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後書きの続きと言うより前書き・・・

MEGURU「で、”レヴィ・ストロースが構造主義を唱えた時に言うとるやろ?インセストタブーには生理学・生物学的根拠は一つもない”という部分なんですが。」
葛城ミサト「何考えているのよ?!君は!こんな書き出しにして!」

名前は以下略

M「まあそう言わないでください。途中にしないでさっさと続きをというメールが来たんですよ。砂漠谷さんからじゃないけれど。」
ミサト「ならさっさと済ませない。なるべく簡潔によ、できれば三行くらいで。」
M「三行はちょっと・・・・。」
ミサト「言い訳しないで書く!」
M「それでは・・・。インセストタブーには生理学・生物学的根拠はないというところなんだけどこれはストロースが単に知らなかっただけだと思う。世界中のどの民族・社会の習慣を見ても近親相姦はタブーとされているんだ。ユニバーサルカルチャーと言われているらしんだけどね。それで原因はなんだということになるとそれがはっきりしなかった。フロイトを使っての説明は不十分だし。で、またサル学からなんだけど。」
ミサト「また?」
M「まあ、人間がサルから進化してきたことは事実ですから。で、インセストタブーはサルを含めたほ乳類全般に共通していることらしいんですね。サル社会は乱婚なんだけど母親と息子が交尾をすることはない。勿論兄弟姉妹ともね。近親婚は悪性の劣性遺伝子を残す可能性があるから動物社会はこれを回避するシステムを遺伝子の中に組み込んでいるじゃないかということから言うと、インセストタブーには生物学的根拠があるということになります。インセストタブーを説明する理論はいっぱいあるけど、結局人間がサルの頃から引き継いできたことだというのが僕が見た中では一番説得力がありますね。ストロースの交換理論によるインセストタブーの説明は興味あれば調べて下さい。興味なければ読み飛ばす。」
ミサト「やっと本編?」
M「そうです。」
 



 
Persona
第六話
シナプスの叫び

 

[リっちゃんも一緒か?俺は構わないぞ。]
俺は席を外すと加賀に電話を入れた。
前から思っていたのだが、こいつは誰に断って”リっちゃん”と呼んでいるのだろう?リツコさんに聞いたら「だってしょうがないじゃない。私、リっちゃんだもの」と返された。俺の知っている範囲で”リっちゃん”という言葉を口にするのは、加賀を含めて二名だけだ。
「おまえ、鍋焼きうどんとアップルパイが食いたいと言っていたけど、どうせ心変わりしているんだろう?」
[鍋焼きうどんは食いたいけどアップルパイはもういらない。]
「じゃ、日本料理屋でいいな。予約入れておくぞ。」
[うまけりゃそれでいいよ。]
加賀は好き嫌いがはっきりしている。好物はうまいもので、嫌いなのはまずいもの。
夏に俺のマンションでホームパティーをした時、ゼミの後輩の女の子が白トリュフのサラダを作った。イタリアから空輸されてきたのだが、見事すぎるくらい香りが抜けていて俺はすでにこれはトリュフではないと思っていた。加賀の場合はもっと直裁的で「カビ生えたグミ」と作った当人の前で宣言して周囲を慌てさせた。
「じゃ、6:30にmacedoineに来い。」
[マセドゥワヌ?なんだそれ?]
「前に連れていっただろう?議事堂通りの裏手にあるオープンカフェがくっついた店だよ」
[あ、あそこか。生ぬるいビール飲ませるところだな。]
エール愛好家が聞いたら怒るかもしれない。ただ、加賀が言う通り多くの日本人にとってエールは生ぬるいビールだ。
[じゃ、またな。まだ仕事中なんだ。]
昼休みに屋上で鼻歌のような声だった。
 
 
 
 

PERSONA : Episode6 Mystery of Koala
 
 

外見だけでも不揃いな三人組だ。
リツコさんはダナ・キャランのスーツにシュレジンジャーのバックという完全にキャリアウーマンスタイル。アクセサリーをつけているのはデート仕様の証拠だが、アクセサリーを付けない女性はほとんどいないので俺以外には見分けられない。
俺はマルセル・ラサンスのカジュアルにイザイアのロングコート、ジョン・ロブのモンクストラップブーツだから金持ちのボンボンといったところか?ヴィンセント・カラブレーゼの時計はオフタイム用と決めているのだが気づく人間は誰もいない。
加賀はレッドウィングのブーツにジーンズ、ストリート系の服を着ている。ネクタイ着用を要求する店に行くわけではないので服装などはどうでもいいのだが、こいつはTPOを考えるということがあまりない。それでいて全く場違いにならない不思議な男だ。

加賀は珍しく時間通りに来た。理由は簡単。仕事をやる気がなくなったから自主的に切り上げてきたのだそうだ。
macedoineでビールを一杯ずつ飲むと予約を入れておいた日本料理屋「宴」に向かった。予約が必要な店ではないが、確実に座れるし店の対応も幾分良くなるような気がする。気のせいだという説もある。
macedoineを出てから議事堂通りを北に進み、サントリーモルツの大看板を乗せたビルを右折、大股で25歩、小股なら34歩進んだ所に「宴」の入り口がある。1、2階はBEAMSで3階は歯医者、4階にはエレクトーン教室の看板が掛かっているビルの地下1階が「宴」である。

「宴」は料亭でもなく、居酒屋でもない。割烹料理というのが適当かもしれないが、メニューはかなり雑多で上品なバラエティー番組みたいな店だ。一億総中流である日本を料理屋という器に閉じこめるとこういう形になるのかもしれない。「宴」のメニューにはないが、9800円のコースや2500円のランチなどは日本的な何かを象徴している。
俺は時々ここを利用する。連れは青葉さんやマコトが多かった。他の客は仕事帰りのサラリーマン、それも年輩できちんとした身なりの人間が多い。重役まではいかないが、課長・部長クラスの管理職が少しうまい物を食べたくなった時に寄るような店だ。
ふすまで区切られた六つほどの座敷に加えてカウンター席が十ほどある。店主は四十代半ばくらいに見える無口な職人であった。寡黙な主人の分も、というわけではないだろうがサブを務める若い板前はよく喋る。メニューが和食一辺倒でないのはこの脇板の影響なのかもしれない。
俺達は一番奥の座敷に通された。加賀が向こう側の席に回り、俺とリツコさんは並んで手前の席に座った。しばらくメニューを眺めた後、一万五千円の主人おまかせコースを頼んだ。飲み物は日本酒の中では珍しく発泡酒に分類される「神亀」にした。
突き出しはイカととびっこの和え物だった。加賀は突き出しを一口で飲み込んだ。
 

「最近最も笑えたのはデニス・ロッドマンの自伝なんだよ。”俺の頭がおかしいと思われているもう一つの理由は、NBA最後の試合を真っ裸でプレイしたいと思っているからだ。”で始まって”最初から最後まで裸でプレイできるとは思っていないが、何か方法があるはずだ。”で終わるところなんて最高だよ。俺は笑い転げながら裸ででプレイする方法を考えたんだけどな、結局何も思い浮かばなかったよ。」
告白病というのがある。俺は精神分析は専門ではないので精神病の中に告白病があるかは知らない。ただ、余り頻繁に会わない人間と会うと無性にしゃべりまくる奴というのは確実に存在する。加賀はリツコさんと会うと妙に饒舌になる。顔を合わせるのは二,三ヶ月に一回くらい。告白の内容が丁度溜まる頃だ。

「俺が一番グレイトだと思うF−1レーサーはアンドレア・チェザリスだ。奴はすごいぞ。異名はクラッシャーだ。え?Mrリタイアはマイケル・アンドレッティじゃないかって?奴も凄腕あることは確かだが、クラッシャーじゃない。奴のリタイアの原因はスローダウンとか地味なトラブルが多いじゃないか。なんたってチェザリスはおよそ100台、一説によれば200台ものマシンをスクラップにした男だ。F−1マシンがいくらするかは知らないが、億単位の金がかかっていことは確かだろう。何百億単位で色々なチームに被害を与えておきながら勝利数は0。これを偉大と言わずして何とする。」
加賀は俺にはない知識を持っている。教養とか学問のレベルとは関係なく、奴の知識は俺に刺激を与えてくれる。リツコさんは雑多な言葉に聞き入りながら、ブリの肝と皮の梅おろし和えを口に入れていた。

「一夫一妻制ってさ、もてない男を救済するためのシステムだと思うんだ。おまえやリっちゃんみたいに難しい理屈をつけることはできないけどさ。昔はえらい貴族とか大名とか金持ちがいい女を独占してきたわけだろ?俺は民主主義や人権なんていうのはよく分からないけど、才能のない男にとってはいいシステムだと思うよ。それからさ、どんなにいい女でも二回セックスしたら飽きるって言うけど本当のところはどうなの?おまえもリっちゃんに飽きた?」
本人が目の前にいるというのにどうしてこんなことが言えるのだろう?多分、加賀は母親の胎内に遠慮と名の付くものを忘れてきてしまったのだ。もしくは脳に異常があるにちがいない。俺はアンコウの唐揚げを吹き出しそうになるのを堪えながら顔をしかめた。
加賀の不躾な言葉を聞いたリツコさんは意地の悪い笑みを作って肘で俺を小突いてきた。俺は情けない顔を隠すように酒を飲んだ。

「この前、動物園でコアラ見たんだけどさ。なんであんなに死ぬほどグズでノロマな奴が生き残ってこれたんだ?木の上で笹食って寝てるだけの生き物じゃん。」
今日の主人おまかせコースはブリがメインだった。最初に出てきたのは、ブリを叩いたのを千枚漬けにくるんで食べるという物で、肝と皮のおろし和え、焼き霜造りと続き、ブリの酒粕仕立てや薫製なども出てきた。加賀がコアラの話題を出した頃にはコースは一通り終わり、後は鍋焼きうどんが出てきて終わりだった。
コアラが食っているのはユーカリの葉であって笹じゃない、最初に訂正を入れようかと思ったが止めた。加賀にとっては笹でもユーカリでも同じ事だ。
「それはオーストラリア大陸が隔絶されたで天敵が存在しなかったから・・・」
俺が何か違うな、と思いつつ口を開くと加賀は案の定首を振った。
「いや、そうじゃないんだ。コアラの存在意義って何だろうなって思ったんだよ。笹食って木の上で昼寝するためだけに生まれてきたなんて神様も酷いことするとは思わねえか?そりゃ、人間みたいに面倒なこと考えろとか趣味を持てとは言わないけどさ。野生とは無縁の存在だし。何て言うんだ?こういうのって?」
加賀は目を細めて天井を睨むと、首を回した。加賀が思考する姿を半年ぶりくらいに見た。

俺はリツコさんの方を見た。俺にもコアラの存在意義などさっぱり分からない。野生動物には存在意義などないのだが、コアラは野生動物でないような気がした。リツコさんなら何かしらの解答を持っている思ったが答えてはくれなかった。リツコさんは軽く笑って見せただけだ。
「顔がマヌケで何もしない分、人間が感情移入しやすいんだよなぁ。」
コアラのことを考えれば考えるほど本質から離れていく。コアラには本質なんてものはないのか、本質は突き詰めるほどに分からなくなっていくものなのか、あるいは俺の知識不足がそうさせるのか?
思考はどんどん混沌に落ちていく。
コアラを絶滅の危機にさらしたら本質が見えるのかもしれない、グズでノロマなコアラは小学生でも殺せるだろう、毛皮は等身大ヌイグルミに活用するとして肉は食用にできるのだろうか、ユーカリの葉だけをたべているので肉は臭くないと思う、カンガルーの肉は脂身が少なくて地味があった、コアラとカンガルーの肉質は似ているに違いない、両方ともとぼけた顔をしているのだから。

「コアラとブスでデブで頭が空っぽな女って同じだよな。」
俺がコアラの調理法について考え始めた頃、加賀は甲高い声を出した。
「それはどういう関係性を持つんだ?」
「ええっと、つまりだな・・・・。」
加賀は腕を組んで首を降り始めた。論理性とは無縁な思考とイメージのみを媒介とした言葉は唐突な言葉として表れる。時々、加賀の言うことは聞き手を地球脳あら側へ運んでしまう。
「つまりだな・・・、町を歩いていると救いようもないくらい顔が崩れていて、ビア樽のようにバストとウエストとヒップの区別が付かなくて、脳味噌が溶けかけのアイスクリームみたいなくせに、旦那と子供を連れて歩いている女っているだろう?ああいうの見ると思っちゃうんだよな、ブスは意外にしたたかだって。何の取り柄もないくせに生きている姿はコアラと共通するものがあるような気がするんだが。」
「まあ、いつの時代にもブスが大量に売れ残って子供の数が減少したっていう話は聞かないよな。人間にとってのコアラとは、能なしでも生きていてもよいという意味を与えてくれるということか?」
俺は素直な感想を言った後、リツコさんが睨んでいるんじゃないかと思ってギクッとしたが、エクスキューズを求めて振り向くのも姑息だと感じてそのままにしておいた。リツコさんは無言だった。

「それはなんか違うな。」
加賀はしきりに首をひねっていた。
「どう違うんだ?」
「俺にはコアラに存在意義があるなんて思えない。」
加賀は目を細めて妙にまじめな顔をしていた。俺はいかつい法衣を着込んだ裁判官の表情を連想した。
「俺が言いたかったのはコアラもどうしようもない女もだな、所詮は生きている意味がないから殺してしまえってことなんだよ。どうせ生きていても空気と食糧を無駄に使うだけなんだよ、奴らは。」
加賀は通りかかった仲居を呼び止めると、鍋焼きうどんの前に大トロと平目の刺身、アン肝の蒸し物ちり酢がけ、タラの白子の天ぷら、ほっけの焼き物を追加注文した。
「おまえとリっちゃんも何か頼む?」
加賀の顔から険しさはすでに消えていた。
俺は上海カニの老酒漬けを、リツコさんは〆張鶴の大吟醸とを頼んだ。
何の規則性もない追加注文を食べ終えると鍋焼きうどんが運ばれてきた。カニ、真鯛、まいたけなどが綺麗に並べられた鍋焼きうどんは腹を一杯にはした。満腹感は心の隙間を意識させた。
 
 
 
 

PERSONA : Episode6 Fascism
 
 

食事が終わると加賀は「俺はこれで帰る」と宣言した。やけにあっさりとしすぎて体がどこかギスギスするような気がした。
「まだ早いしどこか飲みに行く?」
「そうね。」
短いやり取りの後、俺とリツコさんは「宴」から歩いて5分ほどにあるBarに向かった。「任せるわ」というリツコさんの言葉にしたがって俺が選んだのはサークルの3次会くらいに使う「タブー」というラテン系のBarだ。店名の割にまともな物とサービスしか提供しない。200年物で一杯2万円のラムというのが唯一の掟破りのような気がする。
金曜日のBarは人類学にとってドメスティックな場所だ。午前3:00くらいが最も観察に適していると思う。に9:00過ぎの割には「タブー」は込んでいた。鍵型の店舗は一望できないが熱気が溢れているのは感じ取れる。
「少々お待ち下さいませ。」
白いダブルカフスのシャツを銀のボタンで止め、黒いベストを羽織った女性店員が出てきて応対した。他の店員に声を掛け店の奥の方を見に行ったということは満席に近いと言うことだ。
歯並びを気にしなければ顔立ちは悪くない。黒いストッキングをはいているので歩き方の悪さも目立たない。制服は必然的に多少は人間を引き締めてくれる。ただ、それらを差し引いても裾だけ茶色い髪は貧相の一言だった。

「もし私が男だったらソープランドには絶対に行くわ」
「俺はバイブレーションを感じた」
「極東有事とは」
「何と言ってもゲオルグ・ハジだ」
「アミアン大聖堂で結婚式」
「モッツァレラは触感がおもしろく意外にわさび醤油なんかとマッチする」
「ウォッカ・マティーニとチーズの盛り合わせを」
「フナランドの王でオーディンの血を引く剛勇無双の勇者だったヴェルスンクは」
「ワイキキビーチで」
「ゲイのケツを追いかける」
「それはまゆまゆ」
「脳死というメタファーに隠されたものは」
「でチュでチュ」
「シャネルのスーツをくれるならSEXしたあげる」
「国庫責務負担行為」
「スリランカのイカ騒動」
「灰皿代えてくれ」
「イギリス基準は神経機能抑制剤と神経筋肉遮断剤の使用のみをもって除外条件としているのに対して」
「コーチのバックならフェラチオまでね」
「F15を177機も所有している国とは問題をおこしたくない」
「どうでもいいけど死んで頂戴」

ざっと見渡せるテーブルは6つほどある。それにカウンターで飲んでいるのが7人。「ラストクリスマス」のラップヴァージョンというをやや掟破りなBGMにして聞こえてくる会話は、内容がバラバラなうえにアットランダムに聞こえてくる。
修学旅行の班決めをする際、必ず1つくらいは余り者同士が寄せ集められたグループができる。店の空気は、はみ出し者で構成された班がかき集められたような感じだった。
容姿が一流半で頭はそれ以下に見える女性店員が帰ってきたのは、俺が雑多な会話をまとめにかかっていた時だ。今晩のリツコさんは無口で、俺の腕に右手を置いたまま一言を喋らなかった。
「すみません。まことに申し訳ございませんが、ただいま満席でございまして・・・。」
2分ほど待たせた挙げ句の返答は敬語が不用意に並べられていてなんだか不自然だった。 「どうする?」
「そうね。他の店にいきましょうか。今度は私が案内するわ。」
リツコさんは軽く髪を揺らすと簡潔な答えを返してきた。
 

ワインバー「アフロディーテ」は新帝国ホテルと新三菱重工本社の裏通りのこじんまりとしたビルの2階にあった。そう広くない店内は薄暗くワインカーヴを思わせる。内装は美の女神に微笑まれたとは言えない。客層はやや高めのカップルが多かった。
「いらっしゃいませ。」
頭が全て白髪に変わっている老ウェイターは折り目正しく席に案内してくれた。窓際の一番奥まったテーブルだ。客の入りは半分くらいといったところだろうか?
知らない店に連れて行かれると変な想像をしてしまう。リツコさんは前は誰とこの店に来たのだろうか?シックな雰囲気とワインはベットへのプレリュードの気がした。
「変な顔しているわね?気に入らない?」
「別に。」
リツコさんはクスクスと笑い出した。
「マヤと2回来たことがあるだけよ。」
白糸をひくような爪が俺の頬をつついてきた。
席に着いてからきっかり1分30秒後に老ウェイターはやってきた。差し出されたメニューにはグラスワインで30種、ボトルでは100以上の銘柄が並んでいる。俺はランソン・シャンパン、ブリュットをリツコさんはシャトー・ラグランジュをそれぞれグラスで頼み、つまみにはカマンベールとサン・モールを選んだ。

「今日は無口だね。」
「そうかしら?」
「そうだよ。」
リツコさんは頬杖をついた左手の小指で泣きほくろをなでていた。半年ほど前からリツコさんは禁煙を始めており、手持ちぶさたなのかもしれない。
「加賀君とあなたの会話では、私は添え物程度に存在しているのが丁度良いのよ。」
「そういうものなの?」
「なのよ。」
語尾に微笑が重なった。
「会話が低級すぎたってことはないよね?」
「それは違うわね。保守と革新の論議が高尚で男と女のリアルな話題が低俗なんて考えは頭が空っぽの自称学者に任せておけばいいのよ。」
リツコさんの目が少しきつくなった時、老ウェイターは2つのグラスと2種類のチーズ、パンを盛り合わせた皿を運んできた。

「あなたは加賀君が苦手でしょ?」
ラグランジュを一口飲むとリツコさんはそう切り出した。
「ま、少しね。嫌いとかそういうレベルじゃなくて。」
「彼がもっと勉強家だったら私やあなたのようなタイプは完敗ね。」
「リツコさんでも?」
「ファシズムを越える定理は存在しないのよ。」
リツコさんは再びグラスに口を付けた。首は動かさずグラスだけが傾けられる。金魚鉢みたいなワイングラスの向こうで白い喉が売れた。
金魚鉢みたいな巨大なグラスはボルドー用としてリーデル社が出しているやつだ。リーデル社の口上には「味覚と嗅覚を生理学的に分析し銘醸地ごとの個性を最大限に引き出すために理想的な形に仕上げられたもの」とある。いささか過剰表現に聞こえるが、ワイン関係者の多くが「おおむねリーデル社の主張は正当である」と認めている。
「リーデルのグラスでも勝てないの?」
「ロマネ・コンティでも無理よ。」
二口目で半分くらい飲んでしまったリツコさんはハンカチで口元を拭った。

「ファシズムに勝てる論理か。いきなりじゃ思いつかないな。神秘主義か市場原理なら対抗できそうな気もするけど。」
「どっちもあなたの嫌いなものね。」
「ほっといてくれ。」
俺は神秘主義も嫌いだが、市場原理も気にくわない。正確に言えば科学万能批判として神秘主義を持ち出す連中と、なんでも市場に任せておけば解決してくれると信じているえせ自由資本主義者が嫌いだ。神秘主義と市場原理自体に罪はない。
「ジル・ドゥルーズって知っている?」
「誰それ?」
「フランスの哲学者よ。構造主義などの60年代の思想を再点検して、観念論と経験論を哲学史研究から批判している人よ。精神分析やマルクス主義を用いて資本主義社会を根本的に捕らえ直そうとしているらしいわ。”差異と反復”とか”アンチ・エディプス”とか読んだことない?」
「聞いたこともない。」
「まあ、日本語訳されて入ってきているのは見たことないから仕方ないわね。今度暇があったら読んでみなさい。」
「俺は基本的にいつでも暇だよ。」
俺はカマンベールの白皮をナイフで剥くとパンにとって口の中に入れた。カマンベールとシャンパンが合わないことに気がついたのは飲み込む直前だった。

「ドゥルーズによるとファシズムに勝てるのは精神病者と消費だけだそうよ。あなたと近いわね。加賀君の論調にはファシズムを感じさせるものがあるわ。刹那的で動物のように生きているからかしら?彼に今の3倍くらいの勤勉さとカリスマと狂気が備わっていたらおもしろい存在になったかも。」
ファシズムを導入すると現在世界が抱えている問題のあらかたは解決する。人口増加と食糧危機の問題は戦争を起こしてしまえばよい。アフリカのどこかに各国の軍隊を一定数集めて戦争を行う。戦争のためということで先進国は途上国への援助を打ち切る。
戦死者と餓死者で人口は減るし、戦争景気で経済も回復、些細なことでナイフを持ち出すガキはストレスの解消され、男が大量に戦死するため女性の影響力は自然に拡大する。世界人口が減ればCO2の排出量も減るだろうし、余剰人員がいなくなれば失業率の低下と治安の改善も容易となる。まさに言うことなしだ。

と、いうのは冗談だとしてもファシズムというのは強固だ。
ヒューマニズムや民主主義が勝てる道理がない。
止められるとしたら神様と金の力と異常者だけ。
つまりは神秘主義と市場原理と精神病者だ。

「すみません、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ1990をボトルで下さい。」
考えがうまくまとまらなかった俺は、通りがかりのウェイターに追加注文を出した。目でリツコさんに了解を求めると軽く頷いてくれた。
 
 
 
 

PERSONA : Episode6 Conversion
 
 

俺とリツコさんはブルネッロ・ディ・モンタルチーノの次はモーゼル地方のシューベルト家のアウスレーゼを空け、最後にコニャックを一杯ずつ飲んだ。
リツコさんは化粧直しのため席を立ち、俺は店内の空気に背を向けるように窓の外を眺めている。「アフロディーテ」に入って2時間が経過した。店内はほぼ満席になっていた。次々に開けられるボトルと傾けられたグラスから立ちのぼる酒臭がまとわりついてくる。特にフルボディの赤からにじみ出る酒気は粘質だ。
眼下に見える新帝国ホテルの入り口には30秒に一台の割合で車が出入りしていた。ベンツ、BMW、フェラーリ、ロールスロイス。高級車を所有日本人は数え切れないが、釣り合いがとれる人間は少ない。
俺はアストンマーチンから降りてくる自分を思い浮かべながら息をはいた。
俺が彼女を見た、いや彼女と再び出会ったのはそんな時だった。
モンタルチーノの格調高さとアウスレーゼの気品ある甘味を含んだ息が沈降していって床に触れた時、俺の視界には一際大きなロールスに乗り込もうとする空色の髪が映った。闇夜に目立つ空色の髪は大柄な体格を黒いスーツで包んだ男に追い立てられるようにして車の中に消えた。

自分が神に操られていると思う時がある。俺は神の存在自体を信じていないが、誰かが作ったシナリオに乗っているのではと疑いたくなるような偶然は確かにある。
猫舌の加賀が鍋焼きうどんを平らげるのに時間がかかり「宴」を出るのが5分遅れたのも、「タブー」にはみだし者が大挙して押し掛けていたのも、リツコさんが2回しか来たことのなり「アフロディーテ」に俺を連れてきたのも、コニャックが思ったよりきつくて酒臭に嫌気が差したのも、もしかしたら必然なのかもしれない。
客観的真理というものを設定したがる唯物的科学者にいわせれば「事象発生率のポテンシャルが高すぎるため、どのような選択をしても必然的にそこにいきつく」ということだ。俺が綾波レイと邂逅したのは運命か?
それとも積み重なった偶然か?
あるいは誰かのシナリオの成せる技なのか?

「どうしたの?血相を変えて。」
リツコさんに声をかけられて、俺は自分が立ち上がっていることに気がついた。俺は左手をとって脈拍をみた。綾波レイに対する予防線のようなものだ。
「綾波レイが下にいる。」
リツコさんの目が鋭くなった。
「支払いしといて。」
俺はコートを掴むと店内を大股で歩き抜けた。リツコさんの呼び止める声が聞こえたが音声化して耳には届かなかった。
「アフロディーテ」の横にあるクラブから漏れてくる音楽の波とライトが視界の片隅で踊っている。入り口では服装を黒一色で固めたサングラス男と、あきらかにフェイクの毛皮風コートを羽織った女がグラスを片手に話し込んでいる。俺は金曜夜の香りを横目に見ながら階段を駆け下りた。
視界が激しく上下する。乱れた映画のスクリーンのように。もしかしたら俺自身は全く動いていなくて、誰かのシナリオが俺を綾波レイに会わせるために勝手に世界を動かしているのかもしれない。錯覚と幻想は軽い酔いだけのせいではなかった。

「アフロディーテ」は高級ホテルとビジネスビルが林立する地域にある。裏通りにはひっそりと隠れ家的な料亭やBarがあるが人通りはそう多くはない。
新帝国ホテルの入り口正面には世の中の無駄を象徴しているような噴水がある。円形の噴水はバロック調。ヴェルサイユ宮殿同様使い道がない。
噴水の外苑を回るように車道が配置されている。半月型の通路には車が4,5台並んでいた。黒くいかつい車たちは個性がなく、俺はなぜか吐き気を催した。
綾波レイが乗り込んでいたのは普通の車より一回り大きなロールスロイス。俺は忙しく眼球を動かした。ワインで曇った網膜の精度は落ちている。どでかいロールスを見逃すほどではないが。ホテルの前にはロールスはなかった。
見失ったか?
俺は苛立ちを自覚した。空色の髪を目撃してからここに来るまでは感情の揺れを感じることがなかった。「財布を落としたときと親が死んだとき意外オロオロするな」不意にそんな言葉が頭に浮かんできた。どこから盗用したかまでは思い浮かばなかった。

”こっちよ。”
それは音ではなかった。
”どこを見ているの?”
意志を宿したデジタル。
”そっちじゃないわ。”
神経シナプスに直接侵入してくる。
”私はここよ。”
それは言葉ではなかったのかもしれない。
受信した俺の脳が状況に当てはめて言葉に変換したにすぎないのだろう。
脳は刺激を受けるとそれを微弱な電流に変換する。
イオン分布の濃度差が電気を発生させる要因となる。
俺の脳における全てのイオン分布は数秒間彼女に支配されていた。
心を変換したデジタルは光ファイバーもケーブルも使わずに伝えられた。
「待ってくれ!」
脳が叫んだ。
伝わったかは分からない。
俺の意志はデジタルに変換されることなく空しく大気を振動させた。
”またね”
最後に伝わってきたデジタルはそう変換された。そう変換したかっただけなのかもしれない。俺はいつのまにか股関節と膝関節を動かして新帝国ホテルの裏通りに出て、首を右に45度ほど回し、去りゆくロールスロイスのナンバープレートを神経シナプスに刻印していた。
 

「どうしたの?」
リツコさんが声を掛けてくるまでどのくらいあったのだろうか?
俺には時間の感覚が欠如していた。時間感覚とはカロリー消費を元に脳が感知すると言われている。俺の体はカロリー蓄積から解放されたばかりで正常に機能しなかったのであろうか?
「ねぇ、リツコさん」
声を出すことが煩わしく思えた。
「他人の意志が直接デジタルな刺激となって脳に送られてくることはあるのかな?」
俺は振り向きもせずに言った。リツコさんは後ろからコートを掛けてくれた。どこで落としたのかも思い出せなかった。
「今の学問では証明はされていないわ。人間をインプットとアウトプット、そしてブラックボックスから成り立つ機械として捕らえた場合、受信送信機械としての人間の限界はどこにあるのか?私には分からないわ。」
「俺には特別な避雷針でもあるのかな?綾波レイのデジタル波動を受信する・・・」
車のクラクションが鳴った。右手に見える交差点をノロノロと渡っていた白髪混じりの男に、ベンツが吼えていた。目の前を車が流れ始め俺は現実世界に引き戻された。
 

「ちょっと電話していいかな?」
すぐにタクシーを拾って気になれなかった俺とリツコさんは議事堂通りを南に向かって歩いていた。方向は間違っていないが、自宅に帰るにはたっぷり10qは歩かなければならない。気分を落ち着かせるためだ。
俺は電子手帳を取りだし、榛名タカシという項目を電話アドレスから引っぱり出すと携帯 のダイヤルを押した。警察庁刑事局参事官、榛名タカシ。その男は手を触れたら凍えるほど冷たい鉄塊を想像させた。

[榛名だが?]
死刑宣告を下す裁判官のような声だった。
「夜分遅くすいません。榛名さんお願いしたいことがあるんですが。」
[無礼な奴だな。名前を先に言うものだぞ。まったく社会に出ていない奴は礼儀作法もわきまえない。困ったものだ。]
ぶっきらぼうな声に俺は思わず赤面してしまった。
「す、すみません。私は・・・」
[もういい。こんな時間に無礼な電話を掛けてくるのは仕事連中かおまえだけだ。さっさと用件を言え。]
「車のナンバーを洗って欲しいんです。無理なこととは承知しているんですが・・・。」
[分かった。何番だ?]
余りにも簡単にOKサインが出たので俺は逆に慌ててしまった。頭はこの後の説得文句で埋め尽くされていた。
「そ、そんなに簡単に許可してもらえるんですか?」
[無論駄目だ。プライベートな情報の漏洩は禁じられている。しかし、せっぱ詰まっているのだろう?どうせ俺が断ってもおまえは違う手段を使って探り出すだろう。俺はやばいことは自分の管理下に置いておかないと気がすまないんだよ。]
「ではお言葉に甘えて・・・」
俺は神経シナプスに刻印していたナンバーと携帯に掛けてくれるようにを告げた。妙にはっきりと覚えている。映像が焼き付いていてそれを読み上げている感じだ。思い出したりする必要はなかった。
[15分待て。まだ署内にいる。すぐにすむ。]
実務派官僚らしい返答だった。

「警察庁に勤める知り合いだよ。俺の顧問弁護士の先輩なんだ。信頼のおける人だよ。」
俺はリツコさんに問われる前に言った。リツコさんはやや不機嫌な顔をしていた。
リツコさんは不意に顔を近づけてきた。香水の匂いが鼻につく。
理知的なベールの奥に妙齢な女性の魔が踊っていた。さっきのデジタルではないが、リツコさんの視線も俺の神経を鋭くえぐる。
リツコさんは10pの距離で五秒ほど目を合わせた後、急に顔を傾けて俺の首筋に唇を押しつけてきた。吸い付かれるような柔らかい感触。女吸血鬼に噛まれたようなものだ。
「拭っちゃ駄目よ。今晩のあなたは私の所有物である証拠なんだから。」
再び目があった。リツコさんの唇はややルージュが落ちている。俺は真っ赤なKissマークがついているであろう首筋に手を掛けそうになって途中で止めた。手を止めるとなぜか笑いがこみ上げてきた。
「何よ。」
「いや、別に。」
おれはクックックと自分でも驚くくらい定式化された笑い声をあげた。
 

トュルルル トゥルルル
 

コール2回で取った。
[榛名だ。結果だけを伝える。車の持ち主は碇ゲンドウ。]
俺の心臓は一瞬停止した。
[第三新東京大学学長、碇ゲンドウだ。]
その名前を聞いた途端、俺はカオスが支配する嵐に投げ込まれたような気分になった。それは予感ではなく確信だった。時間軸が未来にずれているだけの規定事項のような気がした。横を走る車が俺の髪を跳ね上げ宙に舞わせていた。
 
 


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ver.-1.00 1998-3/17 公開
批評はこちらに meguru@knight.avexnet.or.jp

洞木ヒカリ「きゃあーーー!、乱暴しないで!」
MEGURU「第一声からそれですか?」
洞木ヒカリ「わ、私には鈴原がいるのよ!」
MEGURU「奴はまだ一言もセリフないけどね。」

名前は以下略

ヒカリ「近寄らないで!強姦魔!!」
M「もう少し文学的感受性に富む切り出し方はできないんですか?」
ヒカリ「だってあなた私を辱めようとしているでしょ?」
M「それは心外な。」
ヒカリ「騙されないわよ。この前私をレイプ寸前にまで追いつめたのはあなたなのよ!」
M「オチをつけて救ってやったのも僕なんですが。ま、いいでしょう。そこまで覚悟ができているのなら今後の展開もやりやすいですから。」
ヒカリ「ど、どどいうことよそれ?!」
M「だから君には厳しい展開が待っているということなんですけど・・・・」
ヒカリ「可憐な美少女に変貌を遂げた私はアスカをさしおいてヒロインの座につき、悲劇と苦難に見回れるということね?」
M「そういうことにしておいてもいいですよ。君の中では」
ヒカリ「投げやりね。」
M「ヒカリのキャラって役割殻起伏が少ないでしょ?だから余り思い入れがないんですよ。だからこの後書きもさっさと終わらせようと思っているんです。ミサトさんやリツコさんならともかく君と話していても書くことないんですよ。」
ヒカリ「ちょっと!もう終わりなの?今回の後書きは?」
M「そうです。面倒だからあとはフラン研&フランソワにフォローしてもらうことにしましょう。長々とした無意味な感想でも書いて貰って。」
ヒカリ「それが曲がりなりにもHP所有者の方に言う言葉なの?」



「あんだと!?」
「事実を突かれた時の人の対応も興味深いわね。」
「ぬぁ。でも長々とした無意味な感想、書こうとするとムツカシイ…」
「普段の調子で良いのよ。」
「そうなんですか?(^^; えっと、ヒカリちゃんガンバレ! そうだ、私はこれからLHS作家になろう。」
「…」(面倒臭げに煙草を吸う)
「そんで…話はどうなってたんだっけ? 主人公がまたレイに会って、てれぱしーで、まゆまゆ初登場。」
「…」
「あー、後はファシズムがどうとか?」
「…そうね。」
「ファシズムに勝てるのは神秘主義と市場原理と精神病者だけ…そうなんですか?」
「他に何かあると言いたいのかしら?」
「いや、別に…どうなんだろうなー、と思って。」
「止めておきなさい。無能な者が背伸びをするくらい見苦しい物は無いわ。」
「な、じゃあ私はまゆまゆについてのみ語れとでも言うんですか!?」
「そうね、その方がまだあなたらしいわね。」
「まゆまゆか…」
「(本気かい…)」

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