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A-Sato Ltashofe Yde Ilne

Episode 13: Date

光を反射していたモニターに何かの影がかかり、アリーザは顔を上げた。
<どうしました。>
<いやあ。何か、ここに住む事になったのは良いけどとにかく暇でさ。何かやる事ないかな、って。>
<そうですね。長期的な事もさる事ながら、短期的にも何をしていいのかさっぱり分かりませんし。…地球人は魔法協会のおもちゃじゃない、と啖呵をきったは良いですが、その後どうすれば良いんでしょうね、私達は。>
<んー。そういうマニュアルでもありゃいいんだけどね。>
作戦室にただ一つある地球製のパソコンの前で、椅子に座っているアリーザに宏子が肩を上げる。
<もしどうしようもなく暇なんでしたら、ここの大掃除とかを手伝われたら如何ですか?>
<アリーザはパソコンで何やってたの?>
アリーザの念を無視して質問する宏子。
<…私は、ネットで各種情報収集に努めていたのです。何しろ非常時ですから。>
<…パソコンが使える、ってのは尊敬するけどさ…>
モニターを宏子はまじまじと見る。
<…私にはそれ、クラブミュージックのCD屋かなんかの画面にしか見えないんだけど。>
<とんでもありませんよ、これはアナログレコードです。>
<…>
<…ついさっき見始めたばかりで、それまでは真面目なニュースを見ていたんです。…ほら、履歴。>
アリーザはウインドウの一部を強調させる。
<そんなムキになんなくて良いって。大体、もうアリーザのキャラ分かってるしさ。>
<…それは大変光栄な話ですね。>
宏子の念に、目を細めたアリーザが幾分冷たいトーンで答えた。
<リジュワナはどっか行っちゃったし、あー、何かする事ないかなー…。>
<蔡さんはどうされているんですか?>
宏子は深刻そうな顔で眉をひそめる。
<いや、あいつ何か、ちょっと変なんだよ。部屋でずっと机に座ってるから何やってんのかと思ったら、中国語の教科書開いて黙々と理科か何かの勉強してんの! 一人で!>
<…一応、学生として変な行動ではないと思うんですが…>
<だから何か自分の部屋にもいづらくてさあ。構ってくれるのアリーザだけなんだよね。>
<…>
カチ、カチ…。
<…急にネットに没頭しださなくても良いでしょ。>
わざとらしくモニターに向かうアリーザの肩に、宏子は手をかける。
<…真面目に考えれば、今私達のすべき事は、真面目に考える事でしょうね。これから私達が何をすべきか、何が出来るのか。…どうすれば生き延びれるのか。>
<まあ、…そうだね。>
振り向くアリーザに真っ直ぐな視線を向けられ、何故か緊張しながら宏子は頷く。
<それはそうなんだけど…私の頭じゃもうパンク状態でさあ。>
<元々容量が決して大きくはなかった所に、情報が山のように流れ込んできましたからねえ。>
<うん、そうなんだけどそう人にきっぱり言われるとなかなかにムカつくね。>
<そういった事でしたら…長くは無理ですが、この数日だけでもゆっくり休まれたらどうですか?>
<ん…?>
<私も余り人の事は言えませんが、特に佐藤さんやホクさんは、ここの所忙しくしていましたから、肉体的にも精神的にも疲れているんですよ。本人はあまり自覚していないかもしれませんが。ですから、少しの間だけでも休めるうちに休んで、それから自分達の事についてじっくり考えても良いんじゃないでしょうか。>
宏子はアリーザの念に、感心した顔で頷いた。
<そっ…か…そうだね、体はともかく精神的にはそうなのかな? まあ、今日明日位でもゆっくりすれば、少しは考えもまとまるかもしれないよね。>
アリーザは頷く。彼女は少し首をかしげた。
<この前ジュチャさん達の前で…何か言われてましたよね。ええと…温泉に行かれるとか言ってませんでしたか?>
<いや、あれは出任せなんだけど…ああ、まあ日本は温泉多いから、多分この近辺も探せばどっかにはあるんだろうけど…>
<ああ、でも、私達水着を持っていませんからねえ。持っていますか?>
<いや、無いけど…え? 待って、温泉だよ。プールじゃないんだよ?>
<ええ、もちろんそれは分かって…え?>
アリーザは伝わってきた念にしばらく考え込んだ。
<…つまり、日本の温泉では水着は着ないんですか?>
<当たり前だよ、お風呂だもん。アメリカだと水着着る?>
<ええ、普通は。…それは公衆の浴場なんですよね? 水着を着ないって…まさか普通の服を着たまま入る、という事じゃないですよね。…着ないんですか? つまり、全裸ですか?>
<だって、お風呂だもん。ああいうのは裸で入るから良いんじゃん、そんで露天風呂で山の景色とか眺めてさ。>
アリーザの宏子を見る目が、徐々に力がこめられる。
<お風呂なのに、野外にあるんですか!? …それはヌーディストリゾートではないんですか?>
<ヌー…いや、別にそんなエロいもんじゃないんだけどね。あくまでお風呂なんだけど。まあ、場所によっては混浴とかあるけど…>
<混浴!? 全裸なのにですか? しかも野外で? だからそれはヌーディストじゃないですか。>
<違うっつうの。あんた変な所に力点置きすぎ。だからそうやって、あったかいお風呂につかってリラックスするの。で、ちょっと月見酒を飲んだりとか…>
<お酒!?>
アリーザはこれ以上ない位真剣な表情ですっくと立ち上がり、宏子の手を持った。
<佐藤さん…行きましょう! 全裸で混浴露天風呂に行きましょう! 今すぐに!>
<誰も全裸「で」行く訳じゃないんだけどね…>
アリーザは椅子に座りなおし、素早くキーボードを叩く。
<さっそく検索しましょう…この近くですから「岐阜」、「全裸」、「野外」、「混合」…あと、「月の酒」でしたっけ?>
<「温泉」で充分だと思うんだけど…>
宏子は苦笑しながら、うなじをかいた。

青空の下、白樺の林を一直線に切り開くように車道と送電線が走り、その脇にぽつぽつと建物や看板が散らばっている。
三人の少女達が、林の中から伸びる細い道を歩き、車道まで出てくる。そのまま彼女達は道の脇を通り、原色のストライプの看板をつけた建物の中へと入っていった。
<なあ…こことか、私達はしばらくの間はよく来る事になるはずなんだよな?>
<え? まあ、お金がある間はね。>
小英の念に、宏子が答える。
<毎回一々、系の魔法を使わないと入店出来ないのか? 随分面倒じゃないか。>
<でも、毎回来るからこそ本当の姿を見せたら目立つしさ…まあ、あんたは喋んなきゃ日本人にも見えるけど、こっちの化粧バリバリのアメリカ人はちょっと…>
<バリバリなんてしていないじゃないですか。今だってすっぴんですよ。>
ソフトドリンクのコーナーを眺めていたアリーザが振り返る。
<そもそも、外国人が目立つというより、佐藤さんも含め全員、顔がテレビに出ていますから。こういった場所では系の魔法で自分達の素性を隠しておくに越した事はありません。>
<まあ…そういう事。>
<面倒だな…>
<佐藤さん。どの辺りに、温泉のガイドブックはあるんですか?>
<え? あ、うん。そうだな…あー、この辺でしょ。>
宏子達は雑誌コーナーの一角に移動する。
<んー…でもあんまり無いね…この辺限定っていうと、このるるぶ位かな?>
雑誌を手に取り、ぱらぱらとめくる宏子。
<そうですか…後、何か温泉に行くにあたり必要なものは?>
<…風呂に行くのの何がそんなに楽しいんだ?>
小英が真剣な顔のアリーザに首を傾げた。周囲を見回す宏子。
<んー…あえて言えばトラベル用のシャンプーとか…>
<…それは面白くないからいいです。>
<…>
呆れた顔つきの小英。宏子は肩を上げる。
<後はカネかな。まともに旅館とか行ったら、今のウチらには辛いかもね。その辺の、市民浴場みたいので我慢するしか無いか…>
<…佐藤さん。>
<ん?>
宏子はアリーザの顔を見る。
<温泉の話の方が重要性が高いとは思っているのですが、一応道の向こうを見てみてください。>
<…>
道沿いにあるそのコンビニエンスストアの雑誌コーナーからは、ガラス越しに小さな駐車場と、その先の二車線の車道と、更にその道越しの木造の民家が見える。
道の向こう側、民家よりの車線を通行人が歩いていく。
<…ん? 何?>
宏子は首を傾げ、再びアリーザの顔を見る。
<気付きませんか…系の魔法に集中して見てください。何なら自分を解除してでも。>
<え、何…どっかに何かあんの?>
前方の景色に向き直る宏子。宏子は目をこらし道を見回す。
<通行人です。向こうの車線を今通り過ぎようとしている。ニ人組。>
<え、…あ…>
動きをとめ、念をもらす宏子。
<…?>
<ホクさんとプオラギイックさんがいるんです。私達同様、系の魔法で周囲に気付かれないようにしていますが。>
アリーザは狐につままれた表情の小英に説明した。
<佐藤さん。>
<うん。>
ニ人は頷き合うと、雑誌を棚に戻しコンビニを出て行く。
<…>
一旦出てから、宏子はドアを開け、ちら、と顔を出した。
<ほら、小英、ボーっとしてないで行くよ。>
<行くって…どこに?>
<尾行よ、尾行!>
<…いや、私は帰って勉強をするから…>
<そんなん後で良い! 今はあのニ人のスクープが大事!>
<…まあ、行けば良いだろ、別に止めないしな。それで、何か本当に大事な事があったら、それだけ後で教えてくれ。私は帰るからな。>
<…>
宏子はしばらく黙って考え込む。
<ん?>
宏子は店内に入り、つかつかと歩み寄ると小英の腕を取った。
<ちょ、ちょっと何をする!>
<いいから一緒に来るの! リーダー命令です。>
<いつからリーダーになったんだ!>
<…>
無言で小英を引っ張っていく宏子。
<あんた、そういう暴力的な性格だからプオラギイックにも愛想尽かされるんだぞ…>
<…>
<…はい、分かりました、今すぐお供します。>
振り返った宏子の表情に小英はこくこくと頷いた。


車道沿いの林を見回しながら、プオラギイックは念じた。
<しかし、こんな所に隠れていたんだな。>
<私達が決めた訳じゃないけれど。HNKがここに地球支部を作るのよ。>
<何で、またこんな所に?>
<…詳しくは知らないけど、彼等は日本は魔法協会に攻撃される可能性が低いと踏んでいるようね。経済力とか、人口密度から考えてなのかしら。あるいは宏子を意識しているのかもしれないし…そうね、多分そっちでしょうね。>
<いずれにしても、攻撃するのはサクコブじゃなくてHYIか…いつから俺達はそんな悪役になったんだ?>
<どっちが悪役か知らないけど、そもそもHNKだから。>
爽やかな林の景色の中、白いワンピースを着たリジュワナがプオラギイックを見る。
<まあ、それはそうか…>
<…あなたにとって、魔法協会って、今も「自分達」なの?>
<まさか。言うまでもないだろ、そんな事。だからこそ冗談として、「俺達」って言い方が出来るんじゃないか。>
<そう…それなら良いけど。>
<魔法協会に入った頃は…それを理由も無く嫌悪していた昔の自分が子供に思えて仕方無かった。もう自分は、良い意味で現実を受け入れていける大人なんだ、って思っていたんだ。>
道を歩きながらプオラギイックが念じる。
<今は、そう思っていた自分の方が子供に見えるよ。後数年もしたら、今の自分もそう見えるようになるかもしれないが…>
<そう思う事が出来る人は成長出来る人だと思うわ。>
プオラギイックは息をつく。
<そうかな。…それで少しでも正しい人になれれば良いけどな…俺は自分の故郷を失って、「モンスター」に復讐を誓って魔法協会に入って、何年も働いて、それで、その結果はクザラル人が地球人を奴隷化する片棒を担いでいただけだったんだ。成長した結果が、こんなだからな。>
<あなたはその目的を知らなかったじゃない。むしろあなたは、私達を助けようとずっと努力していた。>
<俺の気持ちなんかどうでも良い。問題は結果だ。結果がどうなるかを俺は知らなかった。というか本当は、知ろうともしていなかったんだ。協会員じゃない、そもそもクザラル人ですらないお前達が自分から動くまで、俺は魔法協会の事を何も知らないで、ただ彼等の手足になって働いていたんだ。そんな行動に、弁護の余地なんて無いんだ。>
<…>
<まあ、そういう奴ばかりなのかもしれないけどな。末端の協会員達は、多分皆本気で地球人との友好を願っているんだろう。それは多分、フィクバ・モ・ブンティブの連中でもな。…でも、俺はもうごめんだ。異星人であろうが何であろうが、たかだか自分達の宣伝のために、軽く800万人も殺すような組織に所属していたくはないね。…反吐が出る。>
<そう。>
<ああ。>
<…じゃあ、私とは意見が違うわね。>
<え?>
プオラギイックはリジュワナを見た。リジュワナは前を見たまま続ける。
<そうそうある話ではないけど、時と場合によっては、私は800万人でも8000万人でも躊躇せずに殺すと思うわ。>
<…>
<例えば、それで8億人が助かるならね。>
<…数遊びじゃないんだぞ。一人が死ぬっていうだけでも、本人はもちろん周囲には計り知れない影響がある。8人殺した奴がいたら人はそれを殺人鬼と呼ぶ。戦争で一度に8000人も死んだら、それは大虐殺以外の何物でもない。800万人?>
感情を隠し切れない顔で、プオラギイックがリジュワナに目を向ける。
<…どんな理由であれ…特に宣伝なんて理由は下らなすぎるが…そんな量の殺人は聞いた事がない。…そんな組織は悪魔以外の何だっていうんだ?>
<数遊びはあなたに聞こえるけど。今回のは置くとして…仮によ、それで8億人が助かるんだとすれば? それでも駄目なの?>
プオラギイックは息をついた。
<駄目だ。もうそれは理屈じゃない。人にはやって良い事といけない事がある。どんな理由であっても800万人殺すのは後者なんだ。>
<分からないわ…>
<…言い方がキツくて悪いが、その線引きが分からない奴は、俺に言わせれば人間じゃない。>
<…>
プオラギイックの念に、リジュワナは考え込んだ表情を見せる。少しうわずった調子で、プオラギイックは首を上に上げた。
<まあ、お前は現実に何かしてる訳じゃないから、全然別だぞ? 俺が言ってるのは魔法協会だからな?>
<多分…本当は分かっているんでしょうね。皆。…その線引きを。だから辛い、と思って、思いながらもこれが人のためだ、と思って無限増殖魔弾のスイッチを押してしまうのよ。それはもう、魔法協会の中枢部の人間も。皆多分、一人一人は善意で動いているんだと思う。…だからこそ怖いのよね。>
<…>
<まあ、私としてはあなたがこっちの味方になってくれるという事であれば、別に何も言う事はないわ。今日一日、楽しみましょう。>
リジュワナはプオラギイックの方を向き、彼女なりに軽く微笑んでみせた。
<…あ、ああ…>


電柱の影に隠れながら、前方を眺める宏子が目を細めた。
<何、あいつらずっと歩いてるのかな…>
<佐藤さん…いくら系の魔法を使って素性を隠していても、こんなふうに隠れていたらそれだけで充分人目を引く行為なんですが…>
通行人達の視線に引きつり笑いを返しながら、宏子の後ろのアリーザが念じる。
<しょうがないでしょ。あんたが一発であっちの魔法見破ってて、リジュワナもあんた並に系の魔法強いんだから。隠れて追うしかないじゃん。>
<まあ、それはそうなんですが…>
<何で私までこんなのに付き合わされているんだ…>
<…>
ぶつぶつ念じるニ人を置いて、宏子は真面目な顔で小走りに次の電柱まで駆けていった。

道を歩きながらリジュワナは軽く笑う。
<本当の事を言うと、この辺りは山の中だから、これと言ったデートスポットも無いらしいのよ。…いえ、正確には皆無では無いんだけど、喫茶店とか、日本の伝統的なレストランとか、あとレストラン付きの農場とか、どうも殆どが、食べるか飲むかする事に関わった物らしくて…>
<ああ…自然の豊富な地域だからな。別にそれで良いんだぞ?>
<いいわよ。苦手なんでしょ? いくら地球に溶け込むって言ったって、そんなところまで無理する事は無いわ。…でも、そうすると本当に行けるところが無くて。…だから、今日はここで過ごす事にしましょう。>
車道から遊歩道が出て、林の中へ入っていっている。林のその部分は道との間に柵があり、今さっき通った場所、つまりその林の前には、かなり大き目の駐車場が用意されていた。
<…ここは?>
<市民公園よ。小さいのは春日部でも見てるでしょう?>
リジュワナはそう念じると、さっさと遊歩道を歩きだした。


その公園はそれなりに大きな物だった。ニ人は遊歩道をしばらく歩くと、数十メートル先まで見渡せる、林に囲まれた芝地に出た。家族連れの一行がその芝の丘でキャッチボールをし、丘の反対側では若い男性数人がラジカセの音楽に合わせてヒップホップダンスの練習をしている。
リジュワナとプオラギイックは、芝地の端で遊歩道沿いにあるベンチに腰を降ろした。

<うお、あそこに座ってる。何あれ、何なのあのしっぽりとした絵は?>
連れニ人に振り返る宏子。
<佐藤さん落ち着いて。ここは接近です。どうやらあそこにしばらくいるつもりのようですから、後ろに回りこみましょう。>
<…どうでも良いがアリーザ、何であんたまでやる気まんまんなんだ?>
小英が見上げる。
<以前もこういった事があったんです。その時はホクさんはプオラギイックさんと遊園地へ行きまして、佐藤さんとフェヨールさんが果敢に彼等の追跡工作を行ったのです。>
<…あんた毎回負け犬みたいにそういう事やってるのか。>
宏子に哀れみの目を向ける小英。
<その一回だけよ! ってか負け犬って何よ!>
<その時、個人的な都合で作戦行動に参加出来なかったのが、私は今まで大変心残りでしたので。今回こうして全力を尽くしている訳です。>
<良く分からないんだが…>
<…っていうかさ、アリーザ、あんたも性格大分変わったよね。>
<それは、より良い性格になったという意味ですか、佐藤さん達の影響を受けて?>
宏子は難しい表情で、アリーザに振り返る。
<…基本的な底意地の悪さは相変わらずだね…>
<そっちの歩道で、ちょうどベンチの裏近くに行けるんじゃないですか?>
目で道を示すアリーザ。
<んー…でもそしたら思いっきり奴等の視界を通る事になるじゃん。>
<大丈夫ですよ、まだ系の魔法をかけていますから。>
<そりゃ一般人とか私レベル相手なら良いけど、リジュワナがいるんだよ?>
<大丈夫ですって。行きますよ。>
<ちょ、ちょっと…!>
物陰を出て堂々と遊歩道を歩いていくアリーザを、宏子と小英は慌てて追った。

ガサガサ、ガサ…。
<ほら、全く大丈夫だったでしょう。ニ人とも会話に気をとられていますから、普通に堂々としていればこちらには気付かないものなんですよ。>
スカートを押さえ、草むらに腰を降ろしながら、アリーザが念じる。
<そういうものなのか…?>
<…>
アリーザは自分の両耳に手をあてる。
<…そんな事しても意味無いと思うんだがな…>
<気持ちの問題ですよ。気持ちの持ち方がとても大事なのは、魔術の勉強で知っているでしょう。さあ、蔡さんもこうやって「耳」をすますんです。じー…>
<…なあ、今日のアリーザはちょっとおかしくないか?>
<さあ、元々おかしいからね…ちょっとどころじゃなく…>
宏子は小英に肩を上げてみせた。
<…ニ人とも、テレパシーは弱く。>
アリーザは口の前に人差し指を上げてみせる。
<ベンチから、聞こえてきてます。という事はこちらも強い念を送れば向こうに聞こえてしまうんです。>
<聞こえる…?>
宏子はベンチから伝わってくる念に集中した。

<…そうなの…じゃあその内、クザラル星の森も見てみたいものね。>
<それはともかく…で、結局、今日俺を呼んだ本当の目的は何なんだ?>
ベンチに座ったプオラギイックが念じる。
<呼ぶ時言ったでしょ。デートよ。あなただってそのつもりで来たんじゃないの?>
<…>
「嘘をつけ」という言葉を顔全体で表現しながら、プオラギイックがリジュワナを見る。
<…何よ。だってあなた、今付き合っている女性はいないんでしょう?>
<は? それはまあ、そうだけどな…>
<別に宏子と付き合ってるって訳でも無いんでしょう?>
<何でそこで奴が出てくるんだよ。あんなのは根本的に駄目だ。全然問題外。>
ガサッ。
背後で何かの物音がして、ニ人は思わず後ろを振り返った。
背後は白樺とは別の林で、藪が各所に生い茂っている。
<…>
<…何か動物でもいるのかしら?>
<さあ…>
林をしばらく眺めるニ人。
バサ…。
<ん…あれか?>
プオラギイックが木の上を見上げる。何かの鳥が木の枝から飛び立ち、そばの別の枝にとまっていた。
<そうかしら…>
<…で、何の話だったか?>
<え、ああ…>

「はあ、はあ、はあ…」
<…あんた、顔の表情が表現のしようもなく危険だぞ。>
藪の中を中腰で立ち上がりかけている宏子に小英が念じた。
<…佐藤さん。>
<ご、ごめんアリーザ。あの馬鹿があんな事言うから、思わず頭真っ白になっちゃって。…今度から押さえるから。>
物音を立てないように注意しながら、宏子が再び腰を降ろす。
<いえ、むしろ素晴らしかったです。今のはかなり良い感じでした。>
アリーザは真顔で頷き、親指を立てて見せた。
<…>

<だから、宏子が気になってるんでしょう?>
<何でそうなるんだよ。大体あんな奴、気にかけようがかけまいがターマックビウ並の生命力で生き残るだろ。>
<…>
リジュワナの頭に、茶色い全長10センチ位の害虫のイメージが伝わってくる。
<…相変わらず素直じゃないわね…ずっとそんなだと振られるわよ。彼女だって子供じゃないんだから。>
<子供以外の何者にも見えないけどな…というか、そんな話をしにわざわざ俺を呼び出したのか?>
<良いじゃない。大事な話でしょ?>
<…誰にとっても大事な話には思えないんだが…>
リジュワナは軽く肩を上げる。
<私には大事よ。それで本当に宏子に気が無いっていうんなら、私も本当にあなたにモーションをかけようと思うだろうし。>
<お前だけはそういう言葉はつくづく似合わないから、いい加減そのホラはやめろ。>
<…似合わない事を否定は出来ないけれど、他の女の子には絶対そういう言い方しない方が良いと思うわよ。冗談でも傷つくでしょうから。>
こめかみに力の入った笑顔でリジュワナが念じた。
<…まあ、あなたがそう言うなら他の話題でも構わないわ。他にも話したい事はあったし。>
リジュワナは前方の、芝生の丘の方に向き直る。
<何だ?>
<…HNKの資料をね、色々と流し読みしてたのよ。それで、読めば読むほど私達地球人がクザラル人について何も知らないんだな、という事に気付いて。…別に、魔法協会とか、HNKとか、国評…だったわよね?とか、そういった組織の専門的な事に限らず、以外に基本的な事でも分かっていない事がたくさんあったから。だから、そういった話を聞かせてほしいと思って。>
<なるほどな…まあ、分かる事なら答えるが…>
<ええ、今は常識の範囲で良いわ。>
リジュワナは頷く。
<まず歴史の資料を見て知ったのだけど…あなた達の歴史って、信じられないほど長いのね。約20万年前には間違いなく最初の文明が栄えていた、ってあったから…地球なら、一番古い文明でも4、5000年前だもの。地球人には信じられない長さだわ。>
<ああ…どこの資料を読んだのか知らないが…「間違いない」っていうのはウソだな。あったかしれないが、無かったかもしれない、ってだけだ。大昔の伝説だからな。現実にそういう遺跡がある訳じゃないし。>
<そうなの…でも、それ位長い歴史があるなら、クザラル人に魔力や、より進んだ科学技術があって、地球人に無いというのも理解出来るかと思って。>
プオラギイックは腕を組み、首を傾ける。
<確かに多少の差はあるかもしれないが、現実に分かっている歴史で言えばクザラル星だってそう古い訳じゃない。大体使っている暦だって、地球は今が2000年でクザラル星なら4500年だろ? まあ年自体の長さも違うから簡単には言えないが、そう大差は無いさ。>
<でもそれはクザラル人になってからの話で、あなた達の場合更にその前があるんでしょう?>
<ああ、ラル人の話か?>
プオラギイックの念にリジュワナは頷く。
<そうだな…それこそどこまで本当か知らないが…俺達は元々、ラルという星に住んでいたラル人だったそうだ。まあ、定義上は今もラル人なんだけどな。ところがラル人の文明が進むにつれ星の環境破壊がどんどん進んでいった。ラル人達はこれに反省して、エコロジカルな、自然を重視した暮らしをしようとしたんだが、時は既に遅く、結局ラル人達は星を捨てざるをえなくなったんだ。…それで、彼等は巨大な宇宙船を何隻か作り、それに分乗してそれぞれ別方向に飛んでいった。記録によると、「青い光」、「緑の海」、「赤い土」、「黄色の森」…とか、7隻位あったらしい。それでその内の1隻が、他の船もそうだったんだろうが、他の船との連絡も取れないまま、数千年間さまよい続けた。そしてその船は最後、ついに母星に近い環境の惑星を発見し、そこの環境を調整してその星を第二の住みかとする事を決めたんだ。その人々の乗った船は、「緑の海」…当時のコヒャリ語でクザ・ダシャヤイと言った。>
<…その人々が、クザのラル?>
<その通りだ。>
プオラギイックが軽く頷いた。
<それで、他の船のラル人達はどうなったの?>
<誰も知らない。まあ、常識的に考えれば、居住に適した星を見つけるより前に船内の人間が全滅した、という可能性が一番高いだろう。当時のラルの技術は今のクザラルよりも遥かに高度だった、と一般に考えられているんだが、それにしたって何千年もの間、多くの人々の生活を維持出来るほどの宇宙船はそうそう作れなかっただろうしな。まあ、当然、他の何隻かの船のラル人も自分達と同じように違う星を見つけ、そこで第二の歴史を始めているんじゃないか、とか考えているクザラル人も多いよ。というよりどこかでそう信じているクザラル人の方が、圧倒的に多数なんだろうな。>
<そう…あなたは?>
<うーん…そもそも、その伝説が本当かどうかから問題だからなあ。>
プオラギイックは伸びをしながら答える。
<仮にその母星を捨ててから1万年経っているとすると、今会っても多分、全然クザラル人とは違う奴等になっているだろうしな。>
<そうね…>
<まあ、会えるならそれはそれで面白いだろうけどな。…でも、今のクザラル星は防衛戦争でそれどころじゃないからなあ。>
<良いじゃない。もし他のラルに会えたら、また自分達の兵力が増えるわよ、地球人に会った時みたいに。>
<分からないぞ。逆に向こうはサクコブについて、クザラル人を襲うかもしれない。>
<…>
冗談めかしたプオラギイックの念に、リジュワナは難しい表情になる。プオラギイックはふと思い出した様子で続けた。
<ああ、そういえば、地球人がラル人なんじゃないか、という説も根強くあるな。>
<え、私達が?>
<ああ。宇宙人と呼ぶには、お互い余りに似すぎているだろう? 生きるための空気や気圧、気温や重力はほぼ同じだし、そもそも見た目や体の能力がほぼ同じだ。文化的にも似ているし、言葉もお互い学びさえすれば、例えば俺がベンガル語を喋ったり、お前がニグーワー語を喋ったりする事はほぼ出来るだろうと言われている。実際まだ試した奴はいないけどな。…俺の知る限りでは。>
<それは…確かに似てはいるけど、ラル人と呼ぶにはちょっと大雑把な話じゃない?>
<まあな。最初はラル人じゃないかと皆思っていたんだが、よく体を調べると中の内臓の配置等がかなり違う事が分かって、今は魔法協会とかの公式見解としては、似てはいるがあくまで「宇宙人」だという事になった。例えばクザラル人と地球人では胃と肺の上下関係が逆だし、生殖器の位置なんかはもっと違う。>
<そ、そう…>
目をそらすリジュワナ。
<ん? …あ、ああ。>
プオラギイックは自分の今念じた内容を思い返して、少し調子を上ずらせながら、話を続けた。
<そういう話が出たのは、それまで俺達の見てきた「宇宙人」がサクコブだけだった、というのが大きいんだ。あっちは少なくとも見た目、人間じゃないからな。>
リジュワナは頷く、プオラギイックに向き直った。
<ああ…それも聞きたい話の一つだったんだけど…クザラル人の出会った宇宙人・宇宙生命体は正確には、サクコブ、地球人以外にもいるんでしょう?>
<ん…? それ以外にいたか?>
<緑…の生き物?とか…>
<ああ…それは、いるっていう伝説はあるけどな。いわゆる緑色生命体っていう奴な。>
<緑色生命体…>
<ああ。…でも、彼等を宇宙人と呼ぶのは、ちょっと無理があるな。何と言うか…ぶっちゃけた話、それはクザラル人の想像の産物であって、その…まあ、実在するものじゃない。その、つまりだな…>
プオラギイックは眉を寄せつつ、言葉を選ぶ。
<お前がゴニ教徒なら、それは確かに実在する。でもお前がイスラム教徒やペッギン教徒なら、それは…迷信だ。>
<…そうなの?>
リジュワナはプオラギイックを見た。
<私の見た資料では…何だか本当にいるみたいに書いてあったけど…>
<そりゃ、ゴニ教徒が書いた資料なら当然の事だ。彼等にとってはいるんだから。>
<…>
<さかのぼると、ゴニ教徒にとっての聖典である「五和経典」にその記述があるんだ。…ただ、記述はあるんだが、固有の名前が無いらしいんだよ。そもそも「五和経典」によると、はっきりとした形すら無いらしい。液体になったり、気体になったり…>
<…>
<生命体としてはこれ以上ないほど進化したもので、魔力の強さもクザラル人の比ではないそうだ。>
<なるほど。…確かに、伝説という評価のふさわいい生命体には聞こえるわね。>
<その生命体は、余り外との接触を好まないらしい。自分達に比べて遥かに進化の遅れた生命体…例えばクザラル人とかな、と接触すると、その生命体に悪影響を与えてしまう、と彼等が考えているからなんだそうだ。だから、クザラル人等が緑色生命体に万が一遭遇しても、すぐにその存在を忘れてしまうものらしい。彼等の強力な系の魔法のせいでな。>
<まあ、一応筋は通ってはいるわね…>
<まあな。>
プオラギイックは笑いながら、軽く肩を上げる。
<彼等は一般的な宗教の感覚で言う「天使」だ。つまり、ゴニ教徒にとっての神様である「良き関係性」という抽象概念と、一般の民をとりもつガイドのような存在とされている。と言っても、今さっき言ったとおり、緑色生命体はクザラル人との接触は好まない。まあ、異教徒の視点から見れば、どうにも矛盾した話なんだが、これをゴニ教徒達は、「自分達の「許しの心」が未熟な間は、彼等は私達に触れてくださらない。だから、私達は修行が必要なんだ」、っていう風に解釈するんだな。>
<はあ…前から思っていたけど、ゴニ教徒の信仰ってストイックなのね…>
<そうだな…ただやはり、彼等も自分達の頭の中だけの存在にはしたくないらしく、「見た」という報告は昔から現代に至るまで、実は結構あるんだ。ただ問題は>
<何も証拠は残っていない、とか?>
<あっても異教徒から見て信用にたる証拠とは言いがたい、とかな。>
プオラギイックは肩をあげつつ頷いた。
<まあ、この手の伝説なら他にも色々あるけどな。それぞれの文化圏でも色々あるだろうし。…ああ、そう言えば確か、その緑色生命体にも相方がいたんだ。>
<…相方?>
<ああ、緑色生命体の敵だったか味方だったか…そっちは何か名前があった。ゴニ密教にそれを信仰している一派がいて、タリダダオで主流派の教会ともめた事があったんだ。ええと、何て名前の生命体だったかな…ハ…ハーリップ…ハーリット…ハ…ん…あ、…ああ、駄目だ、出てこない。それは俺の常識範疇外だ。>
頭をかくプオラギイック。

<そう…他に、もう少し伝説とか、信仰から離れた場所で何か無いかしら?>
<何かって? 後はサクコブと地球人位しかいないんじゃないか?>
<そう? サクコブにそっくりな別種族の話とか、聞いた事無い?>
<…>
プオラギイックは耳を立て、リジュワナの方を見た。考え込むプオラギイック。
<そう言えば…確かに聞いた覚えがあるな。サクコブの専門家によると、本当は「モンスター」には2種類いる、とかいう話が…。>
<聞きたいわ。どういう事?>
<ああ、確か…端的に言うと、戦う「モンスター」と戦わない「モンスター」がいるらしい。>
<…>
リジュワナは片眉だけ上げてみせる。
<真面目な話だ。俺達が普段モンスターと呼んでいるサクコブは戦うサクコブだ。まあ、当たり前だけどな。だがクザラル人研究家によると、どうもそれとは別の種族がいるらしい。形はいわゆるサクコブにそっくりなんだが、それよりは小柄で、確認された場所もサクコブのよく出没する場所からは離れていたそうだ。>
<それは…つまりサクコブとは別の生命体なの? 地球人がクザラル人ではないように?>
<そこまではよく分からない。体がかなり小ぶりだったそうだが、それは単にサクコブ内の「人種」の差なのかもしれない。ただ、その「モンスター」は普通のサクコブと全く違う反応を見せた。普通のサクコブはクザラル人の宇宙船を見つければ、まず間違いなく攻撃をしかけてくるんだが、その「モンスター」は何もしないで逃げていったんだ。だもんで、その「戦わないモンスター」は一時期話題にはなった。>
<それは…たまたま自分側が不利だったから逃げたとか、何か事情があっただけなんじゃないの?>
<ああ、正直俺もそう思う。ただ、クザラル星ではサクコブはどんな時でも無条件に攻撃してくる「虫」だと考えられているから、そうじゃないのがいたっていうだけで、結構な話題性があったんだよ。当時のフチェビが…ああ、そういう政治家が昔HYIの高級会議にいたんだけどな、そいつがよく話題にしてた。>
<なるほど。>
<ああ。まあ…俺の持っている宇宙人知識って言ったらそれ位だな。後他にいたら、むしろ俺に教えてくれ。>
芝生を駆ける子供達を見ながらリジュワナが首を傾けた。
<そうね…その戦わないモンスター、パーンチと言うそうよ。>
<…パーンチ?>
<それはベンガル語よ。そうじゃなくて数字の「5」。サクコブとは別の生命体らしいわ。>
<それは…どこから聞いたんだ?>
<もちろんHNKの資料で見たのよ。HNKじゃないんだけど、昔サクコブとテレパシーを通じさせたって主張するクザラル人学者がいて、彼女がサクコブに聞いたらそう言っていたそうよ。…当然、どこまで本当かは全く分からないけど。>
<…そんな資料見ないでも、今度当事者に聞けばいい。どうせまた、サクコブと会話するんだろ?>
<そうね…>
リジュワナは呟くように念じた。
<そうせざるをえないんでしょうね。>


「ふあ…」
リジュワナがあくびをかみ殺した。
日が沈みかけ、空が紫色になっている下、ニ人は林の中の車道をまた歩いていた。
<まだ眠いか。>
<ええ。…今日はよく寝たわ。>「ふんっ…」
片手を上げ、歩きながら思い切り体を伸ばすリジュワナ。
<…何かお前、宏子の悪い影響受けてないか?>
<そう? …だとしたら、アリーザの影響じゃないだけましね。>
<…言いたい放題だな…もし彼女が聞いたら怒るぞ。>
<彼女はそれ位で怒るような繊細な人間じゃないわ。…でも、せっかくのデートでずっと昼寝する、っていうカップルも珍しいでしょうね。>
<まあ、元々期待らしい期待もしてなかったけどな。お互い。>
<でも、今日はプオラギイックが悪いのよ。しばらく公園で喋って、その後何するって言ったら芝生で寝転がるとか言い出したんだから。>
リジュワナは眼鏡を上げ、自分の頭を軽くなではらう。
<まだ、どこか芝ついてない?>
<ん? んー…まあ、後で自分で落とせ。>
<…>
眉を上げるリジュワナ。彼女はプオラギイックの背中を見る。
<あなたも結構あるわね。そんなダブダブの服で寝転がるからよ。>
<しょうがないだろ、それとも地球式の服でも着るか?>
<似合うかもしれないわよ。宏子やアリーザが惚れ惚れするようなのを、一回着てみなさいよ。>
リジュワナはプオラギイックの、インドのサリーにも似た服の背中を軽くはたいた。
<あ…ああ、ありがとう。>
<まあ、まだ残ってるでしょうけど。>
<ああ。>
<でも、何で芝生に寝転がろうなんて思ったの?>
<別に? 最初はあの若い連中を見て、で、あれに対抗しようって事でニグーワーのダンスをお前に教えようとしたら、お前がやるのを断固拒否したからな。>
<…>
リジュワナは思い出すように視線を空に向ける。
<…異文化への理解が無くて申し訳ないけど、私の国ではあの動きは変人と呼ぶの。ダンスじゃなくて。>
プオラギイックは真面目に頷いた。
<そうなんだろうな。…あんなにゲラゲラ笑うお前を見たのは初めてだったからな。>
<ゲラゲラは笑ってないわ。多少噴き出しただけでしょ。>
<いいや、ゲラゲラと笑った。むしろガハハと歯茎を見せて笑った。>
<そんな訳な…>
口を開き、リジュワナはプオラギイックに迫る。しかし彼女はその途中で動きを止め、自分の行動を笑うように首を振った。
<…ああ、駄目だわ。どうも調子を奪われている。>
<それで、じゃあ俺はしばらく休むって丘に寝転がって。でも俺は、別にお前もそうしろなんて一言も言わなかったんだぞ。>
<私だって、あんな行儀の悪い事しようなんて思ってなかったわよ。>
<じゃあ、何でしばらくして、気付いたら俺の頭の反対側に、棒磁石みたいに、お前が寝転がってたんだよ。>
<…>
リジュワナはやや目を細め、頬をほんの少し膨らませるようにしてから答えた。
<…気持ち良さそうだったから。>
<…何だ、それは。>
<やってみたかったのよ。…あなたが最初にやったんだから文句は言わせないわよ。>
<いや、誰も文句を言ってる訳じゃないんだが…>
<着いたわ。>
リジュワナが立ち止まり、道沿いの建物を指差した。
<ん?>
<土産物屋よ。せっかくここまで来たんだから何か買っていきましょう。>


ドライブインの店内に入ったプオラギイックは、物珍しそうに周囲を見回した。
<おお…ここは面白そうだな。>
<そう? …って何でそこで止まってるのよ。アイスなんて他の店でも買えるでしょう。>
<あ? ああ…>
プオラギイックは頷き、白い冷蔵ボックスから離れる。
<でもここも、圧倒的に食べ物が多くないか? …日本人はよほど食べるのが好きな民族なんだな…>
<それは日本人がじゃなくて地球人がよ。地球人が高尚なラル人でない事を示す重要な証拠ね。>
そう念じながら、リジュワナはまんじゅうの試食ケースを見て首を振る。
<原料が何なのか想像もつかないわ…って、あら? プオラギイック?>
店内を見回すリジュワナ。
<…ほう…>
棚を見て感心しているプオラギイックの隣にやって来たリジュワナは、彼を見てため息をついた。
<…何でおもちゃのロボットを見て感心してるのよ。>
<いや、クザラル星も地球もおもちゃは似たようなもんだな、と…>
<似た物じゃ土産にならないでしょ。あ、ほら、こっちは? これなんか良いんじゃない。>
リジュワナはその近くにある鞘付きの小さな木刀に手を伸ばした。
<それは…刀か?>
<ええ、今の日本人は日常では使わないけど、昔の侍はこれを常に持っていたそうよ。多分、日本では今も重要な伝統工芸なんだと思うわ。>
リジュワナはやや得意気にそう念じながら鞘を抜いた。
<…>
<…>
<…刀か?>
<…>
リジュワナは木の刀をまじまじと見ながら首を傾げた。
<…まさか切れるようには見えない…意味が分からないわ…>
<刀型の…何か違う物なんじゃないのか? …置物とか。>
<置物にしては軽いわよ?>
リジュワナは木刀を振ってみせる。
<それにしても、何でここに土産物屋なんてあるんだ? 何も無い場所なんだろ?>
<ええと…ああ、ここから車で少し行くと、温泉があるらしいわ。それででしょう。>
<温泉…>
<クザラル星には無い?>
<無くはないけど、ニグーワーには少ないな。>
<そう。私の国も余り無いわね。でも確か、温泉っていうのは一種の民間治療法なんでしょう? 薬効のあるお湯につかって病気を治すっていう。>
<だろうな。そうじゃなければ普通の風呂に入れば良い事だしな。>
<ええ、だから今日のデートには関係無いだろうと思ったんだけど。>
<…デートを強調するなあ。本当に今日はどうしたんだ?>
<…>
リジュワナは腕組みをして、笑いながら首を振った。
<一回位そういうのもやってみたかったのよ。「似合わない」のは分かってるから、何度もやるつもりはないし。>
<悪かったよ。>
<私…そんなに女の子として魅力が無い?>
リジュワナは両手を組みながら、視線を横にそらして尋ねた。
<え…>
プオラギイックは珍しくワンピースなんかを着ている(そしてそれが余り似合っていない)、クソ真面目で堅物で冷血な過激派で、そしらぬ表情を見せながらこちらの方を目でちらちらと伺っている魔法少女を眺めた。
<…というか…そもそも、俺が男の子としてお前に魅力があるとは、俺にはとても思えないんだがな。>
<…>
リジュワナは向き直り、プオラギイックの顔を見る。
<…>
<…ええと…>
<…どうかしらね。>
リジュワナは顔をそむけてみせた。
<…あのな。>
リジュワナは軽く笑い、息をついた。
<まあ、今日は一日付き合ってくれて嬉しかったわ。良い気分転換にはなったわよ。>
<それは光栄だな。…まあ、そうだな、たまにはこういうのも良いかもしれないな。>
<たまにはね。>
頷くリジュワナ。
<ああ。…でも、今日もまた、実は宏子がずっと俺達を見てるってオチじゃないだろうな?>
<まさか。ここにはもう一人の主犯格のモニクがいないわよ。>
<そうか…でもアリーザは?>
<大丈夫よ。彼女は元々そんな子供っぽい事はしないし、そもそも私が事前に言っておいてあるから。今日はプオラギイックと出るから、宏子を建物から出すな、って。>

<…>
<…>
<…何か?>
<何か、って…>
土産物屋と繋がって隣接している軽食コーナーのテーブルに座る宏子が、不思議そうに聞くアリーザに念じる。
<あんた、全部知ってて私を尾行させてたの?>
<何を言うんですか。尾行しだしたのは佐藤さんですよ。>
<っていうかニ人同時だったと思うんだがな。>
呟く小英。
<…いくら私でも、事前に知らなければホクさんの系の魔法は見破れませんよ。>
<そんな開き直り方あるかっ!>

<怪しいなあ。結構そのまま宏子に話を持っていって尾行をそそのかせていそうだぞ。>
<そう?>
<ああ、それで恩を売るとか。>
<どんな恩よ…>
リジュワナは自分の周囲をしばらく見回す。
<…見た所誰もいないわよ。気のせいじゃないの?>

<ぜえ、ぜえ、ぜえ…>
土産物置場の物陰に隠れた三人はお互いの顔を見合わせた。肩で息をする宏子。
<流石に意識して見られると危険かもしれません。>
<わぁってるよそんな事!>

<…>
リジュワナはまだ少し気になるのか、先ほどまで宏子達のいた軽食コーナーを不審気に見やる。
<…腕端末で連絡してみたらどうだ?>
<そんな携帯電話じゃあるまいし、非常時でもないのに使えないわよ。…宏子? いるの?>
周囲を見回すリジュワナ。
<…>
<まあ、気のせいなら良いけどな。俺も宏子に切り刻まれたくはないからな。>
<手刀でね。>
リジュワナが頷く。
ガサガサッ!
<…>
<…>
リジュワナとプオラギイックは、土産物コーナーの一角に目を向けた。
<…宏子、あなたもしかして本当にいる?>
リジュワナは眼鏡を上げ、その一角に歩き出した。

<あ、すいません。>
腰をかがめつつ、頭上のお菓子の袋に手を伸ばしていたアリーザが手を引っ込めた。
<アリーザあっ! あんたは今土産なんか買わないでいいでしょっ!>
弱いが高いトーンの念で宏子がまくしたてる。
<いや、つい目を奪われてしまったので…>
<あ、ちょっと! リジュワナ来る! ちょっと、小英、向こう、向こう!>
<分かったから押すなっ!>
腰を降ろしたまま土産物の山の陰を移動していく三人。

<…>
土産物の影を見るリジュワナ。しかしそこには誰も見えない。
<…良いわ。>
リジュワナは引きつり笑いを浮かべた。プオラギイックの所へ戻るリジュワナ。
<プオラギイック、キスをしましょう。>
<…は?>
一秒の間を開けて口をあんぐりと開けるプオラギイック。
<キスよ。嫌なら耳合わせでも良いわ。>
<な…何故?>
リジュワナは堂々とした態度で、腰に手を当てながら念じる。
<何故? 当たり前じゃない。私達は今日一日デートをしたんでしょう。それなら最後はキスの一つもして、愛してるよの一言くらいあって別れるものじゃない?>
<いや…それは人類愛とかいう意味の愛か?>
リジュワナは目を細め、プオラギイックに顔を近づけて小さく念じた。
<…作戦よ。前もやったでしょ? キスでもするふりをすれば、この前みたいに耐えられなくなって宏子も飛び出してくるわ。>
<ああ…そうか。そうだよな。ああ。>
プオラギイックが小刻みに頷く。
<…そうだなあ、それじゃあそうするとするか。よーし、キスするぞ!>
何故か明るいトーンで強く念じるプオラギイック。
−下手ね…。

−大根…。
土産物屋の二ヶ所で同時に小さなため息がつかれた。

<じゃあ、行くわよ。>
<あ、ああ。>
<…>
リジュワナはプオラギイックの正面に立った。緊張した面持ちで左右を見回すリジュワナ。
<本当にやるわよ。>
<…ああ。>
<…>
<…>
リジュワナは殆どプオラギイックそっちのけで回りに目を向けている。
<…こら、宏子、いい加減に出てきなさい! 今なら許すけど、まだシラを切るようなら本当にキスするわよ!>
殺気立った様子でリジュワナは息をつく。リジュワナはプオラギイックの肩に手を回し、彼の顔と自分の顔を近づけた。
<…ほら、見なさい! もう唇がつくまで何センチも無いわよ! 本当に良いの! 今だったらまだ間に合うから出てきなさい!>
<…>
恐ろしいような恥かしいような首が痛いような、色々なものの入り混じった表情で固まっているプオラギイック。
リジュワナは土産物の山の方に目を向けながら、自分の顔をもう少し前に移動させる。
<まっ、たく…もう本当にするわよ! もう本当に目と鼻の先よ! 宏子! いるのは分かってんだから出てきなさい! キス、するわよ! もうこれ以上知らん振りをしていたら本当に! 今から5秒以内に出てきなさい! 5! 4あっ>
ふいに自分の唇に何かが触れて、リジュワナの念が途切れる。
<…>
一瞬思考も途切れて無音状態になるリジュワナ。次の瞬間触れている物を目で認識したリジュワナは、みるみる内に顔を充血させた。
「…わ、きゃっ!」<…あ、あー、あ、あー、あ、あ、あー>
リジュワナはプオラギイックから飛びのき、口を開きながら念にならない念を発する。
<あ、あー…えーと…>
何故か少し背を反らせていたプオラギイックが、引きつった顔で自分の耳に手をやった。
<あ、ご、ごめんなさい!>
リジュワナは勢い良く頭を下げた。
<あ、あの、前、ちゃんと見てなかったから、思わずぶつかっちゃって…>
<ま、まあ…じゃあこれで、デートもつつがなく終了って…事かな。>
<あ、そ、そうよね! そうね! あは、あはははは…>
お互い引きつった笑顔でリジュワナとプオラギイックは頷きあった。
<そ、それじゃそろそろ今日は帰るとするか。>
<そ、そ、そうね! それじゃあ、そこまで送るわ!>
妙に高いトーンで会話をしながら、ニ人は土産物屋を後にして外へ出て行った。

「はー、ひー、はー、ひー、はー…」
強い力でかなり歪みのかかった顔つきで、宏子が荒い息をつく。
<うるさいっていうか…あんた、怖いぞ。>
<佐藤さん、よくここまで踏ん張りました。あなたには敢闘賞を差し上げたい。>
<そ、そりゃ、どうも…。>
荒い息のまま、宏子は頷いてみせる。三人は立ち上がり、一様に疲れた表情で肩を下げた。
ズーン…。
<…じゃ、なくて。お土産をまだ買っていなかったのよ、私達。>
<ああ、そういえばそうだったな…>
自動ドアが開き、今さっき出て行ったばかりのリジュワナがプオラギイックを引っ張って戻ってきた。
<あっ。>
<え? あ…>
ニ人と三人は、お互いを見て無言で固まった。


<まっっっっっっっったく何であなた達はいつもいつもそうなのよ!>
5人はぞろぞろと、起伏のある細めの車道を歩く。周囲は林ではなく小さな畑が多く、山がちで、所々にぽつぽつと民家や小さなマンションらしき建物が立っていた。
<私は初めて、というか単に巻き込まれただけなんだが…>
<私も初ですよ。>
小英とアリーザがリジュワナに念じる。
<…そうよ。あなたよ。私はあなたはそういう事に関しては信じていたのよ! 何で思いっきり宏子にバラすの! あなたいつから宏子側についたのよ。>
<宏子側、って。>
呟く宏子。
アリーザは首を振り、自分の胸に手を当てた。
<私はいつも、皆さんが友達の皆さん側ですよ。>
<…>
<…そこまで皆さんに不愉快な発言でしたか。>
全員の視線に答えるアリーザ。アリーザは息をついた。
<…ホクさんは何か誤解されているようなので言いますが、私は何も佐藤さんに秘密を漏らしてなんかいないですよ。たまたま佐藤さん、蔡さんと外出の打ち合わせをしていて、その準備であそこのサークルKに行ったら、たまたま目の前の道をおニ人が通っていましたから、ああ、あそこにいますね、と…>
<それがいけないんでしょ!>
<…ああ。>
今納得した、という様子でアリーザはリジュワナに頷いた。
<全く…大体、宏子やモニクみたいな子供ならともかく、何であなたがこういう事に興味を持つのよ。あなたは人の事は気にしない性格だと思ってたけど。>
<こういう事…というと?>
<う…るさいわねえ。>
リジュワナが顔を引きつらせる。
<多分…モニクの場合なら、あんたとプオラギイックがいちゃいちゃするのを見るのが楽しいんだろうな。>
小英の念に、一同が彼女の方を向く。
<で、アリーザの場合は、そういうのを見てもだえる宏子を見るのが楽しい、っていう事なんじゃないのか?>
<…>
宏子達は視線をアリーザに向ける。アリーザは優しい表情で小英の頭を撫でた。
<やはりあなたの観察眼は将来性があります。感服です。>
<…あんたも少し否定をしなさいよ。>
アリーザを睨む宏子。

<…それで、私達はさっきからどこに行っているの?>
もう日もすっかり沈み、街灯のつきだしている道を歩きながらリジュワナが尋ねた。
<ああ、…だからその、アリーザと今日、行こうって言ってたところ。>
<温泉ですよ。>
<温泉?>
眉を寄せ聞き返すリジュワナ。<ええ>とアリーザは頷いた。
<ちなみに御存知無いかもしれませんが、日本では温泉は、屋外で皆さん全>「いいいいいいいっ」
宏子に両こめかみをこぶしで圧迫され、叫び声を上げるアリーザ。
<よく分からないんだけど…屋外にあるの…?>
<う、うん。あ、別に囲いとかはちゃんとあるから安心して。>
<でも私…別に病気じゃないし、水着も持ってないし…>
<大丈夫だって、日本じゃリラックスしたい時は温泉に入って疲れを取るものなの。あんたも最近疲れてるでしょ? それにそこのデクノボウ、あんたもね。>
プオラギイックの方を宏子は軽く睨む。
<デクノボウ…>
<って、彼も入るの?>
<別に系の魔法使ってるんだから喋んない限り問題ないでしょ。>
<それは、そうだけど…いくら魔法を使ってたって、彼は「彼」よ。性別で別の日になったりとかするものなんじゃないの?>
<ああ、>
<それがですねホクさん、日本では見ず知らずの男女が同じお風呂で全>「痛い、いた、痛いっ!」
<同じ…お風呂?>
アリーザの念に眉を寄せるリジュワナ。
<ああ、そういう場所も確かにある事はあるけどね。>
アリーザの頭を腕に押さえ込んで攻撃をかけながら宏子が答える。
<安心して。ここはちゃんと、入口から何から全部、男女で別れてるとこだから。>
<そう…>
宏子、ともだえるアリーザを見ながら、リジュワナとプオラギイックは目を見合わせた。


ガラ…。
かなり怒りの混じっている表情で、眼鏡の無いリジュワナが擦りガラスの引き戸を開けた。
湯煙の中を歩くリジュワナ。彼女の後ろから宏子が現れ、リジュワナに念を伝える。
<…どうでも良いけど、そんなガチガチにタオル体に巻きつけて苦しくないの? よく歩けるね?>
<しょうがないでしょ! 水着もどこにも売ってないし、体を隠せるのがタオルしか無いって言うんだから!>
振り返ったリジュワナは、宏子の体をみてぎょっ、となって顔をそむけた。
<っていうかあなたが少し隠しなさいよっ!>
<何言ってんの。温泉っていうのはこう裸になってゆっくりお湯につかるっていう開放感が良いんでしょ? ほれ、ほれ!>
タオルを肩にかけた宏子は、左手で無意味に自分の横腹を叩いてみせた。
<…だから本当に頼むから、女性として少しは隠してくれないかしら。もうどこでも良いから。>
<佐藤さんの言う通りですよ。どうせ女風呂なんですし、それにそんなにきつく巻きつけたら、まともに体を洗う事も出来ないんじゃないですか?>
ニ人の後ろからアリーザと小英が歩いてくる。
<って、何であなたはバッチリ水着を着てるのよ!>
アリーザに念じるリジュワナ。
<…人様に見せられるような体でもありませんし…>
<私もよっ!>
<っていうかあんた水着持ってないんじゃなかったの?>
<実は下につけていた事を忘れていまして…>
アリーザが宏子に答える。
<ムチャクチャ言いはる…>
<とにかく皆、体を洗った方が良いぞ。>
一人洗い場の腰掛けに既に座っている小英が、対照的な格好の三人に目をやりながら念じた。
<そうですね。ここはお風呂ですから、皆さんも…>
アリーザは自分を見る視線に気づき、小英に顔を向けた。
<どうされました?>
<あ…いや。>
何かに慌てた様子で視線をそらす小英。アリーザは不思議そうに首をかしげる。
<っていうかあんたそれでどうやって体洗うのよ。>
腕組みした宏子が、細い目でアリーザに念じた。

裸でお湯をかぶりながら、宏子が念じる。
<で、何で「デート」だった訳?>
<え…? …何か悪い?>
肩から大きなタオルを巻きつけたリジュワナが、中で体をモソモソ動かせながら答える。
<別に悪かないけど? でも、水臭いじゃん? プオが好きなら好きって、教えてくれれば良かったのに。私だって応援するからさ。>
<ふーん…じゃああなたはプオラギイックに別に気はない、と。>
<はあ?>
肩を上げ、鼻で笑ってみせる宏子。
<何で私があ? あんなのに惚れるなんて、…ああ、あんたが惚れるのは別に良いけどさ、私はあんな尊大役立たず男は趣味じゃないなあ。大体あいつまごう事なく宇宙人じゃん。>
<…>
やや冷ややかな目でリジュワナが宏子を見やる。
<…ニ人ともリアクション全体で、プオラギイックへの大告白大会になってる気がするのは…まあ、私の勘違いなんだろうな。>
<…>
<…>
横の中国人の念に、ニ人が刺すような念を向ける。
<…蔡さん、それは真実ですが、言わない方がより面白い事というのも世の中にはあるものなんですよ。>
<おいそこの水着、黙れ。>
アリーザに念じる宏子。
<…まあ、それで概ね事実ね。ただ一つ違うのは、「私は」別にプオラギイックに仕事仲間としての友情以上のものは持っていないって事よ。>
<…そう?>
疑わしげに聞く小英。リジュワナは頷いた。
<そうよ。別に彼が嫌いとかどうとか、そういう事じゃなくて。好きは好きだけど、それはあくまで仕事相手として信頼出来る相手だ、っていうだけの事なの。…それ以上の何かがあるのはこれね。>
体を洗い終わり風呂に足を踏み入れようとしている全裸の女性を、リジュワナは顎で指す。
<じゃ、何で「デート」なんだ?>
<…やってみたかったのよ。>
リジュワナは肩を上げた。
<やってみたかった?>
<ええ。>
眉を上げる小英。頷くリジュワナ。
リジュワナも体を何とか洗い終えたらしく、髪を軽くまとめ、タオルをしめなおしてから浴槽に足を降ろした。
<そうよ。似合わないかもしれないけれど…これからますます、こういう下らない事は出来なくなるだろうし…だから一回、やってみたかったの。手近な所に相手らしい相手がいなかったから、プオラギイックに付き合ってもらったのよ。まあ、彼と宏子には、悪い事をしたと思うけど。>
<…そこで一々私の名前を出すっていうのが喧嘩を売ってるって事だと思うんだけどね。>
<…どうでも良いけど、日本のお風呂ってずいぶん熱いのね…>
宏子を無視してリジュワナが呟く。
<…>
シャワーを浴びていたアリーザはふと立ち上がり、石作りの風呂場を歩いていって、浴槽を横切るように立っている柵の所で立ち止まり、念じた。
<…だそうですが、プオラギイックさん。残念ながらホクさんには振られてしまいましたね。>
<…>
<…え?>
リジュワナの表情が、再び固まった。
<な、何、…どういう、事?>
リジュワナが自分と同じようにお湯につかっている宏子に目を向ける。
<何が?>
<え、い、いるの? プオラギイックが、そこに?>
<ああ。同じ温泉に来てるんだから、多分柵の向こうにいるんじゃないの?>
<…>
リジュワナは一瞬目を瞬かせた後、即座にお湯から上がろうと立ち上がり、かけた。
<ってアリーザ、何であなたが肩押さえてるのよ!>
リジュワナは頭上のアリーザから逃れようと体をもがく。
<温泉ではお湯に浸かるものです。>
<もう私は浸かったから十分よ!>
<…>
タオルを普通に巻いて、浴槽の対岸に歩いてやってきた小英が、ニ人に目を向けた。
<あ、いいところに着たわ小英、この水着を何とかして!>
<それはともかくとして…あんたのタオル、こっち側まで流れついてるぞ。>
<え?>「わ、きゃああああああああああああっ!」


<…>
これ以上無いほどストレスの溜まっている様子で、リジュワナは額に力を入れながら息をついた。
<あんまりそういう顔ばっかしてると皺が増えるよー。>
お湯に首まで浸かった宏子が見上げる。
<…誰のせいで皺が増えてると思ってるのよ。大体その前に多分私、心労でショック死するような気がしてならないわ。>
<それも大変ですが…ずっとそうやって足だけお湯につけていたら、湯冷めしますよ?>
宏子の隣で泳ぐように体を浮かせているアリーザが、顔をリジュワナの足元近くに寄せて念じた。
石で出来ている風呂のへりに腰をかけていたリジュワナが頷いた。
<そうね…私はもう上がるわ。湯冷めというより、このままいると逆にのぼせると思う。>
<確かに上がった方が良いでしょうね。>
頷くアリーザ。彼女は自分の目の前にある柵の方を向いて念じる。
<…プオラギイックさん、まだいますよね?>
<あ…ああ。まあ。>
<お湯加減はどうですか?>
<…いや、俺も思わずつられて風呂からは上がった。>
<…>
アリーザと宏子は顔を見合わせる。ニ人は笑った。
<…そうですか。でしたらほんの少しの間だけで良いですから、皆でお話をしませんか?>
軽くバタ足をしながらアリーザが伝える。
<ああ、良いけど…>
<…>
答えるプオラギイック。宏子は不思議そうにアリーザを見る。
<プオラギイックさんならもうお分かりでしょうが、ホクさんも、他の私達も…皆、もうこうやってふざけ合えるのが何日も無いという事を、肌で感じだしています。プオラギイックさんもそうでしょう。私達と接点がある事がはっきりしていて、それでいてこれだけHYIの嘘が漏洩している今、あなたもいつまでも協会にはいられないはずです。私達はこれからどうして行けば良いと、プオラギイックさんは思いますか?>
<そうだな…>
お湯の揺れる音が向こうから聞こえる。
<お前達に関しては、HNKにかくまってもらうというのは良いアイディアだと思う。これでしばらくは時間が稼げるだろう。ただもう俺にも、魔法協会がどこまで考えているのか分からない。彼等が今まで本当にしてきた事を考えると…はっきり言って、協会が本気になれば、今のHNKなんかは到底歯が立たないだろうな。>
<本当言うと…今日は私、あなたにその事を言おうと思ってたの。>
<ん?>
リジュワナの念にプオラギイックが聞き返す。
<HNKの人達には悪いけど、彼等の力で地球人の奴隷化を止めるなんて、力から言って無理に決まってるわ。HNKの資料をいろいろと読んで得た印象は…彼等は蚊よ。象の厚い皮膚を何とか引っかこうと頑張って飛び回っている蚊。地球人全体を改造しようとしている魔法協会から見れば、無力すぎるくらい無力な存在なの。>
<…そうかもしれないな。>
自分の腕を眺めながら、リジュワナが顔を歪める。
<あなたに悪意はないけど…私、クザラル人が憎いわ。>
<それは…当然の気持ちだろ。お前達は言葉にならないほど、酷い事をされてるんだから。>
<当然よ。>
眉に力を入れるリジュワナ。いつしかバタ足をやめていたアリーザが、リジュワナを見上げる。
<…ホクさん。>
<私は言うわよ。>
<…>
<プオラギイック。…宏子も。私達、三人とも…結果が出たのよ。例の、手術の話。クザラル星にあるHNKの医療班にデータを送って調べてもらったの。それによると、宏子だけは手術によるものじゃない、本物の魔法少女だそうよ。まあ正直、本物だろうが偽者だろうが、その点は私はもうどうでも良いわ。ただ…>
<…>
リジュワナは自分を不安気に見つめる小英を見てから、うつむいて念じた。
<その手術は、地球人にクザラル人の特性を植え付けるような物じゃなかったの。そうじゃない。…逆だったのよ。クザラル人の見た目を地球人のようにさせる手術だったのよ。>
<え……それは…え…?>
<そういう事なのよ。>
プオラギイックに返事するリジュワナ。
宏子はまばたきをして、リジュワナを見上げた。
<え…じょ…冗談…だよね、リジュワナ。…アリーザ? 小英?>
宏子は三人を見る。うつむいたままのリジュワナ。小英は目をそらす。
アリーザはお湯で顔が赤らんでいる以外は全くいつも通りの表情で、宏子に頷いてみせた。
<…本当ですよ。解析結果によると、私達三人の遺伝子は人工的に合成されたハイブリッドなんですが、そのベースとなっているのはクザラル人の物なんだそうです。…当然ですが、フェヨールさんや、他の魔法少女さん達がどうなのかは検査をしていない関係上不明です。>
<そ、そん…皆、だって…>
<地球人にしか見えないわよね。>
リジュワナが宏子の念を継ぐ。
<私もずっと地球人…まあ、普段そんな言い方はしないけど、のつもりで今まで生きてきて、それで、急にあなたは宇宙人ですって言われて、そんなの、着る服を変える程度の軽さで気持ちを切り替えられる事じゃないわよ。どうすれば良いっていうの。今日から心を入れ替えて、クザラル人として地球人征服に努力しろっていうの。そんなの冗談じゃないわ。…ただひとつ、仮に私がクザラル人なんだとしたら、地球人としての私より、もっとはっきりと言ってやりたい。…クザラル魔法協会は、最低よ。>
リジュワナは顔を上げる。彼女は足を浴槽から上げ、柵のそばで立ち上がった。
<一つ、思いついたアイディアがあるの。私達「地球人」が生き延びるための提案。>
全員が顔を上げてリジュワナを見る。リジュワナは横目で柵を見る。一回深呼吸をすると、リジュワナは風呂の面々を見渡して念じた。

<クザラル人が駄目なら、私達はサクコブと同盟を組むべきだわ。>

続く



Written by FML (AKA Franken).
Ver. 1.00 on 2002/9/25.

<私、これからしばらく休暇をとる事にしたの。>
<は? あんた温泉行ったばっかなのにまた休むの?>
<だって、17歳の夏は一回しか訪れないのよ。>
<どっかで聞いたような、っていうか少なくともあんたの台詞じゃないと思うけどね。…で、どこ行くの?>
<やっぱり、ハワイのビーチで日光浴…>
<ニアワネエ…>
<あるいはラスベガスで豪遊…>
<もっとニアワネエ…>
<もしくはサハラ砂漠で徒競走…>
<…>
<じゃなかったら、シベリアで自分探し…>
<…何でも良いけど、一個に絞りなよ。>
がばっ
<…そうね、それならやっぱり、あなたと過ごす事にするわ!>
<って、何で急にそんな展開になるのよおおおおおおおおっ!>
<だってそれぞれに良い所悪い所があるから、どれが良いなんて決められないし…。>
<じ、次回魔法少女佐藤第14話、「魔法少女とモンスター」ぁぁああっ! こ、こら、離れろ、くっつくなっ!>
<いいえ宏子、私達は、もう一生離れないのよ…。>

<…というのが、次回の予告案なんですが。それではお願いします。どうぞ。>
<…><…>



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