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オフィスビルの通路の奥から、一瞬光が漏れた。
「UOTR」とロゴの入った防弾ジャケットを着込んだ地球人が、チベット辺りの民族衣装のような服のクザラル人と何か話し合っている。
ビイイン、ビイイインッ。
「Whoah!」
「Ooeee!」
背後からの照射線でニ人が倒れる。後ろから走ってきた人間は、黒づくめの戦闘服とフルフェイスヘルメットを被っている。戦闘員はそのまま通路の向こうへ走っていく。
「でも大家はそもそも何も飼ってないって言い張るから、一回部屋の中を…」
「お、おい。」
通路の角からやってきたニ人の地球人UOTR職員が、倒れているニ人に気付いた。ニ人はそばに駆け寄る。
「おい、どうした? こんなとこで寝ちゃ…」
クザラル人の上に覆い被さるようにうつぶせになっていた地球人を、職員達は揺さぶり、体を起こす。
「はっ…」
倒れているニ人は既に絶命していた。
職員はもう一人に英語で声を上げる。
「お、おい! 非常警報、侵入者だ!」
「了解!」
もう一人の方は頷き、腕端末のスイッチを押す。それから彼は立ち上がり、通路の向こう側を眺めた。
「おいジェフ、エレベーターが怪しくないか?」
「…」
職員達は少し先にあるエレベーターの階数表示に目を向ける。41、42、43…と7セグメントの赤い光はノンストップでその数字を変えていた。
チン…。
エレベーターの扉が開く。UOTRの地球人達が照射機を構え中に入る。
「え…?」
エレベーターに人影は無い。
「しまった、瞬間移動か!」
「…そうとは限らない。」
「えっ」
見上げる地球人達。
「がっ」
「ぐっ」
「うああっ」
頭上から足が降ってくる。エレベーター内の天井かその近くに隠れていたらしい戦闘員に蹴られ、地球人達はその場に重なり合うように倒れこんだ。
タッ。
エレベーターから降りた黒い服の戦闘員は周囲を見回す。
ビイイインッ。
「ぐあっ!」
通路の向こうからやってきた追っ手を即座に照射機で撃ち殺す戦闘員。そのまま通路を走っていく。
「はっ」
通路を走ってやってきた戦闘員は、前方の人影を見て足を止めた。
「そこまでだ、動くな!」
ステッキを構えた魔術師と思しきクザラル人女性が、エウグ語で言いながら近づいてくる。
「…」
黒い服の戦闘員は止まったまま動かない。
「下手な気は起こすな。両手を上げろ。」
「…」
「Raise your hands up, now!」
「…」
戦闘員は照射機を構えるでもなく、手も上げずにただ魔術師を見続けている。魔術師は苛立たしげに近づく。
<この辺りだと、瞬間移動なんかは使えないんでしょ。>
戦闘員がテレパシーを返してくる。魔術師は軽くまばたきをした。
<…クザラル人女性なのか?>
<酷いなあ。いくら緩めの服だからってそれ位分かるでしょ? 私これでも、昔は模範魔法少女として勲章貰ってるんだからね。>
ヘルメットで顔は見えないが、やや自慢気に黒い服の女性は肩を上げてみせた。
<…フンッ。>
鼻で答える魔術師。彼女は後ろからやってきた別のクザラル人魔術師と目配せし、ステッキを構えつつ、同時に黒い服の女に歩み寄る。
<お前の言う通りだ、妨害魔法が働いているのでこのフロアで瞬間移動は出来ない。お前はもう数十人に包囲されている。早く、両手を上げろ。>
<両手なんか上げたって、魔術を使おうと思えば出来る人は出来ると思うけど?>
<その時のために私がいる。>
<ふーん。あんた、結構自信家なんだね。出身はラザンチェ辺りかな?>
<減らず口を叩くな。言う事が聞けないようなら今すぐ消えてもらうぞ。>
魔術師はステッキを向けてみせる。
<おお、怖い。最近の魔法少女って言うのは本当に良き関係性の大切さを分かっていらっしゃるのかしら。>
全く怖く無さそうな雰囲気で念じるクザラル人。
<…手を上げろ。>
<ああ、はいはい。仰せの通り。>
魔術師はすぐそばにまで近づき、女性の数センチ先までステッキを近づける。女性はようやく諦めたかのように、両手を軽く上げてみせた。
<…>
不愉快そうに息をつきながら、魔術師は近くのUOTR職員達に彼女に近づくように目配せで指示する。
「あ、あの…」
UOTRの地球人職員は一瞬まばたきをし、恐る恐る魔術師の方を見る。
「どうした。…えっ?」
魔術師が前を向き直ると、黒い服の女性はいなかった。
「…」
「班師!」
近くの職員が叫ぶ。声の方向に魔術師は振り向く。
「…なっ!」
彼女達を通りすぎた通路のずっと先を黒い服の女性は走り、その姿を角の向こうへと消していった。
「瞬間移動は使えないはずなのに…っ、系魔法か! クソッ!」
魔術師は耳をぴん、と揺らした。
「全員追え! あの先で騒がれたら大変だぞ!」
「はいはい。ソドゥでしょ。律儀なのは分かってるからさっさと入りなさいよ。」
机の上のバーチャルディスプレイを前に頬杖をつきながら、ジュチャが喋った。部屋のドアが開く。
「ねえ、これ見た? この報告。トゥンジュの言ってる事ってさ、要は地球も我が軍に組み込みたいって事でしょ。そりゃ、向こうの世論だって分からないではないけど、ただでさえ微妙なこの時期にもうちょっとあの人も言葉を選んでほしかったわよね。結局何が私達にとって得なのか…違うと思うのよ。短期的な戦果や利益を対地球友好に期待するって言うのは。そうじゃなくて、宇宙で見つけたはじめての同朋…ラルじゃないにしてもよ、とどう付き合っていくかって事なのに。私は、一応トゥンジュを支持しているつもりだけどさ。でもこういう事言われると、またサクコブに毒された地球人達に揚げ足を取られそうな感じがいかにもしちゃって。ねえどう思う、ソドゥ?」
ジュチャは顔を上げ、そこで息をのんだ。
「…あ、なた、誰?」
<そう警戒しないでよ。>
ジュチャの部屋に入ってきていた黒い服の女性が、自分のヘルメット下部のスイッチを押す。シールドが上がり戦闘員の顔が現れた。ジュチャと同じ、茶色い肌のクザラル人だ。
「お久しぶり。」
自然なエウグ語で女性は微笑んだ。
「…」
ジュチャはわずかに耳を引きつかせるように揺らす。
「その調子だと誰かは分かってるみたいね。…それにしてもあんたも、出世してるよねえ。今は何、クザラル魔法協会の地球関係課師補佐だったっけ?」
「そんな偉くないわよ。ただのヒラ議員。役職名はここ1年変わってないわ。要は、体の良いマネージャー。」
ため息混じりに答えるジュチャ。馴れ馴れしい様子で女性は肩をすくめてみせる。
「それだって凄いじゃない。さすが、ブラフ・ブチェのユホツ教授が惚れ込んだだけの事はあるなあ、って。」
「学年主席のあなたにそういう事を言われても、嫌味にしか聞こえないわよ。」
「何言ってんの。教授はいつだって、あんたの方を誉めてたでしょうが。私はソツが無いけど熱意も無い。でもあんたの魔法老人福祉の研究は、教授もベタ誉めしてた。」
「…ふうん。あなたもつくづく上手くなったものね、シユマ。」
「上手いって、何が?」
戦闘服のシユマが尋ねる。冷めた視線で未だに椅子に座っているジュチャが答える。
「冷笑的で傲慢で、それでいて表面上は友好的な物言いよ。私達エウグ人には必須の社交性でしょ。」
「ああ。」
笑うシユマ。
「誉めてくれてありがと。これでも苦労してあなた達に合わせてるもんで。」
「「自分」はエウグ人じゃないとでも?」
「何の話? もちろん私はエウグ人だよ、そうだね、敢えて言うなら、人の心を忘れていないエウグ人、ってとこかな。」
「へえ…面白いわね、あなたの口からそんな言葉が聞けるなんて。虫の心の間違いじゃないの?」
ジュチャはディスプレイの緊急メッセージの表示に目をやりつつ言う。
「可愛い顔しちゃって、ここに来るまでにあなた、うちの職員を何人殺したと思ってるのよ。」
「それは申し訳無いけど。私も、色々恩返ししなきゃいけない義理ってものがあってね。それにこうでもしなきゃ、あんたとこうやって話も出来ないし。」
シユマは自分の胸のあたりに手をあてながら微笑んでみせる。ジュチャは眉を上げた。
「で。今日は何の用? モニクだったら諦めた方が良いわよ。警備が凄いから、いくらあなたでもそう簡単には会えないと思うけど。」
「別に。ここに来たのは本当に、あんたの顔が見たかっただけよ。」
「…」
「信用出来ないって? ま、そう思うのも無理はないだろうけど。でも、どうせあんただって防御魔法ずっとかけてるんだから、お互い何が出来る訳でもないんだし?」
肩を上げつつ、シユマは再び自分のヘルメットのスイッチを押した。シャッターのような開閉音と共に、瞬時にヘルメットのシールドが降りる。
「そろそろあんたの忠実な部下が来てるみたいだからおいとまするわ。ま、せいぜい良い関係性をね。」
「…ええ、あなたもね。」
警戒した顔のまま答えるジュチャ。シユマは肩を上げてみせると、ジュチャの部屋を横切り、入ってきたドアと別のドアから小走りに出て行った。
「…」
無言でため息をつきながら、ジュチャは視線だけをシユマの消えたドアへと向ける。慌しい足音が、そちらではない方のドアから聞こえてきた。
「御無事でしたか。」
駆けつけてきた茶色い肌のクザラル人男性に、ジュチャは無言で頷いてみせる。
「良かった。侵入者はどちらへ?」
「…」
人差し指で軽く向こうのドアをさすジュチャ。男は頷く。
「ソドゥ部師補!」
「侵入者は、そちらです。まだこのフロアにいるのでしょう、逃がさないようにしてください。」
男は、自分の後ろから入ってきたUOTR職員達に言う。頷き、シユマの消えたドアの方へ走っていく職員達。
「頑張るのは良い事だけど…捕まえられるかしらね、アレのずる賢さは半端じゃないから。」
呟くジュチャに男は眉を上げた。
「侵入者の事を、御存知なんですか?」
「ええソドゥ。結構昔の知り合い。あんなでもね。」
やや焦点のずれたような目で壁を見てから、ふとジュチャはソドゥに視線を戻した。
「…ん、何?」
ソドゥは無表情に、ジュチャをじっと見下ろしている。
「侵入者の事も非常に重要なのですが、今それと同じかそれ以上に重要な用件があります、観察議員。」
「何よ、改まっちゃって。」
「ロブン魔術師。」
ソドゥは振り返り、ドアに立っているクザラル人魔術師に声をかける。一礼してから部屋に入ってくる魔術師。
「何、どうしたの?」
ジュチャは不思議そうにソドゥとロブンを見る。ソドゥはロブンに頷く。
「ん? …くうううっ」
ロブンはおもむろに手を上げると、ジュチャに向け光の球を発射した。
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