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白樺の木々が程よい間隔で茂る人工林の中を、何かの鳥の鳴き声が響いている。
コンクリート作りで白く塗装された洒落た別荘のような建物が、林に覆われるようにひっそりと佇んでいた。
<はあああ…>
心底感心した様子で宏子は建物の中を見回した。白い壁が普通の建物の二階分くらいある高い天井まで続き、大き目の窓から明るい日が差し込んでくる。
<前の場所とは大違いじゃん! よくこんな場所借りれたね!>
<ん? うん、借りたっつーか、かすめ取ったんだけどねー。>
<…>
<地球って系の魔法の規制が無いから便利だよね!>
呆れた様子の宏子に、シユマが満面の笑みで答える。
リジュワナが天井を見ながら念じる。
<でも、こんな辺鄙な所に場所構えてて良いの? もっと、ニューヨークとか、…日本だったら東京とか、色々あるでしょうに。この辺りは…お世辞にも世界の中心には見えないんだけど。>
<…まあ、私達を含め瞬間移動出来る方が多いでしょうから、世界のどこにあろうが問題は無いのでは?>
リジュワナに答えるアリーザ。魔法少女達は皆、大き目のバッグやリュックをかかえている。
<HNKのメンバーって魔術師多いの?>
<え? 全体の中では3割位だけど、前線の基地は魔術師の割合が増えるからねえ。ここだと6割か…7割いってんじゃないかな?>
宏子の眉間に皺がよる。
<ここって…前線なんだ?>
<まあね。今直接HYIと戦闘してる訳じゃないけど、準前線扱いだよ。地球人の運命…っていうか、もっとありていに言っちゃえばウチらとHYI、どっちが地球人を味方に付けるかの最前線な訳でしょ?>
<なるほど?>
肩を上げる宏子。リジュワナがシユマを見た。
<で、結局何でここなのかしら? その最前線が。>
<田舎にある方がいいじゃん。都会だと、またいつブエノスアイレスみたいな事になるか分からないでしょ?>
<でも、何でこの基地は地下に無いんだ?>
<…>
リジュワナとアリーザが無言で小英に視線を向ける。
<…いや、だってそうだろ? 違うか? 秘密基地って普通、地下にあるもんなんじゃないのか!?>
<生命反応、魔力反応とかで探索されれば、地下にあっても地上にあっても殆ど差は無いからね。系の魔法等の防御は、むしろ地上にあった方がやりやすいし。>
小英に答えるシユマ。
<それに地下の穴倉よりこっちの方が、普段の生活にはストレスがたまらないと思いませんか?>
アリーザは肩にかけていたボストンバッグを降ろして念じた。
<まあ、それはそうね。何よりここは壁が木目じゃない所が良いと思うわ。>
<ああ、それは本当にその通りだと思います。>
リジュワナの念に感心するようにアリーザが頷いた。
ちょっとしたホールのような広がりをもつ大部屋の中央の方に、宏子は目を向ける。いくつかのコンピューターらしき機械や魔術増幅装置と思われる器具が置かれているが、全体としてはまだ部屋は殺風景でがらんとしていた。三、四人のクザラル人達が機材の調整や移動に忙しく動いている。全員青い肌で、服はどうやら私服のようだ。
<まだ引越し真っ最中って感じだね。>
<うーん、人はともかく、この作戦室まで機材を運ぶのが大変だから。地球に来れるだけの性能のある宇宙船とか、ウチ持ってないし。>
<…凄い状況で地球支部作ろうとしてない?>
<あ、違うの、違うの! 来ようとすれば来れるんだよ、たださ、HYIの「地球防衛網」がキツいから、ここまで来れないって話を私はしてるだけでさ!>
<それって、来れないって事じゃん、間違いなく…>
力強く念じているシユマに、宏子は不安気に息をついた。
日の差し込む通路を、シユマを先頭にした一行が歩く。
シユマは片面にドアの並んでいる場所で立ち止まった。
<ええと、こっちに4室、向こうに4室あるけど、向こうは今、半物置になってるから、取りあえずこっちの4室で…>
<じゃあ、私はここでいいぞ。>
一番手前のドアに進む小英。
<場所は4室の内のどこでも良いけど、その内2室はこっちの職員で使いたいから、悪いんだけど、2人1部屋って事でお願いね。>
<え。>
魔法少女達は念を揃えてシユマを見る。
<一応優遇してんだから。職員は4人1部屋だよ?>
<…あんたもか?>
じい、と見る小英の念に、シユマは目をそらした。
<え? …あははははは…ほら、私はいつも仕事があるから、色々とね…>
<ほう…>
小英が眉をヒクヒクと上げる。リジュワナが息を吐いて念を伝えた。
<…まあ、仕方ないわね。じゃあ2組に分かれましょう。>
<それでしたら…私が佐藤さんとで、ホクさんが蔡さんとで。>
アリーザが素早く宏子に寄り添い、彼女の腕を持つ。ギョッとした顔でアリーザを見る宏子。
<…それは理由は?>
<佐藤さんも可哀相でしょう、同居相手がお酒が飲めない人だったら。>
<…間違いなくあなたの都合じゃない。>
真顔で答えるアリーザの念に、額に皺のよるリジュワナ。
<…あ、でも確かにそれはあるか。>
<何であなたも納得するの!>
リジュワナが宏子を睨む。小英は少し困った顔で、彼女達を見上げた。
<あ…でも、私も宏子と一緒が良いかもしれないな、出来れば…>
<え、小英も?>
<いや、本当は一人が良いんだが…敢えて、この中で選ぶとすれば…>
微弱なテレパシーで宏子に答える小英。
<分かったわ。>
リジュワナはバッグを持ち直した。
<じゃあ嫌われ者の私は向こうの部屋に行くから、3:1で別れましょう。>
慌てて手を上げる宏子。
<ちょ、ちょ、ちょ! 待って待って。そしたら、ええっと…>
両脇のアリーザと小英に目をやる宏子。
<…じゃあ、私とリジュワナ、アリーザと小英で良いじゃん。>
<どういう事ですか。>
<何でだ!>
迫る二人に押され、宏子は唸り声を上げる。
<あー…じゃあ、じゃんけんで決める? 勝った人が同居者指名で。>
<…>
アリーザと小英は目を合わせた。
<まあ、良いんじゃないか、それで。>
<私も構いません。使うのは紙とハサミと石で良いですね?>
<え? …紙っていうのはつまり…布か? 石はハンマーの事だよな?>
パー、グーを順に出しながらアリーザに聞く小英。
<ええ、その通りです。念のために言うと、紙が石に勝って、石がハサミに勝ちますよ。>
<布がハンマーに勝ってハンマーがハサミに…オーケー、それは中国と同じだ。>
<うん、じゃあそういう事で…>
<まとまっている所悪いけど…「じゃんけん」って一体何?>
三人はリジュワナの方を見た。
<あ、知らない? 今小英のやってた奴。グー、チョキ、パーって、指を出すの。>
難しい顔つきのリジュワナ。
<手を使って勝者を決めるゲームだっていうのは今、イメージで大体伝わったけど、それが? ええと、それぞれ石とハサミと紙を象徴するの?>
宏子がリジュワナの方に歩いて自分の手を見せる。
<うん、だからさ、それを同時に出して、えーと、こっちがグーでこっちがパーだったとしたらパーの勝ちになる訳。こっちがパーで、>
<ちょっと待って、何で石と紙だと紙の勝ちになるの?>
<え? だからそれは紙だと石を…>
<…>
<…>
アリーザが小英の方に何やら念じる。ニ人は軽く頷きあった。
<それでは行きますよ、せえの、ジャンケンポイ!>
<え?>
<えっ!>
リジュワナと宏子が振り返った。
六畳一間のその部屋は、まるでニ人兄弟のいる家の子供部屋のように、二段ベッドと小さな二つの机が並んでいた。
宏子はしょっていたリュックを降ろし、机の脇に置きながら息をついた。
<…どうもイマイチ、今の決め方は納得がいかないんだけどな。>
<まあ良いじゃないか。ほら、私達はお互い近い国同士だし、向こうは向こうで宗教が同じなんだろ? それならこれが一番好都合じゃないか。>
笑い顔を作りつつ、小英が自分のリュックを隣の机の脇に同じように降ろす。
<まあ…私は別に誰でもいいけど、アリーザとリジュワナはなあ…あれは水と油だよ?>
ベッドの一階部分の手すりに軽く腰を降ろす宏子。
<そうか? 私はニ人とも似た雰囲気を感じるけどな。あ、私は二階で良いか?>
<ん? うん…。>
頷く宏子。小英ははしごを登り、ベッドの二階に行く。
<もう寝るの?>
<別に…そういう訳じゃないが…>
宏子の頭上から、姿の見えない小英の念だけが聞こえてくる。
<ふーん…>
<…>
<…言っておくけど、ここで音楽ガンガンにかけるのはやめてよね。聞くんだったらヘッドホンかイヤホンにして。>
<分かってるよ…大体ステレオなんかここには無いだろ。ウォークマンしか持ってきてない。あんただってそうじゃないのか?>
<そう、なら良いけど。>
<一々リジュワナみたいな事言わないでほしいな。私はああいうタイプが苦手だから、こっちに来たんだぞ。>
<私はあんたみたいなガキが苦手なんだけどね。>
<それももう分かってる。>
<…>
<…なあ。>
<ん?>
<…いや…>
<何よ。>
<…別に、何でもない。>
<そういうテレパシーには聞こえなかったけど。…何よ小英、はっきりしない男は嫌われるよ?>
<女だ。>
<あ、そう。ひねりの無い返事どうも。>
<それに小英じゃない。蔡英だ。…近所のおばさんじゃあるまいし、あんたに小英呼ばわりされる覚えはない。>
<でも小英は小英なんでしょ?>
<…>
<…>
ベッドの二階から、体を動かしている音が聞こえてくる。
<なあ…これから私達、一体どうなるんだろうな。>
<ん? …さあね。どうなるのかね。>
<…>
<HNKも、タダでここに住まわせてくれる訳じゃないだろうし、サクコブだってその内にこっちに気付くだろうしね。>
<……私…武漢に帰りたいよ…>
<…>
今まで聞いた事の無い小英の念の調子に、宏子はベッド二階の板を見上げた。
<…あなたは地球を救う魔法少女だって、最初言われた時はさ、私、結構嬉しかった…魔力だって今いる魔法少女達と比べても見劣りしないどころか、年齢を考えれば将来随一の魔力を持つだろう、とかおだてられて…そりゃ、モンスター…サクコブか、に襲われて怖いのは怖かったけど、それだって何とか打ち負かしたし…武漢にある大きな公園で、私のための祝賀パレードみたいなのをやったんだ。市役所が。電飾綺麗だったよ。それを見て、私はともかく父親と母親が凄い喜んでさ。お前は一族の誇りだ、いや、国の誇りだ、って…>
<…>
<で、それで日本に来て…それで、何なんだ? 来たは良いけど、魔力をまともに生かす機会なんかは全然無いし、それどころか私達はただのクザラル人のモルモットだったんだろう?
…そんなの…そんな国の誇りなんか、聞いた事無い。私は何のためにここに来たんだ?>
<…>
<あんた達他の魔法少女には絶対負けない、って決心して、モンスターは私が戦ってやるって覚悟決めて、私は地球を救う為なら命を賭けるって心に誓って、…で、何なんだ?
何で私は、こんな所でこそこそ隠れているんだ。これじゃ、それこそ国の誇りなんかじゃない。…いや、本当は国なんかどうでも良い、だけど、父親と母親が…>
<…>
宏子はベッドを見上げる。
<もう私の事をどう思ってるかも分からないし、そもそも…もしかしたら、もう…>
<…小英。あのさ…>
<いいんだ、やめてくれ。>
立ち上がりかけた宏子は、上から響いてくる念に動きを止めた。
<私の言ってるのがただの子供の愚痴なのは分かってる。別に慰めてほしいなんて、思ってないし。あんたにだってあんたの事情があるだろう。皆が皆そうなのは、良く分かってる。>
<…なら、人に慰めてほしいって思う気持ちが、ごく自然な事だって事も分かるよね? …二階行くよ?>
<いいんだ、来ないでくれ! …分かってるから、本当に。今出来る選択がこれしかないのは分かってるから。私だって魔法協会の言いなりになんか絶対ならない。…でも、あんたの言いなりにも絶対ならない。…だから、来ないでくれ。今来られたら…多分…私…>
感情の高ぶったテレパシーと、かすかに鼻をすする音が聞こえてくる。宏子は手すりをまたぎ、一階のベッドに入ると、そのまま寝転んだ。
<…夕食は7時からで、施設の使い方の説明もその時あるらしいから。>
<もう聞いてる…>
<一応ね。基本的に空き時間の行動は自由だけど、7時を寝過ごした場合夕食は抜きだからね。>
<うん、分かった…>
「…ガキんちょ…」
宏子は日本語で呟くと、少し潤んだ瞳を閉じ、誰に見せるでもなく微笑んだ。
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