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←Part A


暗い屋内。大音響のテクノサウンドで、壁やグラスが目に見えて揺れるようだ。
ブラックライトに照らされた男女が単調な四拍子の機械音に合わせて体を揺らせている。皆、踊るというよりは揺らせる程度の表現が似合うような動き方だった。
奥のソファーに座った宏子は口を開いたまま、彼等の動きを見ている。

大きな部屋の向こう側にいるDJが、ニヤリと笑ってみせながら無言で何かの機械のツマミをひねる。そうすると音楽は一瞬だけボリュームを下げ、すぐ後に何か新しい曲と混ざりながら更に大音量で鳴りだした。何人かの客が口笛らしきものを吹く。
ズン、ズン、ズン、ズン、ズン、ズン、ズン、ズン…。
「…」
宏子は未だに口を開いたままその様子を見る。そして彼女は視線を下げ、自分の着ている服に目をやる。
−ユニクロ謹製ポロシャツ、確か税別1800円…。
「…はぁ。」
宏子はため息をついた。
「…ま、制服とジャージで来ようとした私をアリーザが止めたのも当然だけど…」
<…何が当然なんですか?>
<…あ、ううん。>
宏子の座る席に、2つのグラスを持ったアリーザが近づく。中に入ったライトブルーの液体を見て宏子はますます口を広げた。
<え? ねえ、アリーザ、これもしかして…>
<名前は、「ガルフストリームメキシコ湾流」だそうです。何だか少女趣味なネーミングで、どうかと思いますけど。>
<いや、そんな問題じゃなくてさ。…これ、お酒でしょ?>
<お酒は飲みませんか?>
<いや、だって…わ、私、高校生だし、ね?>
<それで? 日本の高校生もお酒位は飲むようですけど。>
<いや、それは…まあそうかもしれないけど…>
念じながら宏子はアリーザの方を見る。今日もアリーザはTシャツ、ロングスカートの上にシースルーのキャミソールを着ている。どうも彼女の場合、常に一着はシースルーが入っていないと服として成立しないらしい。
そして彼女のそんな服装はどこか攻撃的で、同時に女の子らしく、セクシーさも兼ね備えているように宏子には感じられた。
「…」
宏子は思わず自分の服に再び目をやり、ため息をついた。
<飲みませんか? …迷惑でしたか?>
<え? …あ、ううん、そんなんじゃなくて。でもアリーザ、私、ビール程度しかお酒って飲んだ事無いんだけど…>
<大丈夫ですよ。これはそんなに強いカクテルじゃありませんから。>
<そ、そう?>
<イスラム教徒が飲んでも許される程度のアルコールです。>
アリーザが両目を閉じて頷く。
<そ、そうなんだ…>
<どうぞ。>
<う、うん。>
アリーザに促され、宏子はグラスを口につけた。
<う! う、うーん…>
<どうですか。>
<…ジュース! だけど、やっぱりお酒だよ、これえ。…わ、鼻に来る、鼻に。…はー。>
宏子は眉をひそめながら口を開き、息を吐き出した。

<…アリーザ、いつもこんなの飲みにここに来てるの? 一人で?>
<飲みに来てる訳じゃありません。ただ、ここは人が多くて暑いでしょう。だから飲み物が無いと辛いじゃないですか。>
アリーザはグラスに軽く口をつけてから、フロアに目を向けた。
<…じゃあ、どうしてここに? 何回か来てるんだよね、ここ? っていうか、知らなかったら迷わずに来れるような場所じゃないよ、ここ。>
<理由ですか。…難しいですね。>
アリーザはフロアに目を向けたまま念じる。

<お酒も嫌いじゃないですし。でも一番大きいのはやっぱり、好きな音楽が大音響で聴けるという事ですけど。>
宏子はややほっとしたような表情で、アリーザの顔を見た。
<ふーん? じゃあアリーザって、こういう感じの音楽が好きなんだ?>
<ええ。…そんなにCDとかは持ってませんけど。>
<アーティストで言うと誰とかなの? 最近のお勧めとかさ。>
<お勧めですか…日本に来てから情報に疎いので…最近ではないですが、スターダンサーとかLFO、後やっぱり、スベン・フェートは…ああ、もちろんアンダーワールドも…>
<ご、ごめん。アンダーワールド以外分かんないや。>
苦笑する宏子。
<充分です。私の周辺でも、アンダーワールドも知らない人の方が大多数ですから。…元々、アメリカ人はテクノには理解がありませんからね。カイリー・ミノーグが私達にとっては最先端のテクノですから。…皆さん、テクノよりヒップホップの方が好きなんでしょうね。>
<…ご、ごめん…私も、どっちかっていうとヒップホップ好き…>
<…そうでした。>
アリーザは頷いた。
<私もヒップホップが嫌いな訳ではないです。ただやっぱり、単に暴力的にしていればヒップホップ、という勘違いがとても多い気がするんです。アメリカの場合はですけど。>
<ああ、それは日本もそうだよ。でも、中にはちゃんと音楽的にカッコ良いのもあるからさ。アンチポップとか聞くと、おお、って思うよー。ヒーラ・エムシーズとかさ。日本人だとね…ブルーハーブかな、やっぱり。>
<この前テレビで…日本語のラップ聞きました。あれは悪くなかったですよ。ええと…ケスメイシー、でしたっけ?>
<ああ、ケツメイシも悪くない、悪くない! 全然メジャーだけどね。ああいうメロディアスな感じのが好きなんだ?>
<そうですね。今度、佐藤さんのお勧めを聞かせて下さい。>
<うん。アリーザ、今度ウチ来れば良いんだよ。交換しあいっこしようよ、何枚かはCD持ってるでしょ?>
<ええ、そうですね。…楽しみにしてます。>
<うん、私も。>
宏子は笑顔で頷くと、グラスに口をつけた。途端にしかめっつらに戻る宏子。
<うー、やっぱり酒だ、これは。>
<そんなにきついですか? …まあ、ベースはウォッカではありますけど…>
<ウォ、ウォッカなの、これ!?>
<ベースが、です。全体としてはアルコール度は低いですよ。>
<アリーザって…もしかして酒強くない?>
<…嫌いではないです。>
<うん。そういう感じするわ。>
宏子は頷いた。ニ人はダンスフロアを眺めながら、何をするでもなく佇んでいる。
<…じゃあ、こういうとこに音を聞きに来てるんだ、アリーザは。…でも、一人で来てる…んだよね、いつも?>
<ええ。>
<何で? 誰か誘えば良いのに…って、リジュワナは駄目そうだけど…>
<フェヨールさんの趣味にも合わなそうですし、幸田さんには刺激が強過ぎそうですし…というか、そもそも皆さんと練習後のオフタイムの趣味が一緒である必要性も別にありませんし…>
<それは…そうだけどさ。でも、一人でこんな所にいて、寂しくないの?>
<…そうとは限りません。>
アリーザは目を細めて、宏子に笑ってみせた。
<こういう所にいると、たまに男の人が声をかけてきたりもするものですよ。しかもなかなかの美形が。>
<それって…ナンパじゃないの?>
<ええ、もちろん。>
<もちろん、って…ナンパされたくてここに来てるの?>
<それも無くはありません。>
<って……アリーザ…>
宏子はアリーザの顔を見つめる。いつものおとなしいアリーザの顔が、今の宏子には大人びて感じられる。そしてその大人らしさは、宏子にはどこか恐怖感を感じさせるものに思われた。
<軽蔑しますか?>
<…>
宏子はアリーザから視線をそらし、ガルフストリームのグラスを見つめる。
<…うーん…分かんない…別に悪い事だとは思わないけど、周りでそんな奴、いなかった…いや、クラスでいなくはないけど、深く喋った事とか無かったし…>
<…私の場合、ここに来て誰かが声をかけてきたら、それは、本当にただ踊るだけの事もありますし、食事をする事もあります。もっと深い関係になる事もありますし…それにはただの遊びもあれば、より真面目な付き合いもあります。…色々です。>
<…>
<…でも、どの時でも、別に恥かしい事をしているというつもりは無いんですが…私は変ですか?>
<…う、うーん…別に、今時の女子高生だったら…全然おかしくないんじゃないかな…それに、特にアメリカの子は進んでるんだろうし…>
<答えと表情が合ってないじゃないですか。>
苦笑するアリーザ。
<…正直…うーん、びっくりした。…アリーザがこういうタイプだって思ってなかったから。>
ややぎこちない表情で、宏子は笑ってみせる。
<でも、アリーザが自分で満足してるんだったら…良いんじゃないかな。私だってもちろん男に興味はあるしさ。正直、東京までわざわざナンパされに行くような勇気は私には無いけど…>
そこまで念じて、宏子の笑いは自分への苦笑に変わった。
<でも、今時そんな奴の方が変だと思うよ、それこそ。>
<いえ、奥ゆかしい事は変ではないです。特にそれを自覚されているのなら。>
アリーザはふと、流れている音楽に耳を傾けて首を振った。
<ああ、この曲、私好きなんです。…今でも流れるんですね。>
<あ、これ私聞き覚えあるよ。…アーティスト名分かんないけど…>
<これがアンダーワールドですよ。>
<…ああ、そうだ、そういえば! うん、何かの映画に使われてたよね、この曲?>
<ええ、そうです。スコットランドの映画でしたね。>
ドン、ドン、ドン、ドン…。
ベースドラムの響くブラックライトの屋内で、アリーザは宏子の顔を見る。
<…佐藤さん。奥ゆかしいのも確かに良いんですが、私達は自分の好きな事をしたい。そう思いませんか。>
<…え、どういう意味? してるよ?>
音楽に耳を傾けていた宏子が顔を動かす。
<ええ。でも、もっと素直になっても良いでしょう。…佐藤さんは、プオラギイックさんが好きなんですよね? 何故告白しないんですか?>
<…え?>
ドン、ドン、ドン、ドン…。
宏子は慌てて首を振った。
<や、やだなあ、だから本当にそういうのは無いんだって。どうせモニクか美耶に吹き込まれたんでしょ? …まさかリジュワナからじゃないよね?>
<…違います。私自身が観察した結果です。>
<そ、そんな、冗談でしょ?>
<じゃあ、そんな感情は無いですか、佐藤さんは?>
<別にプオにはね。…今までどこの誰にも持った事がない、とかは言わないけど。>
<…佐藤さん。私達は今、自分達の好きな事をして良いと思うんです。>
アリーザは繰り返した。
<だからそれ、どういう意味?>
<率直に言って、私達に明日の保証は無いんです。>
<っ…>
<私達は今このフロアで踊っている他の人達とは違う。選ばれし存在なんですよ。…悪い意味で、ですけど。どんなに頑張っても、明日か明後日に死んでしまう確率は、ここにいる他の誰よりも高いんです。>
<だ、だから何よ。そうかもしれないけど…だから、どうしろって言うの? 諦めろって言うの?>
宏子は唇を噛んだ。

<…ううん、私一回、諦めたんだよ。>
<…諦めた?>
<あ…うん。アリーザには言ってなかったけど、ウチ、さ…昔姉貴がいてさ…>
<知ってますよ? 確か、一年前にお亡くなりになったんですよね? 交通事故、でしたよね…>
<…それは…嘘だよ…本当は、死んだのは先月…>
<…>
アリーザは、無言でただ目を見開いた。
<私のところにモンスターが来て…その時、たまたま姉貴が一緒だったから…>
<…そうでしたか…>
<…その時、私逃げたよ。逃げたっていうか、そのモンスターからって意味じゃなくて、諦めた、その時は…何か、数日ボーッとしててさ、ふと気付いたら、ビルの屋上で、下の車道を見下ろしながら立ってた。>
<…>
<でも、その時…どっかのお節介な馬鹿が来て、…その馬鹿がさあ、仕事だから仕方ないんだけど、わざわざ大変な時にのこのこ来て、それで負の空間っていうのに触れたらシューシューそいつがうるさくてさ。何か…おかしくて笑っちゃってさ。>
念とは裏腹に、宏子の瞳は涙を湛えていた。
<…変な仕事してるんだよ、そいつ。大して儲かる訳でもないのに命張ってるの。っていうか、実力があるならともかく、無いのに頑張ったって意味無いじゃん? そんな自己犠牲、カッコ悪いだけじゃない。絶対そいつ、頭おかしいって。で、それで…それでさ、それで、まだ少しだけ、…>
<…諦めないでいようって、思ったんですね。>
<…>
<多分、その人は良い人ですよ。>
<良い人かどうかは知らないよ。単に可哀想な仕事してるってだけ。>
<…>
アリーザは微笑んだ。
<…何?>
<…佐藤さん。確かに諦めないのは良い事です。諦めるよりは、諦めない方が良い。でも、だからといって確率が低い事にも変わりはありません。>
<…そう、かもしれないけど…>
<それに、そういった話を抜きにしても、人生は一度しか無いんです。今年の夏は今年で終わります。来年の夏は、今年の夏じゃないんです。>
<…アリーザ?>
<変な仕事変な仕事って言いますけど、そんな変な仕事の人に会うチャンスなんて、人生の中でそうそうあるものではないですよ、佐藤さん。>
<…>
<だから、自分の素直な本当の想いに従って、今自分達のしたい事を、すべきだと思うんです。特に私達は。>
<……アリーザ…>
アリーザは手に持っていたカクテルを飲み干した。
<…佐藤さん、何で私がこんなお節介を焼くか、分かりますか?>
<…何で? 友達を案じてってオチだったら怒るよ?>
<まさか。魔法の一番の実力者に、精神的に不安定な状態になってほしくないからですよ。それだけ私の生存の確率が減ってしまうじゃないですか。>
<アリーザ…>
<だから、私も、諦めてる訳じゃないんですよ。全然。>
アリーザは目を細め、宏子に笑顔を見せた。
<…ふ、ふふ…はは…>
<…ふふ。>
<…リジュワナ並に性格悪いね、あんた…>
<「良きイスラム教徒」の隣人を見習っただけですよ。>
アリーザは肩を上げた。


A-Sato Ltashofe Yde Ilne

Episode 7: Song and dance and sex

キーコ、キーコ…。
夜の公園。宏子はブランコに乗っている。もう初夏かと思うような生暖かい空気が、宏子の周囲を満たしている。
キーコ、キー…。
宏子が動きを止める。彼女の視線の先に人影が現れたからだ。
宏子は下唇を軽くかみ、1回息をつくと、顔を上げてその人影に微笑んだ。
<よっ。>
<…で、何だ用事って?>
挨拶を省略し、青い肌の男があくび交じりに近づいてくる。
<わざわざ公園に呼び出したりなんかして。それもこんな夜中に。お前の部屋じゃ困るような用事なのか?>
宏子はプオラギイックの念の様子に眉を上げた。
<ちょっと、来てそうそうそんな言い方しなくても良いじゃん。夜中なのは学校やら練習やらがあるんだからしょうがないでしょ。それに、夜中だからこそ私の部屋なんかに来ないでよ、一応あれでも女の子の部屋なんだから。>
<「女の子の部屋」っていうのは、部屋の持ち主が女の子である場合に有効な呼び方だったんだぞ、知ってたか?>
<「可愛くて可憐な女の子の部屋」って、付け足してあげてもいいよ、詳しい説明がほしければ。>
<で、用事は? 大体、公園じゃ、テレビカメラとかも気にした方がいいし…>
プオラギイックが周囲を見回す。
<それは大丈夫。今、強めに系の魔法かけてるから。気付かなかった?>
<…そうか。でも、何で?>
<プオと…ゆっくり話がしたくてさ。>
<話?>
向き直るプオラギイックに、宏子がうつむき加減に頷く。
<うん…ほら、私らまだお互いを知るような機会とか、ないじゃん? 会う時間はいつも練習になっちゃうしさ?>
<この前のリジュワナみたいな事言ってるな、お前。>
<あ、うん…別にああまで大袈裟なんじゃないけどね。ちょっとその、忙しくなかったらさ、軽く世間話でも…>
<俺、毎日忙しいぞ。>
<だからあんたも文脈くみなさいよ。その部分は社交辞令っつってね、現実に忙しいか忙しくないかって問題じゃなくて、そんな事言ったら大体私だって>
<それで、話題は? …いや、俺から話題がある。お前昨日はどこ行った。>
宏子の隣のブランコに腰掛けたプオラギイックが宏子を見た。
<え、ああ…うん。携帯で連絡したじゃん。ウチ船橋に親戚いてさ、昨日偶然会って、意気投合しちゃって。で久しぶりに家来ないかーって話なって泊まりにいったんだわ、うん。>
<それでそのまま今日は学校をサボったんだろ? 美耶が心配してたぞ。ひーこに男が出来た、って。>
<はあ…仮にそうだとして、美耶に心配される筋合いも無いような気がするけどね…>
ため息をつく宏子。
<…薄情な奴だな。>
<プオは? 私がもし男の所に行ってたんだとしたら、どう思う?>
<…>
プオラギイックは、不思議そうな表情で宏子を見つめる。
<…世の中にはつくづく物好きな男が…イタッ、こら、脛を狙うな、脛を!>
<ふう…よく分かった。あんたって奴が。>
拳をにぎりしめつつ宏子が念じた。
脛をさすりつつ、プオラギイックは苦笑した。
<まあ、何でも良いけど翌日にひびくような無理はするなよ。魔法少女は、お前だけの体じゃないんだからな。>
<ねえ…何でも良いの?>
<ん?>
<だから…プオ的には、別に私が何してても、何でも良いんだ?>
<別に何しても良いなんて、言ってないぞ。でも、私生活でお前が何をするかなんてお前が決める事だろ? 大体クザラル人の俺に地球人の生活様式なんか分からないし。>
<それは、そうだけどさ…>
<どうした? ここんとこつくづく変だよな、お前…。>
プオラギイックはブランコから腰を上げ、宏子の目の前に立ってその顔色をうかがう。
<…元からだもん、変なのは。>
目をそらす宏子。
<…そうだな。俺もその点は完全に同意だ。>
<…>
<…>
宏子はブランコを揺らす。
<…ねえ、前も聞いたけどさ、プオって何で、この仕事するようになったの?>
<うーん…何と言うか、子供の頃から魔術師しか眼中になかった。>
<こないだリジュワナとのデートで言ってたのと正反対じゃん。嫌いだったんじゃないの、魔術師?>
<ああ。でも、それは4クザラル歳とか5クザラル歳の頃の話だ。7クザラル歳とか8クザラル歳位になると…もう魔術師しか考えてなかった。>
<何で?>
プオラギイックは体を起こし、顔を上げる。
<…>
<…言いたくない?>
<うーん…余り言いたくないかもしれないな。>
プオラギイックは頭をかいた。
<ありきたりというか…余り誉められた理由じゃないんだ、俺は。単純に言えば、復讐だよ。…少なくとも元々はそうだった。今は、惰性の方が大きいかもしれないけどな。>
<復讐?>
<前も言っただろ。家族がやられた。モンスターが集団で、街を襲ったんだ。街の人は殆ど亡くなった。俺はたまたまその時叔父の家にいて、難を逃れた。>
<それで…叔父さんとあんた以外、家族が全員、いなくなっちゃったんだ…>
<ああ。>
プオラギイックは軽く頷く。
<家族っていうより、親族全員だな。田舎で、住んでる奴等の大抵に血縁関係があるような場所だったんだ。…まあ、俺にしてみればその生き残った叔父が良い人だったのは本当に救いだったな、今思えば。ただいずれにしても、それで、俺はモンスターに…ニグーワー語で言う「黒い流れ星」に、もうこの星には来るな、と思った。>
<…>
<誉められた考え方じゃないんだけどな。ジュチャが聞いたら、自分と相手の「関係性」の尊重が結果を生むという事を理解していない、とかお説教くらいそうだ。>
<…大変だったんだよね、プオ…私なんかよりずっと…>
<残念な事はな、向こうじゃそんな奴ゴロゴロしてるから、それ位じゃ不幸自慢にはまるでならないんだよ。だから、>
<多いか少ないかの問題じゃないよ。プオにとってはとんでもない事だったのは変わらない。…そうなんだよね、私、自分の事で精一杯で、プオのそういう理由、薄々気付いてはいても、ちゃんと考えた事なんて無かった…>
<良いんだ、考えなくて。そんなのはお前の仕事じゃない。>
<仕事じゃないかもしれないけど、でも、…同僚として、>
<良いんだ。…お前が自分の事で精一杯なのは当たり前だ。>
<プオ…私ってさ…弱いよね。>
<…>
プオラギイックは耳を動かした。
<プオに比べるとさ。私だったら、絶対そんな状況から立ち上がるなんて出来なかったと思う…姉貴一人でも、自殺しかけたもん…プオが来なかったら死んでたよ…。>
<だからな、宏子、お前の場合は状況が違うだろ。全部が急過ぎたんだよ。魔力にモンスターに、おまけにクザラル人まで一緒に来て混乱している時だったじゃないか。>
<で、でも…>
<でもじゃない。そういう事だ。>
プオラギイックは宏子の肩に手を置いた。
<監督役として俺が保証する。お前は、魔法少女として立派過ぎるくらい立派にやっている。…ま、多少作戦行動の荒さとか? すぐに手を出す癖とか? 感情のブレの激しさとか? 改善してほしい点は多少無いとは言わないが…>
<…>
<でもな。短期間でこれだけ魔法を使いこなせるようになるっていうのは、はっきり言って全く予想外だった。お前は本当に、天性の魔法少女なんだと思うよ。>
<…>
<…宏子?>
<…ねえ。あの…ありがとう。>
<…どう致しまして。>
首を半ば傾げつつ、プオラギイックが頷く。
<…でも…嬉しいよ。嬉しいんだけど…その…私ってさ、魔法少女なんだよね。>
<残念ながらな。>
<プオにとって、ね。>
<ん? 俺にとって?>
<うん。私とプオがこうして喋って…テレパシーを使って?いるのも、私が魔力があるから、でしょ? 全部、魔法少女としての私の評価なんだよね?>
<それはまあ、そうだな。…でも、良き魔術師であるという事はそれだけ人格が強いという事で…>
<そうかもしれないけど…その…魔法少女うんぬんは抜きで、さ。私…自身、は、プオから見てどう映ってるのかなー、なんて思う事も、ねえ、まあ、多少は、あるかな、っていうか…>
<…お前自身?>
<う、うん…>
<変な奴。>
<…>
自信満々に断言するプオラギイックに、宏子は軽くため息をつく。
<…俺並にな。>
<…>
<何でそんな事が気になるんだ?>
<…何となくだよ。だからさ、変な奴なのは重々分かってるけど、そうじゃなくて、女の子としてのあんたの評価を聞いてるの。>
<俺の評価って誰の?>
<私の!>
<何で?>
<良いでしょ! そういうのを世間話っていうのよ、日本では!>
<…>
<…>
<…まあ、悪くはないんじゃないか?>
<…そう?>
宏子は顔を上げる。
<ああ。最悪ではないだろう。最悪過ぎて評価に値しないという程ではない。>
<そ、そう…>
<まあ…クザラル人にとって女の良さは気の強さだからな。というより、お前は変だからな。俺は個人的に、変な奴は嫌いじゃない。>
<そ、そ、そうなんだ…喜ぶべきなんだか殴るべきなんだか…>
宏子は口を強張らせつつも、同時に顔が体温で熱くなるのも感じた。
<でも、別にお前は俺の事、好きとかじゃないんだろ? この前そう言ってたじゃないか。>
<え? う、うん…それは…そうだね…。あの…うん、そうなんだけど、あくまで例えで聞いてよ、例えの話だからね。その…私はさ、別にあんたの事は何とも思ってないよ? ただ、その…客観的に言うとね? その…>
宏子は目の前に立つプオラギイックの胸に手を置き、うつむきながら、ちらちらと彼の顔を見る。
<その…最悪過ぎて、評価に値しないほどではない、っていうかその…>
<…>
<…>
<…それはどうも。>
プオラギイックはどこか意外そうにそう答えた。心なしか、顔が赤いようにも見える。
宏子は勢いよく立ち上がった。
<あ、いや、その、だからあくまで例えであってね、ああっ、その、何か誤解を招く言い方しちゃったかな? あはははは…>
<…>
宏子が立ち上がったせいで、ニ人の体勢は、まるで抱きしめあう恋人同士のような状態になった。
<あ、その…>
<…いや、別に、そういう意味じゃないよな、もちろん?>
宏子が目を上げる。数センチ、あるいは0.数オキの距離を隔てて、変な奴の緑色の瞳がある。
<…その…プオ? 私、…>
<…>
<…その…>
<…宏…子?>
宏子は手を置いたまま、その目を見つめ続ける。宏子は息を吸った。
<…ビックリ、しないで、聞いてね? …プオ。…その、私、実は…>

シュウウウウウウウウウウウウウウウン…。
その時ニ人の横に青い光が現れた。


ブズズ、ブズズズズ…。
<っ!>
振り向くニ人。噴出す光の向こうから、浮上したモンスターが姿を現す。
プオラギイックは手首の端末のスイッチを押し、バーチャルタッチパネルを操作しだした。
<…系の魔術は解除してるよな?>
<してる。私が止めるから呼んできて! 四人を!>
<安心しろ。今呼んでるし、呼ばなくても1分もしないで来るぞ。家のすぐそばなんだから。>
<…そうだね。おっと!>
シュウウウウウン、ブシュウッ。
モンスターから放たれる光の弾をよけるニ人。
<ったく、デリカシーの無い奴は嫌われるよっ!>
宏子はパンツのポケットからイハッジャを取り出す。
<気律の力を我の頭上に。フィア・ディシュ!>
イハッジャの石から光が溢れる。それと同時か、むしろそれより早いほどの勢いで宏子の体からも溢れる赤い光。宏子を包む光の大きな球からレーザーのような光が何本か前方に放たれ、宏子の数十センチ向こうでそれらが一つに集結する。そしてそこに直径十数センチの球ができ、何かにはじかれたように前方に飛び出していく。
ズブズブブブ…。
「…ちっ」
宏子の放つ光の弾を飛びながらよけるモンスター。
シュウウウウン、ブシュウ、シュウウウウウウン、ブシュ、ブシュウッ。
「わ、わわ、わっ!」
モンスターからの青い光の弾の雨に、足をじたばたさせる宏子。
<宏子、俺が道の向こうへ走っていくから、お前はそっちの芝生の奥の方から狙うんだ。>
<そんなのあんたが危ないじゃん! 地面であたふたやっても埒あかない、私、飛行するよ、翼無しでも多少はジャンプ出来るでしょ。>
<駄目だ。お前の飛行を実戦で見るのは色んな意味で寿命が縮む。>
<大丈夫だって! いざってときはあんたが何とかしてくれるでしょ? 向こうへジャンプ! ザナ・キュディヌ・ヒオ!>
シュウウウウウウウウウウン…。
<お、おい!>
光に包まれた宏子は浮かび上がり、モンスターと対峙する。

<悪いわね、遅れたわ!>
ジュチャ達が東公園の遊歩道を駆けてやって来た。
<って、浮いてるの? 実戦で?>
空中を見上げるジュチャ。
<…俺は止めたぞ。>
「うわたああああああっ!」
叫びながらモンスターの横をかすめ飛んでいく宏子。モンスターは光を何度も放つが、宏子の素早い動きに追いつけない。
<「うわたあ」って、何?>
<後でゆっくり説明するよ、ビデオで。>
リジュワナに念じるモニク。
<あ、皆来た? 好きな時にやっちゃって! フィアアアアアアアア、ディイイイイイシュ!>
シュウウウウウウウン…ブシュウッ。
宏子の声に合わせて、魔法少女達が光の弾を放つ。

ブシュウッ、ブシュウッ。
その内のいくつかが命中する。動きを止めるモンスター。
シュウウウウウウウン…。
<もういっちょ、フィア・ディシュ!>
飛行する宏子から放たれた特大の光の弾に飲まれるモンスター。

<…ふう。>
地上のプオラギイックは、それを見て息をついた。地上の様子に気付く宏子。
<ね、プオ? もう飛ぶのだって、別に問題無いでしょ?>
ブズズズ…。
<あっ、宏子避けてっ!>
<え?>
ジュチャの念に前を見る宏子。
<くっ! ヒア・エンティフ!>
光に飲まれ消え行くモンスターから、細かな光の粒子のような物が最後に吹き出された。思わず腕を顔の前に構える宏子。宏子の体の周囲の赤い光の球が一層光る。
ブズブズ、ブズ…。
光の中に、モンスターが消える。

シュウウウウウウン…。
それと同時に赤い光を失い、急降下していく宏子。
<宏子っ!>
宏子の落ちる方向へ駆け出していくプオラギイック。リジュワナがいつものように無言で干渉弾を撃つ。
シュウウウウウン…。
紫色の光のクッションに落ちる宏子。宏子の体はまるでゼリーの中に落ちていくように、音も無くゆっくりと地上に降下する。駆け寄ったプオラギイックが、その宏子の体を抱きとめる。宏子は仰向けに寝る格好で、目を閉じていた。
<おい、宏子大丈夫か? 宏子っ?>
プオラギイックは宏子をそのまま芝生の丘の斜面に寝かせる。宏子の胸に耳を当て、心音を確かめるプオラギイック。
<ねえ、ひーこちゃん、しっかりして。ひーこちゃん?>
<大丈夫ですよ。やられる直前に、しっかり「ヒア・エンティフ」って防御をかけてます。>
宏子の肩を揺らすモニクに、アリーザが念じる。
<でも今、いかにも「やられました」って感じの着陸の仕方だったけど?>
リジュワナの念に、アリーザが冷たい目を向ける。
<…希望が無くなる言い方をしないでください。>
<リジュワナちゃん、なんでそんな酷い事言うのっ!>
<酷かったかしら? 事実でしょ?>
「う、うーん…」
中央からの声に、彼女達は全員顔を向けた。
宏子が目を開け、眉をひそめる。「うーん」と唸りつつ、周囲を見回す宏子。
<ああ、ひーこちゃん、気がついた! 良かったー、ひーこちゃん、大丈夫? 痛い所とか無い?>
<…>
モニクを見て、不思議そうな顔つきになる宏子。
<宏子…急に落ちたけど、大丈夫だったか? 防御に全部力を回して、飛ぶのを忘れたとか言うなよ?>
もう一方から響いてくる念に、宏子は顔を向ける。
<…>
<…宏子?>
「キャ、キャアアアアアアアッ!」
宏子はプオラギイックを突き飛ばして、立ち上がって歩き出そうとし、そのまままた倒れて芝生に尻餅をついた。
<だっ…相変わらずお前は凶暴な…>
念じかけたプオラギイックは、宏子の表情を見て念を止める。
<…宏子?>

尻餅をついたまま彼等を見回す宏子の表情は、恐怖に震えていた。
「あ、あの…あなた達は誰ですか!?」

続く



Written by FML (AKA Franken).
Ver. 1.00 on 2002/7/3, Ver. 1.07 on 2002/7/5.

<読者さんからのお便りコーナー! イイェー! パチパチパチパチ!>
<…イイェー。>
<今日は、板橋区にお住まいの「モニク親衛隊隊長」さん。ありがとう! えー、「皆さんは、魔法少女以外でなりたかったものは何かありますか?」、だって!>
<別に、魔法少女もなりたかった訳じゃ…>
<うーん、私は女スパイかな! 次! イイェー!>
<…イイェー。>
<岩手県胆沢郡にお住まいの「モニ子の笑顔にメロメロ」さん。愛してる! 「皆さんはクザラル人が好きですか?」、どう思う?>
<正直、よく知らないじゃない、私達。クザラル人って、>
<同感! 次! イイェー!>
<…イイェー。>
<四日市市にお住まいの「眼鏡を取ったリジュワナにハァハァ」さん。…コロヌ! 「何で敵と戦ってるんですか?」…はあ? あーあー、くっだらねえー。>
<…でも、確かに疑問じゃない?>
<え?>
<次回、魔法少女佐藤第8話、「昔話で魔法少女」。お楽しみに。>
<…>
<…>
<…イイェーって言わないと!>
<……イイェー。>



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