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| 私は走って彼女に追いつき、彼女の前に立ちふさがった。 <ひーこちゃん! ひーこちゃんでしょ?> 「…」 一年近くぶりに再開した彼女は、やっぱりフケていた。 でもそれは、より大人びた顔になった、というプラス方向の変化のようにも思えた。改めて見ると、少女(日本語で言う「女の子」)、というより既に大人の女性と言ったほうが良いような気もしてくる位の顔つきだ。 肌は日焼けしている。地元の華僑の子達よりよっぽど黒い。 そして、何故か髪型はポニーテールになっていた。 これだけ変わっていたんだから、簡単に気付く方がおかしい(多分)。しかもどうも、ひーこちゃん本人は私と話をしたくないようだ。 「…」 何ですか? とでも言いたげにすまし顔で首を傾げてみせてから、ひーこちゃんは再び街方向への道を歩き出した。 <ちょっとひーこちゃん、久々の再会でそんな態度は無いと思うけど? それにしてもいつポニーテールなんかに? 結構似合ってるじゃない。> 私はひーこちゃんの横を歩きながら念じる。 「…」 無反応。聞こえてません。 <…> ちょっとカチンと来た私は、彼女の前にまた回りこんで彼女を立ち止まらせた。 <…あのさあ、仮にあなたがひーこちゃんじゃないとして。テレパシー聞こえてないんだったら聞こえてないで、普通何か喋るもんなんじゃないの、これだけ付きまとってる外人が目の前にいたらさ。ジモティーだと思ってもらいたいんだったら、ちょっと何か喋ってみたら? どうぞ、英語でもマレー語でも中国語でも何なりと。それっぽく聞こえれば私だって「あ、この人は他人の空似か」って思うんじゃない?> 「…」 ちょっと良い反応になってきた。まだ無表情を保とうとしているが、目や口元の感じから、あきらかに内心ムッとしているのが読める。まるで心を隠せていない。 ひーこちゃんはやっぱり、まだ相当しばらくは「女の子」のラベルが適当かもしれない。 <ま、日本人観光客を装うって手もあるかもしれないけどねえ。その場合は相当うまくやらないと説得力は出ないだろうけど。> 私は追い討ちをかけた。 「…」 ひーこちゃんはこちらをしばらく眺めてから、おもむろに両手の荷物を地面に置く。 <…?> 「…」 そしてひーこちゃんは両手で、手話の真似事を始め出した。 <…むっ…> 「…」 しばらくやって満足したのか自分流手話をやめ、会釈をしてから再び彼女は荷物を持って歩き出した。 <ちょ、ちょっと…!>
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6月26日 木曜日 そろそろ十日の期限が迫っている。だが、ここで何も出来ないまま帰るのは嫌だ。私は昨日ひーこちゃんと会った場所の周辺を、朝からうろうろしていた。
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私がひーこちゃんを見つけた地点から更に5分位歩いた地点でひーこちゃんは道を外れ、空き地、じゃなくて宅地に入った。そこには一軒のコンクリの平屋がある。 目の前の人は頬がこけ、目は焦点を失ったまま動かない。肌は乾いた粘土のような色で、右腕や首筋にも肉らしい肉はついておらす、昔のひーこちゃんのような大雑把なセミショートの髪型の髪はパサついている。 私は思わずひーこちゃんに<本当?>と言いかけ、慌ててそのテレパシーを自分の頭の中に押しとどめた。 |
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<それで、説明してくれるよね?> |
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6月27日 金曜日 一日ひーこちゃんとアリーザちゃんの家にいた。ひーこちゃんはテキパキと家の掃除やら、料理やら、家庭菜園(があるそうだ)の手入れやらをして働いている。
05の音声再生装置を確認しながら今週前半の日記を加筆する。その反動という訳でもないが、昨日今日とあまり書く事が無い。
昨日の深夜から、アリーザちゃんの調子が悪いようだ。少なくとも昨日おとといに比べ顔色が良くない。スープも飲みたくないらしく、今日のアリーザちゃんの食事は三食とも腕からだった。クザラル式の、腕にマッサージ機のような物を押し当てるタイプの一種の点滴だ。
アリーザちゃんの体調は思わしくない。プライドがあるのか、彼女はここで、苦しそうな顔を殆ど見せない。それだけに、ごくたまに顔が歪んでいるのが目に入ったり、辛そうな息が漏れたりすると、逆にその印象が強烈に残ってしまう。HNKのクザラル人医師…マブルさんと言うそうだ、が週一で家に来るのが今日だったのだが、彼女はアリーザちゃんの様子を見るなり耳を立てた。マブルさんが言うには、これから更に容態が悪化する可能性が高いそうだ。マブルさんが大量にひーこちゃんに渡した薬は、皮肉にもダウナー系ドラッグと成分的に大差の無い、痛み止めの系統のものだった。 ひーこちゃんに<あんたいつまでいる気?>と聞かれてふと気付いた。確か、もうジュチャちゃんと約束した10日の期限は過ぎてしまったんじゃないだろうか。正直、すっかり忘れていた。やっぱり今も、モンスター…サクコブ生命体と言うべきか、は地球のどこかを攻撃しているんだろうか。ここではニュースを見ていないのでまるで分からない。
あまり書きたい内容の一日じゃなかった。 いつしかアリーザちゃんのテレパシーはトーンが弱まり、比較的いつもの彼女に近い丁寧な口調になる。そしてその内容は、自分を殺してくれという懇願に変わっていた。 その間にも彼女の呼吸は乱れ、失禁をし、知らないうちに後ろの壁にまた小さな穴が開いていたりする。規定量の倍のマブルさんの薬…それを飲ませるのも一苦労だった、がようやく効き、彼女が落ち着き出したのは、確か夜の10時頃だった。
昨日から、アリーザちゃんはまともに話が出来なくなっている。そしてテレパシーも一切使えない。昨日から服用させている抑制剤のお陰で、魔力がほぼゼロになったからだ。アリーザちゃんの「病気」にとってはむしろ毒となる薬だそうだが、昨日の事の後では、こちらも背に腹は変えられない。
私は神様というものがいる事を、特に信じてはいない。日曜日に教会に行く事もないし、聖書よりは「ふしぎ遊戯」の方が人類にとって大切だ、なんて真剣に思っているようなバチ当たりな人間だ。 …だけど。神様。 |
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7月4日 金曜日 ここ数日昼夜がぐちゃぐちゃだった。基本的にひーこちゃんが寝ている間が私の昼で、私が寝ている間がひーこちゃんの昼だ。アリーザちゃんにとっては、殆ど24時間昼間だったような感じだろう。 <そう、思います…>
<…っ!> |
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坂になっている車道をしばらく走り、呆気ないほど簡単にひーこちゃんに追いついた。 <…> ひーこちゃんは立ち上がり、私に笑顔を作ってみせた。 <…> |
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そして、私は家に人がいないのを発見した。 |
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太陽の照りつけるなか私達は街中を歩き回った。人々に話を聞くが有力な話は得られない。…まあ、当然だった。データが「消される」位なんだから、人々の視界に正しいアリーザちゃんの姿が「見えない」のは当たり前だ。私達は何度も何度も同じ通りをぐるぐる回り、通りを行き交う人々の姿を眺め、フラフラになりながらあの変な性格のマレーシアン・アメリカンの姿を探し続けていた。 気が付けばもう日が暮れかけていた。 <よいしょ…>
ザザ…。 私に目を合わせず、前を向いたままのアリーザちゃんは、そこでいつものように優しく微笑んだ。
ニ人とも、それでもずっと水平線を見続けていた。もう横を向く勇気なんて無かった。 |
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7月5日 土曜日 EIMに連絡を入れて、美耶ちゃんやリチャードさん(例の一番よく働いている人)に来てもらった。アリーザちゃんの遺体は向こうへ持ち帰り、お葬式をするとの事。御両親はまだ連絡が取れていないが、何とかして探したいと美耶ちゃんは言っていた。ひーこちゃんは皆に会いたい気分ではないと言って、どこかへ逃げている。私は自分に任せるよう言い含め、心配する美耶ちゃん達を帰した。
朝になったらひーこちゃんは家に戻ってきていた。どこで切ったのか、髪を春日部の頃よりちょっと短い位のセミショートにしている。なんにしろ戻ってきた、という事で最初はほっとしたのだが、彼女の状況は全く思わしくない事がすぐに分かった。完全に茫然自失といった雰囲気で、一日中何をするでもなく自分のベッドに座り、時折思い出したようにすすり泣いている。何度か、というか何度も声をかけるが、まともに相手にされる事は無かった。
昨日と全く変わらず。唯一違った点は、私が目を離した隙に、隠してあった錠剤…おそらくアリーザちゃんから没収していたドラッグ、を適当に飲もうとした事。あわてて取り押さえて事無きを得た。
昨晩、深夜にふと目を覚まし、ソファーからベッドの方を見ると、ひーこちゃんはベッドの上で一人座り、膝を抱えて震えていた。 すっかり顔なじみになった商店主達から今日食べる用の果物や、数日もたせる肉、卵類を買い込む。
私は置いてあったステッキを持って裏庭に走る。そこで私は立ち止まった。
続く |
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<実は最近私、恐ろしい秘密を知ってしまったんだけど…> |