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一面に海が広がり、陸地はどこにも見えない。ただ青が、細い皺のような濃淡をつけて水平線一杯まで視界を覆い尽くす。
その青は確かに美しいが、それが美しいのは遠くから見ているからであって、実際にそこにいたら死ぬほど寒かったり、波があったりするんだろうなあ、と宏子は思いながら窓の外を眺めていた。
<宏子は、飛行機は初めて?>
<え? …あ、うん…そうだけど…>
前の席に座っていたジュチャが、ニコニコしながら後ろを向いて聞いてきていた。
<そう。私も地球の飛行機は初めてだから、何だか興奮するわ。>
ジュチャは周囲を見回す。
<はあ…>
<それにしても豪華だな、地球の飛行機は。これだけのスペースを俺達だけで使えるなんて…>
<いや、普通は違うみたいよ。今回はアルゼンチン政府のチャーターで飛んでるから別だけど、個人が気軽に貸切で使えるものじゃないらしいわよ、飛行機のファーストクラスって。そうよね、リジュワナ?>
急に話を振られたリジュワナは、どこかぎこちない様子で頷く。
<…ええ、そうね。…でも、何故あなた達ニ人も飛行機に乗っているの? 宇宙船の瞬間移動装置を使えばすむ事じゃない。>
<私はこれからそれを使おうかな、と思ってるの。やっぱり向こうをノーガードにするのも危険だしね。ただ、プオラギイックはあなた達と一緒にいてもらうわ。>
<…監視の為?>
リジュワナの念に、ジュチャの目が細まった。
<嫌な言い方するわね。もう私達、一つの「チーム」として上手くやってきてるじゃない。>
<そう? …まあ、そうね。>
<そうでしょ? 私もあなた達を信頼してるし、監視をしてるつもりも無いから、あなた達もそういう言い方は控えてほしいわ。>
<…それで? 何故プオラギイックは私達と一緒なの?>
リジュワナはジュチャに直接答えず先を促した。特に気にせず念を続けるジュチャ。
<ええ、前回、モニクやアリーザの前にモンスターが現れた時の直前と同じ反応が、ここ数日起きてて。今回場所は限られていて2ヵ所よ、その内の一つは中国の武漢で、こっちはもう昨日、私が行って一段落はついたの。でももう一つの方は、私と現地の子供だけじゃちょっと苦しい戦いになりそうだ、っていう事でこうやって今、皆で向かっている訳なんだけど。>
<何か、質問の答えになっていない気がするんだけど。>
<というか、その子供って誰ですか?>
<順を追って説明してるの。>
ジュチャはリジュワナとアリーザに手を振った。
<モニクやアリーザの時と同じっていうのは、要は、また新たな魔法少女が見つかったって事よ。…本当は大分前から名簿に載ってはいたんだけどね。その中でも急激に魔力が発達した子が出てきたのね。それで、それに反応するようにモンスターが彼女達の前に現れた、って事ね。>
<しかし毎回、律儀に出てくるな、奴等も…>
プオラギイックにジュチャは頷く。
<モンスターも何としてでも魔法少女を叩きたいのね。でも私達だと固まってるから攻撃しづらくて、だから魔力が出たばかりの子を狙うのよ。と言っても彼等に知性は無いから、その意味では馬鹿の一つ覚えで機械的な反応なのよね。>
<…>
<…どうかした?>
通路向かいの席で腕組みをしているプオラギイックの顔を、ジュチャは不思議そうに眺める。
<…いや、何でもない。…続けてくれ。>
<そう? …で、今私達はアルゼンチンのブエノスアイレスに向かってる訳だけど、東京からだとロサンゼルスで一旦乗り換えになるのよね。だからそこで、皆に武漢の方の子と会ってもらうから。>
<え、今ロスにいんの?>
宏子が聞く。
<…あ、つまり彼女にも今飛行機に乗ってもらってるのよ。それでロサンゼルスで落ち合って、そこから皆でブエノスアイレスに来てもらうって事ね。だから一応プオラギイックには付き添っていて欲しいって事。>
<じゃあ、その子とブエノスアイレスの子と。また、アイドル地球防衛隊のメンバーが増えるんだね!>
<…アイドル?>
<…まさかその隊、私は入っていないわよね?>
モニクはアリーザとリジュワナの視線にめげずに続ける。
<ねえジュチャちゃん、ニ人はどういう感じの子なの? もう両方とも会ってるんだよね?>
<ええ、まあ、会って貰うのが一番早いと思うけど…良い子達よ、ニ人とも。ちなみに魔法少女って言ってたけど、ブエノスアイレスの子の方は男の子なのよね。>
<え、そうなの? …魔法少女って男の子もなれるの?>
モニクが念じる。
<…それは、なれないわね。でも魔術師にはなれるわよ。平均すれば、魔力は女性の方が強いから、魔術師って圧倒的に女性が多いのよ。魔法少女って言い方をよくするのはそのせいね。でもそれはあくまで平均すればの話であって、現にクザラルでも魔術師の17%…だったっけ?は男性だから。>
<でも、それでも少ないよね。>
口を挟む宏子。
<これでも昔よりは増えたのよ。>
<…防衛戦争の為に?>
<そうね。残念ながら、ここ50クザラル年…地球で言うなら一世紀弱、のクザラルの歴史は全て彼等からの攻撃に彩られているから。>
−何言ってんだか。その一番最初の攻撃はあんた達からだったんでしょ。大体あんた達自身も、身内で仲間割れしてた癖に…。っていうか今だって
<宏子。>
<え、な、何?>
ジュチャの念に、宏子は飛び上がりかけながら顔を上げた。
<武漢の子の方はね…ちょっとだけあなたと、リジュワナ、あなたに似てるわ。ニ人を合わせた感じね。>
<え…? はあ…>
<…>
宏子とリジュワナは顔を見合わせる。
<…それは不愉快な例えね。即刻撤回して欲しいものだわ。>
<…アリーザ、あなた誰の物真似してるの。>
リジュワナが目を細める。
<まさか…隠し子?>
<おい。><…モニク。>
宏子とリジュワナが念を揃えた。
<あ、カリフォルニアの空気。別に何年もいなかった訳じゃないけど、やっぱり嬉しい物ですね。>
飛行機からボーディングブリッジに出て、一行は、近代的なガラス張りの建物の中に足を踏み入れた。アリーザはいつになく嬉しそうな顔で後ろを振り返る。
<ここから10号線で20分も飛ばせば、私の家ですよ。お母さん腰痛めてたんだけど、元気にしてるかしら…。あ、皆さんもお構いなく家に上がってくださいね。>
<う、うん…>
<どうしたんですか、佐藤さん? さっきから余り元気が無いようですが…飛行機で疲れましたか? あ、そういう時は我が家特製の鶏肉のスープを食べてください。効果覿面で元気が出ますよ。>
<そ、そう…>
プオラギイックが笑いながら手を振った。
<あー、アリーザ。今日は単に乗り換えるだけだから、ここで空港の外に出る訳じゃないんだぞ。>
<え、そうなんですか? どうせだったら家に寄ってって下さいよ。>
<…だから、そういう問題じゃないからな。もう次の飛行機も決まってるし。>
<…>
アリーザはしばらくまばたきをして、それから髪をかきあげた。
一行はエスカレーターに乗り、一つ上のフロアに上がった。
<で、中国の子との待ち合わせ場所は?>
<出発カウンターだ。ノースウエスト…だから、2のターミナルだな。>
リジュワナに答えるプオラギイック。
<ついたよー。>
動く歩道を降り、表示を確認したモニクが宣言した。
<でも、その子いる? うーん…何か目印になる物とか持ってないの?>
<…>
周囲を見回すモニク。プオラギイックは無言で腕端末を操作する。宏子はふと彼の端末に目を向ける。
<あれ? プオ、端末変えた? 前のと色違くない?>
<ん? ああ。人の端末を勝手に盗った奴等がいてな。だから前の端末は機能停止させて、所有者本人しか使えないようにセキュリティー機能を上げた新機種を使う事にしたんだ。>
<盗った…?>
宏子は顔を上げる。リジュワナはあさっての方向を向き、モニクは頭をかいていた。
<…あんた達なの?>
<そのお陰でクザラルのネットにアクセス出来て、あなたの記憶を戻す事が出来たのよ。だから感謝しなさい。>
<…>
宏子はリジュワナの念に、無言で息をつくという形で答えた。
<…ニ人の名誉の為、一応言っておきますが、拾ったのは私です。>
<…拾ったの?>
宏子がアリーザに聞き返す。
<ええ。ただ、見つけた時に知的探究心を刺激されてしまって。それですぐに返さなかったという点は、申し訳無かったと思っているんですが。>
<そ、そう…でも、今度からそういう時は「すぐ返す」ようにしてね。…プオだって、見た目は妖怪人間だけど、一応ウチらの仲間なんだからさ。>
<…>
宏子を細目で見るプオラギイック。
<…念のため、言っておくけど、プオラギイックはあなたの記憶を救わなかったのよ。>
<え…>
<…>
<…リジュワナちゃん!>
<これから、プオラギイックが私達の敵になるのか、味方になるのかは本人次第だけど。この間「すぐ返して」いたら、あなたはまだあなたに戻っていなかったって事は、覚えておいても良いと思うわ。>
<…>
言葉を失う宏子。プオラギイックは無言で端末の画面を見続けている。
<…>
<…プオ…プオは、私を…>
<…>
<……何でも、ない…>
宏子は顔を横に向けた。
<皆さん、そういった話はまた後にするとして、まずはその子を探しませんか?>
<…う、うん、そうだねアリーザちゃん。プオちゃん、端末にその子のデータがあるんだよね?>
<あ、ああ…これだ。>
ピッピッ。
バーチャルディスプレイに表示された少女の顔を見て、モニクとアリーザは驚いた表情になった。
<わあ。随分童顔なんだね。…羨ましい…>
<これで16、17? アジア系の基準で見ても相当幼いですよ。>
<そりゃそうだ。年齢を見ろよ、ってニグーワー文字だったか。彼女はまだ12歳だよ、地球歳でな。>
<12?>
念を揃えるニ人。
<そうなんだ。まだ本当に子供だったんだね…それなのに急に魔法少女になって、混乱してるんだろうなあ…>
<そうですね。私達も優しく接してあげないといけませんね。>
<でも、さっき機内で、私と宏子に性格が似てるって話だったわよ。>
<あ…>
念を揃えるモニクとアリーザ。
<ああ、あんた達か。外見の支離滅裂さ加減ですぐに分かったけどな。>
<…>
リジュワナは視線を移動させた。モニク達の後ろに、バーチャルディスプレイの表示と同じ顔の少女が歩いてきていた。
その少女はベージュのコットンパンツと、それより少しダークなベージュのシャツを着て、セミロングの髪をおかっぱに近い形で、ストレートに伸ばしていた。
スポーツバッグを抱えた彼女は、無遠慮な様子で一行の中心まで来ると、そこでバッグを降ろした。
<見た目は私よりはあなたに似てるわね。>
<う、そう?>
<じゃ、皆に紹介しよう。彼女が>
<蔡英、武漢出身。必要以上に馴れ合う気はないが、状況が状況だし、しばらくは付き合う。>
プオラギイックの念を全く無視して蔡が腕を組みながら念じた。
<…>
周囲の5人はお互いの顔を無言で見ながら、何かを目で会話している。やがて(主にリジュワナの視線に負けた)宏子が、やや眉に力の入った表情で手を差し出した。
<…えっと…じゃ、まあ、よろしくね。急にこんな事になって色々大変だろうけど、そんなに>
<ああ、確かあんただよな。いざという時に急に飛びだして、もう少しで校舎の屋上から落っこちかけた奴って。>
<うぐっ…>
<あのジュチャとかいう宇宙人が愚痴っていたな。まあ、大きなお世話だが、あんたはもう少し自分を抑える事を覚えた方が良いんじゃないか。>
<な…>
宏子の手を無視しつつ肩を上げる蔡と、頬をひくつかせる宏子。
<一応もう高校生なんだよな? いつまでもガキな訳じゃないんだから、少しは成長した方が良いだろ。>
<…ねえ、こいつ1発殴って良い? 多分法律的に1発位オーケーだよね?>
宏子はリジュワナにだけ聞こえる強さのテレパシーで念じた。
<…というか、私と宏子の性格を足すとこの子になるっていうジュチャの見解の真意を追求したいわ、私は。>
モニクがニ人の前に手を出して振る。
<ま…まあまあ、皆そうカリカリしないで。相手はちょっと背伸びしたい年頃の小学生なんだから、ね?>
<あ、あんたは確か…モニクだったか?>
<あ、うん。よろしくね?>
微笑みかけるモニク。
<一番デカくて一番中身の無い奴だったよな。ああ、覚えたぞ。>
蔡は頷いた。
<だ…そ、それもジュチャちゃんが言ってた事かな?>
額に大幅に力が入りつつ、笑顔をそれでもキープしているモニクが尋ねる。
<いや、個人記録から推察した私の評価だが。>
<そ、そ、そう…評価を変えられるよう、頑張るよ。>
力の入れすぎで顔が分解しそうな笑顔のモニクが答えた。
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