| 濃い青色の空の隅で、夕日がオレンジ色に輝いている。 公園の遊歩道を歩いていた制服姿の宏子は、自分の前に人影を確認し、そこで足を止めた。 「…」 <いよっ、ヒーコ。> 「…」 宏子の目が細まる。宏子は軽く息をつくと回れ右をし、元来た道を戻りだした。 <…おいおい、わざわざ来る時間まで待ってやったのに、その態度は無いだろう。> 「…あんたこそ、何なの、その態度…」 小声で呟く宏子。宏子は足を速める。 <おい、待て、待て。…待て、って!> 宏子のところまで追いついてきたプオラギイックが彼女の腕をつかむ。彼女は立ち止まり、きっ、とプオラギイックを睨みつけた。 <離せ、手を。痴漢、行け、どこかへ!> <別に何もしてないだろ…つくづく地球人的な奴だな、お前は。> プオラギイックは手を離す。彼はやれやれ、と両手を上げた。 <…> 宏子は何か言いたげに彼を見るが、すぐに目をそらし、また無言で歩き出した。方向は、また元に戻り、本来の帰り道の方の向きだ。 <今日は、美耶は一緒じゃないのか。> <…> <…ああ、何でも部活らしいな。三日前は意識不明の重体で、昨日退院、今日はもうバレーボールか? クザラル人だったら考えられないぞ、地球人の生命力というのは素晴らしいものなんだな。> <…> 一緒に歩き出したプオラギイックが宏子の横で楽しそうに念じている。宏子は額の皺の数を増やしながら、無視して歩き続ける。 <ヒーコはどうなんだ、スポーツは何かやるのか? 俺か? 俺は駄目だな。今まで、そっちに打ち込むような時間が無かったんだ。大体ニグーワー人っていうのは、スポーツが得意な種族じゃないんだけどな。この前の国際サップテーナーバ大会で一勝でも勝てた、っていうのが奇跡だ、って国中で話題になるような所だから。大体俺は思うんだが、第三攻撃手にアルールダップブを使っている時点で、クンチャジールニック監督はやっぱり国際大会を甘く見ているという印象は拭えな…> 「ああ、もううるさいなっ! クンチャンだかダプダプだか知らないけどやめてくんない!」 <…> 立ち止まる宏子。プオラギイックは不思議そうに宏子を眺める。 <そんな、表情、何で!> <いやあ…何だかヒーコ、怒ってるみたいだぞ?> <怒ってる!> 顔をくっつけんばかりにプオラギイックに近づけ、宏子は指を突きつける。 プオラギイックは首を傾げる。 <うーん…ああ、そうか。つまり、自分も運動音痴だからスポーツの話題は嫌いだ、という訳か。しかしそれは良くないな。お前はこれから、嫌でも運動はしないといけなくなるんだからな。> <…人の運命を、決めるな、勝手に。> 宏子はプオラギイックを睨む。 <それから、私はヒーコじゃない。宏子だ。> <でも、あだ名はヒーコなんだろ?> <…お前はあだ名で呼ぶな。> <つれないなあ。これからお互い、長い付き合いになるかもしれないのに。> <お前とは付き合わない! 人に勝手に付きまとうのは、やめろ。いい加減にしないと私も怒るぞ。> プオラギイックは少し驚いた様子で、軽く口を開けた。 <ほう。…つまりまだ、怒ってはいないって事だったのか。充分怒っているように見えていたけどなあ。> 「…何なのコイツ。何なのコイツ何なのコイツ何なのコイツッ…!」 いらいらと足を揺らしながら、宏子が眉をよせる。 プオラギイックは少し真面目な表情になり、自分達の後ろに目を向けた。 <しかし、まだここ位しか攻撃されていないから隠せているが、その内モンスターの攻撃も、一般民衆に大っぴらにしないといけなくなるんだろうな…パニックが起きなければ良いんだが…> 彼の視線の先には、既に二度も攻撃されたコンクリート製の滑り台がある。 <…だから、そのモンスターとか言うのは、全部やらせなんでしょ?> <やらせ?> プオラギイックが振り返る。彼は、頭についている両耳を立てた。 <全部あんた達が仕組んでる事なんでしょ。魔法がどうとか、適当な事言って。モンスターっていうの、あのデカい昆虫のお化け。あれもハナから、あんた達が作ったもんに決まってる。> <はあ…まあ、急にこんな事態になって信じたくない、って気持ちも分からないではないが…でもお前今、自分がテレパシーを使っているっていう事は、自覚しているか?> <確かに、私の考えは読めるみたいだけど、今の科学技術だったらそれ位出来るのかもしれないでしょ。少なくとも、宇宙人がここに落ちて来るとか、しかもその宇宙人が魔法を使えるとか? そんな話まともな奴が信じると思う? 大体魔法っていうのは、宇宙人が使うもんじゃないでしょうが!> <ん、そうなのか? 難しいんだな、地球の言語感覚は…ああ、じゃあ「宇宙魔法」で構わないぞ。それなら宇宙人が使っても大丈夫だろ。> 「…はああ…」 笑顔で頷くプオラギイックを前に、宏子はため息をついた。 <一体あんたは、何が目的な訳? もういい加減良い絵は撮れたでしょ。人をおちょくるのもたいがいにしなよ。> <俺は、地球人達をモンスターの魔の手から守りたいんだ。> <答えがズレてんだけど…でも、何? それであんたじゃなくて、私が戦え、って? 嘘にしたってそれは、何か間違ってない?> <俺も忸怩たるものは感じている。だが、こっちも人員不足なんだ。俺ももちろん出来る限りの事はするが、潜在的な魔力は、お前のほうが上なんだよ。俺の2倍…いや多分、3倍以上はあるはずなんだ。> <冗談言わないでよ。…言うなら笑える冗談言って。> <冗談なんかじゃない。…脅迫するがな、俺を邪魔だといって追い払うのは簡単だが、それでまたモンスターに襲われた時、どうするんだ? いくら潜在的な魔力が強いって言ったって、今のお前じゃ奴等の格好の餌食になるだけじゃないか。> <だから、そのモンスターがあんた達のやらせなんでしょうがっ!> <やらせなんかで地球人の命を危険にさらす訳ないだろっ!> 頭から発せられるテレパシーを介して、ニ人は互いに「怒鳴り」あう。 <まったく、こっちが下手に出ていれば、いちいちカンに障る言い方をする子供だ…> <ああ悪かったね子供で。でも子供だって、大人が嘘をついてる時っていうのは大体分かるもんなの。多少、偏差値の低い子供でもね。> <どうすれば、俺の言ってる事を信じてもらえるんだろうな…> プオラギイックは息をついた。彼の両耳がたれさがる。 「…」 彼の耳に目がいく宏子。 <…> <…> その耳は生き生きと動いていて、宏子の目には特殊メイクとは信じがたかった。 <…人の顔をじろじろと見るな。> <何よ、人の事ストーカーしてんのはあんたでしょうが。> 宏子は鼻息をつき、視線をそらす。 <…> 腕を組み、しばらく公園の木々を見ていた宏子は、ふと視線をプオラギイックに戻した。 <…ねえあんた。一つ、相談事があるんだけど。> <…は?> <今ね…姉貴の誕生日が近くて、それでプレゼントを考えてんのよ。> <ああ…地球だと、そういう習慣があるみたいだな。> 「…一々、表現がうるさいな…」 宏子は呟きながら、眉をひくつかせる。 <だが個人の誕生日を別々に祝うのは欧米で、アジアでは新年に全員まとめてお祝いをする…とか、確か聞いた気がしたんだが…> <日本の場合は、別々に祝うの。…宇宙人さんは。知らないかもしれないけど。> <ほう、そうだったのか。> 素直に感心した様子のプオラギイック。宏子はため息混じりに頷く。 <うんそう。そうなの。…で、色々考えたんだけどさ、今度の金曜にミスチルがコンサートするんだよ、西武ドームで。それのコンサートチケットをあげたら多分、姉貴は凄く喜ぶと思うんだよね。> <はあ…つまり、お姉さんはそのミスチル?っていうバンド?のファンな訳だな。> やや首をかしげながら、プオラギイックは頷く。 <うん。でも問題があってね。…もうそのチケット、売り切れちゃってんのよ、実は。二ヶ月位前にね。だから、今から買うのは無理なんだ。…まあ、売り出した時に買わなかった私が悪い訳だけど、私のシュミな音楽とはまた、ちょっとジャンル違うしさ。売り出す日なんか一々チェックしてないじゃん?> <そうか…それは、残念だったな。> <うんまあ、インターネットのオークションとか、使おうと思えば使えるけど、多分バカ高いから高校生には払えない額じゃん? となると、残る方法はただ一つだよね。> <そうだな。諦めて、他のプレゼントを探すしかないだろうな。> <じゃなくて。魔法だよ。> <…> プオラギイックは宏子の言葉が全く理解できない様子で、眉を上げた。 <は?> <だから、ま・ほ・う。魔法を使って、チケットをゲットすれば良いんじゃん。そうすれば姉貴はコンサートに行けるし、私がこの年で借金に苦しむ事もないし、めでたし、めでたし、じゃない?> <…は?> 今度は話の意味は理解した様子のプオラギイックが、再び聞き返す。 <…あのさあ、それ位出来ないようだったら、あんたが魔法が使える宇宙人だ、なんて私には信じられないんだよね。やっぱり全部やらせだったんだな、って感じがしちゃうでしょ。ねえ。> 「Tueeehk...」 プオラギイックはため息をついた。 <つまりそれが、俺が「本物の宇宙人」かどうかを試す試験だ、って言いたいのか?> 両手を腰につけた宏子が頷く。 <ま、別にそれ以外の方法で証明してくれても良いけどね。宇宙人なら、宇宙船から来てるんでしょ? それなら私を宇宙船に連れてってくれたら、信じてあげても良いけど。> <いや…それは無理なんだ。ウチの宇宙船は地球人が乗る事を想定していないから、お前の健康に悪影響が出る可能性がある。だから安易に乗せる訳にはいかないんだ。> <ほお? …じゃあ、しょうがないねえ。でもチケットを取る位なら「健康に害」も無いんじゃない? ん?> 宏子は眉を上げてみせる。 <はあ…健康に害は無いかもしれないけどな。でも、無理だ。> <何でよ。魔法が使えるんだったらそれ位簡単でしょ。> <魔法って言ったって何でも出来る訳じゃない。チケットはもう売り切れたんだろう? そうしたら、もうどうしようもないじゃないか。無いものを今から用意しろなんて、無理だろ。> <何言ってんのよ、ぶっ壊れて無くなった公園を完璧に直したのはあんた達なんでしょ。> <まあな。だが実を言うと、完璧と言うほどには直していないんだ。街灯に関しては目立つから、頑張って何とかしたが、それ以外の物に関しては違う方法を使っている。…まあとにかく、チケットをゼロから作るなんていうのは無理だ。それはまあ、既にチケットを持ってる人の家に押し入ってチケットを強奪でもするとか、コンサートの受付を全員殺害して、入り口を強行突破するとかすれば話は別だけどな。> <それ、魔法関係無いじゃんよ。> <魔法で押し入るなり、魔法で殺すなりすれば、って話だよ。> <あのねえ…どうしてそうなる訳? 誰もそんな話してないでしょ。まあ、結局使えないって訳ね。> 宏子は肩を上げる。身を翻し、彼女は公園の歩道を歩いていく。 <まあ…もう少し無難な線で言えば、系魔法を使って受付を騙せば良いのか。適当に偽造したチケットを持っていって、それが本物である、って受付が思うようにすれば良いんだよな、要は。まあ実際公園の「修復」も、木の場合はそれに近い技術を使った訳だし…> <…> 宏子は立ち止まり、振り返る。 <何だ、出来るの?> やや考えていたプオラギイックは、空を仰ぎ見るかのように、首を上に向ける。 <いや…それにしたって無理だろ。要は文書偽造だからやって良い事じゃないし、大体向こうだって馬鹿じゃない、そういった受付では当然、魔力のチェック装置がごまんとこっちを見張っているはずだ。> <何よその、チェック装置って。初めて聞いたけど。> <…ああ、そうか。ここは地球だったな。> 宏子は目を細めた。 <…あ、分かった。みなまで言うな。つまりあんたのやって来た宇宙の星では、皆魔法を使うのが普通だから、そういうズルに対するチェック装置があると。でもここは地球だから、そんなチェック装置は無い、と。> <…だとしても、駄目だ。> <何がよ。> <やって良い事と悪い事っていうのが、あるだろ! とにかく今言った方法は駄目だ。捕まる捕まらないの問題じゃなくて、やっちゃいけない事だろ。倫理的に。人を騙すようなやり方は良くない。> <じゃあ…何か他に方法がある訳?> <…ヒー…いや、宏子。魔法で、何でもかんでも解決できる訳じゃないんだぞ?> <何言ってんの、解決できてるじゃん。その方法でやれば十分オーケーじゃん!> <だからな、> <あのさあ、そこのドーム、何万人も入れるような場所なんだよ。別にお客が一人二人増えたからって、誰にも迷惑になんかならないって。> <そういう問題じゃないだろ。さっき言った方法は、一種の泥棒である事に違いは無いんだぞ。> <だから、そんなカタイ事誰も気にしないって言ってんの! > <俺は気にする。> <な…> プオラギイックは目を細め、宏子の顔を見る。 <大体、そんなプレゼントの仕方をされても、お姉さんも喜ばないだろう。> <ばあか。姉貴に魔法がどうのとか、教える訳ないでしょうが。仮に教えても、こっちが気が狂ったとしか思われないっつうの。> <…宏子。お姉さんを思う気持ちは美しいが、それで犯罪を犯してもしょうがないだろ。俺は協力しない。別のプレゼントを考えろ。> <…つっかえない自称宇宙人…> <ああ、何とでも言え。だが、犯罪目的で人を騙すのは間違ってる。地球人も、それ位の事は分かっていると思っていたんだがな。> <あのねえ…あんたのその妖怪状態の顔で何言われても、説得力まるで無いって分かってる?> 首を上げるプオラギイック。 <妖怪は酷いな。これでもまだ、若さみなぎる12歳なんだぞ。> <…12歳?> <…ああ、地球の年でいえば…確か22か、3だったかな。> <…> 宏子は眉を上げた。 夕日の中、彼女は再び歩道を歩き出す。数歩歩いたところで、彼女はプオラギイックに振り返った。 <もう、付き合いきれないから。こっちに付いてこないでよ。…あんまりしつこいようだったら、本当に警察呼ぶからね。> 宏子はそれだけ念じると、自分の帰路をずんずんと歩いていく。 <…9歳児のおもりは大変だな…> |
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自分の部屋の椅子に座っている宏子は、頬杖をつきながら雑誌を眺めていた。 間もなく赤い光が、ステッキの先端から溢れるように光り輝きだした。 |
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「あい…」 |
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「それで、結局来てしまった訳ね…」 「あ…く、ま…」 |
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東公園のブランコに、いつものように夕日が差している。 <何でそう、魔法を否定する? 昨日は自分で魔法を使ったんだろ? 目的は良くないし結果も失敗だったが、確かに自分で魔法を使ったな?> 「そこの君、ちょっと話を聞きたいんだが良いかな?」
シュウウウウウウウ、シュウウウウウウウウウウウウウウウウウン…。 「Naziiirraaaaaaaaaaaahh!! Eh!?」 続く |
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「ひーこ、魔法で今日の宿題、片付けちゃってくれないかな。」 |