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A-Sato Ltashofe Yde Ilne

Episode 14: Family

先ほどから服を変えた宏子が、通路を小英と歩いていた。
<…聞きたいんだが。>
前方を歩く小英が目をこちらに向ける。二人とも魔術用のステッキを手に持っている。
<何?>
<…何で、さっきと服が違う?>
<だって、あんな汚い服で外に出てけないじゃん。一応女の子なんだからさ。>
<…>
宏子を見る小英。
<…そうは見えないって?>
<それは良いけど、さっきの服と何がどう違うのかがよく分からないんだ。>
<…ほう、そういう喧嘩の売り方か。>
宏子の頬が引きつる。
<それに、系の魔法を使ってたら、誰にも宏子の顔なんか覚えてもらえないぞ。>
小英の念に宏子は首を振った。
<…使わないよ、系の魔法は。まあ、直前までは分からないけど、戦闘になったら誰がやってるかなんて丸分かりだし、それに…>
<…それに?>
<…私ら、別に何も悪い事してないじゃん。隠れる必要なんか無いでしょ?>
<ここでそういう事言っても説得力無いと思うぞ。>
<そりゃ、そうだけど…でも、戦っている時ならはっきり分かるじゃん、どっちが正義の味方なのか、ってさ。>
<それで終わったらコソコソ帰るのか? それも何か引っかかるんだけどな。>
<うっさいな…そんな事言ったって、私達の味方なんて、今HNK以外にいないんだから…>
念をとめ、宏子ははたと立ち止まった。小英が振り返り彼女を見上げる。
<…どうしたんだ?>
<いや…そうなんだよね。私ら何も悪い事してないっていうか、間違いなく被害者なんだからさ、もっと積極的にそれを言ってかないと駄目だよね。>
自分に頷きながら歩き出す宏子。
<はん?>
<だからさ、結局、私達で味方を作ってくしかないって事。クザラル人の味方作りはHNKに頑張ってもらうとして、地球人の味方は自分達で作るしかないっしょ。>
<今だって、地球人は味方じゃないか。私達は地球人の為に、っていうか、私自身が絶対に地球人のつもりだけど、私達自身の為に戦ってるんだから…>
<地球人が味方でも、あまりプラスにならないのよね。魔力があるのが一人だけだったら。>
作戦室までやって来た宏子と小英は、響く念に顔を向ける。リジュワナとアリーザが、同じようにステッキを持って立っていた。
<ですが敵だと意外にマイナスです。やっかいな事に彼等はこの地球を我が物顔に占拠していますので、敵に回すと地球での生活がなかなか難しくなるのです。>
<…>
<…一応真面目に言っています。>
自分に振り向くリジュワナに念じるアリーザ。
<で、準備出来た?>
<ええ。後はシユマ達に調整の方をお願いしないとね。>
リジュワナは宏子に頷く。
<ん。えーっとシユマは…あ? 何やってんだあいつは?>
物の影になってよく見えないが、作戦室の向こう端の方でシユマは何かのモニターを熱心に眺めている。宏子達は目を合わせ、そちらへ歩いていく。


<ねえ、シユマ、悪いんだけどそろそろ空魔法用の…>
<ねえ、この人って地球で一番偉い人なんだよねえ?>
<え?>
シユマの念を聞き返す宏子。彼女はシユマの見ている物に目を向ける。
<ああ…>
テレビの画面に、クザラル人と談笑しているアメリカの大統領が映っている。恐らくホワイトハウスの中の、記者達も入れる会見室のような場所の映像だ。
<…ああ、偉い人というか、地球で一番偉いつもりでいる人ですね。>
後ろからそれを見たアリーザが念じる。
<一番偉いのは国連の議長か何かじゃないのか?>
<それは五番目くらいに偉いつもりでいる人です。>
小英に答えるアリーザ。リジュワナはシユマを見た。
<客観的に言って、地球で一番有力な地域指導者だけど、彼と魔法協会…なのよね?が何を話しているの?>
<えっとね、これからも魔法協会は頑張っていく、って。>
<また、普通の会見ね…>
シユマの答えにリジュワナは目を細める。
<…あ、もうこれ、スピーチ終わったんじゃないですか? 解説者が大統領の言い回しとかの分析をしていますけれど。>
アリーザに頷き、リジュワナは画面を見ながら呟く。
<そのようね。…これまでより協調姿勢を強く出してみた? 地球軍は更に増強…ペンタゴンの抵抗は必至…え、4割が地球軍にまわる!?>
画面の大統領は立ち上がると、向かいの席から腰を上げたクザラル人と握手を交わしてみせた。
<わ、エウグ人が地球風の握手なんかしてるよ。>
独り言のように呟くシユマ。
<またスピーチが始まるみたいだぞ。>
<そうですね。順番から言って魔法協会側なんでしょうけど…>
小英に頷くアリーザ。宏子が聞く。
<非常に珍しい演説者を迎えるとか言ってない? あの黒人。>
<ええ。ですけどクザラル人があそこでスピーチするのって、今日が初めてじゃなかったような気がするんですが…>
画面がズームアップする。会見室にある演壇の向こう、奥へと続く廊下に人影が現れる。
<ああ、あの方が演説者で……というか、あれは…>
<…ジュチャ!?>
出てきた人影に口を開ける宏子。
<驚く程の事じゃないわよ。彼女は今まで何度も重要な場所でスピーチしているし、名前も知られているわ。>
歩いて来るジュチャの後ろから、もう一人の人影がついてくる。
<待って下さい、後ろの人は…フェヨールさんじゃないですか。>
<あ…>
ジュチャの後ろを、沈んだ表情の少女が歩み進んでいた。
宏子は眉を寄せる。
<スピーチをするのはジュチャじゃない、って…>
<言ってますね。今日の特別なゲストは、既に全国民がニュースでその愛らしくも勇敢な姿に心奪われた、こちらの…少女、が…>
顔をしかめながら念じるアリーザ。
<…まあ、それも驚く程の事じゃないな。>
<…>
リジュワナは小英の念に軽く眉を上げる。
画面では、モニクが演壇の前に立ち、手にしていた紙を台の上にのせていた。

「今日は、このような重要な会見の場にお招きいただき大変光栄です。」
モニクがぎこちなく微笑みながら、スピーチを始める。たかれる多数のフラッシュ。
「私はフランス人ですが、この場所はいつもテレビで見慣れてきました。」
彼女の言葉からワンテンポずれて、ニュース局で入れている英語の同時通訳が入る。

<何おべっか使ってんだか。>
宏子がぼそっと念じる。

「今日私はこの場で、改めてモンスターの残虐さを皆さんに訴えたくてやって来ました。率直に言いまして、現在、私達の置かれている状況はとても困難です。私達魔法少女も今まで全力を尽くしてきましたが、もはや私達だけでは、敵の大きなうねりに抗するには限界を迎えつつあります。ですから協力をお願いします。皆さん、私達の手で立ち上がりましょう。今日ここに私は、国連直属機関、地球人魔法協会の設立を提案します。」
モニクに、記者達からより一層のフラッシュがたかれる。
「モンスターの暴虐から立ち上がるのです。今こそ、私達の団結の時なのです。皆さん、是非私達に協力をお願いします。今日、私達地球人はここに宣言するのです。地球人の独立を。私達は、心無いモンスターには決して持つ事が出来ない、知性と勇気を生まれながらにして備えています。クザラル人と共に手を取り合い、この局面に立ち向かっていきましょう。私達の未来を切り開くのです。」

<…それ、独立って言うのか?>
念じる小英。

モニクは決意に満ちた表情で、テレビカメラを見回した。
「この未来は、決して容易なものとはならないでしょう。私自身、共に戦ってきた仲間を失い、今の私はたった一人になってしまいました。他の魔法少女達は皆、モンスターの洗脳に犯されてしまったんです。」

<おい、おいおい。>

「それでも私は頑張ります。私は最後まで、モンスターを許しません。この青い地球は、私達の星なのです。平和を乱す彼等を放っておく訳にはいかないんです。だから皆さんもどうか、地球の為に立ち上がってください。今日、私達と共に。…御清聴、有難うございました。」

一礼するモニク。画面のモニクは泣いている。涙を指でふきながら、健気に笑顔を見せるモニク。
モニクの横に立っていたジュチャが、恐らく何かを念で伝える。軽く頷き、彼女は立ち上がってやってきた大統領と握手をかわしてみせた。大統領はモニクを慰めるかのように彼女の肩を軽く叩く。また涙をこぼしながら、何かに頷いているモニク。
握手が終わると、モニクは演壇近くで一度立ち止まり、もう一度カメラ達に会釈をしてから、ジュチャに寄りそわれるようにして元来た通路を戻り視界から消えていった。

<…>
宏子達は無言でテレビ画面を見つめていた。画面は衛星中継の二画面分割になり、スタジオのキャスターがホワイトハウスの記者に質問をしだしている。
<…ここで、視聴者の皆さんからも御意見を募集します、だそうですよ。電話番号はこちら、800の>
<もう実況しないでも良いんじゃないかしら。>
アリーザを遮るリジュワナ。
<そうですか? 皆で仲良く一つのテレビを囲むなんて珍しいので、ついはしゃいでしまいました。>
無表情に首をひねるアリーザ。
<ところで皆さんのお顔の方に夢中だったので内容が余り頭に入っていないんですが、結局どういう事だったんですか?>
頷く宏子。
<…私もどういう事か聞きたい。…ねえリジュワナ、どういう事?>
<何で私なのよ。>
リジュワナは息をつく。彼女は念じた。
<…モニクは魔法協会についた、って事でしょ。後は何、HNKに先は越されたけど魔法協会もめでたく地球支部設立?>
<それより何より私達が洗脳されてる、だろ?>
リジュワナは小英を見る。
<…まあ、魔法協会の見解としては順当でしょう。自分達の本当の正体を知ったからあいつらは逃げていったんだ、なんて自分達で言ってたらパラノイアよ。>
<その順当な見解は、即ち、仮に私達がどこかで何かをやっていたら、こいつらはモンスターの手先なんだ、地球人の敵なんだと思え、という事ですよね。>
小英が腕を組んだ。
<ふうん。実際にはモンスターの手先は一人だけなのになあ。>
<…最近、宏子が二人に増えたような気がしてならないわ。>
ため息をつくリジュワナ。
<皆さ…仲、悪かったの?>
シユマが振り返り、遠慮がちに聞く。お互いを見合わせる魔法少女達。
<…常に悪いですが、何か?>
<…重いわよ。>
リジュワナの肩に頭を乗せ、身をしなだらせながら念じるアリーザ。
<だって…このモニクちゃん…私も前に会ったけど…皆より、HYIをとったんでしょ。…まあ、ウチとHYIでどっちを取るかっていうのはともかくさ、わざわざあんな言い方までして、皆を捨てる事なんか無いじゃん。ちょっと、酷くない?>
<…>
宏子は一人、まだテレビ画面を見たまま黙り込んでいる。彼女にちら、と目を向けるリジュワナ。
アリーザは目を閉じて念じた。
<残念とは思いますが、仕方がありません。HNKを取るかHYIを取るかで、私達は前者が、フェヨールさんは後者が正しいと思われたんです。そうした時点で、個人的感情がどうあれ、もうお互いに相容れない存在になってしまったんですよ。シユマさん、あなたも武装解放運動メンバーだったら、そういう瞬間は私達より遥かに多く経験しているはずでしょう。>
<まあ、そりゃそうだけど…この前会った時は、あんな元気だったのにさ…唐突に裏切られるのって、辛いよね…特に皆位の若い年齢でさ…>
眉をひそめ、シユマは首を振る。
<…まあ、裏切ったのは私達よね。動かなかったのがモニクで。>
アリーザを見るリジュワナ。
<確かにそうですね。>
<ええ。だけど…そうよ。確かに、アリーザの言う事は分かるし、正しいんだけど…>
リジュワナはため息をついた。
<全く、だからあなた達とは深く付き合いたくなかったのよね。>
<…>
<…あなたは静かね。>
リジュワナが宏子に念を伝える。
<フェヨールさんが、一番仲良くしていたのは佐藤さんでしたから…>
<…>
黙っている宏子。アリーザはふと、小英の方を向いた。
<ああ、もちろん小英さんとも仲は良かったですが…>
<冗談を言うな。私は以前も今も、誰とも友人なんかじゃない。…宏子にとってはショックかしれないけどな。>
目を合わせずに念じる小英。
<…>
アリーザは小英を見たまま、ほんの少し眉をひそめた。
<…あのさ。>
宏子はリジュワナに目を向けた。
<何でモニク、泣いてたんだろ。>
<え? さあ…何か言ってた、アリーザ?>
<ニュースでですか? ええと…洗脳を受けた、今は亡き友人達への思いでしょうか、みたいな話は…>
<そんな事言ってたっけ? 何かアップグレードしてない? いつの間に私達は死んだんよ。>
<死んだというか、もう洗脳が解けないみたいなニュアンスで言っていましたけどね。>
<そう…>
リジュワナが呟く。宏子は息を漏らしながら淡々と念じた。
<それは実際の理由じゃないじゃん。私が言ってるのはモニクの泣いた本当の理由。……後、何で魔法協会なのか。>
<…>
リジュワナと、小英、アリーザは目を合わせる。リジュワナが念じた。
<それは分かる人がいるとすれば、あなたでしょ。あなたが一番親しくしていたんだから、一番彼女の事は分かるはずよ。>
<…分からないから聞いてるんだよね。>
<そうね。…どうしてかしらね。>
小英が眉を上げ、宏子達を見る。
<聞きたいんだが…今のモニクが強い洗脳にかかってる、っていう可能性は無いのか?>
<可能性は山のようにあるけど、それを言ったら何であんた達はかかってないの?>
シユマが聞く。小英は振り向いた。
<今までとはやり方を変えたのかもしれない。今までは放任主義でほっといてたら、あれこれ詮索しだしたから今度はがっちり洗脳して押さえておこう、って。>
<今までも、隠した船ではがっちり洗脳をしていたのよ。私達にしていなかったのは私達は既に魔力が強かったから、洗脳をかけるのは難しいから、っていう事なんじゃなかったかしら?>
リジュワナの念に、小英は困った顔になる。
<んー…でも、今までよりももっと強力な系の魔術師が地球に来た、とか?>
<希望的観測ですが、それも確かにあり得る話ですね。>
アリーザが頷いた。
<…希望的観測なのか?>
<もちろん。洗脳だったら、つまり本心ではない訳ですから、救出に行って、フェヨールさんの洗脳を解く事も可能な訳です。>
小英に答えるアリーザ。
<…>
<…喜ばしい事でしょう?>
小英は息をつき、肩を上げる。
<でも…私達は、「解けない洗脳にかかって」いるんだろ?>
<少なくとも、解ける洗脳もあります。「希望的観測」と呼ばれる所以です。>
<まあ、良いけど? じゃあ助けに行ってやるか? あんまり役には立たない奴だけど。>
<ええ、それは、小英さんや宏子さんの気持ちを思えば、私達も今すぐそうしたい所ですが、彼女がいるのは協会の新本部なんでしょう? …行くにしてもそう簡単には。事前に綿密な準備はしないといけませんね。>
<…そうか。…そうだよな。>
<小英。…何か、その…>
<何だ?>
宏子が小英を見る。視線を返す小英。
<いや…何か、あんた、随分モニクの事気ぃかけてない?>
<…だから。あんた程じゃないだろ。>
宏子は耳をかく。
<いや…その、あんたにしては何て言うか、随分…珍しい反応みたいな感じが…言い方悪いけど。>
<ああ、悪い言い方だな。私だって一応地球人…のつもりだから、元同僚の心配位はするだろ。まあ、役立たずの同僚でもな。>
<そりゃ、まあ、そう言われればそうなんだけど…>
<だから、そんな事で私を気にかけなくて良い。私は宏子みたいにモニクの友達だった訳じゃないんだ。知ってるだろ? だから、さっきのニュースだって、別に宏子みたいに辛く感じている訳じゃない。あんたは取りあえず、自分を慰めてれば良いんだ。>
小英は苛立たしげに宏子に念じる。宏子はやや驚いた顔で小英に頷く。
<え、う、うん、まあ…>
<…>
<…>
無言で見合うリジュワナとアリーザ。
魔法少女達の間を、何かぎこちない空気が流れる。

その空気に殆ど気がついていない様子で、シユマが全員を見回した。
<あのー…ねえ、一個聞いて良いかなあ?>
<何ですか?>
シユマを見るアリーザ。
<何で皆…ステッキ持ってんの?>
<…あ。>


ステッキを持った宏子達は、停車中のバンに乗って外を見ていた。
<この前から真紀子さんは、ここのカルチャーセンターで講師助手を務めてるの。こっちでは、というか、これからの名前は田島愛美さんだからね、念の為言っとくけど。>
頷く一同。
<今までのデータだとサクコブ生命体は田島さんが一人で外にいる時に現れてるんだ。朝の時もあるし夕方の時もあるんだけど、全部通勤時間中なんだよね。今日はこの後、午後6時35分位に多分あそこから出てくると思う。>
リジュワナは車のガラス越しに、角の向こうのビルを眺める。
<真紀子さん…田島さん?がよね。サクコブは都合良く出てくるのかしら。>
<出て…くるような気が、とてもします。>
リジュワナはアリーザの、いつになく深刻な雰囲気の念に顔を向けた。
<…それはただの勘?>
アリーザは瞳を開きリジュワナを見る。
<ずっと…引っかかっていた事なんですが、確信が持ててきました。これはサクコブじゃない。やっぱり魔法協会ですよ。彼等が罠を張っているんです。>
<どうして分かるの?>
<今日の午前ホクさんが言っていたじゃないですか。私達は隠れているから、魔法協会は簡単に見つけられない、そしてそれはサクコブも同じ事だ。>
<ええ…確か言ったわね。>
<こうも言ったはずです。真紀子さんは魔力のある魔法少女じゃない。…という事は、つまり、サクコブ、魔法協会共に真紀子さんも見つけられるはずが無いんですよ。>
<そう言えば…>
<でも、現に「モンスター」がここに来てるのは事実だよ…?>
助手席に座っているシユマが後ろを向いて念じる。頷くアリーザ。
<その通りです。でも、普通に考えれば、真紀子さんが今この街に住んでいるという事を彼等が知る事は出来ないんです。…そして、逆にその事を今知っているのは私達とHNKの皆さんだけなんです。>
<…え?>
眉をひそめるシユマ。
<ですから、HNK、あるいは私達の中に一人内通者がいて、その方が情報を漏らしたという事になります。漏らす相手は…ホクさんや佐藤さんが内通者だったという場合は多少微妙になりますが、それ以外の場合ならほぼ間違いなく魔法協会に、でしょう。サクコブとそういった交渉をするのは相当骨が折れそうですから。>
<そ、そんな…>
呟くシユマ。リジュワナは、アリーザの念に感心したように頷く。
<そうね…そして付け加えるなら、私達魔法少女の内の一人が内通者というのは、可能性がゼロとは言わないけど余り高くはないわ。だって、それなら一々真紀子さんを巻き込んで宏子の心証を悪くしなくても、HNK地球支部の近場の公園なりまでちょっと皆を誘いだして、そこをHYI会員に待ち伏せしておいてもらえばすむ事なんだから。>
シユマが首を上に上げた。
<そんな…でも、HNKだってそんな事する奴いないよ! こんなお金のない組織に好き好んで居るんだから、逆にお金で動いたりする奴等なんかいないし、それに皆正義を愛しているからここに来ているんだから! 間違っても、魔法協会みたいな連中に協力する奴がいると思う?>
<でもシユマ、洗脳モニクとか魔法協会だって、信じているのはあいつらの正義なんだぞ。>
<それは嘘の上に成り立ってるまがいものの正義でしょ! 私達だって何にも間違いをおかしていないなんて言わないけど、あんまりあいつらと一緒にはしてほしくないなあ。>
小英に反論するシユマ。
<何故春日部ではなかったのかも今なら分かりますよね。フェヨールさんは今、彼等の手の中にある貴重な人材ですから、モンスターを使って彼女を襲う訳にもいきませんし。>
<…ちょっと待って。だったらさ、モニクを使って私達を呼べばすむ事じゃん。今ならともかく、あのスピーチの前だったら皆それで来てたでしょ?>
アリーザは、宏子の念に難しい表情になった。
<…それは確かにそうですね。…何故そうしなかったんでしょうか?>
<皆。>
リジュワナの念に、全員が窓に目を向けた。ビルの出口から、スーツ姿の真紀子が歩き出している。
<今のところ、いつも通りのルートを帰ってるみたいだね…じゃあ、皆ついて行く?>
<…>
目を合わせる魔法少女達。宏子が頷く。
<…そう。…私はやっぱりやめといた方が良いと思うけど。…まあ、皆そうするつもりなら仕方が無いね。>
軽く息をつくと、シユマはバンのスライドドアを開けた。イハッジャを片手に車を降り、道を歩き出すシユマ。リジュワナが彼女を見た。
<…あなたは別に来なくても良いのよ?>
<ここまで来たんだから付き合うって。皆、行くよ。>
身をひそめるようにして細い道を歩きながら、バンの方にジェスチャーを送るシユマ。彼女達は頷きあうと、車を降りてシユマの後に続いた。


<…あんた達全員、系の魔法を使っているんじゃないのか?>
小英が周りを見上げてそう念じた。
細い路地を、真紀子がしっかりとした歩調で歩いている。その十数メートル後ろを、ぞろぞろとステッキを持った集団がついていっていた。
<…あんたも使ってるでしょ。>
<私は最初から使うと言っていた。でもあんたは使わないんじゃなかったのか?>
<…気が変わったの。>
宏子は小英から目をそらす。
<へえ。我がリーダーも随分弱気になったことで。>
<…>
無言で視線を返す宏子。リジュワナが小英をたしなめる。
<これだけバラバラの人達が集まっているんだから使わなかったら困るでしょう。しかも今回は魔法協会がいるかもしれないんだから。>
<あんたも大体、毎回宏子の肩持つんだよな。まあ、仲が麗しいのは美しいけどな。>
<小英、私はただ…>
<皆さん、議論もとても楽しい事ですが、今はしばらく我慢して、後で思いきっりやりませんか?>
<…そうね。>
リジュワナはため息をついた。
<…>
先頭を歩くシユマが、ふいに立ち止まる。次の瞬間、空のある一点が唐突に光を放ちだした。

シュウウウウウウウウウウウンズバアアアアアアアアアアアアン!
<…系の魔法はそろそろ解除しても良い頃かと。>
<しなきゃ戦闘出来ないだろ…>
アリーザに念じる小英。サクコブ生命体が光の中から現れ、住宅街の空を浮遊していた。
「え? きゃああああああああっ!」
後ろを振り向き、走り出す真紀子。生命体はそれを追い、軽く攻撃弾を真紀子に向けて放ちだす。
ブズズ、ズブズブブブズ…。
「お母さんっ!」
宏子は全速力で前に走り出した。
<あっ、宏子!>
宏子の肩を押さえようとしたリジュワナはそれを宏子にかわされる。駆けていく宏子を見て舌打ちをするリジュワナ。
<まったく……気律の力を、我の頭上に。>
道をやや歩き、リジュワナはステッキを構えた。紫色の光が先端の投影石から放たれる。
<フィア・ディシュ!>
シュウウウン、ブシュウッ。ブシュウッ。
ブズズズズ…。
リジュワナのステッキから、2、3度攻撃弾が放たれた。弱い力のそれらは生命体にかすりもしないが、生命体は動きを止め、その体をリジュワナの方に向けた。
路地の真中で座り込んでいた真紀子に宏子が駆け寄る。
「お母さん、大丈夫、お母さんっ!」
真紀子の肩に手をかけて揺らす宏子。怯えた表情で振り向く真紀子。
真紀子はしばらく宏子を見てから、やがてその表情を驚きのそれに変えた。
「あなた、魔法少女の佐藤さんでしょ? …助けに来てくれたの?」
「お母…さん…」
シュウウウウウン、ブシュブシュブシュウッ。
「あっ…ヒア・エンティフ!」
生命体から攻撃弾が連続して発射される。真紀子をかばう格好の宏子は、ステッキから光を放つ。強力な赤い光の防御膜が二人の周囲を覆い攻撃弾を吸収していく。
ブシュウッ、ブシュウッ、ブシュウッ…。
攻撃弾を何度も放っているシユマ達の横で、リジュワナはステッキを体の前に構えて両目を閉じた。
<気律の力を我の頭上に…ザナ・キュディヌ・ヒオ。>
光と共にゆっくりと体を浮き上がらせていくリジュワナ。
<ホクさん…空の魔法は苦手でしょう、余り無理はしないでください。>
<しょうがないでしょう、得意な二人の内一人は敵でもう一人は座り込んでるんだから。止める暇があったら援護して。>
生命体は空中に静止して防御膜を張りながら、顔と思われる部分を器用に動かし、浮き上がるリジュワナをじっと観察している。
ブズズズ…。
生命体は羽を動かし、リジュワナの方向に突進しだした。
<…ホクさん!>
<フィア・ディシュ!>
素早くよけながら、至近距離で生命体に攻撃弾を撃つリジュワナ。しかしそれはかわされる。
<…フィア・ディシュ!>
シュウウウウン…。
<くっ>
アリーザは道に立ったまま光の弾を放つ。それとほぼ同時に、逆に生命体から攻撃弾を受け、彼女は急いで自分達の周囲を防御した。
<手強い…宏子がまともに動いてくれなきゃ勝てないぞ…>
<佐藤さんに無理を言わないで下さい。>
顔を向け、小英に宏子の方を指すアリーザ。うずくまったまま動けない宏子と真紀子の上に、モンスターが雨のように攻撃弾を降らせ続けている。
<あ、あんな量…だって飛んでるし、こっちにも攻撃してるのに…>
<ねえ、サクコブっていつからこんなに無敵になったの?>
攻撃弾を撃ちながらシユマが念じる。
<だからこれはサクコブではありません。>
ブズズ、ブズズズ…。
生命体が、笑うように破擦音を立てる。それを睨みつけるリジュワナ。
シュウウウウン…。
<…っ>
生命体は同時に宏子達の方にも雨を降らせ続けたまま、再びリジュワナに向かい、連続で攻撃弾を放つ。防御膜を張るリジュワナ。
生命体はその防御の光の球を押すように、干渉弾を発射してきた。
<くっ…!>
ふいをつかれ、空中のリジュワナはバランスを崩す。
<ホクさん!>
アリーザが鋭い念を伝える。落下するリジュワナ。
ブシュウッ、ブシュウッ。
落ちてくるリジュワナとコンクリートの地面の間に、アリーザは数度干渉弾を撃った。トランポリンのように体をはねさせながら、リジュワナは何とか無事に着地する。
<ちょっと腰にきたけど…助かったわ。>
<皆、上!>
ブシュブシュブシュブシュ…。
<ちっ>
リジュワナがステッキをかざす。光の膜が素早く四人を覆い、生命体からの攻撃弾を遮断した。
ブシュブシュブシュ…。
空を我が物顔に周回する生命体から、紫色の光の膜の上に間断無く攻撃弾が注がれる。
<これじゃ、動きが取れないわね…>
荒い息をつきながら、リジュワナは数メートル離れたアリーザ達の所にやってきた。
<ホクさんももうそろそろ魔力が辛くありませんか。この防御魔法は後どれくらい持ちます?>
<3分…2分位かしらね。つまり後1分位で私が死にかけるっていう意味だけど。>
ステッキを前に構え、苦しげに中腰になりながらリジュワナが念じる。
<代われるなら代わりたいんですが、私の魔力ではホクさんが死んだ後を引き継いでも1分、ですか。>
<その後私で30秒…>
呟く小英。
<このままじゃどうしようもないじゃん。リジュワナ、何とか一瞬解除して反撃をしないと…>
<…一瞬の解除で、充分命取りでしょ…>
呼吸をするのがやっとという様相のリジュワナが、シユマに首を振ってみせる。
<だけど、このままこうしていても後数分で…>
<…>
アリーザが澄ました表情を少しだけしかめて、道の十数メートル向こうを見つめた。
<こっちが後数分なら、ずっとその数倍の勢いで攻撃弾を受け続けているあっちは後どれくらいでしょうね…>

ブシュブシュブシュブシュブシュ…。
まるで水溜りに落ちる大粒の雨のように、次から次へと攻撃弾が降ってくる。徐々に宏子と真紀子を包んでいる赤い光の球は小さくなり、その光の輝きも弱くなってきている。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
口を開き続け、汗と、涙と、唾液のいりまじった物を顎からぽたぽたとたらしながら、道に座り込んでいる宏子は片手でステッキをかざし続ける。
「…佐藤さん、もう、良いから…」
同じように座り込んでいた真紀子が顔を上げ、宏子の背中に手をかけた。
「私は良いから、そうしないとあなたまで危ないんでしょう?」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
汗をとばしながら、何度も首を振る宏子。宏子の呼吸は荒さを増す。
「…」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
うつむいたままの宏子の瞼が、徐々に徐々に下がっていく。それと呼応するように、ステッキの先の光が、徐々に輝きを失っていく。
ブシュブシュブシュブシュ…。
生命体からの攻撃弾は一向にやむ気配が無い。
「はぁ、はぁ…はぁ、はぁ……はぁ、……はぁ…」
宏子は、ついに自分の瞼を完全に閉じた。


シュウウウウウウウウウンズバアアアアアアアアアアアアアアアン!
それと同時に空中の一点から、青い光が差し込み爆風が起きた。
<え?>
<…>
地面を見ながらも、何かを察知するリジュワナ。アリーザが空を見上げる。

今までとは別の、二体目のサクコブ生命体が空中に現れていた。
ブズズ…。
ガキャンッ!
生命体はそのまま今まで攻撃をしていた生命体に突進し、体当たりをする。鎧と鎧がぶつかり合い、甲高い金属音を上げた。
ブズズ…。
突然の事に反応出来ないのか、ぶつかられた生命体は魔法少女達への攻撃弾を止める。生命体は、二体目に押されたまま空中を移動していく。
<こんな事…あるの?>
呟くシユマ。
ブズズ、ブズズズ…。
二体目の生命体は急停止する。押されていた方の生命体が体勢を立て直そうともがく中、急停止した方は強力な攻撃弾を相手にあびせた。
ブズズズ、ブズズズズズ…。
ボンッ。
もがく生命体。襲われた生命体の上半身が光の球に飲み込まれ、次の瞬間消滅する。
ブズ、ブズズ…。
ガシャンッ、ガシャン! ガシャンガシャン…。
生命体の下半身は墜落する。道沿いの民家のスレート屋根に激突したそれは、そのまま屋根を転がり、宏子達よりやや先に進んだ道の上にばらばらになりながら落下した。
<…>
無言でただ目を見開かせているアリーザ。
ブズズ、ブズ…。
二体目の生命体はその巨体をひるがえすと、今度は突然、魔法少女達の後ろ側の路上に攻撃弾を連射した。
ブシュブシュ、ブシュウッ。
「うわあああっ!」
「ぐああああっ!」
彼女達の後ろに立っていた、通行人と思しき日本人の男女がもんどりうち、道に倒れこんだ。
<あっ…!?>
後ろを振り返り、驚く小英。小英はステッキを、生命体が回遊している空に構える。
<…フィア、>
<待って下さい。>
小英のステッキの先端部に手をかざし、アリーザが遮った。
<何で!>
<彼等をよく見てください。>
<え…>
日本人だったはずの被害者の男女が、徐々に違う姿形に見えてくる。瞬きをする小英。
やがて見れば見るほど、彼等二人はクザラル人の服を着ているように見えてきた。
<ずっと系の魔法で隠していたんでしょうが、今日、私達を静岡まで招待してくださったのはこの方々だったんでしょう。>
道に赤黒い染みを作りながら倒れているのは、青い肌のクザラル人男性と、茶色い肌のクザラル人女性だった。


<…ヤヤジュ!>
そしてシユマは息をのみ、倒れている男性の所に駆け寄った。
<ヤ、ヤヤジュ! あ、あなた…>
<…>
既に生気の無い目で、地面に顔をつけているベルーがシユマを見る。
<…ええ、そうですよ。話をもちかけたのは…僕です…>
<そ、そんな…何であなたが! ねえ、何で!>
<あなたは…部下を信用しすぎている。HNKだって軍隊でしょう、いつまでもそんな事では持ちませんよ…>
<何で! ねえ、何でって聞いてるの! 理由よ! あなただってコココ人でしょ!>
シユマがベルーの肩を揺らす。ベルーは笑った。
<でも、あなたはコココ人じゃないじゃないですか。>
<それは、そうだけど、>
<僕の友人は、ワデパラロにいた僕の友人は、和平推進派だったために、HNKにエウグの手先と見なされ、3年前に殺された…>
<…>
シユマは彼の念に息を飲んだ。
<HNKがコココ人を解放する…? 冗談じゃない。この17年間、彼等がしてきた事は、コココ人の住む土地に混乱と暴力を産むだけだったじゃないか…>
<違う…違う! 私達はゴニ教徒達の搾取から立ち上がるため、独立を勝ち取るために立ち上がったのよ!>
<…あなたは結局、エウグ人だから分からないんですよ…コココ人にとっては、平和に搾取されていた方がよっぽど幸せなんです…>
<違うっ!>
シユマが顔をゆがめる。
<…正義? 自分達が、手が汚れていない正義の味方だなんて、テロリスト集団が本気で信じる事じゃないでしょう…子供みたいな大人と、本物の子供しかいないんだから、…もう、HNKの破滅も、そう遠く…>
<…>
<…>
ベルーの目が、地面のある一点を向いたところでゆっくりその動きを止める。
<…>
<…>
シユマはしばらく、ベルーの顔を眺め続けていた。
<…>
シユマは手で彼の両瞼を閉じさせると、無言でゆっくり立ち上がった。


<…>
自分達の防御を解いて、大分呼吸の整ってきたリジュワナが、彼等の様子をじっと見ていた。
小英はリジュワナを見上げて念じた。
<…なあ、あのサクコブはどうするんだ?>
<…>
小英の念に空を見上げるリジュワナ。後から現れた生命体は彼女達の反応を待っているかのように、ずっとその上空を周回し続けている。
<向こうが攻撃してこないと、どうも攻撃しづらい雰囲気がありますね。>
<そうね…明らかに、こちらとコミュニケー>
シュウウウウンッ。
<えっ?>
ふいにサクコブが光を放った。その光線が、リジュワナの頭を射抜くように通過する。リジュワナは人形のように道路に倒れこむ。
<ホ、ホクさん!?>
珍しく心の底から驚いた表情で、アリーザはリジュワナの上半身を起こし彼女に呼びかけた。


<…>
リジュワナは無言で顔をしかめ、自分の頭を押さえていた。
「ふう…」
よほど頭が痛いのか、リジュワナはそのまましばらく動かずに立ち続けている。
「…はあ。」
ようやく痛みが引いてきたのか、リジュワナは頭から手を離して周囲を見回した。
目の前に白い壁がある。
「…」
眉をひそめながら振り返るリジュワナ。リジュワナは思わず「あ…」と呟く。
リジュワナはシャヒッド高校の中庭に立っていた。強烈な日差しに目がくらむ。リジュワナはさっさと外壁近くから木陰に移動した。
「あれ…あれ? あ、ああ、こっちにいたんですね。はい、お久しぶりですー。」
校舎の通路から歩いてきた褐色の肌の少女が、木陰に立つリジュワナを見つけ、手を上げて笑う。リジュワナに見覚えは無いが、明らかにここの女子生徒だ。
「…サザア。何でも良いけど引き込み方が乱暴なのよ、地球人はサクコブ生命体と違ってひ弱なんだから、もうちょっと加減してくれない?」
頭をさすってみせながら、リジュワナはベンガル語で抗議した。

「え? まあまあ、良いじゃないですか、またこうやって話せる訳ですし。」
頭をかくサザア。リジュワナはため息をつく。
「まあ、動くと暑そうだし、取りあえずここに座りましょう。」
リジュワナは木の根元近くに腰を下ろし、幹に寄りかかるように座った。すぐ隣に座るサザア。
「ねー。またこうやって会えましたね。」
「そうね。…相変わらず明るいわね、あなたは。」
「えっ、そうですか? もし私が極端に明るすぎるとしたら、多分キャラクターを作る上でパラメーターにちょっと異常があるんだと思うんですけど。…えっと、コミュニケーションに支障をきたす位に変ですかね?」
「いいえ…別に。私の普段の同僚よりはよっぽど会話しやすいわ。」
肩を上げるリジュワナ。サザアは嬉しそうに頷いた。
「そうですか!」
「ええ。…それにしてもあなた達は、風景を作るのは上手いのね。」
リジュワナは低木越しに、建物の通路を行き交う生徒達を眺める。その見た目や雰囲気は、どう見ても現実のシャヒッド高校の生徒達だ。
「あ、そうですか? あはは、誉められちゃいましたねえ。」
楽しそうに声を上げるサザア。
「…今日は、今日も、色々話したい事はあるのよ。サザア、今日はどれ位あなたと話せる?」
「んーっと…」
サザアは考え込み、自分の腕時計を見る。それを覗き込むリジュワナ。
よく見ると彼女の腕時計は針が一つだけのタイマーで、上の「0」に向かい針がゆっくり右回りに回転している。その針の、今指している数字は「4」だ。
「後、こんぐらいあるみたいですよ。」
答えるサザア。
「後4分?」
「ええ。」
「そう。…まず、言う事として、最近私達の環境が変わったの。あなた達も気付いているかもしれないけど…」
「あ、はい。クザラル人と仲悪くなってますよね。良いですよ、その調子でもっと頑張って下さい!」
「ええ。…まあ、正確には一部のクザラル人なんだけど…」
「やっぱあいつら最悪ですよねえ。」
サザアは笑いながら首を振る。リジュワナは軽く眉を上げ、首を傾けた。
「…まあ、あなた達とどっこいどっこいなのは最近痛感しているわ。ただ、私達はとても弱いから、クザラル人と仲が悪くなると、それはそれで色々と大変なのよ。」
「…」
サザアはぽかんとした様子でリジュワナの顔を見ている。
「それで相談なんだけど、…まあ、これは私の考えで、他の人はまだ私と同じ考えではないのだけど…私はね、サザア。私達とサクコブで、同盟を組めないかと思っているんだけど。」
「え? あはは、またまたリジュワナさんご冗談をー。」
笑いながらリジュワナの肩をつつくサザア。リジュワナは真面目な表情でサザアを見返した。
「…え、マジ?」
「もちろん。クザラル人は悪い奴等だって教えてくれたのはあなた達だし、そのクザラル人と今あなた達は仲が悪いんでしょう。それなら敵の敵は味方、お互い共闘を組もうとは思わない?」
「え、っと…」
サザアはリジュワナの言葉に眉を上げる。
「今日だってこうやって、クザラル人が操るサクコブから助けてくれたわよね。サクコブにも、私達を助ける意思があるんだと思ったけど?」
「あー、いや、それはリジュワナさん達と話しを続けたいと思ったからってだけなんですけどねー…」
頭をかき、サザアが苦笑する。
「共闘と言うのなら、まず君達が私達に何が出来るか、それを教えて欲しいものですね。」
頭上の声にリジュワナは顔を上げた。
「…先生。」
リジュワナの前に、バングラデシュ人の40代の女性が立っている。サザアは立ち上がると、笑顔でその女性を手で指し示した。
「こちらは、第280部隊副官のゴババ・テクチャ少佐です!」
「は…初めまして。」
やや呆けた顔で、立ち上がり、手を差し出すリジュワナ。女性は手をとり、リジュワナと握手をかわした。
「初めまして、よろしく。」
女性は威厳のある様子でリジュワナに目を向ける。
「さっそくですが…共闘と言いますが、サクコブから見て地球の人は…失礼ですが、同盟を組むような魅力には欠けるのではありませんか。」
「そうでしょうか。…あなた達サクコブが非常に強いのは分かっていますけど、今地球で、本来の力を発揮出来ていますか? 率直に言いますが、私達は地球では、魔力であなた方に負けた回数より勝った回数の方が多いのですよ。でなければ、今こうして私はあなたと会話もしていなかったはずです。」
負けずに視線を返すリジュワナ。女性はやや不快そうに眉を上げ、口を開く。
「それはひとえに、地球まで到達出来る私達の数が少ないからですよ。クザラル星に比べ、ここは圧倒的に遠いのです。しかもここはクザラル星域の向こう側ですから、そこを通過しないと辿り着けない。」
女性はそこで、自分の言葉に満足そうに頷く。
「ですが、もうすぐ私達もそれを克服し、ここにクザラルに送っているのと同様の大艦隊を派遣出来るようになるはずです。」
「そういった手をわずらわせるには及びません。私達は本来、サクコブとクザラル人の争いには無関係だったのですから。あなた達が私達を襲ってきたのは、私達が第二のクザラル人になるのではないかと危惧したからでしょう。ですが今私は、私達はクザラル人を敵として、あなた達と共に戦う事が出来ると言っているのです。そちらの方があなた達にとっても利益になるのではないですか?」
「今言ったように、あなた達は決して強くはないし、活動する場所も地球に限られているではないですか。それでは私達の利益になるとは言いがたいですね。」
「よく、考えてください。決して強くないと言い切るほど、あなた達は私達の事を知っているのでしょうか。確かに魔術を持つ者は多くありませんし、技術もあなた達程は進んではいませんが、地球人には一つ、大きな強みがあります。…クザラル人に似ているという事です。」
「…」
女性はリジュワナの言葉に、黙って考え込む。二人の様子をぼけっとした顔で眺めているサザア。
「あなた達の体は大きく、非常に頑丈だと思いますが、クザラル人と戦うには、少し大きすぎる事があるのです。例えば多くのクザラル人にまぎれて作戦行動をする時、地球人なら簡単ですがサクコブには難しいでしょう?」
「…」
「まだあります。他にも…」
「よろしい。」
女性はリジュワナの言葉を遮った。
「確かにあなたの言葉にも、考えさせられる部分は認められます。お互い、もう少しゆっくり話し合ってみた方が良いのかもしれませんね。」
「え、ええ…でも、時間は大丈夫なんですか?」
サザアはリジュワナの言葉に、ふと自分の「腕時計」を見た。
「あれ? もう4分立ってますよ!」
「あ…」
リジュワナが周囲の景色を見る。この前と同じように、景色が徐々に揺らぎ、歪んでいく。
「それじゃあ、話し合うって…また今度という意味ですか?」
「いいえ、今ですよ。今からさっそく行きましょう。構いませんよね?」
「え、でも…え…?」
答える女性が既にぐにゃぐにゃに歪んでいく。やがて全ての景色が白い光に包まれ、その光以外何も見えなくなった。


路地に立つ小英とアリーザは、空を飛ぶサクコブ生命体に懸命に攻撃弾を撃っていた。
<かあっ、全くデカい体の癖にすばしっこいっ!>
<ホクさん以外は、攻撃するつもりがないんでしょうか…>
生命体は彼女達に攻撃を返さず、防御膜を張りつつぐるぐると彼等の上を周回している。
生命体はふいに動きを止めると、急に防御の光を消失した。
<あ、蔡さん、今です!>
<うん! ヒア・エンティフ!>
シュウウウウウウウウウンズバアアアアアアアアアアアアン!!
<あっ!>
生命体から光の裂け目が発生し、そのまま光に包まれて生命体は姿を消す。
その爆風が、バラバラになって道に落下した方の生命体の破片を、かさかさと吹き動かした。
<…ふう。>
<ま、私がちょっと本気でやればこんなもんだ。>
<…本気でやって取り逃がすというのはそれほど大きい自慢にはならないと思いますが…>
小英を見るアリーザ。アリーザは、道の脇で寝かされているリジュワナと、その横に立つシユマの方に目を向ける。
<…シユマさん、ホクさんの方はどうですか?>
<それが…>


「はぁ、はぁ…」
四つんばいのような格好で道に座り込んだまま、呼吸を落ち着かせた宏子は、空の生命体が瞬間移動していく様子を眺めていた。
「…」
「…」
自分の頭を撫でる手に気付き、宏子は振り向いた。
「…ありがとう。」
道に尻餅をついたような形で座っている真紀子が、宏子を、慈しむような表情で見つめていた。
「あ…うん…でも、お母さん大丈夫?」
「大丈夫、私は全然。…あなたこそ、大変だったでしょ? 顔も随分汚しちゃって。可愛いお顔がだいなし…ほら、これでちょっと拭かないと。」
真紀子は胸ポケットからハンカチを取り出し、宏子に手渡す。
「う、うん…」
宏子は頷き、手を地面から離し、座ったまま自分の顔をハンカチで軽くぬぐった。
「…でも、お母さんはちょっと酷いかな。これでも私、一応独身だし。」
宏子は真紀子の言葉に息を飲み、顔を上げた。
「まあ、佐藤さん位の子供がいても全然おかしくない年齢のおばさんだけどね。」
笑う真紀子。
「あ…は…あ……いえ…」
宏子は顔を落とした。
「でも、佐藤さんみたいな子供がいたら、親御さんもさぞ鼻が高いんでしょうね。羨ましいわ。」
「…」
宏子は何かを答えようとするが、うまく言葉にならない。
「あくっ…うっ…うっ、ううっ…」
宏子は地面を見つめたまま、ぼろぼろと涙を落とした。
「あ、え…? な、何か悪い事、言った…かし、ら?」
慌てた様子で聞く真紀子。宏子は首を振る。
「な…何でも…ない、です…何でもない…大丈夫だから…大丈夫、ですから…」
「…」
「…っ」
真紀子は座ったまま、宏子を自分の胸元に抱き寄せた。再び息を飲む宏子。
「…大変なんでしょうね…まだ若いのに、こんな辛い目に会うんだものね。…しかも、こんな見ず知らずの人を助けるために…」
「…」
宏子は声は収まった。だが、涙は次から次へと溢れてくる。目を閉じる宏子。
「……お母さんに…よく似てるんです…だから、…つい…」
「…」
真紀子は答えず、抱きしめる腕の力だけをより強くした。
「…驚、かせちゃって、すいません…」
「良いのよ。本当はちょっと、嬉しかったから。佐藤さんみたいな可愛い子に、お母さんって呼んでもらって。」
「私、お母さん、…私のお母さん、大好きだから。口ではそんな事、絶対言わないですけど、でも、大好きだったから…だから、…つい、…びっくりして。…私、……私…」
「…良いのよ、無理に喋らなくて。」
「……すいません…」
真紀子の胸に顔をうずめたまま、宏子は肩を揺らせた。


<…>
ゆっくりと、人影が二人に近づく。
真紀子は人影に気付き、視線を返した。
「Ah...」
「…佐藤さん。」
「え?」
真紀子が声をかける。顔を上げる宏子。宏子は人影に気付き、後ろを振り返る。
<あ、アリーザ…ん、何…?>
顔中を真赤に腫らした宏子を前に、バツの悪そうな顔でアリーザが頭を下げる。
<…本当にすいません。…私も出来るだけ、お邪魔はしたくなかったんですが、どうしても、お伝えしたい事があって…>
<うん、良いよ。…何?>
急に自分の顔が恥かしくなったのか、まだ手に持っていたハンカチで両目の涙をぬぐいながら宏子が聞く。
<実は…ホクさんの、意識が戻らないんです。>
<え…>

道を歩き、リジュワナの寝かされている場所に宏子がやってくる。シユマに目を向ける宏子。
<あ、宏子…。>
シユマと小英が、不安そうにリジュワナの横にひざまづいていた。
<戻らないって、どういう事?>
<そのまんま、そういう事…私も医者じゃないけど、戦場での簡単な応急処置みたいのはちょっと習った事があるんだけど…多分症状としては、非常に強い系魔法を受けた時のショック症状なんだ、とは思うんだけど…>
<気絶、って事?>
<気絶の定義によるけどね。非魔術疾患によるいわゆる「気絶」とは別物だよ。腕端末でスキャンする限り、脈拍や体温には問題無いもん。大体気絶してる人間は…少なくともクザラル人の場合だったら、こんな穏やかな顔で倒れてなんかないよ。>
リジュワナの瞼に手を置くシユマ。目を開かされたリジュワナはごく普通の顔つきで、一点を見たまま静かに呼吸をしている。
宏子は眉を上げた。
<…あの、さ、この前さ、私とリジュワナがサクコブと会話をしてた時って、多分私達の体は実際にはこんな感じになってたと思うんだ。だから今、会話をしてるんじゃないかな?>
<その時は、どの位この状態だったんですか?>
アリーザの質問に、宏子は考え込む。
<えっと…この時空では、一瞬かゼロ、かな…>
<…>
アリーザが無言で息をつく。
<…で、でも、サクコブとの会話が終われば戻ってくるんじゃないかな?>
<会話と言いますが…サクコブは、もうどこかへ消えてしまっているんですが…>
<ん…>
空を見上げ、宏子が眉を寄せる。
<シ、シユマ、何とかならないの? だって、リジュワナ、普通に息、してるじゃん。>
シユマは宏子を見ると、申し訳無さそうに首を上げた。
<詳しくは医者に精密検査してもらわないとだけど、多分この症状だと、治療のしようが無いと思うんだ。ある日突然意識が戻る事もあれば、十年後急に戻る事もあるし、あるいは…一生…>
<じょ…冗談でしょ。>
空を眺めたまま、寝転んで動かないリジュワナ。宏子は彼女のもとに膝まずき、顔を寄せる。
<だ、だって、こんなに普通に息してるじゃん! 起きてるじゃん! ねえ、リジュワナ、起きてよ! ねえ、リジュワナ! リジュワナあ! リジュワナったら!>
宏子がリジュワナの肩を揺らす。アリーザが近づき、宏子を軽く押さえた。
<佐藤さん。>
宏子はうつむき、何度も首を振る。
<嘘、だよ…こんなの嘘だよ…こんなの嘘! …こんなの…嘘…だよ…嘘だよおおおおおおっ!!>

続く



Written by FML (AKA Franken).
Ver. 1.00 on 2002/10/23.

<そうか…ありそうありそうとは思っていたが、まさか本当にそうだったとは…>
<どうされました?>
<うわあ、びっくり。地球とクザラルの、文化の違いを思い知らされた感じだよね…>
<はあ…何の話でしょう。>
<地球と一くくりにするのはやめてくれないか。せいぜいこれはアメリカの文化であって、少なくとも中国の文化とは全く違う。>
<と言うと…つまり、私の事を話されているんですか?>
<そりゃあ、一般的なアメリカ人に失礼だと思うよ小英。これはあくまでもアリーザだからであって、私達の年齢じゃやっぱ珍しいでしょ。アメリカ人でもね。>
<あの…私がどうかしたんでしょうか?>
<隠し子、いるんでしょ?>
<…は?>
<だって次回、魔法少女佐藤第15話のタイトルは「魔法少女がお母さん」、だよ。こんなの、あんた以外考えられないじゃん。>
<……あの、です、ね…>
<良いって良いって、そんな無理して隠さなくても。確かに人間、過去には色々な秘密とか歴史があるもんだよね。でも今のアリーザは良い奴なんだから。私は応援するよ。それで、男の子なの? 女の子なの? まさかもう小学生、なんて事はないよね?>
<な、い、いい加減にして下さい! 大体、私は遊び人ぶっているだけで本当はまだ処女なんですよ、それで一体どうやって赤ん坊を妊娠するって言うんですかっ!>
<…へ?>
<…、……あ、あ…>
<…>
<…>



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