←Prev ↑Home ↑Original Novel →Next Franken!


←Part A


A-Sato Ltashofe Yde Ilne

Episode 15: Jhtech Vfiqe Kzarale

三角形の小型の赤い飛行機が、3機ほど編隊を組んで、空港らしき場所に逆噴射をかけつつ垂直移動で着地していく。それぞれの機はそのまま機体を地面までぺったりとつけた。

その内の一機のドアが開き、中から顔を出した地球人が眩しそうに目を細め、周囲を見回した。
<何て言うか…地球と本当に変わらないな。>
<観光に来た訳ではないんですよ。>
背後からの念に小英は振り向く。
<もちろん分かってるよ。でも…まあ、機械類は違うにしても、ほら、滑走路の向こうの自然とかは…>
二人は舗装の遥か向こうに見える林に目をやる。
赤や黄色の葉をつけた高木が、原生林さながらにうっそうと生い茂っている。
<…微妙だな。>
<ええまあ…比較的似ているのは間違いないでしょうね。ですが、「本当に変わらない」と言うと、ちょっと無理がある気が…>
<ああ、ちょっと興奮しすぎた。観光じゃない、な。分かってる。>
<…あなた達二人が、地球からのお客様ですね。>
青い肌のクザラル人女性が小型機のドアに近づいてきて、彼等に両手上げをした。
<あ、ええ。初めまして。>
にこやかに彼女に両手上げを返すアリーザ。
<だから、お客様じゃ>
<蔡さん。…興奮しすぎないで下さい。>
<…悪かった。>
アリーザに答える小英。アリーザは女性に顔を向ける。
<あなたがウチャラファスさん、で良いですか?>
<そんな他人行儀な、クハムヌって呼んで下さい。>
クハムヌは笑った。
<ここで立ち話もなんですから、まずは椅子の方に座りましょう。>
<椅子?>
アリーザと小英の念が揃う。
<…>
一瞬口を開けたクハムヌは、<ああ>と笑った。
<地球で言う…ええと…転がる車ですよね、確か。>
<…>
やや不完全なテレパシーに、アリーザと小英は目を合わせる。
肩を上げるアリーザ。
<自動車か…鉄道か…>
<ああ、自動車。それです。それの事です。…って言ってもコココ語でそれをどう言うのかは、ちょっと辞書をひかないと分かりませんけれど。>
にこやかに言っているクハムヌの後ろに、どこからか二人がけの椅子が、いくつか滑るようにやってきた。それぞれの椅子には屋根付きスクーターのような簡単な風防や、シートベルト等がくっついている。
<要は、これ。動く道の事なんですけれど。>
<…>
椅子をじっと見たまま動かない小英。隣のアリーザが念じた。
<…まあ、大体意味は分かりました。>
<動く道っていうか…椅子だよな。まさかこれで、自動車並のスピードで移動する、っていうのか?>
やや引きつった顔の小英が聞く。
<地球の自動車と違って環境に優しいんですよ。ええと…アリーザさんはこっち、インさんはこっちの椅子に座ってもらえますか。隣の者が座り方は教えますので。>
<…>
アリーザと小英はもう一度お互いを見て、息をつきあった。


<さて。向こうに空魔法増幅装置がありますから、そこで瞬間移動を行いましょう。魔力ゼロの人でも1万オキは移動出来る最新式ですよ。>
空港内をしばらく移動したクハムヌ達は、ロビーと思われる建物の中を歩いて移動していた。建物の内装は、空港というよりは中世の寺院か教会のような雰囲気がある。
彼等の歩いている通路は何らかの管制がしかれているのか、他に歩いている人間はいない。アリーザと小英は、物珍しそうに通路の左右を眺めている。
<さあ、こっちです。>
<…>
ホールのような大きい空間を彼等は通る。アリーザはふと、空間の向こうに別の通路がある事に気づいた。
<…>
<…アリーザさん?>
立ち止まった彼女に気づいたクハムヌが振り返る。
<あ、ええ。…いえ、向こうに人がいるな、と思っただけなんですが。>
<え、そうですか?>
<ええ。>
アリーザは数十メートル向こうに目を向ける。設備や看板に遮られてよく見えないが、結構な人数のクザラル人が確かにいる。それも、通路を歩いているのではなく、明らかにこちらを見て立ち止まっているようだ。
どうやら通路はこちらとガラスか何かで遮られているらしいが、彼等は盛んにこちらに何かを呼びかけているように見える。
その二十人前後のクザラル人男女はどうやら全員青い肌で、何かコココ語で書かれているらしい紙をこちらに向けて見せたりもしている。
<あれは…>
呟くアリーザ。隣の小英も、目を細めて向こうの通路を見る。
<アリーザさん、英さん、今は時間がありませんので、急ぎましょう。>
<え、ええ…>
クハムヌのやや強い調子の念に、アリーザは頷き、再び歩き出した。


<さすがに部屋の中の内装は見慣れた雰囲気ですね。>
アリーザは自分のブリーフケースをテーブルに置きながら念じた。ホテルのスイート並みの大きさのその個室を、アリーザと小英は見回す。
<そうだな。考えてみれば、今私達の住んでる場所がそもそもクザラル式の建物だしな。>
<いえ、日本式ですよ。クザラル風にアレンジしているだけです。>
<そうだな。…細かいな、言い方が。>
<すいません。揚げ足を取るつもりではなかったんですが…>
<分かるよ。…だから、付き合いにくいんだ。私もだけどな。>
肩を上げながら、小英は部屋のソファに腰を降ろした。
<何か英語で書いてあるぞ。>
小英の念で、アリーザはテーブルに置かれた紙の方に目を向ける。
<お食事は食事室でもとれますが、地球式にこの部屋の中で食べて頂いても構いません。その場合、係りの者がこちらまでお運びします。…だそうですよ。>
<…地球式っていうのを、何か勘違いしているな。>
<まあ、普通の部屋で食事をするのがクザラル式でない事は事実ですから。彼等なりに最大限、気を遣ってくれているつもりなんでしょう。>
アリーザは小英の隣に腰を下ろした。
<さて。今日はこの後は、この「ホテル」で一休み、ですね。>
<そうだな。…市内観光とかは無いのかな。>
<…>
アリーザは小英を横目で見る。
<観光に来た訳じゃない、だな。もちろん分かってる。市内観光は冗談だ。>
真面目な顔で小英は首を傾げる。
<ただ…空港からここまで、クザラル人を殆ど見かけなかっただろ、HNK以外の、民間の。>
<それは、確かにそうですね…恐らくそれだけ、悪い意味でもVIP待遇、という事なんだと思いますよ。警備をしっかりするというのは、民間人から遠ざけるという事ですから。>
<それにしても…こうも遮断されていると、何だかゴーストタウンに来ているような気がする。>
<ゴーストタウンにしては建物が立派過ぎ、綺麗過ぎますよ。>
微笑むアリーザ。
<…>
<…>
<…明日、始まるんだよな。攻撃は。>
<ええ、それで明日中に終わると聞いています。それで明々後日には、もう地球に帰り着いているはずです。>
<セレモニーって言うけど…攻撃のセレモニーって何なんだ? バレエみたいに踊るのかな。槍か何か持ちながら。>
<槍というか、ステッキでしょうね。ステッキを構えて、日本のアニメの魔法少女よろしく、それを華麗に振って、…そして、殺す訳です。相手を。>
立ち上がり、ポーズ付きで念じるアリーザ。
<…殺すのか?>
<…>
ソファに背をもたれていた小英は背を起こした。アリーザは肩を上げてみせる。
<そうだよな。殺すんだよな。しかも相手はサクコブですらない。同じ人間だ。いや、それどころか「同じ」クザラル人なんだよな、私達にとっては。>
<…そうですね。>
<それを、自分達とは直接は関係が無いのに殺すんだな。…自分達の宣伝のために。>
<唯一の救いは、恐らくは、私達が直接引き金を引く事はないだろう、という事です。彼等の説明によれば、私達は攻撃施設への突入のところまでを付き合うだけで、その部分の映像を撮り終えれば後は帰って良いそうですから。>
<…>
小英は眉をひそめ、床を見ている。
<それを救いととれるかどうかは…議論をし出せば夜を明かせそうですね。>
<だろうな…>
<蔡さん。今なら、まだやめられます。別に私だけが行ったって良いんです。ニ人も一人も、宣伝上そう大した差じゃないでしょう。私は私の信じる「すべき事」をしますが、それを蔡さんもやらなきゃいけないという事じゃないんですよ。>
<それはそうだ。でも…私だって、私の信じる事を自分で決断したんだ。>
<…強いですね。>
<…>
<…なんて言いかたは…蔡さんには、何だか子供騙しのような感じがしてしまいますね。>
<そして私は、子供に扱われるのは嫌いだ。>
小英はややぎこちなく笑った。
<…強いんだと思いますよ、蔡さんは。ただ、この「強さ」が果たして正しいものなのかと言われたら…私には、よく分かりません。多分神様しか御存知無い事のような気がしてきます。>
<私は…こんなのは正しくないと思う。だから嫌なんだ、こんなのは。だけど…正しくなくても、それしか方法が無いっていう時もあるんだろう。それはHNKも、地球人版のHNKも、要はそういう事じゃないか。>
<…>
<だから、しょうがないんだ。それしかないんだから。…でも、それでも…それは、私は凄く嫌な事なんだ。多分生理的に受け付けないんだと思う。私はそんなのは、大っ嫌いなんだ。…自分のしようとしている事が。>
<…>
アリーザはテーブルを見つめた。いつもの穏やかな顔で、アリーザはまばたきをする。
<…失敗でしたね。蔡さんをここに連れてくるべきじゃなかった。>
<失礼だな。私は連れてこられた訳じゃない、自分から率先してここに来たんだぞ。…嫌だったけどな。>
<…私もしかして、慰められてますか? 小学生に。>
<一生の屈辱だろう?>
小英は笑ってみせる。アリーザもそれにつられて微笑んだ。
<…>

<なあ…ところで…さっきの話に戻るけど、一箇所だけ、クザラルの民間人をたくさん見た場所があったじゃないか。>
アリーザは顔を上げ、小英を見ながら頷いた。
<…ええ。そうですね。あの、空港のロビー…と呼ぶべきなんでしょうか、の向こうの方にいた方々ですよね?>
<ああ。あれは…一体何だったんだ?>
<私にも全く分かりませんが…どうも、こちらの事を知っている、というか…私達があそこを通る事を知っていたから、あそこで待ち構えていた、という風に私には思えたんですが…>
<そうだよな。私もそんな感じがしたんだ。それに、何かプラカードとかも持っていたし…地球のニュースで、似た雰囲気のって、よく見ているような気がするんだ、私。>
<そう…ですね…皆さん…愉快そうな表情には、確かに見えませんでした…>
<そうだよな、やっぱり。つまり…彼等は、私達が来るのを知っていて…私達に対して、何かの抗議デモをしていた、って考えて良いのか?>
<…>
再びソファーに座りつつ、アリーザは難しい表情で考える。
<確かに、雰囲気としては、地球人…地球育ち、の私達にとっては、そういう感じがしましたね。>
<JVK育ちでも多分そうだぞ、あれは。どう見ても歓迎セレモニーの雰囲気には見えなかった。>
<それにそれなら、クハムヌさんもあんな風にはせかさなかったでしょうしね。>
<つまり私達は、ここでは歓迎されていない、って事か…それなら市内観光が無いのも仕方が無いのかもしれないな。>
<でも、それもまた妙な話ですよね…ここはHNKの統治している星なのに。現実はさておき、宣伝上は私達はHNKのもとに身をよせた悲運のヒロイン達な訳じゃないですか。>
<…あの連中は、地球関与を嫌う長官派だったのかもしれない。>
<それは有り得ますね…。でも、内部の人間ならあんな風に表立って、しかも私達からは隔離された所で抗議するというのはおかしいでしょう。HNKは内部対立は隠したがっているようですし、仮に彼等がこの計画を潰そうとするなら別の手段をとるはずです。…極端な話、「認めない」と一言言われれば終わるんじゃないですか? 一旦やってしまえばコココ全体の世論が味方についてこちらの勝ちですが、それまでは彼等がHNKの「主流派」なはずなんですから。>
<じゃあ一体…誰が?>
<…>
アリーザは鼻息をつき眉を寄せた。


ドアのベルが鳴った。二人は、ドアの方に顔を向ける。
<…すいません、よろしいですか?>
<ええ、どうぞ。>
ドアに念じるアリーザ。
ドアが開き、笑顔のクハムヌが顔を見せた。
<部屋はくつろげますか?>
<ええ。とても。>
アリーザはこぼれんばかりの笑顔を返した。
<ちょうど二人で今、話し合っていたところなんですが、考えてみれば私達、今はHNKの地球支部にお世話になっているんですよね。ですから、この建物の中に入ってしまうと本当に、見慣れた雰囲気なのでリラックス出来るなあ、と思いまして。蔡さんが言うには、やって来てから、ここに入るまで正直少し不安な部分もあったけれど、この部屋を見て、何だかほっとしたそうですよ。ねえ、蔡さん。>
<えっ? …あ、あ、ああ…>
<そうですか。それは本当に良かったです。>
クハムヌは破顔し頷いた。
<さっそくですが、明日の件について詳しくお話したいのですが、よろしいですか?>
<…>
アリーザは頷いてみせた。


彼女達のいる部屋の壁面にあるディスプレイを使い、クハムヌがCGを表示させている。
ソファの二人を前にして、立っているクハムヌが念じる。
<撮影は飛行式の超小型カメラ30機で行います。全角度から撮られますから…それなりに意識して、あまり変な表情は見せないでくださいね。地球人と違ってクザラル人は、路上で排泄したり、飲み食いをしたり、タバコ類を吸ったり、唾を吐いたり鼻をかんだりというのはタブーになっていますから、ここでは控えるようにしてください。>
<排泄は…地球の路上でもそうやってはいないぞ。少なくとも私は。>
<あ、そうなんですか? …それはすいませんでした、でしたら安心です。>
クハムヌは小英に笑いかける。
<その場所は安全なんでしょうか? もちろん、100%安全でしたら戦闘になりませんけれど…>
<この星は本来、戦場ではありません。…少なくとも2クザラル年前からはね。HNKがこの惑星全域を押さえていますから、…何と言うんでしょう、安全、と呼べるかは分かりませんけど、私達の方が圧倒的に優位な立場で戦闘を行えるのは確かです。もちろん、彼等は彼等で必死で抵抗してくる事は分かっていますから、油断は禁物ですけどね。>
アリーザに答えるクハムヌ。アリーザは頷く。
<そうですか。それで相手ですが…>
<ここの点…家ですが、に現在潜伏中です。もちろん系魔法で家ごと隠れていますが、既に内通者がいるのでこのように詳細なデータが分かっています。>
クハムヌはCGを拡大させる。
<隠れてこもっている相手を、狙い撃ちか。包囲して。>
<ええ。ですからそれほど危険性が高くはないという事は、分かりますよね。>
<でも……卑怯だな…>
小英は目を伏せる。
<蔡さん…>
<卑怯…まあ、卑怯といえば卑怯かもしれませんけど。>
クハムヌは軽く耳を揺らしながら念じる。
<おおよそテロリストというのは卑怯な戦い方しかしないものなんです。私達は、正攻法で相手と戦えるような力関係にはないんです。今でもね。>
<分かってる。…ただ、自分が人を殺すのかと思うと…どう頑張っても、気持ちに整理をつける事が出来なくて…>
<…>
クハムヌは腕を組み、小英を見据えた。
<英さん。今は、一個人の正義感よりも先に優先させるべき事があるはずです。あなたの行動でこの先、何人ものコココ人の命、そして更にそれの何倍もの地球人の命が救われるというなら、何も迷う事なんか無いでしょう?>
<それに…そもそも私達二人がこの戦闘に参加しようがしまいが、明日この「戦闘」は間違いなく開始されて、何時間も経たない内に間違いなく相手は死んでいる。そうでしょう? 蔡さん、HNKの皆さんを、そう過小評価するものではありませんよ。>
<ああ…分かってる。…理屈じゃ分かってる。…話の腰を折ってすまなかった。>
長い黒髪を垂らし、うつむいたまま小英が念じる。アリーザは軽く息をついた。
アリーザはクハムヌを見た。
<それで…その潜伏している相手は、一体どういう方なんですか?>

<魔法協会のかなりの上層部で、秘密裏に働いてきた生体学者であると同時に、かなりの強力な魔術師でもあります。昔の経歴には色々謎も多いのですが、ここ10クザラル年ほどの間は、生体兵器の開発に従事してきたようです。主に、時魔法絡みの。>
<その生体兵器というのは、サクコブに対しての物ではないんですか?>
<サクコブ用の物にも、基礎研究レベルでは関わる事があるようですが、仕事としては対人間用の物が殆どです。少なくとも、ビブトの大虐殺で使われた無限増殖システムは彼女の手によるものである事は確認ずみです。>
<なるほど…まあ、虫も殺さない善人よりは、そういったかたが相手のほうが多少、気が楽ではありますね。>
息を吐きつつアリーザが念じる。
<それにしても…何故そんな方が、わざわざこの星に来ているのでしょう?>
<はっきりとは分かりませんが、GKグク…ああ失礼、HNK支配地域で、通用しているIDカードを得ようとしているそうです。ここからはこっちの情報部の推測ですが、おそらくそれから別のHNK領の惑星に行って、そこで、生体兵器を使った攻撃を指揮するのではないかと考えられています。>
<そうですか…。>
呟くアリーザ。小英が顔を上げる。
<…名前は? その彼女の名前は何ていうんだ?>
<ヌガッド・ルズビャウキシュ。>
<…>
<というのが、最近のHYI内部文書で一番よく使われているカクリカ語の偽名です。本名は聞かないで下さいね。私達も知りませんから。>
クハムヌは壁面の画面の表示を消した。
<後の詳しい事はこっちのディスプレイで…ああ、操作は分かりますか?>
<ええと…操作は分かりますが、言葉が問題ですね。腕端末の方に転送をお願いしたいのですが。>
<分かりました。本来機密情報の転送は禁止されているんですが、まあ特例としましょう。>
頷くクハムヌ。彼女は両手を合わせ、二人を見た。
<最後に一つ、こちらから確認ですが…一応戦闘ですし、向こうに行ってから今回の件はキャンセル、等のように言われてもこちらも恐らく、対応しきれないと思います。ですから万が一、明日の件は取りやめ、という事でしたら…今の内に言っておいてほしいのですが。>
<…>
無言で、アリーザは小さく頷いてみせる。
アリーザは小英の方を見た。小英はまたうつむいている。
<…分かっている。大丈夫だ。…地球人の未来がかかっているんだから。…本当だよ。大丈夫、だ。>
<…>
クハムヌの方に視線を戻すアリーザ。クハムヌは頷いた。
<分かりました。それじゃあ二人とも、今夜はゆっくり休んでください。>
<ありがとう。お互い良い夢が見れると良いですね。>
<神の御加護を。>
<そちらこそ。>


明かりの落ちた暗い部屋の中。ベッド脇の椅子に座っている宏子は、自分の肘を抱えたままリジュワナの顔を眺め続けている。
機械に繋がり、寝ている彼女の顔は、安らかというのとも違うが、かといって何かに苦しんでいるような表情でもない。あえて言うなら、意識があった時のリジュワナと変わらない、何か物事に不満のあるような、微妙な無表情を貫き通している。
<…>
軽く息をついてから、宏子は念じた。
<…別にこそこそしなくても良いじゃん。>
<…隠れてるつもりじゃなかったんだが…ただ、うるさくしたら何だか悪そうだったからな。>
いつのまにか病室にいたプオラギイックが、宏子の方に近づく。
<明かりはつけないのか。>
<今は夜だし。私も別に、ここで本読むとか、何か作業する訳じゃないから。そこのディスプレイの明かりで充分でしょ。>
<…>
<ああ、別につけて構わないよ、プオは。…もちろん、っていうかここ私の部屋じゃないしね。>
<いや…良いよ。夜だし、HNKも経費節減はうるさいみたいだからな。>
プオラギイックは宏子の背後、リジュワナの隣にある空きベッドに腰を下ろした。
<それにここは、ここ数日はお前の部屋みたいなもんだろ。>
<…>
宏子は目を閉じて鼻息をつく。
<…駄目だよね。私もちゃんと仕事しなきゃとは、思うんだけど。…ここにいたって何にもならない事は良く分かってるんだけど。>
<責めてるんじゃない。友達がこんな事になったら、お見舞いをしたいと思うのは当然の事だ。>
<私が…もっと強ければ…>
<関係無かっただろうな。>
<…>
宏子は、背後のプオラギイックの念に目を開く。
<彼女はサクコブに、自分からコミュニケーションをとろうとしていたんだろ? それなら宏子が弱いから守れなかったとか、そういう問題じゃない。…まあ、あえて宏子や俺達の責任を探すとすれば、リジュワナの考えを事前に変えてやれなかった事、かもしれないが…>
<…そう、そうだよ、私達が>
<でもなあ。俺達がどう頑張った所でこいつが考えを変えたとは、思えないな。お前なんかも結構頑固なところがあるが、リジュワナのそれは気合が違う。こいつは、自分の中の理屈に合わなければ、他人が何をどう頑張っても考えを変えない奴だろ。>
<プオは…私を慰めようとしているのかもしれないけど、何だかリジュワナの悪口を言われてるみたいで、嫌だな…>
<…リジュワナへの悪口って言ったら、本来はお前の専売特許だったと思うけどな。>
<それは、……そうだね。>
宏子の顔から、少し笑みが漏れる。
<ねえ、プオ。気持ちは嬉しいんだけど、少し一人になりたいんだ。良いかな。>
<…>
口を開きかけ、それからプオラギイックは、目の前の宏子の背中を見た。
<…いや、良くないな。大体少しって、もうお前がここに入り浸るようになって何時間たったと思ってる? 確かにリジュワナを思いやる心は大事だが、今のお前は、自分の心を全部それに食われているじゃないか。>
<何だ。…結局、プオは私を責めてるんだ。>
<責め…>
プオラギイックはため息をついた。
<宏子、心配なんだよ。お前のお母さんがああいう事になって、リジュワナはこうなって、落ち込むな、なんて言うのが乱暴なのは分かってるけどな。でもお前がいつまでもそんな調子じゃ、地球人全員が、将来困る事になる。それ以前に、友人として…お前にとっちゃ同僚以外の何者でもないかもしれないけどな、俺は、お前がずっとそういう風に落ち込んでいるのは見たくないんだ。>
<私なんか、別にいなくたって…小英やアリーザ達で、充分うまくやってけるよ。>
<だから自分はここにいるのか? 仮にそうだとしても、それで自分が引きこもる事の正当化になるとは俺には思えないけどな。それに実際には、アリーザ達もお前を一番頼りにしているんだぞ。>
<…>
宏子は息を吸い、それから振り向いた。
<頼りにするならあんたでしょ。あんたが魔法少女の相談役なんだから。>
<だから今こうやって、お前と話してるんだろ? コココ人だらけの中わざわざHNKまでやってきて。>
<…私は別に良い。今はそういうの、間に合ってるから。一人にさせて。>

<宏子。…俺をあんまり、不安にさせないでくれ。>
<今日はしつこいね、あんたも…今度はどういう泣き落とし?>
プオラギイックは、ベッドに両手を付け、天井を見上げた。
<最近、良く思うんだよ。俺は結局、今まで何をやってきたのかって。>
<…>
<俺が魔法協会に入ったのは、憎いモンスターのかたきを討つためだった。…でも、実は、魔法協会もそう誉められた組織じゃないって事も、徐々に分かるようになった。残念ながら、入った後にな。それでも全体としては、俺は自分達は、正義の味方だと思ってた。多少の犠牲を払わなければならない事はあっても、全体として見れば魔法協会が正義を目指している事に変わりはない、そうずっと信じてきた。春日部にいた頃辺りまでは、本当にずっとそうだったんだ。>
<でも…それが変わったんだね。>
<そうだ。誰のお陰だと思う? それはお前達…自分の監督している、自分よりよっぽど子供のはずの、自分と違って、魔法の事も何も知らない、そもそもクザラル人の事を何も知らないはずの宇宙人である、お前達だったんだ。…正直、それが一番ショックだった。話の内容なんかよりもそっちの方がショックだったね。いや、本当の事を言うとな、何よりも、お前達が恨めしかったよ。だってそうだろ? 俺は、今まで何を見ていたんだ。俺は…自分は魔法協会の中には居るが、トゥンジュのやってる軍拡路線は違うと思っていたし、魔法協会を客観的に、悪いところを含め冷静に評価出来ていると思っていた。自分はニグーワー人だ、宗教的にHYIに取り込まれてしまっているゴニ教徒達とは違う。そう思っていた。…でもそれは、そういった事は全部、大間違いだったんだ。思い上がってた。全部それが大間違いで、俺は情報収集能力で地球人の高校生にも劣る、何も理解していない、ルットオーラプクム並の大馬鹿だって事が分かったんだ。…それを、証明したのがお前達だった。>
<…プオ、それは違うよ。そんなさ、…だって、HNK位しか当初、疑惑を言い立てていたグループはいなかったんだし、>
<だから何だ? コココ人の言う事なんか信用出来ないって、ハナから意見を抹殺していたのはどこの耳だ? これだ! 自分はゴニ教徒とは違うなんて、とんでもない。俺も相手の出身で意見を色眼鏡で見る、ただのケチな人種差別主義者だったんだよ。むしろそんな自分に全く気づいていない分、平均的なゴニ教徒よりも悪質だったんだ。>
宏子は振り返らないまま、背後のプオラギイックに首を振る。
<プオ…自分を責めすぎだって。>
<でもフォローは出来ないだろ? しようが無いんだ、全部事実だからな。俺はHYIの地球侵略の片棒を担いでいたんだ。それも結構、重要な役をな。>
<本人はその事を、知らなかったんでしょうが。>
<それこそが彼の罪なんだ。彼はそれまでに、知ろうと思えばいくらでも知るチャンスがあった。それなのに、知ろうとしなかった。事態が取り返しのつかないところまで来て、人に分かりやすい形で教えられて、そこでようやく気づいたんだ。>
<…>
<だから俺はせめてその後は、地球人に償いたいと思った。…いや、地球人じゃないな。お前達だ。出来る限り、お前達の力に、今度は、お前達を騙す事なく、なりたいと思った。…でも、そう決心出来るようになるまでに、随分時間がかかった…。自分を見直すような勇気はなかなか湧かなかったんだ。そしてようやく決心して、HNKに行ってお前達の力になろうと思った頃には、…もう、リジュワナにとっては遅すぎた。>
<…>
<しかもな。それだけじゃない。…お前達が行った後、俺は…何をやっても、自分に自信が持てなくなったんだ。過去形じゃない。今もだ。俺なりに出来る事を探してはいるが…仕事をして、それで本当にお前達の為になっているのか、今も、正直、よく分からない…>
<なってるよ。プオは。皆の力に。>
<そうか。でも俺はそうは思えないんだ。>
<皆にとって、初めて接触したクザラル人は、プオとジュチャだった。でもジュチャはあんなでしょ? だからもしプオも私達の敵になってたら、私達は根本的にクザラル人不信になってる所だったよ。そしたら多分、魔法をそれ以上使おうともしなかっただろうし…私達もこうやって頑張り続けるなんて、出来なかったと思う。>
<そうか…?>
<そうだよ。プオは皆の助けになってる。極端な話いてくれるだけでも違うと思うよ。…少なくとも私はそうだな。>
<そうか…そう言って貰えると助かるよ。>
頷くプオラギイック。
<でも、ここ数日のお前は、まだ全然俺は助けになってやれていない感じがするんだよな。>
<…>
口を開いたまま、宏子は動きを止める。
<不安にさせないでくれ、って言うのはそういう事だ。お前がずっと落ち込んでいるようだとな、俺の存在意義に関わるんだよ。俺としては、それは困るんだ。>
<…>
宏子はしばらく視線をさまよわせてから、うつむき、呟くように念じた。
<…ごめん…>
<なあ宏子。リジュワナがこういう事になって、悲しいのは当然の事だ。それは俺だって嫌というほど良く分かる。それでしばらくは、落ち着けなんて無理な話だろう。でも、人間はそれでも、前に進むしかないんだ。「起きてる」間はな。>
<…>
<…>
<…二度目、だね…>
<ん?>
<私が駄目になってる時に、助けて、くれ、たの…>
薄暗がりの中、宏子の肩が震えているのが見える。
<前は…お姉さんの時か。>
<私…駄目、なんだよね。多分、魔法少女って…根本的に、私、向いてないん、だと、>
念に混じって、鼻をすする音が聞こえる。
<こんな状況に、向く奴なんかがいてたまるか。>
プオラギイックの顔に笑みが混じる。
<そっか…それ聞いて、ちょっと、安心、…>
<…>
立ち上がり、宏子の隣に来たプオラギイックが、そこでしゃがみ、宏子の肩に腕を回す。
「ウッ…スッ…ズッ、グスッ、グッ…ウッ…」

宏子はプオラギイックの胸に顔を寄せ、そのまま自分の肩を揺らし続けた。


赤い葉の木々が生い茂る森の中で、全身にスウェットスーツのような黒い服をつけたクハムヌが振り返った。
「良いですか。隊と隊はここから裏手に。Shシェ隊、Zhジェ隊はそれぞれ右・左で、Llシェ隊、隊がこのまま前進します。各隊配置につき次第、連絡を。」
「了解。」
クハムヌの後ろについてきた、二十人弱の同じ服のクザラル人達が頷く。
アリーザと小英の方にクハムヌは顔を向けた。
<お二人はこのままLl隊の私達と行動を共にしてください。特に危険を感じたという時は、いつでも逃げて構いません。ただし、逃げる方が危険という事もありますし、常に落ち着いて>
<ご心配なく。私達は確かにとても未熟ではありますが、少しだけ戦闘慣れしている部分もあるんですよ。…あまり嬉しい話とは言い難いですけれど。>
<そうですね。>
クハムヌはアリーザに頷く。
<それでは行きましょう。>
クハムヌは歩きだす。それぞれ数人の各部隊は、そこで別々の方向に消えていく。
<…>
歩こうとする小英の前を、蚊のようなカメラが数機、ふわふわと揺れている。
「…フン。」
忌々しそうに手を振りながら、小英はアリーザの後をついていった。


草むらに腰を下ろすクハムヌが、腕端末をおさえる。
「フィゴスフィ?」
「はい。Zh隊、配置完了です。」
「了解。」
端末からの声に答えるクハムヌ。彼女は端末を操作する。
「全隊に告ぐ。これより81分丁度に作戦開始。Sh、Zh隊は侵入路を確保したらこっちに連絡して。」
「分かりました。」
「7、6、5、4、3、2、1…開始!」
芝生のやや向こうに、地球で言えば地中海あたりにありそうな白い土壁の建物がある。その両脇に、HNKの隊員達が一斉に走り出した。
<…>
<…>
アリーザと小英はお互いを見合う。固い表情のアリーザ。唾を飲み込んでいる小英。
クハムヌは、端末からの報告を今かと待っているようだ。
<…>
<…>
ニ人と、クハムヌ達の隊員三人の合わせて五人は、じっと草むらにしゃがみ、端末の震動を待っている。
ザザ…。
何か頭上で音がした。動物の鳴き声のようだ。小英が見上げると、向こうの森の木の上部を、モモンガに良く似た雰囲気の動物…か鳥か、が数匹飛んでいる。
<…>
首を振り、小英は視線を戻す。
ザザ…。
また音がする。今度はさっきより近い。
<動かないで下さい。正当防衛以上の暴力を行使する意図はありません。>
そして小英は、自分達の周囲をクザラル人魔術師達が取り囲んでいる事に気づいた。


<…>
自分達の周囲を、十人かそれ以上の茶色い肌のクザラル人が取り囲んでいる。皆服装は、こちらとは違い普通のクザラル服に近い。しかし全員が、ステッキか照射機のいずれかをこちらに向けている。
<武器を置いて、全員ゆっくりと立ち上がりなさい。>
<…>
お互いを見合うクハムヌ達。
<…>
クハムヌは自分のステッキを置き、その場を立ち上がった。他の隊員達も後に続く。
軽く眉をひそめながら、アリーザも立ち上がる。ワンテンポ遅れて、小英も草陰から腰を上げた。
<よろしい。コココ人はそのまま動かないように。地球人の二人は>
<死ねえっ!>
プシュプシュプシュウッ。
「うあああっ!」
HNK隊員の一人が、隠していた照射機を構えようとする、その前に、彼女はHYI魔術師達の攻撃弾の集中砲火を浴びた。
体中に野球のボール程度の穴を開けた隊員は、赤い血と、腸と思しき内臓を飛び出させながら、その場に崩れた。
<…>
<…うっ…>
顔をしかめるアリーザと、目をそむける小英。
<…こちらへついてきてください。先程も言いました通り、私達には、暴力を行使する意図はありません。正当防衛以外は。>
アリーザ達の前に立ったクザラル人男性が、平然と念じる。アリーザと小英は目を見合わせ、お互い息をついた。


<こちらへどうぞ。>
建物は、どうやら普通の民家らしい。土の内壁を珍しそうに眺めながら、二人は男性の後に続く。
部屋の入り口の前で、男性は立ち止まった。
<いらっしゃいました。>
<分かりました。お通ししてください。>
<はい。>
部屋の方からの念に頷いた男性は、ドアの横に立ち、アリーザ達を見る。
<どうぞ。>
<…>
しばらく彼に目を向けてから、アリーザは部屋に歩き出した。付いていく小英。

二人の入った部屋は、飾りっ気の無い簡素な部屋だった。やや広めで、中央に長めのテーブルがあり、その上にはバーチャルディスプレイ用のコントロールパネルがぽつぽつと並んでいる。
テーブルの向かい中央に、一人の女性が座っている。青い肌で、地球人で言えば30代か40代という見た目だ。
女性は微笑み、立ち上がった。
<ああ…久しぶりね。本当に久しぶりだわ。>
<…>
目を合わせるアリーザと小英。
<久し…ぶりですか?>
<ええ。もちろん分かっているわ、あなた達が覚えていないって事は。…ちょっと寂しいけれど、しょうがないわよね。>
<…>
<どうぞ、かけて。>
自分の向かいの椅子を手で示す女性。小英はアリーザを見る。アリーザは肩を上げた。
二人は、女性の向かいの椅子を引き、それぞれ腰を降ろした。
<…>
<そう固くならないで。危害を加えようなんて、これっぽっちも思っていないんだから。>
<あんた達が…私達の味方だとでも?>
<味方…そうね。その言い方は、ちょっと他人行儀すぎやしないかしら? 私達は家族なんだから。>
女性は小英に答える。
<家族?>
小英は笑った。
<ウチは既に、充分大家族なんだ。親族や会社の関係者を含めればな。これ以上増えるのは、ちょっと勘弁してほしい。>
<…>
隣のアリーザは、どこか冷たい目つきで女性を凝視している。
<気持ちは分かるわ小英。でも、私が言ってる家族はそういう、比喩的な事じゃなくて、本当の家族の事よ。>
<はあ? 何を言っている?>
<…>
女性は手を広げた。
<言葉の通りだわ。私が、あなた達の母親なのよ。正確に言うなら母親の一人ね。>
<え…?>
眉を寄せ、小英は首を傾げる。敵対的な表情のアリーザが、息をもらしつつ念じた。
<そうですか。…ですが、あなた達の基地は、とうの昔にサクコブに破壊されたのでは?>
<…あ…>
アリーザの念に、小英は目をまたたかせる。笑う女性。
<私は攻撃の前日に基地を離れていて、難を逃れたの。HNKへの対策で本部に呼ばれたのよ。だからあなた達の親達の中で唯一、生き残る事が出来た。>
<ま、待て。な、何、訳の分からない事を言ってる。私の親は、蔡訓田ツァイ・シュンティエン許健華シュー・ジェンホアだ! あんた達みたいなクザラル人なんかじゃないっ!>
<変ねえ。あなた自身はクザラル人なのに、親が地球人だというのは解せないわ。>
<なっ!>
<蔡さん、落ち着いて。>
アリーザは小英の肩に手を置く。
<自分の心にとっての精神的な親が誰であるかはともかく、遺伝的には私達が何者かは既に議論の余地は無いでしょう。私達の実の親は、クザラル人ですよ。>
<親なんかじゃないだろ。あいつらは、私達を改造しただけだ!>
<クザラル人を地球人風に改造したんですよ。逆だと思っていませんか? 私達を産んだのも、それを「改造」したのもどっちもクザラル人なんです。>
<更に言うと、そのどっちも私達よ。まあ、産んだというか、試験槽の人工羊水から取り上げた訳だけど。>
<…!>
怒りに震えている小英が立ち上がろうとする。肩をおさえるアリーザ。
<蔡さん。>
<…>
荒い息をおさえ、何とか感情をコントロールしながら小英が女性を睨んだ。
手を離し、息をつくアリーザ。
<それで、あなたが私達の「お母さん」であるという証拠は、どこにあるんですか?>
<言われると思ったわ。>
頷くクザラル人女性。
<ただ正直、それが一番難しいのよ。さっきあなたが言った通り、私達の基地はモンスターに完全にやられてしまった。ある意味、彼等のお陰で、証拠が全て隠滅されてしまったのよ。>
アリーザは眉を上げる。
<それは、大変都合の良いお話ですね。つまり事実上、クザラル人の方ならどなたでも私達の親を名乗る事が出来るという訳ですか。もう証拠は残っていない訳ですから。>
<まあ、多少は当時の機密文書とかを見せてあげる事も出来るけど。それであなた達が納得するかしら?>
<どうでしょうね。内容によると思いますが、ただの名簿等でしたら結構です。>
<そうでしょ? そうすると、私があそこの研究員の一人だった、って事を証明するのは随分難しくなる。>
肩を上げる女性。
<まあ、敢えて言うなら…そうね。アリーザ、あなたの腕には傷跡があるでしょ、二本。確か、右腕だったと思うけど…多分まだ、残っているわよね?>
<…>
<…>
アリーザと小英は息を止め、お互いを見る。
<残っているようね。…あれは、ハサ・ジヌーユであなたが、誤って照射機に手を触れてしまって、それがかすってついた跡なのよ。皮膚を移植して、綺麗にするべきだって言う研究員もいたけど、私は反対したわ。その位の傷だったら、本人に良い警告になると思ったし。普段露出する場所でもないしね。実際その後のあなたは、とても慎み深い、礼儀正しい子に育ってくれたわ。>
口を開け、小英が尋ねる。
<育った、って…私達は、ずっとその基地にいたのか?>
<ずっとじゃないわ。せいぜい…13クザラル年か12クザラル年位よ。>
<つまり6、7地球年という事ですか。>
<6、7地球年、って…>
<あなた達が、0地球歳から6、7地球歳になるまでの間、になるわね。>
<そ、そんなに…>
息を飲む小英。隣のアリーザは首を振る。
<ですがそれも、証拠は無い訳ですよね。>
<まあね。>
<私の右腕の傷も。どこかで事前にそれを見て、あなた達がそれに合わせて話を作っただけだと考えても至極当然だと思うのですが。>
<でも確か…あなたに与えた記憶だと、何だったっけ? 多分、果物を切り損ねたか何かで、刃物が滑った、って事になってるんじゃなかったかしら。>
<…>
<あなたの腕の傷跡を調べてもらえれば、…ああ、地球人じゃなくてクザラル人の医者にね、その傷跡に、微量の照射線反応が今でも残っているのが分かるはずよ。当然、地球の料理用の刃物にそんな作用は無い。照射機に撃たれない限りそんな反応は起きないものね。>
<…>
アリーザは口を開き、何か答えようとする。が、これという気の利いた返事が出てこない。
<少しは信じてもらえてきているみたいね。それじゃ、小英のお尻の傷の方は、触れないでも構わないかしら?>
「…な…」
小英が目を見広げ、呟く。アリーザは自分の呼吸を落ち着かせ、両手を広げた。
<それでは…仮に、あくまで仮定ですが、仮に、あなたが私達の「お母さん」だとして。一体どうしてここで、私達に会われたのでしょう。>
<会いたかったからよ。子供が元気でやっているかを見たかった。>
<…>
<つまり…そもそもこの星に来たのは、私達に会うためだったのか。>
<そういう訳でもないわ。元々私は、この辺りに結構前から住んでいたの。>
腕を組む女性。
<クハムヌ達を監視するには、絶好の場所でしょう?>
<…>
小英は口を開いたまま、女性を見ている。
<そうしたら、彼女達、地球人の魔法少女達が良い見せ場を作れるような、都合の良い戦闘はどこかに無いか、なんて事を話し合っていたから、だったら、私がそれを用意してあげようかな、って。>
<…>
小英はまばたきを繰り返し、首を振る。アリーザが念じた。
<それで…そこまでして私達を呼んで頂いたのは光栄ですけど、どうしてなのでしょうか? ただ、会いたい…だけだったんですか?>
<…いけない? さっき言った通りよ、自分の子供なんだから、会いたいと思うのは当然でしょう?>
<申し訳無いのですが…少なくとも私は、あなたに母親に対する子供としての愛情は一切感じていないのですが。>
小英の眉が上がる。
<…アリーザ、私がまるでそうじゃないみたいな言い方はするな。>
<でも私は感じている。出来る事なら、あなた達も私が家族だと、味方なんだと、分かってほしい。>
<…>
アリーザは合点がいった、という表情で頷いた。
<…ああ。HYIの勧誘にいらっしゃった、という訳ですか。>
<あなた達にとって…HYIは、嘘つきで人を騙す、悪の集団だ、みたいに思っているんじゃないかしら。>
<違ったんですか?>
<ええ。それは全くの誤解だわ。HYIは地球同胞との友好にずっと尽くしてきている。今だって、HYIのお陰で地球の平和は保たれている。地球の周囲にHYIが防衛ラインをひいて、モンスターを多数迎撃しているという事実は知っているでしょう?>
<そういう報道を親HYIのクザラルメディアが盛んに行っているという事実なら知っています。ただし報道管制が厳しく、HYI側の発表する公式なもの以外の映像はおよそ出ていないようですけれど。>
<そんなのは信用出来ない、って言いたいのね。…まあ、私達の事は、これからゆっくり分かってもらえれば良い。焦る事じゃないわ。>
<そうですか。>
<だったら、もう私達は帰っても良いだろう。>
<そういう訳にはいかないわ。>
女性はアリーザ、小英、二人の顔を見据える。
<今あなた達が戻れば、またHNKの所にいく訳でしょう。最近あなた達は随分、HNKと仲が良いのよね。>
<…>
目を見合わせるアリーザと小英。女性は人差し指を立てた。
<あなた達が地球で付き合っているHNKの支部長は、確かシユマっていうエウグ人だったわよね。彼女についての事は、あなた達はどれだけ聞かされているの?>
<…>
<まあ、せいぜい好きなスポーツとか、好きな異性の容姿とかそれ位のものでしょ? 彼女がこれまで何をやってきたか、なんて事は知らないのよね。>
小英は女性を見返す。
<…それなりに、色々辛い事もあった、という話は聞いている。武力による民族解放組織のメンバーな訳だから…>
<そう。それで具体的には?>
<…>
黙り込むアリーザと小英。女性は身を乗り出した。
<私は、あなた達に、ああいった詐欺師とは付き合ってほしくないの。あれは大嘘付きの極悪人よ。冷酷で、人を人だと思っていない。>
<…それは誤解だ。彼女は、私達に良くしてくれている。>
<今はね。でも自分の利益にならないと分かれば、いつでもくるりと態度を変えるわよ。彼女はそうやってここまで生きてきた。>
<…>
<そもそも彼女は、どこをどう見ても青い肌じゃないわ。でも一般のコココ人の肌の色は…知ってるでしょう? 何で彼女がコココ人解放組織にいるのか、疑問に思った事は無いの?>
<それ、は…>
<スパイだったのよ、彼女は。HYIがHNKに送った。>
<…>
小英は口を閉じた。女性は軽く首を振りながら念じる。
<もう20クザラル年前になるかしら。HYIの情報部の人間に、ジナ・ウーという女性がいたの。彼女は、自分の出身がHNKシンパの一民族であるタスヌサ人である、という利点を生かして、HNKに潜入したんだけど。彼女の働きは、それは優秀だったと聞いているわ。彼女がHNKの機密をこちらに流し、逆にHNKには嘘のHYI情報を流した。そのお陰で、コココ人過激派を相当数、処理する事が出来たのよ。>
<そんな…それは嘘だ、>
<彼女の活躍で処理された過激派活動家を数にすれば、数百人は下らないでしょうね。…まあ、千人はいかないでしょうけど。…ああ、活動家の夫や子供も処理したから、その数を入れれば千人を越えるかもしれないわ。>
<…>
アリーザと小英は、何も念じられないまま女性を見ている。
<でも、いくら相手は平和を侵すテロリスト達だとはいえ、少しやり過ぎじゃないかという意見がHYIの間でも出たの。HYIは根本的に平和主義だから。それで、その行き過ぎてしまったスパイと手を切ろうとした瞬間…彼女は、HNK側に寝返ったのよ。>
<…嘘、だ…>
<ジナは今度、HYI側に嘘の情報を流した。お陰で、こちらの戦闘員…詳しい数は忘れたけど、確か十数名が犠牲になったわ。マスコミが彼女の事をかぎつけ、彼女はJVK中の話題になった。特にどこで話題になったかといえば、もちろんコココ人の星々でよ。コココ人もその時になって初めて、彼女の事を知ったから。ジナを即刻捕えて人格死刑にするべきだ、という国際世論が沸き起こったわ。そしてそのタスヌサ人スパイは…それから間もなく宇宙船で事故死した。>
<…え?>
呟くアリーザ。
<死んだのよ。エンジントラブルで船が爆発してね。遺体も跡形も残らなかったわ。…それからしばらくして、ジナに良く似た容姿のエウグ人がHNKにいる、というのが知られるようになった。一部の人間は彼女がジナじゃないかと疑ったんだけど、結局同一人物であるという確証も無く、話はうやむやになったわ。そしてそのエウグ人は今も、何の罰を受ける事も無く、HNKの重要ポストでのさばっている。何人ものゴニ教徒達と、それの数百倍のコココ人達の遺体の上に、足を踏み置いてね。>
<…>
<…それが、>
アリーザの念が震えている。アリーザは一旦呼吸を整えてから念じ直した。
<それが、事実であると言う証拠は無いという事ですね? それでしたら、あなたの言っている事は、単に私達の今持っている協力関係を引き裂こうとして作り上げたお話でしかない、と疑われても仕方がありませんよね。>
<まあ、そうね。でもジナへのコココ人の怒りが本物である、というのは確かよ。シユマがジナとは別人である、とHNKが公式に宣言している今でも、一部のコココ人は彼女こそがジナなのではないかと疑っている。そして彼女と行動を共にしているあなた達も、自分達の敵であるとみなしているのよ。実際この星でも、あなた達地球人がここに来るという話がどこからか漏れて、散発的にだけど抗議デモが起きたりもしたわ。…って言ってもまあ、それもあなた達は信じないかもしれないけれど。どうせクハムヌ達ががっちりガードしたから、星の民間人なんて全く目にしていないんでしょう?>
<…>
アリーザと小英は、お互いの目を見る。
<彼女みたいなのは、HNKじゃ珍しくないのよ。アリーザ。小英。ねえ、お母さんの言う事を良く聞いて。魔法の平和利用を目的とした魔法協会と、最初から人殺しを目的としたHNKは、本質的に全く違>

プシュプシュプシュウッ。
女性の頭に穴が開いた。
<っ!>
「だ!…け…で…だ、だ…だ……で…だ…」
グチャッ。
クザラル人女性は、顔をテーブルに叩きつける。
素早く振り返るアリーザと小英。
<…いい加減な事言わないでよ。私みたいなのが、「HNKで珍しくない」訳ないじゃない。>
ステッキをこちらにまっすぐ構えたシユマが、厳しい顔つきで立っていた。


<…>
<…>
<…>
シユマは厳しい表情のまま、ステッキを上げ、二人の方に目を向ける。
<…だから、やめろって言ったんだよ。戦闘を甘く見るな、って。>
<…>
<…>
<ちなみに私達が来た時には、クハムヌ達はもう殺されてたよ。この女の呼んだHYIの援軍も、もうかなり近づいているようだから、私達も今すぐ逃げないと危ないんじゃないかな。>
<…>
<…>
椅子に座ったまま、アリーザと小英はお互いを見合う。
<何、それともここで「お母さん」のかたきを討つために私と戦う? やめてよね、あんた達結構強いんだから。正直、不意打ちじゃなかったら、勝てる自信が無いよ。>
<…>
<…>
シユマはステッキを右肩に乗せ、脳を露出した女性の方を見た。
<…大学の教授だったのよ、この女。私の担任じゃあなかったけどね。当時から宿題とか厳しくて、ヤな奴だと思ってた。>
<シユマ、あの…話は…>
小英の念にシユマは息をつく。
<どの話よ。私、今来たところだから、あんた達がどういう会話を楽しんでたのかの詳細なんて知らないんだけど。>
<…>
<…一つコメントするなら…もしこいつが、ジナとかいう女を有能なスパイだとか誉めたとしたら…それは確実に間違ってるね。私が知る限りじゃ、彼女は全く無能だった。…あんな無能なスパイなんて、見た事ないよ。だって、まともなスパイだったら、諜報の対象者と触れ合い続ける内に彼等に同情したり、更には彼等に罪の意識を感じだしたり、なんて事は絶対に有り得ない話でしょ?>
<…>
<…>
<帰るよ。…少なくとも、私は。>
<…>
<…>
<…>
軽く息をつくと、シユマはそのまま一人で部屋から歩いていく。
部屋には体液を流し続ける女性と、椅子に座ったままの二人が残された。


「はい。」
暗がりの中で、アリーザは腕端末を押した。瞬時にディスプレイが彼女の前に表示される。
「あ、アリーザ。」
「ああ、佐藤さん。」
アリーザは画面の宏子に微笑んでみせる。
「あ…ごめん、もしかして今そっち、夜の時間?」
「いえ、構いませんよ。消灯時間ではありますが、私はずっと起きていたので。」
「あ、そう。あの…ごめんね。」
「いえいえ、本当に気にしないで下さい。」
「あ、そうじゃなくて、その…私がどうしようもなくなってる間に、命がけの仕事をやってくれて…」
アリーザは頷く。
「ああ。…でも、命がけというほど大変な仕事ではありませんでしたよ。あくまでセレモニーとしての攻撃、でしたから。私達にとっては、命の危険みたいなものは全く無かったんです。」
「でも、何かそっちのHNKの人からの報告見たら、何人か死んだんでしょ? シユマ達が間に合わなかったら危なかったんじゃないの?」
「ええ、確かにコココ人は何人か犠牲者が出ましたが、そもそも相手は、地球人は殺すつもりは元々無かったようですね。」
「え、地球人が来るなんて事、相手は分かってたの?」
「…さあ。ただHYIにしてみても、地球人の魔法少女を味方につければ何かと有利でしょうし、そういう計算がその場で働いたのかもしれません。」
「ああ…なるほどねえ。まあ、あんた達が無事だった、っていうのは良かったけど。」
「ええ、私もそう思います。」
「うん。」
宏子は頷き、微笑んだ。
「あんた達のお陰で、HNKが地球人の独立組織に援助してくれる、っていうのが正式に決まって良かったよ。たぶん彼等の助けが無かったら、いくら私達だけが騒いだって永遠に組織なんて出来なさそうだったからさ。」
「これで一歩、先に進めますね。私達の…何でしょう、…平安?」
「正義、かな。」
「正義、そうですね。私達の正義、に向かって。」
「うん。ただ…今度こういう事をする時は、ちゃんと私にも相談してよね。まあ結局、無事だったから良かったけど…」
「分かりました。ちゃんとリーダーに話を通してから、何でもやるようにします。」
「あのねえ。…っていうか…そうだよね、考えてみたら、最近私駄目駄目だったから、相談なんか出来る、状態じゃなかったのか。」
「…でも今は、もう乗り越えられたようですね。」
宏子は恥ずかしそうに鼻の頭をかく。
「ん…どうだろう。でも…」
「プオラギイックさんが一生懸命構ってくれたから…」
「…は?」
「ああ、いえ、何となくそういうテレパシーが聞こえてきたように思えたんですが、気のせいでしょう。」
「…」
アリーザは手を振る。眉を上げる宏子。
「…アリーザ。あんたさあ…」
「気のせいですよ。宏子さんがプオラギイックさんに、仕事仲間以上の特別な感情を抱いているなんて事は、もちろん有り得ない訳ですから…」
「アリーザ。気のせい…かもしんないけど…何か、あんま喜んでなくない?」
「…」
アリーザは動きを止めた。
「…と、言いますと?」
「…ああ、そうだよね。いくら作戦が成功したって言ったって、現地のHNKの人達は、何人か、やられちゃった訳だし…素直に喜べるような状況じゃないんだよね。ごめん、ちょっと、無神経だった。」
「気にしないで下さい。もちろん、こちらのスタッフの方々に犠牲者が出てしまったのは大変悲しい事ですが、彼等の死も、決して無駄死にではなかったんですから。私は今回の作戦の結果には、とても喜んでいるんですよ。」
「そう。…でもそれにしては…」
宏子は眉をひそめ、アリーザの顔を見る。
「…」
「…」
「…」
「…ああ、駄目だ、あんたの表情ってポーカーフェイス上手いからよう分からんわ。」
宏子は首を振る。アリーザは笑った。
「良いアイディアですね、今度やりましょうか、ポーカー。」
「遠慮しとく。っていうかルール知らないもん。」
「教えますよ。」
「巻き上げながら、でしょ? ヤだってそんなの。」
宏子とアリーザは笑いあう。
「じゃ、何か夜も遅いみたいだし、残りは着いてから話そっか。」
「そうですね。」
「んじゃね。」
「御機嫌よう。」
頷く宏子。バーチャルディスプレイの表示が通話データの文字に切り替わる。アリーザはディスプレイを消す。

「…ふう。」
笑顔を止めたアリーザは、息をつく。
「…」
そしてアリーザは暗闇の貨物室の中で体育座りをしながら、ゆっくりと顔を膝につけ、目を閉じた。


続く



Written by FML (AKA Franken).
Ver. 1.00 on 2002/11/6.

<蔡さん、蔡さんは、将来の夢は一体何なんですか?>
<将来の夢? そうだな、まあ、元々は、化学関係を勉強して、親の会社に役立てばな…とか思ってたんだけどさ。>
<素晴らしいです。12歳にしてそこまで考えているとは。>
<そ、そう?>
<ですが、蔡さん、あなたはまだまだ甘い。>
<えっ?>
<化学を勉強する等と軽々しく言いますが…今まで何人の男達が化学の山を目指して、冬山に消えたと言われているんですかっ!>
<言ってる意味がよく分かんない…>
<そんな心構えでは、あなたが20歳になった頃には化学どころかキツネ狩りもおぼつかない事でしょう…>
<目指してないし…>
<ですから何事も、慢心せずに常にしゃにむに頑張っていかないと、人は前には進んでいけないものなんですよ。>
<その結論は良い感じだけど、途中の経過がちょっと…>
<ということで次回、魔法少女佐藤第16話、「魔法少女で頑張るぞ」。お楽しみに。>
<無視してるし、何かサブタイ適当だし…>
<まあ、私は今回充分頑張ったので次回は休まさせて頂きますが…>
<もう否定してるし…>



←Prev ↑Home ↑Original Novel →Next