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シュウウウウウウウウウウウウンズバアアアアアアアアアアアアアン!!
光に目を閉じた宏子が、前で構えた両腕をときながら目を開く。
「…」
−どうやら死に損なったっぽいな。
オレンジがかった周囲を宏子は見回す。
「…え?」
それから宏子は自分自身の体に目を向ける。
−…さすがに制服にはなってない、か。
宏子はもう一度顔を上げる。
−こんな所にいたんだよな、昔。もうどれ位前にいたかも想像つかないよ…。
春日部北高の夕暮れの教室で、自分の席に座っている宏子は少し頬をゆるませながら息をついた。
ガラガラ…。
教室の戸が引かれる。宏子はそちらに目を向ける。
やって来た少女が軽く手を上げてこちらに念じてくる。
<久し>
<はああああああああああああああああああっっっ!?>
宏子は相手が一言を終える前に最大ボリュームで念じた。
<…>
<…>
お互い口を開いて、相手を見たまま両者はピクリとも動かない。
<…ふう。久しぶり。なんだけど、相変わらず元気過ぎる位元気なようね。>
先に立ち直ったリジュワナが、手を下ろし口も閉じて宏子を見た。
<…>
まだ再起動の兆候が見られない宏子。怪訝そうな顔のリジュワナの後ろから、もう一人の少女が顔を現した。
<…初めまして、佐藤さん。ご機嫌如何ですか?>
<…>
<…?>
宏子の無反応に首を傾げるスグタは、リジュワナの方を向く。
<あの…何か問題が?>
<…さあね。少なくとも技術的な問題じゃないと思うけど。>
<はあ…>
<…あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、>
宏子はリジュワナを指差し念じる。
<意味のある内容を念じてもらえると助かるわ。>
<あ、あ、あ、あ、バ、バ、ババケモノッ! バケモノ眼鏡女っ!>
<…>
無言で自分の額に指を当てるリジュワナ。
<ほう…>
スグタは何かに感心するかのように頷いた。
<…あー、つまり、ここはサクコブの一種のデータネットで、そこではこうやって皆の意識が共有出来ると。で、あんたは本当は植物状態になった訳じゃなくて、あの時サクコブに心だけこっちに連れてこられて、それからずっと意識だけはこっちで「暮らして」いたと。>
自分の伝える内容が自分で余り理解出来ていない雰囲気の宏子が念じる。
<そう。だからここは、天国でも地獄でも川でも花園でもなくてまだ現世なの。バーチャルな物だけどね。ここまでは分かってくれた?>
<一応…理屈は。>
<ああそう。理解が速くて助かるわ。>
かなり眉に力の入っているリジュワナが頷く。
<あの、失礼ですが…今の佐藤さんの理解のスピードは、お世辞にも速くはなかったような…もう話せる時間も残り15分ですよ。本当はこの時点で予定の半分は説明を終えていないとマズいんですけど。>
<それ位分かってるわ。>
スグタに答えるリジュワナ。
<え、でも今、「理解が速い」って…>
<私ももちろん、そっちへ帰ろうとは思っていたんだけど、こっちでやっている仕事から手を離せなくて、なかなか戻る機会が無かったのよ。>
リジュワナはスグタを無視して宏子に念じる。
<…仕事って?>
<後で話すわ。それで、このスグタが「せめて地球と連絡位はとるべきだ」ってうるさくって。まあ確かに私も自分の体が心配じゃないと言ったら嘘になるから、こうやってあなたに来てもらった、って訳。>
<ふうん…でも、何で戻ってこなかったの?>
<は? …だから、今言ったでしょ。仕事が忙しかったから。それに、この精神世界と地球の現実世界は行き来がちょっと難しいのよ。>
<難しいって…でも、私ここに来てるよ? これが本当に夢でも、死後の世界でもないんだとすれば。>
<だから、何とか出来るようになったからあなたに来てもらったのよ。>
<じゃあ今までリジュワナは、戻りたくても戻れなかったんだ。>
<…まあね。それ位忙しかったのよ。>
リジュワナは頷いてみせる。
<忙しかったから? 戻れない訳じゃなかったって事?>
宏子はリジュワナに近づいた。
<それは、物理的に言えば戻る事は出来たわ。だけど一旦戻ると、こっちにまた来れるかが分からないの。>
<…つまり、戻れたのに戻らなかったんだね。リジュワナは。1年もの間。何の連絡も無しで。>
<まあ…それは、確かにそうなるわね。それについては悪かったと思ってるわ。でも宏子、そのお陰で>
<リジュワナ。…こっちがどれだけ心配したと思ってるの。>
宏子は静かな調子で念じた。リジュワナはややバツが悪そうに目を落とす。
<…確かに、悪かったわ。>
<悪かった、って…あのさ、リジュワナの場合殴っても意味無いだろうから私も手は出さないけどさ。…反省してよ、ホントに。>
言いたい事がまとまらないという様子で宏子は両腕を広げ、首を振り一旦後ろを向くような動きをする。
<リジュワナにこんな風にされて…私は凄い悲しい。私じゃなくても誰でもそうだと思うよ、アリーザでもモニクでもプオでも。誰でもこんな事されたら悲しいと思う。その事を、リジュワナは自分で少しでも、理解してる?>
リジュワナはゆっくりと顔を上げ、宏子の目を見た。
<…悪かったわ。本当に。>
<…、…>
<…>
リジュワナは当惑気味に息をつく。
<…何でそれで泣くのよ。こんな事位で一々>
涙を飛ばし宏子は遮った。
<こんな事って何よっ! 凄い大事な事じゃん! 私らあんたがもう意識が戻らないってずっと思ってたんだよ! もう、どうして皆、こう勝手なの…勝手にどっかに行かないでよ…行く時は言って。あんたがいなくなってから、私がどれだけ寂しくて、辛かったか…>
<ちょ…>
急に抱きつかれてリジュワナは念をもらす。
「…ぐっ、うっ、うぐっ…うっ…」
<…ふう。>
リジュワナは穏やかな顔になり、宏子の背中を軽く叩いた。
<分かったわ。もうこんな事しない。だから、安心して。>
<…今度、どっかへ行くときは…事前にちゃんと教えてよ。…せめて後からでも連絡を入れて。>
<…あなた、私の両親みたいな事を言うのね。>
<そうだよ。おかしいでしょ? …だから、私に一々こんな事、言わせないでよ。>
<…そうね。気をつけるわ。>
<…>
宏子は顔を上げ、恥かしそうに目をそらしながら鼻をすすっている。
<…忘れてたわ。私達は、「チームメイト」だったんだものね。>
<…>
宏子はリジュワナを見る。微笑みかけるリジュワナに、宏子は答えるように少し口元を緩めてみせた。
<ねえ、宏子。…言い訳という訳じゃないけど、ここにいる間に私が何をしていたかについても、あなたに知っておいて欲しいの。あなたにとっても…いえ、地球人全体にとって、とても重要な話よ。…私は、それ位のつもりでいるわ。>
<…>
改まって念じるリジュワナ。宏子は息をつきながら無言で頷く。
<…>
宏子は、まるで今その存在に気付いたかのように、ふとリジュワナの隣の少女に目を向けた。
<あ、初めまして。>
にっこり頭をさげるスグタ。
<う、うん…>
<紹介するわ。彼女…一応女性よ、はスグタ・ベトボ。パフタオチトゥの実務代表。…まあ、一言で言えば、サクコブね。>
<あ…>
宏子は一瞬口を開けるが、すぐ納得顔で頷いた。
<だね。ここはサクコブの意識世界…ああ、「意識ネット」だったっけ、だから、サクコブが人間の格好しててもおかしくない訳だ。っていうか、私とリジュワナ以外に人間がいたらむしろびっくりする事なのか。>
<そうね。>
<…ん? 一応女性?>
宏子は目を細めてスグタの顔を見る。スグタは少し困った様子で笑う。
<ええと…私達の種族の性別や生殖の仕組みについて細かく御説明したいのはやまやまなんですが、後10分しか時間が無くてですね。今はそれよりもまず、パフタオチトゥの事についてお話申し上げたいな、と…>
<…良いけど…何で日本人顔なの、ここでは?>
<それも後で説明するわ。>
<…何でそんなに時間が無いのよ。>
リジュワナを軽く睨む宏子。
<それは今説明する。>
リジュワナは息を整えるようにして両手を合わせた。
<まず、何で時間が無いのかって言うと、今の私達のこの会話は、言ってみれば、ネットワーク内の秘密通信なの。この部屋には私達以外誰もいない。って言っても、例えば盗聴器をこの部屋に仕掛けるとか、あるいはもっと象徴的に「ドアから盗み聞きする」でも良いけど、どこかで私達の会話に聞き耳を立てている者がいるかもしれない。実際にはここはバーチャルな世界だから、そういった事が現実世界よりむしろ更に容易であるのは想像つくわよね。…少なくともあなたなら。>
<…ん、まあ…>
自信無さ気に頷く宏子。
<良かったわ。正直言うと私は余りよく分かっていないのよ、この辺りの理屈は。…とにかく続けるわ。それで、普通の会話なら聞かれても特に害も無いでしょうけど、私達の場合は少し困るのね。>
<何故かと言いますと、私達は>
<パフダーなんたらだからなんでしょ。…で、それって何よ?>
<私達の仲間よ。>
<…>
宏子はリジュワナの念に眉を上げてみせた。
スグタが人差し指を立てて振る。
<…違いますよ、ホクさん。ホクさんはパフタオチトゥの仲間、じゃなくてマネージャーです。…創設者と言った方がより正確ですが。>
<創設者? リジュワナが作ったの? 何を?>
スグタに聞く宏子。
<…地球の人は、サクコブ生命体の事を殆ど何も理解していないと、ホクさんが言われた事があります。つまり、サクコブ生命体の事を、ただ地球人・クザラル人へ攻撃をし続けている悪魔のような存在としてしか知らないと。これは、本当ですか?>
<あ、う、うん。まあ、そうかも。>
<その見方は、それはそれで間違いとは言えないかもしれませんが、あくまで私達の一面に過ぎません。クザラル人がただサクコブ生命体を攻撃し続けるだけの存在ではないのと同じように、私達にもまた色々な意見、生命体がいるのです。>
<…>
<あなた方から見ればどれもこれも同じサクコブ生命体にしか見えないかもしれませんが、私達は多様な言語、民族、思想を持っています。現在、多くの生命体を指揮し、対クザラルの安保戦争を指導しているのはフィキチュアジという名前の軍事企業です。ですが、彼等に賛同する事を良しとしない集団も、決して表には出ませんが実際にはいるのです。>
<色々、専門用語が出てきてよくは分からないけど…まあ良いや。要は、今のサクコブの偉い人達が嫌いな人達な訳だ。その、パフ…>
<パフタオチトゥ。>
<…って言うのは。言ってみれば地球のEIMみたいなもんだね。>
言葉を足すスグタに頷きつつ、宏子はリジュワナの方を向いた。
<…EIM?>
リジュワナが眉をひそめる。
<うん、そういう事でしょ?>
<…地球…独立運動? 初耳だけど、どういった運動なの?>
リジュワナはテレパシーを分析しながら宏子に尋ねた。
<え? …あれ、あんたってもしかして、EIM全然知らないんだったっけ?>
<…>
肩を上げ頷くリジュワナ。
<…はあ…つくづく私って孤立無援だったんだなあ、もしかしてもしかすると。>
呟く宏子。
<私が知っているところで挙げるなら、クザラル人のHNKよ。彼等には良く似ているわ。>
<あ、うん、そう。大体そういう意味の事を言おうとしたの。>
<そう。…宏子、ここに来る前に私、言ってたでしょう。サクコブは話が分かるかもしれないって。…その私の推測は、半分正解で半分間違ってたわ。私が最初に声をかけたサクコブは、私に聞く耳なんて持たなかった。それでも彼等の興味半分にこの意識世界に連れてこられて、最初は自分の心の働きを観察されたりとか、実験動物みたいな扱いも受けて、不愉快な思いも色々したけれど…>
リジュワナは息をつき、眼鏡を上げる。
<徐々に、彼等の中で、話が通じる存在もいる、という事に気付き出したの。>
<最初にホクさんが接触してきたのが、私達ジュトゥ生命体のレジスタンス組織でした。その後、私達から他の民族の抵抗組織達の事を聞いたホクさんは、彼等をフィキチュアジ打倒という共通の目的の下で大同団結させようと試みだしたのです。>
<試みだしたっていうか、私はここにいるだけで何もしていないのよ。実際に交渉に動いたのはスグタ達だったから。>
<そんな、謙遜なんかしないで下さい。>
スグタは手を振って笑う。
<デアグジョオバのバササク書記へのホクさんの啖呵は、今でもジュトゥ生命体の間では伝説になっていますよ。あの時のホクさんの>
<まあ、とにかくそういった事があって、ここ最近は4組織で連絡を取り合って、共同戦線を張る事にした訳。>
スグタを遮るようにリジュワナは念じた。
<…なるほどね。>
<残念だけど、この共同戦線でもまだ、フィキチュアジの体制を覆すまでの実力は無いでしょうね。でも、宏子、考えてみて。地球人と、地球人に協力的なHNKと、このパフタオチトゥと、3者が力を合わせたら。それぞれ単独なら弱小でも、私達全員が揃えば戦況は変わると思うわ。コココ人はゴニ教徒の侵略を止める事が出来る。パフタオチトゥはフィキチュアジの圧政から解放される。何よりクザラルとサクコブ、両方の戦争が終わるわ。…そして宏子、地球人はこれで初めて、どちらの勢力に怯える事もなく、宇宙の中での独立を勝ち得る事が出来るのよ。>
<…>
宏子は何かを念じかけてからそれを止め、窓の外の夕焼けの景色を眺めた。
<まあ、そうなったら私も嬉しいよ。>
リジュワナ達に背中を向けて彼女は念じる。
<ええ、私がどうしてずっとここにいたのか、理由はそういう事なの。ここにいないと、私はスグタ達と連絡が取れなかったから。>
<ふうん…>
<でもそれも変わるわ。こうやって宏子をちゃんとここに呼ぶ事が出来たという事は、今度からは私も地球に戻れるし、彼等と連絡したい時はこうやってここに来る事も出来る。双方の意思疎通が簡単に出来るようになった。つまり、今、これで初めて整ったという事よ、パフタオチトゥと、私達が共に戦うという準備が。>
<…うん、良かったね。>
背中を向けたままの宏子の念に、リジュワナはふと眉を寄せた。
<余りあなたの念が嬉しそうに聞こえないのは気のせいかしら。>
<うん…そんな事無いよ。良い話じゃないかなと思う。頑張ったら良いんじゃないかな。>
夕陽を背に振り返る宏子。
<…ええ、そうね。お互い頑張りましょう。>
<…>
<…何よ。>
苛立たしげに聞くリジュワナ。宏子はまた目をそらし、息をつく。
<リジュワナは偉いと思うよ。…でも私はもう駄目なんだ。そう言えばアリーザも前、そんな台詞言ってたっけな…私ももう、ゆっくり眠れたら良いのに…>
<…何だか、アリーザが今、ゆっくり眠っているように聞こえる表現ね。>
<…私は、もう良いんだ。戦争とか、地球がどうとか…どうでも良い。もう良いんだ。うん。もう良いの。>
ぎこちなく笑う宏子。リジュワナは尋ねる。
<…何があったのよ、宏子。>
<色々あったんだよ。…リジュワナと同じ位色々ね。リジュワナは、辛い事は我慢出来たみたいだけど…私は駄目。もう駄目だよ。…だから、私からは、リジュワナとスグタには、頑張ってって応援する位しか出来ないんだ、悪いけどさ。>
リジュワナは驚きで目をまたたかせながら、宏子に念じる。
<でも、…待って、確かにあなた達も色々会ったでしょうし、私のいない間に大変な事も多かったのかもしれないけど…そういった事が、これでようやく終わるかもしれないのよ?
ようやくそういった事を終わらせられる一歩になるかもしれないのに…あなただって、この春日部の学校に戻りたいでしょ? 平和な学校で授業を受けたいでしょ?>
<春日部全部が消えた訳じゃないけど…>
宏子は自分の前の机をコンコン、と手で叩いた。
<少なくとも、この学校はもう無いよ。この辺り一帯はもう、完全に廃墟になってるはず。大体、あの辺にいた人で生き残りって言ったら、私と美耶位しかいないんじゃないかな。後は全員死んでると思う。クラスメイトとか、皆の家族とか、ウチの近所とか。…全員。春日部に関しては、もう手遅れだよ。皆穴だらけになったか、その後の建物倒壊で潰されたか、その後の火事で燃えたかしたから。>
<…>
リジュワナは動きを止めた。
<…で、でも! …それなら、あなたは、サクコブに相応の恨みがあって良いはずだわ。これから、ようやくその報復が出来るじゃない。>
<恨みはあるよ。>
顔を上げ、宏子は穏やかに念じる。
<だから、リジュワナに頑張ってほしいなとは思ってる。私の恨みの分まで晴らしてくれたら嬉しいと思うよ。>
<そうじゃなくて!>
<佐藤さん、私達は、佐藤さんが地球を代表する魔術師だと聞いているんですが、私達にお力を貸しては貰えませんか? 私達の利害は一致していると思うのですが…。>
<残念だけど、私はそもそも魔法少女じゃないから…>
宏子はスグタに肩を上げる。
<宏子、今はそんな言葉遊びの冗談を聞きたい時じゃないの。>
<冗談なんかじゃないよ、リジュワナ。…はは、冗談だったら良かったんだけどね。>
<…>
リジュワナは眉を寄せ、ため息をついて宏子を見つめた。
<…あ、もうそろそろ時間ですね。>
スグタがバーチャルディスプレイの時計を見て呟く。
赤い教室の中で、三人の少女が別々の方向を見たまま立っていた。
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