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←Part A


ピピッ。
宏子がタッチパネルに指を触れる。ディスプレイには、何かのインジケーターグラフが表示される。
宏子の数メートル前には、まだ雲が浮いている。イハッジャを両手で抱えるようにしながら宏子は目を閉じた。浮いている雲は画面のインジケーターに呼応するように光り出す。
ピ、ピーッ。

照射サイクルを確立しました

・プリセットNo.230に空魔法通信1件を発信しています。
・受信確認信号の待機中です。 00:03

「よしゃっ!」
「何、電話?」
「…っ」
宏子が思い切り息を吸い込む。いつのまにか彼女の横に美耶が立っていた。
「マナー違反だなあひーこは。勝手にそんな事をするなんて、私達も、裏切られたみたいでちょっと悲しいよ。」
「あ、そう。」
美耶を見る宏子。宏子はふと視線を元に戻す。
宏子の前に表示されていたはずのディスプレイと、持っていたはずのイハッジャが消えている。
「…」
宏子は少し息を整えてから、再び美耶を見上げた。
「電話をするのの何がいけないのよ。電車の中じゃあるまいし、それともここでかけたらうるさくて皆迷惑?」
「電話をされたら、私達の住んでいる所が皆に知られちゃうかもしれないね。私達はここでひっそりと、静かに生きたいと思っているんだから、そういうのはちょっと困るかな。」
「…ひっそりと生きたいって言ってるような生命体が、何で他の生命体に延々と干渉してんのよ。」
「それにもっと問題なのは、人の体を勝手に使った事だよ。」
宏子を無視して美耶は言う。
「…は?」
「いくら自分の魔力が強いからって、そういう事されたら他の人が困っちゃうでしょ?」
「意味不明の喋り方をする、っていうとこまで美耶の真似をしないでいいから…もうちょっと分かるように説明してよ。」
「だから、そこの緑色生命体を勝手に魔力増幅用の触媒として使ったじゃない。」
「え? ああ、あの雲…」
そばに浮かんでいる小さな雲に目を向け、宏子は頷く。
「って、あれが緑色生命体なのっ!?」
宏子は美耶に振り返った。
「じゃないなら、何だと思ってたの…? ただの雲で魔力の増幅は普通出来ないと思うけど。」
苦笑する美耶。
「いやあ、まあそう言われてみればただの雲じゃないんだろうけど…でも、生命体だったら、何で私の言う事を聞いたのよ。」
「今のひーこには、ちょっと分かりづらいかもしれないけど。」
美耶は周囲を見回した。空には無数の緑色の雲が浮かんでいて、縦横無尽にその形を変えている。
「一つの固定された体に一つの固定された精神しか無い地球人と違って、緑色生命体は無数の変形する体に無数の変形する精神があるんだよ。基本的に気体だから…魔力を使えばこうやって固体にもなれるけどね、だから、体はどこにでもあるし、どこにも無いようなものなんだ。つまり…体の枠がはっきりこう、って決まってないから、枠がどうにでも取れちゃう。地球人の場合、私の体は私のもので、ひーこの体はひーこのものだよね。例えばニ人が握手をしたり体を触れ合ったとしても、ニ人の体の境界はいつもはっきり決まっている。でも緑色生命体の場合はその境界がはっきりしてない。それどころか、どこで境界をとるかもそもそも分からない。それで結局、地球人みたいな、一つの体に一つの心、っていう分かりやすい状態には絶対なれないんだよ。一つの体に複数の心って事もあれば複数の体で一つの心って事もありうる。まあ、普通は複数の体に複数の心なんだよね。」
「…インターネットで繋がった…ホームページみたいなもん?」
「うーん、その例えは全然ピンとこないけど…まあ良いか。」
美耶は首を傾げる。
「で? あの雲は?」
「ああ、そうそう。だからあの雲は要は、余ってる体なの。心が入ってないからひーこでも操れたって事。でも私達の体に違いはないし、触媒なんかに使われたら、私達の体だって結構疲れるんだよ? だから、今度からは勝手に乗っ取るのはやめてね。」
「そう。…じゃあ、今度からは「乗っ取る」って宣言してから乗っ取る事にする。」
「…」
美耶は軽く笑いながら、宏子の前にある椅子にまた座った。
「まあ…実害があった訳じゃないけどね。電話、通じなかったでしょ?」
「…」
「無理だよ。上の空にも私達が一杯いるし、当然「傘」だってさしてるしね。」
「…」
宏子が腕を組む。
「そう。で、どうするの? 無断電話罪で私は死刑? それとも拷問?」
「ひーこ…あのね、私達がひーこを脅かすつもりだったら、わざわざ私の姿でこうやって出てくるのはおかしくないかな? サクコブなり何なり、もっと悪役っぽいキャラはいくらでもいるでしょ。私達はひーこにくつろいでほしいと思ってるから、幸田美耶として出てきているんだよ。大体電話だって私達が本気で嫌だと思ったら、かけようとする前に止めさせてるよ。でもひーこだって、あんまりガーガーも言われたくないでしょ?」
「…」
宏子は気を許していない様子で美耶を見る。美耶は笑った。
「とはいえ、ひーこは魔力が強いからなあ。私達としては出来るだけ優しく接したいんだけど、あんまり勝手されてもこっちが大変だし。本当はこんな事したくはないんだけど、しばらくは、じっとしていてもらうしかないかな。」
「え?」
椅子に座っているという点は先程までと同じだが、宏子の姿勢は気づくと変わっていた。
彼女は両腕を、ももの上にぴったりつけるように乗せている。そして背筋を伸ばしたまま椅子の上に固まり、ピクリとも動かない。
「な、何をしたのよっ!」
「じっとしてもらってるんだよ。ほら。」
「え?」
必死に首を動かそうとする宏子。何とか下を向くと、ももの上にのせた腕の更に上を、ゴム段に使いそうな細くて緩いゴムが走っているのが見えた。
「な…ムカつく、これ、ゴムなんか関係無いじゃない!」
体を揺らそうとしている宏子。しかし彼女の体は椅子にぴったりとくっつくように座ったまま微動だにしない。
「どうでも良いけど、そんなに力を入れて頑張っても無駄だと思うよ。それこそゴムは気分の問題だし。」
「…」
宏子は最大限、美耶を睨みつけた。

美耶は気にする様子も無く、再び宏子に毒気の無い笑顔を向ける。
「ところでひーこ、こうやって落ち着いた事だし、しばらく、ひーこの話を聞きたいと思うんだ。」
「私はあんたの話の方が聞きたいけどね。」
「それなら両方で会話をすればすむ事だね。」
美耶は手を合わせる。
「まあ、そうだけど…ぐううっ!」
宏子が突然、体を引きつらせ、背中をそらせた。
「な、何をしてる、の…」
背中をそらせたまま宏子が言う。その表情はまるで自分が死に直面しているかのように青ざめ、恐怖に怯えているように見える。
微動だにしなかったはずの体はかすかに震え始める。どうやら「金縛り」は思ったほど強くはないようだ。
「どうしたの、ひーこ? 別にひーこの考えを読む事なんて今までだって何度もやってきたのに、今日はまた身構えちゃって。まあ確かに、記憶まで完全にスキャンするっていうのは今回が初めてかもしれないけどね。」
「な…ぐ、く、くううっ! くっ」
背中に何かを触れられているかのように宏子はもだえ、両腕を抱えながら前かがみになり、歯をくいしばる。
「くうっ、くっ、ううううう、ううっ、ううううううううあああああっ!!」
「…」
美耶は軽く息をつき、立ち上がる。美耶は人差し指を上げ、それを軽くまわした。
「…はっ、はあ、はあ…」
青い顔のまま、宏子は荒く息をつく。美耶は無表情に、再び人差し指を揺らす。
「ううっ、くううっ!」
「さっきよりは大分、楽になったでしょ?」
美耶は微笑みかける。しかし宏子は彼女に視線を向ける余裕も無いようだ。
「皆、ひーこの事知りたがってるから。でもひーこは一応地球人だから、こっちもそんなに簡単に記憶にアクセスする事が出来ないんだよねえ。まあ、これでも出来るだけひーこに負担はかけないよう努力はしてるんだから、恨まないでね。」
「…」
肩を揺らしながら息をしている宏子。彼女は右手で自分の頭をおさえている。
「…あ、ひーこの記憶が大分集まってきたみたいだね。」
「…」
息を整えるよう努力しながら、宏子は美耶を見上げる。美耶はいつのまにか、何かの本を手に取り眺めている。
「なになに…うわあ、ひーこ、ひーこの考えてる事ってエッチな事が多過ぎなんじゃないかな。」
「…何で…わざわざ人の記憶を、見て、…」
「まず最初に言うコメントがそんななのか、って? ごめんごめん。じゃあこれはもう触れない事にするから。皆には秘密、って事で。」
美耶は自分の口の前に人差し指をあててみせた。
「…」
美耶は再び本に目を向ける。
「…ふーん。それにしてもひーこ、本当に皆の事が好きなんだねえ。私の事とかも、本当は凄く気にかけてたんだ。あんまりそういうのを態度には出してくれていなかったような気も、しないではないけど…」
「それは…美耶に対してだよ…。あんたじゃない…」
「私は美耶だよ?」
「…」
宏子は無言で美耶を睨む。美耶はそれに気づき肩をすくめた。
「おー、怖い怖い。でもひーこ、ひーこは「私達」に関してだって、気にしていたし、時々私達と話した時は、こっちにべったりだった癖に。」
「…それはあんた達が、系魔法で、…勝手にそう、思わせて」
「まあ、そう思いたいんだったら思ってれば良いけどね。ひーこ位の魔法少女の意思をコントロールするなんて、そう簡単な話じゃないと思うけど。」

「…」
何度かつばを飲み込みながら、宏子は美耶を見上げ、挑戦的な表情を浮かべた。
「こっちが充分、話したんだから…今度はあんたが、話しなさいよ…聞きたい事は、一杯、あるんだから…」
「ええと…ああ、なるほど。まずは私達の目的について知りたがっているのかな。」
本を見ながら頷いてみせる美耶。彼女は本を閉じた。
「それにしてもひーこも、随分細かい事にこだわるね。緑色生命体が、どうして古代ラル人やサクコブ生命体に、歪められた噂を流したのか、なんて。別に誰がどうしようと、関係無かったんじゃないかな。だって彼等が対立して、戦争をしているのは、結局彼等の意思なんだよ。私達はそれを、何も強制なんてしていない。」
「それでも…そこへ導いたのは、あんた達でしょ。良いからとっとと、説明しなさいよ。何で、やったのか。…どうして、彼等の対立の火種を作ったのか。」
「ひーこはまるで…自分が非暴力の、平和主義者か何かみたいな喋り方をするんだね。」
「…は?」
宏子は見上げる。美耶は宏子の周りを歩きながら、肩を上げてみせた。
「自分が今まで何をしてきたか、振り返れば分かると思うけど…暴力や戦い、争いは、何が何でも絶対に悪い事、なんかじゃない。状況によっては仕方が無い時だって多いんだよ。例えばひーこはこの一年近く、地球人の為に戦い続けてきた。ひーこがいたせいで命を落とす事になった人は、たくさんいるんだよ。直接的にしろ、間接的にしろ。」
「…」
宏子は、無言で肩を震わせながら美耶を見ている。
「でも、私はひーこのしてきた事が道義的に悪い事だなんて、全然思わない。全く間違いが無かったかどうかは分からないけど…少なくとも、ひーこのお陰で助かった人達だってたくさんいる。ひーこのために死んじゃったっていう人と、数を比べてみれば…それはもう、ひーこのお陰で助かった人の方がずっと多いんじゃないかな。」
「それと…あんた達と、何か関係があんの?」
「私達も、ひーこと同じなんだよ。」
美耶は微笑んでみせた。
「ひーこだって、元々好きで暴力を使っている訳じゃない。私達もそれは同じだよ。争いを好き好んではいないけど、それでもそれが必要な時だって、あるって事だね。」
「…」
「ひーこは、地球の歴史には詳しい方だったっけ? …って、ごめん、それは聞いた私が間違ってたね。」
「…何で間違いになんのよ。一応聞きなさいよ。」
「どこの星の歴史でもそうなんだけど、戦いや争いは、その種族の力を強くさせるものなんだよ。力っていうのはつまり、技術力であったり、魔力であったり…生命力、っていうのも言えるかな。」
美耶は宏子の視線を無視して続ける。
「地球の場合で言えば、モンゴル帝国がユーラシアを征服した時に、東西の文化や情報の交流が生まれ、ナポレオンのヨーロッパ支配では、各地の政治意識が高まった。第一次世界大戦は、今の科学技術の基礎を生み出し、第二次世界大戦ではそれらの技術力が飛躍的に高められた。そして東西冷戦の競争の中で、ついに地球人は、月に行って帰ってこられるまでの科学技術を手にするようになった。ここまでの科学技術の発展は、地球人の間に争いが無ければ到底成し得なかった事なんだ。」
「…」
「同じ事はクザラル人や、サクコブ生命体にも言えるんだよ。ひーこも聞いた事があるはずだけど…本来のクザラル人は争いを好まない人達が多かったんだ。だけど、これは裏を返せば、進歩や発展性の無い、退屈な社会だった、って事でもあった。彼等の場合は特に、地球で言うエコロジーの感覚が発達してるから、過剰な技術は嫌われていたんだよ。魔法少女もそうだね。大昔のようなあからさまな対立は無くなっていたけど、やっぱり魔法を使える人は少数派で、大多数の、魔力の無い人達の中で、肩身の狭い思いをしていたんだ。つい100年前まで、彼等の社会が今の日本並の男尊女卑の社会だった、って聞いたら、ひーこは驚くかな?」
「…」
「サクコブ生命体の攻撃が始まってから、そういった事が全部ひっくり返ったんだよ。彼等は再び、科学技術…特に宇宙を行き来する技術の熱心な研究を始めた。でも一番大事な事は、ひーこ。彼等は再び、魔法少女を大事にするようになったんだ。それが自分達にとって一番大事なものである、っていう事に気づいたんだよ。そして彼等は自分達の魔力を伸ばす為の研究を始めた。その効果の素晴らしさは、私達の予想を軽く越えていたよ。彼等の魔力の向上は、本当に素晴らしかった。」
美耶は誇らしげに微笑んだ。
「事情は、サクコブ生命体も同じようなものだよ。潜在的なポテンシャルが高い事もあってね、技術や魔力の進み方は、むしろ彼等の方がクザラル人よりも凄かったかな。クザラル人の「侵略」から自分達を守る為に、彼等は非常に高度なロボットを作り上げたんだ。その中の一部が自意識に目覚めて、サクコブ生命体を相手に独立戦争を起こしちゃった位にね。…そうやって反乱を起こしたロボットの殆ど、99.9%以上は、サクコブ生命体によって破壊されたけど、それでも今に至るまで生き残って、生命体と対等の立場を主張しているような一派もごく少数ながら存在している。っていうのは、ひーこももう充分知ってる事だよね。」
「…」
「とにかく、彼等もまたクザラル人同様、自分達の科学技術や魔法の力をどんどん高めていったんだ。彼等の「安保戦争」の中でね。つまり…」
美耶は笑顔で自分の両手を合わせる。さっきまで読んでいた本はどこかへ消えたようだ。
「私達は、両方の社会の発展に大いに貢献した、っていう訳だよ。」
「とんでもない量の犠牲を伴ってね。…仮に貢献したのが事実だとしても、全体として、あんた達のやってる事は人殺しじゃん。全体としては遥かにマイナスの方が大きいじゃん!」
「そう? それぞれの社会が発展してるんだから良いじゃない。マイナスって、何をもってひーこはマイナスって言ってるのかな。まさか、生命体の命を奪うのは絶対にいけない事だとか、つまんない道徳の教科書みたいな事を本気で信じてる訳じゃないよね?」
「な…」
宏子の視線に殺気がこもる。美耶は肩を上げた。
「日本が昔、アジアの国を侵略した時、そのせいで何人もの人々が死んだ。全体で言えば何万人、何百万人って言ってもいいかな。でもその日本の支配のお陰で、色んな国に道路とか鉄道が出来たし、アジアの政治意識も上がった。広島に原爆が落ちて、東京が空襲にあって、やっぱり何万人も死んだけど、そのお陰で日本はファシストから解放されて、自由の国になった。中国はチベットを占領し続けて、やっぱり何人もの人が死んでいるけど、彼等の支配のお陰で現地の中世的な封建社会にくさびが打ち込まれた。クザラル魔法協会は地球の子供達をたくさん拉致してきたし、アルゼンチンを事実上、国ごと崩壊させたけど、彼等のお陰で地球はサクコブの攻撃から守られてきた。どれだって、決してマイナスなんかじゃない。それで確実に、社会はよりよく変わっているんだから。」
「そんなのは、ただの言い訳じゃない。…おかしいよ、あんたの言ってる事は。どう言い繕ったって、結局、そう言った事で人がたくさん死んでるっていうのは事実じゃないっ!」
「だから私が言ってるのは、どうして人を殺したらいけないの、って事だよ。」
「なっ…どうしてって、それは、」
「説明なんか出来ないはずだよ。少なくとも人間以外の生命体なら、ひーこだってこれまでたくさん殺してきているはずなんだから。殆ど何の罪の意識も無く。」
「…」
「ひーこが毎日食べている食事はほぼ全部、殺された動物なり、植物の死体じゃない。それはもちろん、ひーこが直接殺している訳じゃないかもしれないけどね。」
「それは…でも、人が生きる為には、最低限、食べていかないといけないんだから、」
「食事だけじゃないよ。例えばひーこが道を歩く時、蟻とか、小さな虫を絶対に踏んでいないって言い切れる? いちいちひーこは、注意しながら歩いているのかな? 蚊が、ぷーんってひーこの手にとまってきたら、ひーこ叩くでしょ? 自分が不愉快だ、っていうだけの理由でね。命を奪ってるんだよ、虫に対してごめんなさいとか、私は何て酷い事をしてるんだ、とか思わない?」
「…言ってる事が極端だよ、あんたは。蚊とか、蟻は…殺されるって言ったって、向こうに意識なんか全然無いじゃん。命を全部殺すな、とは言わないけど…人間を殺すのは、それはまた、全然違う話でしょ?」
「…そうかな?」
美耶は不思議そうに首を傾げた。
「そうだよ。…人間には、心がある。皆、一生懸命生きてて、悩んで、でも頑張って…皆、自分の人生を、自分なりに頑張っているんだよ。それを根こそぎ無かった事にするなんて、そんな酷い事が、本当に許されると思ってんの?」
「だからそれは、私が今、ひーこに聞いた事じゃない。蚊だって一生懸命自分の人生…まあ、蚊生とでも言うべきかな、を生きているじゃない。それを無かった事にするなんて、そんな酷い事が許されると思うの? ひーこは。」
「蚊には心なんて無いでしょっ!」
「地球人に魔力が無いのと同じようにね。それどころか気体生命体ですら無い。」
「…」
宏子は口を開きかけてから、忌まわしげに首を振り、口を閉じた。


「今の人数は?」
リジュワナが顔を向ける。プオラギイックが首を上げ、30a0の方に手を上げてみせた。
「いや、良い。聞いた所で意味なんか無いだろ。どうせ俺達には、さっきと比べて減っているか増えているかも分からないんだから。」
「一応言っておくと、104名です。」
シユマが肩を上げる。
「つまり8の倍数である、って事には違いは起きてない訳だ。…ま、多分何の意味もないだろうけどね、そのヒント自体さっきと変わってるとするなら。」
「一応、念のために聞いておくけど…これは一体どういうつもりなの。」
ジュチャの言葉に、一同はお互いの目を見合わせる。
眉を寄せ、プオラギイックが気の抜けた声を上げた。
「…は?」
「あなた達が、何か悪巧みをしているんじゃないか、って言ってるのよ。私の部下が、知らない間にあなた達に拉致されている可能性があるのは明らかだわ。」
「な…」
絶句するプオラギイック。リジュワナが眼鏡を上げる。
「動機はまあ分からないでもないけど、どうやって? 突然人の存在が消えるなんて、そもそも私達にはやり方すら分からないわ。系魔法なら何とかなるかもしれないけれど…それであなた達を欺けるほどの能力はこっちに無いはずよ。」
「そ…そうよ! 大体そういう事言い出したら、あんた達だって、っていうか、あんた達の方がよっぽど怪しいでしょ。人を拉致するなんて、HYIのお家芸だもんねえ。」
シユマを無視してジュチャはリジュワナを見る。
「…そう。まあ、そうでしょうね。」
「…随分あっさり引き下がるのね。」
「今言ったでしょう。一応、念のために聞いておいただけよ。」
リジュワナにジュチャは肩を上げる。そして、今気づいた、という顔で彼女はシユマのほうを見た。
「…ああ、ちなみに私達も、あなた達をそう簡単に欺けるほどの系魔法は使えないんじゃないかしら。」
「う…分かってるわよ、そんな事。…私も念の為に聞いただけだし。」
「そうだと思っていたわ。」
小声で言うシユマに、ジュチャは冷淡な表情で頷いた。
ジュチャはため息まじりに続ける。
「それじゃあ、仕方が無いわね。大変不本意だけど、状況が状況だし。この異変の調査は、私達が合同で行う事を提案します。」
「…」
リジュワナとプオラギイックは一瞬視線を交わす。リジュワナがジュチャに慌てて頷く。
「え…え、ええ、ええ。そうね。私もそれを提案しようと思っていたところよ。」
「そう。」
シユマが耳をぴん、と立てた。
「ええ? 待って、リジュワナ。こいつらは一応客なんでしょ? だったら、この場の異常は私達連合が調べれば良い事じゃない。わざわざお客さんの手を煩わせるのは、私は違うと…」
「…」
「…」
「…ニ人とも、視線で人を威圧するの、止めてくれないかな?」
こちらを睨んでくるリジュワナとジュチャに、拗ねたようにシユマが言った。
「シユマ、彼等の情報網や、魔力解析能力を侮るのは良くないわ。言っておくけど彼等がクザラル人の魔術の最高峰なのよ。彼等が一時的にでも、こちらに協力してくれるというのなら…」
「そういう長話も嫌いじゃないけどね、リジュワナ。外交辞令は今は後回しにしましょう。時間もあまり無さそうだし。」
「…ああ、そうだな。」
プオラギイックがジュチャに頷いた。
「それにしても、何をどうやって調査すれば良いんだ?」
「まずは、類似の事例が無いか、それぞれのデータベースをあたってみる事ね。」
「つまりあなたと、シユマと30a0は忙しくなるわね。」
リジュワナが口を開く。
「でも地球人はしばらく暇そうだわ。」
「そんな事はありません。今ここで何が起きているのか、どうしたらそれを防げるのか、状況のモニターや理論の研究なら、地球の方々の判断力が大いに頼りになります。」
「その通りよ。」
30a0の言葉に、ジュチャが頷いてみせた。
「…外交辞令でも嬉しいわ。」
リジュワナは微かに微笑み、テントの一同を見回した。
「それじゃあ皆、今日の仕事を始めるとしましょう。」


地球の小型飛行機のように狭苦しく、ゴチャゴチャと色々な機器の取り付けられた通路の中。数人のクザラル人達が、真剣な表情で、それぞれのバーチャルディスプレイを操作している。青い肌のクザラル人達が圧倒的に多い。
その中に混じって、椅子に座り自分の画面を見ていたシユマは、何かのモーターの音に気づいて顔を上げた。
「邪魔して悪いわね、支部長。ちょっと話したい事が…」
ジュチャが、宇宙船のドアから顔を出してきていた。
「…」
通路にいたHNK隊員達全員が、ドアに顔を向ける。どの顔も、余り愉快そうな表情ではない。
「…忙しそうね。出直すわ。」
首を上げながらジュチャはドアから離れ、帰っていこうとする。シユマは立ち上がり、ドアまで駆けつけた。
「ああ、待ちなさいよ。」
「あら、忙しいんじゃないの?」
「忙しいに決まってるよ、だから一々手間かけさせないで。...Adasu, boda u kan-a chi sasa aga todosgana bapunan.」
周囲の隊員達に目を向けるシユマ。隊員達は皆、無言で自分達の調査を再開する。
シユマはため息まじりにジュチャを見る。
「で…何?」
「まあ、様子を聞きに来ただけなんだけど。」
「…」
ジュチャのエウグ語に、シユマは無言で頬を引きつらせる。
「その調子じゃ、まだ余り進展は無さそうね。」
「そっちはあったの?」
「進展と呼べるほどかどうかは分からないけれど。ある程度の推論というか、候補は考えているわ。」
「それじゃあ聞くけど…まず、犯人についてはどう思う? 誰の仕業?」
「それはまだ、皆目見当がつかないわ。」
「…」
シユマの耳が垂れ下がる。ジュチャは肩を上げる。
「分かる事から話すと、どういう可能性にしろ、相手の魔力はかなり高い、という事は言えると思うけど。」
「それだけじゃ…ちょっとどうしようもない気がするんだけど。」
「そうかもね。取りあえずこっちの対策としては、こっちも高い魔力を持たないといけない、って事ね。」
「あのねえ…それが出来ないから苦労してるんでしょ?」
「そうね。あなた達はそれで随分苦労してきたんでしょ?」
ジュチャは頷く。
「だから、こういった時にどうすれば良いのか、あなた達に聞きたい、と思って来たんだけど。何かノウハウは無いか、って。」
「…」
シユマはジュチャの言葉に、腕を組んで考え出した。


「検出しました。」
画面の電子音とともに、30a0がニグーワー語とベンガル語の合成音声を同時に発した。
05の宇宙船の、元・貨物室で、プオラギイックとリジュワナは05生命体に囲まれながら壁の大型ディスプレイを眺めている。
「ここです。ここで論理エラーが起きています。通常のセンサーの誤差範囲内という事で、私達の擬似意識上には当初、のぼってこなかったのですが。」
「魔力反応的には、どうなんだ?」
「一切反応はありません。…もちろん皆さんのMK反応は例外ですが、この瞬間に、特に不自然な反応の変化があったりはしていません。」
頷くプオラギイック。
「そうか…それでもこの瞬間に、何かおかしい事が起きた事は間違いない、と。」
「ええ。データ処理に不整合が起きています。何か矛盾した事が起きて、計算の答えが合わなくなったのです。…ほんの少しの間違いですが。」
「その矛盾というのは、人間が一人消えた、という風にとって構わないのかしら?」
「一人かどうかは分かりません。それに、人間だけでなく私達の可能性もあります。いずれにしても減っている、というのが、私の直感です。」
「…直感ね。」
微かに肩を上げるリジュワナ。空中に浮いている30a0は、羽を何度か揺らす。
「ええ。考えてもみてください。確かに私達は、戦いのせいで、最近は個体数も減ってきていますが、それを割り引いても現在のそれぞれのメンバー数、特に各執行部の数は少なすぎます。例えば私達の外交e870課及び防衛e86c課は、現在私を含めて課長が2体しかいません。確かにここにいるのは全体でも12体だけですが、私達の組織では普通、もう2、3体は管理職がいて良いはずなのです。」
「ああ…似たような事をジュチャも言っていたな。自分のところに国評の代表者がいないのは不可解だ、って。多分その代表者も本来はいたのが、知らない内に消えていたんだろう。」
30a0が合成音声を返す。
「その可能性が高いでしょうね。」
「…」
プオラギイックは頷く。
30a0のアンテナが光る。30a0は数度頭部を振って、二人に声を発した。
「代表、副代表、今、調査中に面白い物を発見しました。…面白いです。論理的にありえる話だ。…いや、これは非常に面白いですね。」
「何がそんなに面白いの?」
「クザラルの通信用照射線です。そこの4355が、独立機器の情報ネットを捜索中に発見したものなのですが、どうやら音声通信が行われたようです。」
「それで?」
「いえ、正確に言うとこれを最初に発見したのはフィキチュアジなのですが。そちらで情報が流れているのを、パフタオチトゥのバササク氏が知らせてくれまして、その確認を今、取ったのです。」
プオラギイックが30a0を遮る。
「いいから、内容は何なんだ? 何でそれが面白い?」
「それが…非常に信号が微弱で、こちらでかなり増幅をしないといけません。まだ解析は完璧ではありませんが…」
「音声を流せるんだな? それなら出来る範囲で良いから、まずは中身を聞かせてくれ。」
「そうしようと思っていたところです。」
30a0が頭部を振る。船のスピーカーから、雑音まじりの声が聞こえ出した。

「…あ…聞こえ…かな、プオ? リジュ…ナ、モニ…、シユマ、3ゼ…0、あ、もしか…らジュチャもいる…もしれないけど、ええと…私。…ああ、わ…じゃ分から…いかな、ええと、佐藤です。さ…宏子。今は緑色せ…に来てるの。…も、こっちに来てたみたい。って、それも皆、忘れ…か。まあとにかく、ええと、簡単に…ね、全部、…生命体が仕組んだこ…たの。防衛戦…ら、何から全部ね。クザ…クコブも、緑しょ…どらされていたんだ。皆、皆の敵は、お互い同…な…じゃない。緑色生命体が…ぎり、私達の間に平和は訪れない…ら、EIM代表として…ううん、一地きゅ…て、皆にお願い。地球を救うために、クザラルに平…たら…ために、サク…、軍事政…ら解…るために、皆、今す」
音声が途切れる。プオラギイックとリジュワナは、難しい表情でお互いを見合った。
プオラギイックは隣に顔を向けた。
「今の…」
自分の横には誰もいない。耳を立てるプオラギイック。プオラギイックは周囲を見回す。
<リジュワナ。>
<分かってる。また誰かが減ったんでしょう?>
<ああ…>
ため息まじりに念じるリジュワナに、プオラギイックは頷いた。
「今の音声は、地球の日本語という言語によるものです。」
彼等の立つ場所からやや離れた所で、壁の機械に接続されている状態の05生命体が音声を発した。
「そう。ええと…」
「4355です。」
「そうだったわね。」
頷くリジュワナ。
「今の音声では、通信の内容が分かりにくかったでしょう。お二人の使っている翻訳装置では文脈がつかめなかったはずです。今からこちらで、文脈を推理した上での翻訳文を表示させます。」
「ああ、そうしてくれ。でも奴の言いたい事は、もう大体分かった。」
「え? 今の発信者が誰なのか、もう分かったの?」
「自分でちゃんと、自己紹介していたじゃないか。」
「そうかもしれないけど、まともなベンガル語になってないわ。」
自分の耳たぶを指差すリジュワナ。
「…く…」
「何か、おかしいの?」
プオラギイックは笑いを隠し切れない様子で、体を震わせる。眉を寄せてリジュワナが尋ねた。
「おい。…リジュワナ、お前も随分薄情な奴だな。確かに俺も、ちゃんとしたニグーワー語で聞けた訳じゃない。でも「宏子」って言ったら、あの宏子以外いないじゃないか。」
「宏子…」
プオラギイックの言葉に、リジュワナは目をまたたかせた。
「宏子? いえ、宏子…宏子、…そうよ…ああ、そうよ、宏子だわ…どうして忘れていたのかしら…」
頷くリジュワナ。
「そうだぞ、宏子だ! 佐藤宏子だ! 我らがEIM代表じゃないか! あは、あはは、あははははっ!」
膝をうち、笑い転げるプオラギイック。
リジュワナは口を開きながら、何度も頷いている。
「そうよ。…代表は、彼女に決まってるじゃない。私が代表職なんて、不必要に目立つばかりで実利の少ない仕事をやっているのが、自分でとても不思議だったもの。それに、私達が以前いたのは日本だわ。…ダッカに世界中の魔法少女が集まるだなんて、たまったもんじゃないもの。…どこへ行っても黒山の人だかりで、まともに戦闘も出来なくなるじゃない。」
「あの…お二人は発信者の身元を御存知のようですが、一体何者なんですか?」
4355の言葉に、リジュワナとプオラギイックは目を合わせた。
「…困り者よ。」
「はあ。」
一語で答えるリジュワナに4355は羽を上げる。プオラギイックは4355を見た。
「彼女はまだ、そこで生きているんだな?」
「私達が分かっているのは、メッセージが何処からか来た、という事実だけです。」
「…つまり、彼女を騙った罠かもしれないのね。例えば緑色生命体とか。」
「そうだな。いや…多分これは、本人からのメッセージだろう。」
「何故、そんな事が分かるのですか?」
「勘だ。」
「…」
4355に自信ありげに答えるプオラギイックを、リジュワナは細い目で眺める。
プオラギイックは05生命体に顔を向けた。
「どんどん生命体が消えていっているのは、間違いなく緑色生命体のせいだな。」
「間違い無いというような確証は何もありませんが、緑色生命体のせいであると考えれば、理解はしやすいですね。彼等の魔力ならこれ位の事は出来そうですから。」
「問題は、理由ね。何故彼等がそんな事をするのかしら?」
「さあ…行動の理由位、彼等にまともな答えを期待出来ない質問も無いでしょうから…」
4355の言葉にプオラギイックが肩を上げる。
「じゃあ、行って彼等に直接確かめるしか、ないんだろうな。」
顔を向けるリジュワナ。
「行って、って?」
「そのままの意味だが?」
「…」
「…」
「本気!?」
「本気ですか!?」
リジュワナと05生命体は、同時に声を上げた。


A-Sato Ltashofe Yde Ilne

Episode 25: Regret

クザラルの宇宙船数隻と、05の宇宙船が同じく数隻、宇宙空間を飛んでいる。その空間は全体に、紫から青緑のような色が波状にうずまき、まるで色付きの液体の中にいるような錯覚を起こさせる。周囲の星々と思われる光は、白い線となっているが、それらはゆっくりと揺れているだけで、良く見ると後ろに流れていったりなどはしていない。

クザラル船のコクピットに座っているジュチャは、頬杖をつきながらバーチャルディスプレイに話し掛けた。
「それで。私達はどこへ向かってるの。」
「もちろん、緑色生命体の居場所だ。」
ディスプレイのプオラギイックが答える。
隣のディスプレイに映っているシユマがため息をついた。
「って簡単に言うけど、そんな場所、私達は知らないでしょうが。連合もHYIも知らないって。」
「いえ…HYIは知ってるはずよ。本部のトップと、情報部はね。公式には知らないって言ってるけど、実はそうじゃないらしい、って話を知人から聞いた事があるわ。」
「その調子だと、あんた本人は知らないし、情報がどこにあるのかも分からない、って感じじゃない。」
「私達の組織は、あなたの物より多少、規模が大きめだから。」
ジュチャは画面のシユマに肩を上げてみせた。
「おまけに本部は、宇宙の塵と消え去ったしねえ。」
「ええ、その通りね。」
「だから俺達が今向かってるのは、05領域の中だ。彼等は何度か緑色生命体と遭遇した事がある。その中でも最も遭遇回数の多い地点があるので、そこへ向かっている。」
「05領域ねえ。行ったから会える、ってもんでもないでしょうに。」
「それより良いの? プオラギイック。05領域なんかまで飛んでいったら、05の船でだって最低3日はかかるわよ。そこから即、地球に戻っていっても更に3日。」
「って事は合わせて6日。…地球はもう、滅亡決定じゃん。」
「そのために、地球にはリジュワナやリチャードを残してきている。」
シユマに答えるプオラギイック。
「残してきている、って言われても。このままじゃ彼等も死なせるだけじゃない?」
「…確かに、このままじゃ助からない。俺達もな。でも今だって、サクコブに対抗するための兵器はずっと研究しているし、今はそれに平行してこうやって、緑色生命体とコンタクトするための方法も探している。そして方法を探す傍らこうやって移動して、少しでも緑色生命体の居場所に近づこうとしているんじゃないか。もう、考えられる事は片っ端から全部やっているんだぞ。」
「まあ、少しでもあがいていれば、少なくとも何もしなかったよりは良かった、っていう自己満足感だけは得られるわよね。」
「…ジュチャ、」
ジュチャはプオラギイックに首を上げてみせる。
「違うわよ。それが悪いって言ってるんじゃないわ。私もそうだ、って言ってるのよ。」
「…」
「…でも、少しでも効率的な、より有効な足掻きを試すに越した事は無いよね。まあ、結局は無駄な足掻きであるにしても…。」
「ん?」
プオラギイックは、視線を彼の前の、シユマの画面に向けているようだ。
「プオラギイック、…いや、リジュワナの方が良いのかもしれないけど…パフタオチトゥと話はつけられないの?」
「…」
プオラギイックは無言でため息をついてみせる。シユマは眉を寄せ、身を乗り出す。
「諦めるのが早すぎ、って事はないの? 今のバササクは、こっちに敵対的じゃないんでしょう?」
「友好的でもない。彼は…失礼、彼女は、スグタ以上の人間嫌いだ。こちらを必要以上に責めてもいないが、再び同盟等を組む気も無い。というか、もう人間と関わろうとは、毛頭思っていないらしい。クザラル人地球人関わらず。」
「つまり無関心だ、って事ね。下手に嫌われるよりタチが悪いわ。」
ジュチャの言葉にシユマが顔をしかめた。
「でも今は、そんな事言ってられる状況じゃないじゃない、彼等にとってもさ。宏子が言ってたんでしょ、緑色生命体が防衛戦争の黒幕だったんだ、って。それなら、利用されてたのはクザラル人もサクコブ生命体も一緒。今は彼等が勝ってるけど、それは緑色生命体の筋書きの上で踊らされてるだけだ、としたら、」
「サクコブ生命体としても放っておける状況ではないはずだ。…確かにそれはその通りだが、今、その説を裏付けるのは宏子の通信だけだ。バササクがそれを信用すると思うか?」
「…」
プオラギイックの言葉に、シユマは黙り込んだ。
「副代表。」
「ん?」
地球人女性のEIM隊員が、プオラギイックに声をかける。彼は隊員に目を向ける。
「宇宙船が近づいています。方角はこちらより水平5.6度、垂直22.0度。距離は推定3万7000キロメートル。」
「遠すぎるな…どこの船か分かるか?」
首を振る女性隊員。
「いえ、船籍までは…あ、いえ、今分かりました。向こうから通信が入ってきています。…フィキチュアジです。」
「…」
無言でため息をつくプオラギイック。
「キャルリツァ人の噂はするな、って、昔から言うわよね。シユマ。」
ジュチャが眉を上げてみせる。
「ゴニ教徒のことわざは信用しない事にしてるから。むしろ今にふさわしいのは、ヨダバサ豆は青い内に…」
「今はそんな事どうでも良いだろ。ミッラ、通信の内容は?」
「一文です。「おとなしく降伏すれば、身柄の安全は保証する。」、以上です。」
「…」
ジュチャ達は無言で視線を交わした。


「ひーこは、宗教を信じてる人?」
「え? 特に、これっていうのは…」
「だろうね。」
緑色生命体の星で椅子に座らされている宏子の周りを、美耶がぐるぐると歩き回っている。
「…何、急に。」
「じゃあ、神様は信じてる?」
「…まあ、時と場合によっては…」
「ひーこみたいな現実的な性格の人もいない訳じゃないけど、地球の大抵の人は神様位は信じてるもんだよね。」
「だから、何?」
眉を寄せる宏子。
「それは地球人だけじゃなくて、クザラル人もサクコブ生命体も同じ事なんだよ。皆が皆、自分達の信仰を持って、彼等なりの神様を信じてる。」
「…」
「だから何だ、って? でもひーこ、それって不思議だと思わない? 確かに、科学の発達していない時代だったら、それぞれの宗教の神様を皆があがめるのも良く分かる話だけど。クザラル人は何万年という歴史を持って、地球人よりも遥かに高い科学技術を持ってるし、技術の高さならサクコブ生命体はそれ以上だよね。でも彼等も、自分達の神様を未だに、かたくなに信じているんだよ。」
「それは…別に良いじゃない、それ位。神様を信じるのが、別に、悪い事だなんて思わないけど。…あんたはだから何が言いたいの?」
「そうだね。確かに、宗教・神様を信じる事自体は、何も悪い事じゃないと思うよ。…特にその教えが、本物の教えである時はね。」
微笑む美耶。宏子は怪訝そうな顔で美耶を見ている。
「さっきの話に戻るけど…人間を殺しちゃいけない、っていうのは、人間の間では確かに成り立ちうる話ではあるよね。だって、もし殺していいよ、っていう社会になったら、自分がいつ人に殺されちゃうか、不安で毎日寝られなくなっちゃう。だからまあ、人間同士の間で殺すなっていうルールが出来るのは、取り決めとしては当然の事だよね。」
美耶は髪をかきあげる。
「でもねひーこ。そのルールは地球人以外の生命体にとっては別に関係無いんだよ。まあ、例えばクザラル人みたいに、身体的特徴が地球人に凄く似ているなら話は別かもしれないけど。少なくとも、私達緑色生命体に、それは関係無い。」
「つまり、あんた達は地球人やクザラル人や、サクコブを好き勝手にしても良い、って、そう言いたい訳。」
「まあね。」
「いい加減にっ」
宏子は椅子に座ったままの自分の体を揺らそうとする。肩が申し訳程度に揺れるが、それ以上は全く動かず、彼女は椅子にぴったりと腰を下ろしたままだ。
すぐに動くのをあきらめ、宏子は少し呼吸を整えてから、美耶の方を見た。
「…いい加減にしなさいよ。ふざけないで。…大体それだったら、こっちだって、あんた達をどう好き勝手にしても良い、って事になるじゃん。」
「あー。ひーこ、それだとふざけてるのはひーこの方になるかな。」
いつもの美耶、そのままの気の抜けたような声で、彼女は指を自分のあごにつける。
「…」
「ひーこは言ってたよね。蚊とか蟻には心が無いんだから、それ位は殺しても良いだろう、って。でも逆に…まあ、そんな事は実際には有り得ない話だけど、蚊とか蟻が一杯集まって、人間を殺しちゃったとしたら? それは良くない事だよね。殺「人」なんだから。」
「だから何よ。あんた達と人間の関係も同じだって? 笑わせないで、それはあんた達が勝手にそう言い張ってるだけじゃない。」
「とんでもない。私達の偉大さは事実だし、皆が認めている事だよ。地球人も、クザラル人も、サクコブ生命体も。」
「はあ。…そりゃおめでたいこって。」
「うん。確かにめでたいかもね。」
美耶は笑う。
「うーん、どこまでひーこが知っているのかな? まだひーこの記憶も読み終わってないからあれだけど…。ひーこ、ひーこはサクコブ生命体の宗教について、聞いた事はあるかな。彼等が信じている神様は、この世界では液体の形をとって現れる、とされているんだよ。聖なる水、聖水だね。私達がある気象条件下では液体でいる事が多い、っていうのは、さすがにひーこでも初めて聞いた事かもしれないけど。」
「…」
「クザラル人の場合はもっと、あからさまに分かりやすいね。ゴニ教徒の預言者…簡単に言うと教祖さんだね、の色は緑色だったんだ。最初は普通の、茶色いか青い肌のラル人だった訳だけど。でもその教祖さんは最後には現世の体を捨てて、光になった、とされているんだよ。つまり彼等にとっての神様に近い存在は、緑色の光だ、って事になるんだ。まあそもそも、彼等自身、自分達の事を「緑色のラル」って呼んでる訳だけど。」
「…」
宏子は目を見開き、ただ美耶を見つめている。
「一番、当てが外れたのは地球かな。当てっていうか、時期が早過ぎたんだけど…まあ、今、地球で一番信じられている宗教とイデオロギーって言ったら、多分それは、キリスト教と資本主義、って事になると思うんだけど…ひーこ、今から100年後位の未来の地球だと、それとはちょっと違った感じになってるはずだったんだ。ある別の宗教が、もっと勢力を拡大してるはずなんだよ。その宗教のシンボルともよべる、「聖なる色」は緑色なんだけどね。それからイデオロギーっていうか、知識人の間の思想では、今よりもずっと、エコロジー思想が重視されている、そういう未来になっているはずだったんだ。知っての通り、エコロジー運動、っていうか、地球の自然のシンボルカラーは、緑色だよね。…まあいずれにしても、既に今の地球の宗教でも大抵の場合、神様は光を伴っている訳だけど…」
「あんた、達…」
「ひーこ。神様が、下々の人間の運命を決めるのは、別に何の問題も無い。と言うより、神様が下々の人間の進むべき方向を導いてあげなかったら、彼等は道に迷ってしまう。だからそれはむしろ、してあげないといけない事だと思うんだ。…でも、人間が神様に逆らったり、ましてや、神様を殺したりなんかしちゃったらいけないよ。それこそバチあたりだと思わない?」
「…でも、…それはつまり、あんた達が神様の振りが出来るように色々仕組んだって事じゃん。それじゃ、やっぱりバチあたりなのはあんた達だ。」
「ううん、そうじゃないんだよ、ひーこ。確かに色々用意はしたけど、私達が皆の神様であるって事には違いはない。それ自体は、嘘じゃなくて本当の事なんだよ。まあこの場合、より正確には造物主って言った方が良いのかな。」
「は……そんな、まさか…」
「今更驚く程の事なの? これだけ私達の悪行の数々を知ってるひーこが。」
美耶は嬉しげに笑う。
「まさか…あ、あんた達が、全員作ったっていうの? クザラル人も、サクコブも…地球人も…」
「クザラル人は違うかな。星が知的生命体を生み出せるように、進化の過程を常に導いてはきたけどね。本当にゼロから知的生命体を作るほどの力は、さすがに私達も持ってないから。」
「…」
「サクコブ生命体も似たようなものかな。まあ、サクコブを作った時はもうラル人がいたから、彼等の力を借りるというか、使う事が出来て、その分ずっと楽にはなったけど。」
「…地球人は…?」
「サクコブ生命体がね、予想以上に出来の良い生命体だったんだ、生命力も技術力も。それで、このままじゃ、サクコブ生命体とクザラル人の間で、うまく力の釣り合いが取れないって事がはっきりしてきた。」
「…」
「クザラル人は個人の寿命は長いんだけど、繁殖力が弱くて人口があまり増えない。しかも個体の力はサクコブより遥かに弱い。でも有甲殻生命体に比べてヒューマノイドは、動きに小回りが効くし、やっぱり争わせるなら違うタイプの生命体同士の方がこっちも得られるものが大きい。つまり、タイプとしてはクザラル人に近くて、なおかつクザラル人よりも繁殖力の強い生命体が必要だったんだ。多少、個体の知力・魔力が劣っててもね。その頃既に地球には両生類まではいたから、それだったら…」
「もう良い。」
宏子が口を開いた。
「もう良い。充分だよ。…良く分かったから。」
「そう。分かってくれたんだ。まさかひーこが、そう簡単に分かってくれるとは」

「うん、良く分かったよ。あんた達が皆、神様になりたくてなりたくて仕方がない、って事は。」
「…」
宏子の言葉に美耶は微笑をやめた。
「あんた達の言ってる事が全部事実だとして、それは、あんた達がいわゆる神様だ、って事にはならない。あんた達みたいな小賢しい事してる神様なんか、新興宗教以外で聞いた事無いね。それで何? 結局あんた達の目的っていうのは、「下々の者」を争わせて、それで生まれた技術なり魔力を、自分達のものにしようとしていた訳でしょ。…泥棒じゃんただの。」
「違うよひーこ。そんな簡単な話じゃない。私達は、皆を守ろうとしていたんだから。」
「そりゃ、口では何とでも言えるでしょ。でも私には関係無い。私は宗教なんか詳しくはないけど、それでも神様っていうのがいつでも正しくて、絶対に間違いをおこさないから神様なんだ、っていう事位は知ってるよ。あんた達はどこも正しくないし、間違いだらけじゃない。」
「関係無い?」
美耶は笑う。その顔は、先ほどまでに比べるとどこか怒りが混じっているように見える。
「ひーこ、今、関係無いって言った? …冗談きついよ。参ったな、ひーこ位の重要な関係者なんか、他にいないって言うのに。」
「…どういう意味よ。」
「言葉通りだよ。ひーこは関係者だよ。…関係者なんて言い方もおかしいね、当事者っていうか…本人なんだから。ひーこ、ひーこは体こそ地球人を元にしてるけど、魂は緑色生命体なんだよ。今まで気づかなかったの?」
「…」
美耶はこらえきれないという様子で、肩を揺らしながら笑う。
「純粋な地球人に魔法少女なんかいないんだよ、一人もね。他の魔法少女は全員クザラル人ベースの偽地球人だけど、ひーこだけは本当の地球人の魔法少女だ? …そんな馬鹿な。将来は分からないけど、まだ地球人は魔力を持つまでには至っていない。だからもうちょっと、ゆっくりやってきたかったんだけど…でも、予定に比べて早く、地球人の存在がクザラル人や、サクコブに知られるようになってきた。そうである以上、地球人にも、私達、緑色生命体の意思を伝えるガイド役が必要になってくるんだよね。まあ、そういったガイド役の事を魔法少女って呼ぶ事は、出来るかもしれないけれど。」
「…つまり? 要はあんたは、私は緑色生命体が地球に送り込んだスパイだった、って、そう言いたい訳? ふーん。」
宏子は鼻で笑う。
「だとしたら不思議だよねえ。何でスパイが、親玉の意見を全然聞かない、それどころか、そもそも聞く事もまともに出来てこなかった訳?」
「欠陥作だったからだよ。」
美耶は簡潔に答えた。
「って言っても、そんなに出来が悪くはなかったんだけど。結構、こっちの言う通りに動いてくれたよ、ひーこは。ひーこが頑張ってくれたから、地球人はクザラル人やサクコブに引けをとらない程の勢力として、自分達の力を示す事が出来た。元々地球人には魔力がゼロであるって事を考えたら、これは奇跡的な事なんだから。ひーこがいなかったら、ここまでの事は出来なかったと思うよ。だからひーこには、お礼を言わなきゃね。」
「…」
「とはいえ、ひーこのコントロールが完全には出来なかったっていうのも事実なんだ。何しろ、地球人をもとに作っているから、ひーこの言う通り、意識レベルでこっちとのコミュニケーションが上手くとれない。結局騙し騙し、意識下に働きかけるような形を取らざるを得なかったんだよね。お陰で地球人達は暴走しだしてサクコブ反体制派なんかと手を組むまでに至っちゃったし、最後は結局クザラル星が爆発して、地球人ももう絶滅、って感じになっちゃった訳だけど。」
美耶はため息をついてみせる。
「まあとにかく、緑色生命体は、ひーこがいまいち欠陥作だと気づいた。そこで今度はゼロから、地球人を擬態した「魔法少女」を送り込む事にしたんだよ。」
「…」
宏子は美耶を見上げる。美耶は笑った。
「でもねえ。ゼロから作る事が難しかったから、わざわざ地球人の体に緑色生命体の魂を入れた訳で…無理して新しく作ったは良いけどこれがまた、ひーこを上回る欠陥作でさ。どれ位役立たずだったかっていうと、魔法少女を作ろうとしたのに、ぎりぎりテレパシーが使える位の魔力しか定着させる事が出来なかった、って程なんだよ。…まあ、それでもこっちの魔法少女は、まだ緑色生命体との意思疎通はそれなりに出来るっていう点ではまともだったんだけど。一応完成したって事で、緑色生命体は彼女をひーこのすぐそばに置いておく事にしたんだ。そうすれば彼女を監視っていうか、制御する事が出来るしね。ただ……それにしても、彼女は失敗作だった。ひーこどころか、自分の体すら満足に制御出来なかったんだから。実際ひーこのそばにいるより、病院にいる時間の方が遥かに長いような状態だった、っていうんだから、笑い話もいいとこだよねえ。地球人をある意味作ったのは、確かに緑色生命体なんだけど、彼等自身が地球人に化けて、地球の環境の中で生活しようとするのには、やっぱりどうしても無理があったんだろうね。」
「…そして、最後は、その、私を上回る失敗作の魔法少女さんは、自分の故郷ふるさとである星に帰っちゃった、って訳だね。もう滅亡するような地球人に用も無いし。」
「あれ、よく分かったね。いつどこでカンニングしたのかな?」
「…」
宏子は頬を歪め、笑った。
「あんた達が私のコントロールとやらを出来なかった理由が、何だか分かる気がするなあ。…だって、全然私の事分かってないんだもん。何、勿体つけて言ってるんだかね。私が本当に、それ位の事を知らないでいると思ってたの?」
「…」
「確かに、私は詳しい事情を分かってる訳じゃない。それでも人並みの判断力位はあるよ。どうして私だけが地球人で魔力があって、しかも平均的なクザラル人魔術師よりも魔力が強いのか。幸田美耶は魔法少女じゃないのに、どうしてテレパシーが使えるのか。どうして彼女と私が、似た内容の夢を見るのか。…いつだか、偽者が出た時もそうだったよね。私は詳しい目的は知らないけど、緑色生命体が私らの偽者になって現れた、って時、そいつがなりすましたのは私と、美耶だった。ニ人なら手元に情報があるから、なりすましやすかった、って事でしょ。…認めたい事じゃないけど、そういう結論以外考えられなかった。そうじゃなかったら私だって、こんな何にも無い星にわざわざ来る訳無いじゃない。」
「…」
美耶は口を開けたまましばらく宏子は見る。やがて彼女は鼻で息をつき、軽く首を振った。
「その割にはひーこ、まるで、幸田美耶が、ひーこの友達としての人格を本当に持っていた、って信じているかのような態度をさっきはとってたけどね。」
「それは…」
言いかけて宏子は口を閉じる。彼女は目を伏せ、足元の砂を見つめた。
「全部が、全部…あんた達の言ってる事が本当だなんて、信じてない…」
「そっか。つまり、ひーこの事を本当に友達として想っていた幸田美耶は、今のひーこ同様、自分が何かおかしいという事をうっすら自覚しだして、皆を助けようとしてここに来たは良いけど、そこでわるーい緑色生命体につかまって意識を溶けさせられてしまったと。そういう解釈で良いのかなひーこ的には。ああ、泣かせるねえ。そりゃ悲しいお話だ。」
「…」
怒気を含んだ目で宏子が見上げる。冷淡に美耶は言い放つ。
「そう思いたければ思えば良いよ。それでひーこの救いになるならね。」
再び美耶は笑い、宏子に顔を近づけた。
「まあ、あながちそれも外れじゃないかな。私達緑色生命体が、ひーこの事を大切に思っている、っていうのは間違いの無い事実なんだから。ひーこ、ひーこは、私達の仲間なんだよ。…ううん、仲間なんかじゃない。ひーこは、私達自身なんだから。」
「残念だけど、私はそうは思っちゃいない。」
「…ひーこが思おうが思うまいが、」
「ううん、重要なのはそこだね。本当の出身がどうなんて関係無い。私は私の好きにしてきたし、これからもそうするよ。あんた達の言いなりになんて、絶対ならない。」
美耶は息をつく。
「はあ。…ひーこ、そう言うけど、椅子から一歩も動けない状態で、何をどうするの?」
「何かをどうにかする。とにかく、私は美耶とは違う。」
「ああ、そう。そりゃ心強い。」
「…知ってる?」
宏子は不敵に笑った。
「私はね、今まで一度も自分が「魔法少女」だなんて認めた事はないし、今も認めてないんだよ。はっきり言ってあげる。私は、魔法少女なんかじゃない。」
「…」
美耶は少し苛立たしげな表情で、目を細め宏子を見つめた。


普通の暗闇の宇宙空間を、三角形に近い形の赤い宇宙船と、黒い円盤とが、それぞれ数隻、群れをなして飛行する。その後ろから、それらの船よりはかなり大きい黒い棒状の船が、2隻追ってくる。
サクコブ船から青い波状の光が発射される。散り散りになるクザラル船と05船。波の一部が、クザラル船の一隻をかすめた。クザラル船から火花が散る。

「だあっ」
船内が激しく揺れ、プオラギイックはコンソールに突っ伏した。
「大丈夫!?」
バーチャルディスプレイのシユマが声を上げる。
「…さあ。アヌワット?」
「負傷者はいません。ですが、防御膜はもうもちません。もう一撃で」
「だ、そうだ。」
「もう一度メッセージを呼びかけるべきよ。私がやるわ。」
隣のディスプレイに映っているジュチャは、タッチパネルを操作している。
「は? お前が?」
「ええ。さっきはあなたが呼びかけて無視された訳でしょう。」
ジュチャの言葉にシユマが目を細めた。
「あんただったらあいつら、言う事聞く訳? HYIとフィキチュアジなんて、直接戦争してた同士じゃない。連合はサクコブとの共闘経験もあるけど…」
「連合が共闘していたのはパフタオチトゥとかいうゲリラで、そのフィキチュアジっていう中央政府からみればチンケな反政府組織な訳でしょう、HNK並の。でも私達は、彼等とはある意味対等に交戦相手だったんだから。」
「ジュチャ。あんた、どうしても私に喧嘩を売りたい、っていう訳? そういう事なら」
ジュチャはシユマを無視してエウグ語で喋りだした。
「サクコブ船に告ぐ。こちらはクザラル国評防衛分会地球支部所属、ビヤトゥン・フュディウ号。直ちに攻撃を中止せよ。双方にとって重要な情報がある、当船団を攻撃する事は、そちらの利益にも反するはずだ。現在音声データをクザラル汎用中波通信照射線で送信中、受信されたし。繰り返す、こちらは」
ズガアアン、ズガアアアアアン。
「きゃあっ」
ジュチャの船が揺れる。バーチャルディスプレイは揺れないが、ディスプレイの映しているジュチャ達クルーは飛ぶように揺れる。
「おい、大丈夫か!」
「…何とかね。続けるわ。…サクコブ船に告ぐ、」
ジュチャの上に、新たにバーチャルディスプレイが表示された。
「副代表、ちょっと、お伝えしたい事があるのですが。」
「何だ、30a0。今はちょっと取り込んでいるんだが…」
「分かっています。ですからまずはこちらに避難してください。」
「…そこまでの魔力がこっちには無いんだ。」
30a0は軽く羽を揺らす。
「そうでしたか。今すぐ救助に向かいますのでお待ちください。」
「ああ、期待しないで待っている。」
「はい。ところでお話なんですが、」
「何だ、まだあるのか?」
「いえ、むしろこちらが本題です。今、また私達の人数が減りました。はっきり観測出来ましたので確実です。」
「…そうか。」
プオラギイックは画面と、自分の左右のクルー達を見回す。
「それで、どこの船が?」
「HNKです。船に代表者らしき人が見当たりません。今から83クザラル秒前に姿を消したものと推測されます。」
「そうか。」
プオラギイックは画面に目を向ける。HNKのコクピットの画面は、正面には誰も映っておらず、奥の方に一般の隊員が数名ちらちらとだけ映っている。
「魔力反応は、やっぱり無かったんだろう?」
「ええ。ですがやはり論理エラーが発生しました。それも魔力関係の処理系統でです。」
「つまり…魔力の反応があった、って事か? でも無かったんだろ?」
「本来あるべき正解と照らし合わせれば、確かにぴったり当てはまっています。つまりその意味で異常はありません。…問題は、その「あるべき正解」そのものが書き換わっていた、という事なのです。」
「…どういう事なんだ?」
30a0は羽をバサア、と上げてみせた。
「系魔法だと思っていたのが間違いだったのです。緑色生命体は時間を逆行して、私達を一体ずついなかった事にしています。以前の戦闘で死んだり、そもそも産まれなかったり。そういった事をした時点で、いないという事が「事実」になってしまいますから、通常の魔力反応で何も出ないのは当然だったのです。」
「おい…簡単に言うけど、時間の逆行だなんて、」
「必要な魔力が大き過ぎて、クザラル人やサクコブ生命体にはとてもじゃないが出来ない。全くその通りです。…ですが緑色生命体には出来ます。」
「…」
「…了解しました。」
スピーカーから、女性の声で綺麗なエウグ語が流れた。プオラギイックはたくさんあるバーチャルディスプレイを見回す。
「誰だ?」
「こちらはファファイビ・ドゥサ防衛隊第9部隊所属、ジョダダポソサ号の艦長、フペダ・ジャジャチャです。そちらの佐藤EIM代表からの通信を解析させて頂きました。只今、フィキチュアジ本社との協議の結果、彼女の通信内容は信頼に足る、との判断が出ましたので、フィキチュアジはあなた達と臨時共同作戦を取る事に合意します。もちろんその間は、私達の間の安保戦争は一時休戦、という事で。」
「…」
スピーカーから聞こえてくる音声に、プオラギイックは言葉を失う。彼は画面の30a0と、ジュチャを見る。30a0はよく分からないが、少なくともジュチャはこちらと同じで驚いているようだ。
「それは…素早い判断、どうも。でもどうして、そんなに簡単に納得出来たのかしら?」
ジュチャがフペダに聞いている。
「簡単な決断ではありませんでしたが、本社の慎重な協議の結果、信頼出来るという結論が出ましたので。」
「そう…か。」
答えるプオラギイック。
「そちらのおっしゃる通り、このまま緑色生命体を放置していては、私達双方にとって不利益です。さっそく彼等の母星へ向かいましょう。」
「待ってくれ。…向かいたいのは山々なんだが、場所は分からないんだ。そっちで知っているなら話は早いんだが…」
「いえ、私達も正確な場所は今まで知りませんでしたが…この通信で触れられているではないですか。」
「え?」
見えない相手の声に、プオラギイックは眉を寄せる。ジュチャと視線を交わすプオラギイック。
「…いや、場所までは言っていなかっただろ?」
「なるほど、そうでしたか。…佐藤代表からの通信に入っていた、意識ネット用通信データには気づかれなかった訳ですね。」
「…え?」
「私達の間では普通に用いられるデータ形式です。緑色生命体の母星の座標や、これまで彼等がしてきた事、これからすると予想される事の概略が佐藤代表によってまとめられています。…通常の文字データに変換してそちらに転送しましょう。」
「…」
ジュチャはただまばたきをしながら、姿の見えぬ声に聞き入っている。
「…30a0。気づかなかったのか?」
「すいません。意識ネットの技術は、私達には苦手分野でして…」
「…そうだったな。」
ジュチャはスピーカーに頷いた。
「分かったわ。それじゃあ行きましょう、彼等の母星へ。」
「待ってください。」
画面が現れた。サクコブ生命体が映り、複眼をくるくると回しながら舌をこすりあわせている。
「強制は出来ませんが、こちらの魔力増幅装置のシステムを、そちらの宇宙船にも取り付ける事を強くお勧めします。…そうしないと、母星まで一週間以上かかる事になりますので。」
「…」
プオラギイックは画面のジュチャに視線を向ける。
「…」
ジュチャはこちらに、素早く頷いた。


クザラルの宇宙船と、05の宇宙船と、サクコブの宇宙船が並び、液体のように流れている空間の中を飛行している。先ほどと同じように白い線が揺れているが、その揺れ方は先ほどより遥かに小刻みでめまぐるしい。

そして光が周囲に満ち、次の瞬間、プオラギイック達の船団は一般の宇宙空間に抜け出た。
黒の虚空の中、彼等の向こうに小さな丸となって浮いている恒星から、光が注いでくる。その光は彼等の目の前の白っぽい色の惑星を照らす。前進し、惑星に少しずつ近づいていく船団。
その彼等の後ろから、次々と光の口が開く。光が消えるとそこには、大量のサクコブ船が現れている。別の場所の光からは、クザラルの船団が隊列をなしてやってきた。
光はいくつも現れ、そこから何隻ものサクコブ船、クザラル船、05船が現れる。白い惑星の周囲に、無数の宇宙船が取り囲むようにして広がった。


プオラギイックは、ビュースクリーン見渡す限りの船団を眺めまわした。
画面の一つに映っているサクコブ生命体が、舌をこする。
「それでは、さっそく攻撃を開始しましょう。」
「…」
プオラギイックより前に、画面のジュチャが口を開く。
「待って。宏子の言葉を信じるなら…彼女はまだ、この星にいるんでしょう?」
「…そうだな。」
頷くプオラギイック。
「ここで攻撃をためらっていては彼等には勝てません。犠牲は残念ですが、彼女もそれは分かってくれているはずです。」
「でも…」
「いや、良いんだ。」
「プオラギイック?」
プオラギイックは立ち上がる。
「宏子はこうなるって事を、とっくに分かっていたんだ。…だからわざわざ別れの挨拶なんて、似合わない事を…」
呟くプオラギイック。彼は顔を上げ、画面のサクコブ生命体に頷いた。
「俺達全員の、共通の敵は、この星の住人だ。」
「合意します。副代表。」
「…良いの?」
「ウチの代表の意思なんだ。」
ジュチャに答えるプオラギイック。
「でも…何とかして、救出を…」
「無理ですね。彼等の魔力は強いですから。彼等のフィールドに必要以上に接近すれば、精密瞬間移動可能領域に達するより前に、彼女がやられるかこちらが撃ち落されます。」
「…」
ジュチャはため息をつき、頷いた。
「ええ、確かにそうね。彼等を相手にするなら、全力で叩く以外に勝ち目なんて無い。」
「…」
ジュチャはこちらに目を向ける。
「プオラギイック。あなたは辛いでしょう。ここは、私が合図を送るわ。」
「いや…これが、俺の役目だ。…あいつはそう思ってる。多分。」
「…そう。何だか妬けるわね。」
ジュチャは笑った。

プオラギイックは画面のサクコブ生命体に目を向けた。
「そっちの準備はもう良いか?」
「あなた達の準備の完了を、待っていたところです。」
頷くプオラギイック。彼はビュースクリーンを見回しながら、声を上げた。
「全艦、攻撃開始!」

惑星周囲の無数の宇宙船から、一斉に光が星に向かって発射された。

続く



Written by FML (AKA Franken).
Ver. 1.00 on 2003/3/26.

<そんな訳でひーこちゃん。長々と続いてきたこの話も、ついに次回が最終回ですよん。>
<あー。そうなんだ。>
<そういう訳でえ、取りあえず皆さんに今までの感想なぞを! まずはシユマちゃん!>
<私も温泉、入りたかったなあ…次回にでも入れないかなあ。>
<ジュチャちゃん!>
<何で私がシユマの後なのかしら?(怒)>
<プオちゃん!>
<え? あ、ええと…なあ、次回予告とはいえ、現時点で俺達と宏子が同時にいて良いのか?>
<リジュワナちゃん!>
<それを言い出したらモニクがここにいる時点でおかしいじゃない。>
<ひーこちゃん!>
<…どうでも良いけど、あんた最近、何か便利屋になってない?>
<という事で皆の感想でした! ちなみに私から言わせてもらうと…やっぱりモニ子萌え! 激萌え!って感じかな?>
<だから、「萌え」って何…。>
<もちろんひーこちゃんも萌え、だねえ。ぷりちー・うぃっちー・ひろこっちー、って感じで、ねっ!>
<意味が良く分からないんだけど…何だか凄くケンカ売られてる気がするのは何でなんだろ?>
<次回魔法少女佐藤、第26話、「緑の星の魔法少女」、後編。お楽しみに。>
<あー。でも結局私は魔法少女なんかじゃなかったね。>
<そんな事無いよ! ひーこちゃんは、正真正銘立派な魔法少女さんなの。私が保証しちゃうからっ!>
<してほしくない。>
<まあ、少女かどうかは大いに疑問が…>「shh, shhhhhhhh!!」
<おんせーん…>
<あなた達…最後位まとめなさいよ…>



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