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「はい。」
ドアのベルが鳴って、アリーザは顔を上げた。
アリーザはドアの方を見る。微かに首を傾げるアリーザ。
「…どうぞ? どなたですか。」
<…邪魔じゃないか?>
<いいえ。蔡さんでしたか。珍しいですね。>
<…>
ようやくドアが開き、ゆっくりと小英が顔を出した。
<どうしたんです?>
<実は…ちょっと話が…>
<ええ、それはそうでしょうけど、そうでなくて、何でそんなに遠慮がちなのかと思いまして。小英さんのような大胆不敵な方が。>
<…>
ドアを閉め、小英は部屋に入ってきた。アリーザは自分のすぐ隣の椅子を、小英の方に向けた。
<どうぞ。>
<うん。>
座る小英。
<何ていうか、邪魔してないかと思って。別に、それ以上の意味は無いんだが…。>
<…何となく分かりますよ。>
微笑むアリーザ。
<私の事だから、個室にいる間は、何かしら、人には見せられないような事をしているんじゃないか、という感じがしますしね。>
<そうだな。>
あっさり頷く小英。
<それに、あんたは人との共同行動は…基本的に好きじゃないだろ? 私と同じで。>
<お話するくらいは別に良いじゃないですか。ましてや、それが蔡さんのような愛らしい方だったら大歓迎ですよ。>
<そうか。…私はあんたは苦手なんだけどな。>
アリーザのはその念に、心底楽しそうな笑顔になった。
<なるほど。私に遠慮していた訳ではなくて、自分が嫌々接近遭遇されていた訳ですね、蔡さんは。>
<自分に似てる…ように思える人間は苦手だ。…自分自身、人から見て付き合いやすい人間とは思えないし…>
<そんな事はありませんよ。蔡さんは、とても可愛らしいですし、それに聡明ですし、>
<いや、良い。今日は別に私のコンプレックスを相談しにきた訳じゃない。>
大人びた表情で小英は左手を上げる。
<それは大変残念ですね…>
<…宏子が…昨日の晩、私達の部屋に来なかったんだ。>
無視して念じる小英。アリーザは小さく頷いた。
<ああ。…彼女を寝取られてしまった訳ですね。リジュワナさんに。>
<寝取られた…>
アリーザの表現に、小英の眉が上がった。小英は首を軽く振る。
<…まあ、夜「寝取られる」分には、いびきがなくなるだけ快適になるっていうもんなんだが。夜も昼もずっといないんだ。よっぽどリジュワナに惚れているらしくて。>
<…>
アリーザが息をつく。
<心配ですか?>
<…ああ、心配だ。私達の事がな。>
<…>
<認めたくはないが、彼女の無鉄砲な行動力で、私達はここまで動いてきた部分が大きいだろ。でも今の状況は、そんなに私達に有利な訳でもない。今彼女に立ち止まられたら、正直ちょっと困る部分がある。>
<そうですね。>
<ただ…分かる事は分かるんだ。彼女にとっては、リジュワナは親友だっだんだろう? それは、口でどう言ってるかは別としても。自分の親友がああいう事になって、翌日からすぐに仕事をしろって言われても、それは、そう簡単にはいかないだろう。それは私だって分かる。>
<…でも、蔡さんにとってはその態度は間違っている、そうでしょう。>
<…>
いつもの微笑みでアリーザは念じる。
<仮にお友達がこうなってしまっても、今のような時間の無い状況で、延々と落ち込み続けているのは良くない。蔡さんは、そう思われている訳ですね。>
<いや…そう思っているのは、アリーザだろ。私にとっては、そもそもリジュワナも、あんたや宏子も、別に友達じゃないんだから。>
<そうかもしれませんが、それでしたらフェヨールさんはどうです? 蔡さんにとって、特にフェヨールさんは大切な方だったんじゃないですか?>
<何でだよ。>
小英は眉を寄せ、アリーザを見た。
<あんな奴、全員の中で一番使えない魔法少女だったじゃないか。…それはまあ確かに時の魔法は上手い方だし、空の魔法もそれなりだが、基本的にコントロールが雑だった。しかも宏子みたいに、それをパワーでカバー出来るという事でもなかったんだし。>
<彼女の能力傾向を、よく御存知なんですね。>
<…何が言いたいんだ?>
<いえ別に。>
両手を上げるアリーザ。
<…>
<…ただ、不思議なだけなんですよ。何故あなたが彼女を好いているのか。>
「ぶっ。」<は、はあっ!?>
小英は思わず吹き出しつつ、立ち上がった。小柄な彼女の人形のような顔に、一瞬紅がさす。
<言うまでも無い事ですが、確かに彼女は愛すべき人物です。ただ、なぜ小英さんがことさら彼女を好いたのかは私には分からなかったので…>
<…悪いが、帰って良いか?>
<どうせでしたら、一応否定してから帰られた方が良いのではないかと。>
<…>
<…>
<…何で、そんな素っ頓狂な疑問を持つに至ったのかの理由を是非とも聞きたいな。>
椅子に座り直しながら小英は念じる。
<蔡さんの視線がそのように見えたので。フェヨールさんがいた時もそうですし、この間、ニュースでフェヨールさんが会見していた時もです。他の方々は佐藤さんを気遣っていましたが…確かに佐藤さんも大変悲しんでいたのですが、私には、それ以上に蔡さんが悲しんでいるように見えましたから。>
<そうか? それは確かに私も、全く悲しくない訳じゃない。同僚に裏切られれば。でも、個人的な思い入れなんかは別に彼女には何も無い。大体そんな友達付き合いなんて、私達の間には最初から何も無かったんだから。>
<…まあ、蔡さんが無いと言うなら、無かったのかもしれませんね。>
<そうだ。…あの時だって別に、私は普通の表情だったはずだ。>
<まあ…12歳の演技としては、あれは充分「普通の表情」だったのかもしれませんね。>
<…やっぱり私に帰ってほしいのか。適当に言いがかりをつけて。>
<…失礼しました。もうこの話題には触れません。>
アリーザは再び両手を上げた。
<はあ…少し理解出来る気がしますね。ジュチャさんが以前蔡さんの事を、佐藤さんとホクさんの中間のような性格と評したのが。>
<素直じゃないって言いたいのか? でも宏子とプオラギイックならともかく、私とフェヨールの間に繋がりなんか、本当に何一つ無いじゃないか。>
<ええ、ですからそこが不思議だと>
<帰るぞ。>
腰を上げかける小英。
<…失礼しました。>
<…そもそも、今の彼女は敵だ。私達にとっては、死んだら喜ぶべき相手じゃないか。>
<…>
不愉快そうに首を振る小英。アリーザはは彼女を眺め、それから少し視線を落とした。
<…本気でそう思われていますか?>
<ああ、もちろん。>
<…>
<…良いか? 話題を元に戻しても。>
小英はアリーザを見る。
<宏子は、しばらくの間は動けない。でも状況は私達を待ってはくれない。それだったら、私達で動くしかない。私はそれを話しに来たんだ。>
<はあ…つまり、私達で我等が「リーダー」を助けようと、そういう事ですか。>
<リーダーと呼ぶほどの人望があるかは別にしてもな。宏子がこの間言っていた言葉が気になったんだ。彼女は、地球人版のHNKのような組織を作るべきだ、と言っていた。>
<あ、ええ…それは私も聞きました。私も、そういった組織があるに越した事はないと思います。>
アリーザは頷く。
<私達はエウグ人の圧政に苦しむコココ人ではない訳で、いつまでもHNKのお世話になるというのも無理のあるお話ですから。>
<そうだ。それに関して…もう少し私達でも話をつめられないかな。>
<そうですね…とはいえ、高校生一人と小学生一人でつめられる内容というのも難しいのですが…>
アリーザは机に頬杖をつく。小英は頷いた。
<大体、組織、って簡単に言っても、実際にゼロから作るのはそう簡単じゃないだろうな、私達には。>
<ですね。宏子さんのお話を聞くと、イメージしている「組織」は結構大規模な、それこそHNK並みの物を考えられているようですが…いくら魔法があっても、さあ作るぞ、と言って一日で作れるような物とは違うような気がします。特に私達子供には。>
<だとすれば…誰かに力を貸してもらうしか無い。>
<そうですね。まあ…人員に関しては、要は現在のHYIの地球支配を嫌う地球人にコンタクトをとれば良い訳ですから、ネットで多少は募集出来るかもしれません。もしかすれば、どこかの団体とか、国とかからの資金援助も期待出来るかもしれませんね。>
<国? アメリカを嫌ってる国って言ったら、北朝鮮とかイラクとかリビアからか?>
<悪くありませんね。融資はどこからでも大歓迎です。>
アリーザは肩を上げる。
<ただ、上手くいけばの話であって、実際にそう簡単に上手くいくかは非常に疑問ですけど。>
<地球人版のHNKが欲しいんだったら…後、宇宙船もいるし、秘密基地もステッキも照射機もいるな。>
<そうですね…まあ、宇宙船はともかくとしても、HYIに対抗する事を考えればその他のものは必要になりますね。…でも、そういった物は、いかにお金があっても地球人では用意する事は出来ませんからね。>
<となると…結局、HNKに頼るしかないって事か。>
<もしかしたら将来HNKと対立する可能性だってゼロではないような独自の団体の創設を、HNKの方々にお願いするんですか? いくらコココ人が情に厚いと言っても、それは少し無理があるような…>
<じゃあ、メールをよこしてきたイラク人に頼むか? それともニューヨークへ行ってジュチャに頭をさげるか。白旗付きで。>
アリーザは鼻息と共に念じた。
<…シユマさんが、私達の聖人という訳ですね。>
<そうだな。>
<ええ。>
<…>
<…>
小英は、じっとアリーザのシャツの袖を見ている。赤の、体の線がかなり出ている小さめのサイズの長袖シャツだ。
<ええ。…どうされました?>
<いや…>
<ヴィヴィアン・ウエストウッドというブランドです。ただし中古ですけれど。高校生の私に似合わないのは自覚していますが、この光沢に思わず手が伸びてしまいまして。ただ、正直な所を言うと、最近少しお腹がきつく…>
<いや、服の事は良い。言われても私はよく分からない。>
<そうですか。>
<…>
小英は視線を何度か、彼女の腕に向ける。
<…>
<あの…>
<はい。>
<…いや、>
立ち上がる小英。
<蔡さん、無理に問いただすとは言いませんが…どうせなら、これからしばらくの間は、お互い隠し事は無しでいきませんか? 私達二人で仕事をする訳ですから。>
<…>
口を開き、そして小英は首を振る。
<別に、大した問題じゃないんだ。>
<でしたら、遠慮無く仰ってください。>
<…。そうだな。…答えたくなかったら良い。ただ…>
<何です?>
<…腕…>
小英はアリーザの顔を見た。
<腕?>
不思議そうに自分の腕を見るアリーザ。
<腕…傷があるだろ。>
<私ですか?>
<右腕だ。手首というよりは肘の近く、何だか、斜めに切ったような痕が二つ…この前見たんだ。…温泉に行った時、な。>
<…ああ、>
アリーザは頷き、その場でシャツから右腕だけを抜き、シャツを半分脱いだ状態で右腕の肌を出す。
<これの事ですか?>
赤い切り傷のような跡をみせるアリーザ。
<あ…ああ。>
目を丸くしながら、立っている小英が答える。
<もしかしてこれを、わざわざ気にかけて下さっていたんですか? 御心配には及びません。もう傷は、遥か大昔に完治していますから。>
笑うアリーザ。
<それは、そうなんだろうけど…>
<だけど、何ですか?>
小英は視線をそらした。
<それって…やっぱりそういう傷なんだろ。>
<そういう、と言いますと…?>
<それはだから…カミソリ、なんだろ?>
<カミソリ?>
アリーザは不思議そうな顔をみせる。
<…>
<…>
アリーザはふと息をすい、<ああ、ああああ>と何度も頷いた。
<分かりました。今分かりました。ああ、なるほど、そういう事ですね…>
アリーザは楽しそうに頷く。
<そういう事、って…>
<カミソリじゃなくて、ナイフです。>
<…>
<蔡さん。この傷はですね、小さい時に私が、リンゴの皮を剥こうとして一人でナイフを使って、それで誤ってつけてしまったものなんですよ。…ええ、その時はもう大変でした。後15分発見が遅れたら、出血多量で死んでいたと聞いています。…まあ、私自身にその時の記憶がある訳ではないんですけどね。>
<…>
小英はアリーザの顔を見る。
<ええ、ですから残念ながら、そういう事ではありません。…不思議ですね、我ながら。私だったら自殺の一度や二度三度、していておかしくなさそうなものですけど。>
<…そんなに何度も自殺は出来ないと思うけどな。>
小英は笑った。
<ごめん。こっちの勘違いだった。>
<良いんですよ。>
微笑むアリーザ。
<私を心配してくださった…いえ失礼、私まで戦力から外れたら困るので、少々気にかかっていた…そういう事ですよね?>
<あ、ああ、そうなんだ。>
<御心配無く。今のところは差し当たり、私に自殺の予定はありませんから。…大体、自殺したいんでしたら、ピストルをどこからか融通してそれを使います。刃物で死ぬなんて、痛そうで耐えられないじゃないですか。>
<そうか…。>
小英は頷き、歩きかけ、そして立ち止まった。
<…ちょっと待て、今何か聞き捨てならない事を念じなかったか?>
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