←Prev ↑Home ↑Original Novel →Next Franken!

木漏れ日の眩しい白い部屋で、人影が動く。
<…>
無表情に部屋にやってきた宏子は、ベッド脇に表示されているバーチャルディスプレイに軽く目を向けてから、ベッド近くの椅子に座った。
彼女はベッドに寝ているリジュワナを見つめた。
<…おはよう。今日は、陽があたってるとあったかいね。…ま、あんたの国に比べれば寒いだろうけど。>
ベッドに寝るリジュワナは、呼吸器等も無く、ただ栄養補給用のチューブのみを腕につけ、今にも起きだしそうな様子で安らかに胸を上下させている。
<…あんた、もしかしてこれを狙って冬眠してた訳じゃないよね? ってそんな訳無いか、去年の夏からずっとこうだったんだから…>
リジュワナの頭に手をかけ、髪を撫でる宏子。
<リジュワナ…確かあんた、誕生日4月だったじゃん。もう年取るまで一ヶ月だよ。いつまで寝てるつもりなの…早く起きなよ、この睡眠魔人…>
白い病室で宏子は息をつく。
<こんなに綺麗なのに、寝たまま年取っちゃうなんて、損だよ…>
<…>
寝息を返すリジュワナ。
<…早く起きてよ。私、もう一人だよ。あんたがいなきゃ、私もボケられないでしょ…もう、皆いなくなっちゃったよ。美耶は会えないし、モニクは敵だし、あんたは寝たままだし…プオは行方不明だし、小英は出張中だし、アリーザは…>
<…>
<…アリーザだし。>
じい、と冷めた目つきで宏子はリジュワナの隣のベッドに目を向ける。

<…>
<…>
<…何ですか、その嘆きは。私は私であるというだけで失地回復の余地が無いんですか。>
諦めたように目を開けたアリーザが、宏子の方を向いた。軽く頬をゆるませる宏子。
<…ん。やっぱ起きてたな。>
<私が起きたらいけないんですか。嫉妬しますよ、ホクさんにはあれだけ起きて起きて言っておいて。>
ベッドに寝ているアリーザはそう念じながら、まだ寝足りないと言わんばかりに目を閉じる。
<誰も起きるなとは言ってないけど。起きたんだったらちゃんとそれを示してくれない。盗み聞きはアメリカじゃ良い事になってんの?>
<…私の国では、自分の部屋に勝手に入ってきた人が勝手に喋り出す内容が耳に入ってしまう、という事故を盗み聞きとは呼びません。…ホクさんとのお話を聞かれたくないんでしたら、私とホクさんを別の病室にしてみたらいかがですか。お互いどこにも逃げられませんしね。>
<…あんたは逃げられるでしょ。>
リジュワナのベッド脇から立ち上がった宏子が、まだ目を閉じているアリーザのベッドの方に近づく。
<マブルから聞いたよ? 最近あんた、リハビリさぼってるらしいじゃん。>
<ええ。…ああいった課題を、いかに上手くさぼり抜くかというのは私の生涯の研究テーマの一つですから。>
<ア・リー・ザ。>
宏子はアリーザに顔を近づける。
<…そりゃ、さ。私には、あんたの気持ちは想像はつかないかもしんないよ。リハビリは大変だろうし、痛いだろうし、疲れるだろうし…それに、その…>
<腕と足を同時に一本づつ無くした経験なんか、そもそも無いし。>
<う、うん…>
シーツに包まれた、アリーザの体の盛り上がりに目をやりつつ、宏子は頷く。
<…でも、お願いだから、ちゃんとリハビリ、して欲しいんだ。確かにクザラルの技術でも完璧な義手義足っていうのは作れないし、以前と全く同じようには動けないのは分かってる。でも…ずっとここでリジュワナみたく寝られてたら…私は、もう、頼れるチームメイトがいなくなっちゃう…>
<私は、結構この生活を気に入ってますけどね。日がな寝ていられますし、いつもホクさんと一緒ですし。…こう、寝たきりの生活を続けていると、働かなくても皆さんちやほやしてくれますから。なかなか快適ですよ?>
<…はあ。アリーザ。何ならあんただけ医療サポート外す? EIMもHNKも財政苦しいし、本人に治る気が無いんだったら医療費なんかかけるだけムダじゃん。>
<ええ、私もそう思います。是非そうしてください。>
<アリーザ! いつまでもふざけないで。私、冗談で言ってないかもしれないよ。>
<ええ、私も全く冗談のつもりはありません。>
目を閉じたまま、軽く頷くアリーザ。
<ちょ、っと…>
<至極本気です。…考えてみてください、今の私は…昔の私がどうだったかという話はひとまず置くとして、頼れるチームメイトなどではありませんし、これからずっと、そんなものになれる余地も、それこそ無いんです。自由に動けなければ、とてもじゃないですが満足に戦う事など出来ません。クザラルの進んだ義手義足をつけてリハビリをすれば、それは普通の社会生活なら殆ど問題無くこなせる事でしょう。…でも魔術を使った戦闘は違います。>
<アリーザ…そんなの、私達は関係無いじゃん。今北京に行ってる小英とかもそうだけど、別にいつも戦闘ばっかりやってる訳じゃないし、そもそも戦闘に関しては私達は最初っから素人なんだから。アリーザは今だって強い魔力があるんだから、歩けるようになればそれだけで充分頼れるんだよ?>
<それは詭弁というものです。いかに魔力があると言っても、事実上の戦闘組織であるEIMで、機敏に動けない会員など、足切りした方が組織のためだと思いますよ、私は。>
<そんな事言ったらリジュワナはどうなるのよ。>
<ホクさんも私と同様だと、私は思います。…が、本人の意思の確認が出来ませんからどうこうするのは人権上ちょっと難しいですよね。ですが私の場合は、自分の意思の表明が出来ますから。>
<…>
<…>
宏子はアリーザの肩に手を置く。アリーザは思わず目を開き、宏子の顔を見た。
<私が、居て欲しいから、っていうのは、駄目なの?>
<佐藤さん…?>
<もう、誰も居ないの。そりゃ、今のここの皆だって頑張ってるし、良い奴等だけど、最初、春日部にいた時の「チームメイト」で今も残ってるのはあんただけなんだよ、アリーザ。…今までしゃにむに頑張ってきたけどさ、誰にだって、限界はあるんだよ。私なんて弱いもん。…あんたまでいなくなったら、もう私、何をしたら良いのか分かんないよ。>
<…>
<実際に何も出来なくても良い。でも、私はここで、あんたに腐ってはいてほしくない。少しずつで良いからさ、前に進んでこ、ね?>
<…はあ…>
アリーザはため息をつく。
<アリーザ?>
<…鬱陶しいです。無自覚的な善意の押し付けが。そういった物は、隣のホクさんにでも好きなだけあげてください。私はそんなものに飢えていませんから。>
<…ア、アリーザ…>
<と、言いたい所ですが…>
アリーザは柔らかく微笑んだ。
<…一つ、甘えて良いですか。>
<え?>
<鶏肉のスープ。野菜もたっぷり入れて、味付けは、唐辛子とココナッツミルクをベースに、濃い目で。あ、間違っても、豚は入れないで下さいね。いくら不信心な私でも、さすがにそれは口に出来ませんから。>
<う、うん…>
<それさえ頂ければ、私も少しは頑張ろうかという気になるかもしれません。>
<…ふふ。>
コツ、と宏子はアリーザの額に拳をあてる。ニ人は笑いあった。
<…佐藤さん、わざわざ言うのも変な話ですが…佐藤さんは、私のようにはならないでくださいね。>
<あんたのように、って…怪我するなって話?>
<いえ、そういう意味ではなく…>
念じかけて、アリーザは目を閉じる。
<…いえ、確かにそうですね。そういう事です。…今、私がいなくなった所で悲しむのは、せいぜい佐藤さん程度ですが、仮に佐藤さんがいなくなったら、地球人の損失は計りしれませんから。>
<それは…また随分大袈裟だね。両方とも。>
<大袈裟ではありません。それ位佐藤さんは重要な人だという事を、自覚してください。>
<それなら、まずあんたが元気にならなきゃ私が頑張れないっていう事をあんたには自覚してほしい。>
真顔になった宏子が念じる。
<更に私が元気になるためには、チキンスープが必要だという事の自覚もお願いしておきます。>
真顔のアリーザが返答した。


魔法少女佐藤

第17話「魔法少女のクザラル星旅行」


「どうだ?」
いつになく上機嫌の小英は、腰に手をあてて周囲の面々を見回した。
岐阜山中のHNK日本支部、作戦室に集まったEIMの隊員達は、大きな画面に表示された英語の文章に目を向けている。
ヤン外相との非公式対談で、EIMと中国政府は事実上対等の立場で同盟を結ぶ、というフー首相の確約を得た。正式には「保護」だから全然対等じゃ無い訳だが、実質上、中国政府はEIMを地球全体の利益を代表する特殊なNGOとして、つまり、準国家並みの権限をもつ組織として扱うそうだ。」
「…まあ、名目的なステータスはいいとしても、現実の話の中身はどうなんですか? 本当に彼等がEIMを重要と考えているのかは、少し疑問が残りますが…」
男性が手を挙げて発言する。小英は肩を上げた。
「まあ、画面の要約を見てもらえれば分かると思うが。悪い内容じゃないと思う。…あの爺さん達もまあ、本気で私達が救世主とか、自分達と対等だかは毛頭思ってないだろうけどな。取りあえず、EIMが攻撃を行う時は後方のサポート、逆に攻撃を受けた時は前面で守ってくれるんだそうだ。金銭的な援助は余り無いが、住む場所や食べ物は一応用意出来るらしい。」
「…」
小英は自分のバーチャルディスプレイを見ている宏子に目を向けた。
「どうだ? 前よりは相当良い条件じゃないか。彼等はかなり本気だと思うぞ。」
「う、うん…まあ、そうだね…」
「あれ? あんまり乗り気じゃないんだな。」
宏子は苦笑を返す。
「ううん、そんな事無いよ…ただ、ロナルドじゃないけど、何だか、少しだけ不安なんだ…多分、あんまりに話が上手すぎるから、かな。今までずっとずっとどこの公的機関からも無視され続けてきたから、本当に信じていいのかな、って。」
リチャードが口を開いた。
「…ネットでのストリーム映像が効きましたね。あれをきっかけにBBCで我々に関する、否定的でも肯定的でもないレポートが流れたじゃないですか。ところが、その数日後にレポーターが事故死して、それで一気に皆の、クザラル人に対する疑惑が起きだしたんですよ。」
タマラが頷き、スペイン語で話しだす。
「確かにあれで変わりました。あの後アメリカの三大ネットやCNNも追従して、一気にクザラル人に対する世論が変わったんです。それが必ずしもEIMの支持に結びついているかは分かりませんが。…とにかく、その意味では本部が襲われたのが、むしろ勝機に繋がったと言っても良いでしょう。」
「随分代償の高い勝機だったけどね。」
タマラに答える宏子。小英が再び宏子に目を向ける。
「それで、どうするんだ、宏子? 多少信頼性には欠ける相手か分からないけど、今の私達には助かるんじゃないか?」
「…うん、そうだね。私は異論無いよ。いつまでもシユマ達に迷惑もかけられないし、小英のホームシックもそれで少しは収まるかもしれないし。」
「私は自分がホームシックだなんて、あんたに言った覚えは無いけどな。」
「うん、でもあんたはそういうのすぐ顔に出るじゃん。」
カチンと来た様子で小英は宏子に反論する。
「何だ、人をいつもいつも子供扱いして。幼稚な言動はあんたの専売特許で、私のものじゃないぞ。」
「あー。私に喧嘩を売ろうとしてるのかな小英は。」
腕を組んだ宏子は楽しそうな表情になっている。睨む小英。
「…私は事実を言っているだけだ。…それからバデリヌワ、「モンスター」を見るような目でこっちを見るのはやめてくれないか。」
「す、すすすいません。」
テーブルの端の方にいた黒人の少女が、小英から目をそらした。宏子は口ではなくテレパシーで伝えてきた。
<小英。私がいつまでもあんたの不正アクセスに気づかないでいたと思う? ここんとこ結構な頻度でかけてるよねえ? ニューヨークに。>
<…>
小英の眉が上がる。
<あれ? 小英じゃなかったっけ? HYI地球支部に秘密の通信入れてるのって。向こうの誰かさんから秘密通信の送り方を教わったんだろうけど、小英の偽装工作は多分、一、二個その人の教えた事を忘れちゃってたんだね。だから完璧じゃなかったんだな。少なくとも、アヌワットにはその偽装がバレちゃった。>
<…>
無言で机の一角のアジア人の少年に顔を向ける小英。少年はやや怯えた様子で小英と宏子を見る。
「わ、私に、何か…」
「な、なな何でもないですよ。ぜぜ全然心配する事なんかありませんから。あは、あははは…」
「…」
隣で引きつり笑いを起こしているバデリヌワに、ますます怯えた様子で顔を向けるアヌワット。
<それで。話はそれだけじゃないんだな。…盗聴もしたのか?>
<アリーザがこの前言ってたけど…自分の家ん中で人が話しているのが偶然聞こえちゃったのを、盗み聴きとは言わないらしいよ。>
<その是非についてはこれからゆっくり議論するとして…それなら分かっているだろう、私がここの利益に背くような事をしている訳じゃない、っていうのは。>
<確かに。あんたの会話は別に怪しいもんじゃなくて、本当に短い、ただの世間話だよね。実際だからこそ、私もずっと見逃してきたんだから。ただ…何て言うの。そう頻繁にモニクに通信入れているのを見ると何て言うか…普段のあんたの態度とは随分違うっていうか…>
<何が言いたいんだ?>
小英の目が細まる。
<べっつにい。私はあんたとモニクが百合の仲だなんて一言も言うつもりは無いし。>
「ぶっ。」
部屋の一角の黒人の少女が思わず息を噴出す。不思議そうに彼女を見る隊員達。
<…そういうクソ下らない事をあんたが言い出すのは、プオラギイックがいなくて自分の体を待て余してるからなんだろうけどな。>
<ほう。って事はあんたは否定はしない訳だ。>
<否定も何も、話が馬鹿馬鹿しくてまともに返事する気も起きないだけだ。>
小英は肩を上げて首を振った。
<話の内容を盗聴してたなら、会話がスパイの物でも、恋人の物でも無かった事位分かるんじゃないのか。大体一回の通話時間だって短いもんだ。>
<それでも通話があった、っていう事実は変わらないけどね。>
<そうだな。でもそれは、今は敵になった元同僚が、私なりに気にかかった、っていうだけじゃないか。>
<ふうん?>
宏子が眉を上げてみせる。
<下らない説明をさせるな。大体私が何で、モニクに特別な好意を抱かなきゃいけない。そんな理由なんてどこにも無いだろ。>
宏子は<さあ>と首をかしげる。
<まあ、彼女は一番フニャフニャしてるようで、一番あんたに干渉してたからね。ちゃんと魔法の練習をしろ、来たからには真面目にやれ…そこが他のウチら3人とは全然違った。あんたにとっては、良いお姉さんだったのかな。>
<馬鹿馬鹿しすぎる位馬鹿馬鹿しい推測だな。大体それなら、モニク自身が相当ズル休みをしていたのはどう説明する?>
<へえ、良く見てたんだねえ、彼女の事。>
<…>
小英が眉を寄せる。彼女は息をついた。
<とにかくもう、馬鹿馬鹿しい話はヤメだ。ほら、皆隊員が困ってるじゃないか。>
小英は少し視線を落とし、首を振った。
<…それに私は、あんた達四人とは違うんだ。>
<違うって、何が?>
「あ…」
小英は目を見開き、中国語で呟いた。小英は顔を上げ、改めて口を開く。
「…何でもない。…皆、おいてけぼりにしてすまない。会議を続けよう。」
小英は隊員達を見回した。
「…」

「お話は、もう良いんですか?」
「ああ。…そうだろ?」
リチャードに頷く小英。彼女は宏子の方に目配せした。
「…」
少し考え込んだような表情で、宏子は無視をしている。
「あの…それでは、意見しても良いでしょうか?」
「ええ、もちろんどうぞ。」
ロナルドと呼ばれていた白人男性が、軽く手を挙げる。リチャードがうながした。
「私が思うに、今回の協定は中国人にとっては喜ばしいかもしれませんが、地球人全体の為にはならないと思うんです。」
「何だ? どういう事か詳しく聞こうじゃないか。」
片眉を上げて小英が答える。ロナルドが英語で答えだす。
「…つまり、中国政府とは、私達は…少なくとも私は、協力関係など結びたくない、という事です。別に蔡さんには何も含みはありませんが、中国政府が今までどういう事をしてきたか、私達はよく知っています。何百人もの政治犯や、何百万人もの少数民族が迫害を受けているのに、その大元と協力関係を結ぶというのはEIMの精神に反しているのではないでしょうか。」
「何か人種差別っぽい言い方だな。大体、政治犯位、何百人単位で出てきて当たり前じゃないのか。あんたは中国の人口が何人だか、知ってるか?」
ロナルドにつまらなそうに言い返す小英。
「アメリカも決して人口の少ない国ではありませんが、中国のように簡単に人を処刑したり弾圧したりはしていません。中国と手を結ぶというのは、自国の首都の広場に集まっていた一般市民を数千人単位で戦車で轢き殺すような相手の仲間になる、という事なんですよ。」
「それは、ただのデマだ。」
「そうでしょうか?」
「疑わしいか? だったら、原爆落としてどっかの外国の一般市民を数万人単位で焼き殺した国の仲間の方が良かったか? ついでにそのもうちょっと前には、元々そこにいたインディアンも絶滅寸前にまで追い込んで、それでも残った生き残りはつい最近まで適当な荒地に押し込めていたような国とな。」
小英が腕を組み、男性の前に歩み寄る。男性がさらに興奮した様子で口を開いた。
「それは詭弁だ。あなたは複雑な歴史を無視している。アメリカも確かに問題があるかもしれませんが、私達は常に自由と正義のために戦ってきたんです。50年や100年も昔の話と、つい10年前の話を一緒にするのは間違っているんじゃないですか?」
「ああ、ごめんごめん。じゃあ1年前のアフガニスタンの話でもするか。」
「…そ、それも、先に彼等が何千人という市民を虐殺したからであって、」
「それも元はと言えば、アメリカがイスラエルとかいう人種差別主義国家を無理矢理あそこに根付かせたからなんじゃないのか、大体」
<ああっ、もう!>「ユー、ユー、ストップ!」
ニ人の間にやってきた宏子がそれぞれを指差した。
「…あ、すいません代表、つい…」
「…」
気まずそうに頭を下げるロナルドと、その隣で知らん振りを決め込む小英。
「…あう…」
「あ、ごめんねバデリヌワ。辛かったら退席して良いからさ。」
「う、だ、大丈夫です…」
バデリヌワはややうるんだ目で、宏子に頷いた。
「そう? まあ、無理しないで…。…あのさあ、ロナルド。小英も。仮に中国が…別にアメリカでも日本でも良いけど、どこかの国が、私達と協力しようって話になったらさ、その国が仮に少し位悪い事をしてたとしても、そんな事、今の私達には関係無いでしょ。」
「あの国のやっている事が本当に「少し位」と呼べますか?」
「違う? 900万一度に殺して今は60億を奴隷化しようとしている奴等に比べれば、どれも些細な話だと思うけどな。」
「そういった「些細」な事に拘りを持っているのが佐藤代表だと、私は信じていたんですが。」
「ロナルド。その結果、私達は今、どうなってるの。」
両手を組んだ宏子が、白人の男性に顔を近づける。
「…」
「…皆には、言ってなかったけど…アリーザがあんな事になる、きっかけを作ったのは私なんだ。」
<宏子…?>
宏子が唐突に口にした言葉に、一同は押し黙る。小英は宏子の顔を見た。
「…ニューメキシコが襲われた時、私とアリーザは敵に押されてて、でも、アリーザがおとりになってくれたから、その間に私は見えない敵を攻撃弾で消し去ったんだ。…だけど、クザラル人とはいえ、人間を意図的に殺したのは、その時が生まれて初めてだった…。それも多分、一度に数百人…珍しいよね。最初の殺人でさ、そんなに殺した奴って。しかも爆弾を落とした訳でも、銃を乱射した訳でもなく、純粋に自分の「腕力」でだよ。それにふと気付いたとき…私、全部が怖くなって…自分自身も含めて…ううん、自分自身が一番、怖くなって…それで、すぐ隣にアリーザがいたの。隣っていうか、少しだけ離れた場所にね。だから私、アリーザに声をかけようとしたんだ。アリーザに、「佐藤さんは大丈夫ですよ」って言って欲しかった。あいつはいつも嫌味な位落ち着いてるから、本心かどうかはともかくそれ位言ってくれそうじゃん? それで、私が声をかけようとして…でもその間ももちろん残っている敵の攻撃は続いてて…それで、こっちの方に、アリーザの気がそれた瞬間に…」
「…」
「…だから、もう。私は、何にも拘らない。贅沢を言ってられる余裕なんか、元々私達には残されてなかった。でも自分の友達を動けないような状態にするまで、私は、そんな当たり前の事も、全然分かってなかった…」
「…」
ロナルドは口を開いたまま、適切な返事を探すような表情で宏子を見る。
「まだ皆が、私の事をEIMの代表だと思ってくれているのなら、こんな私でも信じてくれているのなら、ここではっきり言っておきます。この組織は、最初から、ずっと危機に直面してきていました。それは今も変わっていません。むしろ当初より状況は着実に悪くなっています。今、「まだ」生き残っている皆も、ここにいる限りHYIに何をされるか分かりません。私はもう、変な見栄や拘りは持たない。使える物だったら何でも使います。それが嫌だという人は、今すぐここを逃げた方が良いと思います。…でも、それも協会は追うかもしれないから、どこかに隠れた方が良いだろうね。」
宏子は大きなモニタの前に近づき、画面を軽く叩いた。
「EIMは、中国政府との同盟関係を歓迎します。」
EIMのメンバー達は複雑な表情で翻訳機の音声を聞いた。


強い日差しが照り付け、水田の水に反射する。山の斜面に作られた小さな田には稲が青々とした葉を伸ばし、一面の景色を覆っている。その様子は、斜面であるという点さえ除けば、春日部北高の通学路の途中の景色によく似ていた。
田んぼに取り囲まれた島のようになっている土固めの「広場」で、小英は三、四人の少女達に声をかけていた。
「OK. So, this is how you activate magic by your own will. I know this is still difficult for you, but practice it. Now try, everyone. I'll see each of you from now.」
「英語もお上手ですね。」
「え?」
北京語の声を聞いて、小英は後ろを振り返った。
「ああ、マーさん。そんな、英語は苦手です。…文法が不規則で、難しくて。」
「その割にはお上手でしたよ。苦手意識があるような発音には聞こえませんでした。」
「…はは。」
多少嬉しいのか、小英は恥かしそうに笑った。
小英の隣に立つ中国人の中年男性が話を続ける。
「今日は確か、水曜日でしたよね。」
「そうですね。…それが何か?」
「いえ。という事は、もう皆さんがここに来られてから二週間なんだな、と思いまして。」
「ああ、そういえばそうですね。…忙しくしてたから、何だか二週間前が随分前に思えます…。」
「私もですよ。でも、あっという間に二週間が過ぎてしまったような気も同時にしているんです。矛盾した話ですが。」
「ええ。あっという間に過ぎて、でも、日本にいたのはもう遠い昔…」
「何かおかしな魔法にかけられているようですね、私達は。」
穏やかな顔つきの馬はそう言って微笑む。向こうの少女達をちらちらと見つつ、馬に愛想笑いを返す小英。
「…ところで蔡さん、すみませんが、少しの間お話、よろしいですか? 佐藤さんも交えてお話をしたいのですが。」
「…そんな事だろうと思ってました。Everyone, continue practicing. I'll be back soon.」
少女達に声をかけると、小英と馬は広場から歩き出した。

「前も言いましたが、英語と出来れば日本語、ドイツ語、スペイン語、韓国語辺りの通訳がいると助かります。内部は機械ですみますが、外部とのコミュニケーションが全くなので。」
「ええ、少なくとも英語の通訳は至急用意するつもりです。ただ、今回の事に関しては、今のところは通訳に外国語にしてもらおうとは思っていませんが。私達二人だけの話という事で。」
「はあ…ですが私は、ここの代表職という訳ではないんですが。」
「佐藤さんをないがしろにするつもりではないんですよ。ただ、特に蔡さんは私達の祖国の為に尽くして下さったので、先にお話しして差し上げたいなあと思っただけでして。まあ、どうせ何日もしないで全世界の人が知る事になる話なんですがね。」
棚田の間を走る細い道を通りながら馬が目を細める。
「結論から言いますと、外交部の実務スタッフがアメリカ外務省から連絡を受けました。恐らく今週末に、アメリカ政府はHYIとの同盟関係を破棄、我が国の外交政策の間接的支持を意味する演説を国連で行うものと思われます。」
「え? つまり…」
「つまり、アメリカ政府は我々同様、佐藤さん達の支持に回るという事です。」
「…」
目をまたたかせ、小英は馬を見上げた。馬は笑顔を保持したまま続ける。
「あちらさんは、自国内の世論にはとことん弱いですからね。いったんマスコミを乗せてしまえばこっちのもんですよ。」
「ほ、…本当ですか?」
「ええ。向こうが何かの冗談を言っているのでない限りは。」
馬は頷く。
「それは…凄いです。もし本当なら、アメリカ以外の国でも、私達を支持してくれるようになるかもしれない。」
「そう考えるのが自然だと思いますね。というか、恐らくアメリカはその算段があって支持に回るのだと思いますよ。ロシアやフランス辺りは微妙ですが、英語圏と恐らくドイツ、日本等はアメリカに追随するのではないですか。」
「…それなら、宏子は喜ぶでしょう。故郷の友達を心配してたみたいだから。」
「ええ。…まあ、厳密には問題も無い訳ではありません。」
「そうなんですか?」
笑顔で頷く馬。
「ええ。我々中国が先行的にEIMと同盟を結んだという点が、アメリカはどうしても気に入らないようです。2週間前の時点では、事実上我が国を、テロリストを保護する「懸念すべき国家」とまで言いきっていましたし、このキャンプへの攻撃すら当初は検討されていましたから。もっとも、我が国も強大な核保有国ですから、そのような幼稚な案はすぐに無くなりましたがね。今は、かの国の大統領もそのような政策が実行に移されなくてほっとしている事でしょう。」
「2週間で、180度政策が変わったんですね。」
「ええ。ですから、いかにそれが「政策的に変わっておらず筋が通っている」ものと説明するかに彼等は腐心しています。」
馬は穏やかな口調のまま続ける。
「つまり向こうとしては、何とか自分達のメンツを保ちつつ、HYIと手を切りたいと思っているようで、なるべくEIMには触れないでいたいという考えがあるようですね。何でもすでに、OTRオーティーアールとかいう肝いりの組織を作ったとか。」
「OTR?」
「地球抵抗同盟、とでも訳せましょうか。以前からアメリカ政府との協力のもと、地球人の解放の為に戦ってきた組織なんだそうで。」
「はあ…初耳ですけど…」
「私もです。といっても、蔡さん達の知名度は無視出来ませんから、その組織を通じて実質上EIMとの協力を行うのではないでしょうか。どこまで協調して頂けるのかは、まだ何とも言えないんですが。」
小英は軽く肩を上げる。
「…まあ、何でも味方なら歓迎です。」
「そうですね。」
「…」
ニ人は未舗装の道を歩いて田んぼを離れ、学校の校門のような入り口にやってくる。そこで小英が眉を寄せ、向こうを見ながら立ち止まった。
「…」
「ん…ああ、佐藤代表ですね。どうしたんでしょうか。」

灰色のコンクリートの、小さな研究所か事務所のような建物の入り口から宏子が走ってこちらにやってくる。
「…はあ、はあ。…ニーハオ。」
馬に片手を上げる宏子。
「こんにちは。」
<どうした? 息切らして。>
<いや…二人に知らせたい事があったしさ。>
<ああ、そうか。私もあんた、というか皆に知らせたい事があったんだ。今、馬さんから聞いて。>
<…悪いニュース?>
顔を無自覚にしかめる宏子。小英は笑った。
<…それならいつもの事だから、わざわざ急がなくても朝の定例会議で報告するだろうな。>
<へえ…何よ、そんな驚くような事なん?>
<うん。…結構凄いぞ。>
<何よ。>
<アメリカが、数日後に事実上、中国・EIMの支持に回るそうだ。>
<…>
小英は念じながら、宏子の様子をうかがう。宏子は小英の念に、驚くというよりは納得したような顔つきで、どこか遠くへ視線を向けた。
<…あれ? リアクション悪いな。>
<ん、んん…別にそんな事ないけど、っていうか、なるほど、って思ったから。>
<ん?>
<そっか、確かにここ数日で盛り上がってたからね。CNNでもずっと各地のデモが流れてたじゃん。バングラデシュなんか、10万人参加したとかいう話だったからさ。…まあ、アメリカはバングラデシュじゃないけど、でもアメリカも凄かったもんね。>
<ああ。…結局皆、宇宙人が怖いんだな。最初は友好的にするのが正しい、って頭で思ってても、やっぱり内心は怖いんだよ。だから、一旦駄目、って思い出したら今度は凄い勢いでクザラル人を叩き出す。…現実には、クザラル人だって地球人と同じで、色んな人間がいるのに。>
<…ま、今はその人種差別が正直ありがたいかも。>
肩を上げる宏子。
<…あんたはつくづくリジュワナっぽくなったな。>
<まかせて、そのうちお団子頭で眼鏡かけだすから。>
<そうか。で、そっちのニュースは?>
<え? あ、うん。今、ニュースでやってたのよ、それこそ。それで知らせようと思ってさ。>
<腕端末で連絡すればすむだろ?>
<…>
何も付けていない左腕を見せる宏子。小英は額を引きつらせる。
<…ちゃんと、付けてろよ。代表。>
<あのね。今さっき、ニューヨークのHYI地球支部で会見があったの。ダイポ・レーの。>
<…ああ、それで?>
<地球人の魔力が順調に育ってきたし、「モンスター」の攻撃も思ったほど激しくない、って事で、シャウビの承認のもと、高級会議は魔法協会地球支部を即日で廃止、職員を本部やJVKの他支部等に移籍させる事を決定したんだと。>
<…は?>
<つまり、地球から撤退する事を表明したんだ。ま、多少の民間人は残るだろうけど、非戦闘員も含め大多数の居留者はこれから数日の間に船で地球を離れるらしいよ。>
<…>
ぼうっと、小英は宏子を眺め続ける。
「…どうしましたか?」
「あ、大丈夫です、…後で説明します。」
馬に首を振る小英。小英は向きなおって念じた。
<それって…その…何も無しで? 帰り際に無限増殖式魔弾をお見舞いしてやるとか、そういう意味じゃなくてか?>
<そりゃ、そういう可能性が無いとは言わないけど…>
<…あ、いや、それは無いな。クザラル人の、特に魔法協会はそんな下品な事はしないな。少なくとも自分達だと分かる形では。>
<…そう?>
<うん。…宏子、このニュースは、本当に本当なんだな?>
<ずーっとCNNでやってるからそこで見りゃいいじゃん。しかも画面の上の方で、エウグ語のテロップで何かクザラル人向けに情報まで流してるよ。>
<…>
「…本当に大丈夫ですか?」
肩を震わせる小英を、馬が心配そうに眺める。
「何言ってるんですか、今日位調子の良い日なんて滅多にありませんよ!」
<答えが微妙におかしくない? …っと、わっ!>
小英がいきなり宏子に抱きつく。宏子はよろけて後ずさった。
<ちょ、ちょっと、あんたがそんな事すると…何かキャラじゃなくて気持ち悪いんだけど。>
<分かってる。でも今日位良いだろ?>
田園の澄んだ空気の中、小英は満面の笑顔で宏子を見上げた。
<今、この瞬間から、今日4月7日が、私達地球人の独立記念日になったんだから。>


A-Sato Ltashofe Yde Ilne

Episode 17: The Sun of May

「…アデレード? それがつまり、どういう事?」
「つまり、これで最後って事だな。」
群青色と黒の中間の色に染まる空の下、通学路を歩く石戸田は隣の美耶に答えた。
「最後。え、もうクザラルの人って全員いなくなっちゃったの?」
「小島のなっちゃんはそんな事言ってたぜ。」
「え? でも昨日のニュースステーションで、私クザラル人の、何かコメントする人見たよ?」
「あ、だから、全員って言うのは魔法協会が、じゃねえの? でもそうじゃない奴等は、別に帰る義務なんかは無いじゃん。アメリカも日本も、結局協会を、悪くは言ってないんじゃなかったか、確か。…だからそのニュースでもやってたけど、あの、ほら、クザラルの偉い奴。」
「トゥンジュ首相。」
「違う。それは偉すぎ。あの、おばさんで、ニューヨークだかに住んでる人いたじゃん。プ…パ…プ…」
「ダイポ・レー課師。」
「そう、それ、それ。そのレー課師が何か、宇宙船から会見やって。クザラル人と地球同朋はいつまでも友達うんぬんかんぬんって、いつもみたいに作り笑いでやってたけどな。」
ガードレールに守られた細い歩道から、段差のついた比較的広い歩道に足を進めつつ、美耶が苦笑する。
「うわ。今そんな事言っても、余計反感増すだけなのに。」
「かもな。でもなんかそれで、トンプソンとかもおんなじような感じのコメントやってた。いや、その辺まではもう行く時間だったからちゃんと見てないけど。」
「へえー。…じゃあ、もう地球は、基本的に地球人だけ、になったんだ。」
「だな。」
「…」
「…」
ニ人は歩いたまま、お互いにちら、と目を向ける。
ニ人の表情は暗かった。
「…だよな。心配じゃない訳無いよな。」
美耶は息をつきながら目を伏せた。
「うん。…それは、今までももちろん同じだったんだけど。これからはもっと、だよね。」
「ここんところずうっっと臨時ニュースだろ。夕食時に帰ってさ、まず夕食食べながら、スパスパ人間学見るのが俺の生きがいなのに。2週連続で潰しやがった。」
「…だから、だいちゃんですらニュースを見るようになったんだね。」
「ホントだって。」
ニ人は軽く笑った。
「…しっかし、佐藤も冷たい奴だよなあ。世界の有名人になったかと思ったら、もう全然こっちに顔見せやがらないんだから。電話も、メールも、何も無えし。…もしかしたらもう日本語忘れたんじゃないのか?」
「だいちゃん…」
「そんな怖い目すんな。」
「…別に、そういうつもりはないけど…」
視線をそらす美耶。
「…分かってる。あいつはあいつで、多分心配してんだよ。ま、多分、な。連絡よこしたら、それで俺達が目立つんじゃないか位の事を思ってるんだ。…昔っからあいつ、どっか抜けてるからな。多分そんな馬鹿な理由なんだろ。実際にはもう、幸田とかは充分テレビに出た事あんのにな。」
「…」
「…周りを巻き込みかねない位に自分の立場が危険だって、そこだけをちゃんと分かってるんだろうな。でもいかんせん馬鹿だからそれ以上頭が回らないんだ、アレは。」
「…」
「昔っからあいつはそうだったからな。大体残された方の気持ちとか、そもそもこれっぽちも考えない奴なんだ。何て言うか…根本的に冷血なところがあるからな、あいつは。」
「…だいちゃん…」
声の調子に気付き、石戸田はしまった、という表情になった。
「いや、悪い、言い過ぎた。」
美耶は首を振る。
「そうじゃないよ。私達の間に別に、「言い過ぎ」なんて事はない。ただ…」
「…ただ…?」
「…言い過ぎ、だったかもしれないね…」
「…?」
眉を上げる石戸田。
「だいちゃんやっぱり、そうなんだよね。…そうじゃないかとはずっと、思ってたけど。」
「…幸田?」
美耶はにっこり笑って顔を上げる。
「…うん、ずっと前からそれは、分かってたよ。それこそ本人が分かるよりも、よっぽど前からね。」
「何言ってるんだ、急に?」
「さっきだいちゃんは、言い過ぎた、って事だよ。もちろん友達が遠くにいる場合も心配はするだろうけどね、さっきのだいちゃんの言い方は、それにしては言い過ぎてた。」
「…」
「だいちゃん、一回後輩の子に告白された事があったでしょ。あの時だって、全然相手にしていなかったじゃない。相手の子、結構可愛かったのに。」
「…」
美耶の言わんとする事が理解出来たらしい石戸田が、その大人びた顔をしばらく呆けさせ、それから街路樹に目を向け、口を開いた。
「それは、一回だけだろ。それも相手の将来を思いやっての事だし。」
美耶の笑顔は徐々に邪気のまじったものになっていく。
「それは一回だけだったっけね。でも他の、ある病気がちの女の子が入院してた時、頻繁にお見舞いに来てくれるのは良いんだけど、そこで出てくる話題が毎回決まってある別の女の子っていうのは、ちょっとデリカシーにかけてたんじゃないかなって、私は思ったけどね。」
「あー? 俺達で共通の話題っていったらそうならざるをえないだろ。それともお互いバスケやバレーの話で盛り上がるか? 盛り上がれれば。それとも受験の話でもしてお互い落ち込みあうか?」
「…別に、そんなムキになって否定しなくても良いのに。私はだいちゃんとひーこが好き、ひーこはだいちゃんと私が好き、だいちゃんはひーこと私が好き、皆仲良し、それで良いじゃない。…そういうの、関係無いっていうのが私達だったし、今もそうなんだから。」
「…」
「…」
「…お前は、それで良いのかよ。そういうの、関係無いっていう事で。ずっとそのままで、本当に…良い、って、思えるのか。」
「もちろん。…あ、って言っても、もしだいちゃんがひーこの…」
「誰が、あんな男女。俺だって相手を選ぶ権利くらいあるからな。あのプオラギイックさんも、つくづく物好きな人だよ。」
「…そう。それだったら今まで通りだね。」
「ああ、そうだな。俺も別に人として幸田や佐藤が嫌いだって言ってる訳じゃないからな。っていうか、もう腐れ縁だろ。」
「…でも、これもだいちゃんがさっき言ってた通りの話だけど、ひーこは本当に人の気持ちには疎いからね。言わないって事は、本当に伝わらないって事だよ。今のままだったら、永遠にひーこは」
「お前も必死だな。」
「…別に、そういう訳じゃないけど。」
石戸田は美耶の顔を見た。目をそらす美耶。
「私はニ人とも好きだから、ニ人とも幸せになってほしいな、って…」
「お前自身はどうでも良いのかよ? あのな、気付いていないと思っているかもしれないけど、俺だって本当はお前がどう思ってるか位分かってるぞ。本当は、お前は…」
「分かってないよ。絶対分かってない。…だいちゃんが女心なんか、分かる訳ないよ。」
穏やかな口調で美耶は遮った。
「…」
「…」
「…ま、そうかもしんないけどな。お前に女心なるものがあるとは知らんかったし。」
「ひどいなあ。…まあ、私も自分で、あるなんて知らなかったけど。最近まで。」
「…」
まるで何かに謝罪しているような石戸田の視線に首を振って、美耶は声を上げた。
「ああっ、もう私の事なんかは良いの! 問題はひーこだよ。ひーこが地球を救うのは勝手だけど、それにかまけて友達をないがしろにしてるんだから。幼馴染が入院してるっていうのにお見舞いの電話の一つもよこしてこなかったんだよ、酷いと思わない?」
「…もう、その手の愚痴は病院で死ぬほど聞いたんだけどな。」
「うん、それにも飽きたから学校に戻ってきて続けようと思ったんだけどね。」
平然と頷く美耶。石戸田は息をつく。
「佐藤が連絡を取りたがらない理由が少し分かった気がする。」
「…」
「…」
「ねえ、だいちゃん…。」
「何だ?」
「私達…何の力にもなれないのかな。」
「力って…佐藤の?」
「うん…」
「例えば、EIMに志願する、とか?」
「ある程度英語が出来ないと駄目って聞いたよ。それ以前に、お母さんがいるからここは動けないよ…。」
「だな。」
石戸田は美耶に頷く。
「…でも、携帯でEIMのサイト…それは日本語もあるのね、そこでメールは出した。ひーこあてに。」
「…」
「…返事無かったけど。」
「…」
美耶は髪をかきながら、首を傾げる。
「だいちゃん。話戻るけど、クザラルの人は皆行っちゃうんだよね?」
「らしいな。」
「…」
考え込む様子の美耶。石戸田は首を振る。
「…止めておいた方が良い。いくら「殆どの」クザラル人がいなくなったって言ったって、本当に全員行く訳じゃない。一人でも魔術師が残っていれば、その時点でお前や小母さんはまだ、充分危険なんじゃないか? そもそもそれ以前に」
「ううん、EIMの話じゃなくて。あのさ。ひーこももちろん、気になるけど…モニクちゃんはそれじゃ、どうしたんだろ…?」
「モニク? あの…留学生だったよな。留学生っていうか、魔法少女か。えっと…どっちだったっけ、生きてる方だったっけか?」
石戸田の言葉に美耶は眉をひそめる。
「リジュワナちゃんも生きてるよ。…一応ね。モニクちゃんはフランス人の方。魔法協会にずっと残ってた子。」
「ああ、分かった。去年トンプソンと記者会見やってた方な?」
「そう、そっち。そのモニクちゃんは…これからどうするんだろう。」
「…俺はそいつの事は良く知る機会も無かったけど…良い奴そうに見えたけどなあ。」
「うん。モニクちゃんは「良い奴」だったよ。…絶対今も、「良い奴」なはず。ひーこ達と、何でか違う立場になっちゃったけど。」
「…」
「モニクちゃんが地球に残ったら、魔法協会が嫌いな人から色々言われそうだし、でも、クザラル星に行くなんていうのも想像がつかないし…どっちにしても、心配だな…」
「…最近、全員が、全員の心配をしてるんだよな。自分達自身も含め。」
「そうだね。…皆がクザラルの人に怒り出して、そうしたら、本当に呆気なくクザラルの人は出て行っちゃったのに…誰も喜んでないよね。それどころかどんどん不安になってる。休み時間とか凄いじゃない。まるで、大声で喋ったらいけないような雰囲気だったよ。あんな学校、今週が初めて。」
「そうだな…」

ウーン、ウーン…。
公園の街灯ポールにつけられたスピーカーから、消防車のようなサイレン音が鳴る。
「…」
「…」
ニ人はぴたりと立ち止まった。
続いて、ゆっくりとした平坦な女性の声でアナウンスが入る。
「春日部市役所からの、お知らせです。現在、いわゆるサクコブ生命体、数匹が、市上空を飛行中です。屋外にいる方は、速やかに、最寄の建物に避難してください。いわゆるサクコブ生命体が飛行しているのは、樋籠ひろう樋堀ひぼり、小渕地区であるとの、情報が、入っています。この地区の方は、特にご注意ください。繰り返します。現在…」
「小渕地区、って…」
「幸田、走るぞ!」
「走るって、どこに?」
「どこでも良い。その辺の家でいいだろ。」
「あ、ほら、そっちの道ちょっと行ったら田村さんの家。」
「ああ、そうか。行くぞ!」
「う、うん。」
ニ人は公園の遊歩道を走り出した。
くねくねとうねる遊歩道を抜け、ニ人は住宅街の通りに出る。
「…でも、建物の中にいても安全って言えるのかな?」
「外よりゃマシだ。こっちか?」
「こっち。そこの赤い屋根。」
「OK。」
T字路を左折し、走り出す石戸田。
「田村って何部だ? まあこの時間なら、本人も家に…」
石戸田は口を閉じ、自分の横を見た。
立ち止まる石戸田。美耶が自分の視界にいない。
「おい、幸田…」
振り向く石戸田。後方の美耶は、後ろを向いてぼんやり立ち尽くしている。
「あ…」
その視線の先には、20メートル程度の上空を回遊するサクコブ生命体の姿があった。
「お、おい! 幸田! 走れ!」
「あ、うん!」
シュウウウウウン…ズバアアアン、バアアン、バアアン、バアアアン。
明らかに生命体のものと思われる音に、思わず美耶は体を固くする。
「…え?」
しかしその音が、何度か聞いた攻撃弾の音と違うように思えて美耶は再び振り向いた。
「え…」
美耶は息をとめ、上空を目で見回す。
「う…そ…」
空のあちこちから閃光がまたたき、その中から生命体が姿を現している。
すぐに視界に入るだけで少なくとも8匹のサクコブ生命体が、お互い衝突しかねない間隔で所狭しと飛びまわっていた。

「幸田!」
「あ、う、うん!」
叫び声で我に返った美耶は、前に返事を返す。ニ人は再び走り出した。
シュウウウウウウウウウウウウウン…。
背後に青い光を感じ、美耶は足を速める。
プシュウッ。
前にも何回か聞いた方の音を耳にし、美耶は叫んだ。
「だいちゃん逃げてっ!」
「馬鹿、お前の方が」
プシュウッ、プシュウッ、プシュプシュプシュプシュウ…。

「…」
美耶は目を閉じた。
美耶は、それが痛いものだとは思っていなかった。
攻撃弾にやられた経験が今まであった訳ではないので確証がある訳ではないが、おそらくそれにやられれば、本当にあっというまに意識も無くなり、全ての間隔が消え去ってしまうのではないか、と漠然と想像していた。
それだけに、やられたにしてはどうも、音も気温も閉じた瞼の感覚も、全部普通にあるように思えて、美耶は目を開けてみた。
「…」
美耶の視界は、暗くなってはいなかった。
美耶はゆっくりと横を見て、呟いた。
「…ひーこ。」
「…しばらく、目は閉じてた方が良いと思う。」
息の荒い宏子が、ステッキをかざしながら言った。



→Part B



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