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東洋人の少女と、彼女より一回り小さい白人の少年が、小雨の中、ショーウインドウを眺めつつ、ゆっくりと歩いている。やがてニ人はある店の前で立ち止まり、店内に入っていった。
宏子は棚に並んでいるピンク色の石で出来た置物を眺め、口を開けながら念じた。
<わー、これは綺麗じゃん。>
<ロサ・デ・リンカ、インカのバラって呼ばれる石です。こっちだと、宝石並に価値のある石ですよ。>
<へえ…私の知り合いで鳩マニアの奴がいるんだけどさ、これとか喜ぶかな?>
宏子は5cm位の小さな置物を棚から取り上げ、フアン=カルロスに見せる。
恐らく鷹か鷲をかたどったと思われる置物を前にフアン=カルロスは視線をさまよわせた。
<ええと…多分、それは鳩じゃないと思うんですが…>
<良いの良いの、鳥類だったら多分全部鳩だって判断する程度の知能の奴だから。>
<はあ…>
<これ、買っちゃおうかな?>
<ええと…一個30ペソですね。>
棚の値札にフアン=カルロスが目をやる。
<ふうん。だから日本円だと3…3000円!?>
<そうなんですか? …レートを知らないんで、円は分かりませんけど…要は、30米ドルって事なんですが。>
<だから、それって3000円だよ。た…高ぁっ!>
<買わないんですか?>
置物を棚に戻す宏子を、フアン=カルロスが不思議そうに見る。
<買える訳ないじゃん、こんなの!>
<そうですか? …でも、日本の人って確か、お金持ちなんですよね?>
<…それは、良く分からないけど、別に日本の人が全員社長っていう訳じゃないんだからさ。大体高校生って、どこの国でも貧乏してるもんなんじゃないの?
たかだかこんな石ころで3000円って。…う、うーん、でも海外のお土産かあ。食い物じゃ帰るまでもつか分からないし、3000円…うーん…微妙って言えば微妙…>
宏子は顔をしかめている。
<はあ…じゃあ、こっちはどうですか? これなら5ペソですけど。>
向こうの棚を指さすフアン=カルロス。宏子はその方向に顔を向けた。
<ん…? 何これ? 碁石じゃん。>
小さな藤かごに山になって入った、ただの丸い石のかけらを眺め、宏子は念じた。
<碁…東洋風の丸い石を使ったチェス、で使う石の駒ですか。>
伝わったイメージを解析するフアン=カルロス。
<そうだけど、つまり何でもないただの石ころって事だよ。>
<ああ、なるほど。…でも、さっきの鳥と材質は同じなんですよ?>
<そりゃ、そうだけど…何の役にたつの、この石?>
<さあ…もしかしたら、その「碁」に使えるかもしれませんし…>
<…>
宏子は丸く磨かれたピンク色の石ころを一つ取り上げ、しげしげと眺める。
<ん、これ買お。>
フアン=カルロスは目をまたたかせた。
<え…本当に買うんですか?>
<うん。別に碁石としては使わないけどね。>
<でも…何に使うんですか?>
<それは…貰った方が悩めば良い事だから。>
<…ははは…>
眉間を寄せながら笑うフアン=カルロスにそう念じ、宏子は店のレジカウンターへ歩いていった。
宏子とフアン=カルロスは店から通りに出る。何時の間にか雨はやみ、空を埋める白い雲には切れ間が目立ちだしている。
<ええっ、じゃあ、翻訳機も無い状態で街中をうろうろしていたんですか!?>
<…しょうがないじゃん、気づいたら取れてたんだから。…それは、市内観光してた間は、あったんだよ?>
<はあ…じゃあ、僕の翻訳機を貸しますよ。>
<全てをスペイン語に翻訳するイヤホンがあっても、私的には余り助からないんだけどね。>
<ああ…それはそうですよね。>
<だから、その代わりフアンが通訳になってくれればね。>
<え、ええ。それは、構いませんけど。>
宏子の笑顔を見ながら、フアン=カルロスはこくこくと頷いた。
宏子は空を見上げる。
<雨、やんでるね…。これからどうしようか?>
<お土産は、もう大丈夫ですか?>
<うん。結局親と友達用に4つ買っちゃったから、もうお金も無いしね。>
<…>
<どしたの? さっきから。>
自分を見るフアン=カルロスに宏子が聞く。
<いえ…そんな風に笑うのか、と思って。>
<ん、え?>
<…あの、素敵な笑顔ですね。>
<…何、惚れた?>
<…その笑顔は、ちょっと違いますね。>
<…>
フアン=カルロスの念に瞬時にムっとした様子になる宏子。
<お父さんお母さんと、仲が良いんですか?>
歩き出すニ人。フアン=カルロスが宏子をちら、と見ながら念ずる。
<え? 悪くはないけど。何で?>
<…わざわざ、お土産、買ってるし…>
<うん…まあ、悪い訳じゃないけど…?>
<急に魔法少女になんてなったりして、何も言われませんでしたか?>
<うーん、最初は驚かれたけどね。でも、説明したら分かってくれたよ。>
笑顔で念じる宏子は、ふとフアン=カルロスの顔を見る。
<…フアン…つまり、フアンのお父さんとかお母さんが、何か言ってたりとか、するの?>
<え? ああ、そうじゃないです。いや、本当はどう思ってるのかは分かんないけど…それが神の意志なら、精一杯やってみろって言われました。>
<ふうん…>
横を歩く小柄な少年を見る宏子。
<…あ、ねえ、フアン。良かったらだけどさ。フアンの家見せてよ。こっちの人がどういう家に住んでるのかも分かるし、フアンの人となりなんかも、多少よく分かるようになるかもしれないからさ。>
<え、僕の家…ですか?>
<うん。私達さ、多分皆、長い付き合いになると思うんだ。幸か不幸かね。…だから、どうせなら仲悪いよりは仲良い方が良いじゃん?>
<え、ええ、それはそうです、けど…僕の家なんか来ても、別に楽しい物なんか一つも無いですよ?>
<それは自分はずっと住んでるからそう思うんだって。でも日本に比べたら、こっちの街並とか間違いなくずっと綺麗だからさ、私は多分楽しいと思うよ。それで、フアンが日本に来たら私の家を見せてあげるしさ。…それどころか下手したら住む事になりそうだけど。>
<あ、はあ…>
<ね?>
<いや、あの…佐藤さん。>
フアン=カルロスは口を閉じ、宏子を見つめる。
<その、すいません…家は全然汚いですから、佐藤さんに見せられるような状態じゃなくって…>
<別にそんなの気にしないって! っていうか、ウチの方が間違いなく汚いと思うよ。特にモニクの部屋ね。あれは…ま、ウチっていっても私の責任じゃ全然無いけど…。あれは。>
フアン=カルロスは首を振り、宏子の腕にすがった。
<ああ、そんなのじゃないです! もっと酷いです、絶対に! だから、本当に冗談とかじゃなくて、見せられるような状態じゃなくって!>
<は、はあ…>
宏子はフアン=カルロスの剣幕に足を止める。
<あ、その……ごめんなさい!>
頭を下げるフアン=カルロス。
<そ…別にそこまで謝んなくても、さ。あ、そうなんだ…まあ、急に押しかけようなんて言った私が無遠慮だったっていうか、ね?>
宏子は笑顔を作り、フアン=カルロスに頷きかけた。
<あ、その…ほら、多分、僕の家も警備の人とかテレビとか、絶対いると思うんですよ。だから捕まっちゃうだろうっていうのもあるし…>
<あ、そう、そうだよね。じゃあ、もうちょっと公園で暇つぶし…>
<…>
頭を下げ、宏子の足元に視線を固定していたフアン=カルロスは、ふと相手の念が響かなくなったので頭を上げた。
<…しないでも済む用事ができたね。>
手を伸ばし、軽く深呼吸をして宏子が通りの向こうを見る。
サクコブの生命体が、ゆっくり羽を揺らしながらニ人の前に浮いていた。
「Uhhhh!」
フアン=カルロスは宏子の腕にしがみついた。
<…フアン、安心して。どうせすぐ他の奴等も駆けつけてくるだろうし、フアンは取りあえず、自分を防御する事だけ考えてれば良いから。>
生命体に視線を向けたまま、宏子はフアン=カルロスの背中を軽く叩く。
<…で、でも僕も力にならないと…ひっ!>
ブシュウッ。
彼等の前に、生命体から光の弾が放たれる。それと同時に宏子は、フアン=カルロスの体を引き寄せながら右に倒れこむようによける。
シュウンッ。
一秒前まで彼等のいた所を通り過ぎていく光。
<これは雑魚かな? 一回に一発しか攻撃出来ないのかな?>
立ち上がりつつ宏子が念じる。
ブシュ、ブシュウッ。ブシュウッ。
前方に突っ込むように走り出した宏子がポケットからイハッジャを取り上げる。すぐに中央の石は光りだし、前方に現れた赤い光の弾が何度も生命体の方向に放たれる。
シュウウウウン…。
<つっ、相変わらずデカい割にすばしっこい…>
生命体は大きな体を揺らし、宏子の放った弾を器用によける。生命体は一旦急上昇し、すぐさま急降下しながら光の弾を放ってきた。
「Ahhhhhhhhhh!」
<フアンンン!>
ブズズ、ブズズズズ…。
生命体の放った光はフアン=カルロスの場所へ直進する。フアン=カルロスと光の間に干渉弾を撃つ宏子。
シュウウウウウウウウウウン…ボシュッ。
フアン=カルロスに向かっていた光は干渉弾に吸収され姿を消す。その数センチ先で、言葉も無いフアン=カルロスが膝を落とす。
<フアン、早く逃げて! そこで腰抜かしてる場合じゃないって!>
「...」
「んあ…」
思わず声を漏らす宏子。宏子はイハッジャを再び構え、一瞬両目を閉じた。
<…気律の力を我の頭上に!>
再び石から光が溢れる。目を開ける宏子は、自分が5メートル程度、空中に浮かび上がっている事を確認する。
ブズ、ブズズ…。
生命体は背後のオーラを感じたらしく、興味の対象を前方の少年から頭上の少女に移した。生命体を包む防御用の光の球が、その焦点を彼女の方向に向ける。
<ザナ…>
念じかけて、ふと宏子は周囲を見回した。
<…あれ?>
通りの遥か向こう、歩行者天国の終わっている先を車が走行しているのが、さっきまで遠目にちらちら見えていた。それがふと気付くと、車が全て停車しているように見える。
<…>
宏子は生命体に視線を戻す。生命体は宏子よりは下方、空中数十センチメートルを浮いた状態だが、こちらもどうも止まっているようだ。目に見える、あるいは気律の波動で感じられる光のゆらぎが、まるで無い。そもそもサクコブ生命体は絶えず舌を動かしているものだが、それも完全に停止している。
<…>
宏子は構えるのをやめ、ゆっくり降下して生命体の目の前、つまりフアン=カルロスの立っている路上に着陸した。
<ねえ、フアン、なんか、周りがおかしく…>
フアン=カルロスに念じかける宏子は、フアン=カルロスをもう一度見る。彼は宏子に全く反応せず、膝から崩れ落ちた体勢のまま、1ミリも動かず口を開けて生命体を見つめ続けている。
<…おーい。フアンー。聞こえるかー。>
フアン=カルロスの目の前で手を振る宏子。宏子は手をフアン=カルロスの口、鼻の前に近づけた。
「息…?」
呟く宏子。宏子は手をフアン=カルロスの胸につける。
「心臓…動いてない…」
宏子はふと、自分の胸に手をあてた。
「…動いてる…って、それは当たり前か。…これって、もしかしなくても、えっと…」
宏子は腕の端末に手を触れた。バーチャルディスプレイが宏子の前に表示される。
「だよね? やっぱ、私、時の魔法で時間の流れを抜け出したんだ? …空の魔法やったつもりだったんだけどな…?」
生命体がフアン=カルロスに数センチメートルという所まで迫っている、一見、非常に緊迫した状態の静止した光景に背を向け、宏子は画面の説明に見入る。
「まあ、いずれにしても多分、地球初の快挙か。後でジュチャに自慢しとこっと。」
ディスプレイの表示を消す宏子。
「えっと戻るのは…ウーサ・キュディヌ・ヒオ…だったよね? 時の練習なんて何度もやってないからなあ…」
呼吸を整えながら、宏子がイハッジャを前に掲げる。
「…」
宏子はふと自分の横に目を向けた。
「…戻る前に、始末つけなきゃ意味無いか。」
<フィア・ディシュー。>
宏子はおざなりな念とともにイハッジャを光らせる。
シュウウウウ…ボンッ。
宏子の光の弾はゆっくりと生命体に進み、そのまま生命体の場所で静止、やや膨らんでからシャボン玉が破裂するように消滅した。同時に体の殆どを失う生命体。
「うわ…」
球形の断面でえぐられた生命体の頭部が、不自然な形で空中に浮いている。宏子は思わず声をあげつつその断面に近づく。
「この状態だと…フアンに落っこちてくるよな。」
宏子は生命体と顔を付き合わせた状態のフアン=カルロスの肩を引き、数メートル離れた場所まで彼の体を引きずり、路上に座らせた。
<…それじゃ、戻るとしますかね。ウー…>
念じかけて、宏子はまた何かを考え出す。
「…この辺に、銭湯の男湯…無いかあ。アルゼンチンにそんなの無いよなあ。…ま、それは日本に帰ってからのお楽しみって事で…」
声に出さず、ニヤニヤ笑いで肩を揺らす宏子。
<…じゃ、戻ろっと。…気律の力を、我の頭上に。ウーサ・キュディヌ・ヒオ!>
シュウウウウウウウン…。
宏子の体を、赤い光が纏わりつくように包み込む。
ドサッ!
宏子の横で、空中に浮いた状態になっていた生命体の頭部が、地面に叩き付けられた。
シュウウウウウウウン…。
生命体の残骸は、同時にその影を薄れさせ、見る見る内にこの時空から消滅した。正確には、消滅というよりはサクコブ側でどこかへ瞬間移動させているのだろう、と宏子は思った。しかしその方法や理由は宏子には全く想像がつかない。
「Uh...Que?」
フアン=カルロスは声を上げ、辺りを見回す。
<え、あの…佐藤さん?>
<一見落着。>
急に周囲の景色が変わり、目の前の生命体も消えた。フアン=カルロスは宏子の方を見る。宏子は、手の埃を払うようなジェスチャーをしながら微笑んだ。
<…佐藤、さん…え? モンスターは? 倒したんですか?>
<佐藤さんを信じなさい。>
立ち上がるフアン=カルロス。腰に手を当てる宏子は、楽しげにウインクしてみせる。
<で、でも…今の今まで、モンスターはここ…じゃない、あそこに突進してて…というか、僕は何でここに?>
フアン=カルロスは改めて周囲を見回す。
<今さっきまでそっちにいたのに? それに、佐藤さんがモンスターを倒すところ、全然目に止まらなかったですよ?>
<そりゃそうだわ。私今、止まった時間の中にいたんだから。>
<…止まった時間?>
<ん。この時間の流れを抜け出して、一人だけ、時間の止まった世界に入り込んだの。だからフアンも、サ…モンスターも、全部止まってて。それなら倒すのは楽だし、その後でモンスターの死骸にぶつかっちゃわないように、フアンもちょっと動かさせてもらったけど。>
<そんな…事が、出来るんですか?>
自分の体を見ながら、フアン=カルロスが尋ねる。
<クザラルの魔法に時、空、系の3種類があるっていうのは、もう聞いてるよね? その内の、時は、究極的にはそういう魔法。…私も今、初めて使えたんだけどね。>
<はあ…でも、モンスターがいないって事は、本当に本当、なんですよね…。>
フアン=カルロスは驚いた顔のまま周囲を見回す。先ほどまでの光景が嘘のように、サクコブ生命体の姿は全く消えている。
<…凄いです! 佐藤さん…佐藤さんは命の恩人です!>
<…>
フアン=カルロスは宏子の手をとり、頭を下げる。やや照れくさそうにした宏子は、ふいに微笑みフアン=カルロスに念を送る。
<…今度戦う時は、フアンが恩人になってね?>
<あ、はい!>
ニ人は笑いあった。
<…じゃ。そろそろ帰ろうか。ホテルに。>
歩き出す宏子。
<…あ、傘あんなとこに投げてたね。>
宏子はふと道に放置された2つのビニール傘に目をやり、それを取りに行く。
<…あの、佐藤さん。>
<ん?>
<良かったらですけど…家…僕の家、来てくれませんか?>
<…>
傘を拾い上げる宏子が、その動きを止める。
<…良いの?>
<もちろんです。佐藤さんなら大歓迎ですよ。>
<…>
<…あ、いや、本当の事言うと…恥かしかったんです。僕は…ここじゃ、国の英雄って事になってるんですけど…僕の家は、そんな、外国の人に誇れるような所じゃないから…>
<…フアン…>
<小さくて汚い部屋なんですよ。来れば分かると思いますけど…だから、魔法少女の皆さんには、とてもじゃないけど見せられない、って…>
<…>
<でも、何でだろう、今、佐藤さんには…見て欲しいです。本当の、英雄なんかじゃない僕の本当の家を…いや、うん、今さっきの戦いで僕は何も出来なかったですから、もう佐藤さんには隠すものもないですし…>
<…フアン。>
<…あ、でもやっぱり迷惑ですよね急に? 戦闘もあった事だし、もうさすがに家出も続けちゃ駄目でしょうから、まずはホテルに>
<早く連れてって。フアンの家。>
<え? は。はい…。>
しゃがみ込み、フアン=カルロスの目線で微笑む宏子に、フアン=カルロスはやや頬を紅潮させながら頷いた。
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