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オフィスビルの通路の奥から、一瞬光が漏れた。
「UOTR」とロゴの入った防弾ジャケットを着込んだ地球人が、チベット辺りの民族衣装のような服のクザラル人と何か話し合っている。
ビイイン、ビイイインッ。
「Whoah!」
「Ooeee!」
背後からの照射線でニ人が倒れる。後ろから走ってきた人間は、黒づくめの戦闘服とフルフェイスヘルメットを被っている。戦闘員はそのまま通路の向こうへ走っていく。

「でも大家はそもそも何も飼ってないって言い張るから、一回部屋の中を…」
「お、おい。」
通路の角からやってきたニ人の地球人UOTR職員が、倒れているニ人に気付いた。ニ人はそばに駆け寄る。
「おい、どうした? こんなとこで寝ちゃ…」
クザラル人の上に覆い被さるようにうつぶせになっていた地球人を、職員達は揺さぶり、体を起こす。
「はっ…」
倒れているニ人は既に絶命していた。

職員はもう一人に英語で声を上げる。
「お、おい! 非常警報、侵入者だ!」
「了解!」
もう一人の方は頷き、腕端末のスイッチを押す。それから彼は立ち上がり、通路の向こう側を眺めた。
「おいジェフ、エレベーターが怪しくないか?」
「…」
職員達は少し先にあるエレベーターの階数表示に目を向ける。41、42、43…と7セグメントの赤い光はノンストップでその数字を変えていた。

チン…。
エレベーターの扉が開く。UOTRの地球人達が照射機を構え中に入る。
「え…?」
エレベーターに人影は無い。
「しまった、瞬間移動か!」
「…そうとは限らない。」
「えっ」
見上げる地球人達。
「がっ」
「ぐっ」
「うああっ」
頭上から足が降ってくる。エレベーター内の天井かその近くに隠れていたらしい戦闘員に蹴られ、地球人達はその場に重なり合うように倒れこんだ。
タッ。
エレベーターから降りた黒い服の戦闘員は周囲を見回す。
ビイイインッ。
「ぐあっ!」
通路の向こうからやってきた追っ手を即座に照射機で撃ち殺す戦闘員。そのまま通路を走っていく。

「はっ」
通路を走ってやってきた戦闘員は、前方の人影を見て足を止めた。
「そこまでだ、動くな!」
ステッキを構えた魔術師と思しきクザラル人女性が、エウグ語で言いながら近づいてくる。
「…」
黒い服の戦闘員は止まったまま動かない。
「下手な気は起こすな。両手を上げろ。」
「…」
「Raise your hands up, now!」
「…」
戦闘員は照射機を構えるでもなく、手も上げずにただ魔術師を見続けている。魔術師は苛立たしげに近づく。
<この辺りだと、瞬間移動なんかは使えないんでしょ。>
戦闘員がテレパシーを返してくる。魔術師は軽くまばたきをした。
<…クザラル人女性なのか?>
<酷いなあ。いくら緩めの服だからってそれ位分かるでしょ? 私これでも、昔は模範魔法少女として勲章貰ってるんだからね。>
ヘルメットで顔は見えないが、やや自慢気に黒い服の女性は肩を上げてみせた。
<…フンッ。>
鼻で答える魔術師。彼女は後ろからやってきた別のクザラル人魔術師と目配せし、ステッキを構えつつ、同時に黒い服の女に歩み寄る。
<お前の言う通りだ、妨害魔法が働いているのでこのフロアで瞬間移動は出来ない。お前はもう数十人に包囲されている。早く、両手を上げろ。>
<両手なんか上げたって、魔術を使おうと思えば出来る人は出来ると思うけど?>
<その時のために私がいる。>
<ふーん。あんた、結構自信家なんだね。出身はラザンチェ辺りかな?>
<減らず口を叩くな。言う事が聞けないようなら今すぐ消えてもらうぞ。>
魔術師はステッキを向けてみせる。
<おお、怖い。最近の魔法少女って言うのは本当に良き関係性の大切さを分かっていらっしゃるのかしら。>
全く怖く無さそうな雰囲気で念じるクザラル人。
<…手を上げろ。>
<ああ、はいはい。仰せの通り。>
魔術師はすぐそばにまで近づき、女性の数センチ先までステッキを近づける。女性はようやく諦めたかのように、両手を軽く上げてみせた。
<…>
不愉快そうに息をつきながら、魔術師は近くのUOTR職員達に彼女に近づくように目配せで指示する。
「あ、あの…」
UOTRの地球人職員は一瞬まばたきをし、恐る恐る魔術師の方を見る。
「どうした。…えっ?」
魔術師が前を向き直ると、黒い服の女性はいなかった。
「…」
「班師!」
近くの職員が叫ぶ。声の方向に魔術師は振り向く。
「…なっ!」
彼女達を通りすぎた通路のずっと先を黒い服の女性は走り、その姿を角の向こうへと消していった。
「瞬間移動は使えないはずなのに…っ、系魔法か! クソッ!」
魔術師は耳をぴん、と揺らした。
「全員追え! あの先で騒がれたら大変だぞ!」


「はいはい。ソドゥでしょ。律儀なのは分かってるからさっさと入りなさいよ。」
机の上のバーチャルディスプレイを前に頬杖をつきながら、ジュチャが喋った。部屋のドアが開く。
「ねえ、これ見た? この報告。トゥンジュの言ってる事ってさ、要は地球も我が軍に組み込みたいって事でしょ。そりゃ、向こうの世論だって分からないではないけど、ただでさえ微妙なこの時期にもうちょっとあの人も言葉を選んでほしかったわよね。結局何が私達にとって得なのか…違うと思うのよ。短期的な戦果や利益を対地球友好に期待するって言うのは。そうじゃなくて、宇宙で見つけたはじめての同朋…ラルじゃないにしてもよ、とどう付き合っていくかって事なのに。私は、一応トゥンジュを支持しているつもりだけどさ。でもこういう事言われると、またサクコブに毒された地球人達に揚げ足を取られそうな感じがいかにもしちゃって。ねえどう思う、ソドゥ?」
ジュチャは顔を上げ、そこで息をのんだ。
「…あ、なた、誰?」
<そう警戒しないでよ。>
ジュチャの部屋に入ってきていた黒い服の女性が、自分のヘルメット下部のスイッチを押す。シールドが上がり戦闘員の顔が現れた。ジュチャと同じ、茶色い肌のクザラル人だ。
「お久しぶり。」
自然なエウグ語で女性は微笑んだ。
「…」
ジュチャはわずかに耳を引きつかせるように揺らす。
「その調子だと誰かは分かってるみたいね。…それにしてもあんたも、出世してるよねえ。今は何、クザラル魔法協会の地球関係課師補佐だったっけ?」
「そんな偉くないわよ。ただのヒラ議員。役職名はここ1年変わってないわ。要は、体の良いマネージャー。」
ため息混じりに答えるジュチャ。馴れ馴れしい様子で女性は肩をすくめてみせる。
「それだって凄いじゃない。さすが、ブラフ・ブチェのユホツ教授が惚れ込んだだけの事はあるなあ、って。」
「学年主席のあなたにそういう事を言われても、嫌味にしか聞こえないわよ。」
「何言ってんの。教授はいつだって、あんたの方を誉めてたでしょうが。私はソツが無いけど熱意も無い。でもあんたの魔法老人福祉の研究は、教授もベタ誉めしてた。」
「…ふうん。あなたもつくづく上手くなったものね、シユマ。」
「上手いって、何が?」
戦闘服のシユマが尋ねる。冷めた視線で未だに椅子に座っているジュチャが答える。
「冷笑的で傲慢で、それでいて表面上は友好的な物言いよ。私達エウグ人には必須の社交性でしょ。」
「ああ。」
笑うシユマ。
「誉めてくれてありがと。これでも苦労してあなた達に合わせてるもんで。」
「「自分」はエウグ人じゃないとでも?」
「何の話? もちろん私はエウグ人だよ、そうだね、敢えて言うなら、人の心を忘れていないエウグ人、ってとこかな。」
「へえ…面白いわね、あなたの口からそんな言葉が聞けるなんて。虫の心の間違いじゃないの?」
ジュチャはディスプレイの緊急メッセージの表示に目をやりつつ言う。
「可愛い顔しちゃって、ここに来るまでにあなた、うちの職員を何人殺したと思ってるのよ。」
「それは申し訳無いけど。私も、色々恩返ししなきゃいけない義理ってものがあってね。それにこうでもしなきゃ、あんたとこうやって話も出来ないし。」
シユマは自分の胸のあたりに手をあてながら微笑んでみせる。ジュチャは眉を上げた。
「で。今日は何の用? モニクだったら諦めた方が良いわよ。警備が凄いから、いくらあなたでもそう簡単には会えないと思うけど。」
「別に。ここに来たのは本当に、あんたの顔が見たかっただけよ。」
「…」
「信用出来ないって? ま、そう思うのも無理はないだろうけど。でも、どうせあんただって防御魔法ずっとかけてるんだから、お互い何が出来る訳でもないんだし?」
肩を上げつつ、シユマは再び自分のヘルメットのスイッチを押した。シャッターのような開閉音と共に、瞬時にヘルメットのシールドが降りる。
「そろそろあんたの忠実な部下が来てるみたいだからおいとまするわ。ま、せいぜい良い関係性をね。」
「…ええ、あなたもね。」
警戒した顔のまま答えるジュチャ。シユマは肩を上げてみせると、ジュチャの部屋を横切り、入ってきたドアと別のドアから小走りに出て行った。

「…」
無言でため息をつきながら、ジュチャは視線だけをシユマの消えたドアへと向ける。慌しい足音が、そちらではない方のドアから聞こえてきた。
「御無事でしたか。」
駆けつけてきた茶色い肌のクザラル人男性に、ジュチャは無言で頷いてみせる。
「良かった。侵入者はどちらへ?」
「…」
人差し指で軽く向こうのドアをさすジュチャ。男は頷く。
「ソドゥ部師補!」
「侵入者は、そちらです。まだこのフロアにいるのでしょう、逃がさないようにしてください。」
男は、自分の後ろから入ってきたUOTR職員達に言う。頷き、シユマの消えたドアの方へ走っていく職員達。
「頑張るのは良い事だけど…捕まえられるかしらね、アレのずる賢さは半端じゃないから。」
呟くジュチャに男は眉を上げた。
「侵入者の事を、御存知なんですか?」
「ええソドゥ。結構昔の知り合い。あんなでもね。」
やや焦点のずれたような目で壁を見てから、ふとジュチャはソドゥに視線を戻した。
「…ん、何?」
ソドゥは無表情に、ジュチャをじっと見下ろしている。
「侵入者の事も非常に重要なのですが、今それと同じかそれ以上に重要な用件があります、観察議員。」
「何よ、改まっちゃって。」
「ロブン魔術師。」
ソドゥは振り返り、ドアに立っているクザラル人魔術師に声をかける。一礼してから部屋に入ってくる魔術師。
「何、どうしたの?」
ジュチャは不思議そうにソドゥとロブンを見る。ソドゥはロブンに頷く。
「ん? …くうううっ」
ロブンはおもむろに手を上げると、ジュチャに向け光の球を発射した。


魔法少女佐藤

第20話「魔法少女の秘密の日記」


6月16日 月曜日

今日はスウェーデンと台湾、それからアメリカから2つで、合わせて4件のテレビ取材。雑誌のインタビューは何誌だったかの合同で、足りない部分はゴーストライターさんが書くとの事だった。こういった仕事も大事なのは分かっているが、正直つまらない。その合間合間に小英ちゃんと愚痴りあう。
どうも、小英ちゃんはモンスターの洗脳がまだ抜けていないらしく、魔法協会に色々と疑問の残っているような口ぶりだった。まあ、ジュチャちゃんやソドゥさんとゆっくり話す機会があれば、彼女の気持ちもまた変わっていくのだろう。ひーこちゃん達とも話す機会が出来れば、なお良いのだが。
…正直、彼女達が心配だ。HYI…いや、UOTR、も最大限の敬意を持って接するよう努力をしているとはいえ、常に挑発しているのが向こうなのだから(仮にそれがモンスターの洗脳にのせられたものだとしても、だ)、こちらにとれる態度にも限りがある。…だけど、というか、だからこそ、彼女達が心配だ。今日はかなり元気な様子だったが、この間久しぶりに小英ちゃんに会った時は、彼女のやつれぶりに驚かされた。他の魔法少女達が元気だったら良いのだが。
ライブラリーの中より、今日は「最遊記」の5話を見た。八百鼡が可愛い。


6月17日 火曜日

今日のジュチャちゃんはおかしかった。

色々、考えがまとまらない。詳しい事は明日書こう。


6月18日 水曜日

しばらく日記は書けそうにない。


6月21日 土曜日

日にちがあいてしまった。今日はもう疲れたので寝てしまおう。書くのは明日からで良い。


6月22日 日曜日

私とした事が、6日間もまともに日記を書かなかった事になる。更に言うと、6日間もまともにアニメも見ていなかったりする。我ながらこれは、天変地異の前触れとしか考えられない。
真面目な話、ここ数日の事は、私の人生の中でも一つの転機と言って良いだろうし、色々後から考えたい事もあるので、詳しく、可能な限り詳しく、日記に書き記しておこうと思う。時間も無いので完全にとはいかないが、昨日もらったこの端末を使えば、録音機能と音声認識入力でかなりの省力化は可能だ。
話は、今週の火曜日にさかのぼる。

いつものように私は仕事を終え、…正確には夜のインタビューがまだ一本あったけど、まあ、一息ついて、自分の夕食をとるために部屋に戻った。
そこで私は、自分の部屋にジュチャちゃんがいるのを見て首をかしげた。
<あれ? ジュチャちゃんどうしたの?>
私はテレパシーで尋ねる。ジュチャちゃんがこちらを向く。
思えば、あの時既にジュチャちゃんの表情はいつもとどこか違っていた。
<うん、新しい部屋にももう慣れたかな、と思って。>
<ジュチャちゃんは?>
<どうかな。部屋は良いけど仕事がね。…もちろん、クザラル星にいるよりは楽しいんだけど…。>
私はふと気付き、日本風に両手を顔の前で合わせた。
<あ…ごめん、ジュチャちゃん、私今お腹すいてて。この後一個インタビューもあるし…>
<分かってる分かってる。邪魔するつもりはないわ。>
ジュチャちゃんは頷くと立ち上がり、部屋を出て行く。
<ただ一つだけ、>
彼女は急に振り返ると、私に向けて魔法の光を浴びせた。
「ひゃっ!」
殆ど無意識に私は防御魔法を張るが、遅い。ジュチャちゃんの放った水色の光の球が私の頭部を直撃する。まるでハッカを大量に食べたような、独特なしびれ感に私はその場でへたりこんだ。
<な、何をしたのっ!>
<大丈夫よ。むしろ今までより頭が軽くなったでしょう?>
<は?>
何とか意識…が大袈裟なら視界、を取り戻した私はジュチャちゃんに目を向ける。
<モニク、あなたは今まで、魔法協会から何度も洗脳を受けているの。>
<は? ジュチャちゃん大丈夫?>
<本人はもちろん気付いてないけどね。洗脳って言っても、あなたの場合は既に心は出来上がってる成熟した魔法少女だから、かなり高度なものよ。一般の系の魔法の、より定着性に重きを置いたものだと思ってもらって構わないわ。>
<…>
この時私は、ジュチャちゃんが急に訳の分からない事を言い出した、以外に感想がなかった。
<はあ…>
<私は今それを解いてあげただけだから。この後あなたが何を考え何をするかは、あなたの自由よ。>
<…別に、今までだって、好きにやってきてるんだけど…>
<まあ、まずはゆっくり食事をとって。それから考えれば良いわ。>
ジュチャちゃんは微笑むと、私の部屋から立ち去って行ってしまった。
<…>
何だかなあ、と私は首を傾げつつ、テーブルにのっていたシチューに手をつけだした。


翌日、つまり水曜日、私は前日からの鬱屈とした気分を引きずっていた。今まで、自分の中での正義やなすべき事が迷いなく決まっていたのが、急に昨夜、ジュチャちゃんの魔法の光を浴びてから、訳が分からなくなってしまったのだ。
私はこれまで、地球人が手を取り合うべきなのはクザラル人であると固く信じてきた。だって、他の星でどういういきさつがあったかは知らないけど、少なくとも地球人にとって急に襲ってきた敵はモンスターで、彼等は今も地球を無作為に襲い続けている。そして、それを助けてくれたのは魔法協会だ。もちろん、魔法協会にだって組織としての問題はあるかもしれないし、クザラル人だって完璧じゃないっていう事は、この一年の付き合いで充分理解している。でも、普通に状況を見て、どちらが地球の味方で、どちらが敵か、と言えば、魔法協会が味方でモンスターが敵と考えるのが正常ではないだろうか。そう思っていた。
それが昨日から、物事がそう簡単には割り切れないようになった。心に迷いが出来たのだ。
私は魔法協会、今はUOTR、の一員として自分なりに頑張ってきた。でも、春日部にいた頃の仲間で今自分のそばにいるのは、ついこの間来たばかりの小英ちゃんだけだ。他の魔法少女の皆は、魔法協会に敵対するような組織を自分達で作りあげ、あげくにはモンスターの一派と同盟まで組んでみせた。それに愛想がつきたらしい小英ちゃんだって、2週間前までは彼女達と行動を共にしていたし、そもそも彼女は今も魔法協会の事はどうも内心、余り良くは思っていないようだ。つまり、魔法少女達の中で、唯一私だけが違う道を選んだという事になる。
私はずっとそれが、彼女達がモンスターの洗脳を受けてしまったからだ、と考えてきた。…いや、正直今もそうなんじゃないかと思っている。…思いたい、という方がより正確かもしれない。ともかく、私はそう思っていた。しかし、単純に客観的に捉えるなら、一人だけが洗脳にかかった、という方が他の四人がまとめて洗脳にかかるよりは容易な事なのではないだろうか。つまり洗脳にかかっているのは彼女達ではなくて、ここに留まる私の方だった、という可能性は無いのだろうか。…考えてみれば、私にはモンスターを憎む個人的理由がある。それは本当は、自分やあの男に向けての怒りを他に転嫁させているだけなのだが、理性で感情が100%制御出来るものでもない。つまり、私は、ことこの事に関しては洗脳を受け入れやすい素地があるのだ。実際にどうなのかは、正直分からない。けど、今までの私は、思えば余りに悩んでいなさすぎた感じがする。もしかしたら正常なのはふさぎこんでいた小英ちゃんの方で、私ではないのではないか。
午後二時頃、会議の合間に個室に戻った私はそんな事をずっと考えていた。ドアのチャイムが鳴っている事にふと気付き、私は声を上げた。
「どなたですか?」
<私だけど。>
ジュチャちゃんのテレパシーが聞こえる。
<えっと…>
私はカップと袋を隠す場所を見回す。
<おやつ食べてたって言いたいんでしょ。良いわよ、私だっていい加減それ位慣れてるわ。>
私の返事も待たず、ジュチャちゃんは自動ドアを開けた。
<あー、相変わらず間食好きね、あなたも。>
<…平気なの?>
ハーズのポテチ袋を置きながら私が聞いた。ジュチャちゃんは少し恥かしげに笑う。
<まあ…慣れたわ。でも星に戻った時に私まで人に見せるのが平気になっていそうなのが怖いけど。>
<別に、ちょっと待ってくれれば片付けたのに。>
<良いのよ。それよりモニク、調子はどう?>
<…>
ジュチャちゃんは椅子に腰掛けて私の目を見る。その言葉の意味が普段のものとは違うのは、ニ人ともよく分かっている事だった。
<…>
<…インタビューの時にその表情を見せなかったプロ根性は買うわよ。>
ジュチャちゃんはいかにもジュチャちゃん的な表現で、私の顔色の悪さを指摘した。
<本当に…まだ疑問なんだけど、本当にジュチャちゃん、私の洗脳を解いたの?>
<私に聞くより自分の心に聞いた方が早いんじゃない?>
<それは、確かに今までと私の気持ちが変わっているのは事実だけど…明らかに悪い方向に変わっちゃってる気がするんだけど。>
<そういうものでしょ。人間、現実を突きつけられれば誰でも気分が悪くなるわ。私も、少なくともその点はあなたに謝らなきゃね。急にこんな事しちゃって。>
<あ、ううん、ジュチャちゃんに文句がある、とか、疑ってるとか、そういうんじゃなくて。だけど…ただ…>
<…>
ジュチャちゃんは私を目で促す。
<…ただ、とにかく訳が分からなくて、今は。>
<…>
<大体、何でジュチャちゃんが洗脳を解くのかが分からないし。だって、仮に魔法協会が私を洗脳していたんだとすれば、ジュチャちゃんがそれを解いたらマズいでしょ。お給料減っちゃうよ?>
<まあ、バレればね。減俸ってレベルの問題じゃ多分無いと思うけど。>
ジュチャちゃんはどうでも良さげに肩を上げる。
<じゃあ、何で?>
<モニク。一応私にだって、良心位あるのよ。>
<でも…じゃあ、仮にジュチャちゃんが私が洗脳されているのを見てて良心の呵責に絶えられなくなったんだ、として、何で今ごろ? もっと早く洗脳から「助けて」くれればよかったのに。>
<それは…>
言葉に詰まり、ジュチャちゃんは目をそらした。
<…それは…昨日、私は初めて良心の呵責にさいなまれたから…それは、今までも少しは、心の何処かで疑問に思ってはいたけど、正直それは、表立って意識する事も無かった。私は…ごめん。私、昨日まで良心なんか無かったのよ…これっぽっちも…>
<…>
ジュチャちゃんが目をそらしたのは、答えに詰まったから、なんかじゃなかった。
彼女は唇を噛み、目に滲む涙を必死にこらえていた。
<あ…あ、その、別に、その、気にしなくて良い、っていうか…その、ジュチャちゃんにはジュチャちゃんの仕事があるっていうのは私だって良く分かってる事な訳だし>
ああ、駄目だ、こんな事言ってたら、絶対。
<違う! 私も加担してたのよ、あなたのような素直な子を利用しようという陰謀に、今まで、ずっと…>
…ほら、やっぱり逆効果だった。
<と、とにかくジュチャちゃん、私が言うのもなんだけど、落ち着いて。…ほら、今、混乱して困ってるのは私なんだから。ここでジュチャちゃんが頼りになってくれなかったら本当に私恨んじゃうよ?>
私は必死に明るい調子でジュチャちゃんをなだめすかす。ちなみに彼女の涙なんて見るのは、私は付き合いだしてからこれが初めてだ。
<ああ…そうね。本当にごめんなさい、みっともないところ見せちゃって。>
<それはお互い様。>
私はポテトの缶を振ってみせる。ようやく彼女は、クスリと笑ってくれた。
<…それじゃ、今は色々混乱している、って事ね。あなたは。>
涙をぬぐってからジュチャちゃんが努めて冷静、な顔で聞いた。
<う、うん…>
私は小さく呟く。
<今は、何を信じて良いのか…>
<…>
ジュチャちゃんは軽く頷く。
<分かったわ…あなたは病気よ。ええと…風邪熱病、って言ったわよね。地球人がよくかかるのは。>
<「風邪」だと思うけど…>
<ああ、それ、それ。>
<でも、私別に風邪じゃないけど…>
<いいえ、モニク顧問、自覚は無くてもあなたは風邪です。これから数日、ゆっくり自室で休養なさってください。何ならHYIから公式要請を出しましょうか?>
<…ジュチャちゃん…>
<ほんとにゆっくり休んだ方が良いのよ、あなたは。>
ジュチャちゃんは微笑んでみせた。
<…>
<…乗り気じゃない?>
<あ、う、ううん。>
私は慌てて首を振る。
<そうじゃなくて…ありがとう。ただ、…あのね、ジュチャちゃん。>
<何?>
<その…>
私はもう一度自分の気持ちを確認してから、それを口に出した。
<本当に我侭な話であれなんだけど…もし数日休めるなら、私、話がしたい。別れた、他の魔法少女の皆に。>
<…>
ジュチャちゃんはぽかんとした顔でこちらを見ている。…確かにちょっと突拍子も無い話だったかもしれない。
<つまり、…私だけじゃ、分からないの、何が本当なのか。だから…>
<気持ちは分かるけど…彼女達は今、そう簡単に連絡がとれないし…>
<…だから、数日あるんだったら、探せるでしょ? 皆が今、どこにいるのか…そう、そもそも皆が心配だし。>
って、我ながら都合の良い話だ。何で今頃急に心配になったんだろう。
それこそ、昨日までの私には良心がかけらもなかった、みたいな…。
<そう言うけど…二日三日で見つかるような子達じゃないし…>
腕を組むジュチャちゃんは、ため息をついた。
<…十日ね。それ以上はどうやっても誤魔化せないわ。それだけあれば何とかなる?>
<え…本当に、良いの?>
<言わなかったっけ? 私も、良心位あるのよ。>
ジュチャちゃんは、少し照れくさそうに微笑んだ。


木曜日の早朝。私は、ジュチャちゃんからの通信で起こされた。
彼女の言葉によると、前日の夜にさっそくジュチャちゃんはあの手この手でひーこちゃん達の捜索を開始していたらしい。UOTRやHYIのデータを見るのはもちろん、色々なツテにもあたったようだ。
今日に始まった事ではないが、これでまた彼女への借りが増えた訳だ。
ジュチャちゃんは殆ど有効な情報は得られなかったのだが、クザラルのデータネットでHNK(民族独立運動に見せかけたモンスターの傀儡組織…と魔法協会に呼ばれているところの、例のあの組織だ)へ接触を試みたそうで、そこで、彼等から会うべき場所を指定されたらしい。
当然、私はそこへ行く事にした。これ以上の危険をジュチャちゃんに肩代わりしてもらう訳にはいかない。元々彼女達を探したい、というのは私が勝手に言い出した我侭なんだし。
<一応観察議員として言っておくけど、あなたが無用な危険を冒すのを認める訳にはいかないわ。まだ情報はあるかもしれないから、あなたは、しばらくここに留まっていて。>
<…観察議員に魔術最高顧問への命令権は無かったよね。>
<でも、あなたは私の言う事をちゃんと聞いて、ここにじっとしていた。そうよね。…そう記録して、良いわよね。>
<…それはまあ、記録をするのは、ジュチャちゃんの仕事だから。私からは何とも。>
<…モニク。気をつけるのよ。>
…なんてお約束な会話を一通り交わして、私達は瞬間移動のための反響装置がある部屋へと、こっそり歩いていった。


<それでその後は、ペルーでHNKの人達と会って。一瞬、攻撃弾の撃ちあいになるかと思ったけど、私がイハッジャを投げ捨てたら、皆も攻撃態勢を解いてくれたの。…あそこで解いてくれなかったら、今頃私は死んでたと思うけどね。>
<お前は元々防御魔法は一番上手い奴だったけどな。>
<…うるさいなあ。それをバラさなければ綺麗にきまる話じゃない!>
飛んで土曜日、私は で話をしていた。
そこは が綺麗な場所だった。多分それは にも似ている。
私はそこのテラスで、久しぶりに出会った懐かしい顔ぶれと話していた。
そこでは、驚くべきニュースが3つほどあった。…いや、正確にはもっとたくさんあるのだが、その中で私がまず最初に驚いたのは、その3つだった。
まず一つ目は、とても嬉しいニュースだった。正直言ってもう二度と会える事は無いだろう、と思っていた美耶ちゃんが、何とプオちゃん達と一緒に生活をしていたのだ。(この場合の「生活」というのは、私とジュチャちゃんとかが一緒に「生活」している、というのと同じ意味で、それ以上の深い意味は別に無いので念のため。)美耶ちゃんは小英ちゃん同様どこかやつれた…と言うより、もっとはっきり言ってしまうと若干フケたように見えたが、少なくとも私と同じ位には元気で、「敵地」にのこのことやって来た私を、笑顔で歓迎してくれた。
<でも、まさか本当に作戦がうまくいくなんて思ってなかったです。…正直言って、シユマさんも無事に帰ってくるなんて思ってなかったし…>
<…あはは、でもハラと足首に穴開けられたのって無事って言うのかな?>
病人服(要は、地球人の物と大差無い寝巻きの格好)のシユマさんが、苦笑いを美耶ちゃんに返す。

このシユマ・ホス・フドゥカトゥンという人は、HNKのメンバーとしてひーこちゃんやプオちゃん達とずっと協力し合ってきた人だ。確かに春日部でも、誰かがこの人の名前をあげた事があった気がする。
それにしても、何故茶色いエウグ人の彼女がコココ民族解放運動に参加しているのかは謎ではあるのだが。…よっぽど義侠心の強い人なのだろうか。
それも確かに気になるのだが、私は差し当たりもっと気になっている疑問を彼女に向けた。
<作戦って…HNKの皆さんは…最初から、私が来るって分かってた、って事ですか?>
シユマさんは私の念に嬉しそうに頷いた。
<賭けだったけどね。まあ一応、見事に成功って言えるかな。こうやってモニクと一緒になれたんだから。>
<そ、そうなんですか…?>
<俺は別に、一緒になるようなつもりはないけどな。まあ、別に会うのも嫌だったとまでは言わないが。>
あさっての方を向いてプオちゃんが念じる。一秒を待たず、場の雰囲気は寒々しいものに変わる。
ここに来てからの彼の態度で、プオちゃんは私に良い印象を持っていない、というのはよく分かった。…まあ、彼の心情も理解は出来るし(理屈の上では)、私がそれに抗議出来るような筋合いも無いだろう。
私は申し訳無さそうな顔を一瞬作ってから、シユマさんに顔を向けた。
<…でも、どうして? 私がここに来たのは、ジュチャちゃん…あ、ジュチャ・ホス・トゥカナシュと言って、HYIの>
<知ってるわ。地球のテレビでも嫌というほど顔出してる。>
<…そうですね。そのジュチャさんが、私にかかっている洗脳を解いて、…あ、彼女が言うには、私はHYIに洗脳をかけられていたんだそうです。それを解かれて…それで、私、今まで、…何で、他の魔法少女達と別れちゃったんだろうって、急に凄く、不思議になって。>
美耶ちゃんが微笑む。
<それで、私達に会いに来てくれたんだ。>
<うん…まあ。>
私は美耶ちゃんに曖昧に答える。シユマさんは私に軽く頷いた。
<あなたが洗脳にかかっていたっていうのは本当。って言っても、こっちが握っているのはいくつかの内部文書だけで、かかっていた時のあなたの脳のスキャンとかまで手に入れている訳じゃないから、状況証拠以上の物は見せられないけどね。ただ、念のために言っておくと、ジュチャがあなたの洗脳を解いたのは、私が系の魔法をかけたからだよ。>
<…は?>
<だから、ジュチャがあなたの洗脳を解いたのは、別に彼女の意思じゃないの。いや、彼女の意思なんだけど、その意思は私が系の魔法…要は、洗脳した訳。洗脳のプログラムにのっとって彼女は行動しただけなのよ。じゃなかったらアレがあなたの洗脳なんか、解く訳ないでしょ?>
シユマさんが余りに何でもない事のように軽く言い放つので、私は自分の耳…頭か、を疑った。
<そんな、本当ですか? …冗談でしょう?>
<冗談だったら、ここにあなたが来るなんて予測出来ないよ。…あ、って言っても私が実際に洗脳したのは彼女の補佐官だったんだけど。つまりね、本当なら、私が直接モニク、あなたに会って洗脳を解くのが一番確実で早いんだけど、それをやるには周囲の警備が厳重過ぎてて難しいって事は分かってた訳。で、あなたに一番近い人間はジュチャなんだけど、彼女に警告無しで洗脳をかける事ですらちょっと難しい。だから、ジュチャに一番近い人間…あなた以外で、を選んで、彼に「ジュチャに洗脳をかける」ように洗脳したのよ。その洗脳に乗っ取って彼がジュチャを洗脳して、ジュチャはそれに乗っ取ってあなたの洗脳を解いた訳。これで分かった?>
シユマさんはゲームのルールでも説明するかのように楽しく言っているが、それってそんな楽しい内容の話なんだろうか。私は疑問だった。大体…
<それって、つまり、私の洗脳を解くために他の人を洗脳したって事ですよね。例えて言うなら、飢えたオオカミが村人を食べるのを防ぐ為に、他の村人を差し出してる、みたいな…>
いや、その例えは微妙に違う。私はもう食べられた後で、それを戻そうとしてるんであって…
<うーん、その例えは微妙に違うかな。>
シユマさんは首を横に傾げた。
<他の村人っていうよりは、せいぜいその辺の雑草位の犠牲だと思うんだけど。だって、ジュチャやその側近の「洗脳」っていうのは本当にその1プログラム以外にはしてないし、それだって効果は数日で消え去るものだからね。あなたにかけられたものみたいに正常な判断力を総合的に失わせ、恒常的にその効果を保たせようとするタイプの本当の洗脳とは全然別物なんだよ。>
<それは…そうかもしれませんけど、でも雑草位の犠牲だとしても、やっぱりそれは…暴力には違いないと、思うんですけど。>
<そうだね。>
シユマさんは結構懐が広い。私のぶしつけな言い方にもそれほど気分を害した様子でもなく、ただ軽く肩を上げた。
<でも、そうでもしなきゃモニクとも話せなかったでしょ?>
<それは…そうですけど、>
別にシユマさんを試すつもりではないのだが…どっちかと言うと、彼女に甘えたかったのだろう。私のテレパシーは止まらない。
<人を簡単に洗脳にかけるような人に、「あなたは洗脳にかかっていたからそれを解かせてあげたよ」って言われても、それをどこまで信じて良いのか…>
<ああ、まあねえ。それは私も突っ込まれるとは思った。>
シユマさんは笑って頷きながら耳をかいた。
<ま、こっちの医者にモニクを診断してもらって、「今のあなたは洗脳にかかっていませんよ」とか言わせるのは簡単だけどさ、それだって結局信じる信じないはモニク次第だからねえ。>
<しかし、さっきから聞いてれば、自分達はさも何の暴力も振るっていないような口ぶりだな。>
不機嫌なプオちゃんが向こうを向きながら念じる。自分の感情を念じる事で、更に再確認するように不機嫌さが増しているようだ。…その辺り、地球人もクザラル人も大差無い。
<まあ、お前はずっと事務所でじっとしていただけだから何も知らないのかもしれないが…魔法協会のお陰で何人の地球人が死んでるか…クザラル人もだけどな、少しは自覚してるのか?>
<プオさん…>
美耶ちゃんが厳しい顔をプオちゃんに向ける。昔から大人びた所「も」ある子だったけど、そういった部分がより目につくようになっている気がする。
<モニクちゃんにいきなりそんな言い方したって仕方が無いでしょう。それこそ洗脳されていたんだったら。それに、わざわざここまで来てくれたんだし…>
<大体、HNKや旧EIMだって色々取り繕ったって、要は暴力組織だしねえ。そんなに魔法協会と差はないと思うけど?>
<…>
美耶ちゃんとシユマさん両方に素っ気無く言われて、プオちゃんは居心地悪そうに目をそらした。
<旧じゃなくて、現EIMだ。…まあ、洗脳されていたんだから、その間の事で彼女を責めても筋違いなのは認めるけどな。…それにしたって、洗脳を許した彼女の心に問題が無かったとはいえないし、結果としてこんな状態になってしまったんだ。>
<…>
今度は美耶ちゃんとシユマさんが困った顔になった。
<モニク、今この周りを見れば分かるだろ。まだここで生き残ってる奴等は皆疲れ果てて、未来も希望も無い。そして、もうここに魔法少女は誰もいなくなってしまった。最後にここに唯一いる魔法少女が、敵方についたお前だっていうのは、随分よく出来た皮肉だよな。>
プオちゃんは、私にとっての驚くべきニュース、の2つ目と3つ目をまとめた形でコメントした。
ニュースの一つは、リジュワナちゃんが意識不明で寝込んでいる、という事だった。寝込んでいる、といったら普通、数日以内に目覚める事が分かっているような時に使う言葉だと思う。しかし彼女は、既に1年に近い期間「寝込んで」いる。私達が別れてからちょっとして、すぐに「寝込んで」しまったのだ。
つまり、皆、彼女が植物人間だという事実を認めたがっていない、という事だった。はっきり言ってしまえば、肉体はまだここで生かされてはいるが、彼女は事実上死んでしまったのだ。
しかし、リジュワナちゃんが「寝込んだ」その理由については、何故か皆、一様に口を閉ざした。どうやら何か聞かれたくない事が彼等の中でもあるらしい。
ニュースのもう一つは、ひーこちゃんとアリーザちゃんは、今はここにはいない、という事だった。彼女達は一応健在だが、ここ…私がプオちゃん達と会った場所、とは別の場所にいるらしい。魔法協会・UOTRが「地球を支配」(プオちゃん談)するようになってからというもの、彼等は皆分散して地球各地に潜伏しているようだった。しかしプオちゃん達は、自分達のいる が今の彼等の本拠地である、みたいな事も言っていた気がする。…とすると、ひーこちゃんもアリーザちゃんも本拠地にいないというのは、これも自然な状態には思えないのだが。
<その話なんだけど…何でここにいないの、ひーこちゃんとアリーザちゃんは?>
特にひーこちゃんは魔力も強く、人柄も好かれていて、名実共に彼等のリーダーになっていると聞いていた。その彼女がここにいないというのは、ちょっとおかしい気がする。
<それは……俺…力…>
何かをプオちゃんが念じたが、ちょっと微弱すぎて私はよく聞こえなかった。
<え、何?>
プオちゃんは頭を上に向けた。
<何でもない。…少し事情があって、彼女達は今、別の場所にいる。その方がお互い目立たなくて安全だしな。>
<そう…>
<とにかく。結果として、今の地球はHYI、クザラル魔法協会の植民地になってしまった。しかも「民主的」にな。彼等は一番巧妙なやり方で地球を征服したんだ。そしてこいつはまだ、現在進行形でそのシンボルなんだぞ。>
私にちら、と目を向けながらプオちゃんは念じた。
<今はまだね。でもこうやってここに来てくれたんだよ。洗脳も解けたんだし、今後は私達の「シンボル」になってくれるかも。>
楽天的なシユマさんがプオちゃんに言う。
私は彼女に口を挟むように言った。
<あの、その話なんですけど…私、今、何が正しくて何が間違ってたのか、良く分からなくなってるんです。>
<洗脳が解けた直後だもんねえ。>
<ええ。でも、失礼な言い方ですけど、今の私の方が、実は洗脳を受けているのかもしれないし…>
<それも凄く自然な考え方なんじゃないの?>
シユマさんが頷く。
<だから、私、他の魔法少女達…ひーこちゃんや、アリーザちゃんやリジュワナちゃんと話がしたかったんです。…まあ、もしかしたら実際に洗脳を受けているのは彼女達の方なのかもしれないし、それに、いずれにしたって話をしたところで何も分からないかもしれない。…でもそれでも、一度会ってみたかったんです。>
<…>
シユマさん達は、気まずそうにお互いを見合わせた。
<…まあ、それが出来なかったのは残念だろうけど、しばらくはここにいなよ。別に強制はしないからさ、それでどうしても納得出来なくて、魔法協会…じゃなかった、UOTRに戻る、って言うんならまあ仕方が無いし。…って、あれ? それはEIM部外者の私が言う事じゃないか。>
シユマさんは間接的に、「彼女達には会うな」という内容のテレパシーを念じた。
<あはは、シユマさんはもう立派にEIMの一員ですよ。命を張ってモニクちゃんを洗脳から救ってくれたんだし。名誉代表でも、名誉大統領でも良いですよ。>
美耶ちゃんが笑う。美耶ちゃんはこっちを向いた。
<モニクちゃん、本当、しばらくここに…っていうか、ずっとここにいなよ。ここだったら少なくとも毎日仕事に追われたりとかはしないし。…逆にする事が余り無くて、退屈かもしれないけどね。ほら、代表代行、歓迎の挨拶は?>
美耶ちゃんはプオちゃんを肘でつついた。
<…>
プオちゃんは立ち上がる。彼はあくまでも「非歓迎」の表情を崩していない。
<もう少し早くに来てくれてれば、地球の運命も変わっていたかもしれないのにな。>
プオちゃんはそう言うと一人、その場を立ち去る。
<プオちゃん! あ、モニクちゃん気にしないで。ちょっと今日はプオちゃん、虫の居所が悪いみたいで…。>
困り顔で笑ってみせる美耶ちゃん。私とシユマさんは、殆ど同時にため息をついた。
それは恐らくニ人とも、元々一般人のはずなのに何故かこの場を仕切らされている美耶ちゃんへの、同情のため息だった。


6月23日 月曜日

昨日今日と私は で時間を浪費していた。 、つまり現EIM本部(OTRと統合してUOTRとなった所のEIM、は彼等に言わせると本当のEIMではないそうだ)の でずっと日がなすごしていたのだ。はっきり言って、ここの人達は今、何もしていないようだった。仕事といえばインターネット上の宣伝活動以外では、彼等と協力関係にあるHNKの補佐業務、同じく協力関係にあるモンスター…05と言って、彼等がサクコブと呼んでいるものとはまた別の種族だそうだ、の補佐業務程度らしい。しかしHNKが地球でやるような仕事というのもやっぱりそれほど無いし、05も事情は同じようだ。つまり、仕事が無い。だから、皆ただぼうっとしている。本当は魔法協会と戦いたいのだが、人々の支持も無く、地球の魔法少女もいない(HNKにはそれなりにいるのだが)、という状況では戦闘にも踏み切れないようだ。
私は の各施設を見て回った。施設として決して悪くはないが、使う人がいない。どうも、実際の戦闘力がどうというよりはここの人達の士気が圧倒的に低い。モラルが悪くなっているという事ではないが、ここでは誰も未来への希望を持っていないように、私の目には映った。

そして、ひーこちゃん達の場所をプオちゃんが教えてくれる事は結局無かった。何度か聞き出そうとしたが、彼の(昔の彼からは考えられない)冷たい態度は変わらない。

彼と言い合い、ちょっとキレた私は一人で の外( が で、少し綺麗だ)を歩いていた。
<ふう…>
我ながら大人気ない。自分がもともと、それほど大人だとも思っていないけど、それを差し引いてもさっきの言い方はちょっと自己嫌悪だ。私はそんなため息をつく。
足音が聞こえて、私は振り向いた。
<…あ、美耶ちゃん。>
<モニクちゃん、ここにいたんだ。>
何故か現EIMの事実上の代表になってしまっているらしい(幸い業務自体は有能そうな黒人の青年が仕切っていたが)美耶ちゃんがこちらに歩いてくる。
<…ふう。>
私はただ、ため息だけを漏らした。
<ごめんね、美耶ちゃん。嫌な思いさせちゃって。>
<良いよ…プオちゃんの言ってた事も、良く分かるしね。>
<ううん、プオさんもね、本気であんな事思ってる訳じゃないの。>
それは、実際は私も分かっていた。
<ただ…プオさんは、今はモニクちゃんを受け入れたくないんだと思う。それをしちゃうと、自分自身を裏切っちゃったように思えちゃうんじゃないかな、プオさんは。>
<…>
<…それに、ひーこ達も。裏切ったように思えるんだと思う。>
正直、そこまでも大体想像はついていた。プオちゃんは良い人ではあるが、精神年齢はお世辞にも高いとは言えないところがある。だから私でも、それなりに彼の思うところは理解が出来る。
<ひーこちゃん達がここにいない理由って…プオちゃんが、何か関係しているの?>
私は尋ねた。
<え? …うーん…直接どうっていう事ではないと私は思うんだけど…多分、本人は関係してる、って思ってるんじゃないかな。ひーことアリーザちゃんがここにいないのは自分のせいだ、って。>
<じゃあ…やっぱり、ニ人がここにいないのは、いられないような理由が何か出来た、って事なんだね。それも、プオちゃんが自分の責任だって思うような理由で。>
<ああ…別に、私はモニクちゃんに隠す事もないと思うんだけどね。そういう事。プオさんは話すなって言ってたけど…>
美耶ちゃんは目の前に広がる を見ながら言った。
<ニ人がここにいないのは、いられないからって訳じゃないんだよ。自分達で他の場所の方が良いって事でそっちにいるっていうだけだから。…それに、別に理由だって、ここにいない事自体はそう特別な理由があるって訳でもないと思うし。…でも、全部が全部、プオさんには自分の責任に思えてるんだろう、っていうのは当たりかな。プオさんも、ひーこ関係の事だと途端に冷静じゃなくなるから…>
<…ああ、それもよく知ってるよ。大分昔からね。>
<それも?>
<え? あ、ううん、それは別に、こっちの話。>
私は聞き返す美耶ちゃんに手を振った。
<じゃあ、ついにニ人は彼氏彼女として付き合いだしたんだね。>
<は? プオさんとひーこが、って意味?>
<違うの?>
冷静じゃなくなる、って、そういう意味じゃなかったんだろうか。
<だって…あのニ人だよ?>
<…ああ…>
私は美耶ちゃんの表情から、色んなニュアンスを読み取り、そして深く頷いた。
…そうだ、忘れてた。あのニ人は、あのニ人だったんだ。
<…でも、付き合ってるんでしょ?>
<まあ…好き合ってるのは事実かな。本人達は絶対に否定するだろうけどね。>
<うん。>
あの人達には全く付き合いきれないよ、と言いたげな顔つきの美耶ちゃんに頷き、先を促す。
<でも、今は離れ離れだから「付き合ってる」とは言えない。守ってあげる事も出来ないし、ひーこには何もしてあげられない。>
<じゃあ行けば良いのに。ひーこちゃんの所へ。>
私は思わず呟く。
<でも、そう言う状態を選んだのはひーこ自身だからね。だから今のプオさんに出来る事は、ひーこから言わせれば、ただ、ここでじっとしているっていう事だけ、なんだよ。だからプオさんはそれをずっと守ってるの。>
<何だか…それじゃちょっとひーこちゃん、酷くないかな。事情が分からないからあれだけど…それじゃまるで、ひーこちゃんはプオちゃんの事が好きじゃないみたい。>
私が考え無しの言葉を吐く。美耶ちゃんは即座に強く否定するかと思いきや、鼻息混じりに首をかしげた。
<…どうなんだろうね。今のひーこの気持ちは、私にも良く分かんないよ。前からそんなに分かってなかったけどね。>
<美耶ちゃん…>
<魔法少女になんて私、なった事ないから…。私はただの普通の…普通と言うにはちょっと苦しいかもしれないけど、でもただの、高校生だからね。ひーこもアリーザちゃんも…私には…分からない…>
美耶ちゃんの表情に何か、苦いものが混じる。
<…>
つまり、そういう事だ。美耶ちゃんもプオちゃんと同じなのだ。彼女達がいない事で、何かに苦しんでいる。…特に彼女の場合は魔力も無い訳で、自分が無力に思える時も多いのだろう。
<…私、そろそろ行こうと思うんだ。>
今のここにはもう用は無い。そう言う私の念に美耶ちゃんはえ?と顔を上げた。
<もう行っちゃうの?>
<うん。私が来たのはそもそもひーこちゃん達に会う為だったし。…だから、行かなきゃ。>
<あ…>
真顔の私を見て美耶ちゃんは口を開ける。しかし彼女は申し訳無さそうな顔で首を振った。
<でも…ごめん、モニクちゃん。ひーこ達がどこにいるかは、私からは教えられないんだよ…>
<…どうして? …って、いうのも答えられない?>
<それは答えられるよ。私、知らないんだ。彼女達がどこにいるか。>
<…>
<そんな驚いた顔しないでよ。>
…いや、今のは私なりに納得した顔のつもりだったんだけど…まあ、良いか。
<プオさんとリチャードさん…あの、今朝午前 を案内してくれたあの人ね、あのニ人だけなの、知ってるのは。…本当だよ?>
<うん、そうなんだ…>
何故だか私は、その美耶ちゃんの答えは信用が置ける気がした。冷静に考えれば非論理的な判断だが。
<プオさんはああだし、リチャードさんも、当然プオさんから「部外者には絶対漏らすな」って命令を受けてるから。ニ人ともまず、答えてくれないだろうね…>
<…うーん…>
私と美耶ちゃんはしばらく思い悩む。美耶ちゃんが顔を上げる。
<あ、系の魔法で聞き出すっていうのは?>
<聞かれるかも、って意識しているような相手に? ニ人とも防御魔法で守られてるんじゃないかな?>
…それに私、系は下手なんだよ。
<そっか…UOTRのデータベースは?>
美耶ちゃんは唐突に、変な事を言い出した。
<え? それは…一番最初に調べたのがそれだったんだけど。ここに来る前。でも、魔法少女達に関しては皆、近況らしい近況なんて何も書いてなかったよ。>
<…モニクちゃん。もしかして、普通に公開されているデータベースを調べたんでしょ。それなら、無くて当然だよ。でも彼等は、今だって一応こっちを警戒はしているだろうから、もしかしたら、主要メンバーの居場所位はつかんでいるかも…。>
ああ、そうか。
…しかしどうも、美耶ちゃんも充分普通の高校生ではなくなっているようだ。そこまで発想の至らなかった私の方がよっぽど「普通」のような気がする。
美耶ちゃんは笑いながら続ける。
<少なくとも、私達はモニクちゃんの居場所はつかんでたしね。…あ、スタッテン島に来る前の場所まではちょっと分からないけど。>
<…>
なるほど。私は美耶ちゃんに頷いた。

という事で、今日はこれからUOTRのデータベースへアクセスしようと思う。(美耶ちゃんから本部のパソコンを借りる許可は既に得ている。)徹夜の作業になるかもしれないが、この手の作業には、少なからず自信がある(少なくとも魔術よりは)。そこのネットワーク管理者と面識があり、彼の思考形態を多少知っているというのは、普通のハッカーに比べて大いに有利な部分だ。
それにここは、周囲の目に気兼ねなくコーヒーが飲めるようだ。頑張ろう。


6月24日 火曜日

今日はよく動いた一日だった。
UOTRデータベースへのハッキングは多少難航した。アルファベット20ケタの暗証コードを途中で要求されたが、これが単純計算で4019シ(つまり4.019×10の23乗)通りある事になる。しかもプログラムは同一人物からのアクセスを連続5回以上許可しない。…まあ、コードが難しいものであろう事は予想していたが、そのコードがどこかに落ちてはいないかと思っていたのだが甘かった。意外にその辺りはシングさん達もちゃんとしていたようだ。徹夜明けで美耶ちゃんと相談、05(彼等はサクコブとは違い、実は高度なロボットであるそうだ)のコンピューターの助けを借りる事にした。彼等のコンピューターを使い、アクセスを偽装しつつパスワードを発見する事にようやく成功した。
ようやく、と言うか、彼等のコンピューターの方で、アクセスを破るのに要した時間は7分足らずだった。
…UOTRに帰ったら、至急暗号コードを100ケタ位にするよう提言しておこう。いざという時、いずれ破られるのは仕方が無いにしてもせめて数時間は稼ぎたい。
とにかくそれでUOTRの秘密データにアクセスが出来た。(ここまでするならリチャードさんに系魔法をかけた方が早かったかもしれない。)情報によると、ひーこちゃんとアリーザちゃんは今、マレーシアのサンダカンという場所にいるそうだ。サラワク州の東、フィリピンとの国境近くにある小都市である。警備は多くないらしい。
何故そんな場所にいるのだろう。アリーザちゃんのご両親は元々マレーシア出身だそうだが、それと何か関係でもあるのだろうか。
とにかく、全ては行けば分かる事だ。

昼になる前に私は…地名はもう覚えてはいないが現EIM本部、を後にした。
瞬間移動の前、プオちゃんがやってきて、私に系の魔法をかけると言った。
<一応、今のお前はまだ「敵」だからな。ここの具体的な場所を知られると困る。>
UOTRの機密情報(と、それを簡単に破る05の演算力)を目撃した後で、そんな原始的な事を勿体つけて言われても反応にも困ったのだが、プオちゃんはその辺りの話は知らないのだからここは頷いておくしかない。
プオちゃんは私にイハッジャをかざし、光を私にぶつけた。お陰で今は、午前中まで私がどこにいたのか、ヨーロッパにいたのかアジアにいたのかアフリカにいたのか、暑い所にいたのか寒い所にいたのか、皆目見当がつかない。
今、自分の日記を見返してみたが、ご丁寧にこんな日記のログまで該当部が見事に削除されている。プオちゃんもなかなか良い仕事をする魔術師だ。幸いな事に彼はこっち…マレーシアに私がその後行くという事は知らなかったので、こっちの話は多分、地名まできちんと残ると思う。
その後、私はプオちゃん達と軽く挨拶をすませ、次の目的地へ瞬間移動をした。


2度ほどダミーの地点へ飛んだ事もあり、疲れ果てつつ私はサンダカンの街に辿り着いた。この時点で夕方の5時だ。
…という事は、それ以前にいた場所はマレーシアとさほど時差の無い地域と言う事になる。…と言っても、ちょっと範囲が広すぎるけれど。
とにかく夕方のダウンタウンを私は歩いていた。小都市と言ったが、アジアの常として南仏のような田舎の「小都市」とは混み合い方が違う。人がわんさか溢れ、常に渋滞中である車の前後をひょいひょいと横断していく。通りにはマレー語と中国語と英語の看板が連なり、露天商の女性達が歩道で野菜を並べている。
何となく、カウボーイ・ビバップに出てきそうな街並みだ。火星か金星の通り、って感じで。
…何はともあれまずは、どこかホテルを探さなくてはいけないだろう。今ニューヨークに戻りたくはないし、第一魔力も足りない。…しかし考えてみれば、まずは米ドルをマレーシア通貨に換えなくてはいけない。この時間でも銀行は開いているだろうか? シティバンクのATMが使えれば話は速いのだが…。もちろん、パリバでも構わないけど。
等という事を考えながら私はこの熱帯の街をさまよい歩いていた。

ダウンタウンでは、ちょっと嫌な事件があった。
通りで人だかりがしていた。何だろう、と思って私は人ごみの向こうを覗き見る。
三人のクザラル人が人ごみの中心にいた。皆フチャショスを着ていて、ニ人が女性、一人が男性だ。私はそれを遠巻きにしている人ごみをかきわけ、彼等のほうを見る。
「わしのせがれはお前達に殺されたんだ、ミミズク野郎め! 今すぐこの街から出て行け!」
地元の年配の男性が、英語で叫んでいた。どうやら彼等はこの人に絡まれて立ち往生しているらしい。
「同情はしますが、それは私達ではありません。」
エウグ語で答えるクザラル人。機械合成の英語訳が響くが、男性の怒りは収まらない。
「今すぐ出て行け! わしの言ってる事が、分からんのか!」
周囲の人々から口々に、男性に同調する声が聞かれる。
…いや、通りすがりの人々同士で、お互い議論しあっているようだ。男に同調する者もいればクザラル人側の肩を持つ者もいる。
喧喧囂囂の人々の中で、困った顔で三人が佇んでいる。ここはやはり、私が助け出すべきなのだろうか?
最初彼等に絡んでいた男は、今度はパンツのすそをまくり、自分のすねを見せだした。彼が言うには、「この傷はせがれが殺された時に巻き添えで受けたものだ!」だそうだ。(ちなみにちょっと遠くから見ていた私には、傷らしい傷は別にどこにも見当たらなかった。)
しかしこれで、周囲の声はどうやら男性優位に傾いたようだった。「そういえば私の甥もやられた」だの、「ここの所スターフルーツが不作なのもあんた達のせいだろ」だの、どこまで本当なのか非常に怪しい意見が飛び交いだす。
そんな中で「皆さん、落ち着いてください。」とか「話はインフォメーションセンターで承ります」とか機械音声で言っても、それは逆効果というものだ。三人は人々…特に若い、いかにも力の余っていそうな連中、に囲まれ、また見えなくなった。
…これは、流石にマズい。この街で目立ちたくはなかったが、人種差別を許す事は出来ない。
そう思い、私はやや遠巻きの人だかりから一歩進み、彼等に歩み寄った。
「わあああああっ!」
中央の人々から叫び声が上がる。次の瞬間、クザラル人を囲んでいた若い子達は一斉に逃げ出した。
「ハア、ハア、ハア…」
クザラル人の女性の一人が、怒りに震えた目でイハッジャを構えながら肩を揺らしていた。他のニ人は彼女にたしなめるように何か言っている。
…どうやら、その女性は若者の誰かに攻撃弾を撃ってしまったようだった。彼女達は魔術師なのだろう。
今思うに、若者達全員が散り散りに、ある意味無事に、逃げていったという事を考えると、それはただの威嚇であったのではないかと思う。しかしその威嚇は充分過ぎるほど効果があった訳だ。
周囲でわいわい言っていた人達も、皆そしらぬ様子でその場から去り出した。
しかし、まだ一人、男が残っていた。最初からいた年配の男性だ。
彼はまだ何かをわめいている。せがれを返せ、とかこの国から出て行け、とか。出て行けというのに、まるで通せんぼをするように行き場をふさいでわめいているのだから始末に終えない。
「うわああああっ」と泣き叫びながら男性はクザラル人に向かっていく。「そこを動くな!」とエウグ語で言って、さっきの魔術師が再びイハッジャを構えた。
…危ない。咄嗟に思った。だって、彼女のイハッジャの先に出来た光の球は、どう見ても普通の攻撃弾だったから。
私は何も考えず男に突進した。一旦男がクザラル人達から離れていた事もあり、彼と私の距離は近かった。私は一秒しないで男の体に体当たった。
倒れる私達のすぐ上を、正真正銘の攻撃弾が通過していった。
「わ、あ、うわあああああっ!」
一応命の恩人であるはずの私の顔を、悪魔でも見るかのような目つきで見ると、華僑と思われるそのおじさんは一目散に逃げていった。
「…ふう…」
私はため息をつきながら立ち上がり、彼等の方へ歩いていった。
「申し訳ありません。ご迷惑をおかけしました。」
落ち着いている方のクザラル人女性がエウグ語で何か言う。彼等の機械から英語の音声が流れる前に、私は頷いてみせる。
<ええ、本当に。でも攻撃弾を地球人に向けて撃つなんて、感心しません。ピストルを持ってる訳じゃないんだし、干渉弾で充分だったでしょう?>
<…>
三人は三人とも耳を動かし、驚いた顔でこちらを見上げた。
彼等の機械より、今私の付けている翻訳機の方がよっぽど性能もスピードも良いんだからしょうがない。一々彼等の機械の反応を待つのはこっちは面倒なのだ。
それにそれ以前の問題として、私だって「コ・ジュヒル・ト」が「ごめんなさい」を意味するエウグ語だという事位は覚えていた。
<あなたは…もしや、>
<こちらには秘密の仕事で来ています。あなた方には知らされていない事と思いますが、私にも色々する事があるのです。>
マズイなあ…と私は思いながら念じた。この人達がひーこちゃん達の今の居場所を知っている人達だとしたら、非常にマズい。
<それは…失礼しました。ほら、あなたも手下ろししなさい!>
女性の一人が、干渉弾を撃った方の女性に叱り付けるように言う。渋々、と言った顔でもう一人の方は右手を軽くかざすように下ろしてみせた。
<それにしても、こんな辺境に何の御用で? 私達もこの街に来たのは、今日で3度目でしかないのですが…>
男性の言葉に、私は少し胸を撫で下ろした。考えてみれば、ひーこちゃん達を監視するような魔法協会職員がこの街にいたとして、ダウンタウンを気安く目立つ格好で歩いていたりなんかはしないだろう。
年長と思しき女性が、男性に眉を上げる。
<話を聞いていなかったのですか? 仕事は秘密だと、彼女は念じたじゃないですか。>
<ああ…失礼しました。>
私は微笑を作り念じる。
<気にしないでください。それでは、あなた達は普段はここにはいないんですか?>
年長の女性が、頷いて答えた。
<ええ。私達はコタキナバルの方に入植していますので。先程はお見苦しいところをお見せしてしまい、すみませんでした。>
<ええ…そうですね。あなた達も理不尽な差別を受けて辛い事も多いでしょうが、魔力を持たない者にとって、魔術師という存在はとても恐ろしいものなのだという事も分かってあげてください。>
<…その差別の方がキツいんですけどね。クザラル人に対する差別というよりは。>
攻撃弾を撃った方の女性が呟いた。<こら>ともう一人の女性が注意する。
<ええ、確かにそうかもしれませんね。でもだからといって、鏡のようにその差別を相手に返さないで下さい。そんな事をすると…私達は殺人者になってしまうんですから。>
<…>
女性は目を広げ、私にもう一度、手を頭から下げるクザラル式の謝罪のジェスチャーをやった。
何だか私は、自分で言っている言葉が自分自身にはどんどん白々しく聞こえてきて憂鬱だった。
<…この事は本部には黙っておきます。ですから、皆さんも…>
<ええ。私達はこの街で、魔法協会関係者は誰も見ませんでしたし、話もしませんでした。>
<よろしい。>
私は頷くと、その場を歩き出す。
ふと周りを見ると、地元の人々が口々に何かを囁きあいながらこっちを見ていた。こっちというのはクザラル人達ではなく、私の方だ。
<はあ…>
こんな調子でホテルなんか見つけられるのだろうか。私はまたため息をつきつつストリートを歩き出した。


<全く冗談じゃないわよっ!>
ジュチャは自分のこめかみ辺りを両手でおさえながら、部屋をぐるぐると歩き回っていた。
<…でも、帰ってくるんだろ?>
部屋のソファーに座っている小英は念じる。
<ええ、それはもちろん。帰ってきてくれなくちゃ困るわ。彼女は今地球人を代表する存在なんだから。>
<…かといって、表沙汰にも出来ない…か?>
<それは可能な限り彼女の名前に傷がつかないようにはしたいけど…どうしようもなくなったら、私だってどうしようもないわ。>
<つまり、モニクが帰ってこなかった場合?>
<ええ。…まあ、そんな事はもちろん、ある訳がないけれどね。>
ジュチャは一旦動くのをやめて小英に顔を近づけ、そう念じる。ため息まじりに小英は返事を返した。
<そうか。…なら、心配する事は何も無いって事か。>
<そうは言うけど…>
ジュチャはこめかみと耳をひくひくと動かした。
<洗脳が解けたから心配なのか?>
<そうだったなら、こんな心配はしてないわ。それこそここでも向こうでも、好きな所で好きにすれば良い。でも、相手はモンスターと結託してるゲリラ組織なのよ? 少なくとも、私とソドゥは系の魔法をかけられた事ははっきりしてるの。つまり、モニクも今洗脳をかけられてる、って事なのよ。>
<…>
小英はいつも通りか、それ以上に冷めた目でジュチャを眺める。
<大体昔からあいつはああいう奴だった。正義心ってものが、根本的に欠落しているのよね。少しでも良心ってものがあるんだったら、モニクみたいな純真な子を巻き込んだりなんて>
<あの、ジュチャ。悪いんだけど。>
ソファーにちょこんと座っている小英が歩き回っているジュチャを見上げる。
<…え?>
「ふう…」<悪いんだけど…今から夕食を食べるんだ。漢民族は食事を大事にする民族だから、こればかりは譲れない。>
<あ…>
ジュチャは息をつき、恥かしげに耳をかいた。
<そうね。もうそんな時間か。えっと…あなたは21時から305の方で定例会議があったわよね。>
<忘れないよ。>
ジュチャは頷き、ドアへ向かう。
<じゃあ、私はまた明日。>
手を振り、彼女は廊下へと消える。自動ドアが閉まり、部屋には小英だけが残される。

<目覚ましタイマーを…20時50分に…セット…>
呟きながら小英は腕の端末を操作する。
「消灯。」
中国語で言う小英。電子音が鳴り、部屋の明かりが落とされる。
<…>
小英は一人ソファーに座ったまま、じっと前を見ている。
<…何で…>
小英はとても小さく念じた。
<何で……行っちゃうんだよ…>
小英の念が強くなる。両目を閉じ、両手を合わせて口の前に当てる小英。
<わざわざ来てやったのに…私が、一体何のために…これじゃ、馬鹿みたいじゃないか…>
小英はソファに横に倒れる。顔をソファにうずめる小英。
「馬鹿…」
呟く小英。小英は顔を上げる。
「馬鹿ッ!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにした小英は、立ち上がる。
「馬鹿、馬鹿、馬鹿ッ! モニクの大馬鹿あっ!」
テーブルにあるPDAやペンや書類を、床に投げつける小英。書類がぱらぱらと宙を舞う。
<…馬鹿ぁ…>
暗い室内で小英は一人肩を揺らした。


6月25日 水曜日

昨日同様今日も暑かった。恐らくこの辺りは一年中そうなのだろう。
この暑い日ざしとじっとりとした湿気、という最悪の気象環境の中、一日中私は街をうろうろとさまよっていた。
午前中、私はあらかた市街地中心部は歩きつくしていた。言っても、その程度の規模の街なのだ。
街の人々に彼女達の事を聞いてまわる。もちろん名前は伏せて。ここが、一応英語が通用する国であるというのはありがたかった。しかも英語がネイティブな国とも違うので、こちらの訛りにもあまりうるさくない。
それは良いのだが、有力な情報は結局得られなかった。これはこの国の悪いところで、ひーこちゃん(華僑と見た目は同じ)もアリーザちゃん(そのまんま)もここでは目立たな過ぎるのだ。そうでなくても、ニ人とも見た目にあんまり特徴の無い人達だし。
…こんな事書いてたらいつか撃たれそうだけど。

とにかく情報は無かった。私は聞き込みは諦めて、街の郊外を見てまわる事にした。
…しかし、ただ街を歩くだけで、せいぜいその間に私のする事といえば周囲をきょろきょろと見たり、何かテレパシーが聞こえないか気律を集中させる事位だ。こんな事でひーこちゃん達が見つかるとは、我ながらとても思えない。
山よりの場所、というか丘で、車道をのろのろ歩いてきた私は立ち止まる。空き地の隅に咲いている白い花に目をやりながら、私はため息をついた。
全く、何だって私はこんな所でこんな風に立ち尽くしているのだろう。何だか自分が惨めに思えてくる。
理由はよく分かっている。暑いからだ。さっき既に嫌というほどジュースは飲んだのだが、もうそれはすべて汗となって出きってしまった。
漫符の汗印みたいなキュートなマークは、日本のようなマイルドな気候の場所だから作られたんだろうな…と漠然と思う。
丘の向こうから、道をてくてくとこっちに向かってくる現地の少女がいる。私はそっちに目を向けた。
<…>
彼女は全然汗をかいていない。両手に何か買い物袋のような物を持っているが、疲れている様子もなくこちらに向かって歩いてくる。
何だかなあ…。
私はぽたぽたとたれる自分の汗を拭いながら苦笑した。
少女はちら、と私に目を向けてから、無表情に私の横を通り過ぎていく。
どうしてそんな涼しげな顔で…私と何か、着てる服が違ったりでもするのだろうか?
「ふう……えっ?」
そこまでたってようやく私は気付いて振り返った。
<ちょ、ちょっと!>
少女は私のテレパシーに気付かず歩いていく。気付かず、というか、無視してなんだけど。
<ちょっと、ひーこちゃん!>



→Part B



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