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白い惑星が浮かんでいる。その近くの宇宙空間から、また多数の光がまたたき、中から黒や赤の宇宙船が何隻も出てくる。船の中には傷をおっているものもかなりあるが、それらも含め、無数の宇宙船は瞬く間に惑星の周囲に網の目のように広がりだした。
星の地表から、いくつかの宇宙船に向けて、稲妻が光の矢を伸ばした。
そしてそれらの光は、サクコブ船やクザラル船団に届くより前に、まるで電灯のスイッチを消したかのように急に立ち消える。光が目指していたはずの宇宙船に被害は無く無事だ。
東西南北、いくつかの方向で分けられたそれぞれのエリアで、サクコブ船が一隻ずつ少し前進する。それらの船のそれぞれの前方に、周囲の船から光線が集まりだす。
地表からの光線が何度も現れかけては立ち消える中、いくつかのサクコブ船の前で大きな白い光の球が形作られる。それらはまた線となり、惑星のそば、船団の軌道よりはやや離れた宇宙空間の一点に、一旦全て集められる。
そして、その一つにまとまった光が、星の地表のある一点に向かって注がれだした。


「…」
オレンジ色の空が色を変え、地平線の向こうの方で、黒が混じりだしている。それはまるで空に穴が開いたようにも見えるし、向こうで台風が起きているようでもある。
急に風が強くなる。美耶は自分の前髪をおさえながら、目を細めて空を見上げる。
空に浮かぶ緑色の雲々は、今までになく動きが速くなっているようだ。
美耶は宏子に顔を向け、彼女を鋭い眼差しで見た。
「何をしているの。」
「分かってるでしょ。」
ぎこちなく笑ってみせながら、宏子は体を震わせている。
「うっ……くっ、うっ、んっ…っと。はあ…」
「た…立った…」
宏子はゆっくりと、椅子から立ち上がった。後ずさり、首を振る美耶。
「そんな…まだ、ゴムひもは緩くしていないのに…」
「こんな…ゆるゆるのゴムひもで、動けなくなるなんて訳、ないでしょうが。」
足がまだ思うように動かせないらしい宏子は、椅子から立っただけの状態でバランスをとりながら、足元のゴムを手ではじいてみせる。
「…」
もう一度空を見上げる美耶。風はますます強くなり、周囲の砂が巻き上げられて飛びだしている。
「…ひーこ、考え直して。ひーこは、皆は、私達を誤解しているよ。私達は皆のためを思って、ここまでやってきたのに…」
「家畜を可愛がるレベルで、でしょ。そんな親切は私達はいらない。地球人も、クザラル人も、サクコブも、05も、皆自分達の力で生きていく。もうあんた達に指図なんかされない。戦争はもう、これで終わりだよ。」
「だから違うって、言ってるじゃない。」
美耶は宏子に歩みより、彼女のフリースの首裾をつかんだ。
「ひーこは家畜じゃない! ひーこは、私達なんだよ! ひーこは仲間なのに! どうして、それを分かってくれないの!」
「それが、凄く残念だよ。私自身があんた達だ、って事がね。でも私は少なくとも、あんたの「仲間」じゃない。私の仲間は、」
宏子は腕を震わせて力をこめながら、何とか人差し指を上に上げる。
「ここじゃなくて、向こうにいる。」
「…ひーこ…」
美耶が唇を震えさせ、宏子を睨む。


「現在の出力状況は?」
「まだ、私…それで、NKで言うなら6…なので、私は……翻訳エラー。原語の文が不完全です。」
宇宙船コクピットのジュチャは、耳の装置をおさえながら、画面に聞き返す。
「何? ノイズが多くてよく聞こえないのよ。」
美耶の映っている映像は何度も乱れ、日本語の音声は途切れ途切れだ。
「…その45乗では…そのため、…まだ駄目なんです。あの、ジュチャさん聞こえてますか? だから…もし、そうであるなら…私はそう思わない。つまり、」
画面がふいに、完全な砂嵐に変わり、翻訳もそこで終わった。
「…はあ。」
ジュチャが息をつく。
画面のリジュワナが、ジュチャに尋ねた。
「05か、サクコブの分析は? …あなた達の分析でも別に構わないけれど。」
ジュチャは口を開く。
「一応全部来てるけど…それぞれ現在の推定出力にバラつきがあるのよ。ただどれを正しいとしても、まだ出力が足りない。楽観的に見積もっても、まだ星の時空移動に必要な量の6割程度までしかいっていないの。…まあそれでも、正に桁外れの、天文学的なMKなんだけど。だから私達の観測機器だとうまく測れない、って事なのよ。…ただ恐らくは、JVKやサクコブ星からの魔力の転送が、どうしてもロスが多くなるのが問題の一つらしいわね。緑色生命体母星の照射地点側で、ある程度の蓄積は可能らしいけど、こっちの出力は、そうそう長く続けられる訳じゃないし、このままだと結構…」

「…」
リジュワナは話を聞きながら腕を組み、考え込んでいる。
「…」
リジュワナは顔を上げる。
「…はあ…」
目の前のディスプレイを見て、リジュワナはまたため息をついた。
「何だか、故障の頻発する電話での会話を強いられているような気分ね。」
コクピットだけが映っている画面の前で、リジュワナは一人毒づいた。


砂浜の風が強くなっている。スカートの裾をはためかせながら、美耶は悲しそうにうつむいている。
「ひーこ…考え直して。お願いだから。私達は、事情があったの。ひーこ、昔話を聞いた事、あるよね? 私達は、あなた達を守るために…」
「…」
「きゃっ」
ドサッ。
宏子が美耶に体当たりし、彼女を突き飛ばす。美耶は砂浜に尻餅をつく。
「もう、あんた達の言う事なんかは聞かない。私も、他の地球人も、クザラル人もサクコブも。だから黙ってて。」
「…」
美耶は目を細め、立ち上がる。
「そっか。もう、何を言っても無駄だ、って、そう言いたいのかな、ひーこは。」
「…あんたが本物の美耶だったら、こういう時はもうちょっと察しが早かったような気がするな。あんた、ニブいよ。」
「…そう。よく、分かったよ。私達がどれだけひーこに優しくして、ひーこに親切にしようとしても、ずうっとひーこがそんな態度をとり続けるんだったら、」
「自分達も態度を変える、って? 何言ってるんだか、人の事をさんざん脅かしておいて、今更よく言うよ。」
宏子は笑い出す。
「…うるさいよ、ひーこ。」
そして、宏子は急に、自分の喉を押さえだした。
「…」
宏子は目を見開いた。
口を開けた宏子は、声の無いまま美耶の方を向き、首を振る。宏子はまた、その場に立ったまま動けなくなっているようだ。
感情の欠落した顔で、美耶は宏子に人差し指を向けて立っている。
「ああ。どうしたのひーこ、急に静かになっちゃって。…あ、そうか。私が今うるさいって言ったから、静かにしてくれてるんだね。ちゃんと言う事を聞いてくれて嬉しいよ。」
「…」
口を必死に動かす宏子。彼女の顔から、徐々に血の気が失せていく。
風はますます強くなり、緑色の雲の動きの速さは、まるで沸騰したやかんの蒸気を見ているようだ。
「…」
口を開けたまま、宏子は無言で首を振る。
美耶はくすりと笑い、宏子の顔の前に手を突き出して、パチン、と親指を鳴らした。
吹いている風は、宏子を中心にぐるぐると回っている。白い光がまたたくと同時に、宏子はまっすぐ後ろに倒れだす。
「ひさびさに長くお喋りできて、楽しかったよ、ひーこ。でももうそろそろ、ひーこは帰らないと。どうも、ひーこの家はここじゃなかったみたいだし…」

宏子はまぶたを閉じながら、力なく砂浜に倒れこんだ。


 

宏子の前で、両親がいつもの昔話を読んでくれている。
「…それは、ある者にとっては遠い昔だし、ある者にとっては、つい今しがた起きた話なんだ。」
「うん。でも、お父さん。それって、どういう事なの?」
目の前の光の影が、微妙に揺れる。宏子は父が微笑んだ事が分かった。
「不思議かい? でもその答えは、お前が自分で見つけるものなんだ。」
「…もう。お父さんはいつもそういう言い方するう。ねえ、お母さん。」
「そうね。」
別の光の影がざわめく。
「でも、お父さんの言う事は間違っていないのよ。意地悪のつもりはないけれど、この昔話は、お前の為のお話なんだから。だからその意味は、自分で見つけるのよ。」
「そんな…」
宏子が眉を寄せる。
「それならヒントをやろう。」
影がゆり動く。
「昔話は、一つじゃない。話は繰り返すし、話は終わる。そして話は、いつも常に変わっていくものなんだ。だからそれは、ある者にとっては昔だし、ある者にとっては今だ。」
「…」
「あなた…それでは、ヒントじゃなくて答えです。」
「はは、そうだな。これは失敗した。」
母が咎める。父の影は、わらわらと揺れた。
「え…正直、全然分からないよ…?」
「お前の昔話は、お前が作る。それだけの事だよ。…だから、頑張って。ほら、呼吸は出来てるんだから。…ねえ、何か…喋って。ねえ、ねえってば。どうして起きてくれないの? …お願いだから、ねえ、いい加減目を覚ましてよ、ひーこちゃん!」


人の顔がぼんやりと浮かんだ。
「…あ、ひ、ひーこちゃん!?」
その人物が、口を開け、息を大きく飲み込む。人物は後ろの方を振り返った。
<ねえ、プオちゃん、起きたの! ひーこちゃんが、起きた!>
「…あ…」
宏子は瞬きをしながら、言葉になっていない呟きを漏らした。彼女は周囲に視線を走らせる。全体的に黒く無機質な空間で、つまり天井があるのでここは屋内のようだ。天井が見えているのだから、自分は仰向けに寝転んでいるとみて間違いない。彼女はそう推測した。
<あ…モニク。>
それから宏子は改めて目の前の人物…宏子の顔を覗き込むような格好で、床に座り込んでいる人物、に目を向けた。
<…ひーこちゃん。>
モニクは目に涙を溜めながら、宏子に微笑んでみせている。
<…ちっす。>
<うん、ちっす。…何で「ちっす」?>
モニクは肩を震わせて笑いながら、涙を頬へとこぼした。
<モニク…ここは?>
<05の宇宙船だよ。今の宇宙上の所在地、って聞かれると、ちょっとリジュワナちゃんかリチャード君に聞かないと分からないけど。>
<そこまでは良いや…>
宏子は視線をさまよわせる。
<よっ。>
天井を見ようとした宏子の視線の先に、クザラル人の男の顔が出てきた。
<…よっ。>
宏子はプオラギイックの真似をしてテレパシーを返す。
<全く、気持ちよく寝てたな。わざわざお前を助けにいってやった俺達が、大変な目にあってるさなか、一人気持ち良さそうにグーグーと…>
<寝る子は育つ、って、日本じゃ言うのよ。>
<確かにお前は、まだまだ成長が必要だな。色々な点で。>
<…>
寝たままの宏子は、プオラギイックの念にぴくりと眉を動かす。
<ひーこちゃん、プオちゃんも本当は嬉しいんだよ。今さっき、向こうで…>
<宏子、まだ疲れているだろう。増幅装置が順調に壊れてくれたおかげで、まだ数時間は船旅だ。だから今はゆっくり休め。気兼ねしないで。今すぐに。さあとっとと休め。>
<…うん。まあ、それは、言われなくてもそうするつもりだけど…>
宏子はモニクの方に視線を向ける。
<それで…これが05船なのは良いとして…ウチらは何、地球に戻ってる訳?>
<…>
モニクの上ずっていた頬が下がる。モニクは膝元の宏子の顔を見てから、プオラギイックの方を見上げ、二人で視線を交わす。
<私達は…>
<…私達は?>
<ひーこちゃん、プオちゃんの言う通り、今は取りあえず>
<モニク。…私疲れてるんだ。あまり、説得に時間をかけさせないでもらえるかな。>
<…そっか。>
息を漏らしながらモニクが頷く。
<サクコブが地球への攻撃を再開して、もう一日経ってるんだ。確率で言えば、まだ地球に生き残りがいる可能性も全くのゼロ、とは言えないんだけど…>
<けど…>
<…けど、実質的には…負けちゃったんだ。地球人は。もう地球っていう星はサクコブが支配しているから、私達はあそこには戻れない。>
<…>
うつろな目で、床に寝たまま宏子はモニクのテレパシーを聞いている。
<今向かっているのは、JVK内のロロカカーセドゥシっていう惑星だよ。そこは今のところ、>
<ねえモニク、もう私、眠くてさ。続きは後でしたい…>
宏子はあくびをもらす。
<ああ、うん。そうだね。>
<でも最後に一つだけ。…あんた達、っていうか私達と、HYIとサクコブとで一緒に戦ったでしょ、緑色生命体と。…それは? サクコブがこっちに攻撃したって事は、共同作戦はそれよりも前に終了した、って事だよね。>
<あ、うん……そうだね。>
ぎこちない念を返すモニク。呟く宏子。
<それは…>
目を合わせずに、モニクが眉を下げる。
<終わったっていうか…終わらせさせられたんだよ、強制的に。緑色生命体には、全然歯が立たなかった。…気がついたらみんな、自分達の武器を奪われて、遠くの空間に強制瞬間移動させられてたよ。>
<要は両方に負けた訳ね、ウチらは。>
<…>
モニクは見上げる。視線の先のプオラギイックは、宏子の方を見下ろし、彼女に無言で頷いた。
<…なるほど。何か気の抜ける話だねえ。>
大きくため息をつきながら、宏子は再び目を閉じる。時折微震動に揺れる船内で、彼女は再び、深い眠りについた。


A-Sato Ltashofe Yde Ilne

Episode 26: Sato is a magical girl.

<っていうところかなあ…>
モニクが真面目そうな顔で一人頷いている。
向かいのベンチに座っている私を見て、モニクは不思議そうに眉を上げた。
<あれ? どうしたのひーこちゃん。何だか体調悪そうだけど。>
<え? あ、いや、そんな事ないよ。>
<そう? …あれ、プオちゃんも。何だか顔色が良くないよ。>
どうやらこいつはプオの顔色が分かるらしい。…という事はつまり、やはり、プオにも顔色が存在するという事なのだろうか。
<ん? あ、あー、いや、気のせいだろ、恐らく。>
<…そうは見えないけど…>
<大丈夫だって。>
<そ、そうだよ。>
プオと私は揃って、モニクに向かって朗らかな笑顔を見せた。
<…>
つもりだが、彼女には余りそう見えていないようだ。
<…>
モニクはふと、自分の隣の魔術師に目を向ける。
<…>
<…え? あ、もちろん聞いていたわよ。寝てなんかいないわ。>
ふと顔を上げたリジュワナがモニクに(不誠実に)頷いてみせる。モニクは見る見る内に、子供っぽく頬を膨らませだしている。
<どうでも良いけど、一人で何時間喋ってたのよ。>
<一人じゃないよ。皆でこうだった、って言い合ってたんでしょ。それに何時間もは喋ってない。>
<まあ、全員、途中まではあなたに何とか付いていっていたけど…>
肩を上げるリジュワナ。
<な、何。私は一生懸命、ひーこちゃんの為に、一週間前の出来事を詳しく思い出させてあげていたのに!>
<え、何、私のせいなの?>
モニクはかなりの怒りの形相でこちらを睨む(但し、全然怖くない)。
<ちょっと、ひーこちゃん! ひーこちゃんが違和感を感じているって言うから、>
<…ああ。>
そうだ。そういえば確かに私、さっき、そんな事言ってたっけ。
いや正直、モニクの長話に付きあわされている内にそっちの方はすっかり…。
<まさか、忘れてたとか言う訳じゃないよね。>
あ、何か今までよりテレパシーのトーンに暴力的な念が混じりだしてる。
<な、何言ってんの。そんな訳無いじゃん。もちろんそれは気になってるし、モニクが助けようとしてくれてるのはありがたいよ。>
私は両手を上げつつ、また笑顔で頷いて見せた。
<…>
モニクは何か言い返そうとするそぶりを見せてから、「こいつに何を言ってもしょうがないか」と言わんばかりに自分で息をつき首を振った。
<それで、宏子は違和感の正体はつかめたの?>
<え? うーん…>
リジュワナに言われ、私は改めて考え込む。
<やっぱりさ…現状を認めたくないって気持ちなのかもしんないね。負けたっていうのももちろんあるけど、さっき言った通り、ここ一年ずっと戦ってきた訳じゃん。それが急に終わっちゃって虚脱なんだろなあ。>
<何よ。散々この前の事を振り返って、結局出た答えはそれなの?>
<うーん…「正しくない」、「間違ってる」って感じがするんだよね、正直。この、今の状況がさ。>
私は皆を見回す。
<だからそういう私の気分から言えば、その私の感覚が間違ってるっていう風に認めちゃうのは何か、嫌なモンなんだけど。でも、まあ、冷静に普通に考えればそういうもんなんじゃないかな、って。>
<…うわー。ひーこちゃん、何か大人だ。一皮むけてるよ。>
<エヘヘヘヘ。>
私は手を頭にあてて、モニクにポーズをとって見せた。
リジュワナは「同意しかねる」というメッセージを顔の表情に思いっきり出しながら、首をひねっている。まあ、彼女のような堅物人間には、私のアダルトさ加減は高度過ぎてなかなか分からないものなのだろう。
<まあ、確かに混乱はしばらくあるだろうな。>
プオが子犬のごとく耳を揺らせながら念じた。
<しばらくは…と言ってももちろん、またいつ状況が変わるか分かったもんじゃないが、しばらくはお前達、皆休んで良いと思うぞ。地球人はクザラル人に比べて、就労年齢が比較的早いとは聞いているが、それにしてもお前達はまだ9、10クザラル歳なんだ。それなのにこの一年間、本当に大変な日々を過ごしてきた。少し位は休みもあって良いはずだ。>
<でも余りは休めないわ。私達はまずは、自分達の未来を考えないといけないんだし。>
<もちろんそうだろう。でも良い発想を得るためには、まずは気持ちをリラックスさせないとな。>
プオはリジュワナに微笑む。
<そうね…>
呟くリジュワナ。モニクが軽く頷いた。
<うんと…じゃあ、また皆で温泉にでも行く? シユマちゃんも無理矢理連れてさ。あ、もちろんプオちゃんもね。>
<…俺は別に遠慮するが。>
<というより、クザラル領域に日本式の温泉浴場なんて無いと思うわ。>
<じゃあ、公衆浴場でも良いよ。>
<それも無いな。>
首を上げるプオ。モニクはむむーっ、と眉を上げる。
<じゃあ、家風呂に皆で入る。>
<同時に、っていう意味じゃないよな? 地球のと同じで、スペース的に一度にはいれるのは一人だぞ。>
<無理矢理入るの!>
<あ…それ、ちょっと面白そう。>
<でしょ? ほら、やっぱりひーこちゃんは分かってくれたよ。>
<良かったわね。じゃあ今度、ニ人で挑戦してみれば良いわ。>
途方も無く呆れた様子で、頭を押さえながらリジュワナが念じる。モニクは首を傾げた。
<…あれ。どうも、リジュワナちゃんは乗り気じゃないみたい。残念だねひーこちゃん。そしたら、私とひーこちゃんとシユマちゃんとプオちゃんで>
<おいおい待て、俺は入らないぞ。というかシユマも一応クザラル人だから、多分それは無理だ。>
私はプオを細目で眺める。
<でも私、クザラル人の裸って、結構気になるけどなあ。>
「Ahx, ak, ahx,」
プオが変な声と共にむせている。実に純朴な反応だ。やっぱり私ってばアダルトかも。
<話がおかしくなっているわよ。たまには皆で楽しみたいって話なんでしょう? …それなら、どこかの家に集まってパーティーでもすれば良いんじゃないかしら。>
<だって、普通パーティーで裸にはならないし…>
<だからそこから離れなさいっ!>
リジュワナが立ち上がってモニクに突っ込んだ。


玄関にぶら下がっている、結構大き目の鈴を、紐を引っ張って鳴らす。何だかちょっと、神社でお祈りしているような感じだ。
<モニク? 嫌よ、例のビデオだったら宏子と見なさい。>
何だか警戒した雰囲気の念が、ドアの向こうから聞こえてくる。
<例のビデオって?>
<…ああ、宏子?>
ドアが開いた。リジュワナがいつもの仏頂面でこっちをじっと見ている。
<珍しいわね、あなたの方からこっちに来るなんて。>
<うん。まあ、たまには良いじゃん。旧友がこうやって来て、積もる思い出話に花を咲かせる…>
<だから友人じゃないし、そもそもすぐお隣に住んでるのに、何でそんな大層な話になるのよ。>
リジュワナはそう言いながら部屋の中に入っていく。
ドアを閉め、靴を脱ぎつつ私も彼女の後をついていった。
<で。その例のビデオって?>
<え? ああ、モニクがね、アニメのビデオを見ようってうるさくて。>
<ふーん。でも、地球のビデオデッキなんか残ってるの?>
<よく知らないけれど、パソコンに一旦データを入れて、それをこっちの映像記録方式に変換したとか何とか…>
<はあ。彼女もようやるねえ。>
<こっちだと人形のアニメがあるとかで、喜んでいたわ。>
あー。そういえばその話は、この間私も聞いた気がするな。私は軽く頷く。
私達は居間のソファーまでやって来て、お互い向き合う形で腰掛けた。
<それで? 用件は?>
<また、味気ない言い方する。もうちょっとこう…何て言うの、他愛も無いやりとりを楽しむような関係になりたいもんだね、お互いにさ。>
<私は別に遠慮するわ。今はモニクがいるんだし、彼女はあなたと同居中なんだから、そういう事は彼女と楽しめば良いでしょう。>
<…はいはい。>
リジュワナは、相変わらず社交性の無さ加減を全開で発揮している。でもその割に、目元とかが微かに緩んで、まるでこっちの言葉を喜んでいるように見えるのは…まあ、気のせいって事にしておいてやろう。
<ちなみに私は忙しいのよ。今、こっちの情報ネットでクザラルの社会システムについて勉強中なの。仮にこっちで学校へ行くなり、あるいは就職するなり、っていう事を考えたら、見ておかないといけない事は山のようにあるわ。>
<ああ、勉強邪魔してすみませんのう。>
言いながら、私はリジュワナの部屋を見回した。
何だか、向こうの床に変なものが置いてある。何かの布っきれみたいだが…。
<…あー、リジュワナ。>
<何。>
<あれ…クザラルの女性服だよね。>
<あ…>
リジュワナの顔が、一瞬で赤くなった。
<…そうだったかしらね。>
<何。あんたが着てるのあれ、もしかして?>
<…>
何か言い訳を念じかけてから、諦めた様子でリジュワナは頷く。
<そうよ。こっちでいつまでも「宇宙人」っぽい服を着続ける訳にもいかないでしょう。それにそもそも私はクザラル人なんだから、クザラル服を着たって何もおかしい事なんか無いわ。>
<ふーん…>
しかし、リジュワナのクザラル服姿、ねえ…。
<…嫌よ。>
こっちの考えを見透かしたようにリジュワナがそっぽを向いた。
<ちょっと、まだ何も言ってないじゃん。>
<言わなくても分かる。それに対して私は嫌と答えたわ。>
<何その言い方…大体あんた、故郷じゃサリーとか着てたんじゃないの?>
<サリーとフチャショスは全く違うわよ。>
<日本人にとっちゃ、似たようなもんに見えるけどねえ。>
<私にとっては違うのよ。>
<良いじゃん、ちょっと着たところを見せてくれる位。何もおかしくないんでしょ?>
<地球人が着た所を見てみたいんだったら、自分で着て、鏡を見てみなさいよ。貸すから。>
<何だろうなあ。モニクじゃないけどさ、リジュワナももうちょっとこう、遊びを覚えた方が良いと思うよ。アリーザの亡き意志、継いだんでしょ?>
<だから勝手に継がせないで。…宏子、本当にこういう無駄話をするつもりで来たんだったら、悪いんだけどモニクとしてくれないかしら。>
…。
<はあ。>
私は立ち上がった。
<そだね。あんたも忙しいみたいだし、帰ろっかな。>
<…>
リジュワナは眼鏡の奥で、目を丸くさせながらこっちを見ている。
私の気持ちの中で半分は、本当に話をやめて、自分の家に帰ろうと思っている。それは、本当だ。でももう半分の心では、こういう風に話の流れを持っていけば、リジュワナは相手を放っておくのに抵抗を感じるだろう、という事も、何となく私は気づいてしまっていた。
リジュワナは目を軽く閉じて息を漏らしながら念じる。
<用があるんだったら、勿体つけずに言いなさいよ。わざわざ私に言いにくるような事なんだから、好きな歌手の話とかじゃないんでしょう?>
<あー…>
何だか悪い気もするが…今は、リジュワナに甘えるとしよう。
<あのさ。また…何つうか、すっごいつまんない話なんだけどね?>
<…>
私はソファーに座り直す。
<何だかおかしいんだよね…こっちに来てからずっとそうなんだけど…胸騒ぎがするっていうのが一番近いのかな…何だか…リジュワナさ、自分の頭の中に、いろんな人格があったりはしない?>
<…しないわよ。>
リジュワナが眉を上げて答える。何だかちょっと驚いたっぽい答え方だったけど…。
<あ、ごめんごめん、人格っていうかさ、心よ。だから例えば、何か悪どい事をしちゃうような時に、それを止めようとする天使な自分と、行っちゃえ行っちゃえ、っていう悪魔な自分がいたりしない? するでしょ?>
<私は「悪どい」事を積極的にした覚えはないし、何より天使でも悪魔でもない、ただの人間なんだけど。>
<だあっ、だからそれは例えなんだ、って。そういう感じの事は無いか、って、>
<まあ…言いたい事は大体分かるわよ。自分の気持ちに葛藤が起きる事は無いか、って、そう聞きたいんでしょう、宏子は。>
<んあ。>
<あるわね。>
リジュワナは肩を軽く上げる。
<ん。…私の場合ね、その、一部の心が…何だか、凄いざわついてるんだよね。悲しい気持ち、みたいな、何だかよく分からない感情がずーっとあって。こっち来てから。>
<それを辞書でひけば、「敗北感」とか「虚無感」とか言葉が出てくるんじゃないかしら。…もっと簡単に「戸惑い」でも良いけど。>
<だから…確かにそうなのかもしれない。そりゃ私だって、絶対そうじゃないなんて言える訳じゃない、気持ちなんてそうはっきり目に見えるもんじゃないんだから。…でも、その小さい心が主張するには…それはそういうもんとは違うって言うのよ。確かに悲しいの。これじゃいけない、って思うの。でも…それはね、まだ終わってないんだよ。だから虚無感みたいな、終わった後の感情とは、多分違うんだ。何だか焦ってるんだよ、私。>
<宏子…悪いけれど、私はカウンセラーじゃないのよ。>
<分かってる。でも…まあ聞いてよ、「チームメイト」としてで良いから。病院の救急車…こっちじゃ救急椅子?呼ぶのはその後にするからさ。>
<聞くのは構わないわ。でもね、宏子。…私はあなたを、この件では助けてあげられない。もう、聞いてるわよ。宏子、一昨日はプオラギイックに相談したんでしょう。で、昨日はモニク。それでも埒が明かないから同じ話を、まあ一番相談とかしづらい相手だけど一応は「チームメイト」であるところの私にまで、しに来るようになった。>
<…何、あいつらもう喋ってる訳?>
人のプライバシーを、よくもベラベラと…。
<あなたが一番喋ってるわよ、ここに来てからずっと。だけど宏子、「何だか分からないけどおかしい」だけじゃ、お互いどうしようもないでしょう。プオラギイックやモニクはどう言ってたの?>
<え? 「お前に難しい顔は似合わないな」とか、「じゃあ一緒にウテナについて語ろう」とか…>
<「ウテナ」?>
<アニメ。>
<ああ。>
頷くリジュワナ。
<まあ、こっちだってそういう答えしか返せないわよ。後は温泉とかね。>
<いや、ね。…それが、今日になって、その心が何だか分かったんだ。これは…「喪失感」なんだよ。この胸の痛み…あのね、誰かがいないの。自分に結構…近くて、それで、ふざけ合えるような? 昔からの知り合いの…>
<そう…じゃあ、この間私が言ったのが当たっていた訳ね。>
リジュワナは眉を寄せる。彼女は何だか、ちょっと申し訳無さそうな表情になった。
<でも…宏子、昔からの知り合いっていうのは…身近にいた日本人だっていう事? そうだとしたら、EIMにいたっていう可能性はとても低くなるんじゃないかしら。>
<まあね…だとすれば、当然そんな人が「最近」いなくなるなんて訳がない。もっと前に私と分かれちゃって、とっくのとうにサクコブにやられて死んじゃってるはずだなんだから。うん、確かにその通りで、私の言ってる事が理屈が通ってないってのは分かってるんだけど、>
私は一応頷く。
<でも、理屈じゃなくて違うんだよ。誰かいないの。この感覚はね…誰か、私にとって凄く大事な人がいないから悲しいっていうか…変だ、っていう、胸のざわめきなんだよ。多分その人は私にとって、リジュワナやモニクやプオ並に重要な人なんだと思う。って事は多分、リジュワナ達もその人の事を知っているんじゃないかな、って思うんだけど…>
<思うのは良いけど…>
リジュワナは困った様子で、腕を組んだ。
<うん…私は……これと言って今、思い当たる節は無いわ。小英やアリーザは確かにショックだったけど、彼女達じゃないんでしょう?>
<うん。でもそれも…変な話だよね。系の魔法だったら、リジュワナの方が私より敏感なはずなのに。>
<系の魔法なら確かにそうよ。でも空の魔法ならあなたの方がはるかに敏感だし、時の魔法ならモニクでしょう。>
<空の魔法をどう使えば、人に関する記憶を忘れされられるのよ。>
<そうね。確かにそれで人の「存在」は消せないわ。物理的な肉体ならともかく。>
リジュワナは頷く。
<宏子…凄く言いにくい事では、あるんだけど…>
リジュワナは唇を噛んでいる。彼女は顔を上げた。
<やっぱり、一応、医者に診てもらった方が良いと思うのよ。私達が緑色生命体と戦っていた時、あなたは一人、星でただ寝転がってて、何もしていなかったって言うけど…やっぱりその時に、何かがあったのかもしれないわ。緑色生命体があなたに何か、高度な魔法をかけたのかもしれないし。>
<そう言うけど…でも私、あの星で本当に何もしていなかったんだよ? 何だか知らない内に着いたは良いけど、何も無いし、誰も現れないしさ。ただボーっと、空を眺めて寝っ転がってただけで…>
<でも、その時からなんでしょう、あなたにその「喪失感」があるのは。>
…私はリジュワナの念に、何か誘導尋問的なものを感じ取った。
<でもリジュワナ。クザラル人の医者が私の事診たってさ。どうせ分かりっこないんだよ。結局、それは戦争に負けた事の「喪失感」だ、とか適当な事言われるだけだと思うんだよね。>
<宏子。その答えを受け入れたくないのは、本当によく分かるのよ。でもね…論理的に説明を求めるなら、それ位しか考えられないじゃない。>
<いや…リジュワナ、待って。だって、私のこの心はね、緑色生命体の心なんだよ。緑色生命体としての心が、誰かがいないって言ってるんであって…だから、クザラル人とか地球人の医者が診たってしょうがない訳。奴等は私の体なんか、理解出来ないんだから。>
<宏子。…はっきり言うけど、その、「自分が緑色生命体だ」っていうあなたの言葉も、あなたがこっちに帰ってきてから突然言い出しているだけで、その発言の裏づけはどこにも無い状態なのよ。30a0達にDNAの検査をしてもらったけど、あなたは完璧な地球人だ、って、一昨日の報告聞いたわよね?>
<05だってサクコブだって、本気で偽装した緑色生命体を見破る事なんか出来ないんだよ。>
<そうかもしれない。…だけど、私には、あなたが精神的に疲れていて、何かの思い込みに捕われてしまっている、って考える方が、幾分か論理的に思えるわ。>
ちょっと苛立ち気味にそこまで念じて、リジュワナは少し、自分の念にたじろいだみたいだった。
<…ごめんなさい、言い方が悪いのは分かってるわ。でも、>
<良いよ。気にしてない。…プオやモニクだったら、多分遠慮が入ってそこまでは私に言えないだろうし。…リジュワナのそういう所は好きだよ。>
<…>
リジュワナは気まずそうに眉を寄せている。
<でもリジュワナ。私が思うに…病院まで行く必要は、もう無いと思うんだ。>
<どうして?>
<その「喪失感」はね、毎日、どんどん弱くなってる。今はまだ、自分の頭で必死にその事を感じ取ろうとして、何とかその存在が分かってるって感じなんだけど…>
でも今朝なんかも、もうそれは、本当に微かな感覚になっていた。机にあるメモを頼りに意識的に思い出そうとして、何とか「気づき」直したような状態だったんだ。
<…そんな弱い感情が、何で気になるのよ。>
<だから、最初は結構強かったんだ、って。でもどんどん弱くなってきて…心ももちろん、そう思ってた、って記憶もね。このままだともう…明日か明後日位には私、この事を何にも考えなくなるような気が、凄くして…>
<悩みが一つ減るんだったら、良い事じゃない。>
<そうかもしれないけど…でも、もし本当に誰かがいないんだとしたらどうするの!? 誰か、自分に大切な人がいないんだとしたら!>
<もう…良いじゃない、一人やニ人。>
<リジュワナ…?>
<私達全員、家族もいないし、故郷の友人もいないわ。ここにいる一握りの仲間以外は、全員…何十億人の人間が、もう全員いないのよ。今更一人や二人、なんだっていうのよ。>
<それは、そうだけど…でも、少ないからこそ、一人や二人が大事なんじゃ…>
<少ないんじゃないわ、宏子。いないの。私達は絶滅よ。>
<…>
確かにそれはそうだ。もう地球人は、どうあがいても助からない。全部、終わった事なんだ。
そんな状況で、一人や二人の人間がいなくたって、それはリジュワナにとっては大した事じゃない、っていうのは当然だろう。

でも、その一人は多分、私にとっては大事な人なのに。

リジュワナは…どうして私を助けてくれないのか?
確かに彼女は一見、冷たい。私を嫌っているような態度をとる事もしょっちゅうだ。でも、それは基本的にスタイルの問題であって、彼女の本質はそれとは全然違う所にあるのは、この一年半で充分分かっている。その彼女が、どうしてここまで私に非協力的なのだろう。
リジュワナだけじゃない。モニクもプオもだ。二人とも、結局私の言う事をまるで信じなかった。…確かに、私の言う事が意味不明だからだ、って言えばその通りなんだけど…いつもの二人なら、それでも私が頑張れば、こっちでも調べてみる位の事は、嘘でも言ってくれていると思うんだけど…。
<宏子。私達はこれからは、クザラル人として生きていくしかないわ。…その為には、彼等に溶け込む為の勉強をしたいのよ。>
そう言うとリジュワナは、腕端末のバーチャルディスプレイをつけ、「こっから出てけ」と無言でアピールしだした。
私は立ち上がり、無言で部屋を歩き出す。
<…宏子。>
呼び止める念が頭に響く。私は振り返らず、そのまま立ち止まった。
<皆、あなたの事を大事に思っているわ。それは分かって。>
<…うん…。>
だからそれは、言われるまでもないよ、リジュワナ。
問題はさ、それなのに何で皆して、私の言う事を信じないのか、って事であってさ。
私は自分の心の中でひとしきり悪態をついてから、静かに居間を出ていった。


私が人影に気づいたのは、設定プログラムを入力し終えたあたりでだった。
<何だ? お前が宇宙船に一人でいるなんて、珍しいじゃないか。どこか旅行にでも行くつもりか?>
ドアから顔を出してきたのはプオだった。私はそのままドアを閉めて、奴の首をブチ切ってやるべきかやや悩んだが、この場が汚くなるのも嫌なので代わりにため息だけついてみせた。
プオはいつもどおり、いかにも何にも考えて無さそうなのんきな顔でニタボケーッ、とこっちを見ている。(そして本当に何にも考えていない。)
私はタッチパネルから手を離し、事務的に答える。
<…点検していたの。時々こうやって見てやらないと、ま一応、貸してくれたシユマにも悪いじゃん?>
<殊勝な心がけだな。>
プオは船内に入って、画面を見る。
<これは何だ、テストプランか何かか?>
<テストプランだよ。…って言っても、バーチャルシミュレーションだけどね。>
<それはそうだろうな。地球への飛行プランなんて、現実にやろうとすれば正気の沙汰じゃない。太陽系に着く前にどこかでサクコブにやられているだろうしな。>
画面の星図を見ながら、プオがすまし顔で頷いた。
<まあね。>
<…>
<…>
<ん? やらないのか、シミュレーション。>
<…やるよ。もちろん。>
<そうか。…ん、やるんだよな? 何で俺の方を見てるんだ?>
<別に。…でも、あんたの用は何なのかな、って思って。今日はFZhKの支庁だかに行ってるはずじゃなかったの?>
<まあそうなんだが、何となく気乗りがしなくてな。たまにはこうやって、宏子が船の点検をするところを眺めたりするのも、EIM副代表としては楽しい事じゃないか。>
<…>
…そんな理屈は無いと思うけど。
<ああ、代表が働いているのに、副代表がそれを見てるだけってのは確かにおかしいよな。それじゃあ俺が変わりにシミュレーションプログラムを操作するとしよう。今ここに表示されているプログラムが…>
<いや、良いよ。あんたも忙しいでしょ、これは私が好きでやってる事なんだから、わざわざ付き合わなくて良いって。…しばらく私も忙しいんで相手できないから、話とかも後にしてくれないかな?>
<サクコブに撃ち落された後で、か? …冗談じゃないぞ。>
今までとは明らかに違うトーンでプオが念じる。私は思わず、プオの顔を見た。
<宏子。急に何をやり出してるんだ? 確かに俺は、しばらく好きにしろとは言ったが、それでお前は、地球に自殺しに行くっていうのか? それはちょっと、好きにし過ぎじゃないか?>
<だからこれは…>
<シミュレーションか。それならここに俺がいても問題は無いな?>
<…無いよ。無いけど、あんたにはFZhKの>
<宏子、いくら俺でも、エウグ語の警告表示位読めるんだぞ。>
<…>
<…>
私はプオから視線をそらした。
ムカツク…。
そういう、真剣な目、ズルいって…。
<宏子、>
<私だって…別に死にたい訳じゃ、ない。>
<俺もそうだ。今まで色々お前に散々馬鹿にされ続けて、少なからず恨みつらみはあるが、それでもお前に死んでほしいとまでは思ってない。だから、死ぬな。…良いか宏子、今すぐこの船を下りるんだ。>
<で…でもね、プオ…もう、忘れそうなのよ。私の心が、自分自身に発してる警告…この世界はおかしい、誰かが足りないっていう危機感は…もう、物凄く微かになっちゃってて、私自身、本当にそんな気持ちがあったのかどうかももう定かじゃなくなっちゃってる。多分明日はもう私、全く思い出さないか、思い出しても「気のせいだ」、で終わっちゃうと思う。今日行かなかったらもう、この気持ちが何なのかはもう、永久に分からなくなっちゃう。>
<そんな気持ちは無い! 全部お前の思い込みだ!>
<だから、何でそう言いきれるのよっ!>
<だって、それ以外考えられないじゃないか! 大体何でそれで、地球に行かなきゃいけない?>
<その人は、私の昔からの知り合いのはずだから…だとすれば、その人の手がかりは地球の…春日部に、あるはず、だから…>
<春日部はかなり前から、サクコブに徹底的に破壊されてるじゃないか。もう地球人の建物も、地球人自身も、何も残ってないんだぞ?>
<でも!…他に手がかりになる場所がどこにあるの!?>
私はプオの手をとる。
<ねえ、プオ、お願い。…私の事を、ちょっとでも、大切に思ってくれているんだったら、…ここは見逃して。行きたいの。今を逃したらもう、私は一生この事を思い出せない。私の大事な人は…もう二度と、私は会えなくなっちゃう。>
<嫌だ。誰が行かせるか。…お前にとって誰が大事なのかなんかは知った事じゃないが、俺にとってお前は大事なんだ。…一番、大事なんだよ。そんな奴が自殺に行くって言って、はいそうですかって行かせる奴がどこにいる!>
<死ぬなんて決まってないじゃん! 緑色生命体が、前みたく、私の事を守ってくれるかもしれない。>
<そうじゃない可能性の方が高い。あいつらの気まぐれさはお前だって良く知ってるだろう。なあ、宏子、お前にとって、俺や、リジュワナやモニクは、大事な人間じゃないのか? お前までいなくなったら…俺達は一体どうすれば良い。>
<それは…確かに大事だよ。皆、凄くね。でも…そんな言い方、卑怯だよ。どうして分かってくれないのかな。これは、凄く大事な事なんだよ。この世界はおかしいの! 何かが、絶対に間違ってるの!>
<おかしかろうが、間違っていようがそんなの知った事か! 今、お前は生きてる、それが一番大事な事だろ!? 何で自分の命を大事にしないんだよ!>
<それは…だって…>
違う。私は頭を振る。
プオは、とてもうまく私の感情を揺さぶっている。でも何で? …いや、確かに常識で考えれば、今の状況で、古いクザラル船一隻で地球に行くなんて自殺行為だ、っていうのは私ももちろん分かってる。でも…今の私には、地球しか手がかりが残されていないって、これだけ言ってるのに。何で分かってくれないんだろう。
…それとも、やっぱり…私が、どこかおかしいのかもしれないけど…。
だとすれば、日に日にそれが薄くなるのは何でなんだ?

私は瞬きをした。
<ごめん!>
ボンッ。
「があっ」
私は0.5秒もかけずに、無増幅で干渉弾を放つ。プオの胸に当たったその光のボールは小さいけど、ふいをつかれたプオを通路からドアの向こうまで押し返すには充分な勢いがあった。
ピピッ。
私はすぐにドアを閉めるスイッチを押す。プオは慌てて、その閉まるドアの隙間をすりぬけようとする。
私はそこを狙って、今度はイハッジャを構えて干渉弾を連射した。プオは押されて、こっちに中々入ってこれない。
ボンッ。ボンボン、ボンボンボンッ。
ドアが閉まる。外に追い出されたプオが、自分のイハッジャを構えているのが窓越しに見える。多分、攻撃弾でドアを壊すつもりなのだろう。私はパネルを急いで操作した。
オディソオヌカの補助エンジンが作動し、翼の下の送風口から熱風が出る。船内の通路側からプオの様子は見えないが、多分慌てて船体から離れている事だろう。そうじゃなければ全身プラズマ火傷だ。
船体は旋回しつつふわりと浮かび上がる。船体全体を包む光が徐々に輝きを増していく。
私の船は、ロロカカーセドゥシの地表を離陸し、地球方向に進路をとって加速しだした。


ディスプレイの電子音が鳴り、私は画面に目を向ける。
現在、緑色にうずまく曲照律空間を航行中。まだ、ルートの半分も消化していないはずだ。
「…何?」
画面上でサクコブ船を示す四角形が点滅している。どうやら、同じ照律の空間内に入ってきたようだ。
「…」
私はビュー画面を拡大した。私の船の後ろから、確かにサクコブ船がこっちに迫ってきている。それも2隻。
「当然照射機は使用可能状態…魔力反応は…MK36万…どういう装置つかってんだよ、あっちは…」
船はどんどんこっちに近づいてきている。画面には新たな表示。
[通信:後方のサクコブ船(B)から映像通信です。受信しますか?]
「したくない。」
そう言いながら、私は「はい」をタッチした。新しいウインドウが現れる。
「こちらは南コプボエ防衛軍所属トトフェデチャス号。あなたの船は現在、南コプボエ領域内を無断で侵犯中です。直ちに領域圏外に引き返してください。」
性能の良いイヤホンのお陰で、「モンスター」の言うブズブズ音が、即座に綺麗な日本語に変換されて聞こえてくる。私は画面に笑いかける。
「あ、すいませんね、気づかなくって。…じゃあ聞きたいんだけど、ここから地球へ行くルートっていうと、この領域を侵犯しないで行くにはどうすれば良いのかな?」
「…」
画面のサクコブは一瞬戸惑ったように舌を揺らせてから、頭部をクルックルッと振る。地球人みたく。
「地球、現在で言うガゲジバ星は、新ジェビチャ領域の中央部に位置します。どの方向から行くにしても新ジェビチャ領域を通りますし、もちろんガゲジバ星自体も新ジェビチャ領域です。あなたの船の船籍がHNKである以上、これ以上の領域侵犯、及びガゲジバ星への接近は休戦協定の破棄とみなします。今から2チュチャクズ以内に方向を逆転させなければ、自衛の為攻撃を開始します。」
「そう言うけど、戦闘の余波で曲照律空間が万が一壊れたら、あんた達まで巻き添えになっちゃうよ。」
「自衛の為にはそれもやむを得ません。…後1チュチャクズ。」
「…」
私は画面のサクコブを見る。ほぼ間違いなく、彼等、もとい彼女達は、私と心中するつもりだ。
私はパネルを操作した。
パネルの電子音と共に、ビュースクリーンのメインビューがくるりと半回転する。かすかに横揺れする船体。
「…」
「ご協力感謝します。」
ピピ。
サクコブが言うのと同時に、私は船を急スピードでバックさせた。
「え…?」
モニク謹製の照射プログラムを作動させる。サクコブ船の最新式防御膜の、一番出力の弱い部分を集中攻撃させて、膜を消失させる自動プログラムだ。
「何故です? あなたに、勝てる見込みがあるのですか?」
画面のサクコブがうるさいが、今はディスプレイを消す一秒が惜しい。私は素早くパネルを操作してから、自分の両手を隣の増幅装置インターフェイス上に置いた。
両目を閉じる。自分の中の気律の充実が感じられるのと同じテンポで、インジケーターの電子音のピッチが上がっていく。
「…」
ピー、という電子音と共に、自分の力が少しだけ抜けるのが感じられる。火照った体の体温が奪われるような、少しだけ胸っていうか、息が重くなるような、そんな感覚だ。
何も音は聞こえない。だけど次の瞬間、ビュースクリーンの隅っこに、赤い火柱が上がるのが見えた。
「たかだか地球人一人にやられるとは、なっさけない事で。」
呟きながら私は状況を確認する。残るサクコブ船は1隻。増えてはいない。ただしこちらに向かって急接近している。そうでなくても既に向こうの射程距離内だ。
ガタ、バンッ。
天井が急に、音を鳴らした。どうやら船体のどこかに、向こうの照射線が命中したようだ。それで気圧がおかしくなっているんだろう。
「って、もうこっちの防御膜が消えちゃったって事?」
もう一度画面を見る。
[防御膜強度:0MK(0.00%)]
「あー、もう。」
パネルを操作しかけ、私は画面の別の場所を見直した。
「あ、もう曲照律空間の安定性が6割切ってる…」
確か…この辺シユマの講義は寝てたからよく覚えてないけど、7割か6割位を切ると、曲照律空間は中身ごと、それこそ巨大な攻撃弾のごとく消滅してしまうはずだ。
つまり地球側かJVK側、どっち側からの出入り口から出て行かないとかなりマズい。ここに割り込んできたサクコブ船みたく、途中から壁を突き破る方法もあるけど、かなりの増幅力がいるうえ、それこそ空間の安定性にとんでもなく悪影響…だったはずだ。
しかも素晴らしい事に、今私がいる空間は、この細長いトンネルの丁度中間地点だったりする。どっちの出口に逃げて行くにしろ、時間が足りない。
「って、迷ってる暇なんかないか。」
私は地球の方向に船を急旋回させて、余剰出力を全てエンジンに回した。ここで戦闘なんてする余裕ないし、向こうも今はそんな暇は、
「ぐっ」
船がガクン、ガクンと揺れる。どうやら向こうは、まだまだやる気のようだ。
忘れていたけど、あいつらサクコブなんだ。自分達が死んででも、私を止めるつもりらしい。人間から見れば、ちょっと、命を軽く見すぎだ。
…ってそれは、私の言えた台詞じゃないのか。
ビーッ。ビーッ。ビーッ。
ここで向こうの船に、構ってはいられない。っていうか、それだけの出力は既にこっちには残ってない。さっきの一機を落とすだけで、船の出力の8割、私の魔力の多分7割位(体感)を既に使った。それも奇襲であって、今の船に反撃する効果的なプログラムは、残念ながらこっちには残っていない。そもそもそういう事をする時間が無い。
また、どこかに照射線を受けたか。あるいは小さ目の攻撃弾か。ついにこっちの船内の非常警報が鳴り出した。つまり、もうすぐぶっ壊れるから、今すぐこの船を脱出しろ、っていうコンピューターの命令だ。ちなみにクザラルの小型船の常として、このオディソオヌカに、脱出用のパラシュート等は装備されていない。もちろんあっても意味無いけど。
後方を映すビュースクリーンには、照射線を乱射しているサクコブ船。…あ、例の青い波まで出しちゃって。
ピイイイイイイッ…!
多分空気漏れの音なんだろう、笛付きのやかんが沸騰しているような音が後ろの方から聞こえてくる。警報と相まってうるさいったらありゃしない。
「こんなところでまだ、撃ち落される訳には…」
私はバーチャルディスプレイの表示を見て、息を止めた。
[曲照律空間 安定度:56.34% ↓]
「…」
私はビュースクリーンを見上げる。

緑や青の入り混じった空間が、何だかどんどんこっちに近づいてきているような気がする。
…いや、この船自体がその空間の中にいるんだから近づくっていうのはおかしいんだけど、…つまり、この空間の境目がこっちに近づいているんだろうか。止まった白い線になっているはずの周囲の星々が、どんどん形を変えて、グニャグニャの曲線になっていく。
「あ、ちょ、ちょっと!」
私は思わず、椅子から立ち上がった。
その曲線で表現される境目のようなものは加速度をつけてこっちに近づいてくる。曲線の白い光が迫ってくる。
ピイイイイイイイイイイイイイイッ…!
やかんの沸騰するような音がうるさい。それが勢いを増すのと同調するように、空間の境界に船が突っ込んでいく。ただしくは、境界が船に突っ込んでいく。白い光が眩しい。

そして、光で何も見えなくなった頃、ドン、っていう衝撃で、私は床にコケた。


 

その直前に腕を引かれていたので、宏子が地面に尻餅をつく事は無かった。
バサバサバサ…!!
「おお、おっとと。」
背後で聞こえる多数の羽音に、背中をビク、とさせながら彼女は立ち上がる。
「危ないよ、ひーこ。」
美耶が保護者のようなしかめっつらで、宏子に言った。
「うん。今朝は私ぼーっと…」
宏子は言いかけて、息を止めた。
「…」
顔を上げる。宏子は周囲の景色をせわしなく見回す。
「グラウンド…鉄棒…ネットフェンス…鳩…校舎……北高だ。」
彼女は自分の服と、自分が左手に持っている物を確認する。
「制服に、鞄…」
「イメージを借りてるんだよ。」
美耶が宏子に笑いかける。
「分かるよね。ここが本物の春日部なのか、っていうのは…」
「そりゃまあ…」
宏子はまだ、周囲を見回している。
暖かな日差しも、グラウンドの砂埃も、その向こうの田んぼから漂う草の匂いも、どれも間違いなく春日部北高校だ。
「ひーこ。久しぶりの春日部へ、ようこそ、だね。」
「うん…そうだね。でも春日部なんて、もうどうでも良い。…良くはないけど、本物の春日部がどうなっちゃってるのかは知ってるから。…それよりも美耶。…美耶だよ。私が探してたのはあんただった。」
「うん。…でも申し訳ないけど、私は本物の幸田美耶じゃない。」
「そう。…そう、そうだね。本物の幸田美耶は、確かもう死んだはず。だけど私が探しているのが彼女だったから、あんた達がその格好で現れて来た、って事なんだ。」
難しい表情で、宏子は何度も頷く。
「それに結局、この人格とひーこしか、私達はよく知らないしね。」
「…でも、前アリーザの真似を…」
「うん、それは私達全員でなら可能だけど、私達だけって言うと美耶とかひーこ位しか」
「ちょっと、待って、待って、まだ私ちゃんと思い出してないんだから。順序だてて説明してよ。」
「…ふう。」
美耶は息をつく。
宏子同様制服姿の彼女は、校庭隅の芝生の丘に腰を下ろし、微笑んだ。
「ひーこが幸田美耶を探したのは、彼女がひーこにとって、色んな意味で大切な人だから、だよね。じゃあ何でそんな人をひーこが忘れてた、忘れさせられてたのか、っていうと、幸田美耶に関する記憶は、この世界を矛盾なく存在させるには余りに無理がありすぎたから、なんだよ。」
「この世界、って…」
「さっきまでひーこがいた世界。あの世界が正しい世界じゃない、っていうのは分かってるよね。」
「何となく、は…」
宏子は美耶の隣に腰を下ろしながら頷く。
「うん。ひーこがさっきまでいた幸田美耶のいない世界は、緑色生命体がひーこに見せていた「夢」なの。…ちなみに、今のこの世界もやっぱり「夢」だったりするんだけど。」
宏子は眉を寄せる。
「夢…どこから? どの部分から現実で、どの部分から夢?」
「本物のひーこは今、緑色生命体母星で寝てる。連合やHYIやサクコブが連携して、星を緑色生命体ごと、時間逆行させようとしているみたい。」
「それじゃ…10日位前から…」
「ありがたい事に、実際にはまだ10分だけどね。早くこっちに帰ってきて…っていうか、目を覚まして。」
「ちょっと待って。もうちょっと説明してよ。今、まだ私達は緑色生命体と戦ってる訳だよね。」
「私達「も」緑色生命体なんだけどね。」
頷く美耶。
「それで、何で私は夢を見てた、っつうか、奴等は何で私に夢を見せてたの。」
「記憶を見たい以上、まだひーこの意識を殺す訳にはいかないんだけど、かといってひーこに自由に行動されても困るからだよ。だから寝てもらうしかなかったんだね。」
「でも…私が自由に行動した所で、」
「大した意味はない? とんでもない。ひーこがいる事で私達は、緑色生命体も自由な意見が持てるんだ、って事を知ったんだよ。生まれて初めて、ね。でも今こうやってひーこの自由が奪われていると、私達の一部は「なんだ、やっぱり好き勝手には出来ないのか」ってなって離れてっちゃう。そうすると、私達の力はどんどん弱くなっちゃうんだ。だからひーこがいてくれないと、私達は彼等を押さえる事が出来ない。」
「…」
「私達だけじゃない。サクコブも、HYIも、05も、パフタオチトゥも、HNKも、EIMも、皆ひーこの事を信じてここに来て戦ってる。ひーこが私達に託したメッセージが、届いているんだよ。サクコブ領域にも、クザラル領域にも、地球の生き残りにも、ね。」
「…」
宏子は頷く。彼女は立ち上がる。
「でも、流石にあいつらは強いね。もう少しで起きないまま、ずっと夢を見続けるとこだったよ。それを、あんたらが助けに来てくれたんだね。」
「うん。でも、ひーこが一生懸命になって、なりふり構わず幸田美耶を探してくれたから、だよ。私達緑色生命体って、相変わらず地球人の無謀で突拍子も無い行動には対処しきれないから、それでああやって、さっきの世界が壊れちゃって、その隙をついて、こっちにつれてくる事が出来た。」
立ち上がる美耶。二人は微笑み会う。
「ほら、私って結構義理がたいじゃん? 友情に厚い、っていうかさ。」
「そうだね。」
美耶は芝生の上の鳩を見る。
「じゃあ、今度は「私」を助けてもらえるかな、ひーこ。…もう私もひーこの友達、で良いよね?」
「まあ、良いけど。お返しに期待しとくよ。」


美耶は笑いながら頷いた。
「ねえ、ひーこ。私達は思うんだけど、魔法少女が持てる一番の魔法っていうのは、皆の力を、一つに合わせられる才能の事だ、と思うんだよね。皆が力を合わせると、それこそ魔法のように、力…魔力とか、技術とか、知性とかね、が飛躍的に上昇するじゃない。クザラル人が尊敬する「魔法少女」っていうのは、まさにその事を象徴させて言ってるんじゃないかな。」
美耶は宏子の顔を見る。
「皆がその人を好きで、その人の事なら信じられる、っていう人。…その意味で、ひーこは、地球の誇る…ううん、宇宙の誇る、一番の魔法少女なんじゃないかな。」

「…」
口を開けたまま、宏子は何度か瞬きをして、美耶を見つめる。
「…まあ、多少性格が粗雑で、学力に問題があって、胸が小さかろうとね。」
美耶はすまして付け足した。
「そんな…あんまり大袈裟な事は言わないでよ。まあ私も、出来るだけ力は貸すけどね、新しいお友達に。」
「うん。…ひーこは、相手へのブロックはしないで良いから、とにかく生命体の意識の中で疑問の心を提示するようにして。やり方は分かるよね?」
「分かるような分からないようなだけど…まあ、努力する。」
「うん。」
二人を、また白い光が包み込む。
「私は向こうじゃまだ、人間の姿は作れないと思うから。…頑張って。」
「オーケー。」
光の中に消えていく美耶に頷く宏子。宏子が口を開いた。
「あ、最後に言っておきたいんだけど…」
「何?」
「私こう見えて、最近Bカップになったんだよね。」
「…」
目をぱちぱちさせている美耶が、白い光の向こうに消える。
「…それでもあんまり、自慢するほどのものじゃないと思うよ。」
「やっぱり?」


「…」
宏子は目を開く。彼女の目の前に、砂がある。
彼女は顔を上げる。
「…」
緑の雲の浮かぶ空は、相変わらずめまぐるしい勢いでその模様を変えている。宏子はウインドブレーカーを着ているが、強い風のお陰で、それでもかなり肌寒い。
美耶は、風に吹かれたまま、こちらに背を向け、じっと空を見上げて立っている。
「…」
ゆっくりと宏子は起きて、立ち上がる。しかし砂の音に敏感に気づいた美耶は振り返った。
「…」
美耶は眉を寄せ、息を吸い込む。
「ひーこ。…そんな。」
「いやあ、私ってほら、友達思いな所あるじゃない? 偽者の世界を用意するのは良いけど、そこに美耶がいなかったら私は納得しないに決まってるじゃん。」
「ふうん…私達の中の幸田美耶の心は今、「おいおいおい」ってその台詞に凄く突っ込んでるような気がするけどね。どうも彼女の記憶を分析すると…彼女はひーこの「友達」っていうよりは「ストレス解消の為のおもちゃ」みたいな存在だったように感じられるんだけど。」
「…あのね。本人が言うならともかく、何で第三者のあんたにそんな言い方されなきゃいけないのよ。私と美耶の間には、他の人には分からないような深い心の絆っていうのがあったの。」
「…」
「なーに、その目は。」
涼しい目つきになっていた美耶は、軽く両肩を上げた。
「ああ、別に。じゃあ多分、私達には分からない何かがあったのかもね。ひーこがそう言うんだったら。…どうもやっぱり、人間の感情は私達には扱いかねるね。」
「自分が作ったような存在なんでしょ。何で分からないのよ。」
美耶は再び空を見上げる。
「親っていうのは、子供の気持ちが分からなくて右往左往するものなんだよ。特に反抗期の子供を持った親はね。」
「親を選べない子供も可哀想だと思うけど?」
「…可哀想なのは、親を受け入れる事が出来ないような、子供の意固地な心だと、私は思うな。自分は地球人の偽者なのに、人間ですらないのに、ひたすら地球人の振りをし続けるような子供。そういう事が自分の意志で出来るっていう時点で、地球人じゃない事の何よりの証拠なのにね。」
美耶は右手を自分の目の高さにまで上げる。
「おやすみひーこ。もうしばらく休んでて良いよ。」
パチッ。
美耶が指を鳴らした。光が宏子の目の前に直進してくる。
そして、光は宏子の目の前、10センチほどで、火が燃え尽きるように立ち消えた。
「…え?」
「今の今まで寝てたんだから。もう眠くはないって。」
「何で?」
美耶は自分の右手を見る。美耶は宏子に顔を向け、彼女の顔を凝視する。
「…」
美耶の額に皺がよる。何かの力を宏子に送ろうとしているようだ。
その様子を、宏子は冷たい視線で見る。行動を美耶に束縛されている様子はない。
「…え? そんな…どうして?」
美耶は浮かんでいる雲々を見上げながら言う。どうやら宏子ではなく、周りの生命体に聞いているようだ。
「聞かなくても分かってるでしょうが。」
「…」
美耶は宏子を見て、首を横に振る。
「分からない…。こんな事、 理解出来ない…」
「そう。じゃあこんなのはどう?」
宏子が好戦的な表情で美耶を見る。
「…え、え? え、嘘、嘘でしょ?」
知らない内に、美耶の体にゴム段のゴムが巻き付けられている。ゴムは充分緩いはずだが、美耶はぴっちり腕を胴につけたまま、気をつけの姿勢で動かない。
「ちょ、ちょ…え、…え?」

雷鳴のようなとどろきが、遠くから聞こえた。何かが地表に落ちた音にも聞こえる。緑の雲に切れ間が目立ち、オレンジ色の空に、いくつも黒い穴が見え出した。
ピピ。
宏子の腕端末が鳴る。眉の上がる宏子。
「…はい。」
宏子は端末に触れる。画面が現れ、ややノイズの混じった映像が表示された。
「初めまして。佐藤宏子魔術師ですね。」
サクコブ生命体が、舌をこすりつけ破擦音を立てている。
「は…はい。」
「私はフィキチュアジ本社広報部課長のビコドです。現在の、反緑色生命体多星籍軍を代表してお話します。なお、妨害魔法の解除が長時間出来ない関係上、手短な通信になりますがご了承下さい。」
「はあ…クザラル人も…地球人も、一緒にいるんだよね。」
「もちろんです。本来なら佐藤さんに親しい方が通信出来れば良かったのですが、そういった方々がもう既にこの時空にいませんので。」
「あ…皆、元に戻さないとね。」
「ええ。その為に膨大な魔力が必要です。現在約65万生命体の魔力が、そちらに集中しています。ただしサクコブ星やクザラル共同領域からの伝達に際しては機器の限界がありますので、実質1.7×10の2248乗ケボデ、つまり3.0×10の2247乗クチャシに相当します。これは恐らく、今まで歴史上、サクコブ生命体・クザラル人が使ってきた全ての魔力の値の合計を、一回で上回る数値です。」
「65万…生命体…」
宏子が呟く。


荒涼とした砂漠地帯。鉄骨らしき巨大な建造物が、その大きな口を開けている。
内部では何体ものサクコブ生命体が壁の機械に接続され、羽を揺らしながら、体を青くぼう、と光らせている。


茶色や薄緑の、やや尖ったしっくい作りの建物が立ち並ぶ街。寺院か教会のようなホールの中で、正装をした褐色のクザラル人達が数人、大きな投影石を取り囲むようにして、立っている。彼等はステッキを持ち、発光石に向かい、まるで祈りを捧げるようにして光を放つ。


宇宙空間。黒い数籍の円盤が恒星の光を反射する。
やや狭い船の内部では、複数の05生命体が、それぞれの頭部を取り囲んで表示された無数のバーチャルディスプレイを前に、しきりに頭部を振っている。


埃に汚れたテントが、風にはためく乾燥地帯。やや小さめの据え置き型魔力増幅装置を前に、四人の地球人の子供達が、真剣な表情で右手を増幅装置の投影石の上に置いている。


「恐らくこの値が限界です。ですが、現在のそちらの増幅ではまだ、この星全体を安定してマイナス時空移動させるだけの出力には足らないのです。」
「じゃあ…」
画面のサクコブ生命体は、羽を軽く上げた。
「後少しです。そちらでもう少しだけ、増幅の倍率を上げていただければ、恐らく出来ます。味方の緑色生命体の力が、合計で後23%増えれば、」
「分かった、やってみる。」
「…幸運を。」
画面に頷く宏子。ノイズに押し流されるように、バーチャルディスプレイの表示が消える。
「…」
宏子は美耶に歩み寄る。
美耶は怯えた顔で首を振る。まだ彼女は、ゴムひもに縛られたまま動けない。
「やめて、近づかないで! これ以上ひーこに近寄られると…」
「…何?」
「…痛い、頭が痛い。…体のあちこちが痛くなるんだよ。気持ち悪くて…」
「ごめんね…もうちょっと私の力が強ければ、多分苦しむ事も無かったんだろうけど。」
「私を…どうしようって、いうの…」
「どうもしない。こっちは殺そうとも、傷つけようともしてない。ただ数日前の世界に、あんた達を戻そうとしてるだけじゃん。あんたが無理に抵抗してるから、気持ち悪くなっちゃってるんでしょ。」
砂嵐が酷い。周囲は既に、砂浜と言うよりは、砂漠という言葉が似合うような環境で、宏子達の前や後ろに砂の丘陵が出来上がりだしている。
「ひーこ…地球人、サクコブ生命体、05生命体、クザラル人…皆おかしいよ…皆、私達の子供なのに…どうして皆、親不孝なの?」
「…」
宏子は答えずに、じっと美耶の左足を見ている。
美耶は息をのみ、素早く自分の足に目を向けた。
「あ…」
美耶の左足の一部が、緑色にうずまいて周囲の空気と溶け出している。
「な…ひーこ、聞いて。私達の話を聞いて。」
「もう充分、あんた達の話は聞いたと思うけど。」
「聞いてないよ。ひーこ。ひーこは一番大事な部分をまだ、聞いてない。こっちが説明しようとしたのに、ひーこいつも邪魔をして、肝心な所をこっちに話させてくれなかった。」

美耶は首を振る。美耶の呼吸は、心なしか荒くなってきているようだ。
「ひーこ…話させて。私達はね、確かに、見方によっては、クザラル人やサクコブや地球人を利用してきたのかもしれない。でもどうして、そこまでして私達が魔法の発展を望んだのか、その理由をひーこはまだ、全然聞いていないじゃない。」
「…」
宏子は細い視線で、鼻息をつく。
「自分達が強くなりたかったからでしょう? 強力な魔法を自分達のものにして、他の種族を自分達の思うがままに操りたかった。違う?」
「違う。違うよ。そんなんじゃないんだよ。」
体が動けないながら、美耶は強く首を振った。
「…」
「私達がこういう事をしているのは、生き残る為に、仕方無くなんだよ。」
「…はあ?」
「ひーこ達と同じなんだよ。…ひーこ、ひーこは何度も、「昔話」を聞かされた事があったでしょ、夢の中で。」
「夢…夢って、あんた達が出てくる奴? 私の親のふりをして。」
「ふりって言うか、実際親だしね。」
美耶は頷く。
「あの昔話の内容を、もう一度思い出して。」
宏子は眉をよせた。
「思い出して、って…ええと、「私達」が戦ってるんだよね。生き残るために。」
「うん。でも戦況は芳しくなかった。」
「そう。…ずっと負けてたんでしょ? で、ずーっと逃げてて、最後にどっか、青い星に辿り着いたんだったっけ。まあ常識的に考えれば地球なんだろうけど。」
「そうだよ。そこで私達は、最後の希望を見つけた。」
「…」
「…」
「いや、だから。…それってどういう意味よ? 戦ってる相手って、誰なの? それに私達って? 誰が「私達」なのよ?」
「私達は、私達だよ。それはひーこにとっては地球人でもあるし、クザラル人やサクコブでもあるし、そしてもちろん、私達緑色生命体でもある。」
「…あのさあ、クイズやってる訳じゃないんだから、もうちょっと分かりやすく説明してくれない?」
「この一年、地球人は、生き残る為に一生懸命戦ってきた。その相手は最初はモンスターで、その後はクザラル人だった。クザラル人はクザラル人で、自分達の生存の為に、サクコブと戦い続けてきた。それはそっくりそのままサクコブ生命体にも当てはまるよね。そして私達も私達で、自分達の敵と戦ってきたんだよ。」
「それって、誰よ。」
「ひーこ達は知らない種族だよ。…うーん、日本語で発音すれば、ヘトリプシーン、っていう辺りが一番近いと思うけどね。私達よりよっぽど魔力の強い種族だったんだ。」
「…」
美耶の前髪が、風で激しく揺れている。
「彼等はとても冷酷で、強く、そして知的な種族だった。ラル人に最初に魔法を教えたのは確かに私達だったけど、私達が魔法を学んだのは…ううん、盗み出したのは、彼等からだったんだよ。魔法って言うのは…要は、彼等にとっては簡単な原理、でも私達にとっては、科学的な理屈すら分からないような、そんな私達にとってのオーバーテクノロジーの事を言っているんだよ。」
「…」
宏子は目を細め、美耶を見続けている。
「そんなだから、私達も最初は魔法なんて下手も下手、今の地球人よりも使えない位だった。だけどねひーこ、それでも私達は、何としてでも彼等からその技術を盗んで、彼等に対抗する必要があったんだ。…そうしなかったら、私達は今頃、こうやって存在する事は出来ていなかっただろうね。」
「何で…そんなのと戦争なんかになったの?」
「さあ。彼等にとってみれば、それこそ近寄ってくる蝿を手で払う位の感覚でしかなかったのかもしれないし。あるいはもしかしたら、彼等も理由は分からないのかもしれないね。また別の種族が、私達両方を、操っていただけなのかもしれない。私達が、クザラルとサクコブを戦わせていたのと同じように。」
美耶は自嘲気味に笑う。
「…でもさ…それって、昔話なんでしょ? つまり、戦争は終わったって事なんじゃないの?」
「どうだろうね。戦闘は休止してるけど、それは私達が、銀河のはじにまでほうほうの体で逃げてきたからなんだよね。」
「…」
「この辺りまで来れば、彼等もしばらくは追ってこない。でもまたいつ彼等が襲ってくるかは、誰にも分からない事なんだよ。それに備えようと思った私達は、この地域で自分達の魔力を向上させる事にした。そしてこの周辺で、ラルや地球といった、魅力的な星々に出会ったんだ。そしてここで生まれたひーこは、私達の、最後の希望だった。」
「…」
「分かったでしょ、ひーこ。私達にとっての昔話も、地球人にとっての昔話も、要は同じなんだよ。だって地球人は、私達の子供なんだから。」
「それは、…違うでしょ。勝手に…あんた達が、話をこじつけてるだけじゃない。地球人の運命は地球人が決める。あんた達の子守り話に無理に合わせる筋合いなんか、無い。」
緑の雲は、ずいぶん数が少なくなっている。オレンジの空も侵食されるように小さくなり、今は空のかなりの部分が真っ黒に染まっている。
宏子から数メートル離れた美耶。二人の間を、白い砂が絶え間なく吹きすさぶ。
美耶はじっと、宏子を見詰める。
「それで良いの、本当に? ヘトリプシーンがいつこっちにやって来るか、分からないんだよ? ずっと言ってるよね、私達はあなた達を守ってきた、って。私達の保護があったから、地球やクザラルやサクコブの文化はここまで育ってきたし、魔法もそれぞれの星で生まれた。でも今だって、皆の力は、彼等に比べたら比較にならない位弱いんだよ。一秒もかからないで、全部の星が征服されて、全員死んじゃうよ。それでも本当にひーこは良いの?」
「じゃあ、聞くけど…あんた達の「保護」の下に入れば、そのヘトリプシーンっていうのが来ても平気なの?」
「今はまだ、そこまでの保証は出来ない。でも、私達がいなければ、地球人やクザラル人やサクコブが、いざという時に一たまりもないって事だけは保証出来るよ。」
「…」
宏子は美耶を見る。
改めて見ると、既に美耶の体は左手も右足も殆ど消え、胴体も所々、半透明に透けだしている。
「それなら聞くけど…私達とあんた達で、普通に協力し合う、っていうような選択肢は無いの? その、緑色生命体が上に立って保護する、みたいなんじゃなくてさ。」
「それは無理だよ。ひーこ、私達だから、ここまで魔法を育てる事が出来た。そういう時に一々子供の意見を聞いていたら、進む話も進まなくなっちゃう。」
「そう。…それなら、話はここまでだね。」
「ひーこ!!」
「あのねえ、緑色生命体さん。子供はいつか、巣立つもんなんだよ。あんた達にとっては、確かにまだまだ私達は、特に地球人なんかは、幼いし、見ているだけで危なっかしいような存在なのかもしれない。でも、それでも私達は、自分の運命は、私達で決めたい。いくらあんた達が神様だろうが、いくらあんた達が頭が良かろうが、そんな事は関係無い。」
「そうだよ、そんな事は関係無い。問題はいつ、私達の敵が襲ってくるか分からない事なんだよ! ひーこ、良く考えて。言いたくないけど、ひーこはHYIに抵抗しようとした時と、同じ過ちを今犯そうとしている。それでひーこは自己満足の正義感を満たせるのかもしれない、でもその為に、また何人もの命が失われたら、ひーこはどう責任をとるつもりなの?」
「いい加減にしなよ…皆が死んだのは全部、あんた達のせいでしょうがっ! 偽善者ぶんなっ! あんた達が全部、悪いんじゃないかっ!」
宏子が叫ぶ。
二人の立っている場所はいつの間にか、それぞれ小高い砂山の頂上のようになっていた。二人の間には谷が出来ている。今や周囲の砂は、空の緑色の雲と同じ位始終その形を変えるようになっている。
パチン、とゴムひもが切れた。
「…はあ、はあ…」
既に胴体のそこかしこも半透明になりつつある美耶。どうやらひもが切れたのは、ひも自体が一部、空気となって周囲に溶けてしまったからのようだ。
「あんた達だけは…許さない、絶対に…」
宏子の手に、光と共に、どこからともなくステッキが現れた。何度か棒の部分を折り曲げた跡のある、ややよれた感じの白いステッキだ。
<…気律の力を…我の頭上に…>
ステッキを、美耶の向こう、今やまっ黒に染まりつつある空の上に向けて、宏子が念じる。

「…」
もう、普通に目に見える部分が上半身の辺りしか残っていない美耶が、息をのんでその様子を見ている。

「…」
二人の間を何度も砂塵が舞い、視界を遮る。宏子は一旦閉じた目を開いた。
<ウーサ・キュディヌ・ヒオ!>
宏子が念じると同時に、ステッキの投影石が赤く光る。そしてそれに呼応して、闇夜のように暗くなっていた空が、急に明るく輝きだした。
「っ、くっ…」
目を細める美耶。宏子は素早く自分の腕端末を押し、ディスプレイを表示させる。インジケーターの数字は、出力78%を指している。砂嵐はますます激しくなった。
「…」
呼吸の荒い美耶。彼女を、宏子が挑戦的な笑顔で見る。


ありがとう。


「…」
宏子は、美耶の目を見ている。


これでようやく、一息つけるね。


「くっ…はあ、はあっ…」
美耶はもう首の辺りまでが半透明化して、ちゃんと体として残っているのは顔とその周りだけだ。
「…」
宏子は、瞬きをした。
「え…?」
「はあ…はあ…」
「え…何…今の……え…?」
「はあ……はあ…」
「嘘…」
宏子は息をはきだす。
「そんな…」
彼女はステッキを落とし、その場に膝を落とした。
「嘘……嘘…だよね?」
「嘘…何が…? 今から嘘だよ、ってやめてくれるの?」
「美耶…あんた…あんたって…」
宏子は顔を上げ美耶を見る。美耶は瞼を広げた。
「…あ…」
「…美耶…美耶?」
「ちょ、やめて、近づかないで。こっちに来ないでって、さっきひーこに言ったよね。」
「あんた…美耶なの? そんな…そんな訳無いでしょ?」
自分に首を振っている宏子。美耶は笑ってみせる。
「え? 急に何言ってるの、ひーこ。私はどこからどう見たって、正真正銘、幸田美耶そのものじゃない。もっとも、本物だったらこんな風に溶け出したりはしないかもしれないけどね。」
「違う。あんた…」
宏子は息をのみ、美耶の目を凝視しだす。
「あ…やめて。入ってこないで。…やめてひーこ、こっちの心に入ってこないで!」
「…緑色生命体を、説得して、…彼等の代表として、私と自分が話すようにした。…何で?」
「やめてって言ってるでしょひーこ、人の心を勝手に読まないで!」
宏子は自分の頭を押さえながら、ふと画面の表示を見た。出力93%。
「それは…自分が状況をうまく誘導する事で、連合の活路を導き出すため…え? それだけじゃない。」
「やめて…やめてええっ!」
「自分がいる事で…人間やサクコブのような固形生命体の魔力も、うまく増幅させる事が出来る、から……触媒、として…」
「…」
「そうしないと…私や、造反した緑色生命体まで同調して時間逆行させられる事になりかねないから?…そこをうまく、調節しないと、…いけないから…」
「…」
「…」
美耶は目をそらした。既に彼女の全身は、おぼろげな緑色の光でしかなくなっている。そして最後に残った彼女の顔も、徐々にその色が薄くなってきた。


宏子は美耶並に荒い息で、何度も首を振る。
「どうして? 何で…どうして、そんな…」
「…」
「美耶、あんた、何か言いなさいよ! ここ数時間ずっと喋ってて、何で急に黙んのよ! お、かしいじゃん。…お願いだから…何か言ってよ!」
「…」
美耶は視線をそらしたまま、口を開かない。
「お願い…だから…」
宏子の目から水滴がこぼれる。宏子はふと、口を開けた。
「あ…そうだ、やめないと。今すぐ作戦をやめさせないと!」
「ひーこ…やめちゃ駄目だよ。このまま続けないと。」
「な…何でよっ!」
「何で、って、」
向こうの砂山の上の美耶は、肩らしき部分を揺らしながら微笑む。
「それがひーこの望みだし、皆の望みだし、私の望みでもあるんだから。」
「嫌だ、違う。今はもう、私の望みじゃなくなった。」
「ひーこ。私だってね。皆の役に立ちたいんだよ。ひーこ達にはいつも助けてもらってばっかりで、私はいつその借りを返せば良いのか、ずっと、内心コンプレックスだったんだから。」
「だから、これがそうだって言うの? ちょっと待ってよ、私はあんたに生きててほしいんだよ、助ける、って言うのは、そういう事でしょ? それで何で死ぬの? それじゃ恩を仇で返してるようなもんじゃない!」
「ひーこ。私がここで、緑色生命体の一員に帰るのは、もう運命だったんだよ。私はひーこと違って体が弱いから、地球人のままじゃ、どのみちもう長くなかったんだ。」
「でもここで生きる訳じゃ、ないんでしょ。触媒の…コントロールを担当したんでしょ。…したんじゃなくて、今もしてるんでしょ? そうしたらもうあんたの意識は、溶けるとかどうとかの問題じゃなくて、完全に死んじゃうじゃないよ!」
「…ごめんね。」
美耶は穏やかに、両目を閉じた。
「ちょっと! やめようよ、こんな事で死なれても私、嬉しくないよ!」
宏子は立ち上がり叫んだ。宏子は向こうの砂山を見る。いつのまにか二人の距離は十数メートルに離れていた。どう頑張っても、2つの砂山の間を飛び越えられそうにはない。
「最後に一個…憎まれ口を叩いてもいいかな。」
目を開き、美耶が言う。
「…」
「ひーこ。私のほうがね、「緑色生命体のスパイ」としては、完成度が高かったんだからね。だから欠陥品のひーこに、どうこう指図される覚えなんて無いんだよ。」
「…」
美耶は楽しそうに笑う。
「あのねひーこ。確かに、自分の命を軽々しく投げ出したりするのは、何も偉い事じゃないし、間違ってる、って人に言われても仕方が無い事だと思う。それは分かってるよ。でもね、それでも…自分が大好きな、自分にとって、本当に大切だ、っていう人を助けたいって思っちゃった時は…それはもう、しょうがないんじゃないかな。」
「…」
瞬きをする宏子の目から、また水滴が流れ落ちる。美耶は、本当のいつもの美耶の視線で、優しくこちらを見ている。
「ひーこだって、人の事言えないじゃない。夢の中で私を探してくれてたんでしょ? かなり無謀っていうか、無計画な探し方だったけど。」
「…」
「ひーこ。全部、これで良いんだよ。」
風が吹きすさぶ。宏子は首を振る。
「良くない…こんなの良くないよ。美耶、もうやめよう? 今ならまだ」
「ごめんね。…もう間に合わないよ。だってひーこのそのインジケーター、もう99%になってるでしょ。」
「…あ、」


風は更に強くなる。空は更に明るく光り、全ての景色が白の光に染まる。
そして、こちらに向かい微笑んだままの顔は、完全に固体の形状を失って、半透明の緑色の光に溶け込んでいく。


強風が吹いているにも関わらず、緑の光の雲は、まるでその場所に未練があるかのように、なかなかその場から消えない。しかしそれでも雲は、徐々にその色を薄くしていく。


そして、一際強い風が吹いた。


 

大波が船人を襲い、彼等の疲れは頂点に達していました。


 

彼等は長い戦いを続けていました。本当に長い、終わりの無い戦いです。


 

彼等は負け続け、命からがらこの地に逃げ込みました。


 

そしてこの青い星で、彼等は最後の希望を得たのですよ。


 

…それは、ある者にとっては遠い昔。


 

そしてある者にとっては、それはつい今しがた起きた話。


 

「美耶あああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!」
緑の雲は消える。ニ人の立っていた砂山も、風に耐え切れずに崩れ去る。


 

それはとても呆気なく、だからそれは、とても美しい。


 

宏子は、砂の谷の中へと飛ばされ、落ちていく。
そして、光が全てを包み込んだ。


「…只今、報道センターに、新しい情報が入ってまいりました。詳細は不明ですが、対緑色生命体の共同作戦は、成功した模様です。繰り返します。対緑色生命体の共同作戦は、成功した模様です。えー…どうやら、プオラギイックEIM副代表、HYIのジュチャ観察議員、HNKのシユマ支部長等が、合同で何らかの発表をこれから、恐らくアメリカ東部時間の19時に行うのではないかという情報が入ってきています。」
「分かりました、また何か情報が入り次第、お願いし」
「あ、ちょっと待ってください。…ええ、すいません、現在、大変情報が錯綜しているのですが、HNK筋から、次のような情報も入っきています。一部のサクコブは、共同作戦終了後、即時に休戦協定を破棄、連合・HYIへの攻撃を再開したのですが、これは何らかの力で制圧されたようです。緑色生命体のコントロールを得た佐藤魔術師が、サクコブを牽制した事で攻撃がやんだ、という情報もあるのですが、まだ事情の真偽は分かっていません。えー、現在、これらの情報は、全て噂の状態で流れています。はっきりとした事実は、アメリカ東部時間の19時丁度に行われるらしい、共同発表があるまでの間は分からないものと思われます。ここでもう一度、今まで入ってきた情報を整理したいと思います。今から約、45分ほど前…」


宏子は、砂浜に寝転がって、空を眺めていた。

オレンジ色の空は穏やかだ。緑色の雲は相変わらずせわしなく流れているが、先ほどのまでのような異常な動きとは違うという事が、宏子には直感的に感じられる。
砂浜はどこまでも平坦で、風は微かだ。宏子から数メートル先の場所に、宏子の乗ってきた宇宙船が無傷で接地している。
宏子の腕端末が、電子音を上げた。
「…」
宏子は寝転がったまま、端末のスイッチを押す。バーチャルディスプレイはお構いなしに彼女の顔の丁度目の前に表示された。
「…ああ、宏子、無事だったか!」
画面の向こうのプオラギイックは、こちらを見るなり耳を立て、声を上げた。同時に画面の周りから、歓声らしきものが多数聞こえてくる。
「無事に帰ってきたのか、って聞かれるべきなのはあんた達の方でしょ。」
「…まあな。どうやらこの船も最後は、05生命体1体だけしかいなくなる所までいったらしい。…今は見ての通り、俺達で窮屈だ。」
「ダイエットしな…」
ため息混じりに言う宏子。
「ああ、そうだな。」
「何だか少し、そっちで戦闘があったみたいだけど…?」
「サクコブがな。でも、それはもう大丈夫だ。シユマが、実にうまいハッタリのかまし方を見せてくれたよ。今度お前にも、教えてやろう。」
笑うプオラギイック。
「宏子。大成功だ。地球の10億の生き残りは、もう何にも怯える事はない。クザラル人にもサクコブにもな。お前達は今日、ようやく、本当の意味で、独立したんだよ。この宇宙の中で。」
「…じゃあ…ケーキでも買わなきゃ。」
「ああ。これから大宴会だな。」
「…そうなの?」
「そりゃそうだ。ついでに言っておくとな、まあ、お前には余り関係無い話かもしれないが、フィキチュアジがHYIに降伏を宣言したりもしていてな。これから数日以内に和平協定が結ばれるそうだ。」
「え? つまり…」
「ああ。この43クザラル年に及ぶ防衛戦争が、今日、終結したんだよ。」
「そ。…じゃ、まとめて大宴会だね。」
「ああ、大宴会だ。」
頷くプオラギイック。
「…」
「それで。何でお前は、そんなに浮かない顔なんだ?」
「…」
ため息混じりに、宏子は画面に微笑む。
「後で説明する。」
「そうか。待ってろ、今すぐそっちに向かうからな。」
「ん。」
「それじゃあ、」
「プオ、」
「ん?」
プオラギイックが眉を上げる。
「…」
「…」
宏子は口を開きかけ、それからぎこちなく笑った。
「…ありがとね。」
「…」
プオラギイックは笑い、無言で両手上げをする。画面はそれで消える。

「…ふ…」
宏子はそのまま、茫漠とした表情で空を見上げる。
「ふうう…」
宏子は目を閉じる。彼女の眉間に、力が入る。宏子は寝返りをうち、顔を横に向ける。

オレンジの空と緑色の雲は、彼女の上でどこまでも続いていく。
穏やかで、少し暖かな風が、彼女の前髪をゆっくりと揺らし続けていた。


魔法少女佐藤

第26話「緑の星の魔法少女」(後編)



Written by FML (AKA Franken).
Ver. 1.00 on 2003/4/2.

一年間お付き合い頂いて、有難うございました。



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