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今日の魔術練習は河川敷でだった。曇り空の中、それぞれが自分に割り当てられた練習をこなしている。
「ん…ふっ。ん…ふっ、うううっ、ととっ。」
宏子はステッキを回す練習をしているようだが、やっている途中でステッキを落としかけ、宏子はよろける。
<っと。>
宏子の目の前で、ステッキを青い手がつかんだ。
<あ…りがと。>
目の前の人物を見上げながら、宏子はステッキを受け取った。
<…>
<…>
<…あの…>
<…あの…>
<…あ、何?>
宏子とプオラギイックは同時に念じかける。プオラギイックに聞き直す宏子。
<…いや、宏子こそ何か、言う事が?>
<う、ううん、別に…>
笑顔を作り、宏子は両手を振る。
<そうか…?>
<うん。プオこそ何? 何か言おうとしてたよね?>
<いや、その…>
プオラギイックは視線を外し、河川敷の他の魔法少女達を眺める。
<何て言うか、な…。こうやって皆一緒になって、魔法の練習をしている景色も、もしかしたらもう何回も見られないような気がして…>
<…何で?>
<…いや、深い意味は無いんだ。忘れてくれ。…ただそうしたら、もう宏子がステッキを振るところとかも意外にこれから…ああ、いや、別に個人的にどうとかじゃなくてな?>
自分の念に慌てて首を上げるプオラギイックの前に、宏子は顔を寄せた。
<プオはさ。知ってるんだよね。…リジュワナとアリーザが最近何やってるか。>
<え…>
<ね。>
プオラギイックは難しい顔つきで、頭を軽く上げた。
<…全く知らなくはない、けど、完全に把握してる訳でもない。彼女達の系の魔法は俺達と互角か、それ以上なんだ。…何か、をやっているのは知ってるけどな。それで、彼女達の俺達への疑念が晴れるんだったら、少しは見逃してやろうと思ってるよ。>
<それはさ。クザラル人が、何にも悪い事をしてないっていう前提の上での話だよね?>
<…少なくとも、俺はそんなに大それた悪事はした記憶はないからな。>
<うん。まあ、あんたはね。>
宏子は自分のステッキをゆっくり回しながら、それに視線を落とす。
<あんたはさ、悪事っていうか、嘘をつくだけの知能が無いじゃん。…あはは、ごめんごめん、言い方悪かった? まあ、知能が無いのはお互いさまって事でさ。>
プオラギイックの視線に手を振る宏子。
<…だから、私はあんたは信じてるよ。信じてるっていったら大袈裟だけど、その…嘘、ついてないと思う。…だから、私はプオのためだったら、いつだってステッキ振るつもりだよ。>
<…そ、そうか…>
<…でもね、>
宏子はプオラギイックの顔を見る。
<私がクザラル人…HYI、のために魔法を使うかどうかは別。今の私には分かんない。もしかしたら、HYIは私達に隠れて何か悪い事をしているのかもしれない。だから、もしかしたら、私はHYIに、ステッキを振る事になるかもしれない。…その時に、…プオはさ、私の事を守ってくれるのかな?>
<…>
考え込むように、プオラギイックは腕を組んで視線を落とした。
<…仕事としては、もしお前が協会に歯向かうような事をすれば、俺はそれを全力で止めないといけない立場なんだろうな。>
<…そっか。>
ステッキを見る宏子の視線が、やや緩む。
<ああ。実際そうすべきだと思っているし…ただ、理屈で思うっていうのと実際の行動はまた、違うからな。俺には魔力もあまり無いし、危ないから逃げないとって頭で思っていても、体が勝手に動く、って事もあるだろうしな。>
<…>
<…俺もお前が嘘をつけるほど知性があると思ってないしな。>
冗談めかした調子でプオラギイックは肩を上げる。しかし宏子は真面目な表情でプオラギイックの顔を見つめた。
<ねえ…何でそこまで…してくれるの? やめなよ。プオにとってはそんなの、何の得にもならないじゃん。あんたあくまで魔法協会の職員なんだからさ、そんな事しちゃ駄目だよ。何でそこまで…その…>
<それは…だから、お前とだったら…>
<わ、私とだったら…何…?>
<それは、つまり…>
<つまり…>
プオラギイックは宏子の顔を見る。宏子は口を半開きに開けたまま、プオラギイックを見上げ続ける。
宏子は体のほてりを覚えた。まだ殆ど練習をしていないのだが、今日は気温が暑いようだ。夏ももうすぐに近づいているのだろう。
同じく顔のほてっているプオラギイックがぶつぶつと念じる。
<その……俺は、お前とだったら…>
「あ、佐藤、頑張ってるか?」
<うわあああああああああああああああっ!>
真横から聞こえてきた声に宏子とプオラギイックは念を揃えながら飛びのいた。
「…何で無言で倒れかけてるんだ?」
二人のリアクションに驚いた、というか多少恐がっている顔の男子生徒が立っていた。
「あ、何だ、石戸田か…」
自分の額に手をあて、息をつく宏子。
「ああ、お生憎さまだ。で、どうだ、魔法の方は上達してるか?」
「何よ、冷やかしに来たの?」
「その通り。今日は特に暇だったしな。」
「…」
中腰の態勢で、石戸田を片目で睨む宏子。石戸田はそれには構わず、鞄から小型のペットボトルを取り出した。
「ほれ。お前の好きなカルピスウォーター。ついでだから買ってきてやったぜ。」
「ああ、ありがと。」
宏子は表情を一変させ、一旦ボトルを受け取ってから近くのケースを指差した。
「あそこのクーラーボックスに飲み物入れてるんだ。後で飲むから入れといてよ。」
「飲むから、ってお前がじゃねえか…人使い荒いな…」
「良いでしょそれくらい。私がおごった事だってあるでしょうが。」
「へえへえ。」
宏子は笑いながら石戸田に手を振ってみせる。クーラーボックスの方に歩いていく石戸田。
<あー、それじゃ俺は、全員の進捗具合をモニタでチェックしてくるからな。>
<え? あ、うん…>
プオラギイックはそう念じると、突然歩きだした。宏子はやや不思議そうな顔で、プオラギイックの背中に頷いた。
「…ん?」
「ん、何だ?」
「え? あ、ううん。ただ、何か急にプオが向こう行っちゃったから。」
「プオ…ああ、あの宇宙人さん。…確か本当はもっと長い名前だったんじゃなかったか?」
宏子の所に戻ってきた石戸田が、向こうに目をやって言う。
「プオラギイック。…だったと思うけど。」
「思うけど、じゃねえだろ。」
呆れた顔で宏子に言う石戸田。
「じゃあ、思うような思わないような…」
「…でも、何で急に? …俺がいたら、何かまずかったかな?」
宏子の言葉を無視しながら石戸田が尋ねる。
「別に何も? どうしたのかな?」
「いや、俺見られても全然分かんねえし。」
石戸田は手を上げ首を振ってみせる。
「まあね。…うん、じゃあま、とっとと帰ってよ。」
「お前少しは接待って言葉を覚えろよ。」
「接待ってもね…まあ、魔法見たきゃ別に見てっても良いけど、つーかもうテレビとかで見飽きてるでしょ。」
「まあ…別に良いけどな…」
石戸田は河川敷を見渡す。
「皆出身地も、肌の色もバラバラだけど、一緒になって仲良くやってんだよな。」
「ん、うん…仲良いかどうかは…」
宏子は一緒に他の魔法少女達の方を見る。
リジュワナは近くで突っ立っている魔法少女に気付き、つかつかと歩み寄った。
<…あなた、さっきから何もしていないんじゃないの?>
<…>
バーチャルディスプレイのビデオ映像を眺めていた小英が、無関心そうに顔を上げる。
<ビデオを見るのも良いけど、結局実践練習をしなければ魔法の感覚はつかめないわよ。そもそもその為にわざわざここに来ているんだから。ビデオだったら家でも見れるでしょう。>
<…私がここで何をしようが、私の勝手だ。>
<…は?>
ごく当然の事として自分の意見を念じる小英。リジュワナは一瞬虚をつかれたような顔になって、小英に聞き返す。
<人の邪魔をしている訳でもない。別にここで練習しようがしまいが、私の自分の意志の問題だ。確かに日本には来ているが、毎日強制的に練習しなきゃいけない、なんて契約に同意した覚えは私には無いな。>
<は…あのね。確かに、契約なんて形でそんな事は言っていないかもしれないけど、>
<なら問題無いな。>
<…>
目の前のビデオから目を離さず答える小英。リジュワナは額に血管を浮き上がらせつつも何とか感情を抑えようと努力している。
<それってさ、実は怖くて魔法が使えない、とかいう事じゃないよね。>
<は?>
リジュワナの向かいから、別の念が響いてきた。小英は面倒くさそうに顔を上げる。
<えっと…それは確か時の2章だよね。かなり高度だけど、もしかして小英ちゃん、本当は1章の部分から、全然魔法使えないんじゃないの?>
小英は笑顔で念じてくるモニクに不機嫌な表情を見せた。
<勝手に推測していれば良い。大体、あんたに言われたい台詞じゃないな、それは。>
<ふーん。じゃあ本当は出来るんだ。時の2章相当って言ったら、時間の進行の遅い空間を球の中に作るんだったよね、確か。ねえねえ、それ見せてよ!>
<何であんたにそんな物を見せないといけない。いつそんな義務が生じた。>
<…あ、ふーん。>
<…何だよ。>
したり顔でふんぞり返るモニク。かなり苛立った様子の小英が彼女を睨む。
<リジュワナちゃん、小英ちゃん恥かしいみたいだよ。本当は魔法が全然下手なのに、下手に自慢ぶっちゃった手前皆の前で魔法が使えないんだよ、きっと。>
<…>
モニクはわざわざ耳打ちするような仕草で、リジュワナに向けてそう念じた。
<いい加減、下らない事を言うのは控えてほしいもんだな。大体何で私が、そんな事で恥ずかしがる必要がある。魔術みたいなインチキ臭いものが使えて、何か自慢にでもなるっていうのか?>
<あー、じゃあやっぱり使えないんだ、小英ちゃんは。可哀相だなあ。私の魔法見せてあげよっか?>
小英は自分の胸に手を当て、モニクにくらいつくように迫る。
<出来る! 出来るが、出来る上で敢えてやりはしないって言っているだけだ!>
<どうだかなあ。本当は皆に自分の魔術を見られるのが怖くて怖くてたまらないんじゃないのお?>
「うるさいって言ってるんだ!」
中国語で言いながら、小英はバーチャルディスプレイの表示を消した。
<やれば良いんだろう、やれば! 今第1章から見せてやるから心して見ろよ! ほら、あんた達危ないからどいていろ!>
<わー、パチパチパチー。>
笑顔で手を叩くモニク。小英は地面に置いてあったステッキを持つと、モニク達からやや離れた場所でそれを構えた。
<…>
<…>
モニクはリジュワナに片目でウインクしてみせた。
<…負けたわ。保母でも目指してるの?>
二人だけに伝わる大きさでテレパシーを送るリジュワナ。
<別に。けど、何かあの子、放っておけなくて。>
<そういうのを一般に母性本能って言うのよ。>
<あはは、そうかもしれないけどね。>
「…あ、あの小さい子が何か始めるみたいだぞ。」
十数メートル向こうから、三人の様子を眺めていた石戸田が呟く。
「うん…まあ、大体こんな感じなんだわ、うちらは。」
ため息混じりに答える宏子。
「ふーん…やっぱ仲が良いんだな。皆和気あいあいとしてる。」
「…は?」
感心した顔で頷く石戸田の横顔を、宏子はまじまじと見た。
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