に差し込む。宏子と美耶のニ人は、住宅街の狭い道路を鞄を持って歩いている。
「もう、ひーこもだいちゃんも大袈裟だって。私がちょっと意識が無くなった位、別に大騒ぎするような事じゃないでしょ?」
「…それで大騒ぎにならないっていうのは、既にまともな人間じゃないと思うんだけどね。」
「そんな事言われたって。私はどうせ、まともな人間じゃないですよ。」
美耶は口をとがらせ、肩を上げた。
「まあね。…別に今更再確認する事でもなく、そうだよね。」
「もう。…でもひーこ、何だか私が寝込んでいる間、だいちゃんと良い雰囲気だったらしいね。」
「…は?」
眉をよせ、宏子が美耶の顔を見る。
「ナースの河野さんから聞いたよ。何でも手ぇ繋ぎ合ってたらしいじゃない。」
「え? 私と石戸田が?」
「うん。」
「いや…そんな事は、してた覚えないけどな?」
「あれ?」
手ごたえに欠ける宏子のリアクションに、美耶は失望気味に首をかしげた。
「でもさ、やっぱり二人ってお似合いだよ。こう、はたから見るとね。だから河野さんからそう聞いて、あ、やっぱり、って私思ったんだけど。」
「私と石戸田が、不純異性間交遊してんじゃないか、って?」
「うん。…いや、不純かどうかはともかくね。」
「…」
宏子は息をつき、難しそうに考え込んだ。
「うわ、ひーこ否定しないんだ。」
「うーん…いや、もちろん、そんなつもりは木っ端ミジンコも無いんだけど。向こうも無いしこっちも無いし。大体、まあこれは美耶もだけど、お互い知りすぎちゃってるじゃん? だから何ていうかこう…夢が無いよね。」
「そうかな…? でも、裏表無く付き合えるんだから、悪くない事だと思うけど…」
「いや、それにさ。仮にあのオヤジに人並の恋心があるとすれば…その仮定が既に、大分嘘っぽくはあるけど、あるとすれば、それは美耶に対してでしょ。」
「え、私。」
目を広げる美耶。宏子は楽しそうに美耶を横目で見ながら頷く。
「んあ。一昨日の奴の慌て方とか、凄かったんだから。」
「それは…嬉しいけど、別に、幼馴染だからわざわざ来てくれた、ってだけだと思うよ。ひーこもそうでしょ?」
「何言ってるのよ美耶。私にとっての美耶は、幼馴染ってだけじゃないわ。私のこの愛情、どうしてあなたは分かってくれないの? いつもいつも、バレーコートの影から、あなたの事をずっと見守っているのに…」
「それに私の好きなタイプは、だいちゃんみたいのじゃないしね。」
宏子の言葉を大雑把に無視しながら、美耶が言う。
「うわー。やっぱウチらの言ってた通りだわ。しかもあんたの場合は、そういうのとことん無自覚だしねえ。」
「ん?」
「いやいや、こっちの話。」
「…何だかあんまり良い雰囲気の話に聞こえない感じがするけど…」
宏子の隣を歩く美耶の目が細まる。
「気のせいだって。ああ、美耶、今日の一時間目の数学、宿題やってある?」
「病人特権って言葉、ひーこは知らない?」
「知らないよそんな言葉。あんたが今作ったんじゃん。…つまり、やってない訳ね。」
「そもそも、今日は私の列は確か、当たらないはずだしね。」
「…あんた、もしかしてそこまで計画して入院してるの?」
「…」
美耶は宏子に、笑って首を傾げてみせた。
「…怖ぇー。」
「冗談だよ。…ところでひーこ、どうせ話題をそらすんだったら、もっと重要な事を話さない?」
「は?」
宏子は眉を上げる。ニ人は、「東公園」と書かれた門を通り、小さな林の中の遊歩道にさしかかった。
「佳菜恵さんへのプレゼントは、どうなったの?」
「あ? ああ…そっちの方が数学より重要かい?」
「私は、そう思うけど。」
「まあ良いけど…昨日お母さんとちょっと話したんだけどさ。アクセサリー系は去年、お母さんが渡してるんだよね、考えてみたら。」
「そっか…でも、別に似たような物でも良いとも思うけどね。」
「まあ、それを言っちゃあそれまでなんだけど、今年はこういうのが出来るかも、ってニ人で言ってたのがあってさ、それが…」
「…」
隣の足音が、はたと聞こえなくなった。宏子は、はっと息を飲む。
「美耶っ!?」
「…」
隣の美耶が、遊歩道で立ち止まったまま口を開けている。
「み、美耶っ!」
「え、うん、私は大丈夫だけど、…ひーこ、あれ…」
「ん…?」
美耶は彼等の進行方向に目を向ける。同じ方向に顔を向ける宏子。
「ひっ…」

彼女達の前に、巨大なモンスターが立っていた。


A-Sato Ltashofe Yde Ilne

Episode 1: Sprout

朝日の滲む公園で、二人が歩いていた遊歩道の前、大きな昆虫のような物が、不気味な羽音を立てて佇んでいた。

「って、何よ、これ…趣味悪うっ。」
宏子は顔をしかめつつ、それに近づく。
「あっ、ひーこ、近づいたら危ない!…かも。」
「危なくないって、こんなの。どうせテレビのどっきりかなんかなんでしょ?」
「え、そう…なのかな?」
美耶は恐る恐る、宏子の後を追う。

ニ人の前に立ちふさがるそれは、全体としては昆虫のような形だが、全長が羽を除いて2メートル程度ある。体は鎧のような人工物で覆われ、普通の虫で言う顔や触覚、羽の部分のみが露出していた。足は見た所4本だけで、口の辺りからそれとは別に突起が突き出ている。また、体の上に広げている2枚の羽は、鳥のそれのように毛で覆われていており、明らかに昆虫の羽とは異なっていた。
ブズズ、ブズズズズ、ズズズズ…。

口の突起が震え、何かを語りかけるかのように摩擦音が発せられた。
「…随分金かけたんだなあ。」
「…ねえ、本当に大丈夫なの? って、あっ!」
「何?」
「もしかしたらそれ、あのモンスターなんじゃないの?」
「はあ?」
宏子は苦笑混じりに美耶の方を見やる。
「こんな目立つ大道具作って何盗むのよ。っていうかこれを作る金があったら盗みなんかしなくていいって。」
コン、コン。
宏子はそれの頭の部分を手の甲で叩きながら言った。
「って、これ固いなー。…ん? 何か変な液ついたぞ?」
「ひーこ、危ないって!」
「考えすぎだって美耶はあ。あ、それより美耶びょうい…」
シュウッ。
その時宏子の右手を、何かの風がかすめた。
「…え?」

青い光のような物がニ人を横切り、公園の低木の前で急に停止した。
シュウッ、ジュワワワ…ボンッ。
光のような物はそこで球形に膨らみ、輝きを増しつつ白く変色すると、シャボン玉がはじけとぶように、消えて無くなった。

低木は、その光の留まった部分だけ、綺麗な、直径10センチメートル程度の球形の穴が開いていた。

「え?」
「ひーこっ!」
急に枝の支えを失った葉先の部分が、地面へぱらぱらと落ちている。
シュウウウッ、ジュワボンッ。
「え、嘘でしょ?」
青い光がまたニ人をかすめ、4メートルほど向こうに立っていた大木の幹の中に吸い込まれるように消えた。
ガラ、ガラガラガラッ…
「え、ええええええっ!?」
大木は音を立てて倒れだした。

駆け出す宏子。モンスターは口の突起を震わせる事をやめ、ゆっくり顔、と思われる部分を動かすと、一歩一歩そろそろと彼女の方向へ歩き始めた。
「う、わあっ。」
「何ぼやぼやしてんのよ美耶は、早くあのヤバイのから逃げないと!」
「私はずっと逃げようって言ってたよー!」
「そうだったっけ? ってきゃあっ!」
彼等の横手を、またあの青い光がかすめていく。
ブシュウッ、ボンッ。
「わ…。」
球形の穴は、今度は公園備え付けの滑り台の脚部に開いていた。
「凄いね、コンクリートも貫通しちゃうんだ…。」
「感心してる暇があるかっ!」
「うわわっ。」
美耶の手を引っ張って、宏子が公園を全速力で走っていく。
プシュウッ、プシュウッ、プシュプシュウッ、プシュウッ。
向こうの移動のスピードはこちらと比べて遅いのか、既にモンスターの姿は角の向こうに消えて見えなくなった。だが、それと反比例するかのように青い光の数は数え切れないほどに増えだした。
「ひっ!」
「ひーこっ!」
「大丈夫、カスった、っていうかカスってもいないと思う、ってきゃあっ!」
宏子の目の前を光がかすめる。
プシュッ。ボンッ。
目の前の街灯が倒れ出す。
「わわわっ、と、とにかく走って逃げよっ!」
「うんっ!」
宏子は美耶の手をつかんだまま、方向も確かめずに闇雲に走り出す。

シュウウウウウウウウンズバアアアアアアアアアアアアアアン!!
「ひゃあああっ!」
後方から、青い光がニ人に襲いかかり、彼女達を包み込む。ニ人は公園の芝生に倒されるようにして転がった。
そして、そのまま光は消える。
「…」
「…」
向こうの車道の方から、自動車が近づき、そのまま道を通り過ぎていく音が聞こえる。
「…」
宏子は目を開き、顔を上げた。
「…って…え?」
モンスターの姿は、周囲のどこにも見当たらなかった。


「…」
宏子と美耶が、街路樹の並ぶ歩道を歩いている。陽は傾き、空が赤とオレンジの入り混じった色に染まりだしている。
美耶はやや不思議そうに、宏子の顔を見た。
「どうしたの、ひーこ? 何だか怒ってるみたいに見えるけど…」
「何にも怒ってないって。私が、何に怒らないといけないのよ。」
「…そうだね。何に怒らないといけないんだろ。」
美耶は宏子に頷いた。
「でも、私達本当にテレビに出ちゃうのかなあ?」
「テレビ…」
「うん。ひーこ学校で、そう言ってたじゃない。」
「…そう。そうだよ。あれは全部テレビなんだよ。」
「でも凄いんだね最近のテレビって。どっきりであんなに特殊効果を使うなんてさあ。」
「う、うん、そうだね…」
−って、どう考えても街灯とか木とか、本気で倒れてたし…。
宏子は眉をよせる。
「ねえ、ひーこ。」
「ん?」
宏子は顔を向けた。美耶は東公園の入り口に立ち、前を見ている。
「あのさあ、今のどっきりってさ、その辺にある物を何でもかんでも壊したりするものなのかな?」
「どういう事?」
「だって昨日、この公園の街灯倒したり滑り台に穴開けたりしてたよね。」
「…ああ、まあ、それ位はするもんなんじゃないの?」
自分で自分の答えに首を傾げつつ、宏子が答える。
「うーん、それはまあ、そうなのかもしれないねえ。」
美耶は曖昧な表情で頷いた。
「何よ、それ。」
「んー? それはそうなのかもしれないけどね。じゃあその後で、壊したのを全部綺麗に元に戻すっていうのも普通なのかな?」
「え?」
「今朝、倒れた街灯。」
美耶が目の前の物体を指差した。

「あ…れ?」
美耶と目を見合わせる宏子。彼女は街灯に近寄り、しげしげと鉄柱を見る。
鉄柱には何の傷もなく、街灯は普通に公園の中に立っていた。
「これ…確かにここのが倒れたんだったっけ?」
「多分…そうだったような気がしたけど。」
「私も…そんな気が確かにするけど…でも、倒れてないじゃん。」
「うん、倒れてないねえ。」
「…違う街灯だったのかな?」
「でも、どこにも倒れてる街灯見当たらないよ?」
「ん、じゃあ…もう、今日の昼のうちに替えちゃった、って事か。」
「でもさあ、」
美耶は元気よく、広場になっている部分の一角に駆け寄る。
「このすべり台も。穴、開いてないよね?」
「え、だってそんな事は…」
美耶の後を追う宏子は、言いかけた台詞を別の言葉で続けた。
「…ある、ね…。」
コンクリート製のすべり台の土台は、どこにも傷ひとつ無く…正確には、以前からあった落書きのひっかき傷などはそのままで、今朝開いたはずの穴の痕跡だけが綺麗に無くなった状態で、そこにあった。
「…」
「…」
目を見合わせる宏子と美耶。
「…どういう事、美耶?」
「…私が聞いてたんだけど。」
詰め寄る宏子に、美耶が苦笑いを返す。
「え…? だって、ここに書いてある相合傘とかまで元のすべり台のままだし、半日で新しいすべり台を、しかもここまで元と同じ状態で再現するなんてあり得ない…よ、ね?」
「うーんと、つまり、すべり台は本当は穴なんか開いてなかったって事?」
楽しげな美耶が、すべり台をこつこつ叩きながら聞く。
「そういう…事になるのかな? …でも、今朝は、確かに穴が開いたと思ったけど…そんなに凄い特撮だったって事なの…?」
「凄いんだねー。」
「…」
美耶からまともな助言を聞く事を諦め、宏子はすべり台によりかかり、腕組みをしながら視線を公園内にさまよわせた。
「あ…」
そして引きつった顔で、そのまま動きを止めた。
「どうしたのひーこ?」
「…」
「み、美耶…あそこ…」
「え? ああー。」
モンスターが、舌のような部分を震わせながら芝生の向こうに立っている。美耶は感心した様子でそれに頷いた。


「…でも、全部どっきりなんだよね?」
「そ、そうだよ。…そうに決まってるじゃん。もちろん。」
笑顔で聞いてくる美耶に、宏子は頷き返す。
「って、美耶、ちょっと、気軽に近づいていったりとかは、さあ…」
美耶はモンスターの方へ歩いていく。その後を追う宏子。
「…朝と立場が逆になってる、って…」
「こんにちは。大変ですね。」
美耶はモンスターのところまで近づき、それに頭を下げる。

ブズズズ、ブズ…。
モンスターがそれに答えるように舌を震わせる。

「ねえ、ひーこ。これの中って、誰か人が入ってたりとかするのかな?」
「何かそれ…他の番組のパクリになってない?」
ため息混じりに答える宏子。
シュウウウウウウン…ボンッ。
彼女達の所にまた青い光の球がやってきて、ちょうどニ人の間でそれが破裂した。
「はあ…もうそのネタは良いからさあ。」
右手に持った鞄を肩まで上げながら、宏子が笑う。
ジュワボンッ。
「…」
「ひ…ひーこ?」
「ん?」
「ん、じゃなくて…ひーこの鞄…」
「…」
宏子は、美耶の指差す場所、つまり自分の持っている鞄に目を向ける。
鞄の角に、綺麗な円形の穴が開いていた。中からシャープペンシルとリップスティックが、ポロポロと地面に落ちていく。
「ちょっと…まさか携帯には穴開いてないよね、」
「そういう事言ってる場合じゃないよひーこ!」
シュウウウウウン、ボンッ。ジュワボンッ。ボンッ、ボンッ、ボボボボボ…。
「だっ、た、た、た、確かに。美耶っ!」
「引っ張らないでっ!」
宏子は美耶の手を無理矢理引きながら、朝と全く同じように公園を駆け出した。
シュウウウウン…。
背後で、何かが青く光っているのが分かる。ふと宏子は立ち止まり、後ろを振り返った。
ボンッ。
「あ、あ…」
宏子の肩の近くでそれは消滅する。宏子の白いブラウスに、直径4センチほどの穴が開いた。
「ひ、ひーこ大丈夫っ?」
「う、うん。逃げよ、美耶!」
「うん!」


「はあ、はあ、はあ…」
額の汗を手で拭いながら、夜の近づきつつある住宅街を、少女はとぼとぼと歩いていた。
「…はあ、はあ、はあ、はあ、はあ…」
足がもつれ、宏子は道の脇で崩れ落ちるようにへたりこんだ。
「…はあ、はあ、はあ…はあ…」
両手を道のアスファルトにつけ、四つんばいになりながら宏子は息を整える。
「…はあ……はあ…」
また流れてくる汗を手で拭う。ごくりと息を飲み込みながらも、まだ荒い息はしばらく止まりそうにない。
宏子は強張った表情のまま、後ろを振り返る。
「…」
先ほどの非現実的な光景は消え、時折どこからか聞こえる自動車の走行音のみが、平凡な住宅街の静寂を破っていた。
「はあああっ…て、ここどこ?…」
周囲を見回す宏子。特に変な所は無いが、彼女には見覚えの無い家々が周囲に立ち並んでいる。
「まあいっか。どっか大きい道に出さえすればどうって事はないよね。美耶、疲れな…」
宏子は自分の右を向き、口を開いたまま止まった。
「…あれ、美耶?」
改めて自分の周囲を見回す。宏子は一人だけで、住宅街の道に立っていた。
「あれ、美耶? 美耶、美耶っ!?」
チャンチャチャッチャッ、チャンチャンチャン…。
「…」
ピッ。
鞄の中から着メロが鳴る。宏子は中から携帯を取り出し、それを開くのとほぼ同時に通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「あ、ひーこ、ひーこ、今どこっ? ようやく繋がった!」
「美耶! あんたこそ今どこにいんのよっ! 大丈夫?」
「えっとね、私は、えっと…春日部は出てないような気がするんだけど。」
携帯を滑り落としかけつつ、宏子が電話の相手に頷いた。
「…ああ、そう。とりあえず無事なのね? それなら良いけど、えーと、病院は? 今日もあんた、一応診てもらいにいくはずだったよね。」
「無事じゃないよお。ひーこが無理に引っ張ってくから途中で転んじゃって、両膝ともすり傷で、とっても凄惨な事になっちゃったんだからあ。だから、それを診てもらわないとね。」
凄惨というイメージからは程遠い呑気そうな声が、スピーカーから響く。
「ああ、そう…そりゃ悪かったね。」
「ひーここそ大丈夫?」
「あ、うん私も、肘あたりちょっとすっちゃったか…」

シュウンッ。
「!」
宏子が裾をまくって肘を見てみようと右腕を上げた時、そのすぐ下を青い光が通り抜けていった。
ガチャッ。
宏子は携帯を落とした。
「ん、ひーこ、どうしたの? …ひーこ、ひーこ?」
ズズズズ、ブブズズズ、ブズズズズ…
「…」
息をのむ宏子が向いた先、道の向こうから、黒いモンスターが一歩一歩近づいてくる。
「…」
「ひーこ、答えて、ひーこっ!?」
「あ、ごめん電波の入り悪いみたい、またねっ!」
「えっ? ちょっ」
ピッ。
宏子は拾い上げた携帯を閉じると、一目散に道路を駆け出す。

シュンッ、プシュウ。シュンシュン、プシュプシュウッ。
「朝といい、今といい、どうして誰も助けてくれないのよっ!」
−取りあえず、どこか道陰に隠れた方が良いのかも…。どこか良い場所…。
キーン…。
−えっ、嘘、何で今、こんな時に!

宏子の視界が、立ちくらみをしたかのように一瞬白く光る。
次の瞬間、宏子の体は棒のように固まった。

−何でよ、何でこんな時にコレが来るのよ!
宏子は懸命に自分の体を動かそうとするが、顔のわずかな表情筋くらいしか反応しない。
「……、……」
道の前方で、うすぼんやりした何かの影が、こちらに話しかけてきているのが見える。
−分かんないわよあんたの話、言いたい事があるならはっきり言いな…っていうか今は早く解放してよ、それどころじゃないんだから!
−これが始まったら、数分は動けなくなる…ここ数週間無かったでしょ、何で今この時に来んのよ…。

青白い光はやんだが、モンスターの声のような音と足音が、背後から着実に近づきつつあるのが聞こえる。
ブズズ、ブズズズズ…。
−何なのこれ、こんなんで私の一生終わるんかい…。…まだ、姉貴のプレゼントも結局思いついてないのに…。
カツ…カツ…カツ…カツ…。
−最期なのに、目を閉じる事も耳をふさぐ事も出来ないの、私? 勘弁してよ…あんまり痛くなければいいんだけど…。
カツ…カツ…カツ…カツ…カツ…。
−だから、頼むからさあ、こういう時に話しかけてくるのはやめてよ…間が悪いでしょ、ねえ……お父さんも…お母さんも、さあ…。
「…」

はっ

「解放された!」
急に視界が元に戻る。
背中を押されるように体を弾かせた宏子は、後ろを向かず走り出した。
カツ…カツ……カツ…。
シュンッ。
「っと!」
細い道を右折する宏子。
「うっ。」
宏子の前方に広がる道は、10メートルもいかずに個人宅の入り口になって終わる袋小路だった。
「…」
後ろを振り向く宏子。モンスターは既に同じ道を曲がり、彼女の目と鼻の先にまで近づきつつある。
「は、はあっ…」
カツ…カツ…カツ…。
その巨大な体に比べて小さな足を器用に動かし、モンスターが宏子に、一歩一歩近づいてくる。周囲を見回す宏子。逃げ道らしき場所は見あたらない。
「はあっ、はあっ、はあっ…はあっ…」
宏子はモンスターの方向を向いたまま、へたりこんだ。


シュウウン、ズバアアアアアアアアアアン!!


「え?」
宏子の後ろで、爆発音と共に何かが光瞬き、そしてその後に軽い風が吹いた。振り返る宏子。
<ああ、間に合った。大丈夫か?>
「だ…え? ってキャアアアアアッ!」
宏子に呼びかけたのは、髪の毛が全く無く、そのかわりに頭部にフクロウの耳のような突起を持った人間だった。服は東南アジアあたりの民族衣装のようで、どうやら男性らしいが、全体的に青白い、というよりも、青そのものの肌をしている。
「な、ど、な、どういう格好してんのよ!」
<落ち着いてくれ、俺はお前の味方だ、お前を助けに来たんだ。>
「え? …あ、え…うん、じゃあお願い! あれを何とかして!」
<あ、って言っても奴を今、倒せるのはお前だけなんだけどな。頑張ってくれよ!>
「は、はあああっ!?」
カツ…カツ…カツ…。
モンスターはニ人にゆっくりと近づく。
<このステッキを持って、「フィア・ディシュ」と叫びながら…いや、「止まれ!」と叫びながら振ってくれないか。>
男はニコ、と笑いながら、背後からピンク色のステッキを取り出した。
「…あ、あのさあ、そこまで人をコケにして楽しい? もうホントおちょくるのもいい加減にしてくれる?」
<…ああ、でも叫ぶ時はちゃんと心を込めてくれよ、そうしないとそのステッキも働かないからな。>
「人の話聞きなさいよ!」
シュウンッ。
「ひっ」
宏子の目の前を青い光がかすめる。
<本当は練習してほしいところだが、見ての通り時間が無い。今すぐ魔法使いとしてのお前の才能を見せてくれ!>
「そんな才能持ってないっ!」
カツ…カツ…カツ…。

ズズズ、ブズズズズ…。
宏子達の1メートルほど前にまでモンスターが近づき、ニ人を嘲り笑うように音を立てた。
「…あーっ、もう分かったわよ、やれば良いんでしょ、やれば!」
宏子は男からステッキを奪うように取ると、仁王立ちで、それをモンスターの前に突き出した。
「てめえ止まれ、いい加減にしろおおおおっ!」
シュン、シュウウウウン…。
「…え、ええっ?」
ステッキの先端に付いていた赤い宝石らしき物が光り出す。思わずステッキを下ろしまじまじと見つめる宏子。

シュウウン、シュウウウウウウウウン…。
石は輝きを増し、彼等の周囲をまばゆい光が包み込んだ。

続く



Written by FML (AKA Franken).
Ver. 1.00 on 2002/4/10, Ver. 1.05 on 2002/5/1.

「わ、凄いよひーこ、魔法が使えるんだ!」
「だから使える訳ないでしょ、全部どっきりだ、って言ってるじゃん。」
「そうかなあ?」
「そうなの。そうに決まってんでしょ。」
「でも、魔法少女なんて、今時なかなかいるもんじゃないよ?」
「だから嫌なのよ、っていうか昔からいなかったでしょそんなもん!」
「あー。それじゃあひーこは知らないんだね。この村に古くから伝わる、魔法少女の伝説を!」
「この村って、どの村よ…」
「魔女裁判にかけられた村人達が何人も、五右衛門風呂で釜茹でに…」
「和風なのか洋風なのかどっちか統一しようよ。」
「トイレにいる花子さんっていう象がね、最後、毒の餌を食べて死んじゃってね、」
「もう何言ってるんだか全然分かんないよ。」
「まあ、結局その村人達が捕まっちゃった理由っていうのは、法律に違反してたからなんだけどね…。詐欺とかで…。」
「じゃあ魔法全く関係無いでしょうがっ!」
「そういう訳で次回、「魔法少女佐藤」第2話、「ニ人目の魔法少女」。お楽しみに!」
「って待て、何だ、その断定的な連載タイトルはあああっ!」



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