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部屋のベージュ色の壁が揺れている。宏子は一人、壁に背をもたれながら床に腰をつけ、何をするでもなく天井を見上げていた。
−最近、夢を見る事が前より増えてきてる…何だか、今こうやって起きているのが夢で、夢の方が現実であるみたいに…。
宏子は両手を頭の後ろで組みながら、軽く息をもらす。
四畳半も無いような小さな部屋の壁は、相変わらず音を立てて揺れている。
−実際、夢の世界の方が平和だしなあ…毎日億単位で人が死んでるなんて、もうどこも現実感のある世界じゃなくなってるし…。
宏子は一人で、苦笑するかのように肩を揺らした。
「…」
宏子は自分の両手を顔の前で広げ、改めて見つめる。
−いつから魔力が戻ってたんだろ…最近全然試してもいなかったけど…さっき測定されたら、もう普通に200あるっていうし…。
「…遠い記憶…大波が来て…旅人が、その大波で…あれ? 私…」
−急に何、口走ってんだろ。
宏子は顔を上げ、まばたきする。
−え、大波が何だったんだっけ? え、あれ、あ、えっと…あ、思い出せない、どんどん記憶の断片が向こうに流されちゃうのが分かる。ええと、えっと、何だ、何だ…もう一回考えてた事をリピートだ。ええと、私が魔力が戻ったのは何でだろうって思ってたんだよな。…あ、それでだから、それと夢に何か関係があるんじゃないかって感じて、だって、夢の内容に…
「…内容に?」
宏子は眉を寄せて呟く。
−内容が何? 何か、関係あるような事あったっけ? それは確かに、夢に出てくる話で主人公は私みたいに困ってたけど……話? あ、そうだ、誰かが話をしてるんだ。まるで子供に聞かせるような昔話。その話の中で、…あれ、それって作り話だったっけ? その人自身の昔話だったか…私の昔話だったような…ってそんな訳ないか、子供に聞かせる子供自身の昔話なんて、意味が分からないもんなあ。
「…」
−…だから、大波が来て困っていた訳だ、その誰かが。その誰かっていうのは…いいや、そこまで思い出せなくても。そもそも夢なんだから理屈の通る話じゃないし。
「あれ…」
宏子は唇を微かに動かす。
−それって…本当に、ただの夢だったか…? あれ? …って、夢じゃない夢なんてそれこそ訳分かんないか。そんなもん見てたら私ヤバい病気だって。ともかく、その夢の中ではその人は凄く困ってるんだったよね。だから何とかして勝とうとしてたんだ。勝てなかったら自分達が危ないから。だから良心を押し殺して、一生懸命戦って。でもそれでも負け続けて、それで最後に…
「…あれ?」
宏子は右眉を上げる。
−そっから先が…あ…駄目だ。全然出てこない。何だったんだったっけなあ…。
「っていうか…たかだが夢で何でこんな必死になってんだあたしゃ?」
一人ため息をつく宏子。部屋の壁はまだ揺れている。

ピピッ。
「あ、…イエス。」
ドアの方から電子音が鳴った。宏子は顔を上げて答える。
<未だにエウグ語は全然分からないの?>
ドアが開き、いつにも増して地味な青緑の服を着たジュチャが顔を見せる。
「えっと…カー、ド。」
「E uuu, To thmojlleo xil-tx Ghhye Euxe?(あら、エウグ語お話になるんですか?)」
部屋に入ってきたジュチャはそう言って微笑む。
「カード。ダ…ック? コ・ナルバス・ヒク・ト。ス、スイ…スイ…ス…」
「Swifu xila.」
「スウィフ・ヒラ。」
「Euu. Totemo sugoi desu ne.」
賞賛の舌打ちをしてみせるジュチャ。
「…そりゃどうも。」
<どう、くつろいでる? って、難しい相談よね、あんな攻撃の直後で。まあ正直、安全は余り保証出来ないけど…多分あなたの所でも、状況にそう大差は無いでしょう?>
ジュチャの後ろで閉まるドア。ジュチャは宏子と同じように、壁を背に床に腰を下ろし、宏子と向かい合うようにして座った。
<…来て言うのも何だけどさ、何で、私、一応歓迎してくれてるの? 正直こういう風に中に入れたのも、入ってすぐに殺されなかったのも、結構意外だったんだけど。>
<相変わらずキツいわね。>
<…>
<どんな状況であれ、他者と良い関係性を保つのは魔術師の、というかクザラル人の最低限の礼儀なのよ。>
<…>
<…それにしても揺れるわね。重力制御装置にガタが来ているわ。この状態で宇宙に出たら大変じゃないかしら。>
ジュチャは耳を立てながら天井の方を見上げる。
<そりゃまあ、礼儀としてはそうなのかもしれないけどさ…>
宏子の念に、ジュチャは視線を下ろし彼女の目を見る。
<…建前じゃなく、私は昔からそうしてきたつもりよ。まあ、上の人にはまた、上の人なりに別の考え方もあったでしょうけど。今はそういった本部の魔術師達と連絡も取れなくなったから、こうして好きにやらさせてもらっているわ。もう減給の心配も無い。その代わり、破産の心配は常に迫るようになったけれどね。>
<…>
<…そう。それでも信用出来ない?>
ジュチャは肩を上げて笑った。
<じゃあ違う言い方をするわ。…あのね、宏子。もうHYIは、存在していないのよ。モンスターが星を爆破した時点で全て終わった。あの瞬間、勝ったのはなにもモンスターだけじゃない。あなた達も、確かに勝ったのよ。あなた達風に言うなら、地球人は「独立を勝ち取った」、っていう事。今の私達はあなた方の敵じゃない。別にあなたが来るのを拒んでもいいけど、拒んだところであなた達と争えるような力はこっちには残っていなかったのよ。>
<そんな言い方されたって…>
宏子は頭を壁に付ける。
<こっちだって単独でどこかと争えるような力なんて残ってないよ。勝ったのはサクコブだけ。独立って、その結果が今のこれじゃ、一体何の為に今まで戦ってきたんだか…>
<…>
<全部、私達ごく少数の我侭だったのかな…私達が頑張った結果、クザラル人も地球人も、全員死ぬ事になっちゃった、っていうんだったら…私は、どうやってそれを償えば良いんだろう…もう、どうにも、想像つかない…>
<…>
ニ人はしばらく沈黙する。壁が揺れると、それにあわせて木面塗装のベッドがみしみしと音を立てた。
ジュチャはまばたきをして、軽く息をついた。
<宏子。…少し、独り言に付き合ってもらっても構わないかしら。>
<え…? うん…>
<私はね。私が悪者になるのは、別に良いのよ。私は私で地球人の為に尽くしてきたつもりだし、自分のしてきた事を悔いてもいない。でも決して、私も、全く間違いを犯してこなかった、なんて言えるとも思ってないわ。>
<…>
ジュチャは自分の足元を見ながら念じる。
<地球の衛星軌道に停泊している秘密の船があって、そこでHYIが地球の子供をさらって、遺伝子操作をしたり、人体実験をしたり、洗脳教育をしたりしているっていうのは、あなた達がそれを知るよりはちょっと前から、気づいていた。正直、それに驚く事もなかった。…戦時下だもの。特にゴーノ政権になってからは、軍拡が続いていたから、そういう事もあるだろうなと、心のどこかで予測はしていたわ。…プオラギイック辺りはまあ、そんな事想像も付かなかったでしょうけどね。>
<…>
<地球人を守る為に何が最善の道なのか、難しい選択だったわ。確かにHYIのしている事は地球人を奴隷化していると非難されても仕方の無い事だった。そうかもしれない。だけど、HYIの保護無しでは地球人はやっていけない。モンスターという、明らかに人間に敵意を持っている存在がいる限りはね。地球人だけで独立してやっていくっていうのは、確かに響きはとても理想的なんだけど…現実には無理なのよ。今のあなた達は、到底そこまで強い存在とは言えないから。>
穏やかな表情でジュチャは念じる。
<他の組織で地球人を守れないか、可能性を検討したけど、クザラル魔法協会以外にそんな組織は無いという結論に達したわ。HYIには、地球人を「助け」ないといけない、彼等自身の切実な理由があった。自分達だけではモンスターに抗しきれない、っていうね。他の組織には、そこまで切実な動機なんて無かったわ。>
<…>
<だから私は魔法協会に残った。確かに魔法協会に問題は多かったわ。でもそれを正すには、まず自分が内部にいなければ仕方がないでしょう? でも私は、あなた達と話すときは、自分が何も知らない事にしたわ。だって、ね。…いくら何でも、「あなた達は地球人奴隷化の為のマスコットよ」なんて面と向かって言える訳無いじゃない。>
宏子は知らず、ジュチャの顔をじっと眺めていた。クザラル人の美的感覚は分からないが、地球人の感覚でいえば彼女は美人なのではないだろうか。特に目元。
<…だけど、今思えばそれが良くなかったのね。本当の事を教えられなかったあなた達が納得してくれる訳もない。誤魔化し続ければじき忘れてくれると思っていたけれど、甘かったわ。>
ジュチャは自嘲気味に微笑む。
<地球人にとってのHYIは、まさに私達にとってのモンスター…サクコブ生命体と同じ状態だったんだものね。まあ、伝説か現実かの違いはあるけれど…あなた達にとっての国評教育分会所属船は、私達にとってのクザ・ダシャヤイと同じだった。>
<クザ・ダシャヤイって…>
<聞いた事無い? 私達クザラル人の祖先が乗ってきたとされる宇宙船よ。あなた達の神話で言うところの「ノアの箱舟」に近いわ。>
<そう言えば…昔、プオとリジュワナがそんな話してたような気がしたけど…>
<そう。かいつまんで説明すると、私達の祖先はラル人と言って、ラル星に住んでいたんだけど、星の環境破壊が進んでそこには住めなくなったの。そこで私達はいくつかの宇宙船に分乗してそこを脱出した。今クザラル星に住んでいる…住んでいた、クザラル人達は、その宇宙船のひとつの「クザ・ダシャヤイ号」に乗ってきた人々だ、とされているのよ。>
<それは良いけど…それと、フィクバ・モ・ブンティブとどう関係があるの?>
<…宏子、あなたは魔法少女よね。私も少女かどうかはともかく魔術師だわ。でも、そもそも魔法って何なのだと思う?>
<魔法は…魔法でしょ?>
<…あなたも昔、嫌というほど教材見せられてるでしょ?>
<んっと…そうだけど…どんなんだったっけ。>
<元教師としては悲しい瞬間ね。>
ジュチャは大袈裟にため息をついてみせた。
<そうね。地球人のあなたに、「魔法」のイメージがどうテレパシーで伝わっているのか、私には厳密には分からないけれど…クザラルにおける魔法の一般的な解釈はこう。人間が持つ、一般の科学では今のところ説明出来ない飛躍的な能力の事。でもそれだけだと、「魔法」と「超能力」の区別がつかないわ。魔法というのは、そういった力の出し方の学問なのよね、簡単に言うと。この場合正しくは魔術だけど。魔術によって引き出される力が魔法、という事になるわね。つまり当然、魔法は超能力の一種という事になるわ。その中でクザラルの経験学に基づいて使われるものを魔法、と呼んでいる訳ね。>
<はあ…>
<違う言い方をするなら…超能力をより効率よく開発し、よりうまく統御・活用し、更に力を発展させる為の、メソッドなのよ。でもこれだけ長い歴史の積み重ねをもってしても、私達クザラル人の中で50以上のNKを持ついわゆる「魔術師」は全人口の1割にも満たないわ。つまり、種族の平均で見ると、潜在的な魔力はクザラル人も地球人もおそらく大差無いという事になるわね。>
<でも…私達の中に純粋な魔法少女はいないよ。…私以外は。>
<メソッドが確立していないからよ、あなた達に合う。確かに魔法少女はいないかもしれないけど、力をうまくコントロール出来ていないレベルの「超能力者」なら地球人にも決していなくはないはずよ。まあ、多くはいないにしてもね。>
<…>
<話が前後するけれど、クザ・ダシャヤイの話に戻るわね。当時の私達は…と言ってもあまりに昔の事だから、あくまで伝説に過ぎないのだけど、今の地球人同様、魔法少女がいなかったそうなの。ところがある時その船の中で魔法少女が現れた。彼女のおかげで、ラル人の中でクザ・ダシャヤイに乗った者だけがクザラル星に辿り着くまで生き延びる事が出来た、とされているのよ。まさに苦難の旅の中で現れた希望の星ね。>
壁を見ながら念じるジュチャ。
<知っての通り、クザ・ダシャヤイ号は何度となくモンスターの攻撃に悩まされてきていたから、魔法少女が生まれなければ彼等も他のラル人同様、宇宙の塵と消えていただろう、ってね。>
<え、ちょっと待って。モンスターって、サクコブの事? そんな話初耳だけど…それって、大昔の事なんでしょ? サクコブとクザラルの戦争ってそれに比べれば最近の話なんじゃないの?>
<ええ、そうよ。今の戦争はね。たかだか40クザラル年前に過ぎないわ。でも私が言ってるのはあくまで伝説の事よ。それよりずっと昔にも、クザラル人とモンスターは会っていたんだ、っていうのが五和経典…ああ、ゴニ教の聖典の事ね、には書いてあるのよ。正確には、経典のある部分の描写をさして「これはモンスターの事を書いているんじゃないか」って後世の学者が勝手に解釈しているという事ね。だから、現実にそういった事があったのかどうかは、また別の問題だったわ。>
<…だった、って…過去形なの?>
<ええ。それこそ40クザラル年前の話…当時、ある星を魔法協会はラル母星ではないかと考え、調査していたの。トゥアシェグ星系の第4惑星だったわ。結局調査の結果、そこはラル人…恐らくはクザラル人の、古代の遺跡があるだけで、母星ではないという結論になったの。ただ…そこで彼等は、あるものを発見したのよ。>
<あるもの?>
<五話経典というのは、その名の通り五つの書からなっているんだけど、その内の失われていた一つと思われる古文書があったの。そこには今までの歴史学者、魔術者、宗教学者達の疑問への答えがいくつか書いてあった。>
<…>
<経典によれば、確かにクザ・ダシャヤイの乗員はモンスターに出会っていたそうよ。そこである時彼等はモンスターの一匹を捕え、それを生体実験の材料にして、彼等の脳の使い方を研究したの。>
<サクコブの…脳、を?>
<ええ。残酷な話ですけどね。それから彼等は、旅を続けながら何年か研究を続け、最終的に、彼等自身で魔力を扱う訓練に成功するようになったのよ。つまり、クザラル人初の魔法少女がそこで生まれたの。伝説は、だからその意味では本当だった。確かに魔法少女はそこで生まれたの。>
<…でも、クザラル人の魔力は、実は…>
<そう、モンスターから盗んだものだ、なんておまけまで付いてきた。でもまだ話は続くわ。>
<…>
<そもそも体の構造が全く異なる生命体を材料にいくら研究したって、当時の私達がそう簡単に「魔術」を編み出せる訳がないでしょう。実はその技術は、私達が盗んだ訳ではなくて、彼等が敢えて盗ませた物だった、と書かれていたのよ、経典には。>
<盗ませた…サクコブが? …何で?>
<モンスターは私達を利用しようとしていたのよ。>
ジュチャは答えた。
<疑問に思わなかった? 宇宙の異種族であるにも関わらず、モンスターも、私達も、例えばここ、地球で平気に呼吸出来てるし、多少注意すれば食べ物とかも現地の物を食べられる。重力も磁気も、おおむね問題無いわ。あなた方がクザラル星…はともかくクザラル共同領域に来るのだって問題は無いはずよ。>
<あ、うん…前にシユマとファキブト…ブ?に行った事があるけど、大丈夫だった。>
<でしょうね。つまり、地球人もクザラル人も、ある程度においてモンスターも、住むのに適した環境が全種族とも同じだ、という事なの。全員酸素を吸って二酸化炭素を吐くのよ。2.37ユフィドゥチャの重力下でね。…何故かは分からないけど、モンスターはその事を知っていた。>
<…>
<彼等は私達を使って自分達が住むのに最適な環境を探させ、それからクザラル人を殲滅して自分達がそこに住む、という事を計画していたのよ。>
宏子は眉を寄せた。
<…え? でも、そうだとして、それと魔力とどう関係がある訳? だって、そのときモンスターとクザラルは今みたいに戦ってた訳でしょ、相手に魔力が無いんだったら、どうしてみすみすそれを渡すの? そんな事したら相手が強くなっちゃうじゃん。>
<簡単よ。その時クザラル人とモンスターは戦っていなかった。最初は友好関係にあったのよ、私達は。>
<…>
宏子はジュチャを見つめた。
ジュチャはつくづくどうでも良い、という顔で続ける。
<40クザラル年前はまだ、一般のクザラル人はモンスターの存在を知らなかった。でも当時既に、共同領域の端のほうの星域では何度か彼等の襲撃があって、HYIはそれこそ未確認の「モンスター」にとても神経を尖らせていたのよ。そんな時に、こんな物が発見されたの。タイムマシンがあったら見てみたいわね。40クザラル年前、その経典を読んだ時の、協会の魔術師達の顔を。>
<…>
<とにかく、クザ・ダシャヤイのラル人達はモンスターから魔術を盗んだ。でも本当は、その魔術はモンスターが意図的に盗ませたものだったのよ。それで彼等はクザラル人達をコントロールするつもりだったの。表面的には良い顔を見せつつ。>
<まだ、よく分かんないんだけど…魔力を与えると、何でクザラル人をコントロールする事になる訳?>
<だから。HYIが教育分会所属船で地球人に魔力を与えたのと同じ理屈なのよ。>
<あ…>
<まず、テレパシーを使って異種族のコミュニケーションが可能になる事を彼等は期待したようね。これは期待ほど上手くはいかなかったようだけど。そして、魔力を持っているクザラル人に自分達と一般のクザラル人との橋渡し役を期待したのよ。自分達は善意の隣人である、というイメージも保ちつつ、彼等をうまく操ってクザラル人を実効支配しようとしたの。ちょうど、タリダダオが西コココを統治していた頃に現地のアザルバ教徒を利用したのと同じような物ね。>
<…>
<…ああ、ごめんなさい、その例えじゃ分かる訳無いわよね。>
ジュチャは首を上げた。
<うん、まあ…大体言いたい事は分かったけど。>
<そう、それなら良いわ。>
<でも、結局、サクコブはクザラルの魔法少女を利用する事は無かったんだよね。…少なくともその時は。>
<ええ。しようとはしたけど失敗したんでしょうね。ところで宏子、40クザラル年前にそんな経典を見つけたHYIの魔術師達は、一体どうしたと思う?>
<どうした、って…つまり、サクコブはクザラルを騙していたっていう証拠が見つかった訳で…っていう事は、大々的に宣伝したの?>
<逆よ。そもそもまだ当時はモンスターは一部の人間しか知らなかったし。…それに宏子、見つけたのは、魔法協会が派遣した調査団なのよ。ところが彼等自身の信仰している経典に、彼等魔術師が、まるでどこぞの悪魔の手先であるかのような記述がなされていたの。それが本当に、彼等にとって都合の良い文書だったと言える?>
<…>
<彼等はその星を完全に破壊し、遺跡の痕跡を一切消したの。爆破はしないまでもね。その時から魔法協会はモンスターを徹底的に敵視しだしたの。それは2つの理由からよ。一つは自分達の特権的な立場を守りたいという利己心。もう一つは、クザラル人を守りたいという種族の正義。いずれにしてもモンスターの目的がクザラル人の殲滅だと分かった以上、HYIは嫌でもモンスターと戦わざるを得なくなった。宏子、あなたには信じられないかもしれないけれど、昔の魔法協会は本当に平和的な組織…悪く言えば、暇な聖職者達の集まりに過ぎなかったのよ。もちろん、その頃私が生きていた訳ではないけれどね。今程に軍隊化が進んだのは、本当にこの一世代位の話なの。>
<…>
ジュチャは息をつき、笑った。
<…何の話をしていたのかしら。横道にそれている内に分からなくなってきたわ。>
<…>
宏子は何も念じず、ただジュチャの顔を見ている。
<ああ、そうそう、だから、そういった自分達の事情を照らし合わせて考えれば、地球人のあなた達が魔法協会を敵視するのも、やっぱり当然だった、っていう事ね。それをちゃんと分かってあげられなかったのは、敢えて言うならそれは、悔やむべき事だったのかもしれないわ。>
宏子は自分の膝を見ながら念じる。
<…何で、こんな話すんの?>
<さあ、何でかしらね。私も分不相応に色々調べすぎて、秘密を抱え込むのにも疲れたのかもしれないわ。>
<だからって…>
ジュチャは顔を上げる。
<これが私なりの復讐よ、宏子。あなたにあなたの正義があるように、私だって私なりに頑張ってきた。仮にそれがあなたにとっては正しくないものなのだとしてもね。それが分かれば、多少はあなたに嫌な気分を味わってもらえる。>
宏子は眉を寄せる。
<でも……どこまで本当なのか…>
<信用出来ない。…まあ、そうよね。でも宏子、言ったでしょう。そもそも、これはあくまで独り言だから。そんなに真面目に気にするようなものなんかじゃないわ。>

ジュチャはまた笑うと、小声で何か呟きながら立ち上がった。
<はあ。精霊に憑かれた訳でもないのに喋り過ぎたわ。ちょっとコクピットに行って来るわね。重力制御装置の修理を命令しておきたいし。>
ジュチャは殆ど目の前、1メートルもないような距離のドアに向かい歩き出す。
ジュチャは立ち止まり、宏子に振り返る。
<あなたは結局帰るんでしょう。船が停泊しだい。…まあ、今だったら、この瞬間にでも移動しようとすれば出来るのかもしれないけれど。>
<あ、ジュチャ、本当に私、自分に魔力はもう無いと思ってて…>
<分かってるわ。こっちだってMKの反応位チェックしてる。あなたが来た時に魔力が無かった、っていうのは事実よ。>
<…>
<あなたも、良い関係性をね。>
<それを言うなら…今の私達で、良い関係性は結べないの?>
<…そうね。将来、そういう風に出来るようになれたら良いと願ってはいるわ。>
<…>
<それじゃあ失礼するわ。>
ジュチャはドアを開け通路に足を踏み出す。

<あ、あのさ、ジュチャ。>
<何?>
ジュチャはまた振り返り、宏子に念じた。
<あ…いや、うん、何でもない…>
<…>
手を振る宏子。ジュチャは眉を上げてみせる。
<…あ…あのね、全然関係無い話…なんだけどさ。ちょっと聞きたい事が前からあったんだけど…>
<私に?>
<ん…小英…の、事なんだけどさ。>
宏子はジュチャを見上げる。
<私、未だに分からないのが自分で悔しくて。結局あいつは何で、HYIにいるんだろ? …うん、それは、結局私達が間違っていてHYIの方が正しかったからだ、って言われたらそれまでなんだけど。…モニクの場合は何か事情があったらしいし、前にこっちにいた理由もある程度分かるんだけど、小英が、しばらく私達と一緒に戦ってたのにあんた達側についちゃった理由は、未だによく分かんなくて。…ジュチャにこんな事聞くのは、おかしいっていうか、凄く情けない事だっていうのは分かってるんだけど…あいつも、ジュチャみたく、全部分かった上で、それでこっちに残ったの?>
<…>
ジュチャは一瞬驚いたような顔を見せてから、目を上にむけ、ふと柔らかい笑みを漏らした。
<…彼女が心配?>
宏子はうつむく。
<…今は、まだ、敵だから…>
<でも心配なのね。>
笑ってみせてから、ジュチャは息をつき、念じた。
<そうね…私も心配だわ。>


魔法少女佐藤

第24話「魔法少女なんかじゃない」


<ふうん。そんな事をほざいてたんだ、あのツンケン権力主義者は。>
足を組み、両手を組んで、クッションらしきものに思い切り背伸びしながら寝転んでいるシユマは、最大限馬鹿にした表情で鼻息をもらした。
<…お前の方が余程態度はデカいと思うがな。>
<だって実際、私の方が偉いじゃない。こっちは支部長、向こうはヒラ議員。>
プオラギイックを見上げながら答えるシユマ。
<…>
マットの上で、他のメンバーと同じように体育座りをしているリジュワナが肩を上げた。
<しかも今は、私達が地球を代表していると言っても過言ではないものね。実質的な立場だってこっちの方が上という事になるわ。戦争に勝つというのは、つくづく気持ちが良いものね。>
シユマが眉を寄せる。
<何か…あんたが言うと、どっか嫌味に聞こえるのは何でなのかな。>
リジュワナはシユマに顔を向けた。
<私が嫌味のつもりで言ったからだと思うわ。>
<…>
<…まあとにかく、そういう話があってさ。>
冷めた顔で宏子が念じる。彼等一同は大きなテントの中の一区画で、寝袋がいくつも並んでいるマットの上に腰を置き、輪を囲んでいる。
<あなたはどう思ったの、その話。>
宏子はリジュワナを見る。
<うん…正直、どう考えていいのか、良く分かんなくて。別に何か証拠を見せられたっていう訳じゃないし、あいつの事だから全部口から出任せなのかもしれないって感じも結構するんだけど…ただね、だとしたら、何でわざわざ私にあんな事言ったんだろう、って。>
<こっちを動揺させて、少しでも状況を霍乱させようとしているのかしら?>
体育座りをして、折り曲げて立てた両膝に顎をつけながらリジュワナが念じる。
<そりゃ、普通ならそうだろうけどさ。ジュチャはもう…何だか、全部、どうでも良くなったっていう感じの態度だったから…だから私も追い返さずに迎え入れたって雰囲気だったから。そんな人がわざわざ偽情報を流す必要がある?>
<全部が演技なのかもしれない。あなたが系魔法で洗脳にかかった可能性だってゼロとは言えないわ。>
<そりゃまあ、可能性としては確かにあるだろうけど、素直に考えればさ、>
<前から彼女はフィクバ・モ・ブンティブの事を知っていたんでしょう? それなのに、あそこまで知らぬ存ぜぬを突き通した。そんな人間なのよ、彼女は。自分の「正義」に沿ってさえいれば、どんな事だって平気でこなせるのよ。>
<…>
宏子達一同は、リジュワナの顔をまじまじと眺めた。
<…何。私がそういう台詞を言う事に何か問題でもあるの?>
<…別に、問題はないんじゃないか。…言論は自由だしな。>
目をそらすプオラギイック。リジュワナは額をひくつかせる。
宏子はリジュワナに頷いた。
<まあ…私もどっちかって言われたら、やっぱり信じられないんだけどさ。今までの事もあるし。>
<でしょう?>
リジュワナは宏子に目配せする。シユマは耳の裏をかきながら、首をかしげた。
<えっと…リジュワナと宏子が信じる信じないって言ってんのは、その、クザ・ダシャヤイ号の伝説が書かれた五和経典の話?>
<え、あ、うん。>
<それなら多分、事実だよ。>
<え…?>
宏子とリジュワナとプオラギイックは目を合わせ、シユマに顔を向ける。
<そうなのか?>
<って、何であんたまで驚いてんのかが分からないんだけど。>
細目でプオラギイックを見るシユマ。
<いや…そんな話は初耳だぞ。普通のクザラル人はそんな話、聞いた事無いだろう?>
<はあ…>
宏子はため息をつき、プオラギイックに念じた。
<プオ…プオってつくづく、本当に平凡な、「普通のクザラル人」なんだよね…。何かないの? 一個でも。取り柄…。>
<…何でお前はそういう台詞を真剣に悲しそうに言うんだ?>
<私も正直、経典の詳しい中身までは知らなかったけど。少なくとも40クザラル年前、正確に言うなら商暦4255年18月5日、国評の組織した発掘チームがある星を調査に出かけて、それの一部を発見したという事まではつかんでいたよ。>
ふとリジュワナが眉を上げ、シユマの目を見た。
<それって、トゥアシェグ4の事を言っているの?>
<うん。…そうでしょ、宏子。トゥアシェグ4だったよね? ジュチャの言ってた星も。>
<あ…言われてみれば、そうだった気が…何、シユマもだけど何でリジュワナが分かったの?>
プオラギイックが自信ありげに頷いた。
<ああ、それなら俺も知ってるぞ。トゥアシェグ4という惑星に昔、国評の科学調査隊が出かけた。その星がラル星ではないかという事を調査に行ったんだ、確か。>
<そして結局その星ではなかった。…というだけなら良かったのだけど、その星には実はサクコブの植民基地があり、何故かクザラルの調査隊は彼等を無条件に惨殺した。HYIはこの事実を今も否定しているけれど、HNKはこれが「防衛戦争」の始まったきっかけの一つだったのではないかと見ている。っていう知識なら私でも持っているわ、プオラギイック。>
<う…>
<そ。リジュワナの言う通り。…で、ジュチャの言う事は私達の知ってる情報にもぴったり当てはまってるよね。何で調査隊がサクコブを殺したのか、正直その点が私はずっとしっくりこなかったんだけど…そういう事なら話が通じる。その発見された経典の情報を知りうる者は全て消したかったという事だったのね、彼等は。>
<それじゃあ…本当なの?>
<少なくとも経典の内容が、彼等にとって知られたくない内容だったというのは事実なんでしょ。>
宏子に答えるシユマ。
<それに、言われてみれば、その伝説の内容も確かに納得は出来るよな。サクコブ生命体も俺達も、地球人も、皆居住に適した環境がほぼ一緒なんだ。それはそれで、非常に不思議な話なんだがな。>
<そうだね…何で私達って、こうも似通ってるのかな。考えてみれば不思議な話だよね。>
<ああ。それを考えれば、サクコブがクザラルの魔術師を利用しようとしていたという話もあながち嘘には聞こえなくなる。>
<まあ、その辺りは推測でしかないけどね。経典の本当の内容も分からなければ、経典がノンフィクションで書かれていたのかだって分からない。ペッギン教徒から言わせてもらえば、あんな神様も信じていないような無神論宗教の聖典なんてあんまり真面目に信用したくはないんだけど。そう思うでしょ?>
シユマはプオラギイックに目を向ける。
<確かにそう思いたいところだが、俺達の古代の記録を一番まめにとっていたのはゴニ教徒だったっていうのも事実だからな。いずれにしてもゴニ教徒のHYI幹部達は過去の同朋の書いた事を真面目に信用したんだろう。>
<もしそれ全部が本当だったとするなら…ある意味、サクコブとクザラルの争いがクザラルの「防衛戦争」だった、っていうのは事実になるのよね…>
<…>
リジュワナが独り言のように念じる。一同は目を向けた。
<正義の味方とは呼べないにしても、サクコブによる民族抹殺の危機を前に、クザラル人達は彼等の生存をかけて一生懸命やってきた…まあ、言い訳としては確かに良く出来ているわ。>
リジュワナは深く息をつく。宏子が眉間に皺を寄せた。
<…リジュワナ、もしかして…>
<違うわよ。私は何も気に病んでなんかいないわ。ただ…>
<…>
<ただ、不快なだけよ。>
腕を組んだリジュワナは答えた。


紫色の光がきらめく。テント群から少し離れた場所でリジュワナが現れ、両手を合わせながら歩いてくる。
渓谷は既に日が落ち、薄い紫と青を混ぜたような色で辺りは染まっている。
目の前の地面に人の形の影を認め、リジュワナは立ち止まった。
<おかえりなさーい。>
<…>
岩の陰からモニクが顔を出す。楽しげに笑いながらジャンプして、彼女はリジュワナの前に姿を現した。
数秒モニクを凝視していたリジュワナは目をそらし、歩き出した。
<…ただいま。>
<どこ行ってたのー?>
<…>
手を組んだまま、リジュワナは無表情に歩く。顔を近づけるモニクには見向きもしない。
<秘密で付き合っている彼氏に会いに行ったのー?>
<…ええ、そうよ。>
<ふーん。>
納得したようにモニクは頷く。
<リジュワナちゃんも大変だねえ。地球人とサクコブのカップルなんて言ったら、デート一つするのも大仕事なんじゃないかなあと思うけど。>
<…>
リジュワナは一瞬立ち止まる。
<…>
<…>
リジュワナは詰まらなさそうな顔のまま、岩がむきだしの斜面を下り、川原に向かい足を進める。後を付いて行くモニク。
<さすがリジュワナちゃんともなると、ひーこちゃん辺りとは違ってそう簡単には反応しないんだねえ。凄いなあ。ジュチャちゃん並の鉄面皮を持つまで後一息、っていう感じだよね。>
<ええ、その通りよモニク。だから私を怒らせようとしたって無駄。する事がなくて人をからかいたいんだったら、宏子のところに行きなさい。彼女ならあなたに面白い反応をたくさん返してくれるでしょう。>
<うん。でも今日は、どっちかっていうとリジュワナちゃんに付きまといたい気分なんだなあ。>
笑いながら、モニクは手をがけの斜面に付ける。
<…それは嬉しい限りね。>
リジュワナはため息混じりに念じた。

ニ人は斜面を下りきり、小さな川原に立つ。目の前を勢いの激しい小川が流れている。泥まじりといった感じの茶色い流れだ。
<リジュワナちゃん。今から何をやるつもりなの?>
モニクは真顔でリジュワナの前に立った。
<何って、お祈りよ。毎日やってるのはあなたも知ってるでしょう?>
リジュワナは腕端末を軽く操作している。どうやら方角を確かめているようだ。
<もう一度聞くけど、さっきは瞬間移動でどこに行ってきていたの?>
リジュワナはため息をつく。
<…モニク、そうしつこく聞かれても、私も>
<あ、怒る? それならその方が都合が良いんだよね、私は。リジュワナちゃんの場合、少し感情的になってくれた方が本音が聞きやすいからさ。それで、もう一回しつこく聞かせてもらうけど、どこに行ってたの、リジュワナちゃんは?>
<…>
呆れた様子でリジュワナは息をつく。
<リジュワナちゃん。リジュワナちゃんは何をどう言われても認めないだろうけど、ひーこちゃんと言い、リジュワナちゃんと言い、自分ひとりで抱え込みすぎだよ。今の状況は誰か一人が招いたものなんかじゃないし、誰か一人で変えられるようなものでもない。昔ひーこちゃんが言ってたよね、私達はチームなんだ、って。何か考えがあるんだったら、まず皆にそれを教えてくれてから実行を考えても良いんじゃないかな。>
<…宏子はそんなやり方はしていないわ。>
厳しい表情でモニクは頷く。
<そうだね。私もそういう所があったし、プオちゃんもそうだった。皆が皆そうだったから、今の状況があるんじゃないかな。>
<…>
<もう一度聞くけど。どこへ行って来たの。何をするつもりなの。>
<別に、大した事じゃないわ。>
リジュワナは川に目を向ける。
<悪いけれど、特に戦況が変わるような事でもないし。>
<…>
<…ただ、少し気になるのよ。>
<気になる?>
<…>
リジュワナは息をついてから、テレパシーを返した。
<宏子がね。無謀にもジュチャに会ってきたでしょう。そこで彼女から、古代クザラルとサクコブの関係について聞いたそうなの。>
<あ、うん。その話だったら私も聞いたけど。何でも、大昔はクザラルとサクコブは仲が良くて、でもサクコブは実はクザラルを利用しようとしていたっていう内容だったんでしょ? 当時クザラル人には無かった魔力をあげて。>
<ええ。ジュチャも、つくづく人を騙すのが上手いようね。宏子やプオラギイック達は全員それを信じているみたいだわ。>
<…リジュワナちゃん以外は?>
<私は…よく分からない。何かひっかかるのよ。個人的な思い入れで判断するな、と言われそうだけど…サクコブ生命体が、そんなクザラル並に手の込んだ作戦を本当にやろうとするのかしら? クザラル人にとっては凄くしっくりくる作戦だけど、サクコブ生命体側から見ると、余りピンとこない話のように思えるのよ。>
<ピンと…こない?>
<ええ。平たく言うと、疑わしいって事ね。>
リジュワナはディスプレイを表示させ、タッチパネルを操作する。
<会ったの。スグタに。>
<え、スグタ…スグタさんに?>
<ええ。直接じゃないけど、通信で。この前から探していたんだけど、ようやく見つかったわ。>
<そ、そうなんだ…彼女は、どんな感じだった?>
<狂ってたわね。>
ディスプレイを見ながらリジュワナは淡々と念じた。
<彼女は元々、フィキチュアジにずっと対抗して戦ってきたし、その意味で本心からクザラル人や地球人も支持してきた…ある意味、親近感を抱いていたから。私達、人間に。その自分が数億のクザラル人を消すスイッチを押してしまったんだから。…まあ、絶対的な人数で言うなら最近の地球の方が酷いんだけど。…通信の彼女が言ってる事は、全く要領を得なかったわ。こっちの言う事も全然聞かないし。>
<…>
日が落ちてしばらくしている川原はどんどん暗くなる。モニクは発光式のバーチャルディスプレイに顔を照らされているリジュワナを見つめる。
<通信の間もずっと忙しく羽ばたいて飛んでいるのよ。生命体の表情なんて分からないけど、何だか楽しそうなのよね、それが。あれを見た時は、簡単に狂える人間とか生命体が、ちょっと羨ましくなったわ。>
<それじゃあ…まともに話は、出来なかったの?>
<スグタとはね。デアグジョオバのコジ・バササクっていうのがいて、…これは昔から人間嫌いな生命体なんだけど、彼女とも連絡がとれたの。どうやら今のパフタオチトゥは彼女が取り仕切っているみたいね。そっちとは話をしたわ。まともなのを。>
<…>
<やっぱりというか何というか、フィキチュアジは彼等との約束は守っていないらしくて、パフタオチトゥも立場は苦しいらしいわ。共闘の話ももちかけてみたんだけど、>
<…駄目だった?>
<有甲殻生命体の問題は自分達で決着をつける、そうよ。>
<…>
モニクはリジュワナの答えにため息をつく。
<その代わり、というものでもないけど、彼女からお土産をもらったのよ。>
<お土産?>
ディスプレイを表示させたまま、リジュワナはスカートのポケットから腕端末ほどの大きさの機械を取り出した。
<無くしてたのよ、意識ネット接続用の装置。>
<…>
モニクはリジュワナから機械を受け取り、しげしげと眺める。
<クザラル人の昔話は、もうたっぷり聞かせてもらったわ。それなら次は、サクコブ生命体にも話を聞いてみたいと思うのが、人情でしょう?>
<…>
リジュワナはディスプレイの表示を見ながらパネルを操作する。
<別に、何の危険も無いわ。ネットでこっちが地球人だなんて気づく生命体はいないし、万が一気づかれても、接続はいつでも切断できるようにプログラムされているから。だから止めても無駄よ。いくら個人プレーと言われようと、私は>
<私、これってやった事無いんだよね…ひーこちゃんとかが何回もやってるのみて、結構羨ましかったんだけど…>
<…あなたも集中力が続かない人間ね…>
額を抑えながらリジュワナは呟いた。


アラームが鳴る。リジュワナは手をもぞもぞと動かし、腕にはめたままの端末に触れ、音をとめる。
<…>
寝袋にくるまっている彼女は目を閉じたまま、あちらからこちらへ寝返りをうち、そのまま動きをとめて、また穏やかな呼吸を再開した。
<…二度寝は良くないよリジュワナちゃん。>
「きゃっ!」
リジュワナは一瞬で背中に鉄の棒が入ったかのように起き上がり、テレパシーの来た方を凝視した。
<そんな勢いよく出てきたら寝袋のチャックが壊れちゃうよ?>
<あ、あ、あなたねえ、>
髪を結んでおらず、いつもより女性的な印象を与えるリジュワナが顔を赤らめながら、手を周囲の床にあちこち触れる。
<はい、眼鏡。>
<…>
モニクはにっこり笑いながら眼鏡を差し出す。リジュワナは無言でそれを奪うように手にした。
ニ人は間仕切りの布で仕切られた大テントの一区画にいる。数メートル四方のこの区画には、リジュワナとモニク以外の人物はいない。
Yシャツ姿のリジュワナは、眼鏡をかけながら深く息をつく。
<はあ…まず、何から言えば良いのか…>
<昨日あった事を教えてくれれば良いよ。あ、サクコブの難しい部分は省略してくれて構わないから、要点だけを簡潔にね。>
<…私が言ってるのはそういう事じゃなくて、人が寝ている個室に勝手に侵入して、プライバシーを侵害するのはどうか、って言ってるのよ。>
<ひ、ひた、ひたい、暴力反対、暴力反対!>
リジュワナはモニクの頬をつねっていた手を離し、肩を上下させる。
<全く…朝のこんな状態は、人に見せられるようなものじゃないわ。それ位は、あなただって分かってくれるでしょう?>
<私は別に平気だよ。>
<…そうね、あなたは別に平気かもしれないけれど。>
<別に良いじゃない、同性同士、それ位。>
<…そういう問題じゃないでしょう。>
<じゃあプオちゃんに来てもらった方が良かった?>
<そういう問題じゃないでしょうっ!>
<そっか。じゃあ、私で良かったんだよね。それで昨日の事だけど…>
<…>
リジュワナは額に手をあて、ため息をつく。
<…せめて髪を結ぶ位はさせて。>
<あ、じゃあその後、>
<分かったわ。でも朝食の後よ。話は下の川原でしましょう。ここだと、>
リジュワナは人差し指で四方を指す。
<声もテレパシーも殆どつつぬけだから。それで良い?>


<データライブラリにアクセスしてみたんだけど、やっぱり難しかった。コジから貰ったコードで、それなりに情報を得る事は出来たのだけど、どこか、肝心の所が抜けているから…>
白いシャツとロングスカートに着替え、髪もまとめたリジュワナは、川原のがけに寄りかかりながら腕組みをした。
この辺りはあまり温暖な場所ではないらしく、ニ人とも長袖で、モニクは黒の皮のジャケットまで着ている。
<取りあえず、分かった所ではどんな感じだった?>
<古代に、軟体動物の魔物…人間の事よ、に出会ったのは確からしいわね。彼等は巨大な宇宙船に乗っていたそうよ。>
<…それで、その人間っていうのの、耳はこの辺についてたの?>
モニクは自分の頭から両手の人差し指を鬼の角のように出してみせる。
<そこまでは書いてなかったけど、多分そうなんでしょうね。ちなみに約920億チュチャクズ前の話だそうよ。>
<へー。それは分かりやすい。>
平坦な念を返すモニク。
<その魔物は魔法を使えたそうなの。サクコブ生命体はその時に、彼等から魔法を与えられたそうよ。つまりそれまで、サクコブ生命体には魔法が無かった、という事ね。>
<…>
モニクは目を見開く。
<つまり…まるっきり逆なの? クザラルで伝わってる事と。>
<ええ。でも、無理のある話よね。クザラル人と違ってサクコブ生命体は、ほぼ100%に近い確率で全員が魔力を持っているのよ。それに平均のNKだって遥かに高い。今のクザラル人が数人の地球人に魔力を与えようとして四苦八苦しているのに比べると、昔のクザラル人のした事はずいぶん景気の良い話だわ。>
<うん…クザラルの伝説の場合だと、今の状況から想像はしやすいよね。クザラル人で魔力の強い人は約一割しかいないし、平均的な魔力もサクコブに比べれば弱いから、サクコブが元々持ってるものをクザラルに教えた、っていうのはその辺りとはうまく話が合う感じがするんだ。でもそれが逆だ、ってなると…>
<まあ、不自然よね。>
<うん。>
川に目を向けながら、モニクはジャケットのポケットから小さな紙箱を取り出す。彼女はその中からスティック状の小麦菓子を出して、チョコレートの部分から、まるでタバコでも吸っているような表情で食べだした。
<不自然なのはそれで終わりじゃないわ。サクコブが魔力を与えられた理由がふるっているわよ。クザラル人は、友好的な顔をしておいて、本当はサクコブ生命体を利用するつもりだったんだそうなの。魔力を持たせる事で自分達がコントロールしやすいようにしたんだそうよ。>
「げほ、げほっ。」
モニクはスティックを折り、軽くむせる。
<…また、見事にそのまんまだねえ。>
<ええ。何かの笑い話としか思えないわ。もう言わなくても分かるだろうけど、サクコブを利用してクザラル人が何をしようとしていたかというと、クザラル人の住める新天地を探させようとしていたそうよ。それでサクコブが居住に適した星を見つけたところで、クザラル人が後からやってきて、>
<サクコブ皆殺し。>
<…本当に、よく出来た笑い話だと思わない?>
モニクに頷きながら、リジュワナはにこりともせず念じた。
<そっちに関しては…考えてみれば、サクコブ側の伝説、つまりクザラル人が陰謀を持ってました説の方が分かる気もするな…だって、その当時必死になって住める星を探してたのはクザラル側だったんだから。>
<確かにそれは事実よね。>
腕を組むリジュワナ。
<でも、こうやって2つの伝説を比べると、どっちが正しくてどっちがおかしい、というより…どっちも互いを意識して作られたフィクションのように思えてきてならないわ。お互い、余りに綺麗に正反対過ぎるもの。>
<じゃあ…誰かが伝説を意図的に作ったのかな?>
<さあ。今言えるのは、両方が同時に正しい事はない、という以外特に無いわね。>
<まあ、それはそうだけど…サクコブは、その伝説をどこまで信じてるの?>
<はあ…>
<…>
リジュワナは深いため息をつく。モニクは少し眉を上げ、リジュワナを見つめる。
<…分からないわよ。あくまで調べられた範囲の話だし、全体的に見ればまた違うのかもしれないけれど…分かった限りでは、フィキチュアジは本気で信じているようね。>
<…>
<しかも、単に「信じている」というだけじゃなく、彼等には彼等なりの物証があるんだそうよ。といってもその辺りは私も余り具体的な詳しい情報は得られなかったけど。ただ…>
<…ん?>
<…別にこれは、物証とは程遠いけど。コジはこの話を聞いて、確かにそういった伝説を自分も昔聞いた事がある、と言っていたわ。微妙なニュアンスの違いはあるけど、ほぼ同じ話だったって。デアグの地元の僧侶がそれを語っていたそうよ。>
<…>
モニクはスティックをくわえたまま、考え込んだ様子で川を眺め続けている。
<だから、取りあえず分かった事は、クザラル人とサクコブ生命体は、それぞれが、相手がこっちに昔から陰謀を持っている、という伝説を信じ込んでいるっていう事ね。彼等がお互い意固地になるのは、その辺りの根っこにも問題の一つがあると。かなりの怨念が絡んでいるのね。例えて言うならイスラム教徒とユダヤ教徒とキリスト教徒の関係みたいに。>
<…逆に分からない事は、その伝説がどこまで本当なのか。少なくともどっちかは確実に嘘な訳で、何でそんな話が広まるようになったのか。それで…結局実際には、当時何が起きたのか。>
<結局何も分からないに等しいわね。>
<…>
<…関係はないけど…ひとつ、気になる言葉があるのよね。>
リジュワナは独り言のように呟いた。
<え?>
<意識ネット上で「図書館」を調べていた時…トジュギフィキ…あ、向こうの歴史上の有名な魔術師なんだけど、彼女が言ったという言葉が目に付いて…親不孝な子供を持つ親は子不幸だ、っていう…>
<…は?>
モニクは眉をひそめる。
<向こうのことわざよ。自分の子供を、親不孝で不道徳な輩に育ててしまうような、教育の下手な親は、その子供にとってみても良くない親である、っていう。だから子供の教育はちゃんとしておきなさいっていう戒めね。って言っても、向こうは親子の関係はこっちとは随分違うけど…まあその話は今は置いておくわ。要は、そんな、どこにでもあるような普通のことわざなの。そのたった一文が、随分厳重なパスワードでロックされてて。大分苦労して文書を開いてみたらその一文しか書かれていなかったのよ。他の「棚」は、伝説に関する資料が、事細かに色々と入っていたのに。>
<…>
<トジュギフィキの「棚」は「図書館」に3つあってね。一つは誰でもアクセス出来る簡単な個人データ。それから厳重にロックされたそのことわざ。そして最後の「棚」は、「鍵」が頑丈で、どう頑張っても開かなかった。…でも多分、開けても同じようなことわざが入っているだけのような気がしてならないわね。>
<…>
<…モニク。>
<ん?>
<落ちてるわよ。>
リジュワナはモニクの口元を指差した。
<ん…あ、あああっ!>
スティックはいつのまにか折れて、川原に落ちてしまっている。しゃがみこむモニク。
<あ、あああ…>
砂まみれのスティックを前に、モニクは悲しげに首を振った。
<…>
<…>
モニクは顔を上げる。
<それで、リジュワナちゃんはこれからどうするつもりなの?>
<…どう?>
<どうせ、今忙しくもないでしょ? だから今日はどうするつもりなのかな、って。>
<…>
モニクは笑って腰をあげる。
<暇だったらさ。私の体、見ててくれない。あ、っていうか、意識ネットの接続装置を貸して、ってお願いするほうが先か。>
<…>
リジュワナは眉を上げた。


<…>
テントではない屋内で、ベッド脇の椅子に座っていたリジュワナは立ち上がった。
彼女はそのまま静かに歩き、部屋を出て行こうとする。
<…お祈り?>
同じようにベッド脇の椅子に座っていたシユマが顔を上げ、リジュワナに聞いた。
<あ…いいえ、…いえ、それもあるけど、本部に仕事を残してきたから。>
<あ、そう…こっちじゃ出来ないの?>
<まあ、一応、ここはHNKの地球支部だから。EIMの仕事は南米のテントの方でやるべきでしょう?>
<…>
リジュワナの念に、シユマとプオラギイックは目を合わせる。
<そんなに仕事がたまっていたのか?>
<それだったら、尚更こっちを使ってくれて良いのに。ここの施設はまだ無傷だから、少なくともあっちのキャンプ村よりは使えるんじゃないかな?>
<ありがとう。別に、そんな大層な用事じゃないの。ただ、一応向こうじゃないと出来ない用事だから。>
白人の生真面目そうな少女がリジュワナを見る。
<あの…お手伝いしましょうか?>
<良いのよタマラ。手を借りるほどの事じゃないわ。…こっちは一応発作は収まったみたいだし、>
リジュワナはベッドで眠っている宏子に目を向け、それから顔を上げる。
<まあ、24時間看護してくれる人も付いているから、今のところ心配は無いでしょう。>
<…何でそこで俺を見るんだ?>
<じゃあ、ちょっと戻っているわ。タマラ、何かあったらすぐ連絡を頂戴。>
<はい、分かりました。>
リジュワナは手を上げ、宏子の寝ている部屋を出て行った。


シュウウウウウウウンズバアアアアアアアアアン!
紫色の光が消えると、周囲は荒涼とした山の景色に変わった。向こうのHNK地球支部の周辺も充分荒涼とはしているが、こちらのグレー主体の景色はそれに加え寒々しい。
リジュワナは足早に歩き、白い大型テントの間を歩いていく。
上から遮光カーテンのように垂れ下がっている布を軽く上げ、リジュワナはテントの中の一区画に入った。
<…>
テントのマットの上には、モニクが座っている。彼女の額には意識ネット接続用の装置が、接着剤でも使ったかのようにぴったりと貼り付いている。彼女は表情を変えず、手前の地面を見つめたまま、口を半開きにしてじっとしている。
<…>
ほんの少し眉をひそめたリジュワナはモニクの前に表示されているバーチャルディスプレイの内容を見て、驚いた表情になった。
<あら? もう接続は終わってるの?>
<うん…お帰り、リジュワナちゃん。…どこ行ってたの…?>
視線を合わせず、静かに念じるモニク。
<…あ、ごめんなさい。体を見ておくはずだったのにほっぽって。実は急用が出来て…宏子が急に倒れたのよ。それから呼吸困難になるわ、食べていたものは戻すわ、大変で。それでHNKの地球支部の方まで皆で行って、マブルさんに診てもらって。でも、原因が分からないそうよ。…今は、取りあえず寝て落ち着いているけど。>
<…>
モニクは流石に驚いた顔をみせ、リジュワナの方を向いた。
<…そう、なんだ。私が接続してる間にそんな事があったんだね。>
<ええ。あなたが来れないっていうのを言い訳するのに苦労したわ。>
肩を上げるリジュワナ。
<そうだったんだ…。>
<…>
<…>
リジュワナはモニクの手前に座る。
モニクは目を伏せたまま、ぼうっとマットを見ている。
<…一人で抱え込むのは禁止なんでしょう?>
<…うん。話すよ。話すけど…どう説明しようか、今、頭の中で話を整理している所で。>
<…>
モニクは顔を上げた。
<30a0さんに頼んで05の演算ユニットを借りて、意識ネットのプログラムと接続したんだ。>
<05? 今は新兵器の開発に忙しいんでしょう?>
<私は5分位しか使ってないよ。それに30a0さんは、特別なお友達だし。>
<そうだったの? まあ、あなたはコンピューターに強いようだから、彼等とも気が合うのかもしれないけど。>
<そんなの関係無いよ。リジュワナちゃんがサクコブと気が合ったのは虫に強いからっていう訳じゃないでしょ?>
リジュワナは腕を組んで考え込んだ。
<…強いかもしれないわ。ダッカはどこに行っても虫だらけだったし。>
<…あ、そう。…私の場合はそういう事じゃなくて、一緒にカラオケを歌ってる内に意気投合したんだよ。>
<カラオケ、って…30a0と?>
<うん。向こうは音痴だったけどね。>
モニクは軽く頷いた。
<…まさか、春日部辺りのカラオケボックスに一緒に行ったなんて言わないわよね。>
<私達が05に出会ったのは中国時代、リジュワナちゃんが一人意識世界で頑張っていた頃だよ。>
<…ああ、そうだったわ。>
ほっとしたように念じるリジュワナ。
<とにかく、05のコンピューターをちょっと借りたんだ。それを使ってネットを多少調べてみた。>
<ええ。>
<それから一旦意識ネットの接続を切って、クザラルのデータネットの方に感覚接続もしてみたんだ。>
<そうだったの?>
<うん。当然ネットワークはズタズタになってて、大分データも消えちゃってたんだけど、本星以外の共同領域内のデータバンクを色々調べて。歴史系の奴をメインにね。それから、もう一度サクコブの意識ネットの方に戻ってまた調べて。>
<忙しくしていたのね。それで、何か収穫はあったの?>
<…うん。>
軽く息をつき、モニクはリジュワナを見る。
<色々あるんだけど…そうだな。トジュギフィキっていう魔術師さん、リジュワナちゃん、言ってたでしょ。彼女のロックされてるファイル、もう一個の方も中身が見れたよ。>
<ええ、それで?>
<私、ちょっと魔術師個人の力を馬鹿にしてたなあ、って正直思った。…凄いね、能力の高い魔術師の、洞察力って。政治家になったり、聖職者にされたりするだけの事はあるなあ、って。>
<どういう事?>
<リジュワナちゃんが見たのは、「親不孝の親は子不幸」とかなんとか言う奴だったよね。もう1個の方の文書も、簡単な格言だったんだよ。でもこっちは格言が二つあった。「客がずとも掃除は怠るな」が一つ。もう一つは、「血のために死ね」。両方、向こうのことわざ辞典で調べたんだけど、最初の方は簡単かな、自分の家はいつも綺麗にしておきなさいっていう意味だよね。もう一つの方は、いつでも自分の家族を一番大事にしなさい、みたいな事らしいんだ、端折って言うとね。>
<…>
<つまりね。サクコブ生命体の中では、「世の中には困った親もいるけれど、それでも家族は大事なんだから、家はいつも掃除しておこうね」っていう言葉が、国家機密として厳重にロックされていたんだよ。>
<それは…結局、意味はあるの?>
<それでね、リジュワナちゃん。調べたら、クザラルの数百年前のシャウビもよく似た発言をしているんだよ。機密にされた遺言で。>
<…>
リジュワナは眉をひそめた。


A-Sato Ltashofe Yde Ilne

Episode 24: Good relations upon you

砂煙が舞う荒野を見回し、モニクはため息をついた。
<やだなあ。私、こういう砂漠系の場所はゲンが悪い気がするよ。>
<そ?>
宏子とモニクは荒地に立っている。緑らしい緑は周囲に無く、どこかの山脈が地平線近くに姿を見せている。瓦礫や鉄骨が所々に残っており、ここも数日前までは人が住んでいたであろう事が容易に推測できた。
モニクは念じた。
<この間ジュチャちゃんと会った時も砂漠だったからね。まあ、私はプオちゃんとシユマちゃんがネチネチ苛められているのをはたから見ていただけだったけど…。>
宏子が頷く。
<ああ、そういえばそういう事もあったね。あの時はまだ、HYIが目の前の大きな壁だったからね。ホントにHYIなんかに勝てるのか皆が半信半疑だった。っていうか…壁が大きいから、ムキになってただ登ってたって感じかな。>
<…でもあの頃は、地球がこんな事になるなんて誰も思ってなかったけどね。この一週間の死者合計、ついに推定10億人を越えたらしいよ。>
宏子はモニクの顔を見た。
<モニク。まだ終わってないよ。クザラル人も、地球人も、まだ終わってない。ここからなんだよ。今の壁は確かに大きいけど…物凄い高いけど、これを越えれば何とかなる。大きな壁は、多分これで最後なんだよ。だから、ここでムキになんなきゃ。もう終わったような言い方をするのは、やめよ。>
<…>
モニクは一瞬まばたきをし、それから宏子に向けてニコ、と笑った。
<何だかんだ言って、ひーこちゃんもカミカゼ精神に溢れた日本人なんだねえ。>
<その言い方は…ってか、もう休むって言ってた私を、無理やり引っ張り出してタキつけたのはあんたとリジュワナでしょうが。>
<そうだったっけ? それにしたって、昨日は意識不明の重体で寝てたんだから、そんな無理しなくても良いのに。>
<最近一日何人死んでる? 今だけは休める状況じゃないでしょうが。ただでさえ、昨日寝ちゃったんだから。>
<まあ、そうだけど…>
モニクは肩を上げる。宏子はモニクに笑いかけた。
<美耶とか私の病気って、その場限りで、山さえ越えちゃえば後は平気なもんなのよ。本当の重病人から見たら、何だこりゃ、って感じの。>
<あー…そのミヤちゃんって、何かの病気だったんだ。>
<…あ…うん。>
<…>
<…>
モニクはぎこちなく笑う。
<それにしても…仮にHYIを説得出来たとして、本当にサクコブに対抗出来るのかな?>
<さあね。…まあ、出来ないんじゃないの。>
ため息混じりに念じる宏子。
<あちゃあ。まあ、でもそれ以外に出来る事も今の私達には無いしねえ。>
<…>
宏子は視線を落とす。
<…ひーこちゃん?>
<それ以外にも、あるかもしれないけど…私だってまだ17なんだからさ。もうちょっと…皆と一緒にいたい。それで何人もの人が死んじゃっているのかもしれないけど…>
<ひーこちゃん…どういう事…?>
モニクが低いトーンで念じる。数十メートル先で、突然水色の光が空間に切れ目を入れるように出現した。
ズバアアアアアアアアアアン!
光が飛び、中からニ人の人影が現れた。一人は長身で、もう一人は子供だ。
<ようやく来たね。って、ウチらが来るのが早すぎたのかな。>
<う、うん…>
宏子は彼等の方へ歩いていく。モニクは彼女の後を追った。


<あら、モニクじゃない。久しぶりね。>
<…ど、どうも。>
ステッキを持ち、いつも通りのクザラル服を着たジュチャはモニクを見て微笑んだ。その隣の小英はモニクに目も向けず、ただ立っている。
<…>
<えっと…>
<ちゃんと来てくれたんだね。こっちはすっぽかされるかと思ってたけど。>
モニクを気にせず宏子はジュチャに念じかけた。
<そうね。こっちもそれなりに忙しい事は忙しいんだけど。HYIに関しては共同領域に戻るべきなんでしょうけど、船も多くないし、まずは他の者を避難させないと。>
モニクがジュチャの顔を見る。
<避難、って言っても、共同領域は共同領域で色々混乱しているんじゃないの?>
ジュチャは頷いた。
<ええ、確かにね。魔法協会や各国政府の力が弱くなって、HNKやその他の反政府主義武装団体の活動が活発化しているという話を聞いているわ。モンスターの襲撃も散発的に起きているらしいし。>
<それじゃあ…>
<それでも今の地球に比べればどこだってマシだ、って事でしょ。>
モニクに念じる宏子。ジュチャが肩を上げる。
<ええ、その通りよ。私達も地球にいる全員と連絡が取れた訳じゃないけど、連絡し合っている中でまだこっちに残っているのは、クジ運の悪かった人間と一握りの管理職だけよ。>
<はあ…それじゃあ、ジュチャちゃんもその内こっちは出て行っちゃうんだ。>
ジュチャは腕を組んだ。
<さあ…まあ、そうかもしれないけど。>
<そうかもしれないっていう事は、まだ、ちゃんと決めてはいない、って事だね。>
念じる宏子。
<…また、偽善的な話をするから、不愉快だったら「耳をふさいで」いてほしいんだけど。>
宏子に横目を向けながらジュチャは念じる。
<私は一応、クザラル人の社会に奉仕する為に議員の仕事を選んだわ。その中で特に今の仕事は、クザラル人と地球同胞の友好的な関係に寄与する事よ。…でもその目的は、もう言うまでも無く、完全に失敗に終わったわ。だから、この「対地球人友好樹立プロジェクト」に関しては、もう私の出来る事なんて残ってないのかもしれない。…それでもね、宏子、モニク。私は仕事を途中で放り投げるのだけは嫌いなの。のこのこ負けて逃げ帰るなんて、したくないのよ。>
<ジュチャちゃん…>
宏子が口を開く。
<あんたの勝利っていうのは、つまり、地球人との友好を樹立する事でしょ。>
<ええ。究極的にはね。だからあなた達と手を組めと?>
<…>
<確かに一時的にテレビに良く出ていた時もあったけれど、総合的に見て、あなた達が地球人の総意を代表している存在だとは、私にはちょっと認められないわ。それに、あなた達が頑張ってきた結果が、今のこの状況なんでしょう?>
ジュチャは持っていたステッキで、回り一面の荒野を指してみせる。
<HYIの頑張ってきた結果、でもあるよね。>
<極悪非道のHYIだって、モンスターじゃないあなた達には多少遠慮するわ。その譲歩の結果が、こうよ。私も地球の未来を諦めた訳じゃない。でも、あなた達との未来はオプションには無いわね。あなた達には、モンスター程ではないにしろ、それ相応の責任というものがあると思うわ。>
宏子は頷きつつ、右手のひらを自分の左こぶしに当てる。
<まあ、お互い相手の責任とか、正義とか、色々言いたい事はあるだろうけどさ。まずは、これ以上こういう場所を増やさないために何とかしないと。その為にはオプションの幅だって広げないといけないんじゃない? あんたが「勝つ」為には、そういう事で贅沢なんか言ってられないんじゃないの?>
<確かに幅は広げないといけないでしょうけれど、あなた達と一緒にやる気は無いわ。責任の話は横に置くとしても、今までの実績が明らかなマイナスだもの。リスクが大き過ぎる。>
モニクは首を振った。
<ジュチャちゃん、会社の投資じゃあるまいし、今はリスクとかそれこそ言っていられる状況じゃないよ。今のHYIだけじゃ、何も出来ない。もうジュチャちゃんが「逃げ帰る」のも時間の問題なんでしょ?>
<確かに今は、起死回生の方法を考えあぐねている所よ。でもあなた達と組んだって、それは何も変わらないじゃない。>
<そうとは、限らないよ。>
ジュチャはモニクを見る。
<そう? でもあなた達の新兵器だって、出来上がるのは来週か再来週なんでしょう? 後7日あれば地球の人口はほぼゼロになっているはずよ。今までのペースを単純に掛ければ。>
<もちろん新兵器はまだだけど、それ以外にも私達も頑張っているんだよ。例えば、HYIの知らない歴史を調べていたりとか…>
<今の時期に、歴史の事なんか、どうでも良いだろう。>
モニクは小英に向かい、微笑んだ。
<…ようやく喋ってくれたね。テレパシーの使い方、忘れちゃったのかと思ったよ。>
<…>
怒った、というより、何かに拗ねたような表情で、小英はまた目をそらす。
宏子が頭をかいた。
<まあ、教科書に載ってるような大昔の歴史は、私達にとっては、結構どうでも良い事かもしれないけど…おじいちゃんおばあちゃんは、そういうの色々こだわるもんでしょ。どこの世界でもさ。>
<…何が言いたいの?>
ジュチャが宏子を見て念じる。
<つまり、…>
シュウウウウウウウウウウンッ。

青い光が視界に入る。四人は一斉に空を見上げた。
<っ!>
小英が腰のイハッジャを取り出し、上にかかげる。一瞬だけ、四人の周囲、直径5メートル程度のエリアを包む球が光り、すぐに見えなくなった。
<系魔法で隠れただけだ、防御は一切していないぞ。>
<無駄だしね。>
小英に頷く宏子。
彼女達から離れた上空、何百メートルか、もしかしたらキロ単位で離れているのかも分からない、かなり遠くの地点の空に、数個の点が浮かび、青い光をオーロラのように地上に放っている。
<もう破壊された場所をまた襲うなんて無駄はしないと思っていたけど、最近の彼等は人手が余っているみたいね。>
ジュチャはステッキを上げる。
<悪いけど、失礼するわ。>
<って言ってますけど…今の私達は瞬間移動出来るんですか? フェヨールさん。>
腕端末を押し、ディスプレイを表示させたモニクが首をかしげる。
<うーん、空の魔法増幅はあそこの彼等に妨害されていますから、飛ぶ位なら出来ても瞬間移動は難しいんじゃないかと思いますが、佐藤代表。>
<う…>
ステッキをかかげたままのジュチャの耳が立つ。
<だったら、このままここで彼等が来るのを待つのか?逃げるトライ位はしても良いだろう。>
<…良いのよ小英、無理にフォローしないで…>
<そういうつもりじゃない。でも、彼等は攻撃もしているし、飛んでもいる。両方とも空の魔法だ。ましてや今はそれを大幅に増幅しているはずだ。それが出来ているのに、こっちは同じ事を妨害されるなんて、無理があるんじゃないのか。>
<無理を乗り越えるから魔法なんだよ。>
<…>
宏子に細い目を向ける小英。モニクが念じる。
<もう少し真面目に答えると、彼等は自分達の周囲や、光を放つ方向だけ、妨害魔法を解除する方法を開発しているんだよ。>
ジュチャは難しい表情になった。
<そんな事どうやって…まさか照律をコントロール出来てる訳じゃないわよね?>
<クザラル人も、照律をコントロールはしているよ?>
<それとこれとは意味が違うわ。分かるでしょう? 一つの照律をコントロールするだけなら、魔法少女なら誰でも出来る。でも複数の照律を扱うのは全く別の話だわ。魔法協会は確かにそういった研究もしているけれど、それはわざとこの時空から姿を消すため。でもあそこのモンスターは今、この世界に存在している。まさか、一つの世界の中で、別々の照律の魔法を同時に存在させる、なんて事が…>

<こっちが対抗兵器開発にてこずっている理由が、少しは分かってもらえた?>
<…>
ジュチャは頷き、息をついた。
<彼女達の言う通りだわ。瞬間移動は今は出来ない。下手にトライしても、逆に魔力反応で彼等にここの場所を知らせてしまう事になる。>
<そんな…じゃあ、どうしたら…>
ジュチャを見上げる小英。モニクが宏子に顔を向けた。
<ひーこちゃん。体、見ててくれる?>
<え?>
<これ、使うから。>
モニクは手に取り出した小さな基盤のような物を宏子に見せた。眉を寄せる宏子。
<…>
不思議そうに見ている小英に気づき、モニクは微笑んだ。
<…サクコブの意識ネット接続用装置だよ。もちろん、ただの通信だから、系の魔法に影響を与えたりはしないよ。>
<但ししている間はあんたは動けなくなるでしょうが。>
<関係ないと思うけど? 走って逃げれる相手でもないんだし。ひーこちゃん、そういう事だから後はよろしく。>
<ちょ、ちょっとモニク!>


ピッピッピッピッピッ。
視界の一角に常に入っている曲面バーチャルディスプレイに大き目のフォントの文字が表示される。それを見たサクコブ生命体は、自分の下顎とでも呼ぶべき場所に付いた装置のスイッチを押した。
ブズズズ、ブズズ。
「ジャジョギ少尉、私と位置を変わってください。」
生命体が音を立ててすぐ、どこかのスピーカーから、同じような破擦音が聞こえてくる。
「あ、はい、中尉。ですが、急にどうされたのですか? 何か、作戦の変更でも?」
「そうではありませんが、緊急の通信要請が本社から来ました。意識ネットを今から使いますので先頭に立てません。」
「…了解しました。」
ブズズズ、ブズ…。


そして生命体は緑の公園の中にいた。
地球のヨーロッパ式の石造りの建物が周囲に立ち並び、白人の子供達が笑い声をあげながら、近くで追いかけっこをして遊んでいる。
ブズズ…。
生命体は大きな複眼のついた頭部を、その視野だけでは足りないというかのようにクルクルと回した。
公園のベンチに座っていた少女が立ち上がり、こちらに歩いてきて笑ってみせた。
<はじめまして。トゥビカ中尉。>
一瞬の間をあけ、露出した舌で、人間が舌打ちをした時のような音をたてながら生命体が念じた。
<あなたは何者ですか? 本社に地球人の社員はいなかったと思いますが。>
<意識ネット上で見た目の事なんか、言っても仕方が無いでしょう? 実際の私は本社の生命体かもしれませんよ? ちょっと地球人に興味があるだけで。>
<そう言われればそうですが…今、作戦遂行中なのです。それをおして緊急連絡とは…失礼ですが、あなたの通信IDを調べさせて頂いてもよろしいですか?>
公園の暖かな日差しを浴びながら、モニクは肩を上げてみせる。
<構いませんけど、現実に存在しないIDですからねえ。そこからは何も出てこないと思いますよ。>
芝生に着地しているトゥビカは、軽く羽を上げた。
<それではあなたは不正アクセス者ですね。何の目的かは知りませんが、数十オキで接続をシャットアウトされる事でしょう。>
<だから、今のうちに話をしておかないとね。>
モニクは両手を合わせた。
<中尉、私は、今あなた達の部隊に攻撃されている、地表にいる地球人なんです。>
<地球人が、私達の意識ネットに接続を?>
<有り得ませんか?>
<失礼ですが、こちらの協力無しにそんな事は不可能でしょう。クザラル人ですらそんな技術は持っていないのですから。>
<ええ。だから私達はあなた方の一部の協力を得たんですよ。ちょっと前に。>
<…もしや、あなたはEIMの方なのですか? タオチトゥの武装ゲリラ組織と提携していた。>
<あ、知ってるんですね。光栄だな。>
モニクの口元が緩む。トゥビカは頭部を振りながら破擦音を上げた。
<そうですか。これは幸運ですね。あの辺りにはもう地球人はいないと思っていましたが、まさかEIMの方を消す事が出来るとは。さっそく作戦に戻って>
<ちょ、ちょっと待って、待って、待って! 話だけでも聞いてください。>
<…>
大きく羽を広げたトゥビカの前でモニクは両手を前に出し、立ちはだかった。
<数分だけ、ああ、数十オキだけ? 話をさせてください。わざわざここまで来るのだって大変だったんですから。>
ブズズズズ。
<命乞いですか?>
<ええそうですよ。>
モニクは軽く頷いた。
<しかも有効な命乞いです。>
<…>
<そう。とりあえず、黙って聞いていてください。時間もありませんから、手短に言いますね。あなたがご存知かどうか知りませんけど、フィキチュアジ本社の一部の人間…じゃなくて生命体は、次のような話を聞いた事があるはずです。大昔、大体900億チュチャクズ前、生命体がまだ魔力を持っていなかった頃。彼等は宇宙船に乗った軟体動物…当時のクザラル人、に出会いました。そこで彼等はクザラル人に魔術を教わり、魔法が使えるようになったんです。>
<そんな話は…>
<聞いていないかもしれませんね、一般の生命体は。とにかく今は話を聞いて。その話には続きがあって、ところが、当時のクザラル人には影の目的があったんです。それは、魔法を使って当時のサクコブ生命体を自分達の良いように使い、ラルという本来の母星を失っていたクザラル人達の、新しい居住環境を探させ、最後は生命体を皆殺しにするつもりだった、という事なんだそうですよ。という話が、一部の生命体の間で知られているんです。>
<…>
<一方、クザラル魔法協会の一部の人間でも、似たような話が秘密に語られています。彼等の間ではこうです。やっぱり同じ時期、クザラル人の祖先が宇宙船で旅をしていた頃、サクコブ生命体と出会いました。その頃彼等は魔力が無かったんですが、生命体にそれを授けられたそうです。…あ、いや、盗んだんだったっけ。とにかく、生命体が彼等に魔法を与えました。ところがそれには理由があって、生命体はクザラル人を魔法でこき使って、生命体の新しい殖民星を探させ、最終的には彼等を皆殺しにする計画だったんだそうですよ。というのが、クザラル星で密かに伝わっている話です。>
<なるほど。…下らない話ですね。>
<今のがですか? でも、フィキチュアジに伝わっている方だって…>
<いえ、両方がですよ。私達が…あるいは彼等が、敵に魔力を与えるなんて事がある訳がないじゃないですか。>
<そうですか? 今のあなた達、あるいは彼等が、数百億チュチャクズ前も今と同じようにしていたなんて、言い切る事が出来ます? 大体、最近だって、あなた方の一部は地球人に協力していたじゃないですか。>
<それは…>
モニクはトゥビカに向かって微笑む。
<とはいえ、両方とも正しい、なんて事は有り得ませんよね。論理的に矛盾しちゃいますから。だから私達で色々調べたんです。結果、分かった事がありました。元々魔法が無かったのは、あなた達、サクコブ生命体の方だったんです。>
<…つまり、それでは…>
モニクは頷いた。
<ええ、その点では正しいのはサクコブ側に伝わっている伝説でした。クザラル人が当時、あなた方に魔力を与えたんです。>
<それではつまり、>
生命体が破擦音を上げる。
<彼等は私達に魔力を与え、新たな星を探させてから、私達を抹殺するつもりだったのですか? それなら、彼等のファースト・コンタクトからの攻撃的な姿勢にも、納得がいくというものです…>
<いいえ、それは違います。そんな理由じゃなかったんですよ、彼等があなた方を作ったのは。>
ブズズズズ。
<…作った?>
<ええ。創造したんです。彼等が、あなた方を。>
モニクは頷いた。
<大昔のラル人…クザラル人の祖先です、は、今の彼等より遥かに進んだ技術を持っていた。その技術力や魔力は、今のあなた方や05よりも上だったでしょうね。ですが、ラル星に住んでいた彼等は当時、星の環境破壊に悩まされていました。残された選択肢は二つ。荒れ果てた星の環境に適応した姿に生まれ変わるか、星を出て行くかです。…彼等は、その両方を選択した。>
<…>
<とはいえ、自分達の体をそのまま変化させていくのには無理が大きすぎます。そこで彼等は、ピョール・スイーという一種の昆虫…これくらいの大きさの奴です、を、遺伝子操作で人為的に進化させ、彼等並か、それ以上の知性と魔力を持つ生命体に作り変えてしまったんです。>
人差し指と親指を軽く広げてみせながらモニクが念じる。
<そん、な…>
<星の環境に適応した「ラル人」があなた方で、星を出て行ったのが今のクザラル人なんですよ。あなた方はお互い、同朋なんです。クザラル人…当時のラル人が、生命体に魔力を与えたのは当たり前なんですよ。だってそれが、あるべき模範的なラル人としての姿だったんですから。>
<…>
<今のクザラル人が必死になって探しているラルの母星は、何て事はない、あなた方のサクコブ星だったんです。>
<そんな…そんな話は信じられません。彼等が私達の創造主だなんて、そんな、馬鹿な事が…>
<期待はずれな創造主でしたか? でも、そんな例はあなた方の周りにすでにあるじゃないですか。05…あなた達風に言えば独立機器、の創造主は紛れも無くサクコブ生命体でしょう。でも、独立機器側から見たサクコブは、決して理想の創造主ではなかったはずです。それとこれと、どう違います?>
<ですが…>
<この事実を知っているのは、サクコブ生命体にも、クザラル人の中にもいました。どっちの場合も、とても力のある魔術師が、歴史を通して数人知り得ただけ、でしたけど。…いえ、フィキチュアジ、あるいはHYIのトップも、多分知ってるんでしょうね。そういった魔術師達の発言は、どっちの星でも殆ど破棄されたみたいです。それでも残ったものも、ほんの少しですがありました。トジュギフィキ、という今で言うフォドゥサチュジャ出身の魔術師が22億チュチャクズ前にいたんですが、彼女の残した警句が印象的です。詳しくはこっちからアクセスしてみてください。>
モニクは自分の腕端末を押した。トゥビカの前に曲面バーチャルディスプレイが表示される。
<05のコンピューターによる、あなた方のDNAの詳細な解析や、残された当時の史料、それらの分析など、かき集められるだけ集めました。それは、その手前の「部屋」に収まっていますから。>
ディスプレイを目で示すモニク。
<到底、信じられませんが…>
<ええ、そうかもしれませんけどゆっくりその史料を確かめて、サクコブのデータネットもよく調べてみてください。特に古代の魔術師関連の記録を。>
トゥビカは数度、羽を揺らした。
<仮にあなたの言った事が全部本当だとして、それで、一体どうしてほしいのですか?>
<私は命乞いをしているだけですよ。>
モニクは笑って見せた。
<もう攻撃はやめてください。地球人を殺すのは、もういい加減充分でしょう。あなた方が地球人を攻撃するのは、地球人がクザラル人に見えるから、でしょう? でもクザラル人を攻撃する理由だって、もう無いはずですよ。今の攻撃には、もう何の意味も無いじゃないですか。>
<そうでしょうか? あなた方の人口はとても多い。クザラル型の「人間」がこれだけいるという事実を、そう簡単に見過ごす訳にはいきません。>
<ですから、クザラル型の生命体といったら、それはあなた方なんですよ、地球人じゃなくて。>
<…>
<…サクコブ生命体とクザラル人が、同朋であるという事実。この事実が何故厳重に隠され、代わりに嘘の秘密が流されたのか。それは、お互いがお互いを憎んでおいた方が都合の良い事が、今のあなた方とクザラル人、それぞれにあったからなのではないですか? フィキチュアジは戦争が無ければ続いていけない軍事企業ですし、クザラル魔法協会も、自分の星の各民族解放団体等に自分達の正統性を示す機会を失う事になるでしょう。でも、そういったそれぞれの組織の都合のせいで何百万、何億という生命体が命を失ってきた。…もう、充分でしょう。大体、一方の当事者の魔法協会の方は、もう事実上崩壊したんですから。このまま続けたら、じき戦争を続ける為の相手がいなくなって、あなた方も自壊しますよ。>
<…>
<…それに、あなた方の言葉で言うでしょう、「血のために死ね」って。自分を作ってくれた親を殺すのは、…それがあなた方にとって決して良い親でなかったとしても、あまり、倫理的に正しい態度だとは思えません。>
<…>
公園の日溜りの中、トゥビカはしばらくの間、羽を上下に揺らしていた。
トゥビカは念じた。
<EIMのような軍組織の方なら理解して頂けるでしょうが、地球への攻撃を、今すぐ止めるという訳にはいきません。>
<…>
モニクは少し眉を寄せ、息をもらす。
<…ですが、あなたの情報に関しては、慎重に検討する事もやぶさかではありません。話の分かる上司がいますから、彼女に相談してみましょう。もちろん、本社への連絡は取り敢えずは控えます。>
<じゃあ…>
<検討しなければなりませんから、現在グリッド110.54:38.12で展開中の作戦は、一時中断です。この接続から切断しだい、私達の隊は船へ退却する事にしましょう。…ただし、中止ではなくあくまで一時中断ですから。あなた方がいつまでもここに残っていたら、それは自殺行為となるでしょうね。>
<…>
モニクは笑顔で頷いた。
<ありがとう。>



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