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ジュチャが腕から投影されるバーチャルディスプレイに目を通しながら、全員に念を送る。
<今日はいつものように個別練習。リジュワナは系のビデオ5章の所ね。モニクは2章。宏子は空7章でアリーザは時の1章。分かった?>
<ええ。><おー。><…><はい。>
<…宏子?>
<…あ、うん、了解。空7章ね。>
<ええ。じゃ、皆始めて。カメラと警備の人に迷惑はかけない事。それぞれ見て回るから。まあ、分からない所はすぐに聞いて構わないけど。>
夕焼けの川原で、毎日の日課である魔法練習が始まった。
<…ふう。>
<どうしました?>
<ん、アリーザ。…何でもないよ。ちょっと疲れててさ。>
<佐藤さんは今週3回目ですからね、空が。もう大分空中浮遊も慣れたでしょう?>
<得意分野を開発させたいって事なんだろうけどねえ…。アリーザが時、リジュワナが系、私が空。ま、モニクは今週空じゃないけどね。…空、一番疲れるからなあ。疲れるっつーか危ないじゃん?>
<ジュチャさんは時が一番危ないって言ってましたよ。そんなに疲れませんけどね。>
<まあ、どれも大変か。>
<そうですね。…お互い、「早く練習時間が終わるように」頑張りましょうか。>
<あはは、そだね。>
既にリジュワナとモニクは自分の講習ビデオを見ている。宏子は左腕にはめた、ジュチャから支給されている腕端末のスイッチを押し、バーチャルディスプレイの映像と機械合成の日本語音声に目と耳を傾けた。
「…バランスは、肩を左右に振ることでとります。右肩から放出する空の力を上げれば、左前方に体が回転し、左肩から放出する…」
「ん…ん?」
宏子はビデオを見ながら自分の肩を左右に振り、一人で頷いている。
<…よ。>
<あ…? どわあっ!>
<…何を驚いてるんだ?>
<い、いや…何でもないけど。…あんた邪魔だからどいて。>
<一応俺も監督なんだぞ…>
プオラギイックは目を細めながら、宏子の前の、日本語で表示されているディスプレイに目を通す。
<…ああ、この説明図は見た事あるぞ。あれだろ、空中でどう回るか。>
<…間違ってはいないけど、バランスをどう取るか、だよ。これは。>
<ああ、それそれ。>
<…>
プオラギイックは、自分の方をじっ、と見つめる宏子の視線に気付いてふと顔を上げた。
<…どうした?>
<いや…何でもない。…ねえ、本当に邪魔だから。っていうか今から飛ぶし。>
<ああ、悪い。じゃ、今日も気持ちよく飛んでくれ。>
<…何か馬鹿にした言い方だよね、それ。>
<いやいや、そうじゃなくて。宏子は何ていうか、全身を使って飛行をコントロールしようとするだろ? 手とか足の腕伸ばして、うがーこっち飛ぶぞーっ、ここで降りる!
うがー、落ちるーっ、みたいなさ。あれ俺好きなんだよ、何か。本来の魔法少女的には上品さにかなり欠ける気がするけど、お前らしくて可愛いっていうか。>
<な、ちょ…急に何言ってんのっ!>
宏子の口調に身の危険を感じたのか、プオラギイックは口を引きつらせて手を振る。
<あ…すまん。別に悪いって言ってるんじゃないんだぞ、いずれにしたってちゃんと飛んで、結果を出してるんだから、俺は別に何の文句も>
<いいから。どいてよ。>
<…悪かった。>
手を上げ、プオラギイックは宏子から離れる。宏子はひとつため息をつくと、箱からベルト付きのヒズラウプシュ製の羽を取り出した。
シュウウウウウウウウン…。
宏子が羽のベルトに腕を通して背負い、目をつぶると、それだけで羽の先から赤い光が溢れ出す。
<気律の力を、我の頭上に! …ザナ・キュディヌ・ヒオ!>
シュウウウウウウウン…!
光は2つか3つ重なるように宏子の体を包み込み、やがてその光の中で髪を風になびかせる宏子はすうっと空中に浮上し、目を開いた。
「まずは30オキまで上昇…」
呟きながら宏子は上昇していく。光に包まれたままある高さまで達すると、宏子は腕の端末の表示する数字に目をやった。
「…あれ、4オキオーバー? んー…ここで30、ね…。」
宏子は少しだけ下降し、空中に静止した。
画面の「30.16 o.」の表示の下には、小さく「(14.19 m.)」という表示もある。
空中14メートルに浮かび上がるのは、最初は宏子にとって怖い以外の何物でもなかった。やがて景色を楽しむ余裕が出るようになり、今は既に浮かぶ自体では何も感じなくなっている。
宏子はビデオの内容を思い出しながら、それを口に出して呟いた。
「…で、まずは半径5オキの円を描いて右回転…っと。ん? あ、こっち左だ。…ああ。こっちね。」
宏子は自分の肩を振りながら、ゆっくりと高度30オキで右旋回を始めた。
−しかし、こんな練習本当に役にたつのかねえ。モンスターが来た時、こんな悠長な動きしてたらマズかろうに。…まあ、確かに飛べるに越した事はないんだろうけど…まあ、それに?
アブナイ奴等なんかを無理矢理浮かせる事だって出来ちゃう訳だし? …そっか、つまり飛べるって事はモンスターを飛ばす事も同様に出来るって事なのか。そう考えれば確かに空の魔法って基本なんだよな…それにしても、こんな基本の魔法も出来んのかねえ、我がプロジェクト長は。……。…何で、プオって地球来てるんだろ。満足な魔力も無いのに、わざわざ地球に来て命をかけて、頭おかしいよね…しかもクザラルじゃ、地球への関心ってあんま無いんでしょ?
何で、わざわざ来てんのかな…。……。…何でそんな奴なのに、馬鹿みたいに一生懸命、私達を守ろうとするんだろう…。魔法少女だからって言うけど、だから何なの?
まず最初に自分の心配するべきなのに、っていうか奴は何で
<…宏子、宏子! 返事しなさあああい!>
<え? …あ、え?>
遠くから聞こえてくるテレパシーに宏子ははたと気付き、自分の足元を見下ろした。
<聞こえないのおおおっ?>
川原の一角に立つジュチャが「大声」で宏子に念じていた。隣に美耶もいる。二人ともこの高さから見ると十分米粒に近い大きさだが、それでも宏子には美耶が表情を心配そうにしているのが見てとれた。
<あ、ご、ごめーん! 何ー?>
<何、じゃなーい! ボーっとしないの、いつまで回ってんのーっ!>
<え? …あ。>
自分の腕の端末の表示を見て、宏子は口を広げた。
<2回右で次は左よーっ!>
<分かったよーっ!>
「…たく、ジュチャはうるさいな…。」
宏子は一旦静止し、肩をひねらせつつ、慎重に方向を転換する。
「…いしょ。これで、左が2回…。」
宏子は左旋回を始める。
−…っていうか、奴は何で魔力が無いんだろうなあ。あれでもある方だって本人は言ってるけど、どう見てもなあ。クザラル人は魔力が無い人の方が多いとか言ってたけど…口では何とでも言えるからなあ。でも、クザラルだと魔力が普通に科学技術として使われてるとも聞いたし…それもまた、何か矛盾した世界だよなあ。……。…クザラル星ってどんな所なんだろうなあ。やっぱり、凄く進んでる街とかだったりするのかな。でもジュチャは、クザラル人は自然を大切にするとか言ってたけど…ちょっと、行ってみたいな…あ、でも向こうはモンスターがずっと襲ってきてるんだよな、確か。…プオも確か、親族が皆、殺されたとか言ってたし…そうか…だとしたら、確かに恋愛になんかかまけてる時間なんて、ある訳ないって思うだろうなあ…。……。…あれ、何で私そんな事考えてるの?
だって私、別にあいつになんか何の興味も
<ひーろこおおおおおおおおっ!>
「わああああああああっ!」
宏子は目の前に顔をにじりよせるジュチャに向かって大声を上げた。
<宏子、ちゃんと聞きなさい! 2回ずつでしょ、2回ずつ! 誰が20回ずつグルグルグルグル回れなんて言ったのよっ!>
<わ、わ、ご、ごめんっ!>
上昇して迫ってくるジュチャから宏子が逃げる。
<どうしたの! モンスターと戦ってる時にこんな事ならあなたもう死んでるわよ!>
<分かってるよそんな事! ちょっと考え事してただけでしょ!>
<だから練習にそんな態度で臨むんじゃないのっ!>
<分かったから! そんな近づくなっ!>
<こら、宏子、待ちなさーい! 何で逃げるのっ!>
<そうしないとあんたにぶつかるからでしょっ!>
<…>
河原では、高度30オキで空中戦を繰り広げるニ人を美耶とプオラギイックが見上げている。
<…何をやっているんだ、あのニ人は。>
<うーん、ジュチャさんは多分、日頃のストレスが溜まっているんじゃないかな、色々…>
<なるほど。その発散の対象が宏子に向かう辺り、何となく頷けるものがあるな。>
プオラギイックは美耶の念に、うんうんと頷いた。
<…じゃあ、宏子は? どうもあいつ、ここん所何かボーッとしてないか?>
<…>
口を広げたまま、美耶はプオラギイックを見る。
<…ん?>
<…気付いて、無いんですか?>
<何がだ?>
<…えっと、ひーこが心ここにあらずな理由…。>
<ん?>
プオラギイックは美耶の念に、深刻な様子で考え込み、やがて<ああ>と手を叩いて答えた。
<あれだ、最近満足に食事をとってない!>
<…違います。>
<そうか? …俺だったらそんなところだけどな…>
「はあ…こりゃひーこ大変だ…」
<ん?>
<ああいえ、独り言です。>
<…あ。>
美耶はプオラギイックの念を感じて、彼の向ける視線の先を追う。
美耶は空中のその光景を見て念を上げた。
<…うわ、ひーこ髪が乱れてる。>
<…それは元からだ。それより、あいつらの飛んでいる方向の先に黒い鳥がいるだろ。確か性格悪い鳥。>
<え…? あ、一直線。>
<こういう時だけ逃げ足の速いっ! いい加減止まりなさい!>
<あんたが止まんなきゃこっちは危なくて止まれないんだよっ!>
<おーい、宏子ーっ! そっち、カラスがいるぞーっ! 方向変えろーっ!>
<あ、え? わっ!>
地上から聞こえた念に宏子は振り返り、慌てて数オキ下に降下する。その横に、ジュチャもゆっくりと降りてきた。
<はあ、はあ、はあ…>
<ぜえ、ぜえ、ぜえ…>
<…あ、プオ、警告ありがとーっ。>
宏子は肩で息をしつつ、プオラギイックに片手を上げた。
<…はあ、馬鹿馬鹿しい…>
ジュチャは首を上にあげ、そのまま地上まで降りていく。
<今日も相変わらずー、お前らしさ全開の飛びっぷりだなあー?>
宏子は地上からの念に、カアッと顔を赤らめる。
<えーっ? な、何言ってんのよあんたはーっ! 悪かったわね、魔法少女らしさに欠けててーっ!>
<自覚があるならもうちょっと優雅に飛んでみろーっ。>
<な…。それが出来ないから苦労してんでしょっ! 私だって出来るもんだったらやりたいよ、人の気持ちも知らないでっ!>
カア、カアカア。
「…へ? キャ、キャアアアアアアアッ!」
ふいに背中をつつく物に気付き、宏子は悲鳴をあげながら垂直落下していった。
<…うーん、相変わらずというよりは、いつにも増して粗雑な飛び方だな、今日の宏子は。>
<だから…>
<ん?>
<あ、ああ…いえ、何でも。>
口を引きつらせつつ、美耶が手を振る。
「うわああああああああああ、う、わっ!」
シュウウウウウウウウウウウン…。
河原に落下してきた宏子と地面の間を、薄緑の光の干渉弾がエアクッションのように割り込んだ。弾の上で静止して、何とか体勢を立て直す宏子。
…ボンッ。
「わっ! …っと、とと。」
弾がはじけとぶ。高さ1メートル弱の所で、普通に立った状態で停止していた宏子は、ややよろけかけつつも、そのままジャンプする形で河原への着地に成功した。
<…私、何か毎回着陸の仕方が間違ってる気がするんだけど…>
誰にともなく念じる宏子。
<大丈夫ですか。>
宏子は響いてきた念に顔を上げた。
<あ、アリーザ。ありがとう。助かったよ。>
そばにやってきた、唯一制服姿ではない少女に宏子は苦笑いしながら頷いた。
<…ホント、もうちょっとでカラスが原因で死ぬ所だったよ。同じ黒い鳥でも情けないって。>
<そうですか…? 今落ちる瞬間、佐藤さんは自分で防御の光を放っていたように見えましたけど? もちろん万が一そうでなかったら困りますから、念の為干渉弾は撃ちましたけど…。>
宏子は首をかしげる。
<え、そうだった? 私は意識してなかったよ? …飛行の光と見間違ってない?>
<多分、防御だったと思います。…もう佐藤さんは、無意識でもそれ位は出せるんですよ。それ位のレベルの人なんです、佐藤さんは。>
<そ、そんな事言ってくれたって、別に何も出ないよ?>
そう念じつつも、宏子はまんざらでも無さそうな様子で頭をかく。
<だから今も一瞬、干渉弾を撃たないで、どれ位無意識で防御出来るものなのか確認してみようかとも思ったんですが…>
<…あ、あのね。>
顔を引きつらせる宏子にアリーザが頷く。
<ええ、危険過ぎるのでやめました。カラスで死んだら報われませんし。…それに今日は…佐藤さん、いつもに比べると注意力が落ちているようですし…。>
<あ、あー…>
改めて宏子はアリーザの顔を見る。
<…何か?>
<あ、ん…>
宏子は首を振る。
宏子は、モニクやリジュワナと比べても、アリーザが一番付き合いにくい相手だとつくづく感じた。もう会ってから2ヶ月近いのに、いまだに彼女が何を考えているのかさっぱり分からない。
アリーザは基本的に無表情だ。しかし同じ無表情でも、アリーザのそれとリジュワナのそれは、そこから醸し出されるものが全く違う。多分リジュワナは自分から無表情になろうと努力して無表情になっているのに対し、アリーザは別にそんな事を意識はしていないのだろう、と宏子は思う。しかし、内心考えている事が外から見て何となくでも分かるのは、あの堅物のバングラデシュ人で、このいつも私服のマレーシア系アメリカ人ではないのだ。
宏子は苦笑してみせた。
<…まあね。ちょっと色々あってね。>
アリーザは河原の向こう、堤防側の人影を見ながら念じる。
<…そんなに気になりますか。あの人が。>
<な、私は別にプ…>
念じかけて、宏子は改めてアリーザの顔を見た。
<…引っ掛けようとした?>
<ええ。>
少し驚いたように、アリーザが頷く。
<引っかかりませんでしたね。今の佐藤さんならいけると思ったんですが。>
<あんた、ねえ…。…ああ、もう誰も信じられない。皆が皆、私の事を貶めようとしている!>
頭を抱える宏子。アリーザはその様子をしばらく見ると、髪をかきあげ、誰に見せるでもなくふっと微笑んだ。
<…佐藤さん。>
<な、何でしょうアリーザさん。>
<今日、疲れていなければ…この後一緒に付き合ってくれませんか?>
「はえ?」
アリーザの意外な言葉に、宏子は口を開き聞き返した。
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