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<な…何で…あんた、が…>
<誤解させるのも心苦しいので先に言っておきますが、私はアリーザではありません。>
<え…>
宏子の表情が一変して険しいものとなる。
<じゃああんたは何者なの。サクコブ?>
<私が知る限りサクコブ生命体の方々はこんな体型の維持は…分かりました。確かに今の冗談は面白くなかったかもしれませんが、そう怖い目で睨まないでください。>
アリーザはいかにもアリーザらしい穏やかな微笑で、宏子に念じる。
<…>
アリーザはコクピットの壁のでっぱりに軽く腰をかける。
<私が何者かを明かす事は出来ません。…まあ、怪しい者であるとだけ言っておきましょうか。そんな事は、もう皆さん充分分かっていらっしゃるでしょうけれど。>
自嘲気味に肩を上げるアリーザ。
<怪しいのは否定しませんが…プオラギイックさん、イハッジャをこちらに向けるのはどうかと思うんですが。仮にも昔、一緒に戦った同僚じゃないですか。>
<誰だが知らない奴にそんな事を言われてもな。アリーザなら確かに同僚だったが、お前がどうかは分からない。>
イハッジャを構えたまま、きつい眼差しでプオラギイックが答える。
<そうですね。…まあ、私もあなた達と一緒に戦った「同士」である事は間違いないと思いますけれどね。>
<つまりお前はアリーザとは違う、そういう事だな?>
<肉体的には殆どアリーザとの差は無いですよ。…殆どと言うか、全くです。ですからある意味においては、私はアリーザそのものだと言っても良い。もちろんホログラム等ではない生身の人間です。系魔法等を使っている訳でもありません。>
<…>
<つまり物理的には、彼女と同じ体なんですよ。DNAの一片に至るまで。もちろん、人体の細胞は常に入れ替わっている以上多少の誤差は出てきますが、皆さんには全く分からないはずですよ。仮に皆さんの医療用機具でスキャンしてでも分からない事でしょう。その意味では、私は正に「アリーザ」本人な訳です。>
<…>
宏子はよく分かっていない表情で、まばたきをしながらアリーザを見ている。リジュワナが息をつきながらアリーザに念じた。
<それで? じゃああなたは偽者なの、本物なの、どっち?>
アリーザは楽しげにリジュワナに微笑む。
<本物と私が唯一異なるのは、脳の意識ですね。ですけどそんなものは、唯物的にはさして重要な事ではないでしょう? 本当にミクロなレベルでの脳神経の差なんて。>
宏子は額に指をあてた。
<えっと…つまり色々勿体つけて言ってるけど、あんたは要は偽者だって事だね。で、あんたの正体は一体何なのよ?>
<私はアリーザですよ。>
<…>
アリーザの言葉に、宏子は眉を上げた。
<だ、か、ら。アリーザに扮したあんたの正体は何だって>
<肉体的には、私がアリーザである事は間違いないですよ。疑われるんでしたらいくらでも検査…はちょっと無理ですね、時間がありませんから。でももし検査すれば、私が>
<だからとにかくあんたの正体は何だって言ってんでしょ!>
宏子は立ち上がった。
<…>
<良い、アリーザはもう死んだの。サクコブだか誰だか知らないけど、死んだ奴の姿でこんな風にして出てくるなんて悪趣味だとは思わなかった訳?>
<それは…すいません。それは悪趣味だったんですか。私達は、あなた達に近しい人間の姿を借りてここに出ただけで、人選に特にそれ以上の含みがあった訳ではないんですが…>
宏子の剣幕にやや驚いた様子で、アリーザは肩を上げた。
<ここにいる方の姿だと、混乱すると思ったので。佐藤さんの姿で出てきた方が良かったですか?>
宏子は疲れた様子で息をついた。
<…はあ。…とにかく、何しに来たのよ、あんたは。>
<まあ、色々と、ですね。一言で言うなら。>
<一言じゃなくて良いから、もうちょい真面目に説明しろって。何なのよ、色々って。>
<皆さんが余りに派手な事をしているので、こっちもフォローに忙しいんですよ、色々と。>
アリーザは自分の前髪をいじりながら答える。
<…>
<佐藤さんの行動力は素晴らしいです。それは私達も、常々感服しています。ですが、佐藤さん達の行動は、時々私達の想像の範囲を超えて進んでしまうので、いつも見守っていないと危なっかしくて。>
椅子を立っている宏子は、そこから歩き、アリーザのそばに近づいた。
<あんた…もしかして、私の両親じゃない?>
<…宏子?>
<説明は後でする。>
プオラギイックに目配せする宏子。アリーザは笑う。
<こう見えても私、避妊はしっかりしているほうですから。>
<だろうね。…でも取りあえず、アリーザキャラとしてのあんたはしばらく黙っててもらえないかな。>
アリーザは明らかに拗ねた様子で、口をとがらせながら横を向いた。
<難しい要望ですね。偽者かしれませんが、一応私はアリーザなんですよ。緊張した空気を少しでも和らげようと、私なりに一生懸命努力しているというのに…>
<いや違うね。あんた位アリーザの真似が上手ければ分かるでしょ。あいつのそういうのは、ただの口のビョーキ。>
<死ぬまで本当の私の心遣いを親友に理解してもらえていなかったとは…>
わざとらしく首を振り悲しんでいるアリーザ。
<良いから質問に答えてよ。>
<…ええ。確かにお察しの通り、あなたの前に現れるあなたの「両親」と、私とは、ある意味同じ存在です。>
<だろうね。>
宏子は頷く。宏子はビュースクリーンに目を移した。
<だんだん分かってきた…これは全部、あんたが仕組んだ事なんだ。何をどうやっているのかは知らないけど…あんたは凄い魔力がある。だから死んでいるアリーザと物理的には見分けがつかない格好で出てくる事も出来るし、シェアジャ星でのフィキチュアジと連合の戦闘の結果を、逆さまにひっくり返す事だって出来たんだ。>
<…>
アリーザは少しだけ眉を上げてから、いつもとは違う雰囲気でほくそえむように笑った。
<…これだから、佐藤さんの前には現れたくなかったんです。佐藤さんの勘の良さは地球人離れしていますからね。ええ。確かに、シェアジャ星の事も私の仕事ですよ。>
リジュワナが声を上げた。
<そんな…何隻船があったと思っているの? それにそもそもダメージを無かった事に出来るなんて、時間逆行でもさせない限り無理でしょう? シャウビにだってそんな事が出来る魔力は無いわ。>
<…でも、それは俺達の常識だ。例えば最近のサクコブは、魔力でガードした星を爆破する事も出来る。シャウビでなくてもな。彼女がサクコブなのかは知らないが、常識なんていうのは種族で異なるものなんだろ。>
<でも…>
<プオの言う通りじゃん? 大体、それ以外に説明のつけようが無いっしょ。ここに今、アリーザそのもののカッコで出てきてるんだから。その時点でウチらの常識の通じる相手じゃないじゃん。>
<…>
宏子の念に、リジュワナは無言で息をついてみせた。宏子はアリーザに向き直る。
<それにしても何でこんな事を? 一体あんた達の目的は何?>
<目的ですか? そんな物は決まっています、今すぐ身代金を……すいません。もう黙りますから、足をどかせてください。地球人としての痛覚も普通にありますから。>
<…>
宏子はアリーザの靴の上に乗せていた自分の足をどかせる。
アリーザは肩を上げてみせた。
<理由なんて、簡単じゃないですか。私は佐藤さんを守っただけですよ。親が子供を守るのは難しい理屈なんて必要ありません。ただ守りたいから守る、それだけでしょう。>
<でもあんたは、現実の私の親じゃない。それこそ親のふりをしているだけじゃない。>
アリーザは頷いた。
<それで充分じゃないですか。親のふりをしようとするなら、子供役が危ない時は助けないと。ふりが成立しないでしょう?>
<…>
<どうも納得して頂いてはいないようですが、これでも本心なんですよ。>
アリーザは自分の胸に手を置いてみせる。
<それなら…>
リジュワナは少し考えてから、アリーザに目を上げた。
<それなら、お願いがあるわ。もう一度だけで良いから、私達を助けて。クザラル星が、爆破されていなかった、という事にして欲しいの。爆破される前に時間を戻してくれても良い。あなたも分かるでしょう、こんな事は、あったらいけない事なのよ。だから何としてでも元に戻したいの。>
アリーザは少し眉をよせる。
<…申し訳無いんですが、それは出来ません。>
<何故?>
<だって、私が守るのは佐藤さんですよ。クザラル星ではありません。>
<そんな…>
<じゃあ、戻してくれないと私が自殺するよ、って宣言したら戻してくれる?>
アリーザは宏子に苦笑した。
<残念ですがそもそも、私の魔力では元に戻すなんて無理だと思います。地球人一人を擬態したり、数十隻の宇宙船を修復したりするのとは根本的に規模が違いますから。こうなってしまったら、もう私にも、手も足も出ませんよ。それどころか、そこらじゅうに散らばった魔力の影響で、こうやって磁石に足を引っ張られてしまっている位なんですから。>
<そう…無理を言って悪かったわ。>
リジュワナは呟くように念じた。宏子がアリーザを見る。
<でも、何で…私を守んないといけないの。その意味が全然分かんないんだけど。>
<ですから、私は佐藤さんのお母さんですから。…まあ別に、性転換したお父さんでも構いませんよ?>
<それはどうでも良いけど、何であんたが親のふりをするのか、っていう事を聞いてんの。>
<そうですね。魔法少女だから…でもあるし、地球人だから、だとも言えます。その両方でしょうか。…いえ、と言うよりはやはり、佐藤さんだから、という答えが一番、らしくて良いですね。そう思いませんか?>
<…>
アリーザは、ふと自分の腕端末を見た。
<ようやく魔力の干渉が薄まってきました。私はそろそろおいとまします。皆さんお元気で。お会いできて嬉しかったです。>
<今度来る時は…アリーザの格好はやめておいてくれる?>
念じる宏子。リジュワナが呟く。
<でも正直…少しだけ嬉しかったわ、本物ではないかもしれないけど、久しぶりにアリーザが見れて。>
<…>
アリーザはリジュワナの念に微笑んだ。
<それでは皆さんお元気で。ああ、佐藤さん。佐藤さんは、別れの挨拶はしないですよ。どうせまた、近い内に会えると思いますので。>
<私はあんまり会いたくないんだけど…>
<何を言っているんですか、いつも別れを惜しんで私の胸にすがり付いてくるのは佐藤さんの癖に。>
<宏子…>
<プ、プオ、違うのよ。こいつの言う事信用しないで。こいつアリーザの様式で喋ってるだけなんだから。>
<やっぱり…>
<やっぱりって何よやっぱりって!>
リジュワナに念じる宏子。
<それでは皆さん、ご機嫌よう。>
<こら、こんな状況ほっぽって消えるな!>
<佐藤さんは、また今度。ゆっくりとニ人きりで濃密な時間を過ごしましょう。>
<こらああああっ!>
シュウウウウウウウン。
<うっ>
アリーザの体が白い光に包まれる。宏子は腕を目の前にかざし、両目を閉じた。
次の瞬間、アリーザは光と共に消え去っていた。
<…はあ。何だってーのよ、ったく…あ、>
<…>
<…>
<だからそんな目で見るなああああああっ!>


魔法少女佐藤

第23話「眠れぬ夜の魔法少女」


船が揺れる。宏子は慌てて自分の椅子の背中をつかんだ。
「代表、攻撃を受けています。MK4300に減少。」
「攻撃は分かるけど、誰から?」
椅子に座りながら宏子が聞く。リジュワナが両目を閉じつつ口を開ける。
「…フィキチュアジ。」
「その通りです。」
リジュワナに頷くタマラ。機体がまた揺れる。
「とっとと逃げよ!」
「やっていますが、振り切れません。」
「プオ、手伝って!」
宏子はプオラギイックに、手をコクピットの丸い装置の上に乗せるようジェスチャーする。
「…空の魔法を使ったって、そうスピードが変わる訳じゃない。今のサクコブには焼け石に水だぞ。」
「やらないよりはマシでしょうがっ!」
「4300だと…後2発であの世行きね。」
ズウウウウウウウウン。
「…後1発。」
「そんな事言う暇があるなら何か打開策を考えてよっ!」
宏子が後ろのリジュワナに怒鳴る。
「あそこにあるのは…」
プオラギイックが呟く。
「え?」
「…」
聞く宏子。プオラギイックはタッチパネルを操作してビュースクリーンのある部分をズームアップさせた。
「見ろ。サクコブ船だ。」
スクリーンには、小惑星らしき岩石に激突して半壊状態になったサクコブ船が映っている。船の大部分は一応形を保ってはいるようだが、あちこちから白い空気が吹き出ているのが見える。
「明かりはあるが…生命反応は、無いらしい。」
ディスプレイのデータ表示を見ながら言うプオラギイック。
「だから何? 今、他人の船構ってられるほど余裕無いと思うんだけど。」
首を振る宏子。リジュワナが息を飲み、プオラギイックを見た。
「まさか…プオラギイック、そういうつもり…じゃないわよね?」
「他に何か方法があるか? 後1発なんだろ?」
「でも…」
宏子はニ人を見回す。
「は? 何言ってんの、ニ人で。…って、まさか、もしかして…」
宏子の眉間に皺がよる。宏子はプオラギイックを見た。
「そのまさかだ。タマシルファグウトを破棄してあそこに瞬間移動するんだ。」
宏子は立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待って、だってサクコブの船なんだよ。生命反応無いって事はもう空気が無くなってるかもしれないし、何かのガスとかが漏れてるかもしれないし! …大体、サクコブの船の空気なんて人間が吸って大丈夫なもんなの?」
「残念ながら短時間なら問題無い。まあ、一応酸素マスクは持っていくに越した事はないけどな。」
「それにこの場合、副作用とかが出るよりも前に空気が無くなるでしょうから、その点はわざわざ心配する必要も無いと思うわ。」
「でも、もしまだサクコブが中にいたら?」
「その時は…まあ、頑張れ。」
「な…」
「代表、敵船が再びこちらに狙いを定めてきているようですが。」
「…」
宏子はプオラギイックとリジュワナに交互に目を向ける。
「…」
「…」
「…分かったよ!」
宏子はため息まじりに首を振り、自分の席を離れてから周囲を見回した。
「全員、今から瞬間移動をするから一箇所に集まって!」

無数の塵のような残骸が漂っている中を、くすんだ赤の宇宙船が懸命に動き回っている。その宇宙船に1隻のサクコブ船が猛スピードで近づく。サクコブ船から発せられる青い光。宇宙空間に光の橋をかけるようにして、その光線は瞬時に赤い宇宙船を包み込む。
その直前に別の色の小さな光を船内から漏らしていたタマシルファグウトは、次の瞬間青い光に呑まれて吹き飛ぶように消滅した。


両目を閉じて、美耶は鼻から深々と息をついた。
「まあ…良かったね。何はともあれ。皆生きて帰ってきて。」
「良かった、っていう雰囲気の表情には見えない気がするんだが。」
「そりゃそうでしょ。唯一良かったと呼べる事がそれだけなんだから。皆ボロボロじゃん。」
白いしっくい壁の小さな部屋で、机を囲んだ宏子達5、6名が座っている。エアコンがついているようだが、プオラギイック以外は皆Tシャツの軽装だ。
「プオはどこだっけ、そこの肘だけ? まだ穴ふさがってないんでしょ。」
宏子はプオラギイックの右肘の包帯をしてある部分に目を向ける。
「お前の方が大変だろ、腕を二ヶ所もやられたんだから。05が来た時は、既に出血多量で意識不明の重体だったんだからな。」
「言い方が大袈裟。そりゃ確かに貧血状態にはなったけど、「意識不明の重体」までは行ってないって。そんなだったらそれこそここまで持ってないよ。」
右手を包帯でぐるぐる巻きにされている宏子が左手をひらひらと振る。
「貧血状態で眠る事を、世間一般では「意識不明の重体」って言うんだぞ、知ってたか?」
プオラギイックがため息をつく。
「お前がまだ腕白盛りのガキなのは分かってるが、頼むから、少しは自分の体をいたわる事も覚えてくれ。」
「あーら、その言葉はそのままそっくりあなたにお返ししますわ。…大体ね、あんたは前に出すぎなの。あの生き残りのサクコブとやりあう時だって一人でとっとっとっとっ行っちゃうんだから。全く、こっちがどれだけ冷や冷やしたと…」
「ゴホ、ゴホン!」
「…」
宏子はふと口を止め、喉を鳴らす美耶の顔を見た。
「…」
そのまま宏子は視線をスライドさせ、顔を赤らめてうつむいているタマラと、素知らぬ様子で明後日の方向を向いているリチャードと、しくじった、というように顔をしかめているプオラギイックを見た。
「…まあ、要は、私達なんてどうでも良いのよ。ほっときゃ治るんだから。」
心なしか耳の赤らんだ宏子が言う。
「その意味では、確かに幸運ではありましたね。多少の安静期間を要する者もいますが、まあ全員おおむね軽傷ですんだ訳ですから。」
宏子はリチャードに首を振った。
「ううん、一人、ちょっと問題な奴がいるんだ。」
「え、誰?」
「…リジュワナ。」
美耶に答える宏子。
「リジュワナちゃんは…えっと、頭を打ったんだったっけ?」
「そうだけど、別にそれは大丈夫。問題はこっち。」
宏子は左手の人差し指で、自分の左胸を指してみせた。
「心臓?」
「…違うって。」
「いや、そこは胃だろ?」
宏子はプオラギイックに顔を向ける。
「もっと違うよ。あんた地球人の体は勉強したとか言ってなかった? …そうじゃなくて。私が言ってんのはハートよ、ハート。」
「あ、そういう意味。」
美耶は頷いた。
「何で胃に心があるんだ?」
「だから胃じゃなくてここは心臓だって言ってんでしょが。」
深刻な表情でプオラギイックが宏子を見る。
「…心臓にも心は無いぞ?」
「うっさいな、地球人にはあるの!」
「そうだったのか!?」
「ひーこ、そういう事ばかり言ってると…」
「…とにかく、リジュワナの心は、ちょっと問題なのよ。」
プオラギイックの方から向き直り、宏子が改めて言った。
「PTSD、ですか。」
「うん、タマラ。リジュワナは一年近くかけてパフタオチトゥをゼロから作ってきたからさ、やっぱりこういう事になっちゃって、ショックはデカいと思うんだよね。」
宏子の言葉にリチャードが頷く。
「そうですね。パフタオチトゥは既に事実上フィキチュアジと一体化していますから。まだ連合の船を攻撃したという記録は聞いていませんが、あの爆風で艦隊が散り散りになってから、たまたま出会う事が無かっただけだとという風に考えておいた方が良いでしょう。」
「だから…今日はここにリジュワナちゃんが来ていないんだね。ただのずる休みじゃなかったのか。」
「ずる休みって言えば…モニクはどこほっつき歩いてんの?」
宏子は部屋を見回した。
「自室にいるはずだよ。マンガを読みふけってる。…じゃなかったらアニメのビデオかな。」
「あ、あのぐうたらオタク女…」
美耶の回答に顔の引きつる宏子。美耶は手を振った。
「あ、違うの。ずる休みしてる訳じゃなくて。」
「は?」
「モニクちゃんは真面目な意味でマンガを読んでるの。その…魔法少女が出てくるマンガとかに、何か、今の私達に参考になるような事は書いてないかって、探してるんだって。」
「…」
プオラギイックは無言で口を開いたまま美耶を見ている。
「それを世間一般ではサボりと言うんじゃないか?」
細い目で言う宏子。
「うん、でも本人は凄く真面目に言うから、私も止められなくって。…本当に、彼女はめちゃくちゃ大真面目なんだよ。ひーこがどれだけこっちのニュースを聞いてるか知らないけど、一週間前…特に3日前から、サクコブの攻撃が酷い事になってるから…」
「私は…まだちゃんと聞いてないんだけど。そんなに酷いの?」
宏子に見られたプオラギイックは、少し答えあぐねてからぎこちなく頷いた。
「ああ。昨日は確か、1億人近くが亡くなったらしいな。ヨーロッパがズタズタになったらしい。」
「…は?」
「今日の午前中も既にスペインとポルトガルに現れたらしいっていう情報だよ。何しろ情報網も錯綜してるしデマも多いから、どこまで本当でどこから噂なのかははっきりは分からないけどね。」
頷く美耶。
「ちょっと待って…死んだの? …1億? 一日で?」
「推計ね。もしかしたら5000万かもしれない。もしかしたら3億位いってるかも。」
「それ…単位は、人なの?」
「勿論。言っておくけど、一昨日は2億だったからこれでも減ってるんだよ。」
「な…あんた達も知ってたの?」
宏子は立ち上がり、リチャード達を見回す。答えかねている様子のリチャード達。
「ちょっと…どういう事。何で私達はこんなところでのうのうとくっちゃべってんのよ。何で皆一言も知らせてくれなかった訳!」
「ニュースを見てなかったお前もお前じゃないか?」
「それは悪かったけど、いくら私が役立たずの代表でもそんな状況なら一応知らせるもんでしょ!」
「何も、お前からニュースを隠そうとしてた訳じゃないぞ。そんな事をする理由も無いしな。…ただ、わざわざお前に知らせる意味も無いだろ。」
「意味の問題じゃないでしょ、それがあんた達の仕事でしょ!」
宏子がリチャードに迫る。
「いえ、その…」
「だから。別に知らせないでいいって俺が言ったんだよ。」
「あんたが? どうして!」
プオラギイックに顔を向ける宏子。
「意味が無いからだ。…知ってどうする? サクコブ退治にでも出かけるか? 宏子、俺達やHNKの連中が尻尾を巻いて逃げ帰った相手が誰だったか、覚えてるよな。」
「だからって! 一日に何億って人が死んでいってるなんて…もう、地球が終わりだって事じゃない! ほっとけって言うの、それを!」
「ひーこってつくづく、正義の味方が板についてきてるんだねえ。」
「何よ、その言い方。」
宏子が美耶に鋭い視線を向けた。
「別に。ただ、放っておいちゃいけないって言うなら、一体ひーこは何をしたいのかなあって思ってね。」
美耶は自分の爪を見ながら言った。
「何って、EIMが何の為に作られた組織か分かってる? 戦うしかないじゃない! そうしなかったら地球人も、クザラル人と同じように絶滅しちゃう! 奴隷だの独立だの、そんな問題じゃもうない。皆死んじゃうんだよ。良いの、それでも!?」
「言っておくが、クザラル人は絶滅した訳じゃないぞ。少なくとも俺はまだ生きている。」
「それは、そうだけど、」
「それに俺達はクザラル星だけに住んでる訳じゃない。確かにクザラル星は消えたが、本星に住んでいるクザラル人は全体の7割程度だ。まだ絶滅と言うほど減った訳じゃない。」
「それは…ごめん。でも、」
プオラギイックは宏子に頷いてみせた。
「EIMは地球人を守る為の組織だ。だから地球が危機にある時に戦うのは当然だ。…問題は、どうやって戦うかなんだ。何か良い方法があるなら教えてくれ。俺には思いつかない。」
「それは…」
「という事でね、ひーこ。ここでくっちゃべる以外に私達、する事が無いんだよ。」
「そんな…」
「HYIが出て行った今、UOTRは既に、親EIM派が握っている。当然地球軍もこちらの味方だ。地球各国の政府も、向こうは嫌々だろうが、今や一応こちらと協力体制にある。05とHNKはもちろん俺達の得がたい友人だ。…でもな、宏子。それら全員が力を合わせても、はっきり言って意味が無い。今のサクコブには手も足も出ないんだ。」
「な…何で…こないだまで互角に渡りあってたのに…」
「そうなの? ひーこ達新兵器で大変だったんでしょ?」
「ああ。だがそれ以前から、別に俺達はサクコブと互角でも何でもなかった。自分達の力は無いから、サクコブとクザラルのパワーバランスの間を何とかすりぬけてここまでやって来た、っていうだけなんだ。」
「でもその一方が大打撃を受けて、バランスが崩れた。」
リチャードが言う。プオラギイックが頷いた。
「ああ。もうこうなるとどうしようもない。…いや、何か手はあるのかもしれないが、取りあえず今のところはまだ誰も思いついていない。05のコンピューターでもな。」

宏子はふと顔を上げた。
「…そうだよ。05だよ。タマラ、05とタマラ達で研究してたでしょ、サクコブの新兵器の仕組み。」
「ええ。…ですが、まだ実用化にはしばらくかかります。05のコンピューターネットにも被害が出ていて、当初の予想より演算に時間もかかるようですし、今までの分析結果もバラバラになってしまって。今から4日以内、というのは無理ですね。」
「じゃあ、後どれくらい?」
「…少なくとも、2週間以内には…」
「2週間って、その間に後何億人死ぬと思ってんの!」
「すみません…出来る限りの事はしているんですが…」
「…」
口を開いてから宏子はため息をつき、タマラに頷いた。
「だろうね。でも、肝心の計算は全部05任せだからこっちに出来る事は無い、って言うんでしょ?」
「実験や仮説の部分では、こちらも力を貸せるのですが…」
頷くタマラ。
「部下に当たるなよ。」
「分かってる、けど…」
「じゃあ後私達に出来る事って言ったら、向こうから新兵器を盗んでくる事位かな。」
「…」
宏子は顔を上げて美耶を見た。
「…ひーこ、何で感心したような顔になってるのか知らないけど、私は冗談で言ってるだけだからね。」
「そうだな。大体「新兵器」っていうのは魔力増幅装置なんだから、当然彼等は攻撃だけじゃなく防御も強い。簡単に盗めるような代物じゃないな。」
肩を上げるプオラギイック。
「そもそも問題は新兵器だけじゃない。一番大きい問題は、ここ数日のサクコブの数だ。地球に飛来してくる数が今までとは比較にならない位多いんだ。増幅装置のお陰で地球に大量に来れるようになったんだろう。被害が大きくなったのも、要はそれが原因なんだ。」
「じゃあ…」
宏子は椅子に座り込み、両肘をつき手を口の前で合わせた。
「どうしたら良いの、私達は。」
「…」
プオラギイック達は目を見合わせる。
「…どうする事も、出来ないとしか、言いようがない。…悔しいけどな。」
「神に祈る…位ですか。」
「…」
リチャードの言葉にプオラギイックはため息で答える。
「…ヤだ。私はそんなのヤだよ。」
「ヤだ、って言っても、ひーこ…」
「何かくいとめる方法はあるはずでしょ。私はこれ位の事で諦めたくなんかない。あんた達も、何か随分物分りが良くない? ねえ、自分達の生死がかかってるんだよ。何か出来るはずでしょ!」
宏子は立ち上がった。
「私は最後まで戦ってみせる。言っとくけど、私は元々、こんな事したかった訳じゃない。地球の運命を守るような柄じゃないよ。自分が魔法少女だと思った事も、なりたいと思った事だって全然無いけど…でも、もう足を突っ込んじゃってるんだから。私は諦めないからね。絶対に何があっても、地球の平和を取り戻してみせる。」
宏子は席を離れ、部屋のドアの方へ歩き出した。
「…おい、宏子。お前に無茶をされると、それこそ地球の全員が困る事になるっていうのはもう分かってるよな。」
「大丈夫。誰も、今すぐ玉砕に出かけるなんて言ってないよ。ただちょっと…その辺散歩して、頭を冷やしてきたいだけ。」
「今出かけたら暑いよ?」
「暑い風に、あたりたい気分なの。」
美耶に答え、宏子は部屋を出て行く。
「暑いのは嫌いだったんじゃないのか、あいつは?」
「…」
プオラギイックの言葉に、美耶は肩を上げてみせた。


サンダカンにあるのと殆ど同じような熱帯の植物が生い茂る密林を背景に、芝の張った小道を宏子、リジュワナ、モニクの三人が歩いている。
リジュワナは少し不愉快そうな様子で、腕を組みながら眉を上げた。
<下らないわ。そんな事以外に出来る事だってあるでしょう?>
<具体的には?>
<…>
モニクの念に沈黙で答えるリジュワナ。
<まあ、出来る事は色々あるかもしれないけど、一応あんたの心のケアだって大切な事じゃん。下らないとは言えないよ。そりゃまあ、あんたが傷つきやすい繊細な心を持ってるとはお世辞にも言えないとは思うけど…>
<どっちかって言うと、ガチガチに硬くて周りに引っかき傷が絶えないタイプの心だよね。工業用ダイヤの心を持った女。>
モニクが宏子に笑って頷く。
<…不思議ね。二人の発言が、多少なりとも私の心を気遣っているものには全く聞こえてこないのは何故なのかしら。>
一人で前を歩いているリジュワナが眉を引きつらせながら念じる。
<そう? ま、HNK地球支部の方にカウンセラーがいるそうだから、明日行って診てもらってくるようにね。>
<そんな事に構っていられるような状況じゃないでしょう、今は。>
<良いから行くの。代表命令権行使しようか?>
リジュワナは立ち止まり、宏子に振り向いた。
<あなたはマブルやプオラギイックからカウンセラーと話すように言われた時、一度でもそれを真面目に聞いた事があったかしら?>
<だって私は平気だったから、わざわざ話、する必要なんか無かったもん。>
<…>
細い目で宏子を見るモニク。
<なら私も平気よ。それこそ私の心が硬いって、知ってるでしょう。あなたと違って、感受性に乏しいから。不必要に自己陶酔をするような暇があったら、状況の打開策に思いを馳せているのよ、私は。>
<ほうら、そういう風にすぐに喧嘩を売ろうとする辺りが怪しいんだ。>
宏子は楽しげにリジュワナに顔を近づけた。
<…はあ。もう、付き合っていられないわ。>
<ま、まあ、とにかく、もう予約も入れちゃったから、リジュワナちゃんも明日は一応そういう事で、ね? そんなに時間はとらないだろうから。>
手を差し伸べるようなジェスチャーで、モニクが笑いかけてみせる。リジュワナはため息をついた。
<…まあ、手続きとしてはそうするべきなのかもしれないし。命令だというなら、私も無理に破るつもりはないわ。どこかの代表さんと違って私は周囲の意見も聞き入れるから。>
<あ、あはは…>
<でもモニク。何で私が今日、今からわざわざダッカに行かないといけないのかしら。それと明日のカウンセリングと、一体何がどう関係があるの。そんな事、しても仕方が無いでしょう。>
<自分だって、瞬間移動も使えない人間を無理やり日本へ連れて行った癖に。>
リジュワナは宏子に目を向ける。
<それでそのお返しに、あなたはモニクを見張り役に使って私をバングラデシュに行かせたい訳ね。>
リジュワナはため息をついた。
<そういうのはケアじゃなくて復讐って言うのよ、宏子。>
<良いから。同じ「チームメイト」として私もリジュワナには元気になってほしいからさ。>
<それはありがとう。あなた達ニ人がどこかへ消えてくれれば、私は充分元気になるわ。…それからあなたの「チームメイト」っていう立場を引退するにはどうすれば良いのかを教えてもらえると、更に元気になれるわね、多分。>
モニクがリジュワナの肩に手を置く。
<まあ、リジュワナちゃん、ちょっと付き合ってくれるだけで良いから。私にダッカの街を案内してくれたら嬉しいな。今からだから、丸一日潰れる訳じゃないんだし、軽い気分転換って事で、ね?>
<…>
モニクの毒気のない笑顔に、リジュワナは心底困った様子で息をついた。


屋内の一室、家具の少ないがらんとした部屋で、宏子がタッチパネルを操作している。
<オーケー、ウォームアップ完了。じゃ、良い旅を。>
<…>
<うん、楽しんでくるよ。>
むすっとした顔の横で、モニクが宏子に答える。
<土産はまんじゅうで充分だから。>
<…日本風菓子なんてダッカで売ってないわよ。>
<じゃ、ごゆっくり。>
手を振る宏子。
<うん。>
笑顔のモニクが頷き、自分のイハッジャを持ち出して構えた。
シュウウウウウウウウン…。
部屋にあるオーディオ機器か何かのような機械群のデータ表示が反応しだす。モニクとリジュワナを包むようにしてピンク色の光が輝きだした。
<…ザナ・キュディヌ・ヒオ!>
ズバアアアアアアアアアアアアン!


光で視界が覆われる。爆発音があって突風が起き、それに押し流されるように光が消えていく。
さっきまでいたEIM本部の室内から、屋外に周囲の景色は変わっている。ニ人は周りを見回した。
<…あれ?>
低いトーンで、モニクが呟いた。
<…>
<何で、だろ。>
モニクは急いで腕端末を叩き、バーチャルディスプレイを表示させる。
<…>
リジュワナは息をのみ、無言で数歩、その場を歩きだした。
<えっと、多分設定ミス…なのかな? 私はちゃんと念じたと思ったんだけどね、増幅装置に何か故障があったのかもしれないね。場所、絶対間違えてるもんねえ。>
タッチパネルを右手で操作するモニク。表示されたデータにモニクは眉をよせる。
<嘘…ここがダッカなんてはずないんだけど…あれ? なんでかな。ちょっと、本部に通信入れて確かめてみないと。下手に故障だったら困るな…増幅無しで帰るには、ちょっと長い距離だし…>
風が吹き、地面にある紙くずなどを巻き上げている。

彼女達は、もとは街中だったと思われる、全ての人工物が破壊され瓦礫で埋め尽くされている地面の上に立っていた。

「ごほ、ごほっごほっ。」
砂埃が風に乗って通り過ぎていく。口の前に手を押さえながらディスプレイを見ているモニク。
周囲の景色は黒と灰色と茶色で埋め尽くされている。明らかに人体らしいものの残骸は所々に見え隠れしているが、生きて立っている人間は彼女達ニ人以外に周囲には見えない。
<…モニク。>
<何、リジュワナちゃん?>
リジュワナはモニクから数歩離れた場所で座り込み、瓦礫の地面に見入っている。彼女は立ち上がり、モニクの方を向いた。
<増幅装置の故障じゃないわ。>
<え…?>
<…>
リジュワナはもう一度、地面に目を向けてみせる。モニクはリジュワナに近づき、同じ場所を見下ろした。
コンクリートらしき破片に挟まった何かのビラがある。白黒の写真と、横棒で一本に繋がっている形状の文字で書かれた文章とがそのビラに印刷されていた。
<ベンガル語よ。>
<…>
<まあ…ダッカじゃなくてコルコタかもしれないし。チッタゴンかもクルナかも、グワハティかも、あるいはシンガポールかロンドン辺りのインド人街かもしれないけれど。>
リジュワナはビラから目をはずし、もう一度周囲を見回す。
<それにしても彼等もまめなのね…フランスや日本ならいざ知らず、ダッカなんか攻撃しても、世界経済に殆ど何の影響も与えないでしょうに。せいぜい、ジュート麻とタゴールの詩集の流通に支障が出るくらいだわ。>
<リジュワナ、ちゃん…>
<分かるわよ。今朝までは全く無事だったんでしょう? でも午前中かお昼に、攻撃があったのよね。私達がサクコブとかち合わなかったのは幸いだったわ。>
<あの……ごめん…>
<あなたが気に病む事じゃないわ。大体、今の状況なら多分、フランスの方が酷いわよ。>
<それは、そうかもしれないけど…>
両手を背中で組みながら、リジュワナはゆっくりと、コンクリートで一面覆われた「平原」を歩く。
<悪かったわね。案内出来なくて。リクシャと3輪タクシーの洪水も、小汚いバザールも、その裏手のスラム街も、汚物だらけの川も、蝿の飛び交うオープンカフェも、見事なまでに文明の無い隣町も、…私の自宅も。…全部、案内したかったんだけど。消えてしまったようね。系魔法で作った虚偽の記憶が、何時の間にかとけて無くなってしまったみたいに。>
<…>
<残念だわ。宏子に日本風菓子の土産も買ってあげられない。>
<リジュワナちゃん、もう良いから…>
<そんなに悲しい顔をするものじゃないわ。モニク、あなたに暗い表情は似合わないわよ。私と違って。>
リジュワナは軽く息をつくと、肩を上げる。
<帰りましょう。ここにずっといても、私も案内のしようもないし。>
<…>
ボスッ。
<ちょっと、モニク。急に何? 呼吸が苦しいんだけど。>
モニクはリジュワナを自分の胸に抱きしめた。
<…>
<…何か…言って。>
<…>
<…>
モニクの胸の中で、リジュワナは何度かまばたきをする。そして彼女はほぼ無表情で、軽く視線を落とし、自分の右手をモニクの背中に回した。
<…宏子にだけは言わないって、約束してほしいんだけど…>
<…>
モニクの抱きしめる力が少しだけ強くなる。
<…数分だけ。このまま…>
リジュワナはモニクの胸に顔をうずめる。無言で瞼を閉じている彼女の目から、徐々に、涙が滲みだした。


A-Sato Ltashofe Yde Ilne

Episode 23: Epilogue

「…ふう。」
何台かパソコンの並んでいる事務室で、半袖Tシャツの美耶はふと両腕を抱えるようにして組んだ。


ドアが開く。宏子がこちらを覗き込むようにして顔を出した。
<えっと、今、大丈夫?>
<ええ。どうぞ、かけて。>
水色のツナギのような作業服を着た青い肌のクザラル人女性が頷き、手前の丸い椅子を手で示した。
<忙しいでしょ。HNKだって今は怪我人とか多いだろうし…>
<助手がいますから、彼女に任せています。…いえ、今はある意味私の方が助手かもしれません。3日に1度はサボっていますから。>
宏子は部屋に入り、女性の前の椅子に腰をおく。
<本当に、ウチら迷惑かけちゃってるよね。>
<良いんですよ。地球の方で魔術関係に対応出来る医師はまだいない訳ですし、そもそももう私達は、事実上同一のグループじゃないですか。今のHNK地球支部とEIM本部が別の場所に置かれているのが、意外に思えてくる位に。>
<それはそうだけど。…でも、クザラルの人達には…>
<ああ、という事は今日はカウンセリングの相談ですか?>
女性が冗談めかして言う。宏子は苦笑気味に首を振った。
<ん…>
<まあ、HYIの人達なら佐藤さんを責める権利もあるかもしれませんが、こと私達に関しては、共犯ですからね。謝ったり責めたりというのはそもそも成り立たないでしょう。>
<でも…>
<佐藤さん…話、長くなりますか?>
女性は自分の腕端末に目を向ける。
<…>
宏子は口を閉じ、わざとらしく頭を下げた。
<…ごめんなさい。>
<いえいえ、こちらこそ。>
<あ、でもマブル。結構、話はカウンセリングのお願いに近いかもしれないんだけど…>


「ふう…」
狭い白壁の廊下を美耶が歩いている。美耶は露出した腕をさすりながら、首をすくめた。
「もうちょっと、冷房弱くしてもらわないと。風邪薬あったっけ…」
「Sick room Posonu Famei」と書かれたドアの前で美耶は止まり、ドアに手をかける。


<どういう事ですか?>
マブルは足を組み、真顔になって宏子の顔をうかがった。
用途のはっきりしない小型の電子器具や、クザラルの文字のラベルが貼られた色々なビンの並んでいる棚に目をやりながら宏子が念じる。
<私ね…何か、おかしいんだ。他の人と違うの。>
<それは、もうだいぶ前から地球中の人達が知っています。>
<そうだけど。…そうじゃなくて。その…私が時々金縛りに会うって話は、マブルには話した事あったっけ?>
<一度伺っています。睡眠時間に挟まれた覚醒時の硬直だけでなく、昼間でも体が硬直する事があるとか…>
<それってやっぱり、普通の魔法少女はなったりしないよね?>
<そうですね…クザラル人の魔法少女の中で特に一般性が高い、という事例ではないですね。魔法少女に限らず珍しい事例です。特に、普段健康に生活している人でそういう事例はまず無いと思います。>
<だよね…。それで、そういう時はね、いつも、誰かの声が聞こえてくるんだ、私。同じ奴等の。…それって、私、何ていうか…私個人のもんなんだと思ってた。>
<というと?>
<妖怪か、守護霊か…いや、そういうのを真面目に信じてるって訳でもないんだけど、その…私にしか見えない訳じゃない? それにこの金縛りは、私が魔法の事を知る前から見てたから、そういう感じで思ってたんだけど…>
<科学的に考えるなら…おそらくそういった声は、佐藤さんの普段意識していない意識でしょうね。普段の意識に抑圧されている意識か、あるいは魔術の刺激で発生した意識活動か…>
<あ…なるほどね。でも…ん、まあ、とりあえず続きを話すね。>
<ええ。>
宏子は喉を鳴らし、続ける。
<こないだの連合の戦闘で、私達…パフタオチトゥも含めて、がシェアジャでフィキチュアジと戦って、負けかけたけど奇跡的に勝ったよね。あの時も私、金縛りにあって、例の相手からやっぱり声を聞いたの。奇跡が起きた瞬間にね。詳しい内容は覚えてないけど、何かいつもの感じで話、して。>
<…>
<それから…今度は連合とフィキチュアジがクザラル星まで来て、クザラル星を爆破しちゃった時。星が消えた直後、今度はアリーザが船に現れたの。もちろん、本物のアリーザは死んじゃってるから、アリーザの格好をした誰か、がね。瞬間移動でどっからともなく現れて。で、こっちは私だけじゃなくて、その場の全員が見てるんだ。プオとかリジュワナとか。>
<はい。>
<彼女が言うには、彼女は私が金縛りの時に必ず出てくる相手と同一人物なんだって。…って事は、おかしいよね? つまり、私がいつも金縛りの時に見ていた相手は、私だけの存在じゃなかったんだよ。守護霊でもないし、その、私の頭が勝手に作ったもの、って訳でもないらしいんだ。>
<それは、確かにおかしいですね…。>
<うん。でね、その相手…取りあえず、アリーザって呼んでおくけど、アリーザは確かにそこにいたの。その間に起きた事は確かに現実だった。アリーザの形をした誰かがそこに来たっていうのは、私が金縛りにかかっている間に起きた、私だけが見た出来事なんかじゃなくて、その場の人達皆が見てるんだよ。…でもね。アリーザが船から瞬間移動で消えた瞬間、皆それを忘れちゃったの。私以外。…その時間の記録を見ても、もちろん何も記録されてないの。私だけがこの事を覚えてるんだ。…これって、どういう事なんだろ?>
<…>
マブルは腕を組み息をついた。
<正直、まともな医者の処置出来る範疇は越えていますね。>
<ごめん。そうかも…>
<冗談ですよ。…そうですね、アリーザさん、の形をした何者か、が本当にその場にいたのかどうか、ですね。本当にいたのなら彼女はその場の人間に系魔法をかけて、それが佐藤さんにだけ効かなかったという事になります。佐藤さんは魔力がかなり強いですし、クザラル人とは僅かなら働き方が違う事も分かっていますから、そういう事は有り得るでしょう。ただそうすると問題なのはそのアリーザさんの正体です。佐藤さんの意識ではない、何か別の存在だとすると、これまでの金縛りの事の説明が難しくなります。>
<うん…。>
<もう一つの可能性は、そこにアリーザさんはいなかった、という可能性です。つまりあくまで全て佐藤さんの意識の中でだけ起きた話で、他の人は本当はそんなものは見ていない、という可能性です。この方が医学的な説明としてはすっきりするのですが、そうだとすると佐藤さんは幻覚を見たという事になりますね。しかもそれが今までは体が硬直する時だけだったのが、ついにそうでない時にまで拡大してきつつある…と。>
<それって…私が何かの精神病、って事だよね。>
マブルは顔を上に向けた。
<どうでしょう…「地球人の魔法少女」は佐藤さん一人しかいませんから、何が正常で何が異常なのか、判断に苦しむところがあります。>
<それは、何…コココ式の冗談?>
<何がですか? 私は真面目に言ったつもりですが…?>
<…あ、そう。>
宏子は肩を落とす。
<とにかく…普通に考えれば、それって狂ってる、って事なんじゃないの?>
<ええまあ…何か知覚の処理に問題が起きているのは事実ですね。…ただ、あくまでそれはアリーザさんがそこに来ていなかったという仮定の場合の話です。アリーザさんが来ていたという可能性も充分に有り得ますから。…まあ、有り得ると言うか、どちらも同じ位に有り得ないと言うか。>
<そうだとしても…やっぱり私が他の人と違う事に変わりは無いよね。他の人は覚えてないんだから。>
<それはまあ、そうですが。>


ドアの向こうからテレパシーが漏れてくる。
<…だとしたら、どういう事なんだろう。>
<そのアリーザさんの正体ですか? それは本当に、私の分かる範囲の話ではなくなります。>
<だよね、確かに…>
「…」
医務室の前で、美耶はドアに手をかけたまま眉を寄せた。
−こないだ、ひーこが私に聞いてた質問って…。
難しい表情で、美耶は医務室の前から離れた。



→Part B



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