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モニクは目を丸くして、強いトーンで念じた。
<え、もう帰っちゃうの?>
<何で? ほんと、もっとこっちにいなよ。>
同調する宏子。彼女達はテントの外で立ちながら会話をしている。今朝も肌寒い風が、斜面の石を転がしている。
小英は軽く笑いながら、二人に首を振った。
<あんまりこっちに居続けたら、モニクの二の舞になるかもしれない。そんな事になったら、残されたジュチャが寂しがる。>
<…>
宏子とモニクは目を見合わせる。
ニ人とプオラギイックの間に立っているリジュワナが、肩を上げて頷いた。
<そう。それで、こっちの視察はどうだった? あなたの感想を聞きたいわ。>
<…>
小英は少しの間モニクの方を見てから、リジュワナに頷いてみせた。
<有意義だった。こっちの事情は…今の具体的な戦力や、魔力が分かった訳じゃないが、考えている事や、信じている事は、それなりに知る事が出来たと思う。>
<うーん…でも小英ちゃんは、こっちの事情…少なくとも、考えてる事に関しては、別に前から知ってたんじゃないの?>
<うん。…それに関しては確かにそうだが、それに対する、私の考えを…もう一度、考えたんだ。>
<はあ…>
小英の答えに、よく分かっていない様子で頷きかけるモニク。
<…いや、今までは、一度だって、それに対して自分で考えてなんて、いなかったんだろう。子供は、物事を深く考えられない。特に、子供だっていう自覚の無い、周囲からも子供と思われていないようなタイプの子供は、一番手に負えないんだ。>
<…>
<気にしないで良い。全部独り言だ。>
怪訝そうなモニクに、小英は手を振った。小英は宏子に顔を向ける。
<私にはHYI魔術顧問としての責任がある。いつまでもこっちにいる訳にはいかない。>
<そう…でも、残念だな、しつこいかもしれないけど、もうちょっと位、いてくれても…>
<誰も、もう二度とここに来ない、なんて言ってる訳じゃない。>
瞼を軽く閉じて、小英が念じる。
<ただ、視察役の仕事はしておかないといけないだろう。私が帰るといったのは、ジュチャやソドゥに、ここの状況を伝えるためだ。…あそこの意思決定をしているのは彼等なんだから、彼等にそれを伝えなければ、共闘の話は一切進まないぞ。>
宏子は瞬きをする。
<それって…じゃあ、その後は、またこっちに戻ってこれるの?>
<…まあ、万が一仮に、本当に同盟を組むような事になれば、その時は…誰かこっちに、連絡役も必要になるだろうし…>
小英は視線を泳がせながら答える。
<…>
宏子達は目を見合わせ、微笑みあった。
「すいません、増幅装置のウォームアップの方が完了しました。」
タマラが彼等に近づき、声をかける。プオラギイックは頷いた。
「よし。」<じゃあ、お前も良い関係性をな。>
<うん。…ああ、出来れば、事前に向こうに連絡を入れておきたいんだが…>
小英は念じながら、自分で眉をひそめる。
<…って、それは無理があるな。まあ、急に帰ってジュチャの驚いた顔を見るのも悪くないか。>
<それでも良いけど…別に映像通信くらい、ここでやっても良いよ…ね?>
宏子はプオラギイックとリジュワナを見回す。ニ人はお互いを見合ってから、宏子に肩を上げてみせた。
<じゃあ、万が一、変な事を口走った時は、即刻丸坊主になってもらう、って事で。>
宏子は小英に笑いかけた。
<…>
細い目で見上げながら、小英は薄く笑う。彼女は自分の腕端末のスイッチを押し、ディスプレイを表示させた。
ピ、ピピッ、ピッ、ピッ…。
しばらくの操作の後、空中に表示されている半透明のディスプレイに、見知ったクザラル人の顔が現れる。
「小英じゃない。どうしたの、何か問題が起きた?」
深刻そうな向こうの表情に、小英は眉を上げて呟いた。
「結局驚かす事にはなったな…いや、ジュチャ、別に問題という事じゃない。ただ、これからそっちに戻るから、一応連絡だけしておこうと…」
「…ええっ!」
日本語…というほど言葉にはなっていない大声の叫びに、小英は一瞬びくっ、としてから宏子の方を睨みつけた。
<悪いが、今ちょっと電話中なんだ。すぐ終わるから静かに…>
「それで、何体?」
「1体です。この辺りは本来無人地帯ですから、彼等も重視していないんでしょうが…」
宏子の質問にタマラが答える。翻訳音声を聞いた小英は表情を変えた。
<…宏子、>
EIMやHNKの隊員達は一斉に各自のテントや宇宙船の中へ走っていったり、逆に出てきたりして、周囲は騒然とした雰囲気になっている。
小英の念に気づき、宏子は彼女の方に視線を落とし、眉を寄せてみせた。
<あ…ごめん、今、取り込んでて。別にここが見つかった訳じゃないと思うんだけど、すぐ近くまで生命体が…>
<分かってる。当然、瞬間移動は妨害されていて、出来ないんだな?>
頷く小英に、宏子は肩を上げる。
小英はふと目を上げ、宏子の背後の方を凝視した。
<…>
<…何?>
<宏子、見えるぞ。>
<え、>
宏子が振り返る。遠くの灰色の山並みの向こうから、それこそ虫のような小さな黒い点が、僅かずつ、そのサイズを大きくしているのが見えていた。
プオラギイックが周囲の隊員に声をかける。
「皆、ここは危ない。ひとまず520c91の中に入ろう。」
「入るのは良いけど、そっちはここに比べて安全と言えるのかしら。」
プオラギイックの言葉にリジュワナが疑問をさしはさむ。彼等はお互いの顔を見合わせる。
モニクはふと口を広げ、宏子の方を見た。
「あ、ひーこちゃん、さっき05の生命体さんから聞いたんだけど、理論上、サクコブの攻撃をかわせるだけの出力を持つ魔力増幅装置の試験体が出来たらしいよ。まだ実験段階だから、使えるかどうかは分からないけど…」
「あー、取りあえず聞いてみよっか。しかしこういう時に限ってHNKの連中は、全員向こうの本部に引っ込んじゃってるし…」
「全くいつもながらどうしようも無い連中ね。まあ、私に言わせるなら、まずは全員そのナントカっていう小モンスターの船に避難させるべきだわ。」
どこからかエウグ語が聞こえてくる。彼等は小英の胸元に目を向けた。
小英は自分の前のバーチャルディスプレイに気づき、口を開いた。
「…ああ、消すのを忘れていた。ジュチャ、また後でかけ直すから…」
「別につけっぱなしで良いじゃない。敵襲なんでしょう? 私もあなた方がどんな戦闘法を取るのか、視察してみたいと思うし。」
画面のジュチャが、明らかに楽しそうに腕を組む。
プオラギイックが小英のそばにより、画面のジュチャを見た。
「いや、俺はむしろお前ならこういった時にどうするかを知りたい。05船に入った方が良いんだな?」
「何も、保証はしないわよ。あなた達途中、テレパシーを使ってたから、詳しい状況は全然分からないし。でも私だったら、外よりはまだ宇宙船の中の方がマシだと思うだけよ。少なくともその方が多少は逃げやすいんじゃない?
いざ見つかった時とかはね。」
半透明のジュチャの画面を裏側から見ている宏子が首を振る。
「でももし見つかったら、中だろうが外だろうが関係ないじゃん。逃げる前にやられるって。」
「かもね。だから保証はしないって、言ったでしょ?」
ジュチャは肩を上げる。宏子とプオラギイックは、しばらくお互いの目を見合った。
「…」
プオラギイックが頷いてみせる。宏子はそれに頷き返した。
「分かった。それでいこう。」
宏子は自分の腕端末のスイッチを押し、端末を口に近づけた。
「…あ、リチャード? 私。EIMの隊員なんだけど、全員520c91の方に。うん。うん、あ、それは良いから。うん、もう今すぐね。」
端末に頷いている宏子。プオラギイックは再び小英の前のディスプレイを見る。
「それから? 次はどうする。」
ジュチャはプオラギイックの言葉に、右眉を上げた。
「…私は単に、観察するっていうだけのつもりなんだけど。」
ズガアアアアアアアアアアアアアアアン!
高層ビルを爆破でもさせたような音が響き、地面が、確かにはっきりと揺れた。
思わず腕を顔の前にかざした小英が、顔を上げる。
「まだこっちに気づいてはいないが、迫っている。向こうの向こうの向こうの山が、砂煙をあげている状況だ。」
小英はジュチャに言う。プオラギイックが画面を見た。
「ジュチャ。観察料位払え。このままやられれば、観察する対象がそもそも消滅するぞ。」
「訳の分からない脅迫の仕方をしないでよ。」
ジュチャは息をつく。
「一応聞くけど…瞬間移動は出来ないのよね。」
「いえ、可能です。理論上はですが。」
「…誰?」
声が耳慣れないらしく、ジュチャが眉をよせる。プオラギイックのそばに、30a0を子猫か何かのように腕に抱え込んだモニクが走りこんできた。
「御紹介します。05地球部隊の統括課長、30a0さんです。」
「…」
引きつった顔で、ジュチャはプオラギイックの隣を眺めている。
「初めまして。お噂は、かねがね。」
「…」
ジュチャは小モンスターの合成音声に、引きつった顔のまま、軽く頷いた。
ジュチャが見ている画面の範囲には入っていないリジュワナが、腕を組みながら30a0に言う。
「出来るの? それなら話は速いわ。」
モニクの腕の中の30a0は羽を揺らす。
「確かに装置は一応出来ましたが、問題はまだテストをしていないという事です。何しろ出来たのがつい16地球分前でしたから。私達の基本シミュレーションでは82%の確率で何も問題が起きないというのが、現時点での予測ですが、まだ決して生命体の使用に供せるほど安全性の保障が出来ている訳ではないのです。つまり現段階では、皆さんの瞬間移動に使うには危険過ぎます。まずは事前のテストが必要です。」
「…」
リジュワナは眉を上げる。
「仮に移動をした場合、あれは気づくか。」
プオラギイックが、山の向こうの空を指差しながら聞いた。
「いいえ。系の魔法も強力化できますし、複数照律管理をしていますので…いえ、正確に言うと擬似的なもので、簡単に説明すると、傘の中で魔法を使った時に系の魔法の傘を二重にして、内側の傘のピッチを」
「簡単に言うと、気づかないんだな?」
ブズズズズ。
「…その通りです。」
プオラギイックは息をつき、30a0に頷いて見せた。
「分かった。…それだったらまず俺が、」
「私が、瞬間移動を試してみよう。」
「えっ?」
プオラギイック達は小英に顔を向けた。
「それが一番効率が良い。私がHYIに戻れるようなら、その逆も出来るだろう。という事は、必要ならここに、HYIの援軍を呼ぶ事だって出来るはずだ。」
宏子は顔をしかめ、小英に言う。
「そりゃそうだけど、まだテスト出来てないんでしょ? あんたは一応ここじゃお客なんだから、そんな実験動物みたいな事をさせる訳には」
「でも、成功率は低過ぎると言うほど低くはないじゃない。ここにじっとしてて無事だ、っていう確率が82%いってるかどうか、怪しいわよ。」
向こうの山に目を向けながらリジュワナが言う。宏子は唸った。
ディスプレイのジュチャが少し考えてから、小英の顔を見る。
「小英。あなたはそれで良いの? 本当にそれで、後悔しない?」
小英はプオラギイックの横隣にほんの一瞬目を向けてから、ジュチャの方に頷いてみせた。
「一刻も早く、こっちのテロ集団の中から逃げ出す良いチャンスだから。それに…」
−結局、このおかしな連中を自分から手助けしようとした事なんて、私は今まで一度も無かったんだ。自分は散々迷惑をかけて、しかも何度も助けてもらってきた癖に。
「え、何? 音声認識ソフトがよく聞き取れなかったみたいだけど。」
「…いや、何でもない。」
小英は笑顔でジュチャに首を振った。ジュチャもつられるように笑う。
「そう。…まあ、そういう事なら、テロ集団からの逃亡を止める事は私には出来ないわね。」
「ちょっと、ジュチャ、そんな事勝手に決めないでよ。」
「何言ってるの宏子。小英はHYIに所属している魔法少女なのよ。あなたの行動指揮権なんかは及ばないわ、元々全くの部外者なんだから。」
「な…」
宏子はジュチャの言葉に絶句する。プオラギイックが画面を見た。
「しかし…良いのか? 下手をすればサクコブに見つかるか、最悪、増幅した魔力が気律と反発して小英にダメージを」
ズガガアアアン、ズガガアアアアン、ズガアアン、ズガアアン、ズガガガアアアアアン。
時々曇り空に、稲光のように青い攻撃波が地表に降り注ぐ。先程より近くの山で岩、というか土砂が崩れ、猛烈な砂塵をあげながら谷底の方へ崩れていく。
「…」
「プオラギイック、そんなに贅沢を言っていられる状況じゃないんじゃないかしら。」
耳を立てたジュチャが肩を上げる。
「それにもうお互い分かってるでしょう。地球の魔法少女位頑固な人種は、他にいないわよ。」
「…」
プオラギイックと宏子はお互いを見合い、同時にため息をついた。
「…オーケー。じゃあ、小英、本当に良いんだね?」
「そこの目の前の山が崩れる前に逃げられれば文句は無い。」
宏子に頷く小英。
「…そう。」
腰のホルダーから宏子はイハッジャを取り出す。
「…バーン。」
イハッジャを小英に向け、銃を撃つようなジェスチャーをする宏子。小英はそのイハッジャを右手で取り上げる。
「ありがとう。…お返しは、また今度。」
「…ん。」
30a0が浮き上がり、モニクの腕を離れた。
「装置は私達の船内にあります。緊急時のスイッチは、腕端末の方で操作してください。今、操作プログラムを端末の方に送信します。トップメニューを一時的に書き換えますが、よろしいですか?」
小英は無言で30a0に頷く。
「私はあんた達の船から離れた方が良いな。瞬間移動は、そっちの角の方でやる事にしよう。」
小英はテント群の向こうを指差しながら言う。宏子が頷いた。
「じゃあ、他の人間は全員520c91に行くよ。今すぐ。」
宏子は先頭を立ち、宇宙船へ早足に歩いていく。他のメンバーもその後に続きだした。
「あ、代表、待ってください。」
「ん? 何、タマラ?」
駆け寄ってきたタマラに宏子が顔を向ける。
「蔡魔術師一人では危険です。ただでさえ魔法を使う時は無防備になるのに、瞬間移動はかなりの集中力を要するはずです。これはあくまで敵から見えなくなる、系の魔法の傘で、防御膜とは違いますから、敵が襲った時には防ぎようが無い、という点は変わっていないのです。」
「ん、あ、そっか…」
立ち止まる宏子。タマラは照射機を持った右手を上げた。
「私が護衛につきます。」
「え、…でも」
「それだったら俺が、」
「駄目です。EIMにとって魔術師は貴重ですから、代表や副代表を5分の1のリスクにさらす訳にはいきません。」
「それを言ったらあんただって、」
「ただのオペレーターです。多少の専門知識は必要ですが、少なくとも魔術師ほど貴重な存在ではありません。」
「だからって、」
タマラは緑の瞳で宏子の顔を見ながら、小さな声のスペイン語で話し出した。
「代表、ここで蔡魔術師を無事にHYI地球支部に送り返すのは、これから連合とHYIが提携していく上で欠かせない、重要な条件です。ここでの失敗は許されません。」
「…」
宏子は目の前のタマラと、向こうで反対側に歩き出している小英とを交互に見た。
「私はフェヨールさん達と共に05の開発に付き合ってきていますから、装置の操作は分かっています。僭越ですが、蔡魔術師のガードに一番適任なのはここの中では私ではないかと。」
「…はあ…」
宏子は深くため息をつく。それから彼女はタマラに改めて目を向ける。
「分かりました。…それじゃあお願い。成功を祈ってるから。」
「有難うございます。」
一礼して、タマラは小英の方へ走っていく。宏子は小英に向かい、大きめの声で呼びかけた。
「シャオイーン!」
「…」
小英がこちらに振り返る。
「…また後で、すぐ後で、会おうね。」
「…」
小英は薄く笑い、こちらに頷いた。
「…」
「…行くぞ。」
「うん。」
プオラギイックに宏子は答えた。
倉庫室のような05船のデッキ内にやってきた宏子は、壁のディスプレイを見ているモニクに声をかける。
「装置はどう?」
「今動き出した所。稼働率39%だね…。今のところ問題は起きてないよ。」
「そっか。リジュワナ、サクコブはどうしてる?」
「もう目と鼻の先。今は無人地帯の攻撃に飽きたのか、向こうの山の上空を何もしないで回遊しているわ。」
「そのままどっかへ行ってくれれば良いけど…」
呟く宏子。プオラギイックが30a0に声をかける。
「もうちょっと、ニ人の映像を拡大してくれないか。」
「はい。」
30a0のアンテナが数度光ると、壁にあるバーチャルディスプレイの映像がズームインされ、小英とタマラの様子がはっきりと映し出された。
ニ人は小英の前に表示されたバーチャルディスプレイを見て、こちら同様、装置の稼働率を知ろうとしているようだ。
「小英ちゃん、聞こえる? 何か問題はある?」
モニクが呼びかける。スピーカーから、小英の声が返ってきた。
「風が冷たい事と、ジュチャの視線がうるさい事以外は、特に何も。」
「オッケー。…稼働率が50%を越えたね。これからこっちの系魔法の傘から外して、そっちの傘を拡大させるよ。」
言いながら、モニクはパネルを操作する。ディスプレイに表示されている上面図にある大きな丸の一部が少し引っ込み、中に重なって表示されていた小さな丸が、大きな丸の外側になった。
「反応の方は…大丈夫、マスキングに問題なし。稼働率87%。」
後ろでパネルを操作していたリジュワナが、ふと指をとめる。
「生命体が動きを変えたわ。接近してきている。」
外でディスプレイを見ているタマラがそれを聞き、空を見上げる。
「確かにこちらの方向にやってきています。…が、攻撃を再開した様子はありませんね。…どうやら、移動は終わったようですね。今度は南側の山の周囲を回っているようです。」
「そのようね。」
宇宙船内の一同は壁のディスプレイの一つをじっと見続ける。外にいるニ人も、同じようにバーチャルディスプレイの情報表示に目を向けている。
「さっきより、ちょっと、近くなったね…」
呟くモニク。画面のタマラは顔を上げた。
「大丈夫でしょう。サクコブの動きは、先程と同じパターンに収束しだしています。」
「…うん。」
船の宏子が頷く。
「小英、準備は良い?」
「私はそっちの準備を待っていた側だ。」
「稼働率、100%。…こちらで検出された問題は無し。外側からは、魔力反応も一切漏れてないよ。」
モニクが宏子に報告する。
「小英。」
「…」
宏子の声に頷き、小英がイハッジャを構え、両目を閉じた。
「…」
無言の小英。間もなく小英とタマラを包む形で、オレンジ色の光の球が輝きだす。周囲に徐々に風が吹き出し、砂埃を立たせているが、それはある地点で何かの壁に当たったかのように地面に垂直に落ちている。
「外側からのモニターだと、依然MKも見た目も、何も起きてない事になってるよ。」
オレンジ色の光は更にその輝きを増し、ニ人の姿が光に隠れてよく見えなくなる。宏子はほっとしたように、息を漏らす。
ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ。
電子音に、宏子は一瞬で鳥肌が立った。
警報音が突然鳴り出している。と同時にモニクが、うめき声のような物を漏らす。思わず呼吸が止まりそうになるのを何とかこらえ、宏子は横を向いて叫んだ。
「何っ!?」
「…、稼働率が。」
メインディスプレイの脇に視線を向けるモニク。英語モードの画面に示されたゲージが、ゼロを指している。
「…え?」
モニクはふと我に帰り、自分の前のパネルを急いで叩きだした。
「急に停止しちゃったんだよ。何が悪かったんだか…今、急いで設定し直してるところ、それで何とか再起動できるように…」
「ようにじゃなくて、させなさいよっ!」
壁を叩きながら宏子が叫ぶ。
「小英、聞こえるか!? 今は危険だ、一旦魔法をとめろ!」
画面に言うプオラギイック。リジュワナが眉を潜める。
「…今からなら、このまま瞬間移動に賭けた方がまだマシだわ。」
「サクコブがこちらに気づきました、攻撃波を撃ってきます!」
リチャードが言うのとほぼ同時に、05船の中を微振動が襲った。
「…。ふう。今のが?」
一瞬よろけかけつつ、すぐ立ち直った宏子が聞く。
「はい、第一撃です、こちらの擬似MKは現在2万8000クチャシ・ユテセ、」
<そんな事より…宏子…>
「…」
リジュワナがテレパシーで呟いている。宏子は顔を上げ、リジュワナの見ている方向に目を向けた。
「…」
宏子は僅かに目を見開き、口を開けてゆっくりと呼吸をした。まばたきをしたまま、宏子はその映像を見続けている。
小英とタマラがいたはずの場所は大きく穴が開き、地面がめりこんでいる。二人の影は無い。
ブズズズズズ…。
スピーカー越しに、上空を回遊している生命体の羽音と、破擦音が微かに聞こえてくる。
「…」
画面を見続けている宏子。
「助けて、くれ…。」
スピーカーから中国語が聞こえてきた。宏子は改めて息を吸い、壁に歩み寄った。
「小英? 今から助けにいくから。どこにいるか説明出来る?」
「無駄ですよ…ニ人とも、もう……血が出過ぎてるし…足は、…腰も、見つからない…」
弱々しいスペイン語が聞こえてくる。船の隊員達は息をのむ。
「諦めないで! 場所は分…からない、ね。まあ良いや、今すぐ行くから待ってて!」
宏子は船から駆け出そうとする。
ガタン、ガタン。
船がまた揺れる。震動は先程よりもやや強い。
立ち止まり、バランスを取った宏子は30a0の方を向いた。
「攻撃です。さきほどの1.6倍の威力でした。」
「…」
画面は先程と、また地形を変えた石原を映し出している。もちろん人間はどこにも映っていない。
スピーカーからは、苦しげなうめき声と、呟くようなスペイン語、それから、小石がパラパラと落ちるような音が聞こえてきた。よく耳を傾けると、スピーカーからは微かにエウグ語の甲高い声も聞こえている。
「ああ…ここは多分、川原の近くの谷底ですね。そちらから歩いても来れる距離ですが、来る前にやられますね、多分…」
「…船で、船で行くから待ってて!」
「来ないで良いです…」
「どうして!」
「代表もジュチャ議員も、ニ人とも、ちょっと、うるさいですよ…」
「…タマラ?」
何かを操作したらしい電子音がする。直後、それまで小さいながら聞こえていたエウグ語が一切聞こえなくなった。
「おニ人の言葉は、シャットアウトしています。まあ、ニ人とも、私の話を聞いてください。…どこまでお話出来るかは、…ですが…ゴッ、フッ、ゴッ。」
途中からタマラは咳き込んだ。しかし宏子は動けず、スピーカーに集中している。
「…」
「…私は、…EIMは、心から愛していますが、それ以上に…HYIは、心から、憎んで…ゴポッ、ゴッ、ゴオオッ。」
「タマ…ラ…」
「お、お前がこれは仕組んだ !」
中国語は翻訳しきれないまま途切れ、照射機を発射した音が聞こえる。
「小英っ!」
「…向こうは聞こえてないわよ。」
冷静に言うリジュワナを宏子は睨む。
「これは…警告ですよ…HYIは、私達の敵…忘れては、いけません…初心は…代表は、思い込みが激しい…から、もし私が、しなければ、…こう、忘れてしまったでしょう。正義を。…私達の目指した。」
「そんなの正義じゃないっ! 私達は、地球の独立の為に立ち上がったのであってただHYIが憎いから潰そうとしてた訳じゃないっ!」
「…だから、向こうは聞こえてなんか」
「分かってるよっ!」
涙を飛ばしながらリジュワナに宏子が叫ぶ。
「皆さん…簡単に信用…し過ぎ…これは…メキシコでは…もし、調べれば……私が………良い…」
「…」
声が途切れる。
「良い? 何よ、良いって! 何にも良くなんかないじゃんよ!」
誰も映っていない画面に、宏子は声を枯らす。船にまた震動が起きた。
「…あ、」
画面に見入っていたプオラギイックはふと我に返り、30a0の方を見る。30a0がプオラギイックに返答する。
「そうですね。これ以上は危険です。船の出力で恐らくこちらの事は見破られるでしょうが、直撃する前に瞬間移動出来れば何とかなるでしょう。」
「ああ、…いつも危険な目にあわせてすまない。」
「好きでやっている事です。あなたもそうでしょう? プオラギイック副代表。」
30a0は頭部を何度か動かすと、デッキを向こうの船室へ飛んでいく。
宇宙船の床は、微妙な重力感の後、今までになかった微震動が起きだした。壁のディスプレイが映し出す景色は回転し、地上から空中のそれに変わっていく。それでも05の船内は充分静かで揺れも少なく、画面さえ見ていなければ、今、宇宙船が飛行を開始しだしたという事はなかなか気づきにくい。
椅子の無いデッキで、宏子は立ったまま荒い呼吸をし、首を振っている。
「何で…タマラ、何にも良くない、こんなで、良い事なんか何もないじゃない…あんたは隊員の中でも頼れる奴だったのに、何で急に、こんな事…13の子供を巻き添えに自分も死んで、一体何が良いっていうのよ…小英は、まだ何も」
<ひーこちゃん…その事なんだけど、>
宏子はモニクに顔を向ける。
<え?>
<あのね。途切れたからちゃんと翻訳されなかったけど、タマラちゃんが最後に言ってたのは、「Buenos」って単語だったよね。>
<…ああ。>
確かに原語はそう言っていた、と頷く宏子。
<で? それってスペイン語で「良い」って意味なんでしょ?>
<普通はね。でも後ろに「空気」が付くと、「ブエノスアイレス」っていう、特定の場所を示す固有名詞になるんだ。>
<…>
宏子は息をのんだ。
<メキシコ出身じゃなかったんだよ、彼女。誰かは分からないけど、多分、彼女の身近な人を亡くしたんだろうね。HYIがブエノスアイレスでやった事で。…だから彼女にとっては、HYIだけは、どんな状況でも一緒になっちゃいけない最悪の敵だった。彼等と手を結ぶという事だけは、多分、どんな犠牲を払ってでも止めなくちゃいけない事だったんだろうね。彼女にとって。>
<…そんな…>
<…私にとっての「モンスター」が、かつてそうであったのと、同じ事なのかもしれない。…いずれにしても、EIMが当初想定していた敵はサクコブというよりはHYIだったんだよね?
それを考えれば、HYIを死ぬほど憎む人が入隊するのは、特に不自然な事じゃないんじゃないかな…>
<そんな、だからって…だからって、…だからって、これは間違ってるよ。こんなの……おかしいよ…。>
両手で顔を押さえながら、宏子は首を振る。
<…>
<一人で決着をつけるって言うなら、まだ分かるけど…小英を巻き添えにするなんて。まだ、あいつは子供なのに…何にも…何にも、あいつは悪くなんかないのに、だって、小英が…まだ、モンスターと戦ってやられるとかなら分かるけど、こんな事で死ぬなんて、一体何の意味が…あいつは一体何のために、これまでの13年間を、…一杯悩んで、でもあいつなりに一生懸命頑張って、ここまで生きてきたのに、それが何で、こんな馬鹿みたく下らない事で、…>
<…>
モニクが何か念じようとして、代わりに息をつく。リジュワナに目を向けるモニク。
<…>
リジュワナは一人横を向いて、何かを考え込んでいる。
宏子は顔を上げ、モニクの方を見た。
<…あのね、モニク。小英はね、>
<やめなさい宏子。>
リジュワナが鋭いトーンで遮る。モニクはニ人を交互に見た。
<え…何?>
<…>
<宏子、今はやめなさい。…モニクもよ。>
<え、でも、ひーこちゃんが何か>
<いいから止めなさい。今は自分達の安全を案じる時でしょう。それ以外の事は口にも念にも出さないで。>
<…>
モニクは不思議そうにリジュワナを見る。悔しそうに何かに耐えている宏子は壁に向かう。
<…ひーこちゃん…?>
<…>
宏子はそのまま、壁に寄りかかる。壁を向いたまま頭を下げている宏子にプオラギイックが近づき、肩に手をかけた。
<…>
地球人だけでも十数人の乗った宇宙船は、不気味なほど静かだった。
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