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←Part A


今日はバケツをひっくり返したような雨だった。北高の制服に身を包むモニクは、傘をさしつつも、その雨足に感心しながら遊歩道を進んでいる。
<…あれ? こんな時間にこんな所で会うなんて珍しいね。どうしたの?>
傘をくるくる回しながら歩いていたモニクは、傘をさして電柱によりかかっている人にテレパシーを送った。
<ちょっと、フェヨールさんに話がしたくて。>
<こんな所で私の帰り待ってなくても、携帯に電話するとか、方法あったじゃん。>
<フェヨールさん、携帯電話を持っていたんですか?>
<私は持ってないけど、美耶ちゃん辺りにでも電話してさ…>
<携帯電話はテレパシーは通しませんよ。>
<うん、そうだけど翻訳機があるから何も困らないよ。>
<…>
アリーザは、モニクの念にしばらく考え込む。
<…それは、盲点でした。>
<「盲点」って言うほど難しい事じゃないと思うけど…>
苦笑するモニク。
<話、良いですか?>
<え? うん、それはもちろん構わないけど…でも、私でアリーザちゃんが喜ぶようなネタになるかな? 今んとこ片思いしてる男の子とか、私はいないし?>
天気と対照的な笑顔を見せながら、モニクはアリーザに近づく。
<大丈夫です。今日はそういった話題ではありませんし。何しろ、ホクさんがいます。この三人で、そういった話題で盛り上がるのは困難です。>
<へ? リジュワナちゃんがいるって、どこに?>
<下宿先にです。>
簡潔に答えると、アリーザは一人でスタスタと歩き出した。
<ま、待って。>
慌てて後を追うモニク。
<でも、急に話って何?>
<我らがリーダーの記憶奪取計画についてですよ、フェヨール無資格魔術師。>
モニクは大柄な体を多少かがめてアリーザの顔を見ながら、<ああ>と頷いた。

モニクは身をかがめながらドアをくぐり、呟いた。
「うわ、こりゃ凄いや…」
<何か?>
<…あ、うん、ちょっとびっくりしちゃって。>
周囲を見回すモニク。木造の、吹けば飛びそうな作りのアパートに案内されただけでもギョッとしたが、廊下といい、室内といい、随分といえば随分な物件だった。全体的な汚さや何となく伝わってくる材質の薄さ加減もさる事ながら、一番気になるのは廊下に放置されていた不気味度満点の洗濯機だ。
−ここを思いっきり美化して描けば一刻館に…ならないよなあ。
<何と言うか……汚いね。>
<何て事を言うんですか、私のホテルに対して。>
怒るでもなく、かといって特に笑うでもなくアリーザは肩を上げて部屋に入る。
<そうよ、大体モニク、あなたも人の事言えないでしょ。というかあなたの場合自分の荷物で汚いんだから、あなたの方が問題あるんじゃない?>
<わ、ガミガミさんがいる。>
<…>
アリーザの部屋は家具等も少なく、非常に殺風景だった。その部屋の中に一つあるちゃぶ台のそばに座っていたリジュワナは、無言で眉を上げた。
<まあ、ガミガミさんもボケボケさんも落ち着いてください。エロエロさんが今から説明を始めますから。>
<…>
<…>
口を開いたまま無言で目を向けるニ人の間を通り、アリーザは無表情に床に座った。
真面目な表情で、アリーザはモニクに顔を向けた。
<フェヨールさん。ホクさんと昨日話したんですが、佐藤さんの記憶喪失は、モンスターのかけた魔法が原因です。だから、魔法を解除しなければ記憶が回復する見込みは無いと思うんです。>
<魔法を…解除?>
<二通りあると思うのよ。>
リジュワナが腕を組む。
<一つは、モンスターが記憶を完全に消去した可能性。この場合は私達に手立ては無いわ。無いものを回復なんて、物理的に無理だから。もう一つは、モンスターは、宏子が特定の記憶へアクセスするのを封じるのには成功しているけど、その記憶そのものは消去出来ていないという可能性。これはつまり、私達が普段やっている系の魔法と同じ事ね。だから、何かのきっかけで魔法を解除して、記憶へのアクセスを復活させられれば良いという事よ。>
<うーん…だから、記憶が戻るとしたら、後者しか可能性は無い、って事か。>
<その通りです。>
アリーザが頷く。
<それで…私達は、まだまだひよっ子魔術師で、知識もありませんが、敢えて私達なりの判断で言えば、多分モンスターが行ったのは後者なのではないか、と思うんです。モンスターは今も地球での活動は不自由なようですし、佐藤さんも咄嗟の事とはいえ、あの時防御の魔法を使っていました。そもそも私達の知っている「系の魔法」で相手の記憶を完全に消去するというのは、理論上可能ではあるものの非常に高度で、実戦では殆ど使われない技です。>
<だから、ひーこちゃんの記憶はまだそこにある、って事か。>
<ええ。そしてフェヨールさん、これも昨日、ホクさんと話した事なんですが…そもそも佐藤さんの「記憶喪失」は、記憶喪失ではありません。>
<…は?>
まばたきするモニク。アリーザは続ける。
<いえ、記憶喪失ではあるんですが、恐らくそれだけではないと思うんです。フェヨールさんもご存知の通り、今の佐藤さんは、そもそも別人格です。記憶がただ無くなっているだけではなく、ほぼ確実に、その上に別の人格を上書きさせられている状態なんです。>
<ご存知の通り、って…確かにひーこちゃんは人が変わったみたいだけど、それは単に、記憶が戻らなくて不安になってるからなんじゃないの?>
<それだけで、あそこまでの敬語が説明出来ますか? 人が変わったみたい、ではなく、あれは明らかに心は別人ですよ。モンスターのやった事は、相当高度な系魔法に違いありません。>
<は、はあ…じゃあ、元の人格は? どこに行っちゃったの? まさか、新しい人格に消されちゃった?>
モニクの質問に、アリーザとリジュワナは視線を交わした。
<どうでしょう…正直な所、そこまでは、ちょっと何とも…>
<ただ確実に言える事は、結局、その魔法を解除しない事にはどうしようもない、という事よ。>
<それだけ分かってても…何も分かってない、っていうのと殆ど同じだよ…>
リジュワナの答えに、モニクはため息をついた。
<…要は、どうやってモンスターの魔法を解除するのか、だよね? でも私達じゃ解除は無理なんでしょ?>
<確かに、問題はそこなのよ。昨日私達、美耶が帰ってからプオラギイックを呼んだじゃない。>
<うん。やっぱり、魔法で何とかひーこちゃんの記憶を戻せないかって話をしてたよね。>
<ええ。で、彼は努力はしてるけど今はどうする事も出来ないと言っていたわ。>
リジュワナがモニクに同意しながら念じる。リジュワナはアリーザに目を向けた。
<でも、それをどうにか出来るようになったからここに呼んだのよね、エロエロさん。>
<私はどうにか出来る訳じゃありませんよ。>
肩を上げるアリーザ。リジュワナとモニクは目を見合わせる。
<ですが、フェヨールさんなら何とか出来るかもしれません。ですから今日お呼びしたんです。>
<え、私?>
<ええ。>
アリーザはモニクに頷いた。
<私達には、解除の仕方が分かりません。プオラギイックさんとジュチャさんに聞いても駄目でした。でしたら、他のクザラル人に聞けば良いと思うんです。>
<はあ…簡単に言うけど、私達、クザラル人への連絡手段なんて無いよ?>
難しい表情のリジュワナは首を振る。
<…私達はね。でも確か、ジュチャとプオラギイックはあったわ。>
リジュワナは、自分の腕にはめられた大きな腕時計状の物を指差した。
<これよ。以前ジュチャは、宇宙船から送られてきたニュースデータをこれのバーチャルディスプレイ上に表示させた事があるの。船との通信機能があるのよ、腕端末には。>
<その通りです。というか考えてみれば、そういった機能の一つも無ければ彼等は仕事にならないでしょう、いくら船と簡単に往復出来るといっても。>
<船との通信機能?>
モニクは自分の腕に触れ、目の前にバーチャルディスプレイを表示させる。ディスプレイ上にフランス語で表示されたコマンドメニューを眺めるモニク。
<…ただの「通信」ならともかく…宇宙との通信機能なんて、どこにあるの?>
<私達の物にはありません。削られているんです、その機能が。>
<そう言われてみると、何か引っかかるわね…>
<何がですか?>
<…ううん、独り言。>
唇を噛みながらリジュワナが答える。リジュワナは目を上げた。
<それで…じゃあ、プオラギイックにでも頼んでみる? 船と通信させてほしい、って。>
<多分、もうしてるって答えそうだなあ…。>
<ええ、私もそう思います。>
<じゃあ、どうするのよ。>
<私達でするんですよ。>
アリーザの様子にやや苛立ったリジュワナが聞く。
<私達でって、だから、私達の端末は船との通信機能が削られてるんでしょ。>
<その通りです。>
<プオラギイックに頼んで借りてみる? あなたが自分の仕事をちゃんとやってるか、どうも信用できないからその仕事道具を私達に貸してくれって言って。>
<はは…>
苦笑するモニク。

<そうですね…>
アリーザはふいに、懐から何かを取り出した。
<…まあ、結論から言ってしまえば、プオラギイックさんの端末は今ここにある訳ですが…>
<はあっ!?>
<ええええええええええっ!!>
リジュワナとモニクは念を上げた。
<ちょ、ちょっと、そんな物どうしてあなたが持ってるのよ!>
<ええと…拾ったんです。昨日佐藤さんの家にプオラギイックさんが来られた時に、プオラギイックさんがこれを落としまして。>
アリーザは自分達がつけている物と、見た目はほぼ同一の腕時計型端末を無造作にちゃぶ台の上に置く。
<そ、そんなに簡単に落とすような形態の物じゃないと思うんだけど…>
<本当ですねえ。プオラギイックさんもうっかりしていたんでしょう。>
<…う、うっかりって言葉で済む事なのかな?>
<じゃあ、注意不足でも構いません。>
<いや…そういう問題じゃなくて…>
アリーザとモニクのやり取りに頭を押さえながら、リジュワナが念じた。
<…プオラギイックを呼ぼうって昨日最初に言い出したの、確か、あなただったわよね。>
<え、そうでしたか? すっかり忘れていましたが…>
<…もう良いわ。>
<そうですか。>
軽く頷き、アリーザは端末をモニクに差し出した。
<それでフェヨールさん、これを使って欲しいんです。これなら船と、つまり他のクザラル人と、通信が出来ます。>
<は、はあ…でも、これは…>
モニクは端末を手にとり、空中に現れるバーチャルディスプレイを眺めた。
<フランス語はおろか、英語モードも付いていないような感じ、しない?>
<フェヨールさん、あなた、確かパソコンに詳しかったですよね? 実家には3台パソコンがあるとか? 今、あなたのその知識が必要なんです。>
<そ、そういう理由で私なんだ…でも、流石に言葉が分からないと、どうにも…>
<その辺は、根性で。>
親指を立てるアリーザ。
<…は、はい。…根性で。>
モニクはあとずさりつつ頷いた。


…ピッ、ピッピッ…ピッピッ…ピピッ。
目の前のバーチャルディスプレイの表示を見て、「よし!」とモニクは手を握った。
<ね、ねえ、アクセス出来たっぽいよ!>
興奮を押さえきれない様子でちゃぶ台の向こうに目をやるモニク。
<って、おい。>
「…そんな…所を触ったら…いけません…んぐう…」
畳の床に顔をつけてアリーザは寝言を呟いていた。
<…あ、出来たの。凄いじゃない。>
何かの本を置きつつ、頭が船をこぎかけていたリジュワナがモニクに気付き、目を開けた。
<あ、のね。私はずっとこれにかかりっきりで…>
<で、どうやったの?>
<ん…もう…わ、もうこんな時間経ってたんだ。>
棚にある時計を見てモニクが口を開く。
<で?>
<え? …あ、ああ、これね。>
リジュワナはモニクに頷いてみせた。
<…これだけど、私達が普段使ってる端末は、情報がエウグ語から英語にまず変換されて、それを、私とかリジュワナちゃんの場合は更にフランス語やベンガル語に訳されて表示されてるんだ。つまり、エウグ語から英語への変換プログラムが使えれば、プオちゃんの端末も私達にも使えるって事。>
<でも、その変換プログラムはプオラギイックの端末にあるの?>
<ううん。辞書プログラムはあるけど、インターフェイスの翻訳がサポートされていないみたいなんだ。>
そう念じながらモニクは手元の端末を見せる。
<だから、私の端末からプオちゃんの端末を操作する事にしたの。>
<…意味がよく分からないんだけど、どういう事?>
<私の端末とこの端末は、他の端末同士もだけど、無線で通信しあう事ができるんだ。だから、私の端末からリモコンみたいにプオちゃんの端末を使えば、プオちゃんの端末の機能を持ちつつ私の端末の翻訳機能で地球の言葉に直せるって事!>
<…ええと、やっぱりよく分からないんだけど…>
リジュワナは眉を上げる。
<要は、アクセス出来るようになったっていう事なのね?>
<そう、そういう事! そっちに画面を転送するから、ベンガル語モードで見てみてね。>
腕を構えるリジュワナ。モニクがタッチパネルを操作すると、リジュワナの前に、上が横棒で繋がっているベンガル文字の画面が現れる。
<「1:音声アクセス、2:文字アクセス、3:感覚アクセス」…>
画面を読み上げるリジュワナ。
<…どういう事?>
<さあ、ここから先は、私も今から見るところなんだけど…>
<そう…じゃあ、多分一番無難なのは文字アクセスかしらね。少なくとも3番はいかにも怪しそうで…>
<じゃ、3でやってみようか。>
リジュワナの念を聞かずにタッチパネルを操作するモニク。
<ちょ、ちょっと!>
<「内線ですか? 1:船内 2:船外」。ええと…>
<船内だと、繋がりたくない相手と繋がる危険性があるわよね。>
<だよね。2、と…>
モニクはタッチパネルを選択する。
<「方法を選択してください。 1:番号入力 2:番号検索 3:カテゴリー検索」。番号なんて分かりっこないから…カテゴリーだよね?>
モニクの画面と連動して表示の変わる自分の前の画面を見ながら、リジュワナが頷く。
<え、ええ…>
<「カテゴリー」…あ、なんか一杯並んでる。凄い! アクセス出来てるよ!>

モニクの目の前には、多種多様なジャンルの箱のようなイメージが表示されていた。目の前というより、体全身を覆うように上下左右、全ての場所に色々な箱が置かれている。
モニクは、床や天井や壁の無い、ただ真白な空間の中で浮かび上がっていた。
その空間の中を情報の箱が漂い、時折箱から矢のような筒が外に放たれ、他の箱に行ったり、逆に外から筒が箱に飛んできて吸収されたりしている。その様子は都市間を結ぶ高速道路のようにも見えるし、体をめぐる血管のようにも見えた。
「わ、凄いよ、これ…でも、基本はヤフー!みたいなもんだよね?」
周囲の箱を眺めるモニク。
「こっちが地域、こっちが業種、こっちがテーマフォーラムなんだ…。えっと…」
モニクは「テーマフォーラム」と表示された一群の箱の方に近づく。そうすると、その箱の中身が拡散し、各種のテーマの表示された多数の箱がモニクの周りに散らばるように表示された。
「うわあ…」

<…モニク、モニク!>
<え、何?>
気付くと、モニクはアリーザの安アパートに戻っていた。モニクは自分の肩をリジュワナが揺らしていた事に気付く。
<え、じゃないわよ。急に黙りこくっちゃって。大丈夫? 痛みとか、ない?>
<あ、ううん、大丈夫大丈夫。ね、これ面白いよ! リジュワナちゃんも試してみたら?>
<…あなた、本来の目的分かってる? これは、あくまでも作戦行動よ、しかも隠密の。あくまでこれの目的は、宏子の記憶を取り戻す事であって…>
<大丈夫だって。じゃあ、私またアクセス空間に戻ってるね。…あ、何かあったらいつでも呼んで良いよ? それも大丈夫みたいだから。>
<まあ…健闘出来るよう神に祈るわ。>
<任しといて。>
モニクは微笑むと、タッチパネルを操作し、人形のように動かなくなった。
<やれやれ…>
呟きながら、リジュワナはモニクとアリーザを見やる。
−いくら宏子の記憶のためとはいえ、ニ人とも犯罪に近い事をしているっていう自覚はあるのかしらね…。
−…アリーザはありそうね…その上で平気でやってそうなのが怖いわ…。
−でも、これを使えばクザラル星のデータベースとアクセス出来るって事なのよね…私達地球人がどの情報を知らされていて、どの情報を知らされていないのかも…。
リジュワナは自分の腕にはめられた端末を見る。
「…地球。敵。クザラル。…考えろ。自分で…」
口に出すリジュワナ。
−って、何考えてるのかしら。今は宏子の記憶よ。
リジュワナは首を振り、ため息をついた。


「えっと…健康…何だろ、病院かな?」
自分の周囲にある箱を押すようにして、モニクはジャンルを選択していく。
「え…地域別インデックス? 地球なんてある訳ないし…あ、これだ。「オンライン上」。え、まだあるの? えーっと…」
いくつか並べられた項目に目を通すモニク。
「コヌワ・ベチェイ記念病院、トルーグップ第3病院(イートヘイ市)…パ国立保健センター オンライン課、ヒーディジュ病院(ジャヌブテ市)…ああああ」
モニクは頭を抱えた。
「もう、何でもいいか。じゃあ一番上のこれ!」
文字を押すモニク。
同時に白の空間が一変、モニクは屋内の小綺麗なロビーのような空間に立っていた。
「コヌワ・ベチェイ記念病院オンライン窓口へようこそ。今日のご用件はどちらでしょうか。こちらのメニューから選んでいただけますか?」
「う、わっ!」
知らない内に、モニクの目の前にクザラル人男性が立っていた。茶色の肌で、いわゆるクザラル人的なサリーのような服装だ。しかしモニクの目にも、それはプオラギイックがいつも着ているような質素な「普段着」よりも豪華で、着飾った接待用のものである事が見て取れた。
クザラル人の横には、先ほどと同じように文字が並んで浮かんでいる。有難い事に全てフランス語だ。
「えっと…あ、じゃあ3の簡易健康相談(無料)で。」
「分かりました。…科は以下のようになっております。該当する物をお選びください。複数該当する場合、該当する物が分からない場合はお申し付けください。」
男の機械的な応対(恐らくコンピューターによるCG映像なのだろう)と共に、メニューが再び拡大する。モニクはそれを見回す。
「と…あ、系魔法っていうのがあるんだ。えっと、25番の系魔法。」
「かしこまりました。…現在お客様の使われている言語モードは翻訳ソフトの挟まれた状態となっているようですが、当院ではエウグ、カクリカ、ゴン・パネユ、ワニ、ラザンチェ、パ、ニグーワーの各言語でのネイティブ対応が可能となっております。言語モードをいずれかのネイティブモードに変更なさいますか?」
「あ、えっと、良いです、私のとこの言葉、そのどれでもないマイナーな奴なんで。」
「えへへ」と頭をかきながら手を振るモニク。
「分かりました。…担当の者に代わります。少々お待ちください。」
両手をつけ、上にあげるポーズをする男性。つられるようにモニクも同じポーズを返す。男性の立体映像は消え、モニクは一人になる。
やがてしばらくすると、周囲の景色がロビーから普通の部屋に変わった。モニクの前には50代前後と思われる女性のクザラル人が立っている。茶色い肌だ。
「はじめまして。お名前は?」
「え、えーとー…ジュチャと言います。」
こちらは同じ立体画像でも、表情や身振りが自然だ。彼女がモニクのイメージ同様、実在する人物のバーチャル世界上での投影なのはほぼ間違いない、モニクは直感的にそう感じた。
「そう。随分白い肌してるわね。」
「え、あ、はい…」
「…あなた、その見た目からすると、もしかして…」
「いや、あの…」
「オ・ホドウェー人でしょ。」
「…え?」
「違った?」
「あ、いや…はは、分かります?」
「レ・アン・キタ?」
「…あ、お上手ですね。」
「そんな事ないわよ。これしかオ・ホドウェー語知らないしね。でも、昔1回行った事あって。良い所よね? あそこの山々はチュシデャヘ大陸では一番綺麗だと思うわ。」
「あ、は、はい。有難うございます。」
女性の目の動かし方や手の指のしぐさなどが、どこかジュチャを思わせる。というより、それがクザラル人共通のしぐさなんだろうな、とモニクは漠然と感じながら頷いた。
「それにしても、珍しい格好してるわね。今時のファッションなのかしら?」
「え、あ、ええ…ちょっと、仮装パーティーのダンスの練習の途中だったんです。変な格好ですいません。」
「構わないわよ。で、今日はどういった相談?」
「ええ、それが、私の友人で…モンスターの攻撃にあった子がいるんですけど…」


リジュワナは、自分の目の前に表示されたバーチャルタッチパネルを操作していた。
「…感覚、アクセス…」
ピッ。
「…船外…」
ピ、ピッ。
−「自分で考えろ」…けど、情報無しで正解が分かるほど、私は頭が良い訳じゃない…。
「…カテゴリー、検索…」
ピピッ。
リジュワナが周囲を見回す。リジュワナは、ベンガル語でラベルの貼られたたくさんの箱が浮かぶ白い空間の中に浮かんで立っていた。
見ると、箱は3列に分かれてリジュワナの前と左右に浮かんでいる。それぞれの列は、下から上へグラデーションのように箱が積み上げられていた。
「地域…業種…テーマフォーラム…。…電話帳みたいな物か。」
テーマフォーラムと書かれた箱の列に近づくリジュワナ。箱が広がり、各テーマの書かれた箱がリジュワナの周囲に浮上する。
「ええと…政治かしら? …政党、市民団体、政治評論、雑誌、会議室…」
リジュワナは一つ一つ箱に触れ、その箱から小分類を自分の周りに拡散させる。
「…会議室を、見てみようかしら…」
しばらくジャンルや、掲示板名を選択し続けるリジュワナ。
ピ、ピピッ、ピッ、ピッ…。
リジュワナの周囲が、雑然とした駅の待合室のような空間に変わった。といっても、リジュワナは空中に浮いたままだ。彼女の周囲は、何人ものクザラル人が飛び回っている。しかし、皆リジュワナには気付いていないか、気にも留めていないようだ。
「…変な空間ね…」
見ると、周囲を多数のノートが囲んでいた。
「「いつまで続く ワニの政治腐敗」、「国評の官僚にまともな奴はいないのか」、「シャウビ選出に民意の反映を」…」
ノートの表紙を見て回るリジュワナ。リジュワナは、適当な物をひとつ手にとり、そのノートを開く。


「…でも、コココが今も存在していられるのは、ゴニ世界の発展させた魔法があっての話でしょ。話をすりかえないでよ。」
「違うね。確かに魔法を今の形に発展させたのはゴニ教徒達だよ、それは認める。でも、そもそも「防衛戦争」が彼等の招いた戦争だったんだから、我々は彼等に抗議する理由こそあれ、感謝しなければならないような謂れなんか全く無いって事じゃない!」
リジュワナの周囲は何人かのクザラル人達がいて、皆が円状のベンチに座っていた。その内の数人が立ちあがり、口から泡を吹きとばしかねない勢いで議論しあっている。
中央に、一人ボードと共に茶色い肌の女性が立っている。彼女の服は聴衆達の多くの服と異なり、白を貴重としたシンプルな配色のものだ。彼女が、この場を取り仕切っている議長のような存在であるらしかった。と言っても彼女の口調はおよそ議論をまとめようとしているそれではない。
「あー、また出た。コココお得意の陰謀史観ね。結局そういう妄想でしかゴニ世界を中傷出来ないんだから。呆れた関係性だよねえ。」
立っていた一人のクザラル人は、やれやれといった身振りでベンチに座った。何人かの聴衆達は「チッチッチッチッ」と舌打ちのような音を立てる。どうやら賛同の意味のようだ。
「妄想って言うけどね、実際魔法協会が防衛戦争を積極的に始めたっていう事を信じるに足る根拠はいくらでもある訳。貴重な証言を残した勇気ある元魔術師も出始めているんだよ。」
「根拠? コココの皆さんの言う根拠っていうのは、「こうだったら良いな、ゴニ世界を攻撃出来るな」っていう願望でしょ? 物的な証拠なんか一個も無いじゃない。あるのはこじつけと、気のふれた自称元魔術師の売名行為ばっかり。」
「くっ…」
中央の議長は、論戦相手の言葉にやや押され気味のようだ。
「言葉遊びなんかはどうでも良い。まず、物的証拠は残ってない、これは当然だよね。相手は魔法協会なんだから、そういった物を隠すのは長けている。それは彼等の能力の一つなんだから。でも、論理的に考えてみてよ。このままコココや、パのような虐げられた人々と、一部のエウグのような連中との「関係性」を続けて、本当に防衛戦争が終結すると思う? 彼等はサクコブが知性ある存在だという事すら認めていない! 和平を持つという選択肢を、最初から拒否してるんだよ!」
「何言ってんだか。あんな奴等に知性があるって本気で信じてる奴等が政治を動かした方がよっぽど悪夢じゃない。」
「…ちょっと、良いかしら。」
リジュワナは小声で、隣に座っている茶色の肌の男性に声をかけた。
「翻訳プログラムのミスかしら…サクコブって言葉があったんだけど、どういう意味だか分かる?」
「ん? ああ、モンスターだよ。HNKハノクとか、イカれた連中はサクコブって言葉を使いたがるんだ。彼等によるとあの黒い奴等はモンスターじゃなくて、僕達とか地球人と同じような知性ある「宇宙人」で、自称をサクコブと言うらしい。あくまで、彼等の主張によればね。」
「そう…でも、彼等が自分を「サクコブ」なんて言ってる所は、見た事無いけど…」
「僕も無いな。ニュースとかで見ても、いつもブズ、ブズ、としか言ってないよね?」
「そうよね…」
リジュワナは頷きながら、熱弁を振るう中央の女性を眺める。
「…ここはHNKの会議室なのよね?」
「ああ、不思議だよね。その割には真ん中にいる人物は、どう見ても青い肌のコココ人には見えないし。」
「ええ、不思議ね確かに…HNKって、正式名称を今、思い出せないんだけど、何て言ったかしら?」
「ファオエ・ヌイジガアウ・コココだろ、確か。つまりコココ解放同盟。」
「…何語?」
「そりゃ、コココ語じゃない? コココ解放同盟なんだから。」
「そう。…でも、ハノクっていう頭文字の呼び方はエウグ式じゃない?」
「中途半端な連中なんだよ。」
男性は肩を上げた。

「今の地球だってそうなの。確かに今のところは地球に来たサクコブは何とか撃退出来てるよ。でも、それがいつまで持つかでしょ。私達は今でも地球人達の事は殆ど何も知らされてない。ラルなのかも不明なんだよ! 更に酷いのは、彼等自身が、サクコブについて本当に何も知らされてないって事! 前哨基地として利用しているんだよ! 魔法協会は、地球人を!」
「そこの所、詳しく説明してもらえるかしら。」
中央に立つ女性は、声のしてきた方を見た。ベンチから、一人の不思議な格好の女性が立ち上がって発言していた。
「良いわよ。」
「へえ、今度はサクラを使うんだ。」
「勝手に決めないで。それにサクラであろうが何であろうが、疑問があるなら論破すれば良いでしょうが。」
中央の女性はリジュワナの向こう側のベンチに立つ論客に言い返す。
「サクラじゃないわ。私も疑問があれば聞き返すし。」
「ふうん…」
ベンチに立つ茶色の肌の女性は、リジュワナを品定めするように見やる。
「褐色の癖に、変な格好。大体そのケモノみたいな毛は何?」
「これが、私の出身地での正装よ。…文句ある?」
制服姿のリジュワナが言う。
「あら、ごめんなさい。…良いんじゃない、なかなかエスニック風味で。地球同胞との関係性上もさぞおよろしい正装なんでしょうね。」
女性は嫌味たらしく言い返した。
「それで、あんたは何を聞きたいの?」
リジュワナは中央の女性の方に顔を向ける。
「ええ…魔法協会が地球人を利用しているという話ね。普通に考えれば、地球を襲ってきたモンスター…サクコブ?に地球人が戦うのにクザラル人…魔法協会でも良いわ、が協力してあげてるんだ、って考えるのが筋でしょ? …利用って?」
「ある意味、コココと構図は同じ訳よ。確かに彼等は地球を助けているかもしれない。でも、そもそも防衛戦争を引き起こしたのは魔法協会だった、って訳。彼等がいなければ、地球同胞の皆さんだって、こんな最悪な形で魔術開花やファースト・コンタクトを迎えるはずが無かったんだから!」
「その、防衛戦争を魔法協会が引き起こした、っていうのもよく分からないわ。さっきの彼女じゃないけど、何の証拠があってそんな話になるの?」
「状況証拠ならいくらでもあるよ。…一番大きな所では、あれだね。トゥアシェグ4だよ。もちろん知ってるでしょ?」
「…名前だけなら、聞いた事はあるけど。」
「そりゃあ、あれだけニュースで連呼されてればね。」
中央の女性は肩を上げた。
「知っての通り、トゥアシェグ4は4255年に、ラル母星ではないかと言われ、調査団が派遣された。でも、確かにラル系の遺跡はあるものの、残念ながらそこは、我等ラル一族の母星ではないという結論になった。…ここまでは、教科書の歴史だよね。」
「そう習ったわ。」
頷くリジュワナ。
「でもね。これには隠された史実がある。その時の記録や、何人かの証言によると、当時のトゥアシェグ4にはサクコブの植民基地があったっていうのよ!」
「本当? そんな話は、聞いた事ないわよ? また妄想なんじゃないの?」
リジュワナは首を上にあげてみせる。
「後でHNKデータライブラリから当時の記録を調べてみてよ。それで、そのサクコブの植民基地。当時の魔術師はどうしたと思う?」
「…その頃は、もう交戦状態だったかしら、サクコブとは?」
「歴史の授業思い出しなさいって、開戦は4261年でしょ。まだ開戦前。一般人はサクコブなんて見た事もない時代だよ。」
「ああ、それなら…魔術師の心がけとして、他者との関連性の向上に努めよ。まずは相手との対話。じゃないかしら?」
「そう思うでしょ? …違ったのよ、当時の彼等は。ラル遺跡発掘と同時に、問答無用でその近くにあったサクコブの植民基地を破壊したんだから。それどころか、無抵抗のサクコブ達自身を魔殺したという記録まで残っているんだよ!」
「そんな事は、信じられないわ。私達クザラル人が、そんな野蛮な事をすると思う?」
「真の野蛮人は、自らが野蛮である事に全く自覚なんか持たないんだろうねえ。」
「…」
返す合いの手を考えているリジュワナの前に、向こうに立っていた論客が切り返してきた。
「だから、その証拠をあげなさいよ! データライブラリに逃げないで、今ここで見せれば良いじゃない!」
「膨大な量の状況証拠を一々全部あげていたらきりがないじゃん。それに否定したいんだったら、あんた達もそうでないという証拠をあげれば良いでしょ!」
「それは論理のすりかえよ!」

「…」
リジュワナは何か言おうとしたが、やめて席に座りなおした。
隣に座っていた男性が、リジュワナに声をかける。
「…ねえ、どう思う? 本当に僕達からモンスターに戦争を始めた、なんて事がありうるのかな?」
「さあ、どうかしらね。…でも、モンスターに知性があるっていう話のほうは、案外信憑性があるかもしれないわよ。」
「あ、あの狂信者を信じる?」
「分からないわ。…データライブラリをちょっと見てみようかしら。」
「でも、HNKのライブラリだけじゃ信用できないしね。何かいかにも情報偏ってそうで…」
「エウグのも見てみる?」
「エウグ。エウグはエウグで、ね…」
男性は耳をかいた。
「彼等は彼等で独善的だから…僕みたいなカクリカ人から言わせると。って、君、エウグ人じゃないよね?」
「大丈夫よ。でも、彼等のデータベースが、量で言えば一番という気がしていたんだけど?」
「それはまあ、そうかもしれないけどね。でもほら、噂を聞いた事が無いかい、魔法協会のトップシークレットについての噂。」
男性は、やや冗談めいた口調でリジュワナに言った。
「トップシークレット?」
「ああ。エウグ人とか…ゴン・パネユ人もその傾向が強い気がするけど、彼等はゴニ教を心から信仰しているじゃないか。自分達がゴニ教を支えるんだ、って感じで。」
「ええ。…それが?」
「それはまあ悪い事じゃないかもしれないけど、お陰で何て言うか…やっぱり物事の見方が偏っているんだよね。ファキブトブのHYIデータベースの、協会員幹部だけがアクセス出来るような極秘情報にね、実は凄いトップシークレットが隠されているっていう噂があって。」
「そう…まあ、ありそうだけど…でも、一般人にアクセス出来ないんじゃしょうがないわね。」
話がよく分かってない様子でリジュワナは首をすくめる。
「いや、そうじゃなくて、ただの噂なんだ。その秘密情報って言うのが、「親を大切に」、みたいなどうでもいいことわざだ、っていうね。」
「…は?」
「訳が分からないよね? ことわざなんて、誰でも知ってるからことわざなんであって、それをわざわざ秘密情報扱いする必要なんてある訳が無いんだから。でも、エウグ人のHYIのお偉方とかは、そういう非ゴニ教徒にとってはまるでどうでもいいような「極秘情報」を必死になって大事にしてそうだろ?」
「ああ、なるほど…つまり、そういう彼等の偏った価値観を揶揄した冗談、という事なのね。その、「トップ・シークレット」っていうのは。実際にどうこうという話ではなくて。」
「そういう事。…でも、何だか本当にありそうで怖い話じゃない?」
クザラル人男性は笑う。リジュワナも笑顔を返した。
「そうね。だったら…結局、完全に信用出来るようなデータベースはどの国にも無い、という事かしら。」
「うーん…そうだね…まあ、敢えて言えばカクリカとか、ラザンチェ辺りは、比較的客観的な方かな。ああ後、フサブシェ関連ならニグーワーとか。」
「そう…ありがとう。とても参考になったわ。それじゃ…」
「あ、もう会議室出る?」
「え? ええ。」
リジュワナは男性に頷く。
「そう。…あの、ひとつ、こっちから聞いても良いかな。」
「…ええ。」
男性を上目遣いに見ながら言うリジュワナ。
「その正装って、どこの国の? 凄く、似合ってると思うけど…特にその編み込み帽…」
「…」
リジュワナは一瞬、視線を巡らせてから答えた。
「…キタコーよ。」
「…キタコー国?」
「ええ、でも、殆どの人は知らない国だから。…それじゃ。」
「う、うん、それじゃ…」
リジュワナは軽く両手を付けて上げると、自分の斜め前に表示されていたバーチャルタッチパネルに手を触れた。


昨日とはうって変わって、今日は初夏らしい暖かな陽気だった。いつものように普通に授業を受けて、放課後、宏子と美耶は一緒に河川敷までの道を歩いていく。
ニ人の行く道の左右では水稲が勢い良く背丈を伸ばし、風に揺られ波を作っていた。
「ふう…今日も色々危なかったですねえ。」
軽い調子でため息を作ってみせながら、宏子が美耶に笑いかけた。
「そうだねえ。っていうかひーこ…今のひーこ?も、もうちょっと、前のひーこの真似が上手くなってもらえると有難いんだけど…」
苦笑する美耶。
「でも、今も私は私なんですけど…」
「それは、そうだろうけど…でも、雰囲気が前と全然違いすぎるよ。」
「はあ…」
「あ、別に今が悪いって言ってるんじゃないけどね?」
「でも出来れば、前の私にやっぱり戻ってほしいですか?」
微笑む宏子。
「え…? …えっと…」
美耶は言葉につまった。
「遠慮しないでください。そう言ってもらえる方が嬉しいんです、私は。…今の私は。」
「ひーこ…」
「でも、今の私も嫌わないでもらえれば、それはそれで嬉しいですけど。今の私は、幸田さんが好きですし。」
「…前は嫌いだったけど?」
「さあ、どうでしょう?」
笑い合うニ人。
美耶は隣を歩く宏子の顔を見る。昨日の不安に満ちた様子と比べると、今日は随分落ち着いているようだ。それどころか、少し落ち着き過ぎているようにすら美耶には見える。記憶が戻らないかもしれないのに、もう全て吹っ切れてしまったのだろうか。
「…」
美耶はふと、最初は違和感満載だった宏子の柔らかな物腰に、今自分がすっかり慣れてしまっているという事に気付いて驚いた。
「…どうかしましたか?」
宏子が不思議そうに美耶の顔を見る。
「う、ううん。…あ、ねえ、ひーこ。」
「はい?」
「何だかね…ちょっと、怖いんだよ…今のひーこは好きなんだけど、今のひーこに慣れていくと、昔のひーこの事を忘れちゃいそうで…でも、ひーこは、すぐ目の前にいるのに…」
「そんな、深刻に考えないで下さい。」
宏子は笑った。
「で、でも!」
声を上げる美耶。宏子は優しく首をふる。
「大丈夫ですよ。…私は私です。別に私の人格が変わった訳じゃありません。ただ、記憶が無くなっただけなんです。…幸田さん、勘違いしてるでしょ? 私は今も昔も、ずっとひーこですよ?」
「…で、でも、ひーこはそんな丁寧な喋り方なんかしなかったじゃない!」
「いくら私でも、初対面の人と喋る時は多少は敬語ですよ?」
「…でも、それに、記憶が無くなったって事は、人格が変わったも同じって事じゃない! 私達の思い出を覚えているひーこは、今は、…」
美耶は自分の言葉に息を飲んだ。
「…」
「…あ、いや…! …っ…」
目をそらす美耶。
「ごめんなさい…。私は、幸田さんほどその事を、悲しく感じる事は出来ないんです。…覚えて無いから…」
「…止めて…」
弱々しく呟く美耶を、宏子は抱きしめた。
「…っ!」
「…でも、しつこいかもしれないけど、私は私です。…だって、幸田さんがそこまで私の事を思ってくれるのが、私は、悲しいけど、嬉しいんです。それは、私が幸田さんが好きだから。だと、思います。前の私も、多分幸田さんの事が好きだったんですよね? だとしたら、やっぱり私は私ですよ。心配する事なんか無いです。」
「…」
美耶は鼻をすすりあげる。宏子は頭を下げた。
「…すいません、心配をかけて…」
「ううん、ごめんなのは私。…今は…私がひーこを励まさないといけない時なのに…」
「良いんですよ…こういう時は「魔法少女」に頼ってください。」
「うん…やっぱり、ひーこはひーこだね…」
「…そうですか?」
「うん…そういう、理由も無しに楽天的な所とか、やっぱりひーこだよ…。」
「あはは。やっぱりひーこでしたか。」
美耶は宏子の胸にうずめていた顔を上げた。
「うん…でも、ひーこ、あのね…昔のひーこは、そんなに、素直に自分の気持ちを言ってなかったから…だから、その部分は、ちゃんと元に直しておいた方が良いよ…」
「…分かりました。気をつけます。」
宏子は笑顔で頷く。
「うん…」
「…そろそろ、河原に行きましょう。じゃないと練習に遅れますから。」
「うん…」


<あ、今日は早いですね、プオラギイックさん。>
<ん、ああ。今日は俺が一番乗りだったみたいだな。>
プオラギイックは河川敷のグラウンドを見回した。最近はちょくちょく一般の見物客も現れるようになってきた。以前は埼玉県警がやっていた周辺警備も、いつからか自衛隊の特別部隊の仕事に変わっている。
宏子に返事をしたプオラギイックは、ふと美耶の方の顔を見た。
<ん? 美耶、何か辛そうな表情…に見えるんだが、大丈夫か?>
<え…? あ、いえ、大丈夫です。うん、もう大丈夫。>
<もう…?>
<あー、えっと…ちょっと前、おなかが痛くて。でももう治ったから大丈夫です。>
<そうか…。なら良いけどな。…それじゃ宏子、さっそくだが今日は系の…>
宏子のニコニコとした笑顔を見たプオラギイックは、途中で念を止める。
<…お前も大丈夫か?>
<…えへへ。>
宏子は笑った。
<…えへへ?>
<プオラギイックさん。私何となく、記憶が戻りそうな予感がするんですよ。>
<何でだ? 何か、感じる…予知する、物があるのか?>
<そうですね…単に、女の勘、かな?>
<まあ…平均的な女性の魔力は平均的な男性の約2.5倍だって言うしな。>
よく分かっていない顔で、受け答えするプオラギイック。
<ええ。>
宏子はまっすぐプオラギイックを見た。
<…だから、今の内に言っておきますね。>
<ん?>
宏子はにっこりと笑った。
<私多分、プオラギイックさんの事が凄く好きです。>
<…>
<…>
<って、はああああっ!?>
<ええええっ!?>
プオラギイックと美耶は同時に宏子の念にのけぞった。
<…じょ、じょじょ冗談だよな、宏子?>
<ううん、冗談じゃないですよ。>
宏子は首を振る。
<うん。まあ、もっと正確に言うと、一緒にいて安心できるっていうか…いや、単に気になるっていう方が近いかな?>
<…>
<…ひーこ、言ってるそばからどんどんレベルが下がってない?>
<あ、でも、とにかく、そうだと思います。うん、好き…です。凄く好きです。>
そう念じて、宏子はプオラギイックに微笑みかけた。
<そ、それで…お、俺に、どうしろと…>
硬直しながら念じるプオラギイック。
<え、だから、プオラギイックさんも私を好きでいてくれたら嬉しいな、って。>
<…あ、そ、そ、そうか…>
<あ、後ね、どうも、話に聞いた感じだと、元の私はこんな事、思ってても、多分絶対人に言わないと思うんですよ。…でも、今の私も元の私も佐藤なんで、もし、元の私に戻ったとしても…えっと、その時も…やっぱり好きですから。>
<だ…そ…だ……そ、そう。>
<ちょ、ちょっとひーこ、どうしちゃったの?>
ようやく意識を取り戻したらしい美耶が宏子を問い詰める。
<どうしちゃったって、何がですか?>
<だってひーこ、そんな、急にプオさんが「好き」だって…確かにそうだろうとは思ってたけど…>
<ええ。プオラギイックさん、とても優しいじゃないですか。>
微笑む宏子。向かいのプオラギイックはまだ固まっている。
<そ、そうかもしれないけど…>
<…あ、だから、幸田さんも、他の皆さんも大好きですよ? 皆とても優しいですから。>
美耶は念を止め、しばらく眉をよせて考えた。
<…>
<私皆が、凄く好きです。はい。>
<…>
<…>
<…>
<…>
<って、はいいいいいいいいいっ!?>
念を揃える美耶とプオラギイック。

<…あ、フェヨールさんが来ましたね。>
視線をニ人の後ろに向ける宏子。モニクは走って宏子のところへやってきた。
<あ、皆。>
モニクはごく軽く、プオラギイックと美耶の背中を叩く。微笑む宏子。
<ちょっと遅刻ですね、フェヨールさん。でも実は、私達もまだ>
<ひーこちゃん、ちょっとこっち来てくれる? 試したい魔法があるの!>
<え? あ…? は、はい…。>
挨拶もそこそこに、モニクは宏子の手を無理矢理引いて美耶達から離れた場所へ歩いていく。やがてニ人は草むらの向こうに姿を消した。

<…つーか何なんだ、あの記憶を無くしてもはた迷惑な言動の女は。>
プオラギイックは美耶の方を向いて念じる。
<…でも、プオさんさっき、ひーこの念に随分硬くなってませんでした?>
<…それは、だから、急にあんな言い方されたら誰だって驚くだろ!>
<何かいつものひーこの言い訳聞いてるみたいだなあ。>
<は? おい、ちょっと待て、今のあいつがどう言ってるかは知らないが、少なくとも俺は元々あいつの事なんかこれっぽっちも>

<居るわね。>
勢い込んで念じていたプオラギイックは、前から聞こえた念に顔を向けた。
<ジュチャと宏子はまだ来ていないの?>
<あ、ひーこなら今ちょっと…>
<それなら好都合だわ。>
<…どうした?>
リジュワナとアリーザが、彼等の前に立っていた。
リジュワナの表情は、いつもと同じ、不機嫌そうな無表情だった。しかしプオラギイックには、それでいて彼女の表情がいつもより更に「不機嫌で無表情」なように見えた。あるいはテレパシーのトーンの差だろうか。
<ちょっとあなたの見解を聞きたい質問があるの。監督係…いえ、同じ「チームメイト」、としてね。>
<…何の話だ?>
プオラギイックはアリーザの方を見る。彼女は本当にいつも通りの素の表情だ。少なくともプオラギイックにはそう見える。アリーザはリジュワナの念を引き継いで続けた。
<…簡単に言ってしまえば、クザラルの方々は、本当は私達の敵なのか、味方なのか、という話です。プオラギイックさん。>
<…は? それはまた…随分厳しい評価だな?>
プオラギイックは眉をひそめる。
<歴史の授業を受けたわ。>
リジュワナは眼鏡を上げる。
<クザラル商暦4261年にクザラル人は、宇宙から飛来した謎のモンスターの攻撃を受け、甚大な被害を受ける。これを機に、本来平和的で、洗練された種族であったはずのクザラル人は、自らの生存を賭けた「防衛戦争」を始めざるを得なくなった。…この事は知ってる?>
<…>
プオラギイックは不思議そうな顔のまま、軽く頷く。
<それじゃあ、その6クザラル年前、つまり4255年、後にクザラル人が「モンスター」と呼ぶ事になる種族によって、ある惑星上に築き上げられた植民都市を、クザラル人の魔術師達が一方的に破壊したという事は?>
<…は?>
<あら、知らなかったの? 学校で習わなかった?>
<ちょっと待て。…色々聞きたい事はあるが、まず、それは事実じゃない。そんな話は聞いた事がないし、第一クザラルの魔術師だったら理由無しに破壊行為なんてしない。そういった、相手との対話、関連性を否定した態度が一番魔術師の精神から外れた行為だっていうのは、お前達ももう耳にタコが出来るくらい聞いただろ?>
<確かにそう聞きました。ですから、不思議に思いますよね。それじゃあ何故、「モンスター」と私達はお互い、対話をしようとしないんでしょうか。>
<こっちが対話しようとする前に攻撃してくるからだろ? 奴等は俺達みたいに物を考えたりはしない。知性は無くて、ただ本能で生きているだけなんだ。出来る事なら対話で解決したいが、それが出来ないからこうして戦っているんだ、自分達が生き延びるために。>
忍耐強くプオラギイックが説明する。
<…ね、ねえ、リジュワナちゃん、アリーザちゃん、そういった話は、また今度…>
<それはただの思い込みなんじゃないの? 確かに「モンスター」を「モンスター」と呼んで、知性が無いただの動物なんだとすれば殺すのも気が楽だわ。でも、本当にそうだと言い切れる? それは間違っているんじゃないか、という説を唱えるクザラル人学者がいる事位なら、あなただって知ってるでしょ?>
<…>
リジュワナとプオラギイックは、険しい目でお互いを見合う。
<…この前、「モンスター」の攻撃を受けた時、私は「モンスター」の作った精神世界に意識を引きずり込まれた。そこで「モンスター」はこう言ってたわ。地球の敵、クザラルの敵、自分でよく考えろ、どれが嘘で、どれが真実なのか。…多分あの「モンスター」は、地球の敵はクザラルだって言いたかったんじゃないかしら。>
<…それで、お前もそう思うか?>
<分からないわ。それに関しては何とも言えない。私にただ一つ分かるのは、確かに「モンスター」には、何らかの形で知性があるっていう事。>
<…>
プオラギイックは無言で耳を揺らした。
<それが私達と同じ形の物なのかまでは分からない。もしかしたら、本当は「モンスター」はあんな事は言ってなくて、全部私の思い込みなだけなのかもしれないわ。…それでも、あれだけの系の魔法を使える生命に、知性が存在しない、なんて考えるのは私は不自然だと思う。>
<…>
<だからこれからは、少なくとも私達ニ人は、この戦いを「防衛戦争」だとは思いません。これは、ただの戦争なんです。私達はそれに巻き込まれた無給の傭兵。>
<…>
言葉の出ない美耶。プオラギイックは、リジュワナとアリーザをしばらく見てから軽く肩を上げた。
<…そうか。…一つだけ、聞いていいか。>
<何。>
<…何でそんな事、俺に言うんだ? 仮にお前達の言ってる事が全部正しいとするなら、知らない振りをしていた方が、お前達には何かと有利なんじゃないのか? そりゃ、お前達のほうが俺より魔力は上かもしれないが…。>
<それはあなたがあなただからです。>
<…>
プオラギイックはアリーザの答えに眉をひそめる。
<つまり、あなたが私達の味方なのかもしれないからです。>
<それはまた…好かれたもんだな。>
<私達というよりは、宏子よ。宏子はあなたを信頼していたから。>
<…>
リジュワナは息をつく。
<…だから、宏子がいない内に話しておきたかったの。まあ、今の宏子ならまだ平気かもしれないけど。…前の宏子がこれを聞いたら本当に辛く感じるでしょうしね。>
<…>
<…>
<…>
<…それで、質問の答えは?>
<…>
<…プオラギイック?>
<…>
リジュワナは、プオラギイックが自分を見ていない事に気付いた。プオラギイックの視線を追うリジュワナ。
<…>
リジュワナは息を飲んだ。
<…>
<ひ…ろこ…>
<や…やあ。>
宏子とモニクが立っていた。宏子が微かに右手を上げる。
<あの…宏子、本気にしないで、これは>
<…リジュワナ。プオ…。私、記憶、戻った。と思う…>
グラウンドからテレパシーが途絶えた。

続く



Written by FML (AKA Franken).
Ver. 1.00 on 2002/7/17.

<今度オーディションで入った新メンバーのお二人です! それぞれ自己紹介をどうぞっ!>
<(新メンバー…)>
<(…オーディション?)>
<あ、あの、初めまして。フアン=カルロス・デルイジと言います。14歳です。アルゼンチン出身です。まだ何も分からない新人ですが、皆さんに学んで成長したいと思います。よ、よろしくお願いします!>
<んまあっ! 奥様、男の子よ! しかもまだ何も知らなさそうな若いつぼみよ!>
<あら本当だわ奥様、見て、あのパンツのパッツンパッツン具合! ああ、性格も純真そうだし。早く食べてしまいたいわ!>
<…>
<そちらの女の子も自己紹介、どうぞ。>
<…蔡英ツァイ・インだ。中国出身。12歳。>
<…それだけですか?>
<充分だろ。>
<は、はあ…>
<あー。何このガキぃ。ちょっと可愛いからって調子乗ってんじゃねーのー。>
<そーだー、そーだー。>
<…>
<あ、何だこのやろ、無言で蔑んだような目しやがって! やるか、おー!>
<あなた、あっちの派閥には染まらないように注意しなさい。如実に偏差値が下がっていく事になるわよ。>
<次回、魔法少女佐藤第9話、「魔法少女と夕食を」。お楽しみに。(だきっ)>
<って隊長、知らない内にフアン=カルロス君をエロエロアメリカ人に奪い取られてますっ!>
<何いっ!>
<人の人生なんてはかないんですから、せめて今を楽しみましょう…>
<とか何とか言いながら服を脱がそうとすなーっ!>
<…こっちの派閥だと、こんななのか?>
<……>



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