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時の長さは人それぞれ異なる物。それはある者にとっては遠い昔、ある者にとってはつい今しがた起きた話。


大波が船人を襲い、彼等の疲れは頂点に達していました。
彼等は長い戦いを続けていました。本当に長い、終わりの無い戦いです。
彼等は負け続け、命からがらこの地に逃げ込みました。

そしてこの青い星で、彼等は最後の希望を得たのですよ。


「繋がりました。」
「分かりました。」
ネットワークを介して意識が接続される。自分の周りの世界が赤茶けた砂漠地帯に変わる。
サクコブ生命体は軽く羽をなぎ、体の向きを変えた。
「あなたの方は首尾良くいっていますか。」
「はい。…順調過ぎて、逆に恐ろしくなります。」
そこに浮遊していた別のサクコブ生命体が答えた。
「案ずる物ではありません。今までだって私達はずっと生命体の繁栄の為に尽力してきましたし、それはこれからも変わるものではないのです。」
「でももし宇宙が平和になったら、その時、私達はどうするのでしょう。」
「フィキチュアジは、何も兵器のみを扱う企業という訳ではありませんよ。」
生命体は破擦音をあげる。
「それにその仮定は、まだずいぶん気が早いのでは?」
「…そうかもしれません。」
「そもそもフィキチュアジの求めているのは戦争ではありません。安全保障です。それはつまり、平和、という事です。誰だって、平和を求める心は同じでしょう。私達も、あなた方も。それに無甲殻生命体だってそうだ、と私は信じています。」
通信相手の生命体は頭部を何度か振った。
「でも、テロリスト達は…どうなのでしょうか。パフタオチトゥはもちろん、クザラル人や地球人達も、内部にテロリスト組織を抱えていますが…」
「彼等もです。彼等はただ、自分達の扱われ方に多少の不満があるのですよ。それを暴力でしか表明できないという点が、彼等の貧しさなのですが。」
「なるほど。」
「ですがフィキチュアジは、一度過ちを冒した者達をも受け入れる準備があります。とはいえ、まずそのためには、私達の星の平和を回復しないと。」
「承知しています。」
「そう硬くならないで。今日はそれで、あなたに良い物をお見せしたいのです。」
生命体がそう言うと、相手の頭部を囲むように半球形のバーチャルディスプレイが現れる。
「…これは…」
「ええ、攻撃弾の集中増幅装置です。複数の生命体の魔力を完全に統合し、強力な魔力を発するのです。もちろん、魔術師に過度な負担や後遺症等はありません。開発には、あなたのクザラル星や、独立機器に関する情報も役に立ちましたよ。」
「アイディア自体は、以前から存在する物ですし、簡単な物ならどの種族も実用化しているとは思いますが…」
生命体は羽を揺らす。
「それにしても、こんな性能のものは見た事がありません。本当なのですか? この、同時に5000体の魔力を統合可能という数値は。」
「ええ。しかもその場合の結果は、一体の魔力の5000倍ではありません。相乗効果で掛け算のように、ある魔力を他の者の魔力で倍にする、という作用が働きますから…単純に言えば5000乗の魔力という事になります。現実には2倍になる訳ではないですが。せいぜい一体につき、1.008倍位が今の限界ですね。ですから数体では、普通に魔力を足した方がよほど良い、という事になる訳ですが…」
「…もし、多数の魔術師が集まれば?」
「まあ仮に、5000体の魔術師を集めたと仮定して。1600ケボデに1.008を5000回掛けると考えると、最終的には約3垓2120京ケボデの出力になりますね。」
「…正直、想像が付かないのですが。」
「私もです。ですがあなたの情報と照らし合わせるなら、これは、少なくともクザラル星は簡単に消し去る事が出来るという値だそうです。一つの星ごと。」
「クザラル人だって、星に防御魔法位はかけていますよ。」
「ああ、説明不足でしたね。つまりこの魔力増幅装置なら、星全体にかかっている防御魔法を全て無視して星を消す事が出来るという事なのです。防御を解除させる必要はありません。力で強制的に、防御を無効化出来てしまうのです。」
ブズズズ…。
「それは…素晴らしい。」
生命体は頭部を振る。
「現在最終試験段階ですが、もうほぼ成功しています。この増幅装置が出来れば、もう宇宙の平和は目前です。」
「なるほど。」
乾いた砂が風に吹きすさぶ中、生命体は音をたてる。
「…しかし何故、こんな話を私に?」
「フィキチュアジは、パフタオチトゥとは一心同体ですから。最後に私達の行動を律する物は、別々の組織の論理などではなく、万物に共通の、永遠の正義のはずです。そうでしょう?」
生命体の言葉に相手は羽を上げた。
「正義こそ永遠。美しい言葉ですね。」


魔法少女佐藤

第22話「魔法少女の奇跡の勝利」


シャヒッド高校の校庭を歩いている宏子は、長袖シャツの胸の辺りをはたくようにしながら、目を細めて周囲を見回した。
「あ。」
宏子は口を開き、日陰となっている一角へ走っていく。
「佐藤さん。」
芝生の場所に接地しているサクコブ生命体がかすかに頭部を揺らせる。
「えっと…」
「スグタです。スグタ・ベトボ。」
「あ、そうだよね。多分そうかな、って思ってはいたんだけど。」
ややバツが悪そうに笑う宏子。
「やはり、個体の見分けはつきませんか。前にお見せしたような人間のイメージの方が良かったですか?」
「うーん、もうちょい慣れれば何とかなると思うんだけど。05の連中なんかはだいぶ違いが分かるようになってきたし。っていうか、スグタ達は私達の見分けってつくの?」
「いえ…直感的にという意味では困難です。体格、頭髪や肌の色などをデータ参照して見分けます。」
「そっか…まあ、お互い違いが大きいからね。」
「ええ。」
宏子はふと、考え込むような表情を見せた。
「…あれ? 私とスグタって、この間はテレパシーで話さなかった?」
「それは意識ネット上だからです。今回のような単純な感覚接続では、テレパシーを含め一切の魔法は使えません。この接続は五感を架空の世界にいるように錯覚させるだけで、意識を物理的に移動させてしまう意識ネットとは根本的に異なるものなのです。」
「ああ、そっか。確かにそうだったね。でもじゃあ、何で今回は意識ネットじゃないの?」
「独立機器生命体は意識ネットに接続できません。彼等の「意識」は私達や人間のそれとは大幅にメカニズムが異なります。というより、その解明が、まだあまり出来ていないのです。」
「なるほど…でも、やっぱり残念だったかな。」
「何がですか? 意識ネットじゃなくて?」
「そうじゃなくて、スグタの格好。地球人のスグタ、結構可愛いからさ。」
「ああ…まあ、ありがとうございます。私自身は、自分が人間の格好で振舞うのはいつまでたっても慣れませんが。経験としては、とても面白いですけれど。」
スグタは頭部をくるくると回す。
「…じゃあ、今度接続する時は、ウチらがサクコブの格好になろうか? もちろん、可愛いサクコブ限定でね。」
「良いですね。ですが、その場合佐藤さん達は、自分達の見分けがつくのでしょうか?」
「…えっと…出来ない、か。」
宏子は苦笑いした。
「私達は同じ生命体とはいえ、その生態や文化はかなり異なりますから。」
慰めるように言うスグタ。
「まあね。けど、リジュワナとは上手くやってるんでしょ、少なくとも? スグタを見てる限りは、クザラル魔法協会の連中辺りよりはよっぽど私達と近い存在のように思えるけど。」
「どうでしょうね。確かに近い部分もあるとは思いますが。例えば…佐藤さんは、魔法を使う時…失礼、以前魔法を使われていた時、自分の体や増幅装置から出る光について、どう思われました?」
「え…うーん、どう思ったかって…眩しい…」
ブズ、ブズズ。
「何か特に、感じ入るものは無かったですか? データによると、クザラル人魔術師の場合は、その多くは魔法の光に一種の神秘性、神々しさを見出しているんだそうです。そもそも彼等の信仰している神…支配者層の信仰するゴニ教と、人口で最大多数のペッギン教に絞って話しますが、それらにおいての神は、いずれも人としてのはっきりとした形などを持たず、光となって現れるとされています。そしてこれはサクコブ生命体においても全く同じなのです。」
宏子は目をまたたかせながらスグタを見る。
「えっと…つまり、サクコブも光が神様だって事?」
「ええ。私達の星の寺院には普通、トゴフェオダタというご神体があります。これは、科学的に言ってしまうと少量のペデビチェシケとリンを含んだ緑色の植物油に過ぎないのですが、化学作用によって、微かに発光するのです。私達は…少なくともボチェシ教徒はこれを神の分身と考え、崇拝しているんですよ。そして神そのものは、やはりその光であると信じられています。魔法の神聖さも同様です。」
「ふーん…でも、そういうふうに言われてみれば、地球の神様もなんか普通、光が差してる事が多いようなイメージあるなあ。って言っても、私はあんまりそういうの詳しくないんだけどね。」
「そうですか。つまり、少なくとも宗教においては、多少私達にも共通点があるという事になりますね。知的生命体の作り上げる文化は、相互に関係が薄くても似通ってくる物なのかもしれません。地球人とクザラル人が直接は関係の無い別人種だという事実を、未だに多くのサクコブ生命体は納得出来ていないのですが、これは両者がサクコブ生命体の目から見て似通い過ぎているからなのです。」
「でも、サクコブと05だってよく似てるじゃん。」
「それは当然です。彼等は私達が自分達に似せて作り上げたロボットの、一反乱分子に過ぎないのですから。そもそも別人種でも何でもありません。」
「…」
宏子は目を細めながら、日の照りつける校庭の方を見回した。
「スグタ、一応言っておくけど、本人達の前でそういう否定的な言い方はしないようにね。外交問題になるよ。」
「一応、表現に注意はしているつもりです。ですが事実は事実ですし。」
「ふう…」
宏子はため息をついた。
「…でも、意外っちゃ意外だな。」
「何がですか。」
「サクコブなんかも、神様を信じてるのかって思うと。…いや、05のもととなる機械を作った位だし、意識ネットとかもそうだし、サクコブって、凄くテクノロジーの進んだ種族って感じがしてたから。」
スグタは複眼と舌のついた巨大な頭を振った。
「信仰は、民族に生命力を与える。サクコブではよくそう言われます。私達の母星の自然環境は決して恵まれたものとは言えず、熱、毒物、放射線、宇宙線等が充満しています。ですから、特に昔は、生命体の命はとてもはかないものでした。個体だけの話ではなく、民族、あるいは種族全体が何度も絶滅の危機に晒されていたのです。ここまで私達が生き延びてきたのは、まさに奇跡と呼ぶのがふさわしいでしょう。そういった時代…といっても10万年以上前の話ですが、その当時の記憶が私達に信仰心を植え付けさせたのではないでしょうか。」
「はあ…って、ちょっと待って、10万年前?」
「ええ。約1兆690億チュチャクズ、つまり13万2800地球年位前のお話です。」
「そんな昔から…歴史があるの?」
「ええ。ほぼ確実に生命体の物と分かる書籍は13万7200年前まで遡れますよ。もちろん、生命体自体の化石等は更に数万年前の地層からも発見されていますが。」
「はあ…地球の歴史の場合…って、ゴメン、私馬鹿だからこれもあまり詳しくないんだけどさ、多分、その頃はまだ原人だね。猿だか人間なんだか、っていうような頃だったと思うよ。」
スグタは舌をふるわせた。
「そうですか。つまり地球人の歴史は浅い。まあ、魔力が無い事等を考えれば納得出来る話かもしれませんが…少し不思議な感じもします。」
「ん?」
「そんな未熟な生命体であるはずの地球人の皆さんは、精神的にはとてもバランスが取れているように見えます。これは何故でしょう? 未熟さ故なのか? それとも、ただ歴史が長いだけで、実は私達の方が精神的には未熟な存在なのか?」
「…」
ぽかんとした様子で、宏子はスグタを眺める。
「え、何、スグタの存在がどうしたって?」
響いてきた念に宏子は振り返った。
「シユマ遅刻ー。」
暑そうに手をあおぎながらシユマが木陰にやってくる。
「うるさいわねえ。何分の遅れでもないでしょうに。」
「そのだらけが戦闘では命取り…かもしれないでしょうが。」
「ああはいはい。しょうがないの、30a0が来るのが遅いから早く来なって言いながら待ってたら、自分まで遅れちゃったんだから。」
シユマの念で、宏子は彼女の隣に浮いている30a0の方を見る。
「すいません。寄り道の多いシユマさんを何とか急がせてここまでやって来たのですが、時間には少々遅れてしまいました。」
「…シユマ。」
「何でそんな目で見るのよっ! 何で無条件でそっちを信用してる訳!?」
シユマはオーバーリアクション気味に宏子に抗議する。
「おそらく日々の行いによるものなのでは?」
「…」
軽い雰囲気で出されたスグタのテレパシーを感じて、シユマは無表情に耳をゆらした。
「…まあ、そうかもね。今度から時間には気をつけるよ。」
首を傾けつつ念じるシユマ。
「お気を害されたらすいません。今のは、私としては冗談のつもりで言ったのですが…。」
「あ…そうなんだ。ま、気にしないで。別に私も全然何とも思ってないし。」
シユマは素っ気無く念じる。彼女は宏子の方に顔を向けて微笑んだ。
「んじゃ、さっそく会議を始めるとしますか。」
「ん…うん。」
宏子は、自分の横で佇んでいるスグタに軽く横目を向けてから、シユマに頷いた。


「前回の奇襲では、パフタオチトゥの戦艦が2機撃墜されました。また、パフタオチトゥ1機、HNK1機に関してはダメージが酷く、まだ航行は出来るものの、修理が出来るまで40万チュチャクズはかかります。金額で言うなら恐らく852万ジュジジュです。単純に換算は出来ませんが、大体63万シオブラル・ズナ、970万米ドル程度だと思ってください。」
白い壁の校舎をバックにスグタが念じる。木陰の芝生に腰を降ろしているシユマは息をついた。
「うちにとっては1機でも結構な損害よ。」
「幸い、05とEIMの船は全て無傷です。」
「って、そもそもEIMの船なんて1機だし。」
シユマの隣で座っている宏子がスグタに肩を上げた。
「ゴウチャジュ防衛隊側の被害ですが、確認出来たものを総合すると撃墜16機、損傷12機だそうです。残りは全機、ゴウチャジュ星へ退却していきました。…皆さんご覧になった通り。」
スグタの隣の05生命体が頭部を振る。
「まあ、一応は勝利、と呼んで良いでしょうね。」
「大勝利ですよ。ここまで奇襲作戦がうまく行くとは思っていませんでした。」
30a0に答えるスグタ。宏子が頷いた。
「そうだね。このまま良い調子にのって、フィキチュアジを追い込めれば良いけど。」
「ゴポイポとジェギキの提案ですが、私達はここでゴウチャジュをスルーし、シェアジャ星を攻撃すべきではないかと考えているのですが。」
スグタの念に30a0はアンテナを点滅させる。
「時期尚早です。シェアジャの守りはドトゲゴウチャジュ基地の比ではありません。大体ゴウチャジュ本星を叩かなければ、いざという時の退路だって絶たれてしまうでしょう。」
「それは正に、フィキチュアジ側の考える事と同じですよ。だからこそここでシェアジャなのです。」
「意外性だけで戦争に勝てるというものでしょうか。フィキチュアジがそう考えるであろうという事は、つまり、その考えが論理的だからだという事でしょう?」
「あなた達独立機器の間では、「論理的」というのは蔑みの言葉なのでは?」
「そうですね。ですがそれは最低限の戦術を理解した上での高度な戦略についての話であり、この場合それがそのような条件に該当しているとは考えられません。」
宏子が両手を広げた。
「ちょ、ちょっと、ニ人とも待って、待って。有甲殻同士だけで盛り上がらないで、私達も仲間に入れて。」
シユマはスグタの方向に体を傾ける。
「その…シェアジャ星っていうのは、どういう所なの? 何でゴウチャジュに行かないでそっちに行く訳?」
スグタは頭部を振った。見ようによっては、シユマに顔を向けたようにも見える。
「シェアジャ星は、東タオチトゥの中心地です。ここを制圧すれば事実上、サクコブ勢力圏の14分の1を手中に収める事になります。ただし経済的重要度や地理的条件から言えば、インパクトはそれ以上でしょう。何よりイメージ戦略という点で、彼等に与えうる衝撃は決定的なものになるはずです。」
「なるほど。でもそんな場所、防御体制もキツいんでしょ。」
「今一番の防御体制が敷かれているのはゴウチャジュ星で、シェアジャではありません。」
「そうかもしれないけど…私達の事を彼等が知った以上、ゴウチャジュ以外の場所だって守りは堅くなると思うけどな?」
シユマが言う。強い日差しの中で、スグタは羽を揺らした。
「私がこれを言い切るのもなんですが、サクコブ生命体の思考形態は、ある意味において単純です。つまり強い者には敬意を表し、弱い者は相手にしない。はっきり言ってしまうと、今の私達は彼等の意識の中でディソググのような害獣程度の存在でしかありません。もちろん無視はしないにしても、まだそれほど脅威に感じてもいないでしょう。」
宏子が首を傾げた。
「でも私達はともかく、05なんかはフィキチュアジだって脅威に感じているんじゃないの?」
「彼等はまだ、独立機器全体が今回の襲撃に関わっているとは考えていないはずです。トゥジェソアゾ事件…独立機器風に言うなら独立戦争、以降、独立機器は生命体には非干渉をずっと貫いてきましたから。」
「確かに。どんな形であれ、私達がサクコブに関わりをもつという事は非常に非論理的な行動ですから。私達の中でその認識は今も変わっていません。」
スグタの言葉を30a0が継いだ。
「なら、向こうは05が参加してるなんて信じないか。」
シユマの念にスグタは体を揺らす。
「その通りです。最初の奇襲は成功しました。それなら、次もその手で行きましょう。彼等もシェアジャの重要性は認識しています。だからこそ、ここで私達がゴウチャジュを素通りしてシェアジャに来るとは想像出来なくなるのです。」
「ちょっと…意味が良く分かんないんだけど…」
「いや、分かるよ宏子。フィキチュアジがずっと戦ってきてる相手はHYIなんだから、彼等はHYIの戦闘の仕方には慣れてる、つまり、HYIの考え方に染まっているところがあるのよ。宏子も知ってる通り、HYIは堅実に一歩一歩堀を埋めていくようなタイプでしょ。サクコブっていうのは、自分達はクザラル星域や地球に突拍子もなく現れる癖に、自分達の所に敵が突拍子もなく現れる事には、全く慣れていないんだよ。」
「その通りです。」
「ここで勢いに任せて、一気に東タオチトゥを押さえる…悪くないアイディアだと私は思うな。」
シユマは笑顔で頷いた。
「リスクは大きいですよ。いくら警備が薄いと言ったって、客観的にデータを照らし合わせれば、ゴウチャジュの場合の成功率は73%、シェアジャの場合の成功率は42%。普通に考えれば…」
30a0はそこまで言って言葉を止めた。こちらを向いている事に気付いた宏子が肩を上げる。
「ん?」
「どうやら3対1で多数決成立、ですか。」
宏子は口元をあげてみせる。
「何、あんた達って人間の表情まで読み取れるんだ。凄いね。」
楽しそうに笑う宏子。諦めたのか、30a0はただ体を上下に揺らす。
「あなた達の考えは、よく分かりません。今は決して、余裕のある時ではないと思いますが。」
「余裕が無いからこそ一気に王手をかけるんだよ。そういう事でしょ、お二人さん?」
宏子はシユマとスグタの方を向く。シユマは頷いて見せた。
「…」
「分かりました。」
羽をふるわせながら、30a0が宏子の視線に答える。
「しかし、友情というのは高くつくものですね。」
30a0にシユマが頷く。
「特に考え無しの友人との奴はね。」
「…」
シユマの言葉に宏子が笑う。30a0はアンテナを明滅させながら、軽く頭部を揺らした。


うつろな暗闇の中。茶色の球形が、恒星の光を浴びてくっきりと照らされている。クレーターのでこぼこが目立ち、地表を覆う雲等は一切無い。
星の衛星軌道上の宇宙空間に、宇宙ステーションと思しき巨大な人工建造物がある。その周囲に、宇宙ステーションに似て黒くのっぺりとした姿の10数隻のサクコブ船が集まっている。
そこから視認上はさほど離れていない場所で、急に光が輝きだした。その光の点は、点と呼ぶにはかなり明るい。光の点は次の瞬間消える。
宇宙ステーションから2隻のサクコブ船が離れ、光の点が発生した方向に向かい出した。

薄暗い屋内で、6体程度のサクコブ生命体が、皆、前方を向いた状態で二段ベッドのようなつくりのコンパートメントに納まっている。どの生命体も壁の機械とコードで接続され、頭部は無数のバーチャルディスプレイが取り囲んでいる。
一番前の向かって左下の区画に繋がっている生命体が破擦音をあげた。
「バザポ、状況を教えてください。」
「御覧の通り、現在14機がこちらに気付き接近中。最短は16ガガペズ基地からの2機、後7チュチャクズで射程範囲内です。独立機器からの通信、ジェギキ3機と独立機器1機で攻撃、残りは前進を提案。…こちらに来る船が増えています、現在38機。」
「了解。独立機器の案で良いでしょう。全機にその旨連絡。各機の行動はプログラム533を参照、目標はここより水平82.4335プウキビ垂直68.3403プウキビに9400コデドシ。行動開始!」

黒く大きな棒状の物体群と、赤く尖った小型の飛行機のような物体群と、それより更に小さい黒い円盤状の物体群とが一斉に散らばるように動き出した。
前方からやってきたサクコブ船は6機程度だ。見た目には何も無さそうな前面から、青い光が数秒間、波のように幅広く発射された。違う船は同じ機首から赤い色の普通のレーザー光線のようなものを発射し、周囲の敵機に当てようとしている。
その黒い船と外見はほぼ同じであるパフタオチトゥ側の宇宙船が、フィキチュアジ側の周りを惑わすように回っている。敵と同じようにして攻撃を続けていたその船に、フィキチュアジ側の赤い光線が命中した。しかしそれは船の防御膜を一瞬光らせて、その存在を視認させるだけだ。

「パデソザ・グタブに被弾、防御力2万3000ケボデに減少。」
「まだ余裕はあるでしょう、引き続き目標キとクに攻撃。」
バザポに命じるスグタ。
「了解。」

パフタオチトゥ側の船が執拗にサクコブ船に攻撃を与える。相手の船が青い波状の光を浴びせると、次の瞬間パフタオチトゥ側の船から赤い炎があがった。

スグタは羽を揺らした。
「何が起きているんですか!」
「分かりません、パデソザ・グタブ、撃墜されました! …乗員26体中14体の瞬間移動を確認、当船を含む3機に避難してきました。4体が依然宇宙空間を遭難中、数チュチャクズ以内に救助が必要です。」
「救助班を当機とトゥトゥフェベシから用意。至急発進させ…」
バーチャルディスプレイの一つに、また赤い色が表示される。
「機長、トゥトゥフェベシもやられました!」
ブズズ、ブズ。
「どういう事です!」

狭いコクピットで、普通の窓ガラスのようなビュースクリーンを見ながら宏子が立ち上がる。
「ちょっとタマラ、何かおかしいんじゃない?」
隣に座っている白人女性が深刻な顔で頷く。
「はい。05からの通信ですが、敵が予想外に強い武器を持っているらしいとの事です。MK3万程度の防御は軽く無効化出来るのではないかと言っています。」
「そんなはず、ないだろ! それじゃ、俺達の船は全員無防備だって事だぞ!」
タマラを挟んで宏子の反対側の椅子に座っているプオラギイックが声を上げる。
「だからやられてるんでしょ、ジェギキの船は。」
彼等の後ろで、壁の何かの装置に両手をつけながら立っているリジュワナが言った。
タマラはバーチャルディスプレイ群を見回す。
「05は一時撤退を提案しています。彼等は一番魔力には弱いですからね。パフタオチトゥは強行突破を主張、HNKもそれを支持。」
「…」
宏子は一瞬周りを見てから、タマラに頷いた。
「EIMもね。大体今からどうやって逃げるっていうの?」
「了解しました。」
ピピ。
「パフタオチトゥから返信です。全機、目標をプログラム211のパターンで攻撃、ディスプレイ5にマークされた敵機を重点的に攻撃してほしいそうです。」
「そうして。」
頷く宏子。
ブシュウッ、シュウウウウウウウウウ…。
一瞬タマシルファグウトの機体が揺れる。次の瞬間、気体の漏れる音がどこからか聞こえてきた。
「どうしたのっ!」
「敵の攻撃弾にやられました! コア出力65…43%!」
「攻撃はっ? 全然敵が減ってないじゃん、こっちは攻撃出来てんのっ?」
「さっきからずっとやってるわよ。でも防御も予想以上に強過ぎる。向こうの防御膜にまるで影響が無いの。」
「そんな、05の照射線なら普通のサクコブ船は数秒で焼ききれるんじゃなかったの?」
宏子はリジュワナの方に振り向いた。
「ドトゲゴウチャジュの時はね。でもシェアジャの彼等は違うみたい。」
「そんな馬鹿な事が、」
視界の隅にまた赤い色を見て、宏子は前のビュースクリーンに向き直る。
「う…そ…」
周囲のパフタオチトゥ、05、HNKの戦闘機から次々と白い蒸気のようなものや、赤い火柱があがりだした。
「ジェギキとジュトゥは戦闘不能。HNKも第2、3、5グループが既に崩壊、05は現在」
プシュ、プシュウウウウッ。
機体の揺れと共に、空気の音がますます激しくなる。
パアアンッ! ビバビ、ビバビビビッ。
何かの甲高い破裂音がする。次の瞬間コクピット後ろの通路の方から火花が飛び散ってきた。
「…」
口を開いたまま後ろを見る宏子。
両手をコクピット上の何かの装置につけたまま座っているプオラギイックは、隣のタマラに顔を向けた。
「現在の防御出力は?」
「MK3150。事実上、無防備です。」
「…」
プオラギイックは無言で宏子の方を見る。宏子は一瞬息をついてから、プオラギイックに頷いた。
「船を破棄します。全員瞬間移動の準備を! 1から18まではシユマのログアディヌウの方に」
「…機長。」
タマラの、妙に落ち着いたスペイン語に宏子は眉を寄せて振り向いた。
「ん?」
ビュースクリーンでは、赤紫の小型宇宙船が火を吹き上げながら真っ二つに割れていく光景が映されている。機械の破片か何かだろうか、割れた所から灰色のちりのような物が広がっていく。それは恒星の光をあびてきらきらと輝き、一瞬それが美しい景色であるかのような錯覚を与えた。
「…あれは、ログアディヌウね。」
宏子の後方のリジュワナが言う。
「う…そ…」
ビビビ、バビッ、ビビ、ビッ!
何かの放電なのか、通路からの火花が酷い。その光の眩しさに、宏子は思わず目を閉じる。


そして目を開いた宏子の周りは誰もいなくなっていた。
「あれ? リジュワナ? プオ? タマラ? …アヌワット?」
宏子がいる場所は間違いなくタマシルファグウトのコクピット内のはずだが、何故か周囲は白い光に包まれていてよく見えない。先程まであったはずの火花も、騒音も震動も無くなっている。
「あ…。」
宏子は周囲を見回そうとして、自分がまた、例の症状に入ってしまった事に気付いた。
「って、ちょっと待って。…私、喋れてるじゃん。これっていつもの金縛りじゃないぞ?」
宏子はもう一度、体をひねってみようと努力する。
「うおお…ととっ、ととっ!」
宏子はよろけ、自分の椅子に倒れるように座り込んだ。
「…ほら、ね。動けるでしょ、私、ね。」
一人で頷きながら呟く宏子。
「…」
宏子は椅子に寄りかかり、ため息をつく。
−でも、体が重くて、あんまり思うようには動けないけど…。
「…で。今日もいるんでしょ。よーく私の安眠を邪魔してるあんた達が。」
宏子の顔に光が差す。宏子はビュースクリーンの方に顔を向けた。
「…趣味悪いよ。」
宏子は口元を引きつらせる。
ビュースクリーンの向こうの宇宙空間に、光に包まれた何かが見える。それは人影だ。ニ人いて、こちらを向いている。
「幽霊じゃないんだからさあ、中に入って話さない?」

次の瞬間、タマシルファグウトのコクピットの後部の方に立っている宏子は、光の影と向かい合っていた。宏子は目を見開く。
「…ぐっ」
歯をくいしばりながら、宏子は首に力をこめ、顔を、つい先程まで宏子の座っていたコクピット前方に向ける。
「はあ、何でこう動くのが疲れるんだろ。」
そこに自分がいない事を確認して、宏子は顔を戻した。
「…」
宏子の目の前の光は、人の影を作っている。それは人がそこにいるから影になっているというよりも、人の形に穴の開いている光がそこにあるだけのように宏子には感じられた。
「宏子。あなたは間違いを冒しました。」
「はあ。間違いって、何よ?」
「お前はまだ子供だ。幼く、無力で、思慮が浅い。」
宏子は息をつく。
「…質問に答えてよ。そんなはぐらかすような事言ってばっかりでしょ。あんた達は誰なの? 何で、私の邪魔ばっかりする訳? 私にどうしてほしいの?」
「邪魔など、していません。私達はいつでも、あなたを助けようとしてきたじゃありませんか。」
「動けなくなる事の何がどう助けるなのかさっぱりなんだけど。」
「宏子。」
光から聞こえてくる、男性の声のようなイメージ…テレパシーなのか、現実の声なのかも判然としないそれに、宏子はどこか緊張するように息をのむ。
「私達が誰かなどという事は…お前が一番よく知っている事だろう。お前は一体、何を聞いているんだ。」
「それは…そうだけど…」
確かに自分の両親に面と向かってする質問ではなかっただろう。宏子は口ごもる。
「宏子。今まで、辛い事が色々とあったわね。一人で、よく耐えてきたわ。とても立派よ。」
「お、母さん…」
「でもな、宏子。だからこそ、ここでお前が今まで頑張って来た事を無に帰してはいけない。お前の戦いはまだ終わっていないんだ。お前はまだ、話を終わらせてはいけない。」
「お父さん…ねえ、どういう事か説明してよ。そんなあやふやな言い方されたって私、分かんないんだからさ。ねえ、その…話って何? 戦いって、この戦闘の事を言ってんの?」
「答えは、お前が大人になれば全部分かる。」
「そんな…」
宏子は、まるで友人が自分と遊ぶのを断ったときのような拗ねた様子で声をあげた。
「答えを急ぐな。それが、今の私達の答えだ。宏子、自分が正しいと思う道を、思慮を持って進んでいけば良い。お前は、宏子なのだから。」
「そう。今日は間違ってしまったけど、あなたはとても良く頑張っているんだから。私達も鼻が高いわ。」
「あは、そんな…事、ないと思うけど。」
照れ笑いをしながら、顔を赤らめる宏子。
「宏子。あなた達の事は、いつも応援しているから。また、会うのを楽しみにしていますよ。」
「え、ちょっと待って、もう行っちゃうの? まだ全然話してないじゃん、ちょっと、ねえ、って!」
「お前に一つ、大事な事を教えよう。自分の友人を、大切にするんだ。彼等はお前の力になってくれる。」
目の前の光は拡散し、影の形はどんどんぼやけて見えなくなっていく。
「待ってって、言ってんでしょっ! お父さん、お母さんっ! 待ってよっ! 私を置いてかないでよっ!」
光が何かを答える。しかしそのイメージは弱すぎて、宏子にはよく聞こえなかった。
「聞いてよ! いつもいつも、私を置いてさっさとどっかへ行っちゃわないでよおおっ!」
宏子は叫んだ。視界をまた、光が包み込んでいく。

宏子は目を閉じ、倒れている。
「…」
宏子が目を開いた。自分が床に顔をつけている事に気付いた彼女は、顔をしかめつつ起き上がった。
宏子はタマシルファグウトのコクピットにいた。前方向かって右側、つまりさっきまで宏子が座っていた席のすぐそばの床に、彼女は放り出されていたようだ。
「…」
宏子は周囲を見る。クルーは宏子と同じように眠っていて、今、目が覚めたようだ。
「…あれ?」
後方を見る宏子。さっきまでの火花や震動は、やはり消えて無くなっている。
「え、っと…」
まだ寝ているタマラを挟み、横のプオラギイックと宏子は目を合わせた。
<…あ、>
プオラギイックは目をまたたかせながら、バーチャルタッチパネルを操作しだす。
<何があったんだ、今? 全員寝ていたのか?>
<私に聞かれても困るんだけど…空気漏れとかは、収まったの?>
<俺も聞かれても困るけどな…>
念じながらディスプレイの表示を見ていたプオラギイックは、ふと指をとめる。
<…>
<どうしたの?>
<宏子…本当に、何があったんだ?>
<だから、>
<敵が消えているぞ。どこにも、見当たらない。>
<え?>
宏子が眉を寄せる。彼女は自分の席に座り直し、自分の前のタッチパネルを右手で触れ始める。
ピピ。
ディスプレイの表示に宏子は口を開けたまま念じた。
<え…何で?>
<それだけじゃないわ、この船をはじめ、連合側の全ての船が無傷に戻ってる。パデソザ・グタブも、トゥトゥフェベシも…ログアディヌウも。>
いつの間にか起きていたらしいリジュワナが、壁際のディスプレイを見ながら宏子達に念じた。
<でも…そんな訳、ないのに。>
「あ…あら…?」
コクピットに前傾姿勢で寄りかかっていたタマラが目を開き、目をこすりながら両隣の宏子とプオラギイックを交互に見た。
「あの…私…」
「作戦行動中に居眠りなんて、随分不謹慎ですわね、あなた。」
「…おい、宏子。」
「あ、す、すいません! どうしてだか分からないんですが、気付いていたら」
腕組みしている宏子に慌てて弁解を始めたタマラは、ふとディスプレイの表示に気付いた。
「あ、機長、シユマ支部長から映像通信が…えっ?」
タマラは自分の言葉に驚いて改めて画面を確認する。
「分かった、繋いで。」
「は、はい。」
手のひらほどの大きさのバーチャルディスプレイが新たに現れ、そこにシユマの顔が表示された。
「宏子…生きてる?」
「まあ…多分…」
肩を上げる宏子。画面の向こうのシユマも、宏子同様状況が理解できていないらしい表情を見せている。
「どうして…もう、助からないと思ったのに…さっき、ここでタオダが死んだのだって私、この目ではっきりと見たのに、何だか、今見たら普通に寝てるみたいだし…一体、何が、どうなってんの?」
「それは私が聞きたい事だよ。こっちもそっちと同じだと思う。…スグタと30a0からコールが来てるね。」
「うん、こっちも。」
ニ人は頷きあい、タッチパネルを操作する。宏子の前に表示されるバーチャルディスプレイが更に2つ増えた。
「皆さん、無事ですか。」
「う、うん…」
画面の30a0に答える宏子。
「一体何が起きたのか、説明出来る方はここにいるのでしょうか?」
「いや…多分、いないよね?」
「そうなのですか。こちらの理解する限りでは、急に敵が消え、こちら側の船はどれも、全く無傷の状態に戻ったようですね。…まるで、超大型の魔力で瞬間移動や、時間逆行を起こさせてしまったかのようです。ですが私達の記録を見る限りは、特別な魔力の存在は感知されていません。もっとも、私達は魔力を直感的に「感じる」事は出来ませんので、もしかしたら皆さんは、この現象が何なのか、分かってらっしゃるのかもしれない、と思っていたのですが…」
「…」
宏子は画面のシユマとスグタを見た。シユマは首を上げてみせる。
「少なくともはっきりしている事は、私達は、勝った、という事です。」
スグタの言葉に宏子は口をぼんやりと開けた。
「…そうなの?」
「スキャンによると現在シェアジャの武装はこちらの230分の1ですから。いくら「予想外の戦力」があっても、この状況なら問題は無いでしょう。」
「…」
宏子は口を開けたまま、軽く息をつき、よく分からない、という顔で画面を見る。
<勝った…のか?>
<…>
念じるプオラギイックを見る宏子。宏子は口を開いたまま首をかしげ、何度もディスプレイと、プオラギイックの顔とを見返した。


A-Sato Ltashofe Yde Ilne

Episode 22: Tamasirufaguuto

「うん…まあ、だから取りあえずはここで駐留してる訳。この後しばらくはシェアジャに留まって、新兵器の対策が取れ次第タオチトゥに行く事になると思うんだけど。」
薄暗い部屋で宏子はバーチャルディスプレイに向かい話している。そこは二段ベッドのある小さな部屋で、黒や灰色を基調としたインテリアは、クザラル製の宇宙船らしからぬ雰囲気をかもし出していた。
ベッドの一階で体育座りしている宏子は、腕端末の画面に顔をほころばせる。
「いや、だから、私達もよく分かってないんだって。何だか分からないけど、気付いたら勝ってたの。だから私も未だに信じられない。うん…それがあるから、今すぐに次の攻撃、って事も出来ないんだよね、ちょっと怖いじゃない?」
「ふーん…」
画面の中の美耶は、人差し指を自分の頬にあてながら頷いた。
「それは…何かの罠なのかな?」
「縁起でもない言い方するね。」
「ごめん。…でも、」
「確かに。かもしれない。パフタオチトゥとかHNKの連中は、神が自分達を救ったってはしゃいでるけど…でも、ねえ。」
「うん。でも、素人の私から見ると、そんな大掛かりな事をやって何になるんだろう、っていう感じもするんだけどね。フィキチュアジがそんな事をしても、自分達が負けるだけで、意味がある「罠」には思えないんだけど…?」
「そんな、聞くような言い方されたって、私だって思い切り素人なんだからさっぱり分からないよ。…ただね、」
「…」
画面の美耶は、こちらに軽く首をかしげてみせた。
「…ただ?」
「ん…ところで、そっちは皆元気? UOTRに反撃くらったりしてない?」
「ん? うん。まあ…何とかやってるよ。魔法協会は、地球を本気で諦めたみたい。毎日撤退のニュースを聞くから。あ、っていうか、魔法協会への潜在的な不満が地球の人達の間でも結構溜まっていたみたいで、クザラル人を排斥する暴動とかのニュースもよく聞くね。」
「それは…」
美耶は息をつき、眉を寄せながら頷く。
「うん…それはそれで、聞いててあまり気持ちの良いものじゃないんだけどね。リチャードさんとかはそういう状況を最大限利用しようって言ってるんだけど…ううん、そもそも私達がこういう世論をわざと作ってる訳なんだけど…でも、気持ちの良いものじゃないよ、やっぱり。」
「そうだね…。…あんたたちは? モニクなんかはどう?」
「伸び伸びしてるよ。…監査役がニ人ともいないもんだから、もう好き放題自分の部屋散らかしてるもん。まだ来て何週間も経ってないのに、ああなると一種の才能だよね。」
「あはは。それ聞いて安心した。モニクはやっぱり、部屋を散らかしてこそだからね。」
宏子は笑いながら頷く。
「で、あんたは? 病気とかしてない? 最近体はどうなん?」
「うん、私も、伸び伸びしてる。ひーこやリジュワナちゃんがいないと、こんなに本部は広々してるのか、っていう感じで。」
美耶は胸をそらせてみせている。
「あ、っそ。折角何かお土産持って帰ってあげようかと思ってたのに、そういう態度とるんだあんたは。」
「お土産なんていらないよ。サクコブ星の銘菓とか、欲しいなんて思う人はそういないと思うよ。」
美耶は苦笑している。
「何でお菓子限定なのよ。…ま、元気でやってるんだったら良いけどね。」
「うん。それで?」
「…は?」
宏子は画面に聞き直した。
「いや、だから、それで? この話は別に、本題じゃないんでしょ? 距離も遠いんだし、いくら05のテクノロジーが凄いって言っても、そんなに無駄に長電話出来る訳でもないんじゃないかな?」
「…」
宏子は眉を上げ、顔をいくぶんディスプレイから離しながら口を開けた。
「…美耶。美耶はもっと、ボケエっとした馬鹿じゃないと駄目だよ。美耶はそういうキャラクターなんだから。」
「ボケエ、はともかく、私、ひーこよりは成績良かったと思うけど。」
画面の美耶が引きつった笑顔を返す。
「それで、リチャードさんやモニクちゃんじゃなく、わざわざ私に通信してきたのは何でなの?」

「うん…」
頷く宏子の顔から笑みが消える。
「美耶。前さ、美耶、変な夢を見るって言ってた事、あったよね。」
「私が? ええと…別にあってもおかしくはなさそうけど、正直、言ったのは覚えてないけど…」
「ほら、昔、2年の始業式の頃。学校の帰りに言ってたんだよ。…あれ、行きだったっけ? まあ良いや、とにかく通学途中にさ。石戸田だったか志穂もいたな。皆で田んぼの道を歩いている時に言ったの、美耶が、そういう事を。」
「えっと…ごめん、よく覚えてない。」
「そう…」
「…でも、うん、変な夢は、確かに見る事があるよ、今でも。病気で入院している時とかにも見るかな。変な夢、っていうか、変は変なんだけど、見てて嫌な感じはしないんだよね、何故か。凄く、暖かい気持ちになるの…。だから私、子供の頃とかはね、入院するのが余り嫌じゃなかった。病気になる事とかが、自分にとって悪い事なんだ、っていう意識が無かったんだ。もちろん、発作は凄く痛いし嫌だったけど、その夢は入院している時が一番長く見られたからね。」
「…」
画面の美耶は恥かしげに笑う。
「ああ、何か変な話しちゃってるね、私。」
「ううん、良い、続けて。…ねえ、具体的にどういう夢なの、それって?」
「恥かしいな…ええとね、私が何かになってるの。魚とか鳥とか、チーターとか、一番凄いのだと新幹線になってる事もあったかな。何かそういうのになって、動いてるんだ、自由自在に。…まあ、冷静に考えれば新幹線がどう「自由に」動くのか分からないけど、夢の話だしね。夢の中では私は持病も無くて体が凄く軽いんだ。…それで、そんな私の動きを誉めてくれる人…まあ、魚とか鳥とかだけど、がいるの。」
「それって、もしかして、美耶の…おじさんとおばさん?」
「ヤだなあ、ひーこ。私の親は両方とも人間だったはずだよ。」
美耶が笑う。
「…」
「でも、それが正解だったりするけどね。確かにそう。その夢の中ではその鳥なり魚なりが、私の両親で、それを私も全然疑問に思っていないの。」
「それで、そのおじさんおばさんが、美耶の事誉めるんでしょ。お前はよくやってる、みたいな感じで。」
美耶は真顔になり、こちらを見返してきた。
「…何で、そんな事、知ってるの? 前に私話したっけ?」
「…ううん…」
宏子は画面から目をそらし首を振る。
「ねえ美耶、今まで金縛りにあった事ってある?」
「金縛り? それこそ寝ぼけててそんな錯覚になった事なら1、2回はあると思うけど、何で?」
「…」
「ひ、い、こ。ちゃんと説明してよ。」
「あ、うん…ごめん、今は…まだ、私もまだ考えがまとまんなくって。どういう事なんだろう、一体…」
「だからそれは説明してくれなかったら私にも答えようがないって。まとまってなくて良いから話してみて。」
「うん…また、その内話すよ。」
「ひーこ…」
美耶はため息をついた。
「…全く、ひーこっていつもそう。強がって全部自分で抱え込むんだから。子供の頃から変わってないよね、そういうとこ。」
「そんな事、ないよ…。今はもう、無理はしないって決めてるし。」
「どうかなあ。私には、佐藤君事件の頃からひーこは全然変わってない気がするけどね。」
「佐藤君…事件?」
「あ、覚えてない? ほら、幼稚園の時にあったじゃない、当時、ひーこと同じ佐藤っていう名字の男の子がいてさ。その子がまあ、いじめっ子っていうかガキ大将で、だいちゃんをよく苛めてたじゃない。」
「あ、そういえば…そんな奴、いたっけ。」
「なあんだ。ひーこも結構記憶力無いじゃない。」
「一年前の記憶と比較しないでよ。んで?」
「うん、それで、ある日ね、古利根の堤防で皆が遊んでたら、サッカーのボールが車道の方に飛んでいっちゃった事があって、運悪くそこを車が通りかかったのね。それでガラスに当たっちゃって。もちろん、誰も怪我とかは無かったけど、ドライバーの人が怒ってこっちの方に来たんだ。…それでね、その時ボールを蹴っていたのは、その佐藤君だったの。ところが佐藤君は、こいつが蹴ったって言ってだいちゃんを指差した。」
「あ…そういえば、そんな事あったっけ。あの頃の石戸田はひ弱だったから。はたから見て、何でこんなのがあいつらと一緒に遊んでるのかっていつも思ってたもん。」
「うん。その時私達はたまたま何かの帰りでその場にばったり出くわしてさ。でも、佐藤君が犯人だっていうのはちゃんと見てたんだ、私達。」
「あ、うん、何かそれ、思い出してきたよ。」
宏子は手を口に当てて頷いている。
「でしょ? それでその時さ、だいちゃんだけドライバーに捕まってて、佐藤君達は皆逃げちゃってるんだよね。ところがひーこがそこに走っていって、ドライバーさんに言ったんだよ、「やったのは、私です」って。…どう考えても、後ろから走ってきた女子がボールを蹴ってる訳、ないんだけどね。でもひーこはそう言って引かなかった。怒ろうとしてたドライバーさんも、何だか困っちゃってさ。…それで結局あれの犯人はひーこだったって事になっちゃって。翌日の集会でひーこだけ名指しで先生に怒られたりとかしてさ。…私から見るとね。あの頃から、変わってないよ、ひーこは。ホントに馬鹿なひーこのまんま大きくなっちゃってさ。」
「…待って、よ。」
「ん、どうしたの?」
美耶は眉を上げる。宏子は息を吸い、首を振った。
「ちょっと待って…そんな訳ないよ。それは、私もはっきり覚えてる…あの時「私です」って言ったのは美耶でしょ。私がそれを後ろから見てたんだよ。」
「は? 何言ってるのひーこ、そんな記憶違いする訳ないじゃない。大体そういう時に後先考えずに走って行っちゃう子供はひーこだったでしょ?」
「そっちこそ、何言ってんのよ。今はカマトトぶるようになったけど、昔のあんたは私以上に男女おとこおんなな所あったじゃない。本当は病気の癖に、キャラクター的には全然元気だったよ。」
「今だってキャラクターは元気だよ。でも、男女は昔からひーこでしょ。…まさか小2の毛虫事件を忘れたとは言わないよね?」
「な…それとこれとは、話が別でしょうが。とにかく、あの堤防のシーンだったら、良く覚えてるって。「やったのは、私です。私が蹴ったんです。」ってさ。ガキの癖にやたらと大人びた口調だったから、ドライバーの兄ちゃんも引いてたんでしょ。」
美耶は自分の胸元に手を当て、首を振る。
「ちょっと…冗談もいい加減にしてよ、そんな事、小心者の私が出来る訳ないよ。それにちゃんと、ひーこがそういう風に言ってる時の背中を見て、うわあ、この子は凄い、って思ったんだから。確かに大昔の事だけど、これで勘違いはない、絶対この記憶であってるはずだよ。」
「…」
宏子は息をつき、考え込みだした。
「あれ? …あ、ひーこ。ちょっとモニクちゃんが用があるみたいなんだけど…」
違うディスプレイに目を向けているらしい美耶が言う。
「あ…うん。分かった。また今度かける。」
「うん。…まあ、そういう事だからさ、ひーこも抱え込まないで。今は頼れる人もいるんだから、ね。」
美耶が笑いかける。宏子は何かを言いかけ、それを飲み込んだ。
「…、元気で。」
「そっちもね。」
ディスプレイが美耶の笑顔から、通信時間のデータ表示に切り替わった。
−でも、美耶…。
宏子は難しい顔で息をついた。
−「やったのは、私です」なんていう台詞、当時「あたし」だった私が言う事は、絶対に有り得ないんだけど…。



→Part B



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