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「…」
宏子は目を開く。彼女の目の前に、砂がある。
彼女は顔を上げる。
「…」
緑の雲の浮かぶ空は、相変わらずめまぐるしい勢いでその模様を変えている。宏子はウインドブレーカーを着ているが、強い風のお陰で、それでもかなり肌寒い。
美耶は、風に吹かれたまま、こちらに背を向け、じっと空を見上げて立っている。
「…」
ゆっくりと宏子は起きて、立ち上がる。しかし砂の音に敏感に気づいた美耶は振り返った。
「…」
美耶は眉を寄せ、息を吸い込む。
「ひーこ。…そんな。」
「いやあ、私ってほら、友達思いな所あるじゃない? 偽者の世界を用意するのは良いけど、そこに美耶がいなかったら私は納得しないに決まってるじゃん。」
「ふうん…私達の中の幸田美耶の心は今、「おいおいおい」ってその台詞に凄く突っ込んでるような気がするけどね。どうも彼女の記憶を分析すると…彼女はひーこの「友達」っていうよりは「ストレス解消の為のおもちゃ」みたいな存在だったように感じられるんだけど。」
「…あのね。本人が言うならともかく、何で第三者のあんたにそんな言い方されなきゃいけないのよ。私と美耶の間には、他の人には分からないような深い心の絆っていうのがあったの。」
「…」
「なーに、その目は。」
涼しい目つきになっていた美耶は、軽く両肩を上げた。
「ああ、別に。じゃあ多分、私達には分からない何かがあったのかもね。ひーこがそう言うんだったら。…どうもやっぱり、人間の感情は私達には扱いかねるね。」
「自分が作ったような存在なんでしょ。何で分からないのよ。」
美耶は再び空を見上げる。
「親っていうのは、子供の気持ちが分からなくて右往左往するものなんだよ。特に反抗期の子供を持った親はね。」
「親を選べない子供も可哀想だと思うけど?」
「…可哀想なのは、親を受け入れる事が出来ないような、子供の意固地な心だと、私は思うな。自分は地球人の偽者なのに、人間ですらないのに、ひたすら地球人の振りをし続けるような子供。そういう事が自分の意志で出来るっていう時点で、地球人じゃない事の何よりの証拠なのにね。」
美耶は右手を自分の目の高さにまで上げる。
「おやすみひーこ。もうしばらく休んでて良いよ。」
パチッ。
美耶が指を鳴らした。光が宏子の目の前に直進してくる。
そして、光は宏子の目の前、10センチほどで、火が燃え尽きるように立ち消えた。
「…え?」
「今の今まで寝てたんだから。もう眠くはないって。」
「何で?」
美耶は自分の右手を見る。美耶は宏子に顔を向け、彼女の顔を凝視する。
「…」
美耶の額に皺がよる。何かの力を宏子に送ろうとしているようだ。
その様子を、宏子は冷たい視線で見る。行動を美耶に束縛されている様子はない。
「…え? そんな…どうして?」
美耶は浮かんでいる雲々を見上げながら言う。どうやら宏子ではなく、周りの生命体に聞いているようだ。
「聞かなくても分かってるでしょうが。」
「…」
美耶は宏子を見て、首を横に振る。
「分からない…。こんな事、 理解出来ない…」
「そう。じゃあこんなのはどう?」
宏子が好戦的な表情で美耶を見る。
「…え、え? え、嘘、嘘でしょ?」
知らない内に、美耶の体にゴム段のゴムが巻き付けられている。ゴムは充分緩いはずだが、美耶はぴっちり腕を胴につけたまま、気をつけの姿勢で動かない。
「ちょ、ちょ…え、…え?」
雷鳴のようなとどろきが、遠くから聞こえた。何かが地表に落ちた音にも聞こえる。緑の雲に切れ間が目立ち、オレンジ色の空に、いくつも黒い穴が見え出した。
ピピ。
宏子の腕端末が鳴る。眉の上がる宏子。
「…はい。」
宏子は端末に触れる。画面が現れ、ややノイズの混じった映像が表示された。
「初めまして。佐藤宏子魔術師ですね。」
サクコブ生命体が、舌をこすりつけ破擦音を立てている。
「は…はい。」
「私はフィキチュアジ本社広報部課長のビコドです。現在の、反緑色生命体多星籍軍を代表してお話します。なお、妨害魔法の解除が長時間出来ない関係上、手短な通信になりますがご了承下さい。」
「はあ…クザラル人も…地球人も、一緒にいるんだよね。」
「もちろんです。本来なら佐藤さんに親しい方が通信出来れば良かったのですが、そういった方々がもう既にこの時空にいませんので。」
「あ…皆、元に戻さないとね。」
「ええ。その為に膨大な魔力が必要です。現在約65万生命体の魔力が、そちらに集中しています。ただしサクコブ星やクザラル共同領域からの伝達に際しては機器の限界がありますので、実質1.7×10の2248乗ケボデ、つまり3.0×10の2247乗クチャシに相当します。これは恐らく、今まで歴史上、サクコブ生命体・クザラル人が使ってきた全ての魔力の値の合計を、一回で上回る数値です。」
「65万…生命体…」
宏子が呟く。
荒涼とした砂漠地帯。鉄骨らしき巨大な建造物が、その大きな口を開けている。
内部では何体ものサクコブ生命体が壁の機械に接続され、羽を揺らしながら、体を青くぼう、と光らせている。
茶色や薄緑の、やや尖ったしっくい作りの建物が立ち並ぶ街。寺院か教会のようなホールの中で、正装をした褐色のクザラル人達が数人、大きな投影石を取り囲むようにして、立っている。彼等はステッキを持ち、発光石に向かい、まるで祈りを捧げるようにして光を放つ。
宇宙空間。黒い数籍の円盤が恒星の光を反射する。
やや狭い船の内部では、複数の05生命体が、それぞれの頭部を取り囲んで表示された無数のバーチャルディスプレイを前に、しきりに頭部を振っている。
埃に汚れたテントが、風にはためく乾燥地帯。やや小さめの据え置き型魔力増幅装置を前に、四人の地球人の子供達が、真剣な表情で右手を増幅装置の投影石の上に置いている。
「恐らくこの値が限界です。ですが、現在のそちらの増幅ではまだ、この星全体を安定してマイナス時空移動させるだけの出力には足らないのです。」
「じゃあ…」
画面のサクコブ生命体は、羽を軽く上げた。
「後少しです。そちらでもう少しだけ、増幅の倍率を上げていただければ、恐らく出来ます。味方の緑色生命体の力が、合計で後23%増えれば、」
「分かった、やってみる。」
「…幸運を。」
画面に頷く宏子。ノイズに押し流されるように、バーチャルディスプレイの表示が消える。
「…」
宏子は美耶に歩み寄る。
美耶は怯えた顔で首を振る。まだ彼女は、ゴムひもに縛られたまま動けない。
「やめて、近づかないで! これ以上ひーこに近寄られると…」
「…何?」
「…痛い、頭が痛い。…体のあちこちが痛くなるんだよ。気持ち悪くて…」
「ごめんね…もうちょっと私の力が強ければ、多分苦しむ事も無かったんだろうけど。」
「私を…どうしようって、いうの…」
「どうもしない。こっちは殺そうとも、傷つけようともしてない。ただ数日前の世界に、あんた達を戻そうとしてるだけじゃん。あんたが無理に抵抗してるから、気持ち悪くなっちゃってるんでしょ。」
砂嵐が酷い。周囲は既に、砂浜と言うよりは、砂漠という言葉が似合うような環境で、宏子達の前や後ろに砂の丘陵が出来上がりだしている。
「ひーこ…地球人、サクコブ生命体、05生命体、クザラル人…皆おかしいよ…皆、私達の子供なのに…どうして皆、親不孝なの?」
「…」
宏子は答えずに、じっと美耶の左足を見ている。
美耶は息をのみ、素早く自分の足に目を向けた。
「あ…」
美耶の左足の一部が、緑色にうずまいて周囲の空気と溶け出している。
「な…ひーこ、聞いて。私達の話を聞いて。」
「もう充分、あんた達の話は聞いたと思うけど。」
「聞いてないよ。ひーこ。ひーこは一番大事な部分をまだ、聞いてない。こっちが説明しようとしたのに、ひーこいつも邪魔をして、肝心な所をこっちに話させてくれなかった。」
美耶は首を振る。美耶の呼吸は、心なしか荒くなってきているようだ。
「ひーこ…話させて。私達はね、確かに、見方によっては、クザラル人やサクコブや地球人を利用してきたのかもしれない。でもどうして、そこまでして私達が魔法の発展を望んだのか、その理由をひーこはまだ、全然聞いていないじゃない。」
「…」
宏子は細い視線で、鼻息をつく。
「自分達が強くなりたかったからでしょう? 強力な魔法を自分達のものにして、他の種族を自分達の思うがままに操りたかった。違う?」
「違う。違うよ。そんなんじゃないんだよ。」
体が動けないながら、美耶は強く首を振った。
「…」
「私達がこういう事をしているのは、生き残る為に、仕方無くなんだよ。」
「…はあ?」
「ひーこ達と同じなんだよ。…ひーこ、ひーこは何度も、「昔話」を聞かされた事があったでしょ、夢の中で。」
「夢…夢って、あんた達が出てくる奴? 私の親のふりをして。」
「ふりって言うか、実際親だしね。」
美耶は頷く。
「あの昔話の内容を、もう一度思い出して。」
宏子は眉をよせた。
「思い出して、って…ええと、「私達」が戦ってるんだよね。生き残るために。」
「うん。でも戦況は芳しくなかった。」
「そう。…ずっと負けてたんでしょ? で、ずーっと逃げてて、最後にどっか、青い星に辿り着いたんだったっけ。まあ常識的に考えれば地球なんだろうけど。」
「そうだよ。そこで私達は、最後の希望を見つけた。」
「…」
「…」
「いや、だから。…それってどういう意味よ? 戦ってる相手って、誰なの? それに私達って? 誰が「私達」なのよ?」
「私達は、私達だよ。それはひーこにとっては地球人でもあるし、クザラル人やサクコブでもあるし、そしてもちろん、私達緑色生命体でもある。」
「…あのさあ、クイズやってる訳じゃないんだから、もうちょっと分かりやすく説明してくれない?」
「この一年、地球人は、生き残る為に一生懸命戦ってきた。その相手は最初はモンスターで、その後はクザラル人だった。クザラル人はクザラル人で、自分達の生存の為に、サクコブと戦い続けてきた。それはそっくりそのままサクコブ生命体にも当てはまるよね。そして私達も私達で、自分達の敵と戦ってきたんだよ。」
「それって、誰よ。」
「ひーこ達は知らない種族だよ。…うーん、日本語で発音すれば、ヘトリプシーン、っていう辺りが一番近いと思うけどね。私達よりよっぽど魔力の強い種族だったんだ。」
「…」
美耶の前髪が、風で激しく揺れている。
「彼等はとても冷酷で、強く、そして知的な種族だった。ラル人に最初に魔法を教えたのは確かに私達だったけど、私達が魔法を学んだのは…ううん、盗み出したのは、彼等からだったんだよ。魔法って言うのは…要は、彼等にとっては簡単な原理、でも私達にとっては、科学的な理屈すら分からないような、そんな私達にとってのオーバーテクノロジーの事を言っているんだよ。」
「…」
宏子は目を細め、美耶を見続けている。
「そんなだから、私達も最初は魔法なんて下手も下手、今の地球人よりも使えない位だった。だけどねひーこ、それでも私達は、何としてでも彼等からその技術を盗んで、彼等に対抗する必要があったんだ。…そうしなかったら、私達は今頃、こうやって存在する事は出来ていなかっただろうね。」
「何で…そんなのと戦争なんかになったの?」
「さあ。彼等にとってみれば、それこそ近寄ってくる蝿を手で払う位の感覚でしかなかったのかもしれないし。あるいはもしかしたら、彼等も理由は分からないのかもしれないね。また別の種族が、私達両方を、操っていただけなのかもしれない。私達が、クザラルとサクコブを戦わせていたのと同じように。」
美耶は自嘲気味に笑う。
「…でもさ…それって、昔話なんでしょ? つまり、戦争は終わったって事なんじゃないの?」
「どうだろうね。戦闘は休止してるけど、それは私達が、銀河のはじにまでほうほうの体で逃げてきたからなんだよね。」
「…」
「この辺りまで来れば、彼等もしばらくは追ってこない。でもまたいつ彼等が襲ってくるかは、誰にも分からない事なんだよ。それに備えようと思った私達は、この地域で自分達の魔力を向上させる事にした。そしてこの周辺で、ラルや地球といった、魅力的な星々に出会ったんだ。そしてここで生まれたひーこは、私達の、最後の希望だった。」
「…」
「分かったでしょ、ひーこ。私達にとっての昔話も、地球人にとっての昔話も、要は同じなんだよ。だって地球人は、私達の子供なんだから。」
「それは、…違うでしょ。勝手に…あんた達が、話をこじつけてるだけじゃない。地球人の運命は地球人が決める。あんた達の子守り話に無理に合わせる筋合いなんか、無い。」
緑の雲は、ずいぶん数が少なくなっている。オレンジの空も侵食されるように小さくなり、今は空のかなりの部分が真っ黒に染まっている。
宏子から数メートル離れた美耶。二人の間を、白い砂が絶え間なく吹きすさぶ。
美耶はじっと、宏子を見詰める。
「それで良いの、本当に? ヘトリプシーンがいつこっちにやって来るか、分からないんだよ? ずっと言ってるよね、私達はあなた達を守ってきた、って。私達の保護があったから、地球やクザラルやサクコブの文化はここまで育ってきたし、魔法もそれぞれの星で生まれた。でも今だって、皆の力は、彼等に比べたら比較にならない位弱いんだよ。一秒もかからないで、全部の星が征服されて、全員死んじゃうよ。それでも本当にひーこは良いの?」
「じゃあ、聞くけど…あんた達の「保護」の下に入れば、そのヘトリプシーンっていうのが来ても平気なの?」
「今はまだ、そこまでの保証は出来ない。でも、私達がいなければ、地球人やクザラル人やサクコブが、いざという時に一たまりもないって事だけは保証出来るよ。」
「…」
宏子は美耶を見る。
改めて見ると、既に美耶の体は左手も右足も殆ど消え、胴体も所々、半透明に透けだしている。
「それなら聞くけど…私達とあんた達で、普通に協力し合う、っていうような選択肢は無いの? その、緑色生命体が上に立って保護する、みたいなんじゃなくてさ。」
「それは無理だよ。ひーこ、私達だから、ここまで魔法を育てる事が出来た。そういう時に一々子供の意見を聞いていたら、進む話も進まなくなっちゃう。」
「そう。…それなら、話はここまでだね。」
「ひーこ!!」
「あのねえ、緑色生命体さん。子供はいつか、巣立つもんなんだよ。あんた達にとっては、確かにまだまだ私達は、特に地球人なんかは、幼いし、見ているだけで危なっかしいような存在なのかもしれない。でも、それでも私達は、自分の運命は、私達で決めたい。いくらあんた達が神様だろうが、いくらあんた達が頭が良かろうが、そんな事は関係無い。」
「そうだよ、そんな事は関係無い。問題はいつ、私達の敵が襲ってくるか分からない事なんだよ! ひーこ、良く考えて。言いたくないけど、ひーこはHYIに抵抗しようとした時と、同じ過ちを今犯そうとしている。それでひーこは自己満足の正義感を満たせるのかもしれない、でもその為に、また何人もの命が失われたら、ひーこはどう責任をとるつもりなの?」
「いい加減にしなよ…皆が死んだのは全部、あんた達のせいでしょうがっ! 偽善者ぶんなっ! あんた達が全部、悪いんじゃないかっ!」
宏子が叫ぶ。
二人の立っている場所はいつの間にか、それぞれ小高い砂山の頂上のようになっていた。二人の間には谷が出来ている。今や周囲の砂は、空の緑色の雲と同じ位始終その形を変えるようになっている。
パチン、とゴムひもが切れた。
「…はあ、はあ…」
既に胴体のそこかしこも半透明になりつつある美耶。どうやらひもが切れたのは、ひも自体が一部、空気となって周囲に溶けてしまったからのようだ。
「あんた達だけは…許さない、絶対に…」
宏子の手に、光と共に、どこからともなくステッキが現れた。何度か棒の部分を折り曲げた跡のある、ややよれた感じの白いステッキだ。
<…気律の力を…我の頭上に…>
ステッキを、美耶の向こう、今やまっ黒に染まりつつある空の上に向けて、宏子が念じる。
「…」
もう、普通に目に見える部分が上半身の辺りしか残っていない美耶が、息をのんでその様子を見ている。
「…」
二人の間を何度も砂塵が舞い、視界を遮る。宏子は一旦閉じた目を開いた。
<ウーサ・キュディヌ・ヒオ!>
宏子が念じると同時に、ステッキの投影石が赤く光る。そしてそれに呼応して、闇夜のように暗くなっていた空が、急に明るく輝きだした。
「っ、くっ…」
目を細める美耶。宏子は素早く自分の腕端末を押し、ディスプレイを表示させる。インジケーターの数字は、出力78%を指している。砂嵐はますます激しくなった。
「…」
呼吸の荒い美耶。彼女を、宏子が挑戦的な笑顔で見る。
ありがとう。
「…」
宏子は、美耶の目を見ている。
これでようやく、一息つけるね。
「くっ…はあ、はあっ…」
美耶はもう首の辺りまでが半透明化して、ちゃんと体として残っているのは顔とその周りだけだ。
「…」
宏子は、瞬きをした。
「え…?」
「はあ…はあ…」
「え…何…今の……え…?」
「はあ……はあ…」
「嘘…」
宏子は息をはきだす。
「そんな…」
彼女はステッキを落とし、その場に膝を落とした。
「嘘……嘘…だよね?」
「嘘…何が…? 今から嘘だよ、ってやめてくれるの?」
「美耶…あんた…あんたって…」
宏子は顔を上げ美耶を見る。美耶は瞼を広げた。
「…あ…」
「…美耶…美耶?」
「ちょ、やめて、近づかないで。こっちに来ないでって、さっきひーこに言ったよね。」
「あんた…美耶なの? そんな…そんな訳無いでしょ?」
自分に首を振っている宏子。美耶は笑ってみせる。
「え? 急に何言ってるの、ひーこ。私はどこからどう見たって、正真正銘、幸田美耶そのものじゃない。もっとも、本物だったらこんな風に溶け出したりはしないかもしれないけどね。」
「違う。あんた…」
宏子は息をのみ、美耶の目を凝視しだす。
「あ…やめて。入ってこないで。…やめてひーこ、こっちの心に入ってこないで!」
「…緑色生命体を、説得して、…彼等の代表として、私と自分が話すようにした。…何で?」
「やめてって言ってるでしょひーこ、人の心を勝手に読まないで!」
宏子は自分の頭を押さえながら、ふと画面の表示を見た。出力93%。
「それは…自分が状況をうまく誘導する事で、連合の活路を導き出すため…え? それだけじゃない。」
「やめて…やめてええっ!」
「自分がいる事で…人間やサクコブのような固形生命体の魔力も、うまく増幅させる事が出来る、から……触媒、として…」
「…」
「そうしないと…私や、造反した緑色生命体まで同調して時間逆行させられる事になりかねないから?…そこをうまく、調節しないと、…いけないから…」
「…」
「…」
美耶は目をそらした。既に彼女の全身は、おぼろげな緑色の光でしかなくなっている。そして最後に残った彼女の顔も、徐々にその色が薄くなってきた。
宏子は美耶並に荒い息で、何度も首を振る。
「どうして? 何で…どうして、そんな…」
「…」
「美耶、あんた、何か言いなさいよ! ここ数時間ずっと喋ってて、何で急に黙んのよ! お、かしいじゃん。…お願いだから…何か言ってよ!」
「…」
美耶は視線をそらしたまま、口を開かない。
「お願い…だから…」
宏子の目から水滴がこぼれる。宏子はふと、口を開けた。
「あ…そうだ、やめないと。今すぐ作戦をやめさせないと!」
「ひーこ…やめちゃ駄目だよ。このまま続けないと。」
「な…何でよっ!」
「何で、って、」
向こうの砂山の上の美耶は、肩らしき部分を揺らしながら微笑む。
「それがひーこの望みだし、皆の望みだし、私の望みでもあるんだから。」
「嫌だ、違う。今はもう、私の望みじゃなくなった。」
「ひーこ。私だってね。皆の役に立ちたいんだよ。ひーこ達にはいつも助けてもらってばっかりで、私はいつその借りを返せば良いのか、ずっと、内心コンプレックスだったんだから。」
「だから、これがそうだって言うの? ちょっと待ってよ、私はあんたに生きててほしいんだよ、助ける、って言うのは、そういう事でしょ? それで何で死ぬの?
それじゃ恩を仇で返してるようなもんじゃない!」
「ひーこ。私がここで、緑色生命体の一員に帰るのは、もう運命だったんだよ。私はひーこと違って体が弱いから、地球人のままじゃ、どのみちもう長くなかったんだ。」
「でもここで生きる訳じゃ、ないんでしょ。触媒の…コントロールを担当したんでしょ。…したんじゃなくて、今もしてるんでしょ? そうしたらもうあんたの意識は、溶けるとかどうとかの問題じゃなくて、完全に死んじゃうじゃないよ!」
「…ごめんね。」
美耶は穏やかに、両目を閉じた。
「ちょっと! やめようよ、こんな事で死なれても私、嬉しくないよ!」
宏子は立ち上がり叫んだ。宏子は向こうの砂山を見る。いつのまにか二人の距離は十数メートルに離れていた。どう頑張っても、2つの砂山の間を飛び越えられそうにはない。
「最後に一個…憎まれ口を叩いてもいいかな。」
目を開き、美耶が言う。
「…」
「ひーこ。私のほうがね、「緑色生命体のスパイ」としては、完成度が高かったんだからね。だから欠陥品のひーこに、どうこう指図される覚えなんて無いんだよ。」
「…」
美耶は楽しそうに笑う。
「あのねひーこ。確かに、自分の命を軽々しく投げ出したりするのは、何も偉い事じゃないし、間違ってる、って人に言われても仕方が無い事だと思う。それは分かってるよ。でもね、それでも…自分が大好きな、自分にとって、本当に大切だ、っていう人を助けたいって思っちゃった時は…それはもう、しょうがないんじゃないかな。」
「…」
瞬きをする宏子の目から、また水滴が流れ落ちる。美耶は、本当のいつもの美耶の視線で、優しくこちらを見ている。
「ひーこだって、人の事言えないじゃない。夢の中で私を探してくれてたんでしょ? かなり無謀っていうか、無計画な探し方だったけど。」
「…」
「ひーこ。全部、これで良いんだよ。」
風が吹きすさぶ。宏子は首を振る。
「良くない…こんなの良くないよ。美耶、もうやめよう? 今ならまだ」
「ごめんね。…もう間に合わないよ。だってひーこのそのインジケーター、もう99%になってるでしょ。」
「…あ、」
風は更に強くなる。空は更に明るく光り、全ての景色が白の光に染まる。
そして、こちらに向かい微笑んだままの顔は、完全に固体の形状を失って、半透明の緑色の光に溶け込んでいく。
強風が吹いているにも関わらず、緑の光の雲は、まるでその場所に未練があるかのように、なかなかその場から消えない。しかしそれでも雲は、徐々にその色を薄くしていく。
そして、一際強い風が吹いた。
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