| 若干のノイズと共に3次元の姿を現した宏子は、周囲を見て肩を上げた。 「あれ。今日はまた、前回と大分違う場所を模してるんだね。」 「どうやらバングラデシュのシミュレーションは、人間の皆さんには暑いらしいという情報を得まして。…地球の、それも人口密集地帯の気候なので問題は無いかと思っていたのですが。」 「…まあ、あの程度の暑さで、健康に問題が起きるような事はないけどね。」 石造りの広々としたホールのような屋内で、宏子は目の前で石の床に着地しているスグタに答える。 「それにしてもここってどこなの?」 「ベダシトポトポのペッギン教寺院。私が昔、よく来てた場所を再現してもらったんだ。」 床にあぐらをかいて座っているシユマが、宏子に顔を上げて答えた。 「へえ…まあ、こっちの方が涼しいのは間違い無いけどね。」 宏子はシユマのそばで同じようにあぐらをかいて腰を下ろす。 「寒さ暑さ等に関しては、我慢出来ない時は設定を変えてください。もちろん、こちらも皆さんの生存に関わるような環境をシミュレートするつもりはありませんが…。」 「でも、スグタってリジュワナの感覚に慣れてるんでしょう。駄目だよ、あいつはまた、感覚が一般の地球人と違うんだから。バングラデシュの気候でずっと接続する事になったら、私らぼーっとして何も考えられなくなっちゃう。」 「ですが、ホクさんは常に明晰な判断力を持っていらっしゃいますが?」 「だから、アレは特別なの。」 宏子はスグタに肩を上げた。 「皆さんが集まったところで、さっそく意見をお聞きしたいのですが、」 スグタの隣の30a0が合成音声を出す。 「ご存知の通り、187チュチャクズ・12地球分・63クザラル分ほど前に通信が来ました。この通信そのものについて、パフタオチトゥの皆さんの見解も、私達の解析結果も同じです。この通信は、確かにフィキチュアジ本社から来ています。社長の電子署名も本物です。」 「…」 「さっそく、彼等の提案についての意見をお聞きしたいのですが。皆さんどう思われますか?」 「…」 宏子とシユマは顔を合わせる。二人はそのまま、スグタの方に目を向けた。 ブズズズ、ブズ、ブズズズズ…。 「…信用して良いと思います。…いえ、決して組織として心を許して良いという事ではありません。相手はフィキチュアジですから、いつでも私達の隙を見つければ襲い掛かってくるはずです。」 「…」 「ですが、彼等が言った内容は、ほぼ確実に本心でしょう。その点は信用出来ます。」 30a0は羽を揺らしながら、スグタの答えに聞き返す。 「…何故ですか? 相手は組織として信用出来ないのでしょう? それなら何故、今回の同盟の話は信じられるんですか? いくらシェアジャを押さえているとはいえ、論理的に言って、まだ今の状態で彼等が私達を認めるとは考えにくいのですが。…感情的に言えば、更に理解が出来ません。彼等を急に襲ってきた、言ってみれば「山賊」のような敵と簡単に、不可侵条約のような話を持ち出してくるとは…」 「意外ですね。人間の方々ならまだしも、有甲殻生命体のあなたがこれを理解できないとは。」 スグタはそこで一旦区切り、また破擦音を上げだした。 「サクコブ生命体の思考形態は、少なくとも人間のそれとは大きく異なります。元々厳しい自然環境に住んでいたからでしょうか、良く言えば割り切りが良く合理的、悪く言えば諦めやすくて単純なのです。確かに私達は、まだシェアジャ「しか」占領していません。しかしこの事態は、彼等にとっては既に充分予想外なのですよ。シェアジャでの彼等は、明らかに今までよりも強力な新兵器を持っていました。その力で、私達を簡単に叩けると予想していたはずです、彼等は。」 シユマが腕を組む。 「ところが実際にはそうはならなかった。いや、本当はそうなったんだけど、それがいつのまにかキャンセルされて知らない内に私らが勝っちゃってた。」 「その通りです。これは彼等にとっては全くの予想外の事態です。この時点で、彼等の中で私達の存在が「害獣」から「脅威」に変化したのです。それも容易に取り除けそうにない、恐るべき脅威に。」 シユマに答えるスグタ。シユマは頷く。 「あの強力な兵器をものともしない敵だ、って向こうは思ってる訳ね。」 「そうです。そして、サクコブ生命体は、確実に勝てる相手以外とは、戦争をしないのです。相手の質が変化した時、彼等は速やかに態度を変えます。サクコブの価値観では、弱い者は強い者に仕えるのが当然だからです。」 宏子が首を傾げた。 「でも…クザラル人との戦争は随分長く続いてるじゃん。どっちも、相手に確実に勝ってなんかいないよ?」 「そうですね。言い方が説明不足だったかもしれませんが、少なくとも、サクコブも負けてはいません。サクコブがクザラルと戦ってきた期間は確かに長いのですが、サクコブの本領域をクザラルに荒らされるような事は、今まで殆ど無かったはずです。今回のシェアジャ占領のような重要な星を失う事態は、フィキチュアジが味わう初めての屈辱なんです。」 「それで…メンツを潰された、何としてでも勝ってやる!みたいな展開にはならないの?」 シユマが尋ねる。 「相手によります。相手が自分から見て同格か格下ならそうなるでしょう。例えば…独立機器の皆さんがトゥジェソアゾ事件を起こした時、フィキチュアジはそれを断固として鎮圧しようとしました。しかしたかだか機械の愚連隊に、魔術師の防衛軍等を送るのはそれこそメンツが立ちません。ですから彼等は当時、警察の治安部隊を送ったんです。その結果…一応私も生命体の一員として、詳しい言及は避けますが、彼等は見事に敗北しました。そしてその時以来、サクコブ生命体は独立機器と関わりあいになる事を、今度は忌避するようになりました。彼等のいるエリアには近づかないようになったのです。これは独立機器側が非干渉主義だった事もあるのですが、それ以上にサクコブ生命体にとって彼等が「恐ろしい」存在になったからです。サクコブ生命体は基本的な戦闘力は決して低くないのですが、「負け戦」を経験した事が少ないだけに、「負ける」という事態には非常に弱いのです。」 30a0のアンテナが光る。 「なるほど。よく分かりました。確かに私達に時折向けられるサクコブ生命体からの攻撃、というかちょっかいは、その実力に比べるとやや弱腰であると感じていましたが、そのような事情があったのですね。」 「ええ。本来私達は穏やかな気質の、平和を愛する種族ですから。」 「…」 スグタの言葉に、30a0がはたと頭部の動きを止めた。 「それは…かなりどうかと思うんだけど…」 ぎこちなく笑いながら宏子が言う。 「まあ、そうだとして、スグタは、っていうかパフタオチトゥは、どう考えているの。フィキチュアジとの和平は。受け入れられる物?」 ブズズズ、ブズ。 「私達の中でも議論はあったのですが、結論から言いますと、四民族中、今回の提案に反対したのは、デアグのみでした。ですから連邦政府としては、今回の提案に賛成です。…もちろん、私達は「連合」内の1構成員に過ぎませんから、ここで他の皆さんの意見もお聞きしたいと思い、こうしてやって来ている訳ですが。」 「なるほどね。30a0はどう思う?」 「無為な戦闘が終わるのなら歓迎です。」 30a0は簡潔に答えた。 「そもそも私達は地球人との友情の為に共に行動しているのであって、本来サクコブ生命体の内紛などに関心はありません。」 「それでも、無益な戦いが止まる事を喜ぶ擬似感情はある、という事ですね。」 「もちろんです。限りある命を大事にしたいと願うのは、感情ある知的生命体なら当然の事でしょう。」 30a0は平板な音声でスグタに答える。 「分かりました。それでは、佐藤さんはどう思われますか。」 「私自身は…まあ、全然構わないんだけどさ、」 宏子は自分の手を頬に付ける。 「本当にパフタオチトゥはそれで大丈夫なの? フィキチュアジにとっては、あんたらは反逆者な訳じゃん。」 「そうですが、「恐ろしい」反逆者です。彼等ははっきり、私達四民族の自治権を尊重し、少なくとも現状の私達の星域については無期限で権利を破棄すると言ってきました。」 「サクコブの場合でどうかは知らないけど、少なくとも地球人やクザラル人だったら、そういう約束は破るためにあるもんだとしか考えないよ。しかも私達は、何だか分からない原因で偶然勝っただけ。」 「神が私達正しい者を救った、とは、佐藤さんは考えない訳ですね。」 「もしかしたらそうなのかもしれないけど、次もそうとは限らない。少なくとも私は、自分がいつも正しかったなんて胸を張って言う事は出来ない。神様が助けてくれたのは良かったけど、未来の予想をする時にその事を計算に入れるのは違うっしょ。もう一度生命体が攻撃してきたら、今度は私達、勝てないと思うよ。…優しい神様がまた助けてくれない限りはね。」 「佐藤さんは懐疑主義者なんですね。」 スグタはどこか楽しそうに破擦音を上げる。 「でもそれなら尚更、この和平は得がたいチャンスでしょう。今なら、まだ彼等は「騙されて」いる訳なんですから。今のうちに彼等の攻撃をやめさせる事が出来るのは願ってもない事だと思いませんか?」 宏子は足をくずしながら、スグタに頷く。 「ま、そうかもね。…でも、あんた達はそれで良いの? パフタオチトゥの目標はフィキチュアジ打倒でしょ、自治権確立なんかじゃなく。」 「忘れていませんか? 私達も、サクコブ生命体なんです。彼等が強い事はよく分かっています。今まではそれでも対抗してきましたが、あの新兵器は私達にとってはとても、「恐ろしい」物だったのです。」 「…」 「もちろん、これからもフィキチュアジを打倒するチャンスは模索し続けます。ですが今は力を蓄える時でしょう。この和平は絶好の時間稼ぎになるのです。」 「ふーん。」 息をつきながら宏子は言った。 「結局平和を求めてる訳じゃないのか。…まあ、あんた達が納得してるんなら良いんじゃない。確かに今これ以上進んでも、自殺行為だと思うしね。」 「賛同ありがとうございます。」 スグタは軽く首を振った。 宏子は両手を合わせる。 |
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宇宙空間に黒と赤の点々が散在している。いくつかの点がまたたくように光を発し、次の瞬間その光と共にどこかへ消えていく。 幅が1メートルも無さそうな通路でシユマは壁に寄りかかりながら、バーチャルディスプレイを見て腕組みしている。その横の空間が急に、赤い光で満たされだした。 |
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「はいはい、今出るわよ。」 二段ベッドの並ぶ小部屋に入ってきたリジュワナの後ろでドアが閉まる。リジュワナは腕端末のボタンを押し、再びバーチャルディスプレイを表示させた。 「あ、ちょっと待って。」 |
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「敵機、距離4300オキまで接近中。方角-25:-13。サクコブ標準艦が8隻! 直ちに展開せよ!」 近くに水色の惑星が見える宇宙空間で、黒い棒状のかたまりのようなサクコブ船の前に、それよりかなり小さな赤い戦闘機が群れをなすように集まってきている。 「…俺、サクコブの標準艦が動いている所、生で見るのは初めてだぜ。」 サクコブ船の一隻から青い波状の光が発せられる。次の瞬間、前方の戦闘機群が全て消滅した。
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タオダが画面を操作し、シユマの方を向いた。 周囲の黒い船々が次々と光を発し、消えていく。やがて赤い船や円盤状の船も光を発し、数百あった船団は全てその場から消え去った。 ズバアアアアアアアン! 紫色の惑星の上に、白い雲がまだらのように広がっている。その軌道近くで無数の赤い宇宙船が集まり、雨のような光線を降らせてきている。 「残存敵機数約600、既に半分以上は戦闘不能にした事になります。こちらは17隻が撃墜され、38隻が戦闘不能。向こうはフィキチュアジと05に攻撃の的を絞っているようで、被害はこの2組織の船に集中しています。」 「その事なんですが、支部長。」 「ラインを突破し、現在稼動中の船は4隻。これから加速度的に増えるでしょう。4隻はいずれも地表への攻撃を繰り返しています。」 サクコブとよく似た構造の05船内部で、30a0がアンテナを点滅させながら合成音声を出す。ただし30a0の前には、バーチャルディスプレイ等は光学的には表示されていない。 「文を見るまでもない、そんな通信嘘に決まってる。この攻撃はクザラル人を抹殺する為のもの以外の何物でもないでしょ!」 見渡す限りの視界に、無数の赤い宇宙船の残骸が炎をあげ、虚空に漂っている。それを突っ切った先に数十隻のサクコブ船が綺麗にフォーメーションを作り、静止して青い光を発射している。その光の向かっている先は紫色の惑星の地表だ。 突如、サクコブ船の一隻が炎をあげた。後ろから、サクコブ船と比べると小鳥のようなサイズのHNK船と05船が隊列をなして飛び回りながら、赤い光線を乱射してくる。サクコブ船団はフォーメーションを崩しだした。 「フィキチュアジ船1隻が戦闘不能。…いえ、3隻です。他は健在。彼等がこちらにも攻撃を開始しました。HNKが2隻、05の1隻がやられています。HNKの1隻、撃沈です。」 ブズズズ、ブズ、ブズズ…。
一隻のサクコブ船から、およそ船3つ分程度離れた前方に青い光が放たれ、そこで集束している。その地点に他のサクコブ船からもどんどん光が向かい、そこに生まれた青い光の球はみるみるうちに大きくなっていく。 「…何、あれは?」 光の球は一船団を飲み込める程度の大きさにまで達した。進路上のサクコブやクザラルの船を無差別に飲み込みつつ、球はゆっくりと惑星の方向へ進みだす。 「副代表、この船のMKは現在6000を切っているので」 紫色の惑星の形が歪みだす。真円だったのが徐々に楕円に変わり、それと同時に星の周囲の雲が急に厚くなっていく。 「…煙よ。人のいるところから煙があがっているのよ。たくさん。」 紫色のはずの惑星の所々からオレンジ色の縞が顔を出す。歪みが増大するにつれ、オレンジの部分はみるみる内に増大していく。
「全員シートベルト装着!」 プオラギイックは目を合わせず、静かな調子で念じた。 「代表、通信が入っています。30a0統括課長から無事を確認する連絡です。…どうやら、シユマ支部長も通話中のようです。」 続く |
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<ガチンコ勝負、日ごろ言えない事を告白しあいましょうのコーナー、イェー、パチパチパチパチ!> |