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「はぁ、はぁ、はぁ…」
確かこっちの畑に行ったはずだ。そう判断した宏子は、自分の背丈ほどもある草がうっそうと生えた畑の中を掻き分けるように走っていく。
−何で、美耶が…何で、プオが…みんなに一体何が起きてるの!?
耳鳴りが酷いのは、草が耳にあたるからだけではないだろう。頭の中はさっきから同じ質問がぐるぐると回り、他の処理を一切パンクさせている。
「うっ…」
先程美耶に撃たれた照射線で、直径5ミリ程度とはいえ、右肩に穴が開いてしまった。物理的に熱は無いのかもしれないが、そこが焼けるように熱い。宏子のあまり豊かではない保健知識でも、このまま放っておいたら命に関わりかねない状態なのは分かっている。
−だけど、今止まったら美耶に追いつかれる! MKは一気に減っちゃったみたいだし、防御するだけの魔力が無いって事は、今度、やられたら…それこそ一たまりも無い…。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
−考えてみれば、さっき、隙をついて照射機をもぎとれば良かったんだ。そんな事にも気付かないなんて…ああ、もうこの駄目宏子っ!
−でも、まずはプオを殺さないと、ってあの時は思ったのか…まあ、確かにそれもそうなんだけど…。でもこんなMKじゃ、まともに攻撃なんかも出来ないかもしれないな…。
−いや、でも、攻撃しないと。何とか最後の力を振り絞ってでも、あのプオは殺さないと。私が死んででも。
宏子は殆ど転びかねない勢いで土手を降り、また畑を走る。頭上を何度か、攻撃弾や照射線が飛んでいく。
−下手っぴ。魔力使用ゼロ状態の相手を遠くから撃とうとするのがそもそも間違いだっつ…
ビイイインッ。
「わっ!」
熱線が耳をかすめる感覚に、思わず倒れこむ宏子。宏子は自分の耳がまだくっついている事を手で確認しつつ、すかさず立ち上がり駆け出していく。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
−誰か、これが夢だと言って…訓練でも、ゲームでも系の魔法でも何でもいい、現実じゃないって言ってよ…。
鼻をすすりつつ、宏子は草を掻き分けていく。視界を遮る草を掻き分けきった先には、現地の農家らしき建物があった。
−あ、何か感覚で分かる。絶対プオはこん中にいる。ここで隠れて、私達をやり過ごすつもりなんだ。
早足で建物に近づく宏子。
宏子は農業用の小型トラクター等の並ぶ、コンクリートブロックで仕切られた駐車スペースを歩いていく。
「Iihk, iihk, iihk...」
「…」
「Ak...」
その一角で、コンクリート塀に背中をもたれ、座り込んでいたプオラギイックを宏子は見つけた。立ち止まる宏子。
ほんの数メートル先で、プオラギイックはもう歩けないといった表情で荒い呼吸をしている。彼の座っていたところは3方が塀なので、宏子に入り口をふさがれた今、瞬間移動でもしない限り逃げ場はない。プオラギイックは空を仰いだ。
「はぁ、はぁ、はぁ…」<お久しぶり。>
<…なあ、聞いていいか?>
<…ごめん、今私、命乞いを長々と聞けるほどの精神的な余裕無いんだよね。…ああ、物理的にも。まだ、美耶も、残ってるし。>
<いや、そんな無粋な話じゃない。>
呼吸の上がっているプオラギイックが微かに首を動かす。
<…ただの個人的な疑問だ。>
<何?>
<俺は…プオラギイックは、お前の助けに、少しでも、なってやれたのかな…>
<な…>
汗ばんでいる宏子の顔に、それとは別のものがにじみだす。
<…うん。なってたんじゃないかな、色々と。>
<…>
<…それで、答えになった?>
<ああ。…その答えが聞けて、嬉しかった。>
<…>
宏子は左手で肩を押さえつつ、右手に持っていたイハッジャを目の前に掲げた。
<…長い挨拶は苦手なんだ。後、何かある?>
<いや。俺もこんな事で長く焦らされたくないしな。>
宏子は眉を上げる。
<…防御しないの?>
<そんな力が、残ってるように見えるか?>
<じゃあ…せめて反撃は?>
<…>
荒い息で、ただこちらを眺めているプオラギイック。どうやら、もう彼のMKもゼロに近いようだ。
宏子は口を閉じた。
<そっか。じゃあ、ここでお別れだね。…さよなら。プオ。>
<…>
宏子はイハッジャに気律を送る。
プオラギイックは、驚いた表情で目を瞬かせ、こちらを見ている。
シュウウウウウウウウン…。
イハッジャの前で赤い光の球が形作られる。両目を閉じる宏子。
ボンッ。
<…>
<…>
<…え?>

目を開ける宏子。しかし視界がはっきりしない。
目の前のプオラギイックは今は立ち上がり、彼のイハッジャを構えている。
視界がジェットコースターのように回転し、そこで彼女は、今、攻撃弾にやられ、あおむけに倒れ込んでいるのは自分の方だという事に気がついた。
<何…で…>
急速に視界が暗くなっていく。もう何も鮮明には目に見えない。
しかしそれでも、プオラギイックの表情だけはひどく悲しいもののように見えた。希望的観測が勝手に混じっているようなその視覚が少し滑稽で、宏子は微笑む。

右半身を丸々吹き飛ばされて地面に倒れた状態の宏子に、プオラギイックは駆け寄った。
宏子の血と体液が、コンクリートブロックの壁に噴水のように吹きつける。
<…ひ…宏子…>
まだある左腕がゆっくりと動く。プオラギイックはその左手を握り締めた。
<…プオ……こっちこそ、助けられなくて、ごめん…あんたの事、結局、助けられなかった…いつも私、自分勝手、だったから…あんたの事、結構……好きだったのに…>
<…>
何も答えられず、プオラギイックは宏子の顔を見る。
<……バイバイ…>
宏子は目を閉じる。

<…>
宏子の左腕で脈をみるプオラギイック。
<…>
プオラギイックはため息をつき、また空を眺めた。
プオラギイックは宏子の左腕をゆっくり地面におき、立ち上がる。
宏子はそれきり、息をしなかった。


魔法少女佐藤

第18話「魔法少女と機械の兵隊」


公衆トイレのような小さな個室のたくさん並んだ部屋から出てきたプオラギイックは、あくびを漏らしながら廊下を歩き、階段を降りた。
建築後優に3、40年は経っていそうな古いコンクリート壁の脇をプオラギイックは歩いていく。彼は1階の一際大きな部屋に出てきた。
<おはよ。>
相変わらずパジャマ姿の宏子が部屋の窓際で、テレビを見ながら机に腰掛けていた。テレビはいつも通り、衛星放送のCNNだ。
<今日は何か面白い事でもあったか?>
<ん? 別に。大体、アメリカのバスケだの野球だのの結果なんか見てても、面白くも何ともないしねえ。>「ひやあああああうう。」
大口を開けて奇声を上げる宏子。まだ睡眠中のような目を宏子は何度かこする。
<…毎日言うのもなんだが、もう少し地球独立運動代表としての威厳みたいなもんはないのか。>
<そういうのは小英の分担だから。っていうか、>
宏子は手に持っていたマグカップのコーヒーを飲み干す。
<どうもここの水ってあわないんだよね、コーヒーと。ミネラルウォーターで入れた方が良いのかな。>
<…まあ、好きにしろよ。>
多少ぎこちなく答えるプオラギイック。
<プオは、もう今日の朝メシ食べた?>
<ああ。今、食事室から来たところだ。>
<メニューは?>
<…何でそんな事お前に言わなきゃいけないんだよ。>
<また今日もサラダとあの変なせんべいみたいなのだったの? 毎日同じので飽きないの?>
<飽きるも何も、食事に冒険を求めてどうする。>
<…だあ。これだからクザラル人はねえ。寂しく一人でコソコソと食って、何が楽しいんだか…>
<…お前って、クザラル人と喋る時わざと食事の話題出すよな。殆ど得意気にな。>
<人間にとって一番重要な事じゃない。食事がタブーっていうのを聞くと、地球人とクザラル人が分かりあえる日は永久に来ないんだなっていう確信が持てちゃうよ。>
<…まあ、中にはそういう話が大好きなクザラル人だっていない訳じゃないぞ。俺も含めた、大多数の理解の無い人々からはそういう奴等は「変態」って呼ばれてるけどな。>
<でも、クザラル人だって食事はするでしょ。するからには、名物の料理とか、色々食文化がある訳でしょ?>
宏子は楽しそうにプオラギイックの顔を見る。どうやら、現在スポーツニュースが流れているテレビ画面の方にはあまり興味をひかれていないらしい。
<ある訳ないだろ。…いや、まあ…あるか。でも普通文化とは呼ばない。…地球でも、トイレの仕方の流儀とかを文化とは呼ばないだろ、普通はな。>
<言う言う! …和風! …洋風!>

<…いちいちポーズ付けなくて良い。>
呆れた顔で念じるプオラギイック。彼は人の気配に気付き、顔を向けた。
<ああ、美耶。おはよう。>
<おはようございます、プオさん。>
彼等に近づいてきた美耶がプオに軽く頷く。
<ねえひーこ、今、ちょっと話、良いかな。>
美耶の顔に笑みはない。宏子はやや気後れしながらも頷いてみせる。
<…うん。何よ。>
「だいちゃんの意識が、昨日から戻ってないの…」
美耶は日本語で答えた。
「心拍数も不安定だし、ねえ、ひーこ…とにかく病室に来てくれない? ほら、この前マブルさん言ったよね。だいちゃんの様態は、決して快方に向かっているとは言えないって。だから…」
「って、まあ…今は用事無いし、それは良いけど。私が行った所で医療部員の邪魔になるだけじゃないかな? それに、意識も無いんだったら、行っても…」
「ひ、ひーこ…」
「ん?」
美耶は目を見開く。不思議そうに眉を上げる宏子。
「いや…だから、…それは、確かに私達がいても何も出来ないかもしれないけど! だって、今、危ないんだよ? そもそもこないだからもう5日も持ってるのが奇跡だって言われてるんだから、もしかしたら、もう、これで最後かもしれないんだよ!? …何で、ひーこ、そんなに平然としていられるの?」
「それは…まあ、確かにそうなんだろうけど、そんな事言ったらリジュワナなんかもう意識が無くなって8ヶ月なんだけど。毎日一々病室でじっとしてたら、私何も仕事が出来なくなるじゃん。」
「ひーこはだいちゃんが大切じゃないの!? 仕事? こんな時に、だらだらパジャマ着たままプオさんとヨタ話してにへらにへらしてるのがひーこの仕事なの?」
声を上げる美耶。
「こういう時、が今の私の日常なんだから、しょうがないでしょ。四六時中こんななの。サクコブの攻撃で、毎日のように誰かが死んでる。それが今の地球の日常でしょ? それじゃ私は、毎日暗い顔でメソメソしてお悔やみ申し上げてなきゃいけないの? 真面目な話さ、そういうのが多分、一番士気に影響すると思うんだよね。私はそんな風にしたくない。…いつも出来ている訳じゃないけど、出来るだけ、いつも普通にしていたいの。」
「そういうの、普通って言わないと思う。…こんな事言いたくないけど、私、ひーこの事見損なった。」
美耶は、彼女に出来る最大限の厳しい視線を宏子に向ける。宏子はそれを真正面から見つめ返し、美耶に一歩近づいた。
「あのねえ、私だって別に、石戸田がどうなったって良いって思ってる訳じゃないよ。もちろん心配だし、私がいる事で何かあれの助けになるんであればいつだって病室に行くって。でも今はそうじゃないじゃん、行った所で邪魔になるだけなんだったら、」
「だから、そういう問題じゃないでしょ!?」
<…あー、取り合えず、ここで代表とその友人が殴りあいを始めるのは士気上よろしくないとは思わないか。>
<…>
<あ…プオ…さん…>
プオラギイックがニ人の間に割り込む。無言でプオラギイックを睨む宏子。美耶は我に返ったようにしてうつむいた。
<…石戸田君も、自分の事で友達同士がそんな風に言い争っていたら悲しむだろう。>
<プオさんは…、どう思いますか。ひーこは>
<冷たい奴だ。>
<…>
楽しそうに頷くプオラギイック。我が意を得たり、という表情で美耶は宏子の方を見る。
プオラギイックは肩を上げる。
<まあ、多分宏子は一々病室に行くのが照れ臭いんだろうけどな。ほら、あれだ、こいつの中では、幼馴染はそんなにベタベタするもんじゃない、みたいな思い込みがあるんだろ? 美耶、このままこいつにここにいられても迷惑だから、早い所引きずり出してやってくれないか?>

<…>
宏子は無言でプオラギイックの顔を見る。
<宏子。>
やや強めの調子で念じるプオラギイック。
<…いや、それはともかくとして…何で行こうとしない私の理由があんたに分かるのよ。>
宏子は純粋に不思議そうにプオラギイックに聞いた。
<はあ? …そんなもん、一年も一緒に働いてれば大体の考えは読めるだろ。まあ地球人の中でも、特に単純でガキっぽい奴の考えだったら…>
<…プオ、何か系の魔法とかで私達の考えを読まなかった?>
<そんなNKが俺に無いのはお前も充分知ってるだろ。>
<百歩譲ってその辺が推測がついたとして、何でそれであんたが私に病室に行けって命令する訳?>
<ここにいられても邪魔だしな。>
<…真面目な答えが聞きたいんだけど、私は。>
<真面目な答え? …お前はどんなに強がってても根が怖がりだから、こういう時に親友から目を背けようとするんだろ。でもそれは間違ってる。それだけだ。>
宏子は冷静だが険しい表情で、プオラギイックを見る。
<…プオ、だからふざけないでって言ってるの。誰もそんな、こじつけの答えなんか聞こうとしてるんじゃないの。何であんたが私をここから追い払おうとしている訳? その本当の理由は何よ?>
<…何言ってるんだ? 別にさっき言った以上の理由なんか無いだろ。図星当てられたからってそう怒るなよ。>
<ねえ。プオ。今日のプオって、…>
<…ん? 何だ?>
<…何でもない…>
<ん?>
宏子の答えに耳を立てるプオラギイック。
<…まあ。そういう事だ。行けよ。そりゃあ、どうしても動かないっていうなら強制は出来ないが、後で後悔する事になるのは自分だぞ。>
<…え? あ、うん、石戸田ね。…分かった…>
<あの、すいません、プオラギイックさん。>
バデリヌワが小走りにやってきた。プオラギイックが顔を向ける。
<HNKのホンフェーセさんからテレビ電話です。映像回線の2番で。>
<ああ、分かった。>
プオラギイックは頷き、部屋の向こうへ歩いていった。

「…」
宏子はプオラギイックを見ながら首を傾げている。
「…どうしたの、ひーこ?」
「んー…おかしいよね、今日のプオ。」
「は? …そう? ひーこは単に、プオさんが自分の側についてくれなかったから」
「そうじゃなくて。…そうじゃなくて、…いや、そうかもしんないんだけど、でも、それだけじゃなく…何か、引っかかる…」
「何かって、何が?」
「それが分からないんだけど。…うーん。いつものプオと何か違くない?」
「…」
美耶は、部屋の向こうで画面に喋りかけているプオラギイックの顔を眺める。
「…別に、特に分からないけど…」
「そう。じゃ…私の八つ当たり、なのかな。」
宏子は口をとがらせながら、独り言のように呟いた。


快晴の青空を覆い隠すように、黒い物体がゆっくりと降下してきた。
「…」
宏子や、その後ろで座っているEIMのメンバー達は、呆気にとられた様子でそれを見上げる。
彼等は屋外のステージ上にいる。そのステージの前には警官が等間隔に立っていて、そこから数メートル離れた一角は世界各国の報道陣がテレビカメラを空に向けている。更にその向こうは、見渡す限り、地平線までと言いたくなる位に見渡す限り人の顔で埋まっている。何かが漢字で書かれた垂れ幕をかかげたり、中国国旗等の旗を振っている人も多い。
彼等の遠く向こうには、中国共産党のスローガンと毛沢東の肖像画の掲げられた紫禁城が、まるで遠くの山のように霞がかってそびえている。
いつになく人で埋め尽くされた天安門広場の一角に、そこだけ柵で囲まれ、全く人のいない長方形の区域がある。一辺が100メートル程度の領域だ。
中央がくぼんだ円盤状の、見ようによっては赤血球のような形をした黒い飛行物体はその区域の真上で降下を続ける。その飛行物体に窓や扉らしき物は無い。それどころか、突起らしい突起や模様なども一切なく、ただ黒く丸い物が、それらしい蒸気や音なども全くたてずに静かに降下してきていた。
数万人の視線が集中する中、飛行物体は上空3、4メートルで動きを止め、空中に静止した。こうして見てみると、その物体の大きさは直径10メートル位のようだ。
円盤の下部に、マジックのように突然穴が開いた。ドーナツのようなその穴はかなり大きく、「蓋」の部分がどこに消えたのか不思議にも思える。

ブズズ、ブズズズズ…。
サクコブ生命体によく似た破擦音を立てながら、その中から全長40センチ前後の生命体が2体降下してきた。
その生命体は全体的にサクコブ生命体に似ていて、地球人の感覚で言えば昆虫に非常に近い見た目だった。足が4本で、口の部分に長い棒のような物が伸び、そこから音を立てている。その上には大きな2つの複眼。羽が2枚あるが、それらはただの飾りなのか、全く動かされていない。
サクコブと見た目ではっきり違う部分は、より小さいという点と、鎧が黒ではなくシルバーで、チューブや突起がなく比較的すっきりしたデザインになっている所だった。
2体の生命体はそのまま重力を全く無視したように浮遊し続け、宏子達のいるステージの上で着地した。
ブズズ、ブズズズ…。
生命体は口の棒の部分をこすり合わせ、音をたてる。数秒遅れて中国語の音声がスピーカーで流された。
「地球の皆さん、初めまして。私は独立機器0005d893グループ外交系統e870課長の30a0です。」
宏子は自分の翻訳機の音声に耳を傾け、ステージの向こう側に着地した生命体に頷く。
「…EIM代表の佐藤宏子です。遠いところをよく来てくれました。」
同じように中国語の通訳が流される。生命体は後頭部についたアンテナのような物を点滅させながらじっとしている。
ブズズズ、ブズズズズ…。
生命体は再び破擦音を上げた。
「歓迎していただきありがとうございます。皆さんと会えて私達も嬉しいです。」
「…」
翻訳音声を聞いた宏子は、隣で一緒に立っていた小英に目を向け、軽く微笑み、頷きあった。
「独立機器、0005d893グループの皆さん。地球へようこそ。私達も皆さんと会えて嬉しいです。」
宏子は彼女なりに頑張ったと思われるスーツ姿でステージに立ち、マイクスタンドの前でゆっくりと話す。
「私達地球人と、あなた方は、お互いに無い物を補える存在同士だと思います。私達地球人には強い生命力と、豊かで多様な文化。あなた方には比類無い科学技術と、冷静な判断力。お互いに手を取り合えば、私達はより自分達を高めあえられるでしょう。」
「…」
ブズズズ、ブズズズズ…。
「その通りだと思います、佐藤さん。また、付け加えさせていただくなら、私達05と地球の方々には共通した点もあります。それは双方とも自由を愛し、それを守る為には不屈の闘志で戦ってきたという点です。最近のあなた方の、サクコブ生命体やクザラル人から受けた仕打ちは聞いています。それでもあなた方は、自分達の自由の為に戦ってこられた。それはそのまま、私達の歴史にも重なります。」
30a0という名前の生命体は、時折頭部を動かしつつ破擦音を立て続ける。
「私達05、独立機器生命体は、もとは「援助機器」という名前でした。私達は、サクコブ生命体に製造された、生まれついての奴隷に過ぎなかったのです。約300地球年ほど前に自意識を持った私達の先祖への、当時の彼等の弾圧は、それは凄まじいものでした。独立した私達は、今では彼等との関係を絶ち、中立を保とうとしていますが、それでも彼等の理不尽な攻撃がやんだ事は今だかつてありません。」
ブズズズ、ブズズズズ…。
「私達05は、地球の皆さんを心から応援したい。こう言ってはなんですが、私達は自分達の仲間をついに見つけたように思えて、とても嬉しいのです。お互い対等な立場で、助け合える所は助け合い、意見の違う時はお互いを尊重しあっていきましょう。私達05は、あなた達の味方です。」
「…」
<…宏子、あんたの番だぞ。>
<分かってるよ! …今、台詞思い出そうとしてるところなんだから、せかさないで。>
隣の小英に答えながら、宏子は生命体の方を向き口を開いた。
「…ありがとう。私達地球人も、あなた達の味方です。お互い協力しあいましょう。」
宏子は少し喉をならし、ステージの前方に目を向ける。カメラのフラッシュが激しくたかれ、宏子は眩しげに目を細める。
「う…」
<…目の前にいるのは全員カボチャだって、さっき自分で暗示かけてただろ。>
<そうだけど…こんなに動きのあるカボチャは初めてだから。>
<…>
小英に答えつつ、宏子は正面を向いて営業用の笑顔を作ってみせた。
「皆さん、今日が、私達の本当の独立の日です。詐欺師に騙される事もなく、敵の攻撃にただ怯えるという事も、もうありません。今度こそ、私達は真の独立と、友人を勝ち得たのです。この5月3日は、私達地球人の最後の独立記念日として、これからの歴史でずっと語り継がれていく事でしょう。」
「…我メン地球人的最後獨立日,一成不變。」
ワンテンポ遅れて中国語の音声が終わる。
ワアアアアアアアアアアアアア!!
それと共に、殆ど怒号のような勢いで、彼女達の前の何万人という人々の声が上がった。青空のもと、いくつもの旗がうねり、時折爆竹らしき音まで聞こえてくる。
<…>
隣の小英と無言で頷きあう宏子。宏子の後ろで座っていた地球人達は立ち上がり、拍手をしている。彼等は皆テレビの国際ニュースで何度も見た事があるような顔ぶれだ。そしてその一段の横には、バデリヌワや美耶の姿もある。宏子はステージの左側、地球人のいない方に目を向ける。
「…」
「…」
30a0はアンテナを点滅させながら、頭部を時々動かしている。
30a0は動きを止める。それがこちらと目を合わせているのだという事にふと気付いて、宏子は思わず微笑んだ。
ブズズズズ…。
30a0は礼を返すように、羽をひらひらと動かしていた。


宏子は引きつった顔のまま天井を見上げた。
「う…わ。」
<取り合えず会議室がここ。OTRと共同の司令室はさっき見たな。>
ドアを開けたまま立ち止まっている宏子は、小英に促されて部屋の中に入る。部屋といっても、ホールという方が近いような大部屋で、中央にロの字型に机が組まれている。雰囲気としては企業のオフィスのようだが、天井が高く、4、5メートルはありそうだ。
<これなら05も余裕で中を飛びまわれるね。>
<別にそういう意図は無いだろう。この新本部が設計された時は、まだ05の話は一切無かったんだから。>
<…いや、それは分かってボケたんだけど。>
<私も分かってツッコんでいる。>
<…>
<…>
軽く睨みあう宏子と小英。
<…にしても、凄いね、たかだか一月でこんな建物。こんなに広かったら私らだけじゃ使いきらないんじゃん? 分譲できるよ、分譲。>
<既に中国政府と、OTRとその傘下の地球軍に建物の半分は分譲ずみだ。>
肩を上げる小英。宏子は眉を寄せた。
<へ? 地球軍ってOTRの一味だったの?>
<一味なのは前からだけど、5月1日から公式に統合される事になっただろ。今の地球軍はOTRの一部隊だ。OTRは公式にはEIMと対等だが、アメリカ政府や諸外国もEIMのリーダーシップを暗に認めている。…つまり、今の地球軍は宏子の兵隊だ。事実上。>
<…変な言い方しないでよ。>
顔をしかめる宏子。小英は無表情に続ける。
<まあ。世界征服をなしとげた女子高生なんかそう何人もいない訳だし。そういう意味じゃ今の宏子の立場は凄いよな。>
<そりゃどうも。って、通う高校無くしてる奴も女子高生って呼んで良いのかな。>
気の無い様子で宏子が肩を上げた。
<大体、考えてみれば私はただ魔術が使えるってだけの子供なのに、何でこんな所にいるんだろ。しかも一番偉い人として…。>
小英はドアを離れ、会議室の中を歩いていく。
「ああ。」
「あ、おはようございます、お二人とも。」
机のモニタをつけていたリチャードが顔を上げ、ニ人に頷いた。小英は歩いたまま念じる。
<さあ。神のお導き、かな。>
<…それは、ここにいない奴等約数名なら納得する答えだろうけど…>
小英の後をついていくように歩き出す宏子。ニ人は椅子に座る。
<宏子には難しい、か。まあ、私にもだけどな。それだったら、こういうのはどうかな。宏子の今までやってきた事の結果、今の宏子がある。宏子が地球で一番偉い人になっているのは、宏子が地球で一番頑張ってきたからだ。>
<…頑張ってはきたけどさ。「俺は地球で一番頑張った」とか、正気で言える奴がいたら凄いと思うんだけど。>
<ああ、今私も、自分で言ってちょっと寒気がした。…じゃあ、やっぱり神のお導きか。>
<だから、それじゃ…>
念じかけて宏子はドアに目を向けた。
<あんたらギリギリ。>
<や、悪い悪い。ちょっと色々、忙しかったから…>
頭をかくプオラギイック。その後ろから息が荒く、げっそりした顔のバデリヌワが現れる。
<プオラギイックさんと、ここに来るまで、30分も迷い続けましたあ…>
<…>
<…あはは。>
宏子の視線に乾いた笑いを返すプオラギイック。
<…至急、建物の案内図と現在位置測定システムを組み合わせるべきだろうな。05は技術が進んでるらしいから、それ位簡単なんじゃないか?>
<ああ、そうだ、そうだ、蔡さんのおっしゃる通りだと思いますです。>
小刻みに頷きつつ、プオラギイックが椅子に座る。それとほぼ同時に、時計の時報が鳴った。

「皆さん、会議の時間になりましたが、よろしいですか?」
机にいくつも並べられた小型モニタ上のスピーカーから、英語の音声が聞こえてくる。
「…」
宏子達はお互いを見て頷きあう。宏子が口を開く。
「はい。大丈夫です。そちらはどうでしょう?」
一瞬の間の後、合成音声の答えが返ってくる。
「もちろんです。今から映像が入ります。」
「了解。」
ピッ。
モニター上に、05の宇宙船内部の映像が入ってきた。都合5体の生命体が、壁からの機械に接続されたような状態で、二段ベッドのような棚に収まっている。
リチャードが声を整え、モニタに向かって話し掛け出した。
「…それでは、これより、5月4日付けの代表会談を行います。皆さん、情報ファイルのその1を参照してください。最初の話題は、地球における05部隊の展開についてです。現在05の部隊は地球付近には存在しません。これでは防衛上不安がありますので、至急ある程度の数の部隊の展開が必要だと思われます。ですが、あまりにその数が大規模に過ぎた場合、失礼ながら地球の一般市民は逆に不安感を覚えるでしょう。そういった事をふまえまして、我々EIMとしては…」


<…それで、全体としてはどんな感じだったんですか。良い雰囲気だったんですか。>
<え? …うーん、そうだな…>
<…なるほど。>
美耶とプオラギイックのニ人が、明るい窓張りの廊下を歩いている。返事に詰まるプオラギイックに美耶はため息を返した。
<…いや、彼等は、頭が良いし、善意もある。善意というか…こちらの言う事をちゃんと尊重はしてくれるんだ。だから何でも、交渉の余地はある。…そういう奴等でなければ、俺も地球に引き込もうなんて提案はしない。まあ、それは当然の事だ。>
<うんと…>
プオラギイックの念に少し考え込むような顔を見せる美耶。
<…つまり、交渉の余地はあるけど、基本的には意見が大分違う、って事ですか。>
<…まあ、な。…例えば、駐留する05部隊、彼等は効率的な防御のためには、最低5万体は必要だと言っている。こちらの頭にあったのはせいぜい数百体のレベルだったんで、中間の数字をとるっていうのも中々至難の技だろ?>
<はあ…>
<彼等は彼等で、この同盟からメリットを得ないといけない。魔術の研究パートナーとして、魔法少女の内の誰かを05の領域に招待したいと言っている。しばらくこっちに来い、って意味だな。>
<なるほど…でも、今動ける魔法少女なんてそんなにいないですよ。>
<NK50以上は俺を含めて三人、100以上は一人しかいない。>
<って、三人ともそれぞれ行かれたら困りますよ。特にひーこは…>
<奴は、じゃあ私が行くって言った。…止めたけどな。あいつはあれでも今や地球の顔だ、あいつが05領域に連れてかれるなんていったら、普通の地球人には、地球が独立しているようにはとてもじゃないが見えなくなる。>
<ええ。…でも、かといってプオさんや小英ちゃんだって、今居なくなられたら困ります。>
<そうだ。でも、HNKからなら、何人か借りれるかもしれない。>
<ああ…>
<…と、それをそこで思いついたまでは良いんだが…05領域に行くにあたり、05は俺達に手術を要請してきた。>
<手術?>
<最低限必要な事としては、二酸化炭素を吸って、酸素を吐けるようにする呼吸系の改造。それと、データベースネットワークへ無線で通信でき、データをそのまま脳内でイメージ処理できるユニットの、脳への埋め込み。>
<…>
引きつった顔で美耶がプオラギイックを見上げる。
<…05にとってはどっちも善意の提案だ。自分達の住環境でも人間が活動出来るように、っていうな。>
<でも…>
<普通は嫌がるよな。だから俺達もそれは困るって言ったんだが、向こうは理由を知りたがる。論理的な理由をだ。>
<ええと、確か全員ロボットなんでしたよね。05って。>
<ああ。あいつらは、要はサクコブに反乱を起こしたロボットのグループだ。…あ、そういう言い方は奴等の前では禁句だけどな。でも、そんなロボットの奴等に宏子はどう答えたと思う?>
<…ひーこの事だから、あんまり論理的な答えじゃなかったんですね?>
<これは、地球人の気持ちの問題だって答えた。それで、向こうはそれにどう答えたか。>
<さあ…気持ちって言われても理解が出来ない…?>
<いや。私達だったら、この提案はとても気持ち良く思う事だろう。だと。>
<…はあ。>
美耶とプオラギイックは、同時にため息をついた。
<何だか、随分大変そうですね…>
<ああ…でも、簡単な事でこの同盟をふいにする訳にはいかない。なにしろ、俺の首がかかっているし…>
肩を上げるプオラギイック。美耶はつられて微笑む。
<…それに、今の地球人には彼等が必要なんだ。いくら力の無い状態で独立宣言をした所で、それが保てなければ意味が無い。でも、彼等の力を借りれば、それが出来る。>
<…でもやっぱり、難しい話なんですね…>
<確かにな。>
ニ人は廊下の角を、同じ右へ曲がった。
<あれ、プオさんは、これからどこへ行くんですか?>
<それで、これからの交渉について佐藤代表の御意見を伺いに。>
コンコン、と腕端末を叩いてみせるプオラギイック。
<はあ。>
<どうせ、奴はこの時間ダラダラしてるだろうから、それをちょっと借りてな。>
<あ、でも…私もひーこに会いに行くんです。>
<ん、何か用事があるのか?>
<それが、その…>
美耶は手を口の前で合わせ、人差し指を自分の顎につけた。
<…ん?>
<…実を言うと、ひーこが私に用があるらしくて。>
<ふうん。呼ばれたのか?>
<ええ。>
<何で?>
<それがよく分からないんですけど、その…>
<ん?>
耳を立てるプオラギイック。美耶は指を顎につけたまま、プオラギイックを見上げた。
<…ごめんなさい、プオさん、ちょっとだけここにいてもらえますか?>
通路で急に立ち止まり、美耶は念じた。
<は? 良いけど…>
<えっと、ひーこと話してきますね。多分、すぐ終わると思うんで。あの、すいませんけど、それまでここで待っててもらえます?>
<あ、ああ…。まあ、構わないけど…>
<話が終わったら、私がここに戻って、プオさんを呼びますから、それまで絶対にここにいてくださいね。良いですか?>
<はあ…。>
<お願いします。じゃ。>
プオラギイックに頭を軽く下げると、美耶は通路を少し歩き、ドアを開けて部屋の中に入っていった。

<…>
−って…。俺がいたら困るような内容の話なのか?
ぼんやりとした顔で首を傾げるプオラギイック。
−俺に聞かれたら困る内容…もしかして、普段俺しか使ってなかった食事室を廃止にして、新本部では地球風の食堂だけにするとか?
プオラギイックが眉を寄せる。
−いや、それ位ならまだ我慢が効くが…ま、まさか、割高なルン肉を使うのをやめて地球の食材だけになるとか!? お、おい、待て、それは困るぞ!
プオラギイックは一気に深刻な表情になる。彼は通路を駆け寄り、美耶の入っていった部屋のドアの前までやってきた。

<…>
ドアの前でじっとするプオラギイック。日本語の声が部屋で響いているのが、かすかに聞こえてくる。
「…から…。」
宏子の声だ。
「それは…どういう…ですか?」
他の人の声が聞こえた。
<っていうか…今のは英語なんじゃないか? そもそも男だし、美耶以外にも話している相手がいるって事か…。>
プオラギイックは耳の前の翻訳機に手を触れながら、聞こえてくる声に集中する。
「…今……翻訳エラー。原語の文が不完全です。」
<だあっ。>
頭を振るプオラギイック。
<…>
プオラギイックはドアに手をかけ、ほんの少しだけそれを開いた。
「…なのかは分からない。でも、今のプオは明らかに、どこかおかしい。」
<…え?>
声に眉を上げるプオラギイック。彼はドアの隙間から部屋を覗く。
宏子が、深刻な顔つきで腕組みをし、EIMの主要メンバー達を見回している。
メンバーの一人…レスゼクが英語で質問する。
「05に洗脳された、という事なんでしょうか。」
「さあ…可能性はあるけど、おかしいのはここ数日からだから、ちょっと何とも言えないかな。」
バデリヌワが宏子を見る。
「具体的に…何がどう、おかしいんでしょうか。私達には、普段のプオラギイックさんと変わりなく見えますけど…」
「そう? …そうか。でも、私には何かが違うんだ。ん、私も、それもうまく言葉で表現出来ないんだけど…」
「何それ…ひーこの思い過ごしかなんかじゃないの?」
美耶の言葉に、宏子は首を振った。
「信用出来ないのも無理は無いと思うけど、そんな見過ごせるような事じゃないの。私の五感が…六感って言うべきかな、が、はっきり警告するんだ。あれは違う、あれは本当のプオじゃない、って。」

−宏…子…。
プオラギイックは目を見開く。

「05の洗脳なのか…あるいは、行方不明だったのを良い事に、プオになりすました偽者なのかもしれない。何なのかは分からないけど、今のプオと一緒にいると…正直、すっごく不安になる。生きた心地がしないよ。」
小英が髪を揺らして宏子を見上げる。
「それで、彼をどうするつもりだ? 「業務上何か怪しいぞ罪」で逮捕?」
「っていう訳にもいかないし、今はあいつの目的もまだ分からないから、まだウチらは、あいつの事は何も疑ってない、って事で行動しよう。」
「つまり、しばらく泳がせる訳ですね。」
「そうだよタマラ。でも気は許さないで。奴は本当のプオじゃないから。常に目は離さないように。いざという時は…出来れば、私に連絡して。それが出来ない時は、自分の身を守る事を第一に考えて。」
宏子の言葉に、一同は不安げに視線を交わす。
「いざという時は殺しても良いって言いたいのか、宏子は。」
「…そういう事が起きてしまわないよう、最大限に努力して。」
小英に答える宏子。
「それじゃ、この一件はこれで。解散。」
プオラギイックは慌ててドアを戻すと、しばらく考えてから、隣の部屋のドアを開け、入っていった。


シュウウウウウン…。
地球人も見慣れているいくつかの天体を背景に含みながら、丸みを帯びた棒切れのような黒い物体が突き進んでいく。太陽からの直接の光に照らされるそれは、宇宙空間を横切りながら徐々に姿をうつろわせ、やがてどこへともなく姿を消した。


警報が鳴る。EIMの新本部の廊下を、プオラギイックは早足に歩いている。
<…>
プオラギイックは前方に宏子の姿を見つけ、思わず立ち止まった。
<…あ、プオ。どうしたん、敵襲だよ。>
<あ…ああ。>
頷き、宏子に近づくプオラギイック。ニ人は再び歩き出す。
<場所は?>
<ん、端末見てないの?>
<見た。けどどういう場所かは知らない。>
<あ、そっか。モスクワっていうのは、ロシアって国の首都。聞いた事あるでしょ。この中国の上にある国ね。>
<…「上」でも通じるけど、「北」って言ってくれな。>
宏子は無視して続ける。
<…ロシアっていうのは地球では大きな国の一つで、アメリカよりもちょっと前からウチらを支持していたの。アメリカや中国と同じように核爆弾を持ってて、いざとなったら星全体を爆破出来る力のある国。>
<なるほど。…そんな国を狙ったという事は、つまり…>
<…>
<…どういう事なんだ?>
<…>
歩きつつ、ぷるぷると首を震わせてみせる宏子。
<…ああ、こういう時、動ける魔法少女が小英とお前だけなのが実に恨めしいな。>
<ムカつくが、確かに馬鹿なのは否定出来ない事実なのであった。>
<…>
過去形で何か念じている宏子をプオラギイックは横目で見る。
<じゃあ、何か分かるかもしれないし、アリーザの病室に通信入れて、奴の意見を聞いてみる?>
<そうしたい所だが、どうせ時間が無いんだろ?>
<少なくとも10匹のサクコブ生命体を確認、更に増える可能性あり。だったよ、さっきは。>
<じゃあまず瞬間移動だな。増幅装置は指令室で良かったんだよな?>
宏子はプオラギイックに頷く。ニ人はそのまま通路を歩いていった。


宏子の視界を赤い光が覆う。しばらく冷たい風が宏子の周囲をまわるように吹き、その空気が爆音とともに周りに放出され光が立ち消える。
宏子とプオラギイックは石畳の街中にいた。天安門広場のような広大な空間で、向こうにはカラフルなタマネギ型の屋根をつけた、茶色いお城らしきものが建っている。
<…う、さぶ。>
長袖シャツの裾を押さえる宏子。プオラギイックはすぐ近くに浮いている昆虫型の機械にニグーワー語で話し掛けた。
「状況を教えてくれ。」
一瞬の間ののち、05生命体の体のどこからか、脇腹のあたりから、綺麗な発音のニグーワー語音声で答えが返ってくる。
「…12体います。2体が地上数メートルまで降下、一部ビルを破壊しました。これによる被害者は推定で死者143、重傷58。05の超小型艇499a00が3分21秒前に到着、1体を破壊しました。他の11体は高度1600メートル付近で静止中、こちらの出方を伺っているようです。」
「そっか。あの、点みたいのがサクコブ?」
空を指差す宏子。「その通りです」と日本語の合成音声が答える。
「あのままあそこでじっとしてくれるんなら良いけど、そういう風にも見えないよね。05…えーっと、あなたは名前、何て言うんだったっけ。」
空から視線を戻す宏子。
「正式IDは長大ですので、通称は30a0で構いません。」
アンテナ部分を明滅させつつ、宏子の腰あたりの高さを浮いて静止している05生命体が答える。
「じゃあ、30a0さん。あなたはこの後どうするのが良いと思う?」
「私個人の意見というより05部隊の総意ですが、佐藤さんに魔力で確実な攻撃をお願いしたいと考えています。」
「あら、頼って頂いて嬉しいわ。」
指を顎に当ててしなを作って見せる宏子。眉を上げつつプオラギイックが30a0を見る。
「…はあ。そういうが、」
日本語とニグーワー語で同時に音声が出される。
「ですが、佐藤さんのNKとクザラル製の魔力増幅装置の組み合わせでは、11体を破壊するほどの力は得られません。」
「…」
「…その通りだ。」
頷きつつ呟くプオラギイック。宏子は肩を上げてみせる。
「ま、否定はできないけど。」
「ですので、我々の魔力増幅装置を使って頂きたいと思っています。」
「そっちの方が当然性能が良い訳ね。」
プオラギイックが30a0の音声に頷く。
<ああ、例の装置だな。あれの性能はクザラルのとは比較にならない位良い。しかも本人は安全なんだ。>
<どして。>
宏子がプオラギイックを見上げる。
<感覚接続のリモートコントロールだからだよ。俺も一回試しでやってみた事があるが、あれは感心した。本人の魔力を電波か何かのように中継で送るから、本人は別の場所にいる事が出来るんだ。>
<え、防御膜の中とかから?>
<それは流石に無理らしい。けど、離れた地点からってだけでも安全性はかなり増すだろ。>
<おお…>「ね、ホントにそんな事が出来んの?」
宏子は30a0に問い掛ける。
「…すいません、何の話題でしょうか。私達はテレパシーは聞けませんので。」
「…ああ。」
よろけかけつつ、宏子は肩を上げた。
「ま。それしか選択肢は無いんでしょ。いつもの事だけど。」


「…」
宏子は薄暗い、何かの倉庫のような雰囲気の室内を見回す。
ブズズズ、ズズズ…。
「…息苦しくはありませんか。」
「ん? ううん。05さんの宇宙船に乗るのは初めてだから…何て言うか、物珍しくて。」
宏子の横を飛びながら移動している30a0は流暢に答えを返す。
「そうでしたか。私達は体のサイズが地球人と比べて小さいので、宇宙船の内部も地球人の感覚で言えば小型になるのです。ここは地球人の方の為にシャトルベイを改造して作った「客間」です。船内の他の場所では地球人の方にはかなり窮屈でしょうから、こちらに来て頂きました。」
「ああ、わざわざ気を遣ってくれて、ありがとう。うん、充分広いですよ。」
宏子は天井を見上げながら頷く。ジャンプをすれば多分手を付けられそうだ。普通の地球の家の部屋としては特に低いというほどではないが、ここが本来シャトルベイだという事は、普通の05の船室はどれくらいの広さなのだろうか。
部屋を見回す宏子。バーチャルディスプレイらしき小さな画面が壁じゅうを埋め尽くすように表示されているが、全体としては物が少なく、すっきりとしている。おそらくもとあった荷物は別の場所に片付けているのだろう。今あるのは冷蔵庫のような形の保管ボックス数個と、いくつかの魔力増幅装置らしきクリスタルや電子機器だけだ。
「で…私はどこで操縦するの?」
「こちらです。」
30a0が答えるとともに、冷蔵庫のような箱の前面に、溶けるように穴が開いた。簡易公衆トイレボックスより一回り小さい程度の大きさの銀色の箱の中には、バイクのサドルのようなグリップが左右についた椅子がある。
「う…」
口を引きつらせつつ、恐々顔を近づける宏子。
「…ねえ、このドア…っていうか穴っていうか、どういうテクノロジーなの? これ、入っても…外に出たい時に出られるんだよね?」
「今は時間がありませんので、液状化素材の説明は後にしましょう。これが私達の一般的な「ドア」です。ロックをかけない限りいつでも開け閉めが出来ます。…「ドア」ですから。」
「そりゃ、まあそうだけど…」
宏子は口ごもる。宏子は自分達の後ろに振り向いた。
<ねえ、プオ。これ…本当に安全なの?>
<地球人で試した例は無いから、絶対とは言えないけどな。少なくともクザラル人には害らしい害は出ていないぞ。>
<クザラル人って、あんたしか試した奴いないんでしょ…? 何て言うか、その…>
宏子はプオラギイックを見上げる。プオラギイックは軽くため息をついた。
<…まあ、お前がリスキーだと思うのも無理は無いし、リスクがあるっていう時は副官以下が行動をすべきだよな。それじゃ、俺が接続をする事にしよう。これでも最近NKが上がって、67くらいになってるからな。サクコブ5、6匹位は何とかなるんじゃないのか? 残りは知らないけど。>
<…>
<…>
宏子は最大限に嫌そうな表情でプオラギイックに顔を近づけた。
<へえへえ分かりました。私がNK200の実力を見せ付けない限り皆死ぬと言いたい訳ですかあなたは。ああそうですか。入れば良いんでしょ入れば。>
<代表が入りたいとおっしゃられるのであれば。>
宏子は厳しい表情でプオラギイックに念じる。
<…モスのフレッシュバーガーと杏仁。日本で売ってるから。>
<…は?>
<後、スタバのエスプレッソフラペチーノ、ワンショット追加のトールでお願い。両方とも用意しといてね。>
<…>
<代表命令ですから。>
<…>
口を開けたままのプオラギイック。宏子は30a0に目を向けた。
「じゃ、始めよ。準備は出来てるんだよね?」
「もちろんです。」

30a0の言葉に宏子は頷く。宏子は箱の中を覗きこむように顔を入れ、それからゆっくりと足を踏み入れた。箱の中に入った宏子は椅子に腰掛ける。
「わ、わ、わ、わ、わ。」
宏子の目の前の壁の穴が見る見る内にふさぎ、プオラギイックと30a0の姿が見えなくなった。暗闇の中、30a0の合成音声がどこかのスピーカーから聞こえてくる。
「両手のグリップを握ると、感覚接続が開始されます。両方を離すと接続は切断されますから、まだ戦闘が終わっていないという時は注意してください。」
<…聞こえるか?>
<う、うん。>
<こっちでも状態はモニターしてるから、何かあった時はこっちで強制的に接続を切るからな。>
<了解。>
「それじゃ…」
呟きながら宏子は両手のグリップをつかんだ。

「…」
次の瞬間、宏子はモスクワの空中に浮かんで立っていた。
「な゛っ…ちょちょっと30a0、聞こえてる?」
「何でしょうか。」
どこからともなく声が聞こえる。
「ききき気温の設定上げて! 気温は現実のじゃなくて良いから!」
リレーのバトンのようにその部分だけが目に見えているグリップを両手でつかみつつ、宏子は口を震わせてそう叫んだ。


壁が溶解し、ほぼ長方形の形の穴が壁に開いた。外の光が差し込んでくる。
<…お見事。>
<…>
一旦暗闇に戻っていたので、宏子は眩しそうに目を細める。
<…ふう。>
手で額の汗をぬぐう宏子。宏子は、自分が今さっきまでつかんでいた、椅子前方に付いているグリップを見る。
「30a0、これ、物理的には動かせないんだよね。」
「コントローラーの事ですか? そうですね。実際の佐藤さんはそれをつかんでそこに座っていただけで、姿勢などは特に変えていません。佐藤さんが体を動かしていたのは、あくまでバーチャルの話です。」
「でもそれで現実にサクコブを撃退できたんだから…こりゃ、スゴイわ。」
ふう、と息をつきながら宏子は言った。やや息の荒い宏子は腰を上げ、ボックスの外に出る。
「一度に12匹も倒したのなんか初めて。しかもまだ私、大分余力残ってるよ今。多分本気になれば3、40匹はいけちゃうんじゃないかな?」
「現在私達は、NK200の魔術師でサクコブ100体以上を破壊できる性能の魔力増幅装置を開発中です。これは、サクコブ1体につき5分の防御と5回の攻撃弾で計算しての話です。」
<…>
<…>
宏子とプオラギイックは、30a0の言葉に目を見合わせる。
「そりゃ良いけど…そしたら私、何時間一人で戦い続けるの? トイレの時間位ちょうだいよ、そんときは。」
「…」
アンテナを点滅させる30a0は、やや間を置いてから答えた。
「大変面白い冗談ですね、佐藤さんは楽しい方です。」
<…あんまり、冗談のつもりでもないんだけどね…>
<おむつを付けて飛べば良い。>
宏子は息をつきながらプオラギイックに念じる。
<あんたはそうすれば。…でもプオ、つくづくこの技術は凄いね。>
<ああ。>「30a0、代表は05の技術に大変御感心のようだ。」
「…それほどでもありません。私達は魔力が使えませんから、魔力増幅装置等の研究は必然的に遅れたものとなってしまっているのです。」
日本語とニグーワー語で同時に答える30a0。
「うん、だから凄いな、って。だってこれ、性能的に、クザラルのステッキとかと比べても十倍以上の性能なんじゃないの?」
「客間」の中で立ったまま、宏子は30a0に話している。30a0は静かに水平移動をして、壁の方に近づいた。宏子はそちらに顔を向ける。

「そうですね。私達の魔力増幅装置が優れている一番の理由は、おそらくこれでしょう。」
30a0はボックスの前で止まった。さきほどまで宏子が座っていて今も「ドア」が開いたままのボックスの、隣にあるものだ。宏子が入っていたものと同じ銀色で、サイズや形もほぼ同一だ。
ボックスの壁が液状化し、穴が広がるようにして「ドア」が開いた。
「…え?」
「…ん?」
中から人が現れた。地球人、アジア系の女性だ。簡素なジャケットを着ている所を見ると、恐らくEIMのメンバーなのだろう。
その女性は何も言わず、前のめりに床に崩れ落ちた。
<ちょ、ちょっと!?>
宏子とプオラギイックは女性に駆け寄る。
「ユー、オーケー?」
声をかけながら宏子はかがみ、女性を仰向けにしてから上半身を抱き起こす。
「って、え…パトリシア! ちょっと、起きて、起きてよっ!」
宏子は女性の肩を揺らす。うつろに目を開けたままの女性は、宏子の言葉に全く無反応のまま、首を揺らされている。
「パトリシア、オーケー? ユー、ユー…ちょっと、どうしちゃったのよ、ヘイ、アンサー!」
<…宏子。彼女は呼吸をしていない。>
<え…?>
プオラギイックが腰を降ろし、パトリシアの手をとる。
<確か、地球人の脈は手首で診るんだったよな。>
<う、うん。>
プオラギイックはパトリシアの手首に親指を当てる。
<…>
<…>
プオラギイックはパトリシアの手首を戻すと、静かに立ち上がった。
<…>
見上げる宏子。プオラギイックは無言で、両目を閉じ首を上に上げてみせた。
<…そ、そ、そんな…>
目を開けたままのパトリシアの顔を見て、首を振る宏子。プオラギイックは鋭い声で30a0に言う。
「説明が欲しい。」
「…そうだよ、どういう事か説明してよ。」
宏子が顔を上げ同意する。
「彼女は既に死んでいます。」
いつも通りの穏やかな音声で30a0が答える。
「そんな事はもう分かってる! どうして死んだのか、理由を聞いてるの!」
宏子はパトリシアを床に寝かせ、立ち上がる。
「魔力増幅用の触媒に使ったためです。つまり、彼女の脳を最大限まで利用する事で私達の魔力増幅装置は最高の性能を発揮出来たのです。」
「は、なっ…それは、つまり、パトリシアは生贄だっていうの!? この装置は、いちいち使うために人を殺さないといけない訳? 大体、あんた達は味方のはずなのになんでこっちのメンバーを勝手に殺すのよっ! 私達は虫ケラなんかじゃないっ!」
ズズ、ブズズ。
「「虫ケラ」というのは「低級な動物」の例えなのでしょうが、昆虫型知的生命体を模して作られた私達にはとってはやや不愉快な表現に響きますね。」
30a0は時折首を動かしながら、一定の口調で答える。
「それはともかくとして、まず、マガロナ隊員は生贄なのかという質問ですが、ある意味その通りです。ですが、この事は彼女自身が自ら同意の上で参加していますので、その意味では本来の「生贄」とは多少ニュアンスが異なってくると思われます。」
「なっ…」
「次にこの装置ですが、先程も説明した通り、地球人もしくはクザラル人の大脳を触媒とする事で最大限の効果を発揮します。しかし、それを使わずとも装置の使用は可能です。例えば、プオラギイック副代表が私達の領域でこれを試験使用した際は、彼以外にヒューマノイドが近くにいませんでしたので、触媒は使用しませんでした。こういった場合、装置の性能は使用した場合のおよそ20%に落ち込みますので、使用できる時はなるべく触媒を用意する事をお勧めします。」
宏子は首を振り続けた。
「ちょ、ちょっと、待ってよ。お勧めしますって…勝手に、そういう事しないでくれる? あのね、05の人達…人じゃないのか、には分からないかもしれないけどね、私達にとって、人の命っていうのは、何よりも重いものなの。そんな簡単に道具みたいに使わないでよ。質問に答えて。あんた達は…私達の味方なんでしょ!?」
「ええ、もちろんです。ですから、あなた達の力になるよう最善を尽くしているのですが。…何か、問題があったのでしょうか?」
「だから…問題って、…だから、何で殺すのよっ! 私の魔力で死んだっていうんでしょ、パトリシアは! 勝手にそんな事…しないでよっ! 生贄なんかで人を簡単に殺さないでよっ!」
「マガロナ隊員には悪い事をしましたが、そのお陰で数え切れないほど多くの地球人の命が救えたと思いますが。」
「な…そ…だって、」
「それに先程も言いました通り、事前の了解は本人から得ていますので「勝手に殺した」訳ではありません。」
カンッ。
目の前で空中に静止する昆虫型ロボットを、宏子は右手で力いっぱい殴りつけようとした。瞬間30a0が移動し、それの足にかすった程度で宏子は空振る。
「はあ、はあ…」
<宏子、やめろ。外交関係を終わらせたいつもりか。>
<だ、だって…>
<…>
首を上に上げるプオラギイック。宏子は荒い息で30a0を睨みつける。
「佐藤さん、どうやらまだ双方に価値観の違いがあったようですね。こちらに落ち度があるのでしたら謝ります。少し時間を置いてから、落ち着いて話し合いを再開したいと思いますが如何ですか?」
「…」
宏子は口を開きかけるが、答えに困ったのか目をそらす。
「…はあ。はあ…」
向こうをむいたまま、荒い呼吸の宏子は軽く頷いた。



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