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宏子は宇宙船から外に出た。
その星の空気や重力は、地球と同じ環境らしく、宏子は宇宙服等をつけずにその場を歩いている。
そこは何も無い。ビーチのような白い砂地が延々と地平線まで続くが海は無く、夕焼け時のようなオレンジ色の空が一面に広がっている。
所々にある、ライムグリーンのような不自然な色の雲は頻繁にその形を変え、その様子はまるで景色全体をビデオで速送りにして見ているようだ。
<05のデータベースにあったのは目撃談までで、完全な場所までは載ってなかった。…だから、どうやって美耶が調べたのかは知らないけど…あいつのログでここが分かったよ。…聞こえてるんでしょ? 前みたいに姿を現したら?>
宏子は強い力でテレパシーを送る。
緑色の雲の一部がちぎれ、宏子の前に降下してきた。直径1メートル位の、巨大なわたがしのような雲の中に更に雲が注ぎ込まれ、宏子の目の前の雲はどんどん高濃度になっていく。向こう側が全く見通せなくなり、まるで固体であるかのように雲の表面が均一になったあたりで、雲は一瞬、激しく光またたいた。
<…>
宏子は無言でそれを目を細めながら見る。
光の中から出てきたものを見て、宏子は目を見開かせ、嬉しそうに笑いかけた。
「美耶! 無事だったの!?」
宏子の前に、普通の黒いコートを着た美耶が立っている。
美耶はアリーザのように軽く肩を上げ、微笑みながら答えた。
「まあ、今こうやってひーこの前に立てているのは、一応事実だけど。」
「う、うん。…うん。それだけで充分だって。ねえ、大丈夫? ホント、緑色生命体に、何か変な事されなかった? ここって奴等の星なんでしょ?」
宏子は美耶を抱きしめる。
「…」
「もう、いなくなっちゃったかと思って…ホントに心配してたんだよ。っていうか、私以外皆、あんたの事忘れちゃってるし…記録も全部無くなっちゃってるから…一体、どうして…」
美耶の肩に顔をうずめながら、宏子は涙ぐむ。
「っていうより…ひーこも、私が絶対に、もう死んじゃったと思ったんじゃない?」
「うん、思ってた…だから本当に、美耶がこうして生きていてくれて…」
宏子はふと、言葉を止める。美耶の台詞、というより、それを言った時の口調がおかしい。
美耶は落ち着いている。落ち着いて、明るくその台詞を言った。その口調には何も迷いが無い。何の憂いも、感動も、喜びも悲しみも無いようだ。一瞬宏子は、そんな錯覚を覚えた。
宏子は体を離し、改めて美耶を見る。こちらの視線に少し不思議そうな様子で微笑む美耶。
「…ねえ。あんた……美耶だよね?」
「…」
一回まばたきをしてから、美耶は宏子に答えた。
「私は、幸田美耶だよ。ひーこ。」
「…」
美耶はまた、微笑んでみせる。宏子の表情に、みるみる警戒の色が混じりだす。
「それは…私の知ってる美耶と…同じ事なの?」
美耶は苦笑した。
「ひーこが言ってる「美耶」は、私、幸田美耶以外の誰でもないでしょ? 鈴木美耶とか高橋美耶とかいるの?」
宏子は身構えながら後ずさり、美耶を睨みつけた。
「とぼけないで。あんた…美耶じゃないんでしょ。アリーザの時と同じだ。また勝手に、私の知り合いを腹話術みたいに使ってる。本物の美耶はどこに行ったの! 今、どうしてんのよ!」
美耶は、はあ、とため息をついた。
「質問がおかしいよ。ひーこ、答えはもう、全部分かってるじゃない。どこに行ったかって、ひーこは私が行った場所を目指して、ここに辿り着いたんだよ。…まあ、実際には緑色生命体がガイドして、自動的に連れてきてくれただけなんだけど。それで、今何をしてるかって…」
美耶はようやく、彼女らしい朗らかな笑顔を宏子に見せた。
「ひーこ、私が絶対に消えたって、自分で感じ取ったんでしょ? それで今、何をしているのかって、質問として成立してないと思うよ。」
「あ、あんた達…美耶に何をしたのよっ! 答えなさいよっ!」
宏子は美耶の肩を揺らした。
「さっきからひーこは、こっちに質問ばかりだね。」
体を揺らされたまま、美耶は笑う。
「まずは挨拶から、始めようよ。ひーこ、改めまして、ようこそ、私達の星へ。一応これでもあなたの事は、歓迎しているつもりなんだよ。私達緑色生命体は。」
楽しそうに言う美耶に、宏子は鋭い視線を浴びせた。


魔法少女佐藤

第25話「緑の星の魔法少女」(前編)


「まあ、ずっと立っているのも何だしね。取りあえず椅子に座ろうよ。」
一瞬、背後で何かが光った。振り返る宏子。背後に、シンプルなデザインの、白い背もたれ付き椅子が置かれている。
「座らないの?」
ふと前に向き直ると、自分が両肩をがっちりとつかんでいたはずの美耶は、同じ種類の椅子に、自分に向き合う形で既に座っている。
「…」
何かを言いかけながら、宏子は自分の椅子と美耶の間で視線を往復させた。
「…画鋲も置いてないし、椅子の足がポッキリ折れたりもしないから。」
少し呆れた様子で言う美耶。
「…」
目を細めつつ、宏子は慎重に椅子に腰をおろす。腰をつけてからも、宏子はそわそわと椅子に視線を向けた。
「ん、でもこんな景色で椅子だけじゃ、いくら何でも殺風景だよね。どうしよっか。春日部の私の部屋の景色にでもしておく? もちろんひーこの部屋でも構わないけど…」
「どっちもいい。…椅子だけで十分。」
「そうかな? 私は正直、これだけだとあんまり落ち着かないんだけど…せめて、家っぽい壁位でもあった方が良いと思わない?」
「別に。私、こんな場所で落ち着く気なんか無いし。」
「あ、そ。」
美耶は肩を上げた。
「まあ、強要はしないけどね。」
「それで?」
椅子に座った宏子は腕組みをする。
「本当の美耶は、今どうしてるの。…まさか、死んだの?」
「私は今ここに、生きて存在しているよ。」
「あんたの事はどうでも良い。私は本物の美耶について聞いてる。」
「だからこの「私」だって、偽者とは…ああ、ごめんごめん。」
美耶は宏子の視線に、苦笑しながら手を上げた。
「いわゆる「本物」の美耶も、決して死んでなんかいないよ。この星にちゃんと、生きて存在している。」
「嘘…それなら、彼女に合わせてよ。あんたみたいな作りもんじゃなくて、美耶本人に。」
「うーん…」
美耶は腕を組み、眉をひそめた。
「出来ない、なんて言わせないよ。」
「そうじゃなくて…もう、会ってるんだけどね。私はひーこに。今現在、ひーこの目の前にいるよ。」
「だから。私が言ってるのはあんたじゃなくて本物の美耶だって!」
「まあ、ひーこには、ちょっと難しい話かもしれないけどね。」
美耶は肩を上げる。
「本物の幸田美耶の意識は、緑色生命体のそれと溶け合っているんだ。ここにいる「私」が、緑色生命体全体の意識を代表して現れているインターフェイスである以上、そこには幸田美耶の意識も確かに存在しているんだよ。だから、私は既にこうやって、ひーこの前に現れているっていう訳。本物の私がね。」
「何…言ってるの。あんたが…本物の美耶が、そんな喋り方する訳ないじゃない。あいつは私以上に、宇宙人の事なんか何にも知らない奴なんだよ。それが、」
「人間誰だって、最初は何も分からないもんだよ。勉強したから知識がついた、それで何か問題が? それとも、ひーこは私に頭で負けるのが悔しいの? …安心しなよ、それだったら中学時代から私が大差をつけて勝っているんだから、今更どうこう言う問題じゃないでしょ?」
「…そう。だったら分かってるよね。私が物分りが悪いって。もうちょっとちゃんと説明してくれなきゃ、あんたが本物の美耶だって事は、私には納得できない。…意識が溶け合ってるって、どういう意味よ?」
「そのまま、言葉通りの意味なんだけどね…美耶は美耶という一人の人間であると同時に、緑色生命体という一つの生命の一意識でもある。以前の私は基本的に独立した、一つの孤独な意識でしかなかったけど、今の私はそのネットワークも、意識の広がりとして持つようになった、って事だね。」
「つまり、美耶としてのあんたは消えて、緑色生命体としてのあんたに変わっちゃった、って事なんでしょ。…地球人の感覚で言うとね、そういうのは「死んだ」って表現するんだよ。美耶の肉体はどこにあるの? 元の意識は? どっちももう、ここには存在してないんでしょ!?」
「考え方がおかしいよ、ひーこ。どうしてそう攻撃的な言い方になるかなあ。」
美耶は苦笑する。
「私が緑色生命体の一部となったからって、一個人としての私が消えて無くなった訳じゃないんだよ。私は今ひーこに会ってるよって、さっきから言ってるじゃない。」
「なら、私はその一個人としての美耶に会いたいの。みどりの一部なんかじゃなく、独立した地球人としての美耶に。」
「それは…ちょっと今は、難しいかな。大体そんな事をするメリットが分からないよ。今の私…個人としての私だよ、にとっては、緑色生命体の一意識として存在する事が、とても大事な事なんだ。だって、それは私自身なんだから。緑色生命体の意識から、一時的にでも切り離されるっていう事は、今の私には、とてもじゃないけど無理な話だね。」
「何よ…それ。」
「ひーこだってそうでしょ? 自分の体の一部…どこでも良いけど、簡単に切り離せる? 仮に、何をしても死なないよ、って言われてても、やっぱり嫌でしょ? 多分、凄く痛いだろうし。それと、同じ事だよ。」
「違うと思うけど。自分の体の場合…心は、あくまで自分にあるじゃん。切り離される場所じゃなくて。でも、あんたの場合は、意識は緑色生命体側であって、あんたが体の一部になっちゃってるんじゃないの? それは、立場が逆だよ。あんたは、今はもう緑色生命体の一部だし、そこから離れる気も無いんでしょ? それって、個人のあんたの意思がもうそこには無いって事じゃん。そう言うのを「生きてる」とは、地球人は言わないの。」
「うーん…言い方が引っかかるなあ。大きな意識の一部である事と、独立した意識とは別物なんだよ。ひーこだって、日本人としての意識とか、地球人としての意識とかを持ってるでしょ? だからって個人としてのひーこが死んでるなんて言い方は、普通はしないと思うけどな。」
「じゃあ聞くけど。私の場合、例えば、私がそうだと思っても大多数の日本人とか、地球人がそうは思っていないっていう時、それでもそういった世論に逆らって自分の意志で行動する事が出来る。…あんたはどうなの? 緑色生命体の行動に常に従わないといけないんじゃないの? それに疑問を持つ事すら無いんじゃないの?」
「…」
「…」
美耶は少し不愉快そうに眉をひそめ、宏子を見る。美耶はため息をついた。
「…まあ、私個人の事はどうでも良いよね。ひーこだって、その事でここにわざわざ来た訳じゃないでしょ?」
「わざわざ? 自分の友人を助け出しに行く事の何がわざわざなの?」
声に怒気の混じる宏子。美耶は眉を上げた。
「あ、そうなんだ。一応「助け出し」に来てくれたんだね、私を。ありがとう、ひーこ。」
気の無い様子で美耶は言う。
「…」
「でももう絶対助からないって、自分で分かっていたのに? …まあ良いか。それでも一応確かめたかったんだね。まだ私が、緑色生命体の「洗脳」を受けていないかどうか。…ひーこ、いいかげんそういう一方的な物の見方は卒業した方が良いよ。私達がいつも大変な目にあってきたのは、一つには、その辺りで頭がガチガチに固かったからだ、と思うなあ。」
椅子に座っている宏子は鼻で笑った。
「フン。…そういう言い方が出来るって事は、自分達は善人だって自信でもあんのかな。本当にそうなの? 緑色生命体としてのあんたに聞くけど。あんた達は、物凄い魔力があるんでしょ。それなのに、クザラルとサクコブの戦争や、それに地球人が巻き込まれたり、クザラルの星が爆破されたり、地球人が絶滅の危機に陥っても、何も助けようとしなかった。」
「一度はっきり助けたよ。シェアジャの件はひーこはもう忘れちゃったのかな?」
頬に指をあてながら美耶が言う。
「それに、クザラル星を元に戻すような魔力は私達にだって無いよ。それはあの時、アリーザちゃんがちゃんと説明していったよね。」
「確かに、一回爆発しちゃった星を元に戻すのは無理かもしれない。でもあの攻撃…爆破を、防ぐ事が本当に無理だったとは、私には信じられない。シェアジャの事を忘れていないからこそ、不思議に思ってるの。何であんた達は、あんときだけ助けた訳? あそこで私達が負けていれば…私達とフィキチュアジが手を組む事は無かった。…それだったら、HYIもあそこまで壊滅的にはやられなかったかもしれない。」
「可能性で言えば、確かにそうかもね。…でも、いずれにしてもやられるのは時間の問題だったかも。それに、ひーこ、もしシェアジャで私達がひーこ達を助けなかったら、今頃ひーこはここに生きて立ってはいないよ。」
「そりゃ私だって死にたくはないけど、あの時あんた達が中途半端に助けなければ、今頃は、地球もクザラルもちょっとはマシな状態に…」
「なってたかもしれないし、なってなかったかもしれない。でも個人的には、もしひーこ達がいなくなっちゃってたら、今の地球はもっと大変な事になってたんじゃないか、って私は思うけどな。何、ひーこって、自分の事をそんなに過小評価するタイプだったっけ?」
言いながら、美耶は笑った。宏子は笑わない。
「…私が言いたいのは、助けるなって事じゃなくて、助けるんだったら中途半端にやるなって事なの。そりゃ確かに星の爆破は戻せなくても、今までにいくらでも、私達に手を貸す方法はあったでしょ? 何で、今までそういうのが全然無かった訳? 私はそれを聞いてる。」
「だって、ひーこ。緑色生命体は、そもそもクザラルとサクコブの戦争には中立の立場なんだから。それで何で一方に肩入れしなきゃいけないのかな?」
「確かに戦争するのは彼等の勝手かもしれない。でも私達、地球人は? 一方的な被害者じゃん。そういった人達を助ける位、してもバチは当たらないんじゃないの。あんた達位魔力があるんだったら。」
「人道的なコメントに涙が出てくるねえ。でも、そもそもヒューマノイドでもないような生命体を相手に、そんな情緒的な事を言うのが馬鹿馬鹿しい事だとは思わないのかな、ひーこは。」
「…」
宏子は唇を噛む。
「…それなら、何で私達の事は、シェアジャで助けたのよ。」
美耶はにっこりと笑う。
「緑色生命体を代表して言うけど。それは、ひーこの事が好きだから、だよ。」
「…」
険しい顔つきのまま、宏子は立ち上がった。
「美耶。それなら地球人を…少なくともEIMを代表して言うけど、私はあんた…あんた達に、そんなふざけた答えを期待してわざわざここに来た訳じゃない。」
「ふーん。それは残念。こっちはすっごく真面目なのに。」

「…いつまでも、こんな馬鹿馬鹿しい話に付き合う気はこっちも無いよ。どうも私、馬鹿にされてるみたいだから言うけど…私だってあんた達の事、何にも分からないでここに来てる訳じゃないんだよね。」
「…」
美耶は椅子に座ったまま楽しそうに微笑んでいる。宏子はきつい視線で口を開く。
「大昔、クザラル人がサクコブに魔力を与えたけど、クザラル人は本当は、サクコブを利用しようとしている悪い奴だった。サクコブは、そんな話を信じてる。逆にクザラル人は、大昔に魔力を教えたのはサクコブ生命体で、だけどそいつらは実は悪い奴なんだって信じてる。どっちもその事を知っているのはごく一部で、だからこそそれを知った人達はその「秘密」を心の底から信じて、お互い憎しみあってきた。」
「ああ、それは美耶としての私は「知らなかった」話だね。ひーこ達がそれを知る前に、私はこっちに来ちゃってたからね。」
頷いてみせる美耶。
「でもモニクちゃんの見解としては、結局、昔のクザラル人がサクコブ生命体に魔力を教えた…というより、サクコブ生命体自体を創造した、って事なんでしょ。そしてそれ自体には悪意は無かった、って事だよね。いやあ、あの見解は鋭いと思うよ、流石モニクちゃんだよね。」
「…良く知ってるね。」
さほど驚いてもいない様子で、宏子は美耶に細い目を向けた。
「まあ、私自身がその場にいた訳じゃないけどね。緑色生命体の意識としては、色々な情報が耳に入ってくるって事位はひーこも想像つくよね。」
「まあね。…でもおかしいよね。それが事実だったとして、何で、それぞれの生命体の間で、事実が歪められて伝わったのかな。しかもお互い秘密の噂だから、相手には伝わらない。そして、その秘密の内容は、お互いの憎しみが深まるようなものだった。」
「…」
「気になる事はまだあるよ。仮に昔のクザラル人がサクコブに魔力をあげたんだとして…じゃあ、クザラル人は最初どうやって、魔力なんてものを得たのかな。もちろん、彼等が自力で一生懸命研究して、それでゆっくりと、魔法の力を見つけ出していったのかもしれない。彼等は歴史が長いみたいだし、そうだとしても不思議じゃあないかもしれない。…でも考えてみたら、その可能性よりは、既に強力な魔力を持っている別の生命体からその力をもらった、っていう方がより現実的で簡単な…つまり、可能性が高い、っていう気が、してくるんだよね。」
「…それで? ひーこはさっきから勿体ぶってるけど何が言いたいのかな?」
「あんた達が元凶なんじゃないの、緑色生命体さん。」
ただ雲と砂だけが広がる何も無い空間の中で、宏子は美耶に顔を近づけた。
「あんた達が大昔にクザラル人に魔法を教えた。その後で今度は、クザラル人とサクコブ生命体両方に、正反対の、お互いがお互いを憎しみあうような噂を流した。全部あんた達が、仕組んだ事だったんでしょ?」
「ひーこ…それはまた、随分話が突飛だねえ。しかも唐突だし。そうひーこが信じるのはまあ、良いけどさ。理由がまるで分からないよ。何で私達が一々、そんな面倒くさい事をしなきゃいけないのかな?」
「理由は私が聞く事でしょ。それを聞きに私はここに来てるんだから。」
「勝手に陰謀を作られて、勝手に犯人にされて、それで、「理由は私が聞く事だ」って、ひーこ…それじゃ無茶苦茶だよ。」
「あんた達が絡んだっていう証拠は、直接は何にも無い。…でも、あんた達が絡んでいるっていう以外に説明のつけようも無い。それぞれの間で広まった噂は、両方の場合とも、否定出来ないような「証拠」を伴った物だった。…でもそんな事有り得るはずがない。両方の噂はお互い正反対で、矛盾しているんだからね。その矛盾を無理矢理解決する方法があるとすれば…それは、系の魔法で書き換えるっていう事位しか無いんじゃないかな。でもそれだって、普通の魔力の生命体…例えばサクコブとか、クザラル人とかには、とてもじゃないけど出来ない事だよね。だってその噂を見たり聞いたりする人、あるいは生命体は、恐らくその種族の中でもかなりの魔力の持ち主のはずなんだから。クザラルのシャウビとかサクコブの魔術師とか、そういった連中までひっくるめて全員を騙せるような魔力の持ち主は、この宇宙上であんた達以外、いないんじゃないの。」
「…まあ。ひーこにしては、理屈を頑張って考えた、って感じかな。」
美耶は笑いながら肩を上げた。
「でも思うんだけど…ひーこ、本当は、単に直感で、「緑色生命体のせいなんじゃないか」って思い込んだだけなんじゃないの? 女の勘っていうか、…あ、この場合は魔法少女の勘って言うべきかな。」
「…え?」
宏子は少し意外そうに聞き返す。
「それじゃあ、ひーこの魔法少女の勘に敬意を表して。…ここだけの話。本当は秘密なんだけど、ひーこにだけこっそり教えるよ。」
椅子に座ったままの美耶は手を口の横にあて、ひそひそ声で囁いてみせる。
「確かに昔、その情報をサクコブ生命体とラル人それぞれに流したのは私達だよ。これは本当に秘密だからね。しーっ。」
「…」
宏子はじっと黙り、美耶の顔を見ている。
「それからもう一つ、ひーこに教えておきたい事があるんだけど、」
美耶は普通の音量に戻り、微笑みながら宏子に言った。
「もう多分、これもひーこ自身、分かってる事だと思うけどね。もうひーこは、ここから逃げる事は出来ないよ。幸田美耶同様、私達の意識の一部に取り込まれる以外に、未来は無いからね。」
「そう? 何で私の未来を、あんたが断言出来る訳? いくら魔力が強いって言ったってそんな予知能力まであるとは知らなかったけど。」
「魔力が仮に無くても、普通の判断力があれば分かる事だよ。ひーこ、自分で言ってたよね、私…つまり幸田美耶が、地球を離れた時。すぐに皆、私の存在を完全に忘れてしまった、って。同じ事は当然今、ひーこにも起きてるんだよ。もうリジュワナちゃんも、モニクちゃんも、プオさんも、ひーこの事は全く覚えてない。当然HNKやHYI、05もね。だからひーこは、彼等の助けを期待する事が出来ない。ひーこは今、この星に一人ぼっちなんだよ。そして助けは永遠に来ない。いくらひーこの魔力が強いって言ったって、一人で緑色生命体と対抗出来るほどじゃないっていうのは、分かるよね。」
「…」
「…あ、なるほど。そういう事考えてるのか、ひーこは。」
「何? あんた達、テレパシーでもない人の考えを勝手に読むのはマナー違反だと思わないの?」
「別に読んでなんかいないよ。でも読まなくても相手の考えてる事が分かっちゃうっていう時は、地球人だってあるでしょ。」
「それで。何よ。」
「ひーこ、もしかして、他の人が忘れても、プオちゃんだったら自分の事覚えていてくれる、助けに来てくれるかもって思ってるでしょ。これは私の女の勘なんだけどね。」
「…」
「残念だけどそれは無いよ。確かにプオちゃんはひーこの事を特に大切に思っていたみたいだけど、だからって、緑色生命体の魔法をキャンセル出来るほど強い意思を持っている訳じゃないからねえ。そう考えると、他の皆が忘れたのに私の事を忘れないでいてくれたひーこは、よっぽど私と繋がりが強いって事になるね。やっぱり持つべきものは親友、って事かな。」
「…確かに可能性は低いけど、だからってそれだけじゃ、絶対に助けに来てくれないっていう証拠にはならない。だからまだ可能性は、ゼロじゃない…。」
「ゼロだよ。プオちゃんがひーこの事を覚えている可能性はゼロ。私が保証してあげる。」
「…」
美耶はやや強い口調で宏子に言う。宏子は一瞬体を震わせて、美耶の方を、恐れと怒りと好奇心の入り混じったような無表情で眺めた。
「邪魔者が入ってくる心配は無いんだから、まずはお互い、ゆっくり話し合おうよ。ほら、ずっと立ってたら疲れるよ。椅子に座ったら? なんならソファーとか、座布団とかを用意しても構わないけど。」
美耶は再び笑顔を作り、宏子にそう言いながら椅子を手で指した。


「こっちの情報も大差無いわ。ニューヨーク、ワシントン、ロンドン、モスクワ、北京、東京、ベルリン、パリ。全地球の政治・経済の中枢はほぼ全て壊滅状態。それ以外の途上国や地方も、大抵の場所はやられたと言って良い。あなたの言った通り、もはやダメージが全く無いというエリアは事実上存在しないわね。」
比較的熱帯に近い気候と思われる森林の中の、小川のほとり。テントの下に敷かれたシートの上に、足をくずして座ったジュチャがプオラギイックに言っている。
「今現在まだ生き残っている地球人は、どこかにまとまっているのではなく、被災地の生存者よ。だから放っておいたらまだまだ被害者は増える…というか、生き残りが減っていく、し、モンスターはその攻撃の手を未だに緩めてはいない。」
「しかも助けるにも、生存者達は一箇所に固まってる訳じゃないからそう効率良く助ける事は出来ない。」
ジュチャはプオラギイックに頷く。
「ええ、そうね。こっちが助けるスピードよりモンスターが地球を攻撃するスピードの方がずっと速いから、これじゃ時間稼ぎにしかならない。しかも相当少ない時間しか稼ぐ事は出来ないわ。」
「どうでも良いけど…ジュチャ。いい加減、「モンスター」っていう言い方は止めても良いんじゃないかしら。」
リジュワナが言う。ジュチャは軽く眉を上げてみせた。
「あら、どうして?」
「私達はもう、彼等の名前を知っているわ。彼等にも独自の文化があり、私達並か恐らくそれ以上の知性が存在する。それなのに未だに正体不明扱いで「モンスター」は無いでしょう。」
「…」
リジュワナ達とジュチャ達の相対している円陣の中間、奥の方で、シユマが笑いながら手を振る。
「ああ、無理無理、そんな事ジュチャに求めたって。自分に都合の悪いニュースは全部無視して無かった事にしちゃう天才なんだから。彼女の中では、今でもサクコブは正体不明のモンスターなんでしょ、多分。」
「あ、あの、シユマちゃん、そういう煽るような言い方はちょっと、どうかと…」
モニクが苦笑しながらシユマに言う。ジュチャは肩を上げた。
「ええ、もちろん正体不明のモンスターは、正体不明のモンスターよ。じゃあ聞くけど、どうしてあなた達はあれが正体不明のモンスターでないと言い切れるの? サクコブ生命体? それは彼等が私達に主張している彼等の名前でしょう? 彼等自身が自分達の事をどう呼んでいるかなんて、結局分からない。あなた達がモンスターについて知っている情報は、全部モンスターがあなた達に見せた情報なだけであって、それが本当に、現実のモンスターの姿であるという保証なんて、どこにも無いじゃない。どうしてそう簡単に信じられるのよ。」
「ああ、もう何言ってんだろうこの人。言ってる事が全然分かんないや。」
シユマはまるで地球人のように首を横に振ってみせる。シユマの隣のクザラル人男性が、声を落としコココ語で彼女に喋った。
「支部長…協力関係を前提とした協議の場ですので…」
「ああ、ごめんごめんタオダ。確かにそうだよね、HYIと協力し合うっていうのは、向こうの意味不明の暗号にどこまで耐えられるかの忍耐勝負だって事、私もちょっと忘れてたよ、うっかりしてた。」
「シユマ。頼むからしばらくの間、黙っててくれないか。口もテレパシーも。」
「何よ、プオラギイックまで。」
シユマは頬を膨らませる。リジュワナはジュチャに顔を向けた。
「全部が全部、彼等がこっちに意図的に見せた情報という訳じゃないわ。例えば私はしばらくの間、彼等の意識ネットに接続していたけど、その間に見た情報の中には彼等が本来、私には隠そうとしていた情報もたくさんあった。」
「それは、あなたがそう思っているだけ。彼等が更に一枚上手うわてだったっていう可能性が絶対に無いと、言い切れるかしら?」
「…」
ジュチャの言葉に、リジュワナは口を閉じる。
リジュワナとジュチャの間の手前側、つまりシユマに相対する形でシートの上に着地している05生命体の一体が、頭部を軽く振った。
「HYIが地球人を騙してきたのと同程度位には、サクコブもHNKやリジュワナさんを騙してきているのかもしれませんが、少なくとも名前に関しては間違いはありません。その点は、元々彼等の従属機器であった私達が保証しましょう。」
「…」
黙るジュチャ。その隣の、静かな雰囲気の男性が、30a0の方を上目遣いに見ながら口を開く。
「貴重な情報有難うございます。ですがお言葉ですが、私達が彼等をモンスターと呼ぶのは、彼等の暴力的行為が、まさに「モンスター」以外の何者でもないからなのです。彼等を形容するのに、モンスター以外の表現は考えられません。クザラル領域への徹底的な攻撃、地球人の抹殺、彼等に人間の情はありません。正に、モンスターという言葉を具現化した存在が彼等なのですよ。」
「…そう、そう言う事よ。」
「…」
ジュチャが頷く。シユマは眉を上げつつ彼女を眺めた。
「…あんたが羨ましいわ。フォローの上手い補佐官がいるみたいでさ。」
「…下手ですいません。これでも努力はしているんですけど。」
幾分表情の険しくなったタオダがシユマに頭を下げる。
「でもあなたの部下は、自分の上司を監視しながら、逐一国評にその行状を報告したりはしないんでしょ? シユマ。」
「納得いきませんね。人間の情とは何です? 私達にだって有甲殻生命体の情がある。種族差別的な発言は控えて頂きたいんですがね。」
二体の05生命体のうちの一体が羽を上げた。もう一体がアンテナを点滅させる。
「9d88課長、彼等には彼等の信条と歴史があります。確かに種族差別的かもしれませんが、まずは彼等の意見にも耳を傾けるべきです。」
「…了解しました。」
「話がまとまりそうにはないわね。」
ため息をつくリジュワナ。プオラギイックが首を上げた。
「いや、まとめる。…ジュチャ、今はお互いの違いをあげつらっている時間は無い、一刻も早く」
「待って。今私達の事をあげつらったのは、そっち側じゃない。」
「分かった。それは悪かった。気をつける。…とにかく、今はそういった問題は置くとして、モンスターに対する対策を…」
「いえ、もう一つあるわ。小英の事は、どう責任を取ってくれるのかしら。」
「それは…」
プオラギイックは、リジュワナやモニク達と目を合わせる。ジュチャは腕を組む。
「責任というよりも対策ね。小英は、私達の中では地球人を代表する存在であると共に有力な魔術師の一人でもあった。そんな最重要メンバーの一人が殺されたのよ、あなた達に。それも、私達がお互いはっきり敵対している時の戦闘の犠牲という事ではなく、お互いに歩み寄ろうとしている時に、卑怯な不意打ちでね。」
「小英の事については、済まなかった。…済まなかったなんていう言葉ですむ問題とは思っていないが…信じてくれ、俺達は、小英を手にかけるつもりなんて、これっぽっちも無かったんだ。多少の行き違いこそあれ、お互い戦ってきた仲間だ、それを」
「信じるわ。」
足を崩した正座のような形で座っているジュチャは、足を動かしながら軽く頷いた。
「そんな事は分かってる。ファスロ隊員はあなた達の意図とは反した行動を独断で起こした。そうでしょ? 私もコココ人じゃないし、過去の事をそうネチネチと責め続けようっていうんじゃない。」
「…」
シユマの眉が上がる。
「さっき言ったわね。そうじゃなくて、対策よ。プオラギイックや30a0統括課長が、こちらと協調体勢をとっていこうとしている事を疑っているっていう訳じゃないわ。そこのコココ人はどうか知らないけど…ああ、ごめんなさい、生まれも育ちもファキブトブの偽コココ人だったかしら確か。あまりに擬態が完璧だったんで出自を忘れていたわ。肌の色を見るまで。」
「…支部長。」
「分かってる。とにかく我慢しろって言うんでしょ。大丈夫だよ、こっちは常に国評の人間に睨み効かされたりしてる訳じゃないんだから、あっちほどストレスは溜め込んでないからね。」
シユマがタオダに言う。
「…」
リジュワナは、プオラギイックとため息をつきあってみせた。ジュチャは再びプオラギイックに目を向ける。
「協調体制を疑ってはいないけど、あなた達の部下全員がトップの意思に従っているかどうかが問題よ。今回のような事がまた起きるようでは困るの。もし協力しあうとするなら、私達は自分達の身の安全が守られる…少なくともあなた達の部下に不意打ちをくらったりはしないという保証が欲しい。言葉じゃなくて、物理的な保証よ。」
「物理的な保証というのは難しいわね。具体的に何をどうすれば…」
「そう言うんじゃないかと思って、あらかじめこちらで希望する対策の内容を用意してきたわ。準備が良いでしょ?」
リジュワナにジュチャが言う。ジュチャは右手人差し指を上げ、自分の隣に合図のような物を送る。
「…」
「…」
「…それで?」
聞くリジュワナ。
「…ええ。」
ジュチャは一瞬自分の隣を見てから、指を下ろし、自分の前のバーチャルタッチパネルを操作しだした。
「こちらの要求は以下の通りよ。」
それぞれのバーチャルディスプレイに文書が表示される。


<…ねえ、リジュワナちゃん。>
リジュワナの隣に座っているモニクが、ニ人だけにしか聞こえない強さで念じる。
<何?>
囁き返すリジュワナ。
<ジュチャちゃん…の隣って…>
<隣? 隣には誰もいないわね。奥にいるのなら…あれは、確かトク魔術師ね。実務面での彼女のサポート役よ…って、あなたの方が彼等の事情には詳しいでしょう。>
<うん、彼が誰かは知ってるけど。…隣は? 誰か…いなかったっけ?>
<…敢えて言うなら9d88が「隣」になると思うけど。>
<9d88さんとジュチャちゃんの間。>
<それは…私には誰も見えないわね。>
<…>
目を細めながら、モニクはジュチャの「隣」を眺める。
<何、もしかして、誰かがいたの? 系の魔法で隠れているのかもしれないわね。触って確かめてみたら?>
<うーん…>
<お前達、どうした?>
<え? ええ。モニクが…>
<あ、何でもないよ。>
モニクはプオラギイックに笑顔を作り、手を振った。
<えと…あ、条件だよね。なになに…>
モニクは自分の前のディスプレイの表示をわざとらしく読み出す。
<…何でもないらしいわ。>
リジュワナはプオラギイックに肩を上げてみせた。


「生命体は何も、嘘の情報を流していた訳じゃないんだよ。そんな酷い事は、さすがに私達だって出来ないよ。良心がとがめるからね。」
美耶は微笑む。向かい合い、椅子に座っている宏子は息をつく。
「…良心?」
「それじゃ納得出来ないって? じゃあ違う言い方をしようか。確かに私達なら、嘘の噂をお互いの種族に流す事位は出来るだろうし、それを、聞いた全員に信じ込ませる事も出来ただろうね。多分。でもね、ひーこ。相手はそれぞれの生命体で最高位の魔術師達なんだから、もしかしたら、それらが疑われる事だって絶対に無いとはいえない。そんなリスクはなるべくだったら負わないですんだ方がいい。ここまでは分かるよね。」
「…」
「それぞれに流れた噂が本当に事実であるなら、そのリスクは無くなるね。それどころか、一々系の魔法を使う必要すら無い。それぞれが信じるそれぞれの正義は、全くの事実なんだから。」
「そりゃ理屈はそうかもしれないけど…その説明には無理があるよ。だって、サクコブとクザラルに流れた噂の、両方が事実である訳が無いんだから。」
「どうして? 両方が事実だったら何かいけない?」
「…」
宏子は一瞬黙り込み、美耶を見上げた。
「両方の噂を、もう一度、一から説明させるつもり?」
「ああ、それはちょっと面倒だろうねえ。」
美耶は笑った。
「じゃあ、私から言おうか。ひーこ達の理解だと、サクコブ生命体が信じているのはこうなんでしょ。大昔、生命体には魔力が無かったけど、巨大な船に乗ったクザラル人が魔力を与えてくれた。でも彼等は実はそれで、サクコブ生命体を利用するつもりだった。」
宏子は美耶の言葉に頷く。
「逆にクザラル人の場合はこう。まだクザラル星に着く前、クザ・ダシャヤイに乗っていたラル人達に魔力は無かったけど、そこにサクコブ生命体が現れて、ラル人達は彼等から魔力を得た。でもそれは生命体の策略で、生命体はクザラル人を利用しようとしていた。」
「それで? 両方が事実って事は有り得ないじゃない。それぞれ真逆なんだから。」
「真逆だ、っていうのはひーこの判断だね。でもそれが唯一絶対の真実かな?」
宏子はふう、と息をつく。
「…あんた達緑色生命体って、何つーかそう、勿体つけた言い方が趣味な訳?」
「ひーこ。よく、考えてみて。…そうだね、じゃあまずは簡単な方から説明しようか。クザラル人の一部に、サクコブ生命体を利用しようという人達がいたのは事実だよ。それと同様、サクコブ生命体の一部にもクザラル人を利用しようとした生命体達がいた。これだけなら別に、お互いにとって何の矛盾にもならないよね。それどころか、それぞれにおける代表的な意見が「相手を利用してやれ」っていうものだった、っていう事にすらなってないんだけどね。…ちょうどEIMの一部のメンバーにHYIを心底憎んでいる人がいたのと同じで、だからと言ってグループ全体としてそういう意思を持っていたとは限らない。」
「つまり…一部の意見を、強調したって訳?」
「意見があったのは事実だよ。それが相手の代表的な意見だ、なんて決め付けたのは、それぞれの生命体が後から勝手に思い込んだだけなんじゃないかな。」
「…」
「次は、どっちが魔力を与えたか、っていう歴史の話だね。これもまあ、よく考えれば簡単な事なんだけど。…モニクちゃんが言った通り、古代ラル人はラル母星、つまり今で言うサクコブ星で、地球で言う昆虫に近い動物をベースに、サクコブ生命体を作り上げた。その際に彼等に魔力を与えたんだ。…だから当然、先に魔力を持っていたのはラル人で、彼等がサクコブ生命体に与えたって事になるね。」
「それじゃあ…」
「でも、当時のラル人は…今もだけど、魔法が使えるような人って、圧倒的少数派だったんだ。魔法の使えるラル人達は、星の将来の事を考えて、サクコブ生命体に知的生命体というものの存続を託した。サクコブ生命体は、基本的な生命力や魔力が強いからね。でも、その選択に納得出来ないっていうラル人達も、当然たくさんいたんだよね。だって考えてみてよひーこ、あんな格好で羽をばたつかせている「モンスター」が自分達の後継者だって。少なくとも、あれが自分達の分身だみたいに言われても、ピンと来ないラル人は、そりゃ多いよね。」
美耶は息を吸う。
「だから、一部のラル人達、特に魔力の無い人々は、生命体を作ったラル人達を非難したんだ。地球人といいラル人といい、昔から仲間割れするのが大好きな種族みたいでね。当時のラル人同士の対立も、それは酷かったんだよ。まあ、それ以前から、非魔術師のラル人にとって魔法少女達は一種、畏怖の対象だった。その感情がこういう時に悪い方向に暴走しちゃった部分もあって、お互いの対立はもうどうしようもない所まで行ってしまったんだ。…それで、魔力の無いラル人達は結束して、違う方法で、この宇宙に生き残るっていう事を模索し始めた。サクコブ生命体が遺伝子工学で作られている頃から既にずっと建造中だった巨大な宇宙船が完成した時、非魔術師だけ乗り込んで、魔力のあるラル人達は全員、星に置き去りにしたんだよ。そして宇宙船は星を後にした。取り残された魔法少女達は…まあ、その頃のラル星はもう、後戻り出来ないレベルにまで環境破壊が進んでいたからね。200地球年ももたなかったかな。全員そこで死んじゃったんだ。その後、星はサクコブ生命体の天下になった。」
「…」
「話を宇宙船に戻すね。彼等はその後新しい環境を探すんだけど、魔力も無いし、なかなか良い場所は見つからないんだ。時間だけがどんどん過ぎていった。船の中で何世代も世代が交代していくうち、彼等は、自分達の内の一部が潜在的に魔力がある、という事実を忘れてしまったんだよ。…まあ、彼等の親達はよっぽど、魔力について触れるのが嫌だったんだろうねえ。」
「で…ある時そのクザ・ダシャヤイに、自前の宇宙船を作れるまで進化したサクコブ生命体が追いついて、彼等に接近してきた。」
「何世代分も先にスタートしたはずなのにあっさり追いつかれてるんだから、世話は無いよねえ。」
美耶は宏子の言葉に頷いた。
「追いつかれた理由は簡単だね。サクコブの方は、空の魔法も宇宙船の推進力に使っていたから。で、彼等の宇宙船が何でこんなに速いのかって事を、当時のラル人達は不思議に思って調べだした…」
「わ、凄い。ひーこ、もしかしてこっちの考え読めてるんじゃないの?」
美耶が笑ってみせた。
「さあ、じゃあもう一回考えてみようか。それぞれの間で噂されていた事が事実であるか、そうでないか。」
「…」
しばらく宏子は沈黙する。やがて彼女は顔を上げた。
「事実の一部を都合の良いように切り貼りして、歪めてお互いに伝えた。…いや、そもそも、その事実…歴史を作ったのは、あんた達なんじゃないの。…当時のラル人達が、そう動くように仕向けたのは…例えば、魔法少女達と非魔術師達の対立を起こさせたり、船で、サクコブ生命体の事を探らせるよう仕向けたり…サクコブの方も、わざわざサクコブ生命体を後からラル人に会わせようとしたのは…」
「だから、そういう根拠の無い事を言われても私も困るんだよね、ひーこ。」
美耶は自分の胸に手をあてる。
「それは全部、ラル人やサクコブ生命体が自分達自身で勝手にやった事なんだから。私達はただそれを、傍観していただけなんだよ。」
「傍観? そういった事が起きるように誘導して、扇動する事を、傍観って表現するんだ、あんた達は。」
「…」

口元を歪めて笑いながら美耶は立ち上がった。
「ちょっと私、疲れちゃったかな。トイレにも行きたいし、しばらく席、外すよ。」
「…何言ってんの。ただのホログラムみたいな存在のあんたが疲れたり、トイレに行ったりする訳無いじゃない。」
「粋じゃないなあ。少なくとも、ひーこは疲れもするし、トイレにも行くでしょ? それに合わせてあげてるだけだよ。」
「…」
宏子は眉を上げる。美耶は向こうへ歩き出し、ふと立ち止まり振り返った。
「あ、そうそう。ひーこ、トイレ行きたくなった時はいつでも言ってね。すぐに部屋ごと用意するから。」
「…そりゃご親切にどうも。」
無表情に答える宏子。美耶は笑いながら手を振り、再び向こうへ歩いていく。
シュウウンッ。
次の瞬間光がまたたき、美耶の姿は消え、その場所から緑色の蒸気のようなものが上空へ拡散していった。
「…」
宏子は誰もいない空間に、一人取り残される。
「…」
宏子は鋭い目つきで、周囲を見回した。


見渡す限り何も無い空間に、電子音が響く。
宏子は、空中に表示された半透明の画面の上で指を踊らせ、表示に眉を寄せる。

エラー

・通信用照射サイクルの確立に失敗しました

以下の可能性が考えられます
・入力の初期バッファーに障害が生じました。
・バッファー間のリンクに障害が生じました。
・作動させられている地点における空魔法の減衰度が、23.2KBhQクベカ以上です。

「やっぱ駄目か…」
呟きながら手を口にあてる宏子。
−メッセージは…短く…どうやれば伝わるんだろ…って、こんな複雑な話どう要約しろってのよ! ああ、読書感想文の宿題とか、もっと真面目にやっときゃ良かった…。
宏子は素早くタッチパネルの上で指を動かし続ける。
[こちらはまどり星の、佐藤宏子。大変。至急助けをm、もとむ.kararagaiuniwa]
「あ、あ、入力モードが、」
パネルの文字に声を上げる宏子。
宏子は指を離し、ため息をついた。
「だあっ…」
何かが動いたような気がした。宏子はまばたきをし、周囲を見回す。
「って、誰もいないんだって、ここは…」
息をつく宏子。
「…」
微かな風のような、機械の起動音のような音がした。やはり何かが視界の隅で動く。
「…美耶?」
険しい声で言いながら宏子はそちらの方を向く。
彼女の2、3メートル先に、雪わたか何かのように小さな塊で、空を漂っている緑の雲があった。
「はあ、なんだ、雲か…」
ため息をつく宏子。それと共に、手のひらほども無い大きさの雲はまた、息に吹かれるように姿を変える。
「…」
宏子は息をとめた。それとぴったり合わせて、空中に浮いている雲も静止する。
「…はああ…」
息をはいてみる宏子。雲はそれに合わせるように、細長い棒のような形に変形する。
「…」
宏子は姿勢を整え、胸に手をあてながら両目をつぶった。
ウウウウウウウウン…。
雲はこんどは、サッカーボール大の丸い球状に変形する。
「…」
目を開き、宏子はそれを見る。彼女は目を細めた。


「これじゃ不公平じゃない! 不公平っていうか人種差別だわ!」
「何を勘違いしているか知らないけど、クザラル魔法協会は人種の分け隔てなく会員を受け入れている、皆に開かれた団体よ。ちなみに会員にはクザラル人だけでなく、地球人もいるわ。」
「でもサクコブ生命体はいないでしょう? もちろん私達もいない。」
9d88が首を振る。
「少なくとも、HNKのように一民族のエゴで成り立っている組織とは根本的に違うのよ、私達は。」
ジュチャはそれを無視してシユマに言い放った。
「…ああ、やっぱり疲れてるんだ。あの人。私が何人だったのかも完全に忘れちゃってるみたいだし。ねえ、タオダ。」
「まあ多分、HNKの隊員になるにはコココ人であるか、身も心もコココ風になりきっている売国奴になるかのどっちかが必要なんでしょうねえ。」
「な…あんたね、」
青い肌のクザラル人男性がジュチャに向かって口を開いた。
「議員、もしかしたら少し、誤解があるのかもしれませんね。確かにコココ解放同盟の本来の結成目的は、コココ人をエウグ、カクリカ等の搾取民族から独立させる事にありますが、同時に私達はパ人に迫害されているユトラトブ人やジュムル人、ゴン・パネユの圧政を受けてきた西部オロ人、ダブーにコファウチタレ、ナールー人やグノーチ人の独立も支援してきています。ニグーワー連邦北部に住むタスヌサ人の場合等は、人種的には褐色人種のゴニ教徒ですが、彼等も我々の一員です。あなた方にとって「モンスター」が敵を象徴する言葉なのだとしたら、私達の場合、「コココ」は被抑圧者を象徴する言葉なのです。私達がいかに人種に開かれた考え方を持っていたかという事は、私達が既に一年以上前からEIMと同盟関係にあった事を考えて頂ければ理解してもらえるでしょう。」
「あー、そう、そう。その通りよ。」
あぐらをかいているシユマは、タオダの隣でうんうんと頷いた。
「それは不勉強だったわ。ご教授どうも、ユクネワコさん。…でも残念ね。今名前のあがった人種は全部、実質絶滅してるんだから。エウグも含めてだけど。」
肩を上げるジュチャ。
「あのね。その結果を招いたのは、そもそもあんた達が」
「ストップ。…ニ人とも、もういい加減にして頂戴。これ以上やりたいならテントの外よ。」
「…」
「…」
リジュワナが声を上げる。ジュチャとシユマは同時に息をつき、お互いにそっぽを向いた。
プオラギイックがジュチャに言う。
「いずれにしても、こんな提案をのむ訳にはいかない。HYI会員と連合メンバーが共同作業を行う際に、必ず連合メンバー一人に対しニ人のHYI会員がつく、って、不平等以前に、そもそも物理的に無理だろうが。今そっちは、動かせる会員は何人いるんだ。」
「ええと…確か43名ね。」
「うわ、少な…」
「…モニク。」
「あ、ごめんなさい。」
自分の頭を叩きつつ、モニクがジュチャに頭を下げる。
「今あなた達は、何人いるの?」
ジュチャが聞く。モニクは目をまばたかせる。
「え? あ…ええと、EIMが…24名。」
「24名!?」
「ご…ごめんなさい。」
引きつった顔のモニクがジュチャに答えた。
「私達は全員で15体です。」
「私達は33人。だから全員合わせると…えーと?」
シユマは30a0に顔を向ける。
「連合全体では72体ですね。」
「だってさ。」
「大差無いじゃない、私達と…」
呟くジュチャ。
「それでも合わせれば、連合の方があんた達よりも多勢だって事でしょ。」
「そうだ。40…何名だったって?」
「42。」
プオラギイックにジュチャが答える。
「42名、全員がこちらと共同作業を行うとして、こっち側からは最大21名しか参加出来ない? 冗談じゃないだろ、そういうのを協力関係とは、俺達は呼べないぞ。」
「それは残念ね。でも私達の場合は、自分達がいつ不意打ちにあって殺されるか分からない状況下での仕事を協力関係とは呼べないのよ。」
「ジュチャ、今はそんな細かい事を言ってる場合じゃないだろう。地球人をいかにして救うかが今は」
「細かい事? 自分達の命の保証を細かい事呼ばわりされたら、たまらないわ。」
「いや、だから、」
「残念だけど、私達は特に一部のテロリスト達には信頼感を持てないでいる。もう少し、誠意というものを見せてもらいたいものね、特に彼等には。」
ジュチャはシユマの方に流し目を送る。
「あのね、HNKは…」
言いかけて、シユマはふと自分の横を見た。
「…」
「…言いたい事を頭の中でまとめてから、口を開きなさいよ。」
「う…違うわ、HNKがその主張を、特に初期において暴力に訴えざるを得なかったのは、ゴニ教徒が彼等の自由を全て奪い、その考え方まで…」

<…ねえ、リジュワナちゃん。>
また険悪な雰囲気になっているシユマとジュチャを見ながら、モニクは再び小さなトーンで念じた。
<何。また誰か隠れた?>
冗談っぽく念じるリジュワナ。
<…>
モニクは無言で頷く。
<…本気?>
<…>
リジュワナを見るモニク。リジュワナは眉を寄せ、改めて円陣を見回す。
<さっきは…どこだったかしら、ジュチャと30a0の間に誰かいたんじゃないかって、そう言ってたわよね、あなた。>
<30a0さん…だったっけ? 誰か、違う05さんだったような気が…>
<それじゃあ、05の代表者が2体ここに出席しているの? でもそれだとバランスが悪いわよ。だってHYIのジュチャに、HNKのシユマは、それぞれ一人だけで出席しているんだから。もちろん、すぐ後ろに他の隊員はいるけれど。>
<あれ…でも、どっちかは、HYIだったかHNKだったか、は、ニ人前列に出てたような気がしたんだけど…>
<ジュチャと30a0の間に誰かいたのよね? だとするなら、ジュチャの補佐役じゃないかしら。…あら? そこにいたのが違う05だったの? それなら、30a0の補佐役でしょうけれど…>
<あれ…じゃあいずれにしても、シユマちゃんはずっとあそこに一人でいたの? …一番一人でいたらマズそうな人なのに。>
<…何がマズそうなのよ。>
いつのまにかジュチャと話し終えていたらしいシユマが、モニクの目の前に立っていた。
「うわああああああああああっ!」
叫びながら、踊るように後ずさるモニク。
「…」
「どうしたの?」
向こうから、ジュチャがこちらに聞いてくる。モニクは愛想笑いをした。
「あ、いや、何でもないんだけど…」
「私が一人でいると、何がマズいって?」
「あ、いや、その…」
「あなたが本来は、一人ではなかったはずだからマズい、という話よ。」
モニクの隣のリジュワナが答える。シユマは眉を上げ、思わず後ろのジュチャと目を合わせた。
「…あなた、子持ちだったの。」
「…」
ジュチャの言葉に目つきの悪さで返答しながら、シユマは向き直る。
「一人では、なかった。」
「ええ。」
頷き、リジュワナは立ち上がる。
「私は気づかなかったのだけど、モニクに言わせると、あなたには補佐役がいたそうよ。」
「補佐役ならいるよ。ロララグとか」
「そうじゃなくて、誰かが会議に発言者として出席していたのよ。」
「いたのよ、って言われても…覚え、無いんだけど。」
「私も無いわ。でもモニクは…」
「いや、私も…そんなに自信があって言ってる訳じゃ…」
「…あのねえ。」
シユマは疲れた顔でモニクを眺める。
「でも、何か感じるものがあったんでしょう? 系魔法は調べた?」
「…」
ジュチャの言葉に、視線を合わせるリジュワナとモニク。モニクは腕端末に指を触れた。
「ええと…ううん。反応は」
「無いわね。」
頷くジュチャ。彼女も自分のバーチャルディスプレイを操作しだしている。
「じゃあ…気のせいなんじゃないの?」
息をつくシユマ。モニクは顔を曇らせる。
リジュワナはモニクに顔を向けた。
「モニク。率直に聞くけど、自分が何らかの異状にあっているという可能性は考えられる? ただの体調不良かもしれないし、何かもう少し深刻な事なのかもしれないけれど。」
「可能性は、それは…だって、そもそも最初から、自信があって言ってる訳じゃないし…」
モニクは上目遣いに周囲を見回す。
「…お騒がせしてすいませんでした。」
モニクは首をすくめてみせた。
プオラギイックが肩を上げる。
「まあ…それなら一応、ここからはより念入りに魔力反応はモニターしておこう。人が消えているかはともかく、何か、魔法少女が感じ取れる事が起きているのかもしれない。」
「でも、系魔法だったらモニクより、リジュワナの方が敏感なんじゃなかったかしら?」
ジュチャが言う。プオラギイックは耳を立てる。
「それは…そうかもしれないな…」
「私も体調が悪いのかもしれないわね。」
「まあ、とにかく全員、何か異常が無いか注意していてくれ。」
「…ですが、異常が起きるとして、一体誰のせいでしょうね。」
30a0が羽をふるわせる。
「サクコブ生命体が、私達のこの偉大な会合にそこまで注意を払ってくれているとは、正直考えにくいのですが。総勢107体のこの偉大な軍勢には。」
「…107体?」
リジュワナは眉を寄せた。モニクは目を見開き、30a0に顔を向ける。
「ちょっと待って。107体って、私達全員合わせてなんだよね。…内訳は?」
「…EIM23名、HNK30名、HYI41名、それから私達が13体ですが。」
モニクは自分の頭に手をつけた。
「…覚えておかないと…」
「覚えても、減った時点で忘れるんだから意味が無いんじゃないかしら。」
「それは、そうなのかもしれないけど…」
リジュワナの言葉にモニクは声を下げる。
「それでしたら、全体の数が素数だという事だけでも記憶してみておいたら良いかもしれません。107という数字の事ですが。」
「…多分それも忘れると思うわ。」
30a0に言うリジュワナ。
リジュワナは円陣を見回す。

「…とにかく、もしかしたら何か起きているかもしれないって、彼女が感じたそうだから…」
リジュワナは自分の言葉に息をのみ、改めて回りを見た。
「…彼女?」
「彼女って誰だよ。何か起きている、ってさっきからうるさく言っているのはお前だぞ。」
「…ええ、そうね。私がさっきから気になっている事なのだけど…」
リジュワナはプオラギイックに頷く。
「…私だったかしら?」
「…」
リジュワナはジュチャ、シユマ達に目を向ける。彼女達は難しい顔でお互いを見ている。
リジュワナは30a0の方を向いた。
「今の人数は?」
「105名。間違いなく、5の倍数ですが。」
「…」
リジュワナは腕を組む。
「確かに…人数は変わっていないようだけど…でも…」
「この数秒の間に、それらしい魔力反応は一切起きてないわね。」
手元のディスプレイに目を向けるジュチャ。
「ええ、そのようね。でもやっぱりおかしい。もう自信が無いなんて言わないわ。何かがおかしい。そしてこれは、私の体調の問題なんかじゃない。」
「…」
リジュワナが言う。ジュチャ達は、改めてお互い視線を向けた。



→Part B



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