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A-Sato Ltashofe Yde Ilne

Episode 10: Heroines

夜の街。板で入り口の塞がれた大きな建物が暗闇に佇んでいる。コンクリート作りのその建物は上の方に小さな窓がいくつかあるが、どのガラスも曇り、そのうち数枚は割れるか、既に無くなるかしている。
建物はその周囲にアスファルト舗装されたスペースをある程度有している。そこは、風で飛んできた木の枝や古新聞紙の小さな集積地と化していた。
そのスペースを取り囲むコンクリート塀。閉じられた門の近くの塀には、以前までは建物名のプレートが付けられていたのだろうと思われる汚れの少ない部分がある。

建物内は暗いが、弱い明かりはついている。クザラル人女性が一人そこに立ち、自分の前の作業机に並べられた色々な器具に手を触れている。
建物内の一角から、強烈な光の裂け目が輝きだした。
シュウウウウウウウウンズバアアアアアアアアアアン!

<…>
落ち着いた様子の彼女は器具を机に置き、光の方を見た。
シュウウウウン…。
埃を巻き上げながら、光が弱くなる。その向こうから地球人の少女が姿を現す。
<…よく来てくれたね。>
<…>
<歓迎するよ。>
褐色の肌の彼女はリジュワナの前まで来ると、自分の右手を差し出した。
<…>
右手に自分のイハッジャを持っていたリジュワナは数秒逡巡してからそれをスカートのポケットに入れ、手を改めて出して、彼女の手を握った。
<初めまして。>
<あ、初めてじゃないよ。私の顔覚えてない?>
リジュワナは改めて彼女を見る。地球の感覚で20代後半と思われるその女性は、人懐っこそうな可愛らしい顔つきをしている。しかし彼女の白いダブダブのサイズの服だけを見ると、まるでヒンドゥー教の聖地にいる修行者のようでもあった。
<…あ…>
<お久しぶり。また会えて嬉しいわ。>
ニコ、と彼女が微笑んだ。
<あの時の…この前私が感覚接続でHNK会議室を見た時の、あの時のあなたじゃない。>
<そ。この間は会議を盛り上げてもらってありがとね。>
<それは良いけど…ああ、もう一人連れがいるんだけど呼んでも構わないかしら?>
女性はそう聞かれると、少し難しい表情でリジュワナを見た。
<そう…お仲間の魔法少女の一人?>
<ええ。>
<その子は…リジュワナ並に知的で冷静な子なの?>
<…私並というのが誉め言葉になるのかどうかはよく分からないけれど、彼女は充分冷静よ。冷静過ぎる位冷静ね。というよりそれが彼女の欠点なんだけど。>
<…そう、分かった。良いわよ。>
彼女は軽く手を上げてみせた。
<ありがとう。>
リジュワナは腕端末を軽く操作する。リジュワナは念じた。
<…挨拶。クザラル式の両手上げじゃないのね。>
<え? あ、ええ。ここは地球でしょ? 郷に入っては郷に従えってことわざは確かに、地球にもあったよね?>
<…地域によるわね。>
シュウウウウウウウンズバアアアアアアアアン!
<ああ、確かに。言われてみれば、コココ語なんかでも元々は無かったって聞いた事はあるけどね。>
苦笑する女性。先程リジュワナが現れたのとほぼ同じ場所で、今度は薄緑色の光が溢れるようにまたたいた。
<…>
<ようこそ。初めまして。>
女性は光の渦の中から現れたアリーザに手を差し出す。ステッキを右手に持ったまま、アリーザはリジュワナの方を見る。
<大丈夫。彼女は私の友人だから。>
<…そうですか。>
アリーザはステッキを左手に持ち変えた。
<急に失礼しました。私はアリーザ・ビンティ・アブダラ・サハネイヤといいます。>
<ああ、あなたがアリーザちゃんか。名前、聞いた事がある。ま、失礼とかは気にしないで良いよ。警戒するのは当然だろうしね。>
<理解して頂けると嬉しいです。>
<でもまあ、今度からは一々構えて来ないでもらえる事に越した事はないけれどね。あんた達の噂は色々聞いてるから、こっちも寿命が縮みそうで。>
<…>
<…>
無言でリジュワナとアリーザは目を合わせる。
<…ああ、別に悪い意味じゃなくてね。むしろ逆で、クザラル星ではあんた達が無敵の英雄として紹介されてるから…>
<…モニクを連れて来ても良かったかもしれないわね。彼女ならそういった事実を受け止められそうだわ。私には絶対無理だけど。>
リジュワナがアリーザに念じる。眉を寄せて苦笑いをするアリーザ。
<はあ…ところでホクさん、こちらの方のお名前は…?>
<え…? ええと…>
<シユマ・ホス・フドゥカトゥン。シユマで良いよ。>
<はあ…>
シユマはリジュワナに顔を向ける。
<あなたはリジュワナ・アニシュル・ホク、だったよね? 悪いけどもう名前はチェックさせてもらってるから。>
<え? ええ。リジュワナで構わないわよ。>
<ホクさん…お二人は友人、なんじゃなかったんですか?>
アリーザは小さな念でリジュワナを見る。
<う…事情があるのよ、色々と。>
<事情ね…>
<でも、シユマ。>
リジュワナはアリーザを強引に無視してシユマに念じる。
<ホスっていうのはエウグ語の名前よね? あなた、エウグ人なの?>
<エウグ語の名前を持っている者がエウグ人とは限らないけど?>
シユマは軽く息をつくと、机の器具に再び手を触れだした。
<コココの人々というのは長年エウグやゴン・パネユに支配されてきたから、名前がエウグ語やゴン・パネユ語になっている事は多いんだよね。名前だけじゃなくて、言葉や、文化や、宗教も、エウグ風、ゴン・パネユ風になっている事が多いよ。皆、本来の文化を奪われてきたから。>
<それは災難でしたね…お気持ちお察しします。>
つくづく辛そうにアリーザが頭を下げる。
<…>
<…この手の話に反射的に悲しみを見せるのが、現代アメリカ人の基礎教養ですから。見せなかったら即訴訟になるんですよ。>
アリーザが小さく念じる。
<誰もそんな冗談期待していないから、普通にしていなさいよ。>
疲れた様子のリジュワナ。
<まあ、私の場合はそれで正解なんだけどね。>
<え?>
シユマの念に二人は顔を向けた。
<名前。確かにコココ人にエウグ風の名前を持っている人は多いんだけど、私の名前がそうなのは、単に私がエウグ人だからだよ。…まあ、そもそもコココ人の肌は青色だし。>
<…そうですか。>
<ん。>

ピッピッ、ピッ、ピッピッ…。
<それで、今日二人を呼んだのはね、二人に頼まれてほしい事があったからなんだよね。>
<この前来ていたギャラリーが、地球人の魔法少女であるという事を知って?>
<うん。あんた達だったら、私達HNKの主張も偏見無く聞いてくれるだろうって思ったからね。>
<それは分からないわよ。まあ、聞くだけは聞くけど…>
<…宇宙船があるのよ。>
深刻そうなシユマの念に、リジュワナは眉を寄せる。
<確かにあるわね。…それが? あなたもそれで来たんでしょう?>
<うん、そうなんだけど…地球の人が知っている船っていうのはセジュ・クフィでしょ? それとは別の船で私は来たんだけどさ。>
<別の船があるという事も知っていますよ。確か、セジュ・クフィは今は地球の衛星軌道上を「静止」中で、クザラル星との移動・物資輸送は別の船がシャトル往復して行っているんですよね?>
<うん。でもそういった貨物船は今、地球の主要な国の政府、宇宙開発機関には、あらかじめ接近が報告されているじゃん? それとは更に別の、報告されていない船が衛星軌道上に浮かんでいるのよ。>
<別の船、ですか?>
<報告されていないって言ったって、いくら地球人でも衛星軌道上に宇宙船位の大きさのものがあったら無人の人工衛星なりレーダーなりで気付…>
リジュワナは途中まで念じて閉じていた口を開いた。
<…系の魔法?>
<惜しい。空だね。ここの空間とほんの少しだけ照律の違う空間に船を潜ませてるんだよ。>
<…照律?>
<照射気律って言って…空と時の魔法の混合した最新技術なの。大きな物を隠す時は、系の魔法で知覚に訴えるより、むしろそっちの方が効率的だって言われてるんだけどね。…って言っても、宇宙船を隠すほどとなるとやっぱり、とんでもない能力の魔術師の魔法を、とんでもないお金を掛けて増幅しているんだと思うけど。>
<はあ…>
<そこで、私達はあなた…技術的な問題で一人しか宇宙船に送れないんだけどね、だからあなた達の内のどっちか一人にね、その宇宙船の中を、見てきて欲しいんだよね。>
<…>
リジュワナとアリーザは再び、不思議そうにお互いを見やった。
<はあ…その宇宙船には、一体何があるんでしょうか?>
<クザラル人が、あなた達地球人からずうっと隠している秘密があるよ。>
シユマは器具を操作する手をとめ、腕を組んで念じる。
<…>
<…まあ、そうかもしれないけど。でも、何で私達が行くの? あなたが行ったら何か不都合があるの? わざわざ地球の…こんな廃工場までには一人で来れたのに。>
<一人じゃないって。シンパの手を借りてここまで何とかやって来たんだから。貨物船に潜り込んでね。>
<それはご苦労様。でも、大体地球人はクザラルの宇宙船には乗れないでしょ? ワープの時に使う魔力増幅装置が地球人には危険だから、専用の防御装置を開発出来ない限り乗船出来ないらしいじゃない。>
シユマはリジュワナの念に、思わず息をついた。
<…ああ、そんな嘘までついてたわけね…魔法協会は…>
<…嘘?>
<…あんた達、そのステッキとかイハッジャとか、普段普通に使ってるよね?>
<もちろん。>
<要は、そういった物と同じ装置なんだよ。大体魔力増幅装置は、ただの鏡みたいなもんなんだから、それ自体の魔力なんてゼロだし。人体への影響なんかある訳無いって。>
<…>
再びお互いの顔を見る地球人二人。
<…ですが、私達の持っているこれらは地球人向けに改造された物だと聞きましたが?>
<そうかもしれないけど、それは単に、使う者の特性に合わせてチューニングを変えているって話でしょ? あなたの近くでクザラル人がクザラル向けの魔力増幅装置を使って、それであなたに何か危険な影響があると思う? それとも、あんた達の周りにいるクザラル人は、一切地球で魔法を使っていないの?>
<…使っているわよ。でもクザラル星にいるときとは勝手が違うような事はよく言っているけど。>
<確かに、違う星である以上それが微妙に魔力に影響してくるのは事実だね。でも、こんなにそっくりな知的生命体が生きる星同士なんだから、99.99%以上同一の自然環境なんだよ。今私は地球の地表に酸素マスクも無しに立っているけどピンピンしてるでしょ? あんた達がクザラルの宇宙船に行くのだって、別にそれと同じで問題は無いんだよ。…まあ、場所によっては重力だけはあったりなかったりするけれどね。>
<…>
アリーザはシユマの念を聞いて無言で考え込んでいる。
<それで? 仮にそうだとしても、何であなたじゃないの?>
<あの船だと、地球人の方が目立たないからね。>
多少冗談めかした雰囲気でシユマは答えた。
<…意味がよく分からないんだけど。>
<行けば分かるよ。>
<…>
<正直に言うと、私はもう知ってるんだ。行ってはいないけど情報は聞いてる。だけど、ここであなた達地球の魔法少女にもこの事を知っておいてほしい訳。それで地球までこうやって来て、あんた達に何とかコンタクトをとったんだよ。>
<…ですけど、その知ってほしい事が何なのか、ここで口で言う事は出来ないんですか?>
<私の言葉が嘘だと思われたら嫌じゃん?>
<…>
<この前の会議室では、皆から嘘だ嘘だ言われていたけど?>
<そうだね。…でも、今回は特に、嘘でない事を分かってもらいたいんだ。別にいつもだって嘘はついてないけどね。言葉で聞くより目で見た方が、多少危険でも頭に焼きつく事ってあるでしょ。>
<何故…そこまでしてその、何ですか、秘密?を私達に知ってほしいんですか?>
<…ありていに言えば、それで私達のシンパになって欲しいって訳。もっと言うなら広告塔ね。>
<それは…非常に率直な提案ですね。>
<ぶしつけなのは分かってる。>
シユマはアリーザに頷く。
<つまり、その「秘密」はあなた達HNKに有利に働くようなものなの?>
<まあね。既存のクザラル守旧勢力にとっての大きなスキャンダルになる事だから。でもそういった事実を今まであげても、それを語っているのが私達だ、ってだけで無視される事が多かった訳よ。いつも、HNKの見方は偏ってるな、の一言で終わっちゃうからさ。でも同じ事実を国民的英雄のあんた達が告発すれば、クザラル人達の見方は俄然変わってくると思うんだよね。>
<…>
<まあ、実際にどうするかはあんた達の自由だよ。船に忍び込む訳だから当然ある程度は危険だし、そもそも、急に来た宇宙人の私の話を信用出来ない、って思ったってそれはまあ仕方が無いかもしれないしね。話に乗らないって事なら、ここの話は全部忘れて。…別に魔法をかけるって意味じゃないけど。>
<かければ良いじゃない。というよりそもそも、その秘密だって私達に系の魔法をかけて「ある」と思い込ませればすむ事でしょう?>
<それは、信用の問題かな。私達HNKは系の魔法を使って人を陥れるような組織じゃない。>
<…でも、地球人を広告塔に使おうと画策位はする訳ですね?>
<それだって、あんた達の自由だよ。別に船を見た後で、でもHNKとは関わらない、って言われても構わないよ。…まあ、残念とは思うけどね。>
<…そもそも、もう既に何かの系の魔法を私達にかけた後かもしれないわよね。>
<そうだね。でもそれはお互い様って気がするけど?>
<…>
<…>
リジュワナとシユマは、しばらく無言でお互いの顔を見る。シユマが念じた。
<…話に乗ってみる?>
<…>
リジュワナは無言のまま、アリーザに顔を向ける。アリーザはいつものように片手を額につけ、首を傾けながらリジュワナを見返した。

<…分かったわ。>
<……本当に?>
シユマは、リジュワナの念にやや驚いた様子で聞き返した。
<あ…ありがと。>
<…言っておくけど、積極的に「広告塔」になるほど私達は暇をもてあましてはいないわよ。あなた達を支持するかどうかも保証は出来ないわ。>
<う、うん。それは分かってるよ。>
<…>
リジュワナはアリーザに目を向ける。
<…>
アリーザは無言で、軽く目をつむり頷いてみせた。

<…じゃあさっそくだけど、今から行って来てもらえるかな?>
<え、今から?>
<悪いんだけどこっちも時間が無くてね。明日出る貨物船を逃すと、次に星に帰られる便が10日後になっちゃうからさ。あんまり家を留守にしておくと、また色々言われかねないし。>
シユマは再び器具のスイッチを操作しながら念じてみせる。
<…まあ、構わないけど…>
<で、行くのはどっち?>
一瞬の沈黙の後、リジュワナが軽く手を上げた。
<私が行くわ。…良いわよね?>
リジュワナはアリーザの方を振り返る。
<…。今、総合的に魔力が上回っているのはホクさんですよ。それを失うかもしれないリスクを考えれば、ここは私が行くべきだとは思いませんか?>
<大丈夫よ。乗船する事が本当に危なければ、HNKがわざわざそれを地球人達になんかさせないでしょ。>
<そんなにHNKの方々が…失礼ですが、信用できる組織なんでしょうか? 根拠がよく分かりませんが…>
<勘よ。>
<…勘ですか。それはまた、非イスラム的な…>
<一応言っとくけど…>
シユマが二人に念を挟む。
<危ないからね。それが嫌だったら止めておいた方が良い。まあ、相手はサクコブじゃないから即、殺されたりはとかしないだろうけど、でも下手にクザラル人船員に見つかったら一生拘禁刑、とかも可能性としてゼロではない、って事は言っておくよ。>
<…>
リジュワナは、シユマの念にやや驚いたように目をまたたかせた。
<…ホクさん。>
<…良いの。とにかく行きたいのは私なんだから、私が行って見てくるわ。>
<論理展開が佐藤さんレベルで滅茶苦茶になってきていませんか…?>
リジュワナはアリーザに顔を近づけて、彼女の目を見る。
<とにかく、ここで行かなかったら結局私は何も分からないで、またジュチャに良いように操られるまま。それが原因でまた何百万人も死ぬのを見るなんて、私は御免なのよ。>
<…ふう。>
アリーザは目を閉じ、鼻息をついた。
<…今回は貸しにします。…その代わり、その内おいしいカレーをおごってください。日本風じゃない奴を。>
<分かったわ。>
リジュワナは頷くと、シユマの方に顔を戻した。
<私が行くわ。>
<そう。…それじゃ、その服に着替えてくれる?>
<服?>
シユマは机の一角を指差す。畳まれている服に近づき、リジュワナはそれを手にとる。白い無地のパンツとTシャツだ。
<…下着は普通につけて良いけど、アクセサリーとかがあったら取っておいてね。ああ、翻訳機も駄目よ。少なくともそういう、目に見える場所に付いているのは駄目。>
<あの…>
ちょっと呆けたようなトーンで、頬をやや赤くしたリジュワナが念じた。耳を立てるシユマ。
<何?>
<着替える…場所は…?>
<え? ここじゃ何か不都合?>
<え、いや、その…>
<…>
リジュワナはアリーザと目が合う。腕を組み、ポーズをつけてみせるアリーザ。
<…。何でもないわ。>
リジュワナはいつも以上に険しい表情になると、意を決したように自分のシャツのボタンに手をかけた。
<そう?>
<ええ。>
リジュワナは自分のシャツを脱ぎ、机にあるシャツに袖を通す。ようやく器具のセッティングが終わったらしいシユマがそれを見ながら念じる。
<後、さっきも言った通り船は照射気律の違う空間にあるから、こっちでそれを乗り越えないといけないんだよね。つまり言ってみれば、バリアに穴を開けてそこからリジュワナに瞬間移動してもらうって事なんだけど。>
<出来るの?>
<こう見えても昔は資格者だったから。魔力が全然無かったら、こんな所まで一人で来れてないよ。>
<それに私達とテレパシーも使えないでしょう。>
<だよね。>
アリーザに頷くシユマは、自分の前の器具を手で軽く叩いた。
<ただ、この魔力増幅装置の性能の関係で、向こうにいられる時間には限りがあるの。地球時間で5分が限界だと思って。>
<…短いわね。>
<これでもウチにある最高級の魔力増幅装置の一つなんだよ。…まあ貧乏が嫌だったら、HNKとは手を組まない方が良いかもしれないね。>
<考慮しておくわ。…それにしても、何で翻訳機を使ったらいけないの?>
<いけなくはないよ。ただ良い時と悪い時があるって話。まあ、行けば分かるよ。>
<そればっかりね…>
白いパンツを履き、着替えを終えたリジュワナがシユマに近づく。
<それで、後何か注意は?>
<…>
シユマは一通りリジュワナの格好を見てから続ける。
<一応こっちで用意した誘導プログラムで大丈夫なはずだけど…万が一クザラル人に見つかった時は、おどおどせずにクザラル式の両手上げの挨拶をして頭を下げて。返事ははっきり素直に愛想よく…みせかけて。分からない事を聞かれたときは、不思議そうな顔で分からないふりをしていれば多分大丈夫だと思う。…といっても、可能な限り見つからないようにはしてよね。名簿チェックされたら一発でアウトだから。>
<…それ以前に、私が地球人だってバレるでしょう。>
<ああ、それは別に大丈夫。クザラル人にとって、地球人は初めて出会った、話の通じる宇宙「人」、つまり同朋なんだから。>
<…そういう問題じゃないでしょ。>
<魔法で船は外界からシャットアウトされてるから、リジュワナが船にいる間、こっちとの間で通信は出来ないよ。腕端末にタイマープログラムをインストールするけど…構わないよね?>
<良いけど、何のタイマー?>
腕を差し出しながら聞くリジュワナ。
<戻るプログラム。こっちの増幅装置と連動して、あんたがここに戻れるようにゲートを開くの。>
<…それって、インストールしなかったらこっちに戻れないって言ってるように聞こえるわね。>
<あんたが駄目って言ってたら面白い事になってたのに、残念だったね。>
<…>
平然と念じるシユマを無言で見るリジュワナ。
<…これでOK。まず最初にこっちのプログラムを起動させると、すぐにこの増幅装置の出力が最大になるから、「宇宙船に行きたい」とリジュワナは念じて。…アリーザ、その時あなたも同時に念じてくれる?>
<分かりました。>
<…それからぴったり5地球分後にまた増幅装置が働いて、リジュワナにはバイブで知らせるから、今度はここに戻りたいって念じてね。誘導プログラムが働くから細かい地点までは考えなくて良いよ。>
<…分かったわ。>
リジュワナは端末の液晶モニターを見てから、顔を上げた。
<私達もあまり家をあけていたくないし。さっそく始めましょう。>
頷くシユマ。リジュワナはシユマとアリーザの顔を見てから、自分の腕端末のスイッチを押した。
キュウウウウウウウウウウウウウウン…。
机に何台か積まれたビデオデッキか何かのような機械の表示が変化し、同時に同じ机の上の3つの大きなガラス玉のようなものが、白く不透明に濁りだす。
<気律の力を、我の頭上に…宇宙船へ。ザナ・キュディヌ・ヒオ!>
両目をつぶり念じるリジュワナ。ガラス玉とリジュワナを含む直系4メートル程度の空間が、紫色の光で満ち溢れだす。
シュウウウウウウウウウウウウンキュウウウンズバアアアアアアアアン!
いつもの瞬間移動に比べややゆっくりとした反応で、リジュワナの姿は一瞬ゆらいでから光の爆発に消えて見えなくなった。


ダイニングテーブルに座る宏子はふと雑誌から目を離し、居間で寝転がりながらテレビゲームをしているモニクに聞いた。
<…あれ、小英いるよね?>
<え? ここにはいないよ?>
<じゃなくて家によ。>
<ああ、いると思うよ。CDか何かの音してた。>
<あそ。リジュワナは?>
<えっと…いるんじゃないかな。玄関に傘あったし。>
コントローラーを忙しく動かしながら答えるモニク。
<あ、そう。部屋か。>
<ん?>
モニクはちら、と目をテレビの上に向ける。
<あれ、もう夕食?>
<冷凍庫からね。今日は母さん遅いから。>
<えーっ。ひーこちゃん何か手料理作ってよ、愛情の入った奴。>
<何であんたに作るか。っていうか居候のあんたが何か作れよ。フランス風フランス料理。フルコース。>
<私は体はプロバンス人、心は日本人ー。「フランス」って何ぃ? それ食える?>
寝転がったまま両足をバタつかせてみせるモニク。
<ったく…。…あ、二人呼ばないと。>
宏子はテーブルから立ち上がり、席を離れた。


シュウウウウウウウウウウン!
光の裂け目が現れ、そこから人の影が揺らぎ、急速に形を整え実体化する。そして通路にリジュワナは姿を現した。

05:00

−めまいが…。
軽く目をつむり手を額にあてるリジュワナ。彼女は数秒深呼吸をすると顔を上げ、改めて周囲を見回した。
−まるで木造みたいな色合いだけど…。
彼女のいる場所は人気ひとけの無い通路で、一方の壁沿いに自動ドアとおぼしき扉がいくつか並んでいた。間違いなく全て何かの金属、あるいはプラスチック製と思われるのだが、壁や床の色調は茶系統で統一されている。

04:41

リジュワナはふと、通路のもう片側にある自分の身長大の物に気がついた。
「あ…」
黒く光っているので一瞬大きなコンピュータモニターか何かと思っていたそれは、宇宙空間を見渡す窓だった。リジュワナは窓に近づく。
近づくにつれ、窓の向こうの、やや端の方に黒以外の色彩が現れた。
−地球…光ってる…地図を見てるみたいに大きい…。本当に、来たのね、宇宙船…。
リジュワナはふと、自分の額に手をあて、それから胸に手をあてて何度か呼吸してみる。
「…」
−何も問題無いじゃない。どういう事よ、地球人は宇宙船に乗れないって。クザラル人の言う事は、つくづく…。
リジュワナはもう一度窓に目をやった。
−それにしてもずいぶん高度が低い感じがする…地球が一度に見渡せないわ…ここは、どこの上空になるのかしら…日本ではないみたいね…。
「あ、いけない。」
リジュワナは呟くと、窓から離れ通路を歩き出した。

04:21

「…」
リジュワナはなるべく顔を動かさず、目だけ周囲を見回しながら通路を早足に歩く。どうやら監視カメラは無いようだ。あるいはカメラかそれに順ずる物が、簡単に気付かないように巧妙に置かれているだけかもしれないが。
「…!」
リジュワナは立ち止まる。今までカーブが続き先が見えなかった通路が、そこからは直線になり他の通路と繋がっているのが、そして何よりクザラル人が目に入った。
「…」
一旦後退したリジュワナは、体を壁に隠しつつ再び顔を出す。通路をこのまま進むと何かの大き目のスペースに繋がっているようで、そこのスペースにいるクザラル人達が見えているようだ。彼等の様子はここからは分かりにくいが、船員や警備員というよりは、談笑している乗客のような落ち着いた雰囲気で、服もクザラル人としては普通のもののように見える。
「…」
リジュワナはしばらく考えると、そのまま静かに元来た道を戻りだした。

04:02

−誰にも会いたくはないけど、かといってこのまま通路を歩いただけで帰っても意味が無いんだけど…。
リジュワナはふと立ち止まる。彼女の通路の右手は窓、左手には扉が並んでいる。
−つまり、どこかに入ってみない事には…。
「はっ」
リジュワナは思わず声を上げた。
「...gye ditx, villai ko smou ta-den kwihe te...」
知らない内に、向こうから二人のクザラル人が近づいてきた。リジュワナは目で周囲を見回すがもう彼等は手前10メートルにまで近づきこっちに歩いてきている。もう逃げられない。
<…>
「...sirfyij kana chdu...」
二人で何か話していたらしいクザラル人の男性達は、ふとこちらに気付き目を向ける。
<…>
<…>
息を止めたまま二人の男を見ているリジュワナ。
<…>
<…>
男性達は揃って優しく微笑むと、無言でこちらに両手上げをしてみせた。
<…、あ>
慌てて両手上げを返し、二人に頭を下げるリジュワナ。
<…>
リジュワナは呼吸を止めたまま床を見続ける。
「...i. Ko qluu, kxirwie bnte la jhi la...」
<…>
ゆっくりと顔を上げるリジュワナ。二人のクザラル人はそのままリジュワナの横を通り過ぎ、会話を再開した。リジュワナは後ろを振り返る。
クザラル人達は、こちらを振り返らず向こうへ歩きながら、会話を続けていた。
「ふううう…」
胸に手をおさえ、リジュワナは抑えがちに息を漏らした。

03:22

リジュワナはふと、腕端末を見た。
−もう後3分? 急がないと…。
再び通路を見回すリジュワナ。並んでいるドアをよく見ると、部屋の説明と思われるネームプレートが貼ってある。
<あのカラフルな文字はエウグ語よね、多分…>
リジュワナはドアに近づいた。

Classroom 6

<え…英語?>
ネームプレートの文字を見るリジュワナ。
<第6…教室?>
リジュワナはネームプレートの前で止まり、眉を寄せる。
ピピッ。
「あっ…」
電子音が鳴り、ドアが横に滑るように開いた。

03:10

「…」
リジュワナは口を開いたまま、恐る恐る中に入る。
「…」
中に人はいなかった。
ピピッ。
リジュワナが中に入ったのを確認するように背後のドアが閉まる。思わず後ろを見返すリジュワナ。
その「教室」は、少なくともバングラデシュのそれとも日本のそれとも微妙に異なるようだった。プラスチック製に見える小さな椅子がいくつか並んでいるが、それだけで、机もロッカーも無い。ホワイトボードと思しき物は向こうの壁にあるので、一応教室の一種のようには見える。
「…」
リジュワナはふと通路側の壁に目をやった。子供が描いたらしい、絵の画用紙が何枚か貼ってある。
「…これは…」
クレヨンでぐちゃぐちゃになっている抽象画すれすれのそれは、リジュワナの目には血の吹き出たカラスか何かを描いているように映った。他の絵に目を移すリジュワナ。
「…」
これは隣のより数段うまい。はっきりと、数人の地球人女性、あるいは女子が、手から光線を出して黒い虫…サクコブ生命体に命中させている、という情景を描き表している。女の子達の顔は一様に得意げで、生命体の方はもう穴だらけだ。
「…」
険しい顔で絵に見入るリジュワナ。
ガタッ…。
物音がしてリジュワナは横を向いた。
「…」
部屋に誰かが入ってくる気配は無い。どうやら、物音は向こうの部屋から聞こえてくるようだ。
<…、ふう…>
リジュワナは絵から離れ、物音のする方、つまりホワイトボードのある方の壁に近づいていく。
ホワイトボードのある壁は、隅に通路の物と同じような、壁と同色の自動ドアがある。
リジュワナは今度はやや落ち着いた様子でそこに近づき、中央のネームプレートを見た。
−隣はClassroom 5、なのね…。
ネームプレートを確認すると、リジュワナは一旦後退し、数歩ドアから離れた場所で立ち止まった。
…ガタ、ガタ…。
耳をすませるリジュワナ。何かを動かす物音…それに、やや高い人の声らしき音が聞こえる。叫び声というよりは笑い声のようだ。
−人がいるわ…。それも、私の勘が確かなら、多分
ピッ。
「っ!」
リジュワナの前のドアが開いた。

02:38

<…それで、リジュワナちゃんに時の魔法をかけてもらって何とか助かったんだ!>
<…あ、ねえ!>
<え?>
リジュワナの目の前に、白いシャツ・パンツを着た地球人の少女が二人駆け込むようにやってきた。少女というか、まだ5、6歳の子供だ。
少女の一人は前を見ずにこちらにやって来たのでリジュワナにぶつかりかける。もう一人が彼女の腕を引き、女の子は危うく衝突を免れた。
<あれ?>
ぶつかりかけた、東洋人と思われる子が曇りの無い目でこちらを向き、にっと笑う。
<お姉ちゃん、どこから来たの?>
<え、わ、たしは…違う教室にいたんだけど、道に…迷っちゃったかしらね。>
自分も彼等と同じ服を着ていた事を思い出しつつ答えるリジュワナ。
<あー、お姉ちゃんドジのステファニーちゃん? そんな事じゃすぐにモンスターにやられちゃうよー。>
<え、ええ…そうよねえ。>
リジュワナは照れ笑いの表情を作ってみせる。
−意味がよく分からないんだけど…この子達は何者なの? ステファニーって誰? そもそも何で私の名前が…
<そうだよー。リジュワナちゃんにも怒られちゃうよー。>
もう一人の、黒人の方の女の子が、うんうんと頷きながら念じる。
<リジュワナ…ちゃん?>
リジュワナは口の渇きを覚えつつ、女の子に聞き返す。
<え? リジュワナちゃんの事知らないの?>
二人は口を開き全身で驚きを表現しながらリジュワナに念じた。
<ええ…もちろん、知ってるわよ。……ええと、モンスターと…戦ってる…>
<うん。私も早くリジュワナちゃんみたいに立派な魔法少女になって、モンスター達を追い払ってやるんだ!>
東洋人の子が満足気に頷いた。
<ええ…>
内心胸をなでおろしながら頷き返すリジュワナ。
黒人の子はふと口をあけた。
<あ、お姉ちゃん、リジュワナちゃんに似てるね!>
<え? そう、かしら?>
<うん! 似てるよ!>
<そう…?>
<えー? そうかなー。>
<似てるもん! ほら、こっち来てみてみて!>
<え? あっ>
疑問を差し挟んだもう一人の子を睨むと、女の子はリジュワナの腕を引っ張って第5教室の中を駆け出した。

02:17

第5教室には何人か…20人弱程度の人がいる。全員この子達と同じ年代の地球人のようだ。
彼等の多くは、機械の繋がっている大きな椅子に横たわるように座っていた。頭にフルフェイスのヘルメットのような物をつけ、じっと座り続けている。よく見ると手も機械というか覆いに覆われている。どうやら何かのコントローラーを操作しているようだ。
比較的普通の教室に近かった第6教室と異なり、第5教室はこの奇妙な大きな椅子が両側に隙間無く並んでいる部屋だった。
−バングラデシュじゃ、こんな雰囲気の教室は見た事が無いけど…日本とかならこれも普通の「教室」なのかしら…?
<お姉ちゃん、ほら、似てるよね?>
<え?>
向こうの壁際までリジュワナを引っ張った女の子は、そこに貼られているポスターを指差した。
<「Save our earth with us!」…>
文字を読むリジュワナ。そのポスターには、額に赤い点の印をつけたアジア系の美女がステッキを持ってポーズをつけ、微笑んでいる写真がある。
がっちり三つ編みをして眼鏡をかけたリジュワナは、長髪を風になびかせ妖しげに微笑んでいる美女の「写真」を見て、顔を引きつらせた。
−…これ、誰?
彼女の横には、もう一人東南アジア系と、それから東洋人二人と白人一人が似たようなポーズをとっている。皆素晴らしい美女達で、恐らくCG処理なのだろうが、それぞれ光線を出したり光るステッキを振ったりした状態で写真に収まっている。
<やっぱり似てないと思うけどなー。>
東洋人の子は不服そうにもう一人に食い下がった。
<似てるよ! ほら、お姉ちゃんも赤い点があるもん! ねえ、似てるよね?>
女の子は本人の方を向いて迫った。
<似てない…と思うわ。…赤い点以外。>
怒るべきなのか笑うべきなのか悩みつつ答える本人。
<そうかなー。>
リジュワナはふと腕の端末に目をやった。

01:48

「あ、いけない。」
<あっ!><あっ!>
<…え?>
驚いた様子で念を揃える子供達。前を見るリジュワナに、二人はやや怒ったような表情で、口に指を当てるジェスチャーをした。
<しーっ。>
<もう、お姉ちゃん、生徒は口で喋っちゃだめなんだよ!>
<…え…あ、いけないいけない、思わず声に出しちゃってたわ。>
<お姉ちゃん、やっぱりステファニーに似てるね!>
<はは…>
愛想笑いをするリジュワナ。リジュワナは二人の肩に手を置く。
<ごめんなさい。もう自分の教室に戻らないといけないから。>
<道に迷ったんじゃないのー?>
<大丈夫よ。もう思い出したから。>
<うー…>
東洋人の子は話足りないのが不満、という様子で唸っている。
<ねえねえ、またこっちに遊びに来る?>
黒人の子の方が腕に半ばぶらさがりながら聞いた。
<…そうね。また、時間が出来たらそれも良いかもしれないわね。>
<うん!>
<それじゃそろそろ…>
第6教室の方に戻ろうと振り返ったリジュワナは、目の前を並んでいる機械仕掛けの肘掛け椅子に改めて目をやった。座っている子供達が何をしているのか、これが何の装置なのか、リジュワナにははっきりとした事は良く分からない。だが、そこに無言で横たわり、装置の中に首と手を突っ込んでいる子供達の光景に、何ともいえない薄気味の悪さだけははっきりと感じられた。
<あれ、お姉ちゃんトレーニングマシン見てどうしたの?>
<トレーニングマシン…>
<え、お姉ちゃんトレーニングマシンも知らないの!?>
<え…知ってるわよ、もちろん。…でも…私の教室のとは、微妙に型が違うから。>
<お姉ちゃんはあ、トレーニングマシン得意?>
<…それほど、得意じゃ…>
<私ね、さっきまでリジュワナちゃんと一緒にモンスターやっつけてたんだよ。お姉ちゃんも一緒にやろうよ!>
東洋人の子が、リジュワナを近くの空いている椅子までつれてゆく。
<え…でも私、もう行かないと…>
<大丈夫! トレーニングしてたって言えば先生にだって怒られないし。>
女の子はリジュワナを殆ど無理矢理引っ張って、椅子に座らせた。
<でも、本当に時間が無いのよ。もう何分もいられないから。>
<じゃあ、ヒメミヤ城のトライアルで良いからさ。ね?>
<ちょ、ちょっと…>
女の子は椅子の肘掛け脇にあるコンソールのボタンを押す。覆いが動き、リジュワナの足元、手の上に被さるような位置で固定される。同時に緩いフルフェイスヘルメットのような物が下がってきてリジュワナの視界を遮断した。

01:22

−ちょっと…これじゃ動けないわよ…もう時間が無いじゃない…この状態で瞬間移動したらあの子達に……でも魔法には慣れてるみたいだから、意外に平気かしら…?
<…あ?>
暗闇になっていたリジュワナの視界が、急に明るくなる。これが「頭で被る式のテレビ」である事は、機械に疎いリジュワナでも瞬時に分かった。
目の前には青空の画像が映っている。
<うっ…>
リジュワナは自分に送られる不快な刺激に顔をしかめた。キン、とまるで針で頭をつつくような刺激が送られてくる。
<…!!>
<…現在設定されているトレーニングソフトは9地球歳以下の小児用プログラムです。あなたの生体パラメータに適したソフトをロードし直しますので、しばらくお待ち下さい。>
リジュワナの頭の中に、テレパシーとしてコンピューターの合成音声が響いてきた。
−魔術師でもないただの機械が、テレパシーを使える? 冗談でしょ、そんな技術聞いた事ないわよ…。この偏頭痛みたいなのはその副作用…?
<…ロードが完了しました。成人上級者用プログラム開始の準備が整いました。>
<…>
<どのプログラムを開始しますか?>
<…ええと…あ、ヒメミヤ城? その…ええと、練習モードみたいなのはあるかしら?>
<トライアルステージ17-03を開始します。現在トレイニーは一名です。>

00:54

コンピューターのテレパシーが止まると、目の前の景色は西洋風のお城の中庭と思われる屋外になった。
[Monster Attack]
<え?>
画面に文字が表示されると同時に、目の前にサクコブ生命体が現れた。正確には、サクコブ生命体を描いた非常にリアルなCGだ。
<え、ええと…どうやって動けば良いの? 手のスイッチは…え? どれがどれ?>
自分の視界が左右に揺れる。気が付くと、目の前は青空だ。どうやら仮想世界の自分は勝手に転んで寝転がってしまっているらしい。モンスターが視界から消える。
<ちょっと、どうやって起き上がるの? 分からないんだけど。ねえ、ちょっと、プログラムを一旦>

[Monster's hit]

キイイイイイイイン…。
「いやああああああああっ!!」

00:33

リジュワナの前に死骸が広がっている。それは自分の家族に、ナジーラに、アグニバッタに、スブラタに、プオラギイックに、モニクにアリーザに宏子、小英とフアン=カルロス、見回せば見回す程見知った死体の顔は増えていく。

殺意

リジュワナは何も無い荒地と化したブエノスアイレスに立っている。全員そこで、体中に穴をくりぬかれ、体液や血、脂肪を垂れ流しながら息絶えている。いや、中の数人はまだ肉体的には生きているのか、時折筋肉を痙攣させて、赤や黄色の入り混じった体液を周囲に飛び散らせている。

<いやっ、いやっ! こんなの見せないでっ!>
リジュワナは現実の体をもがき、目をつぶる。しかしCGだったはずの荒地は視界から消えない。
ガン、ガン、ガン、ガン、ガン。
<何よこれは! 何だって言うの!>
手を装置から外そうとするリジュワナ。

00:24

浄化

リジュワナはいつものように周囲を小馬鹿にした表情で、急速に腐りだしている「人だったものたち」を眺め降ろしていた。別にリジュワナにとって、これらの人々が不愉快であったり、居て自分に不利益であったりした訳ではない。自分は比較的冷静で、感情は落ち着いているほうだ。
ただ、ルールとして彼等は居てはいけないのだ。彼等のような脆弱な形態の生命体は劣等種であり、それが繁殖するのは自分達、あるいは宇宙全体の進化、の障害となる。
<リァ…リジュ…ワ……たす…け…>
風が吹きすさぶ荒れ野。既に体中に穴を開けられ、手足もちぎれ、胴体だけでそこら辺に転がっている宏子が、唯一残っている右腕を懸命に上げて私に呼びかける。金でも恵んで欲しいんだろうか。
でも、私の所持金なんて日本円で考えれば微々たる物よ?
<…>

「うぅ、うっ、うっ」
偏頭痛はさっきより酷くなった。明らかにテレパシーの出力が強すぎる。
強力なテレパシーのイメージに、リジュワナは吐き気を覚えた。力任せに逃げようとしても無駄らしい事を悟った彼女は自分に来るテレパシーのブロックを試みるが、僅かな系の魔法を発生させる気力すら出てこない。

00:13

喉のあたりの穴がまずいのか、宏子は息をするごとに甲高いヒューヒュー音を立てている。
<り…rぃるゃは、j>
ちょっと、鬱陶しいと思わなかったといえば嘘になる。
<恨みはないけど。あなた方は死ぬ運命だから。>
私は足で、軽く宏子の肩を蹴る。宏子(の胴体)はゴトン、と仰向けに転がった。
<あ…たてs…け…リジャf…>
<…>
馬鹿馬鹿しい、と思いながら私を目をそれの隣に向けた。
<…許さない…絶対…コろしテヤ…る…>
こっちに転がっている体は、まだ口だけは威勢が良い。しかしこれも無力な劣等種に過ぎず、もう生命反応を止めるのが時間の問題である事は明らかだ。

00:05

こちらの地球人は両腕とも既に取れており、うつ伏せになっている体を自分で起こす事に難儀しているらしい。私はそれの肩を持ちあげて、体を仰向けに転がしてやった。彼女は顔をこちらに向け、テレパシーを送ってくる。
<許さない…オマえタちワ…シんでし…マエ…>
既に顔までいくつも穴を開けて、骨や脂肪を露出させた私自身は、私を睨み、そう念じてきた。

00:02

現実のリジュワナの体が光に包まれる。
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっ!!!!!」

00:00

続く



Written by FML (AKA Franken).
Ver. 1.00 on 2002/8/21.

<で・ば・ん! で・ば・ん!>
<我々わぁ、メインであるにも関わらず出番の少ないモニク無資格魔術師並びに佐藤無資格魔術師の出番の増加、即ち、魔法少女達の公平な出番を求めるものであーる!>
<…出てるじゃない。なんか死にかけで。>
<そんなの嬉しくないっ!>
<というか、そんな事を私達に言っても仕方がないと思うんですが…>
<君達に言ってるんじゃあない。我々は世間に訴えておるのだ! 民衆の声を無視するとは何たる暴君!>
<えー、ここで佐藤先生の御学友、幸田美耶先生に応援演説をお願いいたします。>
<私は皆に言いたーい! …ひーこやモニクちゃんより、もっと扱いが適当になってるのは私だーっ! もっと私を出せーっ!>
<何をーっ!>
<…>
<…取り込み中ですが、次回の魔法少女宏子は、第11話、「魔法少女のガイダンス」です。お楽しみに。>
<えー、続きましてはプオラギイックさんを逮捕しそこなった、春日部署の伊藤巡査の応援演説です!>「Please!」
「えー、御存知の通り、第2話から第3話にかけて重要な役目を果たしたのが当官だった訳ですが、…」
<知らねぇーっ!!>



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