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テーブル群の向こうにプランターがあって、その陰に立て膝で潜んだモニクがこっちに手招きしてみせる。
<ひーこちゃん、美耶ちゃん、こっちこっち!>
<了解!>
大胆、かつ素敵に目標のそばをかすめ、私達は目標の座るテーブルのすぐ横で諜報活動を開始させる事に成功した。
正確に言うと私は成功した。美耶はひとり建物の向こうで、オロオロこちらを伺っているようだ。
<…聞こえる、ニ人のテレパシー?>
<しーっ、静かに!>
私はモニクに、口の前に指を当ててみせる。
私達は、無言で頭の中に響いてくる念に「耳」を澄ませた。
<…ああ…>
<…そうね。…私…好きよ。>
…えっ!?
向こうのテーブルから伝わってきた念に、私とモニクは口を開いたまま目を見合わせた。
<そうか…>
<…ええ。最初はこんな自分、普通じゃないと思った。とても胸がドキドキして、何と言うか、落ち着くという事を忘れてしまった自分がいたの。だからある意味不安にもなった。本当に私、これで良いのか、って。>
<まあ、皆最初はそういうもんさ。俺だってそうだったし。…いや、俺の場合今もまだ、ドキドキしてるかな?>
<ふふ…けど、私は今はもう、冷静に、自信を持って言えるようになったわ。やっぱり私は好きなんだ、って。>
<そ、そうか! …俺もだよ! 俺も好きだ!>
…あ、あ、あ…。
口を開きっぱなしのまま、無言で私とモニクは小刻みに頷きあう。よく見ると、モニクの耳が心なしか赤くなっている気がする。
…私の耳もかもしれない。
こ、ここまでリジュワナが積極的だったとは…バングラ娘、侮りがたし…!
リジュワナの楽しそうな念が続く。
<…ええ、本当に好きよ。…飛行魔法。>
……は?
<そうだな、やっぱりあの、浮き上がる感覚は何物にも変えがたいよな! 自分が鳥になったような気分になれるだろ?>
は? ……え?
<ええ…でもやっぱり、変に興奮して自分を見失なったりしないようにしないと、戦闘の時は命取りになりかねないわよね。>
<でも意外だったな、リジュワナが飛行魔法を好きだなんて。もっとお前は系よりの魔法が好きなのかと思っていたぞ。>
な、な、何いいいいいいいいいいいっ!?
ふと前を見ると、右手を地面につけうずくまったモニクが、うつむきつつ左手で頭をさすっている。
…どうやら地面に頭突きをくらわせたようだ。
<好きなんじゃなくて、得意なのよ。多分、体力よりは集中力の方があるんでしょうね。>
…それにしてもこいつら、初めてのデートで何を語らいあっているんだ? 他に話題無いのか?
<確かに、得意不得意と、好き嫌いは、また別だからな。でも皆、随分上達していると思うぞ。>
<そう?>
<ああ。アリーザの落ち着きとお前の集中力、それからモニクの基礎体力と宏子の図太さが揃えば、クザラルの目で見ても有数の能力の魔法少女が出来るんじゃないか?>
……おい。…一人、扱いが違うぞ…。
あはは、と笑うプオの念に混じってリジュワナの念が響く。
<それは流石に、それぞれにとって無理な注文じゃない?>
<まあ、それはそうか。>
<…それに今の言い方、ちょっと宏子に悪いわよ?>
…ああ、そう、そうそうリジュワナ。あんた良い事言った。「ちょっと」じゃないけどな。
<そうか? じゃあ、言い直そう。そうだな…宏子の意地汚さ?>
<…>
…オ、オマエ…こ、こ、こんのフクロウヤロウ…。
<…あ?>
<ん?>
<…いえ、今何か、強力な怒りのイメージのような物が感じられたんだけど…>
<そうか…?>
<…気のせいかしら。>
<何も感じなかったぞ?>
<…そう。気のせいね。>
目の前のモニクが、「しーっ」と自分の口に指をあてる。私は軽く手を合わせた。テレパシーが分かるというのも、自分内での思考と他人への呼びかけとの境界線が曖昧になりがちで不便なものである。
<でも…皆、よく頑張っているよ。…まあ多少サボリがちな奴等もいるけど。>
<ふふ…>
<急にこんな戦闘に巻き込まれて、皆には本当にすまないと思っているんだ。>
<あなたが謝る事じゃないわ。襲いに来てるのはモンスターよ。逆に、あなた達が来なかったら…今ごろ私達、四人とも全員死んでた。>
<そうかもしれないが…だからと言って、急に16、17の子供…それも全く普通の生活を送っていた子供達を急に兵士にさせるのが、倫理的に正しい事とは、俺は思わない。>
…プオ…。
<兵士だなんて…随分はっきりとした言い方するのね。>
<ああ…そうだな。確かに悪い言い方だった。特に本人を前にして、仮にも教育係が言う言葉じゃない。…駄目だな、お前が相手だと、どうも気を許しすぎるみたいだ。>
<目の前にいるのが私じゃなくて…宏子とかだったら、そんな言い方はしなかった?>
<しないだろうなあ。…というかそもそもこんな話題にならないだろうしなあ。>
…。
<…そうかもしれないわね。>
…それって、どういう事なんだろう…。
プオは、私には話せないような事でも、リジュワナには話せるって事なんだ。…それだけ、信頼を置いているって事なの? 私は信用されてないんだ?
…いや、そもそもそんな会話をする事はない、か…。そう、だよね…。いつもふざけてばっかで、真面目に物を考える事なんてないもんな、私…。
…って、それじゃ、信用もへったくれもない、か…。
<仕方がないじゃない。私達の年頃の女性が一番魔力が強いものなんでしょう? だからこそ、地球で初めて魔力が発生したのが私達だったんだし。>
<確かにそうだが…いくら母星も襲われてるからって、もうちょっと地球にクザラルの魔術師を送って、こっちに手を貸してやっても良いと思わないか?
…って、これもお前に言うべき言葉じゃないんだけどな。>
<クザラル人は、地球では強い魔力を発揮できないんでしょう?>
<程度問題だし、いないよりはましだろ。実際ジュチャだって…まあ、確かに彼女は元々NK200以上で、魔力が段違いで強いんだが、彼女だってそれなりにこっちで魔力が出せてるんだ。>
<まあ、それはそうね。>
<…ああ、何だかジュチャの愚痴が俺にまでうつってきているな。>
<そうね。…まあ、そういった事はジュチャに頑張ってもらいましょうよ。>
<そうだな。…俺が言いたかったのは、こんな状況でも、皆よく頑張っているな、って事だよ。>
しばしの沈黙のあと、リジュワナの落ち着いた念が頭の中に響く。
<私は…いつも神様が、自分を守ってくださっているって信じているから。>
<そうか。>
<ええ。…守るというより、見守るという方が近いかしら。だから…いつ死んでも、悔いが残らないように。神様に、「私を創ってくれてありがとう」って感謝出来るように、いつも行動したいって思ってるの。>
<…>
<…変?>
<何がだ?>
<いえ…文化で、考え方って違うでしょ。見てると、日本の人なんかは、意外に宗教心が薄いみたいだし…でも、彼等は彼等で普通に生活出来ているから、何だか不思議だけど。でも逆に彼等から見たら、私も不思議に見えるのかもな、とも思うわ。>
<少なくとも神様に感謝するっていうのは、変じゃないと思うぞ、俺は。>
<そう…ありがと。>
ふと私は、自分の持っていたジュースの氷が既に全部とけて、大分ぬるくなってしまっている事に気付いた。
<…ああ、でも、クザラル人の宗教観だと「神様」っていうのはいないんでしょう? ジュチャに聞いたわよ?>
<いや、それはクザラル人じゃない。…ゴニ教だ。>
<ゴニ?>
<ああ。クザラルの中でも、エウグとか、カクリカとかゴン・パネユとか、大体茶色い肌の連中…って言ったら差別的か、まあ、そうだな…ギシニ文字を使う文化圏で、主に信仰されている思想だな。>
<つまり、ジュチャの出身地の宗教?>
<ああ。…俺も難しい事は知らないが、簡単に言うと彼等が信仰するのは、世の中を統御する「システム」としての神だ。これには意思や実態はないが、自分や他者、皆の意思が関連しあう時、そこに関係性としての「システム」が立ち現れて、皆の運命を決定する。これを彼等は「神」として信仰している。>
<…それは…神様と呼べるの?>
<彼等にとっては神様だ。実態が無い、と言ったが、「関係性」と呼ばれるこの「神」が光の形を伴って我々の前に現れた事は、今までに何度かある。…少なくとも、彼等の聖典である「五和経典」という書物の記述を信じるならな。しかしまあ、いずれにしろ他の宗教とは大分感覚が違う訳で、だから、「限りなく無宗教に近い宗教」みたいな言い方は他の人間からはよくされているな。>
<…興味深いわ。>
<ただ、実際、彼等ゴニ教徒がクザラルの政治や文化をリードしてきたのは事実だ。お前達のやっている魔法も、ゴニ教徒がその流儀は確立したようなものだしな。>
<そうなの。>
<まあ、あくまで魔法は科学の一種とされてはいるが…俺はゴニ教徒じゃないからな、子供の頃とかは、魔術師っていうのは嫌いだったよ。>
<…まるで、ゴニ教の宣教師みたいで?>
<それどころじゃない。「悪魔の手先」位に思っていたよ。…子供の時の俺が今の俺を見たら、多分俺への怒りで卒倒するだろうな。>
<ふふ…>
目の前のモニクは、いつしか真剣な表情でニ人の会話に聞き入っていた。彼女は結構、こういった難しい話題も分かるらしい。
…物陰で立て膝でじっとしている体勢は間抜けではあるが。
それにしても、仮にも「デート」で、一体どういう話題をこいつらは話しているんだろう。というか、何でこんな話題で盛り上がれるんだろう。
言ってる内容はよく分からない。ただ、ニ人とも、会話を楽しんでるんだな、っていう雰囲気だけが私には理解できた。
<じゃあ、あなたは? あなたの地方の宗教は、どういった物なの? どんな「神様」?>
<ニグーワーは…基本的にペッギン教の国だな。>
<ペッギン教?>
<ああ。…ペッギン教の神様は分かりやすい。全宇宙を作った唯一の存在で、後にも先にもこの神様を超える存在は無い、とされる。だから極端な言い方をすれば、ペッギン教では神様さえ信じていれば良い。そうすれば、死後の世界で天国にいける。>
<ふうん…確かに分かりやすいわね。>
<だろ? ま、一応俺もペッギン教徒って事にはなるな。>
<そう…じゃあ、多分、あなたの神様と私達イスラム教徒の神様は、同じね…。もちろん、捉え方に色々違いはあるんでしょうけど。>
<そうだな…地球の宗教も多少調べたが、確かにイスラム教とペッギン教は良く似ていると思うぞ。神の唯一性を重視する点とかは、本当に同じだな。>
<…それじゃあ、私達の唯一絶対の神の御慈悲が、あなたにもありますように、とお祈りしておくわ。>
<俺からもな。>
…神様が…同じ、ね…。
ふいに、ニ人のどちらかが立ち上がるらしい音が聞こえた。
<…喉が渇いたわね。何か、飲む?>
<…あ、んー…>
<…あ、ごめんなさい。そうだったわね、クザラル人は人前で飲み食いをしないんだったわね。>
<まあ…そうだな。…でも、郷に入れば郷に従えとも言うし、じゃあ、俺はミネラルウォーターを…>
<無理しなくて良いわ。>
リジュワナは、再びベンチに座り直したようだ。
<いや、お前も別に無理しないで良いぞ。暑いんだから、何か買ってこいよ。ここは地球なんだし、そもそも生物学的には、食べたり飲んだりするのを抑える方が不自然なんだし…>
<大丈夫よ。私も飲食欲を抑えるのは慣れてるわ。>
<ん、そうなのか?>
<ええ。地球人でも、宗教によっては、日中は何も食べない「断食月」なんていうのを持つような酔狂な人達もいるのよ。>
<ああ、そういえばそうだったな…>
<人前で物を食べないというのは…クザラルではどこもそうなの?>
<うーん…今はおおむねどこもそうなっているが、元はゴニ教文化圏の考え方のような気がするな。不浄な物…暴力とか生々しい欲望とか、そういった物を彼等は嫌悪するんだ。飲み食いはそういった欲望の発露の象徴とされているんだな。>
<そう…ストイックな文化なのね。>
<だから最初地球の文化に関する情報を知らされた時は驚いた。…というか、「野蛮」というイメージが付くのも仕方が無いとは思ったな。>
<そう。確かにクザラルの人から見れば、地球人は野蛮かもしれないわ。>
<…ああ、いや、実際にどうかって事じゃない。これは単に「違う」って事だろ。だからどっちが上って事じゃないさ。>
<でも、クザラルの基準で見て人前で飲み食いをするのは「野蛮」なんでしょ?>
<まあな。でも地球人にとってはそうじゃない。…ちょっと違う話かもしれないが、仮にジュチャや宏子の信じている神が俺達のそれと違ったとしても、だから彼女達と友達になれない、って事じゃないだろ?>
<ええ…それはそうね。>
<ただ、友人になるには、その人の場所の文化を多少なりとも実践して理解する事が必要だと思うんだ。だから…俺は、地球に来るっていう話が来た時、出来る限りそれを心がける事にした。仮にそれが良識的なクザラル人にとって「野蛮」なものであってもな。…暑いだろ?
ミネラルウォーターで良いか?>
衣服のこすれる音がする。多分プオが立ち上がったんだろう。
<え? ああ…サイダー。>
<了解。>
プオが向こうにあった自販機で、おっかなびっくりジュースを買っているのが見える。
…まあ、あっちの方にあるドリンクコーナーでおばちゃんに注文するよりは、あいつ的に無難な買い方だろう。
しばらくして、奴がこっちに戻ってきた。両手に私達のと同じ、紙コップのジュースを持っている。
<…ありがとう。>
<どういたしまして。…さ、飲むぞ!>
<…そんなに気合を入れなくても。…でも、助かったわ。正直、やっぱり喉は渇いてたから。>
<正直、俺もだ。>
<ふふ…>
再びリジュワナとプオが笑っているイメージが伝わってくる。こんなにニ人が何度も笑っている光景なんて、今まで見た事ない。…今も直接見えてはいないけど。
…何か、ムカつく。ムカつくんだけど、ムカつく理由は何なんだろう?
<でも、リジュワナも、あれだな。今は外国にいるんだから、無理にとは言わないが、せっかくのこういう機会を使って、その国の文化を知るのも悪くないもんだぞ?>
<そう…じゃあ、もう一回乗る?>
<いや…それは、ちょっと、うーん…>
<冗談よ。そうね…日本の文化が、どう、とか、難しい事は分からないけど、少なくとも宏子とか美耶が最近私に何を期待しているかは想像がつくわ。>
<ん? どういう事だ?>
<…>
<どうした?>
<…プオラギイック。今日は、私達何でここに来たんだと思う?>
<ん? 「地球の文化を知って欲しい」って事で、モニクと宏子が勧めたからだろ?>
<そういう事になってるけど。本当は違うのよ。もし本当にそうなら、彼女達も来ても良いはずでしょ。何で私達ニ人しかいないんだと思う?>
<あいつらは何か、別の用事があるって言ってたぞ?>
<違うのよ。…はっきり言っちゃうとね、彼女達はどうも、私があなたに気があるって誤解しているみたいなの。>
<…は? 何だって?>
<私があなたに恋をしているんだ、って彼女達は思っているみたいなのよ、何をどう間違えたのか。>
<そ、そうなのか…。それは本当に、何をどう間違えたのか、だな…。>
<ええ。それこそ私と彼女達は、文化が違うんだな、ってつくづく思ったわ。…ああ、別にプオラギイック、あなたが良いとか悪いっていう事じゃないのよ。ただ、状況も状況だし、そもそも私も全然そういった事を考えるような年齢じゃまだないと思うし。だから、恋愛とかは今まで考えた事もないっていうのが正直な所なんだけど。>
<そうか…>
<だから今日は、私とあなたは「デート」をしているのよ、彼女達によるとね。>
<そう、なのか…何と言うか、俺の知っている「デート」とは、随分毛色の違う一日だったけどな、今日は…>
<…そう? …正直、私はデートって、今までした事が無いから、よく分からなくて…>
<…>
<…ああ、もちろん、今日も別にデートじゃないわよ。もちろん。…下らない事に付き合せて、悪かったと思っているわ。>
<いや、リジュワナ。これはこれで、なかなか楽しい「デート」だったぞ。>
<そ、そう?>
<ああ。お前があんなにジェットコースター好きとは知らなかったし、こうやって人前でサイダーも飲んだし、それに…こうやってお前とゆっくり喋る機会も、あんまりなかったからな。>
<…そうね。…じゃあ今日はお互い、良い「デート」だったわね。>
<そうだな。楽しい一日だった。>
<…>
<…>
<ん…>
<…何だ?>
<…プオラギイック、向こうでは恋人って…どういった事をするものなの?>
<え? …性行為…の話か?>
<そこまで言ってないわよ。そうじゃなくて…普段の…軽い、愛情表現みたいなものは何か無いのかって聞きたかったんだけど。>
<ああ…詩を書いたりとか?>
<…今すぐ出来る簡単な身振りとかだとありがたいんだけど。>
<そうか。それなら…ああ、一番普通なのはあれだな、耳合わせだ。>
<耳合わせ…? 耳を合わせるの?>
<ああ、頭を下げてお互いの両耳を付けるんだ。地球人には無理だろうな、位置的に。>
<そうね。>
<確か地球人の風習だと、口をつけるんだろ?>
<あら、知ってるのね。>
<それくらいはな。…最初聞いた時は、人工呼吸が愛情表現なのか、って驚いたけどな…>
<…呼吸はしないわ、ただ口をつけるだけよ。>
<そうらしいけどな。>
<…>
<…>
<…してみましょうか?>
<は?>
…え?
<キス。した事ないでしょ?>
<え? ああ、それは、確かに無いが…>
<これも地球の文化なんだから、勉強しないと。これから地球人の彼女が出来たりした時、キスのひとつも出来なかったら恥ずかしいわよ?>
<いや、でも…>
ちょ、え、えっ? マ、マジ? あのリジュワナが?
私は彼等の座っている方を向くが、プランターが邪魔で何も見えない。向こうから見えない場所を選んで隠れているんだから、当たり前なんだけど。
…いや、別にしても私は全然困らないってうか、むしろしたらしたで万々歳、今日のデートは大成功、って事なんだけど…多少キスの意味が変だとはいえ…。
でも…え…本当にするの?
<俺は平気だけど、地球人のお前にとっては恋人でもない奴にするような事じゃないだろ?>
<大丈夫よ。今日は一応、恋人同士の「デート」という事なんだから。してもおかしくないわ。>
<いや、そういう問題じゃないと思うが…>
<今日はあなただって、恥ずかしいのをおして人前で飲み物を飲んだじゃない。それなら私も、少しは我慢しないと。>
<そんな、別に無理してやる事なんか…>
ガサガサ。
<するわよ。座っていても出来なくはないけど、お互い立ってやりましょう。さあ。>
<え、ああ…>
わ、わ、わ。
<お互いの体を近づけて。そう。男性の方が女性の背中に腕を回すと、もっとそれらしくなるわ。>
<…こ、こんな感じか?>
<ええ。どう?>
<どうって……暑い、な。>
<…そうね。暑いわ。…それじゃあ、行くわよ。こういった事は男性がリードするものだから、あなたから近づくの。>
わ、わ、わ、わ、わ、わ、わ、わ!
<あ、ああ…>
<良い? …じゃあ私は目をつむっているから…そうね、いつもみたいに1、2、3で口をつけましょうか。…大丈夫?>
<…え、あ…ああ、分かった、そうか。>
<それじゃ、始めるわよ。1、2…>
「わ、わ、わ、わ、わあああああああああああああっ!」
<…>
<…>
<あ…>
<…うわっ、ひ、宏子っ? どうしてお前がここにいるんだよ!>
プランター越し、知らない内に立ち上がっていた私の目の前で、リジュワナからぱっと離れた(と思われる)プオが慌てふためいていた。
…何か、顔が赤くなっているように見えるんだけど…。
<…宏子。>
<え? …あ、あはははは、き、奇遇ぅ、リジュワナ。>
<奇遇ね。……本当に。…もう分かっているから、あなたも早く出てきなさい、モニク。…それに美耶も。>
<あ…ははは、はは……奇遇…>
腕組みをして眉をひそめているリジュワナの前で、モニクが恐る恐る立ち上がった。
<リ、リジュワナちゃん、違うんだよ、私は止めようとしたんだよ! 私は無罪だよ!>
向こうの建物からやってきた美耶は首を振りながら、また仲間を売るような事を口走っている。
<…供述は後で聞かせてもらう事にするわ。ゆっくりとね。>
がーん。
<きょ、供述っ!?>
<…全く、どこまでやらせるのよ。危うく本当にキスする所だったじゃない。>
<えっ…>
<えっ…>
肩を上げて念じるリジュワナ。私とプオの念がそろった。
<ずっと…知ってたの?>
<何を?>
<あ、いや…何でも無いッス。>
<え? 本当は、キスするつもりじゃなかったのか?>
<…>
リジュワナはプオの念に、少し困ったような笑顔を浮かべ、頭を下げた。
<ごめんなさい。…でも、あなたにキスをするのに、もっとふさわしい人がいるのを私、知ってたから。>
<ん…? どういう意味だ?>
<…>
リジュワナはいつものようにすたすたと歩き出し、ちょっとして私達のほうを振り返った。
その表情は無表情といえば無表情なんだけど、どこか楽しげにも見えた。
<皆、そろそろ帰らない? もう今日は充分楽しんだでしょ、皆それぞれ?>
<え…? あ、う、うん…>
狐につままれたような私達を残し、リジュワナはまた歩き出していた。
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