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空を飛ぶ不気味な生命体の写真がクローズアップされる。
「モンスターと呼ばれる彼等は地球に突然やってきて、私達に計り知れない災禍を与えてきました。だから私達は、このエイリアンだけが悪魔だと、当初考えていたのです。」
黒いスタジオの中で、綺麗にヘアメイクを施したアリーザが、カメラ目線で英語で語る。
「そしてそれと同時に、現れたもうひとつのエイリアンが、HYI、クザラル魔法協会でした。サクコブに対抗する術を教えてくれた彼等を、私達は当初救世主だと思っていました。」

Aliza Abdullah Sahanaya -Genetically created "human" magical girl, experimented by HYI

画面に英語のテロップが出る。
「ですが、それはとんでもない誤りだったのです。」
ナレーションの声が大人びたものから、やや外国鈍りのある、舌ったらずな子供っぽいものに変わった。
「彼等はブエノスアイレスでどのサクコブよりも酷い大量虐殺を行いました。遺伝子合成、人体改造、洗脳教育を行い、地球人の尊厳をもてあそびました。」
映像はブエノスアイレスの歓迎式でにこやかに握手をする宏子とデルイジ。しかしその写真は火で燃え上がる。

Juan Carlos Deruigi -Magical boy, killed by the Buenos Aires great massacre, caused by HYI

画面は、クザラルの宇宙基地内で行われていた地球人への手術の様子とされている、記録映像に変わる。
「それらは全て、クザラル人が地球人を植民地支配するための布石だったのです。」

Ingrid Cai -Genetically created "human" magical girl, experimented by HYI

小英がテロップと共に現れ、首を振る。

Riswana Anisul Haq -Magical girl, made vegetable by Sakukobu systemic-magical atack

リジュワナの写真とサクコブの写真がオーバーラップする。ナレーションの声は更に鈍りの酷い英語にかわった。あまりに鈍っているので、わざわざ字幕で同じ台詞が表示されている。
「もう、こんな悲劇は繰り返させない。私達、地球独立運動は、地球人が自らの独立を勝ちうるための抵抗組織です。興味のある方はこちらにファックスするか、こちらのウェブサイトをご覧になって下さい。私達地球人の手に、この星を取り戻しましょう!」

Hiroko Sato -Magical girl, whose sister is killed by fake Sakukobu atack set by HYI

リジュワナの写真を持った宏子がカメラに呼びかける。魔法少女達三人がこちらを見る映像の後、画面にはその前から表示されていた2行の字幕だけが残った。

CALL NOW! 1-800-MY-EARTH
http://www.independent-earth.org/


魔法少女佐藤

第16話「魔法少女で頑張るぞ」


黒人の少女が、緊張した面持ちで背筋を伸ばした。
「バデリヌワ・アキンロラブ、15歳です。EIMイーアイエムに全身全霊を奉げる覚悟です!」
周囲の5、6人の人々が、やや驚いた顔で彼女に視線を寄せる。
一列に並んだ彼等の前に立っていた、20代と思しき黒人の青年が、やや苦笑気味に彼女に頷いた。
「元気があって良いですね。親御さんとはちゃんと話がつきましたか?」
「え? ええ…誘拐で行方不明になった事にしてくれ、と頼みました。」
「賢明です。家族との連絡法等の注意点は後で皆さんにもお伝えしますが、まず最初に、ここが非合法の地下組織だという事を分かっておいて下さい。…こんな事をわざわざ言うのは皆さん…特に非魔力戦闘部隊の方には余計な話だとは思いますが、私達のやっている事を、グリーンピースやアムネスティと同等に捉えている人もシンパの方には多いようなので。…まあ、ここに選ばれた方々ならそんな心配も無用でしょうが。」
人種も性別も年齢もバラバラな人々を眺めながら、少年が英語で話す。
「秘密組織というのは便利なもので、納税の義務も無ければ契約履行義務も、最低賃金の保証も必要ありません。だからといって皆さん、後から「労働条件の話が違う」等と言って訴訟を起こしたりしないでくださいね。どうしても納得がいかない事があってここを辞めたい、という時は、まずこちらにそれを言ってください。…ちゃんと系の魔法で洗脳し直してあげますので。」
青年が笑顔でいう言葉に、一行はややなごやかな雰囲気になる。
「…真面目な話、何か問題があった時は、どんな些細な事でも必ずに上に報告してください。どうしてもここを辞めざるをえないという時は、本当に系の魔法をかけます。…ここの場所等を覚えた状態で戻られては困るからです。…ここは、そういう組織です。」
真顔になった青年が続ける。
「これまでの私の言葉で、「やっぱりここは私には向いてない」と思った方がいたら、手を上げてもらえますか?」
黙ったまま、一同はお互いを見やる。手を上げるものはいないようだ。
「…よろしい。それでは今日は、軽くここの施設をご案内します。もちろん全ては見せられませんが、トイレの場所位は知ってもらわないと困るでしょう。」
再び笑みのもれる一同。青年は書類の挟まったバインダーを手に頷いてみせた。
「まずはこちらに来てください。」


黒人の青年を先頭にした一行は、堅牢なコンクリート作りと思われる大きな建物の中の、やや薄暗い通路を歩いていく。通路には何人も人がいて、立ちながら何かを話し合っていたり、ワゴンを押して何かの機材を運んでいたりしていた。
「気をつけてくださいね。ここの人達は皆、前を見て歩くという習慣を忘れているので、建物の中でも衝突事故は絶えないんです。」
青年が歩きながら喋る。
「既に、ここの建物も手狭になっているので、本部を別の場所に移す話もあるんですが、とにかく人の増え方が激しいので。」
「すいません。」
白人の男性が軽く手を上げる。振り返る青年。
「答えられたらで構いませんが、何故、本部はこの場所にあるんでしょうか? 代表の出身地は日本のはずですし、確か、HNKの地球支部も日本にあったと聞きましたが?」
「良い質問です。」
青年は立ち止まり、向き直る。
「むしろその2つが、私達が本部を日本に作らなかった理由なのです。魔法協会やサクコブも、その事を知っているでしょうから、日本でこのような施設を作るには目が厳しすぎるんです。もちろん、系の魔法はどちらにしても使う事になる訳ですが、私達は例えばHNK等と比べても決して魔力的に力が強いとは言えませんし、監視の目が緩いに越した事は無いので。」
「…」
質問した男性は真面目な様子で頷く。
「中西部の砂漠に作った、というのは、もちろん魔法協会やアメリカ政府等に見つかりにくくする、というのもありますが、万が一ここが戦闘を受けた際、無関係の民間人を巻き込みたくない、という代表の意向もあったと聞いています。」
「では、何故アメリカなんでしょうか? シベリアやサハラ砂漠じゃ悪い理由でもあったんですか?」
東洋人の男性が聞く。
「悪い理由があったかどうかは分かりませんが、北米に本部を置いた方が便利だ、という人が多かったのは事実です。私もアメリカ人ですし、皆さんの中にもアメリカか、カナダ出身の人が多いと思います。ネットは全世界からアクセス可能ですが、EIMのテレビコマーシャルを流せたのは結局北米だけでしたから。それもメジャーなネット局はもちろん駄目で、ケーブル専用のチャンネルで数週間流せただけでしたけど。」
「僕もあれを見てEIMの事を知ったんです。」
男性が頷いた。
「でも、あのCMは北米以外では流れなかったんですか?」
「ええ。中国語バージョンと日本語バージョンも作ったらしいんですが、流す機会は無かったそうです。どこの国の放送局でも、「公序良俗に反する」みたいな理由で断られたそうで…。こっちが、魔術師用の居住区です。」
分岐している廊下の、一方を指し示す青年。
「トレーニングルームは更に向こうになります。非魔術師会員も共用していますから、お互い譲り合って使うようにしてください。細かい時間割もありますので、後で確認してください。」
「トレーニング、ルーム…」
「要は、ただの体育館です。」
青年はバデリヌワに肩を上げた。
「魔術の上達にはHYI式のバーチャルトレーニングマシーンという機械が効率が良いらしいので、それを導入しようという話もあるんですが、代表が難色を示しているようですね。やはり魔法協会=洗脳、というイメージが強いんでしょう。」
「でも、多少イメージが悪くても、効率が良いものを取り入れた方が良いのでは? ここは地下抵抗運動な訳だし…」
白人の男性が発言し、数名がそれに頷く。
「確かにその意見も分かります。実際私もそう思っていますし。もしかしたら、これからそれを導入する事になるかもしれません。ただ、ウチの代表は心底嫌がってるみたいですね。代表の前でそんな事を言ったら、片言の英語で激昂されますよ。」
青年は軽く笑う。青年は通路をまた歩き出した。

「技術系職員の方はこっちの建物で過ごす事が多いと思います。ここと上の階が研究室です。クザラル技術の地球人用ローカライゼーションや、その改善が主な仕事で…まあ、その辺りの事は皆さん達が一番よく分かっているでしょうが。居住区は非魔力戦闘員の方々とまとめてこちらです。」


半地下の、砂に埋もれた建物の中を一行は歩き続ける。細い通路を渡り、一行はひときわ人の出入りの激しい部屋に出た。
黒人の青年が向き直った。
「こちらが指令本部です。各支部との連絡や協議、作戦会議や指揮が全てこちらで行われています。」
公民館のホールのような少し大きめの部屋に、多数の机とパソコンが置かれ、私服の人々がモニタと睨めっこをしたり、電話で何かを話したりしている。皆一様に忙しそうで、全体の様子は新興企業のオフィスを思い起こさせるものだった。もっとも、この部屋も他の部屋同様コンクリートの打ち放しで、窓らしい窓は一つも無い。
「それでは、指令系統の人々は皆こっちにいるんですか? …執行部というか…」
「いわゆる「魔法少女」の皆さんですか? まさかサインを貰いに入会した訳じゃないですよね?」
質問した男性に、青年が肩を上げてみせる。笑いの漏れる一同。
「そうですね、魔術の練習の時以外は殆どここにいますよ。といってもアリーザ支部長と蔡魔術師はドイツですから、こっちに今いるのはニ人だけです。更にその内の一人は、精神喪失状態でずっと寝ていますから、今ここにいるのは…」
言葉を止め、青年は部屋の一角を見る。日本人の少女が険しい表情で、クザラル人の男性と何か会話をしているようだ。
「代表が丁度良いところにいますね。皆さん、ついてきてください。」


日本語のバーチャルディスプレイを前に宏子はため息をついていた。
<結局どこの政府もまともに話し合う気なんか無いんでしょ。>
<中国はかなり乗り気だって小英は言ってただろ?>
隣にいるプオラギイックの念に手を振る宏子。
<だって、向こうの条件は中国共産党軍下の一組織として活動する、っていう物なんでしょ? だから仮に中国がどこかと戦争を始めたとしたら、私達だって借り出されるかもしれないんだよ? そんなの「地球独立運動」とは何の関係も無いじゃん。>
<それはそうだが、今、何も手を打たなかったら俺達だって大変だぞ。ここやドイツの維持費だって馬鹿にならないし、今はHNKまで微妙に態度を変えてきているからな…>
<でもだからって、こんな条件じゃ、ほらあの子、なんて言ったっけ、アメリカに留学してた香港の子で…>
<エドワード。>
<そうそう、あの子が言うには、中国は…>
「…すいません。」
宏子は声のしたほうへ顔を上げた。
「あ、リチャード。アヌワット知らない?」
「はあ…ここにいないのであれば、トレーニングルームでは? 通信は入れましたか?」
「入れたけど返事無し。…プオを部屋に行かせたら、こんな紙があったよ。」
机に置いてあるメモ用紙を目で示す宏子。リチャードはそれを手にする。
「「しばらく探さないで下さい」…」
英語の走り書きを、細い目で読むリチャード。宏子は人差し指を上げた。
「ええっとほら、あの…」
「アバク。」
宏子はプオラギイックの言葉に頷く。
「そう、アバクって子がいるでしょ。あっちはとっ捕まえたんだけど。」
「とっ捕まえた?」
「うん。我が情報部の調べによると、多分この「失踪事件」は昨日、彼等の部屋近くの廊下の表示板に掃除機がぶち当たって表示板が割れていたっていう現象と、どうやら何らかの関係が…」
「…」
眉を上げている黒人の青年の背後に、数人の人々がこちらを向いて並んでいる事に宏子はふと気付いた。

「…あ、新メンバーなんだ?」
頷く宏子の日本語は英語に訳されて、青年の持っているPDAから流れている。
「はい、今朝全員入隊しました。それから…こちらが、先日お話した魔法少女です。」
宏子が青年に頷く。
「あ、そうなんだ。へえ…この子ってどこ出身?」
「ナイジェリアだそうです。」
「ナイジェリアって言うと…ブラジル?」
「…ナイジェリアは、ナイジェリアです。アフリカ中央部に位置します。」
やや眉を上げながら答える青年。彼の言葉を宏子は関心した様子で聞く。
「あ、そうなんだ。アフリカから、遠路はるばる。」
「…別にお前もアメリカ人じゃないだろ。」
「一々んなことで突っ込むな。」
プオラギイックを睨む宏子。
「…」
宏子は営業スマイルをバデリヌワに向けた。
「モンスターに襲われたそうだけど、大丈夫だった? 怪我とかは無かったんだよね?」
「え、ええ。ただその後の方が色々と大変で。EIMの人達と、HYIの人達とが来て…私は、最初からEIMに尽くすつもりだったんですけど。」
「ああ、何かちょっと追いかけっこがあったらしいね。」
宏子は苦笑する。
「まあ…あの、皆にも言っておくけど、私は皆を、無理に拘束する気は無いから。「尽くす」とか、そういうのは、別に良いよ。何て言うか…ここの人達は皆、自分のやりたい事をやってるだけだからね。もちろん上下関係は存在するけど、何て言うか…」
「一番上がこんなのだしな。」
「そうだね。それでその次がこんなのだから。」
お互いを顎で示しあうプオラギイックと宏子。二人は細目で睨み合う。
二人の前に立っている青年が、慣れた様子で首を振った。
「お二人とも、EIMになくてはならない素晴らしいリーダーですよ。」
「…まあ、こういうフォローはいつでも歓迎だから、皆もどんどんするようにしてね。そうすると、このリチャード並に出世が早くなるから。」
「…あのですね…」
呟く青年。一同はなごやかな雰囲気になる。
宏子はリチャードに顔を向けた。
「で、施設の紹介の方は大体終わったの?」
「ええ、もう今日見せる所は全部済んで、ここが最後の目的地だったんです。ここと言うか、代表達が。」
「そりゃどうも。んじゃ、自己紹介しなきゃいけないね。えっと私がここ、地球独立運動の代表、佐藤宏子です。まあ、さっきプオラギイックが言った通り、こんなのですけど、何でか成り行きで代表になってます。…まあ、世の中合理的に割り切れない事は一杯あると思って、その点は諦めちゃって下さいね。」
頭をかきつつ、宏子が周囲を見回した。宏子が姿勢を直し、続ける。
「ええと、今、私達の置かれている状況はとても…困難です。だから皆、一生懸命頑張ってほしい。」
宏子は考え考え、言葉を続ける。
「ほんとに一生懸命頑張っても、もしかしたら、結局全然上手くいかないのかもしれません。それは、今の私には分かんない。だけど、もし、最初から頑張らなかったら、結局、絶対に成功はしないだろうから。地球が、サクコブとクザラル人のものになっちゃうだろうから。それは私は、嫌だから。…今、このEIMは、はっきり言って結構色々大変だったりします。無理もあるし。お金は無いし。…あ、それに休みも無いです。大体、地球人を代表する組織のはずなのに、肝心の地球人からの理解も認知も足りません。正直私自身、今、先の道はまるで見えてないです。だけど…それでも、結局誰かが立ち上がらなければ、地球は救われない。そして今、地球の危機をはっきり分かっているのは、残念だけど私達しかいないんです。だったら、私達が立ち上がらないと。だから、ええと…とにかく頑張りましょう、皆。レッツ…アース、ヘルプ! エブリワン!」
「Yeah!」
翻訳機の音声が追いつくより前に、一同が宏子の言葉に一斉に頷いた。


通路を職員達が行き来している。ある部屋のドアを開け通路に出た宏子は、肩にかけたタオルで汗をふきながら歩き出した。
<だから代表ともあろう者が、そういう格好でうろうろするなよ。>
<何が? 別に裸で歩いてる訳じゃあるまいし。>
背後から聞こえてきた念に宏子が振り返った。
<確かに、お前じゃ裸でも歩きだしかねないけどな。…っと。>
エルボーを突き出す宏子をよけながら、プオラギイックが念じる。
<動きやすい服ってこれしか無いんだもん。ジャージだと暑いしさあ。>
体育着姿の宏子が歩きながら念じる。
<っていうか、クザラル人はよくそういう服で魔術使えるよね?>
<一回着てみろ。結構動きやすいし、ピッチリしてないから着るのは楽だぞ?>
<…そりゃ良いけど、クザラル人って今、あんたしかいないじゃん。私男物着る訳? しかもくっさい体臭のついた…>
<今のお前の服の状態よりはマシだと思うけどな。な、た、とわっとわっ!>
急に突き出された宏子の足に自分の足を絡ませ、プオラギイックはよろけかけながら通路をジャンプしていく。
<ったく…提案撤回だ。お前みたいな奴には上品なクザラル服は似合わん。>
<ああ、そりゃ残念だねえとっても。>
<…>
<…>
ニ人は通路を歩いていく。
宏子はふと、プオラギイックに目をやった。
<…ねえ、ずっと地球人に囲まれててさ、寂しくなったりする事とかって無いの?>
<ん? ああ、もうあってあってたまらないな。特にルンのスープとそれにつけたマットボアな。>
チキンスープと、それにご飯を浸したような料理のイメージが宏子の頭に伝わる。
<…真面目に答える気は無いんだ。>
<真面目だぞ? 地球人は食事の話はタブーじゃないだろ? って言うか、お前はそういう話大好きじゃないか。>
<そうだけど…まあ、確かに食事も大事だけどさ、私が言ってるのは、もっとこう、何て言うの、身の回りの友達とかさ、>
<俺の幼少の友達は全滅だし、高校時代の奴等は前からバラバラだったし。…特に、俺がHYIに入った後はな。>
今日の天気の事でも話すように、プオラギイックはいつも通り軽い調子で答える。
<…じゃあ、HYI時代は? 友達いたでしょ?>
<友達というか…まあ、同僚はいたよな。>
<じゃあ、そういう人達は?>
<今は全員敵だな。>
<…そりゃ、そうだけど…だから、そうだから、寂しくないのかって事を私は聞いてやってるんじゃない。>
<まあ、寂しいんじゃないのか?>
<何、その他人事チックな言いかた。>
<…他にどう言ってほしいんだよ。俺が寂しくないと何か困る事でもあるのか?>
<そうじゃなくて…もう、良いよ。別にプオがどうであろうが私の知った事じゃないし。>
むすっとした顔で、宏子は通路を早足に歩いていく。
<…お前が何に怒ってるかさっぱり分からないんだがな。>
<別に何にも怒ってないって。>
<ふーん。>
<…>
<おー、怖。>
宏子の視線に肩を上げてみせるプオラギイック。
<…悪うございました。クザラル人の婦女子程人間が出来ておりませんもので。>
<何言ってんだ? …大体、寂しがってるのはお前だろ? 言葉が通じる相手もいないなか、急にこんな組織のリーダーにされてるんだから。>
<別に、私は実際にはお飾りだし、難しい事は全部実務の人達に頼んでるだけだし…>
<しかも、実務の連中のやる仕事はHNKに援助を頼む事だけだったりするしな。>
<…まあね。大した「独立運動」でしょ?>
<…でも、日本の友人とも会えないし、魔法少女時代…って言うほど昔じゃないが、その時の奴等も皆バラバラだからなあ。唯一近くにいるリジュワナが、ああだし…>
<うん…まあ、でも、アリーザ達とは毎日嫌と言うほど通信で会ってるし、それにこっちだって、あんたがいるから…さ。>
<…>
プオラギイックと宏子は視線を交わす。
<…って言っても、やっぱり皆と会えないのは辛いだろ? 美耶とかと連絡は取ってるのか?>
<う、うん。…まあね。何かまた、入院してるみたい。「しばらくこっちで英気を養ってから、また学校に行く事にするよ!」とか何とか、よく分かんない事言ってたけど。>
多少物まね付きで宏子が念じる。
<そうか…心配だな。>
<…うん…>
「ああ、お二人を探していた所だったんです。」
「ん?」
自分達の所にやってきたリチャードに宏子が顔を上げる。
「会議を招集された方が良いかと思いまして、ニュースがありますから。」
「…会議って事は…悪いニュース?」
「…」
リチャードは宏子に頷いてみせる。
「あそ。また。…今度は何?」
「クザラル人が、また居留地を建設するそうです。今回発表された場所はアメリカ、韓国、イタリア、タンザニア、オーストラリア、ウルグアイ…」
「…ふう…」
リチャードの言葉にため息をつく宏子。
<また植民か…俺達ってそんなに物好き多かったんだな。>
<地球に来るような?>
<ああ。昔は皆、俺を馬鹿にしてた癖に…。>
首を上げるプオラギイック。宏子はそれを見て笑う。
<…トレンド先取りし過ぎちゃったんだね、あんたは?>「…あ、うん、リチャード、分かった。あっちで皆で話そ。」
「…了解。」
指令室の一角を目で指す宏子。宏子達は早足でその方向へ歩き出した。


「今回彼等の新居留地は23ヶ所に展開されます。これで居留地は合計54ヶ所、地球のクザラル人の全人口が26万6千人となる訳です。」
部屋の一角に十人前後の人が集まり、3、4台のPCの画面を眺めながら話を聞いている。宏子とプオラギイックは、それぞれの腕の端末から表示されるバーチャルディスプレイに目を向けている。
<…そんなに人よこしてどうすんのよ。>
画面を見ながら呟く宏子。
「彼等の内訳は? おおむね戦闘員なんですか?」
英語表示のパソコンを見ていた一人が顔を上げ、英語で尋ねる。頷くリチャード。
「ええ、と言っても非魔術系ですね。HNKからの情報によると、現在総植民人口における魔術師の割合は24%にまで低下しているのですが、戦闘員の割合自体は依然77%の高水準を保っています。」
「つまり…兵士は多いけど魔力無いの?」
宏子が聞く。
「ええ。…まあ、魔術師も充分過ぎるほどいるんですが、現在彼等は多数派とは呼べなくなっている訳です。」
答えるリチャード。白人の女性が発言する。
「それだったら今は私達にとって攻撃のチャンスですね。もちろん、私達の方が魔術師の数はずっと少ないのは分かってますけど、結局この星は私達が住んでいるんだし、地の利は圧倒的にこっち側にあるんですから。」
「まあ…理論的には確かにそうかもしれません。」
肩を上げるリチャード。
宏子は眉を上げ、女性の方を見た。
「…攻撃? 何言ってんの。攻撃なんかしないよ。理由が無いじゃん。」
「だって…彼等はまた植民都市を作ったんでしょう。それも住民の殆どが兵士の。それって充分、私達が彼等を攻撃する理由になると思うんですが。私達は、地球の独立の為の組織なんですから。」
翻訳機に耳を傾けてから、宏子は口を開く。
「…それはそうだけどさ。何でそれで攻撃するのよ。私達は確かに地球の独立に賛成だよ。でもそれで何でクザラル人を殺すの。私達がすべき事っていうのは、まずは真実を皆に伝える事でしょ。言っとくけど、私は人殺しになるためにこの組織を作った訳じゃないんだよ。」
「ですが…」
女性はため息混じりに首をふる。
「彼等のスピードは余りに速いじゃないですか。それは素晴らしいですよ、代表がこの組織を作ったのは人を殺すためじゃなくて、真実を皆に伝えるためである、っていうのは。でも彼等の方は、私達が皆に「伝え」終わるのを律儀に待ってはくれないと思うんですが。彼等が地球への全面的な侵略を着々と進めているのに、それを私達はただじっと見るだけで何もしちゃいけないって言うんですか? それじゃあ、私達の意味なんて無いじゃないですか! 私達は独立運動組織なんでしょう? …ええ、確かに人を殺すのは良くない事ですよ。でも、今私達がすべき事はそれしか無いじゃないですか! 私達に他の選択肢なんて、今は無いんです!」
「…」
黙る宏子の前に女性が歩いてくる。
「代表。私は代表には敬意を持っていますが、この件では代表は間違っています。今ここにあるのは戦争なんです。そして私達は今現在、軍隊として、この戦争に既に参加してしまっているんですよ。これで誰も殺さないで生き残るなんて、どう考えても不可能な話じゃないですか。」
「…それでもそうしてかなきゃいけないの。可能にするんだよ。人殺しなんて、しちゃいけないの。」
言い返す宏子。
「確かにこれは戦争かもしれない。でも、これは普通の戦争とは違う。確かに、私達は軍隊だけど、でも、私達は普通の軍隊じゃないの。私のしん…チームメイト、が、さ、いつもあんたみたいな感じの事言ってたよ。でも、そいつは結局攻撃を受けて精神喪失状態になっちゃった。だからそんな考え方じゃ、駄目なんだよ。」
「で、でも…でもそれは、それは、全然違う問題じゃないですか! ええ、誰の事を代表がおっしゃってるのかは分かってますけど、彼女は戦闘とは違う方法を模索して、それで攻撃を受けたんですよ。つまり、彼女の誤ちは、代表が今冒している誤ちと全く同じだ、って事じゃないですか!」
「…違う、そうじゃない。彼女が間違ってたのは、これを普通の戦争と勘違いしたからなの。それは違うでしょ、私達はそんなんじゃない。目的のために手段を選ばないのはクザラル人とかサクコブのする事でしょ、私達はそうなりたくないから独立しようとしてるんじゃん、あいつらがやってるのが普通の戦争だよ、私達がやってるのはそれとは違う!」
「代表!?」
抗議するように声を荒げる女性を無視し、宏子は周囲を見回す。
「皆、私の言葉は聞いたね。クザラル人が実際に地球人の意に反する事をするんだったら、その時はもちろん私も動くけど、大抵の地球人が賛成している状態で、合意の上に移住してきているクザラル人を問答無用で殺すなんていうのは、この」

「代表、アリーザ魔術師から通信です。最優先指定がされています。」
「え? 最優先で? …うん、じゃ、お願い。」
リチャードに宏子は頷く。リチャードは自分の前のパソコンのキーボードを操作し、宏子に頷いてみせた。腕の端末を操作する宏子。

ピピッ。
「ああ、お久しぶりです佐藤さん。最近体調は如何ですか?」
「な、何よこれ、どうなってんの?」
画面の向こうで手を振るアリーザ。宏子はバーチャルディスプレイの表示に息を飲んだ。
「あ…ねえ、アリーザ、聞こえる? 翻訳機動いてる?」
「おや…? どうも顔色が優れていないようですね。何か問題でも発生したんですか? ああ、二日酔いでしたら、他の人には黙っておきますけど。」
ガズン、ガズウウウウン。
「馬鹿な事言ってないでさ。ちょっと! どうなってんの? うっ…何よこれ、ねえ、後ろ崩れてるよ! アリーザ、早く逃げて! ゴー! ラン!」
「ええまあ、私もゴーでランしたいのは山々なんですが、その前に一応はっきりさせておきますと、今司令室が多少散らかっているのはこの間ここでやったダンスパーティーとは直接的には無関係でして、ですから」
ガズ、ガズウウウウン。パラパラパラ。ガズウウン。
「逃げてよおっ!」
「ええ、リーダーがそう言われるんでしたら従います。実際、今まだここに残っているぼんやりさんは私だけなので、取りあえずは一安心です。ただ、出来ましたらそちらから何人か…特に魔術師の方々に来て頂けるとこちらとしては助かります。サクコブの皆さんも…良い、急に……」
プチッ、ザー…。
「…翻訳エラー。原語の文が不完全です。」
「ちょっと、アリーザ! アリーザ! ちょっとお!」
コンクリートの落下音と共に、アリーザからのテレビ電話は途絶え、画面は[通話が切れました]という表示に切り替わった。
「アリーザアアアアアッ!」
「…」
「…」
宏子達はお互いの顔を見合わせる。
ピッ。
宏子は画面を消し、椅子から立ち上がった。
「…3分後、全魔術師と、…10名の非魔術戦闘員、レスゼクとユジン、ニ人で選んでね。」
「了解!」
宏子に指をさされた白人の男性と東洋人の女性が、声を揃えて頷く。
「あ…いや、魔術師だけどプオはこっちに残るよ。一応こっちの守りも欲しいから。」<今から皆で向こうに行くけど、あんたこっち残って。良いよね?>
<留守番か?>
プオラギイックは肩を上げつつ頷く。
「賢明な判断です。」
リチャードは宏子に頭を下げてから、全員を改めて見回した。
「さあ、皆さんの待ちかねていた戦闘ですよ! 3分後までに各自集合。ポメラニアに飛んで、モンスターに目に物見せてやろうじゃないですか!」
「エブリワン、レッツ・ゴー!」
「了解!」
手を上げる宏子。宏子の周りの人々が声を揃えた。


赤茶けた大地に風が吹きすさんでいる。れき砂漠らしき一帯に黒い建造物、パイプ等がそこかしかに張り巡らされ、全くの無人地帯に思える自然環境と奇妙なコントラストを見せている。
空は嵐でもないのに灰色で、遠くに何か、光る人工物が浮かんでいるのが確認できる。
黒い建物はかなり巨大なようで、所々半地下に埋もれながら、見渡す限り延々と地平線まで続いている。と言うより、一帯の全ての建物が、実は一つに繋がっているようだ。
シュウウウウウンズバアアアアアアアアアアアアアアン!
ジェット機のエンジン音のような爆音と共に、建物の上空の一点から光が溢れ、やがてそれが消えると共に奇妙な形の飛行物体が現れた。
その飛行物体は黒く、のっぺりとした凹凸のない表面で、やや細長い直方体の一方を研磨し、細く丸くしたような形をしている。ただし太いほうが「前」だ。それは庭園に置く石のようでもあり、文鎮のようでもあり、見ようによっては何かの野菜のようにも見える。ただし、地上の建物と比較する限り、大きさはジャンボジェット並に巨大な物のようだ。
その、飛ぶというよりは浮くという表現に近い動きを見せている物体は、浮上したまま進路方向を変え、建物の一部に向け降下していく。建物のハッチが開き、誘導灯らしきものが光る中、飛行物体は建物の中へと消えていった。

鉄骨らしき材質で作られた建物の中は、無限とも思える大きな空間が広がっている。天井から光が取り入れられているがあまり明るくはない。時々、瞬間移動の魔法によるものと思われる光が見られる以外は視界のほぼ全てが黒と灰色で埋め尽くされ、モノトーンな世界を作り出している。
そして、建物の中はサクコブ生命体の発生する破擦音が充満していた。

建物の中は、数え切れない量のサクコブ生命体が生息していた。多くの生命体は、一種のモニターと思われるバーチャルディスプレイを見ながらじっと動かないでいる。そのバーチャルディスプレイは半球形の形をしており、彼等の頭部をぐるりとヘルメットのように取り囲んで、何かの細かい模様のようなものを映し出している。
ズブブブ、ズブブ、ズブブブブ…。
時折通路、というか空中のスペースを、一匹から数匹の生命体が飛行し、向こうから向こうへ飛んでいく。大多数は動かずじっとしているのだが、まるでミツバチの巣のように無数の生命体がいるので、飛んでいる生命体の動きだけでも常に雨のように途切れがない。

ブズズ、ズブ、ズブズブ…。
一匹のじっとしている生命体が、首を傾げるような動作を見せながら破擦音を立てた。
ブズ、ブズズ、ブズズズズ…。
ブズズ、ブズ、ブズ、ブズズズズズズ、ブズ、ブズ…。
自分の視界を取り囲むモニタのいくつかの部分から、同時に別の破擦音が聞こえてくる。
「122から154部隊までの少将以上への通信です。」
サクコブの言語で、その生命体にメッセージが入っている。
「了解。」
無数に細かい画面がある球形バーチャルディスプレイ内の一部の区画が、別の色に変わる。地球人には見づらいが、何かそれまでと別の画像が表示されたようだ。
「従属機械反乱分子の一群が132部隊と接触、彼等を攻撃しました。場所はココクドゥ309シフィ系0より水平72.3442プウキビ垂直12.0043プウキビに320.6674ヤバグ。接触地点から7855000ヤバグ以内の122から154部隊までの構成員は現場に向かってください。意思確認をとります。」
「…」
生命体は舌のような部分をもぞもぞとさせながら、首をしきりに動かせる。数秒後、モニタからまた破擦音が聞こえてきた。
「…確認終了。4837体中条件に合致する者が108体、内直行可能と答えた者が105体。指揮は128部隊及び136部隊の隊長がとります、各自確認してください。…個別データ送信終了。直行しない者は、機械反乱分子の分析を開始してください。17.65チュチャクズ後に分析結果を集めます。通信終了。」
画面が切り替わり、もとの白っぽいものになる。生命体はまた舌をこすり音を上げる。
「132部隊の記録画像をダウンロード。」
「…ダウンロードしました。」
「再生。」
画面の中央部分が、白っぽい画像から黒っぽい画像に変わる。生命体はその複眼を軽く傾けながら、画像に羽を揺らせた。


ブズズズズズ…。
1体のサクコブ生命体が羽をなぎ、曇った空を縦横無尽に飛び回っている。
シュウウウウウウウウウンズバアアアアアアアアアアン!
雪のつもった針葉樹林の中、赤や緑や黄色の入りまじった光が突然現れ、爆発音と共に拡散する。
その中から、十数名の地球人達が現れた。その中の多くはマシンガンを構えている。皆防弾チョッキらしき物は着ているものの、その下は私服のようでバラバラだ。
プシュ、プシュウッ。
<ヒアエンティフッ!>
生命体は彼等が現れるなり、そこへ攻撃弾を放ってくる。持っていたステッキをかかげる宏子。
ブシュ、ブシュッ…。
宏子達を光の防護膜が包む。宏子は空を上目遣いにうかがいつつ、隣にいた黒人の少女に声をかけた。
「バデ…ヌルワ?」
「リヌワです。」
「じゃあ、リヌワ。私とユジン隊が向こう、リヌワ達とレスゼク隊は向こうね。今から5秒後。ファイブ…」
「え、えっ! ええと、だ、そうです! 皆さん!」
後ろを振り向くバデリヌワ。隊員達は彼女に軽く頷く。
「スリー、ツー、ワン、ゼロ!」
宏子が号令と共に防御魔法を解除する。一同は二手に分かれ、雪の森の中を走り出した。
「ユジン、誰か怪しい影とかある?」
隣を走る東洋人の女性隊員に、宏子が白い息を吐きながら聞く。
「そうですね…今のところは。ただ何か、におい…」
「…におい?」
「ええ。上手く言えないんですが、この前ここに来た時と何か違うにおいが…」
ブシュウッ…。
「っと!」
生命体の放った攻撃弾に宏子が手を引っ込める。と同時に彼女の背後から念が響いてきた。
<佐藤さん今です。ニ人の力を合わせればゼロ時空にいけますよ。>
<わ、アリーザ!>
<気律の力を、我の頭上に…ウーサ・キュディヌ・ヒオ!>
<ディ、ディヌヒオ!>
シュウウウウウウウウウウン…。
ニ人の体を光が包み、回転するように収束していった。

ズバアアアアアアアアアアン!
<とっ、とと。…アリーザ、驚かさないでよ。急に幽霊みたいに出てくるんだから。>
<幽霊…私が幽霊に見えますか?>
<…そんな真顔で聞かれても困るんだけど。>
<安心してください、真剣には聞いていません。…日本の宗教では、幽霊を信じますか?>
<え? …さあ、信じるんじゃないの? 良く知らないけど。>
<そうですか。>
頷くアリーザ。
<私の宗教では、幽霊はデミ・ムーア並の美貌をもってこの世に現れるとされます。つまり佐藤さんが私を幽霊と見間違えるのも、至極…>
<そういう適当な事言ってると、リジュワナが意識を戻した時に、また宗教を冒涜しただの何だのってガミガミ言われるよ。>
自分達の隣で、静止状態で固まっているユジン達に目をやりながら、宏子は軽くため息をつく。
<それは大丈夫ですよ。そこまで持たないでしょうから。>
<…>
アリーザに鋭い視線を向ける宏子。アリーザは<ああ>と呟き首をふった。
<違います、ホクさんじゃなくて私がです。ホクさんが何年後かに意識を取り戻す前に、恐らく私の方が>
<やめて。…やめなさい。そんな話は私は聞きたくない。>
宏子は一旦目をそむけるが、ふとアリーザの顔を見直した。
<って、あんた、額から血出てるじゃん! 大丈夫?>
<…順番がおかしいですよ。>
苦笑するアリーザは、自分の額に手をあてる。
<骨か、脳味噌が見えますか?>
<な…何言ってんの。そんなだったらもっとリアクション凄いって。>
<そうですか。でしたら、問題無いでしょう。全く痛みが無いという事は、全くのかすり傷か、神経もやられる程の深い傷かのどちらかでしょうから。>
<はあ…まあ、なら良いけど…まあ、出血も大丈夫そうか…>
アリーザの額に顔を近づける宏子。彼女の口から白い息が出される。
<でも、何かでちょっと血を押さえるとかすれば良いじゃん。びっくりしたよ…>
<私も驚きましたよ。しばらく会わない内に、佐藤さんが大分大人びた雰囲気になっていたので。>
<大人びた? あんたにそういう事言われても嫌味以外の何にも聞こえないけど?>
<それは心外です。私もたまには嫌味以外の事だって言いますし、…それに、私は決して自分が人に比べて大人びているつもりはありません。>
<たまにはねえ…。少なくとも、私とあんたを比べたら大抵の人はあんたの方が大人っぽいって言うと思うけどねえ。>
<それはその人の見る目が無いだけです。…さっき、私が自分が死ぬだろうって言おうとした時のあなたの止め方。私は思いましたよ。>
<…何を?>
少し沈黙するアリーザ。彼女は手を自分の胸におき、目を閉じ微笑んだ。
<佐藤さんは、本当に優しい、可愛らしい女性だなあ、と。>
<…>
<…>
<…アリーザ、何だかよく分からないけど今日も飛ばしてるねえ。>
顔を引きつらせる宏子が後ずさる。
<…でも、>
アリーザが真顔になり、宏子を見る。
<本当に思うんです。具体的な根拠は無いですし、別に死にたいと思っている訳でもないんですが、どうも私は…佐藤さん達は何の問題も無いんですよ、ただ私だけは、余り先は>
<アリーザ。…止めて。>
<…分かりました。リーダーがそう言うなら。…いえ、代表がそう言うなら。>
<はいはい。じゃあ支部長、早い所あれを消さない?>
宏子は、彼等の上空で静止している生命体を目で示す。
<そうですね。…じゃあ、私がやります。>
<え、何で?>
<私がドイツ支部長になって代表と別れてから、代表と一緒に実戦をした事はありませんでしたから。つまり、もう4ヶ月も魔術を見せていない訳で、その間の上達を代表に見て頂きたいと…>
<…取り合えず代表代表繰り返すあんたの性格の悪さだけは4ヶ月経っても健在なのは、すっごくよく分かったけどね。>
<光栄です、代表。それでは失礼して。>
片手でステッキを構えるアリーザ。
シュウウウン、ブシュウッ。
ステッキの先から放たれた光の球がまっすぐ生命体の所へ進み、ぴったり生命体の全身を覆う大きさにまで膨れ上がってはじけ飛ぶ。
<…お、お見事。>
やや呆けた顔で念じる宏子。
破片を残す事も無く、空に静止していた生命体はその姿を消していた。
<おほめ頂いて嬉しいんですが、実は生命体はこれだけではありません。来てください。>
<う、うん…>
雪を踏み鳴らし歩き出すアリーザの後を、宏子はついていく。

森の中を歩く宏子が、眉を上げ、鼻を鳴らした。
<…ねえ、アリーザ、さっきユジンが言ってた事なんだけどさ。何か変な臭いしない?>
<埃じゃないですか?>
<埃? …支部の?>
<ええ。粉々にされましたから。…見ての通り。>
<う、わ…>
森から、開けた場所に出てくるニ人。ニ人の前には建物の瓦礫が埃を上げていた。もちろん、埃は空中に静止している。
<人的被害は大丈夫? あんたの額だけ?>
<さあ…私もまだ隊の全体と連絡をとれていなかったので分からないです。全員に、先に逃げるようには言ってありますし、特に非魔術師は一刻も早く行くようには言いましたから、恐らく大丈夫とは思いますが…一応3部隊の無事は確認出来たんですが。>
<そう…>
ニ人は念じあいながら瓦礫へと進む。ニ人の歩いた後に、埃の押し除かれた空間が飛行機雲のように目に見えて現れる。
宏子は瓦礫を乗り越え、天井の無い内壁に近づく。

<しっかし、ここ建てたローンだってまだ完済してないっていうのに、やってくれちゃったねえ…って、わ、わっ!>
<2匹目です。>
壁の向こうの廊下に、浮いている生命体を見て思わず体をそらす宏子。後ろから来たアリーザが念じる。
<…こんな、建物内部にまで入り込んで来たんだ?>
<ええ。防御するのが精一杯で、攻撃は出来ませんでした。…したら、建物が壊れかねませんし。>
<…その気遣いは結局無駄だったけど?>
<無駄じゃないですよ。実際その時はそうするしかなかったんです、でなければ私がこの瓦礫の下になっていましたから。>
<ああ、そっか。ま、もうそれは考えなくても良い訳だよね? 天井消えてるって事は。じゃ、今度は私がやるよ?>
<お願いします。>
シュウウウウウウウウウウウウン…。

<…ど?>
ステッキを構えた宏子が、先程まで生命体の浮かんでいた空間を前にポーズを決める。
<佐藤さん…会わない内に、少し太りました?>
<何を見てたんだあんたはっ!>
<主に膝から下を、パンツ越しに…>
<そんなもん見ないで良い! ったく…で、これで終わり? まだいるの?>
<私の知る限りではもう一匹いたはずです。>
アリーザは腕の端末を操作する。バーチャルディスプレイを表示させるアリーザ。
<…ご覧の通り、現在も反応が一匹あります。>
<どっち?>
<建物の奥です。>
先導するアリーザ。ニ人は瓦礫の中を歩き出した。

ガラ、ガラ…。
廊下の奥で、宏子がコンクリート片をどかす。
<ぐっ、お、重いんだけど…>
<それをどかせば向こうに通り抜けられるようになりますから。頑張って。>
<こんな事せんでもさ、>
歯をくいしばる宏子。腕まくりをした彼女は、1メートル位の高さの瓦礫の山の上で、自分の肩幅ほどの大きさのコンクリート片を両手で引っ張り、横にゴロゴロと転がり落とさせている。
<瞬間移動なり、ちょっと穴を開けるなりすりゃ良いじゃんさ。>
<ゼロ時空で一番怖いのは魔力の消耗ですから。時間はたっぷりありますし、体力も、…少なくとも佐藤さんならこれ位平気でしょう?>
瓦礫山の山麓から宏子を見上げるアリーザ。
<言っとくけど私もか弱いんだけど。ったく、これが可愛らしい女性の代表にさせる事かね? ううー、だぁいしょっ!>
ガラ、ガラガラ…。
大きめのコンクリート片が、宏子の意味不明の念と共に山を転がり落ちた。
宏子は腰をあげ、両手を軽くはたいた。
<ふう…これで何とか通り抜け出来るんでないかい?>
瓦礫の上に立つ宏子の前には、壁の向こうへ行ける穴のような隙間が出来上がっている。
<代表、さすがです。…力持ちです。>
<…そりゃどうも。>
宏子が白い息をつく。
<んじゃ、さっそく中を…>
四つんばいになり、宏子は穴に上半身を突っ込む。そこで宏子は動きを止めた。
<…どうしました? 挟まりましたか?>
<ア、アリーザ…その…う、うぶっ! …うっ…>
アリーザは眉を寄せ、天井の無い通路に出来ている「山」を、素早い動きでよじのぼった。
<どうしました、佐藤さん? 何か体調に問題が?>
アリーザは宏子に寄り添い、彼女の背中に手を置いた。後退した宏子が、穴から顔を戻す。
<だ、大丈夫…ちょっと、…うん…急だったから…>
心なしか顔色の悪い宏子は、右手で口元を押さえながら、目をそらす。
<うぶうっ…>
胃からこみ上げてくるものを、何とか押さえようとする宏子。
<…急?>
<うん…向こうの部屋に…サクコブが、いたから…>
<ああ、そうですか。>
いつもの無表情に戻ったアリーザが頷く。今さっきまで宏子が入り込もうとしていた壁の隙間に、今度はアリーザが進んでいく。
<…でも随分、驚かれたんですね。佐藤さんが驚く位ですから、サクコブもよほど悪さを…>
頭を壁向こうに出したところで、動きの止まるアリーザ。
<…、なるほど。>
やや強弱に波のあるテレパシーでアリーザが念じた。
<…ア、アリーザ、あんまり無理しない方が良いと思う。>
<…ですが、どう見ても、まだ彼も元気そうですし…消さない事には、私達もこうなりかねませんし…>
壁の隙間に体を突っ込んだまま答えるアリーザ。隣で腰が抜けたように座り込んでいる宏子が力なく頷く。
<うん、そうだね…>
<…佐藤さんはそこにいて下さい。これは私がしとめますんで。>
<うん……ごめん…>
<気にしないで下さい。>

壁の隙間からこちらに顔を出し、上半身を見せているアリーザは、窮屈そうに体をよじらせ、壁の向こうからステッキを出す。壁のこちら側にそれを出したアリーザは、そのままそれを持つ右手を前にかかげ、険しい表情で白い息をつきながら一点を見つめる。
ステッキの先から黄緑色の光が溢れ、はじかれるように空中を前進しはじめる。
そしてその光はアリーザの見つめていた一点で静止し、そこで直径2メートル程度の球に膨らむ。
「Fucking bull...」
呟くアリーザ。
空中に静止したサクコブ生命体と、それが4本の足でかかえている白人の少年が光の中に包まれる。
少年は宏子達と同じ防弾チョッキを着ているが、既に頭部は直径50cmほどの球状にえぐりとられ、脳や眼球や筋肉が露出していた。
光はシャボンのようにはじけ飛び、中にあった物を道連れに消滅する。
光の球に入りきらなかった、少年の足先と生命体の後尾が石床に落下した。
ビチャッ、ガツンッ!

<うっ!>
壁の向こうから聞こえてくる音に、体を震わせる宏子。
<もう大丈夫ですよ。>
穴から後ずさり、顔を出すアリーザ。
<うん…そうだね。>
座ったままの宏子がアリーザに頷く。
<あ…ごめん。何か、未だにこういうの…慣れなくてさ。>
よろよろと宏子は立ち上がり、瓦礫の山を降りる。
<慣れなくて良いんですよ。むしろ人間として、慣れたら困りものです。>
<…リジュワナだったら、そうは言ってくれなかっただろうね…>
<…確かに。>
肩を上げるアリーザ。軽くジャンプをして、彼女も瓦礫の山から離れる。
<しかも困った事に、この組織としてはそっちの方が恐らく正しい考え方ですね。ホクさんのように、割り切った考え方の方が。>
<…>
<この戦いは、私達地球人の存続をかけた聖戦なんですよね。その割には、私達には、下手に魔力がある分、覚悟がまだまだ足りないのかもしれません。>
<聖戦…?>
<異教徒の方に噛み砕いて説明するなら、手段なんか選んでる暇は無い、って話です。>
<…それが、聖戦?>
<私はそう思ってます。…間違ってますか?>
<分かんない…>
宏子は目をそらす。彼女の口から白い息が漏れた。
<分かんないよ…私さ…私みたいなのが、本当にこんな…軍隊の、代表で本当に良いのかな…? 私と、他の皆と、どうも違うんだよね…皆、平気でクザラル人を殺そうとか言うし…でも、その方が軍隊としては…ゲリラとしては、多分正しいんだよね…関係の無い民間人を殺すな、なんて、所詮身勝手な理想なんだよね…>
<…そういった身勝手な理想を求めて、頑張っているんじゃないですか、私達は。>
<…>
<…>
宏子が自分をじっと見詰めている事に気付いたアリーザは顔を上げる。
<どうしました?>
<いや…あんたも、何かちょっと見ない内に大人になってるなあ、って。>
<…>
アリーザは軽く眉を上げ、それから自分の端末を操作しだした。
ピッ、ピピッ、ピッ…。
<…佐藤さんほどの成長率ではありません。私は元がそれほど小さくありませんでしたから。>
<…どういう意味かなそれは。>
<おほめに預かり有難う、と。>
<ふうん。…後さ、私さっきから気になってたんだけど…>
<何ですか。>
<幽霊ってさ、この世ではウーピー・ゴールデンとか何とかいった人になるんじゃなかったっけ? あの映画だと。>
<…>
数秒冷たい視線を宏子に送ってから、アリーザは自分のバーチャルディスプレイを見せた。
<…念のため、魔力の発生をスキャン中です。今ので、生命体は全部消したと思いますが…>
ピピッ。
<…ご覧の通り、この近辺にもう魔力は…>
アリーザは念を止めた。ディスプレイ上の地図の一点に、やや弱めの光が明滅している。
<あるように見えるのは私の目の錯覚かい?>
<…佐藤さん。これは…良くないですよ。>
顔色の変わるアリーザ。彼女はディスプレイを消し、ステッキを持って通路を駆け出した。
<な、何? 急にどうしたん? そんな急がなくたって相手は逃げないよ?>
彼女の後を宏子が追う。
<逃げます。>
建物の中を走りながら、後ろを見ずに答えるアリーザ。
<何言ってんの。私達、時間の止まった世界にいるんだから。相手が動ける訳無いじゃん。>
<それは相手が普通のプラス時空にいる時の話です。今の魔力の反応、見ましたよね。光がついたり消えたり、微妙に動いたりしていたじゃないですか。>
<え? …あ…>
<相手もこの時空にいれば動けますよ、当然。>
<…でも、そんな事なんか出来るの? 私達と同じ空間って事は、私達と全く同じ瞬間に時空移動しないと駄目って事じゃん。>
<多少の誤差は意識の同調でカバー出来るものなんです。そうでなければ、私と佐藤さんが全く同じ瞬間のゼロ時空に来る事だって実質不可能になるじゃないですか。>
<ああ、そっか…>
建物の外に出たニ人は、そのまま森の中へ走っていく。
<で、場所はどこなの?>
<今さっき、私達が時空移動をした場所のすぐそばのようです。>
<そっか、私達が時空移動をしそうだ、って分かってて監視してたのかな。敵ながらやるじゃん。>
<感心している場合ではないです。>
雪道を走っていくアリーザ。
<まあ、そうだけど…>
<私達が時空移動をした場所には私達以外にも人間がいたんですよ。>
<あ…>
呟く宏子。
<困った事になりました。>
ザク、ザク、ザク…。
<ねえ、そこまで瞬間移動出来ないの?>
<出来ますよ。攻撃の分、向こうに戻る分、を差し引いたうえで、更に自分の魔力に残りがあるなら。>
<うっ…>
<急ぎましょう。>
<うん…。>


<っと。>
前を走っていたアリーザが急に立ち止まる。宏子は彼女の背中にぶつかりかけ、足を踏ん張りバランスを保った。
ニ人は森の中の道を戻り、もといた場所のすぐそばまで来ている。
<…>
立ち止まり、動かないアリーザの背中に宏子が念じる。アリーザはもう、もといた場所が視界に入っているはずだ。
<何…? …サクコブいる?>
<いえ…いないようですが…>
<何よ。…っ!>
アリーザの後ろから顔を出した宏子は、林道の向こうから目に入った光景に息を飲む。
<そ…そん、そんな…>
<…>
後ろを振り返り、アリーザは宏子と目を合わせる。
<…>
アリーザは何かを念じようとするが、何も思いつかなかったのか、息だけついて前に向き直った。
<嘘…う、嘘でしょ…さっきまで、私、と、話してたのに…>

宏子達の十数メートル先、林道の向こう側に、宏子と一緒にやって来た、ユジン達非魔術戦闘部隊が立ったまま静止している。先程宏子達が時空移動した直後と全く同じ位置、姿勢で変わりなく静止中だ。
ただし彼等の頭部はことごとく攻撃弾でくりぬかれ、全員その大脳や咽喉が綺麗に断面を見せていた。
<…悪趣味、ここに極まれり、ですね…単に殺したいならあんな大きさで頭を狙わなくても、心臓を消すだけでも充分なのに…しかもわざわざ頭も半分だけ残してるし…一体何がしたいんでしょうか…>
<…>
<…大丈夫ですか、佐藤さん?>
<うん…もう……慣れちゃった…>
<…>
アリーザは前を向いたまま、背後の宏子の念に奥歯を噛み締めた。
<…アリーザ。多分なんだけどさ、その残ってる魔力反応って、クザラル人なんじゃないかな…?>
<ええ、私も今、全く同じ事を考えていました。…サクコブなら、よほど急いでいない限りこんな魔力の無駄遣いはしないでしょう。というより、この殺し方はわざと悪趣味にしているとしか考えられません。そういう方法で残っているものに脅しをかけるのは、いかにも「高尚」で「洗練」されたクザラル人の好きそうな事です。>
<…>
<…>
ニ人とも頭をくりぬかれたユジン達からやや離れた場所で、動かず立ち止まっている。
<近づいていってもいいのかな…?>
<さあ…それには魔術の反応をスキャンしないと…ここでディスプレイを開いても良いと思いますか?>
<さあ…>
<…>
ニ人はお互いを見合って息をついた。
<…じゃあ、私が出るよ。危なかったら援護して。>
<え、ちょ…>
「ゴー!」
掛け声と共に宏子は道を駆け出した。
シュウウウウウウウン、ブシュウッ。
<っ!>
音に気付く宏子。雪道に足を取られるかのようにくるりと前転し、そのままステッキを攻撃弾が放たれてきた方向に向ける。
<フィア・ディシュ!>
プシュ、プシュウッ。
林の中に消えていく宏子の攻撃弾。どうやら相手は既に逃げたらしく、防御膜の反応も見られない。
「ちっ」
宏子は転がるように道を降り、自分が魔弾を撃った方向に走っていく。
ピイイイイイイイイイイイ…。
<ヒア・エンティフ!>
宏子は立ち止まり、ステッキを上に掲げる。宏子の周囲に広がる赤い光。宏子の進行方向の先にある森の影から、宏子に向かって、細いレーザー光線のようなものが注がれてきた。
<大丈夫ですか、佐藤さん!>
<うん。今んとこ防御で防げてるけど…何だろ、これ?>
<照射機からの照射線ですよ。シユマさんに習ったじゃないですか。野蛮な地球人に雑に説明するなら、非魔術師クザラル人にとってのピストルです。>
<そっか、そう言えば私、これが実際に撃たれてるの目撃するのは初めてだったからさ。>
<「撃たれているのを目撃」という表現は、自分が当事者の時は使わないような気もしますが。…そこから動けますか?>
<動くのは良いけど防御が解除出来ないよ。>
叫ぶように念じながら、宏子は木の陰に逃げ込む。
ピイイイイイイイイイイイ…。
<うわ、木位は平気で通り抜けるんじゃん、このビーム。>
赤い光線は木を通り抜けて、宏子の目の前まで直進し、そこで彼女の防御膜に遮断されて消える。自分を追ってくる光線に、宏子は顔を引きつらせた。
<ねえアリーザ、…アリーザ?>
宏子が後ろを見返す。先程まで彼女のいた場所に人影は無い。宏子が前を向くと、アリーザは宏子より前方の雪道を駆け下りていた。
<ア、アリーザ!>
<照射線のお陰で向こうの場所がよく分かるんです。…フィア・ディシュ!>
シュウウウウウウウウウン、ブシュウッ!
「があああああっ!」
バサッ。
攻撃弾を放つアリーザ。木々の向こうから、女性の叫び声と何かの倒れる音が聞こえる。
「Right!」
<アリーザ、左!>
<!>
宏子の念に顔を向けるアリーザ。宏子に発射されているのと同じ光線がアリーザに向かっている。
ボスッ!
<ヒアエンティフ!>
雪の斜面に、うつぶせに倒れ込むようにして光線をよけるアリーザ。彼女はそれと同時に自分の周囲に防御の光を張った。

<大丈夫、アリーザ!>
アリーザのもとに宏子が駆け込む。
<ええ、光線にやられたかと思いましたが、案外、攻撃弾並にスピードが遅いんでしょうか…>
雪の中にうずめた顔を離し、体の雪を払いながら答えるアリーザ。
<それにしても…>
アリーザは自分と宏子に注がれている二つの直線を見ながら念じる。ニ人の防御膜は今は重なり合い、一つになっている。
<お互い見事に捕まりましたね。これでは身動きがとれませんよ。>
<瞬間移動出来る? 私は一回位ならなんとか…>
<私は無理ですね。そろそろギリギリです。>
やや苦しげに言うと、アリーザは体の向きを変え、仰向けに雪の斜面に寝転がる。
<…>
眉を上げる宏子。彼女は自分の腕の端末を操作し、アリーザの体にかざす。端末の表示を見て、宏子は大きくため息をついた。
<推定MK18だとよ。アリーザ支部長、一般のゼロ時・プラス時移動に必要な魔力は?>
<さあ、最近物忘れが酷いようで…>
寒さに赤らんだ顔で目をそらすアリーザ。
<24.2でしょ。あんたもう私が30位残しとかないと自分が戻る事も出来なくなってんじゃん。どうすんのよ。>
<私はここで自爆しますから、佐藤さんは骨だけ拾って先に帰って…いや、冗談のつもりなんですが。>
不機嫌な顔を近づける宏子をアリーザは手でおさえる。
<…でもそうだよ、もう帰っちゃえば良いんじゃん。そうすれば取り合えず逃げられるし。>
<ですが、>
<それは無駄です。それで逃げる事は出来ません。>
響いてきた念にニ人は顔を上げた。


白い、比較的地球人的な服に身をかためたクザラル人女性がニ人を見下ろして立っていた。
<私達はあなた達と居場所を同調させる装置を持っていますから、プラス時空に戻ろうが、どこかへ瞬間移動しようが、同時にそこに移動出来ます。つまり、この照射線から逃れる事は出来ないのです。>
<…>
やや眉をひそめるが普通の目つきで女性を見るアリーザ。隣の宏子は、対照的に敵意を剥き出しにした視線を女性に送る。
<…この、人でなし!>
自分の感情を押さえるのが精一杯といった様子で、宏子は念じた。
<…>
女性は宏子を無感情に見下ろすと、やがて視線を外し、クスリと笑った。
<何がおかしいのよっ!>
<…あなたはEIMの佐藤「代表」ですね?>
<…>
<今クザラル星では、あなた方は人の心を持たない悪魔、魔女等と喧伝されています。恐らく地球でもそうでしょう。私達もそのつもりで覚悟してやってきたんですが…これほど人間らしい方とは知りませんでした。>
<な…>
彼女の背後から、宏子達に照射機を向けているニ人のクザラル人がやってくる。
「照射機はそのまま外さないように。今から私が始末します。」
「了解。」
彼女がそのニ人にエウグ語で言うと、ニ人は頷いた。
女性はふところから大きめのイハッジャを取り出し、それを宏子達の目の前で掲げる。
<…一応忠告しますが、抵抗はしない方が楽です。>
<あなたが私の立場だったら、抵抗をやめていますか?>
<やめていないでしょうね。>
アリーザの質問に女性は首を上げた。女性は無表情にイハッジャを宏子達に向ける。
<気律の力を、我の頭上に。…フィア・ディシュ。>
シュウウウウウウウウウウン、ブシュウッ、ブシュブシュブシュ…。
<…くっ…>
女性のイハッジャの先から、光の球がいくつもニ人に注がれる。水溜りに注ぎ込む雨のように、それが宏子とアリーザの張っている防御膜に吸収されていく。
苦しげに目の前の雨を見ながら、アリーザは念じた。
<…佐藤さん、そろそろ厳しいでしょう。佐藤さんのMKも測定しましょうか?>
<あんたに言われる筋合い無いんだけどね。まあ、厳しいのは事実だけど…>
<…>
<何?>
防御膜の狭い空間の中で、アリーザは雪の上に再び寝転んだ。彼女が少し、考え込む表情になる。聞く宏子。
<…とにかく移動しましょう。戻れなかったら仕方ありませんから。>
<そうだけど…戻ったらウチら完全にエネルギー切れだよ。>
<ええ。でも、永遠にここにいるよりはマシかと。>
<戻った瞬間にやられるのも、大差は…>
<…>
<何よ?>
アリーザは、宏子の手を引き、まるで内緒話をするかのように耳に手を当ててみせた。
<…もしかしたら大丈夫かもしれません。移動する事をお勧めします。>
<…>
アリーザの目を無言で見る宏子。宏子は前でイハッジャを構え、攻撃弾を連発しているクザラル人に目を向ける。
ブシュブシュブシュブシュブシュ…。
<どこへでも移動して下さい。その方があなた達の魔力が切れて、こっちは好都合です。>
ほくそ笑む魔術師。宏子はしばらく目をまたたかせ、そしてもう一度アリーザに目を向けた。
<佐藤さん。>
<…分かった。>
<…>
<…気律の力を、我の頭上に。>
<…>
ステッキを改めて構える宏子。彼女の念に眉を上げたクザラル人女性は、イハッジャを持ちつつ自分の腕端末を軽く操作した。
<ウーサ・キュディヌ・ヒオ!>
<ウーサ・キュディヌ・ヒオ。>
念の揃うニ人。彼等全員の周囲を、色の入り混じった光が包み込む。


光が全てを覆い隠すと同時につむじ風が起き、甲高い音とともに光が消え去る。次の瞬間視界が戻ると、彼女達は全く同じ景色の中に、全く同じ格好で向き合っていた。
ブシュ、ブシュ、ブシュ、ブシュ、ブシュ…。
<やべ…そろそろ本気でキツい…>
さっきと同じ体勢でステッキを構えたままの宏子は、そのままアリーザの横に腰を降ろす。それに比例して、クザラル人女性に押されるように宏子の作る防御膜が後ろに移動する。
<…ふう…>
宏子の隣のアリーザは、既に気力もないのか、息をするのがやっとの状態で横たわったままだ。
バサ、バサバサバサッ!
宏子達の背後で何かの落ちる音が聞こえた。宏子達の横を、雪玉のようなものがごろごろと転がり落ちていく。
<う、わっ!>
念を上げる宏子。
ビイイイイイイイイ、シュウンッ。
照射銃を向けていた一人が、転がってきたものに照射線を向ける。次の瞬間、それの大部分が蒸発するように消えてなくなった。
バサバサ、バサ…。
二十センチ程度の小さな破片になったそれはそのまま雪の斜面を転がり消えていった。
<…ユジンさん達ですよ…急に命とバランスが無くなったんですから、斜面を転がり落ちもします…>
<ああ、そっか。>
苦しげに頷く宏子。
ブシュブシュブシュブシュブシュ…。
<でも、私らもそろそろ、そうなるかな…>
<…代表。そういう事を言うなと言ったのは代表ですよ。>
<そうだったっけ…>
息をつく宏子。ついに宏子も、アリーザと同じように斜面に寝転がった。まだステッキは掲げているが、二人を覆う防御膜は目に見えて光が弱まってきている。
<ふう…>
<…>
空はどんよりと曇りだし、今にも雪が降り出しそうだ。


<…>
宏子はふと念をとめ、前に目を向ける。先程まで強い勢いで感じていたはずの魔力のプレッシャーを、いつのまにか自分は感じなくなっているようだ。
気づくと、時空移動をした後も宏子達の目の前に居続けて攻撃をしていたはずのクザラル人達が、宏子の視界から消えていた。
<…え?>
…バサ、ズザッ。
何かが雪の上に落ちる音がした。宏子は起き上がり、目を細めて前方を見る。
先程までいたクザラル人達の足や、手の先端部だけが、綺麗な断面と共に雪の地面に落ちていた。
ガサ、ガサ…。
<…全く、どうせギリギリまで粘って、それで、もうどうしようもないっていう所で戻ってきたんだろう? 少しは同僚を信用して、余裕を見て動いてくれ。>
<…小英…>
木陰から姿を現してきた少女の人影に、宏子はほっとした息を漏らし、防御魔法を解除して雪の斜面に倒れこんだ。
<…あああああ助かったああ。>
<あんたはな。EIM的には散々な敗戦なんだが。>
宏子達のもとまでやってきた小英が、腰に手をあてて立ったまま肩を上げる。
<蔡さん、お見事です。>
寝転がったまま、顔だけ上げたアリーザが念じた。
<お見事じゃないよ…私、こいつらの後をつけてて、同調して移動してやろうとしたけど、失敗しんだ。だから、皆戻ってくるまで待たないといけなかった。>
<待つっていったって一瞬じゃん。>
<その一瞬の間にあんた達は全員道から降りてるし、道にいたユジンの部隊は信じられない事になってるし、少しはこっちの身にもなって欲しいな。>
ため息をつく小英。
<…もうさ、全滅しなかっただけマシだって。>
雪の上に寝転がったまま、宏子は気の抜けた様子で念じる。
<ですが、この調子でもう一、二度サクコブ・クザラルの複合攻撃を受ければ本当に全滅ですね。ユジンさん達とドイツ支部が消えたというのは、3分の1以上のロスですよ。>
<…ロスとか、そういう問題じゃなくて…ユジンも、リッチーも、スレシュもヨンも、死んじゃったんだよね…>
<…そうですね。>
<…何か…もう、慣れちゃったよ…>
両目を閉じて呟く宏子。彼女の閉じられた目から水滴がこぼれる。
<そうですね…>

彼女達のそばで立っていた小英に、一人のEIM会員が近づいた。彼の言葉を聞いた小英が、彼に軽く頷く。
<…宏子。>
<何?>
<秘匿回線に通信だそうだ。宏子、…と言うか、EIM代表、と言うか…宏子に。>
<…え?>
宏子は目尻をぬぐいながら起き上がる。
<電話? どっから?>
<…地球軍魔術最高顧問。>
<…>
小英の念に、宏子は息を飲む。アリーザと目を合わせる宏子。
<…>
<…>
宏子は小英に向き直った。
<それって…>
<どういう風の吹き回しだかな。>
小英は鼻息をつきながら肩を上げた。



→Part B



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