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制服姿の宏子は鞄を落としかねない勢いで振り向き、テレパシーを念じた。
<はああああっ? 美耶がまた、意識不明の重体にいっ?>
彼女と同じ白いシャツの制服を着て、隣を歩いていた少女が頷く。
<ちょっとリジュワナ、それどういう事っ! ちゃんと説明してよっ!>
<あなたの方が詳しいんじゃないの? 彼女、「また」なんでしょ? ついこの間も、全く同じような事があったそうじゃない。>
朝の日差しが眩しい公園の遊歩道。暴力的な勢いの念にやや眉を上げながら、リジュワナがそう答える。
<そうだけど、あいつの病気は毎回状況が違うんだから! まだ病院なの? 山根? それとも新宿の方? 大体何で、私に知らせてくれなかったのよっ!>
<あなたが勝手にいなくなるのが悪いんじゃない。プオラギイックやジュチャがそれでどれだけ心配したと思ってるの? …それに、志穂さんや石戸田君も心配していたわ。そもそもあなたは、元々携帯電話を持ってるんじゃなかったの?>
<それは…悪かったけど、昨日の夜にでも伝えてくれれば良かったでしょ!>
<あなた家に着いた途端、ベッドに直行してたわよ。>
<な…>
宏子はふと気づくと、自分の胸ポケットから携帯電話を取り出す。右手で素早くキーを操作する宏子。
<未読メール、13通…金成、金成、金成、岡田、金成…>
<ちゃんと返信しておきなさいよ。>
無関心そうに宏子から離れ、一人通学路を歩いていくリジュワナ。
<あ、はは…ってだから結局どこにいるのよ、美耶はっ!>
「まあまあ、ひーこも落ち着いて。もう学校行かないと、時間無いよ?」
<分かってるよ! でもこんな時にそんな…>
念じかけて、宏子は声のした方を見た。
「グッドモーニーング。」
パジャマにガウンをかけた姿の美耶が両手でVサインを作り、にっこりと笑っていた。

<…>
<…>
宏子とリジュワナは、口を開いたまま無言でお互いを見合わせた。


魔法少女佐藤

第4話「チームだ! 魔法少女」(前編)


<宏子の冗談は楽しいわね。>
いつも通りの夕方の川原。タッチパネルの操作に忙しいジュチャは、目の前に表示されているバーチャルディスプレイから目を離さず、事務的にそう念じた。
<冗談じゃないって! 本当にいたんだから、朝!>
やや半透明のディスプレイの向こうから、宏子のいきり立つ表情が見える。
<…いや、いるのは実は珍しくはないんだけどね?>
<え?>
顔を上げるジュチャ。
<あいつ平気で病院抜け出すから。病院脱走癖っていうの? もう病院側も半分諦めちゃってるしさ、あいつの脱走癖は。…だって一回、点滴さしたまま病院近くのコンビニに勝手に行って雑誌読んでた事があったしね。あれで病院の伝説っていうか、七不思議の一つになったから。>
<…リジュワナ、意識不明の絶対安静だったんじゃなかったの?>
宏子を半ば無視してジュチャが聞く。
<夜9時頃に目が覚めたそうよ。>
<何で?>
<おなかがすいて。>
<…>
<…>
多少疲れた表情にも見えるリジュワナと、如実に呆れた表情のジュチャ。
<…危篤だったんじゃなかったの?>
<…私に聞かないで。>
<奴は、治る時は一日で治るから。十日意識が無かった時もあったけどね。>
<何よ、その病状。そんな滅茶苦茶な症状聞いた事無いわ。>
<病院のお医者さん達も昔から皆そう言ってるよ。>
<何が?>
<こんな滅茶苦茶な症状は無い、って。>
<…>
ジュチャはバーチャルディスプレイを消しながらため息をつく。
<…まあ、良かったわね。何にしろ元気になって。>
頷きながら、やや曇った顔をみせる宏子。
<それは良いんだけど…あのさ、ジュチャは…美耶に何かしてないよね?>
<何が?>
<魔法を何かかけたりとかした?>
<え?>
首をかしげるジュチャ。
<系の魔法って意味? ああ、治癒魔法は…かけようかは、迷ったわよ。…でも、あなたがいないし、地球人に果たして効くかどうかも微妙、というか、むしろ悪影響を与えるリスクもあったから、ここはまずあなたを…>
<かけたか、かけなかったか!>
<かけなかった。>
迫る宏子に、やや不思議そうな表情のジュチャが答える。
<…そう…>
<どうしたのよ。>
宏子は眉をよせた。
<…美耶がさ、私達のテレパシーが、何か、聞こえるようになってたから…>
<は? 何言ってるの、彼女は魔力は全く持っていない一般人じゃない。>
足元に置いていた箱を開けながら、ジュチャが失笑する。リジュワナが肩を上げる。
<本当に分かってたわ。>
<…え?…冗談でしょ?>
ジュチャは驚いた様子でリジュワナの顔を見た。
<…ってそのリアクションの差は何なのよ。>
<驚いたのよ。>
<いや、だから、何で私の時は、>
<本当なの?>
<ええ。>
リジュワナがジュチャに頷く。
<そう…それは不思議ね…。>
<…人の話を聞けよ。>
<聞くわ。一体どういう事なのよ。>
<だから! それは私が聞いてんでしょっ!>
額をひくつかせながら両手拳を握り締める宏子。彼女の横のリジュワナが、ジュチャに尋ねた。
<彼女も魔法少女だったの?>
<それは…無いと思うわ。それだったら、彼女と初めて会った時に多少の魔力反応があったはずだし、そもそも魔力のついた地球人がまだ何人もいないっていう時に、その内のニ人が同じ国の同じ街に住んでて、しかも同級生だなんて、確率的に有り得ると思う?>
リジュワナに答えるジュチャ。
<考えられるのは……宏子、あなたの魔力の影響なんじゃないかしら。>
<え、私?>
<ええ。>
ジュチャは頷いた。
<あなたの魔力の影響を受けて、周囲の人達も、恒星に照らされる惑星群のように、徐々に徐々に、自分達の魔力を引き出しつつあるという事なんじゃないかしら? まあ、正確な所は彼女をちゃんと検査してみない事には分からないけど…構わないわよね? って、宏子?>
顔を向けるジュチャ。宏子は視線を落としている。
<あの、さ…それってもしかして、あいつが病気がちなのって、私のせいだって、事…? …私がいるから?>
<…>
ジュチャは一瞬考えこむが、すぐに宏子を再び見る。
<彼女が病気がちなのって、彼女が本当に幼い頃からだったわよね? 確か。>
<う、うん。生まれつきらしいけど。>
<生まれた時からあなた達は一緒だったの?>
<うん、まあ、幼長って事は…6歳からだったっけ。>
<その前は? 彼女は6歳になる前から病気になってはいなかった?>
<なってたよ。…って、ああ…そっか…>
<そうでしょう。友達思いなのは美しいけど、だからって、何でも自分の負い目にするもんじゃないわ。>
ジュチャは肩を上げて微笑んだ。
<あなたは魔法少女なんだから。胸を張っていいのよ。これで地球人達全員が魔法に目覚める日も近い、って。>

<でも…全員が魔法に目覚めるって、あのモンスター達が地球人全員分来るようになるっていう事なのかもしれないわね。>
リジュワナが呟くように念ずる。
<そうだね…魔法自体はどうでもいいけど、あいつら付きならいらないなあ。…どんどん人が死ぬだけじゃんそんなの。>
<…確かにね。>
ジュチャはニ人と一緒にため息をついた。
<でも、それは魔法が悪いって事じゃないわよ。だって、魔法が使えなかったら、彼等へまともな抵抗は出来ないんだから。>
<でも、魔法が無ければあいつらだって来ないじゃん!>
<あなたの前にはね。>
ジュチャは宏子に答える。
<でも、地球には確実に来るわ。そして侵略。今彼等が地球に1匹だけでたまにしか来ないのは、まだ彼等もこの星に対応した魔力を持っていないから。それに彼等の領域からはここはクザラル星以上に遠いからというのもあるわ。逆に、それでも地球にやって来たモンスターが、必ずあなた達の前に姿を現せるのは…分かるわよね、まず最初にあなた達を叩かないと、地球人がどんどん魔法に目覚めてしまうという「危険性」を彼等も本能的に分かっているからよ。>
<…>
宏子はジュチャの念に、考え込んだ様子を見せる。
<…ねえ…>
<何、宏子?>
<「彼等」とか「モンスター」とか…もうちょっと、名前らしい名前無いの?>
<…は?>
<そうだな、例えば「黒虫」とか…んー、虫とも違うからな…「バッサバッサ」とか、「デカゴキ」…は名前が既に不愉快だから却下だな、うーん…>
<…>
<…「ズーズー」、かな…うん、そうだな。あ、語呂を考えて「ズーズ」! どうかな、「ズーズ」!>
意気込む宏子。
<……まあ、日本語名は、あなたが決めても良いかもね。>
視線をそらすジュチャ。
<了解! じゃあ今日からあのモンスターはズーズだね!>
<でもあのモンスターは、>
<あ、こらっ!>
<何でそこまでして地球を侵略しようとするの?>
<私がそれは聞きたいわ。>
ジュチャはリジュワナに苦笑した。
<私達クザラル人も、自己防衛以外で彼等を攻撃した事なんてない。それなのに、彼等はいつも問答無用で襲撃してくるのよ。…多分、本能的に他者を襲撃する事で生きてきた種族なんでしょうね。>
<彼等に知能はあるのかしら?>
<多少はあるという学説が今は有力だわ。…といっても非常に限られた、原始的なものなんでしょうけど。>
<それで…私達は彼等に勝てるのかしら?>
<勝たなきゃ困るわ。>
ジュチャは首を振りながら、足元に置いてある容器に手を入れ、中に入っていた物を取り出した。
<という事で。今日はこれをつけてもらうわよ。>

<…>
口を開けたままのリジュワナ。
<って、何、今日は!? マントお?>
<ええ。…可愛いでしょ?>
取り出した白いマントを両手で持ったまま、ジュチャが頷く。
<可愛いって、あーた…>
<羨ましいわよ、私があなた達の頃はもっぱら研修所にいたからこういうの付ける機会がなくてっね。で、もう私の年だと少女じゃないからこんなの付けたくても付けられないでしょ?>
<っていうか私付けたくない。>
<これは…どういった魔力の反響効果があるの?>
何とか意識を取り戻したらしいリジュワナがジュチャに尋ねる。
<特に無いわよ。>
<は?>
<…でも、可愛いでしょ?>
<…>
マントを見たまま再び固まっているリジュワナ。宏子が念じる。
<…あー、いや、だからジュチャさん、>
<クザラルでは魔法少女はこれを付ける事になってるの。まあ一応、決まりだから。>
<はあ…>
ため息をつく宏子。
<もう…ちょっとプオも何とか言ってやって…って、あれ? プオは?>
宏子は周囲を見回す。
<いないわよ。今頃気づいたの?>
<どしたの?>
<あなた達以外にも魔法少女が何人かいる事が分かったから。今日は彼女達の引越しの説得。>
<引越し?>
<ええ。多分四人、また春日部に来る事になるはずだから。>
<ふうん…>
<…宏子。納得して良いの?>
リジュワナが宏子に目をやる。
<ん…は? は、は、はあああああああっ?>


外国人達の行き交うフロア。屋内スタジアムのように高く、壁仕切りを越えて延々と続いている天井。ガラス張りの壁を、何本もの観葉植物が飾っている。
ドンッ。
「あ、ソ、ソーリー!」
「ああ、大丈夫ですか?」
「ソーリー、ソーリー!」
「はは、気にしないで下さい。」
周囲をキョロキョロと見回していた宏子は、向こうから歩いてきた外国人の男性にぶつかった。大声で謝る宏子。

「ふう…」
<…何やってんのよ。>
<だって、こういう所に来るの初めてなんだもん。…わー、だって、ほら、外人だらけじゃん!>
<…あなた、普段宇宙人と平気でやりあってるじゃない。>
<でも、だらけじゃないもん。>
<そういう問題なの? …それにしても東京の空港って遠いのね。今から春日部に帰ると…ああ、想像したくないわ。何時になるか。>
<結構な夜中になるだろうね、ここから3時間弱かかるもんねえ。>
<明日も学校があるのに…>
<来なきゃ良いのに。わざわざ日本の学校なんて。大体こっちの授業なんて、全然分かんないでしょ?>
<失礼ね。分かるわよ。>
自分の耳に付いている小さな機械を指差すリジュワナ。
<さすがに「国語」の授業は、翻訳したのを聞いても訳が分からないけれど。それより何より、日本語が分からない振りを敢えてするっていうのが一番難しいわね。>
<だから、無理するなって…。>
<私も行きたくて行ってる訳じゃないわ。ジュチャの言った事に従ってるだけよ。>
<夕方は、平気でジュチャの言う事無視してお祈り始めてる癖に。>
<しょうがないじゃない、日没時にしないといけない決まりになってるんだから。文句ならその決まりを作った神様に言ってほしいわね。>
<…>
<…>
<…フン。>
宏子とリジュワナは、同時に顔をそむけた。
窓ガラス越し、もう日も完全に暮れた夜闇の中、先ほど着陸してきたらしいジャンボジェット機が、照明に照らされてゆっくり走行している。
ふと窓の向こうに気づいた宏子は、「おー」と口を広げながらそれを眺めた。
<うわ! ほら、飛行機! …でっけー。>
<…>
宏子と同じ方向をじっと見つめるリジュワナ。
<…あ、リジュワナ、今ちょっと「すげー」って思っただろ。>
<…>
リジュワナは宏子の視線に気づき、窓とは反対方向に顔をそむけた。
<…早く来ないかしらね、そのモニクって子。>
<なあ、今思っただろ? なあ?>
<……早く帰りたいわ。>
額に皺のよるリジュワナ。
<でもその…モニク?だけだったんだね、結局、生き残ったのは…他の子は、皆…>
<いや、後アメリカの子も生き残ったそうよ。>
<え、そうだったっけ?>
宏子がリジュワナを見る。
<ちゃんと話聞いてなさいよ…この前、プオラギイックがそう言ってたでしょ。でもアメリカの子は日本に来るのがどうしても嫌だっていうんで、結局こっちに来るのを合意したのがこのフランスの子だけだったのよ。>
<ああ、そっか、そっか。でも、日本に来るのがそんなに嫌かね?>
<さあ。でも自分の街に友人や家族がいて、簡単に離れられないっていう事なら私も共感出来るけど。>
<ああ…そりゃそうだよね。まあ、特にプオとかはそういう説得下手そうだもんねえ。>
<…あの飛行機の分なのか知らないけど。乗客が降りてきてるわ。>
リジュワナの念に、宏子が到着ロビーの方を見る。
<…>
入口からぞろぞろと入国者の列が続く。人を見渡す宏子。リジュワナはチラシの裏に「Welcome Miss FAYOLLE」とマジックで書いた紙を広げ、人波の方に向けた。
<…いる?>
<さあ…私には見当たらないけど…>
リジュワナが答える。
<金髪のショートで背が170あるんだよね?>
<有名人で言うならパカキジョク・エイェネの5年前にそっくりだとも言ってたわ。>
<ホンットに、プオの言う情報は参考になるねえ。>
引きつった頬で宏子はリジュワナに頷く。

「…こらあっ、フェヨオオオオオオル。いないのかあああああっ。」
宏子の大声に、周囲の視線が集まった。
<ちょ、ちょっと宏子! 何で唐突に叫ぶの! しかも日本語で!>
「私がそうだよおおおおおおおおっ!」
「わっ。」
「きゃっ。」
背後から来た声に、ニ人は振り向きつつ飛びのいた。
「な、え、わ、わ、」
「ちいいいいいいっす! 二人とも初めましてっ!」
金髪のショートカットで長身の白人女性が宏子に抱きつき、そのまま振り回している。身長差も手伝い、半ば呼吸困難に陥りかけている様子の宏子。
<…あ、あなたが、フェヨールさん?>
「ああああっ! じゃああなたがリジュワナちゃんだね!」
「え、そ、そう…」
「いやあっ。何て可愛いの。萌えだよ、萌えっ!」
「ぐ、がっ。」
モニクは今度はリジュワナをがっちりホールドし、左右へ飛ばしかねない勢いで振っている。引き換えに解放された宏子は、多少呼吸を整えてから改めてモニクを見た。
<えっと…何と言うか…初めまして。>
長身であるにも関わらず、意外に幼い顔つきのその少女は、何やらもがいているリジュワナを自分の豊かな胸に密着させたまま、はたと気づいたように宏子の方に顔を向けた。
<あー。えーと…こ、こんにちは。…通じてる?>
<う、うん。ちゃんと聞こえてるよ。>
<あ、良かった。この前プオラギイックちゃんとテレパシー練習した時は、中々うまく行かなかったんだよね。>
モニクはにっこりと微笑んだ。
<あ、そ、そう、なん、だ…>
−プオラギイック…ちゃん?
愛想笑いに若干硬いものが混じる宏子。
「げふ、げふっ。」<…じゃあ、フェヨールさん。さっそく家の方に案内するわ。この下の階に…>
何とか脱出に成功したらしいリジュワナが、髪を直しながら念じるのをモニクが遮った。
<あ、私の事は「モニクちゃん」って呼んで。リジュワナちゃん。>
<…分かったわ。……モニク。>
<うん。…あ、ひーこちゃんもその点、よろしくね? あ、どうせだったら「モニちゃん」でも構わないよ?>
<ひ、ひ、ひ、ひーこちゃん?>
<あー、でも、本当に日本に来ちゃったなあ。…どうしようかな、高知も行けるし聖蹟桜ヶ丘も行けるし、あ、でもやっぱり最初は箱根かな? ああ、でももちろん最初は秋葉原と中野に行かなきゃ駄目だねやっぱり、うん!>
<…何だか、随分日本に詳しい子みたいね。>
リジュワナが宏子に念を向ける。
<だね…でも何だか言ってる地名の基準が良く分かんないんだけど。>
<ねえ、ひーこちゃん!>
<な、な何?>
迫るモニクにぴったり合わせる形で一歩退きながら宏子が答える。
<カードキャプターさくらの第3シーズンが始まるって噂を聞いたんだけど、それって本当? 何か情報聞いてる?>
<は…は?>
<あれ…知らない? カードキャプターさくらって。>
モニクは宏子を見下ろしながら目を丸めた。
<えっと…マンガか…何か?>
<あ、うん。何だ、分かってるじゃない!>
<あ、はは…>
<まあ、私が言ってたのはアニメの方だけど。さくらちゃん、可愛いよねー。あ、でもひーこちゃんも全然可愛さでは負けてないよ。何てったって本物だし、つるぺた>
<あ、と、とにかくフェヨール、じゃなくてモニク、ここで突っ立って話しててもなんだからさ、電車早い所乗ってかない? ね、ね?>
<あー、じゃあさっそく、行こうか、ひーこちゃんの家!>
にっこりと両手を合わせるモニク。
<あ、はは、はは、はは、は…。>
<…>
引きつった笑顔の宏子の横で、リジュワナは無言でため息をついた。


顔全体から白い蒸気を噴き出しかねない勢いで、煮詰まった様子の志穂が机に向かってノートにペンを走らせている。
「んー…やっぱり石戸田あー…」
「俺は今自分の手動コピー中だ。」
救いを求め近くの席に声をかけるが、あっさりかわされた志穂は口を閉じ、周囲を見回す。
「…」
志穂は窓沿いの席に座るバングラデシュ人留学生の方に目をやった。
「…」
たまたま志穂の方を向いていたリジュワナは、無表情のまま露骨に窓側へ目をそらした。
「…はあ…」
ため息をつきつつ、頭に手を当てる志穂。
「まずいって…もう阿川来るって…ああ、何て言うんだ、He lives? live…lives…at…あー間に合わねーっ!」
「うるさいっつの。」
志穂の頭にチョップがくらわせられる。頭上のチョップ犯の物と思しき声に志穂は顔を上げた。
「…お、おお! 救いの女神が我の目の前に!」
「1問税別5万円でーす。」
へらへら笑いながら宏子が両手を広げる。
「たっっっかっ!」
「でも今なら美耶を一日好きに出来る権もタダでサービスしますよー。」
「え、何で私? というか私、タダ!?」
「お、お? 美耶!? 退院したのか?」
宏子の横に視線を移し、志穂が驚いて声を上げる。
「ちょっと、私、タダなの!?」
「あんたは時給500円換算でお給料をあげるよ。」
「…び、微妙ー。」
「おい、美耶っ。」
志穂は立ち上がって美耶の腕をつかむ。
「お前…もう学校来て大丈夫なのか?」
「あれ? 昨日志穂ちゃんに連絡してなかったっけ?」
「あんたプ…えーっと、リジュワナにしか連絡してなかったんでしょ。」
「ああ、そっかあ。忘れてた。…ほら、何だか緊急連絡網のイメージあったからね。」
<…緊急連絡網に宇宙船への信号中継機の番号なんかのってないって。>
<あはは、のってたら面白いよね、連絡網に「宇宙船 048-742…>
「おい、もう大丈夫なのか?」
志穂は美耶の肩に触れる。
「え? あ、うん、元気だよ。」
「だって…一週間前はお前、意識不明だったのに…」
「もう大丈夫。あ、それどころか私、治ったらひーことかリジュワナちゃんの心のいいいいっ」
「美耶ー。自分の席につこうねー。」
宏子は作り笑顔で美耶の右耳を引っ張り上げながら、美耶の席へと連れて行く。
「ギ、ギブ、ギブ…」

「Noooooooooo! Hiiko-chan, it's too harsh!」
「はあ、またうるさいのが来た…。」
教室の入り口から聞こえてきた声に、宏子が息をついた。
「うお、ま、また外人?」
教室に入ってきた生徒の姿を見て、志穂が口をぽかんと開ける。
「あ、うん…ええと…一応紹介しとくけど、モニク・フェヨールっつって、リジュワナと同じく国際交流基金の留学生ね。フランスのエクサ…ンス。」
宏子がモニクを見る。
「Me from Aix-en-Provence.」
「っていう所から来たんだと。」
「デ、デカいな…」
口を開けたまま見上げる志穂。
「ハウ・トール・イズ・ユー?」
「Tall? My height?」
<身長、身長。>
<の事で良いの? なら、この前から伸びてなければ多分177。>
「…」
「…」
<…口で言ってもらえる?>
<あ、あはは、ごめんごめん。>
「Um, me 177cm tall.」
「177だってさ。」
「でっか! …取りあえず、制服何とかした方が良いだろ。」
志穂はモニクの腰を見ながら言う。
「…思いっきりヘソ出てるし。今の季節、まだ寒い日だってあるんだからそのままじゃ風邪引くぞ。」
「…」
宏子はモニクに目を向ける。
「…」
<…いや、英語で言ってくれないと、私、反応しちゃいけないんだよね?>
<ああ、そうだ。そうだった。>
肩を上げる宏子。
「えーと…」
「…」
「…」
宏子は志穂の方を向く。
「…英語で言って。」
「ぐ…ユ、ユー…セクシー。」
「Oh, I'm sexy? Thanks! But I rather want to be kawaii, ya see. There's a bit of difference between 'em. You are very kawaii I suppose. You remind me of Miaka-chan, I gotta say!」
「あ、はは、イヤー。…何て言ってるんだ?」
志穂が宏子に聞く。
<この子うぶっぽくて、可愛いー。合気道とかやってたら凛々しそー。…たまんなーい。>
「…」
そのまま視線をそらし、美耶の方を見る宏子。
「…あはは。」
やや上滑りした声で、美耶は肩を上げた。
<っていうか…あんたのクラス、ここだって決まった訳じゃないんでしょ。>
モニクに念じる宏子。美耶が宏子の方を見る。
<え、違ったの?>
<違うよ。いや、知らないけど、まず職員室に早く行って聞かないと。…ってそもそも何であんたこの教室に来てんのよ!>
<え、私の事?>
<あんた以外に誰がいるのよ。>
宏子がモニクを睨む。
「おい、急に皆で黙ってどうしたんだ?」
「え? あ、ああ、ちょっと考え事してて。」
宏子は志穂に作り笑いを見せる。
<…宏子。いい加減テレパシーを隠すのに慣れなさい。>
<うっさいな! あんたは関係無いでしょ!>
窓際の方から伝わってきた念に、宏子は反抗的なテレパシーを返した。
宏子の念にモニクが悲しげな表情を見せる。
<あー。皆同じ魔法少女なんだから、もっと仲良くしないと駄目だよ、ひーこちゃん。>
<ひ、ひーこちゃん?>
美耶はモニクの念を聞いて思わず手に口を当てる。
<…え? ニ人って…そ、そんな間柄だったの?>
<どんなよ! って何で美耶、顔が赤くなってんのよっ!>
「あーっ、もうとにかく、職員室行こ、モニク! レッツ・ゴー・トゥー…職員室!」
教室の戸の方向を指差す宏子。
<…英語も本当に勉強しなさい。>
一人で窓の向こうを向いたままの少女から、念が届いてくる。
<うっさい!>
<でもどうせ意味は分かるんだから…やっぱりまず最初は、魔法少女としての可愛らしさを研究すべきじゃないかな?>
<いやモニク、もう良いから…>
ブルブルブル…。
<!>
宏子は、腰に付けたポケットベルが震えるのを感じた。宏子はモニクとリジュワナの顔を見る。軽く頷くニ人。
「あ…えっと、ユー・カム・オールソ、リジュワナ。」
<…本当に勉強した方がいいわ。>
<分かったよっ!>
席から立ち上がるリジュワナ。三人は無言のままばたばたと教室を出て行った。

「…何だ、あれ?」
「…あは、あははは…。」
ふと志穂は、視線を美耶に戻した。
「あっ、ていうか美耶様! 頼む、昼食何でもおごるから1時間目の宿題をっ!」



→Part B



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