自分の肩が揺れる感覚で、宏子は目を覚ました。
「う…ん、んー?」
露骨に不愉快そうな表情で、瞼の上に手を乗せながら宏子が顔を背ける。
「ひーこ、起きて。」
「んんー。んー。今日は日曜でしょお。」
「そうだよ。だからもう9時になるのに、まだ起こしてなかったんじゃない。」
−あれ、美耶の声? …ああ、昨日家から出れなかったんだったっけ。まだいんのかな、あいつら。
−…起きたくない…。
「んんー。」
「うんうん言ってないで。早く起きてよ。」
「何でよー。あんた日曜はいつも夕方まで寝てる癖にー。」
枕にしがみつきながら唸る宏子。
「そんな訳無いよっ。おやつ時までには起きてますっ。」
「…殆どおんなじ事でしょが。」
宏子は力を抜き、それきり死んだように動かなくなる。
「ちょっとひーこお!」
<宏子、モニクの部屋に来てくれないか。今なら面白い物が見れるぞ。>
<…えー?>
頭に響いてきた念に、宏子が目をこすりながら顔を上げた。
<何い、あんたまで?>
<いいから、ちょっと来いって。>
半開きのドアから、プオラギイックが顔を覗かせている。
<…モニクもいるの?>
<ああ、もうお前以外全員いるぞ。>
<…会いたくない…>
<何でだよ。最近お前、何かリジュワナに冷たくないか? …ってまあ、元々仲悪いか、お前達は…>
<どこが。冷たいのはリジュワナじゃん。昨日だって、ジュチャと一緒んなってあんなにガミガミ…>
宏子が枕に顔を沈める。
<まあ、それは私達がカメラの前で不用意な事喋っちゃったっていうのもあるし…>
<…それにしたってさあ。「もうあなたと同じ空気は吸いたくない」とまで言われてんだよ、私…>
<え、だって…ねえ。>
美耶がプオラギイックに向かって、首をかしげてみせる。
<それ位は言うだろ、普通。>
<え?…嘘お。言わないよ…。少なくとも日本人ならね。>
プオラギイックと美耶は、宏子の念に不思議そうに肩を上げてみせた。美耶が微笑む。
<プオさんも。仲が悪いなんて言わないでくださいよ。ひーこも、リジュワナちゃんも、本当は仲が良いから喧嘩してるんですから。>
<…あんたも人の話聞かない人だよね。>
<とにかく良いから来い。今来なかったら本当に後悔するぞ。>
<何よお…。>
あくびをしつつ、宏子がのそのそとベッドから這い上がった。
<ようやく来たわね。…私はあなたが来ない方が良かったんだけど。>
<…>
モニクの部屋には、既にモニク、リジュワナ、アリーザ、ジュチャが集合して何かを囲んでいた。リジュワナの念に眉を上げつつベッドに腰掛ける宏子。
<部屋が狭いですよね…>
室内の人口密度の高さにアリーザがため息をつく。
<じゃあ今からお前の住んでる「ホテル」に移動するか?>
<…「ボロアパート」と「ホテル」って、別の物とされてれるんですよ。少なくとも英語では。…そもそも今外出したら、私の事までバレるじゃないですか。>
プオラギイックに答えるアリーザ。
<で、何見てんの。…テレビ?>
<見れば分かるでしょ、一々念じなきゃ理解も出来ないのね、あなたは。>
<な…>
宏子がジュチャの念に思わず顔を見る。無表情に、テレビの方を顔で示すジュチャ。
<コマーシャルが終わったわ。>
<…>
一同は中央の小型テレビに見入った。
[憤慨リポート 疑惑の教団に怯える住民達]
画面にはおどろおどろしい字体でテロップが表示されている。一応モザイクがかかっているが、明らかに宏子の家の周辺と思しき場所をマイクを持ったレポーターが歩いている。
<何よ…こんなの昨日嫌と言うほど見たって。まだやってんの?>
うんざりした表情で念ずる宏子。モニクはにっこり笑いながら指をふる。
<ううん、ひーこちゃん、今日は昨日の数倍は面白いよ! 特にここの東都テレビ、オリジナリティーがあって最高に面白いんだから!>
<面白がってんのあんただけでしょ…>
周辺の住民へのインタビューが一段落すると、次に画面は暗い部屋に佇む人物を映す。人物はどうやら女性のようだが、逆光で顔等は全く見えない。
[独占リポート 衝撃!「私はモンスター教団の信徒だった」元信者激白!!]
<…誰よこれ。>
画面の文字を見ながら呆れた念をあげる宏子。
<ねえひーこちゃん、あの文字は何て書いてあるの?>
<…独占リポート、衝撃。「私はモンスター教団の信徒だった」、元信者激白。>
<へえ、じゃああの人、元信者なんだ。てっきり被害者なのかと思ってた。>
意外そうな表情になるモニク。
<思ってた、って…「元信者」だっていないでしょ。現がいないんだから。>
<でも、「元信者」の方が単純な「被害者」よりも更に悪口が言えますね。内部事情を語れる訳ですから。>
<ああ、そうか! 頭良いね東都!>
モニクはアリーザに頷いた。
<あのモンスターを崇拝してるんなら、「モンスター」とは呼ばないと思うんだけど。>
呟くリジュワナ。
<…な事私に言わないでよ。>
<あなたには言ってない。>
<…>
顔の見えない女性が、ボイスチェンジャーで甲高くなった声で喋る。
「…はい、大師に最初に会ったのは、冬の修行の時でした。私を含めた何人かの女性信者達が呼ばれて、特別に大師の恵智を受けられる事になったんです。別室に行くと、大師は奥のソファーで、ステーキを食べていました。出家信者達が大師の前に膝まづくと、大師はそこから立ち上がって、一人一人の頭を軽く撫でました。…恵智は、それだけで終わりました。その後大師は、私ともう一人の信者に、そのままその部屋に残るように言ったんです。…他の信者や係の者がいなくなると、大師は自分の服を脱ぎ始めました…」
<何言ってんだか…>
<ロマンだねえ。>
手を組み、心底嬉しそうにうんうんと頷いているモニク。
<…>
<ねえひーこ、「彼ははやかった」って、アクションが速いって意味なの?>
<美耶、あんたはそんな事分かんないで良いから。>
<えー?>
<っていうかこの教祖って誰さ?>
<…>
宏子の念に、全員が無言で青い男の方を向いた。
<…らしいんだが。>
<…何でよ。>
<さあな? 女の中の男一人だからか?>
<それもあるけど、見た目が地球人と違うからよ。人種差別は地球人のお家芸でしょ?>
ジュチャが首を上に上げながら念じる。
<まあ、そうかもしれないわね。>
頷くリジュワナ。
<まあしかし、地球人もクザラル人にそんな事は言われたくないだろうけどな?>
<そうねえ。特にエウグ人とか、傲慢な種族もいるしね?>
ジュチャは肩を上げてみせた。
<あー、でもこんなインタビューはつまんないー。暗いから何にも見えないよう。>
<モニクは何が面白かったのさ。>
<さっき面白いシーンあったんだよ? それが見せたかったのに…あ、これこれ! また始まった!>
<ん?>
テレビに向き直る宏子。
「さあ! 教祖様のために今日も祈りを捧げて、モンスターを召還するのよ!」
テレビの画面には、教団本部と思しき場所で茶色い肌の宇宙人が声を上げる様子が映し出されていた。
「ははあーっ!」
その宇宙人を含め、信者らしい白い服の女性の集団が全員で膝まづく。カメラがズームアウトすると、彼等の前には青い肌の宇宙人男性が、一人豪華な椅子に座っていた。
<…マンガ?>
口を開けたままの宏子。
<なんだか、私とプオラギイックの関係が逆転してるのよね。>
<そうだな。現実にはお前の方が遥かにああいう椅子とワイングラスが似合いそうだよな?>
<…お褒めの言葉どうも。>
額を押さえながら答えるジュチャ。
「さあお前達、修行の成果を見せる時だよっ!」
テレビの方では、シーンが変わり、教団内の一室で20代の日本人女性が独特な口調で周囲に語りかけている。
「はああああああい! でもその前にカレーを一口。ムシャムシャ…」
「あっ、先輩、このカレーいけてますよ!」
日本人の隣で、ニ人の浅黒い肌、といっても彼女達も日本人の役者に見えるが、の信者達があぐらをかきながら和気藹々とバナナか何かの葉うえに盛られたカレーを食べている。
「こら、お前達、人の話を聞いているのかいっ! キーッ!」
「まあまあそう怒りなさんなって。」
ニ人の内の、額に赤い点をつけた眼鏡の信者の方はそう言うと、急に立ち上がって日本人の信者の額に自分の額を押し付けた。
「な、何をしてんのさ、サリー!」
赤い顔で、彼女をおしのける日本人。
「いや、どうもストレスがたまっているみたいだから、風邪でもひいたかな、と…」
「風邪?」
サリーとよばれた信者の隣でまだカレーを食べていた長めの髪の色黒の信者が、物陰から何かを取り出した。
「風邪の時はホラ! 私の故郷では、猿の脳みそをスープにして食べるんですよ!」
でろーん。
<…>
<どうやら話の流れ的にはね、このサリーっていうのが、リジュワナちゃんの事みたいなんだよね。>
モニクは画面に出ている外国人、風のメイクアップの日本人を指差して念じる。
<…まあ、似てるけどね。…見た目は。>
<で、今、猿の剥製を…中の脳をスプーンですくっているあれが、私らしいです。>
<サリーがインド人でこのリーっていうのはタイ人だそうよ。>
リジュワナがアリーザの念を繋げる。
<両方とも日本語しか喋ってませんけどね。>
<でもさ、ニ人とも、さっきのコントだとジャングルで狩りを始めてたよね!>
意気込むモニク。
<これ、コント…なの?>
軽い眩暈を感じながら、宏子がテレビ画面に目をやる。
<…で、この悪女キャラが私だと…>
モニクが手を振る。
<ああ、この子はまとめようとしている割に結構いじられキャラ。>
<…中途半端に当たってる描写なのが余計ムカつくんだけど…って、あんた出てないじゃん、モニク。>
<え、私? あ、私、これこれ、ジュディー!>
<ジュディー?>
ショートカットで金髪、作り物の鼻を付けた信者、というか役者が、彼女達三人の隣でコーヒーカップを持ちながら顔をしかめていた。
「皆さん、静かにしてください。私は今教団の資金運営を検討中なんです。」
そう言うと彼女は一人パソコンに向かい、黙々と表計算か何かのソフトを操作しだしている。
「ちょっとお、酷くない? お姉様があれだけ苦しんでいるのに、自分だけ我関せずでお金の勘定?」
サリーが金髪の信者に詰め寄り、奥を指差す。そちらでは、日本人の信者がリーにむりやり猿を口に入れられ倒れかけている。
「知りません。自分の健康管理も出来ないようでは、根本的に修行が足りないという事ではないですか。」
金髪の信者は冷たく言い放つと、顔をパソコン画面に向けた。手を腰にあて、怒った様子のサリー。
<これ、これ私! クールなアオレンジャー!>
知らないうちにポテトチップスの袋を開けているモニクは、ケラケラ笑いながら画面の金髪の女性を指差している。
<…アオレンジャーってどういう意味?>
呟く宏子。
<私はインド人でアリーザはタイ人にされてるのに、モニクだけはちゃんとフランス人になってるのよね。どこからかぎつけたんだか。>
<というか、タイ人が猿の脳を食べるなんて話、聞いた事無いんですけど。>
<でも、フランス人っていう割には全然このジュリーって子はフランス人っぽくないんだけどね。プライドばかり高くて何だか偉そうっていうか、協調性無さそうだし。>
口をとがらかすモニク。
<協調性が無いって部分は本物と……まあ、良いけど。>
リジュワナは途中まで念じかけて、モニクの視線に念をやめる。
<気を悪くしたらすいません。…ですが、それって正にフランス人のイメージだと思いませんか?>
「えええええええっ!?」
アリーザの念に、モニクは文字通り声を上げた。
<そんな事無いよー。あえて言うなら、それはパリ人のイメージでしょ? 私、パリ人とだけは一緒にされたくないよ。私は生粋の南欧人だもん。パリ人がみたいなのが「フランス人」なんだとするなら、私はその「フランス人」とは思われたくないなあ。>
<…パリってフランスじゃなかったんですか?>
<それにしても、モニクは結構今の状況に平気みたいだね?>
モニクからポテトチップスをもらいながら、宏子が念じた。
<木曜日なんか、学校でちょっと泣いてたじゃん。だからキツいのかと思ってたけど。ちょっと、安心した。>
<え?>
モニクが口を開け、宏子の方を見た。
<何言ってるの? 平気な訳無いよ。平気じゃないから、こうやって無理矢理楽しんでいるんじゃない!>
<あ…そ、そうだったの?>
−その割には今、思いっきり普通に楽しんでいるように見えてたけど…。
<で、でも、今だって結構自然に笑ってるし…>
モニクは不思議そうな表情で宏子を見る。
<ひーこちゃんは人の気持ちを推し量る事が出来ないの?>
<…え?>
リジュワナが首を振る。
<何を言っても無駄よ。彼女はそういう人なんだから。モニク、世の中にはそういう、一番大事な部分の欠落している人もいるの。残念な事だけど。>
<ちょっと…>
<もっと残念なのは、そんな人と私達は一緒に戦わないといけないって事です。>
<むしろ私は彼女と戦いたいんだけどね。>
<アリーザ…リジュワナ…じょ、冗談でもちょっとキツすぎだって…>
宏子がニ人を見回す。
<まあねえ。しょうがないじゃない? 魔法能力では、今の所彼女が高い事は事実なんだし。その分、人格に問題が出まくってるけど。>
<それならこうすれば良い。>
腕組みをしていたプオラギイックが、ジュチャの念に指を上げた。
<今しばらくは俺達は宏子の味方だが、宏子以外の5人で戦っていける事がはっきりすれば宏子も敵にすれば良いだろ?>
<はあ? …プ、プオ?>
<賛成。>
手を上げるリジュワナ。
<ちょ、ちょっと! 冗談でも言って良い事と悪い事が>
<でも、そんな事今公言して、佐藤さんが私達と一緒に戦ってくれるんですか?>
アリーザの念に、モニクが首をひねりつつ答える。
<うーん、ひーこちゃん的にはそうせざるをえないんじゃないかな? 一人でモンスターと戦っても勝ち目が薄いのははっきりしているんだから。まあ、そんな事言ったって、ちょっと早く死ぬか遅く死ぬかの違いだけだけどね?>
<それに、別に今彼女と戦ったって良いじゃない。いくら宏子が強いって言ったって5対1ならこっちが勝つのは確実よ。>
<あ…んた達、も、もう、いい加減にしなさいよ…>
宏子は震えながら、その場で立ち上がった。
<ね…ねえ、美耶、美耶からも、こいつらに何か、言ってやってよ。特別な理由もないのに一人ばっか個人攻撃してさ。酷いと思わない?>
<…えー?>
楽しそうにモニクと念を交わしていたらしい美耶が、宏子の念に首をかしげた。
<何が酷いの? 全部本当の事だよ?>
<な…だ…って、だって、どこが本当なのよ! どうして私がここまで言われなきゃいけないのよ!>
涙を浮かべ念じる宏子。
<でも、ひーこが最低の人だっていうのは事実だし…>
<な…>
<…ひーこ?>
「もう良いよっ! そんなに私が嫌いなんだったら、皆で勝手につるんでいれば良いでしょっ!」
バタ、バタンッ。
宏子は叫ぶと、段ボールだらけの部屋のドアを開け、廊下へ出て行った。
<…>
モニクの部屋の一同は、呆気にとられながら、ドアとお互いの顔とを見やった。
<…何を、あいつは怒ってるんだ?>
<まあ、ストレスのたまる状況ですし…私達もカウンセラーが欲しいですよね。>
<ああ、それなら目の前に最高のカウンセラーが既にいるだろ。>
プオラギイックは自分の胸を叩いて笑顔を見せる。
<……欲しいですよね。資格を持った、プロのカウンセラーが。地球人ならなお良いです。>
髪をかきながら繰り返すアリーザ。
<「本物」も風邪をひいたのかしらね…猿の脳みそでも、食べさせてあげたら?>
リジュワナがテレビを見ながら呟く。つられるように画面を見るモニク。
<あ、テレビのシーン変わってる。また近所のインタビューだ。>
モニクはモザイクのかかった人物を見て、目を細めながら念じた。
<…ねえ、美耶ちゃん、この子、どこかで見た事ない…?>
<え?>
テレビを見る美耶。画面では北高の女子生徒と思しき人物がレポーターに答えている。
<うーん…>
<あ、これ、志穂ちゃんだよ! この背丈で髪型、ほらそれに、手を自分の肩に乗せる癖!>
<そ、そんな! …それは確かに似てはいるけど…志穂ちゃんは私達を疑うような人じゃないよ!>
<疑うも疑わないも、単にレポーターが来てインタビューに答えているだけでしょ? 別に誰でもあり得るんじゃないの?>
美耶に念じるリジュワナ。
<それより私は宏子が気になるわ。あの様子は尋常じゃないわよ。>
<え、うん…それもそうだよね。ひーこ、一体どうしちゃったんだろ…>
<同じチームとして、あんな状態の彼女と共に戦いたくはないわね。こっちの命が危ないわ。>
<…そういう問題…だけ、なの? リジュワナちゃんは?>
<ええ、もちろん。>
当然、といった顔でリジュワナが頷く。
<あなたにとってはそういう問題だけではないかもしれないけど。別に私にとっては、彼女は友人でも何でもない。ただのチームメイトだから。>
<そ、そう…なんだ…>
<…ねえ、プオラギイック。>
リジュワナと美耶の会話を聞いていたジュチャが、ふいにプオラギイックの方を向いた。
<ん?>
<宏子の怒っている理由って、多分あれなんじゃないかしら?>
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