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←Part A


「はあっ? 冗談じゃないわよ、私はそんな話絶対に認めないわ。」
「まあ、お前が認めなくても、既に噂は共同領域中に広まっているけどな。」
「あなた達が勝手に広めてるだけでしょ! いつものHNKの扇動部隊を使って!」
クザラル宇宙船のコクピットの席に座っているらしいジュチャは、バーチャルディスプレイに表示されているプオラギイックに毒づく。
「確かに今日の午前、モニクがモンスターに話し掛けて、その結果、攻撃を免れたのには助けられたわ。でもだからと言ってそんな無茶苦茶な話を信じられる訳が無いでしょう。」
「良い噂じゃないか。地球人のことをラル同朋だと信じているクザラル人は、未だに多数派と言っていい位に多いが、地球人が俺達の同朋だったところで、こっちに直接的なメリットは薄い。それと比べれば、考えてみろ、あの無敵のサクコブ生命体が俺達の仲間なんだぞ。もう宇宙上で怖いものなんか、どこにもいなくなる。」
「だから、冗談も休み休み言ってほしい、って言ってるのよ。」
ディスプレイを睨みつけながら、ジュチャは額をおさえた。
「大体、過去の歴史なんかどうでも良い。問題は今、彼等がしている殺戮行為じゃない。」
「そうだな。まさに今、一番重要な問題はそこだ。今は数え切れないほどの人々が毎日殺されていってる。これを何とかして止めないといけない。」
画面のプオラギイックは腕を組む。
「そのうえで、この歴史は彼等の攻撃を止める良いチャンスだ。彼等が本当に攻撃を止めるかは未知数だが、少なくとも多少の時間稼ぎは出来るだろ。」
ジュチャは息をつき、画面を見つめた。
「あなた達は…一体誰の敵で、誰の味方なの。」
「生き残りたいだけだ。その点は、お前達と差なんか無い。」
「…」
プオラギイックはこちらに身を乗り出す。
「なあ、ジュチャ。俺達は全員、利用されていたんだ。HYIが地球人を利用していたっていうだけじゃない。HYIの上層部に伝わっている伝説自体、作られたものだったんだ。俺達クザラル人は、サクコブ生命体を憎むよう、サクコブ生命体はクザラル人を憎むよう、お互いそう教育されてきた。でもお互いの本当の敵は、そんなところにいたんじゃない。本当は、」
「HYIの上層部なり、モンスターの支配層だった、って言うの? まさにあなた達反政府組織グループの好きそうな理屈よね。」
「違う、いや、確かにそうだが、それが言いたかった訳じゃない。俺が言いたいのは、俺達は全員、自分達の正義を過信し過ぎてきた、って事なんだ。それは俺やシユマや宏子もそうだし、お前やトゥンジュもそうだ。でもそうやって身内でやりあった結果、今の状況になった。もうこんな、無駄な争いはやめるべきなんだ。」
ジュチャは息をついてみせる。
「あなたが自らを悔い改めて平和主義者になったのには感動を覚えるけれど、あのモンスター達が同じようにあなたの演説に涙するとは、ちょっと信じられないわ。」
「確かに。あいつらの説得には、もう少し時間がかかるだろう。だから、今は時間稼ぎが必要なんだ。俺達とサクコブの差に比べれば、俺達の間の差はまだ小さなもんだろ?」
「あなたはそう思うかもしれないけど、私は同意出来ないわ。」
「…」
「あなたの所の代表だって、私と同意見なんじゃないの? だからあなたが、プライベートの回線でこっそり私に通信を入れてきたんでしょう?」
プオラギイックは画面の向こうでため息をついている。
「あれはまだガキだ。お前が素っ気無かったから、意地を張り返しているだけだ。でもお前は、違うだろ。観察議員の仕事はそう楽じゃない。現場と協会本部の意思はいつだって噛み合ってないし、お前の補佐役のソドゥは国評から派遣された、お前の「観察役」でもある。そんな中でここまでやってきたんだ。お前なら、良き関係性のために多少の我慢だって、出来るんじゃないのか。」
「…」
怒ったような表情で、ジュチャは何度か口を開いては閉じる。
「俺達は両方とも、地球人を守る為に頑張ってきた。組織としての目的は同じなんだ。手を組もう。正義は人によって違ったり、他人が作ったものだったりする事も多い。それでも、命の大切さ、争いの無益さは、もう俺達はよく分かっている事だろ。それなら、出来る事は一つじゃないか。」
「あなたが言っている事は…あなたの個人的な意見よ。EIMの公式見解じゃないわ。」
「宏子には、俺からよく言って聞かせる。それ以外に方法は無い、ってな。あれの間違いを正して、必要な時にあれを守ってやるのが、俺の役目だ。…まあ、今まであんまり、守ってはこれなかったが…」
「…」
プオラギイックはジュチャの視線に気づき、首を上げた。
「…いや、だから、EIM副代表としての話を俺はしているんであってな、」
「…フン。」
ジュチャは鼻息をもらした。


光の中から現れた少女に、宏子とモニクが微笑みかけてみせた。
<いらっしゃい! こっちに来るのを、昨日から待ってたんだよ。>
<…>
<まあ、いくらウチらに恨みがあるからって、すぐに破壊工作に走ったりはしないでよ。…って言っても、ここには破壊するようなもんも大して残ってないけど。>
テントの中を見回す宏子。モニクが宏子に目を向ける。
<ひーこちゃん。>
<…ごめんごめん。そんな怖い顔しないでよ。あんたみたいに普段薄ら笑いしている奴が素の顔になると、それだけでおしっこちびっちゃう位に怖いからねえ。>
<何だか凄く失礼なうえに下品なコメントだね…あ、ごめんね小英ちゃん、こんなのが代表やってて。>
顎で左横を示しながら、モニクは小英に念じた。

<まあ……取り敢えず…よろしく。>
何度かまばたきしながら、視線を合わせずに小英が念じる。
<よろしく。>
頷くモニク。隣の宏子は小英に手を差し出す。
<小英。一応そのイハッジャは、預からせてもらうよ。>
<ひーこちゃん、>
<いや、確かに宏子の言う通りだ。宏子が来たときも、一応丸腰だったから。>
小英は頷き、腰のホルダーに付けていたイハッジャを外し、宏子に手渡す。
<どうも。>
<腕端末も必要か?>
小英は右手首を上げてみせる。宏子は首をすくめた。
<まあ…良いでしょ、それ位。本気でどうこうする気なら、あっても無くても関係無いだろうし。>
<…>
軽く頷き、小英は腕を引っ込める。小英は軽く、周囲を見回した。
<そんな警戒しないで。あんたの怖さはこの辺りの人間は全員知ってるから、ちょっと肩がぶつかった位でも皆床にひれ伏しだすしね。>
<そうか。それは光栄だな。>
<あー、ひーこちゃん、まずは小英ちゃんに、ここの案内をしてあげた方が良いんじゃないかな。>
<うん、任せたよ。>
宏子は頷いた。
<…はい?>
<だから、任せる、って。あんただってここのトイレがどこにあってここのマンガ喫茶がどこにあるか位、知ってるでしょ?>
人差し指で左右を指しながら、宏子が念じる。
<…念のため言っておくけど、そっちの方向にあるのは私の個室だと思うよ、無料のマンガ喫茶とかじゃなくてね。>
<あれ、そうだったの?>
<はあ…>
ため息をつくモニク。小英はいつも通りの冷たい顔で、ニ人の様子をじっと見上げている。
<ま、そういう訳で代表さんは色々と忙しいから。子守りよろしくう。>
<ちょ、ちょっとひーこちゃん!?>
右手を上げながら、宏子は入り口のカーテンをくぐり、テントを出て行った。
<はあ…>
<…>
<あ、はは…>
小英と目が合い、頭をかいてみせるモニク。
服だけは多少薄汚れているが、白磁のような綺麗な肌の小英が、切れ長の目を無表情にモニクに向けている。
<それじゃあ、案内してもらえるか。>
<あ…あ、うん…>


テントの並んでいる砂っぽい荒地を、モニクと小英は歩いている。
<で、あっちはHNKの宇宙船だね。シユマちゃんとか、マブルさんっていうお医者さんに用事がある時とかはあっち。>
<マブルなら知ってる。…でも、今の私は余り用は無さそうだな。>
<そう? でも万が一怪我をした時とかは、そっちへ行かないと。私達は普段、地球人でいるつもりでも、体は元々クザラル人なんだから、>
<それで治療や手術が必要だという時なら、HYIに戻る。こっちにそこまでの迷惑をかけようとは思わない。>
<まあ、そう言われたら…それまでなんだけど。>
モニクはぎこちない様子で念じた。
<…>
<…>
まるで駐車場のように砂利がちな場所に、宇宙船がかたまって着地している。二人はその間を縫うようにして歩いていく。
モニクは笑顔を作ってみせた。
<…それにしても、昨日は驚いたよ。私達、皆ね。ここだけの話、色々しつこく言ってはいたけど、まさかジュチャちゃんがそう簡単にこっちに協力してくれる事になるとは、思っていなかったから…>
<まだそんな事は、全く決まっていない。それはこれから慎重に検討する事だ。ただ私は…ここの様子を、しばらく観察に来た。今はまだ、それだけだ。>
<そ、そうなんだ。…って言っても、小英ちゃんはもう、こっちの事は充分良く分かってるんじゃないかな? 別に何も、変わってはいないと思うよ?>
<そうか。…少しは変わっていてもらわないと、こっちとしては困るな…。>
<あ、あはは…>
愛想笑いを返すモニク。
<あ、あのさ…>
モニクが念じだすのとほぼ同時に、小英が念じかけた。
<あの…>
<あ、うん。何?>
<あ、いや…そっちから。>
<あ…>
モニクは頷く。
<あの…今更だけど、小英ちゃんは、何でそっちに行ったの…? つくづく私が聞く事じゃないとは思うけど…私の場合、急に動き出したひーこちゃん達についていけなくて、取り残されちゃって…それで気づいたら、洗脳されて、ずっと居続けさせられたようなもんだったんだけど…小英ちゃんの場合、一旦こっちに来てから、わざわざHYIに行ったでしょ? 何でそんな事になっちゃったのかって、正直凄く不思議なんだけど。>
小英は息をつく。
<それは、自分の方が正しいと信じきっているから言える言い方だな。私はEIMが間違っていて、HYIの方が正しいと感じたから、HYIに行っただけだ。>
<そう…なのかな。私ははっきり言って、そんな風に考えて動けた訳じゃなかったけど…小英ちゃんは、本当に自分の判断でHYIに行ったの?>
<…>
<あの…正直ね。何日かだけだったけど、HYIで私達、一緒だったよね。あの時…お世辞にも小英ちゃん、ジュチャちゃん達を信じているようには見えなかった。ジュチャちゃん達って言うか、私達、だったね。…だから、HYIを信じていた当時の私は、そういう意味で小英ちゃんの事が心配だったし、ある意味不満でもあったんだよ。だから尚更…どうしてなんだろうな、って。>
<それは全部モニクの思い込みだな。…多分、当時のモニク自身の気の迷いを私に投影していただけなんじゃないのか。>
<うーん…そう、なのかな…?>
<…>
小英はモニクを見上げた。モニクは大きな瞳で、こちらの心のうちを読み取るかのように見つめている。小英は思わず顔をそらした。
<…少なくとも、自分の判断でHYIに行ったのは事実だ。>
<…そうなんだ…>
<何度かHYIの職員に、洗脳らしい系の魔法を受けた事もある。ジュチャに、そういった事が無いよう頼んだし、気づいた時は可能な限りこっちも防御はしたが。…それでも今は、多少は洗脳の影響が、出て来ているかもしれない。そこまで保証は出来ないな。>
小英はほんの少し笑いながら、自分の頭を指差してみせた。
冷たい風が吹く。長く綺麗な小英の黒髪が、踊るようにその風に乗る。小英は左手で髪をかきあげた。
<でも……本当は、そんな事は別に、どうでも良かったのかも…しれない…>
<え? どうでも良かったって…何が?>
<正しいとか、正しくないとか。そんな事は、本当は…>
<…>
震えるように息をつきながら、小英は首を振る。
<…皆、勘違いし過ぎなんだ。私はまだ子供だ。確かに勉強は頑張ってきたし、武漢の同級生に比べれば、自分が大人びているのは分かっていた。でも、それでも私は、まだ子供なんだ。13歳の中学生に、何が正しいとか、何が正しくないとか、そんな判断は出来ない。私は…そんな事は、判断出来ないんだ。>
<だって…でも、HYIに行ったのは、小英ちゃんが、自分から…>
<言い訳なんだ。全部。本当は…>
<…>
テントの前に立っている小英は、モニクの足元辺りの地面を見続けている。
<本当は…?>
小英は顔を上げた。
<モニク。…聞きたい事があるんだ。何で…モニクはHYIに行った? そして何でその後、HYIを出て行ったんだ?>
<…>
<私がここに来たのは、モニクにその事を聞きたかったからだ。>
<小英ちゃん…>
モニクは、長い髪を風に揺らしている小英を見つめ、呟くように念じた。


<…それで、私はサクコブ生命体を必要以上に憎むようになっていた。そんな私にとって、ひーこちゃん達のしている事はサクコブの味方をする行為に見えて仕方がなかったんだ。どうしても、ジュチャちゃん達を、疑いきる事が出来なかった。>
岩肌の斜面を下りた川原で、モニクは岩の一つに腰掛けながら念じた。
<ね、言ったでしょ。もう小英ちゃんには全部、前に話した事だよ。>
<そうだな。それじゃあ、HYIから消えた理由を教えて欲しい。シユマに洗脳されたのか?>
<あはは…さあ、どうかな。少なくともジュチャちゃんは、一時的にやられたみたいだけどね。>
モニクは笑った。小英は不機嫌そうにモニクの顔を見る。
<ああ、ごめんね。そうだな…私は特に、洗脳とかは受けていないと思うよ。まあ、絶対にどうかって言われたら分からないけど。でもいくら何でも、ひーこちゃんはそんな事、許せる性格じゃないと思うしね。>
<…信頼しているんだな、宏子を。>
川の濁った流れを見ながら、ぽつりと小英が念じる。
<うん…ひーこちゃんは、まあ、間違いは確かに多いかもだし、偏差値はお世辞にも高いとは言えないし、すぐ逃げたり、独断で動く事も多いから、頼れるかって言われると、ちょっと困っちゃうけど、>
モニクは肩を上げる。
<少なくとも、嘘はつかないと思うんだ。つかないっていうか、つくけど下手なんだよね。だからその意味では、確かに信頼出来るリーダーさん、なのかもしれないね。>
<…良い魔法少女なんだな。>
<さあ、それはどうかなあ。本人は魔法少女って呼ばれるのは未だに嫌みたいだし。…私ね、シユマちゃんに誘われて、こっちに来てから、まず、ひーこちゃんに会おうとしたんだ。でもその時はひーこちゃんはEIM本部にはいなくて、病気で動けなくなったアリーザちゃんの看病をしていたの。二人だけで、アジアのある街でね。それで、私もそこまで行ったんだけど…その時のひーこちゃんは、凄く疲れきってて、弱々しくて…何だか、アリーザちゃんよりもひーこちゃんの方が、よっぽど弱っているように見えたな。それで…何だか放っておけなくて。それで気づいたら、こっちにいた。正直、HYIから抜けたっていうより…また、帰るタイミングを失っただけなのかもしれないね。>
<そうか…>
<これで…何か、小英ちゃんの答えになったかな。つまんない答えだと思うけど…>
<いや、もう一つだけ聞かせて欲しい。>
小英は顔を上げ、モニクの目を見る。
<それじゃあ…私は、モニクにとって、放って置けない存在じゃなかったのか?>
<…小英、ちゃん?>


暗がりの中。寝袋にくるまった小英は、ヘッドホンから流れる音楽に耳を傾け、両目を閉じている。
そこはテントの中だ。出入り口の向こうから、月明かりか、何かの照明か、光がうっすらと漏れて、テント内に微かな視界を与えている。
「…」
さっきから何か、違和感がある。小英はふと目をあけ、寝袋のチャックを少し開き、自分の右腕を出してヘッドホンをずらした。
ピピピ、ピピピ…。
電子音だ。小英はウォークマンのスイッチを止め、腕端末からディスプレイを表示させる。
「…」
上半身だけ起き上がり、小英はバーチャルタッチパネルに手を触れた。
「何だ。」
中国語で画面に答える小英。
「あー、ごめん。もう寝てたんだ。」
宏子の顔がバーチャルディスプレイに表示される。小英同様、既にテントの個室に戻っているようだ。
「…大分しつこく通信を入れていたように思えるのは気のせいか?」
「あ、あはは…多分、気のせいだよ、うん。そんな事は私しないから。」
「…確かに下手だな…」
「ん? 何が?」
宏子がこちらの言葉に聞き返してくる。小英は首を振った。
「いや、こっちの話だ。…それで、何か用なのか?」
「あ、うん。用ってほどの事じゃないんだけど…今日は、どうだったかな、って思って。」
「どうだった? それこそ何が?」
「うん、だから…今日、ここを見て、どう感じたかな、みたいなさ。」
小英は髪に手をやりながら答える。
「別に、何も変わっていないな。宏子も、リジュワナも、プオラギイックも。」
「うん。モニクは、どうだった?」
「…」
「今日、一杯喋ってたでしょ?」
「…そうだな。」
言葉を探しながら、小英はゆっくりと頷く。
「確かに、色々と話はした。…もしかしたら、それで少し、彼女に嫌な思いをさせてしまったかもしれない。悪気は無かったんだが…」
「ん? 何、あんたら何か、喧嘩でもしたの?」
「そこまではいかない。ただ、少し感情的な事を言っただけだ。」
「ふーん…」
画面の宏子は頷く。
「あんたって、クールに見えて結構感情的なとこあるよね。」
「普段感情的なつもりは無い。…ただ、魔法少女に関する事になると、もしかしたら感情的になる部分があるのかもしれない。この一年半、色んな事があり過ぎた…」
「まあ…あんたも、結構色々大変だっただろうしね。」
「別に同情してほしいとは言っていない。」
「そうかもしれないけどさ。…でも、あんたも同情されるべきなんだよ。そういうのは何も悪い事じゃない。特にあんたの年齢だったら、そういうのは凄く、大事な事だと思う。」
「…」
「しばらく、こっちにいなよ。もちろん強制は出来ないけど、その間、ゆっくりモニクと話をしてさ。それであんたがどうするか、改めて決めなよ。」
小英は眉を上げる。
「…少なくとも、数日こっちにいるというのは、そのつもりだが…何で、モニクと話すんだ? 宏子は子供のお守りが嫌いだからか?」
「まあ、それもあるけど…」
画面の宏子は笑っている。
「…」
「あんたが気になってるのは、モニクなんでしょ。…悪いけど、ジュチャに聞いたよ。あんたがHYIに行った理由。一人だけHYIにいるモニクの事が気になって、放って置けないと思ったから、彼女の所にいったんでしょ。」
「…」
小英は表情を変えず、じっと画面を見ている。
「まあ、それからしばらくして今度はモニクが出て行っちゃった訳だけど。その時のあんたの落ち込みようは凄かったって、ジュチャは言ってたよ。その時っていうか、その後のあんたは、随分投げやりになってたらしいじゃん。」
「…」
宏子は微笑んだ。
「前から何となくは知ってたけど…好きなんでしょ、モニクの事が。…あ、うん、もちろん、変な意味じゃなくて、だよ。それだったら…しばらくはさ、あれの面倒見てやってよ。それで、このまま一緒にいたいと思えばいれば良いし、やっぱり戻ろうと思えば、そうすれば良いし。あ、でも、モニクをまたHYIに戻そうとか、勧誘とかするのは勘弁してよ。一応こっちだって人手不足なんだから。」
「…」
小英はうつむく。
「…何?」
「…」
「…あ、小英、笑ってる。」
「…」
小英は息をつき、顔を引き締めた。
「…全く。宏子はいつから他人のプライバシーを、…いや、この場合問題なのはジュチャだな…」
「うん、確かに。あいつも、ちょっと聞いただけであんなにぺらぺらと喋っちゃあいかんよ、うん。」
宏子は何度も頷いている。
「そうだな。…帰ったら、その点ははっきり問いただしておいた方が良いな。」
宏子は目を見広げた。
「え、何、もう帰っちゃうの?」
一瞬驚いたような表情になった小英は、鼻息をついて画面を見る。
「…まさか、宏子は私の事が好きだ、とか言いだすんじゃないだろうな?」
「…」
「…ふふ。」
「…ふ、ふふふ。あははは。」
画面のこちら側と向こう側で、小英と宏子は声を上げて笑いあった。


モニクは目を丸くして、強いトーンで念じた。
<え、もう帰っちゃうの?>
<何で? ほんと、もっとこっちにいなよ。>
同調する宏子。彼女達はテントの外で立ちながら会話をしている。今朝も肌寒い風が、斜面の石を転がしている。
小英は軽く笑いながら、二人に首を振った。
<あんまりこっちに居続けたら、モニクの二の舞になるかもしれない。そんな事になったら、残されたジュチャが寂しがる。>
<…>
宏子とモニクは目を見合わせる。
ニ人とプオラギイックの間に立っているリジュワナが、肩を上げて頷いた。
<そう。それで、こっちの視察はどうだった? あなたの感想を聞きたいわ。>
<…>
小英は少しの間モニクの方を見てから、リジュワナに頷いてみせた。
<有意義だった。こっちの事情は…今の具体的な戦力や、魔力が分かった訳じゃないが、考えている事や、信じている事は、それなりに知る事が出来たと思う。>
<うーん…でも小英ちゃんは、こっちの事情…少なくとも、考えてる事に関しては、別に前から知ってたんじゃないの?>
<うん。…それに関しては確かにそうだが、それに対する、私の考えを…もう一度、考えたんだ。>
<はあ…>
小英の答えに、よく分かっていない様子で頷きかけるモニク。
<…いや、今までは、一度だって、それに対して自分で考えてなんて、いなかったんだろう。子供は、物事を深く考えられない。特に、子供だっていう自覚の無い、周囲からも子供と思われていないようなタイプの子供は、一番手に負えないんだ。>
<…>
<気にしないで良い。全部独り言だ。>
怪訝そうなモニクに、小英は手を振った。小英は宏子に顔を向ける。
<私にはHYI魔術顧問としての責任がある。いつまでもこっちにいる訳にはいかない。>
<そう…でも、残念だな、しつこいかもしれないけど、もうちょっと位、いてくれても…>
<誰も、もう二度とここに来ない、なんて言ってる訳じゃない。>
瞼を軽く閉じて、小英が念じる。
<ただ、視察役の仕事はしておかないといけないだろう。私が帰るといったのは、ジュチャやソドゥに、ここの状況を伝えるためだ。…あそこの意思決定をしているのは彼等なんだから、彼等にそれを伝えなければ、共闘の話は一切進まないぞ。>
宏子は瞬きをする。
<それって…じゃあ、その後は、またこっちに戻ってこれるの?>
<…まあ、万が一仮に、本当に同盟を組むような事になれば、その時は…誰かこっちに、連絡役も必要になるだろうし…>
小英は視線を泳がせながら答える。
<…>
宏子達は目を見合わせ、微笑みあった。
「すいません、増幅装置のウォームアップの方が完了しました。」
タマラが彼等に近づき、声をかける。プオラギイックは頷いた。
「よし。」<じゃあ、お前も良い関係性をな。>
<うん。…ああ、出来れば、事前に向こうに連絡を入れておきたいんだが…>
小英は念じながら、自分で眉をひそめる。
<…って、それは無理があるな。まあ、急に帰ってジュチャの驚いた顔を見るのも悪くないか。>
<それでも良いけど…別に映像通信くらい、ここでやっても良いよ…ね?>
宏子はプオラギイックとリジュワナを見回す。ニ人はお互いを見合ってから、宏子に肩を上げてみせた。
<じゃあ、万が一、変な事を口走った時は、即刻丸坊主になってもらう、って事で。>
宏子は小英に笑いかけた。

<…>
細い目で見上げながら、小英は薄く笑う。彼女は自分の腕端末のスイッチを押し、ディスプレイを表示させた。
ピ、ピピッ、ピッ、ピッ…。
しばらくの操作の後、空中に表示されている半透明のディスプレイに、見知ったクザラル人の顔が現れる。
「小英じゃない。どうしたの、何か問題が起きた?」
深刻そうな向こうの表情に、小英は眉を上げて呟いた。
「結局驚かす事にはなったな…いや、ジュチャ、別に問題という事じゃない。ただ、これからそっちに戻るから、一応連絡だけしておこうと…」
「…ええっ!」
日本語…というほど言葉にはなっていない大声の叫びに、小英は一瞬びくっ、としてから宏子の方を睨みつけた。
<悪いが、今ちょっと電話中なんだ。すぐ終わるから静かに…>
「それで、何体?」
「1体です。この辺りは本来無人地帯ですから、彼等も重視していないんでしょうが…」
宏子の質問にタマラが答える。翻訳音声を聞いた小英は表情を変えた。


<…宏子、>
EIMやHNKの隊員達は一斉に各自のテントや宇宙船の中へ走っていったり、逆に出てきたりして、周囲は騒然とした雰囲気になっている。
小英の念に気づき、宏子は彼女の方に視線を落とし、眉を寄せてみせた。
<あ…ごめん、今、取り込んでて。別にここが見つかった訳じゃないと思うんだけど、すぐ近くまで生命体が…>
<分かってる。当然、瞬間移動は妨害されていて、出来ないんだな?>
頷く小英に、宏子は肩を上げる。
小英はふと目を上げ、宏子の背後の方を凝視した。
<…>
<…何?>
<宏子、見えるぞ。>
<え、>
宏子が振り返る。遠くの灰色の山並みの向こうから、それこそ虫のような小さな黒い点が、僅かずつ、そのサイズを大きくしているのが見えていた。
プオラギイックが周囲の隊員に声をかける。
「皆、ここは危ない。ひとまず520c91の中に入ろう。」
「入るのは良いけど、そっちはここに比べて安全と言えるのかしら。」
プオラギイックの言葉にリジュワナが疑問をさしはさむ。彼等はお互いの顔を見合わせる。
モニクはふと口を広げ、宏子の方を見た。
「あ、ひーこちゃん、さっき05の生命体さんから聞いたんだけど、理論上、サクコブの攻撃をかわせるだけの出力を持つ魔力増幅装置の試験体が出来たらしいよ。まだ実験段階だから、使えるかどうかは分からないけど…」
「あー、取りあえず聞いてみよっか。しかしこういう時に限ってHNKの連中は、全員向こうの本部に引っ込んじゃってるし…」
「全くいつもながらどうしようも無い連中ね。まあ、私に言わせるなら、まずは全員そのナントカっていう小モンスターの船に避難させるべきだわ。」
どこからかエウグ語が聞こえてくる。彼等は小英の胸元に目を向けた。
小英は自分の前のバーチャルディスプレイに気づき、口を開いた。
「…ああ、消すのを忘れていた。ジュチャ、また後でかけ直すから…」
「別につけっぱなしで良いじゃない。敵襲なんでしょう? 私もあなた方がどんな戦闘法を取るのか、視察してみたいと思うし。」
画面のジュチャが、明らかに楽しそうに腕を組む。
プオラギイックが小英のそばにより、画面のジュチャを見た。
「いや、俺はむしろお前ならこういった時にどうするかを知りたい。05船に入った方が良いんだな?」
「何も、保証はしないわよ。あなた達途中、テレパシーを使ってたから、詳しい状況は全然分からないし。でも私だったら、外よりはまだ宇宙船の中の方がマシだと思うだけよ。少なくともその方が多少は逃げやすいんじゃない? いざ見つかった時とかはね。」
半透明のジュチャの画面を裏側から見ている宏子が首を振る。
「でももし見つかったら、中だろうが外だろうが関係ないじゃん。逃げる前にやられるって。」
「かもね。だから保証はしないって、言ったでしょ?」
ジュチャは肩を上げる。宏子とプオラギイックは、しばらくお互いの目を見合った。
「…」
プオラギイックが頷いてみせる。宏子はそれに頷き返した。
「分かった。それでいこう。」
宏子は自分の腕端末のスイッチを押し、端末を口に近づけた。
「…あ、リチャード? 私。EIMの隊員なんだけど、全員520c91の方に。うん。うん、あ、それは良いから。うん、もう今すぐね。」
端末に頷いている宏子。プオラギイックは再び小英の前のディスプレイを見る。
「それから? 次はどうする。」
ジュチャはプオラギイックの言葉に、右眉を上げた。
「…私は単に、観察するっていうだけのつもりなんだけど。」
ズガアアアアアアアアアアアアアアアン!
高層ビルを爆破でもさせたような音が響き、地面が、確かにはっきりと揺れた。
思わず腕を顔の前にかざした小英が、顔を上げる。
「まだこっちに気づいてはいないが、迫っている。向こうの向こうの向こうの山が、砂煙をあげている状況だ。」
小英はジュチャに言う。プオラギイックが画面を見た。
「ジュチャ。観察料位払え。このままやられれば、観察する対象がそもそも消滅するぞ。」
「訳の分からない脅迫の仕方をしないでよ。」
ジュチャは息をつく。
「一応聞くけど…瞬間移動は出来ないのよね。」
「いえ、可能です。理論上はですが。」
「…誰?」
声が耳慣れないらしく、ジュチャが眉をよせる。プオラギイックのそばに、30a0を子猫か何かのように腕に抱え込んだモニクが走りこんできた。
「御紹介します。05地球部隊の統括課長、30a0さんです。」
「…」
引きつった顔で、ジュチャはプオラギイックの隣を眺めている。
「初めまして。お噂は、かねがね。」
「…」
ジュチャは小モンスターの合成音声に、引きつった顔のまま、軽く頷いた。
ジュチャが見ている画面の範囲には入っていないリジュワナが、腕を組みながら30a0に言う。
「出来るの? それなら話は速いわ。」
モニクの腕の中の30a0は羽を揺らす。
「確かに装置は一応出来ましたが、問題はまだテストをしていないという事です。何しろ出来たのがつい16地球分前でしたから。私達の基本シミュレーションでは82%の確率で何も問題が起きないというのが、現時点での予測ですが、まだ決して生命体の使用に供せるほど安全性の保障が出来ている訳ではないのです。つまり現段階では、皆さんの瞬間移動に使うには危険過ぎます。まずは事前のテストが必要です。」
「…」
リジュワナは眉を上げる。
「仮に移動をした場合、あれは気づくか。」
プオラギイックが、山の向こうの空を指差しながら聞いた。
「いいえ。系の魔法も強力化できますし、複数照律管理をしていますので…いえ、正確に言うと擬似的なもので、簡単に説明すると、傘の中で魔法を使った時に系の魔法の傘を二重にして、内側の傘のピッチを」
「簡単に言うと、気づかないんだな?」
ブズズズズ。
「…その通りです。」
プオラギイックは息をつき、30a0に頷いて見せた。
「分かった。…それだったらまず俺が、」
「私が、瞬間移動を試してみよう。」
「えっ?」
プオラギイック達は小英に顔を向けた。
「それが一番効率が良い。私がHYIに戻れるようなら、その逆も出来るだろう。という事は、必要ならここに、HYIの援軍を呼ぶ事だって出来るはずだ。」
宏子は顔をしかめ、小英に言う。
「そりゃそうだけど、まだテスト出来てないんでしょ? あんたは一応ここじゃお客なんだから、そんな実験動物みたいな事をさせる訳には」
「でも、成功率は低過ぎると言うほど低くはないじゃない。ここにじっとしてて無事だ、っていう確率が82%いってるかどうか、怪しいわよ。」
向こうの山に目を向けながらリジュワナが言う。宏子は唸った。
ディスプレイのジュチャが少し考えてから、小英の顔を見る。
「小英。あなたはそれで良いの? 本当にそれで、後悔しない?」
小英はプオラギイックの横隣にほんの一瞬目を向けてから、ジュチャの方に頷いてみせた。
「一刻も早く、こっちのテロ集団の中から逃げ出す良いチャンスだから。それに…」
−結局、このおかしな連中を自分から手助けしようとした事なんて、私は今まで一度も無かったんだ。自分は散々迷惑をかけて、しかも何度も助けてもらってきた癖に。
「え、何? 音声認識ソフトがよく聞き取れなかったみたいだけど。」
「…いや、何でもない。」
小英は笑顔でジュチャに首を振った。ジュチャもつられるように笑う。
「そう。…まあ、そういう事なら、テロ集団からの逃亡を止める事は私には出来ないわね。」
「ちょっと、ジュチャ、そんな事勝手に決めないでよ。」
「何言ってるの宏子。小英はHYIに所属している魔法少女なのよ。あなたの行動指揮権なんかは及ばないわ、元々全くの部外者なんだから。」
「な…」
宏子はジュチャの言葉に絶句する。プオラギイックが画面を見た。
「しかし…良いのか? 下手をすればサクコブに見つかるか、最悪、増幅した魔力が気律と反発して小英にダメージを」
ズガガアアアン、ズガガアアアアン、ズガアアン、ズガアアン、ズガガガアアアアアン。
時々曇り空に、稲光のように青い攻撃波が地表に降り注ぐ。先程より近くの山で岩、というか土砂が崩れ、猛烈な砂塵をあげながら谷底の方へ崩れていく。
「…」
「プオラギイック、そんなに贅沢を言っていられる状況じゃないんじゃないかしら。」
耳を立てたジュチャが肩を上げる。
「それにもうお互い分かってるでしょう。地球の魔法少女位頑固な人種は、他にいないわよ。」
「…」
プオラギイックと宏子はお互いを見合い、同時にため息をついた。

「…オーケー。じゃあ、小英、本当に良いんだね?」
「そこの目の前の山が崩れる前に逃げられれば文句は無い。」
宏子に頷く小英。
「…そう。」
腰のホルダーから宏子はイハッジャを取り出す。
「…バーン。」
イハッジャを小英に向け、銃を撃つようなジェスチャーをする宏子。小英はそのイハッジャを右手で取り上げる。
「ありがとう。…お返しは、また今度。」
「…ん。」
30a0が浮き上がり、モニクの腕を離れた。
「装置は私達の船内にあります。緊急時のスイッチは、腕端末の方で操作してください。今、操作プログラムを端末の方に送信します。トップメニューを一時的に書き換えますが、よろしいですか?」
小英は無言で30a0に頷く。
「私はあんた達の船から離れた方が良いな。瞬間移動は、そっちの角の方でやる事にしよう。」
小英はテント群の向こうを指差しながら言う。宏子が頷いた。
「じゃあ、他の人間は全員520c91に行くよ。今すぐ。」
宏子は先頭を立ち、宇宙船へ早足に歩いていく。他のメンバーもその後に続きだした。
「あ、代表、待ってください。」
「ん? 何、タマラ?」
駆け寄ってきたタマラに宏子が顔を向ける。
「蔡魔術師一人では危険です。ただでさえ魔法を使う時は無防備になるのに、瞬間移動はかなりの集中力を要するはずです。これはあくまで敵から見えなくなる、系の魔法の傘で、防御膜とは違いますから、敵が襲った時には防ぎようが無い、という点は変わっていないのです。」
「ん、あ、そっか…」
立ち止まる宏子。タマラは照射機を持った右手を上げた。
「私が護衛につきます。」
「え、…でも」
「それだったら俺が、」
「駄目です。EIMにとって魔術師は貴重ですから、代表や副代表を5分の1のリスクにさらす訳にはいきません。」
「それを言ったらあんただって、」
「ただのオペレーターです。多少の専門知識は必要ですが、少なくとも魔術師ほど貴重な存在ではありません。」
「だからって、」
タマラは緑の瞳で宏子の顔を見ながら、小さな声のスペイン語で話し出した。
「代表、ここで蔡魔術師を無事にHYI地球支部に送り返すのは、これから連合とHYIが提携していく上で欠かせない、重要な条件です。ここでの失敗は許されません。」
「…」
宏子は目の前のタマラと、向こうで反対側に歩き出している小英とを交互に見た。
「私はフェヨールさん達と共に05の開発に付き合ってきていますから、装置の操作は分かっています。僭越ですが、蔡魔術師のガードに一番適任なのはここの中では私ではないかと。」
「…はあ…」
宏子は深くため息をつく。それから彼女はタマラに改めて目を向ける。
「分かりました。…それじゃあお願い。成功を祈ってるから。」
「有難うございます。」
一礼して、タマラは小英の方へ走っていく。宏子は小英に向かい、大きめの声で呼びかけた。
「シャオイーン!」
「…」
小英がこちらに振り返る。
「…また後で、すぐ後で、会おうね。」
「…」
小英は薄く笑い、こちらに頷いた。
「…」
「…行くぞ。」
「うん。」
プオラギイックに宏子は答えた。


倉庫室のような05船のデッキ内にやってきた宏子は、壁のディスプレイを見ているモニクに声をかける。
「装置はどう?」
「今動き出した所。稼働率39%だね…。今のところ問題は起きてないよ。」
「そっか。リジュワナ、サクコブはどうしてる?」
「もう目と鼻の先。今は無人地帯の攻撃に飽きたのか、向こうの山の上空を何もしないで回遊しているわ。」
「そのままどっかへ行ってくれれば良いけど…」
呟く宏子。プオラギイックが30a0に声をかける。
「もうちょっと、ニ人の映像を拡大してくれないか。」
「はい。」
30a0のアンテナが数度光ると、壁にあるバーチャルディスプレイの映像がズームインされ、小英とタマラの様子がはっきりと映し出された。
ニ人は小英の前に表示されたバーチャルディスプレイを見て、こちら同様、装置の稼働率を知ろうとしているようだ。
「小英ちゃん、聞こえる? 何か問題はある?」
モニクが呼びかける。スピーカーから、小英の声が返ってきた。
「風が冷たい事と、ジュチャの視線がうるさい事以外は、特に何も。」
「オッケー。…稼働率が50%を越えたね。これからこっちの系魔法の傘から外して、そっちの傘を拡大させるよ。」
言いながら、モニクはパネルを操作する。ディスプレイに表示されている上面図にある大きな丸の一部が少し引っ込み、中に重なって表示されていた小さな丸が、大きな丸の外側になった。
「反応の方は…大丈夫、マスキングに問題なし。稼働率87%。」
後ろでパネルを操作していたリジュワナが、ふと指をとめる。
「生命体が動きを変えたわ。接近してきている。」
外でディスプレイを見ているタマラがそれを聞き、空を見上げる。
「確かにこちらの方向にやってきています。…が、攻撃を再開した様子はありませんね。…どうやら、移動は終わったようですね。今度は南側の山の周囲を回っているようです。」
「そのようね。」
宇宙船内の一同は壁のディスプレイの一つをじっと見続ける。外にいるニ人も、同じようにバーチャルディスプレイの情報表示に目を向けている。
「さっきより、ちょっと、近くなったね…」
呟くモニク。画面のタマラは顔を上げた。
「大丈夫でしょう。サクコブの動きは、先程と同じパターンに収束しだしています。」
「…うん。」
船の宏子が頷く。
「小英、準備は良い?」
「私はそっちの準備を待っていた側だ。」
「稼働率、100%。…こちらで検出された問題は無し。外側からは、魔力反応も一切漏れてないよ。」
モニクが宏子に報告する。
「小英。」
「…」
宏子の声に頷き、小英がイハッジャを構え、両目を閉じた。
「…」
無言の小英。間もなく小英とタマラを包む形で、オレンジ色の光の球が輝きだす。周囲に徐々に風が吹き出し、砂埃を立たせているが、それはある地点で何かの壁に当たったかのように地面に垂直に落ちている。
「外側からのモニターだと、依然MKも見た目も、何も起きてない事になってるよ。」
オレンジ色の光は更にその輝きを増し、ニ人の姿が光に隠れてよく見えなくなる。宏子はほっとしたように、息を漏らす。


ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ。
電子音に、宏子は一瞬で鳥肌が立った。
警報音が突然鳴り出している。と同時にモニクが、うめき声のような物を漏らす。思わず呼吸が止まりそうになるのを何とかこらえ、宏子は横を向いて叫んだ。
「何っ!?」
「…、稼働率が。」
メインディスプレイの脇に視線を向けるモニク。英語モードの画面に示されたゲージが、ゼロを指している。
「…え?」
モニクはふと我に帰り、自分の前のパネルを急いで叩きだした。
「急に停止しちゃったんだよ。何が悪かったんだか…今、急いで設定し直してるところ、それで何とか再起動できるように…」
「ようにじゃなくて、させなさいよっ!」
壁を叩きながら宏子が叫ぶ。
「小英、聞こえるか!? 今は危険だ、一旦魔法をとめろ!」
画面に言うプオラギイック。リジュワナが眉を潜める。
「…今からなら、このまま瞬間移動に賭けた方がまだマシだわ。」
「サクコブがこちらに気づきました、攻撃波を撃ってきます!」
リチャードが言うのとほぼ同時に、05船の中を微振動が襲った。
「…。ふう。今のが?」
一瞬よろけかけつつ、すぐ立ち直った宏子が聞く。
「はい、第一撃です、こちらの擬似MKは現在2万8000クチャシ・ユテセ、」
<そんな事より…宏子…>
「…」
リジュワナがテレパシーで呟いている。宏子は顔を上げ、リジュワナの見ている方向に目を向けた。
「…」
宏子は僅かに目を見開き、口を開けてゆっくりと呼吸をした。まばたきをしたまま、宏子はその映像を見続けている。

小英とタマラがいたはずの場所は大きく穴が開き、地面がめりこんでいる。二人の影は無い。
ブズズズズズ…。
スピーカー越しに、上空を回遊している生命体の羽音と、破擦音が微かに聞こえてくる。
「…」
画面を見続けている宏子。
「助けて、くれ…。」
スピーカーから中国語が聞こえてきた。宏子は改めて息を吸い、壁に歩み寄った。
「小英? 今から助けにいくから。どこにいるか説明出来る?」
「無駄ですよ…ニ人とも、もう……血が出過ぎてるし…足は、…腰も、見つからない…」
弱々しいスペイン語が聞こえてくる。船の隊員達は息をのむ。
「諦めないで! 場所は分…からない、ね。まあ良いや、今すぐ行くから待ってて!」
宏子は船から駆け出そうとする。
ガタン、ガタン。
船がまた揺れる。震動は先程よりもやや強い。
立ち止まり、バランスを取った宏子は30a0の方を向いた。
「攻撃です。さきほどの1.6倍の威力でした。」
「…」
画面は先程と、また地形を変えた石原を映し出している。もちろん人間はどこにも映っていない。
スピーカーからは、苦しげなうめき声と、呟くようなスペイン語、それから、小石がパラパラと落ちるような音が聞こえてきた。よく耳を傾けると、スピーカーからは微かにエウグ語の甲高い声も聞こえている。
「ああ…ここは多分、川原の近くの谷底ですね。そちらから歩いても来れる距離ですが、来る前にやられますね、多分…」
「…船で、船で行くから待ってて!」
「来ないで良いです…」
「どうして!」
「代表もジュチャ議員も、ニ人とも、ちょっと、うるさいですよ…」
「…タマラ?」
何かを操作したらしい電子音がする。直後、それまで小さいながら聞こえていたエウグ語が一切聞こえなくなった。
「おニ人の言葉は、シャットアウトしています。まあ、ニ人とも、私の話を聞いてください。…どこまでお話出来るかは、…ですが…ゴッ、フッ、ゴッ。」
途中からタマラは咳き込んだ。しかし宏子は動けず、スピーカーに集中している。
「…」
「…私は、…EIMは、心から愛していますが、それ以上に…HYIは、心から、憎んで…ゴポッ、ゴッ、ゴオオッ。」
「タマ…ラ…」
「お、お前がこれは仕組んだがあっ!」
中国語は翻訳しきれないまま途切れ、照射機を発射した音が聞こえる。
「小英っ!」
「…向こうは聞こえてないわよ。」
冷静に言うリジュワナを宏子は睨む。
「これは…警告ですよ…HYIは、私達の敵…忘れては、いけません…初心は…代表は、思い込みが激しい…から、もし私が、しなければ、…こう、忘れてしまったでしょう。正義を。…私達の目指した。」
「そんなの正義じゃないっ! 私達は、地球の独立の為に立ち上がったのであってただHYIが憎いから潰そうとしてた訳じゃないっ!」
「…だから、向こうは聞こえてなんか」
「分かってるよっ!」
涙を飛ばしながらリジュワナに宏子が叫ぶ。
「皆さん…簡単に信用…し過ぎ…これは…メキシコでは…もし、調べれば……私が………良い…」
「…」
声が途切れる。
「良い? 何よ、良いって! 何にも良くなんかないじゃんよ!」
誰も映っていない画面に、宏子は声を枯らす。船にまた震動が起きた。
「…あ、」
画面に見入っていたプオラギイックはふと我に返り、30a0の方を見る。30a0がプオラギイックに返答する。
「そうですね。これ以上は危険です。船の出力で恐らくこちらの事は見破られるでしょうが、直撃する前に瞬間移動出来れば何とかなるでしょう。」
「ああ、…いつも危険な目にあわせてすまない。」
「好きでやっている事です。あなたもそうでしょう? プオラギイック副代表。」
30a0は頭部を何度か動かすと、デッキを向こうの船室へ飛んでいく。
宇宙船の床は、微妙な重力感の後、今までになかった微震動が起きだした。壁のディスプレイが映し出す景色は回転し、地上から空中のそれに変わっていく。それでも05の船内は充分静かで揺れも少なく、画面さえ見ていなければ、今、宇宙船が飛行を開始しだしたという事はなかなか気づきにくい。
椅子の無いデッキで、宏子は立ったまま荒い呼吸をし、首を振っている。
「何で…タマラ、何にも良くない、こんなで、良い事なんか何もないじゃない…あんたは隊員の中でも頼れる奴だったのに、何で急に、こんな事…13の子供を巻き添えに自分も死んで、一体何が良いっていうのよ…小英は、まだ何も」
<ひーこちゃん…その事なんだけど、>
宏子はモニクに顔を向ける。
<え?>
<あのね。途切れたからちゃんと翻訳されなかったけど、タマラちゃんが最後に言ってたのは、「Buenos」って単語だったよね。>
<…ああ。>
確かに原語はそう言っていた、と頷く宏子。
<で? それってスペイン語で「良い」って意味なんでしょ?>
<普通はね。でも後ろに「空気」が付くと、「ブエノスアイレス」っていう、特定の場所を示す固有名詞になるんだ。>
<…>
宏子は息をのんだ。
<メキシコ出身じゃなかったんだよ、彼女。誰かは分からないけど、多分、彼女の身近な人を亡くしたんだろうね。HYIがブエノスアイレスでやった事で。…だから彼女にとっては、HYIだけは、どんな状況でも一緒になっちゃいけない最悪の敵だった。彼等と手を結ぶという事だけは、多分、どんな犠牲を払ってでも止めなくちゃいけない事だったんだろうね。彼女にとって。>
<…そんな…>
<…私にとっての「モンスター」が、かつてそうであったのと、同じ事なのかもしれない。…いずれにしても、EIMが当初想定していた敵はサクコブというよりはHYIだったんだよね? それを考えれば、HYIを死ぬほど憎む人が入隊するのは、特に不自然な事じゃないんじゃないかな…>
<そんな、だからって…だからって、…だからって、これは間違ってるよ。こんなの……おかしいよ…。>
両手で顔を押さえながら、宏子は首を振る。
<…>
<一人で決着をつけるって言うなら、まだ分かるけど…小英を巻き添えにするなんて。まだ、あいつは子供なのに…何にも…何にも、あいつは悪くなんかないのに、だって、小英が…まだ、モンスターと戦ってやられるとかなら分かるけど、こんな事で死ぬなんて、一体何の意味が…あいつは一体何のために、これまでの13年間を、…一杯悩んで、でもあいつなりに一生懸命頑張って、ここまで生きてきたのに、それが何で、こんな馬鹿みたく下らない事で、…>
<…>
モニクが何か念じようとして、代わりに息をつく。リジュワナに目を向けるモニク。
<…>
リジュワナは一人横を向いて、何かを考え込んでいる。
宏子は顔を上げ、モニクの方を見た。
<…あのね、モニク。小英はね、>
<やめなさい宏子。>
リジュワナが鋭いトーンで遮る。モニクはニ人を交互に見た。
<え…何?>
<…>
<宏子、今はやめなさい。…モニクもよ。>
<え、でも、ひーこちゃんが何か>
<いいから止めなさい。今は自分達の安全を案じる時でしょう。それ以外の事は口にも念にも出さないで。>
<…>
モニクは不思議そうにリジュワナを見る。悔しそうに何かに耐えている宏子は壁に向かう。
<…ひーこちゃん…?>
<…>
宏子はそのまま、壁に寄りかかる。壁を向いたまま頭を下げている宏子にプオラギイックが近づき、肩に手をかけた。
<…>
地球人だけでも十数人の乗った宇宙船は、不気味なほど静かだった。


白壁の屋内で、宏子はベッドの上で上半身を起こしている。しっくい塗りの壁に、コココ語のポスターやプリントが貼られているこの部屋は、HNKの現・地球支部のようだ。
「あー、暑い…」
呟きながら、パジャマ姿の宏子は、自分の前に表示しているバーチャルタッチパネルを操作している。
「…あ、もう時間なのか。」
宏子はウインドウの時計表示にふと目をむけ、全てのディスプレイの表示を消去する。そして宏子が、自分の腰の後ろ辺りに右手を回したところで、部屋のドアがノックされた。
「…どうぞ。」
声をあげる宏子。開いたドアから、青いクザラル人が顔を出す。
<…何だあんたか。>
<…悪かったな、俺で。あいにくモニクもリジュワナも忙しくてな。>
宏子は歩いてくるプオラギイックに非難の眼差しを向ける。
<あら、そうだったんですの。でもフェヨールさんもホクさんも、私が目を覚ました時にはベッドのそばにいて下さったのに。…あなたは、いて下さいませんでしたわよね?>
<その時は、俺が忙しかったんだ。>
ベッドの脇に座りながら念じるプオラギイック。宏子は何度も頷く。
<ええ、ええ、そうでしょうとも。EIMの副代表ともなればそれはね。特に今は、大変な時だもんね。ガキが奇病にかかって、何度も病室出たり入ったりしてたって、構っていられる訳なんかないよねえ。>
<宏子。…済まなかった。本当にこっちに来たかったんだ。…ただ、ジュチャと話をすませないと、俺達全員が危険だった。ただでさえ、向こうはこっちの情報をすでに大分知っている。しかもその後で…あんな事があったんだから、至急彼等と話をつけないといけなかった。…俺達の中で一番ジュチャを知っているのはシユマだが、あれとジュチャの交渉はそれこそ危険すぎて、見ていられない。となると、ジュチャに話せる人間は俺しかいなかったんだ。>
宏子は一瞬プオラギイックを見てから視線を落とし、ため息をつく。
<別に…そんな、事情は私だって想像つくし、そんな真面目に言い訳なんて、しないでよ。私だって何も、本気で怒っていたりとかしてる訳じゃ、ないんだし。>
<…>
プオラギイックは宏子を真剣な様子で見る。
<それにしても…本当にそれこそ「奇病」だな。いきなり動けなくなったり、いきなり普通になったり、またいきなり倒れたり…一体どういう病気なんだ?>
<んなもん患者に聞かないでよ。…まあ、マブルにも分かんないらしいけど?>
<…>
<何、その憐れんでるっぽい目。…ムカつくなあ。>
宏子は目を細める。
<なあ…どこにも行かないよな。>
プオラギイックが視線を外しながら言う。宏子はまばたきをした。
<え…何、言ってんの、急に。>
<…>
<…あの…>
<…アリーザが死んだ時も、小英が死んだ時も…確かに、それは凄く悲しかった。悲しいって言うより、悔しい、だな。自分が何をして来たんだ、って思いにさせられた。でも…宏子。これは凄く、冷酷で、凄く残酷な話なのは分かってるんだが、俺はあいつ達以上にお前の事の方が>
<プオ。…そういう言い方は良くないよ。>
宏子は穏やかに念じる。
<…>
<ね。…やめよ。>
プオラギイックは耳を下げた。
<…すまない。…ちょっと、忙しくて疲れててな。>
<うん。…そだね。分かるよ。>
<…悪い…>
<良いって。>
宏子はそこで、にっと笑う。
<…っていうかさ。勝手に私、殺さないでよね。何かあんた、私の事、もう不治の病であと数日、みたいに思ってない?>
<え? いや、違う、俺は別にそういう意味で言ったんじゃ…>
<あのさ。プオには言ってなかったけど、私は生まれた時からずっと、ちょくちょく変な金縛りに遭う体質でね。だから、「奇病」があるってのは今に始まった事じゃないんだよ。大体私の魔法だって地球人基準で言えば奇病みたいなもんだしさ。…だから、今更一個増えた位で、そう影響がある訳じゃないって。>
<そうか。…じゃあ、これからもうるさいのは変わりない、か。>
<残念だったね。>
<もう諦めてるよ。>
プオラギイックは肩を上げて笑った。

宏子は息をつきながら、右手を団扇代わりにして、自分に向かい扇いでみせる。
<ねえ、ところでここって暑くない?>
<ん…まあ、そうかな。律儀にシーツかけてるから暑いんだろ?>
<ん…>
シーツの下から足を出す宏子。
<にしても、冷房かかってないでしょ?>
<んー?>
プオラギイックは立ち上がり、壁際のパネルを見た。
<そうだな。まだ設定温度以下だからつかないらしい。>
<こんなに暑いのに? ここ砂漠地帯じゃんさ。頻繁に意識不明になってるような、か弱い病人を、こんなとこに冷房無しでほっぽいておく? フツー。>
<お前はずっとモニターされてる。…まあ、コココ人は暑い国に住んでいるから慣れているんだろ。>
<ふーん。でも、ジュチャ辺りがこんな部屋に入れられたら間違いなく発狂すると思うけどね。きっちり3クザラル分で。>
<そうでもないだろう。ゴニ教徒は自然に融けこむという事を重視するからな。彼等は普通、出来る限り冷暖房はつけない主義だ。>
<…。じゃ、じゃああんたは? ニグーワー人はどうなんよ?>
<…>
<…>
ピッ。
宏子の念にしばらく考えたあと、プオラギイックはおもむろにパネルのスイッチを押した。
天井の方から、冷風の送られるモーター音が響きだす。
<…ニグーワー人とは友達になれそうだね。>
宏子は頷いてみせた。
<宏子、さっき言ってた事だが…>
プオラギイックは壁に寄りかかり、こちらを見る。
<…だから、もう謝んなくて良いって。>
<いや、そうじゃない。…お前、本当に怒ってないか? お前がまた意識不明になってた時、俺がこっちにいれてなくて。>
<何か、蒸し返すポイントが引っかかるなあ。>
宏子は頬を引きつらせる。
<大体そういうのって、私がどうかとかじゃなくて…あんたが、どう思ったなのかじゃないの? こっちにいれなくて本当に残念だったって思ってるのか、って、そっちの方が私は大事な事だと思うけど?>
<そうなのか? …俺は、本当に心から、残念だったって思ってるぞ。だからこうやって、何とか時間を作ってここに見舞いにきてやったんじゃないか。>
<それはどうも、有難うね。でもさ、見舞われた当人はもう全然元気なんだけどね。遅すぎでしょ。私だって今はこうやって、健気に頑張って見せてるけどさ、もしこの奇病で、本当に体調崩したまま死んじゃってたら、あんたは今頃、私の遺体に見舞いに来てた訳?>
<だから、それが悪かった、って。それは本当に、今すぐお前の所に行きたかったけど、俺にも仕事があるんだよ。>
念じ返すプオラギイック。
<分かるよ、それは。…分かるけど、何ていうかこう、言い方に誠意が無いよねあんたの場合。>
<それだけ突っかかるって事は、つまりお前はやっぱり、怒ってるんだな。>
<だから何でそこに話が行くかな。私は別に、全然怒ってないって。大体何で、あんたが来なかった位で本気で怒ってないといけない訳? そんな理由が私には無いじゃん。>
<いいや、怒ってる。何事も忘れっぽいお前の事だ、自分が怒ってでもいない限り、そうそう人の事情にネチネチネチネチ小言を言ったりはしないだろ。>
<あんた、か弱い病人を何だと思ってんの。>
宏子の額に最大限の皺がよる。
<だから私は、全然怒っていないってはっきり言ってんでしょっ!>
<何だと! 少しは本気で怒れよっ!>
<何でよっ! 何でそこであんたに訳の分かんない逆ギレされないといけないのよっ!!>
宏子はふいによろけかけ、自分の額をおさえた。
<う。念じすぎて、頭痛くなっちゃった…。>
<…>
壁際のプオラギイックも自分の額をおさえている。
<はあ…>
宏子はため息をつく。


<あー。何でだろうなあ。今日位はちゃんとしたかったんだけどな。>
<ん…何がだ…?>
ベッドを下り、立ち上がる宏子。プオラギイックはまだ痛そうに、自分の頭に手をやっている。
<ムードだよ、ムード。どうしてこうさあ…はあ…何でこう、リチャード辺りとうまくやれなかったのかなあ、と…>
<は? 俺達、うまくやってるだろ? リチャードとは。あいつは良い奴だぞ。>
<あんたってほんっとにどうっっしようもなくガキだよね。13クザラル歳どころか、13地球歳分の精神年齢もいってないもんね。>
プオラギイックは息を吐き出す。
<さっきから、言ってる事が唐突だな。言ってる意味がよく分からないが…俺は別に、誰にでも無礼な訳じゃない。…ただ、お前みたいに子供な奴と話していると、こっちまで足を引きずられる、っていうだけだ。>
<ああ、それは全くもって同感だわ。私もあんたと話す時だけ、下のレベルに引きずられちゃうんだよね、あんたのせいで。>
<ああそうか。それじゃあお互い、苦労してるって事か。つくづく残念だな、お前の生命力がターマックビウ並で。>
<…>
プオラギイックの前までやってきた宏子は、無表情に彼を見ている。
<あ? どうした?>
<…>
<…ん?>
<…>
宏子は腕を組み、何かを考え出した。
<おい?>
<…>
<どうでも良いが、もう歩いて大丈夫なのか?>
<プオはさあ、どうせ今付き合っている奴とかいないし、片思いの相手にすら恵まれていないんでしょ?>
「ぶっ。」
プオラギイックは噴き出した。
<また、唐突にえらい断定をするな。…そういうお前だってお互い様だろうが。>
<じゃあさあ。頭、下げて。床の方向いて。>
<…はあ? 全く言ってる事に脈略が無いぞ、お前。まだ本気でどっか悪いんだろ、主にここが。>
プオラギイックは、自分の頭を指差してみせる。
<良ーいーかーら、とにかく頭を下げる。代表命令権、行使されたい?>
<…今更だが、何でこんな奴が代表やってるんだ…?>
呟きながらプオラギイックは頭を下げる。
<よろしい。>
<…>
「…」
宏子の深呼吸する音が聞こえる。

そして、プオラギイックの頭に、何かがあたる感触があった。
<…>
<…>
<…おい。>
<ん?>
頭上、というか、前の方から念が響いてくる。
<これは耳合わせだ。>
<私の耳はついてないけどね、別に。>
<…>
<ん?>
<…一体これは、何の真似だ。>
<だから、耳合わせなんでしょ?>
<あのな。そりゃ、お前にとっては単なる頭突きにしか思えないだろうが、俺達にとってはこれは恋人とか、夫婦の間でする求愛行為なんだ。それこそガキがふざけてやるような事じゃない。>
<馬鹿だなあ…>
<何が。>
<だってさプオ、もう知ってるでしょ、私が地球人のガキだって。つまり私にとっては、これはただの頭突きでしかない訳じゃん。>
<あのなあ…宏子、いい加減にしないと、俺だって怒るぞ?>
<それにしても…何の感触も無いよね、コレ。>
<そりゃそうだろ。地球人はこんな所に耳は無いし、それどころか髪の毛で覆われてるんだから。多分、感触もへったくれもないんだろうな。>
<…あったら良かったんだけど。>
宏子が微かに念じる。
<あ? よく聞こえなかった。>
<…まあ、それでも悪い感じはしなかったかな。>
宏子の頭が離れていく。プオラギイックは自分の頭を軽くはらいながら、顔を上げた。
<まったく…で、急に一体何のつもりなんだ?>
<恋人同士。>
<…はい?>
<今、耳合わせしたでしょ? …だから、恋人同士。>
宏子はニヤニヤしながら、自分とプオラギイックを交互に指差している。
<いや…だから、意味が分からない。…どういう新手の嫌がらせなんだ、それは?>
<何で嫌がらせになるのよ。お互い相手がいないんだったら、問題無いでしょ? …あ、それとも何、もしかしてプオって、男の方に興味があったりとかするの?>
<あのな…>
<だったら問題無いね。じゃあ、今度は地球式のキスを…>
プオラギイックの両肩に手を回す宏子は、彼に顔を近づける。
<おいおい、待て待て待て待て待て!>
<…なーんてね。>
<……は?>
満面の笑みを浮かべている宏子。ぽかんとした様子のプオラギイック。
<かっはっはっはっはっはっは、引っかかった引っかかった! やっぱりプオの方が、私なんかよりもずっとガキんちょじゃーん。>
<…は、はあっ!?>
宏子はプオラギイックから離れ、からからと笑い転げている。
<お、お、お前な…>
<まあ、そんなに耳まで赤くなっちゃって。さぞかし私のセクシーさに参ってしまったのね。>
<ある意味、参っている事だけは事実だがな。方向性は全く違うけどな。>
<あははは。あはは、ははっ、ごめんごめん。>
宏子は手を振った。
<いやさ、一度だけやってみたかったのよ。まあ、その……ねえ、そういう意味じゃないにしろ、私だってあんたの事が、別に嫌いだとかいう事じゃないんだしさ、…だから、一度くらいどんなもんかな、っていうか、さ。>
まだ顔の赤みが晴れていないプオラギイックが、息をつく。
<あの、なあ…まあ、俺だからまだ良かったが、普通のクザラル人にやってみろ。それこそ本当に勘違いされるぞ。本当に頼むから、お前も少しは大人に>
<あ、ごめんプオ、私、今から行かないといけないから。>
<あ?>
<あんたが来る前から呼ばれてたのよ。だから病室出よう、って時にあんたが来たからさ。まあ、間の悪さはあんたの特技だっていうのはもう分かってるから別に良んだけどね。>
<あ…人を待たせていたのか? それだったら、言ってくれれば…>
<今言ってるじゃん。>
<…ああ。でも本当に、もう大丈夫なのか? …いやその、出歩いても。>
<全然平気だって。だからまあ、えっと…元気で。>
軽く右手を上げてみせる宏子。
<誰に呼ばれているんだ? シユマか? それともマブル?>
<あー、またちょっと違うんだけど、ちょっとこっちの用事で。>
宏子は部屋を歩き、ドアを出て行く。
<…>
<…じゃ、そういう事だから。……じゃ、ね。>
笑顔の宏子が顔を出し、もう一度だけ右手を上げる。
<…ああ。>
プオラギイックは頷き、同じように右手を上げてみせた。

<…やっぱりまだ、どっかおかしいんじゃないのか?>
右手をしばらく上げたまま、一人、病室に残されたプオラギイックは首をかしげた。


<宏子、いるか?>
HNK地球支部の通路は薄暗くなり、床にぽつぽつと置かれているクザラル製らしい間接照明が明かりを照らしている。通路を歩いてきたプオラギイックは、扉の前で立ち止まり念じた。
<…おーい。>
念じてみるプオラギイック。部屋から返事は返ってこない。
−食事中か、トイレか…いや、食事中なら喜んで出てくるだろうからな、わざわざ料理を見せに…。という事はトイレか。
<トイレ中に通信はさすがに悪いか…まあ、その内来るだろ。>
呟きながら、プオラギイックはドアの前を後にした。


同じ通路を、またプオラギイックが歩いてくる。通路は完全に暗くなった。照明があるのだが、地球人の感覚では大分弱い明かりだ。プオラギイックの歩調は、先ほどにくらべてやや速歩きのように見える。
<おい、宏子?>
ドアの前までやってきたプオラギイックは鋭く念じた。
<会議をさぼる時は、事前に連絡位入れろ。ジュチャがまた疑って大変だったんだぞ。大体お前はいつだってそっちの勝手な都合で…>
プオラギイックはふと念をとめ、目の前の扉を見る。
<…宏子?>
扉の向こうから返事はない。そもそも、まだ夜の8時なのに、扉の向こうに明かりがない。
プオラギイックは息をのんだ。
<おい、宏子、大丈夫かっ?>
ドアを開けるプオラギイック。プオラギイックは部屋の照明をつける。
宏子は部屋にいなかった。宏子の寝ていたベッドは整然と片付いていて、大部屋と呼ぶにはやや狭いその病室は、プオラギイック以外誰もいない。
プオラギイックはふと、口を開いた。
<もしかして…また、トイレとか?>
プオラギイックは自分で自分の考えに首を上げる。
<そんな訳ないか。…全く、こんな夜中にどこをうろついてるんだか…>
プオラギイックは腕端末を操作しだした。
バーチャルディスプレイが表示される。しばらくの間、電子音が鳴って、それからニグーワー語の表示が画面に現れた。
<このIDコードは存在しません…何の故障だ?>
目を細めるプオラギイック。
一瞬考えてからプオラギイックは画面を切り替え、タッチパネルを操作する。建物の地図と、何かの文が表示された。
<どこにも居ない…現在外出中なのか?>
ピピッ。
<…だから、何でIDが無い!>
プオラギイックは周囲を見回す。やはり、部屋が荒らされたような様子はない。
<いくらあいつが野良ゴンジュートイェみたいな奴だからって、IDが存在しないはずは無いだろ…>
呟きながらプオラギイックはタッチパネルを押す。
ピピッ。
「え、プオちゃん?」
端末からフランス語が聞こえてきた。プオラギイックはディスプレイに頷く。
「ああ。ちょっと聞きたいんだが、そっちから宏子に連絡は出来るか? …まさかずっとすれ違いで、そっちに本人が普通にいたりなんてしないよな?」
画面のモニクはまばたきをする。
「え、ごめん。ちょっとよく聞こえなかったか、翻訳が不調みたいだったんだけど。誰に連絡?」
「宏子だ。偉大なる我らが代表様だよ。下々の者の会議にはなかなかお顔をお見せにならない。」
「えっと…」
モニクは困った様子で、苦笑気味に頭をかいた。
「あー、ごめん。私多分、その人知らないんじゃないかと思うんだけど…。ヒロコさん? ええと…EIM、の人じゃないよね? 私達の代表って、どういう意味なの?」
「…」
「ん? プオちゃん?」
モニクはこちらを見て、不思議そうな表情になった。
「何か耳が、随分りりしくツン、って立っちゃってるけど、どうかしたの?」
「あ…聞きたい事が、あるんだが。」
「ん?」
プオラギイックはモニクの画面に迫りながら言う。
「ここの、…EIMの、代表っていうのは、一体誰がやってるんだ?」
モニクは再び苦笑する。
「えっと…それは、私にどういう答えを求めて聞いているのかな。」
「良いから普通に答えてくれ。俺が記憶喪失になったとでも思ってもらえれば良い。教えてくれ、ここの代表っていうのはどこの誰なんだ。」
「…リジュワナ・アニシュル・ホク無資格魔術師。18歳。好きな食べ物はダール豆のカレー。好きなタイプはシャフィン・アフメド。最近ハマっているのは詩を書く事。運動神経の悪さはアリーザちゃんに勝るとも劣らない。」
モニクは暗誦してみせた。
「リジュワナ…じゃあ、あいつが向こうに…サクコブの意識ネットに接続していた間とかは、どうしていたんだ。俺が代表をやってたのか?」
「私はその頃はHYIにいたから、事情を100パーセント分かってる訳じゃないけど…実質的にっていう意味だったらプオちゃんが代表者だったんでしょ?」
「…そんな…」
画面から視線を外し、プオラギイックが呟く。
「それで。その話と、そのヒロコさんっていう人の話とどう繋がるの? …まさか、EIMの代表さんが、実はそのヒロコさんだった、っていうオチじゃないよね?」
「…」
「…え?」
モニクはやや間抜けな声を上げた。
「ま…さか…ねえ?」
「…お前は、宏子という名前には、全く聞き覚えが無いんだな?」
「うーん…笠原弘子だったら知ってるんだけど…」
「カサハラじゃなくて、佐藤だ。」
「サトウさん? …ヒロコ・サトウさん? あー、それ、日本人でしょ。」
「多分な。」
「で、それが…私達の代表さんなの? …いつから?」
「そんなもん…」
プオラギイックは振り返る。宏子が今日まで寝ていたベッドは、確かにそこにある。シーツの乱れなども無い。
「…あ…」
声をあげるプオラギイック。彼はベッドに近づいた。
ベッドのシーツには、全く乱れが無かった。シーツを敷いたは良いが、誰もそれを使ったような様子が見られない。
プオラギイックはベッド脇の棚を見る。そこには何も無かった。
彼女の私有物のバッグも、どこぞの歌手の写った写真立ても、歯磨きセットも、ティッシュペーパーも、替え用のパジャマも、手鏡も、ディスクマンも、櫛も、携帯用のゲーム機も、イハッジャも、真ん中にねじれのあるステッキも、全て無くなっている。
「…プオちゃん?」
律儀に彼の前に表示され続けているバーチャルディスプレイの中で、モニクが不安気な表情を見せる。
「そんなに…大切な、人だったの? そのヒロコさんっていう人は。」
「あ? ああ。大切だ。…とてもな。」
プオラギイックは画面に頷く。
「プオちゃん…」
「あいつがいなかったら、俺は今頃ここにはいなかった。それはお前だって、リジュワナだって同じはずだ。…とにかく、お前は覚えてないんだな?」
「…ちょっと、待っててね。」
真剣な表情になったモニクは、画面の外で何かを操作しだしている。
しばらく電子音が続いたあと、モニクはこちらとは別の方向に目を向けて話しだした。
「あ、ちょっとリジュワナちゃん、良いかな。聞きたい事があるんだけど…ううん、そうじゃなくて。人を探してるんだ。ええと…サトウ・ヒロコっていう人なんだけど。…ううん。ヒ、ロ、コ。…だったよね?」
モニクはプオラギイックの方に目を向ける。頷くプオラギイック。
「うん。ヒ、ロ、コ。そう、EIM。…あ、そう。…え? えっと…探してるのはプオちゃんなんだ。だから、今、プオちゃんの方にかけてくれる? 今、私もプオちゃんと話してるとこだけど。」
ほどなくして、モニクの映っている画面の横にもう一つウインドウが現れた。
「聞いたわ。それで、その人は一体何者なの?」
尋ねるリジュワナの言葉に、プオラギイックはため息をもらした。


<まあ、そう気を落とさない事ね。>
病室の前の通路を、プオラギイックは今度はシユマと一緒に歩いている。まだ辺りは暗闇で、物音もせず、ニ人の足音だけが通路の向こう側まで響き渡っている。
<…すまないな。こんな遅くまでつき合わせて。>
<でもプオラギイックにとっては緊急事態なんでしょ? それなら当然の事だって。>
<俺にとってはな。お前達にとっては緊急事態じゃない。>
<でもそれは、私達が全員、系の魔法にかけられているからで、本当は全員にとっての緊急事態なはずなんでしょ?>
<さあな…。もしかしたら最初から宏子なんて奴はいなくて、俺が急に、何かの催眠を受けただけなのかも。>
<弱気だねえ…そんな事じゃ、そのヒロコって子が悲しむよ。>
<…>
プオラギイックは病室のドアを開け、明かりをつける。ベッドがあるのみで、部屋の中に人影はない。
<…やっぱりいないよな。>
プオラギイックは病室に入り、壁に寄りかかった。
<…>
プオラギイックは耳を揺らす。シユマは腕組みをして、プオラギイックの顔をじっと見た。
<よっぽど気になるみたいね。…いや、もちろん気になって当然だろうけど。>
<ああ…>
プオラギイックは頷いた。
<粗雑な性格だったんだ。だから、人様の所へ行ってるとすると、どんな迷惑をかけているか分からない。それが心配で心配で。>
<ふうん…。>
<でも、05の記録にも一切残っていないというのは、普通の系魔法のレベルでは相当難しいよな。難しいと言うか、殆ど無理なんじゃないのか。>
<それは…まあ、一般的にはそうかもね。>
<…しかも、全員の過去の認識まで書き換わってる。俺やリジュワナ達は1クザラル年前、春日部じゃなくてダッカにいた事になっているし、アリーザを看病していたのはラスリーン隊員だった。>
<…>
<全員の記憶を、しかもここまで大幅に、記録媒体まで含めて無理矢理書き換えるなんて、普通の魔法少女の力じゃ絶対無理だ。…もちろん宏子自身でもな。>
<…>
壁に寄りかかっているプオラギイックは、何度も自分の首を上に上げる。
<こんな馬鹿な事、考えられない。明らかに、そんな奴はいなかったと考える方が自然だ。…あいつは、いなかったんだ。>
<…本気でそう思ってる?>
<…>
プオラギイックはシユマを見る。シユマは彼の目を見て、ため息まじりに両肩を上げた。
<無理に自分を納得させようとしなくても良いじゃん。現段階では、ヒロコさんが本当に居なかった、なんて事は言い切れないんだからさ。>
<…>
<プオラギイックか、プオラギイック以外の私達全員か、どっちかは分からないけど、少なくとも何かが起きた事だけは事実だよね。あんたの言う事を全部を信じてる、みたいに安易に言うつもりはないけど、少なくともその点まで疑ってる人はここにはいないよ。今は、本当にヒロコさんが居た、という線も含めて、この事態について考えるべきだと思うけど。>
<…覚えてないんだ。>
<え?>
プオラギイックはベッドを見ている。
<あそこにあいつが寝ていた。それからこっちに来て、しばらく話をした。多分、下らない内容だったと思うが…こっちの言った事や、向こうの言ってきた事が、何一つ、思い出せない……声が思い出せないんだ。顔は分かる。まだ…顔は大丈夫だ。でも、声が思い出せない。雰囲気だけならよく覚えているんだが…もしかしたらその時、俺と宏子は、耳合わせをしたような気もするんだが、今はもうそれも定かじゃ…>
<えええええっ!?>
<…>
プオラギイックは顔を上げた。
<…そこまで驚く事じゃないだろ。>
<そりゃあ、そうだけど…よりにもよってあんたが? …しかも地球人と?>
<一つ目の疑問はともかく、二つ目は確かに俺もおかしいと思う。大体俺達は、そんな関係じゃなかった。…ような、気が、するんだが…>
<…からかってる訳じゃないから真面目に聞いてほしいんだけど…実際、そういう関係だったのかもしれないわよ。あんた達は。…だから、プオラギイックはまだ、強力な系の魔法にも対抗して、彼女の事を覚え続けていられたのかもしれない。>
<…>
考え込むプオラギイック。彼は軽く上を向いた。
<いや、俺なんかよりももっと彼女と親しかったのがいる。小さい頃からの幼馴染の方が、一年位しか会っていない人間より、よほど繋がりは大きいはずだ。>
<え? ヒロコさんの幼馴染? そんなの、あんた知ってんの? 日本に行かなきゃそうそう見つけられないと思うけど。>
<…>
プオラギイックは目を細める。しばらく考え込んでから、彼はシユマに頷く。
<それは、そうだな…彼女の幼馴染を知っているような気が一瞬したんだが…>
<まあ…可能性としては有り得るかもしれないけどね。あんた達が昔、ダッカじゃなくてその…>
<春日部。>
<に、いたんだとすれば、別にそういう知り合いがいたって不思議じゃない訳だし。>
<ああ…しかしそこまで考え出すと、キリが無いな。何が本当で何が嘘なんだか…>
<プオラギイック。>
シユマの念のトーンが静かだ。プオラギイックは顔を上げシユマを見る。
<わざわざあなたに言うまでもない事だけど…強力な系魔法位、怖い物は無いわ。もしあなたが、本当にそのヒロコさんが居たと信じているんだったら…あなただけは、彼女を、絶対に忘れないようにしてあげないと。もう彼女の事を覚えているのはあなただけ、って事なんだから。でもちょっと気を許したら、あなたもすぐに忘れるわよ。そうなったらもう、誰も彼女の事を思い出せなくなってしまう。こうやって、何かがおかしいって皆に知らせる事も出来なくなってしまうんだから。>
<…>
プオラギイックは無言でシユマを見続ける。
彼は視線を外し、壁から腰を離した。
<…>
プオラギイックはベッドの方へ歩いていく。彼はベッドの脇まで来て、綺麗なシーツを見下ろした。
<…>
<…今夜は、そこで寝たら?>
<…>
プオラギイックはシユマの提案に軽く笑った。
プオラギイックは顔を上げた。
<大丈夫だ。…多分、そう心配する事じゃない。アレは今までも何度も無断外泊しているんだ。今度もまた、ちょっとどこかへ遊びに行っただけだろ。>
<…早く、見つかると良いね。>
<9d88が、30a0の反対を押し切って、捜索にタスクの一部を割いてくれてる。9d88の情報に、期待しよう。>
プオラギイックは首を軽くかたむけながら振り返り、ドアへと歩き出した。


近くに惑星がいくつか見える宇宙空間。何も無いはずの空間に、ふいに波のような歪みが現れる。歪みと共に、徐々にクザラルの赤い宇宙船が、そこに姿を現す。一種の瞬間移動らしいが、違う場所と言うより、違う時空にいたのを飛び越えて、ここにやってきたかのようだ。
そして宇宙船はそのまま、目の前の白い惑星に向かっていく。


プオラギイックは部屋にやって来た。5、6人の地球人達が、皆クザラル製のコンピューターを操作している。
プオラギイックはその内の一人に近づき、声をかけた。
<おはよう。今朝の調子はどうだ?>
<ふう…あまり良くないわね。もう、ニュース網もズタズタの状態で、どれが事実でどれがデマなのかもさっぱり分からないわ。地球も、JVKも。それでも総合して言うとすれば…>
<いや、それはそれとして、俺が聞いたのはお前の調子だ。>
リジュワナは無感動に頷く。
<あら、ありがとう。私は今日もいつもどおり快調よ。あなたは?>
<まあ、普通かな。>
<良かったわね。まあ、今日に関して言うと…>
リジュワナは、プオラギイックが今通った部屋の入り口の方を見る。
<彼女は現時点では、本調子とは言えなさそうね。>
<ごめん…まだ寝足りなくて。>
髪がボサボサのモニクが、あくびで涙を出しながら部屋にやって来る。
<…>
<ごめん、って謝ってるでしょお。>
あまり謝罪の意図の無さそうな態度で、モニクは二人の視線に口を尖らせる。
<また夜更かししてたわね。おおかた、「参考資料」のマンガかアニメに熱中して、気がついたら真夜中になっていたんでしょう。>
バーチャルディスプレイから目を離さずに、リジュワナは肩を上げる。
<もう、持ってる参考資料は全部見ちゃってるよ…昨日寝れなかったのは、皆して、プオちゃんに起こされてたからじゃない。>
<…は?>
リジュワナは顔を上げ、モニクとプオラギイックを交互に見る。
<何の話? その「皆」には、私は入っていないと思うけど。何かしていたの?>
プオラギイックは腕を組んだ。
<いや…俺もその「皆」には、入っていないな。>
<あのね。プオちゃんが皆を集めたんだから、本人が入ってない訳ないじゃない。リジュワナちゃんだって、もちろんいたはずだよ。>
<…>
リジュワナとプオラギイックは目を見合わせる。
<…で、私達全員が夜中に集まって、何をやっていたって言うの?>
<それはもちろん…>
モニクは口をぽかんと開く。
<…あれ?>
<はあ…>
プオラギイックが疲れた息を漏らした。リジュワナは無表情に画面に向き直る。
<…もう少し言い訳は練ってから言う物よ。>
<ああっ、ちょっと、ニ人とも全然信じてないー! ちょっと、私は本当にプオちゃんに>
<ああ、分かった分かった。信じるから。俺は信じるから、とっととパジャマを着替えてきてくれ。>
苦笑しながら両手を上げるプオラギイック。
<うー…夢だったっけかな?>
モニクはしきりに首をかしげる。彼女の背後から、白いクザラル服を着たシユマがやってきた。
<やあやあやあ、EIMの諸君、元気かな。>
<あ、おはようシユマちゃん。>
モニクは笑顔で頷き、プオラギイックは軽く肩を上げてみせる。
シユマは歩きながら服の裾を直しつつ、彼等に念じ返した。
<うん、おはよ。>
<どうしたんだ、こんな朝からこっちに来て。誰かに用か?>
<うん、あんたに。>
<は? 俺?>
眉を上げるプオラギイック。シユマは笑う。
<いや、別にそんな大した事じゃないんだけどね。ほら…昨日、あんた何か、探し物してたでしょ。だからあれ、見つかったのかな、って思って。>
<探し物…俺が?>
<あれ…違ったっけ?>
プオラギイックとシユマは、お互い首を傾げあう。
<恐らく違うと思うぞ。大体、探し物って一体何だよ。>
<えっと…物のような人のような…何かのプログラムだったっけかな?>
<素直に「分からない」って言った方が早いと思うわ。>
一人、画面を見続けているリジュワナがボソッと念じる。耳を立てるシユマ。
<…だって、それは、探しているプオラギイックが知ってるべき事だから、さあ。>
<だからそれは俺じゃない。俺は何も知らん。>
<あれ、そうだっけ?>
眉をひそめ、シユマは手を自分の顎先につけた。
<じゃあ…タオダから聞いた話だったんだっけか…>
<俺と間違われたなんて知ったら、タオダも悲しむぞ。>
<うん、全くだねえ。>
シユマは真面目な顔でプオラギイックに頷く。
<モニクといいあなたといい。皆、昨日お酒でも飲んだんじゃないの?>
<飲んでないよ、私は…>
モニクはリジュワナに言い返す。呟くシユマ。
<あ、私は飲んだかも…>
<…>
<あっ、と、ところで、リジュワナはさっきから何を読んでいるのかなあ? ねえ。>
プオラギイック達の視線に引きつった笑いを返しながら、シユマが念じる。
<ニュースよ。地球のインターネットのニュースを翻訳プロクシを通して見ていたの。>
<そう。今朝のニュースは、どんな感じ?>
<さっき、プオラギイックにも言おうとしていたんだけど…余り良くないわね。>
<どういう風に?>
モニクが聞く。リジュワナは振り返り、彼等に顔を向けた。
<こっちが反撃する為の新兵器の開発が、間に合いそうにないわ。最初のサンプルは小英・タマラと一緒に吹き飛んだし。昨日深夜から今朝にかけては一時、9d88の演算スピードが何故か落ちたりもしたらしいわ。人間風に言うと、ちょっと、「体調を崩した」ようね。もう治ったそうだけど。…まあ、そういった色々な問題があってもなくても、元々、まだ一週間は完成までにかかるというのは分かっていた訳だし、関係無いといえば無いんだけど。>
シユマが眉を寄せる。
<それは…ネットに流れていたニュースなの?>
<いいえ。今のはさっき、通信で聞いた話よ。>
シユマに答えるリジュワナ。
<はあ…>
<でも、これから言うニュースに関係している話なの。こっちに書いてある事は簡単よ。…地球の推定総人口が、10億を切ったわ。このペースだと、速くて今日、遅くとも明日中には、地球人は、事実上滅亡ね。>
プオラギイック達は厳しい表情で、お互いの顔を見合う。
<…>
<会議でもする?>
リジュワナはプオラギイックに肩を上げてみせた。

プオラギイックは頷いた。
<…ああ、そうだ。しよう。何か、考えよう。何としてでも状況を裏返してみせる。偽善的な台詞かもしれないが、地球を守るのは俺達だ。俺達しかいないし、俺達にしか出来ない。>
<…>
リジュワナ達は、プオラギイックを見ている。
<いや…とにかく俺は、そうしたいんだ。俺は地球で、守らないといけないものがあるから…>
<…守らないと、いけないもの?>
モニクが聞き返す。頷くプオラギイック。
<ああ。それは…>
<…>
<…それは…>
プオラギイックは考え込んだ。
<何だった、か…>

続く



Written by FML (AKA Franken).
Ver. 1.00 on 2003/3/12.

私達は急に、見知らぬモンスターの襲撃を受けた。そこに親切な宇宙人がやってきて、私達を助けてくれた。でもそれは、本当は親切なんかじゃなかった。
だけど、それでも彼等には彼等の正義があった。そしてそれはモンスターも同じ事。でも、私達だって、それをそのまま受け入れる訳にはいかない。だって私達も死にたくなんて、なかったから。
…そして私達は私達の正義を訴えた。でも実はその正義は、モンスターや宇宙人のそれと変わらない、ちっぽけで弱い、嘘にまみれたものなんだと、いつのまにか気づいてしまっていた。
だから私は正義から逃げた。そして逃げた先に見えた物は、死だった。嫌だ、だから私は、まだ死にたくなんてないんだ。
結局、私達は私達の正義と、ずっと向き合って、それと喧嘩していくしかない。それが私達だ。最後に、出来る事なら、皆が納得出来る正義に出会う為…。ジュチャが昔言ってた「正しい魔法少女」っていうのは、多分そんな、不器用な子供達の事を指していたんじゃないか。最近私はそう思う。次回、魔法少女佐藤第25話、「緑の星の魔法少女」、前編。

でも、私は魔法少女なんかじゃない。



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