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カチッ。
プオラギイックはベッド脇にある加湿器のような形の装置のスイッチをつける。間もなく送風口から色つきの煙が出てきた。
「…」
煙に顔をあて、プオラギイックは目を閉じ、鼻で深く呼吸をする。
プオラギイックがいるのは新しい自分の個室らしい。今まで同様ワンルームのようだが、そのスペースは目に見えて広くなっている。ベッドなどもセミダブルと言って良いような大きさだ。
「ふう…」
呟き、プオラギイックはベッドに寝転がる。
−確かに覚えている。俺は05の船に爆弾を仕掛けた。サクコブから事前に受け取っていた物だ。ここまでうまく行くとは思わなかった。我ながら完璧な行動だった。
「…」
寝転んだまま、プオラギイックは耳元に手をあてる。
−はずなんだが、どうも腑に落ちない…本当に俺が置いたのか? いや、間違いなくその記憶はあるんだが…何なんだ、この引っかかりは…
−大体、何で俺が05を攻撃しないといけない? …そうだ、それは、地球と05の関係を破壊したかったからだ。うん。だって、あそこで05の船を攻撃すれば05の地球に対する印象は一気に悪くなるからな。まさか彼等があそこまで「感情」を押さえるとは予想外だったんだ。…って、何で俺が05と地球の仲を悪くさせないといけないんだ?
プオラギイックは考え込む。
−ああ、そうか、俺の仕事は、サクコブの地球侵攻の手助けだからな。わざと05を地球に近づけさせたのもそれでクザラル人を追い払うためだし、その後で05と地球人を対立させる事で地球人の力をより弱体化させようと考えたんだ。…何でこんな事を俺は忘れてたんだ?
−しかし…おかしいな、何かが引っかかる…本当に俺にとってそんな事が、自分の第一の仕事だったか?
プオラギイックは口に出して呟く。
「確か…誰かを守るのが仕事だったような気がしたんだが…」
−そうだ、誰だったか…とにかく誰かを守るのが自分の仕事だと、そう心に決めていたはずだ。そいつが…自分の家族を失って自暴自棄になった時、その姿がまるで昔の自分を見ているようで、自分と同じ道は辿らせたくないと思ったから……って、そんな奴どこかにいたっけ?
「…」
プオラギイックは起き上がる。
−落ち着け、プオラギイック。冷静に考えろ。俺が偽者のプオラギイックなのか本物なのかは、この際問題じゃない。いずれにしても、俺の記憶には何か問題がある。違和感で分かる、どこかがおかしい。どこかが理屈にあっていないんだ。そして俺の記憶に問題があるという事は、…つまり、俺は偽者で無意識の内に操られているか、あるいは本物だが洗脳で操られているか、のどちらかという事だ。
「…それじゃいずれにしても、俺が05の船に爆弾を仕掛けたみた…」
プオラギイックは自分の言葉に眉を寄せた。
−いや、それはその通りじゃないか、現にさっき仕掛けたんだから。…でも、何で? …ああ、それはもちろん…
ピピッ。
「…どうぞ。」
プオラギイックは顔を上げ、扉の電子音に答えた。
部屋の扉が開く。通路から、ニ人の非魔術戦闘員と宏子、美耶が現れた。非魔術戦闘員のニ人はクザラルの照射機を構え、宏子はイハッジャを右手で隠すように持っている。
<…せっかくお香で心を落ち着けようとしていたのに、穏やかじゃないな。>
<まず、聞きたい事があるんだけど…>
鋭い視線でプオラギイックを睨みながら、宏子は彼にゆっくりと近づく。
<あんた、誰? 何て呼べば良いの?>
<…>
少し沈黙して、プオラギイックは両手を上げ首を上げた。
<どう答えれば良いんだ。>
<本当の事を答えれば良いだけよ。>
<そうか。まあ、俺は基本的に気が小さいからな、照射機を向けられている状態であまり良い冗談も飛ばせないからな。>
<…>
プオラギイックの念に表情を変えず、宏子はイハッジャを持った手をゆっくり上げて、彼に近づく。
<早く答えなさい。あんたは何者なの。>
<…答えづらいな。俺はプオラギイックだって言って、信じてもらえそうな雰囲気じゃないじゃないか。>
<いい加減にしなさいよっ!>
宏子は感情をあらわにして念じた。
<あんたがプオじゃない事はもう分かってるの! いい加減シラを切るのは止めてくれない?>
<…なあ、宏子、>
<馴れ馴れしい言い方しないで。…あんたが、プオの格好をしてるってだけでも虫唾が走るっていうのに。>
<…>
ため息をつくプオラギイック。
<じゃあ、佐藤代表。俺が何者なのか知ってるのなら、お前から教えてくれれば良いじゃないか。何かしら、確信があるんだろ?>
<…自分から言いたくないっていうならこっちから言おうか。詳しい事は知らないけど、あんたはサクコブの送り込んだ破壊工作員なんでしょ。>
<…>
プオラギイックの耳が一瞬揺れる。宏子はそれを冷たい目で睨む。
<ツメが甘いんだよ。爆破された宇宙船の破片から検出された爆薬の成分はe828dd32、サクコブの言葉ならドゥパオベフェスっていう一種の窒素で、サクコブ製の爆弾でしか見る事が無い成分だったんだから。>
<そうなのか…しかしそれは、サクコブが犯人だっていう証明にはなっても、俺がサクコブだっていう証明にはなってないぞ。>
<そんな事、証明するまでもないじゃん。怪しいのはあんたしかいないんだから。>
当然のように宏子は断定する。
<おい、ちょっと待て、いくらなんでもそれは無いだろ。俺は俺だってだけで容疑者なのか?>
<うん。だって正体不明の偽者だから。>
<…>
頷く宏子にプオラギイックは怪訝そうな顔を向ける。
<…あの、プオさんの個人記録、私が調べたんです。>
<…え?>
プオラギイックは宏子の隣の美耶を見た。
<ごめんなさい。…プオラギイックさんが私に相談しに来たから、何か手助け出来ないかと思って。ひーこにアクセスコード借りて、プオラギイックさんがいた238a領域での滞在記録とか、色々見ました。>
<…それは別に構わないけど…それで?>
<238a領域に行く前です。まだプオラギイックさんがクザラル人の貨物船に乗っていた時、船はサクコブに攻撃を受けています。攻撃の結果、船は完全に破壊されました。>
<ああ、それなら覚えてるぞ。脱出用ポッドに乗り込むのが後少し遅れたら、大変な事になるところだったんだ。>
<ですけど、記録によれば、その貨物船には脱出用ポッドは用意されていなかったんです。>
<…え?>
<完全に破壊される直前の船のコンピューターが、周囲に自動でSOS通信を発信しています。それによると、その時点で船の乗員は、全員死亡。DNAスキャンによる死亡者名簿の中には…プオラギイックさん、あなたも入っているんです。>
<…>
美耶はいつになく冷静に念じ、プオラギイックの部屋の壁面のパネルを押す。バーチャルディスプレイには、確かにプオラギイックの死亡を確認する通信記録がニグーワー語で示されている。
−そうだ。俺は自分がプオラギイックのつもりでいたが、本当は本物の彼が死んだ後、05に偵察に行ったサクコブの工作員だったんだ。本人ですらその事を忘れ自分が本物だと信じる事で、秘密の広まる危険性を回避しようと、俺達サクコブは考えたんだった。
−本当にそうなのか?
−そこで抵抗をしているのは、まだ洗脳から抜けられていない俺の心だ。事実は事実として、認めなければ。今、状況は変化した。宏子達が俺の正体を既に知った以上、俺は自分が「偽者」である事を自覚したうえで行動しなければ命も危ない…
−…しかし、本当に、本当にそうだと言い切れるのか? それに仮にそれが洗脳の結果だとしても、俺は今の俺の気持ちに従って行動するべきなのでは?
−それは感情に流されているだけだ。冷静に現状を判断しなくては。俺は偽者であり、プオラギイックとしての記憶は植え付けられたものに過ぎないという事実を、まずは受け入れないと…
<…>
プオラギイックはふと前を見た。
<え…?>
<さようなら。>
プオラギイックは目を見開く。目前の美耶は照射機を構え、彼に向けそのスイッチを押していた。
ビイインッ。
「があああっ!」
声をあげ後ろによろけるプオラギイック。美耶の撃った照射線はプオラギイックの肩に命中した。プオラギイックは肩をおさえ、後ずさりする。
「ちっ。」
再び美耶は照射機を構えた。
<えっ…?>
呆気に取られていた宏子が美耶に向き直る。
<ちょ、ちょっと、何してんのよ美耶っ!>
シュウウウウウウンズバアアアアアアアアン! …ビイイインッ。
その隙にプオラギイックは背後に隠し置いていたステッキを振る。光と共に消えたプオラギイックがいた場所を、照射線が通り抜け、そのまま壁に吸収されて消えた。
「…ひーこが邪魔するから、逃しちゃったよ。」
照射機の構えをやめた美耶は、責める顔つきで宏子の方を向いた。
「な…」
驚きで言葉の続かない宏子。背後の戦闘部員達も戸惑った様子で目を合わせている。
「早く彼を止めないと。あのサクコブのスパイは05の在地球部隊を破壊する気なんだから。」
「そ…そうなのかもしれないけど、別にいきなり撃たなくても良いじゃない!」
宏子の言葉に、むしろ美耶が驚いた顔を見せる。
「ひーこ…彼は見た目はプオさんかもしれないけど、中身はサクコブなんだよ?」
「そ、それは…そうかもしれないけど…でも…」
宏子は美耶から視線をそらす。
「確かに、サクコブだから殺して良いなんていう言い方は良くないかもしれないけど、そうしなかったら殺されるのはこっちだよ? 私が何も出来ないで病院で寝ていた間も、ずっとひーこはそうやって戦ってきてたんでしょ?」
「そう、だけど…」
宏子はどこかすがるような目で顔を上げる。
「でも、…何か、違うの。今のプオは…何か、普通な感じがした。いつも通りのデクノボウにしか見えない。何で危ない感じがしたのか分からないけど…今のプオは、もう危なくない気がするんだけど…」
「気がするのは良いけど、ひーこ、DNAの鑑定はもう出てるんだから。彼は偽者なんだよ。偽者のプオさんが、ここにただの社会見学が目的で来てると思う?」
「それは…」
「…あ」
美耶は息をのみ、体をしりぞかせた。
「…まさか。そういう事だったの!?」
「な、何が?」
顔を向けた宏子は目を見開く。
「あなたも…偽者なのね、ひーこ。」
険しい顔の美耶が照射機を宏子に向けていた。
「は?」
ビイイイイイインッ。
「ちょっと!」
宏子は右に跳ねるように飛ぶ。宏子の左腕を照射線がかすめた。
「何で私が偽者なのよ! 急に訳の分かんない事言わないでくれる!?」
プオラギイックの部屋の中でテーブルを挟み美耶と相対しながら宏子が言う。
「それ以外有り得ないじゃない、あなたもあのプオさんの偽者同様、サクコブの肩を持っているんだから。」
照射機を向けたまま答える美耶。
「…ちょっと、ロン、ミケーレ、ムーブ!」
宏子は非魔術戦闘員の方に振り向く。
「えっ?」
ニ人は照射機を構えている。その方向は明らかに美耶ではなく宏子に対してだ。
「な、何でよっ!」
「幸田さんの言う通りだ、あなたが佐藤代表のはずがない。」
戦闘員の言葉に宏子が声を上げる。
「何で…ちょっと!」
ビイインッ。
テーブルの下に宏子は飛ぶ。
−急に、な、何で? そりゃ、確かにプオは捕まえなきゃいけないかもしんないけど、それで何で私が偽者になるのっ!?
しゃがみこみながら、宏子はパンツのポケットからイハッジャを取り出した。
<ザナ・キュディヌ>ビイイインッ。
「いやああああああああああっ!」
肩に焼けるような痛みを感じ、宏子はなす術も無く仰向けに倒れこんだ。見上げると、すぐ足元にまでやってきた美耶が照射機を再び宏子に向けて構えている。
「…」
「はあ…はあ……はあ……はあ…」
「…」
「…はあ…はあ……はあ…」
「じゃあ、ひーこ、さようなら。」
そして、宏子の視界を白い光が包み込んだ。
−え…?
宏子は声を上げた。少なくとも、声を上げたつもりになった。
−え、ちょ、ちょっと何で、嘘! 何でこういう時に金縛りが来るのよっ! タンマ、タンマ! 今だけは本当にお願いだから止めて! 明日明後日にでも2時間でも3時間でも付き合ってあげるから今はやめて、マジで!
宏子は体を懸命に動かそうとするが、彼女の体は全く動かない。美耶の後ろにぼんやりと人影が見える。いつも通り、見た事も無いその人影は、ひどく見慣れたものだ。
−って、今日はいつもの声みたいのが聞こえてこないな…。
宏子は内心首を傾げる。
−あ…。
宏子はふと美耶に目を向けた。彼女はずっと同じ姿勢だ。その様子は単に動かないでいるというより、ビデオの静止画のように止まってしまっているように見える。
−って、これって、もしかして、無意識に時空移動しちゃったって事? …はあ。何だ、そういう事か…。
宏子は息をつき、その場から起き上がろうとした。
「…」
−って、動けないし…。
しかし宏子は起き上がる事はおろか、表情を変える事も出来ないまま固まっていた。
「…!」
宏子は頭痛のような何かを感じる。
−な、何、この変なのは? イタッ、いや、気持ち悪っ! うー、何だこの気持ち悪いのは。わ、気持ち悪っ、なんか子供ん時フェリーに乗った時以来だこの感覚…。
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