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<いらっ…>
念じかけて、ジュチャは相手の顔を見ると表情から笑みを消した。
「なんだ、あなたか。」
「申し訳ありません、期待を裏切ってしまって。」
ジュチャのデスクの前にやってきたソドゥが、軽く両手上げをしながら言う。
「気にするような間柄じゃないわねお互い。それで、用は?」
「フェヨール無資格魔術師の今日の予定です。」
「…」
気のない様子で、ジュチャは自分の机のスイッチを押す。目の前に、エウグ語のバーチャルディスプレイが表示された。
「今日も忙しいわね。本人はどう、昨日は私会えなかったけど、元気?」
「ええ、議員に会いたがっていましたよ。」
「そう。」
表情の少し和らぐジュチャ。彼女はふと耳を立てた。
「ソドゥ、聞くけど…まさか、彼女に変な事はしていないわよね?」
ソドゥは首を傾ける。
「変な事…と言いますと?」
「例えば、その…思考矯正の、系魔法にかけたりだとか…」
ジュチャの念に眉を上げるソドゥ。
「議員、私は魔力はありませんよ。」
「あなたが、じゃないわよ。私は協会総務部の事を言っているの。」
「はあ…ですが、私は国評の人間ですから魔法協会に詳しくはありません。逆に議員、議員が、魔法協会を内部から観察するというお立場なのでは?」
「分かってるわよ、自分の職業が何かくらい。だけど、あなただってこうやって毎日彼等…ああ、失礼、私達、と働いていれば、充分今まで観察出来ている訳でしょう。そのあなたの見解としては、「私達」がそういう事をしているという可能性はないのか、と聞いているのよ。」
「私の知る限りでは、無いと思いますが…仮にも地球同胞との友好を目標としている魔法協会が、そのような非人道的な事を、フェヨール魔術師にするとは信じられません。議員は、そうは思われていないのですか?」
「ううん、ただ聞いてみただけよ。…そうよね。協会がそんな事をするなんて、有り得ないわよね。」
「そう思いますが。」
ジュチャは口を閉じ、ソドゥに頷いた。
「分かった。ありがとう、下がって良いわ。」
「…」
無言で軽く両手上げをするソドゥ。
「…ああ、議員、もう一つよろしいでしょうか。」
「何よ。」
振り返ったソドゥに、やや面倒そうにジュチャは答える。
「いえ、大した用ではないというか、ただの個人的な質問なのですが…フェヨール魔術師が、議員は何か、上司から恨みを買っているのではないか、と心配なさっていたのですが。」
「はあ? 私が?」
「ええ。…学生時代に、ブラフ・ブチェ大を主席で卒業したような輝かしい経歴の持ち主であるにも関わらず、ずっと地球担当の観察議員だというのは妙である、というようなお話をされていましたね。」
「何よそれ。…また、彼女らしい大きなお世話ね。」
ジュチャは笑う。
「まあ、正直に言えば、最初「地球に行け」って言われた時は私も引っかかる所が全く無いとは言えなかったけど。今は、この仕事の重要性が身にしみているわ。地球同胞との友好は、宇宙平和のために絶対に欠いてはならない要素だもの。」
「ええ。仰る通りですね。」
ジュチャは肘を机にのせて指を振る。
「それにねえ、ソドゥ。そもそも私は主席なんかじゃないわよ。それは同じゼミの別の学生がとったんだから。いつどこで「経歴詐称」が起きたのかは関係性のみぞ知る、といった所だけど?」
「そうでしたか。…それではその学生だった方は今は、何をやられているんですか?」
「え? …さあ。…もう何年も会ってないわ。何をしているかも…知らない。」
ジュチャは形の良い眉をひそめながら、ソドゥにそう答えた。


魔法少女佐藤

第15話「魔法少女がお母さん」


シユマはため息をつき、ベッド脇の椅子に座っている少女を眺める。
<宏子、今日もまた一日中、そこに座っている気?>
<…>
腕組みをして立っているシユマに、宏子は顔を上げる。
<…ううん、そのうち…部屋に戻るよ。>
<…悲しいのは分かるけど…ずっとそこに張り付いて、何もしていなかったら逆に悲しむと思うよ、彼女は。>
二人の視線は、機械に繋がれたままベッドに寝ているリジュワナに向けられた。
<分かってるよシユマ。ただ、もうしばらくだけ…この馬鹿の顔を見てたい…>
<…>
<美耶がさ。よく、何度も意識不明の重体になって、次の日にはけろっとしてる、みたいなのがあったから。何だかリジュワナも、今日明日にでも起きだしてきそうな気がして。…いや、変にそんな期待しちゃいけないっていうのはもちろん分かってるんだけどさ。でも、…こいつ、美耶よりはよっぽど意志とか固そうじゃん? だから、何となく……やっぱり、信じられなくて…こんな風に、寝ちゃってるのが…>
<ずっとそこにいるのは駄目だよ、宏子。>
シユマのテレパシーのトーンが、若干厳しいものになる。顔を上げる宏子。
<…でも、少しの間だけいる分には、彼女も寂しくなくて良いかもね。>
シユマは宏子に優しく微笑んだ。
<…>
口を開けたままの宏子を残し、シユマは病室から歩いて出て行く。
<…>
宏子は再び、ベッドで「寝て」いるリジュワナの顔に視線を向けた。


「はい。」
ドアのベルが鳴って、アリーザは顔を上げた。
アリーザはドアの方を見る。微かに首を傾げるアリーザ。
「…どうぞ? どなたですか。」
<…邪魔じゃないか?>
<いいえ。蔡さんでしたか。珍しいですね。>
<…>
ようやくドアが開き、ゆっくりと小英が顔を出した。
<どうしたんです?>
<実は…ちょっと話が…>
<ええ、それはそうでしょうけど、そうでなくて、何でそんなに遠慮がちなのかと思いまして。小英さんのような大胆不敵な方が。>
<…>
ドアを閉め、小英は部屋に入ってきた。アリーザは自分のすぐ隣の椅子を、小英の方に向けた。
<どうぞ。>
<うん。>
座る小英。
<何ていうか、邪魔してないかと思って。別に、それ以上の意味は無いんだが…。>
<…何となく分かりますよ。>
微笑むアリーザ。
<私の事だから、個室にいる間は、何かしら、人には見せられないような事をしているんじゃないか、という感じがしますしね。>
<そうだな。>
あっさり頷く小英。
<それに、あんたは人との共同行動は…基本的に好きじゃないだろ? 私と同じで。>
<お話するくらいは別に良いじゃないですか。ましてや、それが蔡さんのような愛らしい方だったら大歓迎ですよ。>
<そうか。…私はあんたは苦手なんだけどな。>
アリーザのはその念に、心底楽しそうな笑顔になった。
<なるほど。私に遠慮していた訳ではなくて、自分が嫌々接近遭遇されていた訳ですね、蔡さんは。>
<自分に似てる…ように思える人間は苦手だ。…自分自身、人から見て付き合いやすい人間とは思えないし…>
<そんな事はありませんよ。蔡さんは、とても可愛らしいですし、それに聡明ですし、>
<いや、良い。今日は別に私のコンプレックスを相談しにきた訳じゃない。>
大人びた表情で小英は左手を上げる。
<それは大変残念ですね…>
<…宏子が…昨日の晩、私達の部屋に来なかったんだ。>
無視して念じる小英。アリーザは小さく頷いた。
<ああ。…彼女を寝取られてしまった訳ですね。リジュワナさんに。>
<寝取られた…>
アリーザの表現に、小英の眉が上がった。小英は首を軽く振る。
<…まあ、夜「寝取られる」分には、いびきがなくなるだけ快適になるっていうもんなんだが。夜も昼もずっといないんだ。よっぽどリジュワナに惚れているらしくて。>
<…>
アリーザが息をつく。
<心配ですか?>
<…ああ、心配だ。私達の事がな。>
<…>
<認めたくはないが、彼女の無鉄砲な行動力で、私達はここまで動いてきた部分が大きいだろ。でも今の状況は、そんなに私達に有利な訳でもない。今彼女に立ち止まられたら、正直ちょっと困る部分がある。>
<そうですね。>
<ただ…分かる事は分かるんだ。彼女にとっては、リジュワナは親友だっだんだろう? それは、口でどう言ってるかは別としても。自分の親友がああいう事になって、翌日からすぐに仕事をしろって言われても、それは、そう簡単にはいかないだろう。それは私だって分かる。>
<…でも、蔡さんにとってはその態度は間違っている、そうでしょう。>
<…>
いつもの微笑みでアリーザは念じる。
<仮にお友達がこうなってしまっても、今のような時間の無い状況で、延々と落ち込み続けているのは良くない。蔡さんは、そう思われている訳ですね。>
<いや…そう思っているのは、アリーザだろ。私にとっては、そもそもリジュワナも、あんたや宏子も、別に友達じゃないんだから。>

<そうかもしれませんが、それでしたらフェヨールさんはどうです? 蔡さんにとって、特にフェヨールさんは大切な方だったんじゃないですか?>
<何でだよ。>
小英は眉を寄せ、アリーザを見た。
<あんな奴、全員の中で一番使えない魔法少女だったじゃないか。…それはまあ確かに時の魔法は上手い方だし、空の魔法もそれなりだが、基本的にコントロールが雑だった。しかも宏子みたいに、それをパワーでカバー出来るという事でもなかったんだし。>
<彼女の能力傾向を、よく御存知なんですね。>
<…何が言いたいんだ?>
<いえ別に。>
両手を上げるアリーザ。
<…>
<…ただ、不思議なだけなんですよ。何故あなたが彼女を好いているのか。>
「ぶっ。」<は、はあっ!?>
小英は思わず吹き出しつつ、立ち上がった。小柄な彼女の人形のような顔に、一瞬紅がさす。
<言うまでも無い事ですが、確かに彼女は愛すべき人物です。ただ、なぜ小英さんがことさら彼女を好いたのかは私には分からなかったので…>
<…悪いが、帰って良いか?>
<どうせでしたら、一応否定してから帰られた方が良いのではないかと。>
<…>
<…>
<…何で、そんな素っ頓狂な疑問を持つに至ったのかの理由を是非とも聞きたいな。>
椅子に座り直しながら小英は念じる。
<蔡さんの視線がそのように見えたので。フェヨールさんがいた時もそうですし、この間、ニュースでフェヨールさんが会見していた時もです。他の方々は佐藤さんを気遣っていましたが…確かに佐藤さんも大変悲しんでいたのですが、私には、それ以上に蔡さんが悲しんでいるように見えましたから。>
<そうか? それは確かに私も、全く悲しくない訳じゃない。同僚に裏切られれば。でも、個人的な思い入れなんかは別に彼女には何も無い。大体そんな友達付き合いなんて、私達の間には最初から何も無かったんだから。>
<…まあ、蔡さんが無いと言うなら、無かったのかもしれませんね。>
<そうだ。…あの時だって別に、私は普通の表情だったはずだ。>
<まあ…12歳の演技としては、あれは充分「普通の表情」だったのかもしれませんね。>
<…やっぱり私に帰ってほしいのか。適当に言いがかりをつけて。>
<…失礼しました。もうこの話題には触れません。>
アリーザは再び両手を上げた。
<はあ…少し理解出来る気がしますね。ジュチャさんが以前蔡さんの事を、佐藤さんとホクさんの中間のような性格と評したのが。>
<素直じゃないって言いたいのか? でも宏子とプオラギイックならともかく、私とフェヨールの間に繋がりなんか、本当に何一つ無いじゃないか。>
<ええ、ですからそこが不思議だと>
<帰るぞ。>
腰を上げかける小英。
<…失礼しました。>
<…そもそも、今の彼女は敵だ。私達にとっては、死んだら喜ぶべき相手じゃないか。>
<…>
不愉快そうに首を振る小英。アリーザはは彼女を眺め、それから少し視線を落とした。
<…本気でそう思われていますか?>
<ああ、もちろん。>
<…>

<…良いか? 話題を元に戻しても。>
小英はアリーザを見る。
<宏子は、しばらくの間は動けない。でも状況は私達を待ってはくれない。それだったら、私達で動くしかない。私はそれを話しに来たんだ。>
<はあ…つまり、私達で我等が「リーダー」を助けようと、そういう事ですか。>
<リーダーと呼ぶほどの人望があるかは別にしてもな。宏子がこの間言っていた言葉が気になったんだ。彼女は、地球人版のHNKのような組織を作るべきだ、と言っていた。>
<あ、ええ…それは私も聞きました。私も、そういった組織があるに越した事はないと思います。>
アリーザは頷く。
<私達はエウグ人の圧政に苦しむコココ人ではない訳で、いつまでもHNKのお世話になるというのも無理のあるお話ですから。>
<そうだ。それに関して…もう少し私達でも話をつめられないかな。>
<そうですね…とはいえ、高校生一人と小学生一人でつめられる内容というのも難しいのですが…>
アリーザは机に頬杖をつく。小英は頷いた。
<大体、組織、って簡単に言っても、実際にゼロから作るのはそう簡単じゃないだろうな、私達には。>
<ですね。宏子さんのお話を聞くと、イメージしている「組織」は結構大規模な、それこそHNK並みの物を考えられているようですが…いくら魔法があっても、さあ作るぞ、と言って一日で作れるような物とは違うような気がします。特に私達子供には。>
<だとすれば…誰かに力を貸してもらうしか無い。>
<そうですね。まあ…人員に関しては、要は現在のHYIの地球支配を嫌う地球人にコンタクトをとれば良い訳ですから、ネットで多少は募集出来るかもしれません。もしかすれば、どこかの団体とか、国とかからの資金援助も期待出来るかもしれませんね。>
<国? アメリカを嫌ってる国って言ったら、北朝鮮とかイラクとかリビアからか?>
<悪くありませんね。融資はどこからでも大歓迎です。>
アリーザは肩を上げる。
<ただ、上手くいけばの話であって、実際にそう簡単に上手くいくかは非常に疑問ですけど。>
<地球人版のHNKが欲しいんだったら…後、宇宙船もいるし、秘密基地もステッキも照射機もいるな。>
<そうですね…まあ、宇宙船はともかくとしても、HYIに対抗する事を考えればその他のものは必要になりますね。…でも、そういった物は、いかにお金があっても地球人では用意する事は出来ませんからね。>
<となると…結局、HNKに頼るしかないって事か。>
<もしかしたら将来HNKと対立する可能性だってゼロではないような独自の団体の創設を、HNKの方々にお願いするんですか? いくらコココ人が情に厚いと言っても、それは少し無理があるような…>
<じゃあ、メールをよこしてきたイラク人に頼むか? それともニューヨークへ行ってジュチャに頭をさげるか。白旗付きで。>
アリーザは鼻息と共に念じた。
<…シユマさんが、私達の聖人という訳ですね。>

<そうだな。>
<ええ。>
<…>
<…>
小英は、じっとアリーザのシャツの袖を見ている。赤の、体の線がかなり出ている小さめのサイズの長袖シャツだ。
<ええ。…どうされました?>
<いや…>
<ヴィヴィアン・ウエストウッドというブランドです。ただし中古ですけれど。高校生の私に似合わないのは自覚していますが、この光沢に思わず手が伸びてしまいまして。ただ、正直な所を言うと、最近少しお腹がきつく…>
<いや、服の事は良い。言われても私はよく分からない。>
<そうですか。>
<…>
小英は視線を何度か、彼女の腕に向ける。
<…>
<あの…>
<はい。>
<…いや、>
立ち上がる小英。
<蔡さん、無理に問いただすとは言いませんが…どうせなら、これからしばらくの間は、お互い隠し事は無しでいきませんか? 私達二人で仕事をする訳ですから。>
<…>
口を開き、そして小英は首を振る。
<別に、大した問題じゃないんだ。>
<でしたら、遠慮無く仰ってください。>
<…。そうだな。…答えたくなかったら良い。ただ…>
<何です?>
<…腕…>
小英はアリーザの顔を見た。
<腕?>
不思議そうに自分の腕を見るアリーザ。
<腕…傷があるだろ。>
<私ですか?>
<右腕だ。手首というよりは肘の近く、何だか、斜めに切ったような痕が二つ…この前見たんだ。…温泉に行った時、な。>
<…ああ、>
アリーザは頷き、その場でシャツから右腕だけを抜き、シャツを半分脱いだ状態で右腕の肌を出す。
<これの事ですか?>
赤い切り傷のような跡をみせるアリーザ。
<あ…ああ。>
目を丸くしながら、立っている小英が答える。
<もしかしてこれを、わざわざ気にかけて下さっていたんですか? 御心配には及びません。もう傷は、遥か大昔に完治していますから。>
笑うアリーザ。
<それは、そうなんだろうけど…>
<だけど、何ですか?>
小英は視線をそらした。
<それって…やっぱりそういう傷なんだろ。>
<そういう、と言いますと…?>
<それはだから…カミソリ、なんだろ?>
<カミソリ?>
アリーザは不思議そうな顔をみせる。
<…>
<…>
アリーザはふと息をすい、<ああ、ああああ>と何度も頷いた。
<分かりました。今分かりました。ああ、なるほど、そういう事ですね…>
アリーザは楽しそうに頷く。
<そういう事、って…>
<カミソリじゃなくて、ナイフです。>
<…>
<蔡さん。この傷はですね、小さい時に私が、リンゴの皮を剥こうとして一人でナイフを使って、それで誤ってつけてしまったものなんですよ。…ええ、その時はもう大変でした。後15分発見が遅れたら、出血多量で死んでいたと聞いています。…まあ、私自身にその時の記憶がある訳ではないんですけどね。>
<…>
小英はアリーザの顔を見る。
<ええ、ですから残念ながら、そういう事ではありません。…不思議ですね、我ながら。私だったら自殺の一度や二度三度、していておかしくなさそうなものですけど。>
<…そんなに何度も自殺は出来ないと思うけどな。>
小英は笑った。
<ごめん。こっちの勘違いだった。>
<良いんですよ。>
微笑むアリーザ。
<私を心配してくださった…いえ失礼、私まで戦力から外れたら困るので、少々気にかかっていた…そういう事ですよね?>
<あ、ああ、そうなんだ。>
<御心配無く。今のところは差し当たり、私に自殺の予定はありませんから。…大体、自殺したいんでしたら、ピストルをどこからか融通してそれを使います。刃物で死ぬなんて、痛そうで耐えられないじゃないですか。>
<そうか…。>
小英は頷き、歩きかけ、そして立ち止まった。
<…ちょっと待て、今何か聞き捨てならない事を念じなかったか?>


白い通路を、青い肌のクザラル人青年が歩いている。同年代の人影を見て、青年は足を止め、軽く一礼した。
<プオラギイックさん。>
<やあ。ええと、君は…>
<タオダです。タオダ・ユクネワコ。>
<…ああ、そうだった。悪い、前に一回聞いたよな。>
<ここ数日で何十人もの人名を覚えようとされているんでしょう? そりゃあパンクもしますよ。>
苦笑するタオダ。彼は再び歩き出した。
<それでは。>
<あ、ああ…あ、なあタオダ。これから…瞑想室か?>
<…ええ、お祈りの時間ですから。>
自分とは逆方向に歩いているものと思われたプオラギイックは、Uターンしてタオダを歩調を同じくしている。タオダはまばたきしつつ、彼に頷いた。
<毎日忘れないでやっているんだな。コココ人の信仰心の厚さは、素直に尊敬に値する。>
<誉めてもらって光栄です。…ニグーワー人のような機知が私達には無いんで、お祈りくらいしか普段、出来る事がないんですよ。>
<来世を考えれば、そっちの方が良い。付き合うよ。>
プオラギイックは笑った。


四畳一間の小さな部屋に、タオダとプオラギイックがそれぞれ両目を閉じ、あぐらをかいて座っている。
プオラギイックは目を開き、念を送った。
<ところでタオダ。話があるんだが…>
<ええ、そうでしょうね。二人じゃないと困るような話なんですか?>
<いやあ、特にそういう訳でもないんだが、シユマには聞かれない方が良いかもしれない。>
<はあ。でも、シユマさんもここにはよく来ますよ?>
<なら、奴が来る前に話をすませないといけないな。>
<はあ。>
二人は顔を向けず、座禅に近い状態で座ったまま会話をする。
<それにしても…君達は、俺を疑ったりしていないのか?>
<疑うって、どうしてです?>
プオラギイックは呆れたように耳を下げた。
<どうして、って…普通分かるだろ。つい先週まではっきりHYIの協会員だった人間が、正式に辞めもしないでHNK地球支部に居候してるなんて、どう考えてもおかしくないか? それも、ミーティングをすっぽかして瞑想をするような行動の自由まで与えて。>
<そう言われましても…失礼ですけど、プオラギイックさんが嘘をつけない性格なのは、本人を見てれば誰でも分かりますよ。>
<お褒めにあずかり光栄だが、もう少し何ていうか、真面目な答えはないのか?>
<HYIの秘密情報をある程度、私達に教えてくれたじゃないですか。>
<パスワードとかな。殆ど全部もう無効化されてるから何の意味も無かったけどな。>
<それでも全くの無益な情報じゃありませんでしたよ。>
<…>
プオラギイックは無言で息をつく。タオダは首を傾げる。
<どうも、プオラギイックさんの満足のいく答えではないようですね…じゃあ、こういう答えはどうですか。仮にプオラギイックさんがHYIのスパイだったら、あなたは相当仕事がしづらいはずです。こんなに目立つ状態でここにやって来た訳ですから、こちらも一定の行動の自由は与えていても監視は怠っていません。そもそも私達はプオラギイックさんにしろ、地球人の皆さんにしろ、あくまで「協力関係」を持っているだけで、自分達の一員としている訳ではないんです。何か機密漏洩があれば、いつでも私達の関係は変化する事でしょう。…まあ、こんな感じですか。>
<なるほど。…ま、最初よりはかなりましな答えかもな。>
肩をすくめるプオラギイック。タオダは首を上げた。
<本気でそんな事なんて思っていないですよ。これも失礼な話ですが、プオラギイックさんが、既にHYIで「窓際」になっていたのは充分分かっていましたし、プオラギイックさんの正義にかける信念は、佐藤さん達から充分よく聞いていましたから。>
<宏子が、か…でもタオダ、そういった話は全部、コココ人達の警戒心を解いて、スパイを送り込む為の芝居だったのかもしれないぞ。>
あぐらをかいたままタオダは念じる。
<確かにそれはその通りです。更にはHYIにとって、その手のお膳立てはお手の物だと言う事も知っています。ですが同時に、最近のHYIの一連の機密漏洩等は、恐らく彼等自身のリークのレベルは越えている、とも私達は信じています。それは私達自身、その一部に荷担したからこそ分かっている事なんですが。つまり現在のクザラル人、地球人、サクコブを巡る事態は、今やトゥンジュの手の中で全てをコントロールは出来る物ではなくなっているのではないか。っていうのが今の私達の読みなんです。>
<…それは、確かにそうかもしれないな。今の状況を読んでいた奴なんて、世の中に一人もいないだろ。それこそ神以外。>
<そうですね。>
頷くタオダ。
<聞きたかったお話というのは、そういう事ですか。>
<ん? あ、いや、違うんだ。正直俺の事なんかはどうでも良い。悪いな、無駄話に付き合わせた。>
頭をかくプオラギイック。タオダは目を開き、プオラギイックの方を見た。
<私は別に構いませんが…急がないと、シユマさんがここに来かねませんよ。>

<そうだな。じゃあ急いで話すとしよう。…タオダ、聞きたいんだが、今朝、シユマが何か言ってなかったか?>
<何かは言っていたでしょうけど…具体的にはどういった事です?>
<…>
<…ああ、分かりますよ、当てましょう。地球人の事ですね。>
<ああ、まあな。>
頷くプオラギイック。
<プオラギイックさんは本当に、地球人達の事を大切に考えているんですねえ。>
<…>
しみじみと発せられるタオダの念に、プオラギイックの耳が下がった。
<…そういう風に言われると、何だか皮肉られてるみたいだな。>
<そういうつもりじゃ、>
<いや、言い方が悪かったな、タオダに含みがある訳じゃないんだ。ちょっと、こっちの被害妄想が色々とあってな。>
<どうやらスパイ稼業も楽じゃないみたいですね。>
<ああ全くだ。じゃあタオダは特に、その事について聞いていないんだな?>
<彼女達が、どうかしましたか?>
<あいつらは…HNKを作りたいらしい。>
タオダは耳をひくひく、と動かした。
<…どういう禅問答ですか、それは?>
<別に。そのままだ。彼女達は、彼女達の「解放運動」組織を作りたい、と思っているらしいんだ。ファオエ・ヌイジガアウ・アースとでも言うのかな。最初の発案者は宏子らしいんだが…つまり、こうやってHNKにいつまでも間借りしていても、HNKにも悪いだろ。>
<それに…いつまでも間借りしたいと思うほどHNKを信用も出来ないし?>
<信用というか…好き嫌いはともかくとして、HNKはあくまでコココ人解放の為の組織であって、本来地球人の為の組織じゃない。さっきタオダが言った通り、俺達はここではあくまでゲストであってメンバーにはなりえない。多分あいつらが考えているのは、そういう事なんだろう。>
<まあ確かに冷たい言い方をすればそうなるかもしれませんけど、あくまでそれは建前の話です。現実には、既に地球人の皆さんとの協力関係は既にHNKにとってなくてはならない物となっていますし、それは地球人の皆さんも分かっていると思っていたんですが。そもそも、現在HNKが独立を支援している被支配民族はコココだけではありませんよ。>
<それでもその被支配民族っていうのは全員クザラル人だろう。彼女達以外は。>
<まあ、それを言われればそうですが…でも彼女達も、>
<クザラル人だな。>
<ええ。…そうですね…そう思うと、可哀想な存在ですね、彼女達は。クザラル人から見れば地球人ですし、地球人から見ればクザラル人なんですから。どっちへ行ってもよそものでしょう。>
<そうだな…>
<エウグ人から見ればペッギン教徒で、コココ人から見れば貿易評議会メンバーであるニグーワー人みたいなものですか?>
<いや、いくら何でも、俺もそこまで自己憐憫が強い訳じゃない。>
プオラギイックは笑いながら首を上げる。
<とにかく、あいつらは自立したがってる、って事なんだ。>
<自立、ですか。>
<ああ。それでその為には、HNKからのより一層の協力が必要だ、という結論に彼女達は達した。>
<ええと…また新しい禅問答ですか?>
<いかにも瞑想室にふさわしい会話だろ?>
肩を上げるプオラギイック。
<つまり、地球人のそういった組織を作るにしても結局、HNKから協力を得ない事には何も出来ない。彼女達はそう考えて、より一層の相互協力の提案をシユマに申し入れたんだ、今朝な。>
<はあ…>
<ありていに言うと、「何でも手伝うからもうちょっと援助してくれ」って言う内容の事を言ったんだな、アリーザが。>
<何だか…急に分かりやすくなってきました。話の内容が。>
<そうか? そしてそれに対してシユマは、「今のところは特に手伝って欲しい事は無い」って答えたんだ。>
<…>
タオダはやや、難しい表情になる。
<それはつまり、「これ以上の援助は難しい」って事でもある。それは地球人的には、ちょっと都合が悪い。>
<…それで?>
<シユマが駄目って答えるなら、次に頼むべき相手は、階級的に言ってタオダだよな?>
<…>
タオダはため息をついた。
<プオラギイックさんは、彼女達のその…自分達のHNKを作る、という考えに賛成な訳ですね。>
<地球人がHYIの支配とサクコブの攻撃、両方からの脅威を受けている今、HNKでお客扱いされているだけで良いのか、という彼女達の不安は俺も理解出来る。タオダだって、分かるだろう?>
<自分達の身を自分達で守っているという確信が持てないのだとしたら…それは不安になるのかもしれませんね。でも、彼女達は自分達だけで身を守るだけの実力があるのでしょうか?>
<だからその手助けを、HNKに期待したい、って事だろ。「協力関係」って言う割には、自分達はお客さん扱いだ。でも本当は、協力関係とお客は微妙に違う。微妙だが、本人達にとっちゃ、それは結構重要な差なんだ。>
<…>
タオダは眉をひそめ、息をつく。
<…上司には、逆らえないか?>
<いえ、…気持ちは分からないとは言いません。HNKの側から見れば、まあ随分虫のいい話だとは思いますけど。…ただ、むしろ、何故シユマさんが断ったのかが分からなくて。>
<それはまあ…俺が言うのも変な話だが、HNKとしては今の状態を保持しておきたいって事なんじゃないのか?>
<そうでしょうか…私達は彼女達をもっと活用しても良いような気が、個人的にはするんですが…、まあ、本部はプオラギイックさんと同意見なのかもしれませんね。>
<俺の意見じゃないけどな。>
プオラギイックは、タオダに顔を向けた。
<それじゃあ、何か地球人に出来る事はないか、本部に問い合わせてみてくれないか。あ、後ついでにニグーワー人の求人が何かないか、っていうのも。>
<…>
<ジコアダ産のガーバウピックのお香をフォブナラブレンドで。>
<…分かりました、聞くだけ聞いてみます。>
苦笑気味にタオダは頷いた。


自分の個室のベッドで寝転がったアリーザは、ヘッドホンで何かを聞いている。
「フン、フフン、フン、フン…」
ヘッドホンの音楽に合わせ、気持ち良さそうに首を振っているアリーザ。
「フフン、フ…」
ふと腕に震動を感じ、アリーザは目を開いた。腕端末の表示が点滅している。起き上がり、スイッチを押すアリーザ。
「はい。」
「ん、寝てたのか?」
「起きてましたよ。まあ、寝ているに近い状態でしたが。」
バーチャルディスプレイにプオラギイックが表示される。答えるアリーザ。
「そうでしたか。お休みのところお邪魔してすいませんでした。」
もう一つ表示されたディスプレイの方には、タオダが映っている。
「…」
隣の画面のプオラギイックは、やや呆れた様子で明後日の方を向いている。
「良いんですよ、ユクネワコさん。お二人からの通信という事は、昨日の件についてですね。」
「ええ。プオラギイックさんだけでなく、当人のアリーザさんにも同時に伝えた方が良い、とプオラギイックさんに言われまして。」
「わざわざありがとうございます。…蔡さんは、良いんですか?」
プオラギイックに聞くアリーザ。
「あいつは子供だ。」
「私も子供ですよ?」
「…それはある意味そうだろうが、お前はもう判断力はあるだろう?」
「それでしたら蔡さんは私以上にあると思います。」
「アリーザ、」
「プオラギイックさん、今回の仕事は、私達二人でやりたいんです。」
「…」
画面のプオラギイックは軽く息をつく。
「呼びますけど良いですか?」
「…」
プオラギイックはアリーザに肩を上げてみせた。
「どうも。」
アリーザは頷くと、自分のすぐ横の壁をコンコン、と叩く。
<…呼んだか?>
<ええ、こちらまで御足労願えますか?>
壁越しに念じるアリーザ。
「…凄い呼び方だな、おい。」
「え、テレパシーがそっちまで聞こえましたか?」
「聞こえなくてもやってる事は分かるだろ。」
プオラギイックが念じる。隣の画面のタオダはアリーザを見た。
「あの、すいませんが…佐藤さんは良いんですか?」
「彼女は今回の仕事には加わりません。」
答えるアリーザ。プオラギイックが眉を上げる。
「…そうなのか?」
「ええ。出来る状態じゃなさそうですから。…ああ、プオラギイックさん、彼女を何とかするのは、あなたのお仕事ですよ。」
プオラギイックの耳が垂れ下がる。
「魔法少女のケアも仕事の内、か?」
「ええ。その為に、HNKに単身やって来られたのでしょう?」
「HYIに居場所が無くなっただけだ。」
「そして再就職先にHNKを選ばれた訳ですよね。わざわざ。」
「…」
視線を落とすプオラギイック。
「でも、俺とあいつが二人だけになるとな…毎回喧嘩に終わるような気がしてならないんだが…」
「ええ、それで良いんです。お二人で喧嘩をしてください。それが彼女には一番効果的な処方ですから。」
「…それはアメリカンジョークって奴か?」
「いいえ、そもそも私は冗談を言う性格じゃないですよ。」
「…」
細い視線になったプオラギイックがアリーザを見る。
アリーザの部屋のドアが開き、小英が中に入ってきた。
<…>
アリーザの前に表示されている半透明の2つの画面に、小英は目を向ける。
「蔡さんが来ました。さっそくユクネワコさんのお話を伺いたいのですが。」


「…つまり総合すると、HNK本部は地球人の魔法少女達に過度な期待は抱いていない、という事ですね。」
「それでは困ります。…抱いて頂かないと。」
画面のタオダにアリーザが言う。彼女の隣で頷いている小英。
「あなた方が私達と共闘している、という点で、彼等はそれが良い宣伝になっていると考えています。あなた達の事は、既にクザラル星でもよく知られていますから…地球同胞の真の味方は、HYIではなくHNKだ、という宣伝にはあなた達の存在はなくてはならない訳です。つまり逆に言うと、あなた達が妙に危ない目にあわれたりしたらむしろ困るという事なんですよ。」
腕組みしてプオラギイックが念じる。
「でも今の状態のままじゃ、今以上の援助は期待出来ないだろ。」
「そうでしょうね。…」
「…何だ?」
タオダは黙り込む。プオラギイックは耳を立てた。
「…というのが、主流派の意見です。」
「主流派、ですか?」
「ええ。」
アリーザに頷くタオダ。
控えめながら力強い印象を与える顔つきのクザラル人青年は、画面を見ながら口を開く。
「主流派というのはつまり、穏健派の事です。私達の内部では長官派と呼ぶんですが…それとは別の派閥も私達の中にはあります。それは副長官派です。」
「ちょっと待ってくれ。…そんな内部事情、今まで俺達は一度も聞いた事なかったぞ。」
「ええ。…外の人間に語るような事でもないですから。」
プオラギイックに軽く頷くタオダ。
「…コココ人は、全員一致団結してゴニ教徒に対抗している、というのがあるべき姿だから、か?」
「敵に弱味は見せられないでしょう。いや、皆さんはもちろん敵じゃないですが、とにかく外に漏らすべき話ではありません。」
「少なくともメンバーじゃないよそ者にはな。」
「行間のニュアンスが多少気になりますが、まあその通りです。」
肩を上げつつタオダがプオラギイックに同意する。小英がタオダに聞いた。
「それは分かるが…あんたやシユマはどっち派なんだ? お互い違ったりするのか?」
「私はシユマさんの補佐官ですから、シユマさんと同様副長官派、という事になるんでしょうね。というか、地球に関わる人間は大体副長官派が多いはずです。つまりそちら側の派閥の方が、地球関与に積極的なので。」
「主流派が穏健派、という事は…」
タオダがプオラギイックに頷く。
「ええ、私達は武闘派、過激派という事になりますね。もっとも本当に過激な連中は既にHNKから分離して、別の団体になってしまいましたから、今の過激派は言ってみれば「中道派」みたいなものなんですが。と同時に、そういった分離があったお陰で元々は主流だった過激派が、現在は傍流になったというのも事実です。」
「HNKの歴史は大変よく分かりました。有難うございます。…それで、タオダさんが副長官派である、という事は、長官派とはまた意見が異なるという事でよろしいですか? タオダさんの派閥は、「地球同朋」との友好により積極的、という事なんですよね。」
「ええ。まあ…それで、本来組織系統上は認められていないのですが、そっちの方面の知り合いにも一応聞いてみました。」
腕を組む小英。
「それで?」
画面のタオダは、自分のタッチパネルを操作する。
「…結論から言うと、JVKジュヴェク現地での宣伝に協力してくれるのであれば、今以上の援助も可能、という回答がありました。」
克共地カーコンティー?」
耳の翻訳機を押さえ、眉を寄せる小英。小英は隣のアリーザを見る。肩を上げるアリーザ。
「私は、ジューヴァクーという単語に聞こえましたが。」
プオラギイックが二人を見る。
「クザラル共同領域を意味するエウグ語だ。クザラル域内だが、クザラル本星ではない植民惑星群の事だよ。」
「ええ。建前としては母星の統治組織からはそれぞれ独立した地域とされているので、ひっくるめて「共同」領域と呼んでいるんです。」
アリーザはプオラギイックとタオダに頷く。
「なるほど。つまり、私達がその「クザラル領域」に行ってHNKとの友好を宣伝してほしい、という事ですか。宣伝の内容は? また、コマーシャル撮影ですか?」
「いえ…そこで戦闘をしてほしいそうです。」
「…」
「…」
アリーザと小英は、お互いを見合った。プオラギイックが耳を揺らす。
「お、おい、それはマズいだろ。それで万が一って事があったらどうするんだ? 大体それは宣伝と言うには、」
「いえ、戦闘といってももちろん、セレモニー的なものだそうですよ。完全にHNKの優位が確認されている地域で、地球の魔法少女の皆さんにも戦闘に参加して頂いている、というポーズさえ取ってもらえれば構わない、そう聞いています。」
「だとしても…」
プオラギイックが口を開く。
「やりましょう。」
アリーザの言葉に、一同は彼女の顔の方を向いた。眉を上げるプオラギイック。
「アリーザ? 自分の言ってる事が分かってるのか?」
「ええもちろん。HNKの戦闘に参加してほしい、でしょう? それ位やって当然でしょう。ここに置いてもらっているんですから。しかもそれでこちらに見返りがあるという事なら、やらない理由がありません。」
小英が頷く。
「まあ…セレモニー的なものだっていうのなら、良いんじゃないか?」
「…」
プオラギイックは今ひとつ納得できない様子で息をつく。
「セレモニーっていうが…それは本当なのか? 本当に安全なのか?」
タオダは真摯な表情で首を上げる。
「答えにくい質問ですね…100%安全かと聞かれれば、それは違うと言わざるをえないでしょう。一応、本物の戦闘な訳ですから。ただHNKとしては、地球人の魔法少女は最大限味方につけておきたい存在ですから、本当に危険な状況には絶対にさらそうとしないはずです。仮に過激派でも、その部分は同じだと思いますよ。」
「言葉だけだとな…やるっていうなら、俺も同行させてもらうぞ。」
「いえ、それは困ります。」
「何でだ?」
「それは…大変言いにくいんですが…」
「プオラギイックさんは信用出来ない。」
「…ええ、まあ。」
アリーザの言葉に、タオダは頷いた。
「私やシユマさんはもちろん違いますよ。プオラギイックさんの人となりを、もうここ数日で充分分かっていますからね。しかしやはり、限られた情報しか知らないウチの上官から見ると、」
「元HYIで、今はどっちつかずでフラフラしている奴なんか全く信用出来ない。」
ニヤニヤしながら言う小英。
「ええまあ…失礼を承知で言えば、多分そんなところなんだろうと思います。」
「ああ、それは全部事実だ、今更議論するまでもないな。俺がタオダの上司でも、間違いなくそう判断しただろう。」
目を細めながら、プオラギイックが右手を振る。
「それは分かるが、でもアリーザと小英だけで行かせるなんて、」
「個人主義者二人の組み合わせでは、おつかいは信用できませんか?」
プオラギイックは、すまし顔のアリーザを見る。
「そういう意味で言おうとしたんじゃないんだが…」
「大丈夫ですよ。お釣りを勝手に使い込んだりはしません。」
微笑むアリーザに、プオラギイックはため息をついた。


ピピピ、ピピピ…。
「ん…」
暗闇の中、腕端末が鳴っている。少女は起き上がり、端末のスイッチを押す。
「…」
「あ、ようやく繋がった!」
小英の前にバーチャルディスプレイが表示され、シユマの顔を映し出した。
「ちょっとあんた達、どういう事!」
「…」
一瞬耳をおさえる小英。彼女は顔をしかめながら、タッチパネルで音声のボリュームを小にする。
周囲は薄暗く、ディスプレイの光が、どこかの床に座っているらしい小英の顔をぼうっと照らしている。
「はう…おはよう。」
「今、どこにいんの。」
「…第四貨物室。」
一応周囲を見回してから、小英は改めて確認した、というように答える。
「…どこの船よ。」
「建前としてはディユジューン運輸の貨物船だな。二曜日と四曜日に地球を出発、主な運搬物資は食糧加工品とグフィスチョチュ樹脂。しかし驚くべき事にこの船は実は、」
「ああ驚いた。それはびっくりだ。」
シユマは小英を遮って頷いてみせる。
「で、何でそんなのに乗ってんのよ。」
「乗っちゃいけないのか?」
「…まあ。乗る目的によるわね。」
「ああ、そうか。じゃあ白状するが、ちょっと観光をしたい気分だったんだ。」
「…JVKに?」
「ああ、良い所らしいからな。」
「…」
画面のシユマは、机をカツカツ、と叩いている。
「私は立場として、あなた達に行動を強制する事はできない。だからこれは友人としての忠告になるけど…帰ってきなさい。あなた達は騙されている可能性がある。」
「騙されている? プオラギイックにか?」
「何言ってんの。タオダから聞いたけど、クハムヌの提案に乗ろうって言うんでしょ? それはやめておきなって、彼は信用出来ないよ。」
「信用出来ないって…クハムヌは、同じHNKの人間じゃないか。」
「だから何? 出来ないものは出来ないんだから、しょうがいないじゃん。」
「しかも同じ副長官派だろ?」
「副長官派…ったく、どこまで喋ってんのよ、タオダの奴…」
シユマは口を噛む。
「とにかく、出来ないって言ったら出来ないの。そこまで聞いてるなら、副長官派が基本的にゴニ教徒との戦闘において過激派だって事も聞いてる? あのね、セレモニーなんて、彼等にとっての「セレモニー」なだけで、それがあんた達と同じ言葉の意味だなんて思ったら大間違いだと思うよ。」
「何だ? この間の真紀子さんの時とは随分態度が違うんだな。」
「状況が違うからね。しかも前回私が強く止めなかったせいで、結局リジュワナを失ってるんだから。今度もそういう事が起きないって保証でもあるの?」
「シユマ。私達も、お客じゃない存在として認められたいんだ。」
「認めてるわよ友人として。だから帰ってきなさいって言ってる。こっちで宇宙船は用意するから。その、地球人の組織っていうのについても、こっちでちゃんと何か助けられるよう考えるからさ。」
「…何で、そんなにまでして止めようとするんだ?」
「危ないからよ、決まってるでしょ。自殺行為って言ったら大袈裟かもしれないけど、わざわざ危ない目に会いに行く必要なんてあなた達には無いの。」
シユマは断固とした調子で小英に念じる。小英は細い眉をひそめる。
「やっぱり、この間とは随分態度が…」
「何、私はあんた達の心配をしちゃいけない訳?」
「そうは言っていないが…でもシユマ、シユマは今まで、何度もそういった戦闘を経験してきているんだろう?」
「うん、そうだよ。だからよく分かってる。言っちゃ悪いけど、あんた達の経験してきた事はまだまだ甘っちょろいって事をね。あのね、戦闘っていうのは宣伝代わりに気軽にやるような事じゃないの。あんた達はそれぞれが大事な存在なんだから、下手に自分の命を軽く扱ってくれちゃあ困るのよ。」
「でも、このまま何もしないでいたら? そっちの方が私には将来性が無く感じるな。確かに暴力は良くないが、それしか状況を打破する方法が無い時はどうするんだ。コココ人が置かれた環境は、まさにそういう状況だったんだろ?」
「だから、それとあなた達地球人とは違うって事を言ってんの! ああもうっ、ああ言えばこう言う! とにかく言う事聞きなさい! あんたはまだ6クザラル歳なんだから、大人の」
小英はタッチパネルを操作する。
「おや? ああ、悪いなシユマ…どうも、どこかで接続が悪いみたいだ。まさかHYIの妨害照律波じゃないと思うんだが…」
「あ、こらっ、小英、」
小英がタッチパネルを押すと、ディスプレイの表示が唐突に消える。
「…年齢の事は、言うな。」
暗闇の中で、小英は消えた相手に突っ込んだ。



→Part B



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