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窓の向こうから雨が降っているのが見える。照明のついた体育館の板張りの床の上で、リジュワナは黙々と魔術の練習をしている。そこからやや離れた場所で、モニクとアリーザと小英がお互いの練習用ビデオを見せあいながら何やらテレパシーで会話を交わしている。
そこからまたやや離れた場所で腕を組んで仁王立ちしている宏子は、目の前の相手を睨み上げて念じた。
<じゃ、ちゃんと説明出来ないの?>
<…今はね。何かの見通しが間違っていたとしか言えない。何が間違っていたのかは、今全力で調べているところよ。>
同じく腕を組んだジュチャが答える。
<で? その間違いの結論が分かるのはいつ?>
<出来るだけ早くしたいと思っているわ。>
「ふう…」
ジャージ姿の宏子はわざわざ声に出すように息を吐く。
<あのさ。そういう答え以外に何か無い訳? この前何人死んだか分かって言ってんの?>
<877万4千人ね、今朝のニュースの数字だと。>
<…っ>
手が頬を叩く音が体育館に響く。それはむしろ鈍く、小さな音だったが、体育館にいた他の魔法少女達の動きを止め、視線を集中させるには充分な大きさでもあった。
ジュチャは腕を組んだまま、宏子を見続けていた。
<ちょっと、ひーこ! ジュチャさんに当たったってしょうがないんだよ!>
宏子の隣に立っていた美耶がきつい調子で念じる。
<…当たる? …私は事態の重大さを、監督者に少しでも理解して欲しいだけなんだけどな。>
<理解しているわ。…だからこそ、雨の日でも練習出来るように市民体育館を借りているんでしょう。>
ジュチャは軽く肩を上げた。
<ば…><それは素晴らしい配慮だ、さすがジュチャ観察議員だけの事はあるな。>
<…何よ、プロジェクト長。いつからエウグ式の誉め殺しなんか使うようになったの?>
ジュチャは宏子の隣に立ち、彼女のイメージを遮るように念を送ったプオラギイックに目を向けた。
<いやいや、我々青色人種は常にゴニ教徒の文化侵略にさらされているからねえ。>
プオラギイックは冗談めかして念じる。
<厳しい指摘に胸が痛むわ。…で? あなたもビンタがしたいの? 今度は右頬にする?>
<まあ、それも魅力的ではあるが質問をしたい。>
ジュチャは軽く両手を上げてみせる。
<答えられない事もあるわよ? っ…>
<…本当に何も知らないのか? ジュチャ?>
<…>
プオラギイックはジュチャが上げた両手をつかみながら念じた。ジュチャの耳がざわ、と動く。プオラギイックの隣の宏子と美耶は、口を開けたままプオラギイックの方を見ている。
<…ふう…>
一瞬驚いた表情になったジュチャは、疲れたように鼻息をついた。
<正直に答えてくれないか。>
<正直? …正直…ここまで同僚達に信用されていないっていうのはショックよね。>
無表情に戻ったジュチャが答える。
<…>
プオラギイックは手を離して再び問い掛けた。
<…お前が個人的に信用出来ないって思ってる訳じゃない。ただ、状況が不審なのはお前も認めるだろ? どう考えても、ブエノスアイレスで起きた事は理解が出来ないし、俺達が戻せなかった宏子の記憶はモニクがあっさり戻したし、この前リジュワナが見聞きしてきた事だって、俺は聞いた事も無かったし…>
<私はあったわよ。プオラギイックももう少し国際ニュースをよく見ていた方が良いわね。>
<…仕事が忙しくてな。>
<そういうのも仕事の内。…でもね、HNKの言ってる事を間に受けるなんて、理性ある人のする行為じゃないわ。…これは人種がどうこうって事じゃなくてよ。むしろ彼等が、人種差別を利用して自らの勢力を拡大しようとしている悪質な集団じゃない。ちょっと考えれば分かる事よ。>
<HNKがどういう奴等かは知らないけど、>
宏子がニ人の間に割り込む。
<そいつらの言ってる事が正しいか正しくないか、何で私達が判断出来ないの? そういった事を全部隠してるから、信用出来ないって言ってるんでしょ。>
<全部隠してなんていないわ。でも逆に、クザラル星で起きている各種ニュースを全部逐一あなた達に報告しているような時間も無いの。あなた達地球人だって、毎日色々なニュースが起きているのを一々全部私に教えたりなんかしてる?>
<でも魔法協会は大分以前から地球を観察していたし、今だって情報は常にキャッチしているからな。それに比べて俺達が知る情報は不公平に少なくないか、と思うんだがな。>
<「俺達」って、>
腕を組みなおしてジュチャがプオラギイックを見やる。
<あなたどこから見てもバリバリのクザラル人じゃない。しかも魔法協会員の。>
<名前はな。でもここに来るまでは正会員の登録もしていなかった。>
<別に自慢する事じゃないでしょ。>
<高級会議の議員さんだったら、俺なんかよりも知る情報は多いんじゃないか、と思うのは偏見か?>
<偏見ね、はっきり言って。大体議員て言ったってピンキリだし、セジュ・クフィの私のデスクはあなただって毎日のように見てるでしょ。何かを隠せるような静かな個室じゃないじゃない。>
<少なくともHNKの主張に関しては、お前は知っていて俺達はそれを知らなかった。宏子の記憶を戻す方法はその辺のオンラインクリニックで簡単にあったのに、俺達はそれを知らなかった。>
<分かった、分かったわ!>
ジュチャはプオラギイックを押さえるように両手を上げて見せた。
<降参。確かに私は連絡の義務を多少サボる事もあったし、宏子の記憶を戻す方法に関しては、自分で調べると言っておいて、リサーチがまだまだ甘かった。これは謝る。ごめんなさい。…だけど、私も分からない物は分からないの。ブエノスアイレスの事に関しては、本当に何も知らないのよ。だから今一生懸命調べてるし、何か分かったら絶対伝えるわ、良き関係性に誓って。でも、今は私も知らないの。何であんな事になってしまったのか、正直私も、全然見当がつかない。>
<…>
プオラギイックと宏子は、無言でお互い目を合わせた。
<もしあなた達にまだ私を信じる心が残っているなら、少なくともその事は信じてほしいわ。私にも、何が何だか分からないの。ただ私に分かるのは、敵はどんどん強くなっているという事。少しでも気を緩めたら、今度は東京もやられるわ。その次はメキシコシティー、次は上海、ニューヨーク、サンパウロ、ソウル…そうなる前に何とかして、皆で力を合わせて食い止めないと。今私に分かるのはそれだけよ。>
<…>
プオラギイックとしばらく目を合わせていた宏子は、やがて無言で体を向けると体育館の出入り口の方へ歩いていった。
<ちょ、ちょっとひーこ?>
<…喉が渇いたから何か買ってくる。>
<ま、待って、私も行くから!>
さっさと歩いていく宏子を、美耶が小走りに追っていく。
<…>
プオラギイックはその様子を無言で眺めていた。
<あなたは追っていかないの?>
<…ちょっと言い過ぎたかもな。>
<何が。私に?>
肩を上げ、同意してみせるプオラギイック。
<…それは別に構わないけど…あなたって本当に地球人になってるわよね。>
<そうか? そうなら嬉しい評価だが…>
<喜んで良いわ。本当よ。…だって、普通あんな事があった後、クザラル人だったらまず自分の魔力をもっと上げようとするでしょ。そこであいつなら真相を知っているかも、って仲間に聞き立てしようとするのって、いかにも地球人的だと思わない?>
<…俺も悪かったが、随分恨みがましい言い方だな。>
目を細めつつプオラギイックはジュチャを見る。
<そういうつもりじゃないんだけどね。>
<…まあ、そうかもしれないけどな。>
腕を組んだままプオラギイックは息をつく。
<…本当に入れ込んでるわね…>
<ん? 何が?>
<そんな事一々言わせないでよ、エネルギーの無駄でしょ。>
<…あのな。俺はだから別に、宏子とは何にも>
<はいはい。ニグーワー人の男が嘘つきなのは充分分かったから、向こうに行ってくれる?>
ジュチャは軽く手を振る。
<宏子の所に行きなさいよ。いじわるばあさんに苛められたんだから慰めてあげないと。>
<いや…宏子はまだ良い。お前をまだ信じているからこうやって聞いたんだ。>
ジュチャはプオラギイックの念に表情を改め、彼の顔を見た。
<お前に聞こうともしない連中…特にアリーザとリジュワナは、今、お前の事を殆ど信じていないだろう。…多分俺の事もな。>
プオラギイックは、こちらにそしらぬふりで黙々と練習を続けているニ人を眺めていた。小英は練習をするでもなく、まだバーチャルディスプレイのビデオを見続けている。モニクは先ほど宏子が出て行った時しばらくこちらと出入り口を見ていたが、今は宏子を追って体育館の外に出て行ってしまった。
<…嫌な生徒の揃った教師役ね、つくづく…>
<…だから、少し位生徒の素行に問題があっても、許しの心を持たないと、な?>
<何よ。今度は何を言いたいの、プロジェクト長?>
ジュチャが眉を上げた。
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