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シュウウウウウン…。
地球人も見慣れているいくつかの天体を背景に含みながら、丸みを帯びた棒切れのような黒い物体が突き進んでいく。太陽からの直接の光に照らされるそれは、宇宙空間を横切りながら徐々に姿をうつろわせ、やがてどこへともなく姿を消した。
警報が鳴る。EIMの新本部の廊下を、プオラギイックは早足に歩いている。
<…>
プオラギイックは前方に宏子の姿を見つけ、思わず立ち止まった。
<…あ、プオ。どうしたん、敵襲だよ。>
<あ…ああ。>
頷き、宏子に近づくプオラギイック。ニ人は再び歩き出す。
<場所は?>
<ん、端末見てないの?>
<見た。けどどういう場所かは知らない。>
<あ、そっか。モスクワっていうのは、ロシアって国の首都。聞いた事あるでしょ。この中国の上にある国ね。>
<…「上」でも通じるけど、「北」って言ってくれな。>
宏子は無視して続ける。
<…ロシアっていうのは地球では大きな国の一つで、アメリカよりもちょっと前からウチらを支持していたの。アメリカや中国と同じように核爆弾を持ってて、いざとなったら星全体を爆破出来る力のある国。>
<なるほど。…そんな国を狙ったという事は、つまり…>
<…>
<…どういう事なんだ?>
<…>
歩きつつ、ぷるぷると首を震わせてみせる宏子。
<…ああ、こういう時、動ける魔法少女が小英とお前だけなのが実に恨めしいな。>
<ムカつくが、確かに馬鹿なのは否定出来ない事実なのであった。>
<…>
過去形で何か念じている宏子をプオラギイックは横目で見る。
<じゃあ、何か分かるかもしれないし、アリーザの病室に通信入れて、奴の意見を聞いてみる?>
<そうしたい所だが、どうせ時間が無いんだろ?>
<少なくとも10匹のサクコブ生命体を確認、更に増える可能性あり。だったよ、さっきは。>
<じゃあまず瞬間移動だな。増幅装置は指令室で良かったんだよな?>
宏子はプオラギイックに頷く。ニ人はそのまま通路を歩いていった。
宏子の視界を赤い光が覆う。しばらく冷たい風が宏子の周囲をまわるように吹き、その空気が爆音とともに周りに放出され光が立ち消える。
宏子とプオラギイックは石畳の街中にいた。天安門広場のような広大な空間で、向こうにはカラフルなタマネギ型の屋根をつけた、茶色いお城らしきものが建っている。
<…う、さぶ。>
長袖シャツの裾を押さえる宏子。プオラギイックはすぐ近くに浮いている昆虫型の機械にニグーワー語で話し掛けた。
「状況を教えてくれ。」
一瞬の間ののち、05生命体の体のどこからか、脇腹のあたりから、綺麗な発音のニグーワー語音声で答えが返ってくる。
「…12体います。2体が地上数メートルまで降下、一部ビルを破壊しました。これによる被害者は推定で死者143、重傷58。05の超小型艇499a00が3分21秒前に到着、1体を破壊しました。他の11体は高度1600メートル付近で静止中、こちらの出方を伺っているようです。」
「そっか。あの、点みたいのがサクコブ?」
空を指差す宏子。「その通りです」と日本語の合成音声が答える。
「あのままあそこでじっとしてくれるんなら良いけど、そういう風にも見えないよね。05…えーっと、あなたは名前、何て言うんだったっけ。」
空から視線を戻す宏子。
「正式IDは長大ですので、通称は30a0で構いません。」
アンテナ部分を明滅させつつ、宏子の腰あたりの高さを浮いて静止している05生命体が答える。
「じゃあ、30a0さん。あなたはこの後どうするのが良いと思う?」
「私個人の意見というより05部隊の総意ですが、佐藤さんに魔力で確実な攻撃をお願いしたいと考えています。」
「あら、頼って頂いて嬉しいわ。」
指を顎に当ててしなを作って見せる宏子。眉を上げつつプオラギイックが30a0を見る。
「…はあ。そういうが、」
日本語とニグーワー語で同時に音声が出される。
「ですが、佐藤さんのNKとクザラル製の魔力増幅装置の組み合わせでは、11体を破壊するほどの力は得られません。」
「…」
「…その通りだ。」
頷きつつ呟くプオラギイック。宏子は肩を上げてみせる。
「ま、否定はできないけど。」
「ですので、我々の魔力増幅装置を使って頂きたいと思っています。」
「そっちの方が当然性能が良い訳ね。」
プオラギイックが30a0の音声に頷く。
<ああ、例の装置だな。あれの性能はクザラルのとは比較にならない位良い。しかも本人は安全なんだ。>
<どして。>
宏子がプオラギイックを見上げる。
<感覚接続のリモートコントロールだからだよ。俺も一回試しでやってみた事があるが、あれは感心した。本人の魔力を電波か何かのように中継で送るから、本人は別の場所にいる事が出来るんだ。>
<え、防御膜の中とかから?>
<それは流石に無理らしい。けど、離れた地点からってだけでも安全性はかなり増すだろ。>
<おお…>「ね、ホントにそんな事が出来んの?」
宏子は30a0に問い掛ける。
「…すいません、何の話題でしょうか。私達はテレパシーは聞けませんので。」
「…ああ。」
よろけかけつつ、宏子は肩を上げた。
「ま。それしか選択肢は無いんでしょ。いつもの事だけど。」
「…」
宏子は薄暗い、何かの倉庫のような雰囲気の室内を見回す。
ブズズズ、ズズズ…。
「…息苦しくはありませんか。」
「ん? ううん。05さんの宇宙船に乗るのは初めてだから…何て言うか、物珍しくて。」
宏子の横を飛びながら移動している30a0は流暢に答えを返す。
「そうでしたか。私達は体のサイズが地球人と比べて小さいので、宇宙船の内部も地球人の感覚で言えば小型になるのです。ここは地球人の方の為にシャトルベイを改造して作った「客間」です。船内の他の場所では地球人の方にはかなり窮屈でしょうから、こちらに来て頂きました。」
「ああ、わざわざ気を遣ってくれて、ありがとう。うん、充分広いですよ。」
宏子は天井を見上げながら頷く。ジャンプをすれば多分手を付けられそうだ。普通の地球の家の部屋としては特に低いというほどではないが、ここが本来シャトルベイだという事は、普通の05の船室はどれくらいの広さなのだろうか。
部屋を見回す宏子。バーチャルディスプレイらしき小さな画面が壁じゅうを埋め尽くすように表示されているが、全体としては物が少なく、すっきりとしている。おそらくもとあった荷物は別の場所に片付けているのだろう。今あるのは冷蔵庫のような形の保管ボックス数個と、いくつかの魔力増幅装置らしきクリスタルや電子機器だけだ。
「で…私はどこで操縦するの?」
「こちらです。」
30a0が答えるとともに、冷蔵庫のような箱の前面に、溶けるように穴が開いた。簡易公衆トイレボックスより一回り小さい程度の大きさの銀色の箱の中には、バイクのサドルのようなグリップが左右についた椅子がある。
「う…」
口を引きつらせつつ、恐々顔を近づける宏子。
「…ねえ、このドア…っていうか穴っていうか、どういうテクノロジーなの? これ、入っても…外に出たい時に出られるんだよね?」
「今は時間がありませんので、液状化素材の説明は後にしましょう。これが私達の一般的な「ドア」です。ロックをかけない限りいつでも開け閉めが出来ます。…「ドア」ですから。」
「そりゃ、まあそうだけど…」
宏子は口ごもる。宏子は自分達の後ろに振り向いた。
<ねえ、プオ。これ…本当に安全なの?>
<地球人で試した例は無いから、絶対とは言えないけどな。少なくともクザラル人には害らしい害は出ていないぞ。>
<クザラル人って、あんたしか試した奴いないんでしょ…? 何て言うか、その…>
宏子はプオラギイックを見上げる。プオラギイックは軽くため息をついた。
<…まあ、お前がリスキーだと思うのも無理は無いし、リスクがあるっていう時は副官以下が行動をすべきだよな。それじゃ、俺が接続をする事にしよう。これでも最近NKが上がって、67位になってるからな。サクコブ5、6匹位は何とかなるんじゃないのか?
残りは知らないけど。>
<…>
<…>
宏子は最大限に嫌そうな表情でプオラギイックに顔を近づけた。
<へえへえ分かりました。私がNK200の実力を見せ付けない限り皆死ぬと言いたい訳ですかあなたは。ああそうですか。入れば良いんでしょ入れば。>
<代表が入りたいとおっしゃられるのであれば。>
宏子は厳しい表情でプオラギイックに念じる。
<…モスのフレッシュバーガーと杏仁。日本で売ってるから。>
<…は?>
<後、スタバのエスプレッソフラペチーノ、ワンショット追加のトールでお願い。両方とも用意しといてね。>
<…>
<代表命令ですから。>
<…>
口を開けたままのプオラギイック。宏子は30a0に目を向けた。
「じゃ、始めよ。準備は出来てるんだよね?」
「もちろんです。」
30a0の言葉に宏子は頷く。宏子は箱の中を覗きこむように顔を入れ、それからゆっくりと足を踏み入れた。箱の中に入った宏子は椅子に腰掛ける。
「わ、わ、わ、わ、わ。」
宏子の目の前の壁の穴が見る見る内にふさぎ、プオラギイックと30a0の姿が見えなくなった。暗闇の中、30a0の合成音声がどこかのスピーカーから聞こえてくる。
「両手のグリップを握ると、感覚接続が開始されます。両方を離すと接続は切断されますから、まだ戦闘が終わっていないという時は注意してください。」
<…聞こえるか?>
<う、うん。>
<こっちでも状態はモニターしてるから、何かあった時はこっちで強制的に接続を切るからな。>
<了解。>
「それじゃ…」
呟きながら宏子は両手のグリップをつかんだ。
「…」
次の瞬間、宏子はモスクワの空中に浮かんで立っていた。
「な゛っ…ちょちょっと30a0、聞こえてる?」
「何でしょうか。」
どこからともなく声が聞こえる。
「ききき気温の設定上げて! 気温は現実のじゃなくて良いから!」
リレーのバトンのようにその部分だけが目に見えているグリップを両手でつかみつつ、宏子は口を震わせてそう叫んだ。
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