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シュウウウウウウウウンズバアアアアアアアン!

宏子達の前に姿を現したのは、例のモンスターと、外国人の少女だった。
どうやら甲高い叫び声は、その少女が出していた物らしい。彼女の肌は浅黒く、ぱっちりとした茶色の目が丸い眼鏡から覗いている。彼女の服は水色のパンツとシャツで、大きな白いスカーフらしき物をアクセントに付けていた。
額に赤い点の化粧をしたその少女と、宏子は、呆然とした様子でお互いを見合った。

<あれ? あんた…何か、どっかで会ったような気が…>
「O...Ami mone kori na...?」
<おい、モンスターに構ってる場合じゃない、まずこの男を何とか眠らせてくれ!>
警官に馬乗りされたプオラギイックが宏子に念じる。
<え? 眠らせるって、どうやって?>
<「眠れ!」って、念じれば良いんだよ。>
<ずいぶん簡単…。>
<本当はステッキが無いと駄目だが、俺もこの体勢じゃ何も出せないだろ。…とにかくやってみるんだ。早く!>
<う、分かったわよ…。>
宏子は集中するためか一旦目を閉じると、呼吸を整え、何かの空手技を繰り出すかのように右手を警官の前に突き出した。
「眠れえええええっ!」
「…は?」
「…」
「…」
「…」
「…何ですか?」
「…あは、あははは…。」
怪訝そうに顔を向ける警官に、宏子は引きつり笑いしながらあとずさる。
<全然効いてないじゃんっ!>
<お前がちゃんとやらないからだろ!>
<やったよ、でも相手が仕込みじゃないんだから効く訳ないでしょ、もういいかげんにしてよ!>
<そっちこそいいかげんにしろ! お前が作ったチケットは仕込みなしでも効いたんだろ! 早く本気を出さないと、モンスターに殺されるぞ!>
「君、君、さっきから黙って、どういう事なんだい? ん、ん? 一体何だ!? この化け物はっ!」
「あんたは邪魔すんなっ! ホントに寝てろっ!」
「……」
「…あ…」
「…」
宏子に怒鳴られた警官は一瞬顔を強張らせたが、次の瞬間ゆっくりと瞼を閉じ、プオラギイックの上に覆い被さるように倒れた。
ドサッ。
<ウグエッ!…ふう、やれば出来るじゃないか。>
背中の警官をどかしつつ、よろよろとプオラギイックが立ち上がる。
<…あれ、効いちゃったよマジで…。>
<次はあれだ。>
プオラギイックがモンスターに目をやった。

ブズズズズ、ブズズズ…。
<私、あっちはヤだ。>
<…ヤとかいう問題じゃないだろ。>
「A, maph korben.」
「ん?」「Laa?」
ニ人が外国人の少女を向いた。
「Apnara boren Bangla?」
<…何言ってんの?>
プオラギイックに聞く宏子。
<…さあ、でもお前と同じで、俺のテレパシーが聞こえるらしい。あー、聞こえるか? 聞こえるよな? 聞こえたら首を下に振ってみてくれないか。>
「…」
こくり、と少女が頷く。
<さっき、ナジーラーって叫んでたよね。>
少女が宏子の念に顔を向ける。
「Najeera...Najeera, apni janen?」
少女は鬼の首をとったように宏子に迫った。
<な、何…何か私悪い事言った?>
「Najeera, she kothae?」
「Najiihrah?」
プオラギイックが声に出して聞く。
「ナジーラ?」
宏子が少女を指差して尋ねる。
「Hen, Najeera. ...O, na, Ami Riswana.」
「え、何?」
「Riswana. Ami Riswana.」
自分を指差し答える少女。
「アミ・リジュワナ?」
「Na...eh...My name is Riswana.」
「あ、うん。リジュワナね。」
「Yes, yes.」
指をさす宏子に少女が頷く。宏子はその指を自分の方に向けた。
「マイネーム、ヒロコ。」
「Hiroko?」
「イエス。アンド・ディスネーム、ボケナス。」
プオラギイックを指す宏子。
「Bokenash?」
「イエース!」
宏子は親指を立ててみせた。
<どういう意味か知らないが勝手に名前を作るな。>

シュウウウウウウウン、プシュウッ。
「うわっ!」「Aak!」「Na!」
三人の間を、モンスターの発した青い光の弾がすりぬけていく。

「ちょっと、自己紹介中位遠慮しなさいよっ!」
<宏子、受け取れ!>
<え?>
「…っと!」
弾かれるようにのけぞる三人。プオラギイックは宏子に、以前彼も使っていた、中央に透明な石の入ったコンパクトのような物体を投げてよこした。
<何、これは?>
<イハッジャだ。>
<…名前は別にどうでも良いんだけど。>
<ステッキの携帯版だ。魔力反響効果は弱いが無いよりは良いだろ?>
<…あんたこんなのいつも携帯してんの?>
<それは携帯用なんだから、携帯する以外に使い道は無いだろ。>
<…ま、いいけど。って、私やっぱりまた戦うの?>
<俺達もろとも死にたくなければな。>
<台詞だけ聞くと格好良いけど、あんた凄いカッコ悪い立場だよね。>
シュウウン、プシュッ!
<わっ、パトカーのドアに穴開いちゃった!>
光の弾の行った先を振り返る宏子。
<分かってるよ、カッコ悪いのは! お願いします、佐藤様お助けを! これでいいか!?>
<逆ギレなんかもっとカッコ悪いでしょっ!>
シュウウン、シュン。
「わっ、わわっ」
自分を狙ってくる弾を慌ててよける宏子。
<あー、もう分かったわよ、やればいいんでしょ、やれば! いいじゃん、やったろうじゃん!>
宏子は不適な笑みを浮かべ、手の平にのせたイハッジャを前にかざした。
「はああああああっ、お前なんかどっか行けえええええええええっ!」
ビュウウウウウウウ…。
宏子の声に呼応して、彼女の周囲の空気が渦を巻く。それと共にイハッジャの投影石から赤い光が溢れ出し、やがてそれは直径1メートル以上の球形の形を結び輝き始めた。
「E, eta kii...?」
<良いぞ、宏子。それを奴にぶつけろ!>
ブズズ、ブズズズズズ…。
「ううううう、ゴオオオオオオオオッ!」
シュウウウウウウウン…。
宏子が身を乗り出すと共に全身を包んでいた赤い光の弾は一気に進みだし、破擦音を上げるモンスターの体を照準にとらえた。
ブズ、ブズブズズズ…。
「よしゃっ!」
ガッツポーズを決める宏子。

シュン、シュウウウウウウウウン…。
「えっ?」
モンスターの体から、宏子の放った光の弾を上回る、直径2メートル以上の青い弾が膨らんだ。
シュウウウウウウウウン、ブシュブシュウッ。
「う、嘘っ!?」
宏子の放った弾とぶつかり、それを飲み込む青い光。やや縮小はしたがまだ直径1メートル以上あるそれは、そのまま前進し、宏子達の立つ場所へ一直線に迫ってきた。


魔法少女佐藤

第3話「魔法少女と闇の空間」


「きゃああああああああ」「Naaaaaaaaaaaa」
シュウンッ。
プオラギイックが押し倒すようにしてニ人をかばう。彼等の頭上を青い光がかすめていく。
<あ、サンキュ。>
よろけながら立ち上がる宏子。
<…でも、どうしよう、何か前より強くなってない?>
<その通りだな。>
リジュワナの手を引いて体を起こさせながらプオラギイックが答える。
<お前が既に魔法少女の才能を開花させているとは、当初は彼等も考えていなかったんだろう。それが、>
<どうしてそういうやる気をそぐ表現をするかな。>
<何がだ? 俺は純粋に…危ない!>
「う…わっ!」
シュウウン、プシュウウッ。
自分の背丈に迫る大きさの、球状の光が迫り、ある一点で停止すると、中の空間を巻き添えにしながらシャボンのように消滅する。道路で尻餅をつきながらよける宏子。
「い、ツツ…」<くっ、もう一度っ!>
宏子は羽のような模様の装飾のある、ピンクのイハッジャを再び手に乗せて、モンスターを睨みつけた。
「今度こそ、どっかに消えろおおおおおっ!」
シュウウウウウウウウウウウウウン。
さきほど以上の勢いで宏子の体から光が溢れ、弾となってモンスターに直進していく。
シュウウウン、ブシュウッ。シュウウウウウウウウン…。
「わ、きゃあああっ!」
しかしその光は途中で反対方向、つもりこちら側にやってきている光に吸収された。モンスターから放たれたその光から、必死で逃げる宏子。
<宏子、うつぶせになれ!>
「えっ!」<…うん!>
ドサッ。
宏子は倒れるようにその場に寝そべった。
シュウウウンッ…。
宏子の上をまた光がかすめ、数メートル向こうまで行った所で消滅した。
「ふううっ…。」
げっそりとした様子で立ち上がる宏子。
<どうすんのよこれ、これじゃ終わんないよ。>
<いや、このままだと確実に俺達が終わるだろ。>
<冷静に言う暇があったらちょっとは何とかしてよ!>
<…あの、私が手を貸しましょうか?>
「え?」
「Laa?」
ニ人はテレパシーの感じられた方を向いた。
<やっぱり、私の心の声が聞こえるんですね? おニ人は。>
リジュワナが、真剣な表情で小さく自分に頷いていた。
<え、あ、うん…飲み込み早いね。>
<やっぱり…。>
一人感心した様子で頷き続けているリジュワナ。
<ん?>
何かに気がついた様子でプオラギイックが自分の腕端末のキーを叩く。
<あ、そうだ! ええと君は…リジュワナ・アニシュル・ホクだな、シャヒッド高校2年3組。>
プオラギイックの端末から現れるバーチャルディスプレイに、彼女の顔写真とデータが映し出される。
<あんたも色んな子相手にストーキングしてんだね…ってどこよシャヒッドってさ。>
バーチャルディスプレイを見やりながらボソっと伝える宏子。
<それは地名というよりは、バングラデシュのダッカにある高校の名前だな。>
<…あー、そうなんだ。つまりダッカだ、ってことね。>
<…>
<…>
<…って、バングラデシュ!?>
自分達の言った内容に、思わず同時に念を上げるニ人。
<え、ええ…そうですけど。…あの、ここはどこですか? …やっぱり天国? でもまだ私、審判を受けた記憶が無いのですが…>
<えっと…>
リジュワナをしげしげと見つつ、言葉に詰まる宏子。
<って、そうか、つまりあんた、さっきこの黒いのと一緒に日本に移動してきたんだ?>
<…ここは日本なんですか?>
<説明は後だ。>
スクリーンを消して、プオラギイックが胸ポケットから宏子の持っているのと同じイハッジャを取り出す。
<ってあんたそれいくつ持ってんのよ。>
<リジュワナ、これを使え。君も宏子同様魔法少女の素質がある。>
プオラギイックは宏子の念を無視しつつ、リジュワナにイハッジャを手渡した。
<魔法少女?>
<そうだ。>
<私が?>
<ああ。>
<…>
<…>
<…いえ、私は普通の人間ですから。>
プオラギイックにイハッジャを返そうとするリジュワナ。
<どうして皆、魔法少女である事を否定しようとするんだ?>
耳を下げつつ、プオラギイックが宏子に聞く。
<一回あんた何かの検査受けたほうが良いよ。頭脳関係の。>
シュウウウウウウウウン、シュウンッ。
「Ohh!」「Tahj!」
リジュワナとプオラギイックの間を青い光が通り抜けた。

プオラギイックはイハッジャを再びリジュワナに渡す。
<…リジュワナ、説明している暇がない。信じる信じないは別として、今はとにかく俺達を助けてくれ。>
<え、ええ。でも、どうやって?>
<宏子、お前が最大の力であれに光の弾を撃て。数メートルに近づいた所で、奴はそれを吸収するために弾を出すはずだから、その直後に奴に当たるように、リジュワナ、お前が光の弾を放つんだ。>
<そんな、私はあなた達のような聖人ではありませんから、そんな奇跡は起こせません!>
<せ、せいじん?>
頬が引きつる宏子。
<大丈夫、これを持って、あれに向かって「止まれ!」と念じれば良い。もちろん真剣にな。>
<そんな、出来ません…。>
<大丈夫、自信を持つんだ。>
ブズズ、ブズズズズ…。
モンスターが口の部分を震わせると同時に、その翼も軽く揺らせる。
シュウウウウウン、プシュウッ!
「わあっ!」
<どうしてこっちばっか狙うのよっ!>
<時間が無い。宏子、行け!>
<あんたもエラっそうに…>
ブツブツ念じながら宏子がイハッジャを構える。
「今度こそ、どっか行けえええええええええっ!」
シュウウウウウウウウウウン、シュウウウウウウウウウウウン…。
宏子の体から発せられる光。それに呼応するようにモンスターからも光の弾が現れる。
<今だ、リジュワナ!>
<え、えーっと…「悪魔よ、消え去れ!」>
シュウウウン…。
<おお!>
リジュワナの持ったイハッジャの石から、紫色の光が溢れだした。
シュウウウウン。
そして、そのまま消えた。
<…>
<…>
「わーっ、わーっ、わあああああっ!」
モンスターの弾から逃げ惑い、知らない内に塀に登っている宏子。
<…も、もう一度!>
<はい!>
リジュワナはプオラギイックに頷くと、改めてイハッジャに念じた。
「Borie jau!」
シュウウウ…シュウウウウン。
<もう一度っ!>
<は、はいっ!>
<あ、良い事思いついた私。>
<え?>
宏子からの念にプオラギイックが顔を上げる。
<って、おいっ!>
「とうううううううううっ!」
塀からジャンプした宏子が、飛び蹴りの体勢でモンスターに襲い掛かっていた。
カコンッ。
「いぎっ!」
<あっ!>
モンスターの鎧のような胴体に右足で着地する宏子は、金属音と共にそのまま跳ね返った。
ズシャッ。
そのままアスファルトに顔から突っこむように着地、あるいは墜落する宏子。
<…>
<…>
<い、痛い…顔と足が…>
<それは見れば分かる。…っ!>
<ん、どしたの?>
プオラギイックから伝わる驚きの念に、宏子は顔を上げた。
バサ、バサッバサッ…。
<え、えええっ!>
モンスターが先ほどから震わせていた翼を激しくはばたかせだした。
バサ、バサッ!
その体に比べ決して巨大とは言えない翼をはばたかせ、どこか不自然なほど急にふわりと浮かび上がるモンスター。
「うわ、わ、わっ。」
モンスターは翼をひとなぎし、そのまま宏子の立っている地点にまっすぐ突進する。

「いいやあああああああああああああっ!!」
宏子は目を閉じて座り込んだ。
シュウウウウウウウウウウウン、プシュウウウウッ!

「…」
光と沈黙が周囲を包み込んでいた。
「…」
眩しさに思わず目を開く宏子。
「…」
宏子は、まだ吹いている風を感じながら息をついた。
「…はあっ…」
モンスターは宏子に迫る寸前で紫の光に飲まれ、消滅していた。

<す、凄い…私から佐藤さんのような大きな光が…もしかして、私も聖人だったの?>
<…聖人じゃなくて、魔法少女だ。>
<…魔女?>
<魔女じゃない。魔法少女だ。>
「…はああ…」
向こうから伝わってくる念に、宏子は違う意味でもう一度、深く息をついた。


階段を揺らす勢いの足音が聞こえてくる。
原色のジャケットを羽織り、ナップザックを肩から下げた女性が2階の部屋のドアの前で立ち止まった。
「おら、宏子、今日も遅れるのか?」
佳菜恵はよく通る声で一喝すると、更に廊下への奥へと進んでいこうとする。
「…」
が、数歩進んだところで立ち止まり、そのくっきりした眉をひそめるとまたさっきのドアの前まで戻った。
「いつまで寝てんだよ! もう知らねーぞ!」
「…」
「…ふう…。」
彼女は軽く頭をかくと、ドアを開き部屋に入る。
「ほら宏子! 起きろ!」
「ん…」
ベッドの上の宏子は、けだるく目を開き声のほうを向く。
「…あ、あれ、何で姉貴部屋に入って来てんのっ!」
そして怒声と共にがば、と飛び起きた。
「親切に起こしてやってるお姉さまにどういう態度を取ってるんだ、お前は。」
「え…?」
時計を見る宏子。
「…わ、わっ、時計狂ってんじゃないのっ!?」
デジタルの指し示す数字は、どう見ても昨日の出発時より05分遅かった。
宏子によく似た、しかし化粧とピアスがどこか攻撃的にも見える顔をした佳菜恵が、冷静に自分の足元に目をやる。
「お客さんだっているんだから、ちょっとはちゃんとしなって。」
「あ、ああ…やっぱりいるんだ…。」

ベッドの宏子とドアの佳菜恵の間で、床に敷いた布団にくるまってリジュワナが寝ていた。
「どういう趣味か知らないけど、夜更かしもたいがいにしろよ。」
片手を振りつつ、部屋をさっさと出て行く佳菜恵。
「そういうのは姉貴の専売特許でしょっ!」
「私は「そういう」趣味じゃもないもーん。」
閉まったドアの向こうから、声だけが聞こえてくる。
「…どういう趣味よっ!」
押し殺した声で独り言のように言う宏子。
「って、そうじゃなくて遅れるっ!」
宏子はベッドを降りると、流れるような動きでワードローブの前に駆け寄った。
「うしょっ!」
投げ捨てるかのような動作で、潔くダブダブのパジャマパンツを脱ぎ捨てる宏子。そのままの勢いで上のパジャマも脱ぐ。
「にゃっ!」
ブラとパンツだけの姿になった宏子は、ハンガーにタオルのようにかけている制服のスカートを引っこ抜くようにとり、それを履こうと足を上げた。

ヒュウウウウウウウウウウウウウウウウン、ズバアアアアアン!
<よっ! 今朝も無駄に元気に目覚めてるか?>
<…>
<…>
<…>
<…わ。>
<って、ぎ、ぎぎやああああああああああああああああああああああっ!>


布団の主ははたと目を覚ますと、しばらく両手を猫のように伸ばし、それから眉を寄せ、自分の肩を叩いた人間を見上げた。
「…」
「…」
「...Shu prabhat.」
<おはよ。>
<ああ、そうね、テレパシーじゃないと通じなかったのよね。>
目をこすりつつ布団から起き上がるリジュワナ。
<…プオラギイックもいるのね。>
部屋の片隅で、何やら下腹部を押さえつつうずくまっている宇宙人をリジュワナが見やる。
<うん。>
<…大丈夫なの、彼? 何か体調悪そうだけど…?>
<体調よりは、デリカシーに問題があるね、奴は。>
<はあ…>
腕を組んでいる宏子を見上げるリジュワナ。
<でも、本当にこれ、夢じゃないのよね…>
自分の着ているパジャマを見つつ、リジュワナが呟く。パジャマは宏子から借りたもののようだ。
<それに私達は聖人でもないし、ここは天国でもないからね。>
昨日モンスターが消えてからもしばらくニ人の説明に耳を貸さなかったリジュワナを思い出しながら、宏子が苦笑する。
<それはもう分かるわ…>
壁に貼ってあるポスターを見つつ答えるリジュワナ。
宏子は、リジュワナの様子を多少不思議そうに眺めた。
<…>
<あなた、仕事は何時からなの?>
<仕事っつーか…私まだ、高校生だよ、あんたと同じで。>
<あらそう。…それなら、学校は?>
<うん、大丈夫。今日は休んじゃったから。>
<良いの?>
<まずは、あんたをどうやってバングラデシュに送り返すかを考えないとね。>
<…それはどうもご親切に。>
リジュワナは無表情に答えると、軽くあくびを漏らした。


「Thank you.」
昨日の水色の制服に着替えたリジュワナは紅茶のカップを受け取ると、にこやかに微笑んだ。
<…ずいぶん表裏のある奴だな。>
<私が?>
私服に着替えなおした宏子に、リジュワナが目を向ける。
<…別に。>
「お母さん、今大事な話しようとしてるところだから。」
宏子は紅茶を配っていた母に「どっかいって」と首で合図しながら言う。
「あ、はいはい。」
母はトレイを持つと、宏子の部屋を出て行った。
<…今のはお手伝いさん?>
<…お母さんだよ。>
<ああ、そう。>
視線をそらすリジュワナ。宏子はリジュワナの簡潔な答えに軽く息をつく。

<…ああ、あんたももう出てきて良いよ。別に出てこなくても良いけど。>
<…>
宏子の念に合わせ、部屋の壁からプオラギイックが姿を現す。何も無い所から幽霊のように現れた彼は、手に持っていたイハッジャを自分の服にしまいながら尋ねた。
<でも、学校を休んでお母さんは怒らないのか?>
<とりあえず、外国から急にメル友が来て相手しないといけなくなった、って説明しておいたよ。>
<「メル友」?…Eメール友達?>
<ん、うん。>
リジュワナに頷く宏子。
<確かEメールって…コンピューターで送る一種の電報なんでしょう? そんな物あなた使ってるの?>
<私はパソコンは全然分かんないけど。携帯でも送れるんだよ。>
宏子は多少自慢気に、机に置いてあった携帯電話を取り上げた。
<ああ、そういえば知り合いからそんな話を聞いた覚えがあるけど…でも、わざわざ携帯電話で電報を送るの?…だったら電話すればいいじゃない。>
<分かってないなあ。電報じゃなくてEメールなんだって。>
<…。まあ、別に良いわ。>
<…>
再び目をそらすリジュワナを、宏子がむっとした様子で睨む。
<で、どうする? 俺達の今ある魔力を使えば、1回位ならお前を春日部からダッカへ移動させる事は可能だと思うが…>
<1回? あんた毎回どこからともなくここに来てるじゃん。>
<どこからともなくじゃない。宇宙船からだ。>
<名前は?>
<船のか? …セジュ・クフィ。>
<誰が作ったの?>
<国評宇宙局科学科…かな?>
<いつ出来たの?>
<いつ…クザラル暦で4290年だったかな? って事は14クザラル年前か…>
<地球が何回回ったとき?>
<知るか、そんな事っ!>
宏子に強い勢いのテレパシーを伝えるプオラギイック。
<それなら、私が地球内で移動するくらい簡単に思えるわよね。>
リジュワナの念にニ人は顔を向けた。
<そう、私もそれが言いたかった。>
<そうか? …いや、俺が悪かった。>
宏子の表情に思わず謝るプオラギイック。
<気持ちは分かるが、宇宙船の器具の調整が出来ていない。…ああ、魔力反響装置のな。宇宙船にある物は当然全てクザラル人用に調整されているから、地球人には使う事ができない。>
<私達使ったじゃん。変なコンパクトとかさ。あれも反響装置?なんでしょ?>
<…>
リジュワナも宏子の言葉に無言で頷く。
<変なコンパクトじゃなくてイハッジャだ。…そっちは、何とか調整が間に合ったんだよ。クザラル星の本部から地球人用、っていって届けてくれた。>
<じゃあ、その、移動に使うような器具もさ、全部早く調整してよ。その本部とやらから、人呼ぶなりなんなりして。>
<してるよ。でも今すぐは無理なんだ。>
<いずれにしても、戻る事自体は出来るって言ったわよね、1回は。>
プオラギイックはリジュワナの念に<ああ>と頷いた。
<ただし、こちらの判断としては今は戻らない事を勧める。>
リジュワナと宏子は顔を見合わせた。
<何故?>
<何で?>
<技術的に余裕が無い。余裕が無い以上、事故が起きる危険性が少なからずある。>
<何よ、それ。魔法ってそんなに危ないもんなの?>
<他のあらゆる事と同様、訓練していない素人が行う高度な魔法は非常に危険、というか自殺行為だ。>
<あんた達、私らにそんな事やらせてたの?>
<他に方法も無いしな。だから、非常時でないなら無闇に魔法は使いたくないんだ。…いや、魔法自体は別に良いんだが、訓練無しの魔法はな。>
<それじゃ、この子どうやって帰んのよっ!?>
がた、と宏子が立ち上がる。
<…飛行機とか…>
<…>
<…>
<…あ、そっか。>
リジュワナ自身の念に、宏子はあっさり座りなおした。
<戻らない事を勧める理由は他にもある。>
<何よ?>
プオラギイックは自分の腕端末に手を触れ、バーチャルディスプレイを表示させた。ディスプレイを見ながら念じるプオラギイック。
<宏子同様、リジュワナには魔法少女としての素質がある。モンスターが現れたのも、彼女の魔力を感知しての事だろう。…という事は、戻っても彼女のもとにまたモンスターが現れる可能性は非常に高い。しかし今のリジュワナ一人では、それと戦うには心許ない。>
<だから私に助けろって?>
<お前も心許ないけどな。>
<あんですってえ?>
<まあ、ニ人で戦う方が生存率は上がるんでしょうね。>
リジュワナがあさっての方向を見ながら頷いた。
<…え、じゃああんた自分ちに帰りたくないの?>
<帰りたいわよ。私もナジーラや家族に会いたいもの。でも、モンスターがまた来たら、どうせまたどこかに飛ばされるかもしれないし…>
<飛ばされる可能性が一番高い場所は春日部だろうな。今現在地球人の中では最も能力が高いと推定される魔法少女が住んでいる場所に、奴等は本能的に引き寄せられるんだろう。>
<…それなら、終わるまでこっちにいるしかなさそうね。>
<なさそうね、って軽く言うけど。…あんた、こっちでどうやって生活すんのよ? マンションでも借りんの?>
<宏子も薄情だな。この家に住まわせてやれば良いじゃないか。>
<はあ? ちょっと待ってよ、何で急に見ず知らずの人を住まわせるのよ、こっちだって生活楽じゃないんだし、それに大体外国人なんだから習慣とか色々違う訳でしょ?>
リジュワナは落ち着いた様子で宏子をおさえるように片手を上げた。
<大丈夫よ。その辺のマンション借りるわ。それ位のお金は多分何とかなると思うし。>
ピッピッ、ピッ。
プオラギイックがディスプレイ上のバーチャルタッチパネルを操作しながら首を上に上げる。
<いや、どうかな。日本の平均物価はバングラデシュの数十倍というデータがあるから、リジュワナの想像通りにはいかないかもしれないぞ。それに、こちらとしては同居してくれた方が守りやすい。>
<守ってないじゃない。監視してるだけでしょ?>
<ま、そうとも言うな。>
肩を上げるプオラギイック。
<大体それ位の金、あんた達が払いなさいよ。魔法で守れないんだったら金くらいよこせ!>
リジュワナが宏子の念に眉を上げた。
<宏子、それは何か違う気がするんだけど。>
<っていうか俺達、そんな金持ってないぞ。>
<何でよ、宇宙船も作れる位金があるんでしょっ?>
<エウグ・ズナとかニグーワー・ルーならな。米ドルや日本円は持ってない。>
<だったら偽造しろっ!>
<宏子、それは凄く違う気がするんだけど。>
<分かった。じゃあ、こうしよう。>
バーチャルディスプレイを閉じると、プオラギイックはほとほと疲れた様子で両手を上げた。
<こっちでリジュワナの住居はこの近辺に至急用意する。ただ、今日明日ですぐ決まるという訳にはいかないだろうから、数日の間はこの家に泊めてくれよ。それ位は良いだろ?>
<私は良いわ。>
<…ま、まあ、リ…ナ…ア…何だったっけ?>
<リジュワナ・アニシュル・ホクよ。シャヒッド高校2年3組。ダッカ市バリダラ140B在住。>
<どうも。…リジュワナが、良いって言うんだったら…一応お母さんに相談してみるけど…>
「…」
宏子は口を半開きのままリジュワナとプオラギイックを見て、ふうとため息をついた。


いつもと同じ夕焼けの帰り道。学校の授業から解放された宏子が、道を歩く間じゅう不愉快そうに唸っている。
「ううううううーうーうううう…」
隣を歩く美耶は苦笑いしつつ肩を上げた。
「ひーこお。そんな顔してたら人生つまんないよお?」
「しょうがないじゃん。実際つまんないだからさ。」
「そんな事ないじゃない。皆面白い人達じゃない。」
「遠くから他人事として眺める分には、そうかもね。」
今にも溶け出しそうな表情でため息をつく宏子。
「それにひーこ、帰宅部だから体鈍ってるでしょ? 運動不足を解消する良いチャンスじゃない。そもそもこんな面白い部活、世の中を探してもめったに無いと思うよ?」
「そうまで言うんだったら美耶、私と代わってよ。もう3日目だよ? 奴等が来てからさ。」
「それは、代われるもんだったら代わってあげたい所だけど、私はひーこと違って、魔法少女じゃないし…」
「あのさ…魔法だか何だかが使えるっていうのはさ、もう私も否定しないけど、その「魔法少女」って言い方だけはとにかく凄く不愉快なんだよね。」
「自分に素直じゃないなあひーこは。…あ、ほら、もう皆待ってる。ハーロー!」
堤防の階段を上っていた美耶は、河川敷に立っている小さな人影に向かい、手を振りながら大声で呼びかけた。

河川敷のグラウンドに立っているのは、リジュワナとプオラギイックと見知らぬ女性だった。
その背の高い女性は明らかにプオラギイックと同族の宇宙人だが、肌の色は浅黒く、頭さえ隠せばバングラデシュ人や日焼けした日本人としても通用しそうだ。
<よ、相変わらず美耶とラブラブだな。>「Haaleooh.」
プオラギイックは宏子に念で、美耶に片言の言葉で挨拶する。
<…>
「ハロー。」
無視する宏子と満面の笑みで答える美耶。
「トゥデイ、ディス、アイ、メイク。ユー、イート。クッキー。」
美耶は持っていたバッグからタッパーをとりだし、蓋を開けて中のクッキーを彼等に見せる。
「Oh, you made these scones?」
「あー、イエス、イート。デリシャス。」
リジュワナに答える美耶。
「Thanks.」
<彼女は誰? 一般人が訓練に立ち会うなんて聞いてないわよ。>
おいしそうにクッキーを口にするリジュワナの横で、宇宙人の女性がいぶかしげにプオラギイックの方を見た。
<まあ、我らが魔法少女様の無二の親友だし、一人位なら大目に見てやったっていいだろ?>
<…それに…人前で平気で物を食べてるし…>
目をそらす女性。
<それはそういう習慣なんだからしょうがないだろ。郷に入れば郷に従え。>
クッキーを頬張りながら答えるプオラギイック。
<だから来たくなかったのよ、こんな島流しの流刑地。>
<あー、お取り込み中のところ悪いんだけどさ。>
宏子がニ人の宇宙人の前に顔を突き出した。
<っていうかこいつ、誰?>
<…こ、こいつ…>
女性が顔を引きつらせる。
<ジュチャ・ホス・トゥカナシュ、シオブラル国アブワモフディニグ市出身のエウグ人。魔術師高級会議全権議員の若きホープ。プラフ・ブチェ大学を主席で卒業後、若干14クザラル歳にして高級会議議員となり世間の注目を浴びる。>
<その後若干16クザラル歳にして地球に島流し。>
すらすらと暗誦するプオラギイックの言葉の後をジュチャ本人が追加した。
<更に言うと、主席じゃなくて次席よ。お陰で奨学金取り損ねた。>
<それは失礼。ま、簡単に言うと俺の星での本部の偉いさんだ。>
<もっと簡単に言うと、今日からここの先生だそうよ。>
クッキーを食べ終えたらしいリジュワナが宏子に近づいて念じる。美耶は向こうの芝生に座り、今日もこちらを見学するつもりのようだ。
<そうなの? でも、16には見えないけど…>
<…>
宏子の念に、ジュチャの目が釣りあがる。リジュワナが宏子を見た。
<16クザラル歳、って言ってるじゃない。>
<…ああ、サバ読んでる訳ね。>
<そうじゃなくて…>
<残念だが俺はNK…魔法能力を数値化したものだけどな、これが65しかない。これでもクザラル人の中では結構高いほうなんだが、魔法使いとしては下っぱだからな。すでにNK200近いと思われるお前達に教えるには、俺では多少力不足なんだよ。>
<多少?>
面白そうにプオラギイックに目をやる宏子。
<悪かったな、全然だよ! …で、この前モンスターが初めて地球に出現した時から、母星に連絡して能力のある人を呼んでもらったんだよ。それで彼女に来てもらった。>
<で、本人はその事を余り喜んでいないみたいだね?>
宏子の念に、ジュチャの方を見る三人。
<…>
<……仕事は、ちゃんとするわよ。>
仏頂面でため息をつきつつ答えるジュチャ。
<…だ、そうだ。>
<ふうん?>

ジュチャは顔を上げ、二人を見た。
<まあ、私の到着があなた達にとって喜ばしいかは微妙かもしれないけれど、あなた達へのプレゼントはもう一つあるの。>
<…>
彼女は服の裾から何かの小さなケースを二つ取り出す。宏子とリジュワナにそれぞれを渡すジュチャ。
<…>
宝石箱より小さい程度のケースを見ながら、宏子は顔を上げる。
<開けて良いの?>
<もちろん。>
ケースを開ける二人。中には、小型の機械が入っている。直径1センチ程度の円形の機械だ。
<え、っと…>
恐る恐るそれを手にする宏子。
<自動翻訳機よ。それを使えばテレパシーによらずとも、言葉の違う相手と会話が出来るようになるわ。>
<おお、いかにもエイリアンっぽい!>
<…>
宏子のリアクションに、ジュチャはプオラギイックの方を見る。
<何か言いたいのか?>
<…いいえ。>
<えっと…>「あ、あー。聞こえる?」
宏子は翻訳機を口に近づけ、リジュワナの方に話しかけてみた。
「…」
首を振り、肩を上げるリジュワナ。
<…嘘つき。>
ジュチャは息をつく。
<判断が早いのね…そうじゃなくて、それを耳につけると、相手に言っている言葉が自分の使う言語に翻訳されて聞こえるようになるのよ。つまりそれは一種のイヤホンなの。>
<…何だ、それを最初に言ってよ。>
<言おうとする前にあなたが嘘つき呼ばわりしたのよ。>
<…>
宏子とジュチャが、お互い友好的とは言いがたい視線を交し合う。
それを全く意に介していない様子のリジュワナが、プオラギイックに尋ねた。
<それで、付けるっていうのはどのように? ピアスみたいなのだったらちょっと困るわ、個人的には。>
<いや、そんな残酷な付け方じゃない。この辺りに置けば…>
自分の頭の上についた耳の、やや前を指さしたプオラギイックは念を止める。
<いや、地球人の場合は…要は、耳の穴の近くに置けば良い。…取り出しやすい所にな。>
<落ちないの?>
<やってみろ。黒い方を肌につけるんだ。>
<…>
リジュワナはプオラギイックを見つつ、翻訳機を自分の耳たぶに近づける。すると翻訳機は磁石のように、耳たぶに吸い付いた。
<…落ちてない? よく、見えないんだけど…>
<大丈夫だ。…宏子、何か日本語で彼女に喋ってみろ。>
<え? あ、あん。>「えっと…ハロー。」

「Accha...Hello.」
<…>
自分の耳に聞こえてくるベンガル語の合成音声に、リジュワナは眉を上げた。

<というか…日本語を喋りなさいよ、日本語を。>
<あ、そっか。…ちょっと待って、私も今付けるから。>
宏子は自分の手にしている翻訳機を、右耳の耳たぶにつける。
<えっと、じゃあ…>
<…>
<…どうぞ。>
<いいえ、あなたから何か言ってみて。>
「…何でよ?」
「ああ、確かにあなたがベンガル語で喋ってるわ。」
自分の耳をおさえながら、リジュワナは感心した様子で頷いている。
「あ、確かに日本語だ。って、何か微妙にムカつくんだよな…」

<それにしても…翻訳機も無い状態で地球人とコンタクトを取るなんて、よく上から許可が下りたわね。>
二人のやり取りをやや離れて眺めながら、ジュチャがプオラギイックに念じる。
<ん、別に許可が下りるのなんて待たなかったぞ?>
<…へ?>
<しょうがないだろ。あいつの目の前にモンスターが来たんだから。>
宏子を顔で指しながら、プオラギイックが念じる。
<最初はすぐに消えてくれたが、二度目に彼女を狙ったのはしつこかった。もう絶体絶命だったんだ。なんだ、それともその状態で見捨てた方が良かったか? 本部から翻訳機がこっちに届くまで延々と待ち続けて。>
<まあ…そのコンタクトがあったから私が来た訳だし。私が上司に文句を言わなければ、多分翻訳機もまだ来ていなかったんだろうし…>
<つまり結果としては、何の問題もない、むしろベストな決断だったということだな。更には直接言葉が通じなかったことで、彼女達のテレパシーの早期習得にも繋がっている。>
<それは、まあ、そうかもしれないけど…>
ジュチャは腕を組みながら息をつく。
<…これからはもう少し慎重に行動してもらえると、個人的にはありがたいわね。>
<まあ、考慮はしよう。でも地球人魔法少女との折衝役は、一応俺の専任事項だからな。>
<…>
プオラギイックを見るジュチャ。
<だあ、分かってる。建前の話だ、建前の。>
<別に出しゃばりはしないわよ。少なくとも、あなたが常識的に行動している間はね。…それにしても…>
ジュチャは魔法少女達の方に目を向けた。
<…>
舌打ちを2、3度するジュチャ。
<どうした?>
<気になるのよ。…どうも、嫌な予感がする。>
リジュワナと宏子は、何やら軽い言い合いになっているようだ。どこか険悪な空気が二人の間に流れている。
<あ…あいつら…>
<あいつら、じゃないわ。気になるのは一人。リジュワナよ。>
<ん?>
ジュチャは難しい顔で彼女を眺めながら、プオラギイックに念じる。
<私…以前、一回彼女に会ってるのよ。…彼女には、何かあるわ。>
<何かって…?>
<さあ。今はまだ、何とも。でも、用心しておいた方が良いわよ。>
<だから何をだよ。大体地球人魔法少女を相手に、用心?>

宏子とリジュワナの近くにやって来た美耶が、両手を上げて話し掛けている。
「ま、まあ、リジュワナちゃんもひーこも落ち着いて…」
「だってこいつ、タダ飯食いの分際でウチの食事がマズいとか言ってるんだよ!」
「マズいなんて言ってないわ。戒律に引っかかる物があった、って言ってるだけじゃない。そうよね、あなた? 私の言ってる事で正しいわよね?」

「Tai na, apni? Ami ja bolchhi ta thikoho na?」
「あ、え、え、っと…」
リジュワナに困った笑顔を向ける美耶。

「そんな戒律、食べる前に教えなきゃ分かる訳無いじゃない。」
「常識で分かると思っていたのよ!」
「日本に来た時点で、その常識が通じないって事位、想像付かなかった訳?」
「そしてあなたは、私とあなたの常識が違うという事が想像が付かなかったのよね。」
「もう、二人とも止めてって!」
美耶が顔を近づける二人を引き離す。
「…」
「…」
「全く…大体、まだ会って数日なのに何でそんなに仲が悪くなれるの、二人とも。」
「…え? 私、前もこいつに一回会った事あるよ。」
「冗談でしょう。あなたバングラデシュに来た事があるの?」
「んな訳ないじゃん。」
「じゃあ、どこで会ったって言うのよ。私はここが生まれて初めての外国なのよ。」
「え、でもついこないだ…あれ?」
宏子は自分の言葉に、自分で眉をよせた。
「ええ、確かについこないだ会ったわよ、モンスターと一緒に。でもそれからずっとこっちにいるんだから、そう言うときは「前に一回」とは言わないでしょう。…翻訳機のミスかしら?」
「そうじゃなくて、前に…」
「会ってないわよ。」
「…だよね…」
口篭もる宏子。美耶は不思議そうに彼女を眺める。

プオラギイックはポン、と自分の手を叩いた。
<ほら、もういい加減にしろ二人とも。今日もさっさと、魔法の特訓を始めるぞ。>
<…了解。>
プオラギイックに肩を上げてみせるリジュワナ。宏子は鼻息をついた。


自分の腕の端末からバーチャルディスプレイを表示させて、それに目をやっていたジュチャは、ディスプレイを閉じて宏子とリジュワナの方を見た。
宏子とリジュワナは、基本的に学校の制服のままで、スカートの下に下のジャージだけ履いている。
<…何?>
自分の方に視線が向けられている事に気づいたリジュワナは首を傾げた。
<…いいえ。何でもないわ。>
<…>
ディスプレイに視線を戻すジュチャ。リジュワナは怪訝そうな顔をみせる。
<ええと…そうね。ニ人とも、確かに魔法少女としての飲み込みは早いようね。魔法の3要素とも…まあ、系はまだ未発達だけど、少なくともくうに関しては、この時点としてはなかなかのものだと思うわ。>
<俺の教え方が良かったんだな。>
<…>
無言でプオラギイックを見やるジュチャ。
<…そうでしょうね。それでは、今日は空の初級の集大成、空中浮遊を行くわよ。>
<空中浮遊?>
念の揃う宏子とリジュワナ。
<ええ。軽く見本を見せるわ。>
ジュチャは腰に手を当てたまま目を閉じる。すると彼女の全身を包む水色の光が輝きだし、光の中で彼女の体がゆっくりと上昇する。
「お。…おお…」
思わず感嘆の声をあげる宏子。
ジュチャは1メートル弱ほど浮き上がり、数十秒その状態で静止、それから目を開いて、ゆっくりと元立つ地面に下降した。
<素でやって、今くらい出来ればなかなかの物ね。反響装置を付ければ…たとえば、あの橋を飛び越える位は簡単に出来るはずよ。>
100メートル程度向こうにある、川を渡る鉄道橋を指差すジュチャ。
<っていうか、そんな事したら目立つよね、絶対。>
<…>
リジュワナが宏子に無言で頷く。
<え、別に良いじゃない、目立ったって。あなた達は魔法少女なんだから、目立つのが仕事よ?>
<あ、ジュチャ。取りあえず今のところは目立たないようにした方がいいって、こいつらの意見なんだ。>
プオラギイックがジュチャの前に立つ。
<クザラル星と違って地球では魔法少女という存在は認知されていない。今急にそんな存在を知らせたら、社会がパニックになり、拒否反応で彼女達はむしろ迫害を受けるかもしれない。>
プオラギイックの説明に、大きく頷くニ人。
<…って、こいつらがぎゃーぎゃーうるさくてな?>
<はあ…あなた達、まるでウチの上司みたいな事言うのね。良いエウグ人になれる資格があるわ。…でも、これをずっと隠し通すっていうのは、多分無理だと思うわよ? 地球は人口が多いようだし。>
ジュチャが宏子とリジュワナに顔を向ける。
<それでも、今の所は隠せるだけ隠した方が良いと思うわ。知っての通り、私達の系の魔法は未熟だから。>
ジュチャに伝えるリジュワナ。
<系、つまり人の思考・記憶についての魔法が未熟である以上、社会の悪意が自分達に向けられたら無防備だ、って言いたいの?>
<ええ、その通りよ。>
<…>
リジュワナの念に、ジュチャはしばらく視線をさまよわせた。
<…まあ、良いわ。でも私達も地球人の思考様式はまだ慣れていないから、ここでやっている事を周囲の人々から完璧に隠しきれる訳じゃないわよ。>
ジュチャは、堤防にちょこんと座っている少女の方に目をやった。
<それで、彼女の記憶は、そのままで良いの?>
<良いじゃん、一人くらい部外者がいたってさ。>
手を合わせながら宏子が答える。
<私は、あまり良くないと思うけど。>
<…>
宏子がリジュワナを睨む。
<…どうも、ベストのパートナーシップが期待できる組み合わせには見えないわね。>
ジュチャが首を上に向ける。
眼鏡を上げたリジュワナがジュチャを見て念じた。
<別に仲が悪いという事じゃないわ。まだお互い慣れていないだけで、これから段々打ち解けていくかもしれないでしょう。>
<…>
何も答えずあさっての方向を見ている宏子。リジュワナは自分で付け加えた。
<…まあ、あくまで私の希望的観測に過ぎないわ。>
<…地球人同士の間柄って、皆こんなにギスギスしてるもんなの?>
<はは…>
プオラギイックだけに念を伝えるジュチャ。プオラギイックは苦笑で答える。
<…とにかく、さっさと始めちゃおうよ。>

<良いわよ。それじゃ、宏子、あなたから。こっちに用意したこれを背負ってね。>
プラスチック製らしき収納器具からジュチャが取り出したのは、天使が付けているような白い羽だった。
<…>
<な…なに、それ。>
無感動なリジュワナと、露骨に嫌そうな表情で羽を見る宏子。
<それもプラスチック?>
宏子は、背負う用のベルトがちゃんと付いているその羽に顔を近づける。
<それも、って、プラスチック製の物なんてここに無いわよ? ちねみにこの羽はヒズラウプシュ製だけど。>
<あー…そう。で、それを私に付けろと?>
<ええ。>
<…>
半ば救いを求めるように視線をプオラギイックに向ける宏子。
<…>
プオラギイックは「文句言うな」と言わんばかりに肩を上げた。
<…分かったわよ。私は可愛い可愛い魔法少女だもんねえ。>
頬を引きつらせながら、宏子はその羽を手に取った。
「よいしょっと…」
<で。私は自分が飛ぶように念じれば良いの?>
<そうよ。でもちょっと待って。>
ジュチャは自分のバーチャルディスプレイ上で何かの設定を操作しているようだ。
<…まだ間に合ってないのよ、調整。>
<は?>
<大丈夫大丈夫。うん、これで行けると思う。じゃ、やってみて。>
<は、はあ…>
<当然、空の力が主軸で、時の力を抑制力として…と、そこまで難しく考えなくても良いわ取りあえず。背中。頭の後ろから尾テイ骨辺りまでに気を集中させて。その間だけで気を上下に回転させるの。上…下! 上…下!って感じで下方向を強くね。そうすれば浮くと思うから。>
<うぃーっす。>

宏子は彼等から少し歩いて離れると、羽のベルトに手をかけながら両目をつむる。
シュウ、シュウウウウウウウウウビュウウウウウウウウウウウウウン…。
宏子の全身を赤い光が包みだし、やがて周囲の砂塵と共に宏子の体がふわりと浮かび上がる。

<おお、おおお…お、お?>
プオラギイックの声のトーンが、感嘆から疑問に変わる。
ビュウウウウズバアアアアアアアアアアン。
「うわあああああああああっ!」
光の暴発と共に、宏子は空高く舞い上がった。あるいは吹き上がった。
「うわあああああああっ!」
<あら、コントロール側の増幅がまだ足りなかったわね。>
<原因は良いから、宏子を何とかしないと!>
空の彼方の米粒を指差しながらプオラギイックが念じる。
<分かってるわ。ええと…ああ、あれよ! 彼女のちょうど飛んでいる方向に、命綱みたいな物があるじゃない、あそこに捕まってもらいましょう!>
<ああ、そうだな。…宏子、聞こえたか?>
「うううわあああああああああああ」
両手両足をばたつかせながら宏子が星となって飛んでいく。
<とりあえず私達の魔法で彼女をあの命綱に近づけましょ。>
<了解!>
<あの…>
自信無さ気にリジュワナがニ人に伝える。
<ん、何だ、リジュワナ?>
<バングラデシュ人の常識で言うと、多分あれ、高圧電線だと思うんだけど。>
<高圧電線? え、命綱じゃないの?>
<そんな物、この星にはそうそう無いわ。>
<でもあれでも命綱の代わりにはなるだろ?>
<いや…どうだったかしら…もしかしたら、触っただけで命を落としかねなかったような気が…>
<ちょ、ちょっとプオラギイック、方向変えるわよ、方向!>
<あ、ああ!>
「ううわああああああおおおわああああああああああっ」
高圧電線の数十センチメートル手前まで弾丸のように飛んで来て、そのスピードを維持したまま、急に垂直に落下していく宏子。
<はあ、何とか方向は変えられたか。>
息をつくプオラギイック。
<あの…彼女の落ちている方向、鉄橋があるんだけど。>
「うわああああああああっ、電車、電車ああああっ」
<プオラギイック、干渉弾を宏子と電車の間に! リジュワナ、あなたもこの前習ったわね?>
<了解!>
<ええ。>
シュウウウウウウウウウウンッ。
三人から光が放たれ、宏子と鉄橋の間の空間まで進んで静止する。
シュウウウウン、ボスッ。
空中から落下し、頭から光の中に突っ込む宏子。光のかたまりはクッションのように宏子を弾き飛ばす。宏子はそのまま川に落ちていく。
<…>
それを見て、また目を閉じるリジュワナ。彼女の体から再び光が溢れる。
シュウウウン。ボスッ。
「うわわわ、わっ。」
あおむけに落下してきた宏子は、川の水面上数十センチメートルの所で、再び光の干渉弾の上になった。
「ふう…。」
ようやく暴走が止まったらしい宏子は、丸い光のソファーの上で起き上がる。ほっと一息つく宏子。
プチッ。
「おわあっ。」
バシャンッ。
光の弾がはじけとび、宏子はそのまま水しぶきを上げて川に落下した。

<…はあ、助かったか…>
バシャンッ。
<ってこらあっ、どこが助かってんのよっ!>「ぶへえっくしゅ!」
川は幅があるものの深さは20センチメートルもないらしい。腰を川底につけたままがば、と宏子は起き上がると、河川敷の面々にくしゃみを交えつつ抗議をした。
<基本的な力の強さを忘れてたわ…これくらいコントロールを増幅すれば、うん、今度はいけると思うんだけど。>
ジュチャはバーチャルディスプレイを操作しながら一人で頷いている。
<あんたまだやらせる気っ!>
宏子は立ち上がると、水に濡れた髪を後ろになでつつ川原に上がってきた。
<全く、どこにこんな魔法少女がいんのよ…。>
宏子は堤防の美耶に自分の濡れた服を見せた。
「ねえ、ちょっと、美耶これどう思う?」
「わー。大変だねえ。でもごめんひーこ、私も今タオル持ってないんだよ。」
「いや、何ていうか、そういう意味じゃなくてさ。」
「こんな練習するなら、そう言ってくれれば良いのに。このままだとひーこ、風邪ひくよ?」
「風邪っていうか、あんたそれ以外に今の私を見て感想はないんか。」
「え…?」
宏子の言葉に、不思議そうに考える美耶は、やがていつものように微笑んで頷いた。
「あ、うん。ひーこ、今日もとってもかっこいいね!」
「……ありがとね…」
宏子は美耶の肩に手をかけながら、深くため息をついた。


快晴の昼下がり。ベンチのみが並ぶだだっ広い空間や、ペット売り場の水槽や、丸い展望レストランの階層が視界に入る。
周囲を行き来している、というか佇んでいる人々は、赤ん坊をベビーカーに乗せた若い母親たちが比較的多いように宏子には感じられた。
私服姿の宏子はそのビルの屋上でフェンスによりかかると、「あー」とひとしきり変な声をあげてから、手に持っていたウインナードッグにかじりついた。軽い風と、日の光に、彼女は目を細める。
チャンチャンチャッチャ、チャンチャンチャン…。
「…」
カチャッ。
ウインナードッグの二口目をいこうとしたところで宏子の携帯の着メロが鳴る。宏子は胸ポケットから携帯を出すが、液晶画面の「幸田美耶」の表示を見て顔を曇らせた。
ピッ。
「もしもし…」
「あ、ひーこお。どうしたの、もう皆待ってるよ? ほら、時計見てみなよ。」
「…いや、もう11時なのは知ってる。でも、今日はあたし、「部活」パスするからさ。」
宏子は身を返し、フェンス越しの町の景色を見ながら答える。
「は? 何で? …やっぱり風邪ひいたの?」
「そうじゃないけど。私、やっぱ向いてないって。魔法だなんだってさ…」
「何ごちゃごちゃ言ってるの。それに、 ひーこはリジュワナちゃんと違って、放課後しか魔法の練習出来ないんだから、その分週末で遅れを取り戻そうって話だったでしょ? …そもそも、一緒の家に住んでて何でニ人一緒に来ないかな?」
「私起きた時はもうリジュワナ、家、出てった後だった。」
「リジュワナちゃん良い子だよ? もう、ニ人とも何で仲が悪いかな…それもそうだけど、とにかく早く来なよ。皆、目の前でじりじり待ってるよ。」
「電話がテレパシーを乗せない機械でつくづく良かったよ。」
「ひーこお!」
スピーカーからの大声に、思わず顔をしかめる宏子。宏子は街の景色を背中にするように振り返って、フェンスに再びよりかかる。
「美耶。急にさ。お前は魔法が使える魔法少女だとか言われてさ。訳の分かんない宇宙人が出てきたり、無愛想な外人が家に住み込んだり、しまいには練習だなんだで毎日死にかけたりして、それ、どう思う? 私何にも悪い事してないのにさ、…いや、まあ、そんなには、してないのさ、それなのに、急にそんな罰ゲームやれって言われたって、それって理不尽だと思わん?」
「そうかもしれないけど…でも、またあのモンスターが来たらどうするの?」
「そんなの知らない。あの宇宙人達で勝手に退治すればいいじゃん。でも私は一抜けたからね。」
「そんな事言ったって…」
「ねえ、美耶、用件それだけ? 私今待ち合わせしてる所だからさ、そろそろ切るよ?」
「え? あ、ちょっ」
「じゃね。」
ピッ。
「…」
宏子は鼻で息をつきながら携帯を閉じると、それをポケットにしまい、左手に持っていたウィンナードッグを右手に持ち替えた。そして再び身を返し、街の景色を眺めながらウィンナードッグをかじり出す。
−しかし、結局本人に選ばせてるんじゃ、プレゼントの意味まるで無いよなあ。…ま、大宮で何か良いのが見つかれば良いんだけど。っていうか絶対もういらないって言うだろうから、それをどう騙くらかすかがまず問題なんだよな…。
「ふう…」

「おーい、そこのちんちくりん!」
「って誰がちんちくりんなのよっ!」
ウィンナードッグ片手に、宏子が振り返る。
あはは、と笑いつつ、黒ジャケット姿の佳菜恵がペット売り場の方から手をふってやってきた。

シュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン…。
その時風が起こった。
「え…?」
シュウウウウウウウウウウウウウンズバアアアアアアアアアアアアアアン!
何も無い空間から光が溢れ出し、黒いモンスターが突風と共に彼女達の前に現れた。
ブズ、ブズズズズズズ…。
「…」
バッグを肩でかついだまま、やや呆然とした様子で自分のすぐ横に現れたモンスターを眺める佳菜恵。
「…あ、姉貴、逃げて!」
「…え? って、何よこれ?」
「いいから!」
叫ぶ宏子。
シュウウウウウウウウウウウウン…。
空中1メートル前後を浮かび上がるモンスターの口から、青い光の弾がはきだされる。
「ん?」
それを不思議そうに眺める佳菜恵。
シュウウウウウウウン、プシュウッ。
青い光はそのまま佳菜恵の上半身を飲み込み、そこで静止し、はじけとんだ。

「え…」
光が消える。眩しさに細めていた目を開く宏子。
……グチャッ。
宏子の目の前で、内臓を剥き出しにした佳菜恵の下半身が、支えを失うように倒れる。同時に左腕の先の部分も床に落下する。倒れた下半身から、体液が飛び散った。
佳菜恵の体のそれ以外の部分は、モンスターと共に跡形もなく消え去っていた。

ポトッ。
宏子の手からウィンナードッグが滑り落ちた。



→Part B



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