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「っていうか、私は魔法少女じゃないって言ってんでしょっ!」
宏子は両手でステッキを持ち、ダン、と右膝に当てた。
グニャッ。
<うわっ!>
「…わー、結構簡単に曲がるもんなんだ。ねじったら切れるかな?」
90度近く折れ曲がったステッキを、驚いた様子で見る宏子。
宏子は既にベッドからは出ていたが、まだパジャマ姿だった。男の方は昨日と同じ格好だ。
<おい、お前、何て事をするんだ! そのステッキがどれだけ貴重か分かってるのか?>
「こんなのその辺のトイザらスで5、600円で売ってるって。欲しけりゃ買いに行けば? えーと、ほら、ここからだったら16号線岩槻の方に行って、元荒川、越えた角で…」
<頼むからちゃんと念じてくれ。お前の言葉で言われても俺には分からないんだ。>
「は、何が? あんた日本語喋ってんじゃん。」
宏子はぽかんとした様子で男の顔を見た。
<念じてくれよ! まさか俺のテレパシーが伝わってない、って事はないよな…なあ、俺の言ってる事、本当に聞こえてるか?>
「…あれ?」
心配そうな表情をしている男は、こちらに語りかける間、一切口を開いていなかった。
「…腹話術?」
<おい、頼むぞ…でも、昨日あれだけの魔力は見せてるから通じない訳はないんだが…>
「あ、凄い凄い! 全然口開いてないのに! テレビ出れるよ! あんた格好も目立つから結構話題に!…って、あれ、元々あんたってもうテレビの芸人なのか?」
<あの、俺の言ってる事、少しでも聞こえてる?>
男は苦笑いしながら首を傾げる。
「うーん、でもなあ。素人さんを死ぬほど驚かせたりとか、ましてや寝起きをいきなり襲うなんて、あんまり良くないと思うんだなあ。…そりゃまあ、確かに、私位の見た目だったら何て言うかテレビでいじりがいもあるっていうかさ、あ、いや、もちろん凄い美人だっていう訳じゃないけど、逆にそういう親しみやすさがいかにも親近感があるっていうか、うーん言ってみれば坂下チリちゃんライン? まあ彼女よりか私の方が全然年は若い訳だけど…」
<…頼む、聞こえていたら、俺の言う通りにしてみてくれないか。>
「ん?」
自分で自分の言葉にうっとりしつつあった宏子が顔を上げた。
<ええと…右手のひらと左手のひらを合わせてみてくれ。前で。…胸の前、だな。>
「んー?」
眉を寄せつつ、宏子が男の言う通りにしてみせる。
<ああ、やっぱり伝わっていたのか! …よかった、コミュニケーションがとれなかったらどうしようかと思ったぞ。>
「何言ってんの?」
<…よし、じゃあ、手のひらを上にするように、両手を開いて。つまり、それぞれの指と指は離さず、右手と左手のはじも付けたままで、手のひらだけ離すんだ。>
「…こういう事?」
宏子が手のひらを上に向ける。そうすると、まるで宏子が何かを恵んでもらいたいかのような手の付け方になった。
<良いぞ。それでそのまま、両手を目位の高さまで上げるんだ。>
「…」
手を上げてみせる宏子。
<そうだ! …あはは、こりゃ最高だ! 地球人が挨拶してる、あはは、これは面白…>
「…私で遊んで楽しいかい。」
眉の吊りあがった宏子が、低い声を出しつつ男の目の前に顔を近づけていた。
腕組みをした宏子は、近所迷惑な勢いの大声をあげた。
「えええっ? つまり、あんたはずっと私に、テレパシーで語りかけていたっていう訳え?」
両頬及び後頭部に未だ残る激痛に顔をしかめながら、男が顔を上げる。
<頼むから何か言いたい時は、その内容を念じてくれ。>
「ほんとにそんなので通じるのお?」
<お前達の言葉が直接喋れないのは悪いと思っているが、こっちも時間と機材の余裕が無かったんだ。…いや、人材の余裕と言うべきかな。>
男は自分の言葉にはっとして、天井付近を見上げながら首を上下に動かした。
<いやいや、そんな事はないぞ。俺はこの辺境までやってきた勇敢な魔術師だ。それは確かに今はNK65の班師補でしかないが、このまま地球同胞の魔術開化を助ける事が出来たら、ついに俺にも正当な評価が>
「あー、もしもし、君、それでは今から念を送ってみようと思うんだが、良いかね?」
宏子が男の目の前に手のひらをかざす。
<ん、何だ。何のジェスチャーだ?>
「いまから、ねんを、おくるからね?」
何の意味があるのか、ゆっくりと念を押すように繰り返す宏子。
「んんんん…」
宏子は両手を組んで、目をつむりうなり声をあげだした。
<ああ、こっちに向かって念じてくれているんだな!>
男は嬉しそうに頷いた。
<一体何を念じているんだ…考えてみれば、これは記念すべき、地球人との初の直接的な意志疎通の瞬間になるんじゃないか!>
「んんんん…」
<…ああ、感じられる、何かのイメージが感じられるぞ。ん…ぼんやりしているな。言語に頼りすぎだ。もう少し意味自体のイメージを送るようにしてもらえないか。>
「…うるさいなあ…」
宏子は眉をひそめながら念を送り続ける。
<ああ、良い感じになってきたぞ! さすが魔法少女だけあって飲み込みが早いな…。ん…早く…とても…消える…>
興奮した様子で、男が受けたイメージを再構成している。
<外出する…ここより…お前……毛の無い……男…>
男の言葉が、徐々にトーンダウンする。
<…>
<…>
<…<とっととここから出てけ、このハゲ野郎。>……>
男が、宏子から受けたテレパシーを再構成して繰り返した。
「わーっ、凄い、通じてる! あんた凄いじゃん! どういうトリックなの?」
<…>
置物のように固まっている男を前に、宏子は元気良く目を見開いた。
「宏子お、今日は朝飯抜きかー?」
ドアからの女性の声に、宏子は我に返った。
「え、姉貴がもう部屋出たって事は…?」
呟きながら大きなデジタルの置き時計を見る。
「わっ、何この時間っ! もう家、出ないと! って私まだ着替えてもないじゃん!」
慌ててワードローブを開け、自分のパジャマの腰に手をかけた所で、宏子はふと振り向いた。
「ってちょっとあんたいつまでいるのよ! とっととここから出てけって…」
<…>
「…おい。おいっ!」
男の肩を叩く宏子。
<…ん、あ、何だ?>
「ふう…」
宏子は腕を組んで再び目をつむった。
<…デテケ…イマスグ…デナイト…コロス…>
<わ、分かった分かった。今は取りあえず出ていくよ。>
男は健気に微笑んで見せた。
<でも、いいか。いつでも困った時は、このステッキ…はまずいな、新しいステッキをすぐに渡すから、そっちを降れば俺はいつでも>
「いいから出てけって言ってんでしょっ!」
<……了解。>
迫る宏子に後ずさりながら、男は頷いた。
「…大体あんた、どうやってこの部屋に侵入したのよ。窓よじ登ってきたの?」
<それじゃあな、いつでも呼んでくれよ。>
男はダボダボの服の裾から携帯ゲーム機程度の大きさの物体を取り出した。左右に羽のような形の取っ手らしき物がついたそれは、中央に例のステッキの物と同じ、水晶のような透明な石がはめ込まれている。ピンクの本体と白の取っ手のその物体は、可愛らしい、というより殆どキッチュという方が近いような見た目だった。
<気律の力を、我の頭上に…>
男が何かを念じる。
<ザナ・キュディヌ・ヒオ!>
「…!」
男のテレパシーが急に意味不明なものとなり、宏子は驚いて後ずさる。男が手にしている物体の石が、青く光り出した。
シュウ、シュウウウウウン…。
ビュウウウウウウウウウウウ…
それと同時に男の周囲、十数センチの空間のみが、嵐のような激しい空気の流れに包まれる。
ビュウウウウウウウズパアアアアアアアアアン!
「…」
石の光が最高に輝くと同時に、空気が爆発したかのように周囲に吹き出し、光と共に男は跡形もなく消えた。
「…」
まだ吹いている弱い風を頬に感じながら、宏子は男の消えた所を、口を開けたままぼうっと見つめていた。
「…ん…」
宏子はふと、そのすぐそばの床に置いてあるものに気づいた。
「…だからこれいらないから、ちゃんと持ってけっつーの…」
自分が折り曲げたステッキを床から拾い上げ、一人ごちる宏子。
「って、いけない、このままじゃ美耶ともども遅刻だーっ!」
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