砂煙が舞う荒野を見回し、モニクはため息をついた。
<やだなあ。私、こういう砂漠系の場所はゲンが悪い気がするよ。>
<そ?>
宏子とモニクは荒地に立っている。緑らしい緑は周囲に無く、どこかの山脈が地平線近くに姿を見せている。瓦礫や鉄骨が所々に残っており、ここも数日前までは人が住んでいたであろう事が容易に推測できた。
モニクは念じた。
<この間ジュチャちゃんと会った時も砂漠だったからね。まあ、私はプオちゃんとシユマちゃんがネチネチ苛められているのをはたから見ていただけだったけど…。>
宏子が頷く。
<ああ、そういえばそういう事もあったね。あの時はまだ、HYIが目の前の大きな壁だったからね。ホントにHYIなんかに勝てるのか皆が半信半疑だった。っていうか…壁が大きいから、ムキになってただ登ってたって感じかな。>
<…でもあの頃は、地球がこんな事になるなんて誰も思ってなかったけどね。この一週間の死者合計、ついに推定10億人を越えたらしいよ。>
宏子はモニクの顔を見た。
<モニク。まだ終わってないよ。クザラル人も、地球人も、まだ終わってない。ここからなんだよ。今の壁は確かに大きいけど…物凄い高いけど、これを越えれば何とかなる。大きな壁は、多分これで最後なんだよ。だから、ここでムキになんなきゃ。もう終わったような言い方をするのは、やめよ。>
<…>
モニクは一瞬まばたきをし、それから宏子に向けてニコ、と笑った。
<何だかんだ言って、ひーこちゃんもカミカゼ精神に溢れた日本人なんだねえ。>
<その言い方は…ってか、もう休むって言ってた私を、無理やり引っ張り出してタキつけたのはあんたとリジュワナでしょうが。>
<そうだったっけ? それにしたって、昨日は意識不明の重体で寝てたんだから、そんな無理しなくても良いのに。>
<最近一日何人死んでる? 今だけは休める状況じゃないでしょうが。ただでさえ、昨日寝ちゃったんだから。>
<まあ、そうだけど…>
モニクは肩を上げる。宏子はモニクに笑いかけた。
<美耶とか私の病気って、その場限りで、山さえ越えちゃえば後は平気なもんなのよ。本当の重病人から見たら、何だこりゃ、って感じの。>
<あー…そのミヤちゃんって、何かの病気だったんだ。>
<…あ…うん。>
<…>
<…>
モニクはぎこちなく笑う。
<それにしても…仮にHYIを説得出来たとして、本当にサクコブに対抗出来るのかな?>
<さあね。…まあ、出来ないんじゃないの。>
ため息混じりに念じる宏子。
<あちゃあ。まあ、でもそれ以外に出来る事も今の私達には無いしねえ。>
<…>
宏子は視線を落とす。
<…ひーこちゃん?>
<それ以外にも、あるかもしれないけど…私だってまだ17なんだからさ。もうちょっと…皆と一緒にいたい。それで何人もの人が死んじゃっているのかもしれないけど…>
<ひーこちゃん…どういう事…?>
モニクが低いトーンで念じる。数十メートル先で、突然水色の光が空間に切れ目を入れるように出現した。
ズバアアアアアアアアアアン!
光が飛び、中からニ人の人影が現れた。一人は長身で、もう一人は子供だ。
<ようやく来たね。って、ウチらが来るのが早すぎたのかな。>
<う、うん…>
宏子は彼等の方へ歩いていく。モニクは彼女の後を追った。
<あら、モニクじゃない。久しぶりね。>
<…ど、どうも。>
ステッキを持ち、いつも通りのクザラル服を着たジュチャはモニクを見て微笑んだ。その隣の小英はモニクに目も向けず、ただ立っている。
<…>
<えっと…>
<ちゃんと来てくれたんだね。こっちはすっぽかされるかと思ってたけど。>
モニクを気にせず宏子はジュチャに念じかけた。
<そうね。こっちもそれなりに忙しい事は忙しいんだけど。HYIに関しては共同領域に戻るべきなんでしょうけど、船も多くないし、まずは他の者を避難させないと。>
モニクがジュチャの顔を見る。
<避難、って言っても、共同領域は共同領域で色々混乱しているんじゃないの?>
ジュチャは頷いた。
<ええ、確かにね。魔法協会や各国政府の力が弱くなって、HNKやその他の反政府主義武装団体の活動が活発化しているという話を聞いているわ。モンスターの襲撃も散発的に起きているらしいし。>
<それじゃあ…>
<それでも今の地球に比べればどこだってマシだ、って事でしょ。>
モニクに念じる宏子。ジュチャが肩を上げる。
<ええ、その通りよ。私達も地球にいる全員と連絡が取れた訳じゃないけど、連絡し合っている中でまだこっちに残っているのは、クジ運の悪かった人間と一握りの管理職だけよ。>
<はあ…それじゃあ、ジュチャちゃんもその内こっちは出て行っちゃうんだ。>
ジュチャは腕を組んだ。
<さあ…まあ、そうかもしれないけど。>
<そうかもしれないっていう事は、まだ、ちゃんと決めてはいない、って事だね。>
念じる宏子。
<…また、偽善的な話をするから、不愉快だったら「耳をふさいで」いてほしいんだけど。>
宏子に横目を向けながらジュチャは念じる。
<私は一応、クザラル人の社会に奉仕する為に議員の仕事を選んだわ。その中で特に今の仕事は、クザラル人と地球同胞の友好的な関係に寄与する事よ。…でもその目的は、もう言うまでも無く、完全に失敗に終わったわ。だから、この「対地球人友好樹立プロジェクト」に関しては、もう私の出来る事なんて残ってないのかもしれない。…それでもね、宏子、モニク。私は仕事を途中で放り投げるのだけは嫌いなの。のこのこ負けて逃げ帰るなんて、したくないのよ。>
<ジュチャちゃん…>
宏子が口を開く。
<あんたの勝利っていうのは、つまり、地球人との友好を樹立する事でしょ。>
<ええ。究極的にはね。だからあなた達と手を組めと?>
<…>
<確かに一時的にテレビに良く出ていた時もあったけれど、総合的に見て、あなた達が地球人の総意を代表している存在だとは、私にはちょっと認められないわ。それに、あなた達が頑張ってきた結果が、今のこの状況なんでしょう?>
ジュチャは持っていたステッキで、回り一面の荒野を指してみせる。
<HYIの頑張ってきた結果、でもあるよね。>
<極悪非道のHYIだって、モンスターじゃないあなた達には多少遠慮するわ。その譲歩の結果が、こうよ。私も地球の未来を諦めた訳じゃない。でも、あなた達との未来はオプションには無いわね。あなた達には、モンスター程ではないにしろ、それ相応の責任というものがあると思うわ。>
宏子は頷きつつ、右手のひらを自分の左こぶしに当てる。
<まあ、お互い相手の責任とか、正義とか、色々言いたい事はあるだろうけどさ。まずは、これ以上こういう場所を増やさないために何とかしないと。その為にはオプションの幅だって広げないといけないんじゃない?
あんたが「勝つ」為には、そういう事で贅沢なんか言ってられないんじゃないの?>
<確かに幅は広げないといけないでしょうけれど、あなた達と一緒にやる気は無いわ。責任の話は横に置くとしても、今までの実績が明らかなマイナスだもの。リスクが大き過ぎる。>
モニクは首を振った。
<ジュチャちゃん、会社の投資じゃあるまいし、今はリスクとかそれこそ言っていられる状況じゃないよ。今のHYIだけじゃ、何も出来ない。もうジュチャちゃんが「逃げ帰る」のも時間の問題なんでしょ?>
<確かに今は、起死回生の方法を考えあぐねている所よ。でもあなた達と組んだって、それは何も変わらないじゃない。>
<そうとは、限らないよ。>
ジュチャはモニクを見る。
<そう? でもあなた達の新兵器だって、出来上がるのは来週か再来週なんでしょう? 後7日あれば地球の人口はほぼゼロになっているはずよ。今までのペースを単純に掛ければ。>
<もちろん新兵器はまだだけど、それ以外にも私達も頑張っているんだよ。例えば、HYIの知らない歴史を調べていたりとか…>
<今の時期に、歴史の事なんか、どうでも良いだろう。>
モニクは小英に向かい、微笑んだ。
<…ようやく喋ってくれたね。テレパシーの使い方、忘れちゃったのかと思ったよ。>
<…>
怒った、というより、何かに拗ねたような表情で、小英はまた目をそらす。
宏子が頭をかいた。
<まあ、教科書に載ってるような大昔の歴史は、私達にとっては、結構どうでも良い事かもしれないけど…おじいちゃんおばあちゃんは、そういうの色々こだわるもんでしょ。どこの世界でもさ。>
<…何が言いたいの?>
ジュチャが宏子を見て念じる。
<つまり、…>
シュウウウウウウウウウウンッ。
青い光が視界に入る。四人は一斉に空を見上げた。
<っ!>
小英が腰のイハッジャを取り出し、上にかかげる。一瞬だけ、四人の周囲、直径5メートル程度のエリアを包む球が光り、すぐに見えなくなった。
<系魔法で隠れただけだ、防御は一切していないぞ。>
<無駄だしね。>
小英に頷く宏子。
彼女達から離れた上空、何百メートルか、もしかしたらキロ単位で離れているのかも分からない、かなり遠くの地点の空に、数個の点が浮かび、青い光をオーロラのように地上に放っている。
<もう破壊された場所をまた襲うなんて無駄はしないと思っていたけど、最近の彼等は人手が余っているみたいね。>
ジュチャはステッキを上げる。
<悪いけど、失礼するわ。>
<って言ってますけど…今の私達は瞬間移動出来るんですか? フェヨールさん。>
腕端末を押し、ディスプレイを表示させたモニクが首をかしげる。
<うーん、空の魔法増幅はあそこの彼等に妨害されていますから、飛ぶ位なら出来ても瞬間移動は難しいんじゃないかと思いますが、佐藤代表。>
<う…>
ステッキをかかげたままのジュチャの耳が立つ。
<だったら、このままここで彼等が来るのを待つのか?逃げるトライ位はしても良いだろう。>
<…良いのよ小英、無理にフォローしないで…>
<そういうつもりじゃない。でも、彼等は攻撃もしているし、飛んでもいる。両方とも空の魔法だ。ましてや今はそれを大幅に増幅しているはずだ。それが出来ているのに、こっちは同じ事を妨害されるなんて、無理があるんじゃないのか。>
<無理を乗り越えるから魔法なんだよ。>
<…>
宏子に細い目を向ける小英。モニクが念じる。
<もう少し真面目に答えると、彼等は自分達の周囲や、光を放つ方向だけ、妨害魔法を解除する方法を開発しているんだよ。>
ジュチャは難しい表情になった。
<そんな事どうやって…まさか照律をコントロール出来てる訳じゃないわよね?>
<クザラル人も、照律をコントロールはしているよ?>
<それとこれとは意味が違うわ。分かるでしょう? 一つの照律をコントロールするだけなら、魔法少女なら誰でも出来る。でも複数の照律を扱うのは全く別の話だわ。魔法協会は確かにそういった研究もしているけれど、それはわざとこの時空から姿を消すため。でもあそこのモンスターは今、この世界に存在している。まさか、一つの世界の中で、別々の照律の魔法を同時に存在させる、なんて事が…>
<こっちが対抗兵器開発にてこずっている理由が、少しは分かってもらえた?>
<…>
ジュチャは頷き、息をついた。
<彼女達の言う通りだわ。瞬間移動は今は出来ない。下手にトライしても、逆に魔力反応で彼等にここの場所を知らせてしまう事になる。>
<そんな…じゃあ、どうしたら…>
ジュチャを見上げる小英。モニクが宏子に顔を向けた。
<ひーこちゃん。体、見ててくれる?>
<え?>
<これ、使うから。>
モニクは手に取り出した小さな基盤のような物を宏子に見せた。眉を寄せる宏子。
<…>
不思議そうに見ている小英に気づき、モニクは微笑んだ。
<…サクコブの意識ネット接続用装置だよ。もちろん、ただの通信だから、系の魔法に影響を与えたりはしないよ。>
<但ししている間はあんたは動けなくなるでしょうが。>
<関係ないと思うけど? 走って逃げれる相手でもないんだし。ひーこちゃん、そういう事だから後はよろしく。>
<ちょ、ちょっとモニク!>
ピッピッピッピッピッ。
視界の一角に常に入っている曲面バーチャルディスプレイに大き目のフォントの文字が表示される。それを見たサクコブ生命体は、自分の下顎とでも呼ぶべき場所に付いた装置のスイッチを押した。
ブズズズ、ブズズ。
「ジャジョギ少尉、私と位置を変わってください。」
生命体が音を立ててすぐ、どこかのスピーカーから、同じような破擦音が聞こえてくる。
「あ、はい、中尉。ですが、急にどうされたのですか? 何か、作戦の変更でも?」
「そうではありませんが、緊急の通信要請が本社から来ました。意識ネットを今から使いますので先頭に立てません。」
「…了解しました。」
ブズズズ、ブズ…。
そして生命体は緑の公園の中にいた。
地球のヨーロッパ式の石造りの建物が周囲に立ち並び、白人の子供達が笑い声をあげながら、近くで追いかけっこをして遊んでいる。
ブズズ…。
生命体は大きな複眼のついた頭部を、その視野だけでは足りないというかのようにクルクルと回した。
公園のベンチに座っていた少女が立ち上がり、こちらに歩いてきて笑ってみせた。
<はじめまして。トゥビカ中尉。>
一瞬の間をあけ、露出した舌で、人間が舌打ちをした時のような音をたてながら生命体が念じた。
<あなたは何者ですか? 本社に地球人の社員はいなかったと思いますが。>
<意識ネット上で見た目の事なんか、言っても仕方が無いでしょう? 実際の私は本社の生命体かもしれませんよ? ちょっと地球人に興味があるだけで。>
<そう言われればそうですが…今、作戦遂行中なのです。それをおして緊急連絡とは…失礼ですが、あなたの通信IDを調べさせて頂いてもよろしいですか?>
公園の暖かな日差しを浴びながら、モニクは肩を上げてみせる。
<構いませんけど、現実に存在しないIDですからねえ。そこからは何も出てこないと思いますよ。>
芝生に着地しているトゥビカは、軽く羽を上げた。
<それではあなたは不正アクセス者ですね。何の目的かは知りませんが、数十オキで接続をシャットアウトされる事でしょう。>
<だから、今のうちに話をしておかないとね。>
モニクは両手を合わせた。
<中尉、私は、今あなた達の部隊に攻撃されている、地表にいる地球人なんです。>
<地球人が、私達の意識ネットに接続を?>
<有り得ませんか?>
<失礼ですが、こちらの協力無しにそんな事は不可能でしょう。クザラル人ですらそんな技術は持っていないのですから。>
<ええ。だから私達はあなた方の一部の協力を得たんですよ。ちょっと前に。>
<…もしや、あなたはEIMの方なのですか? タオチトゥの武装ゲリラ組織と提携していた。>
<あ、知ってるんですね。光栄だな。>
モニクの口元が緩む。トゥビカは頭部を振りながら破擦音を上げた。
<そうですか。これは幸運ですね。あの辺りにはもう地球人はいないと思っていましたが、まさかEIMの方を消す事が出来るとは。さっそく作戦に戻って>
<ちょ、ちょっと待って、待って、待って! 話だけでも聞いてください。>
<…>
大きく羽を広げたトゥビカの前でモニクは両手を前に出し、立ちはだかった。
<数分だけ、ああ、数十オキだけ? 話をさせてください。わざわざここまで来るのだって大変だったんですから。>
ブズズズズ。
<命乞いですか?>
<ええそうですよ。>
モニクは軽く頷いた。
<しかも有効な命乞いです。>
<…>
<そう。とりあえず、黙って聞いていてください。時間もありませんから、手短に言いますね。あなたがご存知かどうか知りませんけど、フィキチュアジ本社の一部の人間…じゃなくて生命体は、次のような話を聞いた事があるはずです。大昔、大体900億チュチャクズ前、生命体がまだ魔力を持っていなかった頃。彼等は宇宙船に乗った軟体動物…当時のクザラル人、に出会いました。そこで彼等はクザラル人に魔術を教わり、魔法が使えるようになったんです。>
<そんな話は…>
<聞いていないかもしれませんね、一般の生命体は。とにかく今は話を聞いて。その話には続きがあって、ところが、当時のクザラル人には影の目的があったんです。それは、魔法を使って当時のサクコブ生命体を自分達の良いように使い、ラルという本来の母星を失っていたクザラル人達の、新しい居住環境を探させ、最後は生命体を皆殺しにするつもりだった、という事なんだそうですよ。という話が、一部の生命体の間で知られているんです。>
<…>
<一方、クザラル魔法協会の一部の人間でも、似たような話が秘密に語られています。彼等の間ではこうです。やっぱり同じ時期、クザラル人の祖先が宇宙船で旅をしていた頃、サクコブ生命体と出会いました。その頃彼等は魔力が無かったんですが、生命体にそれを授けられたそうです。…あ、いや、盗んだんだったっけ。とにかく、生命体が彼等に魔法を与えました。ところがそれには理由があって、生命体はクザラル人を魔法でこき使って、生命体の新しい殖民星を探させ、最終的には彼等を皆殺しにする計画だったんだそうですよ。というのが、クザラル星で密かに伝わっている話です。>
<なるほど。…下らない話ですね。>
<今のがですか? でも、フィキチュアジに伝わっている方だって…>
<いえ、両方がですよ。私達が…あるいは彼等が、敵に魔力を与えるなんて事がある訳がないじゃないですか。>
<そうですか? 今のあなた達、あるいは彼等が、数百億チュチャクズ前も今と同じようにしていたなんて、言い切る事が出来ます? 大体、最近だって、あなた方の一部は地球人に協力していたじゃないですか。>
<それは…>
モニクはトゥビカに向かって微笑む。
<とはいえ、両方とも正しい、なんて事は有り得ませんよね。論理的に矛盾しちゃいますから。だから私達で色々調べたんです。結果、分かった事がありました。元々魔法が無かったのは、あなた達、サクコブ生命体の方だったんです。>
<…つまり、それでは…>
モニクは頷いた。
<ええ、その点では正しいのはサクコブ側に伝わっている伝説でした。クザラル人が当時、あなた方に魔力を与えたんです。>
<それではつまり、>
生命体が破擦音を上げる。
<彼等は私達に魔力を与え、新たな星を探させてから、私達を抹殺するつもりだったのですか? それなら、彼等のファースト・コンタクトからの攻撃的な姿勢にも、納得がいくというものです…>
<いいえ、それは違います。そんな理由じゃなかったんですよ、彼等があなた方を作ったのは。>
ブズズズズ。
<…作った?>
<ええ。創造したんです。彼等が、あなた方を。>
モニクは頷いた。
<大昔のラル人…クザラル人の祖先です、は、今の彼等より遥かに進んだ技術を持っていた。その技術力や魔力は、今のあなた方や05よりも上だったでしょうね。ですが、ラル星に住んでいた彼等は当時、星の環境破壊に悩まされていました。残された選択肢は二つ。荒れ果てた星の環境に適応した姿に生まれ変わるか、星を出て行くかです。…彼等は、その両方を選択した。>
<…>
<とはいえ、自分達の体をそのまま変化させていくのには無理が大きすぎます。そこで彼等は、ピョール・スイーという一種の昆虫…これくらいの大きさの奴です、を、遺伝子操作で人為的に進化させ、彼等並か、それ以上の知性と魔力を持つ生命体に作り変えてしまったんです。>
人差し指と親指を軽く広げてみせながらモニクが念じる。
<そん、な…>
<星の環境に適応した「ラル人」があなた方で、星を出て行ったのが今のクザラル人なんですよ。あなた方はお互い、同朋なんです。クザラル人…当時のラル人が、生命体に魔力を与えたのは当たり前なんですよ。だってそれが、あるべき模範的なラル人としての姿だったんですから。>
<…>
<今のクザラル人が必死になって探しているラルの母星は、何て事はない、あなた方のサクコブ星だったんです。>
<そんな…そんな話は信じられません。彼等が私達の創造主だなんて、そんな、馬鹿な事が…>
<期待はずれな創造主でしたか? でも、そんな例はあなた方の周りにすでにあるじゃないですか。05…あなた達風に言えば独立機器、の創造主は紛れも無くサクコブ生命体でしょう。でも、独立機器側から見たサクコブは、決して理想の創造主ではなかったはずです。それとこれと、どう違います?>
<ですが…>
<この事実を知っているのは、サクコブ生命体にも、クザラル人の中にもいました。どっちの場合も、とても力のある魔術師が、歴史を通して数人知り得ただけ、でしたけど。…いえ、フィキチュアジ、あるいはHYIのトップも、多分知ってるんでしょうね。そういった魔術師達の発言は、どっちの星でも殆ど破棄されたみたいです。それでも残ったものも、ほんの少しですがありました。トジュギフィキ、という今で言うフォドゥサチュジャ出身の魔術師が22億チュチャクズ前にいたんですが、彼女の残した警句が印象的です。詳しくはこっちからアクセスしてみてください。>
モニクは自分の腕端末を押した。トゥビカの前に曲面バーチャルディスプレイが表示される。
<05のコンピューターによる、あなた方のDNAの詳細な解析や、残された当時の史料、それらの分析など、かき集められるだけ集めました。それは、その手前の「部屋」に収まっていますから。>
ディスプレイを目で示すモニク。
<到底、信じられませんが…>
<ええ、そうかもしれませんけどゆっくりその史料を確かめて、サクコブのデータネットもよく調べてみてください。特に古代の魔術師関連の記録を。>
トゥビカは数度、羽を揺らした。
<仮にあなたの言った事が全部本当だとして、それで、一体どうしてほしいのですか?>
<私は命乞いをしているだけですよ。>
モニクは笑って見せた。
<もう攻撃はやめてください。地球人を殺すのは、もういい加減充分でしょう。あなた方が地球人を攻撃するのは、地球人がクザラル人に見えるから、でしょう?
でもクザラル人を攻撃する理由だって、もう無いはずですよ。今の攻撃には、もう何の意味も無いじゃないですか。>
<そうでしょうか? あなた方の人口はとても多い。クザラル型の「人間」がこれだけいるという事実を、そう簡単に見過ごす訳にはいきません。>
<ですから、クザラル型の生命体といったら、それはあなた方なんですよ、地球人じゃなくて。>
<…>
<…サクコブ生命体とクザラル人が、同朋であるという事実。この事実が何故厳重に隠され、代わりに嘘の秘密が流されたのか。それは、お互いがお互いを憎んでおいた方が都合の良い事が、今のあなた方とクザラル人、それぞれにあったからなのではないですか?
フィキチュアジは戦争が無ければ続いていけない軍事企業ですし、クザラル魔法協会も、自分の星の各民族解放団体等に自分達の正統性を示す機会を失う事になるでしょう。でも、そういったそれぞれの組織の都合のせいで何百万、何億という生命体が命を失ってきた。…もう、充分でしょう。大体、一方の当事者の魔法協会の方は、もう事実上崩壊したんですから。このまま続けたら、じき戦争を続ける為の相手がいなくなって、あなた方も自壊しますよ。>
<…>
<…それに、あなた方の言葉で言うでしょう、「血のために死ね」って。自分を作ってくれた親を殺すのは、…それがあなた方にとって決して良い親でなかったとしても、あまり、倫理的に正しい態度だとは思えません。>
<…>
公園の日溜りの中、トゥビカはしばらくの間、羽を上下に揺らしていた。
トゥビカは念じた。
<EIMのような軍組織の方なら理解して頂けるでしょうが、地球への攻撃を、今すぐ止めるという訳にはいきません。>
<…>
モニクは少し眉を寄せ、息をもらす。
<…ですが、あなたの情報に関しては、慎重に検討する事もやぶさかではありません。話の分かる上司がいますから、彼女に相談してみましょう。もちろん、本社への連絡は取り敢えずは控えます。>
<じゃあ…>
<検討しなければなりませんから、現在グリッド110.54:38.12で展開中の作戦は、一時中断です。この接続から切断しだい、私達の隊は船へ退却する事にしましょう。…ただし、中止ではなくあくまで一時中断ですから。あなた方がいつまでもここに残っていたら、それは自殺行為となるでしょうね。>
<…>
モニクは笑顔で頷いた。
<ありがとう。>
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