|
顔全体から白い蒸気を噴き出しかねない勢いで、煮詰まった様子の志穂が机に向かってノートにペンを走らせている。
「んー…やっぱり石戸田あー…」
「俺は今自分の手動コピー中だ。」
救いを求め近くの席に声をかけるが、あっさりかわされた志穂は口を閉じ、周囲を見回す。
「…」
志穂は窓沿いの席に座るバングラデシュ人留学生の方に目をやった。
「…」
たまたま志穂の方を向いていたリジュワナは、無表情のまま露骨に窓側へ目をそらした。
「…はあ…」
ため息をつきつつ、頭に手を当てる志穂。
「まずいって…もう阿川来るって…ああ、何て言うんだ、He lives? live…lives…at…あー間に合わねーっ!」
「うるさいっつの。」
志穂の頭にチョップがくらわせられる。頭上のチョップ犯の物と思しき声に志穂は顔を上げた。
「…お、おお! 救いの女神が我の目の前に!」
「1問税別5万円でーす。」
へらへら笑いながら宏子が両手を広げる。
「たっっっかっ!」
「でも今なら美耶を一日好きに出来る権もタダでサービスしますよー。」
「え、何で私? というか私、タダ!?」
「お、お? 美耶!? 退院したのか?」
宏子の横に視線を移し、志穂が驚いて声を上げる。
「ちょっと、私、タダなの!?」
「あんたは時給500円換算でお給料をあげるよ。」
「…び、微妙ー。」
「おい、美耶っ。」
志穂は立ち上がって美耶の腕をつかむ。
「お前…もう学校来て大丈夫なのか?」
「あれ? 昨日志穂ちゃんに連絡してなかったっけ?」
「あんたプ…えーっと、リジュワナにしか連絡してなかったんでしょ。」
「ああ、そっかあ。忘れてた。…ほら、何だか緊急連絡網のイメージあったからね。」
<…緊急連絡網に宇宙船への信号中継機の番号なんかのってないって。>
<あはは、のってたら面白いよね、連絡網に「宇宙船 048-742…>
「おい、もう大丈夫なのか?」
志穂は美耶の肩に触れる。
「え? あ、うん、元気だよ。」
「だって…一週間前はお前、意識不明だったのに…」
「もう大丈夫。あ、それどころか私、治ったらひーことかリジュワナちゃんの心のいいいいっ」
「美耶ー。自分の席につこうねー。」
宏子は作り笑顔で美耶の右耳を引っ張り上げながら、美耶の席へと連れて行く。
「ギ、ギブ、ギブ…」
「Noooooooooo! Hiiko-chan, it's too harsh!」
「はあ、またうるさいのが来た…。」
教室の入り口から聞こえてきた声に、宏子が息をついた。
「うお、ま、また外人?」
教室に入ってきた生徒の姿を見て、志穂が口をぽかんと開ける。
「あ、うん…ええと…一応紹介しとくけど、モニク・フェヨールっつって、リジュワナと同じく国際交流基金の留学生ね。フランスのエクサ…ンス。」
宏子がモニクを見る。
「Me from Aix-en-Provence.」
「っていう所から来たんだと。」
「デ、デカいな…」
口を開けたまま見上げる志穂。
「ハウ・トール・イズ・ユー?」
「Tall? My height?」
<身長、身長。>
<の事で良いの? なら、この前から伸びてなければ多分177。>
「…」
「…」
<…口で言ってもらえる?>
<あ、あはは、ごめんごめん。>
「Um, me 177cm tall.」
「177だってさ。」
「でっか! …取りあえず、制服何とかした方が良いだろ。」
志穂はモニクの腰を見ながら言う。
「…思いっきりヘソ出てるし。今の季節、まだ寒い日だってあるんだからそのままじゃ風邪引くぞ。」
「…」
宏子はモニクに目を向ける。
「…」
<…いや、英語で言ってくれないと、私、反応しちゃいけないんだよね?>
<ああ、そうだ。そうだった。>
肩を上げる宏子。
「えーと…」
「…」
「…」
宏子は志穂の方を向く。
「…英語で言って。」
「ぐ…ユ、ユー…セクシー。」
「Oh, I'm sexy? Thanks! But I rather want to be kawaii, ya see. There's
a bit of difference between 'em. You are very kawaii I suppose. You
remind me of Miaka-chan, I gotta say!」
「あ、はは、イヤー。…何て言ってるんだ?」
志穂が宏子に聞く。
<この子うぶっぽくて、可愛いー。合気道とかやってたら凛々しそー。…たまんなーい。>
「…」
そのまま視線をそらし、美耶の方を見る宏子。
「…あはは。」
やや上滑りした声で、美耶は肩を上げた。
<っていうか…あんたのクラス、ここだって決まった訳じゃないんでしょ。>
モニクに念じる宏子。美耶が宏子の方を見る。
<え、違ったの?>
<違うよ。いや、知らないけど、まず職員室に早く行って聞かないと。…ってそもそも何であんたこの教室に来てんのよ!>
<え、私の事?>
<あんた以外に誰がいるのよ。>
宏子がモニクを睨む。
「おい、急に皆で黙ってどうしたんだ?」
「え? あ、ああ、ちょっと考え事してて。」
宏子は志穂に作り笑いを見せる。
<…宏子。いい加減テレパシーを隠すのに慣れなさい。>
<うっさいな! あんたは関係無いでしょ!>
窓際の方から伝わってきた念に、宏子は反抗的なテレパシーを返した。
宏子の念にモニクが悲しげな表情を見せる。
<あー。皆同じ魔法少女なんだから、もっと仲良くしないと駄目だよ、ひーこちゃん。>
<ひ、ひーこちゃん?>
美耶はモニクの念を聞いて思わず手に口を当てる。
<…え? ニ人って…そ、そんな間柄だったの?>
<どんなよ! って何で美耶、顔が赤くなってんのよっ!>
「あーっ、もうとにかく、職員室行こ、モニク! レッツ・ゴー・トゥー…職員室!」
教室の戸の方向を指差す宏子。
<…英語も本当に勉強しなさい。>
一人で窓の向こうを向いたままの少女から、念が届いてくる。
<うっさい!>
<でもどうせ意味は分かるんだから…やっぱりまず最初は、魔法少女としての可愛らしさを研究すべきじゃないかな?>
<いやモニク、もう良いから…>
ブルブルブル…。
<!>
宏子は、腰に付けたポケットベルが震えるのを感じた。宏子はモニクとリジュワナの顔を見る。軽く頷くニ人。
「あ…えっと、ユー・カム・オールソ、リジュワナ。」
<…本当に勉強した方がいいわ。>
<分かったよっ!>
席から立ち上がるリジュワナ。三人は無言のままばたばたと教室を出て行った。
「…何だ、あれ?」
「…あは、あははは…。」
ふと志穂は、視線を美耶に戻した。
「あっ、ていうか美耶様! 頼む、昼食何でもおごるから1時間目の宿題をっ!」
|