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宏子は地面から目を離さずに、スタスタと歩いていた。
<…なあ、何で今日は、モニクが美耶の家まで送るって事になったんだ? いつもならお前も行くんじゃないのか?>
スタスタスタ…。
その顔は赤く、今にも耳から蒸気を噴き出しそうなほど熱っぽい。
<急に逃げるように走って行っちゃったし。リジュワナもだが、どうせ行く場所は同じなんだから皆で帰れば良いのにな。そう思うだろ?>
スタスタスタ…。
表情は硬く、口はきゅっと閉じられ、視線も固定して彼女はただひたすら前進している。
<…あー、宏子…?>
スタスタスタ…。
宏子は殆ど走るのに近いスピードで歩く。よく見ると、右手と右足、左手と左足を同時に出しながら歩いている。その様子はまるで、坂道を上から下へ「歩いて」いく紙工作の人形のようだ。
<…>
スタスタスタ…。
街灯のつき始めた商店街を無言で歩く宏子。隣を行くプオラギイックは宏子の返答を諦めたのか、息をつき、彼女から目を離した。
スタスタス…ゴンッ!
「ごぐっ!」
<お、おい!>
プオラギイックの隣を歩いていた宏子は、うずくまって頭をおさえている。どうやら目の前の電柱に正面衝突したようだ。
<あだー。さっきぶつけたばっかなのにまたかよ…>
<お、おい大丈夫か!>
プオラギイックは駆け寄って宏子の肩に手を置いた。
<わっ!>
<わっ!>
ビク、と体を震わせる宏子。つられてプオラギイックも後退する。
<な、や、…もう、ベタベタ触んないでよ! 痴漢じゃないんだから!>
<…ああ、いや、すまない。…でも、俺はただ、頭ぶつけたみたいだから大丈夫かな、と思って…>
宏子は立ち上がりながら軽く頷いた。
<あ、ああ、うん…そ、そうだよね。うん、大丈夫。…ご、ごめん、急に変な事言っちゃって。あ、頭打ってちょっと脳内の接続が混信しちゃってさ? あは、あはは…>
<本当に…大丈夫か? 俺は地球人の体はそんなに詳しくないけど、知ってる限りじゃクザラル並にひ弱なはずだぞ?>
<大丈夫だって、心配しなさんな、プロジェクト長。>
<…>
プオラギイックは宏子をしばらく見つめると、おもむろにその腕を引き、彼女の体を引き寄せた。
<うわっ! な、な、何っ!>
プオラギイックは彼女の頭に手を当てる。
<本当に大丈夫か? なにか、念じ方が普段のお前じゃなくなってるじゃないか!>
<いや、だ、だ、大丈夫だてさっ! 全然普通! だだ大丈夫だからっ!>
<んー?>
首を傾げつつ、プオラギイックは宏子の頭を撫でる。どうやら腫れている部位は無いようだ。
<髪が生えてると頭の怪我とかが分かりにくくて困ったりしないのか?>
<な、や、大丈夫って、本人が言ってんだからあんたも信用しなさいよ!>
<うーん…でも、随分熱っぽいな…風邪でもひいたのか?>
プオラギイックは宏子の前髪を上げ、自分の額を彼女につけた。

「うっわわっうわあああっ!」
プオラギイックを突き飛ばし、叫びながら後退する宏子。
<あ、ひ、宏子!>
<な、あんた急に何やってんがあっ>
ゴンッ。
後退した宏子は、そのまま先ほどの電柱に後頭部をぶつける。
<…うう…>
<…俺はお前が何をやってるのかが知りたい。>
再び座り込み、頭の前後を両手で押さえる宏子にプオラギイックが念じた。


魔法少女佐藤

第7話「魔法少女の本当の想い」


<何でもないって。…大丈夫だから。>
さきほどとは多少違う意味で赤くなっている宏子はまた立ち上がり、一人で歩き出した。狐につままれた表情のプオラギイックが後を続く。
<どう見ても普通じゃないけどな…>
<私は普通じゃないのが普通なの。>
<…ああ、まあ、それは確かにその通りだけどな。>
<…>
頷くプオラギイックにややこめかみを動かしながらも、宏子は無言で商店街を歩く。

「お? おい、あれ、テレビ出てた魔女じゃねえの?」
<…やば。>
彼等の数メートル向こう、本屋の店先で雑誌を読んでいた高校生の男子達が、ニ人に目をつけた。
「かーのじょっ。ねえ、テレビ出てたよね、ねえ。」
速歩きで通り過ぎようとした宏子の前に、笑顔を作った高校生ニ人が割り込む。長髪と軽い髭のある、いかにも遊び慣れていそうな容姿の男子が宏子に話し掛けてきた。
「え、えっと…」
<ああ、何だろなあ。>
<お前のファンだろ?>
<いらないよファンなんて。私別にアイドルになりたいなんて思った事ないもん。それは確かに結構隣にいるお姉さん的な癒し系の可愛さがあるのは否定はできないけど、でも私は…>
<…癒し系?>
「ねー、無視しなくても良いじゃん。こうやって会ったのもなんかの縁なんだし。ねえ、魔法使うんでしょ? 見せてよ! なんか軽い奴をさ。」
「あ、あの、私、急いでるから…」
苦笑を張り付かせながら歩き出そうとする宏子の行方をふさぐ形で、高校生は尚も話し掛けてくる。
「そんなつれない事言わないでさ。なあ?」
高校生はもう一人の、金髪で髪が短い方に同意を求めた。
「そうそう。あ、佐藤さんってどっち方面住んでんの? 駅だと春日部なんだよね?」
「ああ、そうだ、佐藤さんって言うんだ。いや、佐藤さん、実物は小さいんだねー。もう、今すぐ抱きしめちゃいたい!」
「おいおい、あぶねーよ、こいつ。佐藤さん、こいつは置いてニ人で行こうぜ。ほら、ジモティーなら「コパ」って店知ってるよね?」
「あ、はは…」
<ファンなんだったら、握手なりサインなりしてやったら良いんじゃないのか?>
<違うって、こいつらナンパしようとしてるんだよ。翻訳機壊れてんじゃないのあんた。>
宏子は行く手をふさがれたままプオラギイックに念ずる。
<ふーん。>
<…いや、ふーん、じゃなくて。>
<じゃなくて?>
<明らかに困ってるじゃん、私! 分かんないかな、あんたも男だったらこういう時は女の子を守ったら?>
<守る? 別にお前、襲われてないぞ? むしろお前がいつでも彼等を襲えそうじゃないか。>
<…だからさあ、>
「ねえ、何黙ってんの佐藤さん。黙ってちゃ何考えてんのか分からないよ?」
「あ…はあ…」
高校生は馴れ馴れしい様子で宏子の肩に手を置くと、顔を宏子に近づける。
「ねえ、行こ! さ、さ。」
「あ、ちょ、ちょっと!」
長髪の高校生は宏子の手首をつかむと、そのまま無理に歩いていこうとする。宏子は抵抗して手首を離させた。
「ちょっと、乱暴にしないでよ! …応援してくれるのは嬉しいけど、出来ればそっとしておいてくれないかな。私、芸能人とかじゃないし…もう帰らないといけないから、ね。」
「あ、認めたね? やっぱり佐藤さんなんじゃん!」
「う、いや…」
「でも、佐藤さんノリわるーい。ね? ちょっと食事するだけだから! 行こ、ね、ね?」
「あ、その…わ、私、この人と付きあってるから!」
宏子は急にプオラギイックの腕に体をよせて腕をからませる。ギョっとした表情で自分の隣を見るプオラギイック。
「あー?」
高校生ニ人は、露骨に不愉快そうな表情で声を上げた。
<おい、俺が日本語で否定出来ないのをいい事に、事実無根の中傷をするのはやめてくれないか。>
<ああすんませんでした。でも、こうでも言わないとどいてくれそうにないんだもん。お願い、今だけ私の彼氏の振りしといてくんない?>
<…俺は日本の典型的な「彼氏」の作法は知らないんだがな。>
<大丈夫、私も知らないから。>
「ねーえ、プオ、早く行きましょ?」
腕をからませた相手に猫撫で声を上げる宏子。
「あああ?」
<…気持ち悪いぞ。>
<…ごめん。今自分でもちょっとそう思った。>
宏子は腕をからませた相手を見上げて微笑む。
<とにかく行こ。彼氏つきだってったらこいつらもさすがに付いてこないだろうからさ。>
<ふーん?>
「Nihruqoshe hop?」
プオラギイックは高校生に向かいニグーワー語を口にしながら、宏子と共にその横へ歩いていこうとする。

「…」
「Ah ah ah...」
「ははは…」
彼等と共に高校生も横に動き、再びニ人の行く手をふさぐ。愛想笑いし合うプオラギイックと高校生。
<…おい、こいつら何考えてんだ?>
<知らないよ、彼氏なんだからあんたが聞いてよ。>
<無茶言うな! 英語だってこの前初めてabcが言えるようになったレベルなんだぞ!>
<プオ、相変わらずだけど、そういうのって偉そうに言う事じゃないと思うよ。>
「ねー、佐藤さん。こんな気持ち悪い色の奴なんかほっといて遊ぼうよ? ね? 変な事はしないからさ、絶対。」

「だ、だから私はこの人と付き合ってるから…」
「こんな奴どうでも良いって。」
ドンッ。
「Ak.」
「ちょ、ちょっと!」
高校生の一人がプオラギイックの肩を押す。急に押されて倒れかけるプオラギイック。宏子は背中を支えつつ、プオラギイックの背後に回った。
「何すんのよ! 良いから帰らしてよ。」
「佐藤さん、どうしてそう反抗的なのかなあ?」
「女は従順で可愛いのが一番。ねえ、そう思わない?」
「うるさい! お前達どっか行けっ!」
<…随分威勢が良いが、思いっきり俺を盾にしてないか。>
<…あ、ご、ごめん。じゃあ、>
<いや、何だか知らんがちょっとおかしいな、こいつ? 宏子、早い所逃げろ。>
<え? で、でも、>
<良いから。プロジェクト長命令だ。>
<…了解。>
宏子は素早く走り、プオラギイック達から数メートル先の靴屋の店先に身を潜めた。
「ふーん? 宇宙人もいっちょまえにデカい態度とるんだ?」
長髪の高校生は口を開けながら、プオラギイックを上目で睨む。
「信さん、もしかしてこいつも魔法使えるんじゃないですか?」
「面白ぇじゃん。ほら、かかってこい?」
<プオーッ! そんなガキ、早くぶっ潰しちゃえ!>
靴の山の陰に隠れ、見えない程度に片手を上げながら宏子が念じる。
<…いや、話したら案外分かってくれる人達かもしれないぞ?>
<な訳ないでしょっ!>
「ahh...Thank you.」
<何に感謝してんのよっ!>
<あ、これ「ありがとう」って意味だったか?>
「サンキュー? プッ、こいつ何言ってんだ?」
「ハッ、ハハッ。何、サンキュー?」
高校生ニ人がプオラギイックを指を指して笑う。愛想笑いを返すプオラギイック。
「…はあ、やる気も失せたな。じゃあ、宇宙人さん、サンキューって事でどいてくれないかな。俺達佐藤のアマをしめないと…」
「…」
プオラギイックの横を歩こうとする高校生。しかしプオラギイックが横に動き、彼の行く手をふさいだ。
「…ふーん?」
「…」
数秒微笑んで、なにやら頷きあうニ人。
長髪の高校生は、瞬時に表情を変え右手拳を繰り出した。
「…舐めんなっ!」
シュンッ。
「何っ!」
高校生のパンチをプオラギイックは軽くよける。やや驚いた様子の高校生。
<…どうやら話を分かってはくれないようだな。>
<そう言ってんでしょ! ほら、行け、プオーッ!>
シュン、シュンシュンッ。
「ちっ…」
ニ人はお互い牽制しつつ、つかず離れずの距離で拳を構えている。
<…急所を狙って肩をつけるか。>
シュンッ、シュンッ!
「…あ?」
プオラギイックは大胆に相手の元へ進み、背後に来て相手の背中を裏手で叩いた。
「…」
<…あれ?>
<あんた、何やってんの?>
<…ああ、そうだ! 地球人は背中は急所じゃないのか!>
<…>
ゴスッ。
「Shhh!」
「おい? それで終わりか?」
腹にパンチを入れられるプオラギイック。高校生は崩れるプオラギイックの首裾をとり、持ち上げる。
「随分物足りないなあ、おい?」
ゴスッ、ゴスッ。
「Xueeehj, jk, jk!」
長髪の高校生が、何度もプオラギイックの腹にパンチを入れる。その背後から、金髪の方の高校生が踊るように足を突き出して飛び掛ってきた。
「おりゃあああっ」
「Jjjjjjjjk!!」<プオオオオオオオオッ!!>


ニ人は公園を歩いていた。
もう暗闇も深まり、家々の明かりが公園の針葉樹林をぼんやりと照らし出している。
「…ふう。」
「…」
宏子とプオラギイックは、お互い無言だった。プオラギイックは、顔や腕に腫れとあざをいくつか作っている。
<…>
公園の遊歩道で、宏子は立ち止まった。
<…どうした?>
それに気付き、プオラギイックが振り返る。
<あの…さ…>
<…>
<あの…ごめんね。>
<…>
<…あの…>
<…恐ろしい…あの宏子が申し訳無さげな顔をしている…>
<わ、悪かったねっ! …ん、でも、ごめん…>
<何か俺さ、格好悪いよな。>
プオラギイックは軽く笑いながら肩を上げた。
<…いつもの事じゃん。>
<…まあな…結局、お前があいつらを浮かさせて、向こうがひるんだ隙に逃げてるんだもんなあ。…こっちが助けるつもりだったんだけどなあ。>
<ん…ううん、私こそ、ああいう時は私がしっかりしなきゃいけないのに…>
宏子は苦笑いのような、微妙な表情になってプオラギイックの方を向く。
<ほらやっぱ、いくらあんたでも、一応男だからさ。私みたいなか弱い女の子は、思わず頼ろうとしちゃう、っていうの?>
<…はは。>
<…ホント、ごめん。私がケリつける事なのにね。>
<いや、真面目な話の腰を折るようで悪いが、ちょっと面白くて。>
<何が?>
宏子は街灯に照らされるプオラギイックを見る。
<逆なんだ、クザラルだと。今は男女平等って言われてるけど、元々向こうは女性優位の社会だから、女が男を守るっていうのが普通って思われてる。だから、宏子の言ってる事が、いかにも地球っぽいな、って。お前ですらそんな風に思うんだな。>
<…すら。>
<ああ、いや、お前みたいな「か弱い」女の子ならそう思って当然だよな?>
<…ねえ、そんなだったらさあ。何で私を…責任なすりつける訳じゃないけど、何で私を守ろうとしたの? 私で充分対処できた時に。あんた、喧嘩弱いんだよね?>
<これでも国ではならしたんだ。常に急所狙いで連戦連勝。>
拳を見せてプオラギイックが格好つけた表情になる。
<…いや、それはあんまり自慢になってないでしょ。>
<…何でかって言われたら、それは簡単だ。お前だからだよ。>
真っ直ぐ自分を見ながら念じるプオラギイックに、宏子は目を大きくし、息を吸った。
<…え? それって…?>
宏子は念じてから、自分の送るイメージがいつもに比べてブレが大きい事に気付いた。理解に困難が生じるような物ではないが、向こうにもそのブレは伝わっているだろう。宏子はプオラギイックから目をそらす。
<お前達魔法少女の監督保護が俺の仕事だからな。お前達が危ない目に会う時は、まずそれから守らないと。そういう仕事だ。>
<…ああ。私達。全員。>
<ああ。お前達全員。>
「…ふう。」
<ん?>
<…ううん。>
宏子は再びプオラギイックを見て、微笑んだ。
<…そか。…そういう仕事か。>
<ああ。我ながら報われない仕事だなあ。>
<…うん。>
<…いや、そこは否定してくれよ。>
<…でも、そうだよ。何でわざわざこんなキツイ仕事してんの? クザラル星って食いぶち少ない?>
<さあ、何でだろうな?>
<…何、言いたくない?>
ニ人は夜の公園を、家に向かい歩き出した。プオラギイックは<んー>と考えたのち、宏子に念を返す。
<…地球の女は、クザラルよりか弱くて、可愛らしいって聞いたからな。地球の事全然知らなかった頃に。>
<ふうん。…じゃ、希望通りの職場で良かったじゃん。>
<…その返答が可愛くないとは思わないのか?>
<どうして? 事実は認めなきゃ。>
<…俺も早い所、新しい職場を探さないとなあ。>
<ここより上を求めるの? 贅沢だねえー。っていうか無いじゃん、そんな場所。>
<…ほう? その根拠は?>
宏子とプオラギイックは、笑顔で悪態をつきあいながら遊歩道を歩み去っていった。


「もちろん最初は驚いたわ。それに納得も出来なかった。」
天ぷらをつゆに付けながら真紀子は首を振った。
「納得?」
「それはそうよ、どこの世界に、自分の娘が地球を救うヒロインです、って唐突に言われて納得する親がいると思う?」
「…」
夕食時のダイニングで、宏子、モニク、リジュワナの手がしばし止まる。
「宇宙人だの、怪物だの、急にそんなものが日本に来たっていうだけでも頭がパンクしそうなのに、そのうえそれを退治するっていうのが自分の娘なのよ。職場には、どこからかよく分からない電話が始終かかってくるようになるし。」
一人だけ別皿のサラダを食べていたリジュワナが、真紀子の方を向いた。
「Ah, Makiko-san, I know the situation is very hard for you, but the circumstances need Hiroko to help us. I mean "us" as the entire human race. 」
「え…っと、でも宏子の助けが皆には必要なんです、だと。」
大雑把に要約して通訳する宏子。
「分かってるわ。それは理屈ではね。それに宏子ももう16なんだし、自分でやると決めたのなら、私がどうこう言うべきじゃないのかもしれない。」
真紀子は自分の白飯を食べつつ続ける。
「でもね。やっぱりそれでお母さんが納得が出来るか、っていうと、ね。リジュワナもモニクもだけど、あなた達はまだ若いんだから。命を危険に晒すより先に、する事は沢山あるはずでしょう?」
「…」
リジュワナ達は真紀子を見ている。
「そんな、命の危険だなんて大袈裟だなあ。私達は防御魔法が使えるから、身を守れない周囲の人よりよっぽど安全だ、っていう話は、もうお母さんも聞いたでしょ?」
「ええ、確かにね。それで、その話を私が素直に信じてる、なんて事は宏子も思ってないでしょ?」
「…」
「Makiko-san,」
左手を上げ、真紀子はリジュワナを遮った。
「分かってる、宏子の助けが必要なのよね。それは私も、良く分かってるわ。だから、私もあなた達をこの家から叩き出したりしていないのよ。」
「お母…さん…そんな言い方…」
真紀子は息を漏らしつつ、宏子に微笑んだ。
「親っていうのはね、宏子。自分の子供の為ならどんなエゴイストにもなっちゃうの。今はまだ、宏子達のしている事を止めてはいないけど、もしあなたの身に危険が迫っているっていうのがはっきりしたら、その時は私も黙ってなんていないわよ。全地球人類を敵に回してでも、あなたが危ない事をするのはやめさせないとね。」
「…」
「親っていうのは、そういうものなのよ。」
口を開けたまま、何も言えないでいる宏子に真紀子は肩を上げてみせた。
「Still, now, you are helping us. That makes enough hospitality for us. We have to say thank you.」
「…」
訳そうかどうか躊躇している宏子の横で真紀子は微笑む。
「かばってくれているのね? 優しいのね、リジュワナは。」
<そっか…そうだよね。>
<ん?>
<…>
宏子とリジュワナは、モニクの顔を見た。自分への視線に気づいたモニクは、二人に笑い顔を作る。
<あ、ううん、何でもないよ。ただ…親ってそういうものなのか、って思っただけ。>
<…それは、誰の親だってそうよ。私は、真紀子さんがこれだけ理性的なのがむしろ凄いことだと思うわ。日本人だからなのか、特に彼女がそうなのかまでは分からないけど…>
<系の魔法のコントロールがうまく効いてるだけでしょ…?>
<まあそれもあるかもしれないけれど。>
宏子の念に頷くリジュワナ。彼女はモニクを見る。
<あなたの親だって、相当心配してるんでしょう?>
<あ、…うん。うん。確かに。大騒ぎして、大変だった。>
<そうよね。>
<…>
器用に箸を持っているモニクは、自分の箸の先を眺め続けている。
<…どうしたん?>
<ん、何でもないって。>
宏子に笑ってみせるモニク。
<…>
宏子とリジュワナは、お互い怪訝そうに視線を合わせた。

「あら…」
真紀子が呟いた。
「さっきのリジュワナ…まるで私の喋ってる内容が全部理解出来てるような反応じゃなかった?」
「え? あ…そんな訳ないじゃん。ね、ね? リジュワナ。」
<…そこで頷いたらマズいでしょ、私は。>


ジュチャが腕から投影されるバーチャルディスプレイに目を通しながら、全員に念を送る。
<今日はいつものように個別練習。リジュワナは系のビデオ5章の所ね。モニクは2章。宏子は空7章でアリーザは時の1章。分かった?>
<ええ。><おー。><…><はい。>
<…宏子?>
<…あ、うん、了解。空7章ね。>
<ええ。じゃ、皆始めて。カメラと警備の人に迷惑はかけない事。それぞれ見て回るから。まあ、分からない所はすぐに聞いて構わないけど。>
夕焼けの川原で、毎日の日課である魔法練習が始まった。

<…ふう。>
<どうしました?>
<ん、アリーザ。…何でもないよ。ちょっと疲れててさ。>
<佐藤さんは今週3回目ですからね、空が。もう大分空中浮遊も慣れたでしょう?>
<得意分野を開発させたいって事なんだろうけどねえ…。アリーザが時、リジュワナが系、私が空。ま、モニクは今週空じゃないけどね。…空、一番疲れるからなあ。疲れるっつーか危ないじゃん?>
<ジュチャさんは時が一番危ないって言ってましたよ。そんなに疲れませんけどね。>
<まあ、どれも大変か。>
<そうですね。…お互い、「早く練習時間が終わるように」頑張りましょうか。>
<あはは、そだね。>
既にリジュワナとモニクは自分の講習ビデオを見ている。宏子は左腕にはめた、ジュチャから支給されている腕端末のスイッチを押し、バーチャルディスプレイの映像と機械合成の日本語音声に目と耳を傾けた。

「…バランスは、肩を左右に振ることでとります。右肩から放出する空の力を上げれば、左前方に体が回転し、左肩から放出する…」
「ん…ん?」
宏子はビデオを見ながら自分の肩を左右に振り、一人で頷いている。
<…よ。>
<あ…? どわあっ!>
<…何を驚いてるんだ?>
<い、いや…何でもないけど。…あんた邪魔だからどいて。>
<一応俺も監督なんだぞ…>
プオラギイックは目を細めながら、宏子の前の、日本語で表示されているディスプレイに目を通す。
<…ああ、この説明図は見た事あるぞ。あれだろ、空中でどう回るか。>
<…間違ってはいないけど、バランスをどう取るか、だよ。これは。>
<ああ、それそれ。>
<…>
プオラギイックは、自分の方をじっ、と見つめる宏子の視線に気付いてふと顔を上げた。
<…どうした?>
<いや…何でもない。…ねえ、本当に邪魔だから。っていうか今から飛ぶし。>
<ああ、悪い。じゃ、今日も気持ちよく飛んでくれ。>
<…何か馬鹿にした言い方だよね、それ。>
<いやいや、そうじゃなくて。宏子は何ていうか、全身を使って飛行をコントロールしようとするだろ? 手とか足の腕伸ばして、うがーこっち飛ぶぞーっ、ここで降りる! うがー、落ちるーっ、みたいなさ。あれ俺好きなんだよ、何か。本来の魔法少女的には上品さにかなり欠ける気がするけど、お前らしくて可愛いっていうか。>
<な、ちょ…急に何言ってんのっ!>
宏子の口調に身の危険を感じたのか、プオラギイックは口を引きつらせて手を振る。
<あ…すまん。別に悪いって言ってるんじゃないんだぞ、いずれにしたってちゃんと飛んで、結果を出してるんだから、俺は別に何の文句も>
<いいから。どいてよ。>
<…悪かった。>
手を上げ、プオラギイックは宏子から離れる。宏子はひとつため息をつくと、箱からベルト付きのヒズラウプシュ製の羽を取り出した。

シュウウウウウウウウン…。
宏子が羽のベルトに腕を通して背負い、目をつぶると、それだけで羽の先から赤い光が溢れ出す。
<気律の力を、我の頭上に! …ザナ・キュディヌ・ヒオ!>
シュウウウウウウウン…!
光は2つか3つ重なるように宏子の体を包み込み、やがてその光の中で髪を風になびかせる宏子はすうっと空中に浮上し、目を開いた。
「まずは30オキまで上昇…」
呟きながら宏子は上昇していく。光に包まれたままある高さまで達すると、宏子は腕の端末の表示する数字に目をやった。
「…あれ、4オキオーバー? んー…ここで30、ね…。」
宏子は少しだけ下降し、空中に静止した。
画面の「30.16 o.」の表示の下には、小さく「(14.19 m.)」という表示もある。
空中14メートルに浮かび上がるのは、最初は宏子にとって怖い以外の何物でもなかった。やがて景色を楽しむ余裕が出るようになり、今は既に浮かぶ自体では何も感じなくなっている。
宏子はビデオの内容を思い出しながら、それを口に出して呟いた。
「…で、まずは半径5オキの円を描いて右回転…っと。ん? あ、こっち左だ。…ああ。こっちね。」
宏子は自分の肩を振りながら、ゆっくりと高度30オキで右旋回を始めた。
−しかし、こんな練習本当に役にたつのかねえ。モンスターが来た時、こんな悠長な動きしてたらマズかろうに。…まあ、確かに飛べるに越した事はないんだろうけど…まあ、それに? アブナイ奴等なんかを無理矢理浮かせる事だって出来ちゃう訳だし? …そっか、つまり飛べるって事はモンスターを飛ばす事も同様に出来るって事なのか。そう考えれば確かに空の魔法って基本なんだよな…それにしても、こんな基本の魔法も出来んのかねえ、我がプロジェクト長は。……。…何で、プオって地球来てるんだろ。満足な魔力も無いのに、わざわざ地球に来て命をかけて、頭おかしいよね…しかもクザラルじゃ、地球への関心ってあんま無いんでしょ? 何で、わざわざ来てんのかな…。……。…何でそんな奴なのに、馬鹿みたいに一生懸命、私達を守ろうとするんだろう…。魔法少女だからって言うけど、だから何なの? まず最初に自分の心配するべきなのに、っていうか奴は何で
<…宏子、宏子! 返事しなさあああい!>
<え? …あ、え?>
遠くから聞こえてくるテレパシーに宏子ははたと気付き、自分の足元を見下ろした。
<聞こえないのおおおっ?>
川原の一角に立つジュチャが「大声」で宏子に念じていた。隣に美耶もいる。二人ともこの高さから見ると十分米粒に近い大きさだが、それでも宏子には美耶が表情を心配そうにしているのが見てとれた。
<あ、ご、ごめーん! 何ー?>
<何、じゃなーい! ボーっとしないの、いつまで回ってんのーっ!>
<え? …あ。>
自分の腕の端末の表示を見て、宏子は口を広げた。
<2回右で次は左よーっ!>
<分かったよーっ!>
「…たく、ジュチャはうるさいな…。」
宏子は一旦静止し、肩をひねらせつつ、慎重に方向を転換する。
「…いしょ。これで、左が2回…。」
宏子は左旋回を始める。
−…っていうか、奴は何で魔力が無いんだろうなあ。あれでもある方だって本人は言ってるけど、どう見てもなあ。クザラル人は魔力が無い人の方が多いとか言ってたけど…口では何とでも言えるからなあ。でも、クザラルだと魔力が普通に科学技術として使われてるとも聞いたし…それもまた、何か矛盾した世界だよなあ。……。…クザラル星ってどんな所なんだろうなあ。やっぱり、凄く進んでる街とかだったりするのかな。でもジュチャは、クザラル人は自然を大切にするとか言ってたけど…ちょっと、行ってみたいな…あ、でも向こうはモンスターがずっと襲ってきてるんだよな、確か。…プオも確か、親族が皆、殺されたとか言ってたし…そうか…だとしたら、確かに恋愛になんかかまけてる時間なんて、ある訳ないって思うだろうなあ…。……。…あれ、何で私そんな事考えてるの? だって私、別にあいつになんか何の興味も
<ひーろこおおおおおおおおっ!>
「わああああああああっ!」
宏子は目の前に顔をにじりよせるジュチャに向かって大声を上げた。
<宏子、ちゃんと聞きなさい! 2回ずつでしょ、2回ずつ! 誰が20回ずつグルグルグルグル回れなんて言ったのよっ!>
<わ、わ、ご、ごめんっ!>
上昇して迫ってくるジュチャから宏子が逃げる。
<どうしたの! モンスターと戦ってる時にこんな事ならあなたもう死んでるわよ!>
<分かってるよそんな事! ちょっと考え事してただけでしょ!>
<だから練習にそんな態度で臨むんじゃないのっ!>
<分かったから! そんな近づくなっ!>
<こら、宏子、待ちなさーい! 何で逃げるのっ!>
<そうしないとあんたにぶつかるからでしょっ!>

<…>
河原では、高度30オキで空中戦を繰り広げるニ人を美耶とプオラギイックが見上げている。
<…何をやっているんだ、あのニ人は。>
<うーん、ジュチャさんは多分、日頃のストレスが溜まっているんじゃないかな、色々…>
<なるほど。その発散の対象が宏子に向かう辺り、何となく頷けるものがあるな。>
プオラギイックは美耶の念に、うんうんと頷いた。
<…じゃあ、宏子は? どうもあいつ、ここん所何かボーッとしてないか?>
<…>
口を広げたまま、美耶はプオラギイックを見る。
<…ん?>
<…気付いて、無いんですか?>
<何がだ?>
<…えっと、ひーこが心ここにあらずな理由…。>
<ん?>
プオラギイックは美耶の念に、深刻な様子で考え込み、やがて<ああ>と手を叩いて答えた。
<あれだ、最近満足に食事をとってない!>
<…違います。>
<そうか? …俺だったらそんなところだけどな…>
「はあ…こりゃひーこ大変だ…」
<ん?>
<ああいえ、独り言です。>
<…あ。>
美耶はプオラギイックの念を感じて、彼の向ける視線の先を追う。
美耶は空中のその光景を見て念を上げた。
<…うわ、ひーこ髪が乱れてる。>
<…それは元からだ。それより、あいつらの飛んでいる方向の先に黒い鳥がいるだろ。確か性格悪い鳥。>
<え…? あ、一直線。>

<こういう時だけ逃げ足の速いっ! いい加減止まりなさい!>
<あんたが止まんなきゃこっちは危なくて止まれないんだよっ!>
<おーい、宏子ーっ! そっち、カラスがいるぞーっ! 方向変えろーっ!>
<あ、え? わっ!>
地上から聞こえた念に宏子は振り返り、慌てて数オキ下に降下する。その横に、ジュチャもゆっくりと降りてきた。
<はあ、はあ、はあ…>
<ぜえ、ぜえ、ぜえ…>
<…あ、プオ、警告ありがとーっ。>
宏子は肩で息をしつつ、プオラギイックに片手を上げた。
<…はあ、馬鹿馬鹿しい…>
ジュチャは首を上にあげ、そのまま地上まで降りていく。
<今日も相変わらずー、お前らしさ全開の飛びっぷりだなあー?>
宏子は地上からの念に、カアッと顔を赤らめる。
<えーっ? な、何言ってんのよあんたはーっ! 悪かったわね、魔法少女らしさに欠けててーっ!>
<自覚があるならもうちょっと優雅に飛んでみろーっ。>
<な…。それが出来ないから苦労してんでしょっ! 私だって出来るもんだったらやりたいよ、人の気持ちも知らないでっ!>
カア、カアカア。
「…へ? キャ、キャアアアアアアアッ!」
ふいに背中をつつく物に気付き、宏子は悲鳴をあげながら垂直落下していった。

<…うーん、相変わらずというよりは、いつにも増して粗雑な飛び方だな、今日の宏子は。>
<だから…>
<ん?>
<あ、ああ…いえ、何でも。>
口を引きつらせつつ、美耶が手を振る。

「うわああああああああああ、う、わっ!」
シュウウウウウウウウウウウン…。
河原に落下してきた宏子と地面の間を、薄緑の光の干渉弾がエアクッションのように割り込んだ。弾の上で静止して、何とか体勢を立て直す宏子。
…ボンッ。
「わっ! …っと、とと。」
弾がはじけとぶ。高さ1メートル弱の所で、普通に立った状態で停止していた宏子は、ややよろけかけつつも、そのままジャンプする形で河原への着地に成功した。
<…私、何か毎回着陸の仕方が間違ってる気がするんだけど…>
誰にともなく念じる宏子。
<大丈夫ですか。>
宏子は響いてきた念に顔を上げた。
<あ、アリーザ。ありがとう。助かったよ。>
そばにやってきた、唯一制服姿ではない少女に宏子は苦笑いしながら頷いた。
<…ホント、もうちょっとでカラスが原因で死ぬ所だったよ。同じ黒い鳥でも情けないって。>
<そうですか…? 今落ちる瞬間、佐藤さんは自分で防御の光を放っていたように見えましたけど? もちろん万が一そうでなかったら困りますから、念の為干渉弾は撃ちましたけど…。>
宏子は首をかしげる。
<え、そうだった? 私は意識してなかったよ? …飛行の光と見間違ってない?>
<多分、防御だったと思います。…もう佐藤さんは、無意識でもそれ位は出せるんですよ。それ位のレベルの人なんです、佐藤さんは。>
<そ、そんな事言ってくれたって、別に何も出ないよ?>
そう念じつつも、宏子はまんざらでも無さそうな様子で頭をかく。
<だから今も一瞬、干渉弾を撃たないで、どれ位無意識で防御出来るものなのか確認してみようかとも思ったんですが…>
<…あ、あのね。>
顔を引きつらせる宏子にアリーザが頷く。
<ええ、危険過ぎるのでやめました。カラスで死んだら報われませんし。…それに今日は…佐藤さん、いつもに比べると注意力が落ちているようですし…。>
<あ、あー…>
改めて宏子はアリーザの顔を見る。
<…何か?>
<あ、ん…>
宏子は首を振る。
宏子は、モニクやリジュワナと比べても、アリーザが一番付き合いにくい相手だとつくづく感じた。もう会ってから2ヶ月近いのに、いまだに彼女が何を考えているのかさっぱり分からない。
アリーザは基本的に無表情だ。しかし同じ無表情でも、アリーザのそれとリジュワナのそれは、そこから醸し出されるものが全く違う。多分リジュワナは自分から無表情になろうと努力して無表情になっているのに対し、アリーザは別にそんな事を意識はしていないのだろう、と宏子は思う。しかし、内心考えている事が外から見て何となくでも分かるのは、あの堅物のバングラデシュ人で、このいつも私服のマレーシア系アメリカ人ではないのだ。
宏子は苦笑してみせた。
<…まあね。ちょっと色々あってね。>
アリーザは河原の向こう、堤防側の人影を見ながら念じる。
<…そんなに気になりますか。あの人が。>
<な、私は別にプ…>
念じかけて、宏子は改めてアリーザの顔を見た。
<…引っ掛けようとした?>
<ええ。>
少し驚いたように、アリーザが頷く。
<引っかかりませんでしたね。今の佐藤さんならいけると思ったんですが。>
<あんた、ねえ…。…ああ、もう誰も信じられない。皆が皆、私の事を貶めようとしている!>
頭を抱える宏子。アリーザはその様子をしばらく見ると、髪をかきあげ、誰に見せるでもなくふっと微笑んだ。
<…佐藤さん。>
<な、何でしょうアリーザさん。>
<今日、疲れていなければ…この後一緒に付き合ってくれませんか?>
「はえ?」
アリーザの意外な言葉に、宏子は口を開き聞き返した。



→Part B



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