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朝の日差しが眩しい。強い光は街路樹から何筋かの線となって漏れ、車道に強いコントラストの線を描き出している。
警備のヘルメット姿は相変わらず多いが、最近はこの道に陣取っているテレビカメラの数もめっきり少なくなっていた。ここを通学路として通る学校の生徒達は、もうカメラにすっかり慣れた様子で彼等の前を通り過ぎていく。
T字路先の歩道で立ち止まり、談笑をしていた美耶はふと人影に気付くと、にっこり笑って右手を上げた。
「おーい、ひーこ!」
「…あ、美耶。志穂。」
歩道を歩いて来ていた宏子は顔を上げると、呟くように答えた。
「よっ。」
「…おはよう。」
特に志穂に目もくれず、そのまま歩いていく宏子。志穂と美耶はお互いを見合って首を傾げた。
「どうしたの、ひーこ。今日は随分元気無いね。」
前を歩いていく宏子に早足で追いついた美耶が、宏子の顔を覗き込む。
「まあね…。朝はテンション低いって。」
「そういう台詞はもっと知的な奴の言う言葉だろ。」
宏子は志穂の言葉に怒るでもなく肩を上げる。
「何でそんな事決まってんのよ。別にバカがテンション低くたって良いじゃんさ。」
「ん? 今日の佐藤バカは切り返しも弱いねえ。」
「るっさいなあ…」
宏子は鬱陶しげに頭をかく。
「ひーこ大丈夫? どうしたの、体調悪いの?」
宏子をの方を向いた美耶の表情が見る見る曇ってゆく。
「いや、ううん、大丈夫大丈夫。ただ、…うーん…」
「ただ、何?」
「あー…」
美耶の顔を見ていた宏子は、また頭をかきつつ苦笑した。
「あはは、何でもない。あのー…ああ、小英が言う事聞かないからさ、頭痛の種だなーとか、そういうんがちょっと頭にあって。」
「はあ…」
余り納得していない顔つきの美耶。
「シャオイン…?」
「あれ、志穂ちゃん知らなかったっけ。最近ひーこの家に来た女の子。中国から来たんだよ。」
「は? また増えたのか、お前んとこ?」
志穂は美耶の言葉に呆れた顔になる。
「うちに来る魔法少女は、無限増殖し……笑えねえ…」
頷く宏子。宏子は途中まで言いかけて、小声で自分の言葉に顔をしかめた。
「でも、その子は他の子達と違ってまだ12…だったっけ?なんだ。そうすると、結構とっつきづらいのかもしれないよね。ほら、ひーことか本人が12くらいの精神年齢だから、それで逆に衝突しちゃうんじゃないかな。」
「ああ…かといってリジュワナとか、他の外人勢だと皆二十歳くらいの精神年齢だから、これもまた合わないしな。」
志穂は美耶に頷いてみせる。
「…」
「…」
「…」
美耶と志穂は宏子の方を見る。宏子は一人物思いにふけった様子で、二人を置いてさっさと歩いていく。
「…これ、これ。」
宏子の目の前で手を振ってみせる志穂。
「ん、あ、何?」
「お前今日は本当に電源入ってないな。」
「…ひーこ、本当に本当に大丈夫?」
再び美耶は宏子の顔を覗き込む。殆ど条件反射的に引きつり笑いをうかべる宏子。
「いや……まあ、色々あるけどさ。…ぶっちゃけた話、あんたらに言えるような内容じゃないんだわ。」
「…」
「…」
宏子の言葉に目を見合わせる美耶と志穂。
「魔法…絡み、だよね?」
「ま、ね…」
宏子の眉間に力が入る。
「…あああもう、何て言うか、誰が味方なのかな、っていうかさ。最初プオが来た時は、迷惑ではあったけど簡単だった…敵はモンスター、だからそれを倒せば良い、ってだけだったから。でも今はもう、何が何だか分かんない…クザラル人が、っていうか魔法協会が私達の味方だとは、とても信じられない…」
「…でも、プオさんはひーこの事をいつも凄く心配してると思うけど…」
「あれはちょっと頭おかしいの。…けど、あいつもいつまでも私達の「味方」やってたら、絶対自分の立場が危うくなると思う…何となくだけど、そういう気がする。」
「じゃあ、プオラギイックは置くとしても、魔法を教えてくれるクザラル人達は皆敵、って事なのか?」
「敵…そうかもしれないけど、でもクザラル人がいなかったら、モンスターとは戦えないし…」
「…」
「…」
三人は同時にため息をつく。
志穂は自分の鼻をこすると、宏子の背中を軽く叩いた。
「…まあ、色々難しい事はあるけどさ。とにかく私は宏子の味方だから。ま、だから何が出来るって訳じゃないかもしれないけど。愚痴聞いてやる位だったら、いつでも相手してやるからさ。」
「あ、うん、私も。私もいつでも愚痴聞くから。」
「そんなに私グチグチ…してるか。でも志穂は部活あるし、美耶は病院があるでしょ?」
「私も部活があるの。」
ムッとした顔で言い返す美耶。へへ、と宏子は笑った。
「ま、美耶の場合やってほしい事って言ったら、ちゃんと自分で起きてくる事だね。私があんたん家起こしに行こうとすると、やっぱ色々迷惑かかるでしょ。」
「別に迷惑なんかじゃ…ああっ、っていうか私ちゃんと自分で起きてきてるもん。」
「おばさんが何かの用事でいない時でも、ちゃんと起きてくるんだぞ。」
「ぬ…ぐ…」
志穂の指摘に言葉を詰まらせる美耶。それ見る宏子は肩をふるわせ、表情を緩めた。
「あ…」
「ん?」
ふと反対側の志穂が立ち止まった事に気付き、宏子はそちらに顔を向けた。
志穂が見上げる視線を追う宏子。
「…」
その先にサクコブ生命体を認め、宏子は無言で眉をひそめた。
「…あ、志穂、美耶、出来るだけここから離れ…志穂?」
「あ…で…ひ…ひやっ…ひ、ひ、ひ、ひいいいっ」
「…志…穂?」
志穂は腰を地面につけ、座り込んだまましゃっくりのような叫び声を繰り返している。志穂を見て表情を変える宏子。
「ちょっと、あんた…」
「ひいっ、ひいっ、ひいっ、ああ、ああああ」
怯えた表情で宏子に首を振る志穂。
「志穂ちゃん、ここはまず、逃げな…重い…と。」
美耶が志穂に肩を貸す。自分がよろけかけながらも何とか志穂を立ち上がらせる美耶。
「じゃ、ひーこ。」
「うん。」
宏子と美耶は目を見て頷きあう。鞄からイハッジャを取り出す宏子。
<他の子呼んだ?>
<どうせ呼ばんでも来るでしょ。志穂お願いね。>
<うん。>
美耶は志穂を引きずるようにその場を離れる。宏子のイハッジャにはめ込まれた投影石が徐々に光りだす。
宏子は呼吸を整えると、軽く笑みをうかべ前方の生命体に目を向けた。
<気律の力を我の頭上に。フィア・ディシュ!>
シュウウウウウウウウウウン…。
イハッジャの数センチ先の空間から、赤い光が生命体に向け発射される。
ブズズズ、ブズズズズ…。
「ちっ。」
羽をひとなぎさせ、車道の上空を旋回しつつ光をよける生命体。
生命体はそのまま車道に降り立つ。追いかけ、歩道のガードレールを飛び越える宏子。
ププ、ププーッ!
「…」
道の向こうからやってきた軽トラックが警笛を鳴らす。生命体の立っている側の車線を走っていたトラックは急ブレーキをかけ、横転しかけながら生命体の目前で停止した。
−機動隊員は集まり悪いな…早く交通整理してくれないとそれが原因で事故が起きるよ…っていうかもうカメラは大分集まりだしてるんだけど…あんた達もまずそっちをやってよ…
歩道を冷静に見回し、不機嫌気に息をつく宏子。
ブズズズ、ブズズズズ、ブズズ…。
<…っ!?>
ふいにチクリとした痛みを感じ、宏子はよろけかけながら、右手で頭を押さえる。
−何、新しい系魔法か何か?
<え…?>
しかしすぐに痛みはやむ。手を離し、意外そうに生命体を見る宏子。
ブズズズズ…。
生命体は青い光の攻撃弾を数発、宏子に向けて撃ってきた。しかしどれもスピードが遅く、本気で攻撃しているというよりは宏子への牽制のようだ。
「…」
アスファルトの上を小走りに動きながら宏子は生命体の動きを注視する。
ブズ、ブズズブズズズ…。
生命体はその巨体をふわりと浮かせ、宏子の方に近づいてきた。
<…ザナ・キュディヌ・ヒオ。>
イハッジャを胸の前に構え、一瞬目をつぶる宏子。次の瞬間宏子は光に包まれながら浮かび上がる。道路上数十センチの空中を滑るように後退する宏子。
ブズズズ、ブズズズズ、ブズ、ブズズズズ…。
さっきまで宏子が立っていた地点までやってきた生命体は、そこの上の空中で静止する。盛んに「舌」の部分を震わせ、音を上げる生命体。宏子はその様子に眉を寄せた。
−まともに攻撃する気が無いんかな…。
「まいいか。」
宏子は地上から3メートル程度の空中にまで、ややバック気味に浮上する。落ち着きつつも鋭い視線で、彼女は右手のイハッジャをもう一度自分の目線の前まで持ち上げた。
<気律の力を我の頭上に。フィア…あっ>
シュウウウウウウウウウウンズバアアアアアアアアアアアアン!
宏子から攻撃弾が発射される。その直前に生命体の体の周りが光りだし、その光の裂け目に埋もれるようにして生命体は姿を消した。攻撃弾は生命体がいた場所を素通りし、道路のアスファルトに直径30センチ程度の半球状のくりぬきを残して消滅した。
<…>
宏子は眉を上げたまま、ゆっくりと道路に降下した。
車道に降り立った宏子は、光を失いつつあるイハッジャの投影石に目をやってから、歩道の方へと歩いていく。歩道の脇に放り投げていた鞄を拾う宏子。
「ひーこ!」
「お。大丈夫だった?」
宏子の所に美耶が駆け寄ってくる。鞄の土を払いながら宏子は尋ねた。
「うん。見ての通り車は何台か危なかったんだけど、怪我した人とかはいなかったみたい。」
車道のそれぞれの車線に止まっている自動車に目を向けながら言う美耶。
「あそ。」
「ひーこは大丈夫? モンスターやっつけた?」
「いや、瞬間移動で逃げられたよ。見てなかったかい?」
宏子は自分の制服の乱れを直しながら答える。
「っていうかあのモンスター本気で攻撃してこなかった。結局何しに来たんだろ?」
「ふーん…ひーこの恐ろしい恐ろしさに恐れおののいた、とか?」
「人を化物みたく言うな。…志穂は?」
「え? えー…と…」
美耶の視線の先に目を向ける宏子。志穂は歩道の奥に座り込んだまま、こちらを凝視するように見つめている。
「ちょっと、志穂、大丈夫?」
宏子は志穂に走りよる。
「いいいいやあああああああああっ!!」
「えっ!?」
志穂は宏子の差し伸べた手を振り払い、腰を地面に付けたまま後ずさる。
「こないでっ! ここここないで、こな、こな…ああああ…」
「志…穂? あの…私。分…かるよね? あの、もうモンスターいないから。取りあえず、ね?」
宏子は再び手を差し出す。
「キャアアアアアアアアアッ!」
「っ!」
志穂は自分の右手を素早く引っ込めると、腰をつけたままずるずると後退し、首を振った。
「こない、こないで…こな、こない…こないで…たす…け…こな…こない…こない…こないで…いや、いや…いや、いや、いや、いや…」
「志……穂…」
宏子は呆然と立ったまま、差し出した手をゆっくりと下ろした。美耶が志穂に駆けより、腰を降ろして彼女の肩を抱く。
<あ…ひーこ、あの…今は志穂ちゃんは、私が見るから。志穂ちゃんモンスター見るの初めてだったから、それで混乱してると思うんだ。ひーこはその…あ、ほら、今ジュチャさん達が来ると思うから、そっちに説明を。志穂ちゃんとはまた落ち着いた時に、ね?>
<う、うん…>
普段の彼女からは想像もつかない表情の、涙と唾液まみれの志穂の顔を見ながら、宏子はただ立ち尽くしていた。
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