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Persona
第二話
嘘つき男の一日

友人が女と別れた。
自動車整備工をしている加賀という男だ。中学校の時の同級生で卒業以来全くの疎遠だったが成人式の時に再会し、時々飲みに行く間柄になった。親父から転がり込んできたアストンマーチンを整備しているのはこいつだ。
ここ数年は顔も合わせていなかった親父が死んで莫大な額の遺産を貰ったというと、屈託のない顔で「半分よこせ」と言い、俺が乾いた笑いで断ると「じゃあいいよ」とすねるように言って、それ以来金については口にしなくなった。
日に焼けた肌と細長い顔で会う度に「いい女欲しい」と言っているような気がする。アストンマーチンは半年に一度、決まったように機嫌が悪くなり加賀の世話になる。「こんなの自分で直せよ」と言われることもあるが、俺は機械系は完全に分からない。
男の子なら誰しもメカに憧れる時代があるというが、俺は機械系にはまったことは一度もない。鉄道模型や車のプラモに熱中する友達をよそに他のことばかりしていた。

「結婚して。」
加賀はつきあっていた女にそうせがまれて別れることにしたらしい。
「だって考えらんねぇよ。生活費も払えねぇしさ。俺の年収知ってるか?アストンマーチンを買うのに二年くらいはかかるくらいのもんだぞ。それに結婚っていたって実感沸かなえよ。」
加賀はアストンマーチンのエンジンとにらめっこしたまま捲し立てた。俺は缶コーヒーを飲んでいた。
「おまえどう思う?」
二の矢が飛んできた。
俺は答えに詰まった。
二十代半ばになった同級生の中には結婚している奴も結構いるらしい。連絡を取り合っているわけではないが、俺は第三新東京市を離れたことがないので噂話は耳にする機会が多い。まだ学生をやっていることもあって結婚だのお歳暮だの家庭じみたことには実感がないのだ。俺が日常的に会う人間で結婚しているといえば冬月教授くらいのものだが、教授は奥さんと死別しているのでまともに家庭を構えている人間は皆無だ。
ソクラテスは結婚適齢期は三十八歳だって言っている、当時のギリシャの平均年齢は五十歳前後だから、八十まで生きる現代人の結婚適齢期は六十歳前後になるな、俺は自分でも内容が定かでないことを口走っていた。
「それまでいい女とやりまくって六十の時に、二十前後で最高にいい女と最終的に結婚するんだったらそれでもいいけどな。」
加賀はしばらくエンジンルームに顔を突っ込んだ後、非現実的だが核心をついたことを言った。俺は最初は鼻でその内声に出して笑い出し、加賀も追随して笑った。

「終わったぞ。」
笑い声の余韻が風に飛ばされて消えた頃、加賀はボンネットを閉めてキーを放ってよこした。で、どうだったんだ?俺はだいぶ前に飲み終わっていたコーヒーの缶をゴミ箱代わりの段ボール箱に投げ込むと立ち上がった。
「このくらい自分で調整しろよ。」
修理を頼み始めた頃にはキャブレーターがどうのとか、電気系統のこの部分がと故障個所の説明をしていた加賀だが、俺が完全に聞き流していることに気が付くと文句しか言わなくなった。
いくらだ?俺は財布を取り出した。
「こんなの修理の内にはいらねえよ。サービスだ。」
加賀は軽く手を振った。今度何か奢るよ、俺はほとんど事例みたいな挨拶をしながら車の中に滑り込んだ。
「じゃあ明日。」
加賀が刹那的な人間であることを失念していた。
こいつは一週間以上先のスケジュールを組むことがない。男が五年後のことを考え出すと女は安心し、しばらくすると退屈し、やがては失望して去っていくというが、加賀は将来設計という言葉とは無縁の人間だった。
明日はゼミ室に籠もりっぱなしになると思うから確約はできない、もう少し後にしてくれないか?俺は運転席に座るとドアを開けっ放しにして話しかけた。
「それなら明後日。」
俺は苦笑して頷いた。
何が食いたい?最後にそう言った俺に加賀はスパナでを逆手に持って少し考え込んだ。トントンと肩を叩きながら言葉をひねり出そうとしている。
「鍋焼きうどんとアップルパイ。」
やっぱり変な奴だ。
 
 
 
 

PERSONA : Episode2 Incentive
 
 

冬月教授は留守だった。昨日細胞ごとブルブル震えるようなショックを味わったおかげでいつもにまして作業が遅かった俺は、頼まれていた学術論文を纏めるのに徹夜する羽目になったというのに。
俺宛には伝言が一件あって「論文は今週末までに仕上げて置いて下さい。来週の月曜日に受け取ります。」とあった。冬月教授は誰に対しても馬鹿丁寧な口調で喋る。俺は不満をはぐらかされたような気分になった。
自分の研究にゼミ授業の準備、今年の税金対策の打ち合わせに家の掃除。やるべきことはいくらでもあるのだが、今すぐ手を着けなければならないことは一つもなかった。
今日は終日冬月教授との打ち合わせでつぶれると思っていたのだが、急に空白ができた。理由もなく欠伸が出てくる。
研究室の長椅子で寝ようかと思ったが、止めた。
茶色のカーフで覆われたソファの寝心地が悪いせいではない。昨晩緋色の視線に射抜かれてから身体と心の歯車がズレているような感じで、何も処置をしないまま眠ったら単なるズレが絶壁くらいまで進化するような気がしたからだ。
こんな時に俺が行くところは一つしかない。
俺は鏡を覗き込んで自分の顔色を確認し、頬を軽く叩いてからゼミ室をでた。
 

人工進化研究所は人文学部と医学部の校舎の中間地点、山毛欅と楡の林に囲まれた場所にある。地上二階地下一階、エントランスは吹き抜けの総ガラス張り。外壁は無機質な鉄筋コンクート。
入り口のドアに手を掛けるところまで行けばガラス越しに巨大な抽象画が見える。確かカジミール・マレーヴィッチの画を複写拡大したものだ。
マーレヴィッチは現実とのあらゆる関係性を否定するがために、最も単純な幾何学形態での表現を選び、白いキャンパスの上に白い正方形を描くに至ったとんでもない男だ。人工進化研究所にあるのは、そこまでいってしまってはいないが原色の四角形がいくつも不規則に重ね合わさっている絵だ。
ただし、マレーヴィッチの訳の分からない絵を見るのはある種困難なことだ。具体的な手順を説明すると人文学部と医学部と歯学部と経済学部と法学部と総合政策学部の校舎に面しているメインストリートを第一広場から直進すること150m地点右にある小道を入り鬱蒼と生い茂る木々の間を二分ほど歩き案内板も表札も掲げられていない不気味な建物に入らなければならない。
当然訪れる人間は限られる。機能主義的建築物があの人工進化研究所だと理解していながらも来る人間か、相当間抜けな迷い人、又は何も知らずに犬の散歩に小道を利用している老人などである。

「こんにちわ。」
俺はいつものように入り口脇にいる屈強な警備員に挨拶し、いつものように無視された。ドーベルマンのような目つきでこちらを向くのは彼が挨拶を返している姿だと言うのであるが、俺には理解できない。
よく訓練された軍用犬のような視線。きっと軍隊上がりか警察出身なのだろう。もしそうでなかったとすれば単なる変質者だ。
俺はロビー脇にある階段を逃げ去るように駆け上がると第二実験室とプレートが打たれた部屋の過度を曲がり廊下の突き当たりのドアの前に立った。
「入りなさい。」
俺がポケットから手を出してノックするより先にドアの向こうから声が聞こえてきた。初めてではあるが驚くべき事ではない。彼女が博士の仮面を被っている時の俺はマリオネットに成り下がる。
「新しい魔術でも開発したんですか?」
「入り口のモニターに映ったのを見ただけよ。あなたはモニター前を通過してから平均四十六秒でノックするから。今日は木曜日だしね。」
木曜日に何の意味があるかは分からない。月齢や曜日が行動に影響を及ぼしているとも考えられるが、意味はない確率の方が高い。
俺がスチール製の扉を開けて中に入ると、人工進化研究所所長・赤木リツコ博士はワルツの旋律に乗ったような身のこなしでパイプ椅子を回転させた。
 

赤木リツコ博士は第三新東京大学の医学部精神科と人文学部心理学科の教授を兼任し、理学部生物学科のスペシャルオブザーバーを務めている。博士号も五つほど持っていて、おそらくは第三新東京大学で最も知能指数の高い人間だ。
大学で研究している精神分析学、犯罪心理学、生物工学はともかく宗教学と社会構造学の博士号も持っているのだから半端な天才じゃない。多分その気になれば地球上に存在する博士号を全て取れるに違いない。
ただし教鞭はとっていない。
彼女は研究をする場を提供して貰うという契約で大学にいるらしく、実際に教えることはない。
俺が四年生の時、人格分析学を担当していた助教授がウィルス性肝炎で倒れ彼女が三ヶ月だけ代理を務めたことがあったが結果は酷いものだった。
博士である時の彼女は特に容赦と妥協という言葉を知らない。余りに高度な授業内容は日本でも結構有能な学生が集まっているはずの第三新東京大学の学生でさえパニックに陥れてしまった。
三十五人いた学生の内単位を貰ったのは僅かに五人。あとの三十人の内半数は三ヶ月間の苦労も空しく不可を頂戴し、残りの半数は単位をもらうことを諦め他の科目にかけた。
俺は何とか幸運な五人に入ることができたが、あれほど可を貰うのに苦労したことは初めての経験だ。
俺が落第しなかったのはクラスの中で飛び抜けて頭が良かったからではなく、恥も外聞もなく分からないところを聞いて回ったからだ。絶対零度の刻印が押されているような赤木教授に何度も質問するのは非常に勇気のいる行為だが、結果は行動に報いてくれた。
可をもらったことではない。
美人で聡明な女性と知り合いになれたということだ。

俺にとっては魅力的な女性なのだが、その他大勢にとっては事情が違うらしい。
単位をもらえなかったクラスメイトは金髪の悪魔だの激鬼だの言っていたし、余りに鋭い精神分析をするので大学に来た当初共同研究していた相手がノイローゼになったとか、まだ三十に成り立てだった彼女に教授の椅子を奪われた万年助教授が自殺したとか、怪しい研究ばかりして大学から不当な金をもらっているとか、学長と寝たことによって今の地位を得たとか、要するに才能と地位と美貌に対する嫉妬が山積みになっているわけだ。
彼女はゴミについて言及すると口が腐ると思っているのか、何も言わないことが噂を助長させている。
手に負えない患者や事件や事例の調査依頼が大学に飛び込んでくると全て彼女が片づけていることなどはゴミの目には映らない。
学内の派閥抗争が彼女の足を引っ張っている。特に次期学長の椅子を狙う経済学部長の時田シロウ教授が彼女のことを目の敵にしているという噂だ。
 

「アカシアの葉音はいいわね。本格的な冬の到来を教えてくれるわ。」
赤木教授はフレームレスの眼鏡を取るとリツコさんの顔になった。瞳の色に柔らかな光が射して目尻が二ミリほど緩む。慣れていないと見分けはつかない。
俺は彼女を三通りの呼び方で呼ぶ。
学者である時は「赤木教授」、一人の女である時は「リツコさん」、それ以外である時には「リツコ」。
初めからそうであったわけではない。
紆余曲折を経てそうなった。
彼女にも異論はないらしい。
リツコさんは音もなく立ち上がると隅に置いてあるホワイトオークのテーブルにあるコーヒーメイカーを手に取った。たわいもないことだが、どうすれば五本足の車輪が付いたごく普通のパイプ椅子から音を出さずに立ち上がれるのか俺は未だに分からない。
何でも疑問を口にしていると馬鹿にされそうなので、四番目のライフワークとしてとってあるが永久に分からないままかもしれない。ちなみに一番目は「ヒトがSEXをしなくなる日を来るのだろうか?」ということで、五番目は「どうしてヒトは戦争をするのか?」だ。二番目と三番目は秘密だ。他人に言うべき事ではない。

「顔に生気がないわね。自律神経の調子が悪くてホルモンバランスが崩れているわ。徹夜したわね。」
今度はリツコさんの目に赤木教授が宿った。ほんの一瞬だけ。俺にコーヒーカップを手渡し、椅子に座り直して足を組んだ時にはリツコさんに戻っていた。
リツコさんの独白によれば、彼女は半ば意識的に仮面を付け替えているらしい。赤木教授でいる時は白衣を着てフレームレスの眼鏡をつけ起伏がなく感情の欠片も感じさせない喋り方をする。
程度の差こそあれ誰しも同じことをしている。
俺だって加賀と飯を食う時、冬月教授と打ち合わせをする時、銀行で担当の説明を聞く時、アスカとベットにいる時には仮面を変える。意識的に仮面を取り外すわけではないが周りの空気に反応して人格は変化する。人格形成は外部からの刺激に依存するので当たり前と言えば当たり前のことなのだ。彼女の場合そのメカニズムを熟知していて他人より自発的に仮面の付け替えを行っているにすぎない。
「スーパーのレジ店員にまでいちいち精神分析をしていたら気が狂ってしまうわ。」
リツコさんはそう言って笑ったが、俺はその後に展開された使用している脳の箇所が違うだとか軽度の自己催眠だとかいう説明より彼女がスーパーで買い物する姿が想像できなくて頭を悩ませたものだった。

「実は奇妙な体験をしたんです。」
俺はカウンセリングを受ける患者がそうするかのように彼女の前に正対して座り真すっぐに目を見た。リツコさんは二度まばたきをして瞳の色を消すとフレームレス眼鏡をかけ赤木教授になった。
「昨日の夜のことでした。」
俺はアスカとのSEXに始まって、源氏物語への邂逅、三杯のカルバドス、親父の遺産についての考察、冬月教授への論文と話を進め空色の髪の女に出会ったことを語った。デブのアルマーニ男がレイと呼んだ女に関してはかなり詳しい説明をした。推定スリーサイズまで言って「いや、バストは83ではなくやはり82かもしれません。」と訳の分からない訂正を入れたくらいだ。
アスカとのことは全て話してある。精神分析の第一人者赤木教授の前で隠し事をしたところで見抜かれるだけというのが表向きの理由だが、本当のところは違うのかもしれない。誰かに聞いて欲しかったのだ。
「とにかく初めての感覚でした。身体が細胞ごと震える感じなんですが、高熱を出した時の悪寒とは違う。緊張して大量の汗をかいているわけでもない。意識ははっきりしているのですが身体が動かない。自分の意志というより脳とも脳下垂体とも無関係にノルアドレナリンが過剰分泌されて筋肉が硬直しているというか、うまく説明できません。自分の中にあの状態を変換する言葉がないんです。細胞核の一つ一つが電子レンジにかけられて沸騰して震えていると表現するのが最も適切なのかもしれませんが、その症状に相当する生理学的説明ができません。宗教者なら間違いなく神に出会った瞬間だとか、啓示を受け唯のいいそうですが、霊魂や神に類する領域に踏み込むことは俺の能力を超えます。信じてもいませんし。」
俺は論理的とはほど遠い、説明というより独白を繰り返し、赤木教授は足を組む角度を一度だけ微調整しながら話を聞いていた。

「波長が合ったのかもしれないわね。」
語り終えた俺が湯気がすっかり消えたコーヒーを飲み干すのを待って、赤木教授は口を開いた。
「宗教者の波動よ。」
俺がクエスチョンマークを巨大化させて顔に張り付けているのを悟った赤木教授はすぐにフォローをしてきた。知らない人間にとっては更に混乱を招くような一言だが、曲がりなりにも心理学を専攻している俺には頭を整理する手助けになった。

人間は皆、宇宙のパワーを受けている。
宗教学的な話ではない。
単に地球に発生する磁場の影響下にあるということだ。地球に磁場が存在するのはコンパスをかざしてみれば小学生でも分かる。
人間の生命活動を極細化させると細胞核の周りを分子がぐるぐる回っているところまで行き着く。磁場は分子運動にまで影響を及ぼしている。そのことを利用して人体の具合をさぐるのがMRAという医療器械だ。
MRAの正式名称はど忘れした。Magnet何たらかんたらの略でとにかく身体に磁気を流して波長を測定する器械だ。人間の臓器や神経にはそれぞれを構成する細胞の分子運動による正常な波長があって、MRAには正常時の値を入れてある。
MRAを利用すると体の中で異常がすぐに分かるのであるが、同時に人体の各箇所が独特の波長を持っていることも分かってきた。肝臓なら肝臓の腎臓なら腎臓の波長があるのだが、それらの波が崩れることによって身体の調子がおかしくなる。
西洋医学では二十世紀末まで解明することができなかった人体の波動を東洋医学はとうの昔に解明していた。前近代的と西洋医学からの嘲笑を受けていた針灸や気功などは人体の狂った波長を調整する治療法であることが科学的に分かってきたのである。
中華料理でよく使われる医食同源という考え方がある。胃を悪くしたら他動物の胃を肝臓を悪くしたら肝臓を食べるということは、悪くなった箇所の波長を正常に戻す働きがあるのではないかと推測されている。

赤木教授は半年ほど前に特に気功に凝っていた。
気功師と名乗っている奴の多くはインチキ野郎だが、中には本物もいる。彼らは奇跡を起こすわけではなく、自己体内の分子運動を特殊な磁気に変えて体外に放出できるのだ。赤木教授は秘境で修行し、気功を会得したとかいう話には懐疑的であったが、気功師が発する磁気がどのようにして人体の波長に影響を与えているかを調べ、メカニズムを理論的に打ち立てようとしたのだ。
研究は一ヶ月ほどで中止された。
三十代半ばで独身ということに勘違いをした気功師が博士号五つの他に合気道三段を持つ赤木教授に投げ飛ばされてしまったのだ。新たな気功師を探すのが面倒になったのか、研究意欲が失せたのかは分からないが気功のメカニズムはお蔵入りとなり、やることもなかった少しだけので研究を手伝っていた俺はリツコさんの愚痴に一晩つき合う羽目になった。
俺が手伝っていたのは宗教者の波動についてという項目だった。
偉大なる宗教者は一世紀に一人でるかどうかなので正確なデータを取ることはできない。赤木教授は偉大なる宗教者は気功師の何倍もの特殊な生体波動を無意識の内に発していて、それによって他人を感化させているのではないかと考えたわけだ。
番外的な分野であったために半部外者の俺が担当することになった。文献をピックアップしている内に研究自体が終わってしまったが、宗教者が病で倒れて動けない人間にふれただけで治療したというのは特殊な磁気を発していたと考えれば説明がつくと考えられるものもあった。勿論この手の話は誇張と虚偽に満ちているので全面的には信用はできない。

「空色の髪の少女が歴史上に残る宗教者と同じような波動を発していたというのですか?でも彼女の側にいた男は普通にしていましたよ。」
俺はいつの間にか興奮していた。
神やオカルトを全く信じていない俺が神秘体験に近い現象を実感したせいもある。緋色の瞳を思い出した俺は心をかきむしられるような不安感に襲われていた。
「生体磁気は誰にでもキャッチできるものではないわ。相性があるもの。ましてやその少女は無意識に波動を出しているみたいだからね。」
赤木教授は妙に落ち着いていた。
静かに瞼を閉じるとコーヒーを一口飲み、眼鏡にかかった前髪をかき上げた。
「何か思い当たることがあるんですか?」
赤木教授が落ち着き払っているのはいつものことだが、今日はいつもにまして感情の揺れがないように見えた。俺が狼狽しているせいかもしれない。
「察しがいいわね。」
赤木教授は抑揚のない笑みを作ると、椅子を回転させてパソコンのコンソールを叩き始めた。
「明日の午後は暇?」
肩越しの声なので表情は見えない。デートの誘いにしては色気がないな、俺は意味不明な感想を漏らしてしまった。
「ええ。冬月教授が出張で月曜までお帰りになられないので今週のスケジュールは空白だらけです。」
赤木教授は右腕を伸ばしてプリンターのスイッチを入れた。プリントアウトされた紙が出てくるまでの時間が異様に長く感じられた。
「日向君から明日診るように頼まれた患者よ。」
赤木教授は俺にプリントアウトしたA4の紙を二枚渡すと席を立ってコーヒーカップを自動洗浄機の中に入れた。
日向君というのは第三新東京大学付属病院精神科の医師、日向マコトのことを指している。日向マコトは俺より三歳年上だが童顔であるため、同年齢くらいに見える。精神科に厄介な患者が来ると決まって彼がやってきて赤木教授に救援を頼む。
「スケジュールが開いているならあなたも一緒に来る?」
赤木教授の声がやけに遠く聞こえた。
俺は鳴門の渦潮に巻き込まれて海底深く引きずりこまれていくような気がした。
A4の紙に貼り付けられた写真の少女の髪は抜けるような青空の一番透明な部分を集めたような空色で、瞳はとびきり新鮮な血のような緋色をしていた。
 
 
 
 

PERSONA ; Episode2 Spritzer
 
 

「もう大丈夫?」
待ち合わせ場所は新ハイアットリージェンシーの中二階にあるラウンジだった。リツコさんは狙ったように待ち合わせ時刻の五分後に来るので俺は時々それに合わせてしまう。十分くらいなら遅刻しても平気だろうなんて考えていると十五分の遅刻になり、これはリツコさんの許容範囲ぎりぎりになる。十五分以上遅れたことがないのではっきり確認したわけではないのだが、「あと三十秒待たされたら帰ろうと思っていたわ」と言っていたリツコさんの顔はかなり本気だった。
「五時間くらいは睡眠をとったから。」
俺は綾波レイのカルテを見せられた瞬間、かなり重度の目眩に襲われ卒倒寸前になった。リツコさんが精神安定剤を打つかどうか迷ったくらいだった。幸いにも水を飲んでしばらく横になっていると歩けるくらいに回復した。俺は時間も空いていたのでさっさと家に 帰って昨晩取り損なった睡眠をとることに決め、帰り際にリツコさんを夜の食事に誘った。
「公衆電話を引き裂けるくらいに回復したらね。」
赤木教授七割リツコさん三割くらいの声だった。
「自動販売機をひっくり返して見せますよ。」
俺は立ちくらみを復活させるような情けないことを言い、7:00にハイアットのラウンジにと付け足して人工進化研究所を後にした。

「スプリッツァー。」
注文を取りに来たウェイトレスに俺はそう告げた。リツコさんは空になったグラスを差し出して「前と同じものを」と付け加えた。
「さっきのグラスは?」
「バンブーよ。」
俺は何か気の利いたことを言おうとしたが見つからなかった。
グッチのバンブーバックでも持っていれば「鞄と合わせたの?」と言えるが、リツコさんのはエルメスのケリーバック。服装は薄いグリーンのワンピースだが、まさか「竹の緑と合わせたの?」なんて間抜けなことは言えない。時計はバゼロン・コンタンチンのアンティーク、コートはワンピースより濃いめのカシミア、靴は上質のカーフだがブランド名は分からない。
焦ると多弁になって墓穴を掘るか、沈黙して雰囲気を悪くするかのどちらかしかない。俺しばし迷った挙げ句worstよりbadを選択することにした。なるべくゆっくりコートを脱ぎ、大してずれていない時計の角度を調整し、この椅子はイタリア製に見えるがミラノで作られていなかったら韓国製か中国製のどちらかだろうなんていいかげんなことを思い浮かべた。
「今日はスプリッツァーなのね?」
リツコさんは脚を少し組み替えた。黒いストッキングに包まれた脚のラインは少しも崩れていない。俺は女性の細い足首が好きなのだが、加賀に言わせるとそれは初心者で上級者はふくらはぎの後ろに目を付けるそうだ。
「木曜日だからね。」
俺は何時間か前の赤木博士からセリフを盗作した。リツコさんは思わず下半身にバイブレーションが走ってしまうような微笑を浮かべた。
「あれは木曜日にはマヤがいないという意味よ。呼び止められることがないでしょ?」
 

赤木教授は基本的に一人で研究をしている。教授の頭の回転に付いていける人間はほとんどいないし、細かい事はコンピュターにやらせた方が速いそうだ。
それでも教授やオブザーバーを務めている各学部との連絡を取り合う人間は必要だ。医学部精神科では日向マコトが、人文学部心理学科では青葉シゲルが、理学部生物学科では伊吹マヤがそれぞれ連絡役を務めている。
月水金に人間進化研究所にやってくる伊吹マヤは俺のことが嫌いだ。直接言うわけではないが、人の心理を読みとるのが専門なので相手が好き嫌いくらいは何となく分かる。
俺は彼女を呼び捨てにしている。博士号を取ったもの同士がファーストネームで呼び合うのはアメリカの大学では当たり前のことだ。講師と学生の間には決然とした垣根があるのだが、博士号を取得することによって学生は講師側の人間として認められる。
俺の場合は、博士号取得後に知り合った日向マコトと伊吹マヤに関しては名前を呼び捨てにするが、ゼミの先輩で今は冬月教授の助手も務めている青葉シゲルだけは「青葉さん」という呼び方になる。

重ねて言うが、マヤは俺のことを嫌っている。
性格や顔が嫌いというよりか、リツコさんと親密にしている男という点が気にくわないようだ。同期であるマコトと青葉さんから聞いた話だと、マヤには現在は勿論のこと少なくとも過去十年は男性とつき合ったことがないらしい。
マヤはウーマンリブにも参加していてリツコさんを盛んに誘っているそうだ。リツコさんは「女性の自立は大切なことだが、自立が必要なのは性別に限ったことではない。特に日本男性の依存体質は酷い。だが人間は一人で完全であるはずがないし完全に自立した個人があり得ないのは明らかである」と考えていて、マヤの行動には理解を示しながら決してウーマンリブ運動に参加しようとはしない。
俺はと言えば、この手は運動は生理的に受け付けない。
ロリータポルノや強制的な売春は即刻止めるだし、女性の雇用機会均等などは能力が伴えばどんどんやればいい。だが白いエプロンを着た女性が出る洗剤のCMを見た運動家が、「白いエプロンは女性が男性に従属させられてきた歴史を象徴している。即刻このCMは止めるべきだ」と発言したのには笑ってしまった。
俺を含めた男が女とSEXをしなければやっていけないのと同じで、女も男とSEXしなければ生きていけないのでは?とマヤに言ったら目を三角にして怒鳴り返されたこともある。

ただしマヤが俺のことが嫌いな理由はウーマンリブ運動に理解がないからでもデリカシーにかけているからでもなく、彼女が同性愛者であるからだと思う。マヤ自身は隠しているつもりなのだろうがバレバレだ。リツコさんを見る目つきが違う。マコトと青葉さんの意見も一致している。
俺の知り合いにはカミングアウトしている同性愛者が男女一人ずついる。彼と彼女の主張はある種の心地の良さを俺の耳に残した。
「男を愛するために生まれてきた。エイズは神が俺達ゲイに嫉妬してできた産物だ。」
「たまたま染色体がXXだっただけなのよ。女は生まれつくものではなく、なるものだというでしょ?でも私には余り関係がないわ。ついでに女をやってるだけなんだから。」
彼と彼女に比べるとマヤは卑屈に見える。
マヤは俺が嫌いだし、俺もマヤが嫌いだ。
赤木教授は研究に差し障りがない以上、俺とマヤがいがみ合っていようと素知らぬ振りをするだろうし、リツコさんとリツコは基本的に俺の味方だ。
 

「今日は何を食べさせてくれるの?」
デートの行く先は誘った方が決める。
料金は誘った方持ち。
ただ俺もリツコさんも金には全く困っていないので金銭的には問題がない。誘うのも俺が6:4で多かったが一晩に何十万も使うことは一度もなかった。
「誉寿司を予約しているんだけど。」
前回は俺がスペイン料理を奢り、その前はリツコさんが広東料理屋に連れていってくれた。寿司屋では正直すぎたかなとは思ったが、ゲテモノを食べる趣味は俺にもリツコさんにもない。
「素敵ね。」
泣きぼくろが素敵に見える言い方だった。
寿司屋の何が素敵なのかはちっとも分からない。俺は運ばれてきたスプリッツァーに口を付けることにした。
「ワインは何?」
「ミュスカデだと思う。シャルドネじゃない。」
スプリッツァーは白ワインをソーダで割っただけのカクテルだ。水を飲みたいが、それじゃ芸がないと思われる時に俺はスプリッツァーを頼む。
「スプリッツァーってあなたの努力の現れよね。」
「努力?」
「あなたは努力という言葉が嫌いだろうけど、それが一番しっくり来るわ。」
リツコさんは時々俺の理解できないことを言う。知能指数や教養の範囲ではないことで。
リツコさんは俺を困惑させた後、バンブーを飲み干した。ドライシェリーをドライベルモットで割ったバンブーはアルコール度数は14と高い方ではない。二杯のバンブーはリツコさんに全く酔いをもたらしていないようであった。
「そろそろ行きましょ。お腹がすいたわ。」
お腹がすいたという言葉をこれほど音楽的に発音できる人間を俺は知らない。顔とか声質もあるのだろうが、アスカでは絶対に出せない音域だ。アスカには何かが足りない。人生経験とか、つき合った男の数とか、味わった屈辱とか、総量にして何リットルの涙とかが必要なのだろう。
俺は三分の一ほど残っていたスプリッツァーを飲み干した。
羽根のように軽く味も薄いこの液体の、どこに俺の努力が詰まっているのかはさっぱり分からなかった。
 
 
 
 

PERSONA ; Episode2 Jeanne d'Arc
 
 

「いらっしぇい」
ハイアットから出て国会通りを右に折れ年間2億3000万をかけてライトアップされた市庁舎の左手に見ながら小道を50mほど進んだところにある誉寿司の主人は威勢のいい声で俺とリツコさんを出迎えた。
俺は絡んだ腕越しに伝わるリツコさんの柔らかな胸と体温を肘に感じながら誉寿司ののれんをくぐった。
寿司屋に限らず食い物屋は行きつけの店を一軒作ってしまうといいという。自分の好みを伝えられるし、気配りも行き届いてくる。時々値段もサービスして貰えることもある。ただしこれは日本だけの話だ。
香港などではなじみになったことで注文をつけずにいると、どんどん手の抜いた料理を出されると聞く。超がつくVIPなら別だが中国人は客のレベルに合わせた料理を出してくる。文句を付けずにいるとこの客にはこの程度で良いのかと思われてしまうそうだ。日本のようにどんな客が来ても自分の味に妥協しないという料理人は少数派だ。
俺は誉寿司に通い初めて三年ほど経っている。
週に何度も来ることはないが、月に二、三度は必ず顔を出す。食い物屋では毎日来る客についでこの手の客が最も喜ばれる客のようだ。通い詰めてバッタリ来なくなるような客が一番困るらしい。
誉寿司は値段偏差値でいうと65くらい。高級店の部類に足を踏み入れかけたような店で値段以上のものを出してくれる。十五席ほどの店を取り仕切っている職人は四十代半ばらしいが確実に五歳は若く見える。

「お任せで。」
俺は洗面所で手と喉を洗ってから席につくとおしぼりを手に取りながら言った。捻りはちまきを締めた主人は「へいっ」と声を立てると接客をしている奥さんに目で合図を送る。
職人の作業というのは清流のせせらぎのようなものだ。淀みがなくきびきびとしていて心地よい。この日も目の合図によって堤から流れ出した川は澄んでいた。
「星ヶ丘茶寮みたいね。器も魯山人ね。」
女将が運んできた茶碗蒸しを見たリツコさんは嬉しそうだ。寒い時期に最初は茶碗蒸しでもてなすのは有名な食通・魯山人が好んでやっていたことだ。
茶碗蒸しを食べ終わると寿司のコースが始まった。
最初は平目の白身、次が縁側。
「駄目です。分かりかねます。」
俺は縁側の次に出てきたやや白身がなんだか分からなかった。縁側と同じようにコリコリしているが脂の乗りはこちらの方がいい。
「八角です。北海道のあたりでしか取れませんが。」
帆立の貝柱、締めサバ、関アジ、寒ブリ、とコースは続き、この店自慢の揚げ茄子の握りが出てきて前半が終了。自家製の漬け物とブリの潮汁を女将が運んできた。俺とリツコさんは二言三言何気ない会話を交わしたものの、ただ黙々と食べ続けた。

腹が空いていたせいもある。
だが俺の頭はもっと別のことに支配されていた。
綾波レイ。空色の髪と緋色の瞳の女。俺に神秘体験を与えた張本人。明日会う相手。
俺はカルテの写真を見ただけで目眩がしたので外見以外のことは全く分からない。寿司屋に入った時から綾波レイについて聞こうと思っているのだが、リツコさんは食事中に赤木教授になることを好まない。
血や異常者を日常的に取り扱っている赤木教授の仮面を被っていてはどんなにうまいものでも喉を通らないのは仕方がないことだ。
俺は頭を抱えながら寿司を食っていた。
リツコさんだからといって赤木教授の知性が消え失せるわけではない。俺が悩んでいるのをリツコさんは感づいているだろうし、仏頂面で食事されるくらいなら話してしまえばいいと思っているのかもしれない。それでも綾波レイの話を出してはデートがぶち壊しになる。かと言ってこのまま食べるマシーンと化していても埒が明かない。俺は苦り切った内面を隠そうとして、全くの無表情になってしまっていた。

「本当は少し早いのですが。」
主人は巻物を出してきた。
本来なら献立の最後に来る巻物。予定外であった証拠にガラス越しに北寄貝が見える。おそらくはあれを出すつもりだったのだろう。俺とリツコさんが辛気くさい顔をしていなければ。
俺は醤油を少しだけ付けると一口で飲み込んだ。
「今日は一段と効きますねぇ。」
主人が急遽出してきたのはわさび巻きだった。
極上のわさびを鮫皮のおろしですった後、包丁で叩いて香りをだしたわさびだけを巻いた海苔巻き。主人はどこかでこれを献立に入れてくる。今日のはいつも増して鼻と目に来た。俺は涙が出てしまった。
「日本酒を貰えるかしら。そうね、小鼓がいいわね。大吟醸を」
それまで俺に合わせたかのように押し黙っていたリツコさんが口を開いた。主人は俺の方をチラッと見た。器は二人分かどうかを確認したのだ。俺は即座に頷いた。

「綾波レイはジャンヌ・ダルクだそうよ。」
主人が背を向けるの見計らったようにリツコさんは俺の方を向いた。
「ジャンヌ・ダルク?」
「そう、日向君が言っていたわ。僕はジャンヌ・ダルクに造詣が深いわけではありませんが、綾波レイを一言で表現するならジャンヌ・ダルクが最もイメージに合いますって。」
俺はリツコさんの言葉をかみ砕くように聞くとCENTURY・HOTELの廊下を思い浮かべた。確かに言われてみればレイはジャンヌ・ダルクなのかもしれない。あの時、もし彼女が「神のお告げを受けました。私と一緒にイングランドと戦いましょう」と言ったら俺はほいほい付いていっただろう。
だが一晩開けたからか、俺は少し釈然としないものを感じていた。
「あなたのイメージとは違うの?」
「いや、神性という点ではジャンヌ・ダルクに近いものを感じるんだけど。その、なんていうか、俺はジャンヌ・ダルクに会ったことは勿論ないけど、綾波レイには意志と感情が欠落しているような印象を受けたんだ。」
リツコさんは赤木教授の仮面を除かせていた。
「そうね。私はカルテを見ただけだから明日実際に会ってみないと詳しいことは言えないわ。でもカルテを見た限りでは綾波レイにはカルトの教祖が持つような被害妄想から誇大妄想に移る心理や自己顕示性は認められないわね。その彼女がどうして神性のようなものを持つのかは興味があるわ。」
赤木教授は右掌に顎乗せて中指でかめかみを叩いていた。教授としての彼女が考え込むときの癖だ。

「失礼します。」
女将が備前の徳利と盃を二つ、それに簡易式ガスコンロと小鉢を二つ運んできた。
「明日考えましょ。今はどうこう言っても仕方がないわ。」
リツコさんは俺に片方の盃を手渡すと芝居がかったように両手を添えて酒をついでくれた。俺がリツコさんに返しの盃をついでいると頃合いを見計らっていた主人が声を掛けてきた。
「最近変わったトロの食べ方を発見しましてね。」
主人は女将にコンロを置かせるとお湯を張った土鍋を乗せた。
「トロシャブです。」
主人の目は遊び心に満ちていた。薄く切った北寄貝と大トロを乗せた大皿を出してくる。
「先にホッキでやってみて下さい。ホッキが終わったらトロで。最後には米を入れて雑炊で食べて貰おうっていう寸法です。」
北寄貝は最初は握りで出そうとしていたやつだ。いつの間にかスライスされている。味は勿論のこと主人の手際の良さは秀逸だった。

俺とリツコさんは雑炊を綺麗に平らげた後、濃いめの日本茶を出されて一息ついていた。まだ小腹がすいている。俺がもう少し握りを食べようかと思っていると日本酒を飲んでほろ酔い加減になったリツコさんが爆弾を落としてきた。
「そう言えばアスカはどうするの?」
俺はお茶を吹き出しそうになった。
さっきのわさび巻きを一気に食べさせられたような気持ちになる。何も言葉が浮かんでこなかった。
リツコさんはアスカの誕生につき合っている。当時ハーバードに早期入学制度を利用して在籍していたリツコさんは大学二年だったらしい。アスカの母親はリツコさんの母親、ノーベル賞学者赤木ナオコ博士の知り合いだった。
アスカの父親が精子バンクであることはリツコさんから最近聞かされた話だ。どうやらアスカ誕生に使われたものは複数の精子を混合した特別品で、実験の一環の意味合いもあったらしい。リツコさんも突っ込んだところまで手伝ったわけではないから詳細は分からないそうだ。
「黙っていちゃ分からないわよ。ぼく?」
俺は泣きたくなった。
「イクラをお願いします。」
俺は泣き出す代わりに注文を出した。
主人は苦笑していた。

「アスカは嵐の乙女シンドロームなんでしょうか?それとも自己敗北性人格障害なんでしょうかね?」
「アスカのことはどうでもいいわよ。あなた自身はどう考えているの?」
リツコさんはすでに赤木博士としての仮面を小鼓とともに飲み干してしまったようである。学術的な話題は全く効果がなかった。
「どうせ若くて美人な子には適わないわ。」
リツコさんはわざと愚痴っぽくなりながら、真理を言った。三十路に入ってから数年が過ぎているリツコさんに「まだお若いですよ」なんて言っても嫌みになるだけだ。俺は中トロを追加することにした。リツコさんは天狗舞を追加した。
「あなたもアスカの方がいいんでしょ?」
「そんなことないよ。あれは一種のボランティアだって。」
「自分だってかなり楽しんでるくせに。」
「それは否定しないけど、でもリツコさんの方が大事な人であることは確かだよ。」
「どうだか。」
リツコさんは実は大して酔っていない。
以前飲み比べをした時には日本酒二升を飲み干したリツコさんである。酔った振りをしているとは言わないが、酒の勢いを利用していることは確かだ。
「リツコさんも中トロ食べる?」
「握りはいいわ。お造りでマグロをまんべんなくいただけるかしら?」
注文をだす間もリツコさんの視線は俺から離れない。見つめられてるというより睨まれている感じだ。表面上は笑っているようにも見えるが、俺には分かる。

今日のリツコさんはいつもよりしつこかった。
リツコさんとまともにデートするのはおよそ三ヶ月ぶりだった。赤木教授が研究で手の放せない研究を抱えていたせいもあるが、アスカとの一件があって以来会いにくかったのは事実だ。
リツコさんはとがめたりはしなかったがいい顔は勿論しなかった。俺がリツコさんをデートに誘ったのはアスカとの関係をそろそろ清算しようと思っていたせいもある。だが今日のリツコさんは「アスカとのことで悩んでいるんだけど、どうすればあっさり清算できると思う?」などと聞ける状況にはなかった。

「じゃあ、アスカとはもう会わないのね?」
「は、はい。そうします。」
「嘘つき。」
 

その後、ウニと穴子と太巻きを食べた俺とリツコさんは誉を出た。リツコさんはただのリツコになりかかっていた。
俺とリツコさんは三ヶ月ぶりにホテルに泊まり身体を溶かしあった。
シャワーから上がって三十代とは思えないほど綺麗な身体にバスタオルを巻き付けたリツコは俺にのしかかると「アスカとはもう会わないわよね?」と訊いてきた。
「誓います」俺がそう口走るとリツコは濡れた口唇を「う・そ・つ・き」という形に動かして首にかじりついてきた。
うまい物を食べ、いい女とSEXをして、心地よい睡眠をとった。明日地球に巨大隕石が落ちてきて全人類が死に絶えることが分かっていたとしても「今日は良い日だった」と言えるような一日だった。
 


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ver.-1.00 1998-2/3 公開
誹謗・中傷・抗議はこっちだ meguru@knight.avexnet.or.jp

赤木リツコ「あなた村上龍にはまっているの?」
MEGURU「いきなり具体的な話ですね。」

名前は以下略

R「メールの何通かはこう指摘しているわ。村上龍もどきで読むに耐えない、オリジナリティの欠如もいいところだ、さっさと止めろ。」
M「リツコさんもそう思います?」
R「話を逸らすのはよくないわ。それと私にはどうでもいいことだわ。」
M「・・・・・・・・」
R「一応弁明してご覧なさい。胡散臭そうな目で聞いていてあげるから。」
M「村上龍氏の作品については何冊か読んだことがあります。具体的な名前をあげるなら”限りなく透明に近いブルー”、”368Y Par4第2打”、”ラブ&ポップ”、”村上龍全エッセイ集”の4冊です。他にも読んだことはあるかもしれませんが余り覚えていないもので・・・・。最近読んだわけではないのですがやはり影響というのは受けていると思います。読み返してみようとも思ったのですが、それだと余計はまってしまうかもしれないのでどの程度か読み合わせしたわけではありませんが。」
R「随分とはっきり名前を出すわね。普通は著作権の問題があるから某何とか使うじゃない?あなたの書いたもの見るとそういうのないわね。アルコール類もはっきり銘柄を明示してあるし。」
M「某とか○○とか使うのが嫌い何ですよ。どうせ使っても分かる人には分かるでしょうから。」
R「”もどき”と酷評された感想は?」
M「仕方ないですね。俺一人称で展開される小説って少ないですし、扱う内容も似通っていると思いますし。ただ内容に関しては自分の普段の生活で扱っていることも含まれてますね。」
R「心理学関係の仕事ということ?」
M「完全な仕事ではないですけど。まだ学んでいる段階です。」
R「この”俺”って二股しているわけね。私とアスカとで。あなた実生活でも二股しているんじゃないかってメールも来たわ。」
M「僕は二股できるほどもてませんよ。」
R「そんなこと分かっているわ。」
M「・・・・・・(苦笑)」



「MEGURU、ブチコロス…」
「1話と同じ始まりかいいっ!」
「だって、何なんですかこの人っ! 「マヤは一貫して嫌いです」、だああ? この私の清楚な魅力にどうして気づかないのかしら?」
「さあ? 「俺」と同じ見解で、「卑屈」だから、なんですかねえ?」
「確かにここの私はカミングアウトしていないみたいですけど、」
「(本編もだろ…)」
「それを異性愛者の人からどうこう言われる筋合いなんかありません。じゃあ、「自分は同性愛者よ」って周りに宣伝して歩けって言うんですか? 今もそれで差別を受ける可能性もゼロとはいえないし、何より言う言わないは私の勝手でしょ? それをマジョリティ側から見下して「卑屈だ」みたいな言い方するのは、強者の論理だと思いますっ。」
「いや、別に見下してはいないって。その辺の見方が、それこそ卑屈だっていうか…」
「フラン研さんはこいつの肩を持つって言うんですか!!」
「(こ、こいつ呼ばわり…)い、いや、あの、まあ、私はマヤちゅんは好きだし、落ち着いて、ね、ね。」(←人としてサイテー)
「べっつに、男から好きって言われても…しかもオタクだし」
「な、何をーっ!」
「御兄様!」
「うわーっ」
「この人、誰?」
「これの妹のフランソワと申します。」
「あ、ど、どうも…」
「御兄様、好い加減ちゃんとした後書きを書いて下さらない? このままではわざわざ送って下さったMEGURU様に失礼という物ですわ!」
「ああ、すまん、フランソワ。」
「もう2話めですし、そろそろ内容に触れたコメントをしませんとね…」(^^;
「それは無理でしょう? だって、フラン研さんの他人の小説への評価なんて、「好き」「嫌い」「バカパク」の3つ位しか無いじゃないですか。」
(…「バカパク」?…)
「ちょっと待って…フラン研さんの妹さんの名前って、フランソワさんって言うの?」
「あ、ええ…」
「それって、少なくともフランス語なら、男の名前のような気が…」
「(ぎっくーん)い、い、嫌ですわ、フランス語ではありませんのよ。わたくし日本人ですもの、おほ、おほほほ…」
「(どんどん話題がPersonaから離れてってる…)」(^^;

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