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白いもやの向こう、何者かの影が見える。
こちらに視線を向けながら、何かを彼等は話している。しかしそれは決して嫌な感じではない。むしろ、もっとこっちを見て欲しいように思えてくるような暖かな視線だ。
そして宏子は、彼等が自分の両親である事をその暖かな空気から感じた。
そうだった。目の前にいるのはお母さんと、お父さんだ。どうして今まで気付かなかったのだろう。
しかし、気付かなかったのはある意味当然だった。ニ人の顔ははっきりとは見えない。現実には、宏子は少なくとも自分の母親の顔は覚えているし、もちろん父親の顔も写真で見て知ってはいるのだが、ここでいうお母さん、お父さんの顔は当然それではない。…何故当然なのかは分からないが、宏子はそれが当然と感じた。とにかく、結局ニ人の顔は見えない。それどころか何を話しているのかも聞こえない。宏子はニ人を見ようと彼等に近づこうとする。
近づいたような気がする。というか、自分は近づこうと動いているのだから結果として近づいたはずだ。前よりニ人の影が大きくなっている気がする。
「お母さん、お父さん?」
宏子は声をかけた。
前方のお母さんかお父さんかがそれに気付き、優しく微笑むと、いつものように宏子に子守歌代わりのお話を聞かせた。宏子は思う。そうだ、私はこれが聞きたくて声をかけたんだった。
「…彼等を襲った怪物は、いつまたやってくるか分かりません。」
そのお話は、確か長い戦いに負け続けている人々についてのものだった。でもそのお話は、決して悲壮なトーンのものではない。何故ならこの先には、形勢逆転への希望があるからだ。
しかし、何故怪物は、そもそも彼等を襲ったのだろう、と宏子は思った。
「それは、彼等が怪物だからです。」
それは答えになっていない。
「逆に言うと、彼等は理由も無しに人を襲ったので、怪物とよばれたのです。」
今度は分かるような気がする。宏子は納得して先を促した。
「…だから宏子、希望を失ってはいけません。いつも私達は、あなたを見守っていますから。」
−そう、このお話はいつもそう締めくくられていた。でもいつも、何が言いたいのかはっきりしないままにこの物語は終わる。怪物は「怪物」で良いとしても、彼等(私達)というのは誰なのか。どこの、いつの時代の話なのだろう。彼等が見守っているのは私で、これははっきりしているんだけど…。
−そもそも、ここでの私って、一体誰なんだ。話の流れからいえば、私もその物語をよく知っている当事者らしいんだけど…。
宏子はそんな事を思いつつも、希望を失ってはいけない、というところでいつものように何となく納得して目を閉じる。

「…」
そして宏子は夢から目覚めた。


魔法少女佐藤

第8話「昔話で魔法少女」


「…だから、どう頑張ってもいたずら電話ばかりだから、もう携帯電話だけにしようと思うのよ。…あ、リジュワナ、ノーノー、ディス、リジュワナ。ディス、サラダ、ソーセージ。モニク。」
トースターの乗った皿を両手で運びながら、真紀子はリジュワナに首を振ってみせた。
「Oh. Pardon me.」
頷き、ソーセージ入りのサラダの皿をモニクの前に置くリジュワナ。
「本当、何で皆分かるのかが不思議よね。私はテレビに1回も出てないのに。でも嬉しいのは、野菜とか安くしてくれたりするのよ。あれはちょっと助かってるわ。」
「…」
<…宏子。>
「…あ、え?」
宏子は伏せていた目を上げ、リジュワナと真紀子を見回した。
「あ、う、うん。…そうなんだ。」
宏子は思い出したように頷き、真紀子に愛想笑いを返した。
「…」
「…」
無言で見詰め合う母と娘。
「…あなた誰? 宏子じゃないでしょ?」
「えっ? わ、私は宏子だよ。な、何変な事言ってるのお母さん?」
「…」
慌てる宏子。真紀子はむしろ、その返答に不思議そうな表情を見せた。
「…あら、今日は随分ヒネったボケを返してきたわね…」
「え、え…?」
「普通ならそこで「そう、実は私はどこどこのお姫様だったのよ!」位の事を言うのに、今日はわざと宏子らしくない口調で「宏子だよ」、とは…宏子、考えたわね。」
「え? …あ、う…うん…あの、早く食べようよ、お母さん?」
「ほう…一貫してその口調を貫くか…」
真紀子は感心した様子で腕組みした。
「い、いただきまーす。」
トーストを口に入れる宏子。
「...Itadakhimashu.」「I...tedakimasu...」
ニ人の外国人がそれに続き、朝食を食べ始める。
「はーい、召し上がれ。「宏子」さんも、召し上がってね。」
「う、うん…」
こくこくと頷く宏子。
「…ああ、そういえば宏子、」
「な、何?」
怯えるように顔を上げる宏子。真紀子は先程までとは違う声のトーンで、宏子を見つめながら話す。
「例の話ね、宏子達だけで一人暮らししたいって。あれ、やっぱり駄目ね。魔法が使えますって言ったって、所詮あなた達はまだ子供なんだから。将来の進路とか考えた上での話しだったらまだ考えようもあるけど、そういう事じゃないんでしょ?」
宏子はぽかんとした様子で真紀子を見る。
隣のリジュワナが、コーヒーを飲みながら軽く息をついた。
<ああ…今それを言うのね、真紀子さんも…>
<…どう、答えれば良いんですか?>
<ひーこちゃんは、絶対親元は離れるって言ってたけど…>
<そうなんですか? …こんなに良い人なのに?>
「宏子? 何ニ人と目配せしてるの?」
「え? あ、ううん、あの…その話は、その…今するより、学校を帰ってからゆっくりしようよ。」
「…ま、そうね。反論はゆっくり考えた方が良いものね。」
「あ、はは…」
目配せする真紀子に、宏子は曖昧な笑みを返す。モニクはニ人を心配げに見る。
<…真紀子さんもテレパシー分かってくれれば、いや、英語だけでも分かってくれればひーこちゃん助けられるんだけど…向こうに通じない翻訳機っていうのも、どうかと思うよね…>
<…>
モニクは自分の向かいに座るバングラデシュ人に目をやった。
<リジュワナちゃん、悪いって言う訳じゃないけど、よくこんな時に平気で食べてられるね…>
<こういう時って、今は朝食時よ。>
トーストから目を上げたリジュワナが、それを口にくわえたまま念じた。


制服姿の宏子達は、学校の廊下を歩いていた。
周囲を見回す宏子。長年のいい加減な掃除の蓄積で埃のたまった廊下と、そこを歩く他の生徒達が目に入る。
宏子はリジュワナの袖を軽く引っ張った。
<あの…ホクさん、何だか、皆がこっちを見ているんですけど…>
<魔法少女っていう事で注目されてるのよ。…そうでなくとも、私達「外人」はいつも周りからジロジロ見られているけどね。>
<あ、…すいません…>
リジュワナは宏子の方に振り向く。
<…いや、あなたがどうっていう事じゃなくて。>
宏子は目を伏せる。
<すいません…私、何も覚えてなくて、今は自分の事で精一杯で、だから、ホクさんの気持ちまで察する事が出来なくて…本当にすみません! 私、目が覚めたら急に全部忘れてて、本当に皆さんには申し訳ないと思っているんですけど、でも、私、どんなに頑張っても何も思い出せなくて…だから私自分の事しか考えてなかったんですけど、ホクさんだってずっと>
<…あの、分かったから。全然気にしてないから、あなたも気にしないで。>
前を歩きつつ、大分顔を引きつらせているリジュワナが宏子に念じる。
<…あ! すいません! また私ホクさんの気持ちも考えないで一人でペラペラと念じ続けちゃって…>
<…大丈夫だから。>
宏子と美耶の前を、リジュワナとモニクが歩いている。
<…>
<…何よ。>
自分の顔を覗き込むように見るモニクに、リジュワナが多少不機嫌そうに念じた。
<別に? 誰も、普段の喧嘩相手がいなくなって何だか寂しそうだなー、なんて思ってないよ?>
「フッ」と鼻で笑うリジュワナ。
<…別に。私は宏子と友達っていう訳じゃないし、もちろん有能な魔法少女だったって事は認めるけど、性格的にはどうかしらね。子供っぽいっていうか、女性らしくないっていうか…私は宏子みたいなのが典型的な魔法少女だと思われたら、同僚としてちょっと>
つん、つん。
<何?>
背中をつつかれる感触に振り返るリジュワナ。
<うっ…>
そこには指を前に突き出して膨れっ面の美耶と、今にも雫をこぼし落としそうにして目に涙を溜めている宏子がいた。
<あ…あの、違うのよ。だから、私は今の宏子はとてもおしとやかで好感が持てるって話をしてたの、ね?>
リジュワナは無理矢理笑顔を作って、宏子に頷きかける。
<でも…今の話だと、本当の私は、ホクさんにとっても迷惑をかけていたみたいだし、その事を反省もしていなかったっていう事なんですよね…?>
<ち、違うの。その…本当は私も好きだったのよ、宏子が。だけど、ええと…あ、そう、嫉妬してたのよ! あなたが余りに魔法少女としての才能に溢れてたから、ちょっと羨ましくてね。ね、ね?>
<はあ? ゴーイングマイウェイな事ではアリーザちゃんにもヒケを取らないリジュワナちゃんが、人に嫉妬?>
<あなたは黙ってて良いから。>
隣のフランス人を肘でつつくリジュワナ。
<そ、そうだったんですか?>
<そ、そう、そうだったのよ。今となっては、私も自分の心が狭かったと反省しているわ…。>
リジュワナは宏子に何度も頷く。
<へえ…私、そんなに魔法少女として活躍していたんですね…>
宏子は自分の両手に目をやって念じる。
<…わ、ひーこが魔法少女って呼ばれて喜んでる…>
隣を奇異の目で眺める美耶。モニクはいつものように能天気に笑って念じた。
<ま、確かにリジュワナちゃんもひーこちゃんの事心配してるのは事実だよね。いつもはとっとと一人で登校していっちゃうのに、今日はひーこちゃんとぴったり一緒なんだから。>
<あなたもでしょ。>
<うん、私はひーこちゃん大好きだから、やっぱり心配で。もちろんリジュワナちゃんもそうなんだよね?>
ぐい、とモニクが顔を近づける。
<うっ…そ、そうね、心配よ。>
<心配で心配でたまらなかったんだよね?>
<ええ、そうね。…大体、記憶が無いんだから、何をしでかしてくれるか分かったもんじゃないでしょ。力はあるのに、それに分相応な頭が無いっていう位困った状態は他に…>
つん、つん。
<ひいいいっ!>
肩の感触に飛び上がらんばかりの勢いで振り返るリジュワナ。目の細い美耶と目に水分をためた宏子がこっちを見ている。
<ち、ちちち違うのよっ!>
<教室ついたよー。>
リジュワナが顔を青くさせると同時に、モニクが場違いなトーンで全員にテレパシーを送った。

教室に入る一行を見て、教室の前方の机に腰掛けていた女子生徒が歩いてきた。
「あ、宏子。こないだ貸したビデオ。今日返却日だろ。」
「…」
「…」
口を開けたまま、宏子は目の前のショートカットの女性を見る。
「「めぐり逢えたら」だよ! 前から見たいって言ってたからついでに借りてきてやったんじゃないか。…お前、まさか忘れたとか言うなよ?」
「あ、あの…」
宏子は手を胸につけ、困った顔で相手を見た。
「…宏子?」
眉をよせる志穂。
「あ、あの、志穂ちゃん、ごめん、私がひーこから聞いて、思わず無理に借りちゃったの! だから今、志穂ちゃんのビデオ、実は私の家にあるんだ。」
「え、そうなのか?」
美耶が宏子と志穂の間に割って入る。志穂は少し意外そうな表情を見せる。
「…でもお前、ああいうベタベタラブロマンス系の映画って駄目だったんじゃないのか? 見ている内に笑いが止まらなくなるんだろ? ホラー系以外は映画じゃないって言ってたじゃないか。」
「ホラーじゃなくてサスペンス。…それはそうなんだけど、その…たまにはそういうのも見るのもいいかな、と思ってね? 気分転換にね。」
「ふーん…」
「ごめんね。延滞料金は私が払うから。」
「まあ、それは別に良いけどさ…」
美耶の影に隠れる宏子を、志穂はじろじろと見る。
「何なんだ、この新キャラは。そこはかとなくムカつくんだが殴っていいよな?」
「な、何言ってるのかな?私はいつも通りだよ?」
「お前はな。」
そう言いながら、志穂は首を左右に動かし、美耶の背後の宏子を見ようとする。それを巧みにブロックする美耶。
「ふふ…」
「あはは…」
サッ。
「あっ」
「…おい。」
素早く一歩を踏み出し、美耶のブロックをかわした志穂が、宏子の腕をつかむ。
「宏子? お前は、何か私にコメントないのか。ごめんなさいとか、今度何かお詫びにおごるとか…」
「あ、あ、あの、は、はい、す、すいませんでした、はい。」
怯えた顔で勢いごむ宏子。
「…だから、何なんだ、その気持ち悪いキャラは。」
「わ、私気持ち悪いんですかっ! そんな、志穂さん…いくら何でもそれは、酷いです…」
「志穂…さん?」
顔を硬直させた志穂が、ゆっくりと繰り返す。宏子は何かに気付いた様子で首をふった。
「…あ、志穂、ちゃん。志穂ちゃん!」
「…」
硬直したままの志穂。
「…え?」
「…「志穂」。」
「あ、志穂。…え、「志穂」って呼び捨てなんですかっ!?」
美耶の言葉をおうむ返しに繰り返した宏子は、それに驚いて美耶に聞き返す。
「…」
「どういう事だ、美耶?」
「えっと…」
「志穂、すいません! 全部私が悪いんです!」
「…ああ、確かに全くその通りだと思うけどな。」
両手を腰に当てて志穂が頷く。
「でも志穂、あなたは私の友達なんですよね?」
「は、は?」
「なら…忘れないでください。私はあなたの事を大事に思っていますから。今さっきあなたの顔を見た時に、はっきり分かったんです。何だか怖い人だけど、でも、確かに見覚えのある人だな、って。それどころか、あなたを見ていると心のどこからか温かい感情うがっ」
ゴンッ。
笑顔を作りつつ宏子に手刀をくらわせる美耶。
「あはは、ひーこ、今日はちょっと悪ノリし過ぎだぞ?」
美耶は頬をひくひく言わせながら笑顔を作っている。
「…す、すいません…」
「…」
唖然とした様子でそのニ人を見ている志穂。
<相変わらず楽しそうね。>
<これを「楽しそう」って言えるリジュワナちゃんの図太さが羨ましいよ…>
モニクが苦笑する。
<駄目よ。少しでもこの状況に精神的に引きずられてごらんなさい、胃にいくつ穴が開いても足りなくなるわよ。>
<はは…>
ブルブルブル…。
力なく笑うモニクと自分の席に向かおうとするリジュワナは、ふと止まってお互いを見た。
<…震えたよね、今?>
腕につけた端末の表示を見るモニク。リジュワナが頷く。
<…場所は体育館のようね。さっそく行き…>
念じかけて、リジュワナは宏子の方を見る。
<あ、あの…>
<魔力のコントロール法を知らない今の宏子を連れて行く訳にはいかないわね。>
<え? でも、ひーこちゃんここに置いておく訳にもいかないよ? もしモンスターがこっちに来たら危ないし…>
<そうね…ああ、モニク。あなた確か、宏子が「大好き」で「心配」だったわよね? それじゃ、ここで宏子を見ていてちょうだい。>
<え、え? ちょっと待って、リジュワナちゃん一人でモンスターと戦うの?>
<どうせジュチャは瞬間移動で来るでしょ。アリーザは来れるかどうか分からないけど。>
<でも、それでも危ないと思うよ?>
リジュワナに咎めるように念じるモニク。深刻な表情の宏子がニ人に近づく。
<い、今、その、例のモンスターが来ているんですか?>
<…ええ。>
<わ、私、戦います。…確かに元の佐藤さんの記憶は今の私にはありませんけど、でも、もしかしたらコントロールは体が覚えているかもしれないし、それに、私がいなかったら戦力は落ちるんですよね?>
<…>
<…>
リジュワナとモニクは、無言でお互いの顔をしばらく見た。
<…分からないわ。あなたが足手まといになる可能性も大いにあるし。>
<え…>
<リ、リジュワナちゃん…>
リジュワナは首を振った。
<駄目ね。今のあなたが戦うのはリスクが大きすぎる。>
<そ、そんな…>
目を落とす宏子。
<リジュワナちゃん…>
<…大丈夫。私も今まで練習をサボってきている訳じゃないのよ。それなりにNKも上がっているし。>
リジュワナはモニクに顔を向けて念じる。
<でも…>
<どうしても駄目だったら、モンスターごとこっちに駈け込んでくるから期待してて。>
<あ、ちょっと!>
リジュワナは右手を上げると、そのまま足早に教室を後にした。


シュウウウウウウウウウン…。
「Huh? Oh, everyone, go, go! Hurry up!」
体育館の入り口から青い光が漏れている。同時に体育着姿の生徒達がぞろぞろと何人も出てきていた。入り口にやってきたリジュワナは生徒達に大声を上げ、ジェスチャーで遠くへ行くよう伝える。
「あ、ユー・アー・リジュワナ? ファイト! ユー・ウィン!」
「Ah? Ah, hai, doumo. Wakatta.」
声をかけてきた男子生徒に頷くリジュワナ。リジュワナは人波をかきわけて体育館の中に入った。
シュウウウウウウウウン…。
光に包まれて浮いているモンスター。そこから4、5メートル離れた所に、同じように光に包まれて浮いているジュチャがいる。
<…>
シュン、ブシュウッ、ブシュウッ。
リジュワナは無言でイハッジャを構え、左手をそれにかざすと連続で何度も紫色の光の弾をモンスターめがけて発射した。
ブズ、ズブブ…。
舌らしき部分を震わせるモンスターは、それを意外なほど機敏によけて体育館内を浮上する。
<…え?>
ステッキを持っているジュチャが下を向き、軽く眉を上げた。
<…一言言ってよ。私に当たりかけたじゃない。>
<急にやった方が当たるかと思ったんだけど。>
リジュワナは浮くのは苦手なのか、走って体育館内の端から端へ移動する。
<宏子…はともかくモニクは?>
<宏子はここには来させられないし、宏子だけじゃ危ないからモニクにいてもらってるわ。…!>
シュウウン、ブシュブシュブシュウッ。
<っ…>
モンスターがふわりと移動し、リジュワナに弾の集中砲火を浴びせる。うずくまるリジュワナ。体を包む紫の光が光の弾をいくつも吸収する。
<大丈夫っ!?>
<…ええ。やられるのは慣れてるから。>
立ち上がるリジュワナ。
<それは良かったわ。じゃあリジュワナ、私がおとりになるからその隙に>
ブシュウッ。
<逃げて…>
<…>
ジュチャとリジュワナは、体育館入り口の方に顔を向ける。
ブシュウ、ブシュウッ。
髪の毛をなびかせて、アリーザがステッキの先から緑の光をモンスターに向け放っていた。
<…あなた達はそれが挨拶か何かなの?>
<こんにちは。>
普通の姿勢に戻り、歩いてくるアリーザ。
<…良いじゃない。それが上手くいったみたいだし。>
<…>
ジュチャはモンスターを再び見る。
ブズ、ブズズズズ、ブズ…。
アリーザの弾が一つ命中したようで、モンスターは明らかに弱った様子で体を傾けている。
<…>
リジュワナはすかさずモンスターの前に歩み出た。
<気律の力を、我の頭上に。フィア・ディシュ。>
シュウウウウウウン…。
リジュワナの持ったイハッジャから光が溢れ、やがてその先から出た弾がモンスターに向かってはじき出される。
シュウウウン、ブシュウッ。
光に飲まれるモンスター。
ブズ、ブズズズズズ、ブズズ、ブズ…。
モンスターから光のシャワーのような物が発せられる。テレパシーを発するジュチャ。
<宏子の時と同じよ! リジュワナ、気をつけて!>
ジュチャは同時に干渉弾をリジュワナに向けて撃つ。同じく干渉弾を撃つアリーザ。
<ヒア・エンティフ。>
そう念じながら両目を閉じるリジュワナ。リジュワナは光に包まれた。

「…」
目を開けると、リジュワナは体育館に一人で立っていた。リジュワナは周囲を見回すが、モンスターも、ジュチャもアリーザもいないようだ。
体育館はやけに静かだった。元々静かな時は奇妙なほど静かな場所だが、それにしても普通は、晴天の昼間なのだから校庭から多少の喧騒は聞こえて良さそうなものだ。
「…」
周囲を見回すリジュワナ。
−ここには何も無さそうね。…宏子、大丈夫かしら。校舎に戻らないと。
「っ…」
後ろを振り返ると、目の前にモンスターが浮いていた。

ズブ、ブズズズ…。
「…今日は大漁の日みたいね。」
ベンガル語で呟きながら、リジュワナはスカートのポケットに手を入れる。
「…え?」
しかし、手にイハッジャの感触がない。周囲を見回すリジュワナ。
…ミ…ナ…。
「…?」
何かが聞こえたような気がした。リジュワナは自分と対峙するモンスターを改めて見る。
「…あなた、普段と格好が違うじゃない。」
よく見ると、黒い巨大な昆虫のようなそれは、いつもの鎧というか装甲というかを身に付けていない。いや、身につけているのだが、いつもの物と微妙にその形状が異なっているのをリジュワナは見て取った。一言で言うと、いつもの物より形状にデコボコが少ないようだ。
…ミナ…イ…。
神経がささくれ立つような不思議な感覚と共に、また何かが聞こえる。
「もしか…して…。まさか…そうなの?」
リジュワナは眉をひそめ、目の前のそれを睨む。
「…イ…ミ…ナイ…」
「喋っているのは、あなたなの…?」
「…イミ…ナ…イ…コウ…ゲ、キ…ココ…チ…ガウ…ゲン…ジ、ツ…」
モンスターが唇を震わせると、それに従い声が聞こえた。それはテレパシーというよりは、ただの下手なベンガル語に聞こえる。
「あなた…喋れたの? そんな話は聞いてなかったんだけど。」
「…チ…キュウ…テ…」
リジュワナは、ふと周囲を見た。体育館が「ゆらいで」いるような気がしたからだ。モンスターが「これは現実ではない」と言ったので、この世界が全て虚構に思えてきたからなのかもしれない。
−実際、今私が見ているのは虚構なのだろう。という事はやはり、モンスターに言葉を解するような知性は無いという事か。でもそれなら、今私が見ているこれは誰が作った虚構だろう?
「…キュウ…テ…キ…」
「…そうね。あなた方にとって地球人は許しがたい敵のようね。どうせなら、その理由も聞かせてもらえると嬉しいわ。」
「テ…キ…チキュ…ウ…」
「…」
徐々に、モンスターの姿自体が「ゆらぎ」始めている。
「チ…キュ…ウテ…キ…ク…ザ…ラル…」
「…え?」
リジュワナは目を見開いた。
「どういう意味、もう一度繰り返してくれる?」
「ク…ザ…ラ…ル…テキ…チ…キュウ…テ…キ…」
「あなた方にとって地球とクザラルが敵って言いたいの、それは?」
全ての景色が揺らいでいく。
「…カンガ…エ…ロ……ジ…ブン…コ…コ…」
「ちょっと、今消えないで! ちゃんと説明して! 何が言いたいの、あなたは!」
声を上げるリジュワナ。モンスターと、周囲の景色がぐにゃぐにゃに混じっていく。
「…テキ…チキュ…ウ…ク…ザラル…」
「ちゃんと教えて! 誰が誰の敵なのよ!」
「…ジブ…ン…ジ…ブン…コ…ココロ…チ…セ…イ…カ…ンガ…エ…ウ…ソ……シ…ン…ジ…」
目の前のモンスターが、体育館の壁が、窓が、バスケットコートが、床が、自分の体が歪んでいく。
リジュワナはありったけの声で叫ぶが、それはもう何の声も生み出さない。

「...naaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
<リジュワナ、しっかりして、リジュワナっ!>
そしてリジュワナは目を開けた。

<リジュワナ、大丈夫? リジュワナ?>
<…>
リジュワナは無言で、自分の肩を揺らすジュチャを見る。
<リジュワナ…私の名前、分かるわよね?>
<これだけ冷静なんだから、その心配はいらないとは思いますけど…>
アリーザが上から覗き込んでくる。
<でもこの子の場合、驚いても外ヅラ無反応だから、よく分からないじゃない!>
<…>
無言で眉を動かせるリジュワナ。
<…そういう問題なんですか?>
アリーザが苦笑する。
<…全部覚えているわ。多分ね。…ごめんなさい。>
ジュチャの手をどかし、リジュワナは立ち上がった。
<どの位気を失っていたの、私は?>
<え…何秒でもなかったわ。2、30秒。…あ、クザラル秒でね。>
<つまり地球秒で2、3秒? もっと長く感じたけど。>
<本当に、何も忘れてない? 私が誰だか分かる?>
<変な宇宙人。>
リジュワナはジュチャを指差して念じた。
<…は?>
<それからこれが変なアメリカ人。向こうの校舎に、変な日本人と変なフランス人。…全員正解でしょ?>
<…>
<完璧です。>
アリーザは感心した様子で頷いた。


A-Sato Ltashofe Yde Ilne

Episode 8: Reconsider

男性司会者が深刻な表情で女性レポーターに聞き入っていた。
「まだあります。佐藤さんの急変疑惑、その4。報道陣に挨拶をするようになった!」
レポーターがフリップにのりづけされた紙をはがす。
「ご存知のように、今まで佐藤さんは報道陣の面々に余り好意的ではなく、カメラ等も無視されていたんですが、昨日挨拶をされたと証言するカメラマンやディレクターが現れました!」
「ほう…」
レポーターは更に声のトーンを上げる。
「それどころか、歩く時にスタッフとぶつかりかけて、スタッフに「すみません」と言ったという話まであるんです!」
「そんな! …佐藤さんがですか? 人違いじゃないんですか?」

<す、す…すみません…>
段ボール部屋のベッドに座る宏子はうるうるしながらブラウン管に謝っていた。
<…何に謝ってるのよ。>
<す、すいません、何だかテレビを見ていたら、元々の私が随分傍若無人だったようなので…>
宏子は隣のリジュワナに頭を下げる。
<…別に、今のあなたが謝る事じゃないでしょ。ほら、頭を上げて。>
<あ、す、すいません!>
<…>
返事の代わりに軽く息をつくリジュワナ。
<記憶、戻らないのかな。>
床のモニクが、ため息まじりに念じる。
<そうですね…私も、皆さんを思い出したいとは思うんですが…>
宏子がうつむく。アリーザが魔法少女達を見回して念じた。
<元々知り合ってたいして経っていないんですし、今から新しく皆さんで知り合っても良いんじゃないですか?>
<私達はそれでも良いかもしれないけど、真紀子さんとか、美耶達は報われないわよ。今までに沢山の思い出の積み重ねがあるでしょうから。>
<確かにそうですね。>
アリーザはリジュワナに頷いてみせた。
<思い出か…私って、昔から幸田さんとか石戸田君と仲が良かったんですよね? じゃあ、楽しい事も色々あったんでしょうね…>
宏子は遠くの一点を見るような表情で念じる。
<…それよ。>
<え?>
<昔の思い出を聞いたら、記憶を回復する一つのきっかけになるんじゃない?>


美耶が宏子の部屋にやってきたのは、日も傾きかけ、夕方のニュース番組が各局で一斉に始まりだす時間だった。
<ごめん、遅れちゃって。今日は部活だったから。>
<あ、美耶ちゃんシャワー浴びた後でしょ? いつもより色っぽーい。>
がしっ。
<う、うん、シャワーは浴びてるけど、モニクちゃんに色っぽいって言われても何だか実感湧かないよ。>
ドアを開けるなりモニクに抱きつかれて半ば呼吸困難になりつつも、美耶は比較的冷静に返事を返し、宏子の方を見た。
<それでひーこ、用事があるって言ってたけどどうしたの?>
リジュワナが美耶に答える。
<実は、ニ人でアルバムを見てほしいのよ。>
<アルバム?>
抱きつくモニクの頭を撫でつつ、美耶が念じた。

<ここに私の小さい頃からの写真を載せたアルバムがあるんです。>
本棚の下段から、宏子はアルバムを取り出す。
<うん。でも、何で今見るの?>
そう言いながら、美耶は宏子のベッドに座った。
<昔の記憶とかを話したら、私も何か思い出すかもしれない、って、ホクさんが…>
<あ、うん。そういう事か。確かに私とひーこなら色々思い出あるしね。>
笑顔で頷く美耶。
<まず真っ先に思い出すのは、山根病院での…>
念を途中で止め、美耶はアルバムを手にとった。
<…?>
<うわ、ひーこもこの頃は可愛かったんだねえ。>
ページを開く美耶。幼稚園児の頃と思しき宏子の写真が貼ってある。
<そ、そうですか…?>
<あ、ご、ごめん、そういう意味じゃなくて、もちろん今もひーこ可愛いんだけど、って…>
<はあ…>
<…あ、あはは。>
不思議そうな表情の宏子の隣で乾いた笑みをうかべる美耶。美耶はページをめくる。
<…あ、これは小2の時の遠足。市内のぶどう園でぶどう狩りしたんだよ。覚えてる?>
<ぶどう狩り…ですか?>
写真を眺める宏子。幼い顔の自分が、確かにぶどう園らしい場所でニコッと笑っている。
<…でも、この私が持ってるの、ぶどうじゃないですよね…毛虫?>
写真を見た宏子が聞いた。
<そうだよー。しかもこれ一匹じゃなかったんだから。ひーこがこの時見つけた毛虫は、山になってうようよしてたんだから!>
<う…な、何でそんな事に? ぶどう狩りに行ったんじゃなかったんですか? そもそも、私、平気だったんですか? そんなに虫がいて。>
<ひーこは虫全然平気だったから。今もそうでしょ? 虫が駄目なのは私。>
<あ、はあ…>
美耶は軽く、怒ったような口調で念じた。
<で、それを言ったらひーこ目を輝かせて、これでもかって毛虫を探してきては私の方に投げてくるんだよ。ぶどう狩りの時間中延々とそれだったんだから!>
<え。>
<私が「やめて」って泣いて言ってるのに、「あたしは美耶の好き嫌いを直してあげるんだ!」とか訳の分かんない事言って、ずっと毛虫を投げてきたんだから! しかも最後は服の中に入れるし!>
<す、すいません! 私、そんな酷い事を…>
<あ、いや、べ、別に今は気にしてないよ? そ、そうだな、他のページを見てみよっか、ね?>
<は、はい…>
美耶はページをぱらぱらとめくる。数ページいったところで美耶は手をとめた。
<あ、これ! 長瀞の遠足だ。小4の時だったっけ。…この時は私行けなかったんだよ。羨ましかったなあ。>
<え、何で行けなかったんですか?>
<この時は入院してたから。>
<ああ…>
<でも、そう! この話は後から聞いたけど。>
<え?>
宏子は写真を見る。大きな岩のたくさんある河原で、水に濡れた宏子と、石戸田らしき男子が写っている。
<この時ね、何でもひーこ、川に流されたんだって。それで、だいちゃんが…あ、石戸田君の事ね、が後を追って川に飛び込んで、それで、大騒ぎになったらしいよ。>
<そ、そうだったんですか…石戸田君も優しい人なんですね、命をかけて私を守ってくれたなんて…>
<ううん、それがね、後から話聞いたら、ひーこはこの時単に涼みたくて川に飛び込んだんだって。で、それ見てただいちゃんも真似したくなって飛び込んだんだって。>
<…え?>
<でも、周りは「流されてる」って大騒ぎになって、というか実際流されてたんだけど、そうこうしてる間にだいちゃんは足つって本当に溺れかけるし、結局ひーこがだいちゃん抱えたまま近くの岩にぶつかって、でも平気でその岩に登ったんだって。それで救助に来た地元の人達に何時間も怒られたんだって。>
<は、はあ…>
頬を引きつらせて、美耶のテレパシーを聞く宏子。
床に座っているモニクが宏子に尋ねた。
<…どう? 何かピンとくるものとか、あった?>
<い、いえ…>
宏子は首を振る。
<私はかなりピンときまくってたけど…>
<…リジュワナちゃんがピンときてもしょうがないんじゃないかな。>
美耶が苦笑する。
<美耶、さっき言ってた、まず真っ先に思い出す事っていうのは何なの?>
<え?>
<言ってたでしょ。山根病院がどうとか。>
<ああ、うん…えっと…>
美耶は宏子の顔をちら、と見てからテレパシーを続けた。
<小6の頃の話だけど。その時も私が入院してて、病院にひーこがお見舞いに来てくれたんだけどね。そこで、何でだか、一緒にお酒を飲もうって話になって。それで夜中、ひーこがこっそりどこからかお酒を持ってきたんだけど、全部ひーこが飲んじゃったんだよね。で、そうしたらひーこ大暴れして、病院の備品とか壊して、しかも最後は…>
<さ、最後は?>
「…」
テレパシーにせず、言葉でぼそぼそ宏子に耳打ちする美耶。宏子は目を見開き、真赤になって首を振った。
<な…だ、駄目です! それは言っちゃ駄目ですっ!>
<あの後ニ人で服とかシーツとか洗ってさあ、大変だったよね、しかもそうこうしてる間に見回りの人は来るし、あの時は焦ったよー。だってねえ、小6にもなって、いくらお酒が入っていたとはいえ、寝てるあ><わ、わああああああっ!>
美耶の念を妨害する宏子。
リジュワナはやや不思議そうな顔で、宏子に聞く。
<…それで。何か思い出す事はある?>
<え? …いえ、何も…。…でも、幸田さん、その話、本当なんですか? それは写真は無いんですよね?>
<あんな事の証拠写真なんか撮りたくないよ。>
<はあ…。>
笑いながら念じる美耶に、宏子は頷いた。
<そんな強い思い出…なのよね?でも何も思い出す事が無いっていうのは、厳しいわね…>
<っていうか、結局何をしたの? その時ひーこちゃんは。>
<え? だから、その夜病院で><うわあああああ、わあああ、ああああああっ>
宏子は再び美耶を妨害する。
しばらく無言で考えていたアリーザは顔を上げた。
<系の魔法なんでしょう。普通の脳障害の記憶喪失の感覚で対応しても、意味は無いのかもしれませんよ。>
<そう…確かにそうかもしれないわ。でも、魔法を解除、簡単に出来ないってジュチャは言ってたじゃない。出来てれば自分がしてるって。>
<ええ、それはそうですが…>
<…>
<…ジュチャさんの言う事を全部鵜呑みにするのも、どうかと。>
リジュワナは少し驚いた様子で、アリーザの顔を見た。
<…どういう意味?>
<いえ、別に信用出来ないと言っている訳ではないんですが…>
<私は「出来ない」と思ってる。>
<…>
リジュワナの念に、アリーザはテレパシーを止めた。
<…で、どういう意味なの?>
<と言って、特に策も無いんですが…>
アリーザは肩を上げた。



→Part B



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