←Prev ↑Home ↑Original Novel →Next Franken!


←Part A


A-Sato Ltashofe Yde Ilne

Episode 3: Silence

40代の温和そうな女性が両手にお皿を持ってテーブルにつく。
「宏子、知ってる? フューチャー4の大杉晃…一、だったっけ? 結婚するらしいわよ。美原瞳と。さっきやってたんだけど。」
宏子、リジュワナと彼女の対面するダイニングテーブル。それぞれの前に目玉焼きとほうれん草の油炒め、それからトーストと飲み物が置かれた。
「え、母さんそれマジで? なんか趣味悪いな。」
制服姿の宏子が答える。
「どっちが?」
「…」
宏子は数秒逡巡する。
「…どっちも。」
「あはは、そうかもね。」
笑いながら真紀子は自分の席についた。
「いただきますっ。」
「Itadakhi...mashu.」
「はいどうぞ、召し上がれ。」
ニ人に答えながら、彼女もパンを頬張りだした。
「…バングラデシュだと、やっぱり朝からカレーなの?」
コーヒーを口にしながら、真紀子はリジュワナの方を見た。
「Ah ha?」
水色の制服のリジュワナが、紅茶のカップを持ちながら宏子に目を向ける。
「えーっと…ドゥー・ユー・ハブ・カリー・バングラデシュ。」<何で一々私が聞いてやらなきゃいけないのよ、意味分かってる癖に。>
視線を合わせぬまま宏子が口と頭で同時に伝える。
「Ah, yes. Yes. Traditionally we have torkari. Morning, lunch, dinner...」
「ああ、モーニング、ランチ、ディナー、カレー、カレー、カレー。」
リジュワナが真紀子に微笑んで頷く。
「Yes, yes.」
<しょうがないでしょう、翻訳機は無いって事になってるんだから。…どうでもいいけど、意味不明の英語やめてくれない。ただでさえテレパシーとごっちゃになって混乱しがちだっていうのに。>
<だから一々英語で言いたくないって、私が今言ってた事じゃん。でもどうせ、しょうがないんでしょ? 言わなかったらあんた日本語分かんのか、って話になる訳だし?>
<だから、あなたがもう少し英語を勉強してよ。>
<え、つまりあんたは自分の英語は人の事が言える位にうまいって思ってる訳?>
<…>
「本当に。リジュワナにホームステイに来てもらって良かったわ。」
無言の会話を続けていたニ人は、真紀子の声に顔を上げた。
「…」
「…」
宏子を見るリジュワナ。
「…ナイス・トゥー・ユー・リブ・イン・ホームステイ。リジュワナ。」
「Oh, I'm so happy to hear that. I'm really happy that I could meet you, and Hiroko.」
<ケッ。あんたも面の皮が厚い人間だねえ。>
<あなたにそう認めてもらえるとは光栄ね。>
「何て言っているの?」
真紀子は宏子に聞く。
「あ、えーっと。私もです、って。」
「ああ。」
真紀子はリジュワナの方を向いて頷いてみせた。
「ありがとう。前に比べれば良くなったけど、宏子もしばらくは落ち込んでたからね。」
コーヒーカップを置きながら彼女が微笑む。
「…」
「ニ人の食卓が寂しいっていうのも大袈裟かもしれないけど、でもやっぱり、三人いた方がもっと楽しい物よ。」
「…」
「…」
「今の宏子を見れば、天国の佳菜恵ももう安心していると思うのよ。」
カップボードの上にあるフォトスタンドの中でにっこり笑っている女性の写真に、彼女は目を向けた。
「ねえ。もう一周忌か。早いわね。」

廊下を先生に怒られないギリギリのスピードで速歩きしながら、ショートカットの少女が教室の戸の前までやって来た。
「…」
少しだけ戸を引いて、そうっと中を覗く志穂。
ほっ、と息をはくと、志穂は戸を開き教室の中に入った。教室はまだ先生がいないらしく、生徒達は自分の好きな所でお喋りをしている。
「何だ、阿川まだ来てないのか?」
自分の席に鞄を持っていってから、近くの石戸田に志穂が聞いた。
「ラッキーだったな。」
「いや、昨日深夜番組見てたらつい夜更かししちゃって。」
「金成が深夜番組なんか見るのか?」
「いや、ラグビーの中継。昨日やってたじゃん。」
「…まあ、金成らしいな。」
ストレッチ運動のように首を回しながら石戸田が言う。
「で、お前、ラグビーのルールなんか知ってたのか?」
「知らないけど?」
「けど、って…まあ、それも別の意味でお前らしいか。」
「何か悪いか、ルール知らないで見てたら?」
「でもお前だったらミニスカポリスとかをむしろ見てて遅れてほしかったけどな。俺的には。」
「何でだよ。」
耳に2つピアスを開けている少女が眉を寄せて答える。
「そういうのだったら…ほら、宏子とかがよく見てるだろ? あいつなら多分毎日よだれだらだら垂らしながら見てるぞ。な、宏子?」
志穂は宏子の席の方に声をかける。
「…れ?」
「いないぞ。今日は佐藤も遅刻だ。」
「私は遅刻してないだろ?」
「たまたま阿川より来たのが早かっただけだろ。…ほら、阿川来たぞ。」
「ん、ああ。」
志穂は自分の席に腰を降ろした。


「…自分達が勉強をする場所なんだから、物が壊れて損をするのはお前達なんだぞ。今後こういう事の無いように。」
教壇に立つ男性が、事務的に連絡事項を告げる。
「以上。」
男性が近くの生徒に目配せする。
「起立。」
ガラ…。
「…」
生徒達が立ち上がろうとする前に、教室の戸の音がした。生徒達全員が戸の方を向く。
「…」
ガラ…。
数秒後、戸がそのまま閉まる。
「…幸田。閉めないでいいから入ってこい。」
戸に向かい、呆れた様子で男性が言った。
「…」
ガラ…。
戸を開け、上目遣いの美耶が小走りに教室内に入ってくる。
「あの、すいません。…寝坊して…」
「今度から気をつけろ。…じゃあ、日直。」
「起立。」
ガラガラガラ…。
今度こそ全員が席を立つなか、石戸田が息を切らせる美耶に小声で聞いた。
「何で遅刻したんだよ?」
「え? 本当に寝坊だよ。」
「佐藤が起こしに来なかったからか?」
「あ、うん…でも最近、結構来ない事が多いんだよ、ひーこ。」
美耶はそう囁くと、細い眉をひそめて視線を落とした。


机のスイッチを押し、ジュチャがバーチャルディスプレイの表示を閉じた。
「ふう…」
ジュチャは、薄茶と緑が基調のインテリアの部屋で、椅子にもたれ自分のおでこを押さえている。
「お疲れですか。」
机の向かい、部屋の入り口側で立っている、茶色い肌のクザラル人男性が声をかけた。
「頭が痛いだけ。地球人って扱いづらくて。」
「地球人は…多少問題も抱えてはいますが…ですが、我々に驚くほど似ている、まさに同胞です。ラルの一種ではという学説も根強い支持があるくらいですし…」
「あんなモジャモジャのラルなんて、私はぞっとしないわね。」
部屋の窓からは、一様に黒い宇宙空間と、手に取れそうなほどの距離感で明るく輝く青い星が見える。足を組んだジュチャは、その星の青と白のまだら模様を見下ろした。
「…別にね、地球人が嫌いとか言ってるんじゃないのよ。むしろ、逆ね。どう考えても、国評は地球を軽視しすぎなのよ。」
「…」
無言でジュチャを見る男性。
「…はいはい、HYIハヨイもよ。両方ともね。…私達、何年も前からここを見てた訳でしょ? それなのにいざ魔法開化が始まったかと思えば、そのサポートの準備はまるで出来てないじゃない。人員が足りない、機材がないカネがない魔力がない、皆言い訳ばっかり。いくら超小型翻訳機が高価だからって、ここに1個も持ってきてなかったっていう報告を最初に見た時は私、自分の目を疑ったわよ。それにあれ。217番のレポート見た?」
「今は非常時ですから…。」
「何言ってんのよソドゥ。私達の殆ど、生まれた時からモンスターがあちこちで頻出する「非常時」世代じゃない。そういうのは非常時って言わないのよ。」
「はあ…。とにかく今は、佐藤さんの身柄確保が最優先かと。」
「それ、私の台詞でしょ。」
ジュチャは机のスイッチを再び押した。ジュチャの前とソドゥと呼ばれた男の前に、2つのバーチャルディスプレイが表示される。
「言ったって、相手は魔力のコントロールもままならないような、地球人の子供なのよ。ウチの保安課は何、全員居眠りでもしてる訳?」
「保安課のニ人とも、懸命に仕事はしています。ただ、彼等も地球人には慣れていませんし、一応免許はありますが、魔力的にも佐藤さんの方が上ですから…。」
「それも分からないのよね。何で素人ニ人だけで保安課なのよ。それ、「課」って言うの?」
ため息をつきながらジュチャがソドゥ側のディスプレイを消す。
「あなたも手伝って。彼女に万一の事があったら致命的危機よ。…私のキャリアも、地球の命運も。」
「それどころか私達の命もですね。」
「冗談めかして冗談になっていない事を言うのは、私達エウグ人の良くない癖よ。」
ジュチャは自分の目の前にまだ表示されているバーチャルディスプレイに目を向けたまま、ソドゥに指を向けた。
「分かりました。以後気をつけましょう。」
自分の両手をつけ、手のひらを上に向けた状態で、手を上に上げる動作をするソドゥ。ソドゥは身を返すと扉脇のスイッチを押し、部屋を出て行く。

「おっと。」
「あ、すいません。」
「いや、こっちこそ。」
ソドゥと入れ替わりに、プオラギイックが彼にぶつかりかけながら部屋に入ってきた。
<何、今度はあなた?>
うんざりした表情で顔を上げるジュチャ。
<悪いな楽しい報告書書きを邪魔して。>
<あなた下に降りてたんじゃなかったの。>
<それよりどこに行ったんだよ、宏子のバカは?>
<…>
ジュチャは再び自分のおでこを押さえた。
<ソドゥにも今同じ事を言ったんだけどね。…それ、私の台詞だと思わない?>
<俺は分からないから船に戻ってきたんだがな。>
<私は地球人が分からないわよ。>
<急に何の話だよ。ってそもそもお前地球人を分かろうとなんてしてないじゃないか。>
プオラギイックの言葉に、ジュチャは心外そうに声を上げる。
<してるわよ、私なりに!>
<まずは、人前で平気で肉を食べられるようにならないと駄目だな。>
<ふう…。…まあ確かに、私はあなたに比べれば地球の事はよく知らないわ。だから、教えてほしいのよ。>
<何を。>
プオラギイックはジュチャの机を椅子代わりにして腰を降ろす。眉を上げつつジュチャが念じる。
<宏子は何で消えたの。>
<知るか。>
<…>
<…>
<…分かるわよ、私だって。それは、急にお姉さんがモンスターに殺されれば、悲しいわよね。それは分かるわ。でも彼女の希望通り、周囲の記憶は全員修正して、お姉さんは既に一年前に亡くなっているっていう風にした訳じゃない。地球の社会的には問題無い訳でしょ、車にぶつかった事故っていう死因は。>
<ああ、そうだな。それは死因としてはありふれているから、殺人事件のような大きな新聞記事になったりはしないそうだ。つまりまあ、理由としては無難だってことだな。>
<ええ。…宏子のお母さんは急に長女がいなくなったらそれには耐えられないだろうから、元からそんなのはいなかったんだって事にしてほしい。でも実際にそこまでやるのは相当の魔力がいるし、残ってる膨大な物的証拠まで手が周らないから、いたんだけど死んで一年経ったんだ、って事にしたのよね。>
<お母さんは一年経って長女の死を乗り越えたから良いさ。仮に嘘の記憶でもな。…でも次女にとって、それはついおととい起きた事だろ。>
<でも彼女は、真実を知ってるのよ。お姉さんを殺したのはあのモンスターだっていう事実を。あのモンスターを押さえられるのは、自分しかいないっていう事実も。>
<…>
机に座ったまま腕を組み、プオラギイックは窓越しの地球を眺める。
<…俺が知っている限りでは、地球人はクザラル人に比べて情緒的な面が大きい。>
<つまり?>
<理屈で分かっている事も感情が拒否するという事がある。特に若い奴なら尚更な。>
<地球人が情緒的なんだとしたら、>
真面目な表情でジュチャはプオラギイックの顔を見た。
<リジュワナの方は、何で全く平気で訓練が続けられるのかしら。>
<それは、彼女にとっては宏子のお姉さんは赤の他人だからな。>
<それは分かってるわよ、でも数日とはいえ同居人だったなら、多少の動揺とか憐憫くらいはあるものでしょ。仮に彼女の立場にいたのが非情冷血なクザラル人だったとしても、普通はそういうもんじゃない?>
<さあな…>
プオラギイックは頭をかいた。
<クザラル人と同じで地球人も一人一人バラバラだ。民族や個人で考え方は180度違う。簡単に一般論でまとめられるもんじゃないんだろ。>
<それはその通りでしょうけど、それじゃ何の答えにもなっていないのよ。>
<…確かにな。>
<…だから扱いにくい宇宙人だって、言ってるのよ。>
ジュチャは誰に伝えるでもなくそう念じると、椅子に背をもたれ、唇を噛んだ。


宏子は横になっていた。
潮の香りがする。木陰越しにも、春の暖かな日差しが宏子の頬を暖める。
宏子は無表情な目で、90度横になった水平線をただ眺めていた。
−かもめが飛んでる…。
宏子が横になっている木陰の芝生は海沿いのどこかの公園のようで、芝生を数メートル歩けばアスファルトの道路があり、その道路にある柵の向こうはコンクリートの波打ち際だった。
「…ふ…」
息をはきだすが、宏子の目の表情は動かない。
ぐう…。
ふいに宏子のおなかが鳴る。
「…」
宏子はのろのろと起き上がると、原色のナップザックから、コンビニで買ったと思しきあんぱんを取り出し、その袋を開いた。
「…」
無造作にそれを食べる宏子。
「…」
しかし宏子はそのあんぱんを半分位まで食べると、緩慢な動作でまた袋に戻した。
バサッ。
宏子は再び芝生の上に、倒れるように横になった。


−何であの時、体当たりしてでも助けようとしなかったのよ。

−怖かったんだもん。自分の命が危ないかもしれないじゃない。

宏子は、ふいに聞こえてきた、心の中の自分の声に答えた。

−つまり私は、自分を守る為に姉貴を見殺しにしたと。

−…そうだよ。自分の命の方が…大事じゃん。比べる相手が姉貴だったとしても。

−私が姉貴を殺したって事だね、つまり。

横になったままの宏子が、微かに顔を歪める。

−違う! 私は…殺したのはあいつらじゃん。…そうだよ、確かに私が助けなかったから姉貴は死んだのかもしれない、でも…それは、仕方のない事じゃん…。

−結果として姉貴は死んでるんだよ! そんな結果に、仕方がないもあるもないよ!

−…。

−大体あのモンスターだって、私がいなかったら来てないんでしょ。私が変な能力を出してなければ!

−…そんなの私の責任じゃないじゃん…。

−じゃあ誰の? 私以外の誰の責任なの? 言ってみてよ、ねえ、私じゃないって言うなら、誰が佐藤佳菜恵が死ぬ原因を作ったのよっ! 胴体ぶっちぎられて! 彼氏だって最近出来た所だったのに、雑誌の編集も始めた所だったのに、多少乱暴だけど、自分の妹の事も彼女なりに可愛がってやっていたのにっ! 全部、私が! …私が助けなかったからっ! 私が!…私が…


「…」
不快そうな表情のまま、宏子はゆっくりと顔を伏せた。


−…じゃあ…どうすれば良いっていうのよ。


「…」
しばらくそうしていた宏子はふいに起き上がると、ナップザックを大事そうに両手で抱え、表情の無いままその場を後にした。


風が強い。ドアを開けたとたん吹き込む空気に宏子は目を細めた。
その屋上は通風ダクトが室外機か何かを結びながら入り組んでいた。ドアをゆっくりと閉めると、宏子はそのダクトを身をかがめてくぐったり、またいだりしながら屋上を歩いてゆく。
その立ち入り禁止の屋上には、落下防止用の柵が無かった。宏子は無表情のまま、屋上の端に到達すると、持っていたナップザックを自分の横におろした。
「…」
宏子は目をつむる。そしてそのまま、1回大きく呼吸をした。

宏子はそのまま、自分の胸元にあるペンダントに右手を置いた。
宏子は目を開け、そこで大きく息を吸い込んだ。
風がゆらぐ。


リジュワナは不安気な表情で…少なくとも彼女なりには不安そうな表情で、病院の長椅子に腰掛けながら自分の足元を見つめ続けていた。
「ドント・ウォーリー、リジュワナ。シー・ウィル・リブ。…サバイブ。」
「Yah. ...Off course.」
隣に座る石戸田の言葉に、リジュワナが弱々しく微笑みながら頷く。

リジュワナを挟んで反対側の隣には、志穂が無言で座っている。
「Ah...」
自分の手に何かが触れ、リジュワナは思わず小声を上げた。
「…」
「…」
触れてきたのが志穂の手と気づき、リジュワナはそれを優しく握り返した。
三人とも、物音一つたてず、ただじっと長椅子に座り続けていた。遠くの廊下の足音が、面白いほどエコーを伴って聞こえてくる。
リジュワナは志穂の手がじっとりと汗ばんでいる事にふと気づき、何故かそれにほっとするものを感じた。
「…」
じっとしている内に、リジュワナは空気が妙に暑く感じられてきた。天井をあおぎみるリジュワナ。

バタンッ。
集中治療室の扉が開く。主治医らしき青い服の男性がマスクを外しながら出てくる。

「先生、様態は…。」
即座に立ち上がり、医師の前に駆け込む石戸田。医師は一度息をはき、口を開く。
「率直に言って、あまり芳しくありません。…生命維持については、峠は越しました。まだ絶対安静ですが、命を落とすような危険はもうありません。」
「…それならこの間と、変わらないんじゃないんですか?」
石戸田と目を合わせながら、志穂が尋ねる。
「実は…」


<意識が不明で回復の見込み無し?>
<ええ。確かにそう言ってたわ。翻訳機の故障でない限りはね。>
殆ど何も入っていない本棚とベッドがあるのみの殺風景な部屋で、床に体育座りをしているリジュワナはベッドに腰掛けているジュチャに頷いた。
<…>
思わずプオラギイックの方を見るジュチャ。
<…全く困った時に病気になってくれちゃったものねえ、美耶も。>
<…どうも代弁ありがとう。>
ややムッとしながらプオラギイックの念に返答するジュチャ。
<ちなみに彼女、つい先週も意識不明になって病院にかつぎこまれたそうよ。その時はあっという間に目を覚ましたそうだけど。>
<は…何よそれ?>
<それはつまり…意識不明というより、ただの失神なんじゃないのか?>
リジュワナはプオラギイックに頷く。
<ええ、実際病院側は、先週のものについてはそう判断したみたい。>
<なら…>
<でも今日のものについては、まだそう判断することは出来ないわ。…何しろ、起きていないから。>
<…まあな。>
<で、結局何で頻繁に失神しているの? 病名は何? …ああ、クザラル人の私達にも通じる病名なのかは分からないけど…>
<分からないわ。>
リジュワナの念に、ジュチャは眉を上げる。
<…理由も分からないの?>
<ええ。原因不明、病名不明。彼女以外に世界に同じ症例の人が一人もいない…みたい。まあ、どこまでニ人の言葉を信用するかにもよるんだけど。>
<…地球の医学って、病気の分類も出来ないほど遅れてるの?>
<クザラル星と比べれば遅れている可能性は高そうね。>
リジュワナは感情を害した様子もなく続ける。
<でも、地球でも人が普段よくかかるような病気は大体それなりに分類はされているわよ。特に、日本なんかは比較的技術の進んでいる国のはずだから。全く不明の病気っていうのは…かなり珍しいと思う。>
<…>
<…こっちで何とか出来ないか?>
プオラギイックの念に、ジュチャが顔を向ける。
<私もそれを思ってた…私が不特定多数にかけている記憶系の魔法が一応効いているみたいだから、脳関係の異常だったら結構何とか出来るかもしれない…。>
<…でも、まだ体全体の生命機能は一応動いてはいるけど、絶対安静なんだそうよ。そっちの処置も魔法で何とかなるの?>
<…>
<…>
<…相手がクザラル人、だったらね。>
多少上ずったようなトーンで、ジュチャが答える。
<何だか、微妙ね…>
<…し、資料が無いのよ。地球人の。>
<…隣の部屋の主の意見を聞きたい所なんだけど。>
リジュワナは壁の方を見る。
<そうね。まだ見つかんないのかしら、宏子は。>
ジュチャは頷くと、腕の端末に手を触れバーチャルディスプレイを表示させた。
<まったく、友人が危篤だっていうのにどこほっつき歩いてんだか…。>
タッチパネルを操作しながら念じるジュチャ。
<結構、自殺とか考えてたりしてな。>
<笑えないわ。>
<笑えないわよ。>
ニ人の念が揃い、プオラギイックは神妙な顔つきになった。
<え?>
ジュチャは、ディスプレイに表示されている、カラフルで角張った文字を読んでいる内に念を上げた。
<何だ?>
<ああ。ニグーワー語版で見て。転送する。>
<…>
腕のスイッチを押すプオラギイック。プオラギイックの目の前に、丸っこい文字の並んだディスプレイが現れる。
<モンスターの出現を6体同時に観測だって? 場所はフランスのエクサンプロバンス、中国の阜陽フーヤン、アメリカのロサンゼルス、ウガンダのムベンデ、日本の東京と春日部…>
<あ、私フランスの理由は知ってる。>
<というか、最後のはここだって事じゃないの?>
リジュワナが言うと同時に、三人の周囲は急に景色が失われ、ただ黒い闇が広がるだけの空間に変わった。
<え?>
立ち上がり、周囲を見回すリジュワナ。

ズブブ、ズブブブ…。
三人の前に、羽を広げ浮かび上がったモンスターがいた。


急に自分の周囲が黒い空間で覆われたので、宏子は息を飲み周囲を見た。

ブズズ、ブズズズ…。
「…」
そして自分の横で破擦音をたてるモンスターに気づき、顔を歪めた。
「…」
宏子は思わず身構えていたが、浮かんでいるモンスターからいつもの光の弾が飛び出てくる様子はない。宏子は不思議そうにモンスターを見直すと、思わずモンスターの前で手を振ってみた。
ブズズ、ブズズズ…。
相変わらずモンスターは動く様子はない。
「…」
宏子は改めて自分の周囲を見る。上下左右、全ての空間が暗闇で覆われており、まるで宏子は宙に浮いているかのようだった。…と言うより、恐らく本当に浮いているのだろう。

宏子は何かに気づき、ふと自分の左手方向を見た。

「…え?」
サイケデリックな幻覚のような、色々な色を混ぜ合わせたような空間が、黒い空間を侵食してきていた。
その空間は、微かにキーンという音を発しながら、徐々に徐々に宏子とモンスターのいる場所に迫ってくる。
「え、え? …何よこれ?」
モンスターと、色の渦巻く空間を交互に見る宏子。
キーン…。
「…」
宏子は顔をしかめると、色の渦巻く空間と反対方向に体を向け、そっちへ足を踏み出す。
「!…え、えっ?」
右足を踏み出す宏子。しかし、宏子は確かに歩く動作をしているのだが、宏子にはまるで自分が歩いている実感が感じられない。
宏子は慌てて何度も足を踏み出し、しまいには息せききって走り出した。
「…はあ、はあ…」
確かに地面を蹴っているような感触は足に伝わっているのだが、どこにも進めているように感じられない。
宏子はそれが、周囲に景色が無いからだと気づいた。唯一見えている「景色」である目の前のモンスターとの位置関係が全く変わらないので、進んでいる気がしないのだ。もしかしたら、モンスターが自分にぴったりくっ付いてきているだけで、本当は自分は進んでいるのかもしれない。
宏子がそんな事を考えている間も、色の渦巻いた空間は着実に増大してきていた。
「これって…やっぱ進んでないって事…」
呟きながら宏子は再び反対方向に歩き出す。しかし周囲の景色は全く変わらず、色の空間だけがどんどん宏子とモンスターに迫ってくる。
「ちょ、ちょっと…うー。」
宏子が唸る間にも色の空間が迫る。距離感がつかめないのではっきりとはしないが、宏子にもそれが自分のすぐそばに来ている事がなんとなく感じ取れた。
「ど、どうすれば…イタアアアアアアッ!」


<…?>
自分の右足のアキレス腱近くの部分にチクりとさすような痛みがあったので、リジュワナは何事かと右足を上げながら確かめた。
<ん、どうした、リジュワナ。>
<…なんだか、今ちょっと足をひねったか何かしたかと思ったんだけど。…大丈夫みたい。>
プオラギイックに答えるリジュワナ。
<…そう。それにしてもこんな原始的な攻撃、モンスターもなめてくれちゃってるわね。>
腕を組んだジュチャが、自分達と対峙しているモンスターの方を見る。
<そうなの? 私達、この世界から抜け出せる?>
<簡単よ。彼等もまだ地球の環境に慣れてなくて、魔法がうまく使えないのかもしれないわね。少なくとも、魔法に長けたクザラル人が既に地球人と一緒にいるとは思っていなかったんでしょう。>
<それは好都…>
「イタッ!」
返事をする途中で右足に再び痛みを感じ、思わず声を上げるリジュワナ。彼女は自分の右足をもう一度不思議そうに見つめた。
<…大丈夫?>
<さあ…筋肉痛…なのかしら…?>
<…もしかしたら、誰か他の魔法少女の痛みをテレパシーで感じているのかもしれないぞ。>
プオラギイックがジュチャを見て伝える。
<俺達は普段そういった感覚は無意識にブロックしているが、急に魔法に目覚めた段階ではそんなコントロールは出来ないんじゃないか?>
<…ああ、そういう症例を聞くわよね。特異な病気でずっと眠ってた人が急に目覚めて、実は彼は魔法使いなんだけど魔力をコントロール出来ずに苦しむっていう…設定の、映画。ほらあの、主演が、名前出てこない、ラザンチェ人のさ、>
<ジュモルキ・コウィダ。>
<違うわよ。確か、トズ…>
<それはとにかく、どこかの魔法少女が苦しんでいるのよね?>
ジュチャを遮ってリジュワナが念ずる。
<素直に考えれば、一番近場にいる宏子だろうな。>
<一番近場…確か、東京だったわよね?>
ジュチャがプオラギイックを見る。
<東京って…ここも東京の一部だったんじゃなかったの?>
<同じ都市圏だが、行政上は違う扱いになっている。都市圏の中心部、東京都特別区はここから4、50万オキ南だ。>
<…オキ?>
<1オキが、大体これくらいだ。>
自分の肩幅よりやや狭い程度の長さを両手でリジュワナに示すプオラギイック。
<…よく分からないけど、ちょっと遠いみたいね。>
<それなのにここのリジュワナにまで痛みが伝わってきたって、事は…>
ジュチャはそこで念を切り、プオラギイックの方を見る。
<…>
<…>
<…ジュチャ、今俺達のいる空間と、宏子や他の魔法少女達のいる空間は繋がっていたよな?>
<ええ、確か理論上は。>
<それだったら、この世界を抜ける前に、せめて宏子の所だけでも何とか行けないか? あいつが危険だって事だろ?>
<…>
ジュチャはリジュワナと目を合わせる。やや困った様子でジュチャが答える。
<…行けないか、って、場所が分からないわよ。3000オキ向こうとかいうレベルの話じゃないのよ? しかも上下も定かじゃないし。>
プオラギイックはやや逡巡した後、リジュワナの方を見た。
<…痛みは近寄れば近寄るだけより鮮明に感じる、って事だよな?>
何か気づいた様子のジュチャはプオラギイックを睨む。
<…いけません。プオラギイック・プロジェクト長、それは我々の保護対象の一人であるリジュワナ無資格魔術師を危険にさらす行為に他ならない。>
<じゃあ、どうすれば良いっていうんだよ!>
<まずは自分の身を守るのが先決でしょ? ほら見なさい、あれ。負の空間が近づいて来てるじゃない。いくら原始的な攻撃って言ったって、このままじっとしてたら私達が危ないわよ。>
彼等の向こうに、色のぐちゃぐちゃにとぐろを巻いている空間が現れ、徐々にそのエリアを広げてきていた。
<…何なの、あれは?>
やや怯えた様子でリジュワナが聞く。
<今私達がいる空間は俗に正小数空間と呼ばれている物で、一言で言うと、私達向きにあつらえた何も無い空間なの。でもここは魔法さえ解けば簡単に普通の空間…正の空間に戻る事が出来るわ。で、あれは負の空間といって、一種の別宇宙。一回入ったら、二度と戻る事は出来ない。>
<ん? 確か理論上は出来ただろ? 実際に原子レベル以上の大きさで成功したって話は聞いてないが…>
<端折って説明してるのよ、時間が無いでしょ!>
<つまり、あれからは逃げないと駄目なのね。>
リジュワナは足を動かした。
<…あら?>
リジュワナは歩くが、場所を全く移動出来ない。
<まともに歩こうとしても無理よ、この空間じゃ。移動の魔法を念じるの。>
<…了解。>
リジュワナはスカートのポケットから羽形の飾りのついたイハッジャを取り出した。
<少なくとも宏子は持ってたわよね、それ?>
<持ってはいるが、今、手元にあるかどうかは…>
<…>
三人は不安気にお互いを見やる。
<…やっぱり、>
<却下。まず正の空間に戻ってから対策を考えます。>
<プロジェクトの全指揮権は俺にあるんだぞ!>
<後でいくらでも抗議してちょうだい。観察議員の分際で指揮系統を無視したって、高級会議に。動議立てる?>
<ぐ…>
<リジュワナ、手伝って。ここでは攻撃弾は効かないわ。あのモンスターを負の世界へ連続移動させるよう念ずるのよ。>
<…分かったわ。>
リジュワナは頷くと、ジュチャと共に、モンスターへ向かい気律を発生させだした。


「いたあああっ!」
悲鳴をあげながら右足を上げる宏子。宏子の右足は一瞬負の空間と同じ虹のような色になっていたが、すぐに元の色に戻る。
「ふぅ…はぁ…」
肩で息をする宏子。宏子の右足は一瞬負の世界に触れてしまったらしい。宏子のすぐ足元に負の世界が迫っている。恐怖に顔を歪める宏子。
「い、イヤダッ!」
激しく足を動かすが、宏子の位置は全く動かない。
「はぁ、はぁ…いたあああいっ!」
今度は左足を引っ込める宏子。
「くぅ…フンッ!」
宏子は体に勢いをつけて手を伸ばし、モンスターの胴体の鎧に手を触れた。
「フッ!」
そしてそれを思い切り下方向に押した。

フワッ…。
ブズズズズズズズズズズズズ…。
宏子は反動で上方向に浮き上がる。羽が負の世界に触れてしまったらしいモンスターはにわかに騒がしくなった。
−あ、焦ってたけど、ここで普通に歩いても動けないんだ。空中浮遊系の魔法で動くように念じれば、取りあえずあの色の渦巻きから逃げる事だけは…
「…って、私ステッキもイハッジャも持ってないじゃん!」
一人、声をあげる宏子。
「…え?」
周囲の景色が少ないのではっきりとはしないが、自分がどうも動いているらしい事に宏子は気づいた。
「…!」
後ろを振り向く宏子。目の前に、負の空間が宏子の全身を覆おうかとするように広がっていた。
−…モンスターが私を動かしてるんだ!
モンスターの方を向く宏子。
「くっ……やっ、あああああああああああああああああああああああああああっ!」
次の瞬間、背中の焼けるような感覚に宏子は気を失いかけた。
「うう…熱い…熱いいっ!…う、ううううっ!」
−動け、動け、動け、動け、動けっ!
ブズ、ブズズズズ…。
その時、モンスターの体から赤い光が輝きだした。
−えっ、嘘でしょ? こんな状態でやられたら逃げ場無いよ!
シュウ、シュウウウウウウウウウン…。
「え…えっ?」
モンスターの体から放たれた光は球形に収束せず、そのまま周囲を明るく照らす。モンスターと宏子は、その位置関係は同じまま負の空間から徐々に離れだした。
シュウウウウウウウウウン…。
−私の、望んだ方向に浮遊出来ている?
「え、えっとそれじゃ、あっちの方向!」
シュウウ、シュウウウウウウン…。
彼等の移動の方向が変わり、負の空間の侵食の、より少ない方向に向かいだす。
シュウウウウウウン…。
「…あれ、な、何なのよこれ…」
しかし、負の空間の侵食のスピードが速いらしく、進んでいた方向を通せんぼするかのように、負の空間が覆い尽くした。
「…」
前後上下左右を見回す宏子。自分とモンスターのいる、直径5メートル程度の球形の空間以外は、もはや全て負の空間に覆われてしまった。
「ちょっと…」
−こ、これって…。
モンスターに嫌々ながら近づいていく宏子。しかし自分達のいる正少数空間は、ますますその直径を狭くしていく。
ブズ、ブズズズズズ…。
モンスターの羽が再び、原色の混じった負の空間に飲み込まれていく。破擦音を上げるモンスター。
「う、うう…」
もはや宏子はモンスターとぴったり体をよせないといけない状態になった。
「う…う、い、ああああああああああああああああああああああああっ!」
足の焼ける感触に、宏子が再び悲鳴をあげる。

シュウウウウウウウウウウウンズバアアアアアアアアアン!
「Shhhhhhhhh...」
<え? …プオ?>
宏子の前に青い光の渦と、青い肌の男が同時に現れた。
<おい、まだ生きてるか?>
<…どうだろ?>
笑ってみせようとする宏子。
<イハッジャだ。これでモンスターを負の空間…今周りを覆ってるこのグニャグニャの空間に、移動させてやれ。>
宏子は、イハッジャを手渡すプオラギイックの表情が苦しげな事に気づいた。
<あんた…大丈夫?>
<話は…後。…頼んだぞ。>
プオラギイックはそう念じるとふら、と力を失う。
<え、え?>
「…ウ、ウウウウッ!」
今度は手を縮こませる宏子。
「お前が、お前が、消えろおおおおおおおおおおっ!」
シュウ、シュウウウウウウウウウウウウウウウウン…。
イハッジャの石から、赤い光が瞬く間に溢れ出る。

ブズ、ブズ、ブズズズズズ、ブズズズズ…。
破擦音を絶え間なく立てながら、モンスターがニ人を離れ、色の空間の中へ飲み込まれていく。
「あああああああああああああああっ!」
肩がじわじわ消えていく感覚に泣き叫ぶ宏子。


ブズズ、ブズズズ、ブズズズ、ブズ、ブズ、ブ…

シュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン…ズバアアアアアアアン!


モンスターが色の空間に飲み込まれる。次の瞬間、彼等の周囲から色の渦巻いた空間が吹き飛ぶように全て消え去った。
「…はっ、はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……はあっ…」
宏子と気を失ったプオラギイックは、ビルの屋上の、端の部分に立っていた。荒い息のまま座り込む宏子。
「はあ、はあっ…ってイタッ!」
ゴツッ。
よりかかるプオラギイックの重みを支えきれず、宏子はプオラギイックを抱いた状態のまま仰向けに倒れた。コンクリートの床に頭を打ち付ける宏子。
「…い、痛い……ん…」
ふと宏子は、ニ人の体のいたる所があの色の混じった空間の色になっている事に気づいた。怯えた顔でそれを見る宏子。
しかしその色は徐々に消えていき、やがて腕や足や背中など、全ての部分が元の服、元の肌の色に戻る。
「…」
宏子は、ほっ息をついた。
<なあ…ところでこの体勢は、地球人的には恥ずかしくないものなのか?>
<え? …な、うわああっ!>
プオラギイックからの念に、宏子は慌てて自分の上に覆い被さっていた彼を横に突き飛ばした。
「Shhhh!」
<シューって何よ、さっきから。>
<翻訳機付けてろよ…。痛いときにあげる声だよ。お前の言葉でいう「ワー」とか「キャー」だ。>
<…微妙に違うと思うな。>
<そうか? さっきお前そればっか言ってたぞ。耳が壊れるかと思った。…少なくとも翻訳機は壊れたな。>
<悪かったね。っていうか…気が付いたなら、私からとっとと離れてよね。>
<そりゃ、俺も自分の身の危険を考えればお前から一刻も早く離れたいのは山々だったんだけどな。残念ながらまだ意識が戻っただけで、体の自由が利かない。>
まだ寝転がった状態の宏子は、隣に突き飛ばされたままのプオラギイックの方を見た。
<え? 何言ってんの? もう私達助かったんでしょ?>
そう言いながら起き上がろうとする宏子。
「う、う…ぬ、う…」
<…はあ。確かに。何か力が入んない。>
少しだけ頭を持ち上げたがすぐに諦め、宏子は再び青空を見上げながら念じた。
<安心しろ。体力…魔力か、の消耗が激しいだけだ。寝れば普通に戻る。>
<この状態で寝ろっての。>
<…>
<…>
<…なあ、俺達なんでこんな場所にいるんだ?>
<…>
<…>
<…あんた、何できたの。>
<ああ…お前が感じる痛みを俺にフィードバック出来るような反響装置をジュチャに速攻で作ってもらった。リジュワナは行かせられないって話だし、ジュチャもそんな自殺行為は出来ないって言うから、他に選択の余地も無くってな。>
<…>
<…ああ、つまりな、本来クザラル人はそういう人の痛みのテレパシーは本能的に感じないようになってるんだが、それをあえて感じられるようにしたんだ。後は何回か短距離の瞬間移動…つってもあの空間は勝手が違うからなあ。普段の地球上ですら増幅装置無しで何回もした事ないのに、そこでも消耗きつかったぞ。>
<痛みのテレパシー?>
<ああ、お前さっき、凄く痛かっただろ? 当然俺はお前の近くに行けば行くほど、よりその痛さを感じるんだ。それでここまでたどり着く事が出来た。>
<…だとすれば、痛いって言ってもあんたは私ほど痛くない訳じゃん。でもあんた、さっき失神してたよ。>
<技術はともかく、俺の魔力自体はお前の半分以下だぞ。防御出来ない分よっぽど痛いんだよ。…そんな中わざわざ助けにきてやったんだから、少しは素直に感謝しろっていうんだ。>
<…>
宏子は仰向けに倒れた状態のまま、プオラギイックの顔をしばらく見た。
<…>
<…だからさ、何で来たのよ。方法じゃなくて理由。>
<理由? …簡単すぎて逆に答えるのを躊躇するな。>
<…そう? 私には、よく分かんないんだけど。>
宏子は視線を外した。
<これだから9歳児のおもりは嫌なんだ。特に性格のひねくれた9歳児は。>
<…>
<…俺からも質問していいか。>
<駄目。>
<なあ、何で俺達、こんな所にいるんだ。>
<知らない。>
<…お前、モンスターが来る前、ここで何しようとしてたんだ。>
<黙秘。>
<…>
<…>
<…宏子。仮に死にたかったんだとしたら、…それで、何でお前、さっきの空間の中じゃ必死になって生きようとしてたんだ? 訳が分からないぞ。>
<あなたが、助けにくるかと思ったから。>
<…>
<…>
<…「あなた」って誰だよ、「あなた」って。>
<…本当は…単に痛かったから。痛いのイヤじゃん。>
<なるほど。それは本当っぽいな。本当の理由なんか、大体そんなもんだ。>
微笑むプオラギイック。
<…魔力が上って事は、私の方が、多分あんたよりは体が動くようになるの先だよね。>
<だろうな。>
<動けるようになりしだい、私飛び降りるからね。>
<…だから少しは俺の苦労に報いろ。このひねくれ9歳児。>
<そんなの知らない。プオはさ、少しでも私の立場で考えた事、ある? …急にモンスターが来て、それは私が魔力があるからで、それのせいで姉貴が死んで…。>
空を眺めたままの宏子の目が、じわりと滲みだす。
<努力はしてるぞ、お前の立場で考える…でも、本当の所を言えば、お前の気持ちは分からないよ。俺は「宇宙人」だし。>
<…>
<俺も家族をモンスターのせいで亡くしてはいるけどな。>
<…>
<…ああ、叔父は生き残ったか。でもまあ殆ど全滅だった。だけど、クザラル領域じゃそんなの全然珍しくないんだ。…だから、お前とは状況が同じとは言えないだろうな。>
<…>
<ここで死んで、全部無しにするのは簡単だ。…ま、死後の世界が無いならな。でもそれでは、お姉さんは本当に、宏子、単にお前のせいで、それこそ交通事故みたいに簡単に死んでしまった、それだけになる。俺の場合は…俺は、自分の家族の死がそんな意味の無いものだとは思いたくなかった。だから…>
<やめて。>
<…>
<…>
<プオ、あんただって気を失うほど痛かったんでしょ。あんたの星はともかく、地球にアレが来るようになったのは私がいるからなんでしょ。私がいるから…>
<残念ながら、既にお前だけじゃない。>
<…ああ、そっか、リジュワナね。>
<それだけでもない。既に最低四人は新たに魔法少女がいるらしい。…もっとも、全員もうやられたかもしれないが…。>
<…嘘…。>
<地球人が魔力を付けつつあるというのは、もう止められない進化の潮流だよ。だから宏子、お前に今死なれたら困るばかりで良い事は何もない。俺的にはな。>
<…>
<お前的には…俺も若造だからな、正直分からないよ。ただ俺としては、行ってほしくはない。>
<そんなに困る?>
<それもそうだが、何と言うか…良い魔法少女を失うのが勿体無いと言うか…いや、単純にあれだ、気分悪いだろ。昨日まで顔つき合わせた人間に、急に死なれたら。>
<…プオ。言い方が正直すぎだよ。>
宏子は目を合わせないまま、肩を震わせて笑った。
<それなら、私と一緒にプオも心中すれば? そうすれば気分悪く感じないですむよ。>
<…そうしたらジュチャの目覚めが最悪になるだろうけどな。>
<いいじゃん、あんなガミガミ女。>
<…ま、そうだな。…それも良いと思ったぞ?>
<え?>
<来た時。さっきだよ。まさかあそこまで空間が狭いとは思わなかったからなあ。>
<ああ…>
<でもあそこまで持っただけでも凄いけどな。反響装置も無しにどうやって空間を避けてたんだ?>
<…念じたら、モンスターから光が出て…>
<モンスター側の反響装置を無自覚に乗っ取ったのか? …相変わらず力技というか、何というか…。>
<…ねえ。>
<ん?>
<冗談でしょ? さっきの?>
<何が?>
<…別に。>
<ん…>
がたっ。
「うおっと。」
首を回すと同時に横によろけかけ、寝ながら手をつく宏子。
<…あ、私、体動くようになった。>
「…」
宏子は口を開け、手をつきながらよろよろと立ち上がった。

「…」
「…」
宏子は目の前に広がる屋上からの景色を眺めている。
<…ねえ。>
<何だ。>
<ちょっと…>
<ん?……ぐっ!>
宏子は後ろのプオラギイックの方に倒れこんできた。何とかそれを受け止めるプオラギイック。
<…>
<…>
<…死ぬんじゃなかったのか?>
<ねえ、ちょっと…泣いてもいいかな。>
<お前ずっと涙は出てたぞ。>
<そう? …気づかなかった。>
宏子はプオラギイックの胸にしがみつきながら、うつむかせた顔を震わせる。
<ごめんね。…しばらく借りるよ。>
<どうせ俺も動けないしな。>
<ふふ、そう…グス…だね。…グス……ヒック…グス…>
<もっと、派手にいかないのか?>
<…一々…ヒック…文句…付けないで…ウ、ウッウッ…ウウッ…>
<…>
プオラギイックは微笑みながら、宏子の震える背中に優しく手を乗せた。

「…」
「…ウッ、ウウッ、ウウッ、ウッ…」
<良い天気だな、しかし…>
<…ウッ、そう、だね…ウウッ…グスッ…>

続く



Written by FML (AKA Franken).
Ver. 1.00 on 2002/5/8.

<驚いたわ。でも、考えてみればとても論理的な結論である事も確かよね。>
<はあ? ジュチャ、急に何の話?>
<あなたが何故日本人なのか。つまり、何故最初の魔法少女が日本人だったのか。>
<はあ。>
<つまり、日本が魔法少女の本場だったから、なのね。これだけの量のアニメやマンガ。見て、このステッキとか、私達が使っているのとまるで同じじゃない? ほら、それにこのイハッジャも!>
<…は、はあ…多分それは、コンパクトか何かだと思うけど…>
<そういう訳で、今度はそっち方面に詳しい魔法少女を呼ぶ事にしたの。次回、「魔法少女佐藤」第4話、「チームだ! 魔法少女」、前編。お楽しみに!>
<私次回、休もうかな…>
<だめよ宏子、次回は新しい魔法少女を紹介する、大切な回なんだから。>
<へえへえ…>
<まあそれ以外は特に話の進展は無い回だけどね。>
<…えーっ…>



←Prev ↑Home ↑Original Novel →Next