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ラジオのチューニングでもしているかのように高周波の音が響き出し、その調和が崩れると共につむじ風と光の渦が拡散して、宏子達が現れた。
<…本当にこんな所にいるのかしら。>
周囲はごつごつとした岩山ばかりの荒地だ。真夏の太陽が照りつけて、赤茶けた地面に濃淡の激しいまだら模様を作っている。
地平線の遥か向こうまで、人工物らしき物が全く見当たらない周囲を見回しながら、リジュワナはテレパシーを漏らした。
<…>
リジュワナに同意しているらしい表情で、プオラギイックは隣のシユマに目を移す。
<フテャージュが確かにそう聞いたの。彼女の裏情報が役に立ったのは、今回が初めてじゃないんだから。>
弁解するようにシユマは肩を上げる。
<でも…どこにも見えないわよ、秘密会議を開こうとして一大集会を開いている魔法協会員達なんて。>
彼等は4、5人で周囲を見回しながら岩山を歩く。
ピ、ピッ。
「プオラギイックよりモニク班。状況は?」
プオラギイックが端末に話し掛ける。しばらくの間と共に、やや困惑しているらしい声が聞こえてきた。
「ええと…無事です。B地点から作戦通り移動中。だけど、敵の姿が一切見えないんだよね。系魔法を使ってるの?」
「俺も今それを思っていたところだ。…シユマ?」
横にいるシユマが頭を上に向ける。
「場所が無人地帯だし、大人数が集まるような会議で、わざわざ系の魔法をかけるとは思っていなかったんだけど…」
「でも誰も見えない。かけているか、全員寝坊で遅刻したかだな。」
「…秘密の建物の中にいる可能性は?」
やや高い声の英語がスピーカーから聞こえてくる。
「うーん…そうだね、リチャード。ここにHYIが拠点を持っているとは思っていなかったけど、可能性としてはそれもありうるよね。」
自信無さ気に答えるシユマ。プオラギイックはため息をつきつつ口を開いた。
「この間の地球支部襲撃は、ベストの結果とは言いがたかった。死者や怪我人こそ出なかったものの…」
「…」
リジュワナは無言で、肘でプオラギイックをつつく。彼女の右腕に巻かれた包帯にプオラギイックは目をやった。
「…重傷者、こそ出なかったが、向こうの目標も3名だけで、後は逃げられていたからな。ダイポ・レーもアンドレア・ピーターセンも全く無傷だ。」
「蔡英もね。」
付け足すリジュワナ。
「今回も失敗だと、士気に関わるぞ。」
シユマはプオラギイックの言葉に肩を上げる。
「大丈夫だよ。こんな所で失敗したらそもそも逃げ場も無いでしょ。」
「…」
無言で目を向けるプオラギイック。
「いつ聞いてもエウグ人の冗談はつくづく楽しいわね。」
にこりともせずにリジュワナは念じた。
「…えーっと、作戦はどうしたら良いのかな?」
プオラギイックは一瞬空を見上げてから、端末のモニクに答える。
「続行だ。ただし慎重に。念入りにスキャンをしながら進んでくれ。」
「了解。じゃ。」
プオラギイックは腕端末を口元から離す。
ピピ。
「…ふう。」
再び立ち止まり、プオラギイックは腕端末のスイッチを押す。
「スグタよりプオラギイック班。」
「どうぞ。」
「現在D地点に引き続き待機していますが、80クザラル秒前から魔力反応の微増を感知。良いと思われます。もし、それがそうなら。……翻訳エラー。原語の文が不完全です。」
「スグタ?」
端末からの主音声はボツッ、という音と共に途切れ、無音状態になった。
「…D地点だ。」
プオラギイックは簡潔に言う。頷くシユマ達。彼等は小走りに岩山を降り出す。
ビシュウッ。
何かが風を切る音に彼等は振り向いた。
<ヒア・エンティフ!>
リジュワナがステッキをかざす。シユマがそれを止めた。
<解除して。発煙筒だよ、皆窒息する!>
彼等のすぐそばに投げられた物体から灰色の煙が吹き上がり、見る見るうちに視界を埋め尽くしていく。
「ゲホ、ゲホゲホッ。」
咳き込みながら頷くリジュワナ。プオラギイックが自分のステッキを上げる。
<ザナ・キュディヌ・ヒオ!>
<…>
<…当然瞬間移動なんか効かないと。>
ステッキを下げるプオラギイック。
煙が途切れてくる。視界が戻ると共に、彼等の前に先程まで見えなかった物が姿を現していた。
<…>
<…どうしたのよ、皆、早く逃げないと>
呼吸を整えながらリジュワナが顔を上げる。
<…>
そしてリジュワナは、眉を上げつつ息をついた。
<…ふう…余力を本部に残しておいて正解だったわ。>
リジュワナ達の前方には、多数のクザラル戦闘機と地球のヘリ、戦車が、リジュワナ達に壁を作るように広がっていた。
<…シユマ。>
プオラギイックが念じる。シユマは耳の裏をかきながら前方を見ている。
<…後でトイレ掃除でもゴミ出しでも何でもするよ。>
空中に静止しているクザラルのダークレッドの小型機が、照射線を数発発射する。リジュワナは先頭に立ってもう一度ステッキを掲げた。
ビイイン、ビイインッ。
わざと外しているのか、戦闘機の照射線はリジュワナ達を包む防御膜に当たりもせず、数メートル向こうの地面に消える。
しかし、それを合図にするかのように、横に列を作っている数十台の戦車が一斉にこちらに前進を始めてきた。ゆっくりと、土ぼこりをあげながらこちらに近づいてきている。
<防御膜さえあればここでじっとしてても別に良いんだけど…一応逃げてみる?>
肩を上げるシユマ。プオラギイックが振り返る。
<少なくともこの岩山は戦車は登りにくいだろう。後退するぞ。>
「…」
リジュワナ達は頷きあう。彼等はじりじりとやって来る壁から、逆方向に走り出した。
岩肌に囲まれた坂道を数人の地球人・クザラル人が走っていく。
照射機を構えた戦闘員が急に立ち止まったので、後ろのリジュワナは背中にぶつかりかけた。
「…ちょっと。」
「魔術師。」
振り向いた戦闘員が、前に目を向けてみせる。
「…何?」
大きな岩の陰からリジュワナは顔を出す。
「…」
リジュワナは眉を上げる。
ドンッ。
<わっ。>
念を上げるシユマ。
<…>
背中をさすりながら、リジュワナは後ろに振り返った。
<シユマ。>
<ごめん。…いや、急にここで止まってるから>
<あなたの部下がいるわよ。私達の部下も一緒にいるけど。>
<え…?>
岩から顔を出すシユマ。
数十メートル向こうの岩原で、スグタと思しきサクコブ生命体が、かなり大き目の防御膜を周囲に張っている。その中には十数名の地球人とクザラル人がじっと立っている。モニク達の班だ。
そして彼等はHYIの戦闘機に包囲されて、照射線を周囲に撃たれている。
彼等に対峙するようにして、数名の地球人、クザラル人達がリジュワナ達から見て奥の方の場所に立っている。
そのクザラル人達の中の一人を見て、シユマは眉を寄せ耳をしならせた。
<フテャージュ…>
<どうした?>
<前を見て。>
後ろからやって来たプオラギイックに、リジュワナが答える。プオラギイックは目を細め、岩陰の向こうの景色を眺めた。
<…おやおや。スグタがやられるとは痛いな…>
<何、他人事みたいに言ってるの。防御膜はこっちの方が弱いのよ。>
眉をひそめるリジュワナ。
ビイイン、ビイインッ。
照射線の音と、それを掻き消す砂利の音に彼等は振り返った。
割れた岩石と無数の砂利が、空中の見えない壁にへばりついて、石造の半ドームのような状態を瞬時に作り出した。彼等のそばの岩盤が爆発したのだ。
<大丈夫?>
<私? もちろん。防御膜の上に岩が乗ってるって言っても別に、私の肩に直接、岩の重みがかかってくる訳じゃないし。でも何時間も防御魔法を続けられる訳でもないし、このままだと解除した時には生き埋めになりかねないとは思うけど?>
シユマに答えるリジュワナ。
<確かに。何とかしないと…>
ビイインビイイン、ビイインッ。
「…」
シユマの念を中断させる高周波の音に、ステッキを持ったままのリジュワナはため息をついた。
更に地面が揺らぎ、土砂がますます防御膜に覆い被さってくる。山の「爆撃」に気付いた向こうのモニク達が、こちらの方に目を向けている。
ピピ。
プオラギイックは一瞬ためらってから腕端末のキーを押す。
「…こちらプオラギイック班。」
「モニクだけど…こっちに来た方が良いんじゃないかな。そっちで防御膜張ってる人には悪いけど、スグタさんの下の方が安全だと思う。」
「気に入らないわ…」
「あ、リジュワナちゃんなんだ。ごめん、そういうつもりじゃないんだけど」
「もちろん分かってるわよ。」
リジュワナは端末の声に答える。
「そうじゃなくて、敵が私達を一つに集めようとしているって事がよ。しかも下手に生殺しで…この状態から、どうやったら逆転に持っていけるのかしら。」
ビイイン、ビイイン、ビイインッ。
リジュワナ達が今さっきまで歩いていた岩山は戦闘機からの照射線攻撃であらかた粉々になり、その粉塵が周囲を埋め尽くす。「ドーム」上に降り積もった石のおかげで、防御膜の内側はかなり薄暗くなってきた。
「はあ…プオラギイック?」
判断を仰ぐリジュワナ。
「…シユマ?」
「え、私に聞くの?」
「…」
シユマにため息で答えてから、プオラギイック達は岩原の方に歩き出した。
何度か戦闘機の照射線にせかされながら、彼等はスグタ達のもとまでやってきた。岩がちの平原で、どこにも逃げ場らしい場所はない。正確には、唯一の逃げ場だった小山が先程破壊されている。
スグタの防御膜の下でモニクが小さめの防御膜を張る。スグタの防御膜が一瞬消え、すぐにプオラギイック達も含んだ大きさの新しい膜が張られた。
<…お久しぶり。>
自分の防御膜を解除したモニクが苦笑いでリジュワナ達を見る。
<で、私達はどうなるの?>
プオラギイックに目を向けるリジュワナ。
<さあ…>
プオラギイックは首を上げる。
<モニク、本部への通信は?>
<繋がらなかったよ。>
モニクの念に頷きつつ、プオラギイックは肩を上げた。
<それは俺も同じだ。それで、どうにかして繋げられないかって意味で聞いたんだ。>
<どうにかして、って…妨害が効いている中でどうやって? しかも何の道具も無しで…プオちゃん、私だって四次元ポケットがついてる訳じゃないんだから>
<…次元?>
<あ、ううん、気にしないで。…とにかく、無理だよ。>
<そうか…>
<…>
腕を組んだリジュワナは、頭上に浮かぶサクコブ生命体を見上げる。
「スグタ、あなたは後どれ位持つの?」
「私自身の生命維持のために多少余裕を見て、約338チュチャクズ、22地球分、あるいは117クザラル分です。」
「そう。それまでにケリがつけば良いけど。」<…モニク、あなたの好きな魔法少女アニメだと、こういう時はどうやって切り抜けるものなの?>
<だから、そんな事真顔で言われても…>
<誰か出てくるみたいだよ。>
シユマの念に一同は前を見る。地球のヘリコプターが着陸し、フォーマルな服の地球人男性とクザラル人女性が降りてくる。彼等の後ろから、マイクを持った地球人とテレビカメラマンもやってきた。
<ああ。誰かと思えば。…いつ見ても綺麗だねえ。>
耳を立てながらシユマが念じる。ヘリからやってきた女性が彼等の前に立つ。彼女は腕を組み、大声のエウグ語で話し出した。
「代表と話をしたいわ。」
「…」
「…」
プオラギイックとシユマが目を見合わせる。シユマが肩を上げてみせた。
プオラギイックがニグーワー語で答える。
「俺達は「連合」だ。「連合」は3団体の平等な結合体であり、一人だけがそれを代表するという性格の組織ではない。」
「…別に三人でも四人でも構わないわ。ただ話がしたいだけよ。」
ヘリの起こす風に髪を揺らしながら、険しい顔のジュチャが口を開いた。
「ここで3団体を代表出来るのは、プオラギイックEIM副代表、シユマ・ホス・フドゥカトゥンHNK地球支部長、それから私、スグタ・ベトボ、パフタオチトゥ連邦政府実務代表、以上の3名です。」
空中に浮いているサクコブ生命体の合成音声を、ジュチャは物珍しそうに見上げる。
「ですが、私がこの場を離れるのは多少問題が残りますので、ここはプオラギイック副代表とシユマ支部長が行かれるべきではないでしょうか。」
「…」
プオラギイック達は互いを見合わせる。
<信用しなさい、不意打ちをしたりはしないわよ。>
<…>
プオラギイックは頷いてみせる。スグタが一瞬防御を解き、その隙にプオラギイックとシユマは一歩前に進んだ。
リジュワナ達から10メートル程度離れた地点で、三人のクザラル人は立ち止まった。
<久しぶりだな。>
「…あなた達の攻撃は暴力的かつ卑怯で、個人的には許しがたいわ。」
ジュチャはテレパシーを無視して喋りだした。地球人カメラマンの持つビデオカメラが、彼女の横顔を映している。
「この会見は現在録画されていて、地球、及びクザラル星のテレビ局に放送される予定よ。異論はあるかしら。」
「異論も何も…この状態で、私達に拒否権とかは認められてんの?」
コココ語で答えるシユマにジュチャは眉を上げる。
「無理に外国語を使わなくても、自分の母語で喋れば良いのよ?」
「…」
「さて。魔法協会及びUOTRは、あなた方の理不尽な奇襲攻撃に強く抗議します。…ですが、無条件に報復を返すのではなく、まずはあなた方の言い分を聞きたいと思ったのよ。地球のテレビ局のアンケートによると、地球人の76%が今回の攻撃を非難し、64%は即時にテロ組織の壊滅を求めている。でも同時に、26%の地球市民は、この問題は話し合いで解決すべきだと答えたの。私は1クザラル人として、地球人のこういった平和的姿勢に心打たれたわ。だから、もしここであなた方が真摯に反省して、もう二度とこういった事は起こさないと宣言してくれるのであれば…私達は、今回の事は敢えて水に流そうと考えたんです。」
砂風が吹く。プオラギイックはため息を漏らした。
「…」
「…私達の言い分?」
シユマが胡散臭げにジュチャを見る。
「ええ、そうよ。あなた達が自分の言葉で謝罪するなら、私達もあなた方を頭ごなしに否定するつもりはないわ。むしろ、私達の仲間として受け入れてあげても良い。」
「えーっと。」
シユマは耳をかいた。
「しばらく使っていないうちにエウグ語忘れちゃったみたいで、彼女の言ってる意味がよく分かんないんだけど。プオラギイック、翻訳してくれない?」
「…もし、謝罪すれば、俺達は解放されるのか?」
「嫌ね、プオラギイック。その言い方じゃ、まるで私達があなた方を無理に拘束しているみたいだわ。実際には唐突に攻撃を仕掛けてきたのはあなた達の方だったのに。」
「いいから。それで、俺達はどうなるんだ?」
プオラギイックの声が荒くなる。ジュチャは肩を上げる。
「こちらとしては、今回はニ人の反省の言葉が聞ければ、全員手をつけずに、好きな所へ帰ってもらって構わないと思っているわ。」
「…」
シユマがプオラギイックの方を向いてテレパシーで念じる。
<プオラギイック、嘘に決まってるでしょ。こいつの言う事なんか信じてどうすんの!>
<あら、今回プオラギイック達の信用を裏切ってここに全員を連れてきたのはあなたの部下でしょ、シユマ。>
<それこそあんたに騙されたからでしょ!>
シユマがジュチャを睨む。
<心外ね。私は彼女に洗脳も何もかけていないのよ。あなたみたいなのとは違うし。>
肩を上げるジュチャ。
<な…>
「ニ人とも、結論は出た? 彼等の代表として。」
ジュチャはリジュワナ達の方に目を向けてみせる。
「…出た。」
「…出…」
口を開きかけたまま、シユマはプオラギイックの方を見る。
「…出た?」
「ああ。俺達、「連合」は、先の魔法協会地球支部襲撃事件について、心からのお詫びと、犠牲者への深い哀悼の意を表明する。」
プオラギイックは右手の平を水平にかざし、額の辺りから胸元までゆっくり下げてみせた。
<プオラギイック!>
<良いんだ、喋らせろ。>
<でも、こいつの言う事なんか嘘に決まって>
<大丈夫だ、俺もジュチャとは付き合いが長い。こいつが言った事を守る奴なのは知ってる。>
<何言ってんの、これとの付き合いは私の方が長いんだよ。だから知ってる。こいつは、そういう善人面をして人を追い込むのが天職の人間だってね!>
あさっての方向を向いたままジュチャがすまして念じる。
<まるで鏡よね。それは全部あなた自身の事でしょう。自分が一番良く分かっている事なんじゃないの、シユマ支部長。>
<…>
殺気を持った目をシユマは前に向ける。
<いいから、ここは俺を信じろ。>
「しかしながら、この事件は不幸な誤解のもとに起きてしまったものであり、言うなれば、事件というよりは事故に近いんだ。それを説明させてほしい。」
「…なるほど。どういう事かしら?」
「…HYI地球支部内に、サクコブのスパイが潜入しているという情報がこちらに入ってきたんだ。そのスパイは非常に能力が高いため、迂闊に支部に知らせるとスパイもそれを感づいてしまう危険性が大だった。」
<…プオラギイック…>
シユマは表向き黙って、彼を見続けている。
「そんなスパイが? それであなた達はどうしたの?」
「俺達は政治的理由から、決してHYIを全面的に快く思っているとは言えないが、かといって同朋がサクコブにやられるのをみすみす見逃すなんて事は出来ない。だから、せめて要人だけでも救出しに行こうと考えたんだ。」
「救出に? でもあの夜、ドーラ・フォゴタンガ3級資格者とムトゥザ・キブ・オレフィディ総務係師はあなた達の部隊に殺されているわ。」
「それはスパイが殺したもので、俺達は彼等は守ろうとしたんだ。」
「それは、事実とは反するわね。ビデオの記録にははっきりあなた達が殺しているところが写っているのよ。それ位は、この会見を見ている視聴者なら全員とうに知っている事でしょうし、証人だってたくさんいる。」
「全て系の魔法だ。サクコブの魔力が非常に強力な事はお前達も良く知っているだろう。」
「…」
<ずっとそれで押し切るつもり? ちょっと話に無理があるんじゃないの?>
ジュチャは眉を上げてみせる。
シユマは唇を噛みながらプオラギイックに目をやった。
<…ねえ、プオラギイック、考え直そうよ。こんな茶番につきあってたって埒が明かない。あれは最初から、譲歩とかするハラは全然無いんだよ?>
<そうは言わないわ。…でも、出来れば多少の事実と、多少の本心からの謝罪を期待したい所ではあるわね。>
「全て、スパイによる系の魔法だ。」
<ふうん…>
「それでは仮にそうだとして聞くけど…今、そのスパイはどこにいるの?」
「…」
「こっちは既に、要人をニ人亡くしてしまった。そのスパイはとても危険な人物だわ。あなた方はそのスパイに詳しいようだから、今どうしているかももちろん分かるでしょう?
それとも、もう既にそちらで捕まえたのかしら。」
「…取りのがした。」
「そう。」
ジュチャは頷く。
「つまりEIMは、HYI地球支部が危険にさらされている事を知っておきながら、その事実を支部自体には知らせず、地球支部は自分達では何の対策も取れなかった。その結果、HYIはニ人の犠牲者を出して。そしてスパイはそのままどこかへ消えてしまった、と、そういう訳ね。」
「…」
「プオラギイック副代表。どうしてその情報を、事前に私達に知らせてくれなかったの。そうすれば私達も犠牲を出さずにすんだかもしれない。モンスターの放った危険なスパイを結果として野放しにしてしまったのは、あなた方の責任が大という事になりますね。」
「それは…」
「もちろん全ては、仮に監視カメラの映像が系魔法による虚偽の物であったとした場合の話ですけど。時間はかかるけどHYI本部の方で専門家が念入りに映像を調査すれば、事の真偽はじき明らかになるでしょうけれどね…」
「…」
プオラギイックはジュチャの顔を見た。
「どうかした?」
「…いや…」
「そう。 副代表の率直なお気持ちを聞かせてもらってありがとう。…さあ、それじゃ次はあなたの言葉を聞きたいわ。HNK地球支部長。」
「…馬鹿馬鹿しい。」
シユマはそっぽを向く。
「シユマさん。あなたは今回の事件についてどう思っているのかしら、一責任者として。」
「…」
<この放送がJVK全土で流れるものだ、っていう事を少しは意識したら?>
<だから何? 公共の電波で嘘八百を言うほど私は落ちてない。>
<流石。聞いた? プオラギイック。HNKで長年揉まれてるテロリストは違うわね。あそこで怯えている仲間達より、自己満足なプライドの方を優先させるそうよ。感服だわ。>
<ジュチャ、あんたね…>
<このままだと、HNKだけが嫌われ者になるわね。地球人もクザラル人も、理不尽な暴力は受け入れられない。ここだけの話、今回の襲撃は私達にはとても大きな得点だったわ。だって、こっちが何をしないでもあなた方は人々から嫌われるんだもの。こうやって謝罪の場を作っているのは、本当に人助けなのよ。だってこうでもしなかったら、あなた方は人々が自主的に行う社会的制裁でにっちもさっちもいかなくなるじゃない。>
<あんたはあんたの正義を勝手に信じてれば良いわ。でも私は騙されない。>
<…シユマ、騙されろ。>
<プオラギイック…!>
<今はそうするしかない。この後の事は、また後でゆっくり考えれば良い。>
<…でも、>
<認めろ。今回は、俺達は負けたんだ。口だけですむなら安い代償だろ。>
<何言ってるの。これは口「だけ」って事じゃない。組織の信用の問題じゃない! 自分達を否定するような事を代表者が公共の場で言ったら、それこそ私達はこれからにっちもさっちも行かなくなるんだよ!>
<だとしても、今回は負けたんだ。>
<っ…>
「シユマさん、聞きたいわ、あなたの話。どうか話してくれないかしら?>
「くっ…」
「お願いするわ。」
微笑むジュチャ。カメラがシユマの顔にズームインする。
「…」
シユマは顔を上げた。
「ふう…」
シユマはたっぷりため息をつく。
「シユマ支部長?」
「…分かったよ。」
そして彼女はほくそえんだ。
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジッ!
風を切る高音と地味だが不快な機械音、そしてそれに続く爆発音。ジュチャは息をのみ周囲を見回した。
「じゃあ、はっきり言ってあげる。魔法協会は最低の下衆集団よ、だから殺したの。何か文句ある?」
黒い円盤型の飛行物体が3機、空を飛び回る。円盤から絶え間なく発射されるオレンジの光線で、HYIの戦闘機、米軍の戦車、ヘリコプターがことごとく火を吹き上げる。
円盤の後からはサクコブ生命体が飛んできた。生命体の放つ攻撃弾で戦闘機や戦車は更に破壊され、丸い断面を残して煙を上げている。
「な…な…がうっ!」
口を開いたまま周囲を見回していたジュチャは、プオラギイックに腹を殴られ目を閉じた。
「あなたもしばらく寝てもらえるかな?」
ガチッ。
シユマがカメラマンに微笑む。そして彼女はカメラマンの脇本に裏拳を叩き込んだ。
「ううっ!」
倒れるカメラマン。
<悪いけど、このビデオは私をベストアングルから撮っていないからボツなのねー。>
言いながらシユマはビデオカメラを地面に起き、攻撃弾で穴を2、3開けた。
<そっちにも穴を開ける?>
シユマがプオラギイックを見る。
<…>
プオラギイックはジュチャを地面に横たわらせる。プオラギイックはしばらく彼女の顔を見てから、首を上げた。
<いや、こいつがいなくなったら小英の話し相手がいなくなる。>
<あんまり模範的な話し相手にも見えないけどねえ。>
<それにお前の話し相手が一人減る事にもなる。>
<…>
シユマは眉を上げてみせた。
<…まあ、あんまり模範的な話し相手じゃないかもしれないけどな。こっちの命を要求してこなかったのは、多分こいつのワガママだ。なら、少しはこっちも感謝してやらないと。>
<だからこれは甘いのよ。大体こんな事やってたら、魔法協会でも居辛くなるわよ彼女。死なせてやった方が彼女の為かも。>
<さあな。でも、誰にとっても、話し相手が多いに越した事はない。>
<ふーん?>
<神の言葉は正しくて役立たず、人の言葉は間違っていて役に立つ。ニグーワーの有名な諺だ。>
<そういうゴニ教徒チックなふざけた諺の存在にニグーワー人の中途半端さ加減が象徴されてるよね。>
<それからな、シユマ。>
プオラギイックは立ち上がった。顔を上げるシユマ。
<地球人を狙う時は脇じゃない。ここだ。>
プオラギイックは自分の下腹部を指差してみせる。
<はあ。そうなの? そんなとこ、排泄器以外何があるっていうのよ。>
<地球人は、それだけじゃないんだ。今度勉強しておいた方が良い。>
<…ああ。まあそりゃ、「プオ」はね。勉強できる相手がいるもんね。お互いの体について色々とね。>
プオラギイックが耳を揺らす。プオラギイックはシユマに近づいた。
<そんな事、してる訳ないだろ。大体何で俺があんな…>
<…何? 暴力女? わがままな奴? 幼いガキ? 自分勝手な地球人?>
<全部だ。>
<あ、そう。で、それって誰の事なの?>
<シユマ! お前までそういう>
「ゴホン。」
<…>
聞こえてきた声に、プオラギイックはゆっくり顔を向けた。
<…ああ。>
ニ人に近づいてきていたリジュワナが頷いた。
<プオラギイック。>
<何が「ああ」なのよ、何が。>
呟くシユマ。
ピピ。
プオラギイックの腕端末が電子音を発する。プオラギイックはスイッチを押す。
「ああ。」
腕端末にバーチャルディスプレイが現れ、宏子の顔が表示された。
「いよう。プオ君元気かい?」
一瞬倒れかけたらしく画面から消えかけながら、宏子は笑って手を振ってきている。
「…まあ、ボチボチな。」
「そ。それは結構。」
画面の宏子は、黒い壁のある部屋に立っているようだ。
「05の船内か?」
「ん。34ff23だよ。」
「…」
空を見上げるプオラギイック。3隻の円盤が彼等の頭上を飛び交っている。
「…見てもどれかは分からないけどな。」
プオラギイックはバーチャルディスプレイに視線を戻した。
「ひーこちゃん、もしかしなくても、こっちに来てるの?」
「魔力が無いのに、って? ヤだなあ、それでも私はムードメーカーとして必要じゃん? 皆のアイドルっていうか、さ。」
「皆って…誰?」
呟くリジュワナ。
「でも、お前は来ないで良かっただろ。それこそ魔力も無いんだし、こっちは危ない、って言うのが分かってたんだったら…」
プオラギイックはそこまで言いかけて、周囲の視線に気づいた。
「それで一々こっちを見るなっ!」
「は?」
「あ、いや、こっちの話だ。まあ、05達を呼んでくれたのはありがたいんだが…でも、どうやってここまで来たんだ? こっちからお前に連絡は出来なかったし、そもそも05も、今回の作戦には不参加だと言っていた。」
「それなんだけど、」
「それは、私の方から説明させてください。」
宏子の隣に05生命体が飛んできて、宏子の顔の高さでぴたりと静止する。
「05生命体にとって、EIMは初めて手を組もうと言ってきた友人なのです。必ずしも最も有能な集団とは言えないし、環境に恵まれているとも限りませんが…友人である事に違いはない。友人が危険な時は、手を貸すのが人情というものでしょう。」
「…って事で、急だけど05部隊も参加してみた訳。30a0辺りは反対してたけどね。この9d88がゴリ押しして、結局押しかけて来ちゃった。」
「まあ、少なくとも、それでこっちは助かった訳だ。」
宏子に答えるプオラギイック。画面が更にもう一つ増える。プオラギイック達の真上にいるスグタが現れ、音声を発しだした。
「バザポも来たのですね。彼女は本部で待機するはずだったのでは?」
「いやあ、私もバザポも留守番暇だったし、05が行くんだったら、私らも顔出そうかな、って思って。」
「組織の長である佐藤代表が計画を変更するのはともかく、バザポがそんな規律違反を?」
「あ、いや…あー、違うのスグタ、私が誘ったんだよ。どうせだったら一緒に来ない、って。」
宏子は慌てて手を振っている。
「あはは。あ、何か悪い事しちゃった?」
「…そうですか。そういう事でしたら構わないのですが。彼女は普段からやや直情的に過ぎる所があるので、勘違いしてしまいました。」
「ま、まあ、バザポもまだ若いからね。」
「彼女は今年で1億1900万チュチャクズ・カデソ、つまり15地球歳ですよ。もういい加減、良き大人として若者達の模範となっていなくてはいけない年なんですが…。」
「あ、そ、そうなんだ。」
画面の中で宏子は引きつった笑いを浮かべている。リジュワナはスグタを見上げた。
「スグタ。そんなにバザポに借りを作ったのが悔しいの?」
ブズ、ブズズズズ。
「…とんでもありません。私はただ、バザポ副官の普段の言動に多少の問題が含まれているという事を…」
「何はともあれ苦境を救ってくれて感謝するわ。」
合成音声を遮って、リジュワナが宏子に言う。
「ああ、それだけど、一体何が起きてたの? 地球軍が来てるなんて話、聞いてなかったけど。」
「その辺りの事は後で説明する。」
プオラギイックの言葉に、画面の宏子は頷いた。
「そう。じゃ…あんた達の遠くの方に、まだちょっといるみたいだから。今からそっちに行って来るよ。」
「…だから、別にお前は行く必要が無いだろ。」
宏子はふと、まばたきをしてからこちらの方を見た。
「…あ、何かプオ、もしかして勘違いしてないよね? 私はあくまで05とパフタオチトゥとの付き合いでこっちに来たんあって、別にあんたの事が不安になったっていうだけの理由で出ばって来たとかそういう事じゃ」
「代表。そろそろ通信の方は。」
「あ、あ、うん。」
9d88に頷く宏子。
「んじゃ、また後で。」
宏子が軽く手を上げると画面が消える。連鎖するようにスグタの画面も無くなった。
黒い円盤はプオラギイック達の真上を横切り、3機とも間隔を保ちながら、山の向こう側へ飛んでいった。
シユマは腕を組み、「はあ」と息を出しながらプオラギイックに肩を上げてみせる。
「プオラギイック、彼女の呼び名がまた増えたね。」
「は?」
「生意気でうるさくて、おまけに「命の恩人」。」
「それは最悪だな。」
気の無い表情でプオラギイックは頷いた。
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