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←Part A


濃い青色の空の隅で、夕日がオレンジ色に輝いている。
公園の遊歩道を歩いていた制服姿の宏子は、自分の前に人影を確認し、そこで足を止めた。
「…」
<いよっ、ヒーコ。>
「…」
宏子の目が細まる。宏子は軽く息をつくと回れ右をし、元来た道を戻りだした。
<…おいおい、わざわざ来る時間まで待ってやったのに、その態度は無いだろう。>
「…あんたこそ、何なの、その態度…」
小声で呟く宏子。宏子は足を速める。
<おい、待て、待て。…待て、って!>
宏子のところまで追いついてきたプオラギイックが彼女の腕をつかむ。彼女は立ち止まり、きっ、とプオラギイックを睨みつけた。
<離せ、手を。痴漢、行け、どこかへ!>
<別に何もしてないだろ…つくづく地球人的な奴だな、お前は。>
プオラギイックは手を離す。彼はやれやれ、と両手を上げた。
<…>
宏子は何か言いたげに彼を見るが、すぐに目をそらし、また無言で歩き出した。方向は、また元に戻り、本来の帰り道の方の向きだ。
<今日は、美耶は一緒じゃないのか。>
<…>
<…ああ、何でも部活らしいな。三日前は意識不明の重体で、昨日退院、今日はもうバレーボールか? クザラル人だったら考えられないぞ、地球人の生命力というのは素晴らしいものなんだな。>
<…>
一緒に歩き出したプオラギイックが宏子の横で楽しそうに念じている。宏子は額の皺の数を増やしながら、無視して歩き続ける。
<ヒーコはどうなんだ、スポーツは何かやるのか? 俺か? 俺は駄目だな。今まで、そっちに打ち込むような時間が無かったんだ。大体ニグーワー人っていうのは、スポーツが得意な種族じゃないんだけどな。この前の国際サップテーナーバ大会で一勝でも勝てた、っていうのが奇跡だ、って国中で話題になるような所だから。大体俺は思うんだが、第三攻撃手にアルールダップブを使っている時点で、クンチャジールニック監督はやっぱり国際大会を甘く見ているという印象は拭えな…>
「ああ、もううるさいなっ! クンチャンだかダプダプだか知らないけどやめてくんない!」
<…>
立ち止まる宏子。プオラギイックは不思議そうに宏子を眺める。
<そんな、表情、何で!>
<いやあ…何だかヒーコ、怒ってるみたいだぞ?>
<怒ってる!>
顔をくっつけんばかりにプオラギイックに近づけ、宏子は指を突きつける。
プオラギイックは首を傾げる。
<うーん…ああ、そうか。つまり、自分も運動音痴だからスポーツの話題は嫌いだ、という訳か。しかしそれは良くないな。お前はこれから、嫌でも運動はしないといけなくなるんだからな。>
<…人の運命を、決めるな、勝手に。>
宏子はプオラギイックを睨む。
<それから、私はヒーコじゃない。宏子だ。>
<でも、あだ名はヒーコなんだろ?>
<…お前はあだ名で呼ぶな。>
<つれないなあ。これからお互い、長い付き合いになるかもしれないのに。>
<お前とは付き合わない! 人に勝手に付きまとうのは、やめろ。いい加減にしないと私も怒るぞ。>
プオラギイックは少し驚いた様子で、軽く口を開けた。
<ほう。…つまりまだ、怒ってはいないって事だったのか。充分怒っているように見えていたけどなあ。>
「…何なのコイツ。何なのコイツ何なのコイツ何なのコイツッ…!」
いらいらと足を揺らしながら、宏子が眉をよせる。
プオラギイックは少し真面目な表情になり、自分達の後ろに目を向けた。
<しかし、まだここ位しか攻撃されていないから隠せているが、その内モンスターの攻撃も、一般民衆に大っぴらにしないといけなくなるんだろうな…パニックが起きなければ良いんだが…>
彼の視線の先には、既に二度も攻撃されたコンクリート製の滑り台がある。
<…だから、そのモンスターとか言うのは、全部やらせなんでしょ?>
<やらせ?>
プオラギイックが振り返る。彼は、頭についている両耳を立てた。
<全部あんた達が仕組んでる事なんでしょ。魔法がどうとか、適当な事言って。モンスターっていうの、あのデカい昆虫のお化け。あれもハナから、あんた達が作ったもんに決まってる。>
<はあ…まあ、急にこんな事態になって信じたくない、って気持ちも分からないではないが…でもお前今、自分がテレパシーを使っているっていう事は、自覚しているか?>
<確かに、私の考えは読めるみたいだけど、今の科学技術だったらそれ位出来るのかもしれないでしょ。少なくとも、宇宙人がここに落ちて来るとか、しかもその宇宙人が魔法を使えるとか? そんな話まともな奴が信じると思う? 大体魔法っていうのは、宇宙人が使うもんじゃないでしょうが!>
<ん、そうなのか? 難しいんだな、地球の言語感覚は…ああ、じゃあ「宇宙魔法」で構わないぞ。それなら宇宙人が使っても大丈夫だろ。>
「…はああ…」
笑顔で頷くプオラギイックを前に、宏子はため息をついた。
<一体あんたは、何が目的な訳? もういい加減良い絵は撮れたでしょ。人をおちょくるのもたいがいにしなよ。>
<俺は、地球人達をモンスターの魔の手から守りたいんだ。>
<答えがズレてんだけど…でも、何? それであんたじゃなくて、私が戦え、って? 嘘にしたってそれは、何か間違ってない?>
<俺も忸怩たるものは感じている。だが、こっちも人員不足なんだ。俺ももちろん出来る限りの事はするが、潜在的な魔力は、お前のほうが上なんだよ。俺の2倍…いや多分、3倍以上はあるはずなんだ。>
<冗談言わないでよ。…言うなら笑える冗談言って。>
<冗談なんかじゃない。…脅迫するがな、俺を邪魔だといって追い払うのは簡単だが、それでまたモンスターに襲われた時、どうするんだ? いくら潜在的な魔力が強いって言ったって、今のお前じゃ奴等の格好の餌食になるだけじゃないか。>
<だから、そのモンスターがあんた達のやらせなんでしょうがっ!>
<やらせなんかで地球人の命を危険にさらす訳ないだろっ!>
頭から発せられるテレパシーを介して、ニ人は互いに「怒鳴り」あう。
<まったく、こっちが下手に出ていれば、いちいちカンに障る言い方をする子供だ…>
<ああ悪かったね子供で。でも子供だって、大人が嘘をついてる時っていうのは大体分かるもんなの。多少、偏差値の低い子供でもね。>
<どうすれば、俺の言ってる事を信じてもらえるんだろうな…>
プオラギイックは息をついた。彼の両耳がたれさがる。
「…」
彼の耳に目がいく宏子。
<…>
<…>
その耳は生き生きと動いていて、宏子の目には特殊メイクとは信じがたかった。
<…人の顔をじろじろと見るな。>
<何よ、人の事ストーカーしてんのはあんたでしょうが。>
宏子は鼻息をつき、視線をそらす。
<…>
腕を組み、しばらく公園の木々を見ていた宏子は、ふと視線をプオラギイックに戻した。
<…ねえあんた。一つ、相談事があるんだけど。>
<…は?>
<今ね…姉貴の誕生日が近くて、それでプレゼントを考えてんのよ。>
<ああ…地球だと、そういう習慣があるみたいだな。>
「…一々、表現がうるさいな…」
宏子は呟きながら、眉をひくつかせる。
<だが個人の誕生日を別々に祝うのは欧米で、アジアでは新年に全員まとめてお祝いをする…とか、確か聞いた気がしたんだが…>
<日本の場合は、別々に祝うの。…宇宙人さんは。知らないかもしれないけど。>
<ほう、そうだったのか。>
素直に感心した様子のプオラギイック。宏子はため息混じりに頷く。
<うんそう。そうなの。…で、色々考えたんだけどさ、今度の金曜にミスチルがコンサートするんだよ、西武ドームで。それのコンサートチケットをあげたら多分、姉貴は凄く喜ぶと思うんだよね。>
<はあ…つまり、お姉さんはそのミスチル?っていうバンド?のファンな訳だな。>
やや首をかしげながら、プオラギイックは頷く。
<うん。でも問題があってね。…もうそのチケット、売り切れちゃってんのよ、実は。二ヶ月位前にね。だから、今から買うのは無理なんだ。…まあ、売り出した時に買わなかった私が悪い訳だけど、私のシュミな音楽とはまた、ちょっとジャンル違うしさ。売り出す日なんか一々チェックしてないじゃん?>
<そうか…それは、残念だったな。>
<うんまあ、インターネットのオークションとか、使おうと思えば使えるけど、多分バカ高いから高校生には払えない額じゃん? となると、残る方法はただ一つだよね。>
<そうだな。諦めて、他のプレゼントを探すしかないだろうな。>
<じゃなくて。魔法だよ。>
<…>
プオラギイックは宏子の言葉が全く理解できない様子で、眉を上げた。
<は?>
<だから、ま・ほ・う。魔法を使って、チケットをゲットすれば良いんじゃん。そうすれば姉貴はコンサートに行けるし、私がこの年で借金に苦しむ事もないし、めでたし、めでたし、じゃない?>
<…は?>
今度は話の意味は理解した様子のプオラギイックが、再び聞き返す。
<…あのさあ、それ位出来ないようだったら、あんたが魔法が使える宇宙人だ、なんて私には信じられないんだよね。やっぱり全部やらせだったんだな、って感じがしちゃうでしょ。ねえ。>
「Tueeehk...」
プオラギイックはため息をついた。
<つまりそれが、俺が「本物の宇宙人」かどうかを試す試験だ、って言いたいのか?>
両手を腰につけた宏子が頷く。
<ま、別にそれ以外の方法で証明してくれても良いけどね。宇宙人なら、宇宙船から来てるんでしょ? それなら私を宇宙船に連れてってくれたら、信じてあげても良いけど。>
<いや…それは無理なんだ。ウチの宇宙船は地球人が乗る事を想定していないから、お前の健康に悪影響が出る可能性がある。だから安易に乗せる訳にはいかないんだ。>
<ほお? …じゃあ、しょうがないねえ。でもチケットを取る位なら「健康に害」も無いんじゃない? ん?>
宏子は眉を上げてみせる。
<はあ…健康に害は無いかもしれないけどな。でも、無理だ。>
<何でよ。魔法が使えるんだったらそれ位簡単でしょ。>
<魔法って言ったって何でも出来る訳じゃない。チケットはもう売り切れたんだろう? そうしたら、もうどうしようもないじゃないか。無いものを今から用意しろなんて、無理だろ。>
<何言ってんのよ、ぶっ壊れて無くなった公園を完璧に直したのはあんた達なんでしょ。>
<まあな。だが実を言うと、完璧と言うほどには直していないんだ。街灯に関しては目立つから、頑張って何とかしたが、それ以外の物に関しては違う方法を使っている。…まあとにかく、チケットをゼロから作るなんていうのは無理だ。それはまあ、既にチケットを持ってる人の家に押し入ってチケットを強奪でもするとか、コンサートの受付を全員殺害して、入り口を強行突破するとかすれば話は別だけどな。>
<それ、魔法関係無いじゃんよ。>
<魔法で押し入るなり、魔法で殺すなりすれば、って話だよ。>
<あのねえ…どうしてそうなる訳? 誰もそんな話してないでしょ。まあ、結局使えないって訳ね。>
宏子は肩を上げる。身を翻し、彼女は公園の歩道を歩いていく。
<まあ…もう少し無難な線で言えば、系魔法を使って受付を騙せば良いのか。適当に偽造したチケットを持っていって、それが本物である、って受付が思うようにすれば良いんだよな、要は。まあ実際公園の「修復」も、木の場合はそれに近い技術を使った訳だし…>
<…>
宏子は立ち止まり、振り返る。
<何だ、出来るの?>
やや考えていたプオラギイックは、空を仰ぎ見るかのように、首を上に向ける。
<いや…それにしたって無理だろ。要は文書偽造だからやって良い事じゃないし、大体向こうだって馬鹿じゃない、そういった受付では当然、魔力のチェック装置がごまんとこっちを見張っているはずだ。>
<何よその、チェック装置って。初めて聞いたけど。>
<…ああ、そうか。ここは地球だったな。>
宏子は目を細めた。
<…あ、分かった。みなまで言うな。つまりあんたのやって来た宇宙の星では、皆魔法を使うのが普通だから、そういうズルに対するチェック装置があると。でもここは地球だから、そんなチェック装置は無い、と。>
<…だとしても、駄目だ。>
<何がよ。>
<やって良い事と悪い事っていうのが、あるだろ! とにかく今言った方法は駄目だ。捕まる捕まらないの問題じゃなくて、やっちゃいけない事だろ。倫理的に。人を騙すようなやり方は良くない。>
<じゃあ…何か他に方法がある訳?>
<…ヒー…いや、宏子。魔法で、何でもかんでも解決できる訳じゃないんだぞ?>
<何言ってんの、解決できてるじゃん。その方法でやれば十分オーケーじゃん!>
<だからな、>
<あのさあ、そこのドーム、何万人も入れるような場所なんだよ。別にお客が一人二人増えたからって、誰にも迷惑になんかならないって。>
<そういう問題じゃないだろ。さっき言った方法は、一種の泥棒である事に違いは無いんだぞ。>
<だから、そんなカタイ事誰も気にしないって言ってんの! >
<俺は気にする。>
<な…>
プオラギイックは目を細め、宏子の顔を見る。
<大体、そんなプレゼントの仕方をされても、お姉さんも喜ばないだろう。>
<ばあか。姉貴に魔法がどうのとか、教える訳ないでしょうが。仮に教えても、こっちが気が狂ったとしか思われないっつうの。>
<…宏子。お姉さんを思う気持ちは美しいが、それで犯罪を犯してもしょうがないだろ。俺は協力しない。別のプレゼントを考えろ。>
<…つっかえない自称宇宙人…>
<ああ、何とでも言え。だが、犯罪目的で人を騙すのは間違ってる。地球人も、それ位の事は分かっていると思っていたんだがな。>
<あのねえ…あんたのその妖怪状態の顔で何言われても、説得力まるで無いって分かってる?>
首を上げるプオラギイック。
<妖怪は酷いな。これでもまだ、若さみなぎる12歳なんだぞ。>
<…12歳?>
<…ああ、地球の年でいえば…確か22か、3だったかな。>
<…>
宏子は眉を上げた。
夕日の中、彼女は再び歩道を歩き出す。数歩歩いたところで、彼女はプオラギイックに振り返った。
<もう、付き合いきれないから。こっちに付いてこないでよ。…あんまりしつこいようだったら、本当に警察呼ぶからね。>
宏子はそれだけ念じると、自分の帰路をずんずんと歩いていく。

<…9歳児のおもりは大変だな…>
プオラギイックは彼女の後ろ姿を見ながら呟いた。


自分の部屋の椅子に座っている宏子は、頬杖をつきながら雑誌を眺めていた。
「はぁ…」
正確に言うと、特に雑誌を眺めている訳ではないようだ。雑誌を前にして、どこを見るでもなく、ため息をついている。
−やっぱり、一番喜んでくれそうなのはチケットだろうなあ…。
「って言っても魔法でも使えない限り、ゲットはちょっと無理だし…」
宏子は顔を机にうずめる。
「…」
宏子はふと顔を上げ、近くの床に転がっている、折れ曲がったステッキに目を向けた。
「…」
宏子は立ち上がり、ステッキに近づき、それを手にとる。
「チチンプイプイ、ミスチルのチケットくれー! …なーんてね。」
ステッキを一振りする宏子。宏子は自分で肩を上げ、机に戻ろうとする。
「…」
宏子は立ち止まり、自分の手にしているステッキを見つめる。
「まさかね…」
呟く宏子。
宏子は、90度に曲がっているステッキを逆方向に曲げなおす。
「んしょ…」
ややねじれがあるが、おおむね直線に近いステッキになった。宏子はそれを両手で持ち、まるでモンスターに対峙した時のように、深刻な顔で目を閉じた。
シュウウウウウン…。
ステッキの先端の、宝石のような部分から、赤い光が輝きだす。
「…」
目を開く宏子。
シュウウン…。
宏子が力を抜くと、ステッキの石の光はすぐに消える。
「…、ん…」
宏子はステッキを床に置き、机に走りよる。机の上のノートの1ページを破ると、彼女はそこに「チケット」とシャープペンシルで走り書きをした。
「…」
宏子はステッキを拾い直し、また先ほどと同じようにそれを両手で、剣道の木刀のように構えた。

間もなく赤い光が、ステッキの先端から溢れるように光り輝きだした。


「あい…」
ドアの向こうから、弱々しい声が微かに聞こえてくる。
「…」
明かりが付いている廊下。パジャマ姿の宏子は、あくびをかみ殺しながらドアの前で立っている。
「…」
「…」
「…んが…」
「姉貴?」
「…んぐ。がー…」
「こら、姉貴いいいっ!」
「…」
宏子はドア越しに叫ぶ。いびきの音ははたと止まり、その代わりにもぞもぞと何かのこすれる物音がした。
ガチャ。
「…何で起こす。今は夜だ。」
ようやくドアを開けた佳菜恵が、半分以上寝ている目でこちらを見る。おそらくは、睨んでいるのだろう。
「悪い。けど、こんな夜中に姉貴が帰ってくるから。話せる時間が今しか無いからさ。」
「私は今、「可愛い妹と話がしたい」とか思うほど、酔っ払っちゃいないぞ。」
「どうでも良いけどさあ…服位着たら?」
宏子はこれ以上なく乱れた髪の自分の姉の格好を、冷たい視線で眺める。
「着てるじゃないか。」
佳菜恵は黒い下着をはいている自分の腰に手を当ててみせた。
「…毛、出てるよ。」
佳菜恵は大きくあくびをする。
「生えていれば出る。こんな時間に起こして何の用だ、早く言え。」
「まあ良いけど…姉貴さ、今度の土曜誕生日じゃん?」
「ん? そうだったか?」
「そうだ、って。」
佳菜恵はどうでも良さげに頷いた。
「そうか。じゃあ今度でハタチだな。」
「何で減ってんのよ。」
「じゃあ15でも良いぞ。」
「それじゃ私が姉になるじゃないよ…」
「あー。もう眠いから寝る…」
部屋に戻ろうとする佳菜恵。
「ちょ、ちょっと待ってよ、全く冷たい姉貴だな。」
「何だよ。私は明日も早いんだぞ…」
「出るの私よりも後でしょ。…あのさ、えっと…あの、ま、普段の気持ち、って事でさ。一応ね。」
「ん?」
宏子は紙ケースを佳菜恵に手渡す。佳菜恵は眉を上げた。
「受け取って。」
「炭疽菌か。」
「良いから。」
「…」
佳菜恵はケースを開ける。彼女は中に挟んである紙片を見る。
「ん…何だ、これ?」
「何て…書いてある?」
「西武ドーム…4月13日…Sブロック、アリーナ…」
「ああ、半分寝ててもそれ位は読めるんだね。」
宏子は頷いてみせた。
「いや、もう目はパッチリ覚めた。」
先程までとは明らかに違う真剣な顔つきで、佳菜恵は宏子に首を振った。
「で、何なんだ、これは?」
「だから、今度の土曜誕生日なんでしょ?」
「…」
佳菜恵はもう一度、チケットに目をやる。
「偽造品だろ?」
「…何でそう思うのよ。」
「…でも…、…どうやって?」
「予約したんだよ。普通に、電話でね。ダフ屋から2枚買うほどは、私もお金余ってないし。」
「S席を? 発売後、一分しないで売り切れたんだぞ。」
「一分する前に繋がって良かったよ。」
「だ…そ…な、」
「有り得ない、って?」
「あ…有難う。」
「…」
ぽかん、とした様子で宏子は佳菜恵を見る。佳菜恵は不機嫌そうに眉をよせた。
「…何でそんなに驚く? お前の優しいお姉さんが素直に感謝すると、そんなに意外なのか?」
「いや、そんな…まあね。」
「お前が意外な事するから、意外な結果になったんだ。」
「何か私、責められてんの?」
「事実を言ってるだけだろ? それにしても…ちょっと渡すのが遅いと思わないか、宏子。」
「それは…そうだね。でもその…驚かせたかったからさ。」
「ああ、もう充分驚いた。それは、もう。」
「…時間は、どうせ空いてんでしょ? 売れないライターなんだから。」
「売れないライターに時間は無いんだ。…まあ、明日オフにする位どうって事はないけどな。風邪でもひけば良いんだから。」
佳菜恵は微笑む。宏子は頷いた。
「ん。じゃ、渡したから。来月の、可愛い妹へのお返し、期待してるからね。」
宏子は廊下を歩きだす。佳菜恵は自分の持っているチケットに、再び目を向けた。
「で…二枚って事は、お前はもう明日は空けてるって事か。」
宏子の足が止まる。彼女は振り向いた。
「あ? なんで私が空けてるの?」
「二枚あるぞ。」
チケットを見せる佳菜恵。
「一枚は、三沢さんの分に決まってんじゃん。」
「康司は明日は仕事だ。」
「んなもん、三沢さんも風邪ひけばすむ事でしょ。」
「駄目だ、そんな事。社会人がそんな事で勤まるか。」
下着姿の佳菜恵は、偉そうに腕組みをしてみせる。
「…。それ位、姉貴が頼めば良いでしょうが。かわ…いいかどうかは置くとして、とにかく自分の彼女に、私の誕生日をお祝いしてーっ、て言われたら彼なら休み取ってくれるって。」
「それじゃあいつに迷惑だろ。大体、アレは土曜日に会う事になってるんだから、無理に金曜に会う事なんかないんだよ。」
「だからって、私が姉貴とコンサート行く訳?」
「J-popを聞いたら耳が腐る、か?」
「そうは言わないけど…でも、実際私のシュミじゃないし、」
「駄目だ、一緒に来い。私が桜井の詩の良さを、お前に叩き込んでやるからな。」
「別に頼んでないんだけど、そんな事…」
「良いから来い。それから飲み屋も連れまわすから、覚悟しとけよ。」
「勘弁してよ…姉貴に付き合ってたらこっちはグダグダじゃん…」
「諦めるんだな。明日は学校からすぐこっちに戻って、」
「でも、それじゃ間に合わないって。ここから所沢って一時間じゃきかないんだからさ。」
「じゃあ、風邪をひけ。」
「あのねえ…」
佳菜恵は宏子のそばまで歩み寄り、顔を近づける。
「良いから、付き合え。…分かったな。」
「…」
宏子はしばらく佳菜恵の顔を間近で見つめる。そして彼女は、「ふう。」と諦めのため息をついた。
「…」
佳菜恵はニヤ、と笑う。彼女はポンポン、と宏子の頭を叩いた。
「ちょっと…」
「じゃあおやすみ。」
佳菜恵はそう言うと顔を離し、自分の部屋へと戻っていく。
「…」
「…」
宏子の返事を待たず、佳菜恵はそのまま部屋へ入る。部屋のドアが閉まった。
「…は。」
しばらくドアの方を見ていた宏子は、気が抜けたような顔で、ふいに笑った。


「それで、結局来てしまった訳ね…」
「おじさん、はい、20タカ。」
リジュワナはオート三輪の窮屈な座席から降りた。隣のナジーラが運転手に紙幣を渡す。
「30って話だっただろ?」
「えー、そうだったっけ? 私は確かに、20って聞いたけどな。」
驚いたような顔を見せるナジーラ。運転手は自分の口髭をなでる。
「30だ。」
「22。」
「25だ。それ以上は譲れない。」
「22で充分でしょ。それ以上はボッてるよ?」
「今日は特に急いだんだ。本当は30でも格安なんだぞ。」
「…別に急がなくて良いわよ…何度振り落とされそうになった事か…」
二人からやや離れた場所で、リジュワナは一人呟く。
ナジーラは運転手に首を振った。
「22以上は、絶対に無理。」
「ナジーラ…」
「リジュワナは黙ってて。」
ナジーラは運転手の方を向いたまま、リジュワナに手を振る。
「…分かった。24だ。」
「22。」
「24だ。」
「…」
「…」
「分かったわ、24で。」
頷き、ナジーラは2タカ紙幣を2枚追加した。
「どうも。」
紙幣を受け取る運転手。オート三輪は、土煙を上げてでこぼこ道を走っていった。
「はあ。着いた着いた。」
「…」
「ん?」
ナジーラはリジュワナに顔を向ける。
「毎回、来るたびにあなた、ああいう交渉してるわよね。」
「ん? 当たり前じゃん。しなかったらボラれるよ。」
「そうだけど…食べるのに困るほどお金が無い訳じゃないでしょう、あなたは。」
「だから貧しい者に恵めって? ヤだよ、そこまで余裕がある訳じゃないんだから。私はリジュワナとは違うんだよ。」
ナジーラとリジュワナは、午後のきつい日差しが照っている土の道を歩いている。周囲に広がっているのは、日本の水田に良く似た、水の張られた何かの田園だ。
「まああなたも、確かに珍しい学生よね。家に車が無い生徒なんて。」
「わーるかったね。」
「悪いって言ってるんじゃないわ。よく頑張っているんだな、って事を言ってるのよ。あなたも、あなたのご両親も。教育の大切さを、よく分かっている。」
「…」
「…言い方が悪かったかしら?」
顔を向けるリジュワナ。ナジーラは笑う。
「そうじゃなくて。…あんたってやっぱ何か変だわ。「教育の大切さ」、なんて、子供が言う台詞じゃないんじゃない?」
「…悪かったわね。」
「まあ、そういう変さ加減があんたの面白い所だけどね。」
「私も全く同じ意見をあなたに対して持っているわ。」
二人は笑いあった。
「お姉ちゃーん! あ、リジュワナお姉ちゃんも!」
泥道の向こうから、4、5歳の男の子がこちらに走ってくる。ナジーラは彼ににっこりと笑い、軽く手を上げた。
「おう、ちゃんと留守番してたか?」
「お邪魔してるわ。」
ナジーラの隣で、男の子に軽く会釈するリジュワナ。男の子はナジーラのところまでやってきて、彼女を見上げた。
「ねえお姉ちゃん、ハリシュ小父さんが何だか大変なの。」
「大変って…どうしたの?」
「えっとね、分かんない。」
「…」
男の子の言葉に、ナジーラとリジュワナは目を見合わせる。リジュワナが男の子に聞く。
「小父さん、怪我でもしたの? それとも病気?」
「えっとね。ううん、病気じゃない。何かね、悪魔が来たって。悪魔が来て、それで逃げたんだって。」
「…悪魔?」
聞き返すリジュワナ。
「うん。大変だ、って。ガー、って、皆に言ってたの。そいでね、ラムジ小父さんがね、お前は馬鹿だ、って。」
「そりゃあ、そう言われるだろうね…」
苦笑するナジーラ。
「分からないわよ。本当に悪魔が、小父さんを襲いに来たのかもしれないわ。」
「えっ!?」
男の子が、大きな目を更に大きく広げる。
「リジュワナ…子供を脅かさない。」
「そうね、悪かったわ。」
リジュワナは肩を上げる。彼女はナジーラだけに聞こえる声で囁く。
「もしかして、何かの比喩なのかもしれないわよ。例えば警察が来たとか…」
「捕まるような悪い事なんか、ウチの集落の住民がすると思う?」
「じゃあ、村役場の役人かも。」
「…」
ナジーラはリジュワナに眉を上げる。彼女は首を振った。
「まあ、行って見れば分かるか。家に急ごう。」
「ええ。」
二人は頷きあう。そして道を走りだそうとしたところで、彼女達は、自分達の目の前に突然現れている物体に気がついた。

「あ…く、ま…」
呟くナジーラ。
彼等の前に、黒く巨大なモンスターが羽を広げて浮かび上がっていた。


東公園のブランコに、いつものように夕日が差している。
いつもの白い制服の少女がそこに座り、一人でじっとしていた。
「ふう…」
<あー、どうした。今日はまた、いつもとちょっと違う雰囲気じゃないか?>
<…>
無言でため息だけをつく宏子。彼女は頭を動かさず、じっと地面を眺めている。
公園にどこからか歩いてきたプオラギイックは、目の前の物体を指差す。
<ブランコ。地球の公園や学校によくある、児童遊具の一つ。乗って揺れを楽しむもの。>
<…あんたの星じゃ、こんなもん無い、って?>
<無くはないぞ。ただ、どちらかというと珍しい、っていう地域の方が多いみたいだな。少なくとも俺の国じゃ、殆ど見かけなかった。>
<あ、そ。>
自分の座っているブランコをゆっくり揺らしながら、宏子はうつむいている。
<どうしたんだ? 「遊具」に乗ってる割に、あんまり楽しそうじゃないじゃないか。>
<うるさいなあ…何で見ず知らずのあんたに、一々こっちの近況報告しなきゃなんないのよ。ほっといて。>
<…>
プオラギイックは眉を上げつつ、宏子の隣のブランコに座る。
<…>
宏子は地面を見つめたままだ。プオラギイックはふと耳を立て、宏子に念じた。
<…まさか、モンスターがまた出たのか!?>
<…だとしたら、あんたが一緒に出てきてるはずでしょ。私を「助ける」ために。>
<ああ、そう、そうだ。もちろん。…何だ、ちゃんとこっちの事を信用してくれてるんだな。>
「皮肉のつもりで言ったんだけどね…」
日本語で呟く宏子。
<ん?>
<とにかく、あんたには関係無い話だから。>
<…一応、魔法少女の精神的なケアも、俺の役目なんだがな。だから何でも、俺に言ってくれて良いんだぞ。>
<じゃあ頼むから、向こうの雑木林の方に引っ込んでてくれない。あんたにそばにいて貰いたくないんだよね、私は。>
<…>
不愉快そうに眉を上げるプオラギイック。宏子は地面を見たまま、視線を動かさない。
プオラギイックはまばたきをした。
<ああ、そういえば、お前のお姉さんの誕生日プレゼントは、結局何にしたんだ? 確か昨日だったんだろ? 「金曜日」っていうのは、昨日のことなんだよな?>
<…>
宏子は無言で立ち上がる。彼女はブランコから歩き出す。
<…>
<…ちょっと、何よ、これ。離して。>
彼女の左手をプオラギイックがつかむ。宏子は振り返る。
<…>
プオラギイックは大袈裟な動作で手を離してみせた。息をつく宏子。
<宇宙人さん。地球の女を引っ掛けたいんだったら、取りあえず、そういう強引な態度はやめておいた方が良いと思うよ。>
<そうか。それは記憶に留めておこう。…ただし、俺も相手は選ぶぞ。ミルク臭いガキなんかは、最初から全くの守備範囲外だ。>
<…ほう。>
宏子の左眉がつり上がる。
<それで。プレゼントは何にしたんだ?>
<…>
<…ん、まさか…コンサートのチケット、って事はないよな。>
<…>
宏子は目を合わせないままで、やや眉をひそめた。
<は? おい、それはやるな、って、あれだけ言っただろうが!>
<…犯罪になるから?>
<ああ、そうだ! 仮に地球の警察が気づかなかったとしても、それが立派な犯罪だって事位、お前だって分かるだろ。>
<大丈夫だよ。>
<何が。>
<出来なかったんだもん。>
<は?>
<出来なかった、って言ったら出来なかったの。>
<そうか。…じゃあ、結局まだプレゼントは渡せていない、って事なのか。>
<そうじゃなくて! プレゼントに出来なかったの! チケットを作ったは良いけど、係りの人は騙せてもチェックの機械で引っかかった。だから会場には入れなかった! これで良い?>
<ああ、なるほど…まあ、それも当然の結果だろうな。お前は魔力があるって言ったって、それを使う方法は全く分かっていないんだから。機械を騙すまでは出来ないだろ。>
<あんたが教えてくれなかったからでしょ!>
<でもお前、それでよく捕まらなかったな。>
<…人が見る分には、本物のチケットだったから。おかしいですね、どうしましょう、って係の人が困って。そんなんだったら、じゃあ良いです、って姉貴がキレて。泥棒扱いされる位なら、帰った方がマシです、って。それで…>
<…>
<姉貴も荒れてさ。…私に対して、じゃなくてだよ。妹が苦労して手にしたチケットなのに、あの対応はなんだ、ってね。それで私、何だか、隣にいてお腹がジクジク痛くなっちゃって…>
宏子の念に、プオラギイックはため息をついた。
<…まごう事なく自業自得だ。>
<違うよ。あんたが魔法の使い方を教えてくれないから…>
<…>
<…確かに、私も悪いところはあったかもしれないけど…でも、それこそ少しは助けてくれても良かったじゃん。魔法使えるんでしょ? 宇宙人なんでしょ? それなのに、全然こっちの役に立ってないじゃん。>
<一応、命を救ったりはしているんだがな。俺が来なかったらモンスターにやられていただろ。>
<モンスターが本物の「モンスター」、ならね。>
宏子はそう念じると、公園から歩き出した。
<…何が言いたいんだよ。>
彼女の後をついていくプオラギイック。宏子は彼に目を向ける。
<人をからかってるんでしょ? まあ、随分壮大な仕込みだよねえ。その青くて気持ち悪いメイクなんかも確かにお金がかかってる感じはするけどさ。でも、もういい加減、悪趣味だと思わないの?>
<あのなあ…って待て、俺はそんなに気持ち悪いのか?>
プオラギイックに、宏子は無言で頷く。
<…。ああ、でも言われてみれば確かに、この国では青色人種はあまり見かけないな…>
<あまり、ねえ。宇宙人だからそういう言い方になる訳ね。>
<しかし俺達の星には、お前たちみたいな褐色人種は結構多いんだぞ?>
<あっそ。でもあんたの色は、ここじゃ変なの。大体髪の毛も無いし、そのフクロウみたいな耳は一体何?>
<髪の毛が無い奴はこの国でも結構見たぞ? そもそもこの国のお坊さんは確か、進んで髪を剃っているんじゃなかったのか?>
<そういう問題じゃないでしょっ!>
<それに俺達がフクロウみたいな耳をしてるってよりは、お前達のほうがルークアイトーラみたいな耳をしてるっていう方が正解じゃないか。>
宏子に、スローロリスのような小型の猿のイメージがテレパシーで送られてきた。
<…とにかく、その格好で私に付きまとわれても迷惑なんだけど。>
<そんなに変か? 俺達が初めて地球に来た時はむしろ、地球人が余りにも俺達と似てるっていう事で驚いたもんだったが…>
<あんた。プ…プオ…プオ…えーっと…>
<プオラギイック。>
<ああ、いいや、そんなの。あんたはプオで充分だわ。>
<…>
勝手に略称を決められた男の、頭上の耳と目の瞼が多少下がり気味になる。
二人は公園を出て、日の暮れつつある住宅街の道路を歩いている。
<プオ、認めるよ。確かに、あんたに何かの超能力はあるんだろうね。>
<まあ…確かに魔法は超能力の一種と言えなくはないがな…>
<それは信じるけど、一々そうやって顔を塗って、宇宙人のふりをするのはもうやめたら? っていうかストーキングもいい加減やめて。気持ち悪いから。>
「ま、まだ学校に来てないのは不幸中の幸いだけど。」
ふう、とため息をつく宏子。
<何のつもりか知らないけど、朝とか放課後とか、勝手に私に付きまとわないでくれる? それから私、自分が撮られたりとか、一切許可した覚えないからね。>
<それで、またあのモンスターが現れてきたらどうするんだ? あいつらに打ち勝つには魔法を使うしかない。…あいつらは、強力な魔法使いだからな。しかし今、俺達の中で奴等を抑えられるだけの力のある奴がいない。だからお前自身で戦う以外方法が無いんだぞ。>
プオラギイックは真剣な表情で、そこまで一気に念じた。
<…だが、いくらお前に魔法少女の素質があるって言っても、訓練もしていないし知識も無い。俺達の助けが無かったらまともに戦う事は出来ないだろ? それでも良いのか?>
<まあ悪いだろうね。もし、モンスターが本当にいるんならね。でも私はもう、あんた達の仕組んでる魔法ごっこに付き合うなんていう気はさらさら無いんだけど。>
宏子は携帯を取り出し、キーを押し始めた。
<おいおい、あんなモンスターを俺達と一緒にしないでくれよ。大体奴等は魔法が使えるっていうだけで、俺達みたいな思考能力がある訳じゃないんだぞ。>
「あ、警察ですか、今私痴漢に襲われてて、早く助けてっ! はい、えっと、ここは…小渕1433…」
電柱の住所表示を読み出す宏子。
「いたずらじゃないです、本当ですっ! きゃーっ、助けてええええっ!」
プチッ。
「よしっ。」
<…どこに電話をかけていたんだ?>
<警察。>
勝ち誇った様子の宏子に、プオラギイックは頭を押さえながら念ずる。
<…。あのなあ、お前の命を助けてやったんだぞ、こっちは。感謝はされても迷惑がられる筋合いは無いぞ。>
<とっとと消えろって、言ってるでしょ。警察呼んだのよ。>
<魔法の使えない地球人の一人や二人どうにでもなる。でもまたあのモンスターが出たらどうする?>
<あんたたちが出してるんでしょ? こんな事やって何が楽しいのよ!>
<俺達が出してる訳ないだろっ!>
<それじゃあ、何であんなのが急に出てきたのよ、それにあんた達も、何でそれを最初から知ってたみたいに急に出てきたの!>
<それは…正直俺にもよく分からないんだ。>
プオラギイックは顔を曇らせた。
<はあ? 何よ、それ。>
<多分、お前に強力な魔法少女の力があるっていう事を、奴等も本能的に感じたんじゃないかな。だからお前を殺すために来たんだ。…俺達は、俺達クザラル人は、かなり以前からお前達を観察していた。何十年も前からだ。でも進んでお前達地球人の前に姿を現したのは、宏子、お前が初めてだ。なぜならお前が地球人で初めて、魔法の力を発揮したからなんだよ。>
<…>
<本当は俺達が、お前達地球人の前に姿を現すのは、まだ時期尚早すぎたのかもしれないな。クザラル人の感覚で見ると地球人は余りに粗暴で、野蛮すぎる。…って、悪く思わないでくれよ、一般に世論はそう思っているって話だからな。…だから地球人の監視をするのは良いが、接触はすべきではないという意見の方が、今まで支配的だったんだ。今もそうかもしれない。でも、俺は…自分の目の前で、地球人最初の魔法少女の芽がつまれてしまうのを我慢してただ見届けるなんて事は、俺には、出来なかった。>
宏子は、鼻で長々と息をつく。
<…って、あんたの顔で言われてもねぇ。言ってる事もなんかアブナいし、それにその「魔法少女」って言い方がとにかく凄くムカつくんだけど。>

<何でそう、魔法を否定する? 昨日は自分で魔法を使ったんだろ? 目的は良くないし結果も失敗だったが、確かに自分で魔法を使ったな?>
<あれは…>
<…何だ? お前のやった事は、紛れも無い立派な系魔法だぞ。今さっきまで、それ関連で俺に怒ってたんじゃないか、何でちゃんとやり方を教えてくれなかったんだ、って。>
<違う。「教えられる」っていうのは、本当に魔法があって、それを知ってるからでしょ。逆に「教えられない」っていったら、それはつまり魔法があるっていうのが嘘だから、つまりあんたは、>
<それで、今さっき、俺に少なくとも超能力があるのは認める、とも言ったな?>
<…だっ、>
宏子は首を振った。
<そうだけど! でも、あんたはおかしいじゃん!>
<さっきから聞いていれば、お前の魔法に対する態度は矛盾しまくってるな。俺にはお前は、自分が思うように魔法を使えなかった事のイライラを、俺にぶつけてきているだけのように見えるぞ。>
<違う! 何、えっらそうに人の揚げ足とって。あんたが変なキモい顔で始終付きまとってるから気持ち悪いって、こっちはずっと一貫して言ってんでしょ!>
<おい、さっきは顔とは言ってなかったぞ!>
ブーン…。
「あ、ちょっとすいません。」
宏子は後ろからかけられてきた声に振り返った。
「この辺で、女性が暴漢に襲われたって話聞いたんですけどね。心当たり無いですか?」
パトカーの運転席から顔を出した警官が、宏子に聞いてきていた。
「…フッ。」
警官から見えない方向で、ニヤ、と笑う宏子。
「あ、おまわりさん助けてっ! あいつ、あの変な格好のやつが私を襲ってきたんですっ!」
宏子は警官に振り向くと、いつもより数オクターブ上がった声でプオラギイックを指差した。
<…おい?>
「…分かりました、じゃあ君はここにいて。彼に話を聞いてくるから。」
「はい。」
頷く宏子の前で警官はドアを開け、パトカーから降りてプオラギイックに近づく。

「そこの君、ちょっと話を聞きたいんだが良いかな?」
<ん? こいつってもしかして警官か? …お前、本当に呼んだのか!?>
<早く逃げたらあ?>
プオラギイックに背を向けてニヤニヤ笑いながら、無言で念じる宏子。
「彼女に何をしていたんだ。…ん? 答えられないのか?」
<…おい、こいつ何を聞いてるんだ?>
<さあね? でもずっと無言だったら、おまわりさんあんたの事怪しむだろうねえ。>
<おいお前、いいかげんに…>
「あ、こら、君、ちゃんと質問に答えなさい!」
宏子に近づこうとしたプオラギイックを警官は取り押さえる。
「きゃ、きゃああっ!」
わざとらしく叫ぶ宏子。
「ああ君、大丈夫だから。ほら、お前はおとなしくしろっ!」
<お、こいつ、何すんだよ、俺は何もしてないだろ! あ、こら、手を押さえるなよ、俺がいつ暴れたっ!>
警官は無言のプオラギイックを押し倒し、彼の手を背中に回させて手錠をかけようとした。


シュウウウウウウウウウウウウウウウウウウンン…。
その時、彼等の数メートル先で急につむじ風がおこった。
「…え?」
呟く宏子。

シュウウウウウウウ、シュウウウウウウウウウウウウウウウウウン…。
風は徐々に大きくなる。それと共に何かの黒い影が見え、甲高い声のような物が聞こえてくる。
シュウウウウウウウウンズバアアアアアアアン!

「Naziiirraaaaaaaaaaaahh!! Eh!?」
爆発音のようなものと共に彼等の前に姿を現したのは、黒いモンスターと、肌の浅黒い外国人の少女だった。

続く



Written by FML (AKA Franken).
Ver. 1.00 on 2002/4/24, Ver. 1.05 on 2002/5/1.

「ひーこ、魔法で今日の宿題、片付けちゃってくれないかな。」
「あのさ。何で既に魔法少女扱いで、しかもそんな内容の事を唐突に私に頼んできてる訳?」
「あれ。まだ認めてなかったのひーこ。自分が魔法少女だって事。」
「はあ。私そういうマンガの主人公になりたいなんて思った事、今まで一度たりとも無いんだけど。」
「マンガじゃなくて、これは現実なんだよひーこ。ほーら、あーなたは魔法少女になりたくなーる。今すぐステッキを振りたくなーる…」
「ならないって。大体何であんたが私になってほしいって言ってんのよ?」
「そうすれば数学の宿題が片付けられるからだよ。」
「…あのね。」
「あー、でもひーこの魔法はもっと大切な、人の命を守るために使うものなのかな。それを考えると、佳菜恵さんとか、真紀子小母さんとかは、ひーこがそばにいるって事で一安心だよね。」
「…まあ、そう言ってくれるのは嬉しいんだけどさ…」
「ああ、でも魔法が使えなくても、元々用心棒として充分いけてるのか。」
「おい。」
「そんなひーこの「魔法少女佐藤」第3話、「魔法少女と闇の空間」。お楽しみに! でもひーこも、私を守るのは流石に無理だよね。だって私の場合、ほっといても自分で勝手に死んじゃうからね。」
「あんた、何を朗らかに言っとんの?」



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