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ステッキを持った宏子達は、停車中のバンに乗って外を見ていた。
<この前から真紀子さんは、ここのカルチャーセンターで講師助手を務めてるの。こっちでは、というか、これからの名前は田島愛美さんだからね、念の為言っとくけど。>
頷く一同。
<今までのデータだとサクコブ生命体は田島さんが一人で外にいる時に現れてるんだ。朝の時もあるし夕方の時もあるんだけど、全部通勤時間中なんだよね。今日はこの後、午後6時35分位に多分あそこから出てくると思う。>
リジュワナは車のガラス越しに、角の向こうのビルを眺める。
<真紀子さん…田島さん?がよね。サクコブは都合良く出てくるのかしら。>
<出て…くるような気が、とてもします。>
リジュワナはアリーザの、いつになく深刻な雰囲気の念に顔を向けた。
<…それはただの勘?>
アリーザは瞳を開きリジュワナを見る。
<ずっと…引っかかっていた事なんですが、確信が持ててきました。これはサクコブじゃない。やっぱり魔法協会ですよ。彼等が罠を張っているんです。>
<どうして分かるの?>
<今日の午前ホクさんが言っていたじゃないですか。私達は隠れているから、魔法協会は簡単に見つけられない、そしてそれはサクコブも同じ事だ。>
<ええ…確か言ったわね。>
<こうも言ったはずです。真紀子さんは魔力のある魔法少女じゃない。…という事は、つまり、サクコブ、魔法協会共に真紀子さんも見つけられるはずが無いんですよ。>
<そう言えば…>
<でも、現に「モンスター」がここに来てるのは事実だよ…?>
助手席に座っているシユマが後ろを向いて念じる。頷くアリーザ。
<その通りです。でも、普通に考えれば、真紀子さんが今この街に住んでいるという事を彼等が知る事は出来ないんです。…そして、逆にその事を今知っているのは私達とHNKの皆さんだけなんです。>
<…え?>
眉をひそめるシユマ。
<ですから、HNK、あるいは私達の中に一人内通者がいて、その方が情報を漏らしたという事になります。漏らす相手は…ホクさんや佐藤さんが内通者だったという場合は多少微妙になりますが、それ以外の場合ならほぼ間違いなく魔法協会に、でしょう。サクコブとそういった交渉をするのは相当骨が折れそうですから。>
<そ、そんな…>
呟くシユマ。リジュワナは、アリーザの念に感心したように頷く。
<そうね…そして付け加えるなら、私達魔法少女の内の一人が内通者というのは、可能性がゼロとは言わないけど余り高くはないわ。だって、それなら一々真紀子さんを巻き込んで宏子の心証を悪くしなくても、HNK地球支部の近場の公園なりまでちょっと皆を誘いだして、そこをHYI会員に待ち伏せしておいてもらえばすむ事なんだから。>
シユマが首を上に上げた。
<そんな…でも、HNKだってそんな事する奴いないよ! こんなお金のない組織に好き好んで居るんだから、逆にお金で動いたりする奴等なんかいないし、それに皆正義を愛しているからここに来ているんだから!
間違っても、魔法協会みたいな連中に協力する奴がいると思う?>
<でもシユマ、洗脳モニクとか魔法協会だって、信じているのはあいつらの正義なんだぞ。>
<それは嘘の上に成り立ってるまがいものの正義でしょ! 私達だって何にも間違いをおかしていないなんて言わないけど、あんまりあいつらと一緒にはしてほしくないなあ。>
小英に反論するシユマ。
<何故春日部ではなかったのかも今なら分かりますよね。フェヨールさんは今、彼等の手の中にある貴重な人材ですから、モンスターを使って彼女を襲う訳にもいきませんし。>
<…ちょっと待って。だったらさ、モニクを使って私達を呼べばすむ事じゃん。今ならともかく、あのスピーチの前だったら皆それで来てたでしょ?>
アリーザは、宏子の念に難しい表情になった。
<…それは確かにそうですね。…何故そうしなかったんでしょうか?>
<皆。>
リジュワナの念に、全員が窓に目を向けた。ビルの出口から、スーツ姿の真紀子が歩き出している。
<今のところ、いつも通りのルートを帰ってるみたいだね…じゃあ、皆ついて行く?>
<…>
目を合わせる魔法少女達。宏子が頷く。
<…そう。…私はやっぱりやめといた方が良いと思うけど。…まあ、皆そうするつもりなら仕方が無いね。>
軽く息をつくと、シユマはバンのスライドドアを開けた。イハッジャを片手に車を降り、道を歩き出すシユマ。リジュワナが彼女を見た。
<…あなたは別に来なくても良いのよ?>
<ここまで来たんだから付き合うって。皆、行くよ。>
身をひそめるようにして細い道を歩きながら、バンの方にジェスチャーを送るシユマ。彼女達は頷きあうと、車を降りてシユマの後に続いた。
<…あんた達全員、系の魔法を使っているんじゃないのか?>
小英が周りを見上げてそう念じた。
細い路地を、真紀子がしっかりとした歩調で歩いている。その十数メートル後ろを、ぞろぞろとステッキを持った集団がついていっていた。
<…あんたも使ってるでしょ。>
<私は最初から使うと言っていた。でもあんたは使わないんじゃなかったのか?>
<…気が変わったの。>
宏子は小英から目をそらす。
<へえ。我がリーダーも随分弱気になったことで。>
<…>
無言で視線を返す宏子。リジュワナが小英をたしなめる。
<これだけバラバラの人達が集まっているんだから使わなかったら困るでしょう。しかも今回は魔法協会がいるかもしれないんだから。>
<あんたも大体、毎回宏子の肩持つんだよな。まあ、仲が麗しいのは美しいけどな。>
<小英、私はただ…>
<皆さん、議論もとても楽しい事ですが、今はしばらく我慢して、後で思いきっりやりませんか?>
<…そうね。>
リジュワナはため息をついた。
<…>
先頭を歩くシユマが、ふいに立ち止まる。次の瞬間、空のある一点が唐突に光を放ちだした。
シュウウウウウウウウウウウンズバアアアアアアアアアアアアン!
<…系の魔法はそろそろ解除しても良い頃かと。>
<しなきゃ戦闘出来ないだろ…>
アリーザに念じる小英。サクコブ生命体が光の中から現れ、住宅街の空を浮遊していた。
「え? きゃああああああああっ!」
後ろを振り向き、走り出す真紀子。生命体はそれを追い、軽く攻撃弾を真紀子に向けて放ちだす。
ブズズ、ズブズブブブズ…。
「お母さんっ!」
宏子は全速力で前に走り出した。
<あっ、宏子!>
宏子の肩を押さえようとしたリジュワナはそれを宏子にかわされる。駆けていく宏子を見て舌打ちをするリジュワナ。
<まったく……気律の力を、我の頭上に。>
道をやや歩き、リジュワナはステッキを構えた。紫色の光が先端の投影石から放たれる。
<フィア・ディシュ!>
シュウウウン、ブシュウッ。ブシュウッ。
ブズズズズ…。
リジュワナのステッキから、2、3度攻撃弾が放たれた。弱い力のそれらは生命体にかすりもしないが、生命体は動きを止め、その体をリジュワナの方に向けた。
路地の真中で座り込んでいた真紀子に宏子が駆け寄る。
「お母さん、大丈夫、お母さんっ!」
真紀子の肩に手をかけて揺らす宏子。怯えた表情で振り向く真紀子。
真紀子はしばらく宏子を見てから、やがてその表情を驚きのそれに変えた。
「あなた、魔法少女の佐藤さんでしょ? …助けに来てくれたの?」
「お母…さん…」
シュウウウウウン、ブシュブシュブシュウッ。
「あっ…ヒア・エンティフ!」
生命体から攻撃弾が連続して発射される。真紀子をかばう格好の宏子は、ステッキから光を放つ。強力な赤い光の防御膜が二人の周囲を覆い攻撃弾を吸収していく。
ブシュウッ、ブシュウッ、ブシュウッ…。
攻撃弾を何度も放っているシユマ達の横で、リジュワナはステッキを体の前に構えて両目を閉じた。
<気律の力を我の頭上に…ザナ・キュディヌ・ヒオ。>
光と共にゆっくりと体を浮き上がらせていくリジュワナ。
<ホクさん…空の魔法は苦手でしょう、余り無理はしないでください。>
<しょうがないでしょう、得意な二人の内一人は敵でもう一人は座り込んでるんだから。止める暇があったら援護して。>
生命体は空中に静止して防御膜を張りながら、顔と思われる部分を器用に動かし、浮き上がるリジュワナをじっと観察している。
ブズズズ…。
生命体は羽を動かし、リジュワナの方向に突進しだした。
<…ホクさん!>
<フィア・ディシュ!>
素早くよけながら、至近距離で生命体に攻撃弾を撃つリジュワナ。しかしそれはかわされる。
<…フィア・ディシュ!>
シュウウウウン…。
<くっ>
アリーザは道に立ったまま光の弾を放つ。それとほぼ同時に、逆に生命体から攻撃弾を受け、彼女は急いで自分達の周囲を防御した。
<手強い…宏子がまともに動いてくれなきゃ勝てないぞ…>
<佐藤さんに無理を言わないで下さい。>
顔を向け、小英に宏子の方を指すアリーザ。うずくまったまま動けない宏子と真紀子の上に、モンスターが雨のように攻撃弾を降らせ続けている。
<あ、あんな量…だって飛んでるし、こっちにも攻撃してるのに…>
<ねえ、サクコブっていつからこんなに無敵になったの?>
攻撃弾を撃ちながらシユマが念じる。
<だからこれはサクコブではありません。>
ブズズ、ブズズズ…。
生命体が、笑うように破擦音を立てる。それを睨みつけるリジュワナ。
シュウウウウン…。
<…っ>
生命体は同時に宏子達の方にも雨を降らせ続けたまま、再びリジュワナに向かい、連続で攻撃弾を放つ。防御膜を張るリジュワナ。
生命体はその防御の光の球を押すように、干渉弾を発射してきた。
<くっ…!>
ふいをつかれ、空中のリジュワナはバランスを崩す。
<ホクさん!>
アリーザが鋭い念を伝える。落下するリジュワナ。
ブシュウッ、ブシュウッ。
落ちてくるリジュワナとコンクリートの地面の間に、アリーザは数度干渉弾を撃った。トランポリンのように体をはねさせながら、リジュワナは何とか無事に着地する。
<ちょっと腰にきたけど…助かったわ。>
<皆、上!>
ブシュブシュブシュブシュ…。
<ちっ>
リジュワナがステッキをかざす。光の膜が素早く四人を覆い、生命体からの攻撃弾を遮断した。
ブシュブシュブシュ…。
空を我が物顔に周回する生命体から、紫色の光の膜の上に間断無く攻撃弾が注がれる。
<これじゃ、動きが取れないわね…>
荒い息をつきながら、リジュワナは数メートル離れたアリーザ達の所にやってきた。
<ホクさんももうそろそろ魔力が辛くありませんか。この防御魔法は後どれくらい持ちます?>
<3分…2分位かしらね。つまり後1分位で私が死にかけるっていう意味だけど。>
ステッキを前に構え、苦しげに中腰になりながらリジュワナが念じる。
<代われるなら代わりたいんですが、私の魔力ではホクさんが死んだ後を引き継いでも1分、ですか。>
<その後私で30秒…>
呟く小英。
<このままじゃどうしようもないじゃん。リジュワナ、何とか一瞬解除して反撃をしないと…>
<…一瞬の解除で、充分命取りでしょ…>
呼吸をするのがやっとという様相のリジュワナが、シユマに首を振ってみせる。
<だけど、このままこうしていても後数分で…>
<…>
アリーザが澄ました表情を少しだけしかめて、道の十数メートル向こうを見つめた。
<こっちが後数分なら、ずっとその数倍の勢いで攻撃弾を受け続けているあっちは後どれくらいでしょうね…>
ブシュブシュブシュブシュブシュ…。
まるで水溜りに落ちる大粒の雨のように、次から次へと攻撃弾が降ってくる。徐々に宏子と真紀子を包んでいる赤い光の球は小さくなり、その光の輝きも弱くなってきている。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
口を開き続け、汗と、涙と、唾液のいりまじった物を顎からぽたぽたとたらしながら、道に座り込んでいる宏子は片手でステッキをかざし続ける。
「…佐藤さん、もう、良いから…」
同じように座り込んでいた真紀子が顔を上げ、宏子の背中に手をかけた。
「私は良いから、そうしないとあなたまで危ないんでしょう?」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
汗をとばしながら、何度も首を振る宏子。宏子の呼吸は荒さを増す。
「…」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
うつむいたままの宏子の瞼が、徐々に徐々に下がっていく。それと呼応するように、ステッキの先の光が、徐々に輝きを失っていく。
ブシュブシュブシュブシュ…。
生命体からの攻撃弾は一向にやむ気配が無い。
「はぁ、はぁ…はぁ、はぁ……はぁ、……はぁ…」
宏子は、ついに自分の瞼を完全に閉じた。
シュウウウウウウウウウンズバアアアアアアアアアアアアアアアン!
それと同時に空中の一点から、青い光が差し込み爆風が起きた。
<え?>
<…>
地面を見ながらも、何かを察知するリジュワナ。アリーザが空を見上げる。
今までとは別の、二体目のサクコブ生命体が空中に現れていた。
ブズズ…。
ガキャンッ!
生命体はそのまま今まで攻撃をしていた生命体に突進し、体当たりをする。鎧と鎧がぶつかり合い、甲高い金属音を上げた。
ブズズ…。
突然の事に反応出来ないのか、ぶつかられた生命体は魔法少女達への攻撃弾を止める。生命体は、二体目に押されたまま空中を移動していく。
<こんな事…あるの?>
呟くシユマ。
ブズズ、ブズズズ…。
二体目の生命体は急停止する。押されていた方の生命体が体勢を立て直そうともがく中、急停止した方は強力な攻撃弾を相手にあびせた。
ブズズズ、ブズズズズズ…。
ボンッ。
もがく生命体。襲われた生命体の上半身が光の球に飲み込まれ、次の瞬間消滅する。
ブズ、ブズズ…。
ガシャンッ、ガシャン! ガシャンガシャン…。
生命体の下半身は墜落する。道沿いの民家のスレート屋根に激突したそれは、そのまま屋根を転がり、宏子達よりやや先に進んだ道の上にばらばらになりながら落下した。
<…>
無言でただ目を見開かせているアリーザ。
ブズズ、ブズ…。
二体目の生命体はその巨体をひるがえすと、今度は突然、魔法少女達の後ろ側の路上に攻撃弾を連射した。
ブシュブシュ、ブシュウッ。
「うわあああっ!」
「ぐああああっ!」
彼女達の後ろに立っていた、通行人と思しき日本人の男女がもんどりうち、道に倒れこんだ。
<あっ…!?>
後ろを振り返り、驚く小英。小英はステッキを、生命体が回遊している空に構える。
<…フィア、>
<待って下さい。>
小英のステッキの先端部に手をかざし、アリーザが遮った。
<何で!>
<彼等をよく見てください。>
<え…>
日本人だったはずの被害者の男女が、徐々に違う姿形に見えてくる。瞬きをする小英。
やがて見れば見るほど、彼等二人はクザラル人の服を着ているように見えてきた。
<ずっと系の魔法で隠していたんでしょうが、今日、私達を静岡まで招待してくださったのはこの方々だったんでしょう。>
道に赤黒い染みを作りながら倒れているのは、青い肌のクザラル人男性と、茶色い肌のクザラル人女性だった。
<…ヤヤジュ!>
そしてシユマは息をのみ、倒れている男性の所に駆け寄った。
<ヤ、ヤヤジュ! あ、あなた…>
<…>
既に生気の無い目で、地面に顔をつけているベルーがシユマを見る。
<…ええ、そうですよ。話をもちかけたのは…僕です…>
<そ、そんな…何であなたが! ねえ、何で!>
<あなたは…部下を信用しすぎている。HNKだって軍隊でしょう、いつまでもそんな事では持ちませんよ…>
<何で! ねえ、何でって聞いてるの! 理由よ! あなただってコココ人でしょ!>
シユマがベルーの肩を揺らす。ベルーは笑った。
<でも、あなたはコココ人じゃないじゃないですか。>
<それは、そうだけど、>
<僕の友人は、ワデパラロにいた僕の友人は、和平推進派だったために、HNKにエウグの手先と見なされ、3年前に殺された…>
<…>
シユマは彼の念に息を飲んだ。
<HNKがコココ人を解放する…? 冗談じゃない。この17年間、彼等がしてきた事は、コココ人の住む土地に混乱と暴力を産むだけだったじゃないか…>
<違う…違う! 私達はゴニ教徒達の搾取から立ち上がるため、独立を勝ち取るために立ち上がったのよ!>
<…あなたは結局、エウグ人だから分からないんですよ…コココ人にとっては、平和に搾取されていた方がよっぽど幸せなんです…>
<違うっ!>
シユマが顔をゆがめる。
<…正義? 自分達が、手が汚れていない正義の味方だなんて、テロリスト集団が本気で信じる事じゃないでしょう…子供みたいな大人と、本物の子供しかいないんだから、…もう、HNKの破滅も、そう遠く…>
<…>
<…>
ベルーの目が、地面のある一点を向いたところでゆっくりその動きを止める。
<…>
<…>
シユマはしばらく、ベルーの顔を眺め続けていた。
<…>
シユマは手で彼の両瞼を閉じさせると、無言でゆっくり立ち上がった。
<…>
自分達の防御を解いて、大分呼吸の整ってきたリジュワナが、彼等の様子をじっと見ていた。
小英はリジュワナを見上げて念じた。
<…なあ、あのサクコブはどうするんだ?>
<…>
小英の念に空を見上げるリジュワナ。後から現れた生命体は彼女達の反応を待っているかのように、ずっとその上空を周回し続けている。
<向こうが攻撃してこないと、どうも攻撃しづらい雰囲気がありますね。>
<そうね…明らかに、こちらとコミュニケー>
シュウウウウンッ。
<えっ?>
ふいにサクコブが光を放った。その光線が、リジュワナの頭を射抜くように通過する。リジュワナは人形のように道路に倒れこむ。
<ホ、ホクさん!?>
珍しく心の底から驚いた表情で、アリーザはリジュワナの上半身を起こし彼女に呼びかけた。
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