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四人がテーブルを囲み、朝食を食べていた。
ナイフでベーコンエッグを切りながら宏子が念じた。
<モニクは今日も映像研究部?>
<そんな事聞かれても分からないわ。まあ、いないんだからそうなんでしょ。>
ティーバッグがカップに入ったままの紅茶を飲みながら、宏子の隣のリジュワナが答える。
「あ、宏子、今晩は何が良い?」
テーブル向かい、小英と隣あって座っている佳菜恵が宏子に尋ねる。
「え…んー…」
<そうね…>
<フライドチキン。>
<あんたにゃ聞いてないって。>
宏子は小英に細い目を向ける。
<何でだ? リジュワナだって何か言おうとしているぞ。>「…家郷鶏、吃肯徳基!」
「チーコンタチー?」
小英の言葉に、困ったように微笑み首を傾げる佳菜恵。
「ああ、こいつの言う事は気にしないで良いから。」
「今、三人のテレパシーで会議中?」
「ん、ん。」
母親に真剣に頷くと宏子はリジュワナを見る。
<ま、最近母さん忙しいみたいだし、私達で作っちゃうっていうのが早いかな、って。>
<賛成したいけど、ことこれから数日は無理よ。それこそ私達にそんな暇が無いわ。>
<そう? ウチら何かあったっけ?>
<…あるわよ。>
<何が?>
<…何かは分からないけど、あると思っておいた方が良いわ。あれだけジュチャに好き勝手言ったんだから、何も無いって事は考えにくいわよ。>
美味しそうに紅茶を飲んだリジュワナはカップをテーブルに置く。
<それならフライドチキンで良いな。>
<はい?>
<…>
小英に目を向ける宏子とリジュワナ。
<誰も作る暇が無いんだよな。つまり、外食なりテイクアウトするなり以外に方法が無いって事じゃないか。>
<…まあ、確かにそれはそうか。じゃあそういう事にする? フライドチキンは高いから、マックのハンバーガーで…>
<フライドチキンって言ってるだろうがあっ!>
小英は椅子を立ち上がった。両手を上げて苦笑いする宏子。
<あはは、分かったよ。じゃ、フライドチキンで…>
<決まりかけた所悪いけど…>
<ん?>
<私はやっぱり佳菜恵さんに作ってほしいわ。>
<はい?>
<それも出来れば、思いっきり日本風の物。この際ちょっと位戒律に触れてても構わないから。>
一人だけベーコンの無い目玉焼きを食べながら、リジュワナが念じる。
<はあ…何でまた?>
<…だってもう、こうやって皆で食事をする事も何回も無い訳でしょ。特に佳菜恵さんの手料理は。何となくだけど、そう思わない?>
ティッシュで口を拭きながらリジュワナが念じた。


魔法少女佐藤

第13話「ドキッ! 魔法少女の湯煙り旅情」


宏子が眉をひそめる。
<何、それ…リジュワナはどうか知らないけど、私はまだ一家離散するつもりは無いんだけどねえ。>
<あら、前は違う事言ってなかった? 「一人暮らし」したいって言っていたじゃない。>
<そうだけど…お母さんがそれはない、って…>
<知ってるわよ。でももうクザラル人の保護は期待できない。むしろ攻撃に備えないと。>
<攻撃って、まさか、この家を? ブエノスアイレスみたいに?>
<あんな派手なやり方をするかどうかは知らないけど、もう私達は彼等の敵に近いのよ。今までのテレビ報道があって、私達の事がよく知られている手前、そう簡単には動けないかもしれないけど、何らかの情報操作で私達を「事故死」させる可能性は低くないと思うわ。>
<そんな…>
<私やあなたならまだ多少の防御も出来るけど、佳菜恵さんのような一般人は危険よ。…無神経な言い方を承知で言えば、ある意味あなたの家族が少ないのは助かったわ。もし親族や兄弟がたくさんいたら、全員の事を考えるなんて出来なかったでしょうから。>
<…>
リジュワナは前方に目を向ける。
<小英。あなたも私達と行動を共にするつもりなら、故郷の自分の親族、今のうちに連絡しておいたほうが良いわ。出来る限りの事は話して、出来れば、皆名前を変えて、住む場所も仕事も変えてもらった方が良い。もちろん誰にも知られないようにね。>
ミルク入りのコーヒーを飲んでいた小英が眉を上げる。
<それは無理だ…。私の親族は数え切れない程いるし、父が今経営している会社を捨てたら、従業員も路頭に迷うだろう。>
<…>
リジュワナは小英の念に、悲しげに視線を下げた。
<…もし私達と…宏子もよ、私やアリーザと、本当に一緒に行動するつもりなら、つまり、魔法協会と手を切るつもりなら、今いる親族の命の保証は無いと思った方が良いわ。それが嫌だったら魔法協会と一緒に動く事ね。もしかしたらモニクはそうするのかもしれないし。昨日あの場に残っていたから。>
<…>
<…>
小英と宏子は、リジュワナの念にコメントを失って目を合わせる。
<魔法協会は地球人を奴隷化するためなら何でもするつもりらしいから。人手が欲しい以上そう何度も大量虐殺はしない…と思うけど、まあ、よほどの覚悟が無い限り、彼等と喧嘩はしない方が良いと思うわよ。>
「ねえ…」
佳菜恵が宏子の顔色をうかがう。
「何食べたいか、決まった?」
「え? えっと…」
宏子は慌ててテーブルの面々を見回した。
「ああえっと、あ、えー…寿司! す、寿司?」
「お寿司? …お刺身安いのは土曜日だからなあ…」
佳菜恵は自分の脇にあった新聞の折り込み広告と睨めっこを始めた。
<…何で寿司なんだ?>
<あ、お、思わず…>
<思わずで出てくる答えが生魚になるのって、日本人の良くない所だと思うわよ。>
<同感だな。>
リジュワナに頷く小英。
<な、でも美味しいじゃん、寿司は!>
<美味しいのは良いけど私達が食べられないでしょう。断食にはまだ早すぎるわよ。>
<ケンタッキーに決まったんじゃなかったのか?>
<う…しいません…>
二人の視線に、宏子は首をすくめた。

<ふう…それで、どうする宏子?>
<え、な、何が?>
<これから。今日。さっき2階の窓から見たけど…既に道にクザラル人がいるのよ。学校に行ってもいいものかどうか、佳菜恵さんを外に出してもいいかものかどうか…>
<え、嘘…>
<面白いじゃないか。私達の魔法でそいつらを蹴散らせばいい。これからそういう事も増えるかもしれないし、良い練習になるぞ。>
<っていう威勢の良いのもいるけど、現実的な線としては佳菜恵さんに魔法でしばらく昼寝でもしてもらって、私達はしばらく病欠、という所でしょうね。>
不適に笑う小英と、紅茶を味わいながら両目を閉じて念じるリジュワナ。
<それって…今日一日で終わる事じゃないじゃん。>
<将来の進路とか…学校での友達とか、そういった事が気になるようだったら、今すぐ学校に行く事を勧めるわ。>
リジュワナは宏子の目を見る。
<…で、その場合はクザラル人の追及・拘束・洗脳は覚悟しろ?>
<…小英の言う通り、今の私達、少なくともあなただったら、ちょっと位はあなたの力で相手をねじ伏せる事も出来るかもしれないわ。>
リジュワナは空になったカップを眺めながら続ける。
<…出来なかった時にどうなるかは、私には想像がつかないわ。>


白樺の木々が程よい間隔で茂る人工林の中を、何かの鳥の鳴き声が響いている。
コンクリート作りで白く塗装された洒落た別荘のような建物が、林に覆われるようにひっそりと佇んでいた。
<はあああ…>
心底感心した様子で宏子は建物の中を見回した。白い壁が普通の建物の二階分くらいある高い天井まで続き、大き目の窓から明るい日が差し込んでくる。
<前の場所とは大違いじゃん! よくこんな場所借りれたね!>
<ん? うん、借りたっつーか、かすめ取ったんだけどねー。>
<…>
<地球って系の魔法の規制が無いから便利だよね!>
呆れた様子の宏子に、シユマが満面の笑みで答える。
リジュワナが天井を見ながら念じる。
<でも、こんな辺鄙な所に場所構えてて良いの? もっと、ニューヨークとか、…日本だったら東京とか、色々あるでしょうに。この辺りは…お世辞にも世界の中心には見えないんだけど。>
<…まあ、私達を含め瞬間移動出来る方が多いでしょうから、世界のどこにあろうが問題は無いのでは?>
リジュワナに答えるアリーザ。魔法少女達は皆、大き目のバッグやリュックをかかえている。
<HNKのメンバーって魔術師多いの?>
<え? 全体の中では3割位だけど、前線の基地は魔術師の割合が増えるからねえ。ここだと6割か…7割いってんじゃないかな?>
宏子の眉間に皺がよる。
<ここって…前線なんだ?>
<まあね。今直接HYIと戦闘してる訳じゃないけど、準前線扱いだよ。地球人の運命…っていうか、もっとありていに言っちゃえばウチらとHYI、どっちが地球人を味方に付けるかの最前線な訳でしょ?>
<なるほど?>
肩を上げる宏子。リジュワナがシユマを見た。
<で、結局何でここなのかしら? その最前線が。>
<田舎にある方がいいじゃん。都会だと、またいつブエノスアイレスみたいな事になるか分からないでしょ?>
<でも、何でこの基地は地下に無いんだ?>
<…>
リジュワナとアリーザが無言で小英に視線を向ける。
<…いや、だってそうだろ? 違うか? 秘密基地って普通、地下にあるもんなんじゃないのか!?>
<生命反応、魔力反応とかで探索されれば、地下にあっても地上にあっても殆ど差は無いからね。系の魔法等の防御は、むしろ地上にあった方がやりやすいし。>
小英に答えるシユマ。
<それに地下の穴倉よりこっちの方が、普段の生活にはストレスがたまらないと思いませんか?>
アリーザは肩にかけていたボストンバッグを降ろして念じた。
<まあ、それはそうね。何よりここは壁が木目じゃない所が良いと思うわ。>
<ああ、それは本当にその通りだと思います。>
リジュワナの念に感心するようにアリーザが頷いた。

ちょっとしたホールのような広がりをもつ大部屋の中央の方に、宏子は目を向ける。いくつかのコンピューターらしき機械や魔術増幅装置と思われる器具が置かれているが、全体としてはまだ部屋は殺風景でがらんとしていた。三、四人のクザラル人達が機材の調整や移動に忙しく動いている。全員青い肌で、服はどうやら私服のようだ。
<まだ引越し真っ最中って感じだね。>
<うーん、人はともかく、この作戦室まで機材を運ぶのが大変だから。地球に来れるだけの性能のある宇宙船とか、ウチ持ってないし。>
<…凄い状況で地球支部作ろうとしてない?>
<あ、違うの、違うの! 来ようとすれば来れるんだよ、たださ、HYIの「地球防衛網」がキツいから、ここまで来れないって話を私はしてるだけでさ!>
<それって、来れないって事じゃん、間違いなく…>
力強く念じているシユマに、宏子は不安気に息をついた。

日の差し込む通路を、シユマを先頭にした一行が歩く。
シユマは片面にドアの並んでいる場所で立ち止まった。
<ええと、こっちに4室、向こうに4室あるけど、向こうは今、半物置になってるから、取りあえずこっちの4室で…>
<じゃあ、私はここでいいぞ。>
一番手前のドアに進む小英。
<場所は4室の内のどこでも良いけど、その内2室はこっちの職員で使いたいから、悪いんだけど、2人1部屋って事でお願いね。>
<え。>
魔法少女達は念を揃えてシユマを見る。
<一応優遇してんだから。職員は4人1部屋だよ?>
<…あんたもか?>
じい、と見る小英の念に、シユマは目をそらした。
<え? …あははははは…ほら、私はいつも仕事があるから、色々とね…>
<ほう…>
小英が眉をヒクヒクと上げる。リジュワナが息を吐いて念を伝えた。
<…まあ、仕方ないわね。じゃあ2組に分かれましょう。>
<それでしたら…私が佐藤さんとで、ホクさんが蔡さんとで。>
アリーザが素早く宏子に寄り添い、彼女の腕を持つ。ギョッとした顔でアリーザを見る宏子。
<…それは理由は?>
<佐藤さんも可哀相でしょう、同居相手がお酒が飲めない人だったら。>
<…間違いなくあなたの都合じゃない。>
真顔で答えるアリーザの念に、額に皺のよるリジュワナ。
<…あ、でも確かにそれはあるか。>
<何であなたも納得するの!>
リジュワナが宏子を睨む。小英は少し困った顔で、彼女達を見上げた。
<あ…でも、私も宏子と一緒が良いかもしれないな、出来れば…>
<え、小英も?>
<いや、本当は一人が良いんだが…敢えて、この中で選ぶとすれば…>
微弱なテレパシーで宏子に答える小英。
<分かったわ。>
リジュワナはバッグを持ち直した。
<じゃあ嫌われ者の私は向こうの部屋に行くから、3:1で別れましょう。>
慌てて手を上げる宏子。
<ちょ、ちょ、ちょ! 待って待って。そしたら、ええっと…>
両脇のアリーザと小英に目をやる宏子。
<…じゃあ、私とリジュワナ、アリーザと小英で良いじゃん。>
<どういう事ですか。>
<何でだ!>
迫る二人に押され、宏子は唸り声を上げる。
<あー…じゃあ、じゃんけんで決める? 勝った人が同居者指名で。>
<…>
アリーザと小英は目を合わせた。
<まあ、良いんじゃないか、それで。>
<私も構いません。使うのは紙とハサミと石で良いですね?>
<え? …紙っていうのはつまり…布か? 石はハンマーの事だよな?>
パー、グーを順に出しながらアリーザに聞く小英。
<ええ、その通りです。念のために言うと、紙が石に勝って、石がハサミに勝ちますよ。>
<布がハンマーに勝ってハンマーがハサミに…オーケー、それは中国と同じだ。>
<うん、じゃあそういう事で…>
<まとまっている所悪いけど…「じゃんけん」って一体何?>
三人はリジュワナの方を見た。
<あ、知らない? 今小英のやってた奴。グー、チョキ、パーって、指を出すの。>
難しい顔つきのリジュワナ。
<手を使って勝者を決めるゲームだっていうのは今、イメージで大体伝わったけど、それが? ええと、それぞれ石とハサミと紙を象徴するの?>
宏子がリジュワナの方に歩いて自分の手を見せる。
<うん、だからさ、それを同時に出して、えーと、こっちがグーでこっちがパーだったとしたらパーの勝ちになる訳。こっちがパーで、>
<ちょっと待って、何で石と紙だと紙の勝ちになるの?>
<え? だからそれは紙だと石を…>
<…>
<…>
アリーザが小英の方に何やら念じる。ニ人は軽く頷きあった。
<それでは行きますよ、せえの、ジャンケンポイ!>
<え?>
<えっ!>
リジュワナと宏子が振り返った。


六畳一間のその部屋は、まるでニ人兄弟のいる家の子供部屋のように、二段ベッドと小さな二つの机が並んでいた。
宏子はしょっていたリュックを降ろし、机の脇に置きながら息をついた。
<…どうもイマイチ、今の決め方は納得がいかないんだけどな。>
<まあ良いじゃないか。ほら、私達はお互い近い国同士だし、向こうは向こうで宗教が同じなんだろ? それならこれが一番好都合じゃないか。>
笑い顔を作りつつ、小英が自分のリュックを隣の机の脇に同じように降ろす。
<まあ…私は別に誰でもいいけど、アリーザとリジュワナはなあ…あれは水と油だよ?>
ベッドの一階部分の手すりに軽く腰を降ろす宏子。
<そうか? 私はニ人とも似た雰囲気を感じるけどな。あ、私は二階で良いか?>
<ん? うん…。>
頷く宏子。小英ははしごを登り、ベッドの二階に行く。
<もう寝るの?>
<別に…そういう訳じゃないが…>
宏子の頭上から、姿の見えない小英の念だけが聞こえてくる。
<ふーん…>
<…>
<…言っておくけど、ここで音楽ガンガンにかけるのはやめてよね。聞くんだったらヘッドホンかイヤホンにして。>
<分かってるよ…大体ステレオなんかここには無いだろ。ウォークマンしか持ってきてない。あんただってそうじゃないのか?>
<そう、なら良いけど。>
<一々リジュワナみたいな事言わないでほしいな。私はああいうタイプが苦手だから、こっちに来たんだぞ。>
<私はあんたみたいなガキが苦手なんだけどね。>
<それももう分かってる。>
<…>
<…なあ。>
<ん?>
<…いや…>
<何よ。>
<…別に、何でもない。>
<そういうテレパシーには聞こえなかったけど。…何よ小英、はっきりしない男は嫌われるよ?>
<女だ。>
<あ、そう。ひねりの無い返事どうも。>
<それに小英じゃない。蔡英だ。…近所のおばさんじゃあるまいし、あんたに小英呼ばわりされる覚えはない。>
<でも小英は小英なんでしょ?>
<…>
<…>
ベッドの二階から、体を動かしている音が聞こえてくる。
<なあ…これから私達、一体どうなるんだろうな。>
<ん? …さあね。どうなるのかね。>
<…>
<HNKも、タダでここに住まわせてくれる訳じゃないだろうし、サクコブだってその内にこっちに気付くだろうしね。>
<……私…武漢に帰りたいよ…>
<…>
今まで聞いた事の無い小英の念の調子に、宏子はベッド二階の板を見上げた。
<…あなたは地球を救う魔法少女だって、最初言われた時はさ、私、結構嬉しかった…魔力だって今いる魔法少女達と比べても見劣りしないどころか、年齢を考えれば将来随一の魔力を持つだろう、とかおだてられて…そりゃ、モンスター…サクコブか、に襲われて怖いのは怖かったけど、それだって何とか打ち負かしたし…武漢にある大きな公園で、私のための祝賀パレードみたいなのをやったんだ。市役所が。電飾綺麗だったよ。それを見て、私はともかく父親と母親が凄い喜んでさ。お前は一族の誇りだ、いや、国の誇りだ、って…>
<…>
<で、それで日本に来て…それで、何なんだ? 来たは良いけど、魔力をまともに生かす機会なんかは全然無いし、それどころか私達はただのクザラル人のモルモットだったんだろう? …そんなの…そんな国の誇りなんか、聞いた事無い。私は何のためにここに来たんだ?>
<…>
<あんた達他の魔法少女には絶対負けない、って決心して、モンスターは私が戦ってやるって覚悟決めて、私は地球を救う為なら命を賭けるって心に誓って、…で、何なんだ? 何で私は、こんな所でこそこそ隠れているんだ。これじゃ、それこそ国の誇りなんかじゃない。…いや、本当は国なんかどうでも良い、だけど、父親と母親が…>
<…>
宏子はベッドを見上げる。
<もう私の事をどう思ってるかも分からないし、そもそも…もしかしたら、もう…>
<…小英。あのさ…>
<いいんだ、やめてくれ。>
立ち上がりかけた宏子は、上から響いてくる念に動きを止めた。
<私の言ってるのがただの子供の愚痴なのは分かってる。別に慰めてほしいなんて、思ってないし。あんたにだってあんたの事情があるだろう。皆が皆そうなのは、良く分かってる。>
<…なら、人に慰めてほしいって思う気持ちが、ごく自然な事だって事も分かるよね? …二階行くよ?>
<いいんだ、来ないでくれ! …分かってるから、本当に。今出来る選択がこれしかないのは分かってるから。私だって魔法協会の言いなりになんか絶対ならない。…でも、あんたの言いなりにも絶対ならない。…だから、来ないでくれ。今来られたら…多分…私…>
感情の高ぶったテレパシーと、かすかに鼻をすする音が聞こえてくる。宏子は手すりをまたぎ、一階のベッドに入ると、そのまま寝転んだ。
<…夕食は7時からで、施設の使い方の説明もその時あるらしいから。>
<もう聞いてる…>
<一応ね。基本的に空き時間の行動は自由だけど、7時を寝過ごした場合夕食は抜きだからね。>
<うん、分かった…>
「…ガキんちょ…」
宏子は日本語で呟くと、少し潤んだ瞳を閉じ、誰に見せるでもなく微笑んだ。


リジュワナは部屋のドアを開けると、音を立てないように気を遣いながら通路を歩き出した。
窓の向こうは深閑とした闇だ。通路向こうの作戦室の方はまだ明るいようだが、この通路はぼんやりとした明るさの非常灯が通路沿いにあるのみである。
<…>
リジュワナは通路を見回し、作戦室とは反対方向に歩き出した。通路はしばらくすると右へ曲がる角に突き当たる。そこにはガラス戸があり、屋外のテラスへと繋がっていた。
リジュワナはドアを開け、月の照らす板間に立った。
−ちょっと肌寒いわね…。
リジュワナは半袖の腕をさする。彼女はスカートのポケットから丸い物を取り出し、顔を近づけた。
ガラ…。
<…!>
リジュワナは背後の音に思わず飛び上がりかけ、後ろを振り向いた。
<…あれ、リジュワナ?>
<…おどかさないで。>
安堵と怒りの混じった調子で、リジュワナはやってきた人影にテレパシーを送った。

夜のテラスにやってきた宏子は、片手に携帯電話を持っていた。
<…電話をかけたいの?>
<ん…うん。ここならアンテナ立つかなー、と思ってさ。>
<アン…ああ、携帯のサービス範囲内かっていう意味ね。…別に普通の電話が作戦室にあったわよ?>
<そうだけど…何となくこっちが使いたい、って時だってあるじゃん。>
<そう? そういったものなの? まあ良いけど。>
<…リジュワナは? 何でここにいたの?>
<私は…お祈りをしようと思って。>
<ああ、お祈りか…でも何でここで?>
<今私のいる部屋が、誰かさんのおかげで、けがされまくっているのよ。だからこっちに避難してきたの。>
<え…けがされるって、何やってんのあいつ?>
リジュワナは目を細め宏子に答える。
<さっそく近くのコンビニに行ってビールを買ってきたわよ。これからお金だって苦しいのに、一体どうするつもりなんだか…>
<あはは…あいつもそういう時の行動力だけは凄いね。>
<全くね…>
肩を上げるリジュワナ。彼女は暗闇の森に目を向ける。
<…まあ、正直、ここに来たのは、アリーザがどうというより、私が一人になりたかったのよ。今日は特に、ゆっくりお祈りがしたかったから。>
<…それ、何? 手に持ってる奴。>
<え?>
リジュワナは自分の手を見る。
<ああ、方位磁石よ。私の宗教は、メッカっていう聖地があって、お祈りする時は必ずそっちの方向を向いてする物なの。>
<おお…でも、それ、聞いた事はあるけど、当然こっから遠いよね。そんな方向なんか分かるもんなの?>
<大体は分かるわ。…日本に来てすぐの時、親に聞いて調べてもらったのよ。日本からだと西北西だそうよ。>
方位磁石を見て、林を向いた一方向に腕を上げてみせるリジュワナ。
<…つまり、こっちね。>
<はあ…あんたいつもその磁石持ち歩いてんの。>
<もちろん。>
リジュワナは磁石をしまう。
<熱心だねえ。>
<私の国じゃ普通よ。…何? 狂信的にでも見える?>
振り返るリジュワナ。宏子は慌てて首を振った。
<別に、そんな事言ってないって。>
<そうね…まあ、ある意味洗脳のようなものなのかもしれないわね。私の国だったらイスラム教、日本だったら…仏教? アメリカだったらキリスト教、とか…殆どの場合自分から選んでなってる訳じゃないでしょう。知らない内にその宗教の信者になってしまっているんだから。>
<まあ…それは、そうかもしんないけど。>
<でも宏子、宗教に関わらずね、神に祈るという気持ちは人は持つべきものだと思うわ。神への畏れを無くしたから、一部のクザラル人は、地球人を改造、なんておかしな事が考えられるようになったんでしょう。それはもう、心のある人間のする事じゃないわ。>
<…でも、さ。…リジュワナだって、それを見逃したじゃん。洗脳を受けてる子供達をそのままにさせたじゃん。>
<…>
リジュワナは目を落とし、息をついた。宏子に顔を上げるリジュワナ。
<…だから祈るのよ。そうしなければ私は気が狂いそうだから。>
<…>

リジュワナは宏子の電話に目を向けた。
<しないの、電話?>
<え…いいよ、お祈り中に邪魔でしょ?>
<するなら先にしてよ。>
<いいよ、お祈りが先で。>
<…あなたが待ってるっていうのを意識しながらお祈りしたくないのよ。だから先にして。>
<う、うん…>
宏子は息をつくと、電話のボタンを押す。電話帳に記憶されたダイアルが選択され、呼びかけの電子音が鳴った。
「…もしもし、ひーこ?」
電話から聞こえてくる美耶の声に、宏子は少しほっとしたように答えた。
「うん。…どう、そっちは?」
「うん…クザラルの人が家に来た。」
「え、どうしたの? 何かされた?」
「ううん、ただ、佐藤さん達がどこに行ったか御存知ですかっては聞かれたけど。」
「そう…聞かれただけ?」
「うん、知りませんってテレパシーで言ったら、そうですか、って。心配しているので、見かけたら教えてくださいね、みたいな感じで。」
宏子は胸をなでおろして受話器に頷く。
「そう…」
「うん…」
「モニクはどう? 元気?」
「うーん…取りあえず、好きなビデオとかマンガとか、全部ひーこの家に置いてきてるのが心残りでしょうがないみたい。」
「あはは…」
「…代わろうか?」
「え? 今そこにいるの?」
「うん。あ、でも翻訳機だと喋りにくい?」
「フランス語で喋るよりはマシだって。じゃあ、ちょっと代わってくれる?」
「うん、ちょっと待ってね。」
「うん。」
宏子は電話に耳を付けたまましばらく立つ。やがてスピーカーに、再び声が響いた。
「…あー、ごめんひーこ。何か、モニクちゃん今、…ええと、あ、今ちょっと…お風呂入ってて、だから電話出られないの、ごめん。」
「あ、そう…ふーん。…学校なんかは、どんな感じだった?」
「うん…まだ、皆そんなに気にはしてないみたい。あ、また休みか、って感じで。でもこのままひーこ達がずっと休み続けたら、私もなんか通いづらいかな…」
「…もし身の危険を感じるような事があったら、いつでもこっち来なよ。あ、モニクもね。でもあんたも、魔力が無いって言ってもテレパシーは出来るし、絶対魔法協会に目はつけられてるから…」
「でもうちも両親が…」
「…」
「…あ…ごめん。ごめん、ひーこ…ごめんね。」
「良いってそんな。それこそ大事な事だし。大体謝るんだったら、勝手な事したのはこっちの方なんだし。」
「そんな、ひーこ達は…ひーこ達が、勝手な事をされたんだから。」
「ん…まあそうかもしれないけど。でも美耶には…」
宏子はふと、じっとこっちを見ながら立っているリジュワナに目を向けた。
「…あ、ごめん美耶、あのね、ちょっと今用事があってさ。」
「あ、うん…」
「また、連絡するから。っていうか何かあったらあんたもすぐこっちにかけてね。…あ、ここ山だから、もし通じなかったらメールで。」
「うん。…頑張ってね、ひーこ。」
「あんたもね。じゃ。」
「うん。おやすみ。」
宏子は電話から顔を離し、ボディーを畳んだ。

<…美耶はどうだった?>
<まあ…元気だった。…モニクがよく分かんないな。どうも電話に出たくないっぽい。>
<…美耶の所にいるの、彼女?>
<そうらしいんだけど…私とは喋りたくないみたいだね…>
<そう…私も正直、今彼女と会ったら何をどう喋っていいのか、よく分からないけど。>
<…そう?>
<ええ、今の彼女は…よく分からないわ。個人的な含みは無いけど、プオラギイックの方が今は信用出来る気がする。>
<は? …何それ? 個人的な含みとかわざわざ前置きされると気になるんだけど。>
<え? …ああ。別に、そういう意味じゃなくてよ。プオラギイックに個人的な含みがあるのはあなたでしょ。 私は理解できないもの、彼のどこがそうも魅力的なのか。>
<絶対それ違う。あんたそういうふうに、プオの事になると必ずつっかかるじゃん。>
<だからそれも含めて全部あなたの専売特許でしょ?>
疲れた様子でリジュワナが返す。
<…>
<私が話していたのは、モニクの事よ。彼女が分からない、って。>
<まあ…今のまま美耶のとこに居候続ける訳にもいかないだろうし…どうするんだろうね。学校まだ行ってるんでしょ? それって魔法協会に「捕まえてください」、って言ってるようなもんなのにね。>
<多分、そのつもりなのよ。>
<…>
宏子とリジュワナは、黙ってお互いを見合う。
<…どうして? まだ魔法協会の事信じてるのかな?>
<さあ…自分の周囲に迷惑をかけたくないからかもしれないし…>
<…>
<…私、まだ自分の親と連絡とれていないのよね。>
<そうなんだ…皆そうなんだよね…お母さんの新しい家から仕事から、全部HNKに用意してもらう事が出来たっていうの、私位なんだから、本当は感謝しないといけないんだよね。>
<…ええ、そうね。…羨ましいと思うわ。って言ったら、喧嘩を売ってるみたいに聞こえるかもしれないけど。>
<…うん、私、恵まれてるよね。…私が恵まれてるのは、分かるんだけど…>
うつむく宏子の目に、涙が溜まる。リジュワナは宏子の頭に顔を寄せた。
<…おいしかったわね、昨日皆で作った散らし寿司。>
<…>
リジュワナに抱かれながら、宏子は目を閉じた。


灯りの消えた室内。しかし窓から漏れる何かの光がかなり強く、それなりに見通しは効く。
室内は荒らされた様子もなく、置かれている家具や食器、電化製品や雑誌等、全て普通の状態で揃っている。
シュウウウウウウウウウウウウウンズバアアアアアアアアアアアン!
ピンク色の光が居間の何も無い空間に急に現れ、そのまま裂け目のように広がった。それが膨らみをまし破裂すると、その中から人影が現れた。
「…」
佐藤家の深夜の居間に瞬間移動してきたのは、幾分やつれた表情のモニクだった。
モニクは無言で周囲を見回す。部屋は生活感に溢れてはいるが、少なくともこの部屋に人の気配は無い。
モニクは静かに足を進め、階段を上っていく。
「…」
モニクは2階に来てからも時折左右に目を向け、本当に誰もいないか確認しながら歩いてゆく。彼女は家の明かりはつけないので、光は外から漏れてくるものだけが頼りだ。モニクはあるドアの前に立つと、慎重に耳を近づけた。やがて物音がしない事を確認したのか、彼女はゆっくりのそのドアノブを回す。
「…」
ドアの隙間から部屋に顔を出すモニク。その部屋には誰もいない。モニクはドアを開け、部屋の中に入る。
その部屋は黒が基調で、壁には黒人のポスターが貼ってあり、あまり女の子らしい雰囲気とは言いがたい。彼女はその部屋の机の前で来ると、窓越しの灯りを頼りに何かを探し始めた。
「無い…」
机の引出しを見るモニク。暗闇の中、モニクは近くの鞄もあさり出す。
「無い…」
モニクはふと、ベッドの枕元に目を向けた。
「…」
枕元に小さな手帳がある。それを開くモニク。
「…あった…」
手帳には、プリクラのシールが何枚か貼られていた。暗くてはっきりとは分からないが、どのシールも、写っているのは女子のようだ。
−小英ちゃんが嫌がったんだよな、これ…何とかフレームから逃げる前に撮ろうとしてるから、ひーこちゃんこんな変な体勢で…。
モニクは無言で頬を緩める。
彼女はそのページを丁寧に破りとると、ポケットから取り出した自分の手帳に挟み、元の手帳を枕元に戻した。立ち上がりドアに向かうモニク。

−皆、元気でね…。
モニクは一度立ち止まり、振り返ってしばらく眺めてから、主を既に失ったその部屋を後にした。


窓に爽やかな緑の光が差し込む。
宏子、リジュワナ、アリーザ、小英は「HNK地球支部」の作戦室、こと引越し途中の大部屋で、シユマを囲むようにして椅子に座っている。
机の上に座り、椅子の上に足を乗っけているシユマが念じた。
<データをウチの医療部に昨日送ってたけど、今日返答が帰ってきたよ。…言いづらい事だけど、皆、確かに魔力は無いって。ああ、今はもちろんあるんだけど昔はね。で、脳波パターンとか簡易スキャンから見るに、確かに人工的に魔力を付けた可能性が非常に高いんだって。>
重い空気に包まれた四人はお互いを見る。
<…>
<…宏子以外はね。>
<え?>
顔をシユマに向ける宏子。
<宏子はそういう跡がなくて、天然…っていうの?の魔法少女と見て良いんじゃないかって話だった。ま、詳しい話は今から皆にデータ転送するからさ、そっちを見てほしいんだけど。>
シユマは自分の目の前にバーチャルディスプレイを表示させ、それを操作しだす。
<私は…じゃあ、手術とか受けてないの?>
<そう。まあ、そうなんじゃないか、って。他の三人は…受けてるんじゃないかって話。>
<…>
宏子は眉を寄せて他の三人を見回した。
<そ、そんな…何で…私だけ?>
<さあ…あんたは、とにかく本物の魔法少女だって事なんじゃないの? それが良い事なのかどうかは良く分かんないけどね。>
<…>
<…それも、非常にショッキングな話ですが…ちょっと私が質問しても良いでしょうか?>
腕組みをしたアリーザが念じる。
<うん、もちろん。>
<人工的に魔力を付けると簡単に言いますが、未だにそれが納得できません。いくらクザラルの方の技術が進んでいるといっても、本当にそんな事が可能なんでしょうか? 大体魔術を人工的につける事が可能なのであれば、クザラルの方々がなぜその「恩恵」を受けていないのかも分からないですし…>
シユマは<うーん>と首を上げる。
<まあねえ。私も正直ちゃんとは分かんないんだけどさ。クザラル人相手だと人権うんぬんがうるさいからかな。>
<…>
眉を上げる宏子達。アリーザは頷いた。
<なるほど。…二つ目の質問の答えはよく分かりました。…それでは、技術的な事はどうなんでしょう? 本当に、こんな事は可能なんですか?>
<んー、それの答えになるかどうかは、よく分かんないけど、…>
<何ですか?>
ディスプレイの文字に念を止めたシユマを、アリーザが見上げる。
<…皆が知るべき事なのは分かってるんだけどさ…うーん。まあ、取りあえずリジュワナ、小英、アリーザにはデータ転送するから、ちょっとこれ、自分の腕端末で見てみてよ。>
<え、何、私だけのけ者?>
<うん。>
シユマは宏子にあっさり頷く。
<うん、ってあーた。>
<ま、三人が見せても良いって言うなら考える。>
<…>
<ええっ!>
急に響いた念に宏子は驚いて小英の方を見る。小英は自分の前に表示させたバーチャルディスプレイの中国語を見て、眼を見開いている。
<嘘…>
自分の画面の前でリジュワナが呟く。
<…>
宏子はアリーザに目を移す。同じように画面を表示させているアリーザは、それを凝視しながらただ息を飲んでいた。
<な、何。皆何見てんのよ。>
<…>
<…>
<…>
三人を見回す宏子。三人はお互いをしばらく見つめあう。
<…自分の画面で、ゆっくり確かめなさいよ。>
仏頂面になるリジュワナ。アリーザがそれに頷いた。
<…そうですね。佐藤さんだけをのけ者にするのは心が痛みますし。>
<え、で、でも、本当に…いや、冗談だよな?>
小英はニ人を見て、それからシユマに迫った。
<冗談だったら良いんだけど…>
<う…そ、だろ…>
呟く小英。宏子がシユマを見上げる。
<…あの…私…見ていいの?>
<嫌だ! こんなものは見せたくない!>
宏子は小英の念に目を向けた。シユマ、リジュワナ、アリーザはやや驚いたようにお互い目を合わせる。
<嫌だ。私は宏子にこんな事を知られたくなんかない。…人のプライバシーだろう、こういうのは。いいか、シユマ、知られたくないって私は言ったんだから、絶対知らせるんじゃないぞ。>
<…でも小英、こういうのは、いつまでも隠し通せるようなものじゃ…>
<い・や・だ!>
<…>
小英の答えにため息をつくリジュワナ。

<…>
宏子は心配そうに三人に目を向けた。
<…残念だね。という事で、宏子はのけ者けってー。>
<…何であんたは嬉しそうなん?>
そしてやや苛立たしげにシユマに目を向けた。



→Part B



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