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前回のあらすじ:

その星の空気や重力は、地球と同じ環境らしく、宏子は宇宙服等をつけずにその場を歩いている。
そこは何も無い。ビーチのような白い砂地が延々と地平線まで続くが海は無く、夕焼け時のようなオレンジ色の空が一面に広がっている。


「美耶! 無事だったの!?」
宏子の前に、普通の黒いコートを着た美耶が立っていた。


宏子は美耶の肩を揺らした。
「あんた達、美耶に何をしたのよっ! 答えなさいよっ!」
「さっきからひーこは、こっちに質問ばかりだね。」
体を揺らされたまま、美耶は笑う。
「まずは挨拶から、始めようよ。ひーこ、改めまして、ようこそ、私達の星へ。一応これでもあなたの事は、歓迎しているつもりなんだよ。私達緑色生命体は。」
宏子は鋭い視線を返す。


「あんた達が元凶なんじゃないの、緑色生命体さん。」
宏子は美耶に顔を近づけた。


美耶が微笑む。
「もうひーこは、ここから逃げる事は出来ないよ。幸田美耶同様、私達の意識の一部に取り込まれる以外に、未来は無いからね。」


テントの下で円陣を囲み、リジュワナ達が話し合っている。リジュワナはジュチャの方に向き直り言葉を続ける。
「とにかく、もしかしたら何か起きているかもしれないって、彼女が感じたそうだから……」
リジュワナは自分の言葉に息をのみ、改めて回りを見た。
「…彼女?」
「彼女って誰だよ。何か起きている、ってさっきからうるさく言っているのはお前だぞ。」
「…ええ、そうね。私がさっきから気になっている事なのだけど…」
リジュワナはプオラギイックに頷く。
「…私だったかしら?」
「…」


背中に何かを触らされているかのように宏子はもだえ、両腕を抱えながら前かがみになり、歯をくいしばる。
「くうっ、くっ、ううううう、ううっ、ううううううううあああああっ!!」


「とにかく、彼等もまたクザラル人同様、自分達の科学技術や魔法の力をどんどん高めていったんだ。彼等の「安保戦争」の中でね。つまり…」
美耶は笑顔で自分の両手を合わせる。さっきまで読んでいた本はどこかへ消えたようだ。
「私達は、両方の社会の発展に大いに貢献した、っていう訳だよ。」


05宇宙船の中で、05生命体がリジュワナとプオラギイックに説明している。
「緑色生命体のせいであると考えれば、理解はしやすいですね。彼等の魔力ならこれ位の事は出来そうですから。」
「問題は、理由ね。何故彼等がそんな事をするのかしら?」
「さあ…行動の理由位、彼等にまともな答えを期待出来ない質問も無いでしょうから…」
05生命体の言葉にプオラギイックが肩を上げる。
「じゃあ、行って彼等に直接確かめるしか、ないんだろうな。」
顔を向けるリジュワナ。
「行って、って?」
「そのままの意味だが?」
「…」
「…」
「本気!?」
「本気ですか!?」
リジュワナと05生命体は、同時に声を上げた。


「ひーこ、ひーこは体こそ地球人を元にしてるけど、魂は緑色生命体なんだよ。今まで気づかなかったの?」


「知ってる?」
宏子は不敵に笑った。
「私はね、今まで一度も自分が「魔法少女」だなんて認めた事はないし、今も認めてないんだよ。はっきり言ってあげる。私は、魔法少女なんかじゃない。」
「…」


普通の暗闇の宇宙空間を、三角形に近い形の赤い宇宙船と、黒い円盤とが、それぞれ数隻、群れをなして飛行する。その後ろから、それらの船よりはかなり大きい黒い棒状の船が、2隻追ってくる。
サクコブ船から青い波状の光が発射される。散り散りになるクザラル船と05船。波の一部が、クザラル船の一隻をかすめた。クザラル船から火花が散る。
「だあっ」
船内が激しくゆれ、プオラギイックはコンソールに突っ伏した。


30a0は羽をバサア、と上げてみせた。
「系魔法だと思っていたのが間違いだったのです。緑色生命体は時間を逆行して、私達を一体ずついなかった事にしています。以前の戦闘で死んだり、そもそも産まれなかったり。そういった事をした時点で、いないという事が「事実」になってしまいますから、通常の魔力反応で何も出ないのは当然だったのです。」


「こちらはファファイビ・ドゥサ防衛隊第9部隊所属、ジョダダポソサ号の艦長、フペダ・ジャジャチャです。そちらの佐藤EIM代表からの通信を解析させて頂きました。只今、フィキチュアジ本社との協議の結果、彼女の通信内容は信頼に足る、との判断が出ましたので、フィキチュアジはあなた達と臨時共同作戦を取る事に合意します。もちろんその間は、私達の間の安保戦争は一時休戦、という事で。」


目の前に白い惑星がある。そこへ05と、クザラルとサクコブの宇宙船が何隻も向かっていく。光の口は次々と開き、そこからまた無数の宇宙船が現れ、後に続いていく。


「待って。宏子の言葉を信じるなら…彼女はまだ、この星にいるんでしょう?」
「…そうだな。」
プオラギイックは画面のジュチャに頷いた。別の画面のサクコブ生命体が破擦音を上げる。
「ここで攻撃をためらっていては彼等には勝てません。犠牲は残念ですが、彼女もそれは分かってくれているはずです。」


プオラギイックは画面のサクコブ生命体に目を向けた。
「そっちの準備はもう良いか?」
「あなた達の準備の完了を、待っていたところです。」
頷くプオラギイック。彼はビュースクリーンを見回しながら、声を上げた。
「全艦、攻撃開始!」


惑星周囲の無数の宇宙船から、一斉に光が星に向かって発射された。


サクコブ船から青い波状の光が、それに比べると細いが、05船から矢のような光線が、そしてクザラル船からは糸のように細いが、勢いはもっとも激しい土砂降りのような光線が発射される。それらの光線は全て目の前の惑星に降り注ぎ、星の輝きをやや青っぽく変色させている。
「05船、星の状態は?」
画面に聞くプオラギイック。
「情報不足で判断出来ません。もう地表にはかなりのダメージがあって良いはずですが、この周囲の魔力反応が膨大過ぎて地表のモニターが困難です。」
「そうか…」
「でも何か…見た感じ、あまりダメージを受けてないように思えるんだけど…私が不安になっているだけかしら。」
画面のジュチャが言う。プオラギイックは彼女の顔に目を向けた。

「ジュチャ議員、フィキチュアジのクオジョ部長から通信です。」
「…ええ。オープンで繋いで。」
プオラギイックの乗っている宇宙船とほぼ同じ作りだが、少しだけ小綺麗なコクピットに座っているジュチャは、隣の魔術師の言葉に頷いた。
ジュチャの目の前に、サクコブ生命体の表示されたバーチャルディスプレイが現れる。
「議員、我々の攻撃ですが、思ったほど効果が上がっていません。」
「そうなの…? これだけの量の攻撃をしているのに?」
「私達も…そちらの独立機器も、シミュレーションではこれだけの攻撃で充分だと思っていたのですが、どうやら足りなかったようです。そこでこちらとしては、私達の魔力集中増幅装置を使用しようと考えています。」
「あなた達の、って…もしかして、」
「はい。クザラル星破壊の際に使用された、無限連鎖式の増幅装置です。これなら魔力は比較にならないほど増えますし、魔術師の負担もそれほどかかりません。」
「…」
一瞬考え込むジュチャ。
「…でも、良いの? 私達の目の前でそれを使って。企業秘密が漏れるかもしれないわよ。」
「確かにそのリスクはあるのですが、まずは目の前の敵…星の下にいるほうの敵を、倒す必要があります。」
「まあ、良いけど…それを使ったら、この緑色生命体の母星は星ごと消えるの?」
「今ここには、クザラル星を攻撃した時の1.4倍の船団が集まってきています。22シ4600垓ケボデ、つまり3シ8230垓クチャシの魔力が適用されますので、緑色生命体母星を破壊するには充分だと考えます。」
「…そう。」
眉を上げつつジュチャは頷く。
「…」
ジュチャはふと、画面のプオラギイックに目を向けた。
「…」
「…」
プオラギイックは無言でこちらに頷く。
「…分かったわ。それでもし攻撃に成功した場合、ここにいて安全なのかしら?」
「いえ、危険です。すぐに瞬間移動が出来るよう準備をしておいてください。こちらが合図しますので、そこで全員退去、という事で。」
「分かったわ。」


3種類の宇宙船の内、サクコブ船からの光線が一旦停止する。そしてサクコブ船の光線は、今度は惑星を前にした上空の、ある一点に集中しだした。正確には、そういった場所が星の回りに5つ、6つ出来てきている。
一点に集まった光は、そこで宇宙船2、3個を飲み込める大きさの巨大な球となり、ゆっくり星へと進んでいく。やがて地表にまで降りていったらしいそれらの光の球は、星の中へ吸い込まれるように消えていく。


「…」
ビュースクリーンでその様子をじっと見ているジュチャ達。
ジュチャは画面のプオラギイックに目を向ける。
「…」
「…ん、何だ?」
「…」
視線を外すジュチャ。
「…」
「…」
「ジュチャ。…もしかして、誰かに何か、罪悪感でも感じているのか?」
「…」
ジュチャは無言で、それを否定したいかのように目を細める。
「それなら安心しろ。」
険しい表情でプオラギイックが言う。
「効いてないぞ、サクコブの攻撃は。」
「…え?」
目を広げ、ジュチャは改めてビュースクリーンを見直した。


白い惑星に変化は一切見られない。粉雪のような雲と、その向こうに垣間見える美しいクレーターは、先程と全く同じ景色だ。


ジュチャは口を開き、それから手前のディスプレイに目を向けた。
「部長? 攻撃後の経過は?」
「現在観測中です。また連絡しますので、少々お待ちください。」
サクコブからの画面が消える。ジュチャは眉を上げた。彼女は隣の魔術師に顔を向ける。
「05船に繋ぎたいんだけど…」
「今こっちで聞いたところだ。」
画面のプオラギイックが割って入った。
「05の方は、観測結果はもう出たそうだ。失敗だ。本来、既にこの時間ならあるはずの地殻変動やマグマの噴出が全く観測されていない。どこかの段階で、こちらの…サクコブの、攻撃弾を完全に無力化されたとしか考えられない。」
「…そんな、あんな想像もつかないような大きさの攻撃弾を、無力化、って」
「議員、たびたびすいません。」
ジュチャの前に、再びサクコブ生命体のディスプレイが表示される。
「…」
「観測の結果が今ひとつはっきりしないのです。現在、こちらの船の一隻を地表に近づけ、彼等に星の様子を窺わせています。」
ジュチャは息をのみ、画面に顔を向けた。
「やめなさい。それは危険よ。本当はもうそっちだって、観測結果は出ているんでしょう?」
ビュースクリーンには、一隻のサクコブ船が惑星に向かってゆっくり前進していっているのが見える。

「やめなさいとおっしゃられますが、議員に私達の行動を制限する権限は無いはずです。」
「そういう意味で言ってるんじゃないわ! 私は、あなた達が危険だって」
ビュースクリーンで何かがまたたく。ジュチャは視線をそちらに向けた。

星へ近づこうとしていたサクコブ船に、地表から稲光のような光線が届いている。次の瞬間光線は消える。そしてサクコブ船は、かけらのような僅かな残骸だけを残し、光と共に消え去っていた。
「…言ってるのよ。」
手前のディスプレイに映し出されたサクコブ船内は、一気に騒然とした雰囲気になっているようだ。
「どうやら、こちらの予測と異なった結果となったようです。」
「…そうでしょうね。」
「フィキチュアジ本社は今、一旦ここを退却する事を決定しました。あなた方もそうする事をお勧めします。」
画面の生命体が破擦音を立てる。その間に、ビュースクリーンの方ではまた稲光がした。今度は星から相応の距離、ジュチャやプオラギイックの船団と同じくらいの距離をとった船がやられたようだ。
「それでは。」
通信が切れる。ジュチャは別画面のプオラギイックに目を向け、お互い頷きあう。
「連合の宇宙船は、全員退却だ!」
「HYIもよ! 今すぐ全員ここを脱出して!」


白い星の周囲にいた無数の宇宙船は、まるで花火のように次々と瞬間移動の光をあげはじめる。
そしてそれを阻止するかのように地表からの光線がいくつも発射され、逃げ遅れたサクコブ船やクザラル船をどんどん飲み込みだす。地表からの光は雨のように降り注ぎ、今まさに瞬間移動しようとしていた宇宙船を次から次へと残骸に変えだした。


 

「…はっ!!」
悪寒に耐え切れず、息を吸い込みながら、飛ぶように起き上がる。
「…は…」
まだ震えが止まらない。何か悪い夢でも見ていたのだろうか。
よくは、思い出せない。
それでもおそらくは悪い夢だったのだろう。そうではないとすればこの悪寒は、体調に問題があるという事になる。それは今の時期、出来る事なら考えたくない可能性だ。
ぼうっと視線をさまよわせる。自分の足。もちろんその上にベッドの毛布。もう少し視線を上げると、薄いブラウンの壁。窓があって、青空が覗いている。
横を見る。小さな机と化粧台。どれも形や使い方は、地球のものとそう変わりない。大体どれも機械的なものではない素朴な作りなので、使い方も何も無いだろう。壁にはウォーレン・Gのポスター。…我ながらそんな物、よく残っていたなと思う。それから机の上には写真立て。
「…」
そこに挟まっている小さな写真を見ている内にようやく私は気分が落ち着いて、改めて深呼吸をした。
そして、私はあくびをしてから、ゆっくりと腕を伸ばし、体全体の力を抜く。朝に慌しく起きて学校へ行ったり、会議に出たりしなくても良い。休日って、良いものだ。
「…ふう。」
もう一度息をついて、私はベッドから腰を上げ、立ち上がる。

服を着替えたいのだが、今は種類が足りない。これではまともなローテーションなんか組めないだろう。…考えてみれば最近、そんな事にも全然頭がいってなかったように思う。
私は化粧台の鏡の前に立ち、自分の顔を見る。寝癖はしょうがないとして、それ以前に、髪につやが、全然足りていないような気がする。
「はあ…」
17のピチピチギャルが(って、死語だ)、これではいけないと思う。これでは、どこぞの無知な宇宙人に「魔法「少女」らしさのかけらもない」、と断言されても仕方が無いかもしれない。
「…」
せめて笑顔位でも可愛らしくなれないかと思って2、3度、鏡の自分に笑いかけ、私はため息をついた。
「っていうか…最初から、そんなキャラじゃないって…」
私は顔を上げ、もう一度だけ自分を見る。
「…」
まあ、一頃よりは大分ましな顔になってきたかな、とは思う。多分これから、もっとましになる。…いや、ならなきゃいけない。生きてる人間は、そうなっていくべきなんだ。
コロン、コロン…と、玄関の方から鈴が鳴っている。
「…ええと…グヤー。」
<遅刻よ、宏子。準備に時間をかけたい気持ちも分かるけど、もう諦めなさい。>
玄関の向こうからテレパシーが伝わってきた。彼女のいじわる気に勝ち誇った無表情が目に浮かぶ。
<…あのねえ、一体私が何の準備に時間をかけなきゃいけないってのよ!>
<知らないわよ私は。…知りたくもないわね。聞く事で心をけがされたくないわ。>
<あ、あのねえ…あんた私を何だと>
<彼は私達と違って忙しい身よ。あんまり待たせたら、会う事も出来なくなるけど。それでも良いかしら?>
<だ、何で私がそんな事気にすんのよ!>
念じながら私は、急いで着替えをすませ、玄関先まで走っていく。
<…>
私はふと立ち止まり、鏡の前まで走って戻る。
<…まだなの? 先に行くわよ。>
<行ってて良いって。行くも何も、お隣さんでしょ。>
<そうね。…まあ、好きなだけ準備すれば良いわ。その間は私がプオラギイックと話しているから。>
<…>
何だか楽しげなテレパシーが、玄関から足音と共に遠ざかっていった。
「…」
鏡を見直す。
…うん。まあ、取り立てて変な所は無いみたい。
私は鏡の自分に頷くと、玄関へ、もう一度小走りに向かいだした。


魔法少女佐藤


<ああ、来たわよ、お姫様が。>
公園まで歩いてきた。色が緑というより黄色に近い以外は、地球とそう変わりない自然の景色だ。日本人にとっては、まるで秋のような季節感の色彩なので、気温との違和感は多少あるけど。まあ、その内嫌でも慣れる事だろう。
それはともかくとして、リジュワナのテレパシーの内容がいい加減ウザくなってきた。
<…リジュワナお姫様は私に怒って欲しい訳?>
念じながら、私は公園に置かれているベンチに座る。「これは移動用ではありません」という内容の、コココ語のステッカーの貼られているベンチだ。
<とんでもない。私は久しぶりにプオラギイックに会う宏子の心を少しでもリラックスさせてあげようと、献身的な努力をしているだけよ。>
ベンチで、リジュワナの隣に座っているモニクが何とも言えない微妙な表情で念じる。
<最近のリジュワナちゃんって…何だかアリーザちゃんの亡き意志を継いでるよねえ。>
<どういう意志だか分からないけれど、愉快とは言いがたい冗談ね。>
歩道を挟んで向かい側にもベンチがあり、そちらにはプオが座っている。
<…>
まあ、別に、いつも通りのプオだ。もしかしたら少しだけ日焼けしているような気もするが、色が色なのでよく分からない。
<…>
<…よっ。>
<…うん。>
私は頷いた。
言葉にしないでもお互い通じ合う物がある…なら格好良いが、実は何も言うべき事が思いつかないだけだったりする、っていうのは秘密だ。
大体、何日も会えなかったとかいう訳でもないし。…もちろんそれ以前に、別にプオなんかに一生会えなくても、こっちは何も困る事は無い訳だけど。
<はあ。>
脱線気味の自分の考えに首を振りながら、私はプオの隣(しか空いていないし)に腰を下ろした。
<ちょっと…既に代表と副代表が、何かニ人の世界を作り出しちゃっているんですけど…>
<どうやら私達は、無粋な邪魔者のようね。ここは若い二人に任せるとして、私達は家にでも戻りましょうか。>
向かいのベンチの、ニ人の馬鹿がうるさい。小さなトーンで念じているはずなのに、やけにこっちまでよく聞こえてくるのは何故だろう。
<…ニ人の世界って、どういう事だ?>
クザラル人の癖にテレパシーの読解能力に欠けているプオが、真剣な顔で私に聞いてきた。
私は腕を組み、ため息をつく。
<…ニ人とも暇だから、手頃な所にあるおもちゃで遊びたいだけだよ。プオは別に気にしないで良いから。>
<おもちゃって…何がだ?>
向かいのモニクが、プオ並に真面目ぶった顔でこちらを見る。
<ひーこちゃん。その反応の仕方は、間違ってるよ。ひーこちゃんはもっとそこで、真っ赤な顔になって否定しないと。>
<…>
ああ、どうやったらこのフランス女を黙らせる事が出来るんだろうなあ。…いくらHNK支配地域だからって、勝手に人を殺したらやっぱり捕まるんだろうなあ。一人位見逃したりしてくれないかなあ。
<ん? 宏子、具合でも悪いのか?>
両目を閉じて眉を寄せていた私の肩に、プオが(馴れ馴れしくも)手をかけてきた。
<…あら。>
それとぴったり同時で、リジュワナが念を上げる。わざとらしく。
<…プオ。何でもないから。取りあえず手はどけて。>
<ん? あ、ああ。>
<…>
私は一回深呼吸をしてから、努めて事務的にプオの方を見た。
<で? 戦争の方はどうなってるの?>
<関係無いが…心なしか、良い顔になってるな。お前。>
<…>
…へ。
<…>
ねえプオ、どうしてそんな罪の無い笑顔で、そういう台詞が言えるのあなたって。
…あなたもブッ殺していいかしら。今すぐ。ギッタンギッタンに。
<…はっ>
私はふと気づき、歩道向こうのベンチに顔を向ける。
<…>
<…>
あ、ニ人とも時間が止まってる。時の魔法だ、多分。そうに違いない。


<…だから俺が言ったのは、お前達全員の事だ。>
プオが言い訳を開始してから、既に5地球分は経過した。
<皆前は、俺もかもしれないが、思いつめていた表情を多分していただろ? それに比べれば今は、まあ、戦争が終わったとは言い切れないにしても大分気分的にも楽になったんじゃないか、って事を言ってるんだよ、俺は。>
<って事は、今はもう皆、恋愛を育む位の心の余裕も出来た、と…>
<…まあ、お前達がどうこうするのを止めるつもりは無いぞ。別に前から止めてなかったけどな。>
モニクのしつこい口撃に、ピンぼけの返事をプオが返す。
私は流れを無視して(というか、本来の話の流れに戻って)プオに聞いた。
<実質的な戦闘は大体やんだ、って事? じゃあ、ウチらの作ってた対抗兵器が上手くいった訳だ。>
<まあな。HYIと05が組んだ事で、総合的な戦力がサクコブに匹敵した事も大きいだろう。>
プオは頷く。
<じゃあ、最初からそうすれば良かったんだよね。HYIと組めば。>
モニクがうつむきながら念じた。
でもその言い方はおかしいと思う。最初は私達は、HYIの魔術少女だったんだ。それでは駄目って状況になったからHYIと決別したんであって。
少なくとも、モニク以外は。
私はモニクを見た。
<あんたはそれで良かったのかもしれないけど…>
<でも結論から言えば、確かにそうだったのかもしれないわ。>
リジュワナが頷く。
<リジュワナ…>
私は彼女の顔を見た。彼女は時々、エウグ人ばりに自虐的な皮肉を言う事がある。しかもアリーザ辺りと違い、どうもその皮肉こそが彼女の本心じゃないか、と思えてくる時があったりもするから厄介だ。
<地球人とクザラル人は、もっと早く分かり合うべきだったのよ。その意味でモニクや小英は正しかった。…そうすれば、サクコブの攻撃で地球とクザラル星が滅びる事も無かった。>
<…そうじゃないでしょ。悪いけど、モニクや小英は、クザラル人と「分かり合ってた」訳じゃないじゃない。それに今だって戦争は終わった訳じゃないんでしょ。結局最後は、サクコブと分かり合わない限り、この戦争に終わりは無いんでしょ。>
<私はサクコブと分かり合おうとして失敗したわ、宏子。>
<だから諦めろって?>
<ニ人とも落ち着け。>
<プオは黙っててよ。>
私は隣を睨む。
<いや、黙らないぞ。お前達は同じ、地球人の魔法少女同士だろうが。その間で分かり合えなくて、どうやって異種族同士で分かり合うんだ?>
プオはこういう時、昔に比べてとても落ち着いて、悟ったような事を言う。何だか私だけ一人、置いてかれてるみたいだ。心の成長から。
<私達は、充分分かり合ってるわ。ただ多少、意見が相違するだけよ。>
<そうだな。意見が相違しても分かり合う事は、確かに出来る。>
プオはリジュワナに頷いた。
<異種族でもそれは同じだ。分かり合う事は、出来る。その意味で努力はすべきだし、希望も捨てちゃいけない。…緑色生命体への攻撃の時、一瞬でも、地球人に05に、HNKにHYIにサクコブまで全員が力を合わせた、っていうのは事実なんだ。>
<そして次の瞬間にはまた、サクコブはこっちに攻撃しだしてたけどね。>
私は思わず口を挟んだ。
<その通りだ。分かり合う事は、確かに出来る。ただそれを持続させるのは、なかなか難しい。>
<…出来るだ出来ないだ、どうしろって言いたいの、プオは。>
プオは首を上げてみせた。
<出来なくはない、難しいだけだ。問題が普段よりも難しい事だったら、俺達のすべき事は何だと思う? 普段よりももっと、努力をすべきだ。俺はそう思ってる。>
<…>
格好良いと言えば、格好良い台詞だ。
でも、そんな事は誰だって分かっている事のような気もする。そして、どれだけ頑張っても、それでも難しすぎる位難しい事だって世の中にはあるのだ。私は息をついた。
<ふう…>
<じゃあ…地球やクザラル星が滅びたのは、私達の努力が足りなかったから?>
モニクが、私達の思いを代表するようにして念じた。
<お前達は…もう話が全部、終わったように思ってないか?>
プオは眉を上げた。
<まだ話はこれからなんだぞ。何も終わってない。地球人の歴史もクザラル人の歴史も、これから作っていくんだ。どっちも絶滅なんかしてない。>
<まあ、クザラル人はそうでしょうね。まだ人口の3割近くは残ってる。ラル星からの離散の歴史の厳しさを考えれば、彼等は今の状況位は、まだまだ頑張っていけるんでしょう。でもプオラギイック、地球人については、どうかしら。>
リジュワナは息をつく。
<地球に人間がまだ生き残っているという可能性は低くはないと思うけど、サクコブのあれだけ激しい攻撃がずっと続く中で、そう長く生き延び続けられるとは考えられない。後一月ももたないでしょう。…という事はサクコブの最終攻撃より前に地球を脱出済みの地球人しか生存の望みは無い。何人か、地球各国の政府や国連からクザラル星に渡っていた大使がいたけど、もちろん全員死んでいるわ。つまり、もう残っている地球人は私達EIMしかいないのよ。>
リジュワナは私達を見回す。
<宏子も自己申告によれば地球人じゃないそうだし、私とモニクももちろん違うわよね。ここにいるEIMの生き残りの内、微量な魔力の持ち主もクザラル人の遺伝子工学の産物だから、純粋な地球人に限定すると今、10人いくか、いかないかよ。非魔術師隊員は男性が多いから、女性といったら多分…三人位でしょう? 全員が男性隊員のいずれかと結婚して子供を産む、という事が万が一起きたとしても…地球人という種族の未来は、相当厳しいわよ。>
<厳しいっていうか…流石にもう駄目でしょ。>
私は呟いた。
<宏子…>
リジュワナが責めるような視線を向ける。プオにモニクも同じようだ。
私は息をはきつつ、念じる。
<だってそうでしょ。私達の人数じゃ、いくら何でも無理があるよ。それともクザラルお得意の遺伝子工学で、みんなのクローンでも量産する? それは倫理的にアウトだよね。って事は、もう諦めるしかないじゃん。>
私はプオに顔を向けた。
<私の表情が良くなってるんだとすれば、もう諦めたからじゃないかな。それって、一つ悩みが減った、って事だから。>
<そう…かもしれないわね。>
<リ、リジュワナちゃんまで!>
頷くリジュワナを、モニクが驚いた顔で見つめる。
<お前達…>
<私だって嫌よ。認めたい事じゃないわ。…でも、宏子の言う通り。少なくとも地球人に関しては、もう終わったのよ。後、私達に出来る事は…クザラル人の未来を手助けする事位かしら。>
<…>
モニクはしばらく何かを念じかけてはやめ、念じかけてはやめを繰り返し、最後にリジュワナを見て、念を送った。
<クザラル人を助けるって、HNKの殖民星に避難している身でどうやって? 大体、今の私達に何が出来るの?>
<…今すぐに出来る事は、あまり多くないな。HNK…じゃなくて、今はコココ自治政府だが、彼等とHYIは、一応和解に至った。サクコブとの戦争も、散発的な戦闘はゼロじゃないが膠着状態だ。>
<つまり戦闘要員でしかない私達にもう用はない、と。>
<表現は悪いが、結果論で言えば、そういう事かもしれないな。>
私の念にプオが頷く。
<っていうか、さ。クザラル人全体には私、恩も何も、無いんだけどね。私達が助けるっていったらHNK…じゃなくて今は、何て言うんだったっけ?>
<ヨボヌソ・ジャーケイア・コココだから…ええと、YZhKヨジャクだな。略せば。>
<そう。そのYZhKでしょ。そっちは今はどうしてんのよ。>
<今言った通り、HYIと和解した。今はこの星を含め3つの星の自治政府となっている。といっても行政機構も何もあったものじゃないから、その意味では当分、仕事は山積みだ。だからシユマやタオダは忙しくしているぞ。…ただそれは、あくまで彼等コココ人の仕事であって、俺達の出る幕はあまり多く無いな。>
モニクが顔を上げる。
<…また、コマーシャル位なら出られるかも。「コココ人の皆さん、これからも頑張りましょー」、みたいな。>
<そうだな。後は?>
<…>
プオのつめたーいトーンに、モニクはムッとした顔で黙り込んだ。
<まあ…私達全員、魔法をとったらただの女学生だから。何をするにしても…今はまず、自分を磨く事を考えた方が良いのかもしれないわね。>
皆がリジュワナの方を見る。
<勉強をするなり、魔術を磨くなり。今のままの私達で自治政府庁舎に押しかけても、シユマ達の足手まといになるだけよ。>
<…それもそうだけど、まず、自活する事を考えようよ。EIMって、たまに国からの援助で凄くお金がある時もあったけど、大体HNKからお金を借りてカツカツ、っていうような時期の方が長かったでしょ? ましてやこっちじゃ地球のお金は全く使えないし。いつまでも居候の身じゃ、それこそ恩返しも何も、無い訳だから。>
モニクの言葉に、リジュワナがうんうんと頷く。
<…>
私は公園の木を見上げながら息をついた。
結局私達は、地球人の事ばかり考えてきた訳で、その地球人が事実上いなくなってしまった今、する事を見失ってしまっているのは当然の事だろう。
しばらくはここで、自分達の未来を改めて考える必要がありそうだ。私達、魔法少女の…。
………。

<ひーこちゃん、どうしたの?>
<ん? ん、何だか…>
私の方をモニクが見ている。私は空から視線を戻し、首を振りつつ答える。
<…変な感じがしてさ。何か…>
<それは変な感じもするだろう。急に仕事が終わったんだから。>
<うん、そうなんだけど…>
私は腕を組んだ。
何か忘れている気がする…。とりあえずそれは今日、ここで話そうとしていた事だと思う。話そうとしていた事を、もう既に忘れているって事は…大した事じゃなかったんだろうか。
<…まだ違和感があるのね。>
<あ、ん、まあね。>
私はリジュワナに頷く。
確かに彼等の言う通り、状況が急に変わって違和感はあるし、今の私のこのもやもやが、それだといわれればそういう気もしてくる。
…いや、っていうか、
<あのさあ。魔法少女としての勘で喋るんだけどね。…何かおかしいっつうか…何かが間違ってるのよ。>
<何かって、何よ。>
<それが分からないから…この、世界が、何かさ。>
私は空を指差し、指を回してみせた。地球と全く同じ色の青空だ。
<私達は本当は負けてなんかないぞー、みたいな?>
モニクが念じる。私は<うーん…>と唸った。
<そうじゃなくてさ…でも、どっかおかしいっていうか…何かを忘れてる感じ、っていうのかな。>
<…それは「何」? それとも「誰」? また誰かが消えたとか、そういう事?>
<さあ…まあ、そうかもしれないけど…>
<念の為言っておくけれど、アリーザと小英だったら、もう死んでいるわよ。>
<分かってるって。そうじゃなくて…いや、正直凄く微かな違和感だから何とも…>
<…>
リジュワナ達は、私の様子を見かねたように、何か目で会話している。
<…その違和感っていうのは、ここに来てからなのか?>
<ん、まあ…>
<つまり、緑色生命体母星で何かあった、って考えて良いのかしら。>
<そりゃまあ、何かはあっただろうけど…私がいた間、あんた達に何が起きていたかとかまでは私、よく知らないし。>
<それを言ったらこっちもそうだよ。ひーこちゃんがあの星で何をしていたのか、こっちも結局、ちゃんと教わっていないんだから。>
<だから教えるも何も、大して覚えていないんだって。>
私はモニクに言う。
<一週間前のあの時、私は…>


宇宙空間に光がまたたき、そこから黒い円盤の一団が出てくる。遥か遠くに点としてある星々以外、周囲には何も無い。

「EIMの皆さんは全員無事です。」
05船内で、プオラギイックに05生命体が言う。プオラギイックは頷いた。
「この船とすぐそこの船にしかいないからな。それで、他の船団とは連絡はとれるのか?」
「05に関しては現在、通信ネットワークへの接続が確認されている宇宙船は313機。さきほどより65機減少しています。」
「ああ。」
「クザラル機に関しては…副代表、ジュチャ観察議員から映像通信です。」
「繋いでくれ。」
頷くプオラギイック。壁の画面に、ジュチャの顔が現れる。画像はやや、ノイズが混じっている。
「生きてたか。」
「何とかね。今どこにいるの?」
「ええと…グリッド座標でブロックDVデヴェ-ShUシェウの55:32:65だな。」
「そう。ええと…ここから4.7シャジュオキになるみたいね。こっちの座標を送るわ。」
画面のジュチャが、タッチパネルを操作している。
プオラギイックの前の壁面ディスプレイに、星図と船のマークが表示された。
「こっちと逆方向か…。まあ、すぐに戻れる距離だし合流しよう。ここからなら…ブロックDVデヴェ-BLlベシェはどうだ?」
「分かったわ。そこからランダム選定で…ここ?」
星図に新たなマークが表示される。
「オーケー。」
「ところでプオラギイック。そっちに情報は来ていない?」
「情報? 何の。」
「05でも地球でも…って、その雰囲気だと来ていないようね。」
ジュチャが息をつく。
「来ないとマズいのか?」
「来ない方が良いわ。でも私のところには来た。悪い知らせなのよ。」
ジュチャの画面にノイズが混じる。
「緑色生命体と思われる生命体が、JVKの色々な場所を制圧しているらしいの。今まで残っていた軍事施設が壊滅状態になっているわ。サクコブにも知られていないような秘密基地も含めて。壊滅っていうか、爆発に近いらしいんだけど。さらには…残っていた幹部もね。組織のトップが、皆消えているのよ。」
「…例の時間逆行か?」
「でしょうね。だから一切反撃も出来ないままに、緑色生命体がどんどん勢力を広げているの。」
「副代表。」
「何だ。」
05生命体がプオラギイックのすぐそばまで、飛行してやってくる。プオラギイックは生命体に顔を向けた。
「今の観察議員のお話ですが、たった今、こちらからも付け加えるべき事が出来ました。」
「…同じ事が05領域でも起きているなんて、言わないでくれよ。」
「いえ、それより悪いです。どうやら05領域では、グループ内でクーデターが起きた模様です。クーデーターを起こした一派には、どうも緑色生命体の後押しがあったのではないかという情報が来ています。」
「…」
プオラギイックとジュチャは、目を見合わせた。


紫色の惑星がやや遠くに浮かんでいる。赤い船団が宇宙の闇をゆっくりと横切り、その後ろから黒い円盤がいくつか追行する。


「ここ数日の地球で、テレビなんてまともに機能していなかったのよ。それが衛星に限っては、受信可能になったの。少なくとも北米では。」
ジュチャのいる宇宙船内。手前のバーチャルディスプレイには、リジュワナの喋る姿が映し出されている。彼女は地球のどこかにいるようだ。後ろは砂漠らしく、風で彼女の髪が揺れている。
「そして内容は…」
「「正統なEIMの後継者」、略してRSEアールエスイーが国連の承認下で結成され、UNCEDとUOTR、及び「旧EIM過激派」…もちろん私達の事よ、の業務を統合。なおかつ現在、本国政府が事実上の機能停止状態にある、と国連緊急理事会が認定した国家における政府の臨時代行業務もRSEが行う事になるそうよ。…ちなみに付け加えると、今のところそういった国家が確認されているだけで121ヶ国あるそうだけど。」
「国連は…ニューヨークに本部があったんだよな? でもニューヨークは壊滅なんだろ?」
違う画面のプオラギイックが言う。リジュワナは肩を上げた。
「私に聞かないでよ。大体、この「国連」が、私達の知っている例の「国連」であるっていう保証も無いわ。少なくともRSEの話なんて、「旧EIM過激派」の人間は聞いていなかったと思うし。」
「それもやっぱり、緑色生命体?」
ジュチャの言葉に、リジュワナは首を振る。
「私からは、「分からない」としか言えないわ。あなた達と違って、こっちは情報部の生き残りは少ないのよ。いえ、情報部「も」少ないのよ。」
ディスプレイに映る見慣れない05生命体が、舌をこすり合わせた。
「とはいえ、今のHYIに地球に傀儡政権を作るような余力は無いでしょう。サクコブ生命体の皆さんにはその力はあるが、そんな物をわざわざ作るような意志が無い。意味合いは正反対になりますが、私達もそんな物を作る意志などありません。地球人自身が急にそんな物を結成し、しかも人工衛星のコントロールを取り戻す、というのは、失礼かもしれませんが一番考えにくい事態です。…となると、消去法で考えて」
「彼等しかいない、という事ですか。しかし理由は?」
05生命体の言葉を、別のディスプレイの、青い肌のクザラル人女性が遮る。
「そんなまだるっこしい事を言わずとも、もう既にJVKもサクコブ星も05領域も彼等が押さえているんだぞ。地球もそうだ、で充分話は通じるだろ。」
「…」
プオラギイックの言葉に、それぞれのウインドウに映っている生命体達は言葉を止めた。
サクコブ生命体が巨大な頭部を数度揺らしてから、音を立てた。
「ところで皆さん。今回の対緑色生命体共同作戦ですが、これは既に終了したものと考えてよろしいのでしょうか。」
「…」
ジュチャ達はお互いを見合う。プオラギイックが画面正面を向き口を開く。
「…いや、まだだろ?」
「そうですか。それでしたら一応御連絡します。誠に申し訳ありませんが、私達フィキチュアジはここで、この共同作戦から撤退させて頂きたいと考えています。」
「…」
プオラギイックは一瞬耳を動かしてから、画面に聞く。
「理由を聞いてもいいか?」
「母星が危機にあるからです。まずは一旦帰らない事には、本社の、いえ、生命体の将来が危ぶまれます。」
「そう言っておいて、こちらを攻撃するかも。」
青い肌のクザラル人女性が言う。05生命体が羽を上げる。
「…いえ、それなら一々こんな宣言等しないでしょう。」
「課長の言われる通り、私達にあなた方を攻撃する意図はありません。自衛はもちろんしますが。」
「…確かに、攻撃は失敗だったし、こっちに強制するような権利は無いが…」
プオラギイックが呟く。ジュチャは目をまたたかせ、顔を上げた。
「待って。少佐、考え直してくれない。今はまだ、共同作戦を終えるべき時じゃないと思うんだけど。」
「本社は終えるべき時だと考えたのです。」
「だからそれに対して、考え直してほしい、って言ってるのよ。クザラル魔法協会の人間が。何ならテャグミから正式な要請メールでも取ってきても良いわ。今、シャウビは切らしてるけど。」
「…」
画面のサクコブ生命体は頭部を揺らしている。ジュチャはディスプレイににじりよる。
「良い。どの種族の母星も今、緑色生命体に支配されつつあるのよね。確かにそれは緊急事態だから何とかしないといけない。だけど私達は、単体では彼等に対抗なんて出来ないのよ。あなた方モン…サクコブ、ですら、それは無理。それはもう、さっきの攻撃であなた方も身にしみて分かっているはずよ。彼等は神出鬼没で、突然JVKとサクコブ領域と05領域と地球に同時に現れること位、簡単に出来るような相手なの。それぞれの場所にそれぞれが戻って戦おうとしたって、何の意味もなさないに決まっているでしょう。叩くなら、彼等の本拠地よ。あそこに戻らないと。」
「そう言うが…行って勝てなかったから、今の俺達はあてもなく逃げているんじゃないか。」
「それは、」
「それは策が無かったからよ。」
プオラギイックの言葉にジュチャが答えようとする前に、リジュワナが口を挟んだ。
「確かに全員が協力して、緑色生命体母星に向かった所で、勝てる可能性は100%とは言えない。それどころか、5割を切っている、あるいはもっと低いかもしれないわね。だけど、ジュチャの言う通りだわ。それでもこれが一番の選択肢なのよ。他に方法は無い。」
ジュチャが頷き、言葉を続ける。
「彼等の反撃は確かに手強かった。でもそれは、彼等も自分達の母星を攻撃されたくはないと思っているからでしょう。全ての殺し合いを終わらせるには、全ての元凶となっている部分を止めない限り駄目なのよ。」
「…」
羽を揺らしているサクコブ生命体をジュチャが見る。
「はっきり言わせて貰うけどね。私はあなた達は大っ嫌いよ。ついでに言うなら、恩知らずな一部の地球人や、クザラル人テロリスト、その一味の虫型ロボットも嫌いだわ。あなた達だってそうでしょう、クザラル人や地球人が自分の友人になるなんて、想像もしたくないわよね? …でも今はお互い、贅沢を言っていられるような状況じゃない。」
「お説はよく分かります。」
ブズズ、ブズ、ブズズズ。
「ですが、皆さんも暗に認めていらっしゃる通り、仮に作戦を続行した所で勝てる見込みがありません。クザラル星を吹き飛ばした攻撃弾と全く同じ物を同時に6つ撃って、何の変化も起きなかったのですよ。これではどうしようも無いではありませんか。」
「あの…差し出がましいのですが…一つ提案があるのですが、良いでしょうか。」
どれかの画面から声がする。破擦音ではなく、人間の声。恐らく地球の英語だ。ジュチャはたくさん並んだバーチャルディスプレイを見回す。
「リチャード?」
「失礼します、魔術師。」
一礼をしながら、黒人の青年がリジュワナのいた画面に現れた。
「私達の問題を端的に言ってしまうと、緑色生命体に比べて魔力が不足している、という事で良いでしょうか。」
「…」
ジュチャが無言で頷いてみせる。
「なるほど。それでしたら一つの案は、サクコブ生命体の使っている無限式魔力増幅装置を、全生命体が一時的に使用する事です。先ほどの攻撃では、それを使用したのはサクコブ生命体だけだったのでしょう?」
彼の隣にいるリジュワナが、少し呆れた顔で言う。
「リチャード。それは、当たり前よ。それは彼等の兵器なんだから。使えるのは彼等だけよ。ましてや地球人やクザラル人と彼等は、昨日まで交戦関係にあったんだから。」
ジュチャは軽く二度、舌打ちをした。
「でも…確かにそれは悪くないアイディアだわ。もちろん私は、あの装置にそれほど詳しくはないけど、一人の魔術師が、他の一人の魔術師の魔力を、自分の魔力を使って増大させる、っていうシステムなんでしょう。という事は、もちろん個々の魔力も重要になるけれど、それ以上に魔術師の頭数がとても重要になってくるんじゃないかしら。」
サクコブ生命体は、多少戸惑っているかのように頭部を揺らす。
「理論上は、確かにそうなのですが、実際にはネットワーク上の減衰や、基本的な構造デザインの設定した限界値もあります。それに何より、全ての魔術師がその場に居合わせる必要があるのです。そうなると先程集まっていた船団以上はどこも無理でしょうから、先ほどの攻撃でやられた分を差し引くと、結局、魔術師の数にそう差は出てこないのではないでしょうか。」
「つまり、サクコブ領域やクザラル共同領域の魔術師の力を何とかして伝播させる必要がある。それが出来なければこちらの勝つ目は薄い。」
プオラギイックが続ける。
「そう…です。…随分簡単に言われますね。」
「私の友人とは言えないけど、地球人の友人で、計算の得意な方々がいるようよ。」
ジュチャはディスプレイの一つに目を向けた。
「…研究材料さえ与えられれば、計算を始めるのもやぶさかではありませんが…」
ディスプレイに映っている05生命体は羽をふるわせる。
「何を言っても無駄でしょう、彼等に。戦争が終わっていない状態で相手に武器を見せる訳がない、というのもそうなのですが、それ以上に、フィキチュアジは軍事企業です。使用するだけならまだしも、それをベースに研究となっては、企業秘密の露呈に繋がりますから。」
「…」
ジュチャ達は口を閉じ、画面のサクコブ生命体に目を向ける。生命体は時々頭部を振りながら、沈黙を続けている。
「…確かに課長の言う通りです。敵に、自分達の兵器の構造を詳細まで公開するというのは、私達にとってはもっとも考えられないオプションになります。ありとあらゆる意味でそれは、自己否定以外の何物でもありませんから。」
「…」
ブズズ、ブズ、ブズズズ。
「…ですが、それ以外に選択肢が見つからず、時間の猶予すら残されていないというのも、一つの事実です。」
「……じゃあ…」
「こちらは、現在本社と連絡がつきません。連絡のつく支社と、代表株主に今、意見を伺いました。圧倒的多数の賛成がありましたので、あなた方にこちらの増幅装置を、あるだけ支給させて頂きます。それなりの数の用意がありますので、運送分配方法については今から検討の必要があるでしょう。」
「…」
ジュチャは息をのみ、瞬きをしてから微笑んだ。
「…ちょっと好きになるかもしれないわね。あなた達の事が。」
「それはどうも。なお、この増幅装置には悪用防止用のロックが設定されています。マスターロックはこちらでいつでもかけられるようになっていますので御注意を。」
「構わないわ。」
頷くジュチャ。
「プオラギイック、これで良いわよね。」
プオラギイックは肩を上げる。
「今のアイディアの発案者だったら、そっちの画面にいるぞ。」
プオラギイックはリチャードの画面に目を向ける。
「なるほど。」

「いえ、お話をまとめたのは…」
リチャードは両手を上げかけてから、画面を凝視した。
「…」
リチャードは手を下げ、リジュワナを見る。
「魔術師、あの…私は、一体…」
「大丈夫よ。あなたが急に独り言を言い出したなんて、誰も思っていないから。」
リジュワナは難しい顔になり、腕を組む。彼女は05生命体の画面に目を向けた。
「聞くまでもない事だとは、思うけど…」
「ええ、またどなたかが消えましたね。恐らく、HYIのこの場の代表の方でしょう。」
05生命体の前にサクコブ生命体が答える。誰も映っていない一つのウインドウを前にして、リジュワナはため息をついた。


「まあ、ひーこが認めようが認めまいが関係無いんだけどね。ひーこに魔力があるっていうのは事実なんだから。」
オレンジ色の空の下でぶらぶらと椅子の周りを歩きながら、美耶は肩を上げる。
「「私は、魔法少女じゃない。」なあんてこの星に来れてる人に言われてもねえ。「私は、日本人じゃない。」とか日本語で言われるのと大差無いようなレベルのお話だと思うんだけど。」
「…」
「ね、どう思う?」
美耶は宏子の顔を覗き込む。宏子は椅子に座ったまま、じっと美耶を見ている。その顔に、強い表情は見られない。
「…コメント無し? まあ、黙秘権を行使したいならそれでも良いけど。って言ってももう私達は心で繋がってる訳だから、言葉なんて、もうそんなに意味は無いんだけどね。」
美耶は微笑み、宏子の背中に軽く手を触れた。
「ひーこの心を読み取りだした時から、ひーこに何かが入り込んでるのは分かってるよね? 他の緑色生命体の心…まあ、意識というか、がひーこに触れているんだよ。もちろん、そうしないと読み取れないからね。そしてそういった事が出来るのは、ひーこ、ひーこ自身が、私達の一員だからなんだよ。自分がどんなに否定しようと、その事実は変わらない。残念だったねえ、ひーこ。」
「…」
「…はあ。」
美耶は息をつく。
「とにかく喋る気はない、って? いくら意識融合の初期プロセスが始まってるからって、まだ個の意識を失うには時間が早すぎない? ひーこ。」
「…」
「私だって、一人で延々と喋り続けられる訳じゃないんだからさあ。これじゃあ間がもたないよ。」
「…そんなに喋ってほしいの? 私に。」
宏子が目を上げる。
「でもニ人で喋ったところで、やっぱり延々とは続かないでしょ。」
「まあまあ。一応ほら、私は幸田美耶のキャラクターを模しているんだから、それなりにこう、積もる親友同士の話は出来る訳じゃない。」
嬉しそうに笑う美耶。
「それに、実際には私は一人じゃない。何千何万という緑色生命体の集合意識として喋っているんだから。」
「そうだね。実際には一人じゃない。でもこうやって一人の人間としてのインターフェイスをとっている以上、一人の人間として以上のコミュニケーションが出来る訳でもない。それにあんたは、緑色生命体の意識の一部を代表してここに形となって出てきているだけであって、緑色生命体全員があんたな訳じゃない。私が喋っている相手は、緑色生命体の用意した「幸田美耶の偽者」だ、っていうだけなんだから。」
「うーん…ひーこ、緑色生命体の知性をもってしても、ひーこが何を言わんとしているのか良く分からないんだなあ。」
美耶は首を左右に傾げる。
「じゃあ分かりやすく言ってあげようか。…あんた一人じゃ物足りない、って言ってんのよ。緑色生命体が、何千何万といるんだったらさ…何で、その代表があんた一人だけになる訳?」
「その方がひーこと話しやすいからじゃないかな。私達が代表も立てずにいくつもの固体の形で現れても、ひーこ全員となんて喋れないでしょ?」
「確かにあんたはそう言ってるよね。でもあんたが代表だ、っていうのはあんたが言っているだけであって、緑色生命体全員が同じ事を考えているとは限らないでしょ。それに私だって、何千人と同時に喋るとかは出来ないけど、もう一人位人数が増えても、それは別に全然平気じゃん。」
「…」
美耶は一瞬だが眉を上げた。彼女の垣間見せた不愉快そうな表情に宏子はほくそえむ。
「言ってる意味が、やっぱり全然分からないんだけどね。」
「そ。私から見たら、緑色生命体の皆さんは魔法で何でも出来て、さぞかし頭も地球人には想像もつかない位良いような感じがしてたんだけど。」
「ひーこ。いい加減そういう考え方はやめた方が良いよ。ひーこ自身が緑色生命体なんだから。…まあ、今まで17年間地球人として生きてきて、急にそんな事を言われても戸惑うのはよく分かるけど…」
「ううん、大丈夫。今もずっと、頭に何か寄りかかられているように違和感があるから。緑色生命体が接続している証拠なんでしょ、これが。私が緑色生命体だっていう事にもう疑問は全く持っていないから安心して。」
「だったら…」
「でも、不思議だよねえ。」
姿勢こそ変えていないが、宏子は肩をふるわせて笑う。
「…」
「そんな私が、未だにあんた達の言ってる事には反感しか感じていないんだから。あんた達が今まで他の宇宙人…地球人も含めて、にやってきた事はサイテーだよ。私自身が緑色生命体の一員なんだとしても、そう思う事にに変わりはない。どんな生命体でもさあ、自分で反省する事が出来なかったら、良くないと思うよ?」
「最後の言葉は私もそう思うけど、ひーこは私達の事情を、まだよくは知らないんじゃないかな。私達がクザラル人やサクコブ生命体を使って魔法を手に入れようとしたのは、」
「もう、いい加減にしようよ! 自分が恥ずかしいと思わないの?」
「…?」
美耶が声に振り返る。
「…」
美耶は眉を寄せながら息をのんだ。

彼女の前に、もう一人の幸田美耶が全く同じ服装で立っている。その姿格好は、第三者からは見分けが全くつかない。
「あ…あなたは…」
「私は幸田美耶だよ。もちろん、あなたと同じで、本物とは呼べないけどね。…ねえ、確かに私達の多くはあなたのような意見を持っているけど、それは本当に正しいと言えるの? この宇宙にいる、他の生命体に対して自分達が傲慢だとは、ちょっとでも思わなかった?」
「…ひーこ。」
前からいた方の美耶が振り返り、鋭い語調で口を開く。
「…」
黙って彼女を見上げる宏子。
美耶と宏子の間に、後から現れた美耶が割って入り、元からいた方の美耶の前で、まるで背後の宏子を守る、と言わんばかりに両手を広げてみせた。
「な…」
「どうもあんた達って、私達の事を根本的に分かっていないような気がするんだけど…どんなグループにだって意見の対立はあるでしょ。私達は今まで弱かったから、HNKとかパフタオチトゥとか、対立しているグループの、一方の力を借りてきた。それをここでもやるかもしれないって、何で気づかなかったのかが不思議なんだけど。」
「ひーこ。魔力が有り余ってるんだか知らないけど、あんまりふざけないでほしいんだけどな。」
「ふざけている訳が無いよ! 私達は、本気なんだからね!」
「だ、そうだけど?」
庇っている方の美耶の後ろから宏子が顔を出す。
「…」
美耶は黙って、庇っている方の美耶を睨んでいる。庇っている方の美耶が頷いた。
「言いたい事は分かってるよ。ひーこは地球人じゃなくて、「私達」の一員じゃないか、って言いたいんだよね。私はあなたなんだから、もちろんそれ位分かってる。…でもね、だからこそ、なんだよ。ひーこは緑色生命体であるにもかかわらず、私達が傲慢で、やってきた事が間違っていると、はっきりと指摘してみせた。」
「…」
後から現れた方の美耶が、前からいる方の美耶に歩み寄る。
「もちろん、ひーこが絶対に間違っていないなんて言うつもりもないし、彼女はまだ知らない事もたくさんある。知識も判断力も、彼女個体の、小さな物でしかない。彼女はまだ、意識が統合されるレベルまで私達の一員とはなっていないからね。でも…だからこそ、彼女は自分が正しいと信じる事を、自分の言葉で言ってみせる事が出来たんだよ。自分自身が、緑色生命体であるにも関わらず。」
「それで? 自分で言ってて分かってるよね。彼女の知識も判断力も小さな物なんでしょ。だったら、何でそんなひーこの「正しいと信じる」事をあなた達は守ろうとしているの?」
「ことこの件に関しては、正しいのは彼女で、あなたが間違っているからだよ。」
「…下らない。あなた達は、知識や判断力というものの大切さを、軽く見過ぎているんじゃないかな。」
「緑色生命体は知識が多くて、判断力も素晴らしい。私達はずっと自分達をそう信じてきた。」
後から現れた方の美耶が笑って頷く。
「でもその結果が、ああだったじゃない。自分達の知識だの判断力だのを過信して、それ以外の答えを検討してこなかったから今の私達がいるんじゃない。こんな所まで逃げてきて…私達はクザラル人やサクコブ生命体、地球人を利用してきた。それはつまり、彼等に助けてもらってきた、って事でしょ。私達の立場はその意味で彼等以下なのに、私達に彼等を思いやるような気持ちが、今まで少しでもあった?」
「彼等は利用される為の存在なんだよ。今の彼等の発展は、種族によってはそもそもの種の起源も、私達の手によるものじゃない。その私達が何で、自分達の家畜の事を一々「思いやらなきゃ」いけないの?」
美耶は宏子にも視線を向ける。
「ひーこもだよ。ひーこは緑色生命体なんだから、他の種族の事なんか考えなくて良いの。」
「緑色生命体がそんなに偉いんだったら、何で私一人の意思をコントロールも出来ないのさ?」
「それは! あなたの記憶を取り出して私達の知識の一部とするには、あなたの心はまだ独立させておかないといけないから、」
「じゃあ目の前の自分は? 彼女は、あんた達のまさに一部なんじゃないの? 私がさっきから、ずっとテレパシーで語りかけて、ようやくこうやって形になって出てきてくれたんだけどさ。」
「…」
「…」
「…今まで私達は、自分達の間で、こんな無益な仲間割れなんて無かったんだよ。地球人とかとは違ってね。」
美耶が宏子に言う。ニ人の間にいる方の美耶が、言った彼女に問い掛ける。
「それで。それは本当に、他の生命体に誇れるような事なの?」
「…」
嫌悪の表情をはっきりと出して、最初からいる方の美耶が目を細めた。
「あなたには…ひーことの会話を邪魔されたくないな。」
「…」
「…」
ニ人の美耶が睨みあう。

「…え?」
そして、後から現れた方の美耶に変化が現れた。彼女の後頭部から背中にかけて、人としての形が崩れ、緑色の気体となってうずまきだしている。
「こ、こんな事をしたって無駄だよ。私達を魔法で妨害したって、一度起きた疑問を簡単に消す事なんて出来ない。私達はそんな簡単にやられは…しない…」
そう言っている美耶の体はどんどん崩れ、既に人間として認識出来るのは前面の一部分でしかない。それ以外の部分は雲となり、周囲に拡散している。
元からいる方の美耶が話す。
「ひーこは私達の大切な仲間なんだよ。あなたみたいなのに、彼女の気持ちを惑わされたら迷惑なの。」
「…な…ぎだだ…たっく…が…ち…だが…だ……がが…」
緑の煙が美耶を覆いつくし、彼女はそれに溶けるようにして、個体としての姿を失う。
「…が…」
彼女が立っていた場所には高濃度の緑色の空気が残るが、それも風に吹かれ、徐々に周囲へ立ち消えていく。
「はあ。これで落ち着いて喋れるようになったね。」
元からいた美耶は息をつき、両手を合わせながら言った。
「…」
椅子にずっと座っている宏子は同じようにため息をつきながら、やや姿勢を崩し、足を組む。
「…」
その様子を見る美耶は、ふと笑顔をとめ、宏子の顔を凝視した。
宏子は無言の問いかけに、軽く頷く。
「うん。前に比べれば、大分体が動かせるようになった。彼女…あんた、って言うべきかな、が今も、私に力を貸してくれてるからね。この調子なら、椅子から立てるようになるのもそう遠くないんじゃないかな。」
「そんな…彼女はもう、いないのに、」
「あんたが無理矢理、人としての形を崩しただけじゃん。彼女の言った通り。それで彼女が消える訳じゃないよ。彼女はいつでも隠れていて、ちょっとでもあんたが気を許せば、すぐにまた戻ってくる。そうそう簡単になんか消せないよ。だって、彼女は、私同様、あんた自身なんだから。」
「…」
美耶は眉を寄せ、座っている宏子を凝視した。


「試験を行いました。何度も試し撃ちが出来る状態ではありませんが、一、二度なら何とかいけるはずです。」
05宇宙船のコクピットで、プオラギイックはディスプレイ上のサクコブ生命体を見る。
「一、二度じゃ困るんだ。いなくなったのは、一人だけじゃない。」
「分かっています。ですが、私達の装置はクザラル人の使用を想定したものではないので、完全な状態にまでチューニングを終わらせるにはまだ時間がかかるのです。数百万チュチャクズの単位で。それを待っていては恐らく、緑色生命体に対抗するには間に合いません。」
「…」
口を開きかけたままプオラギイックは画面を見る。サクコブ生命体は羽を上げる。
「ですが、重要な立場の生命体が復活すれば、それでこちらの研究開発が加速する事も考えられます。ですからまずは出来るところからやってみるべきではないか、と。」
サクコブの隣の画面に映っている05生命体が合成音声を上げる。
「私達も彼等に同意します。残念ですが、何度も微調整をするほどの時間があるとは考えにくいのです。」
「そうか。…俺達連合には、確かに無限連鎖装置が行き渡ったが、フィキチュアジやHYIの方はどうなんだ?」
「私達は元々、ここ数百万チュチャクズで主要な船への装備をおしすすめてきましたから。」
画面のサクコブ生命体に頷くプオラギイック。彼は別の画面のクザラル人女性を見る。
「私達は現在主要な船が散らばっていますし、自分達が全体の把握も出来ていない状態ですから、まだ「行き渡った」と表現出来るほどには至っていません。特に、民間の魔術師への配布に遅れがあります。それでも、連絡の取れる限りは手を尽くし、瞬間移動で装置を送ってはいます。国評所属の船、あるいは基地で、伝達関係の正常に機能している物であれば、既に装備は出来ているはずです。」
女性が答える。05生命体が音を立てた。
「つまり、一生命体が、一度過去に行って、戻ってくる位なら何とかなる、という事です。…出来ればサクコブ生命体よりもヒューマノイドが良いですね。移動させるサイズを考えると。」
「そうすると…」


「嫌よ。」
腕組みをしたリジュワナが、画面のプオラギイックに答えた。プオラギイックは笑っている。
「つれないなあ。俺は悲しいぞ。仲間を救いたいという自己犠牲の心は、お前には無いのか?」
「救いたいならあなたがやれば良いでしょう。」
テントの日陰に立っているリジュワナは、自分の前に表示されたバーチャルディスプレイを睨む。周囲は乾燥した、山がちな岩原だ。
リジュワナの隣に立っているリチャードが上目遣いに口を開いた。
「…魔術師、私は魔法が使えませんから詳しくはありませんが…やはり、マイナス時空への移動はそれだけ危険が伴うという事ですか?」
「ええ、もちろん危険よ。少なくともクザラル人魔術師でそれを成し得たのは…確か今まで、三人しかいないんでしょう?」
「ああ。それも全員大昔のシャウビだ。どれ位昔かというと、既に話が伝説となっていて、本当に過去へ時空移動出来たのかどうかの真偽はよく分かっていない、っていう位だな。」
「はあ…」
プオラギイックの言葉に口を開くリチャード。隣のリジュワナは首を振った。
「でも、それはまだ良い。私の命を賭けてでも、救わないといけない人間がいると言うのなら、私もそれに従う位の覚悟はあるわ。」
ビビッ。
リジュワナは、半透明のディスプレイに人差し指を突き刺す。一瞬乱れるバーチャルディスプレイ。
「問題はそこじゃない。何で私が過去に行って救わないといけないのが、HYIの地球代表なのか、って聞いてるのよ。」
「いや、地球代表じゃあない。何でも05の試算によると、彼女は俺がHYIを抜けた後、HYIの意思を俺達や地球人に伝える、広報役の仕事を果たしていたらしい。彼女が現在、実質的なHYI代表となっているのは、母星が爆破され、地球のHYI支部も殆どが破壊されて、生き残っているのが彼女位だった、というだけで、」
「そんな話はどうでも良いわ。だから何で私がHYIの人間を助けないといけないのか、って聞いているのよ。」
「お前が一番適任だからなあ。サクコブ生命体に助けさせる訳にもいかないだろう。05生命体の場合は、基本的に魔術が使えない訳だし…」
「じゃあ、クザラル人にすれば良いじゃない。」
「彼女が地球に来たところで助けるんだ。つまり、時間と同時に、場所も正しい場所へ移動する必要がある。俺達のいるところから地球へは、そう簡単には移動出来ない…厳密に言えば出来るが、魔力をそれだけで大分消費してしまう。地球に現在いる魔術師で、おそらく一番NKが強いのはお前な訳だから…」
「ああ、そう。まあ、それは良いわ。問題は私じゃなくて、相手よ。…それは確かに、今はHYIもパートナーかもしれないけれど、私達がまず最初に助けるべき相手は身内の魔術師なり、HNKなりでしょう。何でよりにもよって、HYIなんかを!」
「同じ事はサクコブの連中も言っている。でもな。今まで消えた生命体の中で、彼女の事が一番よく分かっているんだよ。05の監視下で、一番最近消えたからな。他の連中は、どうやって死んだのか、そもそもそいつが本当に俺達にとって重要な人物あるいは生命体だったのか、まだ殆どの場合で、よく分からないんだ。でも彼女は俺達とHYIにとって非常に重要な事が分かっていて、なおかつ死んだ原因もはっきりしている。アリーザが俺達と最初に会った時の事、覚えているだろ?」
「アリーザが? ええと…確か直前まで、サクコブと戦っていたのよね。それで春日部へ瞬間移動してきた。」
「ああ。地球代表はそれとおそらく同じサクコブ生命体と、一週間前に戦っている。その時に…」
「やられたの、サクコブに?」
「アリーザの場合は、やられる前に瞬間移動したから無事だったんだ。」
頷くプオラギイック。
「で、それを、私に救えと。」
「ああ。」
「私が…サクコブに負けたらどうするのよ。」
「かなり困る。だから、負けるな。」
「…簡単に言ってくれるわよね…」
「本当は、俺が代わってやりたいんだが…」
画面のプオラギイックがやや真面目な顔になる。
「あら。いつでも歓迎するわよ。今からでも遅くないわ。」
「いや…NK100以下の生命体では駄目だそうだ。…問題外らしい。」
「そう…」
「という訳で、お前が行ってくれ。今すぐに。」
「…副代表がどこか嬉しそうに見えるのは…気のせいよね。」
眉を寄せつつ、リチャードに言うリジュワナ。リチャードは苦笑しながら首をかしげてみせた。


シュウウウウン…バアアアン!
紫色の光が飛び散るように消えて、周囲の視界が開ける。
<あ…>
リジュワナは思わず、念を上げた。
−こ、ここは…。
最初に、緑の街路樹と青い空が目に入った。それから細いビル群とアスファルトの道路、道を行く小型車、そして行き交う人々が目の前に広がる。
−ここは…違うわよ、全然違うじゃない…。
リジュワナは口を開けたまま、まばたきをする。

彼女はデパートの建物のそばに立っていた。小奇麗なそれは日本のものだ。
彼女の目の前に日本人の少女が、ぽかんとした表情でこちらを見ていた。

<あ…>
−宏子…。
「…」
今よりもロングヘアーで北高の制服を着た宏子は、無警戒な顔つきでこちらをじっと眺めている。
−あっ、
リジュワナは自分がステッキを持っていた事を思い出し、それを背中に隠した。リジュワナは宏子から、そろりそろりと後ずさる。
−まっったく、帰ってきたら05生命体にきつく言っておかないと…いえ、まずはプオラギイックよ!
「あの…」
宏子はひとしきり周囲を見回す。そして彼女は、もう一度こちらを不思議そうに眺めた。
「私…に何か用、なの?」
<あ、す、すいません!>
思わず念じながら、リジュワナは宏子から走り出した。
「…」
デパート脇には、まばたきをしながらこちらを眺め立っている宏子が残された。


爆音と同時に光が消えて、リジュワナはまた目を開く。
「…きゃっ!」
大型犬が近寄り、リジュワナの足元に鼻を近づける。
「ああ、ごめんなさい。その子に悪気は無いのよ。」
公園の芝生道だ。向こうから、白人の30代前後の女性が歩いてやってくる。
「あ…」
自分の足元を見るリジュワナ。確かに犬はしっぽをふって、悪意は無さそうだが、それにしても結構な大型犬だ。
「ごめんなさいね。…ほら、ジェシカ、お姉ちゃんを驚かせないの。あっちへ行くわよ。」
女性はリジュワナに近づき、犬に呼びかける。犬はそれが分かったかのように、彼女の方へ歩いていく。
「あ、あの…」
「え?」
女性はリジュワナの声に振り返った。
「あ、いえ…」
「…」
女性はリジュワナの言葉に、ぽかんとした表情でしばらく口を開いていたが、やがて両肩を上げた。
「ごめんなさい。」
どこかおどけた調子でそういうと、彼女は歩道の向こうへ歩いていく。
「…」
彼女を見ていたリジュワナはふと、耳元に手をやった。
「…あ、そうよね。向こうには翻訳機なんて無かったんだわ。最近慣れてるから、忘れてた。」
リジュワナは息をつく。彼女は顔を上げ、周囲を見る。
公園の少し先には、赤煉瓦の集合住宅が立ち並んでいる。まだここは3月のはずだが、既に暖かい日差しが芝生や車道に照り付けている。
「はあ……今度はついたわね…多分、正しい場所に…」
住宅群に目を向けつつ、リジュワナはどっと疲れた様子で呟いた。
−向こうの宏子には、変に思われなかったかしら…一応、系の魔法をかけたはずだけど、咄嗟だからどこまで誤魔化せたか…
「…あら?」
リジュワナは自分の考えに、ふと眉を上げて考え込んだ。


シュウウウウウンズバアアアアアアアアアアアアアン!!
後ろから、聞き慣れた爆音が鳴った。振り向くリジュワナ。
「…」
サクコブ生命体が、公園の上空5メートルほどに出現し、羽を広げたままくるくると旋回している。
リジュワナは走り、近くの滑り台の影に隠れて、空を見上げた。
ブズズ、ブズズ…。
上空から、いつもの破擦音がする。
それと同時にリジュワナの耳に、ベンガル語の音声が聞こえてきた。
「苦しい…体が重い…」
「…何?」
眉を寄せるリジュワナ。
ブズ、ブズズズズ、ブズズ…。
「神よ…助けてください…」
「…」
リジュワナは口を開き、上空を見上げる。
聞こえてくるベンガル語は、確かに上空のサクコブ生命体の破擦音と連動している。
「そんな事……暗殺者が、そんな弱音はいてるんじゃないわよ…」
リジュワナは呟く。
ブズズ、ブズ…。
「彼女だ…」
「え?」
生命体が旋回をやめる。向こうから、一人の女学生がヘッドホンで音楽を聴きながら歩いてやってきている。彼女の肌は浅黒い。
「…アリーザ…」
リジュワナの隠れている場所の十数メートル向こうを、アリーザが歩いていた。

「…」
アリーザはふと立ち止まり、空を見上げた。
ブズズ、ブズ…。
「ああ、こんにちは…。」
サクコブ生命体が目の前に浮かぶ。アリーザは彼女なりの「不思議そうな顔」でそれを眺めている。
「…」
ブズズズ、ブズズ…。
「少しは、怖がってくれませんか…。」
「…もしかして、私に話し掛けていますか?」
ヘッドホンを外したアリーザが、飛んでいる生命体に微笑んだ。

「どうでもいいけど、あなた達の出会いって間抜けだったのね…」
視線の細くなるリジュワナ。
ブズ…。
「ごめんなさい…」
生命体から、光の球が発射された。攻撃弾はアリーザの目の前で停止する。自分の胸の前で止まった青い光を、アリーザは目を丸くしながら見ている。
「あ、危ない…まだなの? まだHYIの議員は来ないの?」
影からそれを見ているリジュワナは、周囲を見回す。どこにもそれらしき姿は無いようだ。
−しょうがない…。
リジュワナは立ち上がり、ステッキを構えた。
<フィア・ディシュ。>
シュウウウウウウン、ボンッ。
リジュワナのステッキの先から、通常の攻撃弾より色の薄く、大き目の光の球が放たれる。
「え? …きゃっ」
干渉弾が体にあたり、よろけて芝生に倒れるアリーザ。その間に、サクコブの放った攻撃弾は破裂して消滅した。
ブズズ…。
「あなたは…」
「あなたは…誰ですか?」
サクコブとアリーザから同時に質問が来る。
「ええと…」
シュウウウウウン…。
サクコブからは、更に攻撃弾もやってきた。
<ヒア・エンティフ。>
ステッキを構えるリジュワナ。サクコブからの攻撃弾は1発だけで、その力も非常に弱い。リジュワナは攻撃弾が自分の防御膜に吸収されたのを確認してから、防御を解除する。
「あの…」
「悪いんだけど…ああ、通じないのよね。Go! Here is dangerous. Run as fast as you can!」
「え、…でも…」
「I am not joking. Just go, or you will be killed!」
「…分かりました。」
余り納得していない顔つきのまま、アリーザは頷き、走っていく。
ブズズズ、ブズ、ブズズズ…。
「待ってください、あなたを殺さないと、私は…」
それを追って飛ぼうとするサクコブ生命体。
「ああ、もううるさいわね…」
シュウウウウウウン…。
「くっ」
リジュワナは生命体にステッキを構えるが、自分が攻撃する前に生命体からの攻撃弾が飛んでくる。急いで防御するリジュワナ。
シュウウウウウンズバアアアアアアアアアアアン!
リジュワナから見て、サクコブ生命体を挟んだ向こうの芝生の方で水色の光が突然現われ、風と共に消える。それに気づいたサクコブ生命体は旋回し、そちらに向かい、自分の前方で光の球を光らせだした。
<フィア・ディシュ。>
自分に背を向けた生命体に、リジュワナがステッキを向ける。
ブズズズ…。
防御を張ろうとする生命体。しかしそれより先にリジュワナの放った攻撃弾が生命体の後ろ足を捕らえる。
ボンッ。…ガガガンッ。
破裂する攻撃弾。それと共に生命体はバランスを失い、勢いよく斜めに滑空しながらすぐそばの芝生に着地、というか墜落する。
ブズズズ、ブズ、ブズズ…。
「苦しい…もう、息が…」
羽を何度かばたつかせた生命体は、すぐにその動きをやめる。棒のような下顎とその上の舌も、全く動かなくなり、生命体は「口」を開いたままの状態で、芝生に横たわったまま動きを停止した。

「ふう…」
息をつくリジュワナが、生命体に近づいていく。
シュウウウウン、ボンッ。
「っ!」
自分の腕を攻撃弾がかすり、リジュワナはぴたりと足をとめる。
「…」
息を止めたまま、ゆっくり顔を上げるリジュワナ。
<こんにちは。あなたは一体…どちからいらしたのかしら?>
明らかに刺の感じられるトーンで、茶色い肌のクザラル人女性が、表向き微笑みながらステッキを構えている。
<…いきなり攻撃は、酷いわね。こんな、か弱い地球人相手に。しかもあなたの命の恩人よ、こっちは。>
念じながら、リジュワナはゆっくり後退していく。
<そうらしいわね。>
サクコブの死骸に目を向けるジュチャ。
<それには、感謝するわ。まあ、全てがあなた方の打った芝居だという可能性も、まだ無いとはいえないと思うけれど。>
<芝居って、それを言うならあなた達が…>
<私達が?>
<あ…いえ、それはともかく、>
リジュワナは周囲を見回す。人々はステッキを構えた宇宙人とアジア人や、すぐそばの巨大な昆虫のような物体には目もくれず、平和そうに通り過ぎていく。どうやらジュチャが系魔法を効かせているようだ。
<…>
<あなたは何者なのかしら。凄いわねえ、見た目は完全に地球人じゃない。私が今、懸命に見破ろうとしているのに、どう頑張っても系の魔法が解けないんだもの。>
<それは解けないでしょうね…そう簡単には無理だと思うわ。>
シュウウウン…。
<…>
ジュチャが攻撃弾を撃つ。無言でそれを防御するリジュワナ。
<…なるほど。4、5オキしか離れていないのに、余裕なのね。>
<あの…いいからまずは、話を聞いて。>
<…>
ゆっくりとリジュワナに向かって歩いていたジュチャが、足を止めてみせる。
<ありがとう。…私は、リジュワナ・アニシュル・ホク。バングラデシュ生まれの地球人よ。…まあ、基本的には。>
<そんな事は分かってるわ。私も渡された資料に目は通しているもの。それが観察議員の仕事だし。>
<…そう。>
<それで、彼女のイメージを借りれるほどに彼女の事を知っているあなたの正体は何だ、それを私は聞いているんだけど。>
<…本物のリジュワナだ、っていう可能性は、有り得ないのかしら。>
<クザラルのステッキを持っていて、テレパシーも攻撃も防御も、既に完璧にこなしているあなたが地球人?>
<ええ。…もしかしたら、魔法をあなた達から教わったリジュワナが、未来からあなたの事を助けにやってきたのかも。>
<そうかもね。だとすれば、私達のお陰で地球人が伝説上のシャウビ並の魔力を持つに至った訳ね。それは実に感動的だわ。>
ステッキを持ったジュチャは、こちらに向かって走ってきた。
<ちょ、ちょっと、>
ダンッ。
ジュチャはリジュワナを押し倒す。彼女は近くのコンクリート製の、丘のようになっている遊具にリジュワナの肩をつけさせた。
<こんな話は聞いていないわよ。あなたは一体、誰? FChJファチェジュやHNKとは思えないわね、彼等は地球にまともに近づけもしないし。という事は国評? ソドゥがそこまで今回のプロジェクトに関心があるかしら? まさかね。つまりはやっぱり、我が魔法協会の一員という事かしら? ビヤトゥンに雇われたの? それともシュザ? まさかトゥンジュじゃないわよね?>
肩を押し付けられ動けないリジュワナに、ジュチャが矢継ぎ早に質問を浴びせる。
<どれも外れよ。…あなたに多すぎる位に心当たりがある事だけは、とても良く分かったけど。>
<じゃあ、あなたは何者なのかしら。>
ジュチャの腕に力がこもる。ジュチャは空いている左手の方でステッキを掲げる。
<…私は…>
<あなたは?>
組み伏せられつつ、リジュワナは横目で自分の腕端末の表示を確認した。
<あなたの命の恩人。だから感謝してほしいわ。>
<言いたい事はそれだけ?>
ジュチャの持つステッキが、リジュワナの顔に近づく。
<もう一つ。私についてだけど…>
<ええ。>
<…>
リジュワナが片方の眉を上げてみせる。同時にニ人の周囲で、急に紫色の光が視界を埋めるように輝きだした。
<瞬間移動位は、出来るわ。>
<あっ、>
シュウウウウウウウウウウンズバアアアアアアアアアアアアン!!


リジュワナのステッキをつかもうとするジュチャが光に飲みこまれるように消える。視界が全て光に変わり、次の瞬間それが甲高い音と共に風となって吹き飛んでいく。
「ふう…っとと。」
支えを失ったリジュワナはよろけかけた。リジュワナは暑い日差しに目を細める。
「…」
「お疲れ様です。」
EIM隊員が彼女に声をかける。頷くリジュワナ。
彼女は、先程までの砂漠地帯に戻っていた。
「はあ…もう少しで、ジュチャに殺される所だったわ。」
「…そうでしたか。」
リジュワナは息をついた。
「それにしても…彼女に系魔法をかけるだけの余裕がこっちには無かったのよ。あのまま放っておいたら多分、彼女は私の事を不審に思いだすんじゃないかしら…」
「昨日までずっと思ってたわよ。この一年半の間。」
近くのバーチャルディスプレイから声がする。リジュワナはそちらを見上げる。
「悪かったわね、危ない目に合わせて。でもあなたも悪いのよ。あそこで「市民代表の密使だ」とでも言ってくれれば、私もすぐに離れて、頭を下げたでしょうに。あなたの言った答えが余りに馬鹿馬鹿しいんだもの、あの時点であんな事を言われて、まともな人間が信じると思う?」
「…それはそうね。」
リジュワナはディスプレイのジュチャを見て、微笑んだ。
「でもまずは、あの時のお礼を言わなきゃいけないわね。…有難う、リジュワナ。あの後私は、あなたに会って、ずっと疑念の目で見ざるをえなかったし、あなた達が魔法協会を離れた後は色々あった訳だけど、今は、私もあなたに素直に感謝出来るわ。ようやくね。」
ジュチャは優しい表情で、両手合わせをしてみせた。
「時空移動に使ったのは、私の魔力じゃないわ。」
「そんな事は良いのよ。アリーザも、あそこでのあなたには感謝していたはずよ。…それを最後まで伝えられなくて、残念だったでしょうね。」
「…」
「有難う。…今のは、彼女の分よ。」
「分かったわ。じゃあ今から、いつでもお返しを期待しているから。遠慮しないで私を助けて頂戴。」
「まあ、出来る範囲で頑張るわ。」
ジュチャが頷く。ニ人は微笑みあった。

ジュチャの隣の画面のプオラギイックが顔を上げ、リジュワナを見た。
「ところでリジュワナ。感動の再開シーン直後に、こういう話は無粋かもしれないが…」
「…何?」
プオラギイックが腕を組む。
「実は、余り芳しくない知らせがある。」
「良くない知らせ? …ジュチャを助けた事で、何か悪い影響でも?」
「さぞ一杯あった事でしょうね…。」
ジュチャは頬を引きつらせつつ頷いてみせる。
「ああ、心の底から同感だ。だが今はその話じゃあない。」
首を上げるプオラギイック。
「ジュチャの救出は大成功だった。よくやった。…問題は、ジュチャ一人を助けた所で、全体の状況が好転しているとは言い難いという事なんだ。それどころか、ますます多くの生命体が姿を消している。」
「…」
「例えばお前の今いる場所には、さっきまで、EIMの黒人の補佐官がいたらしいんだが、彼も消えたそうだ。どうやら有能だったらしく、彼がいなくなった途端にEIMの指揮効率が大幅にダウンしたらしい。」
「魔術師だったの?」
「そうじゃないらしい。ただ、非魔術師ではEIM内で一番ランクが上の実務責任者だったのではないか、というのが05の分析だ。」
「…」
リジュワナは目をまたたかせる。
「そう…それじゃあ、また、助けないと…」
「そうだな。でもしばらくは無理だ。ただでさえ機械を無理に使った上に、さっきの時空移動でお前、二度連続で行ったり来たりしてるじゃないか。そのお陰で増幅装置が完全に壊れた。再調整して、さっきの状態に装置を戻すだけでも数日はかかるらしい。」
「…私のせいじゃ、ないのよ。」
「分かってる。」
頷くプオラギイック。ジュチャが眉を寄せて声を出す。
「でも、それじゃあ、」
「ああ、間に合わない。しかももう消えたのは数百人にのぼる。このままじゃ、もうどうしようもない。」
「…」
「どうしたら良いんだろうな。」
「…質問が矛盾しているというか…哲学的すぎるわ。あるいは宗教的ね。」
リジュワナが答える。ジュチャが頷いた。
「そうね。…神に祈る位しかないかしら。でもそれで何とかなるなら、世の中、今よりは多少ましになってるわよね。」
ジュチャを見るリジュワナ。
「それも思し召しよ。…というより、あなた達にとっての聖なるものは、「魔法」そのものなんでしょう?」
「そうね…その選択が、ゴニ教徒の一番の過ちだったような気がしてならないわ。だってその「聖なるもの」に、これまで何度私達が裏切られてきたと思う?」
「でもそのお陰で、ゴニ教徒の皮肉は宇宙一の発展を遂げる事が出来たわ。」
「…」
リジュワナの言葉に、ジュチャは眉を上げた。
「…おい、エウグ人が、地球人に誉められているぞ。」
「そうね…多分、地球人の精神に崩壊の危機が迫っている証拠だわ。」
ジュチャは薄く笑いながら、頭を上に向けた。


「あの、すいません。」
自分にかけられる声で、プオラギイックは顔を横に向けた。
「ん、どうした、ミッラ。」
女性隊員がプオラギイックを見上げて報告する。
「はい。今、こちらに通信が入ってきました。EIMの代表者と話がしたい、という事だそうで…」
「…」
プオラギイックは、ディスプレイのリジュワナと軽く目を合わせる。
「そうか。それで誰から?」
「幸田美耶さんです。」
「…」
プオラギイックは一瞬止まり、そして息を吸い込んだ。
「美耶!? まだ無事だったのか?」
「というか…私達、今の瞬間まで、彼女の事も忘れていたような感じがしない?」
「だとすると、彼女も消されていた訳ね。って、それなら、何で今、彼女から電話がかかってこれるのかしら? 何で彼女は復活出来たの?」
ジュチャがプオラギイックに言う。
「それは…」
「プオラギイック。」
「ん、ああ。」
プオラギイックはリジュワナに頷き、自分の横を見る。
「繋いでくれ。」
「了解。」
タッチパネルの操作音がしばらく響き、リジュワナの画面の隣に新しいディスプレイが表示された。
「…あ、久しぶり、リジュワナちゃん。プオさん。」
画面には、絶対忘れないほどに見慣れていたはずなのに、今さっきまで完全に存在を忘れていた顔が映っている。
「お前…!」
「あ、はい…話すと長くなるんですけど、私達は彼女のインターフェイスをとっているだけで、幸田美耶本人とは違うんです。」
「…そうなのか?」
「はい…ぬかよろこびさせて、すいません。幸田美耶は、もう個体としては、この世にはいません。今は私達、緑色生命体の一員となって融合しているんです。」
申し訳なさそうに頭を下げて、ディスプレイの幸田美耶が言う。彼女のバックには何も映っていない。まるでCG合成でもしているかのように、真っ黒な背景の前に彼女はいる。
「それは…つまり、彼女は死んだって事か?」
「うーん…それは…答えるのが難しいですね。定義によるというか、ある意味ではイエスだしある意味ではノーなんですけど。つまり…私達、緑色生命体の一般常識で言えば生きているんですけど、地球人の一般常識で言えば死んでいる、っていうか…」
「…」
考え込む顔をみせていた美耶は、自分で首を振った。
「ああ、すいません。プオさん、言い方は悪いですけど、今は幸田美耶の生死よりも、もっと大事な話があるんです。」
ディスプレイのリジュワナは、彼女の言葉に目を細めた。
「本当に…言い方が悪いわね。あなたの…美耶の、と言うべきかしら、の生死は、そんなに軽々しいような話題じゃないと思うわ。」
「うん、リジュワナちゃん、それはよく分かっているんだけど、今は時間が無くて。…プオさん、私達はモニターしているからよく分かるんだけど、あなた達は今、あんまり芳しい状況にはいないですよね。地球人も、クザラル人も、05生命体もサクコブ生命体も。」
「ああ。だからお前達に降伏しろとでも?」
視線の厳しくなるプオラギイック。美耶は「ああ」と言いながら首を振る。
「そうじゃありません。私達は、あなた達の敵じゃなくて、味方なんです。」
ジュチャが鼻を鳴らした。
「そう。味方だったらまずは、全種族の政治的な独立を返してほしいわね。それから過去で消された人々を、全員ちゃんと蘇らせる。最後に、これからは私達の種族それぞれの運命に干渉しないと保証する。」
「…どれも、そうしてあげたいんですけど。」
美耶はジュチャに肩を上げる。
「正直まだ、保証は出来ないです。だって、そうなるかどうかは、あなた達にかかっていますから。私達ももちろん助けますけど…」
「…」
美耶の言葉に、ジュチャとリジュワナは眉をよせ、目を合わせる。
「話が噛み合っていないぞ。美耶…いや、どう呼んだらいいのか分からないが…お前は一体誰なんだ?」
「現在の緑色生命体の行動に、疑問を持っている一部の緑色生命体の意識です。ひーこが、私達を集めて、こうやって一つの形にしてくれました。」
「そうか…。って待て、って事は、奴はまだ生きてるのか? その…宏子は。」
「ええ、もちろん。…あ、まず最初にそれを言うべきでしたよね。彼女は無事です。…まあ、まだ、今のところは、ですが。」
「…」
美耶の言葉に、リジュワナとプオラギイックは頷きあう。
「それを聞いて一安心したわ。」
「…は、はは、そうか! 生きてたか! あははっ、そうだよな、あいつは殺そうとしたって、そう簡単には死なないもんなあ。その生命力たるやターマックビウに勝るとも…」
「プオラギイック。嬉しいのはよく分かるから、もうちょっと威厳をもって落ち着いてくれないかしら。」
「あ、ああ。リジュワナ。もちろん俺は落ち着いているぞ。そうか…やっぱり生きていたか。考えてみればあいつが消えた後だって、誰かいないよな、っていう違和感は、間違いなくずっとあったんだ。こう言うのを、超魔法の扉って言うんだろうな。そもそもそういう違和感があるって事は、」


「それで、あなたの用件は一体何なの?」
リジュワナはプオラギイックの画面から視線を移し、美耶に問い掛けた。
「うん。私達の手助けがあれば、もしかすれば、緑色生命体全体の行動を押さえる事が出来るかもしれない。」
「どういう事?」
「あなた達が集中させて増幅させた魔力を、緑色生命体母星上の、私達の指定する地点に照射してほしいんだ。そうすれば、それを私達自身が媒介となって、更に増幅させる事で、緑色生命体全体に対抗しうるだけの魔力にもなり得ると思うんだよ。」
「あなた達自身が…媒介?」
「うん。」
美耶はやや胸をそらしながら、リジュワナに頷く。
「私達は、当然緑色生命体の一員だから、持っている魔力は、皆よりはかなり強いと思うよ。という事は、増幅用の媒介としても「性能が良い」、って事だよね。」
「それは良いけど、媒介じゃあ、あなた達の命が…」
「大丈夫。確かに肉体…って言うか体、に関しては、かなり「疲れちゃう」事は間違いないけど、私達の種族の、意識や体の概念っていうのは、地球人さん達とは全然違うから。…まあ、凄く簡単に表現すれば、しばらくの間は疲れるだろうけど、こっちは、誰もそれで命を落としたりはしないよ。」
「そう…」
頷くリジュワナ。ジュチャが顔を上げた。
「でも、それだけじゃ充分とは言えないわよ。今の彼等を押さえるだけじゃ、足りない。いなかった事にされた人々を、何とかして、全員元に戻さないと。」
美耶が難しい表情になった。
「ええと…それはちょっと、難しいです。もう既に数千人は消えましたから。一々全部過去に戻って行って助けるのは大変ですし、必ず全部成功するとも限りません。」
ジュチャが眉をひそめる。
「あなた達の助けがあれば、緑色生命体全体をおさえられるんでしょう? それなら数百回過去に戻る位何よ。少なくともあなた達のお仲間はそれをやったんじゃないの?」
「そうですけど、相手の体を押さえるのと、自分が外に出て行こうとするのとでは、後者の方が使う魔力は大きいんです。ジュチャさんなら知ってるでしょうけど。」
リジュワナが頷いた。
「つまり、おさえるだけの力はあるけど自分達で過去に行ける程ではないと。」
「うん、もちろん数回なら行けるけどね。…もしかしたら、百回弱は行けるかも。」
「それじゃあ全然足りないわ。」
「はい…」
美耶はジュチャに頷く。

「…なあ、美耶。」
美耶は視線を上げた。プオラギイックが口を開く。
「それなら…消えた方じゃなくて、緑色生命体が過去に戻れば良いんじゃないのか?」
「…」
不思議そうな表情の美耶。
「…はあ?」
彼女より前にジュチャが、懐疑的なトーンを一言にこめて答える。
「いや、だから、緑色生命体が何度も過去に行って、重要な生命体を消していったんだよな? 当然行った時代や場所はまちまちで、それを全部フォローするのはとてもじゃないが大変だ。…だが、それらの時空移動が行われたのは、全てこの一日か、長くて二日の間の事なんだろう? つまり、緑色生命体母星が二日前に戻れば、全ての時空移動は無かった事になり、キャンセルされて、消えた生命体は、全員元に戻るんじゃないのか?」
「…」
美耶はまばたきをする。リジュワナが首を振る。
「プオラギイック、勘違いがあるわ。それは「戻る」じゃなくて、「戻す」、よ。過去に戻るのと、過去へ戻すのとは、また別の話でしょう。」
「いや、そうだが…でも、別か? 時の魔法である事には変わりはないだろう? 攻撃と防御や、自分の移動と他者の移動は、ある意味それぞれ逆の結果をもたらすが、魔法の基本は同一だ。それと同じ事じゃないか。」
「でも、人間一人が千回過去に戻るのと、緑色生命体母星を丸ごと一回過去に戻す、どっちがより、魔力を使うと思うの? 星の体積は人間の何倍?」
「ええと…リジュワナちゃん、それだったら多分、後者の方が魔力が少なくてすむんじゃないかな。」
「え…?」
「うん、多分…だって、問題は時を遡る、いわゆるマイナス時空への移動がとても大変なんであって、サイズの問題はそれに比べれば小さいから。人一人と星一つを同じレベルでは言えないけど、でもそれよりは、回数の方が大変なんだよ。」
「…そうだとしても、私達に出来ないっていう事に変わりはないんでしょう。」
「ええと…」
美耶は考え込む。
「今までの状態でシミュレートすると…多分、最大で16地球時間、又は52クザラル時間位は、過去に戻せるかも…」
「…」
リジュワナは息をのむ。
「それなら…」
リジュワナが、ジュチャと美耶の間に表示されているバーチャルディスプレイに目を向けた。
「…」
画面には、無人の船室が表示されている。恐らく05船の貨物室の一角だ。
「…まさか、また誰か消えた?」
「あ…」
画面に気づいたらしい美耶が、自分の口に手を当てている。
「今、確かに誰か消えたようね。05から連絡が来ているわ。」
ジュチャが頷く。
「プオ…さんが…」
呟く美耶。リジュワナが眉をひそめる。
「…プオさん?」
「リジュワナ。私達には、迷う時間は残ってないらしいわね。」
「…ええ。」
ジュチャの言葉に、リジュワナは強く頷いた。



→Part B



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