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髪の整っていない宏子が、眠そうな目であくびをかみ殺しながら司令室を歩いている。
ライムグリーンのパジャマを着た彼女は手にコーヒーの入ったカップを持っている。宏子はその匂いに軽く鼻で深呼吸しながら、デスクの列の中を歩く。
自分のデスクの、すぐ隣のデスクにある人影を目にし、宏子はぼうっとした顔のまま立ち止まった。
<何、今日はまた早いんだね。>
<ん…>
宏子に気付いたプオラギイックは、自分の前に表示されているバーチャルタッチパネルの前で指を動かす。少し眉を上げた宏子は、<ふふーん>と念じながらプオラギイックのデスクに近づき、彼の前のバーチャルディスプレイを覗き込んだ。
<何よ。何見てたん。今、何か表示消したでしょ?>
<…さあ。>
<ほう…>
目を細め、プオラギイックをじろじろと見る宏子。
<何だよ。>
<…ま、私は別にそういうの、軽蔑するつもりはないよ。プオだってねえ、男の子だもんねえ。そりゃあそういうのの一つや二つ見たくなる日だってあるよねえ。>
勝ち誇ったような表情で腕を組む宏子は、その肘でプオラギイックの肩をつつく。
<もう数え切れないほど言い尽くして来た気がするが、念のためもう一度言っておく。俺とお前と一緒にすんな。>
一瞬で宏子の表情が冷却される。
<…は? 何それ? 私がそんなの見てる訳ないでしょ。それこそあんたと一緒にすんな。私はそんなの一度も…ええと…基本的には、一度も見た事無いわよ!>
<…>
無言で横目を向けるプオラギイック。
<い、一度しか無いわよ! …ああ、でもあれを合わせれば確か……と、とにかく殆ど無いわよ!>
<まあ良いけど。で、何の話をしてるんだ? 見てない見てないって。>
<え?…と、それは…>
<それは?>
<それは…>
コーヒーを隣のデスクに置いた宏子が体操でもするようにその場をうろうろと動く。
<モーニング娘。の飯田圭織とか、かな。>
<…>
宏子の念に、プオラギイックの耳が立つ。
<カオリン、僕のカオリン!とか端末の画像に囁きかけたりしないでね。隊の士気に響くから。>
<一回もしてないだろ、そんな事。>
<…本当は、何回?>
宏子が細い眉をいわくありげに上げながら顔を近づける。
<本当にゼロ回。そんな質問一々繰り返すな。その辺を、お前と一緒にすんなって言ってる。>
<あ、そういえばさ、後あんた鬼束ちひろも好きとか言ってなかったっけ?>
<…>
プオラギイックの耳が、敏感に反応を示した。
<…あ、そう! …そうか。プオラギイック君は今は鬼束に乗り換えたか。>
心なしかぎこちない動きでため息をついてみせるプオラギイック。
<何下らない事言ってるんだか。大体、いつの話だそれは。去年の秋場だろ? 何か、たまたま日本で聞いた音楽が地球の物にしては上品だったって言って、それが彼女の曲だったってだけじゃないか。歌い手本人の事なんか俺は何にも知らないし、別に興味も無いだろ。>
<飯田圭織も鬼束ちひろも背ぇ高いよねえ。大柄な人が良いんだ。…で、顔はどっちかっていうと南国系? つってもニ人とも日本人だけど。>
<うるさい。黙れ。>
プオラギイックは宏子に目を向けず、バーチャルタッチパネルを操作する。
<ま、両方とも叶わぬ恋だけどねえ。あんたと飯田圭織や鬼束ちひろじゃ、そりゃ、釣り合いってもんが、ねえ。>
楽しそうにプオラギイックの顔を覗き込む宏子。プオラギイックは肩を上げる。
<ああ、全くだな。お前とシスコとかいう歌手並に釣り合いゼロだな。>
ニヤニヤ笑いだった宏子の顔が引きつった。
<う…るさいわね。私は別に自分がシスコとどうとか…そんなに思った事はないわよ。>
<…間を開けて言っても意味が無いとは思わないか?>
<うっさいわね、大体そんな話あんたには関係ないでしょ。…で? 結局こんな朝っぱらの、まだ朝番以外誰も司令室に来てない時間帯からあんたは何一人でこっそり見てたのよ。>
<それはお前に関係あるのか?>
<もちろん。この司令室で見ていたって事は何かしら我がEIMに関係があるんでしょ? それなら代表の私に関係無いなんて事は無いよね。>
<じゃあお前が自分の机に鬼のようにつんでいるそのCDも全部仕事絡みだったのか。>
<うるさい。死ね。そして答えなさい。>
<…>
呆れた様子で宏子を見上げるプオラギイック。彼は息をつき肩を上げる。
<失望させるようで心苦しいが、本当に仕事のファイルを見てたんだ。別にお前が妄想しているような面白いもんじゃ…いや、ある意味面白かったけどな。余りに興味深いんで昨日から夜通し読んでいた、っていうのは事実だが…>
<…え? あんた徹夜してたの? でも、今日も仕事の予定無かった?>
<ああ、会議は出るよ。少し仮眠は取りたいが…>
<何よ。どういうファイルだったの?>
トーンが真面目になった宏子がプオラギイックに尋ねる。
<それは…秘密だ。>
<…>
眉をひそめる宏子。
<ま、どうしても教えろって言うんだったら、EIMの脱退を前提に前向きに検討するとしよう。>
<…何で秘密なのか、って聞くのもアウト?>
立っている宏子が、真面目な表情でプオラギイックを見る。
<出来れば勘弁してほしい。…まあ、お前やEIMに迷惑をかけるつもりじゃない。そもそも今は「面白いファイルが来たな」、って言うだけだしな。>
<…>
しばらくプオラギイックの顔を眺めていた宏子は息をついた。
<…まあ、一応副代表のしてる事だし、無理に聞くつもりはないけどさ。>
<ああ…ごめんな。>
<良いって。…それにしてもあんたも仕事熱心だね。まあ、上司としてはそうしてくれるに越した事はないけどさ。あんたホント、いつもここにいるでしょ。>
宏子は隣のデスクの椅子に座り、キャスター付きの椅子を動かしてプオラギイックの方に近づく。
<そりゃあ…ここにはニグーワー語の通じる娯楽施設は無いし、ニグーワー語の雑誌も無いし、テレビもラジオも無いし。>
<まあ、ね。でもそれは私も同じだよ? ここの会員の結構多くもそうだし、そもそも娯楽施設は無いけどさ。…でも、あんたは特にずーっとここにいない?
いや、もちろんいて良いんだけどさ、…その、ずーっと根詰めてるような感じがしちゃって。>
バーチャルディスプレイの表示を消したプオラギイックが、椅子に寄りかかりながら息をつく。
<そりゃ根も詰めるだろ。特に俺なんかは、ほっときゃ危ない立場なんだから。>
<…まあ、そう言っちゃったらそうなんだけどさ。お正月ん時もクリスマスん時もあんたは全然トレニーングルームの方に顔を出さなかったじゃん?
別に出なきゃいけないっていうような集まりじゃもちろんなかったけどさ。でも…皆プオがいないから寂しがってたと思うよ。>
<そりゃ嘘だ。地球式のパーティーっていうのは、皆で集まって飲みあったり食いあったりするんだろ? そんな場所にクザラル人がいたら、皆どうしたって遠慮するだろ。>
<だからそれがいけなかったのかな、って思って大晦日の日は食べ物関係は一切無しにしたのに、あんたはそれ全然関係無くブッチしてたじゃない。>
宏子が頬を膨らませる。
<え、…俺の為にそんな事してたのか? 馬鹿だな、事前に俺に一言言っておけよ。>
<言ったよ! 言ったけどあんたが全然まともに聞いてなかったんでしょ!>
<そうだったか…?>
宏子の剣幕に引き気味のプオラギイックが念じる。宏子は膨らんだ頬のまま横を向いた。
<そうだよ。…せっかく、一緒に住んでるだから、ああいう祝日もプオと一緒に過ごせるって、思ったのに…>
<…>
くる、と宏子は向き直り、速いテンポで補足する。
<…ああ、いや、その、同僚としてね、…地球の、ほら、風習とかも色々教えたいな、とか思ったからね。>
<あ、ああ…>
<って言うか大体何で地球の独立運動組織にクザラル人のあんたがいるのよ。そこに根本的な矛盾を感じるんだけど。>
<一応聞いておくが、形式上俺を雇っているのはお前だったんじゃなかったのか?>
<…あ、そうか。じゃあ私あんたを辞めさせる権限もあったんだ。>
<…>
プオラギイックは軽く宏子を睨んでから、自分の耳に手をやった。
<まあな…何で俺がここにいるんだろうな。半年前の初心なんか、もう忘れたな。…まあ、HYIやHNKには居づらいっていうのが根本だろうけど。>
<でも、ジュチャはまだHYIで頑張ってるみたいだし…それに…こんな事私が聞くのも変だけど…ここはあんたにとって居易いの? 大体、ここにいるって事は、クザラル星の人からは裏切り者って思われるのは確実じゃん。>
<それを言ったらお前達も地球の各国政府から公式にキチガイ呼ばわりされてるけどな。>
<それはまあ、そうだけど…でも、私達の場合は草の根の支援が…>
<ああ、そんな広報官みたいな事言わなくても良い。ネットの評判は聞いてる。…分かった分かった、お前は俺に「天涯孤独なかわいそうなプオ」であって欲しいんだろ?
うむ、こちらもいくらでも慰安を受け付けてるぞ。お見舞い金の通貨は出来れば米ドルよりニグーワー・ルーを歓迎する。>
<…あんたもつっくづく可愛気の無い奴だよね。人が素直に心配してあげてるのに。>
<俺の心配をする暇があったら、そのコーヒーがまだ冷めてないかでも心配しておいたらどうだ?>
<…>
宏子は、自分のデスクの上に置きっぱなしになっているコーヒーのカップに目をやる。
<…>
<…>
自分のデスクに戻っていく宏子。
<プオさ…私の事、もしかしなくても嫌い?>
<…嫌いじゃないぞ。時々鬱陶しいけどな。かなり頻繁に時々な。>
<…そっか……そうだよね。私、うるさいもんね。自分でも分かってんだけどさ…何て言うかこう、歯止めが効かなくなるんだよね、時々。>
<…>
<ごめん、ね…今も、別に邪魔するつもりじゃなかったんだ。ただ、ちょっと何してるのかなって気になっただけで…>
<…>
<…あはは、コーヒー冷めちゃった。>
カップに口をつけた宏子は苦笑してみせた。
<…別に無理すんな。>
<…>
明後日の方向を向いて念じるプオラギイック。宏子は作り笑顔をはずし、カップを眺める。
<ただでさえ辛気臭い事が多い世の中なんだ、お前はうるさくて能天気だからこそここの代表なんだぞ。>
<…おほめの言葉ありがと。でも、プオはうるさくて能天気な奴は嫌いなんでしょ?>
<だから、嫌いだなんて言ってないだろ。大体何でお前が俺の好き嫌いを気にするんだよ。お前ならむしろ、俺に嫌われるように努力しないといけないもんなんじゃないのか。>
<…そりゃ、…そうだけど……でも、だって、気になるじゃん…>
隣同士のデスクで、お互い違う方向を見ながら二人は念じあう。
<意味が分からん。エイリアンの考える事は俺には理解不能だ。>
<あんたが理解できてないのはエイリアンじゃなくて、女の考える事でしょ。>
<…まあ、それも確かに理解出来てないけどな。>
<ホントだよ。>
<…>
<…全く…>
<…>
頭をかくプオラギイック。彼は立ち上がった。
<俺は眠いからしばらく引っ込んでるぞ。何かあったら叩き起こしてくれ。後、出来れば会議の30分前だから…10時30分にもな。>
<…>
<それから宏子、何を気にしてるんだか知らんが、お前はうるさい所が可愛いんだから、無意味な気の遣い方なんかするな。それこそ士気に関わる。>
宏子は眉を上げ、プオラギイックの方を向いた。
<…可愛い?>
「...Toeeh...」
忌々しげに呟くプオラギイック。
<ごめん、よく聞こえなかったんだけど…何て言った今? 私の評価の所がよく聞こえなかったんだけど。え? うるさいと、何だったっけ?>
椅子を立ち上がった宏子はプオラギイックに近づき、自分の耳に手をあててみせる。
<…鬱陶しい。>
<…>
プオラギイックを睨む宏子。
<…けど、可愛い。…って言うのはな、あくまで一般論であってだな、それは俺個人の感情とは全く>
<私、プオが格好良いと思った事何度もあるよ。一般論じゃなくて。>
宏子はプオラギイックの目を見る。
<な…宏子?>
<…ルックスはともかくとしてね。>
<…>
<あのさ…あんた、そういう事に全然気付かない宇宙人だし、私もこういうのウジウジ引っ張りたくないから、この際はっきりさせておきたいんだけどさ、私は、その…あんたの、事が…ん…結構…>
腕組みをした宏子が、横を向きながら念じる。彼女の頬はいくぶん赤いようだ。
<…>
<結構、その……気になる、っていうか…その…放って、おけない、じゃ、なくて…えっと、んー…その、ほら、ねえ…あ、ん、んーと…>
<…>
頭を小刻みに震わせている宏子は、切れた防波堤のようにプオラギイックに顔を向けた。
<あーっ、もう、うざったいなっ!>
<お前だっ!>
<あんたも大体分かるでしょ、察しなさいよっ!>
<分かるかっ! 分からないから困るって話してたんだろうが大体!>
<あーもうホンットあんた最低。今日改めて気付いた。ここまで酷いとは思わなかったね。>
<…俺はただ自分のベッドに早く戻って仮眠をとりたいだけなんだがな…>
<あのね、いい加減あんたも気付きなさいよ! 私は前からあんたの事が>ビーッ!<だ、って事くらい>
<宏子。>
<え?>
一瞬の間を置き、宏子は壁のランプに目を向けた。
ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ…。
<A警報? 敵襲、ってもう支部なんていくつも無いのに>
<支部とは限らない。むしろドイツが消えた今なら、本部の可能性の方が…>
急いでバーチャルディスプレイを表示させるプオラギイック。
<…ご覧の通り。>
ディスプレイに地図が表示される。地図には、EIM本部の建物の周囲に光る点が多数あるのが示されている。
<弱い魔力反応が複数って事はクザラル人? にしても多いな、何人いるの、これ…>
<とにかく全員で戦わないとここが危ないな。>「あ、リチャード。」
駆けつけてきたリチャードにプオラギイックが顔を向ける。今も警報の鳴る司令室に、わらわらと人が集まってきた。
<何だ、敵襲か?>
やってきた小英に聞く。頷く宏子。
<うん。クザラル人が西側からエリア内に侵入してるみたい。>
ガズーン…。
<…>
遠くの方から聞こえる音に、宏子とプオラギイックは目を見合わせる。
<何、今のは?>
<さあ…>
<私は何だか分かる。…ドイツでも同じ音を聞いたしな。>
腕を組んだ小英が、音の鳴った方を睨みながら念じる。
<…>
<…>
<…それって、私は聞いた方が良い答え?>
<どっちでも良いんじゃないか、あんたは心臓強そうだし。取り合えず、30秒以内に戦闘チームを配分した方が良いかもしれないとは思うぞ。>
<そう。それは私も何となく分かる。…アリ−ザは?>
小英は首を振る。
<さあ。どうせまた寝坊してるんだろ。放っておけばその内起きてくるんじゃないか?>
<全くあいつは…>
ガズ、ガズーン、パラパラパラ…。
地響きと、何かの崩れる音が微かに伝わってくる。
<あ、英語の通訳がいた。>
一気に司令室に溢れ返っている人々の中で不安気に立っている黒人の少女を見つけた宏子は、彼女のもとへ早足で向かう。
<バデリヌワ。>
<あ、佐藤さん! 何が起きてるんですか!?>
<うん、今から説明するから、えーっと、この端末に向かってそれを英語で言ってくれる。>
腕の端末を操作し、バデリヌワの前にそれを近づける宏子。
<は、はい。>
<じゃあ行くよ。皆さん、今から情報を流します。手持ちのPDAで確認してください。>
<…それだけですか?>
<言って。>
<は、はい…>「Everyone, we send the imformation now. So check it on your PDA.
...Thank you.」
宏子の端末に向かいバデリヌワが喋ると、その声がそのまま部屋のスピーカーから流れ出した。
<プオ、パターン6…じゃなくて7か。三人で割る奴あったでしょ。私が前で、プオ右、小英左ね。>
宏子の念にプオラギイックが頷く。宏子を見上げる小英。
<ドイツ隊は私の所か? 知識があるから前に出ても良いんじゃないか?>
<…ん、そだね。じゃあそこだけ交換で。今から。攻撃開始!>
<了解。>
<了解。>
三人は頷きあうと司令室を散り散りに歩いていく。
「マイ・チーム!」<あ、後バデリヌワ! あんたも!>
立ち止まり、宏子は振り返って声を上げる。宏子のもとに、5、6人のマシンガンを構えた人々とバデリヌワが駆け寄った。
「エブリワン、レッツ・ゴー!」
「了解!」
イハッジャをパジャマのポケットから取り出す宏子。彼等は通路に向かい走り出した。
通路を走る宏子達。宏子は顔をしかめる。
<…あ、やだ。この臭い、ドイツの時も嗅いだ。土の臭い…>
ガズ、ボシュウウウウウウッ、ガズウウウン。
<くっ>
通路が一瞬で赤い炎に包まれる。しばらくの間、赤と黄色のゆらめきで全てが埋め尽くされる。
次の瞬間、炎が消え、その代わりに煙と共に天井の建材が崩れ落ちた。
コンクリートと鉄筋が2メートル上から落下し、埃を上げて通路に積み重なっていく。宏子達は落下した瓦礫の下に隠れ、姿が見えなくなった。
…シュウウウウウウウン、ボンッ。
瓦礫の隙間から赤い光が漏れ出す。光が増し、瓦礫が振動を起こす。そして瓦礫は下から押し上げられたかのように盛り上がり、二、三度、大きく跳ねながら周囲へ飛んでいく。
やがて瓦礫の落ちていた場所から、光の大きな球が姿を現す。その球の中で更に干渉弾が撃たれているようで、それの軽い衝撃で震える大きな球は、上に乗っているコンクリート片を、フライパンの上のポップコーンのように弾き飛ばしていく。
ボン、ボンッ、ボンッ…。
赤い光の球の振動が止まる。光の球の上に乗っていた瓦礫は、全て周囲に飛ばされた。
シュウン。
<ふう…ったく、手間とらせやがって…>
イハッジャを持った手を引き、防御膜を解除した宏子がごちる。宏子は周囲を見回す。
「皆大丈夫?」
「はい。」
声を揃える戦闘員達。
「ユー、ユー、ゴー!」
戦闘員の内ニ人を指差す宏子。彼等は頷いて、今や天井が消え、砂漠の太陽が直接照りつける通路跡を、マシンガンを構えながら前進する。
ズダダ、ズダダダ。
ボシュウウウウウッ!
マシンガンを撃つニ人。それに呼応するかのように前方から炎がまた噴いてくる。
<ちっ…>
瓦礫の下にうずくまるニ人。数メートル後方の宏子がイハッジャを持ち、また防御膜を張った。
燃え盛る炎は宏子の作る光の球の所まで来て、CG効果のようにそこでぷっつりと途切れる。
「駄目だ、これじゃ埒があかないね。」
炎が途切れると共に防御魔法を解除する宏子。
<バデリヌワ、あんた今NKどの位だったっけ? NKって言うよりMKね。>
<ええと…普段なら39位ですけど…>
<それは…キツイな…>
宏子は眉を上げる。
<そっか。まあ、でもそれしか無いよね。…良い、バデリヌワ、ここの人達の防御はあんたに任せたから。えっと、このイハッジャ…こっちの方が多分あんたのステッキよりも性能良いから、これ使うと良いよ。>
自分のイハッジャをバデリヌワに手渡す宏子。
<あ、はい…>
<ステッキ貸してくれる?>
<ええ、良いですけど…何をするつもりなんですか?>
<ああ、あんたはここの防御を出来る限り頑張って。一応ここの人達は訓練はされてるけど、火炎放射をあびて素でいられるほど不死身じゃないから。それから、そのイハッジャ無くさないでね。一応リジュワナの形見だから。って別に死んでないけど。>
<え、ええ、でも、佐藤さんは…?>
戦闘員の一人が宏子の様子に気付き、首を振る。
「代表、それは違います。魔法少女は複数で行動すべきであって、単独での特攻は現時点では危険過ぎます。」
「でもタマラ、ここにいたって危険だと思うけど? 今は時間が無いんだから、動ける奴で動くしかないでしょが。」
「駄目です! 魔法少女だって一人で何でも対処出来る訳じゃないんですよ。ここで一人になってはいけません!」
白人の女性が声を上げる。肩を上げる宏子。
「じゃあ撤退してドイツの二の舞にする? お金出したHNKは良い顔しないと思うけどね。」
「ですが!」
宏子はバデリヌワを見た。
<あんた達は出来るだけここから動かず、駄目な時はとっとと後退する事。それじゃ。>
<あ、あの…>
「ゴー!」
「待って下さい!」
宏子はタマラの手をすりぬけ、走り出す。すぐに横殴りの炎が通路跡を吹き荒れ、宏子の姿は見えなくなった。
炎が一瞬途切れる。
シュウウン、シュウウン。
赤い光が通路跡の一点で光る。次の瞬間通路はまた炎で包まれた。
快晴の空には、米軍の物らしいヘリコプターの機影が見えてきた。低空飛行らしく、砂埃が周囲に吹き荒れる。
シイイイイイイイイイン、ズガアアアアン!
ヘリコプターから小型のミサイルと思われるものが発射され、EIM本部の建物の、ここから数十メートル向こうの地点に命中した。
地響きと共に灰色の埃が立ち、茶色の砂埃と混じり合って周囲の視界をゼロにする。
−ああ、最近建物の魔力シールドも大分弱くなってたからなあ…シユマもうちょっとつっついて早いとこ交換しておくべきだったよ。
時折炎が壁状に吹き付ける以外は埃だけで何も見えないなか、自分の周囲、直径3メートル程度を防御膜の球で覆った宏子は息をつく。
宏子は足元に気をつけながら、そろりそろりと通路を進んでいく。
ボシュウウウウウ、ボシュウウウウウウッ。
火炎放射器の炎の音と、向こうの足音は聞こえる。しかし埃が凄く、未だに視界は効かない。
…。
…今っ!
シュウウン、シュウウン。
防御魔法を解除した宏子が、イハッジャを構えたポーズのまま前を見据える。端末の魔力反応の表示のある地点へ向け2、3発攻撃弾を撃つ宏子。彼女はそのまままた防御膜を張る。
ボシュウウウウウウッ…。
「げほっ、げほっ。」
膜を解除した関係で埃を吸った宏子は、自分の光の球の中でむせる。炎の壁は間髪を入れずに宏子の方に噴射されてきた。
<駄目だ…これじゃ私でもまともに進めないや。せめて時空移動する暇だけでも稼がせてくれれば良いんだけど…>
唇を噛む宏子。
気付くと、ヘリのプロペラ音はやんでいる。墜落したのでなければ、どこか近くに着陸しているらしい。宏子は空を見上げた。
建物の埃はまだまだ強いが、砂埃はそれなりに収まってきている。視界が徐々に効きだしてきた。
シュウウン、プシュウッ。
視界の隅に不自然な「色付き」の光を認め、宏子は反射的に身をかがめ、自分の防御の光を強くした。
シュウウン、プシュウッ、プシュウッ。
<…>
目を開け、ゆっくり光の方向を宏子は見る。考えてみればそれは自分の背後、いや、真横の位置だ。
<ア…リーザ!>
灰色に覆われた途切れ途切れの視界の中、宏子は攻撃弾を連発する人影に念じた。炎が彼女の方向に噴射される。一瞬で炎の向こうに消える人影。
ボシュウウウウウウッ。
<…今日は私は遅番だと思っていたので、来るのが遅れました。>
炎に包まれ全く見えない視界の中、いつもの淡々としたテレパシーだけが響いてきた。
<う、うん…良いけど…それにしても、ドイツの時もこいつらこんなに派手にやってたの?>
<ええ…時空移動しない限り勝ち目は無いですね。と言う事でさっそくやろうとしたんですが…>
ボシュウウウウウウウウッ…。
<この前の例で勉強したんでしょう、彼等は妨害魔術をかなり強力にかけているらしく、移動に失敗しました。>
<え、そうなの?>
<ええ。危うく時空の隙間に落ちてこの時空から自分の存在を消す所でした。今日はまだトーストも頂いていないのにですよ。コーヒーは頂きましたけど…>
<…でも、時空移動位強い魔術を妨害するなんて、いくらクザラル人でも可能なもんなの? もちろん理論的に出来るのは分かるけど、魔力的に消費量凄いじゃん。>
<もちろん実用化もされています。数は少ないですから今まで地球での使用例は聞きませんでしたが、今の彼等がそれをここに持って来ていても私は驚きませんよ。実際、少なくともMK163では時空移動が出来ない状態になっていますし。>
<そう…じゃあ、ここで頑張るしかないか…>
<それではおとりに出ますので、攻撃お願いします。>
念の響く方向が微妙に動く。どうやらアリーザが歩き出したようだ。
<え? ちょ、ちょっと! リーダー私だよ!>
<ようやく自覚が出てきたのは喜ばしい事ですが、だからこそ私が先に出るんですよ。既に佐藤さんの攻撃で十数人死んでるはずです、残りはせいぜい300人程度ですから頑張りましょう。>
<そ、そんなにいるの…>
<その中で魔術師は数十人ですから。全員のNKを合わせても私達の3倍もいきませんよ、多分。>
<何か、聞けば聞くほど絶望的なんだけど…>
<私もそう思います。それでは、ここは撤退しますか?>
<…>
ボシュウウウウウウウッ。
<…>
<…じゃあ、あんたは戻って、小英やプオ達の様子を見て。私はここで粘るから。>
<そうですか。それでは。攻撃お願いします。>
<えっ? ちょっと!>
シュウウウウン、プシュウッ、プシュウッ。
炎が途切れると同時に、知らない内に大分前に進んでいたアリーザが黄緑色の光を放つ。炎がすぐに彼女に向かって放たれる。
<…>
しばらくそれを見ていた宏子は頭を上げると、通路跡から建物の外に出て、真右の方向に走り出した。
砂をかぶった小さな岩で埋め尽くされている荒地を宏子は歩く。ここも埃は立っているが、建物跡の内部に比べれば大分視界が効く。
プシュウ、プシュウッ。
時折宏子に向かい攻撃弾が撃たれてくるが、炎はここまではやってこない。宏子は倒壊した本部の壁の影に隠れ、アリーザの方向を伺いながら腕端末を操作した。
−推定魔力はMK1230ね…だからどうなるんだ、えー…ウチらを引いて900位?
端末の表示に軽く目をやる宏子。宏子は魔力反応の強い方向に目を向け、イハッジャを構えた。
防御魔法を解除する宏子。宏子は両目を閉じイハッジャを上に掲げる。
<…気律の力を、我の頭上に。フィア・ディシュ!>
シュウウウウウウウウウウウウウウン…。
イハッジャの数センチ先の空中から赤い光の球が生まれ、それはみるみる内に巨大化していく。宏子の目の前で直径十メートル以上に膨れ上がったそれは、炎の放たれてくる先に進んでいった。
シュウウン、ボシュボシュボシュウッ。
すぐに宏子の所に反撃の攻撃弾が飛んでくる。防御膜を張りながら端末の反応を確認する宏子。
−おしゃっ、半分近く減ってる!
宏子は無言でガッツポーズを作ると、攻撃が集中しだしている今の場所から移動を始めた。
ボシュ、ボシュウウウウウウッ。
荒地を走り、宏子は先程より敵に近い場所の、瓦礫の影に隠れる。通路跡の中で炎に包まれながらも攻撃を返しているアリーザは、まるで目と鼻の先だ。
−でも、本当に喜んでいいの…? さっきので何人減ってるんだろ…何人殺したんだろ…私、こんな事の為に独立運動を始めたはずじゃなかったのに…。…これだったら、私だけ死んじゃった方がむしろ…。
眉に力の入る宏子。
炎が途切れる。視界が効くようになると、たかだか十メートル程度の距離で、意外なほど宏子とアリーザは近くにいる事が分かった。しかし宏子のいる場所は防御魔法を使わないでも炎は平気なので、敵の火炎放射器はよほど指向性の強いもののようだ。
「…」
鋭い目つきで前を向いているアリーザがステッキを構える。
「…」
アリーザはふとこちらに気付き、軽く微笑んだ。
「…」
アリーザはこちらの反応に、少しだけ眉をひそめ、小さく首を傾ける。いつもの彼女流の不安の表現だ。
宏子は手を震わせ、アリーザの顔を見る。しかし彼女はうまくその思いを念にする事ができない。
アリーザは宏子を見て念じた。
<…どうしまし>プシュウッ。
次の瞬間、アリーザの左肩と、右腰に、直径20センチ程度の攻撃弾が命中する。目を見開き、無言で後ろによろけるアリーザ。
<ア、アリーザッ!>
ボンッ。
左肩と右腰の攻撃弾は小さな音と共に消滅する。体の他の部分との繋ぎ目を失った左腕と右足が床面に落下し、支えを失った胴体が、二ヶ所から血を吹き上げながら落ちるように後ろに倒れていく。
<アリーザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!>
次の瞬間、また周囲は炎に包まれ視界が効かなくなった。
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