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「じゃあもう皆馴染んだんだね。」
「馴染んでないじゃん! 全員バラバラじゃん!」
早足に歩きつつ、宏子が美耶に抗議するかのように言う。
「そもそも、まともに英語も話せないのに何で急にホストファミリーなんかになったんだよ。」
「え? …お…母さんが、国際交流を始めたい、って…」
宏子は、どこかバツが悪そうに志穂に答えた。
「あー、お前のおばさんそういうの好きそうだ。」
納得した表情で頷く志穂。
「…まあね。……にしても、もうちょっと何というかこう、普通の外人をさ、」
「でも国際交流って、日本人とは多少違う考え方の人とかと触れ合って、お互いを理解しあう…って事なんじゃないかな?」
考え考え喋る美耶。
「おお、今日の美耶はインテリジェントだ。」
「だったら美耶が代わってよホント。っていうかあいつら多少ってレベルか?」
「そんなに違ってはいないじゃない。リジュワナちゃんは多少シャイな所はあるけど根は優しい子だし、モニクちゃんは凄く女の子らしい可愛い子だと思うよ?」
「…女の子らしいって表現の仕方もあるんだ、へえ…」
口を引きつらせつつ、平坦な口調で宏子が呟く。
「でもさ、この間あいつ、急に怒り出してたんだよね。話してたら、ホント唐突に。」
「怒らせるような事言ったんだよ、他でもないひーこがね。」
「ふーん。つまり、私はあいつらのホストにゃ向いてないってことだ。」
「もう…」
「あ、そういえば今日はモニクは一緒じゃないんだな。」
「部活で先に出て行ったよ。」
「え? 部に入ったのか? …何部だよ?」
「…」
朝から強く照る太陽の光に眩しそうに目を細めつつ、宏子は志穂に片眉を上げて見せた。
「…映像研究部。」
「…なるほど。」
小さく頷きあうニ人。
「朝から朝練と称してアニメ見てる「部活」だよ。そこ所属してるって、どんなフランス人だよ。」
「あはは…」
美耶の苦笑いと共に、三人は校門を通り学校の敷地に入った。
「しかもモニク、この前「マイ・ソウル・イズ・ジャパニーズ」とか言ってたぞ。あいつフランス人じゃないらしい。」
「うん。」
宏子が志穂に頷き、美耶の方を向く。
「だからさ美耶、あいつは外人だからどうってレベルじゃないんだって。言わせてもらうけど、人としてあいつはオカシイ。」
「そんなあ…」
美耶の困ったような声を聞きながら歩いていた志穂は、昇降口に向かう生徒達の人波を見てふと足を止めた。
「…ん、志穂、どした?」
「え、ああ…悪い、ちょっと用事。」
「用事って、もうホームルームまで何分も無いよ?」
「うん、でもま。また教室で。」
美耶に頷きつつ、志穂は手を上げると人波の中に消えていく。
「う、うん…。」
「…急にどうしたんだ?」
「うん…?」
宏子と美耶は首を傾げあった。

眼鏡をかけた男子生徒は、自分の方に向かってきた志穂の顔を認めると、どこか緊張した面持ちで首を揺らした。
「やあ、おはよう。」
「お…はよう。」
「今さっきまで佐藤さん達と話してたね。…あ、いや、別につけたとかいうんじゃなくて、今ここに来てたまたま気付いただけだけど。彼女達の様子は? 変な事は何も無かったか?」
「…お前…誰だっけ。」
「…え?」
平野は志穂の言葉に眉をひそめて振り向いた。


魔法少女佐藤

第5話「チームだ! 魔法少女」(後編)


「…どういう意味だい?」
眉をよせる平野。志穂は苛立たしげに、自分のこめかみに手をあてている。
「いや…最近、会ったよな? 私、お前に。」
「…人の名前位ちゃんと覚えておいてくれよ。」
「ご…めん。ええと…」
「君の部の部長さんの弟。」
「あ…ああ、ああ、そうだ。今思い出した。そうだ、平野だったよな。」
自分の言葉にほっとしたように志穂は頷く。
「そうだよ。…で、彼女達は?」
「彼女達?」
「…あのな。」
平野はムッとした顔で志穂に目をやる。
「ふざけてる場合じゃないだろ。佐藤さん達だよ。友達なんだろ?」
「佐藤、って…宏子の事か?」
「多分ね。俺は佐藤さんの下の名前までは知らないけど?」
平野が肩を上げる。ニ人は昇降口をくぐり、一旦別れて下駄箱で上履きに履きかえた。
「…まあ、何も無ければ良いけど…だとしたら、何なんだろうな。」
「あ、ああ…」
廊下を歩きながら、志穂が曖昧に頷く。
「…いや、劇か何かの練習だったのかとかも思ったんだけど、はっきり光ってたからさ。それに何と言うか…空気がおかしかったんだ。つまり、緊張感が」
「平野。」
「…何だい?」
立ち止まる志穂に、気押しされるように平野が答える。
「単刀直入に聞くけど…宏子に、何があった?」
「…」
予想外の質問に、平野はしばらく目をまたたかせてから口を開く。
「…さあ…俺も本当に遠くから見ただけだし。知っている事は、もう全部話したよ。今まで話した事と、あの写真以外、俺は今の所情報らしい情報は…」
「写真?」
「うん、もちろんあの写真。姉ちゃんから貰ったんだろ?」
「…」
志穂は眉を上げる。彼女は自分の鞄を開け、中をせわしなく手で探った。
「あ…」
「うん。」
写真を取り上げ、見入る志穂。
「そうだ。…そうだよ。モンスターと戦ってたんだ。あいつら。…そうだ。モニクとかもだ。」
志穂は聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟く。
「…どうした?」
「いや…」
志穂はまるで誰かに怒られたかのような表情で、平野の方を見上げる。
「何でだろう…何でか、この写真を見るまで忘れてたんだ…この前お前と話した事、全部…。」
「え…?」
眉をひそめる平野。
「…何か、疲れてるのか?」
「いや、特にそんな事は…」
「…いや、」
平野は眼鏡を上げる。
「俺もあの時そうだった…かもしれない。」
「え?」
「最初佐藤さん達が戦っているのを見て、それを写真に撮って、でもその後しばらくはその事を忘れていた…ような気がする。…忘れたというよりも、気にならなくなるんだ。ちょうど、朝見た夢をすぐ気にしなくなるような感じで…」
「それって忘れてるって事だろ?」
「…そう、だな。うん。忘れていたんだ。でも、今の君と同じで、自分が撮ったこの写真を見て思い出したんだ。」
「それって…!」
「うん…?」
平野は頷いた。
「…どういう事なんだ?」
「…さあ…。」
平野は首をかしげた。
キンコン、キンコン、キンコン…。
「あ、時間無いぞ。また話は昼。」
志穂は軽く手を上げると、ちょうど目の前まで来ていた自分の教室に入っていった。
「ああ、そうしよう。それじゃ。」
頷き、隣の隣の教室へ歩き出す平野。

「おい、何だこれは、平野っ!」
「…は?」
今通り過ぎた教室から聞こえた大声に、平野は足を止め振り返る。
「こんな事して楽しいのかよっ!」
「何…」
バシッ。
走りよってきた志穂の平手打ちをくらい、平野は眼鏡を飛ばす。
「クソッ! 少しでもお前の馬鹿な話を信じた私が馬鹿だったよっ、お前は二度と」
「待て、待てって! 何だよ、何があった!」
平野は志穂の肩を押さえる。
「離せよっ! お前に触られるだけで虫唾が走るっ! キショイんだよっ!」
「何があったかって聞いてんだろっっ!!」
志穂は平野の剣幕に、やや驚いたように顔を上げた。
「…」
志穂の視線に気付き、その方向、志穂達の教室の黒板に平野は目をやる。

黒板には、大半の生徒達が集まり、何かに見入っている。教室に入り生徒をかきわける平野。眼鏡の無い彼は黒板の前に立ち、目を細めた。

「佐藤・モニク・リジュワナ 楽しいオカルト国際交流 次のキチガイ宗教女はキミだ!」
チョークで書かれた大きな文字と共に、カラープリンターでA3の紙に印刷したと思しき宏子達の屋上での写真が、黒板に何枚も貼り付けられていた。


ヒュウン、という高周波のような音と共に水色の光を照らし終え、ジュチャは目を開いた。
<これで大丈夫。よ。多分。>
<…怪しいなあ。途方も無く怪しいなあ。>
宏子がジュチャに細い目を向ける。
<…大丈夫よ。ここより半径1万1000オキ…って2で割るから約5000メートル?にいる人の該当記憶は絶対消えたはず。>
答えるジュチャ。
ダンボールが山と積まれた部屋で狭苦しそうにしながら、リジュワナが首をかしげる。
<でも、屋上の写真を撮った男子生徒は記憶が消えなかったんでしょう。>
<それは多分、写真を見る事で記憶の系が復活したんでしょうね…>
<それじゃ駄目じゃん。>
<ひーこちゃん、ジュチャちゃんだって頑張ってるんだから。>
ベッドの上であぐらをかいているモニクが苦笑する。
<頑張るだけじゃさあ。>
ため息をつく宏子は、座れるスペースが何畳分も残っていない部屋に集合している6人を見回した。
<ただでさえこんな怪しいグループなんだから、現場を見られたらああいう噂立てられるのは分かりきってた事なんだからさあ。>
<困りますか?>
<困るよ。キチガイ宗教女なんて本気で思われたら、まともな社会生活なんか出来ないじゃん!>
アリーザに答える宏子。
<どうせもう出来ていないんだから、別に良いだろ?>
<あ? そういう事言っているのはどの口だ、ああっ?>
宏子はプオラギイックの頬をつかみ、吊り上げる。
<ぎっ、俺は一言も喋ってないぞ、念じただけだ!>
<同じだっ!>

<宗教は別に悪くはないわよ。>
宏子達がリジュワナの方を見る。
<…まあ、それはそうですけど佐藤さんが言っているのはいわゆるカルトの事ですから。>
スポーツ用の水筒から何かを飲みつつ、アリーザが肩を上げた。
<ああ、うん、そう、そういう意味。>
リジュワナは無表情に頷いた。
<なら良いけど。でも宏子は、言葉遣いが無神経すぎるわよね。キチガイとは言わないまでも、本当に考えて物を喋っているのか時々疑問になるわ。>
<なっ、>
宏子は愛想笑いの表情を一変させた。
<あんたにそんな事言われたくないわよ! そりゃ確かに時々口は悪いかもしれないけどさ…ちょっとモニク、いくら何でも言い過ぎだと思わん?>
<え? 何が?>
へらへら笑っていたモニクは、不思議そうに宏子を見る。
<私もその通りだと思ったよ?>
<…>
<私もです。>
頷いているアリーザ。リジュワナは念を続ける。
<あなたってそもそも、人の気持ちを理解しようとしないでしょ。人格の上で根本的な問題があるわね。>
<うん、確かに。>
にっこり頷くモニク。
<え…?>
宏子がアリーザやクザラル人達を見ると、彼等は全員一様に頷いている。
<…わ、分かったよ。>
宏子は呟くように念じた。
<今度から、そういった所は反省するから。…でも、そこまでキツイ言い方しなくても良いでしょ。反省、するからさ…。>
<宏子、どうしたの?>
耳を揺らしながら聞くジュチャ。
<どうしたの、って、あーた…>

<それはともかく。>
リジュワナはジュチャの方を向いた。
<要は、写真のような物的証拠も全部消さないといけないという事なのよね。>
<それも、ここより半径3800オキ…だから1…900メートル、の紙、磁気、電波及び液晶情報は消去出来てるはずよ。>
ジュチャがリジュワナに答える。プオラギイックはジュチャを見た。
<確か、液晶を記録媒体にする技術は地球には無かったと思ったぞ?>
<念のためよ。>
<今までもそれ、やっていたんですよね?>
尋ねるアリーザ。
<ええ。>
<じゃあ何で写真は消えなかったのかしら。>
<ここから半径2キロにある物なら消える、って事なんだから…>
リジュワナに肩を上げてみせるモニク。
<…そうよね。4キロ向こうで保管されたらどうしようもないって事なのよね。>
<そのうえ、もし、写真を手にした人が、それをパソコンのデータに変換してインターネットに流したりでもしたら…。>
アリーザが念ずる。
<どの国のサイトでもそうだと思うんだけど、自分の国とは限らず、アメリカのサーバーにデータをアップロードしたりもするよね?>
<私は、パソコンの事はよく分からないけど…>
ジュチャの念に、アリーザの方を見るリジュワナ。
<ええ、そういうものです。…もしそうなったら、もうデータを消すのは絶望的ですね。海の向こうで保管されていますし、しかもどこにでも無限にコピーが出来ますから。>
<それじゃ…どうすれば良いのさ。>
<…>
宏子の念に、魔法少女たちはお互いを見やる。
<まあ、地球でも完璧に効く系の魔法をお互い早く完成させないとね。>
ジュチャが腕を組んで念じた。
<…あと、引越し荷物だらけのこの部屋も、早く片付けた方が良いわ。>
<…へへ。>
リジュワナの念にモニクは頭をかいた。


熱気で顔を火照らせながら、剣道着の女子がいつものように手を叩いた。
「…それじゃ、明日は朝からだから忘れないように! 以上!」
「ありがとうございました!」
女子剣道部員たちは一斉に部長にお辞儀をすると、更衣室へと歩き出していく。
「…」
「…何か話か、金成?」
一人残って目の前に立っている部員に、部長が声をかけた。
「…例の、自分のクラスの女子がモンスターと戦っているっていう噂についてなんですが…」
「…は?」
部長は眉をひそめて聞き返す。
「モンスター? ゲームの話か? …悪い、私そういったゲームは詳しくないんだわ、ウチの弟とかはそういうの好きで」
「違います。…けど、弟さんは関係ありますけど…。例の、自分の所の佐藤とか、留学生達が屋上でモンスターとやりあっていたっていう件ですよ。」
写真を取り出す志穂。不思議そうな顔をしていた部長は、それを見ると「ああ」と頷いた。
「そういえばそうだったな。…あれ、何でこれを忘れていたんだ?」
「自分もこの前の火曜日、同じ経験をしました。弟さんにこの写真の事を言われるまで、モンスターの一件を完全に忘れていたんです。」
「…」
「弟さんも、一回そういう事があって、やっぱりこの写真を見る事で思い出したそうですけど。」
「そうか…やっぱり…」
「…やっぱり?」
「ああいや。…うん、それで?」
「…ええ、で、その件なんですが、予想と違う方向に話が動きまして。」
「うん。」
部長が頷く。
「あの…まず、部長の弟さんですが、多分、彼に悪意…というか、間違いは、無いと思います。ここ数日弟さんと話していて感じたんですが、彼は誰かのストーカーという訳ではないですし、嘘もついていないと思うんです。…まあ、個人的に、性格は、その…」
「自分と合わないけど。」
「…ええ、まあ。でも、彼が話を作っているという事は無いと思います。…それはまあ良かったんですが、」
ため息をつきつつ志穂が続ける。
「何故か、その火曜日の朝、自分のクラスで佐藤達が新興宗教の信者だ、っていう落書きがしてあって。佐藤達も青ざめてましたよ。で、その日はもう皆がヒソヒソ噂話をしているような状態で。」
「うん。」
「で、翌日しばらくは噂は止まってたんですが、昼休みの時間今度は廊下に張り紙があったり。昨日は昨日で彼女達へのいたずら電話が止まらなくて。…宏子はまだ、そういうのを跳ね返せる強さがあるから良いんですが、モニクの方は…ああ、留学生の金髪の方です、彼女はナイーブな性格みたいで、結構落ち込んでるみたいでした。それに、リジュワナ…あの、バングラデシュから来た留学生ですけど、彼女は、特に集中攻撃されているみたいで、昼休み、蛇口で髪を洗っているから、どうしたのかって聞いたら「食堂で知らない人に麺のスープをかけられた」って…。」
「…」
「ああ、英語だったんで正確にそういう意味だったかは定かじゃないですけど。」
志穂は付け足した。
「うん。それで?」
「それで、って…それで、だから、犯人を探しているんです。そんな噂を流した。というか、今も下らないいじめをしている最低な連中を。」
「うん、そうだな。」
部長は志穂に頷いた。
「確かにいじめをしている奴等は最低だ。でも、志穂。今は大事な事は、そんな事じゃないんじゃないか?」
「と、言うと…何ですか?」
「彼女達自身が何をしているのかだ。私も弟から話を聞いたし、お前からも聞いてるし、もうこれは冗談じゃないって事は分かってる。」
「はあ…」
「それじゃあ問題は、彼女達がやっているのは何なのか、だよ。志穂はどう思う?」
「え、どう、って…」
部長の質問に、志穂は口ごもり眉を上げる。
「…モンスターと戦っている…。」
「そうじゃなくて。本当には何をやっているのか、だよ。」
「本当には?」
「そう。常識的に考えれば、何か新興宗教の儀式をやっていた、って考えるのが普通なんじゃないか?」
「そ、そんな。」
志穂はこぶしを握り締めた。
「あいつらはそんな奴等じゃありません!」
「それなら、光を放ってモンスターと戦っている方が現実的か?」
「そ、そうは…言いませんけど…」
「確かに、自分の友達がおかしな宗教にはまっているって知ったら悲しいよな。でももしそれが事実だったら見過ごす訳にはいかないし、そこから救い出すのが結局は彼女達にとっても良い事だと思わないか?」
「で、でも…もしかしたら、劇か何かの練習をしていただけかもしれないし…あ、そう、それこそゲームをやっていたのかもしれないじゃないですか! 実写版で!」
「だったら反論すればいい。キチガイだのなんだの言われたときに、彼女達が「あれはただのゲームだよ、今度君もやってみたら」って一言言えばすむ事じゃないか。」
「うっ…」
「それだけ酷い事をされてるのに、彼女達は何も釈明していないんだろ?」
「確かに、そうですけど…でも、何か言えない事情があるのかもしれないし…」
「どういう事情だよ。」
ため息をつく部長。
「…それって、それこそ「まだ信仰している事を一般の民に知らせる事は出来ない」とか、そんな感じの方向にしかいかないんじゃないか?」
「そんな事…」
呟いていた志穂は、はっとなって部長の顔を見た。
「噂を広げたの、部長だったんですか?」
「……だったら?」
「ひ、酷いです! 何でそんな事が出来るんですか、仮にも自分の友達を、いや、友達でなくても誰であろうと、あんな酷い目にあわせるなんて! 見損ないましたよ!」
大声で迫る志穂。
「道場内だ、志穂、場を乱すな。」
「ぐっ…」
「…私はいじめには加担していないし、噂を広げる程の事もしてないよ。」
「…」
「ただ、「そうなんじゃないか」っていう話は知り合い何人かに話した。そうだとしたらどうしたら良いのかって思ったからな。言うだけじゃ信じてもらえないのは目に見えてたから、写真もコピーした。…だけど、私はそれ以上の事はしてない。」
「…それだけすれば…充分すぎる位、充分です…」
「軽蔑するか? したければどうぞ。」
「…」
部長は髪を縛るゴムをほどきながら志穂を見る。
「だけどよく考えろ、志穂。あれがゲームじゃないとしたら、彼女達は危険人物だ。本気でおかしな事を信じている集団の一員だ。そして今の所彼女達は、あれがゲームだと言ってはいない。」
「そんな…」
部長は更衣室へと歩いていく。
「嘘だと思うんだったら、彼女達本人に聞いてみろ。私の言っている事とどっちがより説得力があるか、自分で判断すれば良い。」
「…」
一人取り残された志穂は、板張りの床を無言で見詰め続けていた。


通学路を一人とぼとぼと歩く志穂。いつもの彼女を知る人間が今日の志穂を見ても、同一人物とは思わないかもしれない程に、彼女の表情は暗かった。
「…はぁ。」
今日何度ついたか分からないため息を、志穂はまた吐く。いつもと同じ物しか入っていないはずなのに、彼女には肩にかけるバッグがいつになく重く感じられた。
「…」
志穂はこの場から逃げ出すように、地面を見たまま急に足早に歩き出した。
ドンッ。
「…あ、すいません!」
「ああ、ちょうど良かった、校門前だと警備員が怖いから。君、北高の生徒だよね?」
「え、ええ、そうですけど…」
顔を上げる志穂。
「って、えっ…?」
「ちょっとインタビューしても良いかな? ああ、モザイクはかけるから安心して良いよ。…あのさ、最近この学校で怪しい宗教が流行っているっていう噂があるんだけど、何か心当たりはないかな?」
「ひっ…」
志穂は目の前の業務用テレビカメラに思わず後ずさった。


「…ん? つまり噂だと、最近この界隈に怪獣が出没してるって?」
心なしかやつれた様子の宏子が、目をまたたかせながら呟いた。
「もうヤ。地球を助けてやってんのに何で誰も感謝しないかな。」
田んぼから道に吹き上がる風は、今日もいつもと変わらない水の匂いがしている。この辺りは周囲に建物が無いので、空の色の青から橙へのグラデーションがとても分かりやすかった。
<…ひーこ、今はそういう事は念じるだけで口にはしない方が良いよ。>
<…まあ、分かるけどね。確かに宗教に見えるかしれないけど…系の魔法をかけても、効果が日に日に無くなっていくよね。何かゴキブリみたいに、どんどん記憶が増えてってんだもん。>
<もう、諦めた方が良いんじゃないかな。>
眉をひそめつつ、美耶が首をすくめる。
<そんな。>
<皆、宗教がどうこうとかは口実で、私達、というか留学生のニ人が、目立っているから気になっているだけみたいな気がするの。下手に黙って、魔法に頼ろうとするからいけないんだと思う。毅然としていれば、皆、結構すぐにそんな噂なんて忘れちゃうものだよ。>
<…なら良いけど。そんなに甘いもんかなあ…。>
歩きながら、制服姿の宏子が息をつく。
<噂話されたり、からかわれたりするのはもう慣れたから、まだ良いよ。…良くはないけどさ。でも一番ムカつくのは、「キチガイだから、こいつは軽い女だ」って訳の分かんない事信じてる馬鹿ども。「あの青塗りの教祖様にいつも夜尽くしてるように、俺達のもしゃぶってくれよ。」だって。何考えてんのアイツら? いつもって、一回でも見たのかよ! 二重の意味でムカつくっての! 私だって、しゃぶる相手くらい選ぶわいっ!>
<選ぶわい、って、一度でもした経験があった人が言う言葉だと思うんだけど。>
<そんな事は知らん。>
<…大体ひーこの場合、いじめが成立してないんだもん。皆、ひーこが無言で机を突き飛ばした時点で逃げてたよ。ゴーン、ってさ。>
手を突き出して真似してみせる美耶。
<私まで怖かったよ、あれは。>
美耶がにっこり笑う。
<そうかもしんないけど。…私はそれでも傷ついたの。心が。グッサリと。>
<それは…そうだろうね。>
<…しばらくさ、美耶も、私達に近づかない方がいいよ、マジで。美耶にまで迷惑がかかったら……もう、私、誰にも迷惑かけたくないんだよ。>
<迷惑?>
<うん…美耶もウチらの仲間だって思われたら…>
<…>
<…だから…>
<…迷惑って言ったら、今、一番宏子に迷惑してるのは真紀子さんじゃないかな?>
<美耶…?>
<急にニ人も家族増えてさ。リジュワナちゃんはまだしもモニクちゃんは自分の国から山ほど荷物持ってきてるし。…まあ、生活費は多少ニ人のご両親が出してるらしいけど、そうは言っても大変だよね?>
<う、うん、確かに悪いと思ってる…>
美耶は宏子に振り返り、にっこりと微笑んだ。
<でもさ。真紀子さんはそれを迷惑だとは、絶対思っていないと思う。>
<それは、系の魔法を強力にかけているから…>
<確かにそうだけど。仮にかけてなくてもだよ。そういう意味で言ってるの。…ひーこ、私は難しい事は分からないけどね、ある事が迷惑であるかないかって、その人によって判断が変わる事だと思う。友達とか、大切な人から受ける「迷惑」っていうものはね、場合によっては…それが、喜びである事だってあると思うんだ。>
<…美耶…>
<私は、今まで病気とかで何回もひーこに迷惑をかけてると思うけど、だからひーこから離れよう、なんて思った事はないよ。…もちろん、こっちからどんな迷惑でもかけてやろう、とか思ってる訳じゃないけど…何ていうのかな。そういう損得を気にしない存在が、友達なんだと思う、私は。>
<…>
<…あはは、何だか私、支離滅裂?>
宏子は美耶につられるように微笑むと、再び通学路を歩き出した。
<…それもいつもの事だけど、気にはしていないから安心しな。>
<あ、ひどーい。ちょっと謙遜だったのにい。>
美耶は小走りに後を追いかけた。


ニ人は住宅街をぶらぶらと歩き進んでいた。
<…だから取りあえずは練習をどうすっかだよね。>
<うーん…>
<まだ最初にプオが、というかモンスターが出てから一月も経ってないけど、もう放課後練習するのがごく当たり前みたいな気持ちになってたから…>
<うん、結構練習は楽しくなってたよね。>
<楽しくはないよ。美耶は見てるだけだから良いけどさ…けど、急いで力を上げないとモンスターにやられる、って思ったから、思ってるから、でも全然こっちはまだ実力無いし、そういう状況で今練習はやめとこうっていうのは正直>
「…ひーこ?」
「ん、何、急に口で?」
美耶に合わせ宏子は立ち止まり、美耶の視線の方向を追った。

「…」
ここから約20メートル先。小さなダークブラウンの一戸建ての宏子の家の前に、5台近くのテレビカメラと8台近くの静止カメラ、5、6個のキャタツに2台の銀色の特殊車輌、そして10人前後のマイクを持った大人達が待ち構えていた。


「あ…れは…」
宏子が呟くと同時に、彼等がこちらに気付き、一気にざわめき始めた。
「…あはは…まさか?」
乾いた笑いを返す美耶。
彼等の内の一人のテレビカメラマンと一人のレポーターがこちらに向かい走り出した。後を追うように、他のレポーター達も一斉にこちらに向かってくる。文字通り瞬く間に、何度も静止カメラのフラッシュがたかれる、まるで爆竹に火をつけたようだ。
「な…ちょ、逃げよ、美耶!」
「逃げるって、どこへ?」
「そんなの知らない!」
美耶の手を引き、宏子は全速力で走り出す。
「…ハア、ハア、ハア…」
「…すいません、あのモンスターを信仰している信者の方達なんですよね? これからどこへ行かれるんですか?」
「え、わっ!」
自分の横にやすやすと追いついてきた女性レポーターが宏子にぶつからん勢いでマイクを突きつけてきていた。
「やはり信仰に関連した場所ですか?」
「って、ちょっ…な、いい加減にしてください、そんな訳無いでしょ?」
「ハア、ハア、ハア…私もう駄目…」
レポーターに行き場をふさがれる形で立ち止まる宏子の横で、美耶がへたっている。
「それではどこに行かれるんですか?」
「昨日の三鷹での異臭騒ぎがあなた方によるものだという報道がありますが、事実ですか?」
「三鷹? そんなの今、初めて聞きましたっ!」
宏子が追いついてきた別のレポーターに答える。
「仮に教団本部が何をしていても、自分達信者に責任はない、と言いいたいという事ですか?」
「だから…何ですか、その、教団とか信者とかって。私達はそんなのじゃありません!」
<…ね、ねえひーこ。>
完全にカメラ達に囲まれる中、美耶が宏子を肘でつつく。
<ここにいてももう逃げられないよ。目の前なんだし、急いで家に入ろう?>
<あ、うん、そうだね。…何なのこいつら、急に。>
家に向かって歩き出すニ人。周囲のカメラやマイクは彼等をブロックするように立ちふさがる。
「ちょっと、歩けないんだけど、良いですか。」
レポーター達の間をこじあけるように足をいれ、カメラマンを押しのけながら進む宏子。
「それでは…宗教ではないとすれば、あなた達はどういった集団だと考えれば良いんですか?」
「っと…」
レポーターの一人が、美耶にマイクを突き出す。
「ちょっと、危ないでしょ、彼女は病人なんですよ!」
美耶をかばう宏子。
「あら、すいません。健康そうに見えましたので…」
「病気と教団に、何か関係があるんですか? 病気を治すために、教団に入られたとか?」
「関係ありません!」
宏子は美耶の手を引きながらずんずん歩いていく。
「周辺住民に記憶障害を訴える人が続出していますが、これと教団とは何らかの因果関係があると考えて良いんでしょうか?」
「…え?」
宏子は思わず立ち止まり、レポーターの顔を見た。
「か…関係無いです!」
「すいません、今何か隠そうとされましたよね?」
「何にも隠してないです!」
再び歩き出す宏子。
「でも、返事につまったでしょう?」
「…ちょっと、よく聞こえなかっただけです!」
「あのモンスターは一体何者なんでしょうか? 教団の方々はあれで何をしようとしているんですか?」
「知りません! 私が知りたいです、あれが何なのかなんて!」
宏子が怒鳴りながら、自分の家のドアの前までやってくる。
「それでは、あのモンスターを御存知な事は認められるんですね?」
「何故、あんな怪物を信仰の対象にされているんですか?」
「はあ? そんな事、してる訳ないでしょっ!」
ドアの鍵を開けようという体勢の宏子が振り返り、女性のレポーターにくってかかった。
「私達は、毎回死ぬ思いであいつらと戦ってるんだよ! 思いなんてもんじゃない、本当に生きるか死ぬかなんだから! あんた達に感謝はされてもこんな扱いを受ける覚えなんか」
ガチャ。
「…お?」「ひゃっ」
背後のドアが開き、おでこに赤い点の印をつけた、浅黒い外国人の少女が現れた。彼女は無言で宏子と美耶の背中をぐい、と引っ張る。
パシャ、パシャパシャパシャ、パシャパシャ…。
…ガチャン。
フラッシュの嵐の中ニ人は家の中に消え、その外国人によってドアが閉められた。



→Part B



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