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白茶色の少しくすんだレンガの街並みを人々が行き交う。曇り空の向こうで青い光が明滅し、黒い虫の影が姿を現した。
「ベルギー軍から緊急通報、サクコブがブリュッセル郊外に出現。現在数は4体のようです。」
タマラがヘッドセットマイクで告げる。同じ指令室内の一角に立っていた宏子は振り向き答えた。
「了解。05とOTRに至急連絡を。非魔術部隊は…2隊は用意出来るよね?」
自分のデスクに駆けつけたリチャードが、数メートル向こうの宏子に頷く。
「はい、全員起こせば5隊までは可能です。」
「そこまでは良いや。その代わり魔術師は小英以外全員。…あ、NK30以下の人は良いから。」<小英、こっちをお願い。>
途中からテレパシーに切り替えた宏子が小英の方を向く。
<大丈夫か? こっちはアリーザでも何とかなるんじゃないか?>
<未だにまともに歩けないんだから駄目。本人がリハビリやる気ないんだから、アレは。>
<…内輪の事となると手厳しいな。>
<は? 別に事実を言ってるだけでしょ。>
<はいはい。>
すまし顔で頷いてみせる小英に、宏子は何か言いたげな表情になるが、息をつくだけにとどめた。宏子はもう一度向こうに顔を向ける。
「リチャード、05とOTRに連絡出来た?」
「ええ、05は3機とも移動可能だそうです。OTRは20分以内に指定地域へ軍を派遣するそうです。…恐らくドイツからでしょう。」
「オーケー。じゃ、皆05宇宙船の前に今から2分以内に集合して!」
「4匹だけのようですから、佐藤さんなら触媒を使って比較的容易に撃退が可能でしょう。突発的な問題が起きない限り私達の勝利はほぼ確定的です。」
05宇宙船の「客間」は本来がらんとしていて殺風景な空間のはずだが、EIMのメンバー達がぎゅうぎゅうに詰め込まれて搭乗している関係上、かなり息苦しい状態になっている。
満員電車に乗っているかのように肩を隣の人とぶつけあいながら、ステッキを手にしている宏子が聞き返した。
「え? 今触媒って言わなかった?」
「ええ。佐藤さん流の言い方をするなら「生贄」です。その協力が無いと魔力増幅装置は最大限の効果を発揮出来ませんから。」
宇宙船はガタ、ガタと床を揺らす。立ったままの宏子はよろけかけながら答えた。
「だから。私達は二度と人を生贄…触媒?に使う事はしないの。私達は人殺しじゃないんだから、そんな残酷な戦い方は出来ないの。」
ブズ、ブズズ。
「ですが、触媒無しでは、失礼ながらそちらの魔力を全員分足しても恐らくサクコブ4体の撃退は困難なのではないでしょうか。一人の犠牲を惜しむ事で、何百何千という犠牲を生む事にも繋がりかねません。」
「だからって、こっちから殺すなんて事は出来ません。大体その触媒って、若い女の子にやらせるものなんでしょ?」
「御存知でしょうが、地球人やクザラル人のようなヒューマノイド型生命体の場合、年齢の若い女性がもっとも潜在的魔力を有していますから。これは右脳…クザラル人の場合は後脳ですね、の活動は、若い女性がもっとも活発だからです。」
「活発なのは良かったけど、残酷でしょ。そんな、」
ガタッ。
「そんな、生贄に若い女の子を捧げるなんてさ。」
震動によろけて壁に手をつけながら宏子が言う。
「若い女性がいけないという事であれば、それ以外の性別、年齢でもある程度は構いません。40%程度まで効果は落ちますが、サクコブ4体には何とか対処出来るでしょう。」
「そういう問題じゃなくて! とにかく、今回はそういった「触媒」は絶対に使いませんから。そっちで勝手にその辺の子を拉致ったり、「説得」したりしないでよ。その場合は私達も05との同盟を再検討しますから。良い?」
「そこまで言われるのでしたら、私達も強制は出来ません。」
30a0は一秒の間もあけずに、あっさり引き下がった。少し眉を上げる宏子。
「ですがこれで防衛が失敗した場合、私達も地球の方々との同盟を再検討させて頂きたいと思いますが、よろしいですか?」
「どうぞご勝手に。」
揺れる船内で宏子は肩を上げた。
宏子が目を開くと、彼女は雲の間近に迫る空中に浮いていた。両手にグリップを握ったまま、宏子は右手首の腕端末のボタンを押す。
「プオがD、私がB・C担当で。通信はつなぎっぱで、随時担当変更可能で行くよ。」
「了解。」
100メートル近く向こうの空中に浮いているプオラギイックが、バーチャルディスプレイ上で頷く。
シュウウウウウウウウウン…!
「来た!」
<ヒア・エンティフ!>
ステッキを目の前にかざす宏子。瞬時に宏子の体の周囲に赤い光の球が出来る。
プシュウ、プシュプシュ、プシュウッ。
<え、何、3匹こっち集中攻撃?>
4体のサクコブ生命体はそれぞれが無関係なように円を描いて回遊している。しかしその内3体までは攻撃弾を絶え間なく一点に集中させていた。
やや焦った顔のプオラギイックがディスプレイ上で喋る。
「宏子、もう念じるのが癖になってるのは分かるが何か思ったら口に出してくれ。これだけ遠いと、こっちの通信機じゃないと「聞こえ」ない。」
「あ、うん、ごめん。ちょっと…どうしたら良いの、これ。次元移動する隙も無いじゃん。」
「隙も何も、次元移動は最初から妨害フィールド張ってるから出来ないんだよ。今はもう、向こうもいつ出来てもおかしくないからな。」
「あ、そうだった。…どうしよう?」
「…まず俺が自分についてる奴を何とかするから、それまで持ちこたえてくれ。」
多少呆れた声で言うプオラギイック。あはは、と頭をかきながら宏子が答える。
「…善処します。…でも早くしてね?」
「はいはい。」
プオラギイックは画面の宏子に頷くと、米粒のように建物が立ち並ぶ景色の上で、飛行のスピードを最大限に上げた。
「…」
耳をそばだて、目を細めながらプオラギイックは自分の近くのサクコブ生命体の周囲を飛行する。その生命体だけは、回遊しながらプオラギイックに絶え間なく攻撃弾を浴びせていた。
<一体だけとはなめられてるな…>
呟きながらプオラギイックは、回っている生命体の周囲をさらに衛星のように周回し、背後に来た所で一気にサクコブとの距離を詰めた。
コツ。
プオラギイックはそのまま、生命体の背部に飛び乗るかのように足をつける。プオラギイックに気付き羽をはためかせる生命体。
<まず一つ!>
プオラギイックは自分の持っていたステッキを生命体の背中に突き立てる。プオラギイックの体の周囲の光が消え、それと同時にステッキの先端から光が溢れた。
ブズズズズ、ブズズ、ブズ…。
<フィア・ディシュ!>
生命体の体を蹴るようにして離れ、プオラギイックはすぐに防御膜を張り直す。
シュウウウウウウウウウウウン…ボンッ。
プオラギイックの攻撃した生命体は青い光の球にのまれ、脚部のわずかな残骸を落下させて消滅した。
「お見事!」
画面の宏子にプオラギイックは目を向ける。表情はまだ笑っているが、少し額に汗が浮かんでいるようだ。
「おい、大丈夫か?」
プオラギイックは空中を移動しながら宏子と3体のサクコブ生命体の方に近づいていく。
「大丈夫じゃないから早く助けてよ。この増幅装置であんたのNKだったら後一匹はいけるでしょ?」
「いや…ちょっと、厳しいな。」
端末の表示するバーチャルディスプレイ上の別ウインドウを見ながら、プオラギイックが耳を揺らした。
「防御を考えるとかなり無理がある。悪いが。」
「防御しなくたって死なないんでしょ?」
「30a0の説明聞いただろ。確かに俺達は現実にここにいる訳じゃないから攻撃弾が破裂してもその部分が消えたりはしないが、感覚接続している以上そこが消えるという感覚は止められないんだ。命に別状は起きないが、普通、軽いショック症状でしばらくは意識を失ってしまう。つまり戦闘不能になるって事だ。」
「じゃあ…えっと…」
プオラギイックが宏子から10メートル近くまで接近する。3体の生命体は意に介さないかのように旋回しながら宏子の防御膜に攻撃を続けている。
「俺はもう攻撃は無理だ。出来る事は俺がおとりになってお前が攻撃。」
「…でも、私ももう大分疲れてるから2匹しか出来ないと思うんだよね。」
「そんな所だろうな。…良いタイミングを狙って、大き目の一撃で複数のサクコブを墜としてくれ。それで2発で3体だ。」
「…あんたも簡単に言うけど…」
顔の分かるところまでお互い近づいたニ人。宏子はため息をついてみせる。プオラギイックは首を振ってうながした。
<シミュレーションした事はあるだろ。しかしこいつら、本当に俺の事は無視だな。…宏子、降下しろ。>
<え? あ。>
自分の周囲に防御魔法の光の球を保ったまま、プオラギイックは宏子のいる場所に近づいてくる。彼はそのまま、数メートル下にさがった宏子の真上、つまり今まで宏子がいた場所に移動した。
<防御の解除は出来そうか?>
<動いて。影をマークするから。ここだとBの生命体がしつこいの。っていうか、静止してると複数同時は無理だし。>
<ああ、そうだな。でもまた魔力を使うんだなそれで。>
<しょうがないでしょ。>
プオラギイックは端末を操作して念じた。
<この青線のコースで行くぞ。3、2、1。>
プオラギイックと宏子は今までいた場所から浮遊して移動する。ニ人の周囲を包囲する円は崩れるが、攻撃弾はぴったりとくっついたままだ。
<どうだ?>
プオラギイックの背後に隠れるように飛行する宏子に、プオラギイックが背を向けたまま念じる。
<解除は…たまに出来るんだけど、照準が重ならないんだもん。>
<…俺ももうもたないぞ…>
自分の端末の表示に目をやるプオラギイック。彼の念に焦りのトーンが混じる。
<分かってる。どうにかして複数が近づく瞬間を見極めるから。>
<…>
ブズズ、ブズズズズ…。
生命体は未だに宏子だけを狙っているようだが、その射程上にプオラギイックがいるため、結果としてプオラギイックの防御膜に攻撃弾の雨が降るようになっている。飛び回るプオラギイックの背後をうろちょろしながら宏子は3体を絶え間なく見るが、彼等お互いの位置はなかなか近づかない。
ニ人にそれぞれの言葉で30a0の声が聞こえてきた。
「副代表はもうMKが10以下です。これ以上は防御が効きませんので、グリップから手を離してください。」
「いや無理だ。どうせ0まで行ったって気絶するだけなんだからチャンスを」
<プオ、今すぐ離して! 早く!>
<えっ?>
<早く!>
<…>
背後からの、ちょっと頭痛がするほどの強い念に、プオラギイックは宙に浮かんだ棒から思わず両手を離した。
ブーン…。
一瞬の画像のぶれと共にプオラギイックの姿が目の前から消える。それの直前に、宏子はグリップと一緒につかんでいるステッキを前へ突き出した。
<フィアディシュ!>
シュウウウウウウウウウウウウウン、ボンッ。
<っしゃっ!>
防御膜を再び光らせた宏子は目の前の光景にガッツポーズをとった。こちらでAとCと名づけた2体の生命体が同時に攻撃弾の破裂で体の大半を失い、残った部分を落下させていく。
「はぁ…」
<残るはこいつだけ…>
額の汗をぬぐいながら、宏子は自分の周りをしつこく周回しているBの生命体を見上げた。
「佐藤代表。」
どこからともなく聞こえてくる30a0の声に宏子は眉を上げる。
「何? 今、余裕無いんだけど。」
「その事ですが、本当に、触媒は使わないのですか? もう一度だけ確かめたいのですが。」
「は? 今そんな事議論する暇なんか無いよ。使わないってもう言ってるでしょ、あと一匹なんだから、静かに見ててよ。」
ステッキを持ちつつ、自分の周りを回っている生命体に目を向けたまま宏子が答える。
「今なら、まだ間に合うのですが。佐藤さんのMKでも充分生命体Bを攻撃可能になる計算なのですが。」
「しつこいな。まさか使ってないよねえ? プオ、ちゃんと見張っといてよ、スタッフが知らない間に一人いなくなってたりしないように。」
一瞬の間ののち、30a0の声が響く。
「あくまで使わないという事で、よろしいですね?」
「うるさいな、今、防御を解除する瞬間を見極めてるんだから…。」
攻撃をやめる気配を全く見せないBを見続けながら念じる宏子。
「それでは仕方がありません。佐藤代表、今すぐグリップから手を離してください。これ以上の攻撃は、佐藤さんに危険なだけで全く無意味です。」
「はあ? 危険な事なんか最初から分かって浮いてるって。」
「そうではありません。今すぐ手を離してください。もうMKが8を切っています。後40秒ほどで佐藤さんの残有魔力はゼロになり、佐藤さんはBの攻撃を直に受けながら墜落する事になります。いくら「生命に別状は無い」と言っても、推奨出来る行為ではありません。繰り返します、今すぐ手を離してください。」
「え…?」
宏子は息をのみ自分の端末のデータ表示を見た。
「で、でも…」
「御存知の通りこのMKでは何をしても生命体には勝てません。既に浮上と防御を同時にこなすのがかなり困難になってきているはずです。これ以上は、そこにいても無意味なのです。」
冷静な音声で30a0が告げる。
「で、でも、だって! まだ一匹いるんだから、止めないと!」
空中から聞こえる声が変わった。
「…宏子、とにかく手を離せ。対策はそれから考えよう。…嫌なら今から強制的に離させるぞ。」
「プ、プオ…」
荒い呼吸で宏子は、空を悠然と飛ぶサクコブ生命体を見上げた。
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