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車道沿いの林を見回しながら、プオラギイックは念じた。
<しかし、こんな所に隠れていたんだな。>
<私達が決めた訳じゃないけれど。HNKがここに地球支部を作るのよ。>
<何で、またこんな所に?>
<…詳しくは知らないけど、彼等は日本は魔法協会に攻撃される可能性が低いと踏んでいるようね。経済力とか、人口密度から考えてなのかしら。あるいは宏子を意識しているのかもしれないし…そうね、多分そっちでしょうね。>
<いずれにしても、攻撃するのはサクコブじゃなくてHYIか…いつから俺達はそんな悪役になったんだ?>
<どっちが悪役か知らないけど、そもそもHNKだから。>
爽やかな林の景色の中、白いワンピースを着たリジュワナがプオラギイックを見る。
<まあ、それはそうか…>
<…あなたにとって、魔法協会って、今も「自分達」なの?>
<まさか。言うまでもないだろ、そんな事。だからこそ冗談として、「俺達」って言い方が出来るんじゃないか。>
<そう…それなら良いけど。>
<魔法協会に入った頃は…それを理由も無く嫌悪していた昔の自分が子供に思えて仕方無かった。もう自分は、良い意味で現実を受け入れていける大人なんだ、って思っていたんだ。>
道を歩きながらプオラギイックが念じる。
<今は、そう思っていた自分の方が子供に見えるよ。後数年もしたら、今の自分もそう見えるようになるかもしれないが…>
<そう思う事が出来る人は成長出来る人だと思うわ。>
プオラギイックは息をつく。
<そうかな。…それで少しでも正しい人になれれば良いけどな…俺は自分の故郷を失って、「モンスター」に復讐を誓って魔法協会に入って、何年も働いて、それで、その結果はクザラル人が地球人を奴隷化する片棒を担いでいただけだったんだ。成長した結果が、こんなだからな。>
<あなたはその目的を知らなかったじゃない。むしろあなたは、私達を助けようとずっと努力していた。>
<俺の気持ちなんかどうでも良い。問題は結果だ。結果がどうなるかを俺は知らなかった。というか本当は、知ろうともしていなかったんだ。協会員じゃない、そもそもクザラル人ですらないお前達が自分から動くまで、俺は魔法協会の事を何も知らないで、ただ彼等の手足になって働いていたんだ。そんな行動に、弁護の余地なんて無いんだ。>
<…>
<まあ、そういう奴ばかりなのかもしれないけどな。末端の協会員達は、多分皆本気で地球人との友好を願っているんだろう。それは多分、フィクバ・モ・ブンティブの連中でもな。…でも、俺はもうごめんだ。異星人であろうが何であろうが、たかだか自分達の宣伝のために、軽く800万人も殺すような組織に所属していたくはないね。…反吐が出る。>
<そう。>
<ああ。>
<…じゃあ、私とは意見が違うわね。>
<え?>
プオラギイックはリジュワナを見た。リジュワナは前を見たまま続ける。
<そうそうある話ではないけど、時と場合によっては、私は800万人でも8000万人でも躊躇せずに殺すと思うわ。>
<…>
<例えば、それで8億人が助かるならね。>
<…数遊びじゃないんだぞ。一人が死ぬっていうだけでも、本人はもちろん周囲には計り知れない影響がある。8人殺した奴がいたら人はそれを殺人鬼と呼ぶ。戦争で一度に8000人も死んだら、それは大虐殺以外の何物でもない。800万人?>
感情を隠し切れない顔で、プオラギイックがリジュワナに目を向ける。
<…どんな理由であれ…特に宣伝なんて理由は下らなすぎるが…そんな量の殺人は聞いた事がない。…そんな組織は悪魔以外の何だっていうんだ?>
<数遊びはあなたに聞こえるけど。今回のは置くとして…仮によ、それで8億人が助かるんだとすれば? それでも駄目なの?>
プオラギイックは息をついた。
<駄目だ。もうそれは理屈じゃない。人にはやって良い事といけない事がある。どんな理由であっても800万人殺すのは後者なんだ。>
<分からないわ…>
<…言い方がキツくて悪いが、その線引きが分からない奴は、俺に言わせれば人間じゃない。>
<…>
プオラギイックの念に、リジュワナは考え込んだ表情を見せる。少しうわずった調子で、プオラギイックは首を上に上げた。
<まあ、お前は現実に何かしてる訳じゃないから、全然別だぞ? 俺が言ってるのは魔法協会だからな?>
<多分…本当は分かっているんでしょうね。皆。…その線引きを。だから辛い、と思って、思いながらもこれが人のためだ、と思って無限増殖魔弾のスイッチを押してしまうのよ。それはもう、魔法協会の中枢部の人間も。皆多分、一人一人は善意で動いているんだと思う。…だからこそ怖いのよね。>
<…>
<まあ、私としてはあなたがこっちの味方になってくれるという事であれば、別に何も言う事はないわ。今日一日、楽しみましょう。>
リジュワナはプオラギイックの方を向き、彼女なりに軽く微笑んでみせた。
<…あ、ああ…>
電柱の影に隠れながら、前方を眺める宏子が目を細めた。
<何、あいつらずっと歩いてるのかな…>
<佐藤さん…いくら系の魔法を使って素性を隠していても、こんなふうに隠れていたらそれだけで充分人目を引く行為なんですが…>
通行人達の視線に引きつり笑いを返しながら、宏子の後ろのアリーザが念じる。
<しょうがないでしょ。あんたが一発であっちの魔法見破ってて、リジュワナもあんた並に系の魔法強いんだから。隠れて追うしかないじゃん。>
<まあ、それはそうなんですが…>
<何で私までこんなのに付き合わされているんだ…>
<…>
ぶつぶつ念じるニ人を置いて、宏子は真面目な顔で小走りに次の電柱まで駆けていった。
道を歩きながらリジュワナは軽く笑う。
<本当の事を言うと、この辺りは山の中だから、これと言ったデートスポットも無いらしいのよ。…いえ、正確には皆無では無いんだけど、喫茶店とか、日本の伝統的なレストランとか、あとレストラン付きの農場とか、どうも殆どが、食べるか飲むかする事に関わった物らしくて…>
<ああ…自然の豊富な地域だからな。別にそれで良いんだぞ?>
<いいわよ。苦手なんでしょ? いくら地球に溶け込むって言ったって、そんなところまで無理する事は無いわ。…でも、そうすると本当に行けるところが無くて。…だから、今日はここで過ごす事にしましょう。>
車道から遊歩道が出て、林の中へ入っていっている。林のその部分は道との間に柵があり、今さっき通った場所、つまりその林の前には、かなり大き目の駐車場が用意されていた。
<…ここは?>
<市民公園よ。小さいのは春日部でも見てるでしょう?>
リジュワナはそう念じると、さっさと遊歩道を歩きだした。
その公園はそれなりに大きな物だった。ニ人は遊歩道をしばらく歩くと、数十メートル先まで見渡せる、林に囲まれた芝地に出た。家族連れの一行がその芝の丘でキャッチボールをし、丘の反対側では若い男性数人がラジカセの音楽に合わせてヒップホップダンスの練習をしている。
リジュワナとプオラギイックは、芝地の端で遊歩道沿いにあるベンチに腰を降ろした。
<うお、あそこに座ってる。何あれ、何なのあのしっぽりとした絵は?>
連れニ人に振り返る宏子。
<佐藤さん落ち着いて。ここは接近です。どうやらあそこにしばらくいるつもりのようですから、後ろに回りこみましょう。>
<…どうでも良いがアリーザ、何であんたまでやる気まんまんなんだ?>
小英が見上げる。
<以前もこういった事があったんです。その時はホクさんはプオラギイックさんと遊園地へ行きまして、佐藤さんとフェヨールさんが果敢に彼等の追跡工作を行ったのです。>
<…あんた毎回負け犬みたいにそういう事やってるのか。>
宏子に哀れみの目を向ける小英。
<その一回だけよ! ってか負け犬って何よ!>
<その時、個人的な都合で作戦行動に参加出来なかったのが、私は今まで大変心残りでしたので。今回こうして全力を尽くしている訳です。>
<良く分からないんだが…>
<…っていうかさ、アリーザ、あんたも性格大分変わったよね。>
<それは、より良い性格になったという意味ですか、佐藤さん達の影響を受けて?>
宏子は難しい表情で、アリーザに振り返る。
<…基本的な底意地の悪さは相変わらずだね…>
<そっちの歩道で、ちょうどベンチの裏近くに行けるんじゃないですか?>
目で道を示すアリーザ。
<んー…でもそしたら思いっきり奴等の視界を通る事になるじゃん。>
<大丈夫ですよ、まだ系の魔法をかけていますから。>
<そりゃ一般人とか私レベル相手なら良いけど、リジュワナがいるんだよ?>
<大丈夫ですって。行きますよ。>
<ちょ、ちょっと…!>
物陰を出て堂々と遊歩道を歩いていくアリーザを、宏子と小英は慌てて追った。
ガサガサ、ガサ…。
<ほら、全く大丈夫だったでしょう。ニ人とも会話に気をとられていますから、普通に堂々としていればこちらには気付かないものなんですよ。>
スカートを押さえ、草むらに腰を降ろしながら、アリーザが念じる。
<そういうものなのか…?>
<…>
アリーザは自分の両耳に手をあてる。
<…そんな事しても意味無いと思うんだがな…>
<気持ちの問題ですよ。気持ちの持ち方がとても大事なのは、魔術の勉強で知っているでしょう。さあ、蔡さんもこうやって「耳」をすますんです。じー…>
<…なあ、今日のアリーザはちょっとおかしくないか?>
<さあ、元々おかしいからね…ちょっとどころじゃなく…>
宏子は小英に肩を上げてみせた。
<…ニ人とも、テレパシーは弱く。>
アリーザは口の前に人差し指を上げてみせる。
<ベンチから、聞こえてきてます。という事はこちらも強い念を送れば向こうに聞こえてしまうんです。>
<聞こえる…?>
宏子はベンチから伝わってくる念に集中した。
<…そうなの…じゃあその内、クザラル星の森も見てみたいものね。>
<それはともかく…で、結局、今日俺を呼んだ本当の目的は何なんだ?>
ベンチに座ったプオラギイックが念じる。
<呼ぶ時言ったでしょ。デートよ。あなただってそのつもりで来たんじゃないの?>
<…>
「嘘をつけ」という言葉を顔全体で表現しながら、プオラギイックがリジュワナを見る。
<…何よ。だってあなた、今付き合っている女性はいないんでしょう?>
<は? それはまあ、そうだけどな…>
<別に宏子と付き合ってるって訳でも無いんでしょう?>
<何でそこで奴が出てくるんだよ。あんなのは根本的に駄目だ。全然問題外。>
ガサッ。
背後で何かの物音がして、ニ人は思わず後ろを振り返った。
背後は白樺とは別の林で、藪が各所に生い茂っている。
<…>
<…何か動物でもいるのかしら?>
<さあ…>
林をしばらく眺めるニ人。
バサ…。
<ん…あれか?>
プオラギイックが木の上を見上げる。何かの鳥が木の枝から飛び立ち、そばの別の枝にとまっていた。
<そうかしら…>
<…で、何の話だったか?>
<え、ああ…>
「はあ、はあ、はあ…」
<…あんた、顔の表情が表現のしようもなく危険だぞ。>
藪の中を中腰で立ち上がりかけている宏子に小英が念じた。
<…佐藤さん。>
<ご、ごめんアリーザ。あの馬鹿があんな事言うから、思わず頭真っ白になっちゃって。…今度から押さえるから。>
物音を立てないように注意しながら、宏子が再び腰を降ろす。
<いえ、むしろ素晴らしかったです。今のはかなり良い感じでした。>
アリーザは真顔で頷き、親指を立てて見せた。
<…>
<だから、宏子が気になってるんでしょう?>
<何でそうなるんだよ。大体あんな奴、気にかけようがかけまいがターマックビウ並の生命力で生き残るだろ。>
<…>
リジュワナの頭に、茶色い全長10センチ位の害虫のイメージが伝わってくる。
<…相変わらず素直じゃないわね…ずっとそんなだと振られるわよ。彼女だって子供じゃないんだから。>
<子供以外の何者にも見えないけどな…というか、そんな話をしにわざわざ俺を呼び出したのか?>
<良いじゃない。大事な話でしょ?>
<…誰にとっても大事な話には思えないんだが…>
リジュワナは軽く肩を上げる。
<私には大事よ。それで本当に宏子に気が無いっていうんなら、私も本当にあなたにモーションをかけようと思うだろうし。>
<お前だけはそういう言葉はつくづく似合わないから、いい加減そのホラはやめろ。>
<…似合わない事を否定は出来ないけれど、他の女の子には絶対そういう言い方しない方が良いと思うわよ。冗談でも傷つくでしょうから。>
こめかみに力の入った笑顔でリジュワナが念じた。
<…まあ、あなたがそう言うなら他の話題でも構わないわ。他にも話したい事はあったし。>
リジュワナは前方の、芝生の丘の方に向き直る。
<何だ?>
<…HNKの資料をね、色々と流し読みしてたのよ。それで、読めば読むほど私達地球人がクザラル人について何も知らないんだな、という事に気付いて。…別に、魔法協会とか、HNKとか、国評…だったわよね?とか、そういった組織の専門的な事に限らず、以外に基本的な事でも分かっていない事がたくさんあったから。だから、そういった話を聞かせてほしいと思って。>
<なるほどな…まあ、分かる事なら答えるが…>
<ええ、今は常識の範囲で良いわ。>
リジュワナは頷く。
<まず歴史の資料を見て知ったのだけど…あなた達の歴史って、信じられないほど長いのね。約20万年前には間違いなく最初の文明が栄えていた、ってあったから…地球なら、一番古い文明でも4、5000年前だもの。地球人には信じられない長さだわ。>
<ああ…どこの資料を読んだのか知らないが…「間違いない」っていうのはウソだな。あったかしれないが、無かったかもしれない、ってだけだ。大昔の伝説だからな。現実にそういう遺跡がある訳じゃないし。>
<そうなの…でも、それ位長い歴史があるなら、クザラル人に魔力や、より進んだ科学技術があって、地球人に無いというのも理解出来るかと思って。>
プオラギイックは腕を組み、首を傾ける。
<確かに多少の差はあるかもしれないが、現実に分かっている歴史で言えばクザラル星だってそう古い訳じゃない。大体使っている暦だって、地球は今が2000年でクザラル星なら4500年だろ?
まあ年自体の長さも違うから簡単には言えないが、そう大差は無いさ。>
<でもそれはクザラル人になってからの話で、あなた達の場合更にその前があるんでしょう?>
<ああ、ラル人の話か?>
プオラギイックの念にリジュワナは頷く。
<そうだな…それこそどこまで本当か知らないが…俺達は元々、ラルという星に住んでいたラル人だったそうだ。まあ、定義上は今もラル人なんだけどな。ところがラル人の文明が進むにつれ星の環境破壊がどんどん進んでいった。ラル人達はこれに反省して、エコロジカルな、自然を重視した暮らしをしようとしたんだが、時は既に遅く、結局ラル人達は星を捨てざるをえなくなったんだ。…それで、彼等は巨大な宇宙船を何隻か作り、それに分乗してそれぞれ別方向に飛んでいった。記録によると、「青い光」、「緑の海」、「赤い土」、「黄色の森」…とか、7隻位あったらしい。それでその内の1隻が、他の船もそうだったんだろうが、他の船との連絡も取れないまま、数千年間さまよい続けた。そしてその船は最後、ついに母星に近い環境の惑星を発見し、そこの環境を調整してその星を第二の住みかとする事を決めたんだ。その人々の乗った船は、「緑の海」…当時のコヒャリ語でクザ・ダシャヤイと言った。>
<…その人々が、クザのラル?>
<その通りだ。>
プオラギイックが軽く頷いた。
<それで、他の船のラル人達はどうなったの?>
<誰も知らない。まあ、常識的に考えれば、居住に適した星を見つけるより前に船内の人間が全滅した、という可能性が一番高いだろう。当時のラルの技術は今のクザラルよりも遥かに高度だった、と一般に考えられているんだが、それにしたって何千年もの間、多くの人々の生活を維持出来るほどの宇宙船はそうそう作れなかっただろうしな。まあ、当然、他の何隻かの船のラル人も自分達と同じように違う星を見つけ、そこで第二の歴史を始めているんじゃないか、とか考えているクザラル人も多いよ。というよりどこかでそう信じているクザラル人の方が、圧倒的に多数なんだろうな。>
<そう…あなたは?>
<うーん…そもそも、その伝説が本当かどうかから問題だからなあ。>
プオラギイックは伸びをしながら答える。
<仮にその母星を捨ててから1万年経っているとすると、今会っても多分、全然クザラル人とは違う奴等になっているだろうしな。>
<そうね…>
<まあ、会えるならそれはそれで面白いだろうけどな。…でも、今のクザラル星は防衛戦争でそれどころじゃないからなあ。>
<良いじゃない。もし他のラルに会えたら、また自分達の兵力が増えるわよ、地球人に会った時みたいに。>
<分からないぞ。逆に向こうはサクコブについて、クザラル人を襲うかもしれない。>
<…>
冗談めかしたプオラギイックの念に、リジュワナは難しい表情になる。プオラギイックはふと思い出した様子で続けた。
<ああ、そういえば、地球人がラル人なんじゃないか、という説も根強くあるな。>
<え、私達が?>
<ああ。宇宙人と呼ぶには、お互い余りに似すぎているだろう? 生きるための空気や気圧、気温や重力はほぼ同じだし、そもそも見た目や体の能力がほぼ同じだ。文化的にも似ているし、言葉もお互い学びさえすれば、例えば俺がベンガル語を喋ったり、お前がニグーワー語を喋ったりする事はほぼ出来るだろうと言われている。実際まだ試した奴はいないけどな。…俺の知る限りでは。>
<それは…確かに似てはいるけど、ラル人と呼ぶにはちょっと大雑把な話じゃない?>
<まあな。最初はラル人じゃないかと皆思っていたんだが、よく体を調べると中の内臓の配置等がかなり違う事が分かって、今は魔法協会とかの公式見解としては、似てはいるがあくまで「宇宙人」だという事になった。例えばクザラル人と地球人では胃と肺の上下関係が逆だし、生殖器の位置なんかはもっと違う。>
<そ、そう…>
目をそらすリジュワナ。
<ん? …あ、ああ。>
プオラギイックは自分の今念じた内容を思い返して、少し調子を上ずらせながら、話を続けた。
<そういう話が出たのは、それまで俺達の見てきた「宇宙人」がサクコブだけだった、というのが大きいんだ。あっちは少なくとも見た目、人間じゃないからな。>
リジュワナは頷く、プオラギイックに向き直った。
<ああ…それも聞きたい話の一つだったんだけど…クザラル人の出会った宇宙人・宇宙生命体は正確には、サクコブ、地球人以外にもいるんでしょう?>
<ん…? それ以外にいたか?>
<緑…の生き物?とか…>
<ああ…それは、いるっていう伝説はあるけどな。いわゆる緑色生命体っていう奴な。>
<緑色生命体…>
<ああ。…でも、彼等を宇宙人と呼ぶのは、ちょっと無理があるな。何と言うか…ぶっちゃけた話、それはクザラル人の想像の産物であって、その…まあ、実在するものじゃない。その、つまりだな…>
プオラギイックは眉を寄せつつ、言葉を選ぶ。
<お前がゴニ教徒なら、それは確かに実在する。でもお前がイスラム教徒やペッギン教徒なら、それは…迷信だ。>
<…そうなの?>
リジュワナはプオラギイックを見た。
<私の見た資料では…何だか本当にいるみたいに書いてあったけど…>
<そりゃ、ゴニ教徒が書いた資料なら当然の事だ。彼等にとってはいるんだから。>
<…>
<さかのぼると、ゴニ教徒にとっての聖典である「五和経典」にその記述があるんだ。…ただ、記述はあるんだが、固有の名前が無いらしいんだよ。そもそも「五和経典」によると、はっきりとした形すら無いらしい。液体になったり、気体になったり…>
<…>
<生命体としてはこれ以上ないほど進化したもので、魔力の強さもクザラル人の比ではないそうだ。>
<なるほど。…確かに、伝説という評価のふさわいい生命体には聞こえるわね。>
<その生命体は、余り外との接触を好まないらしい。自分達に比べて遥かに進化の遅れた生命体…例えばクザラル人とかな、と接触すると、その生命体に悪影響を与えてしまう、と彼等が考えているからなんだそうだ。だから、クザラル人等が緑色生命体に万が一遭遇しても、すぐにその存在を忘れてしまうものらしい。彼等の強力な系の魔法のせいでな。>
<まあ、一応筋は通ってはいるわね…>
<まあな。>
プオラギイックは笑いながら、軽く肩を上げる。
<彼等は一般的な宗教の感覚で言う「天使」だ。つまり、ゴニ教徒にとっての神様である「良き関係性」という抽象概念と、一般の民をとりもつガイドのような存在とされている。と言っても、今さっき言ったとおり、緑色生命体はクザラル人との接触は好まない。まあ、異教徒の視点から見れば、どうにも矛盾した話なんだが、これをゴニ教徒達は、「自分達の「許しの心」が未熟な間は、彼等は私達に触れてくださらない。だから、私達は修行が必要なんだ」、っていう風に解釈するんだな。>
<はあ…前から思っていたけど、ゴニ教徒の信仰ってストイックなのね…>
<そうだな…ただやはり、彼等も自分達の頭の中だけの存在にはしたくないらしく、「見た」という報告は昔から現代に至るまで、実は結構あるんだ。ただ問題は>
<何も証拠は残っていない、とか?>
<あっても異教徒から見て信用にたる証拠とは言いがたい、とかな。>
プオラギイックは肩をあげつつ頷いた。
<まあ、この手の伝説なら他にも色々あるけどな。それぞれの文化圏でも色々あるだろうし。…ああ、そう言えば確か、その緑色生命体にも相方がいたんだ。>
<…相方?>
<ああ、緑色生命体の敵だったか味方だったか…そっちは何か名前があった。ゴニ密教にそれを信仰している一派がいて、タリダダオで主流派の教会ともめた事があったんだ。ええと、何て名前の生命体だったかな…ハ…ハーリップ…ハーリット…ハ…ん…あ、…ああ、駄目だ、出てこない。それは俺の常識範疇外だ。>
頭をかくプオラギイック。
<そう…他に、もう少し伝説とか、信仰から離れた場所で何か無いかしら?>
<何かって? 後はサクコブと地球人位しかいないんじゃないか?>
<そう? サクコブにそっくりな別種族の話とか、聞いた事無い?>
<…>
プオラギイックは耳を立て、リジュワナの方を見た。考え込むプオラギイック。
<そう言えば…確かに聞いた覚えがあるな。サクコブの専門家によると、本当は「モンスター」には2種類いる、とかいう話が…。>
<聞きたいわ。どういう事?>
<ああ、確か…端的に言うと、戦う「モンスター」と戦わない「モンスター」がいるらしい。>
<…>
リジュワナは片眉だけ上げてみせる。
<真面目な話だ。俺達が普段モンスターと呼んでいるサクコブは戦うサクコブだ。まあ、当たり前だけどな。だがクザラル人研究家によると、どうもそれとは別の種族がいるらしい。形はいわゆるサクコブにそっくりなんだが、それよりは小柄で、確認された場所もサクコブのよく出没する場所からは離れていたそうだ。>
<それは…つまりサクコブとは別の生命体なの? 地球人がクザラル人ではないように?>
<そこまではよく分からない。体がかなり小ぶりだったそうだが、それは単にサクコブ内の「人種」の差なのかもしれない。ただ、その「モンスター」は普通のサクコブと全く違う反応を見せた。普通のサクコブはクザラル人の宇宙船を見つければ、まず間違いなく攻撃をしかけてくるんだが、その「モンスター」は何もしないで逃げていったんだ。だもんで、その「戦わないモンスター」は一時期話題にはなった。>
<それは…たまたま自分側が不利だったから逃げたとか、何か事情があっただけなんじゃないの?>
<ああ、正直俺もそう思う。ただ、クザラル星ではサクコブはどんな時でも無条件に攻撃してくる「虫」だと考えられているから、そうじゃないのがいたっていうだけで、結構な話題性があったんだよ。当時のフチェビが…ああ、そういう政治家が昔HYIの高級会議にいたんだけどな、そいつがよく話題にしてた。>
<なるほど。>
<ああ。まあ…俺の持っている宇宙人知識って言ったらそれ位だな。後他にいたら、むしろ俺に教えてくれ。>
芝生を駆ける子供達を見ながらリジュワナが首を傾けた。
<そうね…その戦わないモンスター、5と言うそうよ。>
<…パーンチ?>
<それはベンガル語よ。そうじゃなくて数字の「5」。サクコブとは別の生命体らしいわ。>
<それは…どこから聞いたんだ?>
<もちろんHNKの資料で見たのよ。HNKじゃないんだけど、昔サクコブとテレパシーを通じさせたって主張するクザラル人学者がいて、彼女がサクコブに聞いたらそう言っていたそうよ。…当然、どこまで本当かは全く分からないけど。>
<…そんな資料見ないでも、今度当事者に聞けばいい。どうせまた、サクコブと会話するんだろ?>
<そうね…>
リジュワナは呟くように念じた。
<そうせざるをえないんでしょうね。>
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