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ロの字型に並んだテーブルに、各国の要人が座り、通訳の言葉を聞いている様子が映し出される。
「今回の事態に対しG8は緊急提言として、地域対立、国家エゴを越えた新たな防衛態勢を整える事が大至急必要だとし、国連軍、NATO軍を主体とした「地球軍」を創設する、という先のアメリカの提案に支持を表明しました。また、先ごろ地球に赴任したクザラル魔法協会レー地球関係課師との共同声明では、地球とクザラル星の更なる交流拡大、地球人がクザラルの宇宙船に乗船可能となるための技術の早期開発、等を通して、クザラル星との同盟関係を更に発展させ、「モンスター」への対応に努めるとしています。」
テーブルの真ん中では、茶色い肌の、中年のクザラル人女性が穏やかな顔で両手上げをしている。

「…」
翻訳機のエウグ語を聞きながら、ジュチャはディスプレイに表示されるCNNのニュース画像を頬杖をついて眺めていた。
ライムグリーンの机の上で、少し難しげな表情のジュチャは軽く息をつく。
−ま、確かに私よりは経験豊富よね……よりはどころか。いくつか戦績だってある人だし、何しろ五級だし…ようやくクザラル人も少しは地球を重要視しだした、って喜ぶべきなのよね、もちろん…。
ジュチャは目を閉じ、腕は付けずに手を前で組んで、深呼吸をする。
−それはそうなんだけど…何か割り切れない…これは、やっぱり私の権力欲による嫉妬なのかしら…? 許しの心を私はまだ得ていないの…?
「…分からない…」
ポーン、と電子音が鳴った。
ディスプレイには、発信者ソドゥ、と表示されている。
「…何?」
「クザラル星からジュチャさんへ、私用の映像通信です。」
スピーカーから聞こえるソドゥの言葉にジュチャは眉をひそめる。
「はあ? 私用で使えるような安い回線じゃないのよ。私がそんなのを受けたら部下に示しがつかないじゃない。」
「…それでは、回線を切断しますか?」
「丁重にお断りしておいてよ。って、誰がかけてきたの、そもそも?」
「トゥンジュ・ゴーノさんです。」
「トゥ…は? トゥンジュゴーノ?」
素っ気無いソドゥの言葉に、思わず立ち上がって声を出すジュチャ。
「トゥンジュ・ゴーノさんです。」
「って…冗談でしょ? 私いないわよ、そんな名前の知り合い。「どこか」で聞き覚えはある名前ではあるけど…」
「「私用」という表現が、多分あの方なりの冗談なのではないでしょうか。」
「はあ…本当? ソドゥ、あなた何か企んでないでしょうね?」
「クザラル星の事実上の最高実力者を自分の冗談に引き合わせるほど、私は気が強くはありません。」
ジュチャは自分の額に手を当てる。
「…ふう…分かったわ。お繋ぎして。」
「分かりました。」
ソドゥの言葉が途絶えると同時に新たなバーチャルディスプレイが表示され、茶色い肌の男性が映し出された。
男性は、地球人の感覚で言う60歳代程度の見た目だが、その目は常に力強く、ある意味無分別な若者のような自信に満ち溢れている。
「やあ。」
「市…市民代表。」
ぎこちない動作で両手上げをするジュチャ。
「これは私用だ。そんな呼び方はしないでくれ。トゥンジュで、充分だよ。」
トゥンジュは、少し抑揚になまりのあるエウグ語でそう言うと、微笑んでみせた。


魔法少女佐藤

第10話「魔法少女の魔法学校」


「それでは…トゥンジュ。失礼を承知で言いますが、急に、どうされたのですか…執務でお忙しいのでしょう?」
「そんな事はないさ。そもそも高級会議傍聴市民代表の仕事と言ったら、とにかく会議を聞くだけなんだからな。」
「また、御冗談を…でも、お目にかかれて本当に光栄です。」
ジュチャはまたモニタに向かって頭を下げる。
「そんな聖職者扱いしないでくれ。私はあくまで、一介の市民なんだぞ。」
「…一介の市民が支持率84%なんて取りますか。」
「あれは多分、私が家庭で妻といる時間を少しでも減らそうとする誰かの陰謀なんじゃないかと、疑っているんだがね。」
「またまた…」
軽く笑ってからトゥンジュは表情を変え、モニタ越しにジュチャを見る。
「君には以前から話をしたいと思っていたんだが、中々時間がとれなかったんだ。ようやく暇が出来て電話をかける事が出来たが、また10分後に委員会の会議が待っているという状況でね。」
「お忙しいなか、御厚慮ありがとうございます。」
「そちらこそ。それで、さっそくなんだが、レー課師の様子はどうだった? 彼女は地球人と上手くやっていけそうかな?」
「え? ええ。直接赴任式に立ち会ってはいませんが、彼女なら人望も厚いですし、大丈夫ではないかと思いますが。」
「ああ。レー課師は私も知っているが、彼女は問題無いだろうとは思っている。」
頷くトゥンジュ。
「しかし私は、本当は君が地球大使のままで良いだろうとも思っていたんだよ。」
「そ、そうでしょうか…」
「ああ。確かに年齢こそ若いが、今までの政策研究等は評価が高いし、魔力も申し分無いだろう。何より部下からの信頼が非常に厚いと聞いているしな。」
「身、身に余る御褒めの言葉有難うございます。」
再び頭を下げるジュチャ。
「しかし、会議の魔術師連中にはやはり、年齢とか、出身国の政治力とか、下らない事を気にする老人達が多くてな。別にレー課師の問題という訳ではないが、パ出身であるという事で、コココ諸国やニグーワーのような発展途上国からの支持を得やすいという部分もえてして出てくる訳だ。」
「…少なくともニグーワーは先進国だったと思いますが…」
「ああ、失礼。とにかく、私としてはジュチャ、君の才能は大きく買っている。しかしこれからはレー課師が地球の指導者達との外交に出る事が多くなるだろう。その分君には、今以上に地球の魔法少女達の指導観察の仕事を頑張って欲しい。」
「え、ええ…」
「今までに少なくとも8人が推定NK100以上に到達している。もっともその全員が何らかの形でモンスターの来襲を受け、内三人は、不幸にして既に亡くなってしまっているが…更に、推定10以上のNKの地球人も17人見つかっているからな。まだまだ魔法少女達は増えるだろう。君の仕事もそれだけ責任が重くなるという事だ。」
「はい。」
「これからもモンスターは地球同朋を襲う事があるだろう。その時に彼等を守り、また、彼等が自分を自分で守れるよう教え導いていくのは、彼等と出会った我々の運命であり、また責務だ。我々は常に許しの心をもって他者と接していかなければならない。」
「承知しています。」
頭を下げるジュチャ。
「厳しい仕事だと思うが、私は君なら出来ると信じている。引き続き頼むよ。」
「はい。」
画面の向こうのトゥンジュが、画面の外の秘書に何やら目配せしているのをジュチャは見た。ジュチャは急いで頭を上げた。
「ところで、トゥンジュ。誠に恐縮ながら、よろしければ、二、三、御意見を伺いたいのですが…」
「ん、なんだい、何でも聞いてくれ。」
秘書がいると思われる方向から視線を外し、前を向いたトゥンジュが答える。ジュチャは軽く息を整え、相手を見据え言った。
「先のブエノスアイレスの敗戦の件ですが、何度状況を調べても埒があきません。戦った地球同胞の魔法少女達に落ち度があったとは考えられませんし、そもそも目標のモンスターが完全に消滅した後で無数の攻撃弾が落ちてきたというのは、理論的にあり得ないのです。…トゥンジュでしたら、これは一体何が起きたのだと思われますか?」
トゥンジュは殆ど間をあけずににこやかに答える。
「そうだな…理論的にあり得ない事が起きたという事は、その理論、あるいは理論検証の過程に何らかの誤りがあるという事だ。例えば…モンスターは完全には消滅していなかったのかもしれない。」
「お言葉ですが、ほぼ消滅していたのは間違いない訳でして、仮に万が一、ほんの少しのかけらが残っていたとしても、それで数百万人規模の都市を壊滅させる程の、攻撃弾の雨をもたらすのは難しいと思いますが?」
「しかし今回のモンスターの攻撃弾は無限増殖型だったんだろう? 君も93年のオジャーハの大虐殺は知って…少なくともテレビのニュース映像で見た事はあるだろう?」
「もちろんリアルタイムで知っています。それを知らない程若い訳じゃありません。」
苦笑するジュチャ。
「それなら尚更だ。あのタイプは危険なんだよ。ちょっとの失敗でも、取り返しのつかない大惨事になってしまう。モンスターがもしあれを頻繁に使っていたら、我々だってもう生き残っていなかっただろう。」
「はい…ですが、今回の場合は本当に完全に消滅していた訳でして…」
「生徒を信じたい気持ちはよく分かるが、我々の仕事に「完全」という物は無いんだ。」
トゥンジュの強い口調に、ジュチャは息をのんだ。
「…それにあるいは、彼等は時間を逆行して攻撃弾を過去に送ったのかもしれない。」
「それは…考えられません。これまでの彼等の地球での攻撃は、はっきり言えば稚拙なレベルのものでした。ここで急に、そこまで高度な魔術レベルを持ちえるというのは非論理的ではないでしょうか。」
ジュチャの声に、若干の戸惑いのトーンが混じる。
「ジュチャ、君の教える地球同胞の魔術開花はどうだった、常識的なスピードだったか?」
「それは…」
「とんでもない。君の教える子供達は皆、信じ難いスピードで魔力を伸ばしているというじゃないか。その、今回のモンスターを消滅させたというダークイエローの肌の子は、急にゼロ時空間に入る能力を得たんだろう?」
「え、ええ、実際そうなのだと思います。」
「…ゼロ時空間に入れば、次の一歩はマイナス時空間だとは思わないか?」
「それは…理屈の上ではそうかもしれませんが、プラスからゼロとゼロからマイナスでは比較にならない程難易度の差があります。九九が言えるのと微積分が解けるのを一緒にしてはいけません。」
「なるほど? 君ぐらいの魔術者が言うなら、確かにそうかもしれないな。」
「あ、いえ…そんなつもりでは…」
「まあ、私が言いたかったのは、それ位に異星人の行動は予測がつかないという事だよ。友人であれ敵であれな。」
「…はあ…」
「理論的にあり得ない事が、実際には起こったんだ。つまりはその理論に穴があった。どこかでモンスターの力を見限り、これ位なら楽に勝てると…」
手を組み語っていたトゥンジュは、ふと画面の外の一方向に目を向ける。
「…ああ、分かった。今すぐ行くと伝えてくれ。…ジュチャ、すまない。本当は君ともっと話していたいんだが、委員会の連中がうるさくてね。」
「…あ、いえ。こちらこそお引き止めして申し訳ありませんでした。」
「とんでもない。楽しかったよ。また今度暇が作れたら連絡したいんだが、良いかな? まあ、僕のような無粋な中年男と話すのも、君にとってはつまらないかもしれないが…」
「とんでもありません! それこそ身に余る光栄です、いつでも御連絡をお待ちしております。」
頭を下げるジュチャ。
「ありがとう。それじゃあ良い関係性を。」
トゥンジュは両手をつけ、さしだすように上に上げた。
「良い関係性を。」
頭を下げたまま、ジュチャも両手上げを返す。
ピッ。
トゥンジュの映像は消え、バーチャルディスプレイは通話時間と料金を示す電話会社の表示に切り替わった。
「…ふううう…」
頭を下げ手を上げたまま、ジュチャは深いため息をついて目を閉じた。


窓の向こうから雨が降っているのが見える。照明のついた体育館の板張りの床の上で、リジュワナは黙々と魔術の練習をしている。そこからやや離れた場所で、モニクとアリーザと小英がお互いの練習用ビデオを見せあいながら何やらテレパシーで会話を交わしている。
そこからまたやや離れた場所で腕を組んで仁王立ちしている宏子は、目の前の相手を睨み上げて念じた。
<じゃ、ちゃんと説明出来ないの?>
<…今はね。何かの見通しが間違っていたとしか言えない。何が間違っていたのかは、今全力で調べているところよ。>
同じく腕を組んだジュチャが答える。
<で? その間違いの結論が分かるのはいつ?>
<出来るだけ早くしたいと思っているわ。>
「ふう…」
ジャージ姿の宏子はわざわざ声に出すように息を吐く。
<あのさ。そういう答え以外に何か無い訳? この前何人死んだか分かって言ってんの?>
<877万4千人ね、今朝のニュースの数字だと。>
<…っ>
手が頬を叩く音が体育館に響く。それはむしろ鈍く、小さな音だったが、体育館にいた他の魔法少女達の動きを止め、視線を集中させるには充分な大きさでもあった。
ジュチャは腕を組んだまま、宏子を見続けていた。
<ちょっと、ひーこ! ジュチャさんに当たったってしょうがないんだよ!>
宏子の隣に立っていた美耶がきつい調子で念じる。
<…当たる? …私は事態の重大さを、監督者に少しでも理解して欲しいだけなんだけどな。>
<理解しているわ。…だからこそ、雨の日でも練習出来るように市民体育館を借りているんでしょう。>
ジュチャは軽く肩を上げた。
<ば…><それは素晴らしい配慮だ、さすがジュチャ観察議員だけの事はあるな。>
<…何よ、プロジェクト長。いつからエウグ式の誉め殺しなんか使うようになったの?>
ジュチャは宏子の隣に立ち、彼女のイメージを遮るように念を送ったプオラギイックに目を向けた。
<いやいや、我々青色人種は常にゴニ教徒の文化侵略にさらされているからねえ。>
プオラギイックは冗談めかして念じる。
<厳しい指摘に胸が痛むわ。…で? あなたもビンタがしたいの? 今度は右頬にする?>
<まあ、それも魅力的ではあるが質問をしたい。>
ジュチャは軽く両手を上げてみせる。
<答えられない事もあるわよ? っ…>
<…本当に何も知らないのか? ジュチャ?>
<…>
プオラギイックはジュチャが上げた両手をつかみながら念じた。ジュチャの耳がざわ、と動く。プオラギイックの隣の宏子と美耶は、口を開けたままプオラギイックの方を見ている。
<…ふう…>
一瞬驚いた表情になったジュチャは、疲れたように鼻息をついた。
<正直に答えてくれないか。>
<正直? …正直…ここまで同僚達に信用されていないっていうのはショックよね。>
無表情に戻ったジュチャが答える。
<…>
プオラギイックは手を離して再び問い掛けた。
<…お前が個人的に信用出来ないって思ってる訳じゃない。ただ、状況が不審なのはお前も認めるだろ? どう考えても、ブエノスアイレスで起きた事は理解が出来ないし、俺達が戻せなかった宏子の記憶はモニクがあっさり戻したし、この前リジュワナが見聞きしてきた事だって、俺は聞いた事も無かったし…>
<私はあったわよ。プオラギイックももう少し国際ニュースをよく見ていた方が良いわね。>
<…仕事が忙しくてな。>
<そういうのも仕事の内。…でもね、HNKの言ってる事を間に受けるなんて、理性ある人のする行為じゃないわ。…これは人種がどうこうって事じゃなくてよ。むしろ彼等が、人種差別を利用して自らの勢力を拡大しようとしている悪質な集団じゃない。ちょっと考えれば分かる事よ。>
<HNKがどういう奴等かは知らないけど、>
宏子がニ人の間に割り込む。
<そいつらの言ってる事が正しいか正しくないか、何で私達が判断出来ないの? そういった事を全部隠してるから、信用出来ないって言ってるんでしょ。>
<全部隠してなんていないわ。でも逆に、クザラル星で起きている各種ニュースを全部逐一あなた達に報告しているような時間も無いの。あなた達地球人だって、毎日色々なニュースが起きているのを一々全部私に教えたりなんかしてる?>
<でも魔法協会は大分以前から地球を観察していたし、今だって情報は常にキャッチしているからな。それに比べて俺達が知る情報は不公平に少なくないか、と思うんだがな。>
<「俺達」って、>
腕を組みなおしてジュチャがプオラギイックを見やる。
<あなたどこから見てもバリバリのクザラル人じゃない。しかも魔法協会員の。>
<名前はな。でもここに来るまでは正会員の登録もしていなかった。>
<別に自慢する事じゃないでしょ。>
<高級会議の議員さんだったら、俺なんかよりも知る情報は多いんじゃないか、と思うのは偏見か?>
<偏見ね、はっきり言って。大体議員て言ったってピンキリだし、セジュ・クフィの私のデスクはあなただって毎日のように見てるでしょ。何かを隠せるような静かな個室じゃないじゃない。>
<少なくともHNKの主張に関しては、お前は知っていて俺達はそれを知らなかった。宏子の記憶を戻す方法はその辺のオンラインクリニックで簡単にあったのに、俺達はそれを知らなかった。>
<分かった、分かったわ!>

ジュチャはプオラギイックを押さえるように両手を上げて見せた。
<降参。確かに私は連絡の義務を多少サボる事もあったし、宏子の記憶を戻す方法に関しては、自分で調べると言っておいて、リサーチがまだまだ甘かった。これは謝る。ごめんなさい。…だけど、私も分からない物は分からないの。ブエノスアイレスの事に関しては、本当に何も知らないのよ。だから今一生懸命調べてるし、何か分かったら絶対伝えるわ、良き関係性に誓って。でも、今は私も知らないの。何であんな事になってしまったのか、正直私も、全然見当がつかない。>
<…>
プオラギイックと宏子は、無言でお互い目を合わせた。
<もしあなた達にまだ私を信じる心が残っているなら、少なくともその事は信じてほしいわ。私にも、何が何だか分からないの。ただ私に分かるのは、敵はどんどん強くなっているという事。少しでも気を緩めたら、今度は東京もやられるわ。その次はメキシコシティー、次は上海、ニューヨーク、サンパウロ、ソウル…そうなる前に何とかして、皆で力を合わせて食い止めないと。今私に分かるのはそれだけよ。>

<…>
プオラギイックとしばらく目を合わせていた宏子は、やがて無言で体を向けると体育館の出入り口の方へ歩いていった。
<ちょ、ちょっとひーこ?>
<…喉が渇いたから何か買ってくる。>
<ま、待って、私も行くから!>
さっさと歩いていく宏子を、美耶が小走りに追っていく。

<…>
プオラギイックはその様子を無言で眺めていた。
<あなたは追っていかないの?>
<…ちょっと言い過ぎたかもな。>
<何が。私に?>
肩を上げ、同意してみせるプオラギイック。
<…それは別に構わないけど…あなたって本当に地球人になってるわよね。>
<そうか? そうなら嬉しい評価だが…>
<喜んで良いわ。本当よ。…だって、普通あんな事があった後、クザラル人だったらまず自分の魔力をもっと上げようとするでしょ。そこであいつなら真相を知っているかも、って仲間に聞き立てしようとするのって、いかにも地球人的だと思わない?>
<…俺も悪かったが、随分恨みがましい言い方だな。>
目を細めつつプオラギイックはジュチャを見る。
<そういうつもりじゃないんだけどね。>
<…まあ、そうかもしれないけどな。>
腕を組んだままプオラギイックは息をつく。
<…本当に入れ込んでるわね…>
<ん? 何が?>
<そんな事一々言わせないでよ、エネルギーの無駄でしょ。>
<…あのな。俺はだから別に、宏子とは何にも>
<はいはい。ニグーワー人の男が嘘つきなのは充分分かったから、向こうに行ってくれる?>
ジュチャは軽く手を振る。
<宏子の所に行きなさいよ。いじわるばあさんに苛められたんだから慰めてあげないと。>
<いや…宏子はまだ良い。お前をまだ信じているからこうやって聞いたんだ。>
ジュチャはプオラギイックの念に表情を改め、彼の顔を見た。
<お前に聞こうともしない連中…特にアリーザとリジュワナは、今、お前の事を殆ど信じていないだろう。…多分俺の事もな。>
プオラギイックは、こちらにそしらぬふりで黙々と練習を続けているニ人を眺めていた。小英は練習をするでもなく、まだバーチャルディスプレイのビデオを見続けている。モニクは先ほど宏子が出て行った時しばらくこちらと出入り口を見ていたが、今は宏子を追って体育館の外に出て行ってしまった。
<…嫌な生徒の揃った教師役ね、つくづく…>
<…だから、少し位生徒の素行に問題があっても、許しの心を持たないと、な?>
<何よ。今度は何を言いたいの、プロジェクト長?>
ジュチャが眉を上げた。


<…>
曇り空の夕方、グラウンドの方からの運動部員達のかけ声が聞こえてくる。校舎の横側から体育館の方まで伸びている屋根付きの屋外通路を伏せ目がちに歩いていた宏子は、前方の人影に気付いて足を止めた。
<…>
宏子は上げていた視線を戻し、再び歩き出して目の前の人物の横を歩いていく。
<無視しなくても良いでしょ。露骨に視線合わせといて。>
<…>
宏子はリジュワナの念に立ち止まり、彼女の方を見る。
<何か用?>
<…用はあるわ。>
軽く肩を上げながら、両手で鞄を持っている制服姿のリジュワナは宏子の横まで歩いてやってきた。
<でも、もし用が無かったら、声をかけちゃいけなかったかしら? そこまで嫌わなくても良いじゃない。一応私達、「チームメイト」なんでしょ?>
<…別に嫌ってないって。>
素っ気無く答え、同じく制服で鞄を持っている宏子は、通路を歩き出した。歩調を合わせるリジュワナ。
<ただ単純に機嫌が悪いだけ。>
<出来れば早く機嫌を直して欲しいわね。最近雰囲気がギスギスしてて困るわ。>
<…あんたに言われたくはないけどね。>
<私の愛想の無さは元からだから、問題にはならないわ。>
<…そんな自慢気に言う事じゃないと思うけど。>
リジュワナのすまし顔を見つつ念じる宏子。二人は通路を離れ、校舎の前の道を校門に向かって歩いていく。
<…機嫌悪くするのは、まあ、人の勝手でしょうけど。ただ機嫌悪くしているだけで、問題が解決するという事はまれよ、宏子。>
<…そりゃあ、そうかもしんないけど…>
宏子は歩きつつ、リジュワナを見る。
<…ブエノスアイレス、で、一体何が起きたのか、昨日ジュチャに聞いたよ。>
<練習の時間でしょ。サボる交渉をしているように見えたわよ。>
<悪かったね。…でも、聞いたけど、あいつは何も知らないって…プオなんか私と一緒になって聞いてたし…>
<宏子。秘密を知っている人間に、普通に聞いて「はい知ってます」って答えると思う?>
<…答えない事の方が多いとは思う。>
<答えないわよ。100%。特にクザラル人みたいな洗練された人種はね。ジュチャが仮に何か秘密を知っていたら、それを私達から隠す事に間違いなく全力を注ぐわね。>
<そうかな…>
<そうよ。>
校門を通りながらリジュワナが答える。
<彼女が個人としてどうかはともかく、彼女の職業はそういうものなのよ。ジュチャが、現実に何か秘密を知っているかどうかは分からないけど。少なくとも彼女に聞いても無駄ね。どっちの場合も、答えは「ノー」になるんだから。>
<…あんたってさ、一見冷たそうに見えて、時々本当に冷たい奴だよね。>
<そうらしいわね。祖母にまでそんな感じの事を言われた事があるわ。>
田んぼ道に出るニ人。リジュワナは全く意に介さない様子で肩を上げた。
<でも、特に間違った事を言ってるつもりは無いわ。>
<…でも、…確かに、リジュワナの言ってる事が正しいのかもしれないけどさ、でも…ジュチャが知らないって言ったとき、何か、彼女、本当に知らないって感じがしたんだ…>
宏子の念に、リジュワナは視線を彼女の方に向ける。
<何て言うんだろうな…理屈じゃないんだけどさ。アイツ…何だかんだいって結構嘘つくの下手な感じない? でも何か青筋立てて「知らないんだよっ」て感じで答えてて、うーん…何か、本当に知らないのかなって。嘘ついてるようには見えなかった。>
<…もしかしたら、そこまで全部、彼女の巧妙な演技なのかもしれないわよ。>
<うん。確かにそうなんだよね。だけど…うん…>
<状況証拠で言えば、クザラル人が信用出来ないというのはほぼ確定的な事実ね。>
<…でも、プオやジュチャがいなかったら、私達もう生きていなかったと思う…>
<「まだ」生きてるっていうだけかもしれないわ。明日も生きていられるかどうかは分からないのよ。>
<…>
宏子は無言で、ただ不愉快そうに眉を上げた。
リジュワナは立ち止まり、道沿いに走る用水路と、その向こうの水田を眺める。
<別に、プオラギイックの悪口を言おうとしている訳じゃないのよ。>
<分かってるよ。大体、プオの悪口言ったって別に良いじゃん。私は別にプオの事を何とも思ってないんだから。>
<…>
リジュワナは横目で宏子の顔を見て、軽く笑った。
<何かおかしい?>
<別に…>
<何よ。>
<何でもないわよ。>
リジュワナは首を振りつつまた歩き出す。むっとした顔の宏子が後に続いた。
<あなたって一見子供っぽく見えて、時々本当に子供よね。>
<…しょうがないじゃん。実際子供なんだから。>
多少頬の熱くなっている宏子は膨れながら目をそらした。


シュウウウンズバアアアアアアアアン!
紫色の光が何も無い空間から差し込んでくるように現れ、風を渦巻かせながら充満し、やがて飛び散った。
ちゃぶ台でファッション雑誌を読んでいたアリーザは、突然の強風に片手でページを押さえ、片手で前髪を押さえしながら目を細めた。
<……いらっしゃい。>
<っと。>
光の中から現れたリジュワナは、床に散らばる化粧品か何かのビンにつまづきかけながら、アリーザの方を向いた。
<…何だか、ちょっと怒っていない?>
<私ですか? そんな事はないですよ。>
自分のワンルームアパートに唐突に瞬間移動してきた相手に答えつつ、アリーザは立ち上がって壁際のワンドア冷蔵庫に向かう。
<おさ…ジュースを何か、飲みますか。>
<…「おさ」って何よ。>
<…「液体」と言おうとしていたんですよ。>
<英語では成り立つ駄洒落なのは想像がつくけど、ベンガル語でも、テレパシーのイメージとしても、その言い訳は成り立っていないわよ。>
リジュワナはちゃぶ台に座りながら息をつく。
<まあ、今更あなたに飲むななんて言わないけど。無駄だろうし。私はミネラルウォーターが良いわ。無ければ、水道水で。>
<コーラとグレープフルーツジュースはありますけど…>
<じゃあ、コーラで。>
冷蔵庫を向いたまま、アリーザは軽く頷き、コーラのペットボトルを持って立ち上がる。
<やっぱり、表は警備の方々が多そうですか?>
<さあ。見てないから何とも言えないけど、多分いつも通りじゃないかしら? ただ、多い少ないはともかく今日は特に見られたくなかったから。>
<…ホクさん、状況を楽しんでますね?>
<そんな事はないわよ。私はあなたみたいに図太くはないの。>
<それは謙遜のしすぎです。>
背を向けながら念じるアリーザは、シンクでグラスにコーラを注いでいる。
<とにかくジュチャ達に監視されるのは、私はあまり愉快じゃないから。>
<私達を見守る存在は偉大なる神だけいれば十分ですよね? はい、どうぞ。>
ちゃぶ台に戻ってきたアリーザは、両手に持ったグラスのうちの一方をリジュワナに手渡す。
<ありがと。…あなたに神の事を言われると多少引っかかる部分がないでもないけど、まあ、その通りね。>
<しかし実際の所、この部屋も監視装置や、盗聴器がどこに仕掛けられてるかも分かりませんけれどね。>
リジュワナの向かいに座りながらアリーザが念じる。
<そうね…見られるのは困るけど…まあ、テレパシーで話す分には、何を言い合ってるかまでは分からないでしょ。>
<どうでしょうか。テレパシーを聞く魔法技術を使った、盗テレパシー機が無いと言い切れますか?>
<…そうね。あっても不思議じゃないわ。>
<一応この部屋全体は、系の魔法で私一人がいるかのように見せかけています。そのつもりです。成功しているかどうかは分かりませんが。>
<賢明な処置、だけど…大丈夫、疲れない?>
<疲れます。ですから余り強力には出来ません。一応の気休めですよ。>
アリーザはグラスに口をつけながら答えた。
<そう…じゃあ早く話を済ませた方が良いわね。>
リジュワナは眼鏡を上げ、アリーザを見た。
<納得出来ない事だらけだわ。まず一番は、ブエノスアイレス。もう目標のモンスターはいなくなったはずだったのに、あの雨はどこから降ってきたのかしら? これからもあんな事が続いたら、私達はひとたまりもないと思うんだけど。>
<まあ、私には、分からないとしか答えようがないですが。>
アリーザは手を頬に寄せ、首を傾ける。
<今までとは別格の出来事ですね。それがサクコブがより地球に適合した結果なのか、何か違う意味があるのかは分かりませんが。今までの私達の魔術練習は、直接的には無意味な物になったような気がします。>
<そうね。それじゃどうしたら良いのかしら? どうしたら、あれを繰り返さないですむ?>
<情報が少なすぎますね。まず何が実際に起きたのかを知らない事には、対処のしようがありません。>
<私達が情報を得るにはどうしたら良い? ブエノスアイレスに戻る?>
<まあ、それも一つの選択肢とは思いますが…>
アリーザは軽く唇をかんでから、自分の腕に目をやった。
<…やっぱり、そう思うわよね。>
リジュワナは自分の腕端末に目を向けながら頷いた。
<これ以外無いでしょう。…と言っても、プオラギイックさんが自分の端末を取り戻してしまいましたから。宇宙へ通信が出来ないですね。>
<そうなのよね…>
同意するリジュワナ。彼女は自分の端末に触れて目の前にバーチャルディスプレイを表示させ、タッチパネルを適当に操作しだした。
<何とかこれで通信は出来ないの?>
<普段これでプオラギイックさん、ジュチャさんからの連絡が入る訳ですから、もちろん通信の機能自体はついています。問題は、この特定の端末同士の通信機能、いわゆるLANが、そこから外の回線には繋がっていないという事でしょう。>
<…機械の事は良く分からないんだけど…じゃあ、どうすれば外に繋げられるのかしら?>
<まあ、私も詳しくは。基本的には、ハッキングでやるしかないんでしょうね。>
<ハッキング…?>
<コンピューターの処理行動をこっちで勝手に乗っ取って、回線に侵入するという犯罪的な方法しかない、という事です。>
<…なるほどね。でも、侵入って言っても外の回線に繋がる機能がそもそも無いんでしょう?>
アリーザは無表情でまぶたをまたたかせる。
<機能のある端末に繋げば良いんですよ。この前フェヨールさんはプオラギイックさんの端末に御自分の物を物理的に接続していましたが、あれを無線でやっても同じはずです。…より困難な話ではありますけど…まあ、フェヨールさんなら、ある程度具体的な手順が分かるんじゃないかと思いますが。>
リジュワナは首を振った。
<モニクはね…どうも、今回は一緒に行動したく…というより、させたく、ないのよね。宏子もだけど。>
<それは…二人が嫌い、という事ではないですよね。何か不都合が?>
<二人とも…クザラル人を信じているのよ。今日学校帰りに宏子と話したんだけど、悪い意味で「良い人」というか…>
<それはむしろ、フェヨールさんでしょう。佐藤さんの場合は、プオラギイックさんへの個人的感情につきますね。>
<まあ、それもある…というか確かにそれが大きいのかもしれないわ。>
私には理解出来ない、といった様子でリジュワナが肩を上げる。
<とにかく二人とも、もし仮にクザラル人が、私達の味方とは言えないような事をしていた時、それを受け止めきれないと思うのよ。>
<…受け止めきれないというよりは、受け止めようとはしない、という感じではないでしょうか。>
<そうかもね。でも、私が言いたい事は分かるでしょう?>
<ホクさんが友達思いなのはよく分かりますよ。…ああ、「チームメイト」思い、ですか。>
リジュワナの顔を見て念じ直すアリーザ。
<…それでは、蔡さんはどうですか?>
<あれは論外よ。宏子よりも協調性が無いし、何よりまだ子供じゃない。>
アリーザは少し笑い、目を閉じる。
<皆さん、蔡さんへの評価が辛いようですが…多少お話した限りでは、彼女の知性は大した物だと思いますよ。もしかしたらこの5人の中では一番かもしれません。>
<冗談でしょ。>
<とんでもない。それに、彼女の現実の捉え方は大変的確で…悪く言ってしまうなら、ドライです。彼女なら、クザラル人への判断も客観的に行えるのではないかと思いますよ。>
<…>
アリーザの念にやや驚きつつも、リジュワナは考え込む表情を見せる。アリーザは譲歩するように眉を上げて、コーラに口をつけた。
<…でもまあ、年齢的にまだ子供なのは事実ですけれど。>
<…そうね。…>
リジュワナは黙って自分の前のディスプレイを見ている。声をかけるアリーザ。
<…どうかしましたか?>
<…通信が入ってるわね。>
スイッチを押して端末のバイブを解除しながらリジュワナが答える。
<え、敵襲ですか? …でも私には来てないですよ?>
アリーザは自分の端末に目をやる。無言で首を傾げ、腕端末を操作するリジュワナ。
<…これは…>
リジュワナはバーチャルタッチパネルで操作を続ける。ベンガル文字の画面を眺めつつ、アリーザが聞いた。
<何ですか?>
<…あ、ええ。転送するわ。>
アリーザの目の前に、英語の画面が現れる。
<「極秘 ホクさん、はじめまして。緊急の御連絡があります。」発信者、HNK…>
<…>
<…来たじゃないですか、向こうから。>
アリーザは気が抜けつつあるコーラを飲み干した。



→Part B



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