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<そんな事私に言われても無理だ…>
<えーっ、何で! いつからひーこはそんな冷たい子になったの!>
古い学校の校舎のような、壁がコンクリート、床が木貼りの建物の一室で、美耶が小英に詰め寄っている。
<私に言われても困る。それに、この船を逃したら次は一週間後だ、それまで宏子は待っていられないんだろう。>
本当に困った様子で答える小英。HNKとEIMのスタッフ達の注目の目を浴びながら、ニ人はじりじりと動いている。
<だからって、だいちゃんの生死がかかってるっていうこの時にクザラル星に行くだなんてどうかしてるよ! 行って帰ってくるだけで四日はかかるって言うじゃない! だって、その間に…>
<何よ。うちのマブル君の腕を信じていないんだな、幸田君は。>
後ろから響く念に美耶は振り向いた。
<ひーこ。ちょっと、話があるんだけど。>
厳しい表情の美耶。
「…」
相手を見て一瞬美耶は眉を上げたが、そのまま無言で自分の腰に手をあててみせた。
<何、もうちょっと反応してくれても良いじゃん。中々可愛いでしょ?>
クザラル人にしてはやや色白で小柄な女性が、頭の耳をはたはたと動かしながら胸をそらせた。
<…わざわざそんな特殊メイクしなくたって、系の魔法を使えばすむ話じゃない。>
<って言ってもさすがに一日中となると、いくら宏子のNKが高いって言ったって魔力の消耗も馬鹿にはなんないでしょ。それよりはこっちの方が現実的、って事。>
得意げな顔の「クザラル人」少女の後ろで、頭一つ大きいシユマが肩を上げてみせた。
<私の時はこんなサポートは皆無だったけどな。>
小英が鼻で笑う。シユマは不快そうな顔を見せる。
<私はあんたらの時は、何とかして行くのを止めさせるっていうサポートをしたでしょうが。>
<ん? 何かテレパシーの調子がおかしいな。「妨害」ってイメージが当てはまるべき場所で「サポート」ってイメージが響いてきたぞ。>
自分の頭を押さえてみせる小英。
<間違ってないじゃん。その結果として、あんたらは余計意固地になって自殺宣伝しに行ったんだから。>
<そりゃ、本当にこっちを思いやってるんじゃなくて、自分の事を知られたくないっていう私利私欲で動いてるんだから。こっちだってそういうのは敏感に気づくだろ。>
<な…>
<ん? 自分の事?>
眉を寄せて、振り返る宏子。
シユマは笑顔を作り、首を上げてみせた。
<ああ、何でもないよ、こっちの話。>
<いやまあ、そうかもしんないけど…>
不思議そうな顔の宏子。小英は素知らぬ様子で宏子に近づいた。
<それにしてもどうやって耳を動かしてるんだ、魔術か?>
<ん? ん…>
小英に自分の手のひらを見せる宏子。人差し指と薬指に、指輪型の発信機らしき物がつけられている。小英は口を開けて頷いた。
<ほう…>
<ねえ…そんな事どうでも良いよ。…ひーこ、今、だいちゃんが危ないっていう時に、そんな仮装してここを離れるってどういうつもり。ひーこが行っている間に、もし、だいちゃんにもしもの事があったら…>
クザラル人の格好の宏子は、いかにも地球人的な素の表情で息をついた。
<大変だね。でもそれは石戸田に限った話じゃないでしょ。もう見て知ってるだろうけど、リジュワナはもう8ヶ月意識が無いままだし、アリーザもまともに動けないし、プオに至ってはどこにいるかも不明だし。そもそもここだって攻撃を受ける可能性は常にあるんだから。地球の主な国で今、HYIを支持しているのがイラクとシリアとUAEだけだっていうのはつまり、HYIはもう逆に、遠慮無しに地球人を叩けるって事だからね。>
<ま、それ以前にサクコブの攻撃も最近激化してるけどねー。>
他人事のようなトーンで付け足すシユマ。
<それは…皆危険なのは、よく、分かってるけど…>
<あんた自身がその場にいたんだから分かってるでしょ、美耶。この間のサクコブの攻撃で春日部の人が何人死んだか聞いてる?>
<…行方不明者、3万4千人。志穂も瞳も中田さんもあきらも紗英も阿川先生も、山根の人達も、皆が皆行方不明。東武線は運休中、4号16号共に寸断状態。>
<…あんたのお母さんもね。…こんな事なら、あんた達だけでもどこかに移しておくべきだった…>
<ねえ、ひーこ、後悔する暇があるんだったら、今、後悔しないように行動して。その、マブルっていうお医者さんも言ってるよ。だいちゃんは…はっきり言って、もう、今日明日が瀬戸際だ、って…でも、だいちゃんはまだ、ひーこに何も言ってないんだよ。>
<何も言ってないって、何をよ。>
<そ、それは…>
目をそらす美耶。
<石戸田と話だったら、さっきした。…あんたの事、よろしく、って言ってたよ。>
<…それだけ、なの?>
<それだけ、って、他に何かある?>
眉を上げるクザラル人少女。
<…>
宏子は息をつき、美耶の肩に手を置いた。
<…ねえ美耶、落ち着いて聞いて。私も、後悔したくない。だから今は、出来る事は全部やっておきたいんだ。美耶、何で、急に春日部がサクコブに襲われたか分かる?>
<…え?>
顔を上げる美耶。美耶は首を振る。
<…奴等がここに来る魔術を確立させつつあるっていうのが一つ。もう一つは、邪魔なクザラル人がいなくなったから、って事。今思えば、そもそもクザラル人があんなにあっさり地球を撤退したのは、こうなるのを全部見越しての事だったんだよ。自分達無しでは地球人は生き残るなんて出来ない、って思わせるために、わざと手を引いて静観してるの。いかにも協会の好きそうな手でしょ。>
<だけど…仮にそうだとして、ひーこがクザラル星に行って何か変わるの?>
<それは…分からない。けど、結局、私達は自分達だけじゃ弱すぎる。クザラル人かサクコブ、どっちかと手を結ばなきゃやっていけない。>
<…そんな事言ったって、どっちも手を結べる相手じゃない、って思ったからひーこはEIMを作ったんじゃなかったの?>
<えー、ちょっと待って。私は? 私も一応クザラル人のつもりなんだけど、皆の敵だった?>
<…それは、シユマさん達は別だけど…>
顔を見上げ、口をとがらせる美耶。シユマは笑ってみせる。
<つまりそういう事よ。少なくともクザラル人の場合は、全くの一枚岩じゃない。中には野蛮な地球人に協力してやっても良い、っていう人達もいるかもしれない。>
<でも…失礼ですけど、HNKは結局、多くのクザラルの人から弾圧を受けていて、あんまりクザラル星の中で強いグループとはいえないんでしょう? それこそ、ちょっと前のEIMみたいな…>
<まあ私達はね。でも、宏子が会いにいくのは私達じゃないし。>
<え?>
<ね、シユマ。もう時間無いんじゃん?>
<え? ああ、そうだね。確か後10分後に軌道を離脱するはず。>
自分の腕の端末を見て、シユマは頷いた。
<美耶、私達もう行くから。反響装置の関係で一旦岐阜に寄らないと船の中に行けないし。>
<ひーこ…本当に、ひーこはそれで良いの? …もう、だいちゃんの顔は……見る事が>
<…ニ人とも、もう見れないって思ってたよ。>
宏子は美耶の頬に手をやった。
<…>
<でももう、自分の好きな人達に、一々こういう思いはしたくないから。…美耶、何でか知らないけど、私、地球人の代表みたいな立場になっちゃってるんだよね。いつのまにかさ。…でも、それだったら、私はその立場を使えるだけ使おうと思う。それで、地球が平和になるっていうなら…私は、心も体も惜しくない。>
<…ひーこ…>
<…もう時間だから行かなきゃ。ここで何か分からない事があったら小英に聞いて。こいつが、この建物の説明はしてくれると思うから。それじゃ、多分四日後。>
<…ひーこ。>
<…>
<…>
<…話は帰ってから聞くから。>
<…>
宏子は美耶から離れ、部屋の一角に歩き進む。
<…>
シユマと頷きあう宏子。宏子は自分の手にしたイハッジャをかかげる。
シュウウウウウウウウウウウウウウン…。
ニ人のクザラル人を、赤い光が包み出した。

シュウウウウウンズバアアアアアアアアアアアアアン!
何もない空間の隙間から赤い光が溢れ出し、まもなく甲高い音と共にそれは臨界点を向かえ消滅した。
光り輝いていた空間には、ニ人の人影が出現している。
<…>
小柄な方のクザラル人女性が、口を開けつつ周囲を見回す。
<どう? 初めて我が星を見た感想は?>
<…>
公園のような芝地がなだらかに広がり、赤い葉の街路樹が枝を広げている。5、6階建てのビルはみなブラウンの外壁で統一されており、その落ち着いた雰囲気は北欧あたりの街並みを思い起こさせる。
<意外に…地球と変わんないね。>
<そう? ま、同じ「人間」の作る街だからね。与えられた自然環境がほぼ同じだと、元が全く無関係の生物でも結果として同じような状態に進化するって話、聞いた事無い?>
<…んー…>
首を傾げる宏子。シユマは笑った。
<ま、似てるなら似てる方が今は良いでしょ。変にまごつかなくてすむんだし。>
<ん、まあ、それはそうなんだけど…>
<待ち合わせ場所はこっから6000オキ先だから、まずは動く道で移動しよ。>
<動く道? …動く歩道って意味?>
お互いのテレパシーのイメージを確かめ合うように、ニ人はしばらく眉を寄せて考え込む。
<…ああ、そう、ちょっとニュアンス違うけど、まあそういう事。あ、そうか、地球だと少ないよね、動く歩道って。こっちだと短距離の移動は動く道ばかり使ってるから。ああほら、そこに椅子コーナーがあるでしょ?>
<…椅子コーナー?>
<ああ、もう説明は良いや、実際に乗ったら分かると思う。>
<…乗る? 動く歩道なんでしょ?>
シユマは道の向こうにある2階だての建物に向かって歩き出す。首を傾げながら、宏子はその後をついていった。

「ダブルシート一つ。」
屋内駐車場の入り口のようなつくりの建物の窓口で、シユマは鉄道の券売機のような機械にエウグ語で声をかける。機械中央の画面にエウグ語の表示が出る。自分の端末のボタンを押すシユマ。
ピピッ。
「ご利用有難うございました。」
機械の合成音と共に、駐車場入り口のような場所から何かが動いて出てきた。
<なっ…>
それはシートベルトのついたニ人掛けの椅子だった。ひとりでに動いているが、下に車輪らしき物は見えない。地面にすれすれだが、どうやらほんの数センチだけそれは浮いているようだ。
<こ、れ…にまさか乗るって言ってるんじゃないでしょうな。>
<いや、そのまさかだけど。何で? 何かマズい?>
<いや、その…危なくないの?>
<シートベルトがあるから。>
<いや、でも…>
改めて椅子を眺める宏子。スキー場のニ人乗りリフトにハイテクを付けたようなそれは、前面にピザ屋のスクーターのような風防が申し訳程度についてはいるが、お世辞にも安全そうな代物には見えない。
<何て言うか…普通の車っていう移動手段はこの星には無い訳?>
<無いね。>
<…あ、そう…>
シユマの簡潔な答えに宏子は顔を引きつらせる。
<いや、本当は無かないけど、この星で自動車って言ったらトラックとかの職業運転手か、よっぽどの田舎に住んでるかじゃなければまず縁は無いよ。大体街中とかだと規制が激しくて、まともに使えないし。一応、もうアリーザと小英は乗ったって聞いたけど? 何でも空港で使ったみたい。>
<私が地球人初になれなくて、残念だよ。>
引きつった顔のまま答える宏子。
<ああ、安心しなよ。クザラル本星ならあんたが最初だから。>
<うわ、そりゃすっごい嬉しい。>
息をつく宏子。
<…ん? 乗らないの? 徒歩で行ったら5時間位かかっちゃうと思うけど?>
<って事は2地球時間ね。…はいはい、乗れば良いんだよね、乗ればね。12歳児が乗れて私が乗れなかったらマズいんだよね…。>
<…>
ニ人は椅子の前に進み、そこに腰を降ろす。
<…椅子にこしかけて。このシートベルトは一種のマグネット式だから、こっちの長い側、ここの金具をここの上にかざして。そう。ほら、ピタっと吸い付いたでしょ。>
おっかなびっくり、シユマの行動を真似する宏子。
<後は画面を呼んで、行き先を告げれば良いの。>「画面。」
シユマの前にバーチャルディスプレイが現れた。
「オムチュサ・ラウヤズ5-3588。」
「分かりました。」
シユマの声に合成音声が答え、ディスプレイが縮小表示になる。椅子はすうっと動き出した。

<わっ。本当に動き出した…>
見ると、椅子の動く道は赤く色分けされ、一般の歩行者の道と仕切られているようだ。思わず自分のシートベルトをつかみながら、宏子は隣のシユマを見る。
<あの…これ、どこが動く歩道なの? こういうの地球では、ジェットコースターって言うと思うんだけど。>
<まあ…言いたい事はかなりよく分かる気はするけど。慣れてないから怖いんだろうけど、別に危なくないよ。地球のバイクの方がよっぽど危険だって。ベルトも何も無いんだから。>
<それは、そうかもしれないけど…>
<真面目に言うと、これが「動く道」って呼ばれる理由は簡単で、これで動いているのは椅子じゃなくて道だから、って事なんだけど。つまり、椅子自体に推進機関がある訳じゃなくて、道に埋め込まれた制御装置が椅子を動かしてるんだよね。…田舎だと車だっていうのはそういう意味。道が対応していない場所は、当然これだと行けないから。ま、今時そういう場所なんて、よっぽど田舎にいかない限り存在しないけど…>
<わ、そこ交差点じゃん! ちょっと、向こうが行き来してるのにこれ止まらないよ? ちょっと! ぶつかるって!>
<もちろんこの椅子は完全コンピューター制御だから、お互いがもっともスムーズに行き来できるように最適な経路・タイミングで運行されているんだけどね。そうじゃなかったら急な加減速なんかが起きるから、流石にシートベルトだけじゃ危ないでしょ。>
<わ、わ、わーっ!>
ウウウーン…。
冷蔵庫のモーターのような静かな電気音をたてながら、椅子は「対抗椅子」の間をすりぬけクザラル星の街並みの中を走っていく。


<入りなさい。>
女性が念を送る。天井まで十メートル以上はある、殆ど広場と言ってもよさそうなほど広々とした部屋の中をニ人のクザラル人女性が歩いてきた。
ステージのように一段高くなっている場所に絨毯が敷いてあり、一人の女性があぐらをかいて座っている。彼女はかなりの老齢のようで、その動きはゆっくりとしている。
ニ人の、おそらく警護係と思われる女性が、中央の老女から5、6メートル離れた場所で、それぞれ左右に、蝋人形のように立ち尽くしている。
歩いてきたシユマと宏子は、老女から4メートル程度離れた場所で立ち止まり、彼女と同じようにそこであぐらをかいて座った。
<初めましてシャウビ。お会いできてこれほど光栄な事はありません。>
シユマは老女に向かい、うやうやしく両手上げをして頭を下げた。隣でそれを真似るように両手上げする宏子。
<私もあなた方に会えて嬉しいですよ。あなた方おニ人は、どういった方々なのですか?>
<ええ、その…私は、今日は、こちらの少女…佐藤というのですが、彼女の付き添いです。>
<あなたは…何か、自分の中に恥ずべきものを感じているので、自分自身の事は話したくない、と思っているのですか。>
<…っ>
皺くちゃの顔の老女は、目を開けているのか寝ているのかも判然としない。しかし彼女の念にシユマは耳を立て、再び頭を下げた。
<…申し訳ありません。私は…確かに、時によっては、自分のしている事が恥かしくなる事があるのです。恥かしいというか、否定すべき事、です。ですが、同時に、それは私にとって「しなければならない事」でもあり、私の反省は役に立つ事が無いのです。>
<あなたの気持ちはよく分かります。ですが、反省が役に立つ事はない、というのは誤りですね。反省は必ず役に立ちますよ。これから先も、否定すべき事を為してしまった時は、まず反省する事です。毎回真摯に反省しその後の事を考慮すれば、いずれ正しい道は見えてくるのです。>
<暖かい御言葉に心救われる思いです。>
シユマは両手を胸に当て、目を閉じて念じる。
<そう言って頂けて私も嬉しいです。…それでは、今日はあなたのお話をお聞かせください。佐藤さん。>
<は…はい、シャウビ。>
老女がゆっくりこちらに顔を向ける。緊張した面持ちで、宏子はこくこくと頷いた。
<今日、話しにきたのは、その…クザラルの人達の、尊敬を集めているシャウビに、協力をしてもらえたらと、思ったから、なんです。>
<お褒め頂いて有難うございます。それで、協力というのはどういった事ですか?>
<はい。…その、私、今、こういう格好してますけど、本当は、地球人なんです。>
<地球人?>
<ええ…地球って……知ってますよね?>
宏子は上目遣いにシャウビを見上げる。シャウビは微かに頷いてみせた。
<知りませんでしたが、今イメージで伝わりましたよ。クザラル星や共同領域とは異なる、異星の方だというのですね。モンスターと同じような。>
<アレと一緒にされるのは、多少気になりますけど…まあ、言ってみれば、そういう事です。宇宙人って奴です。>
<そうですか。>
<…あの、失礼ですけど、疑ったりとかは、ないんですか? 私だったら、急に押しかけてきた奴が「自分は宇宙人だ」とか言っても信用しないと思うんですけど…>
<…>
まるで表情の分からない顔をしている老女が、一瞬笑ったように宏子には見えた。
<とんでもありません。あなたの気律は、明らかにクザラル人のそれとは異なりますから。あなたがここに来た時から、あなたが異星人なのは気付いていましたよ。>
<そ、そうですか…流石、シャウビ、ですね。>
<お褒め頂いて有難うございます。>
一々丁寧に答えるシャウビ。宏子は頷く。
<あ、それで…その、私は地球人なんですけど、今、地球人とクザラル魔法協会は仲が悪いんですね。それは、何でかっていうと、魔法協会は、地球人を自分達の奴隷にしようとしているんです。具体的に言うと、対サクコブ…あ、モンスター、の、「防衛戦争」に地球人を引きずりこんで、自分達の為に戦わせようとしているんです。>
<それは、事実なら悲しい話ですね。>
<ええ。それで…シャウビ。あなただったら、こういった魔法協会の過ちを正してくれるんじゃないかと思うんです。あなたが私達地球人の味方をしてくれれば、地球人とクザラル人の関係もより良い物になっていくと思うんです。…お願いします。>
<お願いというのは…何をですか?>
<え、ですから…そうですね、例えば、HYIの高級会議とかの連中に、地球人と仲良くするようにって命令するとか…>
<私は一介の魔術師に過ぎませんから。彼等政治家に指図は出来ませんよ。したところで、彼等は聞く耳など持たないでしょう。>
<そ、そんな事は無いはずです。シャウビは…クザラル星で一番の尊敬を集めている魔術師なんでしょう? あなたよりも魔力が高くて人望もある、なんて人はクザラル領域中を探したっていないじゃないですか。そのシャウビの言う事だったら、魔法協会の連中だって聞きますよ。だって、あいつらは、魔術師、じゃないですか。魔法協会っていうのは魔術師の協会なんでしょう?>
<魔法協会という組織は、確かに、魔術師の協会です。が、彼等の存在の意図はあくまで既定の社会的なもので、魔術とは無関係なのですよ。>
<意味が…よく、分からないですけど…>
<魔法協会の方々…少なくとも、魔法協会を動かしている立場の方々は、魔術そのものには興味のある方はあまりいらっしゃらない、という事です。あの方々は現実社会をよりよくするための会議や取り決め…つまり政治ですね、に従事しているのです。>
<ああ、それは…確かにあいつらが政治家だっていうのは分かってますけど、でも言ったって魔術師ですよね? それなら、シャウビの言う事は絶対なんじゃないんですか?>
<形の上では、彼等もそのように扱います。ですが、彼等にとって魔術は道具でしかありませんから、私の言葉も、所詮「言葉」に過ぎません。言葉というのははかない存在で、解釈の仕様いかんでどのような意味にも捻じ曲げられてしまうものなのですよ。>
<…はあ…>
<特定の人々に限った話ではありませんが、人は、自分の本心とは別の事を平気で口に出来ます。そしてまた、そういった人を信じてしまう人もたくさんいるのです。愚かな話でしょう。>
<え、ええ、で、ですから…>
<ですが、真の魔術師は、そういった上辺の情報に惑わされてはいけませんよ。自分にとっての真実を知り、それを、他人に曲げずに伝える事が出来た時、人は、はじめて気律の真の姿に近づく事が出来るのです。私など、まだまだですが…。>
<それは…シャウビは、まだまだなんて事、無いと思いますけど。それは、ともかくとしてですね。その、シャウビに助けてほしいんですよ。クザラル領域で魔法協会が幅をきかせてるっていうのは知ってますけど、中には、クザラル人でHYIが嫌い、っていう人だっているはずです。実際、そういう人何人か知ってますし。だから、HYIの連中が何か言ったって良いんですよ。シャウビが味方にさえなってくれれば、シャウビが嫌いっていう人は、クザラル人ならまずいないですよね。だから…>
<私は、皆さんの私に対する評価を、有り難いとは思いますが、それを何かに利用しようとは思っていないのですよ。>
<え…>
<人の時間は、みな限られているでしょう。それぞれに出来る事と、出来ない事という適性があるんです。私は、魔術の鍛錬をするのが自分の使命なのだと思いますよ。魔法協会の方々なら、政治を執り行うのが彼等の使命、と呼べるのでしょう。ですが私は、人々の政治的姿勢を批判したり、逆に肩入れしたりするような立場にはおりません。私に出来る事といえばせいぜい、人々のより良き関係性を祈る事のみです。>
<そ、そんな…>
宏子は口ごもる。
<…どうやら、あなたの求めていた答えは得られなかったようですね。おそらく私は、あなたの望みに対し、あまりに力不足だったのでしょう。>
<あ、そ、そんな事は無いですけど…>
<御期待にそえなくてすいません。ですが、佐藤さんと、お連れの方の、これからの各々の良き関係性を、ここでお祈りさせてください。>
手を腹部の前でかまえ、座禅のような格好でシャウビは目を閉じた。
<あ…有難うございます。…そちらこそ、良い関係性を。>
<…>
半ば反射的に答える宏子。シャウビは目を閉じたまま、ゆっくりと頷いた。


ウーン…。
<…>
<…>
<…どっか、寄ってく? どうせだし。地球人初でしょ、クザラル星に来たのって。この辺の観光名所だったら大体知ってるから案内するよ。…あー、警備員に顔割れてなけりゃだけどね。>
<…>
<…宏子?>
<…私は地球人初じゃないって。>
<アリーザと小英だったら、本星じゃないし、いやまあそれは別にどうでも良いけど、そもそも自由に行動出来るスケジュールじゃ>
<あいつらじゃなくてもさ。モニクは多分、こっちに来てるはずだし、それ以前にだって、魔法協会に拉致られてるようなんは多分いたでしょ。>
<ああ、まあね…でもやっぱり、自由に行動出来るっていう意味じゃ宏子が始めてじゃん? ね、どっか寄ってこうよ、あ、私だったらフティビエ地区のクラブなんかお勧めかな。確か宏子ってクラブミュージック好きだったでしょ、一回クザラルの聞いてみなよ、絶対気に入るからさ、地球のああいうのって結構機械音っぽいじゃない、でもこっちの場合>
<良い。私今、踊りたい気分じゃないし。>
<…>
<…>
「動く道」の椅子に座っている二人は、同時にため息をついた。
時速30キロ程度で椅子は快調に飛ばしている。風防は意外に役にたっているが、それでも下半身の服は風ではためいている。
<…まあ、露骨に塞ぎこんでたいっていうならこれから地球につくまでずうううううっとまたそうやって落ち込んでるのもあんたの勝手だけど?>
<…>
<別にさ、失敗位覚悟の上だったでしょ? 今度の話を持ちかけた私が、こんな事言ったら説教強盗みたいだけどさ、正直、捕まらなかっただけ御の字じゃない。>
<…違うよ。落ち込んでるんじゃなくて、ムカついてるだけ。>
<だから、>
<でも別に、あんたに怒ってる訳じゃないって。>
<あ、そ。じゃあ誰よ? まさかシャウビじゃないでしょ?>
首をかきながら聞くシユマ。宏子は通りの景色に目を向けたまま答える。
<有名だって言うから。…あんなに無能な人とは思ってなかったから。>
<…シャウビが? 無能はヒドいな。ああ怖いなあ、地球人って。一応私達魔術師の一番トップなんだよ。魔術師でなくとも、クザラル人全員にとっての精神的な支柱、雲の上の人なんだから、シャウビ・クナフ・ホス・フキルスって人は。>
<私もそう聞いてた。だから、特に失望してんのよ。>
<…>
椅子は、通行人の妙に少ない通りを縫うように移動する。
シユマは腕を組んで念じた。
<…多分さ。純粋に魔術を追求しているシャウビは、HYIみたいな俗な連中とは、対立関係になりっこなかったんだね。>
<ん?>
シユマの念に宏子は顔を向けた。
<対立っていうのはさ、双方が相手を認識して初めて成り立つものじゃない。例えばHYIとHNKなら、それぞれ相手の事を敵として認識が出来ている。でも、シャウビとHYIの場合、互いに互いの存在をハナから認識していないんだから、対立なんて起きようが無いんだよ。>
<…それはまあ、自分の手を汚さずに御綺麗な立場です事。>
<宏子。皆が皆、宏子みたく自己犠牲心が強い訳じゃないんだからさ。>
<別に私がどうとか思ってなんかいないけど…シャウビっていうのは、そう呼ばれるにふさわしい位の決断力とか、責任感とか、あって良い立場なんじゃないの? 皆の精神的支柱なんでしょ?>
<シャウビ自身はそうなる事を望んでいた訳じゃないからね。彼女はただの、魔術をずっと練習していたら世の中で一番うまくなっていた、っていうだけの人なんだよ。結局、それに後付けで政治的価値を見出している人達が間違ってるんだよ。私達も含め、ね。>
<…確かに、魔術師として、シャウビは凄く正しいのかもね。>
<だね。>
<でも、友達にはなりたくないけどな。それだけの人なんかとは。>
<…かもね。>
椅子は高速で道路の上を滑るように移動していった。


ピピ。
「ん…ん…」
ピピ。
「…んー…」
薄暗い部屋の中、宏子はベッドの上で体をくねらせている。
「んー…」
唸る宏子。宏子は気持ち良さそうに枕に顔をうずめる。
ピピ、ピピ。
「ん、ん…ん…」
繰り返す電子音。宏子の腕の端末から光が点滅している。
「ん…? ふああ…」
宏子は目を開け、あくびをしながら起き上がった。
ピピ。
「ん…」
眠たげに腕の端末に目をやる宏子。
ピピ。
「あ…えっと、ムヒジャ。…ムヒッ、ジャッ!」
ピッ。
宏子の声に合わせ、部屋に明かりがついた。
宏子は腕端末のボタンを押す。宏子の顔の前にバーチャルディスプレイが広がる。
「番号通知拒否? っていうか、私の端末の番号なんかこの星でどうやって分かるの?」
首を傾げる宏子。
「もしかして…ジュチャ? それともモニク? シユマ…はそこで寝てるな。あ、っていうか地球から? …いや、単に間違い電話か、もしかして?」
ピピ。
「ん…」
ピッ。
[通話]と表示された部分をタッチする宏子。電子音と共に画面が切り替わった。
「…はじめまして、そちらは佐藤宏子さんですか。」
クザラル人の男性が無表情に語りかける。どうやらエウグ語のようだ。
「電話っていうのはかけた方が名乗りでるのが礼儀ってもんなんじゃないの?」
「こちらは、はっきりと名乗る事が出来ません。」
「…」
かつらを取って本来の髪が寝癖付きで生えている宏子は、相手の言葉に眉を上げた。
「ですが、こちらのある者が、あなたにお話をしたいと望んでおります。出来ましたらお時間を頂けると有り難いのですが。」
「…は。わざわざこんな時間に、わざわざ私の端末にかけてくるんだからよっぽど大事なお話なんでしょ。」
「そう理解して頂けると幸いです。」
表情一つ動かさず答える男性。宏子は、相手がCGなのではないかと多少疑いだしつつ肩を上げてみせた。
「かわりたいなら、とっととかわって。」
「了解しました。」
「…」
画面が切り替わり、今度は表情をはっきり表に出しているクザラル人男性がディスプレイに現れた。
「いや、あなたが佐藤さんですね。早朝に起こしてしまってすいません。」
「あんたは、…トゥンジュ・ゴーノ?」
自分で言った言葉に驚くように、宏子は目を丸くした。
「おお、彼の名前は地球同胞の方々にすら知られているんですか。同じクザラル人として、とても嬉しい限りですな。」
「…あんた、別人なの?」
「私? 私は、そうですね、彼の友人だと思ってください。彼本人が地球人テロリストに直接電話をしたなんて誤解が起きたら、色々都合の悪い事もあるでしょうし?」
「…、あっ」
宏子はふと自分の部屋を見回す。画面の男性は愉快そうに笑った。
「安心してください。私はあなたがどこにいるかも知らないんです。まあ、常識的に言ってカベユシュ周辺にいらっしゃるんでしょうが、別にそれ以上詮索するつもりもありませんよ。」
「…」
宏子は無言で画面に振り返る。
「信用出来ない、という顔ですね。まあ、逆探知等を疑われているのでしたら仕方がありません、いつでもこの通話を切断して頂いて結構です。正直な所、私も別に、何か大事な用があってあなたに電話をした、という事ではないのですよ。ただ、あなたがこちらにいらしていると聞きましたから、一度お話がしてみたい、と思っただけでしてね。あなた程の有名人は、クザラル星でもそうそういませんから。」
「ふーん…さぞかし悪い奴として紹介されてるんだろうね。」
「そして愚かなクザラル人の男達は、悪女という存在にたまらなく心惹かれるものなんですよ。ですからあなたにもファンクラブがいくつも出来ている位です。」
「…そりゃどうも。」
「実は私も今、日本の方にはとても興味がありましてね。それと言うのも、松尾芭蕉の「奥の細道」が、私がここ最近で目にした詩集の中でももっとも感銘を与えてくれるものの一つだったから、なんですが。」
「はあ…あんたも、何でも知ってるね。」
「そんな事はありませんよ。私の知識など乏しいものです。」
ゴーノは微笑む。
「ふうん。…市民代表、謙遜すんのは良いけど、で、私に電話かけてどうしたい訳? どうせあんたの事だから全部知ってるんでしょ? 私がここに来てる理由とかもさ。」
「…ああ、シャウビとのお話し合いは上手くいかれなかったようで、本当に残念でしたね。」
同情するような顔を作るゴーノ。宏子は息をつく。
「まあ、嬉しそうな顔だ事。悪女が手も足も出ずに尻尾巻いて逃げようとしてるんだから、そりゃ顔だって緩むよねえ。」
「とんでもない。私は本心から残念だと思っていますよ。」
「ふーん。」
「…佐藤さん、ライバルというのは、ある程度お互いが拮抗していなければ成り立たないものじゃないですか。今の状況ではあなたはまるで、「可哀相な被害者」だ。魔法協会のような博愛と平等を掲げる組織にとって、そんな人がライバルでいて御覧なさい、これは彼等にとって一番の打撃ですよ。」
「…はあ。」
呆れた顔で答える宏子。ゴーノは楽しそうに微笑み、首を振る。
「…しかし、佐藤さんはお美しい。私のような老人の戯言にも我慢強く付き合ってくださって、感謝の言葉もありませんよ。昔から…と言ってもせいぜい一地球年程度前の話にすぎませんが、その頃と比べても格段に美しくなられた。こういっては失礼だが、地球人にしておくのがつくづく勿体無い位だ。」
「あー、昔ジュチャがゴン・パネユ人は女たらしが多いって言ってたのは本当だったんだ。」
冷たい顔の宏子。
「否定は出来ませんが、別に私はあなたを口説こうとするほど身の程知らずではありませんよ。ただ、佐藤さんのそういった気性の強さは、私の見た地球人の中では突出していますからね。」
「地球人には勿体ない位。」
「…ええ。」
ゴーノは頷く。
「ただ、誤解の無いように言いたいのですが、私は地球同朋の皆さんを本当に愛しています。結局、佐藤さんが魅力的だというのも、あなたが地球人だからなのでしょうね。」
「今度はそっちのフォロー? わざわざ気をつかってもらってどうも。」
「いえいえ、これも本当に本心ですよ。地球同朋の皆さんには、私は常に親愛と尊敬の念を抱いているんです。…一部のクザラル人に、私のそういった感動を共有していない者がいるというのは、本当に残念な話ではありますが。」
「へえ。それはそれは、私達地球人も本当に嬉しいです。」
可能な限りの刺々しい発音で答える宏子。
「そう言って頂けると嬉しいですね。ところで佐藤さん、こちらの星に来られた感想は如何ですか? 何でも、まだ余り観光をなされていないとか。でも明日にはこちらをたたれるんでしょう?」
「ホントに何でも知ってるね…別に、こっちは観光に来た訳じゃないし。…シユマじゃあるまいし、あんたまで観光名所の推薦とかしださないでよね。」
「そうつれない事を言わないでください…カベユシュでしたらせめて、プセグトゥ・ガフ・スビオ美術館位は行かれてみては如何です? あなたならあそこの絵画群…特に、コココの力強い絵画には何かを感じられると思うんですが…」
「買いかぶりすぎだって。私、絵なんか地球のだって全然分かんないよ。」
ゴーノはやや真面目な顔になり、口を開く。
「佐藤さん、もし、本気でクザラル人をぎゃふんと言わせてやりたいと思っているんでしたら、まずは彼等の物の考え方をよく知る事ですよ。」
「それは…まあ、そうだろうけどね。」
「ええ。地球人の方なら、それも可能なはずです。モンスター等とは違い、地球人も、クザラル人も、同じ人間なんですから。違いますか?」
「…」
ゴーノの言葉に宏子はため息で答えた。
「そうかもしれないけど…でも、防衛戦争が始まる前のクザラル人だったら、確かに平和主義で、自然を大事にした生活してて、ま、今の地球人も見習う事はたくさんあったのかもしんないけどさ。今のクザラル人にそういった事期待出来る? 裏でこそこそ陰謀立てたり、秘密に行動出来る場所だと途端に凄く残虐になったり、そういった部分「見習」ってどうす…ちょっと、私、笑えるような話してる覚え無いんだけど。」
「あはは、はは…いや、失礼。佐藤さんがそう言われるのは、考えるまでもなく当然の事でした。」
ゴーノは楽しそうに首を振り、言葉を続ける。
「でも佐藤さん。魔法協会が今のような、生存のためには全く手段を選ばない組織となったのは本当に最近の事なんです。それまでは私達は、それこそ全員との良い関係性を尊び、自衛の為の戦争も、本当に嫌々執り行う、そういった平和主義の組織でした。これは口先だけの嘘ではなく、本当にそうだったんですよ。」
「え? でも…」
「それは、あなたの知っている魔法協会とは異なりますよね。それもそのはずで、そのような平和主義の組織では結局、私達はモンスターの攻撃から生き残る事が出来なかったんですよ。私が40年ほど前に市民代表の立場についた時、星は荒廃し、協会も既に崩壊寸前にまで追い込まれていました。その危機的状況を救ったのは…他でもない、あなた方地球人だったんです。」
「…は?」
「…私は4270年代…地球で言うなら確か、1950年代ですね、その頃、地球の周回軌道の船で情報を収集する任務についていました。当時のHYIは、地球人を、本当に「野蛮な種族」と考え、恐れてすらいましたから、まずはこの宇宙人が私達と友好的関係を持てる相手かどうかを知る必要があったんです。しかしその調査中、私は実は地球人が、クザラル人等より遥かに優れた点を有しているという事に気がついたんです。」
「…」
「その任務が終了して星に戻り、しばらくしてから私はこの地位につく事となりました。その時、HYIやクザラル星の危機的状況を前にして私の頭に浮かんだ事は、あなた方、地球人の組織運営法だった。」
「…」
「あなた方地球人は…あなた、佐藤さんも含め、状況が切迫すると、実に潔くなる。仮にあなたの求める物が「正義」であったとしても、他にとれる状況が無い、という時にあなた方の組織は「大きな正義」を「小さな正義」に優先させます。…これは、その当時のクザラル人には無い力強さでした。…つまり、私が市民代表となってまず行った改革というのは、協会内の硬直した理想主義を取り除き、地球人のような現実即応的な組織とする事だったのです。クザラル人が生存するためには、短期的視点で見れば「悪事」に見えてしまうような事も厭わず実行する。そういった組織にHYIを作り変えたのは、…佐藤さん、あなた達地球人の功績なんですよ。」
「…」
宏子は息をのみ、そして力無く首を振った。
「そ…そんな、訳、ない、でしょ。勝手にそんな事解釈して、勝手に変わって、でも今、地球人を野蛮に侵略しようとしてるのはあんたじゃない! 何で自分達への侵略の責任が自分達にかかってくるのよっ!」
「あなた方地球人の現実的なものの考え方は、私達にとって革命的とすら呼べるものでした。あなた方と出会って考え方が変わらなければ、もう何年も前に、私達クザラル人はモンスターに絶滅させられていた事でしょう。」
「そ、そん、な…」
「…私が、本心から地球同胞の方々を愛し、尊敬しているという理由が、分かって頂けましたか。」
画面の市民代表は、耳をひらひらと動かしながら宏子に微笑みかける。
「…」
宏子は画面から目を離せずに、ただ首を振り続けた。


宏子は窓を眺めていた。
窓には反射で映る宏子の顔と、その向こうで、紫色の空間にゆらゆらと浮かぶ白い線のようなものが見えている。
<…ノック位してよね。>
<ノックはしてないけど、一応チャイムは押したんだけど。>
<…>
窓に映るシユマの顔に一しきり目を向けてから、宏子は振り向いた。
<で、何か用?>
<いや? 相変わらず佐藤代表はブルー入ってらっしゃるのかな、と思って見に来ただけ。>
<ふん…>
宏子は顔をそらし、再び、窓の外の宇宙空間を眺める。
宏子は椅子に座っている。狭い船室のベッドに、シユマは宏子と向かい合うような形で腰を降ろし、宏子と同じように窓に目を向けた。
<…思うんだけどさ、わざわざ送迎してもらってる立場でいう事じゃないけど、HNKって自前の宇宙船とか持ってないの?>
<あるよ、もちろん。でもそういった船だと、未だに地球近辺にうろちょろしてるHYIの船に目付けられそうで、怖いんだよねえ。>
<…>
<…ごめんね、弱小組織で。>
<良いって、そんな。HNKはいつも、助けに凄くなってるよ。>
<ああ、宏子にフォローされだすなんてもう末期症状だ。>
首を振ってみせるシユマ。宏子は思わず笑みをもらした。
<しょうがないな…ま、クザラル星の旅行も、良い気晴らしにはなったよ。>
<それは良かったけど…それで、これからどうするつもり?>
<…何とかしたい…何とか、してみせる…もう、どんな手を使ってでも生き延びてやる…>
宏子は独り言のように念じる。シユマは驚いたように肩を上げてみせた。
<…また、随分とEIMらしくない。>
<色々と勉強する事があったから。今回の旅行で。>
<へえ。ずっとホテルに引きこもってるように見えてたけど、実は収穫あったんだ。>
<…多少はね。>
ピピ。
<…>
<…>
部屋の電子音が鳴る。宏子とシユマは目を合わせた。
「あ…」<…ああ、あんたが喋って。>
<ん。>「どうしたの?」
コココ語を口にするシユマ。スピーカーから女性の声で返事がくる。
「ああ、シユマさん。佐藤さんに通信が入っているのですが。」
<…>
シユマは宏子の方に振り返る。
<通信って…船に?>
聞く宏子。シユマは首を上げる。
<密航分かってるっていったら、地球の仲間なんじゃないの?>
<そうかもしれないけど…クザラル星からかもよ。>
<え?>
<…>
宏子はシユマに答えず、壁面のスイッチを押す。壁の横にバーチャルディスプレイが現れた。
「はい、こちら佐藤ですが。」
画面には、薄暗い貨物室らしき景色が映っている。目を細めるシユマ。
<あれ…これ、船だよ。宇宙船。私らと同じような、クザラルの貨物船なんじゃないかな?>
「え?」
「ああ、調子どうだ?」
「え…え、え、わっ!」
「…静かにしてくれよ。」
「は、な、は…あ、あんたどこほっつき歩いてたのよ、今の今までっ!」
「…」
画面の向こうに現れたクザラル人が、耳をぱたつかせる。
「…しばらく色々な所を行き来してたな。宏子が派手に動いてくれてるから仕事はやりやすかったぞ。」
「ほう…その仕事とやらの内容をよーくお聞かせ願えますかね、プオラギイック魔術師。」
右手を握りこぶしにして自分の左手に叩いてみせる宏子。画面の向こうの青い肌のクザラル人は、どこか引きつった笑顔で耳の裏をかいた。


「…つまり、あんたはその情報をもとに活動をしてたって訳?」
「ああ、そうだ。最初はすぐにお前にも連絡は入れようと思っていたんだが、色々不都合が重なって連絡がとれなくなってな。まあ、それ以上に、どうもこれは、俺はいない事になっているっていう方が都合が良いって事にも気がつきだしてな。」
プオラギイックは画面の宏子に語りかける。
「そういう勝手な事しないでよ! それでこっちがどれだけ心配したと思ってんの!」
「…まあ、心配かけたのは悪かったけどな。」
「大体、いない事にするにしたって、連絡はとれるでしょうが…」
「いや、でも、お前の事だから、知ってるのを嘘ついて隠すって下手だろ? だから…」
「今度そういった事をしたら、あんた、殺すからね。絶対殺す。」
「そ、そうですか…」
「そうだよ! もう、どれだけ心配したと…ううん、心配じゃない、不安だった。…もう、プオは、死んじゃったのかと…思って、…私の、せいで…ううっ、グスッ…」
「…ああ、宏子、悪かった。すまん。この通りだ。ホント、悪かったよ。」
「あーあー、君も結構女泣かせなんだねえ。」
「…楽しそうだな、お前は。」
シユマが顔を出し話し掛ける。鬱陶しそうに首を上に上げるプオラギイック。
「…とにかく宏子、これからは気をつけるよ。ちゃんと、お前には連絡入れるようにする。」
「そうして。…グス、グスッ…」
「…ああ、それで、仕事の件なんだけどな、俺はある種族の情報を得て、そいつらと会いにいっていたんだ。」
「…グス…種族…?」

「ああ、そうだ。もったいつけずに言うと、05だよ。お前も聞いた事あったよな。例の、「戦わないサクコブ」だ。」
「…ああ、以前プオラギイックから聞いたけど。アレに会ってきたの?」
宏子は目に見えて冷静な顔に変化し、プオラギイックに問い掛ける。
「ああ。会って色々話をしてきた。…まあ、最初は話というか、攻撃弾と照射線の応酬だったりしたけどな。何とか話し合いに成功したんだ。俺は遠サクコブ領域内のb-38890-74…ああ、クザラル名で言ったら逆に分かりにくいか、ま、05的には「238a」と呼ばれる場所で、ずっと05の連中と話し合ってた。」
「…そうだったんだ。」
「色々面白い話を聞いたよ。彼等は、見た目はサクコブによく似ているが、基本的にサクコブと異なる全く別の種族なんだ。つまり、クザラル人と地球人みたいなもんだな。で、これもまたクザラル人・地球人の関係と同じように、奴等もサクコブとすこぶる仲が悪い。彼等が「戦わないサクコブ」と呼ばれていたのは誤りで、単に彼等は、サクコブとクザラル人の間の戦争に関しては中立、という立場を保っていたんだ。つまり彼等は、自分達への攻撃に対しては反撃も辞さず、決してその意味で弱い種族ではない。」
「…面白いね。続けて。」
画面のプオラギイックは、宏子に頷く。
「俺の提案は簡単だ。奴等と同盟を組もう。奴等は今までサクコブからもクザラル人からも距離を保ってきた実力があるし、地球人の人権や文化は尊重するという点は、05のリーダーからちゃんと保証を得ている。」
「…でも、その約束をそいつらが本当に守るかが、問題だよ? クザラル人もサクコブも、地球人も、約束はまるで守らない種族ばかりだったじゃん。」
「大丈夫だ。05にも、ちゃんと地球人と組むメリットがあるんだよ。」
「メリット? 何よ、それ。そんだけ強くて何か地球人に頼るような事があるの?」
赤くなった目をぬぐいつつ、宏子は画面に聞く。
「…HYIに感謝しないとな。地球には今、ごく小数だが魔力を持った人間がいるだろ。遺伝子的にはクザラル人かもしれないが、意識は地球人の。彼等の多くは今、俺達EIMの一員だ。…だが、05には魔術師は全くいない。ゼロなんだ。それもそのはずで、彼等はロボットなんだけどな。機械生命体が魔力を持つっていうのは不可能じゃあないが、非常に難しいっていうのは分かるだろ?」
「ロボット…全員が?」
「…ああ。その話はまた後でしよう。だから、彼等はその意味では非常に不利な立場だったんだ。だが、それにも関わらず彼等はここまで中立を保ってきた。…つまり、彼等は科学技術で言えば抜きん出てるって事だな。」
「…」
「…彼等の科学技術と地球人の魔力が合わされば、地球の独立だって、もう夢じゃない。」
「…」
宏子は立ち上がり、壁面のバーチャルディスプレイに近づく。
「…プオラギイック魔術師。」
「…ああ、何だ。」
「もう、二度と。黙って、私を置いてかないで。少しは、心配するこっちの身にもなってください。今度勝手な個人行動をしたら、あなたはクビです。これは冗談でも何でもなくて。」
「ああ、それは恐ろしいな。肝に銘じておこう。」
肩を上げ、首を揺らしながらプオラギイックがニグーワー語で答えている。
「…でも。今日は、ありがとう。あなたのお陰で、地球人の独立は、幻と消えずにすみました。本当にありがとう。…プオ。」
「…」
画面のプオラギイックは柔らかな笑顔になり、ただ無言で頷いた。

続く



Written by FML (AKA Franken).
Ver. 1.00 on 2002/12/4.

<ああ、凄いな。もう3話連続で私が担当か…>
<ん、どうしたんだ小英? 何か落ち込んでるみたいだが…>
<私も悩み事位ある。それに比べあんたはいつも気楽そうだな。>
<待て、待て。俺ほど普段から悩み多き奴なんかそうそういないぞ?>
<例えば今日の昼食は日本風のラーメンにしようか、マレーシア風のカレーにしようか…>
<そうそう。>
<今日の夜のおかずはナース物にしようか女教師物にしようか…>
<そうそう。>
<…>
<今日呪いをかけるのは宏子にしようか、小英にしようか…>
<そうそう。ってシユマ、おいっ!>
<呪いはシユマにかけるのか?>
<そうそう、って違う! いいかお前等、人を色眼鏡で見るのはやめろ。俺は地球の文化を尊重しているから色々試しているんであってだな…>
<試すって何よ。>
<俺が本当に悩む事と言ったら…んー…こう…株式、市場、とか…>
びしっ
<ニセモノオオオッ!>
<何でだあああっ!>
<次回、魔法少女佐藤第18話、「魔法少女と機械の兵隊」、お楽しみに。>
<…ノリツッコミ出来てるとこがでしょ?>



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