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ブズズズズズ…。
1体のサクコブ生命体が羽をなぎ、曇った空を縦横無尽に飛び回っている。
シュウウウウウウウウウンズバアアアアアアアアアアン!
雪のつもった針葉樹林の中、赤や緑や黄色の入りまじった光が突然現れ、爆発音と共に拡散する。
その中から、十数名の地球人達が現れた。その中の多くはマシンガンを構えている。皆防弾チョッキらしき物は着ているものの、その下は私服のようでバラバラだ。
プシュ、プシュウッ。
<ヒアエンティフッ!>
生命体は彼等が現れるなり、そこへ攻撃弾を放ってくる。持っていたステッキをかかげる宏子。
ブシュ、ブシュッ…。
宏子達を光の防護膜が包む。宏子は空を上目遣いにうかがいつつ、隣にいた黒人の少女に声をかけた。
「バデ…ヌルワ?」
「リヌワです。」
「じゃあ、リヌワ。私とユジン隊が向こう、リヌワ達とレスゼク隊は向こうね。今から5秒後。ファイブ…」
「え、えっ! ええと、だ、そうです! 皆さん!」
後ろを振り向くバデリヌワ。隊員達は彼女に軽く頷く。
「スリー、ツー、ワン、ゼロ!」
宏子が号令と共に防御魔法を解除する。一同は二手に分かれ、雪の森の中を走り出した。
「ユジン、誰か怪しい影とかある?」
隣を走る東洋人の女性隊員に、宏子が白い息を吐きながら聞く。
「そうですね…今のところは。ただ何か、におい…」
「…におい?」
「ええ。上手く言えないんですが、この前ここに来た時と何か違うにおいが…」
ブシュウッ…。
「っと!」
生命体の放った攻撃弾に宏子が手を引っ込める。と同時に彼女の背後から念が響いてきた。
<佐藤さん今です。ニ人の力を合わせればゼロ時空にいけますよ。>
<わ、アリーザ!>
<気律の力を、我の頭上に…ウーサ・キュディヌ・ヒオ!>
<ディ、ディヌヒオ!>
シュウウウウウウウウウウン…。
ニ人の体を光が包み、回転するように収束していった。
ズバアアアアアアアアアアン!
<とっ、とと。…アリーザ、驚かさないでよ。急に幽霊みたいに出てくるんだから。>
<幽霊…私が幽霊に見えますか?>
<…そんな真顔で聞かれても困るんだけど。>
<安心してください、真剣には聞いていません。…日本の宗教では、幽霊を信じますか?>
<え? …さあ、信じるんじゃないの? 良く知らないけど。>
<そうですか。>
頷くアリーザ。
<私の宗教では、幽霊はデミ・ムーア並の美貌をもってこの世に現れるとされます。つまり佐藤さんが私を幽霊と見間違えるのも、至極…>
<そういう適当な事言ってると、リジュワナが意識を戻した時に、また宗教を冒涜しただの何だのってガミガミ言われるよ。>
自分達の隣で、静止状態で固まっているユジン達に目をやりながら、宏子は軽くため息をつく。
<それは大丈夫ですよ。そこまで持たないでしょうから。>
<…>
アリーザに鋭い視線を向ける宏子。アリーザは<ああ>と呟き首をふった。
<違います、ホクさんじゃなくて私がです。ホクさんが何年後かに意識を取り戻す前に、恐らく私の方が>
<やめて。…やめなさい。そんな話は私は聞きたくない。>
宏子は一旦目をそむけるが、ふとアリーザの顔を見直した。
<って、あんた、額から血出てるじゃん! 大丈夫?>
<…順番がおかしいですよ。>
苦笑するアリーザは、自分の額に手をあてる。
<骨か、脳味噌が見えますか?>
<な…何言ってんの。そんなだったらもっとリアクション凄いって。>
<そうですか。でしたら、問題無いでしょう。全く痛みが無いという事は、全くのかすり傷か、神経もやられる程の深い傷かのどちらかでしょうから。>
<はあ…まあ、なら良いけど…まあ、出血も大丈夫そうか…>
アリーザの額に顔を近づける宏子。彼女の口から白い息が出される。
<でも、何かでちょっと血を押さえるとかすれば良いじゃん。びっくりしたよ…>
<私も驚きましたよ。しばらく会わない内に、佐藤さんが大分大人びた雰囲気になっていたので。>
<大人びた? あんたにそういう事言われても嫌味以外の何にも聞こえないけど?>
<それは心外です。私もたまには嫌味以外の事だって言いますし、…それに、私は決して自分が人に比べて大人びているつもりはありません。>
<たまにはねえ…。少なくとも、私とあんたを比べたら大抵の人はあんたの方が大人っぽいって言うと思うけどねえ。>
<それはその人の見る目が無いだけです。…さっき、私が自分が死ぬだろうって言おうとした時のあなたの止め方。私は思いましたよ。>
<…何を?>
少し沈黙するアリーザ。彼女は手を自分の胸におき、目を閉じ微笑んだ。
<佐藤さんは、本当に優しい、可愛らしい女性だなあ、と。>
<…>
<…>
<…アリーザ、何だかよく分からないけど今日も飛ばしてるねえ。>
顔を引きつらせる宏子が後ずさる。
<…でも、>
アリーザが真顔になり、宏子を見る。
<本当に思うんです。具体的な根拠は無いですし、別に死にたいと思っている訳でもないんですが、どうも私は…佐藤さん達は何の問題も無いんですよ、ただ私だけは、余り先は>
<アリーザ。…止めて。>
<…分かりました。リーダーがそう言うなら。…いえ、代表がそう言うなら。>
<はいはい。じゃあ支部長、早い所あれを消さない?>
宏子は、彼等の上空で静止している生命体を目で示す。
<そうですね。…じゃあ、私がやります。>
<え、何で?>
<私がドイツ支部長になって代表と別れてから、代表と一緒に実戦をした事はありませんでしたから。つまり、もう4ヶ月も魔術を見せていない訳で、その間の上達を代表に見て頂きたいと…>
<…取り合えず代表代表繰り返すあんたの性格の悪さだけは4ヶ月経っても健在なのは、すっごくよく分かったけどね。>
<光栄です、代表。それでは失礼して。>
片手でステッキを構えるアリーザ。
シュウウウン、ブシュウッ。
ステッキの先から放たれた光の球がまっすぐ生命体の所へ進み、ぴったり生命体の全身を覆う大きさにまで膨れ上がってはじけ飛ぶ。
<…お、お見事。>
やや呆けた顔で念じる宏子。
破片を残す事も無く、空に静止していた生命体はその姿を消していた。
<おほめ頂いて嬉しいんですが、実は生命体はこれだけではありません。来てください。>
<う、うん…>
雪を踏み鳴らし歩き出すアリーザの後を、宏子はついていく。
森の中を歩く宏子が、眉を上げ、鼻を鳴らした。
<…ねえ、アリーザ、さっきユジンが言ってた事なんだけどさ。何か変な臭いしない?>
<埃じゃないですか?>
<埃? …支部の?>
<ええ。粉々にされましたから。…見ての通り。>
<う、わ…>
森から、開けた場所に出てくるニ人。ニ人の前には建物の瓦礫が埃を上げていた。もちろん、埃は空中に静止している。
<人的被害は大丈夫? あんたの額だけ?>
<さあ…私もまだ隊の全体と連絡をとれていなかったので分からないです。全員に、先に逃げるようには言ってありますし、特に非魔術師は一刻も早く行くようには言いましたから、恐らく大丈夫とは思いますが…一応3部隊の無事は確認出来たんですが。>
<そう…>
ニ人は念じあいながら瓦礫へと進む。ニ人の歩いた後に、埃の押し除かれた空間が飛行機雲のように目に見えて現れる。
宏子は瓦礫を乗り越え、天井の無い内壁に近づく。
<しっかし、ここ建てたローンだってまだ完済してないっていうのに、やってくれちゃったねえ…って、わ、わっ!>
<2匹目です。>
壁の向こうの廊下に、浮いている生命体を見て思わず体をそらす宏子。後ろから来たアリーザが念じる。
<…こんな、建物内部にまで入り込んで来たんだ?>
<ええ。防御するのが精一杯で、攻撃は出来ませんでした。…したら、建物が壊れかねませんし。>
<…その気遣いは結局無駄だったけど?>
<無駄じゃないですよ。実際その時はそうするしかなかったんです、でなければ私がこの瓦礫の下になっていましたから。>
<ああ、そっか。ま、もうそれは考えなくても良い訳だよね? 天井消えてるって事は。じゃ、今度は私がやるよ?>
<お願いします。>
シュウウウウウウウウウウウウン…。
<…ど?>
ステッキを構えた宏子が、先程まで生命体の浮かんでいた空間を前にポーズを決める。
<佐藤さん…会わない内に、少し太りました?>
<何を見てたんだあんたはっ!>
<主に膝から下を、パンツ越しに…>
<そんなもん見ないで良い! ったく…で、これで終わり? まだいるの?>
<私の知る限りではもう一匹いたはずです。>
アリーザは腕の端末を操作する。バーチャルディスプレイを表示させるアリーザ。
<…ご覧の通り、現在も反応が一匹あります。>
<どっち?>
<建物の奥です。>
先導するアリーザ。ニ人は瓦礫の中を歩き出した。
ガラ、ガラ…。
廊下の奥で、宏子がコンクリート片をどかす。
<ぐっ、お、重いんだけど…>
<それをどかせば向こうに通り抜けられるようになりますから。頑張って。>
<こんな事せんでもさ、>
歯をくいしばる宏子。腕まくりをした彼女は、1メートル位の高さの瓦礫の山の上で、自分の肩幅ほどの大きさのコンクリート片を両手で引っ張り、横にゴロゴロと転がり落とさせている。
<瞬間移動なり、ちょっと穴を開けるなりすりゃ良いじゃんさ。>
<ゼロ時空で一番怖いのは魔力の消耗ですから。時間はたっぷりありますし、体力も、…少なくとも佐藤さんならこれ位平気でしょう?>
瓦礫山の山麓から宏子を見上げるアリーザ。
<言っとくけど私もか弱いんだけど。ったく、これが可愛らしい女性の代表にさせる事かね? ううー、だぁいしょっ!>
ガラ、ガラガラ…。
大きめのコンクリート片が、宏子の意味不明の念と共に山を転がり落ちた。
宏子は腰をあげ、両手を軽くはたいた。
<ふう…これで何とか通り抜け出来るんでないかい?>
瓦礫の上に立つ宏子の前には、壁の向こうへ行ける穴のような隙間が出来上がっている。
<代表、さすがです。…力持ちです。>
<…そりゃどうも。>
宏子が白い息をつく。
<んじゃ、さっそく中を…>
四つんばいになり、宏子は穴に上半身を突っ込む。そこで宏子は動きを止めた。
<…どうしました? 挟まりましたか?>
<ア、アリーザ…その…う、うぶっ! …うっ…>
アリーザは眉を寄せ、天井の無い通路に出来ている「山」を、素早い動きでよじのぼった。
<どうしました、佐藤さん? 何か体調に問題が?>
アリーザは宏子に寄り添い、彼女の背中に手を置いた。後退した宏子が、穴から顔を戻す。
<だ、大丈夫…ちょっと、…うん…急だったから…>
心なしか顔色の悪い宏子は、右手で口元を押さえながら、目をそらす。
<うぶうっ…>
胃からこみ上げてくるものを、何とか押さえようとする宏子。
<…急?>
<うん…向こうの部屋に…サクコブが、いたから…>
<ああ、そうですか。>
いつもの無表情に戻ったアリーザが頷く。今さっきまで宏子が入り込もうとしていた壁の隙間に、今度はアリーザが進んでいく。
<…でも随分、驚かれたんですね。佐藤さんが驚く位ですから、サクコブもよほど悪さを…>
頭を壁向こうに出したところで、動きの止まるアリーザ。
<…、なるほど。>
やや強弱に波のあるテレパシーでアリーザが念じた。
<…ア、アリーザ、あんまり無理しない方が良いと思う。>
<…ですが、どう見ても、まだ彼も元気そうですし…消さない事には、私達もこうなりかねませんし…>
壁の隙間に体を突っ込んだまま答えるアリーザ。隣で腰が抜けたように座り込んでいる宏子が力なく頷く。
<うん、そうだね…>
<…佐藤さんはそこにいて下さい。これは私がしとめますんで。>
<うん……ごめん…>
<気にしないで下さい。>
壁の隙間からこちらに顔を出し、上半身を見せているアリーザは、窮屈そうに体をよじらせ、壁の向こうからステッキを出す。壁のこちら側にそれを出したアリーザは、そのままそれを持つ右手を前にかかげ、険しい表情で白い息をつきながら一点を見つめる。
ステッキの先から黄緑色の光が溢れ、はじかれるように空中を前進しはじめる。
そしてその光はアリーザの見つめていた一点で静止し、そこで直径2メートル程度の球に膨らむ。
「Fucking bull...」
呟くアリーザ。
空中に静止したサクコブ生命体と、それが4本の足でかかえている白人の少年が光の中に包まれる。
少年は宏子達と同じ防弾チョッキを着ているが、既に頭部は直径50cmほどの球状にえぐりとられ、脳や眼球や筋肉が露出していた。
光はシャボンのようにはじけ飛び、中にあった物を道連れに消滅する。
光の球に入りきらなかった、少年の足先と生命体の後尾が石床に落下した。
ビチャッ、ガツンッ!
<うっ!>
壁の向こうから聞こえてくる音に、体を震わせる宏子。
<もう大丈夫ですよ。>
穴から後ずさり、顔を出すアリーザ。
<うん…そうだね。>
座ったままの宏子がアリーザに頷く。
<あ…ごめん。何か、未だにこういうの…慣れなくてさ。>
よろよろと宏子は立ち上がり、瓦礫の山を降りる。
<慣れなくて良いんですよ。むしろ人間として、慣れたら困りものです。>
<…リジュワナだったら、そうは言ってくれなかっただろうね…>
<…確かに。>
肩を上げるアリーザ。軽くジャンプをして、彼女も瓦礫の山から離れる。
<しかも困った事に、この組織としてはそっちの方が恐らく正しい考え方ですね。ホクさんのように、割り切った考え方の方が。>
<…>
<この戦いは、私達地球人の存続をかけた聖戦なんですよね。その割には、私達には、下手に魔力がある分、覚悟がまだまだ足りないのかもしれません。>
<聖戦…?>
<異教徒の方に噛み砕いて説明するなら、手段なんか選んでる暇は無い、って話です。>
<…それが、聖戦?>
<私はそう思ってます。…間違ってますか?>
<分かんない…>
宏子は目をそらす。彼女の口から白い息が漏れた。
<分かんないよ…私さ…私みたいなのが、本当にこんな…軍隊の、代表で本当に良いのかな…? 私と、他の皆と、どうも違うんだよね…皆、平気でクザラル人を殺そうとか言うし…でも、その方が軍隊としては…ゲリラとしては、多分正しいんだよね…関係の無い民間人を殺すな、なんて、所詮身勝手な理想なんだよね…>
<…そういった身勝手な理想を求めて、頑張っているんじゃないですか、私達は。>
<…>
<…>
宏子が自分をじっと見詰めている事に気付いたアリーザは顔を上げる。
<どうしました?>
<いや…あんたも、何かちょっと見ない内に大人になってるなあ、って。>
<…>
アリーザは軽く眉を上げ、それから自分の端末を操作しだした。
ピッ、ピピッ、ピッ…。
<…佐藤さんほどの成長率ではありません。私は元がそれほど小さくありませんでしたから。>
<…どういう意味かなそれは。>
<おほめに預かり有難う、と。>
<ふうん。…後さ、私さっきから気になってたんだけど…>
<何ですか。>
<幽霊ってさ、この世ではウーピー・ゴールデンとか何とかいった人になるんじゃなかったっけ? あの映画だと。>
<…>
数秒冷たい視線を宏子に送ってから、アリーザは自分のバーチャルディスプレイを見せた。
<…念のため、魔力の発生をスキャン中です。今ので、生命体は全部消したと思いますが…>
ピピッ。
<…ご覧の通り、この近辺にもう魔力は…>
アリーザは念を止めた。ディスプレイ上の地図の一点に、やや弱めの光が明滅している。
<あるように見えるのは私の目の錯覚かい?>
<…佐藤さん。これは…良くないですよ。>
顔色の変わるアリーザ。彼女はディスプレイを消し、ステッキを持って通路を駆け出した。
<な、何? 急にどうしたん? そんな急がなくたって相手は逃げないよ?>
彼女の後を宏子が追う。
<逃げます。>
建物の中を走りながら、後ろを見ずに答えるアリーザ。
<何言ってんの。私達、時間の止まった世界にいるんだから。相手が動ける訳無いじゃん。>
<それは相手が普通のプラス時空にいる時の話です。今の魔力の反応、見ましたよね。光がついたり消えたり、微妙に動いたりしていたじゃないですか。>
<え? …あ…>
<相手もこの時空にいれば動けますよ、当然。>
<…でも、そんな事なんか出来るの? 私達と同じ空間って事は、私達と全く同じ瞬間に時空移動しないと駄目って事じゃん。>
<多少の誤差は意識の同調でカバー出来るものなんです。そうでなければ、私と佐藤さんが全く同じ瞬間のゼロ時空に来る事だって実質不可能になるじゃないですか。>
<ああ、そっか…>
建物の外に出たニ人は、そのまま森の中へ走っていく。
<で、場所はどこなの?>
<今さっき、私達が時空移動をした場所のすぐそばのようです。>
<そっか、私達が時空移動をしそうだ、って分かってて監視してたのかな。敵ながらやるじゃん。>
<感心している場合ではないです。>
雪道を走っていくアリーザ。
<まあ、そうだけど…>
<私達が時空移動をした場所には私達以外にも人間がいたんですよ。>
<あ…>
呟く宏子。
<困った事になりました。>
ザク、ザク、ザク…。
<ねえ、そこまで瞬間移動出来ないの?>
<出来ますよ。攻撃の分、向こうに戻る分、を差し引いたうえで、更に自分の魔力に残りがあるなら。>
<うっ…>
<急ぎましょう。>
<うん…。>
<っと。>
前を走っていたアリーザが急に立ち止まる。宏子は彼女の背中にぶつかりかけ、足を踏ん張りバランスを保った。
ニ人は森の中の道を戻り、もといた場所のすぐそばまで来ている。
<…>
立ち止まり、動かないアリーザの背中に宏子が念じる。アリーザはもう、もといた場所が視界に入っているはずだ。
<何…? …サクコブいる?>
<いえ…いないようですが…>
<何よ。…っ!>
アリーザの後ろから顔を出した宏子は、林道の向こうから目に入った光景に息を飲む。
<そ…そん、そんな…>
<…>
後ろを振り返り、アリーザは宏子と目を合わせる。
<…>
アリーザは何かを念じようとするが、何も思いつかなかったのか、息だけついて前に向き直った。
<嘘…う、嘘でしょ…さっきまで、私、と、話してたのに…>
宏子達の十数メートル先、林道の向こう側に、宏子と一緒にやって来た、ユジン達非魔術戦闘部隊が立ったまま静止している。先程宏子達が時空移動した直後と全く同じ位置、姿勢で変わりなく静止中だ。
ただし彼等の頭部はことごとく攻撃弾でくりぬかれ、全員その大脳や咽喉が綺麗に断面を見せていた。
<…悪趣味、ここに極まれり、ですね…単に殺したいならあんな大きさで頭を狙わなくても、心臓を消すだけでも充分なのに…しかもわざわざ頭も半分だけ残してるし…一体何がしたいんでしょうか…>
<…>
<…大丈夫ですか、佐藤さん?>
<うん…もう……慣れちゃった…>
<…>
アリーザは前を向いたまま、背後の宏子の念に奥歯を噛み締めた。
<…アリーザ。多分なんだけどさ、その残ってる魔力反応って、クザラル人なんじゃないかな…?>
<ええ、私も今、全く同じ事を考えていました。…サクコブなら、よほど急いでいない限りこんな魔力の無駄遣いはしないでしょう。というより、この殺し方はわざと悪趣味にしているとしか考えられません。そういう方法で残っているものに脅しをかけるのは、いかにも「高尚」で「洗練」されたクザラル人の好きそうな事です。>
<…>
<…>
ニ人とも頭をくりぬかれたユジン達からやや離れた場所で、動かず立ち止まっている。
<近づいていってもいいのかな…?>
<さあ…それには魔術の反応をスキャンしないと…ここでディスプレイを開いても良いと思いますか?>
<さあ…>
<…>
ニ人はお互いを見合って息をついた。
<…じゃあ、私が出るよ。危なかったら援護して。>
<え、ちょ…>
「ゴー!」
掛け声と共に宏子は道を駆け出した。
シュウウウウウウウン、ブシュウッ。
<っ!>
音に気付く宏子。雪道に足を取られるかのようにくるりと前転し、そのままステッキを攻撃弾が放たれてきた方向に向ける。
<フィア・ディシュ!>
プシュ、プシュウッ。
林の中に消えていく宏子の攻撃弾。どうやら相手は既に逃げたらしく、防御膜の反応も見られない。
「ちっ」
宏子は転がるように道を降り、自分が魔弾を撃った方向に走っていく。
ピイイイイイイイイイイイ…。
<ヒア・エンティフ!>
宏子は立ち止まり、ステッキを上に掲げる。宏子の周囲に広がる赤い光。宏子の進行方向の先にある森の影から、宏子に向かって、細いレーザー光線のようなものが注がれてきた。
<大丈夫ですか、佐藤さん!>
<うん。今んとこ防御で防げてるけど…何だろ、これ?>
<照射機からの照射線ですよ。シユマさんに習ったじゃないですか。野蛮な地球人に雑に説明するなら、非魔術師クザラル人にとってのピストルです。>
<そっか、そう言えば私、これが実際に撃たれてるの目撃するのは初めてだったからさ。>
<「撃たれているのを目撃」という表現は、自分が当事者の時は使わないような気もしますが。…そこから動けますか?>
<動くのは良いけど防御が解除出来ないよ。>
叫ぶように念じながら、宏子は木の陰に逃げ込む。
ピイイイイイイイイイイイ…。
<うわ、木位は平気で通り抜けるんじゃん、このビーム。>
赤い光線は木を通り抜けて、宏子の目の前まで直進し、そこで彼女の防御膜に遮断されて消える。自分を追ってくる光線に、宏子は顔を引きつらせた。
<ねえアリーザ、…アリーザ?>
宏子が後ろを見返す。先程まで彼女のいた場所に人影は無い。宏子が前を向くと、アリーザは宏子より前方の雪道を駆け下りていた。
<ア、アリーザ!>
<照射線のお陰で向こうの場所がよく分かるんです。…フィア・ディシュ!>
シュウウウウウウウウウン、ブシュウッ!
「があああああっ!」
バサッ。
攻撃弾を放つアリーザ。木々の向こうから、女性の叫び声と何かの倒れる音が聞こえる。
「Right!」
<アリーザ、左!>
<!>
宏子の念に顔を向けるアリーザ。宏子に発射されているのと同じ光線がアリーザに向かっている。
ボスッ!
<ヒアエンティフ!>
雪の斜面に、うつぶせに倒れ込むようにして光線をよけるアリーザ。彼女はそれと同時に自分の周囲に防御の光を張った。
<大丈夫、アリーザ!>
アリーザのもとに宏子が駆け込む。
<ええ、光線にやられたかと思いましたが、案外、攻撃弾並にスピードが遅いんでしょうか…>
雪の中にうずめた顔を離し、体の雪を払いながら答えるアリーザ。
<それにしても…>
アリーザは自分と宏子に注がれている二つの直線を見ながら念じる。ニ人の防御膜は今は重なり合い、一つになっている。
<お互い見事に捕まりましたね。これでは身動きがとれませんよ。>
<瞬間移動出来る? 私は一回位ならなんとか…>
<私は無理ですね。そろそろギリギリです。>
やや苦しげに言うと、アリーザは体の向きを変え、仰向けに雪の斜面に寝転がる。
<…>
眉を上げる宏子。彼女は自分の腕の端末を操作し、アリーザの体にかざす。端末の表示を見て、宏子は大きくため息をついた。
<推定MK18だとよ。アリーザ支部長、一般のゼロ時・プラス時移動に必要な魔力は?>
<さあ、最近物忘れが酷いようで…>
寒さに赤らんだ顔で目をそらすアリーザ。
<24.2でしょ。あんたもう私が30位残しとかないと自分が戻る事も出来なくなってんじゃん。どうすんのよ。>
<私はここで自爆しますから、佐藤さんは骨だけ拾って先に帰って…いや、冗談のつもりなんですが。>
不機嫌な顔を近づける宏子をアリーザは手でおさえる。
<…でもそうだよ、もう帰っちゃえば良いんじゃん。そうすれば取り合えず逃げられるし。>
<ですが、>
<それは無駄です。それで逃げる事は出来ません。>
響いてきた念にニ人は顔を上げた。
白い、比較的地球人的な服に身をかためたクザラル人女性がニ人を見下ろして立っていた。
<私達はあなた達と居場所を同調させる装置を持っていますから、プラス時空に戻ろうが、どこかへ瞬間移動しようが、同時にそこに移動出来ます。つまり、この照射線から逃れる事は出来ないのです。>
<…>
やや眉をひそめるが普通の目つきで女性を見るアリーザ。隣の宏子は、対照的に敵意を剥き出しにした視線を女性に送る。
<…この、人でなし!>
自分の感情を押さえるのが精一杯といった様子で、宏子は念じた。
<…>
女性は宏子を無感情に見下ろすと、やがて視線を外し、クスリと笑った。
<何がおかしいのよっ!>
<…あなたはEIMの佐藤「代表」ですね?>
<…>
<今クザラル星では、あなた方は人の心を持たない悪魔、魔女等と喧伝されています。恐らく地球でもそうでしょう。私達もそのつもりで覚悟してやってきたんですが…これほど人間らしい方とは知りませんでした。>
<な…>
彼女の背後から、宏子達に照射機を向けているニ人のクザラル人がやってくる。
「照射機はそのまま外さないように。今から私が始末します。」
「了解。」
彼女がそのニ人にエウグ語で言うと、ニ人は頷いた。
女性はふところから大きめのイハッジャを取り出し、それを宏子達の目の前で掲げる。
<…一応忠告しますが、抵抗はしない方が楽です。>
<あなたが私の立場だったら、抵抗をやめていますか?>
<やめていないでしょうね。>
アリーザの質問に女性は首を上げた。女性は無表情にイハッジャを宏子達に向ける。
<気律の力を、我の頭上に。…フィア・ディシュ。>
シュウウウウウウウウウウン、ブシュウッ、ブシュブシュブシュ…。
<…くっ…>
女性のイハッジャの先から、光の球がいくつもニ人に注がれる。水溜りに注ぎ込む雨のように、それが宏子とアリーザの張っている防御膜に吸収されていく。
苦しげに目の前の雨を見ながら、アリーザは念じた。
<…佐藤さん、そろそろ厳しいでしょう。佐藤さんのMKも測定しましょうか?>
<あんたに言われる筋合い無いんだけどね。まあ、厳しいのは事実だけど…>
<…>
<何?>
防御膜の狭い空間の中で、アリーザは雪の上に再び寝転んだ。彼女が少し、考え込む表情になる。聞く宏子。
<…とにかく移動しましょう。戻れなかったら仕方ありませんから。>
<そうだけど…戻ったらウチら完全にエネルギー切れだよ。>
<ええ。でも、永遠にここにいるよりはマシかと。>
<戻った瞬間にやられるのも、大差は…>
<…>
<何よ?>
アリーザは、宏子の手を引き、まるで内緒話をするかのように耳に手を当ててみせた。
<…もしかしたら大丈夫かもしれません。移動する事をお勧めします。>
<…>
アリーザの目を無言で見る宏子。宏子は前でイハッジャを構え、攻撃弾を連発しているクザラル人に目を向ける。
ブシュブシュブシュブシュブシュ…。
<どこへでも移動して下さい。その方があなた達の魔力が切れて、こっちは好都合です。>
ほくそ笑む魔術師。宏子はしばらく目をまたたかせ、そしてもう一度アリーザに目を向けた。
<佐藤さん。>
<…分かった。>
<…>
<…気律の力を、我の頭上に。>
<…>
ステッキを改めて構える宏子。彼女の念に眉を上げたクザラル人女性は、イハッジャを持ちつつ自分の腕端末を軽く操作した。
<ウーサ・キュディヌ・ヒオ!>
<ウーサ・キュディヌ・ヒオ。>
念の揃うニ人。彼等全員の周囲を、色の入り混じった光が包み込む。
光が全てを覆い隠すと同時につむじ風が起き、甲高い音とともに光が消え去る。次の瞬間視界が戻ると、彼女達は全く同じ景色の中に、全く同じ格好で向き合っていた。
ブシュ、ブシュ、ブシュ、ブシュ、ブシュ…。
<やべ…そろそろ本気でキツい…>
さっきと同じ体勢でステッキを構えたままの宏子は、そのままアリーザの横に腰を降ろす。それに比例して、クザラル人女性に押されるように宏子の作る防御膜が後ろに移動する。
<…ふう…>
宏子の隣のアリーザは、既に気力もないのか、息をするのがやっとの状態で横たわったままだ。
バサ、バサバサバサッ!
宏子達の背後で何かの落ちる音が聞こえた。宏子達の横を、雪玉のようなものがごろごろと転がり落ちていく。
<う、わっ!>
念を上げる宏子。
ビイイイイイイイイ、シュウンッ。
照射銃を向けていた一人が、転がってきたものに照射線を向ける。次の瞬間、それの大部分が蒸発するように消えてなくなった。
バサバサ、バサ…。
二十センチ程度の小さな破片になったそれはそのまま雪の斜面を転がり消えていった。
<…ユジンさん達ですよ…急に命とバランスが無くなったんですから、斜面を転がり落ちもします…>
<ああ、そっか。>
苦しげに頷く宏子。
ブシュブシュブシュブシュブシュ…。
<でも、私らもそろそろ、そうなるかな…>
<…代表。そういう事を言うなと言ったのは代表ですよ。>
<そうだったっけ…>
息をつく宏子。ついに宏子も、アリーザと同じように斜面に寝転がった。まだステッキは掲げているが、二人を覆う防御膜は目に見えて光が弱まってきている。
<ふう…>
<…>
空はどんよりと曇りだし、今にも雪が降り出しそうだ。
<…>
宏子はふと念をとめ、前に目を向ける。先程まで強い勢いで感じていたはずの魔力のプレッシャーを、いつのまにか自分は感じなくなっているようだ。
気づくと、時空移動をした後も宏子達の目の前に居続けて攻撃をしていたはずのクザラル人達が、宏子の視界から消えていた。
<…え?>
…バサ、ズザッ。
何かが雪の上に落ちる音がした。宏子は起き上がり、目を細めて前方を見る。
先程までいたクザラル人達の足や、手の先端部だけが、綺麗な断面と共に雪の地面に落ちていた。
ガサ、ガサ…。
<…全く、どうせギリギリまで粘って、それで、もうどうしようもないっていう所で戻ってきたんだろう? 少しは同僚を信用して、余裕を見て動いてくれ。>
<…小英…>
木陰から姿を現してきた少女の人影に、宏子はほっとした息を漏らし、防御魔法を解除して雪の斜面に倒れこんだ。
<…あああああ助かったああ。>
<あんたはな。EIM的には散々な敗戦なんだが。>
宏子達のもとまでやってきた小英が、腰に手をあてて立ったまま肩を上げる。
<蔡さん、お見事です。>
寝転がったまま、顔だけ上げたアリーザが念じた。
<お見事じゃないよ…私、こいつらの後をつけてて、同調して移動してやろうとしたけど、失敗しんだ。だから、皆戻ってくるまで待たないといけなかった。>
<待つっていったって一瞬じゃん。>
<その一瞬の間にあんた達は全員道から降りてるし、道にいたユジンの部隊は信じられない事になってるし、少しはこっちの身にもなって欲しいな。>
ため息をつく小英。
<…もうさ、全滅しなかっただけマシだって。>
雪の上に寝転がったまま、宏子は気の抜けた様子で念じる。
<ですが、この調子でもう一、二度サクコブ・クザラルの複合攻撃を受ければ本当に全滅ですね。ユジンさん達とドイツ支部が消えたというのは、3分の1以上のロスですよ。>
<…ロスとか、そういう問題じゃなくて…ユジンも、リッチーも、スレシュもヨンも、死んじゃったんだよね…>
<…そうですね。>
<…何か…もう、慣れちゃったよ…>
両目を閉じて呟く宏子。彼女の閉じられた目から水滴がこぼれる。
<そうですね…>
彼女達のそばで立っていた小英に、一人のEIM会員が近づいた。彼の言葉を聞いた小英が、彼に軽く頷く。
<…宏子。>
<何?>
<秘匿回線に通信だそうだ。宏子、…と言うか、EIM代表、と言うか…宏子に。>
<…え?>
宏子は目尻をぬぐいながら起き上がる。
<電話? どっから?>
<…地球軍魔術最高顧問。>
<…>
小英の念に、宏子は息を飲む。アリーザと目を合わせる宏子。
<…>
<…>
宏子は小英に向き直った。
<それって…>
<どういう風の吹き回しだかな。>
小英は鼻息をつきながら肩を上げた。
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